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2015年1月 1日 (木)

今年はひつじ年

 時計の針も深夜12時を越えて、2105年になった。近所のお寺からは除夜の鐘も聞こえてきている。今年こそは、世の中に争いごとも天変地異もない平穏な一年になってほしいと願っているが、果たしてどうなるのだろうか。

 今年はヒツジ年ということで、いつものようにその年の干支に当たるアルバム・ジャケットを集めてみた。

 最初はやっぱりこれでしょう。70年代に青春時代を送った人や、それよりちょっと上のビートルズ世代の人も、ヒツジといえばこのアルバム・ジャケットを思い出すのではないだろうか。そう、ポール・マッカトニーの「ラム」である。4
 1971年に発表されたこのアルバムで、前作の不評を跳ね返し、ポールの才能をあらためて世の中に知らしめる結果になった。
 ビートルズ解散の張本人と非難されていた汚名も見事に晴らすことができて、これ以降のポールの飛躍につながったアルバムでもあった。今聞いても彼のメロディメイカーぶりには脱帽してしまう。

 さて次は、同じようにジャケットいっぱいに写し出されたもので、このジャケットのインパクトも印象的だった。パール・ジャムの「Vs.」である。
 アルバムは1993年に発表されたもので、当時のグランジ・ブームを反映してか、ビルボード初登場首位になり、5週間その位置を守った。

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 商業的にも成功したように、このアルバムには聞きやすい曲が多く、彼らのアルバムの中では比較的ポップなものだった。

 当時NBAで活躍していたリーグの問題児で、“リバウンド王”の異名をとったデニス・ロッドマンもこのアルバムを大変気に入っていて、よく聞いていたと自伝に書いてあったが、確かに1曲目や3曲目の"Go"、"Daughter"などを聞くと、ハードな楽曲だけでなく、ソフトなバラード系にも惹かれるものがある。

 この後彼らは、試行錯誤を繰り返し低迷期を迎えるものの、21世紀に入ってからは堂々のアメリカン・ロック・バンドとしてその地位を確立している。しかし、リーダーのエディー・ベダーももう50歳。確かに時が経つのは早いものだ。

 さてもう1枚インパクトのあるジャケットを紹介する。70年代の中盤にちょっとだけ人気があったバンド、ラム・ジャムのデビュー・アルバムである。7_2
 このバンドは1977年にデビューした。シングル"Black Betty"がビルボードのチャートで18位になり、その後アルバムを2枚発表したが、1978年に解散してしまった。
 ニューヨーク出身のバンドとしても有名で、当時はブルー・オイスター・カルトの正統な後継者として将来が期待されていたのだが、わずか2年という活動期間だった。

 基本的には“一発屋”なのだが、彼らの曲は映画の挿入曲として使用されたり、ボストンのプロ・アイス・ホッケー・チームのテーマ・ソングとして流されたりと、いまだに忘れられてはいないようだ。
 そのせいかどうかはわからないが、1994年にはなぜかドイツで「サンキュー・マム」という3枚目のアルバムが発表された。内容は売れ線狙いのハード・ロックということだったが、このアルバムも不発に終わってしまったようである。

 日本を代表するプログレッシヴ・ロック・バンドのKENSOの1991年のアルバム「夢の丘」にはたくさんのヒツジが登場していて、タイトル通りの幻想的な雰囲気を醸し出している。3
 バンドの中心メンバーであるギタリストの清水義央は現役の歯科医でもあり、1990年には大脳生理学の部門で博士号も取得している。
 自分としては音楽だけでじゅうぶん食っていけると思うのだが、はやりそれだけでは彼のプライドが許さないのだろう。

 基本的にはインストゥルメンタルだが、清水の流麗なギター・ワークはロックからジャズ・フュージョンまで幅広く影響を受けていて、ギターを歌わせることのできる数少ない日本のギタリストの一人でもある。

 先を急ごう。今度はよく見ないとわからないアルバム・ジャケットを紹介する。最初は2人の美人姉妹で人気を博したハートの1977年のアルバム「リトル・クィーン」から。
 このアルバムからの"Barracuda"は全米11位とヒットを記録している。そのせいかアルバムも全米9位と大ヒットになった。5
 さらにもう1枚、今度はイタリアのプログレッシヴ・ロック・バンドのアレアのアルバムである。このアレアという6人組は、イタリアを代表するプログレッシヴ・ジャズ・ロック・バンドだった。彼らの1978年に発表された通算6枚目のアルバム「1978」にも小さなヒツジが描かれている。

 彼らは1972年にバンドを結成し、翌年アルバムを発表した。中心メンバーはボーカル&キーボードのデメトリア・ストラトスで、彼が1979年白血病で亡くなるまでバンドは社会主義的な価値観に基づいた急進的なメッセージを発していた。6
 イタリア語で歌っているので、何を言っているのかわからないのだが、複雑な変拍子や地中海音楽の要素を含んだ5音階モードの音楽は、スリリングでアバンギャルド、独創的でもあった。

 このアルバムはデメトリアが参加した最後のスタジオ・アルバムだが、メンバー・チェンジで4人になったものの、その演奏能力にはほとんど遜色はなく、むしろ初期のアルバムよりも大胆になっているようだ。彼らのアルバムの中では一番聞きやすいのではないだろうか。

 いよいよ最後になった。最後も国内盤のジャケットでは小さく扱われているヒツジである。イギリスのユニークなバンド、10ccの1980年のアルバム「ルック!ヒア!」には小さなヒツジが印刷されていた。

 ただ米国盤ではジャケットが違っていて、このヒツジだけが大きくプリントされていた。浜辺のソファーの上にいるヒツジが何ともユニークなのだが、やはり10ccだけあって、アルバム・ジャケットにも気を遣っているのがよくわかる。10cc
 自分はこの辺りから10ccを聞かなくなってしまった。理由は、10ccでさえもディスコ・ミュージックに走ってしまったという現実に落胆してしまったからだ。ただ今になっていうのも変だが、"I Took You Home"や"It Doesn't Matter at All"などは素晴らしいバラード曲だと思っている。

 さてさて、いろいろと書いてきたが、ヒツジというイメージはおとなしくて従順、平和的という気がするのだが、その反面、自己主張がなくて付和雷同といういかにも日本人的なマイナス面も浮かんでしまう。

 今年がどういう年になるかはわからない。平穏を願いつつも、おそらく現実はそれを平気で裏切っていくだろう。ただそれでも、平和や平穏を求めていく姿勢や努力は、忘れてはいけないと思っている。


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コメント

未年・・あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 「ひつじジャケ」私は殆ど頭に浮かばなかったんですが、結構あるんですね(笑)。この中では私はやっぱり「Area」が懐かしいですね。ダヴォラッツィがギタ-を演じたり、このグループのブルガリア路線というところが特異であったけど、彼らはロックというがジャズをやっていたようにも思うし特異なプログレでした。
 ところで私は「未(ひつじ)」といえば「羊」なんですが、ピンク・フロイドの「アニマルズ」の”sheep”となってしまう偏り人間です(笑)。

投稿: 風呂井戸 | 2015年1月 6日 (火) 21時02分

 年明け早々にコメントを下さり、ありがとうございます。ヒツジのジャケットは意外とたくさんありました。私も驚いています。

 ただ中には山羊とヒツジを混同したようなジャケットもあります。ストーンズの「山羊の頭のスープ」の中ジャケットには文字通り山羊の写真がありました。

 それから私もフロイドの「アニマルズ」のジャケットを見たのですが、残念ながら羊も犬も見当たらなくて、空に浮かぶ例の動物だけのようでした。残念です。

 今年も風呂井戸氏のご活躍を願っています。音楽評論だけでなく、あの豊かな感性に裏打ちされた美しい自然の写真も見せてもらえるとうれしいです。以前のモノクロの雪の写真などはよかったですね。

投稿: プロフェッサー・ケイ | 2015年1月 7日 (水) 19時28分

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