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2014年11月

2014年11月27日 (木)

ディスカス

 プログレッシヴ・ロックの歴史は、いつ始まったのかはよくわからないのだが、その源流がブリティッシュ・ロックにあるのは、間違いないだろう。

 個人的にはザ・ビートルズの「サージャント・ペパーズ」がその糸口を作ったと思っているのだが、実質的にはムーディー・ブルースの1967年のアルバム「デェイズ・オブ・フューチャー・パスト」ではないかといわれている。

 イギリスでのプログレッシヴ・ロックの最盛期は短くて、せいぜい1973年までで、遅くとも1974年には終わっていた。しかしその影響は、ヨーロッパやアメリカを始め、全世界に拡散されていった。

 今回の“欧米以外でのプログレッシヴ・ロック”特集で自分が学んだことは、中近東でも、中南米でも、オセアニアでも、多少の時差はあれ、各国とも70年代中盤にはプログレッシヴ・ロック・バンドが誕生していたということだった。

 よく考えれば、そんなことは当たり前で、日本でも四人囃子や美狂乱などは、70年代初めには活動を始めている。欧米以外のプログレ・バンドは、日本の雑誌ではあまり扱われることが少なく、結果的にその存在が届かなかっただけなのだろう。逆に、日本のプログレ・バンドも同じような立場にあったに違いない。

 それで、今回の“欧米以外のプログレッシヴ・ロック”特集では、前回のオセアニアからアジアの雄、インドネシアに北上することにした。

 インドネシアといえば、人口2億4千万人、世界第4位の規模を誇り、GDPは第16位とこれからの成長が大いに期待されているし、ASEAN諸国のリーダーでもある。

 音楽的にはガムランなどの民族音楽がすぐに頭に浮かぶが、もとオランダの植民地だったせいか、西洋音楽の吸収も早く、現地の楽器を使用したロックン・ロール・タイプの音楽も流行っているようだ。
 プログレッシヴ・ロックに関しても、1970年代半ばから徐々に浸透していって、国内では有名なバンドも存在していたという。

 それで今回登場するのは、インドネシアが世界に誇るバンド、ディスカスである。8人編成のバンドで、結成は1996年頃らしい。7
 デビュー・アルバムは、3年後の1999年に発表された「ディスカス・ファースト」で、全9曲中、8分14秒と12分57秒の組曲が2曲含まれていた。

 サウンド的には、男女のツイン・ボーカルとツイン・キーボードを中心に、バイオリン、ギター、サックス、クラリネット、それにインドネシア特有の打楽器が絡み合い、今まで聞いたことのないような豊饒な音楽を奏でている。

 まるで万華鏡を覗いているような不思議な高揚感をかき立てられてしまうのだが、一糸乱れぬアンサンブルは世界水準にあることは間違いないと思う。

 外国での評判では、ピンク・フロイドとウェザー・リポートの間に位置する非常にイマジネーション豊かなバンドと言われているが、個人的にはピンク・フロイドではなくて、キング・クリムゾンの方法論を用いているように感じた。

 クリムゾンにヘヴィ・メタルを付け加えた感じだ。それにジャズ、ポップス、クラシックとエスニックな音楽を混ぜて、高速攪拌機でかき混ぜたような音楽で、こればかりは聞いてみないと、わからないだろう。
 自分はあまりにも驚いてしまって、思わず笑ってしまったが、笑うことでしか判断できなかったのだ。言葉として出てくる前に、思わず生理的に反応してしまったのである。

 そんな彼らが4年後の2003年に発表したアルバムが、「トット・リチト!」だった。これは前作よりも曲数は少なくなっているが、時間は10分以上多い約69分のボリュームになっている。Photo
 1曲目の"System Manipulation"は9分以上もある曲で、いきなり現地の祭りのような叫び声とハンド・クラッピングが聞こえてくるが、すぐにクリムゾン風の変拍子とフリーキーなサックスが炸裂する。自分はわずか1分も経たぬうちにやられてしまった。

 インドネシアに、こんなにテクニカルなバンドが存在していたとは思わなかったし、十分世界でも通用するレベルにあることが、すぐに理解できた。さらに女性ボーカルは優雅に美しく歌い、男性の方は間違いなくヘヴィ・メタルに影響されているし、時折りデス・ヴォイスを交えてくる。この対称性が見事だと思う。

 また管楽器はサックスだけでなく、フルートも時にクラシカルに、時にワイルドに演奏され、ギターはジョン・マクラフリン風に宙を舞っている。6分40秒あたりから琴のような弦楽器と現地の打楽器が使用され、急にエスニック風になる。この辺の緩急自在さも彼らの魅力の1つであろう。

 怪しい吐息で始まる"breathe"では、メタル・ヴォイスと女性のクラシカルなボーカルの対比が面白い。また、このバンドでは8人中5人にリード・ボーカルという表記があり、残りの3人にもボーカル担当とあった。要するに、全員が歌えるのである。
 ボーカルだけでなく、宙を舞うサックスやアヴァン・ギャルドなリズム陣とギターなどは、「リザート」期のキング・クリムゾンを髣髴させてくれた。ギターはロバート・フリップをもっとジャズに傾倒させたようなフレーズを出している。

 3曲目の"P.E.S.A.N."はアコースティック・ギターが基調となっているバラード。前の2曲は英語で歌われていたが、この曲はインドネシア語で歌われているようだ。5分32秒と短い曲ながらも、爽やかな清涼剤の役割を果たしている。特に途中のクラリネットやオーボエなどが印象的なアクセントを果たしている。

 "verso Kartini"は12分以上もある5部形式の組曲で、クリムゾン的な混沌としたダーク・サイドをバイオリンやフルートが、南国的な明るさをボーカル・ハーモニーとリズム・セクションが表現していて、アコースティック&エレクトリック・ギターはその両方を連携しているかのようだ。演奏に関しては見事としかいいようがないくらい安定しているし、フリーキーなジャズから軽やかなポップス風まで、その守備範囲はかなり広いのだ。

 5曲目はバイオリンの独奏で始まるが、思わずデヴィッド・クロスを連想してしまったほどだ。これに伝統的な打楽器を始め、徐々にベース・ギターやコルネットのような管楽器が伴奏するインストゥルメンタルになる。
 基本的にはエコ・パーティートゥという人のバイオリンが中心で、おそらくは5人で演奏しているのであろう。曲名が"Music for 5 Players"というからである。

 最後の曲は6部形式で、"Anne"という19分23秒の曲。フルート→バンド形式→ピアノ→バンド形式→サックス→バンド形式と、各ソロ・パートとバンド形式の部分が交互に表れていき、5分過ぎからマクラフリン風ギターに続いて、男女のスキャット・ボーカルを聞くことができる。
 続いてまたサックスが登場し、短いバイオリン演奏の後、英語の男女のボーカルがリードしていく。

 この曲は、アンネ・フランク、いわゆる“アンネの日記”からモチーフを得たようで、彼女の日記からも一部引用されているようだ。彼女の不安やわずかな希望などが、曲全体を通して見事に表現されていると思う。
 特に13分過ぎからのエレクトリック・ギターとバイオリン、キーボードの渦巻くようなエキセントリックな演奏は圧巻である。メンバー全員が凄すぎるテクニシャンならではのなせる業だろう。2
 インドネシアから現れたテクニカル・プログレッシヴ・ロック・バンド、それがディスカスだ。セカンド・アルバムからもう10年以上たっているが、次のアルバムの発表はまだない。

 情報が少ないので詳細はよくわからないが、キーボーディストのファディール・インドラはモンテクリストというプログレ・バンドも兼任しているし、ベーシストのキキ・カローはマカラというバンドのアルバムに参加している。要するに各人がソロ活動を行っているのだろう。4_2
 次のアルバムがいつ発表されるかわからないが、インドネシアだけではなく全世界が待ちわびているはずだ。ただ大所帯になると、各人のエゴをまとめるのが難しくなる。解散だけはしてほしくない。今一番の気がかりはそこにある。

 とにかく、このセカンド・アルバムには一聴の価値があるのは、間違いないだろう。21世紀のプログレッシヴ・ロックを代表する1枚である。

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2014年11月22日 (土)

アラゴン

 さて“欧米外のプログレッシヴ・ロック”特集、オセアニア編part2である。前回にも書いたけれども、オセアニアといっても、実質オーストラリアのことで、しかもイギリスの植民地だったから、果たしてテーマに合っているのかという疑問点もあるのだが、こんな時でないと紹介する機会もまずないので、我慢してつきあってもらいたいと思っている。

 基本的にオーストラリアのプログレッシヴ・ロックは、本国イギリスよりも、よりマイルドでジェントルな感じがする。それはオーストラリアの風土や環境が、そこに住んでいる人に影響を与え、それが音楽に反映しているのではないかと考えている。それを一番感じさせるバンドは、やはりセバスチャン・ハーディーだろう。

 しかし今回は、アラゴンというバンドについてである。これも基本的には抒情的な雰囲気を持つバンドだ。ただボーカリストの声が高く力強くて、ちょうどマリリオンをバック・バンドにして歌うラッシュのゲッディ・リーのようだった。

 だから曲によっては今までのオーストラリアン・プログレッシヴ・ロック・バンドよりは、ハードで勢いのあるものもあって、アルバム全体を通して聞くと、メリハリが効いている。

 彼らの結成は、1987年頃のメルボルンで行われた。当時は4人組だった。ボーカリストのレス・ドゥーガンはイギリスのスコットランド出身、ドラマーのトニー・イタリアは文字通りイタリア生まれ、キーボーディストのトム・ビアシングはドイツで、ギタリストのジョン・ポロヤニスはギリシャ系だ。やはり新大陸オーストラリアというお国柄か、国際色豊かである。

 彼らは1987年にデビュー・アルバム「ドント・ブリング・ザ・レイン」を発表した。全8曲で、1分程度の短い曲から15分を超える曲まである。基本的にはトータル・アルバムのような構成になっていて、1曲目の"For Your Eyes"と、そのリプライズが最後に配置されていて、最後のリプライズが1分14秒になっていた。2
 一番長い"The Crucifixion"は、その前曲の"Gabrielle"とつながっていて、アコースティック・ギターやフルートの静かな曲から一転して、ギターとキーボード(おもにシンセサイザー)が目立つテンポの速い曲になっている。

 段々聞いていくと、ボーカルの声にピーター・ガブリエルが乗り移ったような感じがしてきた。ゲッディ・リー+ピーター・ガブリエルだ。7分過ぎからキーボードが前に出てきて、一旦ブレイクし、セリフも入り演劇的な展開になっていく。動~静~動という曲調である。

 自分がこのCDを入手したきっかけは、あるデパートでの輸入・中古CD一掃セールの時だった。輸入CDの籠の中にこのアルバムがあったのだが、なんとその帯には「直筆サイン入り」とあるではないか!

 しかも値段的には確か1000円前後だった。もう15年くらい前なのでよく覚えていないのだが、安かったという記憶はある。

 表面的にはどこにサインがあるのかわからなかったが、以前にこのバンドのアルバムは購入していたから、プログレ・バンドということはわかっていたので、即購入してしまった。

 サイン自体はブックレットの裏側に、確かにあった。しかも金色っぽいペンでの自筆だった。しかしそれには3人分しかなく、しかも誰が誰のサインかよくわからなかったので、うれしさよりも困惑さが心の中に広がっていった。これがビートルズやストーンズのCDだったら何十万円以上もするのだろうが、やはりアラゴンとなるとこの程度なのだろう。

 それにしても、このCDがなぜサイン付きだったのかよくわからない。プロモーション用だったのか、サインをしてもらったファンがこのCDを手放したのか、それが極東の日本の、しかも片田舎のデパートのセールス品として売り出されたというのも興味深い。縁とは不思議なものである。Photo
 それはともかく、調べてみると1992年のセカンド・アルバム「ザ・ミーティング」にはドラマーのトニーの名前はなく、代わりにサックス奏者がクレジットされていた。ドラムはコンピューターでプログラミングされたものを用いているようだ。
 また、このアルバムは公式アルバムだが、時間的に27分余りしかなく、ミニ・アルバムといってもいいだろう。

 それでこのアルバムの続編として制作されたものが、1995年に発表された「マウス」だった。これもトータル・アルバムのようで、都会にいる一匹のネズミを通して、現代社会の歪みや人間の孤独感や人生の虚無感などを描いている。

 国内盤とインターナショナル盤では少々異なっていて、国内盤では1枚組の全30曲だが、インターナショナル盤では2枚組全35曲、100分以上もある大作に仕上げられている。

 大きな違いは、インターナショナル盤では、新作の「マウス」に前作の「ザ・ミーティング」の6曲分が含まれている完全盤になっている点だ。
 「マウス」のCD1の最後の6曲が「ザ・ミーティング」の曲になっているので、英語圏の人は、これでこのアルバムのコンセプトを完全に把握できるだろう。

 同時に、なぜそんなに曲数が多いのかというと、1曲あたりの時間が短くて、それが連続しているからだった。ほとんどの曲が1分から2分程度で、長くても5分少々だ。
 それでも非常に聞きごたえがあり、彼らがこのアルバムにどれだけ多くの情熱と、持っている力量を発揮したかがよくわかる。

 だから聞いていくうちに、映画か演劇を見ているような気になってしまう。次から次へと曲調が変化していくので、次は何が出てくるのか期待を持ってしまった。何となくジェネシスの「幻惑のブロードウェイ」の饒舌版を聞いているような気がした。効果音やセリフっぽいボーカルなど類似点は多い。(ジェネシスの方は2枚組、全23曲だった)

 ドラムはプログラミングされているが、違和感はほとんどない。音を味わうよりも、歌詞も含めた全体で味わうからだろう。むしろ11曲目の"Cold in a Warm Place"のギター・ソロの方が、デヴィッド・ギルモア風に艶があって目立っている。これも計算の内なのだろう。
 逆に、キーボードが物足りない。80年代に流行ったチープなシンセがメインで、もう少しミニ・ムーグとかメロトロンとか、多様な種類のものを使ってほしかった。だからもう少し全体的にバランスを取って欲しかったと思っている。

 聞き終わると、もうぐったりというか、お腹一杯というか、プログレ・ファンは間違いなく満足するに違いない。ただ自分にとっては、そう頻繁にCDプレイヤーで聞くには辛いだろうと思う。聞き通すには、体力と集中力が求められるからだ。

 90年代の半ばに、こういうトータル・アルバムが発表されること自体が奇跡だと思った。もしこれが70年代の初期に発表されていれば、「トミー」か「ザ・ウォール」並みの評価を受けたかもしれない。

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 このあとアラゴンは、もう1枚アルバムを1998年に発表するも、もうトータル・アルバムでもプログレッシヴ・ロックでもなく、普通のロック・バンドのように3,4分程度の曲しかやっていなかった。これで彼らの命運は尽きたようだ。

 と思ったら、2004年に「ジ・エンジェルズ・ティア」という原点回帰をしたようなアルバムを発表した。これには9分や12分を超える曲も含まれていて、心機一転、心を入れ替えたような力作だった。
 現地の人にも、当然のことながら、好意的に受け入れられ、彼らは見事に復活を遂げたのである。

 その後10年、音沙汰はないのだが、まだ解散したとは聞いてないし、公式ウェブサイトにもその見解は出ていない。

 初期のジェネシスやマリリオン+ラッシュのような雰囲気から、彼らは大きく成長した姿を見せている。できればさらに円熟した姿で、素晴らしいアルバムを発表してもらいたいものである。数少ないオセアニアのプログレッシヴ・ロック・バンドでもあるからだ。

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2014年11月17日 (月)

ウインドチェイス

 今回のテーマは“欧米以外のプログレッシヴ・ロック”特集である。前回では、中米のキューバで活動している素晴らしいバンドを紹介した。彼らは外貨をかなり稼いでいて、カストロ議長もさぞかし喜んでいるであろうということを書いたつもりだが、今回はそこから遥かかなたのオセアニアに飛ぶことにした。

 オセアニアといっても、オーストラリアのバンドだ。そこは基本的にイギリスの植民地だったので、気分はもうヨーロッパである。

 それでオーストラリアのプログレッシヴ・ロック・バンドといえば、誰もが思い出すセバスチャン・ハーディーがいるが、このバンドについては2011年のこのブログで紹介しているので、今回は割愛したい。Photo_2
 それでそのセバスチャン・ハーディーの後日談ともいうべきバンド、ウインドチェイスについて述べたいと思う。一部はその2011年のブログの中でも述べているので、重なるところも出てくると思うが、その際はお許しを願いたい。

 このバンド名は、セバスチャン・ハーディーのセカンド・アルバムから取られたものである。1976年に発表されたこのアルバムも、歴史的な名盤「哀愁の南十字星」と並ぶほど素晴らしいものだったが、同じようなアルバムだったせいか、前作ほどの話題と商業的成功を得ることはなかった。

 商業的に失敗したと思ったのか、音楽的な行き詰まりを感じたのか、このあとリズム・セクションを担当していたベーシストのピーターとドラマーのアレックスのプラヴシック兄弟はバンドを脱退して、残ったギタリストのマリオ・ミーロとキーボーディストのトイヴォ・ピルトはウインドチェイスというバンドを結成した。

 彼らは1977年にたった1枚だけのアルバム「シンフィニティー」を発表したが、実質的にはセバスチャン・ハーディーの3枚目のアルバムといってもいいだろう。
 全8曲だが、国内盤には1998年のライヴ演奏曲1曲がボーナス・トラックとして収められている。

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 全体的に、たおやかで美しい。サスティーンのよく効いたマリオのギターと、ハモンド・オルガンからシンセサイザー、メロトロンにクラビネットと様々な鍵盤楽器を操るトイヴォの演奏は、どのアルバムでも外れはないだろう。

 アルバムは、トイヴォのグランド・ピアノから始まる。1分39秒の短いインストゥルメンタル"Forward We Ride"は、導入部で、2曲目"Horsemen to Symphinity"の道案内のようだ。

 その"Horsemen to Symphinity"は、バンドのトレードマークであるマリオのギターがフィーチャーされているが、トイヴォのキーボードも楽曲に彩りを添えている。
 以前、自分は“パーカッションのないサンタナ風の曲”と形容していたのだが、改めて聞くと、キャメル風なところもある。いずれにしてもこのアルバムを代表する曲であることは、間違いないだろう。

 3曲目も8分以上ある曲で、前曲とはちがって、広大なオーストラリア大陸を髣髴させるようなゆったりとした描写で始まる。トイヴァの弾くストリングスやメロトロンが映画のサウンドトラックのように感じさせてくれる。
 このカラフルな"Glad to Be Alive"を聞くと、如何に彼らが素晴らしいバンドだったかを再確認させられた。受け入れられるかどうかは別として、今聞いても十分に鑑賞には耐えられると思う。  

 "Gypsy"はギターがフィーチャーされたインストゥルメンタルで、たとえて言えばフォーカスの演奏のようだ。バックのストリングス・シンセやソリーナなども繊細で美しい。壊れそうな宝石の原石を手に取って見ているようだ。
 彼らは、1976年にサンタナと一緒にツアーをしていたので、その影響もあるのかもしれない。

 続く5曲目の"No Scruples"は、ハモンド・オルガンで始まり、それにテンポの良いリズム・セクションが絡んでくる。ベーシストも頑張っているようで、自己主張しているところがイエスっぽい。
 ボーカルは、ギタリストのマリオが兼ねているのだが、意外に高音が出せるので少々驚いた。

 3分50秒過ぎからシンセサイザーを中心としたキーボードの洪水が流れてきて、その中をマリオのギターが魚のように泳いでいる。この辺のアレンジは、まさにセバスチャン・ハーディーのままである。6分少々の曲が短く感じられた。

 卵が割れたようなSEで始まる"Lam's Fry"は9分39秒もあるアルバムの中で一番長い曲で、トイヴォのエレクトリック・ピアノが目立っている。この曲はキーボーディストのトイヴォが書いているからだろう。ピアノやシンセサイザーがフィーチャーされていて、まるでクロスオーヴァー・ミュージックかフュージョンのようだ。

 そういえば1977年頃は世界的にこういう音楽が流行していたが、彼らもその時流に乗ったのかもしれない。しかし、単なるフュージョン化ではなくて、静と動を対比させたダイナミックな音作りは、彼らの得意とするところだろう。素晴らしインストゥルメンタルである。

 この曲の後、"Non Siamo Perfetti"というアコースティック・ギターのインスト曲が続いているが、まさにジェネシスの"Horizons"のような曲で、2分にも満たない。最後の曲"Flight Call"のプレリュード的な役割を担っている。

 そしてオリジナル・アルバムでは最後の曲の"Flight Call"が始まるのだが、最後を飾るにふさわしい壮大な組曲ではなくて、4分少々のミディアム・テンポの曲だった。シングル曲にしてもいいような内容で、途中のマンドリンやソリーナのソロ?、最後のジェット機のSEなどが印象的だった。(オーストラリアでは、実際にシングル曲になっている)Photo
 デビューからの2作は“叙情性”や“哀愁”という言葉がピッタリ合う雰囲気を擁していたのだが、このアルバムは一転して、それこそ“多様性”や“複合性”という言葉がふさわしい。フォーカスやキャメルの音楽に、フュージョン系のスパイスを振りかけるとこうなりましたよという見本のような作品であろう。  

 彼らは1994年に、アメリカのロサンゼルスでのコンサートで、オリジナル・メンバーとして「哀愁の南十字星」の中の曲を演奏している。そのあとも2003年のオーストラリアでのイエスのコンサートで前座として演奏した。その後は、それぞれまたソロで活動しているようだ。 特にマリオは、テレビ番組や映画の作曲家、ソロ活動家として名前が売れて、多くの賞やチャートでのよいアクションを獲得している。

 ところが突如として2012年に、マリオとトイヴォは、プラヴシック兄弟とともに、オリジナル・メンバーで復活を果たし、しかもアルバムまで発表した。全6曲の「ブルー・プリント」だ。なんと36年ぶりのニュー・アルバムである。2_2
 特筆すべき点は、豊かで瑞々しい音楽性が保たれている点だ。昔からそうだが、自己主張の少ない豊潤なキーボードと、艶のあるエレクトリック・ギターの調和は相変わらず美しいし、思わず聞き惚れてしまう。

 このアルバムでは、さらにリズム陣に磨きがかかっていて、「哀愁の南十字星」の頃よりも、よりダイナミックでロック的になっている。
 1曲目の"I Wish"ではギター・サウンドとともに、トーキング・モジュレイターのような物が使われているし、5曲目の"Another String..."ではリズムに工夫が凝らされていて、今までの彼らのイメージとは一線を画している。

 また"Art of Life"は、歌の出だしが何となくオアシスのようで、思わず笑ってしまったが、途中のギター・ソロが印象的だった。このアルバムではポップな方だろう。

 もちろん今までの彼らのファンならきっと満足するであろう"I Remember"や"Shame"のような曲もある。特に後者の曲は、まるでフォーカスのそれのようにギターに歌わせているところがうれしいし、感動的でもあった。

 36年ぶりのアルバムは、全くもって時間の隔絶を感じさせない素晴らしいものだった。マリオはまだ59歳だし、トイヴォも同じくらいの年齢だろう。
 彼らの音楽性は不変であり、その影響力はオセアニアだけに限定されるものではない。ぜひこれからも記憶に残るような作品を届けてほしいものである。

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2014年11月12日 (水)

アニマ・ムンディ

 “欧米以外のプログレッシヴ・ロック”特集の第3弾。前回は南米のアルゼンチンだったが、そこから北上して、“カリブ海の真珠”と呼ばれるキューバのバンドを紹介しようと思う。

 キューバはカリブ海最大の島で、アメリカの文豪、アーネスト・ヘミングウェイも晩年を過ごした島としても有名だ。彼の作品「老人と海」は、もちろんカリブ海が舞台である。

 ちなみに自分もカリブ海に行ったことはあるけれど、“エメラルド・グリーンの海”と言われる海は、単なる普通の海と浜辺だったような気がした。しかしひょっとしたら、キューバの海では、本当にエメラルド・グリーンなのかもしれない。

 それでキューバの音楽といえば、やはりルンバ、サルサといったダンス・ミュージックや、スティール・ドラムを用いたカリプソなどのラテン音楽が想起されるが、実はプログレッシヴ・ロックなどの欧米の音楽も盛んのようだ。

 よく知られているのは、70年代半ばから活躍しているシンテシスだろう。ポップスとロックとキューバの伝統音楽をミックスして、エレクトリック・ギターやシンセサイザーをまぶしてかき混ぜたような音楽は、今からみれば安っぽいかもしれないが、当時は先鋭的で斬新なものだった。

 もちろんキューバは今でも社会主義国だが、最近では観光業にも力を入れていて、西側西洋諸国との交流も盛んらしい。そういう影響もあるのだろう、最近になって超メガトン級のスーパー・バンドが表れた。それがアニマ・ムンディだ。5
 このバンドの名前はラテン語に由来する。錬金術で主に使用されるらしいが、要するに万物を創生するパワーであり、それが図で表わされたものが曼荼羅である。日本語では「世界霊魂」とか「宇宙霊魂」などと呼ばれている。

 さて、このマニア・ムンディだが、70年代のプログレ遺伝子と21世紀に向けての新世代のプログレ旗手としての両面を備えている。
 使用される楽器は、プログレなら通常のものだが、それらを使用して、ケルト音楽や伝統的なキューバ音楽を始め、スペイシーかつサイケデリックな要素も併せ持っている。もちろん長尺の組曲や変拍子、メロトロン、各人のソロ・パートなど、見せ場も用意している。

 メンバーは5人で、リーダーはギタリストのロベルト・ディアスだが、写真を見ればわかるように、女性キーボーディストのヴァージニア・パラサは才色兼備の凄腕キーボーディストだ。彼女の操るキーボード群は、過去の有名ミュージシャンのサウンドと比較しても、決して見劣りはしない(聞き劣り?)。まさに新時代を代表するキーボーディストの一人である。4
 バンドの結成は1996年だった。それから6年後の2002年にデビュー・アルバム「セプテントリオン」を発表した。これは、全12曲、71分にも及ぶトータル・アルバムになっていて、当時は2名のバグパイプ、クラリネット、リコーダー奏者を含む、7名編成だった。

 なぜバグパイプ奏者が含まれていたかは不明だが、彼らはとてもカリブ海の島の出身とは思えない音楽を奏でている。ただ、アルバムには5曲のインストゥルメンタルも含まれていて、アルバム全体を通して聞くと、このアルバムがケルティックな音楽にインスパイアされていることがわかった。だからバグパイプ奏者が招かれたのだろう。

 彼らは、さらに6年後の2008年に、セカンド・アルバム「ジャガナス・オービット」を発表したが、リード・ボーカリストとベーシストが交代し、逆にドラマーが加入してツイン・ドラムスの6名になった。そしてバグパイプ奏者はゲスト・ミュージシャン扱いになっている。
 またオーストラリアのアボリジニ人の木製の楽器、ディジュリドゥも使用されていて、トロンボーンのような音を聞くことができる。木製だが金管楽器扱いらしい。

 アルバム・タイトルは、ヒンドゥー教のヴィシヌ神の化身のことで、“世界の主人公”を意味しているようだ。彼らは、自らがエスニック出身だからかどうかはわからないが、オーストラリアやインドなど、欧米主流ではなく、世界の様々な地域や辺境からテーマや小道具を借りてきて音楽を表現している。

 そしてセカンド・アルバムからわずか2年後の2010年に、彼らは名作「ザ・ウェイ」を発表した。メンバーはドラマーが交代して1人になり、5人編成になっている。またゲスト・ミュージシャンとして、パーカッション、バスーン、フルート奏者がそれぞれ参加している。Photo
 今回は60分程度の内容になっているが、全4曲という構成で、冒頭から14分の曲"Time to Understand"が始まり、続く"Spring Knocks on the Door of Men"は5部形式の26分33秒という組曲だ。残りの曲も"Flying to the Sun"9分34秒、"Cosmic Man"8分19秒と長い方である。

 一見すると、山岸涼子の描く主人公のようなアルバム・ジャケットだが、そこからは想像できないほど、テクニカルでイマジネイティヴな音楽が放出されている。
 トランスアトランティックにも似ているが、ソロの入り方がイエスっぽい。特にギターとキーボードのそれは、よく似ていて、しかもエディ・オフォードが加わっている時期のイエスのようだ。

 また全体を通して聞くと、不思議な高揚感が生まれ、様々な映像が浮かび上がってきそうな感覚がしてくる。まるでナチュラル・ハイである。曲によってはフルートも使われて、静謐さと激しさがバランスよく組み込まれている。歌詞は英語で歌われているので、曲を聞く限りでは欧米のバンドだといわれても全く分からないだろう。

 これだけの高品質のアルバムを、よくもまあ何枚も作れるなあと思っていたが、なんと昨年には4枚目のスタジオ・アルバム「ザ・ランプライター」を発表している。前作からわずか3年という期間だ。

 このアルバムでもボーカリストがメンバー・チェンジしていて、前作は高音で伸びのあるボーカルが目立っていたのだが、このアルバムでは声量のある野太い声になっている。
 またアルバムは全3曲、約53分で、2曲の組曲"The Lamplighter"と"Tales from Endless Star"、1曲の"Epilogue"で構成されている。

 最初の組曲は約20分、2曲目は約26分、最後の曲は約7分で、クラリネット奏者がゲストとして参加している。2
 このアルバムもアルバム・ジャケットが象徴しているように、カラフルな色彩感覚と音の構築美が表現されていて、途中でダレることがなく、一気に最後まで聞き通すことができた。

 静と動の音楽的な表現や楽器の使い方、特にメロトロンからチャーチ・オルガンまで種々のキーボードが使用されていて、次はどんなサウンドが出てくるのか期待しながら楽しむことができる。まさに21世紀に甦ったプログレッシヴ・ロックだろう。

 またギタリストのロベルト・ディアスの音色は艶があり、音数の多いロイネ・ストルトのようだ。それほど速弾きが目立つということはないのだが、アコースティックからエレクトリックまでのギター楽器の使い方はスーパー・ハイ・レベルだろう。3
 とにかくキューバ出身ということは忘れた方がいいし、彼らの音楽には全く関係ない。21世紀の現在において、こういう音楽を聞くことができてうれしいし、この高水準のサウンドを一人でも多くの人に味わってほしいと思っている。

 ただキング・クリムゾンのように、アルバムごとにメンバー・チェンジをしている点が気になる。いくらクリムゾンが偉大とはいえ、そう安易に代えないでほしい。恐らくはお互いの感性や感覚が一致するようなメンバーを欲しているのだろうが、たぶんこのバンドは、ギタリストとキーボーディストがこのままバンド内に留まる限りは、安泰であろう。

 インターネットやコンピューターが全盛の現代において、地域間の格差というのは、音楽的な面においても、その垣根は消え去ったようである。
 

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2014年11月 7日 (金)

ネクサス

 さて“欧米外のプログレッシヴ・ロック”特集の第2弾である。今回は中近東から一気に飛んで、日本のほぼ裏側、南米のアルゼンチンのバンドを紹介する。

 アルゼンチンの首都のブエノスアイレスは、“南米のパリ”と呼ばれるほど街並みは綺麗で、おしゃれでモダンな建築物が多いそうだ。また、気候もブラジルほど熱くはなく、温暖で四季の移り変わりも美しいという。

 そういうところに住んでいれば、やはり欧米の影響は強く受けるようで、伝統的なタンゴから流行のエレクトロ・ダンス・ミュージックまで、ほとんど西洋諸国と変わらないらしい。

 だからというわけでもないだろうが、プログレッシヴ・ロックも割と盛んなようで、今回登場するネクサスの他にも、1970年代からクルーシスやエスピリトゥなどのバンドがアルバムを発表している。だから決して今になってプログレが流行っているのではなく、そういう情報が日本では流れてこなかったのだ。ロック黎明期だった日本では、欧米の情報を追うだけで精一杯だったのだろう。

 それでネクサスの登場だ。同名のバンドが、オーストラリアのパースに存在するが、そちらはプログレではなくて、ヘヴィ・メタル(どちらかといえばデス・メタルに近い)バンドである。

 アルゼンチンのネクサスの方は、70年代のプログレ・バンド、ジェネシスやE,L&Pに影響を受けたメンバーが、90年代になって結成したバンドだ。デビュー・アルバムは1999年に発表されている。

 当初は5人組で、紅一点の女性ボーカリスト、マリエラ・ゴンザレスをフィーチャーしたシンフォニックなサウンドで人気を博していた。
 このマリエラさんは、なかなか美人で、かつてのアニー・ハズラムのように?男性ファンが応援していたという。しかも情熱的でパワフルということで、表現力も備えていたらしい。3
 デビュー・アルバムが好評だった彼らは、翌年アメリカのペンシルバニアで行われた「ニアフェスト2000」というプログレ専門のフェスティバルに招待されて、さらに名声は高まっていった。その時の模様を収めたライヴ・アルバムは発表されているので、興味のある人は探してみるといいと思う。

 彼らは2001年には72分以上もあるセカンド・アルバム「メタノイア」、2006年には3枚目のスタジオ・アルバム「パペテュウム・カルマ」を発表したが、この2枚のアルバムの間に、バンドにとって重大な出来事が生じた。

 マリエラが脱退してしまったのである。理由は定かではないが、3枚目ではリトー・マルセロという男性に交代してしまった。ところがその後、彼はゲスト扱いになってしまい、専任ボーカリストはいなくなってしまったのである。

 そのせいかどうかはわからないが、次のアルバム「アイレ」まで6年という年月がかかっている。(その間にスタジオ・ジャム・セッションを収録した「ブエノスアイレス・フリー・エクスピアレンス」を発表している)

 このアルバムでは、専任ボーカリストはいなくて、キーボーディストが歌っている。ちなみに歌われている言葉は、スペイン語だ。Photo
 とにかく傑作アルバムだ。最初の曲"Espejismo"からキース・エマーソン風のハモンド・オルガンと、うねるベース・ラインに闇を切り裂くようなエレクトリック・ギターが、塊となって耳に飛び込んでくる。

 ボーカルは、ジョン・アンダーソンを1オクターブ下げて歌っているような感じで、そんなに悪くはない。他にボーカリストを用意しなくてもいいような気がした。

 歌ものとインスト部分がほぼ平等に扱われていて、演奏重視というわけではない。2曲目の"La Explicación"はバラードで、しっとりと歌われている。途中のギター・ソロは抒情的で、ムーグ・シンセサイザーのソロは攻撃的だ。この辺のバランスも非常に良いと思う。

 基本的にはキーボード担当のラロ・フーバーがサウンドの方向性を決めているようで、どちらかといえばギターよりもキーボードの方が目立っている。ハモンド・オルガンにシンセサイザー、エレクトリック・ピアノやハープシコードと使用される楽器は多種に渡っている。

 ややハードなエッジが目立つ"El Mesías "では、アタック音の強いベース・ギターが目立っているし、それに加えて予定調和的に挿入されるギター・ソロもカッコいい。
 南米ではヘヴィ・メタルが定着しているが、この曲は彼ら流のメタルだろう。ちなみにこのアルバムからベーシストも新しいメンバーに交代している。

 4曲目の"Jardín de los Olvidos "も抒情性に溢れたバラードで、途中の泣きのギターがこちらのエモーションをかき立ててくれる。そんなに速くはないけれど、個人的にはジェネシス時代のスティーヴ・ハケットよりは満足できた。

 エマーソン流キーボードが炸裂するのは、"La Corte Final" で、キーボードの音の重ね方が見事だ。ハモンド・オルガンから始まり、ムーグ・シンセサイザーに、男声コーラスはメロトロンだろうか、キーボードと硬いドラム・サウンドで突っ走っている。
 ドラムス担当は、ルイス・ナカムラという日系人らしい。音だけ聞くと、ロック系のビル・ブラッフォードのようだ。ギターの存在は消されている。

 次の曲"Rey de Piedra" もグランド・ピアノのイントロからしっとりとしたボーカルが始まる。なかなかの名曲で、今のこの時期にはピッタリの曲。バックの薄いシンセとアコースティック・ギターのアルペジオが哀愁味をさらにかき立ててくれる。
 この曲の英語バージョンがあれば、世界的にヒットしそうな気がするのだが、どうだろうか。ちょうどP.F.M.の"The World Became The World"のようだった。

 落ち着いたバラードの次は、各楽器のバランスもうまく配置されてバンド形式に戻っている。"El Fuego de la Ciudad "というタイトルの曲が始まる。
 インストの部分は、時に無機質な部分が垣間見えるのだが、それをギターとキーボードが上手に救っている。ボーカルと楽器のソロの入り方が日本人の気質にもあっていると思う。

 "Alma de Sombra "も日本人向けの歌謡曲のようだ。途中で聞こえてくるアコーディオンとエレクトリック・ギターが美しい。5分30秒もあるのだが、シングル・カットされてもおかしくないだろうし、映画かテレビの挿入歌として使用されても違和感はないだろう。

 逆にエレクトリック・ギターのアルペジオで始まるのが、"Tiempo de Cambiar "だ。それを支えるかのようにキーボードがゆったりと広がっていく。

 とにかく彼らは、曲つくりが上手い。特に情緒に満ちた曲や哀愁味を醸し出すような曲は、非常に印象的でもあるし、無駄がない。それに各楽器の持ち味が加算されるのだから、よくないわけがないのだ。

 このアルバムもそんな彼らの持ち味が十二分に発揮されていて、何度聞いても初めて聞いた時と同じ興奮を味わうことができる。やはり彼らは、それを支えるだけの音楽的素養と才能を持ち合わせているのだろう。2
 南米恐るべし。このアルバムだけでなく、今までのアルバムも聞きたくなってしまった。ネクサスは、同じ2012年に「マグナ・ファブリス」というアルバムも発表していたが、こちらの方は、今までのアルバム未収録曲や企画曲を集めたオムニバスになっている。

 とにかくアルゼンチンに、これだけの高い才能を持ったバンドが存在していることを知って驚くとともに、うれしく思った。これからは欧米のプログレッシヴ・ロック・バンドだけでなく、南米にも目を向けなければいけないようだ。

 特に、ネクサス、この名前は覚えておいた方がいいようである。

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2014年11月 2日 (日)

サンヘドリン

 11月を迎え、いよいよ晩秋を迎えた。今年は雨の多い夏だったせいか、梅雨から短い夏を経て、秋が長かったように思える。朝夕は肌寒くなったせいか、もうすぐ冬がやってきそうで、そう考えると、長い秋だと思う。

 それで秋といえば、自分の中では、プログレッシヴ・ロックである。それで今年もプログレ特集をするのだが、今回は欧米以外の地域に存在するプログレッシヴ・ロック・バンドを紹介しよう。

 第1回のバンドは、中近東はイスラエル出身である。その名をサンヘドリンという。5人組でシンフォニックなロックを展開している。

 5人組なのだが、中心メンバーはサギ・バーネスとアヴィヴィ・バーネスの兄弟で、どちらが兄か弟なのかは、よくわからない。ただサギの方はベース・ギターを演奏し、アヴィヴィはキーボードをプレイしている。

 他のメンバーは、ギター、ドラムス、フルートを担当していて、いずれもイスラエル国内では、著名なミュージシャンである。2
 1987年に、バーネス兄弟は初期のピンク・フロイドの音楽に啓発を受け、自分たちも音楽をやろうと思ったそうだ。
 それから約10年たって、1998年頃にキャメルのコピー・バンドとして、テルアビブ周辺のクラブや小さなホールで演奏活動を始めたらしい。

 その後、バーネス兄弟以外は、入れ替わりが激しくて、時には女性フルーティストを入れていたという。バンド名もサンヘドリンではなくて、一時、サンヘドリオンと名乗る時期もあった。
 ちなみにサンヘドリンとは、新約聖書時代のユダヤ人が司る最高法院のことを意味するようだ。

 彼らが有名になったのは、兄弟以外のメンバーがイスラエルではかなり有名なミュージシャンだったからだ。特にフルーティストのシェム-トヴィ・レヴィは、20枚近いソロ・アルバムを発表しているし、自分自身のバンドを持っている。ジャズ系のバンドらしい。また映画や演劇、TVドラマの音楽も手掛けていて、ヨーロッパでもかなり評判が高いという。

 そんな彼らは、2011年に、デビュー・アルバムを発表した。それが「エヴァー・アフター」という8曲入りのインストゥルメンタル・アルバムだった。

 さすがに元キャメルのコピー・バンドだったせいか、一聴すると、キャメル風の穏やかな印象を抱かせてくれるが、よく聞くと、時にフルートがイアン・アンダーソン風になったり、ギターがデイヴ・ギルモア化していたり、さすが21世紀のバンドだけあって、過去のプログレ・バンドのいいとこ取りのようなところもある。
 

 やはり一流ミュージシャンが集まっているだけあって、奏でられる演奏は間違いがないものだ。ただ基本は、やはりキーボード・バンドである。

 1曲目の"Overture"では、キャメル風の軽快なインストに、ジェスロ・タル風のフルートが絡んでくる。ギターには艶があり、テクニカルではないけれども、安定した演奏を聞かせてくれる。

 2曲目の"Il Tredici"は11分以上もある大作だが、フルートの美しい音に導かれて、ハモンド・オルガンとエレクトリック・ギターが絶妙なアンサンブルを奏でている。キャメルでもあるが、自分はむしろイタリアのバンド、レ・オルメあたりを連想してしまった。同じ地中海に面しているからだろうか。

 テンポが緩やかになると、フルートとギターが前面に出てくるし、転調も多く、途中で春霞のようなメロトロンをバックにハモンド・オルガン・ソロも飛び出してくる。さながらソリストの共演のようだ。エンディングには、うめき声と小鳥のさえずりの短いSEが添えられていて、演出を高めている。

 この2曲を聞いただけでも、このバンドは決して只者ではないとわかるだろう。透明感のある幽玄さと内に秘められた繊細さが絶妙に同居していて、70年代を経験しているプログレ・ファンには絶対に受け入れられるだろう。

 "Dark Age"はアコースティック・ギターとフルートで始まる。まさにトラッド色の強かったジェスロ・タルだ。1分40秒過ぎにはキーボードとギターが全体をリードしていき、徐々にアップ・テンポになっていく。中盤はキーボード中心で、ジャズ色の濃い部分もあり、静と動の対比が見事である。

 "The Guillotine"という物騒なタイトルの曲では、フランス革命を意識したのだろうか、群衆の声をバックに、チャーチ・オルガンとフルートが柔らかなハーモニーを披露し、それにキレの良いリズムとやや自己主張のないエレクトリック・ギターが絡んでくる。

 自分は、もう少しギターも頑張ってほしいと思う。だってキャメルでは、アンディ・ラティマーはこんな演奏をしたりはしないはずだからだ。

 5曲目の"Timepiece"も、どちらかといえばキーボード中心だろう。やはりバーネス兄弟の力が作用しているのだろうか。ちなみにプロデュースもこの兄弟が行っている。

  ところが、この曲の4分過ぎから急にギターがギルモア化して、まるで「おせっかい」の後半のギター・ソロを聞いているような気がしてきた。おお、これは…と思ったところで、エンディング。もう少し聞きたかったなあ。やはり欲求不満が募るのである。

 何となく「スノー・グース」の中の何かに似ている"Sobriety"は8分以上もあって、珍しくギターも最初から音を出している。ただしフルートと同時に鳴っているので、存在感はやや薄い。
 4分過ぎに、フロイド風のスペイシーかつサイケデリックな短い音響空間があった後、6分前から急にサックスが鳴り響く。これはアヴィヴィ・バーネスが吹いているもので、この辺はヴァン・ダー・グラフ・ジェネレイターに似ている。

 アコースティック・ギター1本による"Tema"は1分8秒と短く、次の最終曲"Steam"のプレリュードのようだ。このギタリストは、かなり器用なようで、このアコースティック曲も技術的な素晴らしさと同時に、曲に備わっている歌心も上手に伝えてくれている。このギタリスト、やればできるのに出し惜しみをしているかのようだ。それともバーネス兄弟に遠慮しているのだろうか。

 最後の曲では、最初からギターやフルートが飛ばしていて、あとからリズム・セクションが追いかけているみたいに聞こえてくる。ただギターが頑張るのはこの辺りまでだった。

 3分前のチャーチ・オルガン風のバッキングから普通はエレクトリック・ギターが飛び出してくるのだが、ここではフルートの音が流れてくる。同時にギターはバッキングに徹し、それはそれで趣はあるのだが、迫力には欠けてしまう。せっかく9分30秒もあるのだから、もう少しくらい目立ってもいいのではないだろうか。

 ただ流石に最後の1分間弱では、やっとギターも顔を出してくれて、最後のフィニッシュに持っていこうとしている。でもやはりこのバンドの持ち味は、フルートとキーボードのようだった。Photo
 このアルバムを発表後の彼らの詳しい状況は、よくわからないのだが、まだ解散はしていないようだ。基本的にはバーネス兄弟のバンドなので、彼らの意欲が続く限りは、何らかの形で作品を発表してくれるだろう。

 中東にも素晴らしいバンドがあることはわかったが、この美しい音楽をユダヤ人だけのものにするのではなく、アラブの人も、それ以外の国の人も、みんなで楽しめるような、そんな時代が一刻も早く到来することを願っている。音楽にはまだそんな力が残っていると信じている。

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