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2014年10月18日 (土)

トラピーズ

 今月は“プログレのようなハード・ロック/ヘヴィメタのようなロック・バンド”特集をやっていて、第6回目の今日はイギリスの生んだロック・バンドのトラピーズの登場である。

 トラピーズといえば、ボーカル&ベース・ギター担当のグレン・ヒューズが有名だ。彼はのちにディープ・パープルに加入し、世界的に有名になったのだが、その彼が加入前にいたバンドが、トラピーズだった。

 なぜこのバンドが今回の特集に選ばれたのか、疑問に思う人もいるかもしれない。どう考えてもハード・ロック、しかもかなりファンキー寄りのサウンドを出すバンドとして認知されているからだ。そうでなければグレンは、ディープ・パープルから声をかけられることもなかっただろう。

 その理由を解き明かすためには、彼らのバンドの歴史を知らなければならない。元々彼らは、1969年に結成された。前回紹介したクォーターマスとほぼ同時期だ。

 トラピーズは、2つのバンドが合体してできたバンドだった。それはザ・モンタナズとファインダース・キーパーズというバンドで、キーボード担当のテリー・ロウリーとトランペットのジョン・ジョーンズがザ・モンタナズ、グレン・ヒューズとギタリストのメル・ギャレー、ドラマーのデイヴ・ホランドがファインダース・キーパーズ出身だった。

 彼らはバーミンガムの近くで結成され、活動をしていた。この中ではギタリストのメル・ギャレーが一番有名で、地元ではヒーロー扱いされていたようだ。ただ、初期のトラピーズはポップ・ミュージックを志向していて、ハードなイメージは皆無に等しかった。

 彼らは結成と同時にレコード契約にありつくのだが、アメリカのレーベルやイギリスのレーベルなど6つのレーベル会社からアプローチされていた。中にはザ・ビートルズのいたアップル・レコードからも声がかかったという。

 そういう状況の中で、彼らは、最終的にスレッショルド・レーベルと契約を結んだ。スレッショルドといえば、すぐに思い出すのがムーディー・ブルースである。
 ムーディー・ブルースといえば、ジミー・ペイジも真のプログレッシヴ・ロック・バンドとして激賞したバンドであり、バーミンガム出身でもあった。

 それで同郷という好もあり、何かと面倒を見てくれるということからトラピーズは、デビュー・アルバムをスレッショルドから出すことになった。しかもアルバムのプロデュースは、ムーディー・ブルースのメンバーだったジョン・ロッジが担当していたのである。

 このデビュー・アルバムは1970年に発表されたが、メンバー構成がムーディー・ブルースとよく似ているせいか、牧歌的でファンタジー性が溢れていた。アルバム・ジャケットも昔の宗教画か何かのように芸術的でもあった。3
 だからトラピーズというバンドは、最初は英国フォーク・ロックやプログレッシヴ・ロックの範疇でも語られるバンドでもあった。

 ところがこれが全く売れなかった。リスナーは第2のムーディー・ブルースと思ったのだろうか、それともムーディー・ブルースになれそうもない中途半端なロック・バンドと思ったのだろうか。

 そのせいかバンドの中のザ・モンタナズ組が脱退をしてしまい、残された3人でアルバムを制作した。それが同じ1970年に発表された「メデューサ」だった。

 このアルバムを制作する前から、グレン・ヒューズはブラック・ミュージックを聞き始めるようになり、深くそれに傾倒していった。だからその傾向がこのセカンド・アルバムには出ているし、これ以降もグレン・ヒューズの心をとらえて離さなかった。彼がソウルフルに歌うようになったのも、この頃からである。

 ちなみに彼はスティーヴィー・ワンダーやマーヴィン・ゲイ、スライ&ザ・ファミリー・ストーンなどに影響を受けたと後に述べている。

 このセカンド・アルバムもジョン・ロッジがプロデュースを担当していたが、音楽的傾向は180度転換していて、アメリカの南部テイストやソウル・ミュージックの影響を受けたロック・アルバムに仕上がっていた。Photo
 アルバム発表後は、イギリスよりもアメリカからライヴのオファーが数多くあったようだ。確かに重く引きずるようなリズム・セクションは同郷のブラック・サバスのようだったし、喉の奥から絞り出すようなグレンのボーカルは、低音から高音まで音域が広く、印象深いものがあった。

 また前作とは打って変わって、このセカンド・アルバム「メデューサ」ではメル・ギャレーのリード・ギターが強調されていて、ブルーズ調のバラードタイプから速弾きのギター・ソロまで、結構流暢に弾きまくっていた。
 意外と器用なギタリストであり、もっと評価されてもいいような気がした。彼は2008年に食道癌で亡くなっている。享年60歳。まだまだ第1戦で活躍してほしいミュージシャンだった。

 彼らは2年後の1972年に3枚目のアルバム「連動」を発表した。原題は「You are the Music...We're Just the Band」という。

 グレン個人はこのサード・アルバムを一番気に入っていて、自分らしさが発揮されているとインタビューに応えていた。確かに"Coast to Coast"や"You are the Music...We're Just the Band"など、今でもライヴで演奏されている曲が含まれていて、グレン自身も愛着深いのだろう。

 ただこのアルバムには8曲が収められているのだが、トータルで40分にも満たない。この辺が不満という人も多くいて、もう少し曲数が多くてボリュームがあれば、もっと有名になったのではないかと思っている。4

 この後、グレンは1973年にディープ・パープルに加入するのだが、その前には同じバーミンガム出身のバンドE.L.O.に、当時所属していたロイ・ウッドからもバンドに加わらないかと声をかけられている。

 1976年にはディープ・パープルを脱退したグレンを中心に、メルとデイヴが参加して一時的にトラピーズが復活したが、グレン・ヒューズの薬物中毒のために短期間で活動を終了している。

 メル・ギャレーは、セッション活動を続けた後、ホワイトスネイクに参加して、アルバム「セインツ・アンド・スィナーズ」や「スライド・イッツ・イン」でエネルギッシュなギターを披露してくれたが、上記のようにすでに故人になってしまった。

 ドラマーのデイヴ・ホランドは、1979年から約10年間ヘヴィメタ・バンドのジュダス・プリーストで活躍したが、2004年にデイヴの自宅でドラム練習中だった17歳の男の子をレイプした件で起訴され、8年の実刑判決を受けた。デイヴは、公判中にバイセクシャルを公言していたようだ。
 ただ、欧米では未成年者に対する性的な暴行や虐待は、法的処罰よりも社会的な制裁の方が厳しいので、音楽業界に復帰することは困難だと思われる。

 肝心のグレン・ヒューズは、トミー・アイオミやパット・スロール、ゲイリー・ムーアなどの有名ギタリストとコラボレーションをしたり、様々なミュージシャンとセッション活動を行っていた。2

 2009年には、キーボーディストのデレク・シェリニアンやギタリストのジョー・ボナマッサ、ドラマーのジェイソン・ボーナムらと、ブラック・カントリー・コミュニオンというスーパーバンドを結成して、3枚のアルバムを発表したが、2013年に解散してしまった。

 最近ではカリフォルニア・ブリードというバンドを結成して、同名のデビュー・アルバムを発表している。ちなみにそのバンドでドラムを叩いているのは、ジェイソン・ボーナムだ。

 今となって考えれば、立派なハード・ロック・バンドなのだが、デビュー当初はフォーキーなプログレッシヴ・ロック・バンドとして認知されていた。

 バンドの方針が転換し、それが見事に成功したのも、ムーディー・ブルースの影響を離れ、グレンを中心としたファインダース・キーパーズ出身者の努力のおかげだろう。人生何がどうなるのかわからないが、わからないこそ面白いのかもしれない。


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