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2014年9月13日 (土)

プレイング・マンティス

 さて、“残暑も忘れるB級ブリティッシュ・ロック・バンド編”の第3弾である。今までの2回は90年代のバンドを紹介していたが、今回は少し昔に戻って、それなりに有名なバンドを紹介しようと思った。

 それがかの有名なプレイング・マンティスである。自分はこのバンドを通して、初めて“カマキリ”という英単語を知ったのだった。

 そんなことは兎も角、このバンドは、80年代のイギリスでのニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタルのムーヴメントにおいて、あのアイアン・メイデンやデフ・レパードと肩を並べるくらい人気と実力を兼ね備えていた(と自分では思っている)のである。

 彼らは1974年頃に、ケント州で結成された。バンドの中心人物は、ティノ&クリスのトロイ兄弟だった。彼らはギリシャ人の父親とスペイン人の母親の間に生まれ、クリスが11歳の誕生日プレゼントにスパニッシュ・ギターをプレゼントされたことから、音楽活動に興味を見せ始め、ついにジャンクションというバンドを結成してしまったのである。

 当初は単なるパーティー・バンドで、本格的なプロ・ミュージシャンになることは誰も考えていなかったのだが、徐々にオリジナル曲を書くようになり、自分たちで録音したデモ・テープを当時有名だったハード・ロック専門クラブの“バンドワゴン”に送ってみることにした。

 当時は、こういう専門のクラブが気に入ったバンドのデビューを後押しする習慣があり、プレイング・マンティス自身も3曲入りの自主録音盤を発表した。これが好評を博して、1979年にはEMIレコードと契約をして、シングル"Captured City"を発表した。
 実は、あのアイアン・メイデンも、こうしたルートでデビューしていたから、プレイング・マンティスも将来を嘱望されていたといってもおかしくはないだろう。

 ただEMIレコードは、アイアン・メイデンと先に契約をしていて、同じレーベルに同じようなバンドは2つもいらないということで、プレイング・マンティスの方は契約を得ることができずに、しばらくはマイナー・レーベルからシングルを出していた。

 彼らの潮目が変わったのは1980年で、その年、アイアン・メイデンやロニー・モントローズのいたガンマのオープニング・アクト(いわゆる前座)として、イギリス中をツアーして回った。これが契機となって、彼らはアリスタ・レコードと契約することができたようだ。

 それでデビュー・アルバムとして発表されたのが、名盤の誉れ高い「タイム・テルズ・ノー・ライズ」(戦慄のマンティス)だった。1
 このアルバムの素晴らしいところは、ツイン・リード・ギターが奏でるメロディの良さと、ヘヴィ・メタルでは珍しくコーラス・ハーモニーの華やかなところである。このハーモニーの美しさは、ひょっとしたら先輩格のクィーンを受け継いだのではないかと思われるほどだ。

 今聞くと、ヘヴィ・メタルではなく、ポップなロックン・ロールのように聞こえる"Cheated"からアルバムは始まる。シングル・カットもされているから、売れるように作ったのかもしれない。ちなみに全英シングル・チャートでは69位止まりだった。

 続く"All Day & All of the Night "はキンクスのカバーで、確かにこの曲の間奏部分は、ハードなロック・ミュージックに変質している。

 80年代のハード・ロック&ヘヴィ・メタルの特長は、曲がコンパクトにまとめられていて、その中で印象的なリフやメロディが奏でられるという点だ。
 また、曲に勢いがあり、それを聞いたリスナーたちがカタルシスを味わえるという点もあっただろう。

 この点から言えば、3曲目の"Running for Tomorrow"では、疾走感も味わえるし、リフや途中のギター・ソロもカッコいい。まさにこの時代を象徴する曲だろう。
 さらにトロイ兄弟が作った"Rich City Kids"もそういう傾向の延長線上に存在している。確かにライヴでは映える曲に違いない。

 イントロがウィッシュボーン・アッシュの曲に似ている"Lovers to the Grave"は、マンティス流のバラード曲だ。曲の途中からアップテンポになり、スピーディーになる点もウィッシュボーン・アッシュっぽい。定番といえば定番だが、その予定調和がリスナーに安心感を与えるのだろう。

 アルバムの後半は"Panic in the Streets"で始まる。これもタイトルを見ればわかるように、アグレッシヴな曲だ。リード・ギターの入り方が、何となくリッチ―・ブラックモアに似ているが、ソロの部分はそんなに長くはない。むしろギターのユニゾンがツイン・リードを意識させてくれる。

 逆にメロディアス・ハードというか、ハードなAORなのが"Beads of Ebony"だろう。この曲だけを聞けば、とてもヘヴィ・メタル・バンドとは言えない。

 ただ、ブリティッシュ・ロックの底流にはメロディに対する憧憬みたいなものが脈々と流れていて、プログレッシヴ・ロックでもヘヴィ・メタルでも、売れるものには必ずメロディの美しさが備わっている。この源流には60年代のビート・バンドの影響があるのではないかと考えているのだが、どうだろうか。

 アルバムの8曲目は"Flirting with Suicide"で、これも疾走感や焦燥感を味わうことができる曲で、70年代のハード・ロックがパンクの洗礼を受けて出来上がったような曲だ。途中のギター・ソロが勢いがあってカッコいい。リフレインのコーラスがあまりブリティッシュぽくないのだが、まあいいだろう。

 最後の曲の"Children of the Earth"でも、彼らの勢いは衰えていない。メロディとハーモニーの美しさはますます磨きがかかり、速弾きギターは華麗に宙を舞っている。惜しむらくは、もう少しリズム・セクションに重きがあれば、もっと重厚さが前に出て、バランス的によりよいものになっただろう。2

 ただ彼らの問題点は、メンバー・チェンジが多すぎて、いったい誰が今のメンバーなのかがよくわからなかったことだろう。またデビュー・アルバムが思ったよりも売れずに、チャート的にも60位という結果で終わってしまったこともアンラッキーだった。

 この辺りからバンド側とレコード会社側との軋轢が生まれ、互いが互いを非難するようになり、たった1枚のアルバムだけで彼らは契約を失ってしまった。

 このあと1982年にはマイナー・レーベルからアルバムを発表するも、十分なサポートを得ることができずに、彼らは再びレコード契約を失ってしまうのである。
 この後、ドラマーに元アイアン・メイデンのクライヴ・バーが参加したり、バンド名をエスケイプ、ライムライト、タイゴン、ストレイタスと変えていったりした。

 アルバムも売れず、バンド名もコロコロと変更していけば、どういうことになるかはわかると思う。結局、彼らは歴史の波の中に消えていった。逆に彼らのデビュー・アルバムは幻の名盤ともてはやされ、当時1枚数万円で取引されるようになった。皮肉な結果になったようだ。

 バンドは今でも現役である。結成当時からのメンバーは、ギタリストのティノ・トロイとベーシストのクリス・トロイだけで、あとは数か月から数年で入れ替わっている。

 先ほどのクライヴ・バーを始め、同じ元アイアン・メイデンのギタリストだったデニス・ストラットン、元ローン・スターのジョン・スローマンや元レインボーのコージー・パウエルもゲストとして参加していた。
 とにかく人数が多くて、彼らの名前を紹介するだけで、このブログが終わってしまうだろう。

 彼らは2012年に来日公演を果たしているし、翌13年には新メンバーによるニュー・シングルが発表されている。ただ、もっとしっかりとしたサポートを受けない限り、彼らの人気が高まることはないだろう。

 しかし、彼らのデビュー・アルバムが色褪せることはない。80年代のNWOBHMブームとともに、このアルバムと彼らの名前は、永遠にロック・ミュージックの歴史に残っていくに違いないのだ。


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