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2015年5月

2015年5月25日 (月)

BMXバンディッツ

 新緑や初夏の季節のふさわしいポップ・ミュージックを紹介しているが、よく考えたら何れもグラスゴーか、その周辺出身のバンドやミュージシャンだった。だから広く考えれば、グラスゴー・ミュージックの紹介といってもいいかもしれない。

 グラスゴーといえば、スコットランドの中心都市のひとつである。スコットランドは、昨年イギリス連合からの独立騒ぎまで引き起こしたほどの郷土愛に溢れた人たちが暮らしている土地だ。
 だからかどうかはわからないが、彼らは自分たちがイングランドとは違うという強固なアイディンティティを備えているのは確かで、それは思考様式や生活様式だけでなく、音楽のフィールドでも強い影響を与えているに間違いないだろう。

 それで今回は前2回に引き続いて、グラスゴーのポップ・シーンを代表するバンドを紹介する。BMXバンディッツのことである。名前が長いので、以下BMXと略することにした。

 彼らは60年代の音楽シーンに強い影響を受けたポップ・バンドで、1986年頃から現在まで、メンバー・チェンジを繰り返しながら活動を続けている。

 基本的には、ダグラス・スチュワートという人を中心としたバンドで、一部のメンバーは他のバンドとの掛け持ちをしている。だからというわけでもないのだろうが、メンバーの入れ替わりが激しいのは、そんなことも一因かもしれない。

 ちなみにダグラスは現在51歳で、ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンやフランス人のセルジュ・ゲンズブール、イタリア人のエンニオ・モリコーネなどを尊敬しているようだ。
 実際に、ブライアン・ウィルソンのトリビュート・アルバムには共同プロデューサーとして関わっていたから、尊敬というよりは信奉者といってもいいだろう。Ca81304966c19a9d368b66b1850d74ce9a0
 自分が所有しているアルバムは「マイ・チェイン」というもので、これは2006年に国内盤が発表されている。国内盤が出されるくらいだから、当時はそれなりに有名だったようで、当時12年ぶりの来日公演も、東京のみならず大阪や名古屋で行われた。

 この「マイ・チェイン」というアルバムは、かなりのポップ・ソング・アルバムだ。全14曲で、通して聞くと、映画か演劇のサウンドトラックかバックグラウンド・ミュージックのように思えてくる。
 もう少し言うと、ロックン・ロールのような疾走感や焦燥感はまったくなくて、バラードやミディアム・テンポの曲が目立つものだ。
 あるいはビーチ・ボーイズの「ペット・サウンド」をオブラードに包んで、さらに砂糖をまぶしたような、そんな感じのアルバムなのである。

 ダグラスにとってポップ・ミュージックとは、知性に訴えかける最良の方法のようだ。彼は以前、ロバート・ワイヤットと対談をしていて、その中ではポップなメロディの持つパワーの素晴らしさを語っていた。
 メロディーとは単なる音符の羅列ではなく、リスナーの知性に訴えかける魔法の杖みたいなものだとも言っていて、ダグラスの音楽観の一端がうかがい知れた。

 アルバムの内容は、ほとんどダグラスの私小説的なものになっていて、タイトルの“マイ・チェイン”も当時の彼女から贈られたプレゼントの鎖(ブレスレット)のことだった。

 ダグラスは、結局、彼女とは別れてしまい、そのプレゼントも失われてしまったのだけれども、そのときの寂寥感や愛惜の情念などがこのアルバムに詰め込まれている。以下は、このアルバムに寄せられた彼のコメントである。

 “彼女は、そのチェインを僕にくれるくらい愛してくれていたのだけれど、僕は誤ってそのチェーンを失くしてしまった。まったく大ばか者で、空っぽになったような気分だった。だから僕は、「My Chain」という言葉を腕に彫って、そのチェーンのことを思い出せるようにしたんだ。
 でも、それだけでは足りなかった。それで新しいチェーンを作ることにしたんだ。この愛を生かしておけるような「歌」のチェーンをね。どの曲も、そのチェーンの一部としてリンクしている。そこには一つの物語が存在しているんだ”

 本当に腕に彫ったのかどうかはわからないが、アルバムのジャケットには確かにそれが描かれている。Bmx_2 このアルバムの特長は他にもあって、女性ボーカルとしてレイチェル・マッケンジーという人が加入して、その美声を披露していることだった。
 この人は声だけでなく、ルックスもよさそうだ。バンドに加入した時は、レイチェル・マッケンジーだったが、途中でレイチェル・アリソンに変わった。ひょっとしたら結婚したのかもしれない。2715db52ffad6d435227a93ac3ed0da67fe
 ただ2013年にはバンドから去っていて、代わりにクロエ・フィリップという人が加入している。ちょっと残念だ。

 また、BMXは、1990年代の後半は、アラン・マッギーの設立したクリエイション・レコーズに所属していた。要するにダニエル・ワイリーやコズミック・ラフ・ライダーズなどとは、バンドメイトだったわけで、ひょっとしたら彼らはいい意味でライバル意識を燃やしていたのかもしれない。

 グラスゴー・ポップなどという言葉は存在しないが、BMXやCRRなどはグラスゴーのポップ・ミュージック・シーンの牽引車だった。今となっては懐かしい2000年代初頭の話である。

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2015年5月18日 (月)

コズミック・ラフ・ライダーズ

 GWも終わったが、まだまだ新緑の季節にふさわしい音楽を紹介しよう。前回はイギリスのグラスゴー出身のミュージシャン、ダニエル・ワイリーのことを書いたが、その彼が所属していたバンド、コズミック・ラフ・ライダーズのことを紹介しようと思った。何事もバランスが大事だからだ。

 コズミック・ラフ・ライダーズ(以下、CRRと略す、間違ってもCCRではない)は1998年に結成された。当初は、ダニエル・ワイリーも入れての4人組だった。

 中心メンバーはダニエルとスティーヴン・フレミングの2人だった。CRRは現在までに、6枚のアルバムと8枚のシングルを発表していて、そのシングルのうち半分の4枚がイギリスのシングル・チャート40位以内に入っている。

 彼らは、ポップトーン・レコーズのオーナー、アラン・マッギーから注目されて、契約を結び、プロ・デビューを果たした。
 アラン・マッギーといえば、ミュージシャンとしての側面よりも、クリエーション・レコーズの設立者としての方が有名だろう。

 彼は1983年にクリエーション・レコーズを立ち上げ、プライマル・スクリームやマイ・ブラッディ・ヴァレンタインを輩出したが、何といっても一番有名なのは、オアシスだろう。
 その後、クリエーション・レコーズのあとに設立したのが、ポップトーン・レコーズだった。このレーベルにはCRR、ダニエル・ワイリー以外にもザ・ハイヴスなどを世に送り出している。

 基本的に彼らの音楽は、ポップ・ミュージックである。パワー・ポップという言葉があるが、普通はアメリカン・バンドの音楽に対して使われるようで、イギリスでは地名で区別されているようだ。例えば、リバプール・サウンドとか、グラスゴー・ミュージックなどと。

 また、ダニエル・ワイリーとCRRの音楽を区別するのは、難しい気がする。例えば、バッド・フィンガーとピート・ハムのソロ、キンクスとレイ・ディヴィスのソロの違いを解説するようなもので、言葉では難しくて、聞いてみるのが一番わかりやすいだろう。ただ、聞いてもどうかなという気もするが…

 CRRの5枚目のアルバム「トゥー・クロース・トゥ・シー・ファー」は、日本では2004年に発表された。ダニエルのファースト・ソロ・アルバムも同じ年だったので、自分は両方を購入して聞いてみたのだが、音楽的な方向性は、ほぼ同じだった。Photo
 それならダニエルはなぜ脱退したのか、その理由がイマイチわからないのだが、やはり本人しか理解できない何かがあったのだろう。

 個人的にはCRRの方が気に入っている。CRRの方がバラエティに富んでいて、曲ごとに味付けが異なっているからである。ダニエル・ワイリーの方はやはりソロの作品のせいか、どこを切っても金太郎飴的で、音楽的水準は高いものの、アルバム全体が一本調子のようだった。

 CRRの方はソフト・ロックやザ・バーズのようなフォーク・ロック、バンド形式のポップ・ロックなど、いろいろと楽しめて興味深かった。

 「トゥー・クロース・トゥ・シー・ファー」では、1曲目の"Justify the Rain"はエッジの効いたハード・ポップ、2曲目の"For a Smile"は、ソフトなコーラスが美しいポップ・ソングで、3曲目の"Because You"は、まさにザ・バーズのようなフォーク・ロックに仕上げられている。

 ちなみに"Justify the Rain"は全英シングル・チャートで39位、"Because You"は34位にまで上昇している。

 アルバムは全体的に落ち着いている印象があって、アップテンポな曲や焦燥感をあおるような曲は、ほとんどない。
 他には、コーラスが美しい"Tomorrow May Never Come"、"Blind"、キーボードが全体をリードしている"Kill the Time"、テンポが急な"The Need to Fly"など粒ぞろいの佳曲が目立っている。

 特に"The Need to Fly"などは、シングル・カットされてもおかしくないほどメロディアスでもある。
 最後は静謐なバラード"Smile"で締めくくられて、心地よい後味が残ってしまう。眠りにつく前のナイト・ミュージックにはピッタリではないだろうか。2

 日本語盤には2曲のボーナス・トラックが付けられていて、とてもお得感があった。もう10年以上の前のことだけれども、このアルバムのことは忘れられないだろう。
 2006年以降は、アルバムを発表していないCRRだが、まだ解散はしていないようだから、これからも素晴らしいアルバムを届けてほしいと願っている。

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2015年5月11日 (月)

ダニエル・ワイリー

 みなさん、GWはどうだったでしょうか。楽しくエンジョイできたでしょうか。ニュースでは楽しそうな家族の行楽の様子や、長期海外旅行から帰国してきたツアー客の様子が映し出されていたが、みなさん幸せそうだった。

 そんな世間に比べて、貧乏な自分は、今年も家の中で静かに過ごした。慣れているせいか、別に寂しくもないし、悲しくもなかった。むしろ車の通行量が少なくなって、近所のコンビニやスーパーに出かけるのには最適だったかもしれない。

 そんな自分だったが、それでも何となくウキウキするようなポップな音楽を聞こうと思い、いろいろと探していた。今回はそんな音楽を紹介したいと思う。これからの季節には、こんな音楽を聞きながらドライブすれば、少しはストレスも軽減されて、イライラも解消するかもしれない。

 そんな音楽の第1弾は、イギリスのスコットランド出身のミュージシャン、ダニエル・ワイリーである。彼の2004年のアルバム「ラムシャックル・ビューティー」を紹介しようと思う。このアルバムは、なかなかの好盤だった。Photo
 もともと彼は、コズミック・ラフ・ライダーズというバンドに所属していて、そこでは中心メンバーとして、ソングライティングやシンガーとして活躍していた。

 何が原因で彼がバンドを離れたのかは不明なのだが、友好的な別れだったようで、アルバムも同じレーベルから出されているし、ライヴなどでもその後も彼らは交流を図っているからだ。

  とにかくダニエルは、2002年の3月にバンドを離れ、ソロとして活動を続けることを決意した。おそらくは、自分だけの力で活動を続けたいという願望が強かったに違いない。すべてを自分でコントロールできれば、活動が制限されることもなく、思い通りなことが実現することが可能だからだろう。

 2004年に発表された「ラムシャックル・ビューティー」は、彼のバンド脱退後、最初のソロ・アルバムだった。すべてを作曲し、アレンジし、プロデュースまで一人で行っていた。ただ演奏については、わずかなメンバーを招いてパフォーマンスされているから、ワン・マン・レコーディングではない。

 また、元のバンド、コズミック・ラフ・ライダーズのメンバーも参加していた。このことからも、やはり喧嘩別れというわけではないようだ。

 アルバムには16曲が収められていて、いずれも3分程度の短いポップ・ソングに仕上げられている。しかも極上のポップ・ソングだから、この手の音楽が好きな人にはたまらないだろう。
 しかも、いわゆる、どこを切っても金太郎飴状態のアルバムなのである。アコースティック主体の曲もあれば、バンド形式の曲もあるのだが、基本は耳に馴染みやすいメロディと軽やかなリズムで構成されているから、捨て曲なしのアルバムになっている。

 逆に難点といえば、あまりにも曲のレベルが高すぎて、特に印象に残るような曲がないというところだろうか。聞き流せばよいのだろうが、それをするにはもったいないし、じっくり聞くには時間が必要という面もある。才能が有りすぎるということは、良い結果をもたらすとは限らないのであろう。

 個人的な感想なのだが、基本的にスコットランドのグラスゴー出身のバンドやミュージシャンには、このようなメロディ重視の志向が強いようで、たとえばティーンエイジ・ファンクラブやアズティック・カメラ、トラヴィスにベル・アンド・セバスチャン、フランツ・フェルディナンドなどがいる。もちろんプライマル・スクリームのような例外もあるが。

 このアルバムの後、ダニエルは、2008年までにほぼ1年にごとにアルバムを発表している。最新のアルバムは2013年の「フェイク・ユア・オウン・デス」である。
 また、彼は友人とともに、2006年に自分のレーベル“ネオン・テトラ・レコーズ”を立ち上げ、自分のアルバムもそこから発表するようになった。2
 彼は、現在56歳。まだまだ現役ミュージシャンだ。国内盤の発売は無理だろうけれども、もっと名前が売れてもおかしくないミュージシャンの一人だと思っている。

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2015年5月 4日 (月)

マドンナの新作

 いよいよ新緑の5月を迎えた。世間はGWということで、まさに東へ西へ、民族大移動のように行楽に勤しんでいる。
 そのGWにふさわしく、今回はゴールデンなアルバムを紹介しようと思った。それがマドンナのアルバムである。

マドンナの新作については、いろんな人がいろいろなところで様々に書いているが、それらをまとめていうと、年相応に成熟した絶妙のアルバムということができるだろう。9666
 もう少し具体的に言うと、先端のEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)と耳に馴染みやすいポップ・ミュージックがバランスよくブレンドされていて、全体が落ち着いているのである。

 例えば、このアルバムでもEDM界の代表者ともいえるDJ/プロデューサーのディプロやアヴィーチーをプロデューサーに迎えながらも、あくまでもそれは全体の大きな流れを司るという立場にしかすぎず、細かな部分では当然のことながら、完璧主義者であるマドンナが牛耳っている。

 だから今までの彼女のアルバムの中でも、前作や前々作のようなダンス部分に重きを置くというものではなくて、じっくりと聞かせる曲も配置されているから、全体としてはバランスが取れているのだ。

 1曲目の"Living for Love"はリズミカルではあるが、後半はゴスペル的な展開を示していて、ちょうど1989年の"Like a Prayer"のようだったし、2曲目の"Devil Pray"はアコーステック・ギターのイントロからジ・アニマルズの"The House of the Rising Sun"に極似のメロディが流れてくる。

 3曲目の"Ghosttown"は完全なバラードである。3曲目にバラードを持ってくるということは、このアルバムをじっくりと聞いてほしいというマドンナからのメッセージなのかもしれない。
 しかし、この曲はメロディやアレンジが秀逸で、彼女の隠れた名曲になるだろう。

 最初にも書いたけれども、このアルバムはアゲアゲのダンス・ミュージック・アルバムではない。曲の装飾としては最先端の流行を取り入れてはいるものの、それらはあくまでもお飾りであって本質ではない。だからリスナーも落ち着いて聞くことができるのである。

 "Illuminati"と"Holy Water"にはカニエ・ウエストがプロデューサーとして参加していて、マドンナも途中でラップらしきものを披露しているが、カニエの影響はほとんど感じられないし、女性ラッパーのニッキー・ミナージュがフィーチャーされた"Bitch I'm Madonna"も確かにクラブ・ミュージック風なのだが、完全にマドンナのものとして消化されている。

 むしろリズミックなバックに際立ったメロディが目立つ"Hold Tight"やこれまたアコースティック・ギター1本で導かれる"Joan of Arc"などの方が印象に残ってしまう。この辺は80年代のマドンナの良質な部分が発揮されている。

 同様に、なぜか元ヘビー級ボクサーのマイク・タイソンがモノローグしている"Iconic"やこれまた男性ラッパーのNASが参加した"Veni Vidi Vici"も、これまたメロディアスだ。NASのラップもあくまでも曲のアクセントして機能しているにすぎず、マドンナの引き立て役に過ぎない。

 むしろもっと賞賛していいのは、今年で57歳になるマドンナは、相変わらず“クィーン・オブ・ポップ”であると同時に、その過激な思想性や行動は昔とほとんど変わっていないという点だろう。Madonnna

 デビュー時は、自らの女性性を売りにしながらも女性の地位向上を訴えているし、貧困やDV問題、ジェンダーや宗教の問題まで言及している。
 今回もアルバムのタイトル自体が「レベル・ハート」、つまり“反抗心”なのだ。57歳になろうとする熟女が、良質なアルバムを制作するだけでなく、その根底にある闘争心や反骨心は、いささかも衰えていないのである。

「私はまるでマゾヒストのように
自分の人生を送ってきた
私の父親の声が聞こえてくる
『なぜおまえは他の女の子のように
なれないのか』
私は言い返した
『それは私ではないし、
これからもそうなれるとは思えない』

私は他の部族に属しているようだ
ひとりで歩きながら決して満足していない
周りに合わせようとしたら私ではなくなる
私は言った
『私はもっと見つけたい
それは私が探しているものではないから』」
("Rebel Heart"訳:プロフェッサー・ケイ)

 相変わらず自分の人生を真摯に見つめ、自分本来の姿を突き詰めようとストイックな姿勢を保っている。このマインドが失われない限り、マドンナは、周囲から奇異に映り、何と非難されようとも、自分自身を生きようとするだろう。まさに"Express Myself"である。Photo_2

 音楽的には成熟したとはいえ、その精神は相変わらずパンキッシュであり、80年代より首尾一貫しているのである。

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