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2015年10月15日 (木)

ウォーリー

 今年はプログレッシヴ・ロック生誕45周年ということで、ワーナー・ミュージック・ジャパンはアニヴァーサリー・コレクションと銘打って、企画ものを発表している。

 ところで、今年で45周年ということは、1970年がプログレッシヴ・ロックの誕生年になるわけだが、なぜ1970年なのかがよくわからない。
 1970年といえば、ピンク・フロイドが「原子心母」を発表した年だが、それなら彼らのデビュー・アルバムやキング・クリムゾンの1969年の「クリムゾン・キングの宮殿」はどうなるのだろうか。

 個人的には、1967年のムーディー・ブルースのアルバム「ディズ・オブ・フューチャー・パスト」がプログレッシヴ・ロックのアルバムで、世界的に有名になった第1号だと認識している。だから今年が45周年とは思えないのだが、こんなことでいたずらに時間をつぶしても仕方がないので、とっとと先に進むことにする。

 それで、このアニヴァーサリー・コレクションの中から、自分が聞いたものを紹介することにした。最初はイギリスのバンド、ウォーリーの2枚のアルバムについてである。

 このバンドはイギリスのヨークシャー州のハロゲートで誕生した。ボーカル担当のロイ・ウェバーとキーボード担当のポール・ジェレットを中心に、アコースティック&エレクトリック・ギター担当のピート・コスカー、ベース担当のポール・ミドルトン、ドラム&パーカッション担当のマイク・スミス、そしてバイオリン・マンドリン担当のピート・セイジの6人だった。3

 バンド名は犬の名前から取られている。映画「ウッドストック」の中で、若者が自分の愛犬を見失って、“ウォーリー”と叫ぶシーンがあるそうだが、そんなシーンがあったかどうかは覚えていない。今度機会があったら、注意深く見てみようと思う。

 最初彼らは、アメリカのカントリー・ミュージックやブルーグラス・ミュージックを演奏していたが、やがては英国風のフォーク・ミュージックへと移行し、そしてプログレッシヴ・ロックを目指すようになった。

 転機は1972年に訪れた。(1973年という説もある)彼らはメロディー・メイカー・マガジン主催の新人バンド・コンテストに出場し、2位を獲得した。(1位はドゥルイドだった)
 審査員長だったボブ・ハリスは、いたく彼らのことを気に入り、アトランティック・レコードの当時の責任者にウォーリーのことを紹介し、レコード・デビューをさせたのである。

 デビュー・アルバム「ウォーリー」は、1974年に発表された。プロデューサーはボブ・ハリスが担当し、アドバイザーとしてイエスを脱退したばかりのリック・ウェイクマンも加わっていた。
 実は、彼らのイメージをサウンドとして再現させるためには、当時の自分たちの楽器では満足できるようなものができなかったようで、キーボード類に関しては、リックのものを借用したらしい。1

 アルバムの1曲目"The Martyr"は穏やかな雰囲気に包まれていて、バイオリンとチェンバロをベースに、アタック音の強いベース・ギターと野太いエレクトリック・ギターがフィーチャーされている。

 表現は悪いが、イエスをもっとマイルドにして、バイオリンを加えたようだ。2曲目の"I Just Wanna Be A Cowboy"や3曲目の"What to Do"は、まるでC,S&Nが歌っているかのような三声のコーラスが見事である。アコースティック・ギターがメイン楽器として使用されていて、この辺はデビュー前の彼らの姿勢が反映されている。 

 彼らのデビュー・アルバムには、抒情性が満ちていて、ゆったりとくつろぐことができる。ただし躍動感は不足しているので、技巧的なプログレッシヴ・ロックを期待している人は満足できないだろう。

 個人的には、1曲目、2曲目、3曲目までは我慢できたが、4曲目"Sunday Walking Lady"、5曲目"To the Urban Man"、最後の"Your Own Way"とミディアム・テンポの同じような楽曲が続くので、途中で眠くなってしまった。ちょうどバークレイ・ジェイムズ・ハーヴェストの亜流のようで、これならまだ同時期のポール・マッカートニー&ウィングスの方がまだロックしていると思う。

 たしかにまどろむ時や睡眠導入時には、申し分ないサウンドである。彼らはイエスやリック・ウェイクマンのサポート・アクトとして公演を行ったが、残念ながら商業的な成功を得ることができず、次のアルバム制作に取りかかった。
 その途中でキーボード担当のポールが脱退して、代わりにニック・グレニー・スミスが加入して、セカンド・アルバム「幻想の谷間」を1975年に発表した。

 このアルバムは、前作とは打って変わってキーボードやエレクトリック・ギターなどが目立っていて、緩急をつけた音作りになっている。2
 1曲目"Valley Gardens"は急~緩~急という10分近い構成になっていて、小型のイエスといった感じがした。

 2曲目の"Nez Perce"はエレクトリック・ピアノ主体のバラードで、後半でのバイオリンの伴奏がいい味を出している。この曲はデビュー・アルバムの雰囲気を残していて、イギリスの田園風景が浮かんできそうだ。

 "The Mood I'm In"と名付けられた3曲目も幻想的な要素を携えていて、アコースティックかつサイケデリックな味わいがある。「クリムゾン・キングの宮殿」でいえば、"Moonchild"にあたるような曲だ。
 あそこまで幻想的にならず、適度にポップな味わいはある。エンディング部分のサックスがキラリと光っている。

 このアルバムには、4曲しか収められていない。オリジナルのレコードではサイドB全部を使った3部構成の"The Reason Why"は19分20秒あり、このアルバムのハイライトとして位置づけられている。

 この曲も緩~急~緩という構成になっていて、第1部"Nolan"ではエレクトリック・ピアノとバイオリンが曲をリードをしていく。この辺は確かに美しい部分だ。また、エンディングのエレクトリック・ギター・ソロも余情を残していて見事である。

 6分過ぎからギター中心のハードな"The Charge"が始まる。ギターとキーボードが主だが、この掛け合いをもっと聞きたかった。約3分しか続かず、やがて切れぎれのシンセサイザーが雰囲気だけ作っていくが、このシンセはいらない。

 キャメルのように抒情性だけではなく、インストゥルメンタルにも力を入れてほしかった。第3部の"Disillusion"もコーラスの入ったバラード系なので、"The Reason Why"に占める静かなパートは8割近くあるだろう。

 確かにイギリスでは、プログレッシヴ・ロック衰退期に入っていて、名のあるプログレ・バンドは音楽的行き詰まりを迎え、商業的にも苦戦していた。
 状況的にもパンク勃興前で、そういう時期にこのようなアルバムを発表するのは、かなり勇気が必要だったのではないかと思う。

 また、親会社のプロモーションも全くといっていいほど受けることができなかった。実はウォーリーは1975年に来日をして、11都市15公演を行っている。しかもあの日本武道館でも演奏をしているのだが、残念ながら、ミッシェル・ポルナレフのバック・バンドとしての来日だった。
 この時はセカンド・アルバム発表後だったが、もちろん自分たちの曲を演奏することはなく、ひたすらポルナレフの代表曲を演奏していた。

 彼らは帰国後、第15回レディング・フェスティバルに出場するも期待された結果を出せず、サード・アルバムの企画も消えてしまい、1976年に解散してしまった。

 それから約30年後の2008年に初代キーボーディストのポール・ジェレットが心臓発作で亡くなったことから、彼らは2009年に再結成を行い、2010年には初期の音源にいくつかの新曲を加えたニュー・アルバム「モンペリエ」を発表した。またライヴ・アルバムやそのDVDも発表している。その後は、地元のハロゲートを中心に活動しているようだ。

 ウォーリーは演奏技術は申し分なく、十分プログレ・バンドとしても通用するのだが、如何せん曲が静かすぎて、ロック的要素が不足していた。
 もう少しハードな部分を前面に出していけば、知名度も上がり、生き残ることができたかもしれない。残念なバンドだったと思う。


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コメント

 ”プログレ”この言葉自身日本語なんですが、確かにリアルタイム派とすれば、1960年代には”プログレッシブ・ロック”という言葉は聞いていなかった。クリムゾンが「宮殿」で、ビートルズを蹴落としたんですが、”プログレッシブ・ロック”とは言ってませんでしたね。
 やっぱり1970年に発売されたピンク・フロイドの『原子心母/Atom Heart Mother』の日本盤のタスキに、「ピンク・フロイドの道はプログレッシヴ・ロックの道なり!」と書かれたのが最初ですね。発案者は、東芝EMIの担当ディレクター石坂敬一と記録されてます。
 それまで、英国ではどうだったか?、”プログレッシブ”という表現はあったようですが、このようにはっきりしたジャンル分けとしては使われていないようで、クリムゾン、イエス、フロイドなる一派を纏めて表現するようになったのは、意外に日本からの逆輸入という事も考えられるのではと・・・。日本人のプログレ・ファンは勝手に力んでいるわけです(笑)。と言うことで・・1970年から45年なんですね(大笑)。

投稿: 風呂井戸 | 2015年10月16日 (金) 19時06分

 コメントありがとうございました。「原子心母」帯説については、仰る通りですね。日本で初めて使用された語だとも思います。

 ただ45周年については、旧東芝EMIあるいは石坂氏の陰謀的商業主義の匂いもします。そのせいで一気に6枚も買ってしまったわけですから…(見事に乗せられてしまいました)

 今でこそ"Prog Rock"という表記も目にしますが、昔、外国人に聞いたところ、"Symphonic Rock"と言っていました。80年代末のお話です。

投稿: プロフェッサー・ケイ | 2015年10月19日 (月) 22時41分

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