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2014年10月

2014年10月28日 (火)

マグナム

 10月も終わりに近づいてきた。それで今まで続けてきたシリーズ、“プログレのようなヘヴィメタのような”ロック特集も、今回で最後にして、来月からは新しい企画を考えていこうと思っている。

 それで最後の今回も、英国産のバンドを紹介したい。1970年代の終わりにシーンに登場してきたバンド、マグナムである。
 彼らは1972年にバーミンガムで結成された。売れる前は地元のパブや小さなクラブで、コツコツとライヴ活動を続けていたようだ。

 彼らが売れるようになったのは、1978年にジェット・レコードと契約を交わしてからだった。知っている人は知っていると思うけれど、ジェット・レコードにはエレクトリック・ライト・オーケストラ(略してE.L.O.)が所属していて、彼らはマグナムと同じバーミンガム出身だった。そういう地元つながりという縁故みたいなものも、あったのだろう。

 結成当時のメンバーは5人で、中心メンバーは、ギタリストのトニー・クラーキン、ボーカリストのボブ・カトレイ、キーボーディストのリチャード・ベイリーだった。Magnum3
 彼らが普通のハード・ロック・バンドと異なるのは、リチャード・ベイリーの演奏するポリフォニックなシンセサイザーと、時折り聞こえてくるフルートの音のせいだろう。

 彼らのデビュー・アルバムは、1979年に発表された。ちょうどパンク・ロックからニュー・ウェーヴへと移行するときでもあって、彼らのようなロック・バンドにとっては逆風が吹き荒れていた時期だったが、ジェット・レコード所属ということも幸いしたのか、意外と受け入れられたようで、チャート・アクションでは58位を記録している。

 このデビュー・アルバム「キングダム・オブ・マッドネス」には9曲が収められていて、1曲目の"In the beginning"は、7分34秒という長丁場の曲だ。

 この曲だけ聞けば、とてもハード・ロック・バンドとは思えないだろう。アコースティックからエレクトリックまで、器用にギターを弾きこなすトニー、華麗なムーグ・シンセサイザーを披露するリチャードに、まさにヘヴィメタ野郎のようにシャウトするボブのボーカル、それらが一体となって、転調を繰り返しながら曲が進行している様子は、まさにプログレッシヴ・ロックの様相を呈していた。

 逆にハード・ロック・バンドの一面を披露しているのが、次の曲の"Baby Rock Me"で、細かく刻まれるスネア・ドラムとハイハットのリズム・パターン、さらには途中に挿入されるキーボードがユニークだ。この曲だけを聞くと、70年代前半に日英で人気が高かったスウィートを思い出した。よく似ていると思う。

 一転して3曲目の"Universe"は4分足らずのバラード曲になっていて、今度はリチャードのエレクトリック・ピアノとシンセサイザーが美しく響いている。
 彼らの曲は、メロディがはっきりとわかりやすく、ハード・ロックに伴う武骨さや暑苦しさなどは微塵も感じられない。

 アルバム・タイトルでもある"Kingdom of Madness"では、イントロのフルートとアコースティック・ギターの短い調べから一転してハードな展開が披露される。4分24秒とそんなに長くないのだが、アコースティック・ギターとエレクトリック・ギターの使い分けが効果的で、それにキーボードやフルートが絡んでくる。
 またボーカルをバックアップしているコーラスも綺麗にまとまっているし、鳥のさえずりのSEも含まれていて、全体的に長く感じられた。

 後半は3分台の短い曲が続いている。まず"All That is Real"では、曲の途中でいきなりギター・ソロが始まりハードな雰囲気を形造るも、エンディングにシンセサイザーが使用されて収束していく。

 ドライヴィング・ギターとキーボードのバランスがいいのは、"The Bringer"だろう。この曲もドラマティックな曲調で、アコースティック・ギターの使い方が上手だ。後半のカウベルから始まるギター・ソロも印象的である。

 "Kingdom of Madness"とともに、今でもライヴで歌われているのが7曲目に収録されている"Invasion"で、確かに性急感のあるリズムとそれに絡むオーヴァーダビングされたギターは、ライヴではより一層映えるだろう。

 このアルバムは曲間がほとんどなく、全9曲がまとまって聞こえてくる。"Invasion"の次の"Lords of Chaos"も同様で、中盤のキーボードとクィーンのようなオペラティックなコーラスがカッコいいし、アップテンポの2曲に続いて、エンディングの"All Come together"は、最後を締めくくるにふさわしいバラードでもある。重厚なキーボードが感動的だった。Photo_2
 最初の曲以外は、このアルバムの曲は比較的短いのだが、1曲1曲にドラマ性があり、非常に巧みに作られていることが分かる。曲はすべてギター担当のトニーが書いているのだが、アレンジはみんなで行っているのだろう。

 同時に、ギターだけが、あるいはキーボードだけが目立つということはなく、バランスよく配置されている点も見逃せないだろう。歌ものアルバムだが、ボーカルだけが目立つということもないし、演奏だけが際立っているというわけでもない。

 1979年という時代性を考えれば、当時のプログレッシヴ・ロックとハード・ロックの良質な部分をブレンドして絞り込んだ音楽、と言えるのではないだろうか。

 彼らの黄金期は80年代だった。1982年のアルバム「チェイス・ザ・ドラゴン」で英国内に名前が売れ、85年の「オン・ア・ストーリーテラーズ・ナイト」で世界的に有名になり、商業的にも十分な成功を収めるようになった。

 彼らのアルバム・ジャケットは、いずれも独創的で、中世的な幻想絵画を味わうことができる。彼らの音楽観をシンボライズしているかのようだ。

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 彼らは1995年に解散したが、21世紀に入って再結成し、コンスタントにアルバムを発表している。オリジナル・メンバーは、ボブとトニーだけで、キーボーディストは、黄金期を支えたマーク・スタンウェイに交代している。

 いずれにしても、軸足はハード・ロックに置きながらも、ポップでも単なるハードでもなく、また形だけのプログレッシヴ・ロックでもなく、それらを含みながら絶妙なバランスの上に位置していたマグナムだった。“プログレのようなヘヴィメタのような”ロック特集に、まさにふさわしいバンドだといえるだろう。

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2014年10月23日 (木)

スレッショルド

 さてさて、“プログレのようなハード・ロック/ヘヴィ・メタルのような”ロック・バンド・シリーズの第7弾である。今回も伝統あるブリティッシュ・ロック・バンドの中から1つ選んでみようと思う。

 前回はムーディー・ブルースも所属していた(というか自分たちで立ち上げたレーベル)スレッショルド・レーベルのバンド、トラピーズだったが、今回もスレッショルドつながりということで、その名前通りのバンドのことを、思いつくままに書いてみたい。

 このバンドは、ムーディー・ブルースの1969年のアルバム「夢幻」のオリジナル・タイトルにあった"Threshold"という言葉の響きに惹かれて、自分たちのバンド名にしたようだ。3
 スレッショルドは、1988年イギリス南部のサリー州で結成された。中心人物はギタリストのカール・グルームという人で、以前このブログの中で紹介されたシャドウランドというバンドのギタリストでもあった。

 シャドウランドは1996年から2009年までの間は、ほとんど活動休止状態だったから、このあいだのカールは、スレッショルドで活動をしていたのだろう。

 シャドウランドについてもう少しだけ触れておくと、もともとこのバンドは、ペンドラゴンのキーボーディストのクライヴ・ノーランのバンドだったから、彼の音頭取りがなければ、活動はしていなかった。

 また、カールは他のプログレッシヴ・ロック・バンドのアルバムに参加したり、アルバムのエンジニアやプロデュースも行っている。クライヴ・ノーランとまでいかなくても、カールもまたワーカホリックな人で、彼が関わったアルバムはイエスやペンドラゴン、ストレンジャーズ・オン・ア・トレイン、クライヴ・ノーランのソロ・アルバム等々、枚挙にいとまがない。

 それでスレッショルドに話を戻すと、オリジナルのボーカリストだったジョン・ジアリーという人は、1991年にダミアン・ウィルソンが加入した時に、彼にリード・ボーカルの地位を譲ってベース・ギターに専念している。

 このダミアン・ウィルソンという人も、クライヴ・ノーランつながりでこのブログに登場していた。彼はスレッショルドに参加する前は、ランドマークというバンドで歌っていた。このバンドもクライヴ・ノーランと関わりが深くて、クライヴはプロデュースなどを担っていた。

 ただスレッショルド在籍中のダミアンは、1993年のデビュー・アルバム「ウーンディッド・ランド」発表後、音楽的な意見の衝突から脱退してしまうのだが、1996年に再加入した。そして制作されたアルバムが3枚目の「イクスティンクト・インスティンクト」だった。1
 基本的にスレッショルドはドリーム・シアター系のバンドだ。ある意味“ドリムシ・クローン”と言ってもいいだろう。テクニカルなリズムと宙を舞うギター・サウンド、それらを覆う重厚なキーボードなど、本家のサウンドによく似ている。

 ただ異なるのは、伸びのあるダミアンのボーカルだろう。基本的にシャウト型ではなくて、しっかりと歌いこむ方だ。だからハードな曲から抒情的なバラードまで器用に歌いこなすことができる。

 このアルバムでも4曲目の"Forever"ではしっとりと歌いあげているし、8曲目の"Clear"ではアコースティック・ギター1本をバックにして、リスナーひとり一人に届くように、力強く歌いかけている。器用なボーカリストのようで、ハードからソフトな曲まで、彼なら無難に歌うことができるだろう。

 またもう一つの違いは、6人編成ということだ。専任ボーカリストとリズム・セクション、キーボーディストにギタリストが2人いる。普通ならここでツイン・リードなど、演奏力に幅を出そうとするのだろうが、そういう場面は少なく、残念ながら2人も存在する意味が見いだせないような気がする。

 このアルバムでも、8分以上もある"Part of the Chaos"では、確かにツイン・リード・ギターらしきものが聞こえてくるのだが、他の曲ではあまりパッとしない。もっと印象に残るフレーズやソロを発揮するなどして、バンドの特長を高めていってもらいたいものだ。2
 ところでダミアンは、何を思ったかこの1997年の3枚目のアルバム発表後に、再びバンドを脱退してしまった。理由はよくわからないのだが、ソロ・キャリアを追及したくなったのだろう。
 その後は、オランダのミュージシャン、アルイエン・アンソニー・ルカッセンのプロジェクトやリック・ウェイクマンのバンドで活躍しているようだ。

 しかしさらによくわからないのは、このダミアンは、三たびスレッショルドに返り咲いて、アルバムに参加していた点だろう。

 おまえはジョン・アンダーソンかと言いたくなるのだが、自分はリード・ボーカリストはバンドの顔だと思っているので、こう何度も変わられると、アルバム制作に支障が出てきてもおかしくないと思うのだが、どうだろうか。

 とにかくダミアンは、2007年にバンドに復帰して、それ以降の2枚のアルバムに参加している。公式上は現在でもバンドのメンバーである。

 結局、オリジナル・メンバーはギタリストのカール・グルーム一人だけになってしまった。彼がこのバンドのリーダーであり、クライヴ・ノーランから声がかかれば、シャドウランドでもギターを弾くのだろう。

 アイアン・メイデンやジューダス・プリーストなどのメタル・バンドは、プログレのような長い曲や組曲形式のものをやっているが、あくまでも彼らはヘヴィ・メタル・バンドとして活動している。

 その点、スレッショルドはイギリスでは珍しくプログレッシヴ・ロックとヘヴィ・メタルの境界線上にあるバンドだ。しかも1988年から25年以上も活動を継続していることを考えれば、根強いファン層が存在しているのだろう。 

 日本ではマイナーな存在だが、イギリスのバンドとして、アメリカのドリーム・シアターと比肩できるように頑張ってほしいものである。

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2014年10月18日 (土)

トラピーズ

 今月は“プログレのようなハード・ロック/ヘヴィメタのようなロック・バンド”特集をやっていて、第6回目の今日はイギリスの生んだロック・バンドのトラピーズの登場である。

 トラピーズといえば、ボーカル&ベース・ギター担当のグレン・ヒューズが有名だ。彼はのちにディープ・パープルに加入し、世界的に有名になったのだが、その彼が加入前にいたバンドが、トラピーズだった。

 なぜこのバンドが今回の特集に選ばれたのか、疑問に思う人もいるかもしれない。どう考えてもハード・ロック、しかもかなりファンキー寄りのサウンドを出すバンドとして認知されているからだ。そうでなければグレンは、ディープ・パープルから声をかけられることもなかっただろう。

 その理由を解き明かすためには、彼らのバンドの歴史を知らなければならない。元々彼らは、1969年に結成された。前回紹介したクォーターマスとほぼ同時期だ。

 トラピーズは、2つのバンドが合体してできたバンドだった。それはザ・モンタナズとファインダース・キーパーズというバンドで、キーボード担当のテリー・ロウリーとトランペットのジョン・ジョーンズがザ・モンタナズ、グレン・ヒューズとギタリストのメル・ギャレー、ドラマーのデイヴ・ホランドがファインダース・キーパーズ出身だった。

 彼らはバーミンガムの近くで結成され、活動をしていた。この中ではギタリストのメル・ギャレーが一番有名で、地元ではヒーロー扱いされていたようだ。ただ、初期のトラピーズはポップ・ミュージックを志向していて、ハードなイメージは皆無に等しかった。

 彼らは結成と同時にレコード契約にありつくのだが、アメリカのレーベルやイギリスのレーベルなど6つのレーベル会社からアプローチされていた。中にはザ・ビートルズのいたアップル・レコードからも声がかかったという。

 そういう状況の中で、彼らは、最終的にスレッショルド・レーベルと契約を結んだ。スレッショルドといえば、すぐに思い出すのがムーディー・ブルースである。
 ムーディー・ブルースといえば、ジミー・ペイジも真のプログレッシヴ・ロック・バンドとして激賞したバンドであり、バーミンガム出身でもあった。

 それで同郷という好もあり、何かと面倒を見てくれるということからトラピーズは、デビュー・アルバムをスレッショルドから出すことになった。しかもアルバムのプロデュースは、ムーディー・ブルースのメンバーだったジョン・ロッジが担当していたのである。

 このデビュー・アルバムは1970年に発表されたが、メンバー構成がムーディー・ブルースとよく似ているせいか、牧歌的でファンタジー性が溢れていた。アルバム・ジャケットも昔の宗教画か何かのように芸術的でもあった。3
 だからトラピーズというバンドは、最初は英国フォーク・ロックやプログレッシヴ・ロックの範疇でも語られるバンドでもあった。

 ところがこれが全く売れなかった。リスナーは第2のムーディー・ブルースと思ったのだろうか、それともムーディー・ブルースになれそうもない中途半端なロック・バンドと思ったのだろうか。

 そのせいかバンドの中のザ・モンタナズ組が脱退をしてしまい、残された3人でアルバムを制作した。それが同じ1970年に発表された「メデューサ」だった。

 このアルバムを制作する前から、グレン・ヒューズはブラック・ミュージックを聞き始めるようになり、深くそれに傾倒していった。だからその傾向がこのセカンド・アルバムには出ているし、これ以降もグレン・ヒューズの心をとらえて離さなかった。彼がソウルフルに歌うようになったのも、この頃からである。

 ちなみに彼はスティーヴィー・ワンダーやマーヴィン・ゲイ、スライ&ザ・ファミリー・ストーンなどに影響を受けたと後に述べている。

 このセカンド・アルバムもジョン・ロッジがプロデュースを担当していたが、音楽的傾向は180度転換していて、アメリカの南部テイストやソウル・ミュージックの影響を受けたロック・アルバムに仕上がっていた。Photo
 アルバム発表後は、イギリスよりもアメリカからライヴのオファーが数多くあったようだ。確かに重く引きずるようなリズム・セクションは同郷のブラック・サバスのようだったし、喉の奥から絞り出すようなグレンのボーカルは、低音から高音まで音域が広く、印象深いものがあった。

 また前作とは打って変わって、このセカンド・アルバム「メデューサ」ではメル・ギャレーのリード・ギターが強調されていて、ブルーズ調のバラードタイプから速弾きのギター・ソロまで、結構流暢に弾きまくっていた。
 意外と器用なギタリストであり、もっと評価されてもいいような気がした。彼は2008年に食道癌で亡くなっている。享年60歳。まだまだ第1戦で活躍してほしいミュージシャンだった。

 彼らは2年後の1972年に3枚目のアルバム「連動」を発表した。原題は「You are the Music...We're Just the Band」という。

 グレン個人はこのサード・アルバムを一番気に入っていて、自分らしさが発揮されているとインタビューに応えていた。確かに"Coast to Coast"や"You are the Music...We're Just the Band"など、今でもライヴで演奏されている曲が含まれていて、グレン自身も愛着深いのだろう。

 ただこのアルバムには8曲が収められているのだが、トータルで40分にも満たない。この辺が不満という人も多くいて、もう少し曲数が多くてボリュームがあれば、もっと有名になったのではないかと思っている。4

 この後、グレンは1973年にディープ・パープルに加入するのだが、その前には同じバーミンガム出身のバンドE.L.O.に、当時所属していたロイ・ウッドからもバンドに加わらないかと声をかけられている。

 1976年にはディープ・パープルを脱退したグレンを中心に、メルとデイヴが参加して一時的にトラピーズが復活したが、グレン・ヒューズの薬物中毒のために短期間で活動を終了している。

 メル・ギャレーは、セッション活動を続けた後、ホワイトスネイクに参加して、アルバム「セインツ・アンド・スィナーズ」や「スライド・イッツ・イン」でエネルギッシュなギターを披露してくれたが、上記のようにすでに故人になってしまった。

 ドラマーのデイヴ・ホランドは、1979年から約10年間ヘヴィメタ・バンドのジュダス・プリーストで活躍したが、2004年にデイヴの自宅でドラム練習中だった17歳の男の子をレイプした件で起訴され、8年の実刑判決を受けた。デイヴは、公判中にバイセクシャルを公言していたようだ。
 ただ、欧米では未成年者に対する性的な暴行や虐待は、法的処罰よりも社会的な制裁の方が厳しいので、音楽業界に復帰することは困難だと思われる。

 肝心のグレン・ヒューズは、トミー・アイオミやパット・スロール、ゲイリー・ムーアなどの有名ギタリストとコラボレーションをしたり、様々なミュージシャンとセッション活動を行っていた。2

 2009年には、キーボーディストのデレク・シェリニアンやギタリストのジョー・ボナマッサ、ドラマーのジェイソン・ボーナムらと、ブラック・カントリー・コミュニオンというスーパーバンドを結成して、3枚のアルバムを発表したが、2013年に解散してしまった。

 最近ではカリフォルニア・ブリードというバンドを結成して、同名のデビュー・アルバムを発表している。ちなみにそのバンドでドラムを叩いているのは、ジェイソン・ボーナムだ。

 今となって考えれば、立派なハード・ロック・バンドなのだが、デビュー当初はフォーキーなプログレッシヴ・ロック・バンドとして認知されていた。

 バンドの方針が転換し、それが見事に成功したのも、ムーディー・ブルースの影響を離れ、グレンを中心としたファインダース・キーパーズ出身者の努力のおかげだろう。人生何がどうなるのかわからないが、わからないこそ面白いのかもしれない。

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2014年10月13日 (月)

クォーターマス

 今まで何度も書いてきたが、メタリカやクィーンズライチ、ドリーム・シアターの成功のおかげで、1990年代の半ばからプログレッシヴ・ロックとヘヴィ・メタルを融合したような音楽が世界的に流行してきた。

 ただこれは、何もその時から始まったことではない。プログレッシヴ・ロックとハード・ロック/ヘヴィ・メタルとの境界線が曖昧なのは、ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタルのブームの時もそうだったし、古くはそれ以前の70年代に遡ることもできるだろう。

 それで今までドイツや北欧、南欧のバンドを紹介してきたが、今回は1960年代末のイギリスに舞台を移そうと思う。60年代の終わりにEMIの子会社レーベルだったハーヴェストからアルバム1枚を出して消えていった幻のバンド、クォーターマスのことについて述べたい。

 このバンドのことを知ったのは、ベーシストのジョン・グスタフンを通してだった。彼がロキシー・ミュージックのアルバム「ストランディッド」から「サイレン」に参加していたからだ。
 しかも初期のカルト的なイメージから脱却して、世界的にも有名なバンドになる過程だったので、自分もジョンの名前も覚えてしまった。

 それで彼が以前所属していたクォーターマスというバンドのアルバムを手に入れようと思ったのだが、幻のバンドの幻のデビュー・アルバムということで、なかなか手に入れることができなかった。

 今でこそインターネットで簡単に入手することができるが、当時はLPレコードで5000円以上した記憶がある。もちろん昔も今も貧乏な自分は購入することができず、オリジナル・アルバム発表から20年近くも待たされたのだった。

 初めての人に少し説明しておくと、このバンドはギター・レスでキーボード中心のトリオで構成されていた。バンド結成は1969年の9月、デビュー・アルバムは翌年に発表された。ただしこの1枚で、バンドは1971年に解散している。

 3人のメンバーとは、ベーシストのジョンとキーボード担当のピーター・ロビンソン、ドラムス担当だったミック・アンダーウッドのことで、3人は何れもエピソード・シックスというバンドのメンバーだった。

 このバンドはディープ・パープルのイアン・ギランとロジャー・グローバーがいたことで有名になったが、そのイアンとロジャーの代わりに加入したのが、ジョンとピーターだった。

 因みにドラマーのミックは、60年代の初期にリッチ―・ブラックモアと同じバンド、ジ・アウトローズに参加していて、数枚のシングルを発表している。63539493fb6e5bacf6dc960d5cb81c91_2
 面白いことに、彼らのデビュー・アルバムには"Black Sheep of the Family"という曲が収められていて、これはリッチ―・ブラックモアがディープ・パープル時代の「嵐の使者」に録音しようとして、他のメンバーから拒否されてしまった曲でもあった。
 これがリッチー脱退の原因の1つとも噂されていて、結局、レインボーの「銀嶺の覇者」に収められたという曰くつきの曲でもある。

 彼ら3人はエピソード・シックス脱退後にクォーターマスを結成したのだが、ギタリストがいない分、キーボード、特にハモンド・オルガンとピアノがメインのリード楽器になっていて、当時主流になりつつあったシンセサイザーやメロトロンは使用されていない。

 曲数は9曲、のちの復刻盤では2曲のボーナス・トラックが付いていた。オリジナルの9曲では、最初と最後の曲が"Entropy"、"Entropy(Reprise)"と短いインストゥルメンタルになっていて、トータル・アルバムのような構成になっている。

 問題の曲"Black Sheep of the Family"のオリジナルは、重量感のあるリズム・セクションとジョン・ロードよりも目立つオルガン・プレイが印象的だ。ただ欲を言えば、もう少しソロ・パートを充実させてほしかった。シングル・カットされているので、売れるようにシンプルにしたのかもしれない。

 彼ら流のバラード"Post War, Saturday Echo"では、バックの演奏よりもジョンのボーカルの方が目立っていて、かなり伸びのある美声を披露している。5分前からジャズっぽいピアノ演奏もあって、なかなか味わい深い仕上がりだと思う。
 さらに6分過ぎからベース・ソロが入り、急にテンポが上がってオルガン・ソロが入るなどプログレ的展開を見せてくれる。トータルで9分42秒もあった。

 ハープシコードの調べで導かれる"Good Lord Knows"は2分54秒の短い曲で、シングル"Black Sheep of the Family"の裏面になった曲でもある。31名で構成されたストリングスも使用されている。
 ストリングスを指揮しているのは、エルトン・ジョンのアルバムでも有名なポール・バックマスターだ。元々彼はチェリストで、一時はサード・イヤー・バンドにも在籍していたミュージシャンでもあった。

 ハード・ロック的なのが"Up on the Ground"で、繰り返されるリフと連打されるドラミングが妙にカッコよく聞こえてくる。この3人は60年代初頭から活動しているせいか、演奏力は大したものだと思う。

 後半は、一転して疾走感のある"Gemini"から始まる。この曲はピーターとクリス・ファーロウのバック・バンドの同僚だったスティーヴ・ハモンドという人の手によるもので、各人の技量の高さがよくわかる曲になっている。

 それにしてもピーターのオルガン・ソロはかなりスピーディーだ。ジョン・ロードよりは間違いなく速いし、ひょっとしたらキース・エマーソン以上かもしれない。

 次の"Make Up Your Mind"もスティーヴ・ハモンドの作詞・作曲で、結局彼は、このアルバムで"Black Sheep of the Family"を含む3曲を提供している。
 この曲では明るいボーカルで始まり、1分50秒過ぎに一度終わって、今度はオルガン・ソロがゆっくりと始まり出す。“歌~演奏~歌”という構成をとる三部形式の曲だ。

 オルガンのソロ・パートはやや抽象的でサイケデリックな彩りを備えている。ちょっと取っつきにくい曲で、この辺はケヴィン・エアーズやエドガー・ブロートン・バンド、ピンク・フロイドを排出したハーヴェストというレーベルの音を反映しているようだった。

 低音のベース・ギターが"Make Up Your Mind"と8曲目の"Laughin' Tackle"を繋げていて、徐々にジャージーなハモンド・オルガンやストリングスの音が覆いかぶさってくる。その辺が曲の緊張感を高めていて、それを突き破るかのように4分30秒過ぎからドラム・ソロが挿入される。

 ここまでが第1部で、次から2部が始まるようだ。イントロと同じベース音に、今度はエレクトリック・ピアノとストリングスが絡んできた。まさにこの辺は、プログレッシヴ・ロックの手法だろう。
 8分過ぎから3度目のベース音が始まり、全体をリードしていく。今度もストリングスは入ってくるのだが、それほど目立つことはなく徐々に収束に導いていった。10分35秒もあるアルバム一長い曲だった。

 結局、彼らはアルバム1枚で解散してしまう。恐らくはプログレッシヴ・ロックでもなく、ハード・ロックでもない中途半端さが、メンバー間の信頼を揺るがしたのだろう。
 解散後、ジョンとピーターは1971年まで行動を共にしているから、ドラマーのミックとの間に、バンド継続に対しての意見の対立みたいなものがあったのではないだろうか。

 もう一つ話題になったのは、このアルバムのジャケット・デザインだった。摩天楼のビル群の間を翼竜のプテラノドンが飛行している様子は、彼らの堅牢なリズム・セクションと自由自在なキーボード・プレイを想起させてくれた。担当したのは、若き日のヒプノシスだった。Photo
 ミックは今も活躍中の現役ミュージシャンだが、クォーターマス解散後は、あのポール・ロジャーズとザ・ピースというバンドを作ったり、グラハム・ボネットと活動したあと、このブログでも紹介したストラップスやイアン・ギランのバンド、ギランでそれぞれ4枚のアルバムに関わっていた。

 解散後のジョンは、元アトミック・ルースターにいたギタリスト、ジョン・デュ・カンやドラマーだったポール・ハモンドとハード・スタッフというバンドを結成し、アルバムを2枚発表したあと、ロキシー・ミュージックに参加した。その後イアン・ギラン・バンドにも参加しているが、1976年から78年までで、ミックとは時期は重なっていない。やはりこの2人には、何か確執みたいなものがあったのではないだろうか。

 キーボーディストのピーターは、その後ジャズ畑に転身し、一時はブランドXのアルバムにも参加していた。現在は、映画のサウンドトラックやTVドラマの音楽を手掛けるなど、ミュージシャンとしてではなく、コンポーザーやアレンジャーとして活動しているようだ。

 ところでクォーターマスは、1994年にクォーターマスⅡとして再結成したが、オリジナル・メンバーはミック・アンダーウッド一人だけだった。彼らは1997年にアルバム「ロング・ロード」を発表したが、ベースにニック・シンパー、ゲスト・キーボーディストにドン・エイリーを迎えたものの、それほど大きな話題にもならずに終わった。

 自分としては、ハード・ロックよりプログレッシヴ・ロックのジャンルに属するバンドだと思っている。理由は、演奏力やその内容だけではなく、ジャケット・デザインも含めた幅広い芸術性が、進歩的な音楽を志向していると思ったからだ。

 たった1枚で消えていったバンドには違いないが、その名前や音楽的影響力などは、いまだに消え失せていないことは間違いないだろう。

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2014年10月 8日 (水)

アシーナ

 さて北欧を後にして、今度は南に下ってみよう。南欧でプログレやヘヴィメタが盛んな国は、何といってもイタリアだろう。

 古くはバンコやP.F.M.、新しいところではカタフェルキ・デル・シーベルやNOSOUNDなど、イギリスからの影響を巧みに消化しながら、それに独特の美しい旋律や色彩感覚に彩られた曲調などを加えながら発展してきた。

 ヘヴィ・メタルの分野でも、1995年に結成されたラプソディー(現在ではラプソディー・オブ・ファイアー)や1991年から活動しているラビリンスが有名だ。

 それで“プログレのようなヘヴィメタルのような”ロック特集の第4弾は、イタリアのバンドのアシーナが登場する。
 アシーナといっても、日本ではそんなにメジャーではないし、イタリア本国でもそんなに人気が高まることもなく、2002年に解散しているバンドだ。

 それでも日本では国内盤も発売されるほど、期待されていたバンドだった。メンバーは5人(のちに6人)で、オリジナル・メンバーは、ボーカリストのアレッシォ・モスティ、ドラマーのマッテオ・アモロゾ、ギタリストのシモーネ・ペレーグリーニの3人だった。

 バンド名は、もちろん“アテネ”のことを意味しているのだが、本当は、日本の有名なコミック「聖闘士星矢」にちなんで名づけられたといわれている。自分は、アニメにはそんなに詳しくはないので、よくわからないのだが、そういえばギリシャ神話か何かに関係していたような内容だった気がする。だから“アテネ”なのだろう。

 彼らは1991年頃に活動を始め、1993年に5曲入りのデモ・テープを制作している。デビュー・アルバムは1995年に発表された。「インサイド、ザ・ムーン」というタイトルで、ヨーロッパを始め、日本でも発売された。

 以前にも書いたけど、当時は第2、第3のドリーム・シアターを発掘しようというレコード会社と、プログレッシヴ・ロックとヘヴィ・メタルの融合したような音楽を聞きたいというリスナーの欲求が、世界的に高まっていた時だった。2_2
 このアルバムは国内盤も発売されたのだが、それほど有名な曲もないし、印象に残るようなアルバムではなかったようだ。メンバーはドリーム・シアターと同じように、音楽専門の学校を卒業しているという触れ込みで、それなりの期待を持たされたのだが、楽曲自体はパッとしなかった。

 彼ら自身もそのことをわかっていたようで、3年後に発表されたセカンド・アルバム「ア・ニュー・レリジョン?」ではオリジナル・メンバーだったボーカリストが馘首されていて、新しくファビオ・リオーネという人が加入した。

 このファビオという人は、同じ系列のバンドとしても語られているラビリンスのボーカリストでもあった。
 バンドに加入した当時の彼は、ラビリンスからラプソディというバンドに移籍していて、アシーナとラプソディの2つのバンドを掛け持ちして活動していくと公言していた。それくらい彼はイタリアを代表するボーカリストとして実力があったのだろう。

 また彼は、こうも述べている。『曲にあった歌い方が大事だ。機械的なハイトーンで歌うよりもエモーショナルに歌いたい。ラプソディは抒情的な曲が多いし、ラビリンスではもっとスピィーディな曲が多い。アシーナにはその中間的な、バラエティ豊かな曲が多いから、歌うスタイルもそれに合わせるよ』

 実際、1998年に発表されたセカンド・アルバム「ア・ニュー・レリジョン?」には冒頭の短いインストゥルメンタルを含め全11曲が収められていて、曲自体も長くて6分少々、大半は4分から5分程度の短い曲が多かった。Photo
 アルバム・コンセプトは、この時期に流行った人類の終末観を描いているもので、ヨハネの黙示録以降の新しい宗教のことを歌っているようだ。この辺はイタリアのバンドらしい気がした。

 サウンド的には、ドリーム・シアターの二番煎じという感はぬぐえないが、情感のこもった歌い方や、時折交えるファルセットが効果的で、確かに上手なボーカルだと思う。

 またギターよりもキーボード・ソロの方が印象的というか、耳に残りやすい。テクニック的には他のバンドと比べても遜色はないと思うが、音数的にはやや少ないかなという印象だった。

 ただこのアルバムは、彼らの代表作と呼ばれるだけあってか、基本的にはメロディアスで疾走感があり、佳曲が多い。例えば3曲目の"Soul Sailor"はサビの部分が覚えやすく聞きやすい。演奏部分もしっかりしていて、速弾きのギター・ソロも安心して聞くことができる。何となくブラジルのヘヴィ・メタル・バンド、ANGRAのアルバムを聞いているようだった。

 "Every Word I Whisper"では、分厚いキーボード・ストリングスが圧迫感を伴ってこちらに押し寄せてきそうだし、"Dead Man Walkin'"のギター・ソロは必聴だろう。

 抒情的なエレクトリック・ピアノのイントロが一転してハードに展開する"My Silence"は、静と動の対比が見事だし、同じ6分以上もある"Secret Vision"ではキーボード、ギター、ベース・ギターの各ソロ・パートが各人の力量の高さを証明しているようだ。この2曲は、このアルバムを代表する曲だといってもおかしくはないだろう。

 ラストの"Not Too Far"はストリングスをバックにしっとりと歌われていて、なかなか感動的だ。彼らのバラードの代表作ともいえるだろう。

 予想できたことなのだが、このアルバムを発表したあと、ボーカリストのファビオが脱退してしまう。結局彼は、ラプソディで活動することになったからだ。確かにラプソディの方がメジャーだったから彼の選択は正しかったかもしれないが、でも最初から分かっていたような気もしてならない。

 当然またボーカリストが交代して、2001年にサード・アルバム「トゥワイライト・オブ・ディズ」を発表したのだが、これはセカンド・アルバムよりも評判を呼ばず、国内盤も発売されることもなかった。

 2002年にバンドは解散を表明し、わずか3枚のアルバムを残して解散してしまった。やはり、バンドの顔ともいうべきボーカリストが固定できなかったというのが最大の原因だろう。

 メンバーそれぞれの演奏技術は高かっただけに、残念でならない。メンバーそれぞれもその後どうしていることやら、よくわからないのだが、何らかの形で音楽活動を続けていることを願っている。

 イタリアのミニ・ドリーム・シアターだったアシーナである。彼らの名前と曲は、今でも一部のファンにとっては忘れ難いものになっているに違いない。

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2014年10月 3日 (金)

オーペス

 “プログレのようなヘヴィ・メタルのようなロック”の第3弾、今回はドイツから北欧の国、スウェーデンに移動したいと思う。

 だいたいスウェーデンのみならず、北欧の国々ではプログレッシヴ・ロックやヘヴィ・メタルのバンドは多くて、スウェーデンだけでも、古くはシルヴァー・マウンテン、中堅どころではエッジ・オブ・サニティやペイン・オブ・サルヴェイションなどがあるし、プログレッシヴ・ロックの分野ではこのブログでも紹介したトレッティオアリガ・クリゲットやアングラガルドにアネクドテン、ご存じ北欧の鬼才ロイネ・ストルトの在籍しているケイパやザ・フラワー・キングスなど、枚挙にいとまがないくらいだ。

 北欧の国々では、なぜこのようにプログレやヘヴィ・メタルが流行るのかを研究するだけでも論文の1つが書けそうだが、暇もないので、そんなことはしない。ただ、国土の約66%が森林で、人口密度も1k㎡あたり20人くらいしかいないという点や、古くからクラシックや民族音楽が盛んだったということも考慮する必要があるのかもしれない。

 そんな数多いスウェーデンのバンドの中で、今回は世界的にも有名なオーペスを紹介したいと思う。何しろこのバンドは、日本では“北欧の暗黒神”と呼び崇められているくらい有名なのだ。

 といっても自分は、そんなに彼らのことは詳しくない。むしろ知らないことの方が多いくらいだ。理由は、基本的に彼らはデス・メタルの分野に所属していると思っているからだ。
 そしてデス・メタルといえば、あのゲロを吐きそうな低音の歌い方(“グロウル”と言うらしい)が特徴の一つだが、自分はそれが嫌いで、極力この分野は避けてきた。

 ところがこのオーペスというバンドは、1990年のバンド結成以来、デス・メタルをやっていたのだが、21世紀に入ってからはプログレッシヴ・ロックの分野にも触手を伸ばしてきたという雑誌の記事を信じて、彼らのアルバムを購入したのだった。それが2005年の「ゴースト・レヴァリーズ」だったのである。Photo
 このアルバムの1曲目"Ghost of Perdition"では、いきなり自分の嫌いなデス・ヴォイスで始まる。これを聞いただけで、もう正当な評価ができなくなるのだが、このブログを書くにあたって、もう少し真剣に聞こうと思った。

 このアルバムは70分近い大作で、最後の曲を除いて比較的長い曲が多い。中には11分半以上もある曲も含まれていて、時間的なことを言えば、確かにプログレッシヴ・ロックと判断してもいいだろう。

 面白いことに、バンドのリーダーで全曲作詞・作曲したミカエル・オーカーフェルトは、デス・ヴォイスと普通の声を使い分けて歌っていて、メタルチックな個所はデス・ヴォイスで、プログレッシヴなところはノーマルなトーンで歌っている。

 そうやって聞くと、案外このアルバムも聞きやすくなってくるというもの。10分以上もある"Ghost of Perdition"や"The Baying of the Hounds"もプログレ界に新しい風を運んできてくれそうな気がしてくる。
 特に2曲目の"The Baying of the Hounds"では、ハモンド・オルガンがイントロから聞こえてきたので、思わずディープ・パープルを連想してしまった。

 それにこの曲ではエレクトリック・ギター・ソロの後にはアコースティック・ギターが効果的に使用されるなどの工夫が見られ、そのエレクトリック・ギターでのソロもこれ見よがしにテクニックをひけらかすのではなく、曲調に合わせたソロなので、すんなりと耳に入ってくる。

  3曲目の"Beneath the Mire"では、いきなりメロトロンの調べが聞こえてきて、これはアングラガルドの曲ではないかと思ったりもした。8分近い曲なのだが、いかにも北欧のプログレッシヴ・ロック・バンドのようだが、やはりどうもデス・ヴォイスだけは生理的に受け付けられない。
 途中のギター・ソロや、ブレイク後のピアノなどは抒情的なので、もうデス・ヴォイスを捨てて普通に歌えば、立派なプログレ・バンドになれると思うのだが、どうだろうか。

 このリーダーのミカエルは、アイアン・メイデンやブラック・サバス、ジューダス・プリーストにメタリカなどのメタル・バンドだけでなく、マリリオンなど80年代のシンフォニック・ロックから60年代、70年代のプログレッシヴ・ロックも学んでいったそうで、アンディ・ラティマーやデヴィッド・ギルモアなどもフェイヴァリットなミュージシャンに挙げている。3
 だから曲調にもそういう70年代のプログレッシヴ・ロックの雰囲気が表れていて、ノーマルな声で歌われる曲"Atonement"では、オルガンとギターと打楽器が中近東風のような不思議な音空間を作り上げているし、"Reverie/Harlequin Forest"では、メロディーだけ聞くと、ペンドラゴンにも負けない立派なプログレッシヴ・ロックになっている。

 そういえば、ミカエルがプログレッシヴ・ロックの方向性に舵を取るきっかけになったのは、ポーキュパイン・ツリーのギタリスト、スティーヴン・ウィルソンの助力も大きかったように思う。

 彼がオーペスを気に入って、ミカエルに連絡を取り、5枚目のアルバム「ブラックウォーター・パーク」のプロデューサーを買って出たからだ。このアルバムにはインストゥルメンタルも含まれていて、そういえばポーキュパイン・ツリーのアルバムに似ているところもある。デス・ヴォイスを除けばの話だが…

 
 話を「ゴースト・レヴァリーズ」に戻すと、自分が特に気に入ったのは6曲目の"Hours of Wealth"だ。イントロのアコースティック・ギターはまるで元ジェネシスのスティーヴ・ハケットのようだし、ボーカル部分はグレッグ・レイクに似ている。
 それに最後のエレクトリック・ギターのソロは、デヴィッド・ギルモアだろう。彼らのいいところが凝縮されていて、まさに秀逸だ。こういう曲をもっとやってほしかった。

 それに"The Grand Conjuration"はデス・メタル版"Red"か"Starless"だし、最後の3分少々の曲"Isolation Years"はジェネシスかキャメルのような荘厳さと繊細さを兼ね備えている。

 このブログを書くにあたって、再び聞き直したのだが、このアルバムは結構いける。もしデス・ヴォイスがなければ、間違いなくもう2,3枚は彼らのアルバムを買っているだろうし、最新アルバムの「ペイル・コミュニオン」も躊躇なく購入しただろう。71jz4izvsl__sl1500_
 ファンにとっては、あのデス・ヴォイスとノーマルな声の使い分けが素晴らしいというのだろうが、“蓼食う虫も好き好き”で、自分にとっては辛いものがあった。
 ただデス・メタルとプログレッシヴ・ロックを無理なく、しかも高度なレベルで融合させたその功績は、称えられてもいいと思っている。

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