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2015年6月 2日 (火)

アズティック・カメラ

 2000年代のイギリス、グラスゴーのミュージック・シーンを見てきたが、ポップ・ミュージックだけでなく、ロックの分野でも見てみようと思った。しかも今から30年以上も前の話になる。まさに歴史を振り返るような話だ。

 1980年当時のイギリスには、ネオ・アコースティック・ムーブメントというブームがあって、エレクトリック・ギターを使ってハードな曲をガンガンやるのではなくて、文字通り、アコースティック・ギター主体の音楽を演奏する曲がヒットしていた。

 ちょうど70年代のアメリカで、シンガー・ソングライターの音楽が流行していたが、似たようなものである。ただし、あちらは個人が主体だったが、イギリスでは個人の音楽というよりは、バンド全体でアコースティックな曲を披露するというもので、それにダンサンブルな要素も混じったものだった。

 そのネオ・アコースティック・ムーブメントの代表的なバンドのひとつに、グラスゴー出身のアズティック・カメラがあった。

 彼らは地元で活躍していたローカル・バンドで、当時若干16歳のロディ・フレームというボーカル&ギタリストを中心にしていて、かなり人気が高かったようだ。3
 地元のレーベルだったポストカード・レコーズから1981年にデビューしたロディ・フレーム一行は、2枚のシングルを発表したあと、同年にラフ・トレイド・レコードと契約を結び、1983年には満を持して、デビュー・アルバム「ハイ・ランド、ハード・レイン」を発表した。

 このアルバムは当時の音楽シーンを代表するアルバムとして、今もなおその評価は高い。特にアルバム冒頭の"Oblivious"は日本でも大ヒットした。ロディは、イギリスの音楽番組“トップ・オブ・ザ・ポップス”に出演できそうな曲を書こうと思って作ったと回想しているが、美しいメロディと切れの良いリズム、爽やかなアコースティックの音色と、まさにヒット曲のツボを押さえている曲だった。

 ただ、アルバムは基本、アコースティックなのだが、7曲目の"Release"のように、若干キーボードが目立つ曲もある。
 また、最近のアルバムではボーナス・トラックも含まれていて、その中の"Orchid Girl"では、ウエス・モンゴメリーやジョー・ストラマーを意識しながらギターを演奏したらしい。
 そのせいかどうかはわからないが、このアルバムはアメリカでも話題になり、チャートの129位にまで上がった。Photo

 次作の「ナイフ」はマーク・ノップラーをプロデューサーに迎えて、1984年に発表された。このアルバムを制作する前には、ロディはアメリカのニューオリーンズで暮らしていた。アコースティックな部分はもちろんあるが、そこから脱却しようとする雰囲気も何となく伝わってくる。アメリカでの生活の影響もあったのだろう。

 セカンド・アルバムから約3年、ファンが待望していたのが1987年のサード・アルバム「ラヴ」だった。自分はこれを聞いたときに、ビックリした思い出がある。それは、それまでのアコースティックな部分が全くと言っていいほど無くなったことだった。

 前々からダンサンブルな音楽も得意としていたアズティック・カメラだったが、このアルバムではソウル・ミュージックといていいほど、ブラック色が強くなっていた。ブラック色というよりは、今となっては死語に近いかもしれないが、ほとんどブラック・コンテンポラリー・ミュージックだった。

 時折挿入されるギター・ソロは、アコースティックだったが、それ以外は、以前のアズティック・カメラとは似ても似つかないもので、自分はこの変化に戸惑いを覚え、徐々に彼らの音楽から離れていった。ブラック・ミュージックは、やはり黒人がやるものの方が良質なものが多いからだ。

 ただし、アルバム自体の出来はすこぶる素晴らしい。ロディの声はブラック・ミュージックにも対応できるということが分かったし、何しろ曲自体がいい。ポップで踊りやすい"One And One"、珍しくエレクトリック・ギターがフィーチャーされた"More Than A Law"。そして"Killermont Street"はラストを飾るにふさわしいバラード曲だ。

 ただ残念なのは、全体で30分少々しかないことか。もう少し聞きたかったなあ、という印象も残っている。

 この変化は、別に彼がニューオーリンズで暮らしたからという理由だけではなくて、彼の最初の奥さんキャシーの影響が強く出ているようで、彼女が旦那のロディに、アニタ・ベイカーやランディ・クロフォード、ジョージ・クリントンなどを勧めたらしい。

 それに対して、変化を求めていたロディは、素直にそれらの音楽を受け入れ、このアルバムに反映させたようである。

 だから"How Men Are"のように、女性コーラスをフィーチャーした曲や、サックスやトランペットを用いた"Everybody is A Number One"のような曲を収めたのだろう。

 このアルバムはまた、ボストンやニューヨークで録音されていて、そのせいかスティーヴ・ガッドやマーカス・ミラーなどの一流セッション・ミュージシャンも起用されている。
 アメリカでの成功を夢見たロディだったが、残念ながらその夢は叶わず、ビルボードのチャートにも上がらなかった。

 ただし、イギリスでは大ヒットした。シングル・カットされた"Somewhere in My Heart"はチャートの3位に上がり、アルバム自体も10位まで上昇している。
 ちなみにアルバムからは4枚シングル・カットされた。1枚は"Somewhere in My Heart"だが、残りの3枚は"How Men Are"、"Working in A Goldmine"、"Deep & Wide & Tall"で、それぞれ25位、31位、55位にランクされた。2
 この後、アズティック・カメラは、3枚のアルバムを発表するも、徐々に人気は下がっていった。中には日本人の坂本龍一がプロデュースした1993年の「ドリームランド」というアルバムもあったが、話題性はあったものの、商業的には上手くいかなかった。

 結局、ロディはソロ活動を始めていくのだが、元々彼自身のバンドだったから、ロディ個人にとっては、そんなに違いはなかったに違いない。

 ロディ・フレイムはまた、ギタリストとしても定評があり、ザ・スミスのジョニー・マーが脱退した後の後任ギタリストの候補に挙がっていて、新作アルバムのレコーディングのサポートも依頼されていた。ただ、気が乗らなかったようで、ロディは断っている。

 現在、ロディは51歳。新作の予定はないが、ライヴ活動には積極的で、主にイギリス、ヨーロッパを中心に活動しているようだ。
 とにかく、「ハイ・ランド、ハード・レイン」は、初夏の今頃の季節にはピッタリのアルバムの1枚だろう。ドライブのお伴には適していると思っているのだが、どうだろうか。


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