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2015年3月11日 (水)

四人囃子トリビュート・ライヴ

 先週末の話だが、四人囃子のトリビュート・ライヴを見に出かけた。ロック好きの同僚が前日の夜にメールで知らせていくれたのだ。持つべきものは友であるが、こんな大事な話はもっと早く教えてほしかった。おかげで前売り券が買えずに、当日券を買ってしまった。ちょっと値段が高かった。この辺は相変わらず貧乏性というか、ジミー・ペイジ張りの吝嗇家だと自分でも思っている。

 ところで四人囃子といえば、日本の伝説的なプログレッシヴ・ロック・バンドである。1971年に20歳前後でデビューした彼らは、瞬く間に日本の代表的なバンドとして有名になっていった。

 何しろデビュー前から、ピンク・フロイドの"Echoes"を完コピできるバンドとして評判を呼んでいたくらいだった。デビュー前だから、メンバー全員まだ10代だっただろう。
  また、1975年のディープ・パープル3度目の来日の際には、ライヴの前座までこなしたバンドだった。

 自分としては1976年の森園の脱退までが、彼らの全盛期だと思っている。ここまでがジャパニーズ・プログレッシヴ・ロック・バンドとしての先駆者の役割を果たしていた彼らだったが、ギタリストの交代以降は、フュージョンやテクノ寄りのバンドに変質してしまった。
 それでも彼らの音楽的な資質は、当時のそして今でも、日本のトップレベルを保っていたことは間違いない。

 そんな彼らが、日本の僻地ともいえるこんな田舎に来るとは思えなかったので、前述の友人に確認したところ、公演を行うのは、オリジナル・メンバーのうちのドラマー、岡井大二だけで、あとはセッション・ミュージシャンだということだった。Photo
 そういえば、昨年、2代目ベーシストだった佐久間正英氏が亡くなったということを新聞の死亡欄で見た記憶があったので、今回のライヴはその追悼も兼ねてのものだろうと勝手に推測をしていたのだが、実際は、全く関係がなかった。

 何しろハコが無理して50人程度の小さなものだったし、しかもテーブルとイスが散在していたから、おそらく30人程度しかいなかっただろう。

 そして何より大事なことは、観るためのライブではなくて、参加するためのライヴだったという点だ。だから、観覧者のうちの3分の1はセッションに参加するための、もしくは飛び入りするための参加者だった。こんな自分にも、受付時に(ライヴに)参加されますかと聞かれたくらいなのだから。

 つまり2部形式で行われて、1部は四人囃子の曲を演奏し、2部はセッション大会になったのだ。
 前座は約30分だったが、ボーカルとベーシストが代ったくらいで、最初から岡井氏がドラムを叩いていた。

 1部の“四人囃子パート”では、確か4曲が披露されたと思う。曲順は、"レディ・ヴァイオレッタ"、"おまつり"、"空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ"、"一触即発"だったと記憶しているのだが、ひょっとしたら間違っているかもしれない。特に1曲目はインスト曲だったので、違う可能性もある。
 トータルの時間にして約40分少々だった。非常にタイトで濃密な時間を経験したが、少々物足りなかったのも事実である。

 基本メンバーは、上の写真にあるように4人編成だったが、ベースは頻繁に交代して演奏していた。やはり四人囃子の演奏技術に追いつくには厳しいものがあったのだろうか。
 キーボーディストは、クリスタル・キングのメンバーだった人らしい。またギタリストの稲葉政裕氏は、小田和正や森高千里、吉田拓郎などとセッションやレコーディングを行っている腕利きギタリストだった。

 このギタリストは、さすがにテクニシャンで、四人囃子の曲だけでなく、そのあとのセッションでもディープ・パープルからオールマン・ブラザーズ・バンド、往年のブルーズの名曲、ロバート・ジョンソンの"Sweet Home Chicago"などを器用に弾きこなしていた。ちょうどクロスロード・フェスティバルにおけるエリック・クラプトンのようなバンマスの役割をしていた。Bpylttcceaagetm
 時間的には7時30分から10時近くまで行われたのだが、前座で30分、休憩をはさんで第1部が約40分、また休憩を入れて2部も約50分くらいの構成だった。

 2部の方が時間的にも長く、パープルの"Highway Star"やクリームの"Sunshine of Your Love"などのセッションで確かに盛り上がったのも事実だが、でももう少し四人囃子にトリビュートしてほしかったと思っている。

 しかし、さすがに岡井氏のドラミングは素晴らしくて、和製ビル・ブラッフォードといってもいいくらい、リズムのキレやキープ力、おかずの入れ方まで他のメンバーとは一線を画していた。やはり10代後半から活躍していた人は違う。

 ギタリストがもたついても、ベース・ギターの音が聞こえなくても、キーボードが外しても、ドラムがしっかりしていれば、大抵の曲は鑑賞に堪えうるだろうが、逆に、ドラムがガタガタであれば、いくら華麗なソロを聞かせても聞くに堪えられなくなる。

 それほどドラムは大変だし、重要なのだけれど、さすがに今回のライヴについては、その点については安心して聞くことができた。位置的にはステージの右端に鎮座していたのだけれども、音楽的には、むしろ時に表に出てきて目立っていたと感じた。

 こうなればトリビュートでのライヴではなくて、本格的に準オリジナル・メンバー、特にギタリストの森園勝敏氏を加えて公演をしてほしいと思う。

 彼らのオフィシャル・ウェブサイトでは、最近は目立った活動を行っていないようだったが、戦後70年ということで(あまり関係ないけれど)、何かのイベントやフェスでもいいから、もう一度彼らの勇姿を見たいと願っている。こう思っている人は、決して自分一人ではないと思うのだが、どうだろうか。


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コメント

「四人囃子」「美狂乱」とくれば・・・・私にとっての日本ロック・バンドの歴史みたいなモノです。"
四人囃子"
は1998年リリースされたCD「アーリー・デイズ」が私にとっての最後でしたかね?。そうですか近年は全く知りませんでしたが、岡井大二が取りあえず活動しているんですね。しかし日本にこうしたバンドが活動した1970年代は、やっぱり”ロックの花”でしたね。

投稿: 風呂井戸 | 2015年3月11日 (水) 21時25分

 コメントありがとうございました。今でも世界水準を超えているバンドだと思っていますし、2枚のアルバム「一触即発」「ゴールデン・ピクニック」の2枚は、当時でも十分通用するワールドクラスのバンドのアルバムだったと思います。

 もっと配給会社のプッシュがあれば、活動の舞台が日本を離れていたかもしれません。

 しかし風呂井戸氏もきっちり押さえていたとはさすがです。私たちにとって、エヴァグリーンの音楽とは、こういう音楽も含まれると思うのです。

投稿: プロフェッサー・ケイ | 2015年3月12日 (木) 20時57分

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