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2014年12月

2014年12月27日 (土)

クリスマス・エイド

 もう今年のクリスマスも過ぎてしまったが、今年は久しぶりに「クリスマス・エイド」シリーズのアルバムを引っ張り出して聞いていた。

 この企画ものは1987年にスタートしている。最初のアルバムのタイトルは「ア・ヴェリー・スペシャル・クリスマス」(以下、「クリスマス・エイド1」と表記する)というもので、15曲が収められていた。41pu707rznl_2
 だいたい欧米人は、こういうチャリティーものが大好きで、特にクリスマスともなると、街角の救世軍からTVでの特番まで慈愛に満ちた言動が活発になってくる。何しろイスラエルやパレスチナの紛争地域でも、クリスマス停戦というのがあるのだから、キリスト教の影響は大したものである。(ところでシリアやパキスタンなどのイスラム教の影響地域ではどうなのだろうか、興味深いものがある)

 それで「クリスマス・エイド1」では、80年代を代表するミュージシャンが集合していて、ブルース・スプリングスティーンにマドンナ、U2、スティング、ボブ・シーガー、ホイットニー・ヒューストン、プリテンダーズ、ブライアン・アダムス等々、レーベルの枠を超えて参加していた。

 また、曲によってはスティーヴ・ルカサーやロイ・ビタン、ワディ・ワクテル、T.M.スティーヴンス、ロビー・ネヴィルなど有名なミュージシャンがバック・バンドやコーラスに加わっている。

 当時はバブル時期だったせいか、このアルバムはかなり話題性があって、雑誌やラジオなどで紹介されていたことを覚えている。当然ながらアルバムは売れた。チャリティーだからある程度売れた方がいいわけで、確かにこれだけ有名なミュージシャンが集まっていれば、売れるのは間違いないだろう。もちろんミュージシャン側はボランティアで参加していたから無償だった。

 アルバムはA&Mレーベルから発売されていて、この5年後に「クリスマス・エイド2」が発表された。今度は全19曲で、前作のロック寄りからややR&B色が濃くなっているようだった。51q5w6rssl_2
 面白いのは、92年当時人気だったミュージシャンが参加していることだ。例えば、マイケル・ボルトンであり、ウィルソン・フィリップス、ボーイズ・Ⅱ・メンである。また、フランク・シナトラとシンディー・ローパーのデュエット"Santa Claus is Coming to Town"も収められていた。

 もともとこの企画はケネディ家が考えたもので、創立者はユーニス・ケネディ・シュライヴァーという人だった。この人は、ジョン・F・ケネディの妹のようである。彼らは知的障がい者によるスポーツの祭典を企画し、それをスペシャル・オリンピックと名付けて開催してきた。

 1987年のアルバムが売れたおかげで、この祭典が多くの人に知られるようになり、参加国が72か国から121か国に増加し、競技人口者は約100万人にも及んだ。

 この2枚のアルバムは、実際、すべて新曲もしくは新録されたものだから、耳新しいのは間違いないし、クリスマスにちなんだ曲ばかりなので、統一感もあった。

 それから5年後、今度は「クリスマス・エイド3」が発表された。このアルバムもまた、90年代初期に人気のあった人やバンドが参加していて、全体的にはややグランジ・オルタナティヴ系の匂いがしていた。こういうふうにその時々の時代の流行を反映しているところも、この企画の面白いところだった。517scf9xmzl
 ちなみにこのアルバムでは、スマッシング・パンプキンやノー・ダウト、フーティ&ザ・ブロウフィッシュ、元サウンドガーデンのボーカリストのクリス・コーネルにディヴ・マシューズ、シェリル・クロウ、パティ・スミスなどが新顔だった。またラップ系のミュージシャンも第1作から最低1組以上すべてのアルバムに参加している。

 さて、この3枚目までは5年ごとに発表されていたのだが、なぜか1999年に4枚目が発表された。ひょっとしたらスペシャル・オリンピックの予算が足らなくなって急遽制作したのかと思ったが、実際はそうではなく、このアルバムはライヴ・アルバムだった。415d5beehsl
 実は前年の98年にスペシャル・オリンピック設立30周年記念のイベントがホワイトハウス内で行われ、当時の大統領だったビル・クリントンとヒラリー夫人も参列して、スペシャル・ライヴが繰り広げられた。その音源をまとめたのがこのアルバムというわけである。

 だから曲数は11曲と少なく、また参加したミュージシャンもそんなに多くはなかった。エリック・クラプトンと当時の恋人だったシェリル・クロウ、ラン・DMC、メアリー・J・ブライジ、ジョン・ボン・ジョヴィ、ヴァネッサ・ウィリアムス、トレイシー・チャップマンにブルーズ・トラベラーのジョン・ポッパーである。基本的にはクラプトンがステージを仕切っているようだった。

 自分はもう1枚「クリスマス・エイド5」も所有している。これは2001年に発表されていて、全15曲。今度もメイシー・グレイやワイクリフ・ジョンなどの、当時を代表するR&B、ロック・ミュージシャンが参加していた。
 ただ、日本ではあまり知られていないダーリーン・ラヴやシティ・ハイ、SR-71、パウダーという人たちの曲も含まれていて、今までのアルバムよりはやや見劣り(聞き劣り)がした。

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 有名どころでは常連のボン・ジョヴィやトム・ペティ、スティーヴィー・ニックス、大御所スティーヴィー・ワンダーにシェリル・クロウなどがいた。面白いところでは、B.B.キングとジョン・ポッパーのコラボで、渋いギター・ソロと強烈なブルーズ・ハープのマッチングはなかなかの聞き物だと思う。

 国内盤が出たのはここまでで、これ以降は販売されていない(と思う)。たぶん参加ミュージシャンが日本では有名ではなくなったので、売れなくなったのだろう。そういう意味では、日本ではまだチャリティという感覚が根付いていないのかもしれないし、あるいは現実的な選択をしたのかもしれない。

 現実的な選択というのは、最初のアルバムたちが音楽的にも優れていたので、クォリティーが下がった分、購入を避けたという意味である。

 これ以降、2003年にカントリー・ミュージシャンがフィーチャーされた「アコースティック・クリスマス」、2009年にはレゲエ・ミュージシャンも含まれた「クリスマス・エイド7」が発表されているが、日本ではほとんど知られていないミュージシャンばかりだった。

 チャリティーには自己満足的な部分や、一方的なメッセージというマイナスの面も確かに含まれてはいるが、そうはいっても、そういう精神が確実に根付いているという点は、日本と比べて、評価されて当然だろう。

 今年ももうすぐ終わってしまうが、来年は今年よりももっといい年になるように願っている。みなさん、よいお年をお迎えください。

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2014年12月22日 (月)

師匠と弟子が語る「永遠」

 今年を飾るアルバムの1枚として、やはりこのアルバムを外すわけにはいかないだろう。ピンク・フロイドの「永遠(Towa)」である。今回はこのアルバムのことについて、師匠と弟子が語ったものをまとめてみた。

弟子:ついに出ましたね、ピンク・フロイドのアルバム「永遠」。20年ぶりの新作ですよ、師匠。Photo_2

師匠:そうだな「対」以来か。あれが1994年じゃから、確かに20年じゃな。長いようで短いわい。わしの人生もそんなもんじゃろう。

弟子:師匠の人生は別にどうでもいいんですよ。何しろ全世界のフロイド・ファンが待ちかねていましたからね。アマゾンUKの予約では過去最高の新記録に達したし、出荷時での発売チャートでは当然1位、12月7日現在の全英チャートでは5位になっていますから。これはピンク・フロイド自体が、すでに伝説化したことを表していますよ。

師匠:確かにそうじゃが、それはフロイドを聞いて育った世代が、ある程度自由にお金を使えるようになったからじゃ。単なるノスタルジーに過ぎん。逆に彼らを知らない世代は、ネット上での評判に動かされているだけじゃ。
 資本主義の権化のような金持ち階層から支持されたら、本物のファンは嘆き悲しむぞ。フロイド自身が許さんじゃろうに。

弟子:何を言うんですか、師匠。今回のアルバムはメンバーだったリチャード・ライトの追悼盤ですよ。彼のことを偲んで制作されたんですから、購買層に関係なくメモリアルとして購入したんですよ。Wright3
師匠:たわけたことを言うでないわい。今さらリック・ライトの追悼盤でもないだろうに。いいかい、奴は一回首にされたんじゃぞ。1983年の「ファイナル・カット」にはクレジットもされておらん。リックが再加入したのは80年代の後半じゃ。果たして彼の魂が浮かばれるかどうか。

弟子:そうかもしれませんが、基本的にそれはロジャー・ウォーターズとの確執でしょう。他の2人とはそうでもなかったんじゃないですか。それにロジャーも哀悼の意を表していますし、彼の存在意義にはみんなも納得していたと思いますよ。

師匠:それならピンク・フロイド名義でアルバムを出してほしくないな。出すならギルモア&メイスンじゃろ。本当に追悼するなら、3人そろって制作に関わってほしかったぞ。もしくはピンクではなくて、ブルー・フロイド名義でもよかったはずじゃ。

弟子:何をくだらないことを言っているんですか。ロジャーとデヴィッド・ギルモアの間にはまだまだ確執があるんですよ。リックの死をもってしても、その間を埋めることはできなかった。それは残念なことですけどね。
 だけど若いファンは、ピンク・フロイドといえばリックとデヴィッドとニックの3人として認知されているんじゃないですか。シド時代のピンク・フロイドはサイケデリック・バンドだったし、70年代後半はロジャーのバンドだったけど、そのことを直接知っている人はもうかなり高齢化しているんじゃないですか。

師匠:ふん、それに追悼盤だからメッセージ性に乏しいし、音楽的な深化も見られん。過去の音源の焼き直しじゃ。今回は1993年当時の音源を使用したというが、逆に90年代のフロイド自身が過去の音源の拡大再生産をしていたということを証明してしまったわけじゃ。まさにボロが出たわけよ。

弟子:いやいや師匠、それは昔から彼らの音楽が首尾一貫していたということですよ。確かに1曲目の"Things Left Unsaid"のイントロは、「鬱」の曲に似ているし、SIDE2にあたる7曲目"Anisina"の出だしは"Us And Them"の冒頭部分にそっくりでした。それ以外にも11曲目"Allons-y(1)"は「ザ・ウォール」の"Run Like Hell"に雰囲気がよく似ていますね。

師匠:そうじゃろう。それ以外にも"Autumn'68"には1969年のロイヤル・アルバート・ホールの音が使われているらしいが、タイトルはまさに1970年の「原子心母」の"Summer'68"をパロッとるな。確かにあの曲はリックの作詞・作曲だったから、そういう意味でも追悼の意味を込めたのかもしれん。他にも"Wish You Were Here"にも似ていた曲もあったぞ。これじゃプログレッシヴ・ロックとは言えんじゃろう。レトロスペクティヴ・ロックじゃ。

弟子:知ったかぶりして、無理に英語を使わないで下さいよ。もともと20年前の「対」は2枚組として発表される予定もあったのに、1枚にしたのですから。ある意味、そこに留まっていることの方が正しいんですよ。それにこの「永遠」の方は来年公開予定の「ジュピター」という映画のサントラ候補にも上がっていたのですから、アピール性は十分ありますよ。

師匠:いや、単なる高機能環境音楽にすぎんな。所詮、商業主義に根差したプロジェクトじゃよ。ロジャー脱退後、エンジンを失った飛行機のようじゃ。今はちょうど気流に乗って飛んでいるが、いつかは墜落するじゃろう。みんなは惑わされているだけじゃ。

弟子:そうですかね。確かに「対」は“コミュニケーションの欠如や不在、現代社会における個の孤立化”を謳ったものでしたが、それを言うなら、自分たちのバンド内におけるディスコミュニケーションを何とかしてもらいたいですね。もう彼らが一緒にやることは無理なんでしょうか。2_2
師匠:“言うは易し、行うは難し”じゃな。ただ過去の音源のカタログ化やアンソロジー編集などは今後も行うようだから、100%無理というわけではあるまい。たぶんギルモアが死んで、ニックとロジャーでなら再結成はするんじゃないかな。

弟子:う~ん!

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2014年12月17日 (水)

ホストソナテン

 今年聞いたアルバムの中で、印象に残ったアルバムを紹介しているのだが、イタリアのプログレッシヴ・ロックを調べていた時に、偶然、出くわしたバンドがあった。それがホストソナテンである。

 このバンド、自分はその名前の響きからてっきり北欧出身のバンドだと思っていた。何となく、アングラガルドやアネクドテンなどを連想させたからだったが、北欧とは全く気候の違うイタリア産だと知って、やや驚いてしまった。Hostsonaten_on_stage
 バンド名は、スウェーデンの映画監督イングマール・ベイルマンの1978年の映画「秋のソナタ」から取られていて、女優イングリッド・バーグマンの最後の映画としても知られている。彼女が63歳の時だった。

 それでホストソナテンに話を戻すと、このバンドは固定化されたものではなくて、プロジェクトといった方が正しいだろう。
 ファビオ・ズファンティという人がこのプロジェクトの中心人物で、彼は現代イタリアン・プログレッシヴ・ロック界を代表するミュージシャンのようだ。Fabio_zuffanti
 実際、彼はホストソナテン以外にも、ラ・マスケラ・ディ・チェラというバンドでも活躍していて、もちろんそれ以外にもソロ作品もある。

 プログレッシヴ・ロック界では、こういうワーカホリックなミュージシャンが何人もいて、一時期のロバート・フリップやジョン・アンダーソン、近年ではポーキュパイン・ツリーのスティーヴン・ウィルソンやフラワー・キングスのロイネ・ストルト、ペンドラゴンのキーボーディストのクライヴ・ノーラン、今はイッツ・バイツのギタリスト、ジョン・ミッチェルなど、他のバンドとの掛け持ちや企画もの、ソロ活動などにいそしむミュージシャンには事欠かないようだ。

 このファビオという人もイタリア人には珍しく?、90年代からいくつかのバンドで活動してきている。
 彼は1968年に、イタリアのジェノヴァで生まれた。詳しい音楽キャリアは不明だが、1980年代頃からベーシスト、シンガー、コンポーザーとして地道に頑張ってきていて、1994年にはフィニステッレというバンド名でアルバムを発表している。

 このバンドは今でも続いているのだが、同時に1997年にホストソナテン名義で、2002年にはラ・マスケラ・ディ・チェラ名義でのデビュー・アルバムをそれぞれ発表している。
 また、今ではクワドラフォニックというバンドを始め、ラゾーナ、アリエス、ローマー、ル・オンブラ・デラ・セラ、それから自分自身の名義でもアルバムを発表していて、その数なんと40枚にも及ぶ。もう仕事=音楽=人生なのだろう。

 ホストソナテン名義では、2014年現在でライブ盤を含めて8枚が公式に発表されていて、その中には四季を壮大な音楽観で表現した4枚のアルバムも含まれている。

 1999年の夏に、ファビオが休暇中に出かけたフランスのブルターニュ地方の美しい自然に感化されたことがこの企画の発端になったようで、約11年の歳月をかけて、“春~冬~秋~夏”と実際の季節とは逆にアルバムを発表していった。

 さすがビヴァルディを生んだイタリアだけあって、四季に対する感情は日本人以上に強いものがあるのかもしれないが、このホストソナテンの方の“四季”も、それぞれの季節の特徴をよく表している。もちろん4枚のアルバムともオール・インストゥルメンタルだ。

 それに「冬」以降のアルバムの冒頭は、前の季節のエンディングから繋がっていて、最後のアルバム「夏」ではそれ以前のすべての季節のテーマが使用されている。
 2002年に発表された「スプリングソング」は、いかにも春らしく、明るくて華やかである。バグパイプも使用されていて、トラッドな要素も含まれている。

 それから約6年後の2008年に発表された「ウインタースルー」では、切々と積もる雪を表したかのようなメロトロンが印象的で、最後の組曲"Rain suite"ではギターも含めて、ファンタジックに盛り上がっている。4枚の中では、一番バンド形式に近い音作りだ。

 また、翌年発表された第3部作の「オータム・シンフォニー」では、サックスやバイオリン、オーボエにビオラ、それにややジャズっぽいギター・ソロも挿入されている。またメロトロンやミニムーグも使用されているので、何となくキング・クリムゾンの「リザード」や「暗黒の世界」の音楽観に近い気がするのだが、どうだろうか。

 そして2011年に最後の「サマーイヴ」が発表された。今までのアルバムでも必ず1曲は組曲形式の曲が含まれていたが、このアルバムでは冒頭に"Season's Overture"という10分51秒もある組曲があり、今までの各季節のテーマが演奏されている。
 個人的には4枚の中で一番好きなアルバムで、起承転結がわりとはっきりしていて、聞きやすくドラマティックでもある。Host1
 ちなみにこの4部作は、「シーズンサイクル・スイート・コンプリート・ボックス・セット」としても販売されているので、1枚1枚集めるのが面倒臭い人には、手っ取り早くてお勧めかもしれない。

 ホストソナテンは、まだこれでは終わらないようだ。“四季”の次には「老水夫の歌第1章」というアルバムを2012年に発表している。

 これは18世紀のイギリスのロマン派詩人サミュエル・コールリッジの詩から引用されたもので、老水夫が次代の若者に自分の人生を語りながら、生命や生きることの尊さを教えるというものである。当初の予定では2部作ということなのだが、果たしてどうなることか。

 そして、このアルバムは、一転してボーカル入りだ。歌詞は詩から引用されているので、その部分にボーカルを入れているのだろう。
 アルバムはインストゥルメンタルのプロローグで始まり、ボーカルがそれぞれ入った第1部から第4部まで続いている。Host3
 ボーカリストは5人起用されていて、最後の"PartⅣ"では女性ボーカリストがフィーチャーされているし、曲間は波の音のSEで埋められ、テーマに沿ったトータル性を示している。

 一方、4人の男性ボーカリストは、"PartⅢ"のボーカリストを除いて、他の3人はどの人も同じような感じで、ボーカルの溜めて歌うところや出だしの言葉を強く歌うところなどは、何となくジェネシス時代のピーター・ガブリエルを髣髴させてくれた。

 また、演奏部分はジェネシスよりは上だろう。このアルバムでも7人のミュージシャンが動員されて制作されているし、ギタリストのマテオ・ナームという人はクラシカル・ギターからエレクトリック・ギターの速弾きまで、器用に弾きこなしている。

 そして同じジェノヴァ出身のキーボーディスト、ルカ・シェラーニという人も要注目だ。彼はこのアルバムや「サマーイヴ」にも参加している素晴らしいミュージシャンで、たとえて言うなら、フラワー・キングスにおけるトマス・ボーディンのようなポジションだろう。

 同郷ということでファビオのプロジェクトには、頻繁に彼の名前がクレジットされているし、それ以外にも他のミュージシャンとのコラボ、自身のソロ・アルバムなど、かなり広範囲で活躍している。

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 彼もこれからのイタリアン・プログレッシヴ・ロックの将来を担う逸材の一人だろう。

 ファビオは、次回作「老水夫の歌第2章」を遅かれ早かれ完成させ、発表するだろう。その後の予定はわからないが、2足の草鞋ではなく、3足とも4足ともいえる多角的な活動を続けている彼のことだから、今後もそんなに時間をおかずに次々と作品を届けてくれるに違いない。

 ホストソナテンという名前を覚えるのと同時に、ファビオ・ズファンティという個人名も覚えた方がいいようである。

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2014年12月12日 (金)

ヘヴン&アース

 今年もいよいよあと2週間余りになってしまった。年を取ると月日の流れが早く感じられるというが、まさにそれを実感する今日この頃だ。

 それであと数回にわたって、今年印象に残ったアルバムを紹介しようと思う。第1回は、やはり自分の好きなバンドの1つであるイエスのアルバム「ヘヴン&アース」についてである。

 このアルバムは今年の7月に発売されたが、デビュー45周年を記念した通算21枚目のスタジオ・アルバムになる。前作は2011年の「フライ・フロム・ヒア」だから、約3年ぶりの新作だった。

 彼らのファンなら知っていると思うけれど、ボーカリストがベノワ・デヴィッドからジョン・デイヴィソンに交代している。

 ベノワは呼吸器疾患の発作に襲われて、ツアーを続けることが困難になり、結局、ジョン・デイヴィソンに代ったようだ。これは個人的な憶測なのだが、たぶんベノワはイエスのボーカリストという重圧に耐えきれず、ストレス過多になったのではないだろうか。

 確かに子どもの頃から憧れていたバンドに新人ボーカリストとして加入し、売れないコピー・バンドのボーカリストから一躍、毎晩スポットライトを浴びるようになったのだから、その重圧は周囲の人には理解できないものがあったのだろう。やはりロック・ミュージシャンには、精神的な強さも求められるようだ。

 それで今回のアルバムにはジョンはジョンでもアンダーソンではなく、デイヴィソンという人が加入した。彼はアメリカのカリフォルニア生まれで、43歳になる。高校生の時にプログレッシヴ・ロックに影響を受け、やはりイエスやラッシュに夢中になったらしい。2
 彼がベノワと違うところは、ベーシスト&ボーカルとして、いくつかのバンドで音楽的な経験を積んでいた点だろう。一時はブラジルで活動していた時期もあったと聞いている。

 イエスに加入する前は、グラス・ハマーというバンドで、4枚のアルバムに参加している。彼は2009年に、このバンドに声をかけられて参加した経緯があるが、最近のメンバー募集の傾向は、新聞や雑誌の広告ではなくて、インターネット上で行うらしい。世の中も変わったものだとつくづく思う。

 それで国内盤のアルバムには、ボーナス・トラックを入れて9曲収められているのだが、やはりビックリするのは、ボーカリストの声質だ。これはジョン・アンダーソンに似ているというよりも、本人以上に本人そのものという感じだった。しかも70年代の「こわれもの」当時を髣髴させるボーカルだった。

 冒頭を飾る"Believe Again"は、ややゆったりとしたリズムに乗った牧歌的な曲だ。まるでフォーク・ソングを歌っているイエスである。メロディアスだが、全盛期当時のキレがリズムにない。たぶんスリリングなソロ演奏パートが少ないからだろう。曲はスティーヴ・ハウとジョン・デイヴィソンが作っているのだが、もう少しギターが目立ってもいいのではないだろうか。

 次の曲の"The Game"も聞きやすい曲で、ジョン・デイヴィソンのほかにクリス・スクワイアとクリスの盟友のジェラルド・ジョンソンも曲つくりに参加している。
 ジェラルドという人は、クリスの昔のバンド、ザ・シンのキーボーディストのようだ。エンディング付近のギター・ソロがやや目立っている。

 このアルバムは落ち着いた雰囲気を醸し出していて、それはおそらく曲のほとんどがミディアム・テンポでゆったりとした曲調だからだろう。
 それは"Step Beyond"、"To Ascend"と聞き進めていっても同じことで、確かに曲自体は良いのだが、何か物足らないのである。

 円熟したイエスの姿といえば、確かにその通りだ。アラン・ホワイトも65歳だし、若いと思っていたジェフ・ダウンズも62歳。彼らにかつての勇姿を求めるのは間違っているのかもしれない。

 イエスといえば、演奏技術の高さと音の構築美を誇るのが彼らのポリシーだと思っていたが、このアルバムに収められている音が、現在の彼らの姿を現わしているのだろう。はっきり言って、AOR化したイエス・サウンドを楽しみたい人には、最適なアルバムだ。Photo
 最後の曲の"Subway Walls"はイントロにストリングスが配置されていて、緊張感を高めてくれる。9分もある長い曲で、転調の多さと長さだけなら昔の曲と負けてはいないかもしれない。
 途中のキーボードとギターのソロも音数は少ないものの、かつての残滓を遺しているようだ。このアルバムの中では唯一、個人的に楽しむことができた曲だった。

 このアルバムプロデューサーは、クイーンなどで有名なロイ・トーマス・ベイカーだが、別に彼でなくてもよかったような気がする。むしろ引退したエディ・オフォードを呼び戻した方がいいのではないだろうか。

 もっと好意的にこのアルバムのことを書こうと思ったのだが、何となく愚痴っぽくなってしまった。このアルバムを聞いた後で、自分としては、「リレイヤー」や「究極」、あるいは90125イエスのアルバムを無性に聞きたくなったのである。「こわれもの」や「危機」は言うまでもないだろう。

 とにかくボーカルには全く違和感はない。むしろ聞いていくにつれて、本物のジョン・アンダーソンだと思ってしまうほどだ。だからこそ嘆息も出てくるのだろう。

 ちなみにこのアルバムは全英で20位、全米で26位を記録した。欧米では1994年の「トーク」以来の高い評価を得たようだ。この結果とアルバムの内容について、彼らは喜んでいるのだろうが、自分としては、どう判断していいか悩んでいるのであった。

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2014年12月 7日 (日)

クォーラム

 さて、いよいよ“欧米以外のプログレッシヴ・ロック”特集も最後になってしまった。今回もロシアのバンドを紹介しようと思う。

 前回紹介したロシア産のリトル・トラジディーズは活動歴が長く、それなりにロシア国内でも有名だ。オリジナル・メンバーは、旧ソ連時代から音楽活動を行っていたから、ある意味、それも当然かもしれない。

 それで今回は、21世紀になって結成された比較的新しいバンドが登場する。名前をクォーラムという。3
 結成のいきさつは2003年に遡る。ベーシスト&キーボーディストのドミトリー・シュタノフとギタリストのパベル・バーバノフがバンドを結成しようとして、ドラマーのセルジー・ニコノロフを誘ったのが最初だった。

 彼らは新しいキーボーディストを迎えて、アパートの地下室などで練習を重ねていった。そして翌年には女性ボーカリストのエレーナ・カネフスカヤをメンバーに加え、5人体制でデモCDを制作している。

 そのままデビューすると思いきや、ギターのバベルが手首の腱鞘炎にかかり、しばらく音楽活動ができなくなってしまった。
 その間にメンバーのソロ活動が行われたり、キーボーディストが脱退したり、ドミトリーは次回作の構想を練ったりして、チャンスをうかがっていたようだ。

 ところで女性ボーカリストのエレーナは、エターナル・ワンダラーズというバンドにも所属していて、このバンドもエレーナとカターニャの姉妹を中心としたプログレッシヴ・ロックのアルバムを2枚発表している。
 ちなみに2011年のアルバム「ソー・ファー・アンド・ソー・ニア」には、クォーラムのドラマーやベーシストも参加しているらしい。

 このエレーナの参加をきっかけにして、クォーラムとエターナル・ワンダラーズのメンバー間の交流が生まれ、お互いが双方のアルバムに参加するようになった。

 それはともかく、話をクォーラム戻すと、2008年にデモCDに収録されていた"Snow"という曲がプログレッシヴ・ロックのコンピレーション・アルバムに収録されて、彼らは名前が売れるようになり、本格的なアルバム制作に乗り出した。そのときからエターナル・ワンダラーズからフルーティストのドミトリー・ドロゴノフが参加するようになった。

 2人のドミトリーとエレーナ、復活したギタリストのバベル、ドラマーのセルジーで制作したアルバムが、2011年に発表された彼らのデビュー作「クルブキンズ・ヴォヤージ」である。6
 アルバム・タイトルは、1970年代に旧ソ連で放送されたTV番組から取られていて、この番組はロシアの歴史や伝統、文化などを取り上げた有名な科学番組だったそうだ。
 おそらくメンバーもそれを見て大きくなったのだろう。当時の内容を回顧しながら、子どもの頃に夢見た冒険や想い出、失われた希望などを音楽として創出している。

 ロシア語で歌われている16曲は、トータル・アルバムになっていて、帆船クルブキン号の航海を通して、夢や冒険、予期せぬ出会いや発見、狂気、疲労、友情などが描かれているようだが、詳細はロシア語なのでよくわからない。曲名はロシア語と英語で併記されているので、あくまでも曲名から判断しただけである。

 アルバム冒頭の"Overture"は、伸びのあるギター・インストが印象的で、これから始まる航海の期待感が高まってきそうだ。また、ピアノのイントロにノリのよいリズムが絡み、何となくキャメルのアルバムを聞いているような感じがした。演奏は安定しているので、安心して聞くことができる。

 ボーカルが入る"Klubkin's Voyage, Part One"は、ベースがクリス・スクワイアのようにアタックが効いていて、目立っている。
 このバンドのメイン楽器は、ギターだ。かなり音数が多くしかも速い。かなりのテクニシャンだろう。それにキーボードが乗っかって来るので、キャメルのようなイエスのような感じがした。

 特に"Books And Dreams"ではフルートも使用されていて、構築美と抒情性を味わうことができる。それにトータル・アルバムを意識しているのであろう、曲ごとにメリハリがあり、単調さがなく、締まって聞こえる。

 キーボードは主にピアノとムーグ・シンセサイザー、ハモンド・オルガン、ストリングス・アンサンブルがメインだが、器用に使い分けられていて、よく工夫されていると思う。特に9曲目の"Decision"でのキーボード・プレイはリック・ウェイクマンがハモンド・オルガンを弾いているような感じがした。

 さらに"Klubkin's Voyage, Part Two"でのアコースティック・ギターはロシアの伝統音楽風であり、味わい深い。その後から演奏されるエレクトリック・ギターは華麗だ。
 またギターとキーボードのバランス、使い分けもよくて、デビュー作にしては、なかなかの傑作アルバムだと思う。

 しかも79分もあるから、これを1枚聞き通すだけで、普通のロック・アルバム2枚分を聞いたような感じがした。何となくお得な気分にもなれるアルバムでもある。2
 現在のクォーラムは、新しいベーシストのウラジミール・ヤノフスキーが参加して、ドミトリー・シュタノフはキーボード・プレイに専念している。ただ女性ボーカリストのエレーナとフルーティストのドミトリー・ドロゴノフは脱退してしまったようなので、4人として活動を続けているようだ。

 彼らはまた、セカンド・アルバムとして、2006年に制作されたデモCDからの曲をいくつか再レコーディングしてそれに新曲を加えたものをまとめて発表しようとしている。いつ発表になるか楽しみに待っておくことにしよう。

 とにかくベールに包まれていたロシアの音楽事情も、次第と霧が晴れるようにわかってきた。これからも次々と期待のプログレ・バンドが生まれてくることだろう。ロシアの大地は、音楽の面でも肥沃で豊饒のようだ。

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2014年12月 2日 (火)

リトル・トラジディーズ

 今年は夏に雨が多くて、短かったような気がする。そしてすぐに秋になり、もう一足早く冬が来たような気がする。地球温暖化ではなくて、寒冷化ではないだろうか。ともかく異常気象が続いていることは間違いないだろう。

 今回のテーマだった“欧米以外のプログレッシヴ・ロック”特集も、そろそろ終わりに近づいてきた。イスラエルから始まって、中南米、オセアニア、東南アジアとみてきて、最後は北方の雄ロシアである。

 ここで問題なのは、ロシアはヨーロッパではないのかという疑問が生じることだ。もちろん、ロシアはアジアではない。地政学的にもヨーロッパに属するだろう。しかし個人的には、やや遅れてきたヨーロッパ、あるいはロシアという単独地域という気がしてならない。

 それはロシアの歴史が証明しているように、ロシアは「タタールのくびき」で、一時はモンゴル人に支配されてしまうし、ロマノフ朝のピョートル大帝やエカチェリーナ2世によって西欧化政策や啓蒙家思想が導入されているからだ。彼らの意識の中には、自分たちはイギリスやフランスよりは後進国という思いがあったのではないだろうか。

 さらにまた“20世紀の最大の実験”とも言われた社会主義もこの国で行われ、西側諸国に対して東側諸国のリーダーとして、一時はアメリカと覇権を争ったことも事実だ。
 そして今もまた、政治的な問題で欧米と対立しているし、彼ら自身もヨーロッパとして、簡単に括られることを拒んでいるような気もする。

 そんなこじつけを考えながら、今回のテーマに相応しいと勝手に判断して、ロシアのバンドを選んでしまった。ホント適当な人間だと自分でも思う。

 それでまずはリトル・トラジディーズの登場だ。今はバンド形式で活動しているが、もとはといえば、ゲンナジー・イリンという人のソロ・プロジェクトに近いものだった。彼はアルバムの内容を決め、すべての曲を書き、演奏し、プロデュースも行っている。Gennady
 もともとは旧ソ連時代に結成されたバンド、パラドックスが発端だった。このバンドはゲンナジーとギタリストのイゴール・ミカエルの2人で1988年に結成された。数枚のアルバムを発表したあと、ゲンナジーの音楽学校への進学や留学などで、しばらくブランクが続いた。といっても、ゲンナジーは夏と冬の長期休みになると、地元に戻ってアルバム制作やライヴ活動を続けていたらしい。

 その後、1994年にロシアのクルクスというところで、リトル・トラジディーズとして活動を再開したようだ。

 自分が最初に聞いたアルバムは、2000年に発表された彼らの3枚目のアルバム「ポーセリン・パヴィリオン」だった。実はこのアルバム同年に発表された「ザ・サン・オブ・スピリット」と対をなしていたアルバムで、ジャケット・デザインも2枚を似せて作られている。3
 全10曲で、ギターを演奏したイゴール以外の楽器はすべてゲンナジーが担当している。ロシア語で歌われているので、輸入盤では何を言っているのかわからないのだが、歌詞はすべてロシアを代表する詩人のニコライ・グミリョフの書いたものから取られていて、いかにも自国にプライドを持つロシア人らしい。

 またあのチャイコフスキーを生んだお国柄を反映してか、クラシックを下敷きにしたような豊潤な音楽性と聞きやすいメロディーが特徴で、妙な違和感はない。あるとすればロシア語に耳が慣れるかどうかだろう。

 基本はキーボードで、ピアノからムーグ・シンセサイザー、ハモンド・オルガンにストリングスと多種多様な楽器が使用されていて、それにエレクトリック・ギターが絡むという構造である。7曲目に"Laos"という曲があるが、途中でクラシックの"Bolero"が挟まれているところが、このアルバムの特色をよく表しているようだ。

 それに手癖がキース・エマーソン風で面白い。特に鍵盤上を急上昇、急下降するときのそれはよく似ている。E,L&Pファンにはマスト・バイ・アイテムかもしれない。

 また8曲目の"In the Heavens"だけはゲンナジーとイゴールの共作になっていて、教会風のシンセサイザーにエレクトリック・ギターとクラシック・ギターが絡み合いながら、徐々に盛り上がっていくところはなかなかの聞かせどころだろう。6分少々のインストゥルメンタルである。

 ゲンナジーとイゴールは、このアルバム以降、別の道を進むようになり、リトル・トラジディーズはバンド形式をとるようになった。4
 彼らの最新アルバムは、今年発表された「夜に」である。これは国内盤も発売されていて、ついにここ日本でも彼らのことが認知されたのかと思うと、感慨も深いものがあった。いよいよこれで、彼らもメジャー・バンド扱いだ。来日公演も間近かもしれない。

 このアルバムでは、彼らはそれまでの6人編成から8人に増えていて、よく見ると、トランぺッターが2人とトロンボーン奏者までいる。必要ならキーボードで音を出せそうなものだが、わざわざクレジットされているところを見ると、何か理由があったのだろう。

 このアルバムも全10曲で、1曲目の"At Night"は12分近い組曲、耳を疑うくらい現代に甦ったE,L&Pといってもいいくらいの迫力あるハモンド・オルガンやミニ・ムーグの演奏を聞くことができる。まさに圧巻であろう。

 一転して2曲目の"In the Library"は、月光の下で蒼い光を浴びながら、静かに流れるソナタを聞いているかのようだ。なかなか抒情的で味わい深い。
 ただ自国に誇りを持つロシア人だけあって、もちろんロシア語で歌われている。ただアルバムのブックレットには、英語で書かれているから、英語の分かる人には歌詞の意味も分かるだろう。

 また歌詞は、ロシアの有名な詩人のものからで、今回はニコライ・グミリョフ以外にマクシミリアン・ヴォロシンなど、全部で5人の詩人の作品が使用されている。
 またジャケット・デザインが素晴らしくて、このアルバムの特質をよく表していると思う。流れ星を見ながら湖畔で(あるいは川岸か?)焚火をしながら一夜を明かす雰囲気にピッタリ合っている。Photo

 とにかく、ギター付きのE,L&Pと言われてしまうかもしれないが、E,L&Pよりはメロディがマイルドで、美しい。それに曲調が凝っていて、変拍子もあれば、ノスタルジックな夜想曲やワイルドなロック調の曲もあり、途中でダレルことがなく、リスナーをして最後まで聴き通させようとする不思議な魅力を秘めている。このアルバムを途中で放棄するのは、かなり困難なことだろう。

 このアルバムには名曲が多くて、緩急自在でドラマティックな"Comrade"や幽玄の世界を漂うような"Sekhmet"などは、ぜひ一度は自分の耳で確かめてほしいものである。

 彼らは1999年から13枚のスタジオ・アルバムを発表しているが、そのほとんどが日本ではあまり知られていない。自分は、ゲーテの作品に触発された2006年の2枚組アルバム「ニュー・ファウスト」や名作との誉れ高い2011年の「オブセスド」などを聞いてみたいのだが、まだ入手できていない。近々聞いてみようと思っている。

 何しろ世界最大の国土面積を持ち、1億4千万人以上の人口のあるロシアである。社会主義が崩壊して20年以上になるが、プログレッシヴ・ロックの秘密のヴェールが本格的に外されるのは、これからかもしれない。

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