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2015年1月

2015年1月29日 (木)

プリンスの新作

 今年、成人式を迎えた20歳に「欲しい車」についてインタビューしたところ、次のような結果が出たらしい。
 1位・・・プリウス(トヨタ)、2位・・・キューブ(日産)、3位・・・BMW3シリーズ/5シリーズ(外国車)1位がプリウスということは、それだけエコロジーという考え方が定着したということだろう。

 昔は、車といえば鉄の塊、排ガスをまき散らして走るということが当たり前の考え方で、環境に優しいこととは正反対の存在だった。まるっきり正反対のものが、いつのまにか共通の目標になり、ついに望ましい価値観にまで昇華された。いまや、スーパー・カーやレース車以外で、燃費がℓ5とか6では、消費者は見向きもしないだろう。

 それで、今回はプリウスではなくて、プリンスである。あの80年代に一世を風靡したプリンスだ。当時は、女性ではマドンナ、男性ではプリンスが、出すアルバム、出すアルバム、大ヒットさせていた。まさに時代の寵児だったのである。Prince240114
 さて、そのプリンスが90年代以降、所属会社のワーナー・ブラザーズとの関係が悪化し、さらにはその後の所属のレーベル会社も定まらず、プロモーションも不十分だったせいか、せっかくのアルバムも商業的に失敗するというスランプを迎えていた。

 また1994年から2000年まではプリンスという名前も捨て、クレジット名なしでアルバムを発表していた。まさに一般人にとって見れば、奇行としか言いようがないが、本人はそれなりに考えていたのだろう。(今となって考えれば、ひょっとしたらプリンス側のレコード会社に対する対抗策だったのかもしれない)

 個人的には、この時代は彼の才能の“安売り時代”だったと思っている。それまでゴールド・ディスク3枚、プラチナ・ディスク以上が7枚と、まさに天才としかいいようのなかった彼が、1994年以降、2007年まではゴールド・ディスク4枚、プラチナ・アルバム以上が2枚という(それでも素晴らしいと思うのだが)、明らかなスランプ状態を迎えていた。(チャートはすべてアメリカのビルボードを参照している。以下、同じ)

 それでも1996年に発表された3枚組アルバム「イマンシペイション」は名盤だと思っているし、2007年の「プラネット・アース」は傑作ポップ・アルバムだった。チャート的にも前作は3枚組というボリュームにもかかわらず11位、後者は3位まで上昇していた。

 そんなプリンスが、再び古巣ワーナー・ブラザーズに戻って、新作を発表した。それが「アート・オフィシャル・エイジ」である。しかもこの1枚だけでなく、彼がバックアップしたガールズ・グループ、サード・アイ・ガールと一緒の「プレクトナム・エレクトラム」も同時発売してしまったのだ。

 今までネット販売していた彼のアルバムも、ようやく正式な流通ルートで発表されることになった。そのせいか、プリンスのモティベーションも高まっていったに違いない。

 自分は一度に2枚も買えるようなお金も、心の余裕もないので、とりあえずプリンス名義の「アート・オフィシャル・エイジ」を購入した。しかも輸入盤である。しかもブックレットも何もついていない。確かに輸入盤だから、何もついていなくても不思議ではないのだが、だけどCD1枚だけというのは如何にも寂しいではないか。

 それだけこのアルバムに自信があるというか、純粋に音楽だけを楽しめというプリンス側のメッセージだろう。1
 実際、自信に満ちた力強いビートの"Art Official Cage"でアルバムは幕を開け、ミドル・テンポの"Clouds"では、ロンドン生まれの女性シンガー・ソングライター、リアーネ・ラ・ハヴァスとのデュエットを聞かせてくれる。

 相変わらずのファルセット・ボーカルで聞かせてくれる曲は、"Breakdown"である。この人の書きおろすバラードのメロディは、確かに美しいし、印象的でもある。

 ただこのファルセットを気持ちいいと感じるか、変態チックと思うかが、分岐点だ。気に入れば死ぬまで彼のファンになるだろうし、気に入らなければイントロを聞いただけでも、彼のアルバムを壁に投げつけてしまうだろう。

 また、彼はこの曲でアンディ・アローという女性シンガーとコラボしている。このアンディさんは、アフリカはカメルーン生まれの25歳。先ほどのリアーネさんと同様、なかなかの美人で、プリンスとは2011年から彼のバック・バンドに参加したり、一緒に曲を書いたりして活動をともにしているようだ。

 80年代の黄金期を髣髴させてくれるのが、"The Gold Standard"で、細かに刻まれたリズムと、カッティング主体のギター、短く挿入されるホーン・セクションとキーボードなど、まさに堂々のプリンス節が存在している。途中からリサ&ウェンディが登場してくるかと思ってしまった。

 次の曲の"U Know"と"Breakfast Can Wait"は繋がっていて、前者はスローなR&Bで、後者はそれよりややファンキーな彩が添えられた曲だ。ちなみに後者の曲は、ウェブ上で先行シングルとして発表されたもの。でもこの曲だけ聞いてもプリンスとは思えないだろうな。

 後半は"This Could Be Us"から始まる。プリンスの短いセリフからいつものファルセットが始まる曲だが、スローなバラードなので、思わず聞き惚れてしまった。後半にお約束のギター・ソロがあるのだが、ほとんど目立たないのが残念だった。

 "What It Feels Like"も同傾向の曲で、ここでもアンディ・アローがフィーチャーされている。
 "AffirmationⅠ&Ⅱ"でもリアーネ・ラ・ハヴァスがフィーチャーされているが、これは彼女のセリフだけで、約40秒しかない。そのセリフに続いて登場する"Way Back Home"は、このアルバムの後半を代表するバラードだ。

 この曲にはパロマ・アヤーナという人がバック・コーラスに参加しているが、パリ生まれのロンドン育ち、パロマは本名のようで、ミュージシャンとしては“デライラ”という名前で活動している。

 ここまでは比較的おとなしい曲が続いたが、一転して"Funknroll"では文字通り、ファンキーでリズムが強調されたパワフルな曲になる。後半のファズが効いたギター・サウンドがアナログチックで面白いし、やっぱりプリンスはこうでなくては...と思ってしまった。

 ただギターの演奏時間が短いのが不満だ。"Purple Rain"みたいに無理に延ばさなくてもいいので、もう少し余韻を持たせてほしかった。
 また、この曲と同名の曲が、サード・アイ・ガールのアルバムにもみられるが、たぶん同じ曲だろう。

 そしてこのアルバムの中で一番長い曲の"Time"もまた、アンディ・アローとのデュエット曲で、逆にこの曲は、もう少し短めにアレンジしてほしかった。

 最後の曲は"AffirmationⅢ"で、リアーネとパロマがフィーチャーされている。先のアンディも含めて、彼女たちはいずれも24~25歳の若い女性ミュージシャンである。50歳後半を迎えたプリンスは、彼女たちの若い才能に触発されながら、今後も作品を発表していくのだろう。

 このアルバムのクレジットには、レコーディングは彼のホーム・グラウンドのペイズリー・パーク・スタジオで、プロデュース、アレンジ、作曲、演奏は@サード・アイ・ガールとあるが、もちろんすべて手掛けているのはプリンスであることは間違いない。

 いくつかの部分ではまだまだ不満はあるものの(特に後半はもう少し元気があってもいいのではないか)、今後の活躍が期待されるプリンスである。彼の何度目かの黄金期が再び湧き起ってくることになるだろう。

 ちなみにこのアルバムは、アメリカでは最高位5位(R&B部門では1位)を記録した。
 

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2015年1月22日 (木)

ソングス・オブ・イノセンス

 昨年の秋の終わりに、U2のニュー・アルバムが発表された。約5年ぶりの通算13枚目に当たるスタジオ・アルバムだった。タイトルを「ソングス・オブ・イノセンス」という。

 2009年に発表された前作「ノー・ライン・オン・ザ・ホライゾン」は、全体的に静かで、ロック的なダイナミズムに欠けていた気がした。そのせいか、個人的には2004年に発表された前々作「ハウ・トゥ・ディスマントル・アン・アトミック・ボム」の方が気に入っていて、いまだに愛聴しているほどだ。

 それでこの新作には通常盤とデラックス・エディションがあって、自分はデラックス・エディションを購入してしまった。
 デラックス・エディションは2枚組で、ディスク2には未発表曲やアコースティック・セッション、バージョン違いの曲などが収められていた。U2
 U2のアルバムで特徴的なことは、そのプロデューサーの起用方法である。例えば80年代初期ではスティーヴ・リリーホワイトがその役割を担い、後半ではブライアン・イーノやダニエル・ラノアが担当していた。

 スティーヴがプロデュースしたアルバムは、パンキッシュでありロックの初期衝動が保たれたサウンドだったが、イーノやダニエル・ラノアがプロデュースすると、よりエッジのたったギター・サウンドやロックのルーツに戻った音作りになっていった。
 また90年代に入ると、マーク・エリスなどを登用して、ダンサンブルな音作りを追及するようになった。

 それで今回のプロデューサーはというと、複数いるが主にデンジャー・マウスが請け負っている。
 デンジャー・マウス、本名はブライアン・バートンといい、ニューヨーク出身の37歳のミュージシャンである。

 彼が有名になったのは、ラッパーのジェイ・Zのブラック・アルバムのアカペラとビートルズのホワイト・アルバムをサンプリングして、グレイ・アルバムというネーミングで発表したことからだった。2004年のことである。
 また、このセンスを気に入ったデーモン・アルバーンが自分のバンド、ゴリラズのセカンド・アルバムのプロデューサーに起用したことから、グラミー賞にもノミネートされた。Photo
 これ以降、彼のもとにアルバム・プロデュースをお願いするミュージシャンが殺到するようになった。例えば、ジャック・ホワイトやベック、ノラ・ジョーンズ、ザ・ブラック・キーズ等々、主にアメリカン・ロック系のミュージシャンが多いようだ。

 それで今回はU2のエッジの招きに応じて、アルバムをプロデュースしている。基本的にU2というバンドは、複数のプロデューサーにアルバムを担当させて、いろんな視点から音作りを行ってきたが、この新作でも、その辺の方向性は変わっていない。

 しかし、ほとんどの曲でプロデュースを行っているのは、デンジャー・マウスである。リーダーのボノはその理由について、今までの音楽的水準に堕することなく、新しい音楽的方向性やエモーションに挑戦するためだと述べている。

 それで肝心の音の方だが、実験的要素やダンス音楽的な雰囲気は微塵もなく、タイトルにあるように、歌中心の、意外にオーソドックスな音作りになっている。

 実は今回のアルバムは、今後続く3部作の第1作目にあたるものらしい。前作からライヴ活動を主に続けてきた彼らだが、その間にかなりの曲がストックされてきたようで、今年中か来年の初頭には「ソングス・オブ・エクスペリエンス」を、2~3年後には「ソングス・オブ・アセント」(仮題)が発表されるという。

 それで今作は歌もの中心だが、次作はダンス・ミュージックっぽいサウンドのものを、3作目は実験的、瞑想的な作風のものを制作するといわれている。なるほど、だから今回は聞きやすく、覚えやすい曲で構成されているのだろう。

 特に1曲目の"The Miracle(of Joey Ramone)"は、ハードなリズム・リフとサビのメロディが、若干違和感はあるものの、巧みにマッチングしていて見事である。そういえばTVでも放映されていた。

 この歌がこのアルバムの方向性を決めているようで、だから1曲目に持ってきたのだろう。彼らがまだティーンエイジャーだった頃に、北アイルランドのダブリンにラモーンズが公演に来て、U2の面々は彼らの歌や演奏に衝撃を受けたという。
 それがきっかけとなって音楽活動を志し、今の彼らを形成したというのだ。そういう意味では、非常に意義深い出来事であり、またその意義が込められた曲なのである。

 またいかにものU2節の"Every Breaking Wave"やスローな展開から徐々に盛り上がっていく"Song For Someone"、アップテンポでクラブのBGMにでもなりそうな"Volcano"など、確かに80年代後半に回帰したようなU2の姿がここにある。U22
 それからアルバム・ジャケットのことについて一言いうと、このまるでゲイ・カップル写真のようなものは、メンバーのラリーとその長男とのフォト・セッションから生まれたものであり、長男は“イノセンス”の象徴として、バンドが純粋無垢だった頃の姿を表わしているという。
 

 要するに、自分の中にある純粋さを維持していくことが、いかに難しいかをテーマにして表現しているのである。

 このアルバムは、歴史的な名盤でもなければ、彼らの代表作でもない。個人的には「ハウ・トゥ・ディスマントル・アン・アトミック・ボム」の方が100倍は好きだ。

 しかしこのアルバムには、現在進行形の彼らの姿がある。70年代後半から活動を続けている彼らだが、いまだ現役のバンドとしての証しが、このアルバムに込められているのである。

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2015年1月15日 (木)

ロバート・プラントの新作

 ロバート・プラントの新作も、昨年発表された。これも輸入盤で購入したので、詳細な資料は添付されていない。だからどうしても個人的な思い込みが優先されてしまい、客観的な論評はできないのが悲しい。

 とはいえ、ロバート・プラントの現在の立ち位置がよくわかるアルバムには間違いないだろう。Photo
 基本的にはロック・ミュージックとモロッコのような北アフリカ音楽を融合したもので、それにブルーズやカントリーの香りを添えたようなものである。

 アルバムのタイトルは「ララバイ・アンド...ジ・スィースレス・ロア」というもので、日本語にすると“子守歌と絶え間ない咆哮”になるだろう。要するに、相反するものを提示しているような気がする。

 全11曲、約51分のボリュームで、1曲目の"Little Maggie"から中近東、北アフリカ風の演奏と、それに乗るロバート・プラントのボーカルを聞くことができる。
 全体的に、このアルバムではメタリックなボーカルを聞くことはできない。かつてのようなハイトーン・ボーカルを期待している人には、残念な結果につながるだろう。

 それでも66歳にしては高い声がよく出ているし、そのボーカルとバックの演奏とのマッチングの良さが、このアルバムの優れたところだろう。

 輸入盤のブックレットにもバック・ミュージシャンの写真が載っているが、この6人が今のプラントを支えているミュージシャンである。
 ほとんどのメンバーは、2005年の「マイティ・リアレンジャー」からの長い付き合いのようで、だから呼吸もピッタリと合っているようだ。

 特に民族楽器を操るジュルディ・カマラと古楽器から電気ギターまで担当しているジャスティン・アダムスが、このバンドのキー・パーソンである。

 カマラは、西アフリカのガンビア共和国出身のようで、幼少の頃から地元の楽器を演奏していた。またもう一人のジャスティンは、エジプト生まれのイギリス育ちということで、これまたロック・ミュージックだけでなく、アフリカ・中近東音楽にも造詣が深いミュージシャンだ。

 1曲目は古い民謡をアレンジしたもので、2曲目の"Rainbow"の歌詞は、イギリスの詩人、ウィリアム・モリスの詩“Love is Enough”から一部引用されている。
 しかもこの曲は幻想的で、しかもメロディアスだから、すぐに馴染んでしまう。ある意味、コマーシャルな曲でもある。

 2014年の夏に彼らは来日して、サマーソニックに参加したのだが、この時の公演中に雨が上がって空に虹が浮かんだ。その時に演奏していたのが、この"Rainbow"だった。この時の模様は映像でも確かめることができる。嘘のような本当のエピソードである。

 "Pocketful Of Golden"も不思議な浮揚感を伴った曲で、何となく90年代半ばのペイジ&プラントの楽曲を思い出させてくれた。
 4曲目の"Embrace Another Fall"にはアフリカン・ドラムが使用されていて、それとバックのキーボードの音が幽玄さを醸し出している。それにアコースティック・ギターが被さってくるのだが、その主旋律が日本の民謡のようで面白い。

 日本の岡林信康が民謡とフォーク/ロックを融合させたものをやっているが、その音に近い気がする。途中で切り込んで切るエレクトリック・ギターが、昔のプラントの勇姿を思い出させてくれた。

 "Turn It Up"はゆったりとしたブルーズ・ロックのようで、ハードな感触がゼップ時代を髣髴させる。途中の"Ah~,Ah~"という叫び声もプラントらしいのだが、ゼッペリン時代よりは2オクターブくらい下がっている。

 一転して"A Stolen Kiss"は、純然たるラヴ・バラードだ。これもまた最近の彼にとっては、名曲の部類に入るだろう。バックのピアノ(キーボード)がいい味を出していて、聞けば聞くほど素晴らしいバラードだと実感してしまう。

 7曲目の"Somebody There"もスローな曲だが、エレクトリック・ギター中心で民族音楽の要素は全くない。このアルバムの中盤には、こういうロック色の強い楽曲で占められているようだ。ただし、上にも書いたように、プラントはシャウトせず、淡々と歌っている。

 次の曲"Poor Howard"には、バンジョーとフィドルがメイン楽器として使用されている。もともとこの曲のオリジナルは、"Po' Howard"といって19世紀後半にアメリカ、ルイジアナで生まれたリード・ベリーという人の曲だった。アフリカ系アメリカの人で、主に12弦ギターを使用して演奏していたらしい。
 この曲は、プラント流カントリー・ミュージックだろう。明るい曲調なのだが、彼が歌うと何となく湿っぽくなってしまう。

 9曲目の"House of Love"も綺麗なメロディのノリのよい曲で、このアルバムの中では一番ポップで聞きやすい。シングル・カットされたら結構売れるのではないだろうか。
 本来ならもっと自己主張してもいいのだろうが、ロバート・プラントは実に自分を抑制して歌っている。これを成熟ととらえるのか、それとも衰弱ととらえるのか、人によっては感じ方が違ってくると思う。

 "Up on the Hollow Hill(Understanding Arthur)"はダークな曲調で、プラント流のブルーズなのだろう。この曲もエレクトリック・ギターが頑張っていて、ロックっぽい。基本的にはミディアム・テンポなので、落ち着いて聞くことができる。今の彼には、こういう音楽が好みなのだろう。

 最後の曲の"Arbaden(Maggie's Babby")は、タイトルからわかるように最初の曲のアンサー・ソングのようだ。プラントのボーカルは途中から入ってきて、おそらくカマラであろう人と絡んでくる。3分にも満たない短い曲で、確かにアフリカ民族音楽に影響されていることがわかる。

 よく聞くと、北アフリカや中近東風な曲は1,3,4,11曲の4曲くらいで、あとは2005年以降のプラント好みの曲である。だからロック色は薄くはないのだけれど、どうしても最初の曲群の印象が強くて、民族音楽色の濃いアルバムと思ってしまうのだろう。2
 思えば、レッド・ゼッペリン時代から"Kashmir"や"In the Evening"、"Hot Dog"など、中近東風の楽曲やカントリー&ウェスタン調の曲など、彼らは決してハード・ロック一本でやってこなかったわけで、プラントはペイジ&プラントやソロ活動に移ってから、ますますその領域に接近していったということだろう。

 とにかく今の彼の姿を知るには、このアルバムを外すわけにはいかない。このアルバムの中に、今の彼の精神や志向が凝縮されている。
 だからレッド・ゼッペリンの再結成、再活動は、おそらくは永遠に封印されるに違いない。我々はそれを静かに受け止めるしかないのである。

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2015年1月 8日 (木)

ザ・ブリーズ~J.J.ケイルに捧ぐ

 さて新年あけましての第2弾は、昨年夏に発表されたJ.J.ケイルへの追悼盤「ザ・ブリーズ~J.J.ケイルに捧ぐ」を紹介しようと思う。

 とにかくこのアルバムは、良かった。素晴らしい作品だと思う。はっきり言って、歌よし、曲よし、演奏よしだった。

 ご存じのように、アメリカン・ロックの至宝ともいえるJ.J.ケイルは、一昨年の7月に74歳で亡くなった。心臓発作だった。
 彼の渋いギター演奏やつぶやくようなボーカル・スタイルは特長的で、70年代から2000年代までマイペースで活躍してきた。

 とくに有名なのは、エリック・クラプトンとの交流だろう。クラプトンがケイルの曲"After Midnight"や"Cocaine"を取り上げたおかげで、それまで単なるシンガー・ソングライターに過ぎなかったケイルがワールドワイドに評価されるようになった。Photo_3
 実際、ケイルはもう音楽業界から足を洗おうと思っていたが、これがきっかけになって思いとどまり、再び音楽活動に勤しむようになったのである。人生何がきっかけでどう変わるか分かったものではない。

 その後も二人の交流は続いていて、2006年にはクラプトンとともに「ザ・ロード・トゥ・エスコンディード」を発表している。このアルバムについては、このブログでも取り上げたので今回は省略するが、全体的にはすばらしいアルバムだった。

 70年代のエリック・クラプトンは、クリーム時代のインプロヴィゼーション主体のギタリストから、いわゆるレイド・バックした音数の少ないギタリストに変化したが、その影響はケイルからも少なからず受けていると思う。

 それでアルバムに話を戻すと、クラプトンが音頭をとってケイルの16曲を様々なミュージシャンとのコラボや単独演奏で収めている。
 自分が所有しているのは輸入盤なので、残念ながら詳細はよくわからない。知りたい人は国内盤を購入した方がいいと思う。Photo_2
 基本的には、クラプトンはすべての楽曲でギターを弾いている。1曲目の"Call Me the Breeze"のギター・ソロには有名セッション・ギタリストのアルバート・リーも参加していて、クラプトンの向こうを張っている。ボーカルはクラプトンである。

 2曲目の"Rock and Roll Records"のボーカルはクラプトンとトム・ペティ。3曲目は未発表曲の"Someday"で、ボーカルとメインのギターはマーク・ノップラーだ。
 彼はダイヤー・ストレイツ解散後、ブルーグラスやカントリー系のアルバムを発表していたが、この曲では一粒一粒の音のトーンが際立った彼特有のギター・サウンドと、呟くようなボーカルを聞かせてくれた。彼もまたJ.J.ケイルに影響を受けていたのだろう。

 4曲目の"Lies"はクラプトンとジョン・メイヤーが歌っていて、もちろんジョンはギターも演奏している。ジョンのギターは幾分抑え気味で、それがJ.J.ケイルの雰囲気によくマッチしている。

 5曲目は"Sensitive Kind"。この曲はサンタナも取り上げていた。ボーカルとギターはドン・ホワイトという人が担当している。この人はJ.J.ケイルのバックバンドのメンバーのようだ。ブルーズっぽい曲調を持った曲でもある。

 6曲目はランディ・クロフォードやネヴィル・ブラザーズも歌った"Cajun Moon"で、ここではクラプトンがギターとボーカルを担当している。2分少々しかなくてアッという間に終わってしまうのが難点か。

 7曲目は有名なあの"Magnolia"で、この曲を聞くと、まるで自分自身が南部にいて籐の椅子に座ってまどろんでいるような気がしてくる。まさに彼を代表する1曲だろう。ボーカルとギターはクラプトンとジョン・メイヤーである。

 次はレーナード・スキナードも歌った"I Got the Same Old Blues"で、クラプトンとトム・ペティが歌っている。その次の"Songbird"もレーナード・スキナードの歌った曲かと思ったら全然違っていた。
 歌っているのは、ウィリー・ネルソンとクラプトンで、デヴィッド・リンドレーとウィリー・ネルソンはギターも弾いている。彼はもう今年で82歳になる。彼とB.B.キングは、アメリカン・ミュージック界のまさに“生けるレジェンド”だろう。

 10曲目の"Since You said Goodbye"と次の"I'll Be There(If You Ever Want Me)"は、それぞれクラプトンや彼とドン・ホワイトが歌っている。ちなみにこれらの曲では、ドイル・ブラムホールⅡ世やアルバート・リーも客演している。個人的には軽快な"I'll Be There"が気に入った。この曲でクラプトンは、ドブロ・ギターも披露している。

 "The Old Man And Me"のボーカルはトム・ペティ。バックのスティール・ギターがいい味を出している。13曲目の"Train to Nowhere"ではクラプトンとマーク・ノップラー、ドン・ホワイトの3人が歌っていて、それぞれのパートで持ち味を発揮しているようだ。このアルバムでは珍しく4分以上もある曲に仕上げられている。

 14曲目の"Starbound"では、再びウィリー・ネルソンが登場してきて、いかにも彼だと認識できる歌声を披露してくれる。ギターはウィリー・ネルソンが弾いているが、彼だけでは心配だと思われたのか?、デレク・トラックスも一緒に演奏している。"Magnolia"の回転数を少しだけ上げたような曲でもある。

 15曲目にはジョン・メイヤーが参加して、クラプトンとボーカルを分け合っている。"Don't Wait"という曲だが、幾分ハードでロックっぽい雰囲気だ。2000年代以降のケイルの雰囲気に合っていると思う。

 "Crying Eyes"が最後の曲で、メインのギターにはデレク・トラックスとデヴィッド・リンドレーがクレジットされていた。ボーカルはクラプトンとクリスティーン・レイクランドで、後者の女性はJ.J.ケイルの奥方だ。彼女自身もソロ・アルバムを数枚発表しているミュージシャンでもある。

 というわけでザクッと書かせてもらったが、要するに70年代の雰囲気を失わずに、今を生きる一流ミュージシャンが見事にそれを再現し、1枚のCDに収録したアルバムである。
 また、決して懐古主義に堕することなく、瑞々しい息吹を与えられて提示された16曲だった。クラプトン・ファンだけでなく、アメリカン・ロックが好きなら人なら間違いなく受け入れられるだろう。

 しかし、問題はエリック・クラプトンである。このアルバムの中でのクラプトンは、近年の彼のアルバム群には見られないほど、レイド・バックしているし、スィングしている。
 またギター・ソロもツボを得ていて、抜群のタイミングときらりと光るセンスが、半世紀近くを生きてきたクラプトンの精神的、技術的な成熟さを物語っていた。

 2005年の「バック・ホーム」や2010年の「クラプトン」には失望していたから、こういう昔風の作品に憧れてしまうし、単なる郷愁ではない職人肌としてのクラプトンに期待もしてしまうのである。

 要するに、やればできるじゃん、クラプトンという感じだ。クラプトンには今後もこういう感じのアルバムを発表してほしいし、そう願っているファンは、決して自分一人ではないと思っている。

 とにかく次作以降のエリック・クラプトンのアルバムには、あの「スロー・ハンド」のようなアルバムを期待している。それが本当の意味でのJ.J.ケイルの追悼と精神の継承になると思うからである。

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2015年1月 1日 (木)

今年はひつじ年

 時計の針も深夜12時を越えて、2105年になった。近所のお寺からは除夜の鐘も聞こえてきている。今年こそは、世の中に争いごとも天変地異もない平穏な一年になってほしいと願っているが、果たしてどうなるのだろうか。

 今年はヒツジ年ということで、いつものようにその年の干支に当たるアルバム・ジャケットを集めてみた。

 最初はやっぱりこれでしょう。70年代に青春時代を送った人や、それよりちょっと上のビートルズ世代の人も、ヒツジといえばこのアルバム・ジャケットを思い出すのではないだろうか。そう、ポール・マッカトニーの「ラム」である。4
 1971年に発表されたこのアルバムで、前作の不評を跳ね返し、ポールの才能をあらためて世の中に知らしめる結果になった。
 ビートルズ解散の張本人と非難されていた汚名も見事に晴らすことができて、これ以降のポールの飛躍につながったアルバムでもあった。今聞いても彼のメロディメイカーぶりには脱帽してしまう。

 さて次は、同じようにジャケットいっぱいに写し出されたもので、このジャケットのインパクトも印象的だった。パール・ジャムの「Vs.」である。
 アルバムは1993年に発表されたもので、当時のグランジ・ブームを反映してか、ビルボード初登場首位になり、5週間その位置を守った。

2
 商業的にも成功したように、このアルバムには聞きやすい曲が多く、彼らのアルバムの中では比較的ポップなものだった。

 当時NBAで活躍していたリーグの問題児で、“リバウンド王”の異名をとったデニス・ロッドマンもこのアルバムを大変気に入っていて、よく聞いていたと自伝に書いてあったが、確かに1曲目や3曲目の"Go"、"Daughter"などを聞くと、ハードな楽曲だけでなく、ソフトなバラード系にも惹かれるものがある。

 この後彼らは、試行錯誤を繰り返し低迷期を迎えるものの、21世紀に入ってからは堂々のアメリカン・ロック・バンドとしてその地位を確立している。しかし、リーダーのエディー・ベダーももう50歳。確かに時が経つのは早いものだ。

 さてもう1枚インパクトのあるジャケットを紹介する。70年代の中盤にちょっとだけ人気があったバンド、ラム・ジャムのデビュー・アルバムである。7_2
 このバンドは1977年にデビューした。シングル"Black Betty"がビルボードのチャートで18位になり、その後アルバムを2枚発表したが、1978年に解散してしまった。
 ニューヨーク出身のバンドとしても有名で、当時はブルー・オイスター・カルトの正統な後継者として将来が期待されていたのだが、わずか2年という活動期間だった。

 基本的には“一発屋”なのだが、彼らの曲は映画の挿入曲として使用されたり、ボストンのプロ・アイス・ホッケー・チームのテーマ・ソングとして流されたりと、いまだに忘れられてはいないようだ。
 そのせいかどうかはわからないが、1994年にはなぜかドイツで「サンキュー・マム」という3枚目のアルバムが発表された。内容は売れ線狙いのハード・ロックということだったが、このアルバムも不発に終わってしまったようである。

 日本を代表するプログレッシヴ・ロック・バンドのKENSOの1991年のアルバム「夢の丘」にはたくさんのヒツジが登場していて、タイトル通りの幻想的な雰囲気を醸し出している。3
 バンドの中心メンバーであるギタリストの清水義央は現役の歯科医でもあり、1990年には大脳生理学の部門で博士号も取得している。
 自分としては音楽だけでじゅうぶん食っていけると思うのだが、はやりそれだけでは彼のプライドが許さないのだろう。

 基本的にはインストゥルメンタルだが、清水の流麗なギター・ワークはロックからジャズ・フュージョンまで幅広く影響を受けていて、ギターを歌わせることのできる数少ない日本のギタリストの一人でもある。

 先を急ごう。今度はよく見ないとわからないアルバム・ジャケットを紹介する。最初は2人の美人姉妹で人気を博したハートの1977年のアルバム「リトル・クィーン」から。
 このアルバムからの"Barracuda"は全米11位とヒットを記録している。そのせいかアルバムも全米9位と大ヒットになった。5
 さらにもう1枚、今度はイタリアのプログレッシヴ・ロック・バンドのアレアのアルバムである。このアレアという6人組は、イタリアを代表するプログレッシヴ・ジャズ・ロック・バンドだった。彼らの1978年に発表された通算6枚目のアルバム「1978」にも小さなヒツジが描かれている。

 彼らは1972年にバンドを結成し、翌年アルバムを発表した。中心メンバーはボーカル&キーボードのデメトリア・ストラトスで、彼が1979年白血病で亡くなるまでバンドは社会主義的な価値観に基づいた急進的なメッセージを発していた。6
 イタリア語で歌っているので、何を言っているのかわからないのだが、複雑な変拍子や地中海音楽の要素を含んだ5音階モードの音楽は、スリリングでアバンギャルド、独創的でもあった。

 このアルバムはデメトリアが参加した最後のスタジオ・アルバムだが、メンバー・チェンジで4人になったものの、その演奏能力にはほとんど遜色はなく、むしろ初期のアルバムよりも大胆になっているようだ。彼らのアルバムの中では一番聞きやすいのではないだろうか。

 いよいよ最後になった。最後も国内盤のジャケットでは小さく扱われているヒツジである。イギリスのユニークなバンド、10ccの1980年のアルバム「ルック!ヒア!」には小さなヒツジが印刷されていた。

 ただ米国盤ではジャケットが違っていて、このヒツジだけが大きくプリントされていた。浜辺のソファーの上にいるヒツジが何ともユニークなのだが、やはり10ccだけあって、アルバム・ジャケットにも気を遣っているのがよくわかる。10cc
 自分はこの辺りから10ccを聞かなくなってしまった。理由は、10ccでさえもディスコ・ミュージックに走ってしまったという現実に落胆してしまったからだ。ただ今になっていうのも変だが、"I Took You Home"や"It Doesn't Matter at All"などは素晴らしいバラード曲だと思っている。

 さてさて、いろいろと書いてきたが、ヒツジというイメージはおとなしくて従順、平和的という気がするのだが、その反面、自己主張がなくて付和雷同といういかにも日本人的なマイナス面も浮かんでしまう。

 今年がどういう年になるかはわからない。平穏を願いつつも、おそらく現実はそれを平気で裏切っていくだろう。ただそれでも、平和や平穏を求めていく姿勢や努力は、忘れてはいけないと思っている。

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