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2014年9月

2014年9月28日 (日)

エヴェロン

 長野県にある御嶽山が噴火した。最初は普通の火山活動だと思っていたのだが、詳細がわかるにつれて、かなり大変な事故だとわかった。28日正午の時点で、使者1名、心肺停止者が31名、他にも重軽傷者が多数いるし、農作物の被害も甚大なものになるだろう。
 あらためて亡くなられた方に哀悼を表すとともに、事故に遭われた方の一刻も早い回復を願っています。 

 “プログレのようなハード・ロックのような”バンドの第2弾、今回も場所はドイツである。前回はプログレとスラッシュ・メタルが合体したような音楽だったが、今回はわりと素直で分かりやすい音楽をやっている。

 もともとドイツのプログレッシヴ・ロックやハード・ロックはメロディアスな音楽を奏でるものが多く、日本でも好意的に迎えられている。例えばノヴァリスであり、たとえばスコーピオンズである。

 なぜそういう音楽がドイツで広まっているのかよくわからないが、哀愁漂うメロディは、日本人の心性にもよくマッチしていると思う。

 それで今回は1988年に結成された4人組、エヴェロンの登場である。彼らも美しいメロディを中心とした曲の組み立てをしていて、聞いていて心が思わず和んでしまう。

 エヴァロンも、ドリーム・シアターやクィーンズライチの成功に影響を受けてバンドを始めたらしい。
 バンドの楽曲を手掛けているのは、ドラマーのクリスチャン・モースという人だ。彼とギタリストのラルフ・ヤンセンは子どもの頃からの友だち同士で、それにベーシストのシャイミィ、キーボーディストのオリヴァー・フィリップスが加わって、デビューしている。

 彼らは、このブログでも取り上げたドイツのプログレ・バンドのグローブシュニットの元ドラマーだったエロックのスタジオを借りて、デビュー・アルバムをレコーディングしている。それが1993年に発表された「パラドキシーズ」だった。

 クリスチャン・モースは、音楽一家の出身で、影響を受けたドラマーはニール・パート、テリー・ボジオ、サイモン・フィリップスで、尊敬するミュージシャンはスティーヴ・ヴァイ、ピーター・ガブリエルそしてドリーム・シアターだそうだ。

 歌はオリヴァーが歌っていて、訛りのある英語が何とも微笑ましい。声を張り上げるところはラッシュのゲッディ・リーのようだが、全体としては穏やかで奥行きのないジョン・ウェットンという感じだ。

 アルバムは全9曲で、平均して1曲当たり6分~7分程度だろう。のちに彼らは組曲形式のものも発表するのだが、この当時はアメリカやカナダのメロディアス・ハード・ロックにプログレッシヴ・ロックの雰囲気をふりかけたような音楽をやっていた。Photo
 だから基本的には、ソング・オリエンティッドな作りになっていて、歌詞と歌詞の間に壮大なキーボード・プレイやスリリングなギター・ソロが挟まれているような感じだった。個人的にはもっとインストゥルメンタルを強調してもいいのではないかと思ったりもしたのだが、デビュー・アルバムだから、名前が侵透することを優先したのかもしれない。

 1曲目の"Face the World"は疾走感のある曲で、ギターよりはキーボードとリズム・セクションの方が目立っているが、2曲目の"Private Warriors"からギターも自己主張を始めている。時折りメタルっぽく聞こえるのだが、全体的には伸びがあって透明感あふれるソロを聞かせてくれる。

 このギタリストのラルフは、アレックス・ライフソンとランディ・ローズが好きだそうで、確かにテクニックはしっかりとしている。ラッシュのアレックス・ライフソンよりはソロが長めで、上手に聞こえる。

 3曲目の"Circles"はバラード・タイプの曲。彼らの曲はどの曲も聞きやすく、スーと耳に入ってくるが、もうひとひねり欲しい感じもした。欲を言えば、印象的なフレーズや一緒にシンガロングできるようなメロディがもう少し欲しい。この辺が彼らをB級バンドに留めているのではないだろうか。

 このアルバムは後半になるにしたがって良い曲が占めていて、アルバム・タイトル曲である"Paradoxes"ではエレクトリック・ピアノとエレクトリック・ギターのソロがバランスよく配置されていて、ボーカルをしっかりと盛り上げている。何となくラッシュの曲のようだ。

 "It Almost Turned Out Right"は3分少々と短い曲で、ひょっとしたらシング・カットを狙って作ったのではないかと感じた。ラッシュの曲で言えば"Closer to the Heart"だろうし、ドリーム・シアターで言えばシングル用の"Pull Me Under"だろう。ただこの曲は耳触りはいいのだが、記憶には残らない不思議な曲だ。

 逆に"Marching Out"や"Open Windows"の方が、時間的には長いが転調を含んでいて、注目させる要素を持っていると思った。まあデビュー・アルバムと思えば、多少のことは目をつむっても、水準以上の出来だろう。

 彼らは2年後の95年にセカンド・アルバム「フラッド」を発表した。前作はドラマーのクリスチャンが全曲書いていたが、今回はキーボーディストのオリヴァー・フィリップスが全曲担当している。ちなみに前作のクレジットはバンド名になっていたが、セカンドではオリヴァー自身の名前がはっきりと明記されていた。1
 全10曲で、1曲目の"Under Skies..."と2曲目の"... Of Blue"は連続していて、抒情的なエレピのイントロからボーカルが導かれ、バックにストリングス・キーボードが覆ってくるという構成で、どうみてもキーボーディストが書きましたという曲になっている。ギターはほとんどアルペジオだけで終わっている感じだ。

 基本的にはこのセカンド・アルバムも歌ものになっていて、オリヴァーはしっかりと歌っている。元々彼はボーカリスト募集の広告を見て参加したもので、ボーカルには自信があったようだ。

 またアルバムには、5分台の曲が多くて、前作よりはコンパクトにまとめられている。個人的にはもろラッシュの影響を受けたとわかる"Very Own Design"が疾走感があってよかった。こういう曲をもっとやってほしかった。

 要するに、エヴァロンは中途半端なのだと思う。もう少しテクニカルなプレイに走るとか、逆に10分以上もある壮大な曲を演奏するとかすれば、メタル・ファンやプログレ・ファンからもっと注目を受け、さらに名前もアルバムも売れたのではないかと思っている。

 セカンドいえば、"Very Own Design"や5曲目の"In All That Time"だろう。8分以上もある"In All That Time"では、歌と演奏のバランスがよく、聞かせ所をしっかりとわきまえている感じだ。

 他にも力強いボーカルが目立つ"Lame Excuses"やハード・ロック的要素が散りばめられた"Cavemen"など、聞き所は多い。
 また最後の曲"Flood"にはアコースティック・ギターとサックスにゲスト・ミュージシャンが参加している。新機軸を狙ったのだろうか。ただサックス・プレイヤーの名前はクラーク・ケントになっていた。本名なのかどうかは、わからない。

 彼らの最高傑作は2000年に発表された「ファンタズマ」のようだが、自分は未聴なので何とも言えない。ただこのアルバムからギタリストが交代しているから、それが良い結果をもたらしたのかもしれない。

 エヴェロンは、2008年に7枚目のスタジオ・アルバム「ノース」を発表したが、そのあと活動休止状態である。彼らのオフィシャル・サイトも2008年で停止しているようだ。
 このまま解散するのか、また活動を再開するのかわからないが、歴史的名盤を残せるように頑張ってほしいものである。

 ドイツには、他にもハロウィーンやガンマ・レイ、ブラインド・ガーディアンなど、プログレとヘヴィ・メタルの中間に位置するバンドは多い。いくつかはこのブログでも取り上げているので、興味のある人は、“その他の音楽”のジャンルで検索してもらえるとありがたいし、逆に、自分はこういうバンドも知っているぞ、というのがあれば、御教授願いたいと思っている。

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2014年9月23日 (火)

メコン・デルタ

 さて今日は、ちょうど季節の変わり目の日ということもあり、今回から新シリーズを立ち上げようと思った。

 それは題して、“プログレのようなハード・ロックのような”シリーズである。簡単に言うと、プログレッシヴ・ロックともハード/ヘヴィ・メタル・ロックとも判断がつかないような中間に位置するバンドのことを指す。

 たとえて言うならアメリカのクィーンズライチやドリーム・シアターのような音楽をやっているバンドで、今回はアメリカ以外の国々から選んでみることにした。
 なぜならアメリカでは、もはやこういう音楽は社会的に認知されていて、それなりのジャンルやファンベースを形成しているからである。

 要するに、アメリカではこの手の音楽は、商業性が高く、ある程度の成功が期待されている。ところがアメリカ以外の国では、なかなか成功しないし、成功してもそのパイの実は大きくはない。

 それで記念すべき第1回には、今も活動を続けているメコン・デルタが登場する。このバンドは1985年にドイツのベルリンで生まれた。音楽形態としては、スラッシュ・メタルというもので、要するに、ヘヴィメタをさらに過激に、性急にさせたような音楽である。2
 自分は、このような音楽が世界で2番目に嫌いなのだが、このバンドの場合は、先に上げたように、プログレの世界にも足を突っ込んでいるような印象を受けたので今回取り上げることにした。

 ある日、いつものように中古CDショップ内を逍遥していると、1枚の気持ち悪いアルバム・ジャケットが私の気を引いた。それがメコン・デルタというバンドの「カレイドスコープ」というアルバムだった。

 下の写真にもあるように、何しろ骸骨がバイオリンを弾いているのである。しかも裏ジャケットを見ると、3曲目に"Dance on a Volcano"とあるではないか。もちろんこれは、あのバンドの曲のことだ。

 バイオリンと例のバンドの曲とくれば、これはもうプログレしかないと思って、速攻でこのアルバムを買ってしまった。

 今となっては少し反省もしているのだが、このように何年もたってから、自分のブログで紹介することになるとは、当時は全く予想だにもしていなかった。人生、何が僥倖を生むかわからないものである。

 バンドの中心メンバーは、ベーシストのラルフ・ヒューバートという人で、この人は作詞・作曲を手掛け、アルバムのプロデュースも行っている。(上の写真の向かって一番左の人)

 もとはエンジニアで、このバンドを立ち上げた人だった。最初は曲つくりとプロデュースを担当していたのだが、オリジナル・メンバーだったベーシストが脱退したため、急遽彼が担当することになった。それが今でも続いているようだ。

 この「カレイドスコープ」というアルバムは、日本では1993年に発表された彼らの5枚目のスタジオ・アルバムである。全9曲でトータル48分20秒と、ややコンパクトな作品だ。Photo
 1曲目の"Innocent?"は、お約束通りの性急なスラッシュ・メタルな曲。1曲くらいなら許容できるけれども、こんな曲が続くのであれば、たまらないと思った。この手の音楽が好きな人なら、気持ちいいだろうけれども。

 2曲目の"Sphere Eclipse"では、イントロがイエスの"Heart of the Sunrise"の出だしとよく似ていて、ギターとドラム、ベースのユニゾンの繰り返しが1分少々続く。
 その後ボーカルが入るのだが、ドイツのバンドなのに歌詞は英語である。インターナショナルな活動を目指しているのだろう。

 スラッシュ・メタルでは、メロディアスなギター・ソロは少ないようで、このアルバムでも印象的なギター・ソロは少なく、ハードでリズミックなリフが続いている。もちろんギター・ソロはあるのだけれども、テクニカルかつ変幻自在なギター・ソロで、これがウリなのだろう。

 先ほどの"Dance on a Volcano"は、オリジナルよりもちょっとだけテンポの速い曲になっていて、それでもほぼ原曲とおりである。ただ4分30秒過ぎから、徐々に速くなっている。本家をロックぽくしたような曲でもある。

 もともと彼らは、E,L&Pに強く影響を受けていて、ライヴでは、ムソルグスキーの「展覧会の絵」を演奏しているE,L&Pをさらに模倣するような演奏していた。だからもともと演奏には定評があったようだ。

 前作の「ダンシズ・オブ・デス(死の舞踏)」では、8つのパートからなる組曲や、10分以上もある"Night On a Bare Mountain"(禿山の一夜)も収められていた。形式的には、これはもう立派なプログレであろう。

 話を「カレイドスコープ」に戻すと、4曲目はメコン・デルタ流のアコースティックなインストゥルメンタルで、タイトルが"Dreaming"という。確かに1曲目や2曲目と比べれば、比較的夢は見やすいかもしれない。時間的には3分45秒で、もう少し長くてもよかったと思う。

 おどろおどろしいイントロで始まる"Heartbeat"では、最初はラルフのベース・ギターが目立ち、間奏では無機質なギター・ソロが鳴らされている。ボーカル入りだが、焦燥感漂う曲つくりは、彼らの得意とする部分だろう。

 続く"Shadow Walker"も同傾向の曲で、こちらは演奏よりもボーカルが目立っている。ただ間奏のギター・ソロはツイン・ギターなのか、オーバーダビングされているのか、よくわからないが結構目立っていて、これだけ弾ければ、さぞかし本人も満足だろうと思ってしまった。

 7曲目にはクラシックの"Sabre Dance"(剣の舞)が収められていて、これもほぼ原曲に近い。もちろんスラッシュ・メタル風ではある。2分46秒というタイム・スケールなので、余計に短く感じてしまった。

 彼らは、デビュー当初は、クラシックとスラッシュ・メタルの調和を目指していたらしく、それで"Night On a Bare Mountain"や"Sabre Dance"などを演奏しているのであろう。

 また彼らのアルバム・ジャケットには、バイオリンやフルートなどの絵が描かれることが多いが、これはクラシック音楽をシンボライズしているようで、別にバイオリンなどが演奏されているわけではないようだ。

 ただこのアルバムのクレジットには、ボーカルとギタリストとベーシストの3人しかなくて、他のメンバーはセッション・ミュージシャンを起用している。前々からこのバンドは、ラルフのプロジェクト的な要素が強いと思っている。

 メコン・デルタは、1996年から約2年ほど活動中止状態だった。その間、ラルフは過去のアルバムをリミックスし直して発表している。また現在では、メンバーを一新して活動中だ。

 この手のバンドの需要がどれほどあるかわからないが、やはりそれなりの人気があるらしい。

 ただ彼らが成功しているのは、クラシックとスラッシュ・メタルの調和という他のバンドにはない特長を備えていたからだ。俗にいう“差別化を図る”ということであろう。彼らのアルバムを買う買わないは別として、こうなればますます頑張ってほしいと思っている。

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2014年9月18日 (木)

スプーキー・トゥース

 さて“残暑を乗り切るB級ブリティッシュ・ハード・ロック”の第4弾だが、秋分の日も近いということで、今回がいよいよ最終回になってしまった。
 実際、この夏はずっとブリティッシュ・ハード・ロックもしくはヘヴィ・メタルのバンドを紹介してきた気がする。

 それで90年代から80年代と、時代を遡ってきたので、今回はさらにその昔の60年代から70年代にかけて活躍したバンドを登場させようと思う。その名をスプーキー・トゥースという。
 彼らは1967年から1974年の7年間に8枚のスタジオ・アルバムを残したバンドで、当時の新興レーベルだったアイランド・レコードが強力にプッシュしていたバンドだった。

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 自分がこのバンドのことを知ったのは、元メンバーだったギタリストのミック・ジョーンズがフォーリナーを結成した時で、それから聞き始めたのだが、ミックは後期のメンバーで、そんなに活躍していなかったことを知って、残念な思いをしたことがある。

 このバンドもメンバー・チェンジが多くて、どの時期がベストの時代なのかがよくわからなかった。基本はR&Bを基調としたハード・ロックなのだが、時代が時代なので、ややサイケデリックなところもある。同じレーベル・メイトだったトラフィックのような感じと思えば、わかりやすいと思う。

 それにギター・バンドではなく、キーボードとピアノが中心のバンドだったから、よりサイケ色は出しやすかったのだろう。彼らは先行していた人気バンドのプロコル・ハルムをライバル視していたようで、彼らのバンド形態を模したところもあった。

 逆に、先ほどのミック・ジョーンズではないが、このバンドから旅立った人の方が有名になった場合が多くて、彼を始め、全米1位のシングルを出したゲイリー・ライト、モット・ザ・フープルに入ったルーサー・グロブナー、ハンブル・パイに加入したグレッグ・リドレー、のちにボクサーを結成したマイク・パトゥ、ピーター・フランプトンとフランプトンズ・キャメルで活動したマイク・ケリー、さらにはあのキース・エマーソンも一時的に在籍していて、その後ザ・ナイスを結成した。こうしてみるとかなりのミュージシャンが、このバンドの上を通過している。

 彼らは、もともとはVIP'sという名前のバンドだった。このバンドの中心人物はマイク・ハリソンというピアノ奏者で、彼らは1964年にRCAより"Don't Keep Shouting at Me"というシングルを発表した。
 このシングルは、イギリスではヒットしなかったが、海を渡ったフランスでは第2位という大ヒットを記録している。

 この後バンドはメンバー交代して、ベーシストにグレッグ・リドレー、ドラマーにマイク・ケリー、ギタリストとしてルーサー・グロブナーという陣容になった。

 この中のルーサーは、ヘリオンズというバンドでシングルを出した経験があって、その時はデイヴ・メイソンやジム・キャパルディと一緒にレコーディングしたらしい。のちのトラフィックとスプーキー・トゥースの接点は、この時からすでに芽生えていたようだ。

 それにこの頃、クリス・ブラックウェルというアイランド・レコードの社長が彼らに目をつけ、1966年に"I Wanna Be Free"を自分のレーベルからシングルとして発表させた。ただこのシングルもイギリスではヒットせず、当時の西ドイツやフランスでは大ヒットした。どうも初期の彼らの感覚は、ヨーロッパ大陸向けだったようだ。

 またこの頃、当時初めてイギリスに来たジミ・ヘンドリックスとも共演していて、彼らはジミヘンのバック・バンドにならないかと声をかけられたらしい。(もちろん共演していたら、その後の彼らはなかっただろう)

 1967年には一時的にバンド名をアートと変えて活動を始めたが、アメリカ人のゲイリー・ライトの加入を切っ掛けに、名前をスプーキー・トゥースにして、ツイン・キーボード&ツイン・ボーカルで活動を始めたのである。

 彼らは1968年にデビュー・アルバム「イッツ・オール・アバウト」を発表した。サイケデリックな雰囲気は残しつつも、アメリカのザ・バンドの影響を受けた要素も漂わせていて、彼らの評価は徐々に上がっていった。

 このアルバムに収められている"Tobacco Road"はカバーだが、ルーサー・グロブナーのギターがかなり頑張っていて、ハード・ロックに変化した"Tobacco Road"という感じだ。また"It's All About A Roundabout"では、こじんまりしたR&B曲を聞くことができる。

 彼らの最高傑作は、一般的には1968年の「スプーキー・トゥ」と言われている。セカンド・アルバムだが、これはオリジナル・メンバーでの最後のアルバムになった。Photo このアルバムには良い曲が多くて、たとえば"Better By You, Better Than Me"は1978年にジューダス・プリーストがアルバム「ステンド・クラス」でカバーしたし、9分以上もある"Evil Woman"のギター・ソロのフレーズは、あのリッチ―・ブラックモアもパクッたのではないかと噂されるほどだった。

 また2曲目の"Feelin' Bad"にはジョー・コッカーがバック・ボーカルで、次の曲"I've Got Enough Heartache"にはスティーヴ・ウィンウッドがピアノで参加している。そのせいか、このアルバムはアメリカで44位まで上昇した。イギリス流のアメリカ南部音楽の解釈という点が評価されたのだろう。まあバンドにはアメリカ人もいたので、彼がリードをとった曲では自然とそうなったのかもしれない。

 ところが何を思ったのか、そのゲイリー・ライトは、フランス人の現代音楽家ピエール・アンリをゲストに迎えて、サード・アルバム「セレモニー」を1969年に発表した。これが賛否両論を巻き起こし、せっかく上昇気流に乗っていたバンドの趨勢を削ぐ結果につながったのである。

 当時は、たとえばジョージ・ハリソンの「電子音楽の世界」やドイツのカンなどが同じようなアルバムを発表していて、ゲイリー・ライトたちも、時代の“気分”みたいなものに影響を受けたのであろう。

 結局、ゲイリー・ライトは脱退してしまい、残されたメンバーは契約を果たすために、メンバーを補充してアルバムを発表した。そのメンバーが以前このブログに登場したバンド、ザ・グリースの面々だった。(ギターがヘンリー・マカロック、ベースにアラン・スペナー、キーボードがクリス・ステイトン)

 ここまでが第1期スプーキー・トゥースで、まだミック・ジョーンズは登場しない。彼は1972年の第2期から参加した。この頃のバンドのドラマーは、パトリック・モラーツもいた元メインホースのブライソン・グラハムだった。

 面白いのはマイク・ハリソンとゲイリー・ライトの関係だろう。彼らは2人ともキーボード・プレイヤーで、バンドの主導権を巡って争っていて、そのこともあって第1期ではゲイリーの方が脱退していった。

 ところが第2期では、再び2人は組んでバンド運営を始めたのだが、当然といえば当然、また諍いを始めてしまったのである。

 そして1974年には、今度はマイク・ハリソンの方が脱退してしまった。彼の代わりに新メンバーのマイク・パトゥがキーボードを担当したのだが、残念ながら傾きかけた船を元に戻すことはできなかったようだ。

 彼らの足跡を知るには、ベスト・アルバムが一番最適だろう。サード・アルバムの「セレモニー」以外のアルバムからほぼ万遍なく選曲されている。2 その後彼らは、1999年にゲイリー・ライトを除くオリジナル・メンバーでアルバム「クロス・パーパス」を発表したが、ベーシストのグレッグ・リドリーが2003年に肺炎の合併症で亡くなってしまい、パーマネントな活動はできなくなってしまった。 

 今になって考えれば、3枚目のアルバムの音楽性を2枚目の延長線上に位置するものにしておけば、ひょっとしたらプロコル・ハルムやトラフィック以上の名声を手に入れていたのかもしれない。一瞬の判断が、その後の将来を決定してしまったという好例だろう。

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2014年9月13日 (土)

プレイング・マンティス

 さて、“残暑も忘れるB級ブリティッシュ・ロック・バンド編”の第3弾である。今までの2回は90年代のバンドを紹介していたが、今回は少し昔に戻って、それなりに有名なバンドを紹介しようと思った。

 それがかの有名なプレイング・マンティスである。自分はこのバンドを通して、初めて“カマキリ”という英単語を知ったのだった。

 そんなことは兎も角、このバンドは、80年代のイギリスでのニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタルのムーヴメントにおいて、あのアイアン・メイデンやデフ・レパードと肩を並べるくらい人気と実力を兼ね備えていた(と自分では思っている)のである。

 彼らは1974年頃に、ケント州で結成された。バンドの中心人物は、ティノ&クリスのトロイ兄弟だった。彼らはギリシャ人の父親とスペイン人の母親の間に生まれ、クリスが11歳の誕生日プレゼントにスパニッシュ・ギターをプレゼントされたことから、音楽活動に興味を見せ始め、ついにジャンクションというバンドを結成してしまったのである。

 当初は単なるパーティー・バンドで、本格的なプロ・ミュージシャンになることは誰も考えていなかったのだが、徐々にオリジナル曲を書くようになり、自分たちで録音したデモ・テープを当時有名だったハード・ロック専門クラブの“バンドワゴン”に送ってみることにした。

 当時は、こういう専門のクラブが気に入ったバンドのデビューを後押しする習慣があり、プレイング・マンティス自身も3曲入りの自主録音盤を発表した。これが好評を博して、1979年にはEMIレコードと契約をして、シングル"Captured City"を発表した。
 実は、あのアイアン・メイデンも、こうしたルートでデビューしていたから、プレイング・マンティスも将来を嘱望されていたといってもおかしくはないだろう。

 ただEMIレコードは、アイアン・メイデンと先に契約をしていて、同じレーベルに同じようなバンドは2つもいらないということで、プレイング・マンティスの方は契約を得ることができずに、しばらくはマイナー・レーベルからシングルを出していた。

 彼らの潮目が変わったのは1980年で、その年、アイアン・メイデンやロニー・モントローズのいたガンマのオープニング・アクト(いわゆる前座)として、イギリス中をツアーして回った。これが契機となって、彼らはアリスタ・レコードと契約することができたようだ。

 それでデビュー・アルバムとして発表されたのが、名盤の誉れ高い「タイム・テルズ・ノー・ライズ」(戦慄のマンティス)だった。1
 このアルバムの素晴らしいところは、ツイン・リード・ギターが奏でるメロディの良さと、ヘヴィ・メタルでは珍しくコーラス・ハーモニーの華やかなところである。このハーモニーの美しさは、ひょっとしたら先輩格のクィーンを受け継いだのではないかと思われるほどだ。

 今聞くと、ヘヴィ・メタルではなく、ポップなロックン・ロールのように聞こえる"Cheated"からアルバムは始まる。シングル・カットもされているから、売れるように作ったのかもしれない。ちなみに全英シングル・チャートでは69位止まりだった。

 続く"All Day & All of the Night "はキンクスのカバーで、確かにこの曲の間奏部分は、ハードなロック・ミュージックに変質している。

 80年代のハード・ロック&ヘヴィ・メタルの特長は、曲がコンパクトにまとめられていて、その中で印象的なリフやメロディが奏でられるという点だ。
 また、曲に勢いがあり、それを聞いたリスナーたちがカタルシスを味わえるという点もあっただろう。

 この点から言えば、3曲目の"Running for Tomorrow"では、疾走感も味わえるし、リフや途中のギター・ソロもカッコいい。まさにこの時代を象徴する曲だろう。
 さらにトロイ兄弟が作った"Rich City Kids"もそういう傾向の延長線上に存在している。確かにライヴでは映える曲に違いない。

 イントロがウィッシュボーン・アッシュの曲に似ている"Lovers to the Grave"は、マンティス流のバラード曲だ。曲の途中からアップテンポになり、スピーディーになる点もウィッシュボーン・アッシュっぽい。定番といえば定番だが、その予定調和がリスナーに安心感を与えるのだろう。

 アルバムの後半は"Panic in the Streets"で始まる。これもタイトルを見ればわかるように、アグレッシヴな曲だ。リード・ギターの入り方が、何となくリッチ―・ブラックモアに似ているが、ソロの部分はそんなに長くはない。むしろギターのユニゾンがツイン・リードを意識させてくれる。

 逆にメロディアス・ハードというか、ハードなAORなのが"Beads of Ebony"だろう。この曲だけを聞けば、とてもヘヴィ・メタル・バンドとは言えない。

 ただ、ブリティッシュ・ロックの底流にはメロディに対する憧憬みたいなものが脈々と流れていて、プログレッシヴ・ロックでもヘヴィ・メタルでも、売れるものには必ずメロディの美しさが備わっている。この源流には60年代のビート・バンドの影響があるのではないかと考えているのだが、どうだろうか。

 アルバムの8曲目は"Flirting with Suicide"で、これも疾走感や焦燥感を味わうことができる曲で、70年代のハード・ロックがパンクの洗礼を受けて出来上がったような曲だ。途中のギター・ソロが勢いがあってカッコいい。リフレインのコーラスがあまりブリティッシュぽくないのだが、まあいいだろう。

 最後の曲の"Children of the Earth"でも、彼らの勢いは衰えていない。メロディとハーモニーの美しさはますます磨きがかかり、速弾きギターは華麗に宙を舞っている。惜しむらくは、もう少しリズム・セクションに重きがあれば、もっと重厚さが前に出て、バランス的によりよいものになっただろう。2

 ただ彼らの問題点は、メンバー・チェンジが多すぎて、いったい誰が今のメンバーなのかがよくわからなかったことだろう。またデビュー・アルバムが思ったよりも売れずに、チャート的にも60位という結果で終わってしまったこともアンラッキーだった。

 この辺りからバンド側とレコード会社側との軋轢が生まれ、互いが互いを非難するようになり、たった1枚のアルバムだけで彼らは契約を失ってしまった。

 このあと1982年にはマイナー・レーベルからアルバムを発表するも、十分なサポートを得ることができずに、彼らは再びレコード契約を失ってしまうのである。
 この後、ドラマーに元アイアン・メイデンのクライヴ・バーが参加したり、バンド名をエスケイプ、ライムライト、タイゴン、ストレイタスと変えていったりした。

 アルバムも売れず、バンド名もコロコロと変更していけば、どういうことになるかはわかると思う。結局、彼らは歴史の波の中に消えていった。逆に彼らのデビュー・アルバムは幻の名盤ともてはやされ、当時1枚数万円で取引されるようになった。皮肉な結果になったようだ。

 バンドは今でも現役である。結成当時からのメンバーは、ギタリストのティノ・トロイとベーシストのクリス・トロイだけで、あとは数か月から数年で入れ替わっている。

 先ほどのクライヴ・バーを始め、同じ元アイアン・メイデンのギタリストだったデニス・ストラットン、元ローン・スターのジョン・スローマンや元レインボーのコージー・パウエルもゲストとして参加していた。
 とにかく人数が多くて、彼らの名前を紹介するだけで、このブログが終わってしまうだろう。

 彼らは2012年に来日公演を果たしているし、翌13年には新メンバーによるニュー・シングルが発表されている。ただ、もっとしっかりとしたサポートを受けない限り、彼らの人気が高まることはないだろう。

 しかし、彼らのデビュー・アルバムが色褪せることはない。80年代のNWOBHMブームとともに、このアルバムと彼らの名前は、永遠にロック・ミュージックの歴史に残っていくに違いないのだ。

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2014年9月 8日 (月)

ワイルドハーツ

 最近のロック・ミュージックでは、ギター・バンドの地位は極めて低い。というか、最初からギター・バンドを目指すミュージシャンは、ほとんどいない。そんなことで苦労しなくても、美しいメロディや、キレのあるライムなどに力を注いだ方が、売れるからだ。

 だから、いわゆるギター小僧などは、昔のロック・ミュージックを楽しむか、現代に生きるヘヴィ・メタルやプログレッシヴ・ロックのバンドを探すことになる。
 それでも最近のその手のジャンルのバンドも、印象に残るような長いフレーズを奏でることは少ない。ギターは前に出ることはほとんどなく、完全にバックの演奏に徹していることの方が多いようだ。

 理由の1つは、ギターよりもキーボード類の工学的な進歩の方が目覚ましく、ほぼコンピューター化していて、簡単に操作できる(演奏ではなくあくまでも操作である)ようになったことが挙げられる。
 また、ギター小僧が憧れるような、新時代のギター・ヒーローが現れていないということも言えるだろう。いずれにしてもギター・バンド受難の時代である。

 それで今回の“残暑を乗り切るためのB級ブリティッシュ・ハード・ロック・バンド”では、ワイルドハーツを紹介することにした。

 このバンドは、リーダーでギタリスト&ボーカルのジンジャーのソロ・プロジェクトといっていいほど、バンド形式は保ってはいるものの、数回にわたってメンバー・チェンジを繰り返している。Wildhearts
 ジンジャーは1964年生まれなので、今年中に50歳になる。まだまだ若いといってもいいくらいのミュージシャンだ。
 1987年から3年間、クワイアボーイズのギタリストとして活動したあと、このワイルドハーツを結成した。

 自分は残念ながら、寡聞にしてクワイアボーイズを知らない。80年代から90年代にかけて一世風靡したブリティッシュ・ハード・ロック・バンドのようで、アメリカのバンドのポイズンに対するブリティッシュ・ロックからの回答と言われていたそうだ。
 要するに派手で陽気なロック野郎たちだったのだろう。解散、再結成を繰り返しながら、彼らは今も現役である。

 それでワイルドハーツだが、彼らの音楽性は“The Beatles meets Metallica”といわれていて、パンキッシュでハードなサウンドながらも、そのメロディはどこか懐かしく、ポップな要素を湛えていた。曲はほとんどジンジャーが手がけていたから、これはひとえに彼の才能のなせる技だろう。

 彼らは1992年に4曲入りのEPを発表し、翌年「アースVS.ザ・ワイルドハーツ」でデビューを飾った。このアルバムは、デビュー・アルバムにしてすでに完成されていると評され、ファンの中では、このアルバムを最高傑作に推す人もいるようだ。ただ全英チャートでは、最高位46位、シングル"Caffeine Bomb"は31位と、そんなに上がらなかった。

 ただこのアルバムには、デヴィッド・ボウイと一緒に活躍したあのミック・ロンソンがゲスト参加していて、ギターを弾いている。ただミックは、この後すぐにこの世を去っているので、このアルバムはミック・ロンソンに捧げられている。

 彼らは1997年に一度解散し、また活動を再開したのだが、最初の解散までの約7年間で4枚のアルバムしか発表していない。

 その中で自分が一番だと推薦するのは、セカンド・アルバムだった1995年の「p.h.u.q.」だろう。全英チャートでは堂々の6位を記録し、シングル"I Wanna Go Where The People Go"は16位まで上昇している。(ちなみにこのアルバムを読むときは、h.の次にa.を入れて“ファ×ク”と読むそうだ)Photo
 彼らのルックスは、いかにもバッド・ボーイズ風なのだが、やっている音楽は至極真っ当で、小気味よい。ハード・ロックというよりは、ハードなロックン・ロールという感じがした。

 1曲目の"I Wanna Go Where The People Go"は、今聞くとまるでグリーン・デイの「アメリカン・イディオット」の中の曲のようだ。それほどメロディアスで、ノリがよいということだろう。

 それにまた彼らのコーラスも聞きやすく、時に爽やかだ。そういうところがビートルズに似てくるのだろう。"V-Day"、"Just in Lust"などの曲もそんな感じがした。

 特に後者はシングル・チャートで28位まで上昇している。彼らはアルバム・オリエンティッドなバンドではなくて、シングル曲も大事にしていた。これは多分ジンジャーの志向だろう。

 さらにザ・ビートルズの"I'm Only Sleeping"の回転数を上げたような"Nita Nitro"、逆に、まさにメタリカっぽい"Cold Patootie Tango"、"Noah Shit, You Got Through"など聞き所は多い。

 それに意外に美しいバラード、"In Lily's Garden"も収められていて、90年代半ばのイギリスにこういうバンドが存在していたことを知って驚いたものだ。日本にはたびたび来日しているようだから、知らなかったのは自分の不明さのせいだろう。

 とにかくこのアルバムを通して、自分にとってワイルドハーツは、ハードなグリーン・デイ、メタリックなチープ・トリックという印象が強いバンドなのである。

 彼らは、というかジンジャーは、その後も数回、ワイルドハーツの解散、再結成を繰り返しながら、今も活動を続けている。

 彼はまたソロ活動にも熱心で、2010年にはフィンランドのバンド、ハノイ・ロックスのボーカリストだったマイケル・モンローとともにバンドを結成し、ライヴ・アルバムを発表している。

 もちろんソロ・アルバムも5枚ほど出していて、日本ではほとんど彼の動向が伝わらないけれども、非常にエネルギッシュに活動しているようだ。

 彼もまた、現代に生きるブリティッシュ・ハード・ロック界を代表するミュージシャンの1人なのである。

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2014年9月 3日 (水)

サンダー

 さて、いよいよ9月になった。前回も書いたけど、朝夕はしのぎ易いのだが、確かに日中はまだまだ残暑が強い。それで4回にわたって、残っている暑さに負けないための“B級ブリティッシュ・ハード・ロック”を特集しようと思う。

 今回は、90年代のブリティッシュ・ロックを代表するB級バンド、サンダーの登場だ。このバンドは、本国イギリスや日本でかなり人気があった。

 彼らは、一口に言って、いわゆる伝統的なブリティッシュ・ロックが90年代に甦ったような音楽性を有していた。要するに、湿っぽくてメロディ作りが上手く、骨太なのである。
 また、メンバーの中で特に際立ったテクニックを持っている人がいなくて、みんなまとまってガッツのある音楽をやっているという印象もあった。

 それが一番わかるのが、1996年の4枚目のアルバム「ザ・スリル・オブ・イット・オール」だろう。Photo
 このアルバムは、デビュー時から所属していたEMIレコード側といろいろな軋轢が生じてしまい、EMIを離れてマイナー・レーベルのBラッキーというところから発表している。(日本ではビクター・エンタテインメントだった)

 だから心機一転して制作したのが、このアルバムだった。アルバム冒頭の"Pilot of My Dreams"では、ハードなリフとそれに絡むブルージィーなボーカルが印象的だ。このボーカリストのダニー・ボウズという人の声質は、どことなくポール・ロジャーズを髣髴させてくれる。

 次の曲"Living for Today"では、アコースティック・ギターで導かれながらも徐々に音が重ねられていき、70年代のブリティッシュ・ロックの改訂版のような音を聞かせてくれる。バッド・カンパニーをハードにした感じだ。ハーモニカを吹いているのはダニーだろうか。

 3曲目の"Love Worth Dying For"はアコースティック・ギターを基調とした心に染み入る名曲だ。これからの季節にはもってこいのバラードだろう。間奏のギター・ソロは定番とはいえ、曲を盛り上げてくれる。

 "Don't Wait up"は黒っぽい。R&Bの影響をもろに受けたという感じで、この辺はハード・ロック・バンドというより、良質な伝統を受け継いでいるR&Bバンドのようだ。スモール・フェイセズやスペンサー・デイヴィス・グループを想起させてくれる。

 このアルバムではアコースティック・ギターが多用されているようで、"Something About You"も基本はアコースティックである。ただアルバム全体が一本調子にならないのは、曲のメロディの良さと、リード・ギタリストのルーク・モーリーの間奏やエンディングでのソロが決まっているからだろう。盛り上げるのが上手いギタリストだ。

 "Welcome to the Party"は、タイトル通りノリノリのロックン・ロールで、変にギミックを使わず、ストレートに勝負しているところが素晴らしい。
 このアルバムをレコーディングする前に、ベーシストのミカエル・ホグランドが家庭の事情で脱退したのだが、そんなマイナス要素を微塵も感じさせない曲調である。

 アルバム・タイトルの"The Thrill of it All"は、名曲揃いのこのアルバムの中でもさらに光を放っている。これもどちらかというとR&Bの影響を受けていて、女性バック・コーラスがそれっぽい雰囲気を漂わせているし、ベン・マシューズのキーボード・プレイがいい味を出している。

 "Hotter Than the Sun"もR&B色の濃い曲で、ビンビン鳴らされているベース・ギターはギタリストのルークが演奏している。リズム&ブルーズの上にハードなギターが踊っているようで、リスナーにとっても心地いい。

 心に沁みるバラードは"Love Worth Dying For"だけではない。"This Forgotten Town"もまたアコースティック・ギター中心のバラードで、これを書いたのはルークとドラマーのゲリー・ジェイムズだ。たぶん曲はルークが書いて、歌詞はジェイムズが担当したのだろう。

 10曲目の"Cosmetic Punk"はハードなロックン・ロール。パンクのふりをしている金持ち野郎のことを皮肉った曲だ。そんなうわべの流行しか追わない奴らに対する怒りみたいなものが、ギター・ソロに表れている気がする。

 "You Can't Live Your Life in a Day"は、メロディアス・ブルーズ・ロックだろう。ベンの演奏するエレクトリック・ピアノとルークのスライド・ギターが絶妙のバランスを保っている。

 最後の曲"Too Bad"もノリのよいミディアム調の曲で、ギターにデュラン・デュランのアンディ・テイラーが参加している。
 もともとアンディは、サンダーのデビュー・アルバムとセカンド・アルバムのプロデュースを担当していたし、3枚目のアルバムにもゲスト参加していた。サンダーとは旧知の仲なのである。

 どの曲も水準以上で、捨て曲などは1曲もない。惜しむらくはジャケット・デザインのセンスの悪さだろう。もう少しジャケットがよければ、もっと売れたに違いない。

 彼らの前身はテラプレインというバンドで、そこのボーカリストとギタリストが結成したのが、サンダーだった。テラプレイン時代の反省から、ポップではなくブリティッシュ・ハード・ロックの王道を歩もうと誓い合ったようだ。
 だからアンディ・テイラーにプロデュースを頼み、レコード会社についてもアンディの所属していたEMIになったのだろう。

 それで1990年にデビュー・アルバム「バックストリート・シンフォニー」を発表し、すぐにエアロスミスとともにツアーに出ている。

 セカンド・アルバムの「ラーフィング・オン・ジャッジメント・デイ」は1992年に発表され、全英チャートでは2位を記録し、ゴールド・ディスクを獲得した。また4曲のシングル・ヒットが生まれ、いずれもトップ40以内に入っている。

 3枚目のアルバム「ビハインド・クロウズド・ドア」は1995年に発表され、全英チャートでは5位まで上がり、3曲のシングルのうち1曲"Stand Up"は23位を記録した。

 このバンドの特長は、ボーカルのうまさと、ギタリストのルークの書く曲の良さだろう。ダニーのボーカルについては、スティーヴン・タイラーやガンズ&ローゼズのアクセル・ローズも絶賛しているし、ルークのギタリストの資質については、デヴィッド・カヴァーディルがホワイトスネイクに加入させようとしたほどだった。3
 そういうバンドが売れないわけがない。90年代半ばのブリティッシュ・ハード・ロック界は、彼らを中心に回っていたといっても過言ではなかった。

 ただロック界の商業主義は、アメリカだけでなくイギリスでも浸透していて、何を思ったかEMIは昔ながらのハード・ロック・バンドをお払い箱にしようとしたのである。もうこの手のバンドは流行らないと判断したのだろう。

 結局、本国では自分たちでレコード会社を探し、契約をするという本業以外の仕事も増え、サンダーは徐々にその勢いを削がれていったのである。

 1999年に「ギヴィング・ザ・ゲーム・アウェイ」という5枚目のスタジオ・アルバムを発表したあと、彼らは活動を停止してしまった。たまに発売されるアルバムは、過去のライヴ盤やそれまでのベスト・アルバムといった類のものだった。

 しかし約2年間の休養の後、彼らは再結成し、その後の7年間で4枚のスタジオ・アルバムを発表した。ほぼ2年に1枚のペースである。
 彼らはコンスタントにアルバムを発表したあとは、当然のごとく頻繁にライヴを行った。そのせいか、21世紀になっても彼らの人気は衰えず、ビッグ・ヒットは無いものの、そこそこのシングル・ヒットを出している。

 サンダーは、2008年以降は休止状態になっていたが、最近になってニュー・アルバムのレコーディング開始が、彼らのフェイスブックなどで報じられた。ただ本当にアルバムまでにまとめられるのかは不明である。 

 彼らの栄光の軌跡を聞きたければ、EMIの黄金時代のものがお勧めだ。この頃のサンダーが一番輝いていたからである。2

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