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2015年10月 8日 (木)

ガリバルディ&ウーノ

 さて、いよいよプログレッシヴ・ロック特集が始まった。今回は、今年聞いたプログレッシヴ・ロックのアルバムを紹介しようということになった。それで10月から来年の1月までのロング・ランになるが、興味と関心のある方は、ぜひのぞいてほしいと思っている。

 第1回は、イタリアン・プログレッシヴ・ロックから、2枚のアルバムを紹介しようと思う。イタリアン・プログレッシヴ・ロックについては、このブログでもかなりのアルバムを紹介したつもりだが、この2枚のアルバムについては初登場である。

 最初はガリバルディというバンドのアルバム「アストロラービオ」についてである。このバンドは、ギタリストのピエール・ニコロ・“バンビ”・フォッサーティのソロ・プロジェクトといっていいだろう。Photo
 彼はジミ・ヘンドリックスの熱烈な信奉者で、このアルバムでも、ジミヘン張りに弾きまくっている。つまりは、イタリアのジミ・ヘンドリックスといえば、彼のことを指すのであろう。

 ただ、イタリアン・プログレッシヴ・ロック・シリーズにカタログ化されるくらいだから、それだけではない。このアルバムでは彼のギターを支えるキーボードも忘れてはならないだろう。本物のジミヘンのアルバムにはキーボードはそれほど目立ってはいなくて、強いてあげるなら「エレクトリック・レディランド」でのスティーヴ・ウインウッドの客演ぐらいだろう。

 このアルバムでは、リオ・マルキのスペイシーなプレイが目立っていて、結構、自己主張している気がした。
 特に1曲目の約20分ある"Madre Di Cose Perdute"(邦題;失った物の母)ではシンセサイザーを全面的に使用しているし、2曲目の"Sette?"(邦題;7?)でもシンセサイザーとメロトロンが活躍していて、8分過ぎにはハモンド・オルガンも使用し、ギターと掛け合いを演じている。だから、誰が聞いてもサポート役としては十二分に貢献していると思うはずだ。

 もう少しだけ説明させてもらうと、確かにジミヘンになりきってはいるものの、ジミヘン並みのテクニックがあるかどうかというと、ちょっと微妙である。上手だけど、オリジナリティはない。
 彼がワールドワイドで評判にならなかったのも、こういった背景があったのではないかと思っている。

 言い忘れたが、このアルバムはガリバルディとしては2枚目で、しかも最後のアルバムになったものである。
 オリジナル・リリースは1973年で、全2曲しか収められていない。両曲とも20分以上の演奏時間で、特に2曲目の"Sette?"はライヴ録音になっていた。

 ライヴだから、基本的には一発録りなのだろうが、キーボードが目立つ以外は、ギターとボーカルは完全にジミヘンになりきっている。もう少し緊張感があってもいいのだろうが、途中のキーボードの掛け合い以降は、何となくダラダラと弾いているような気もしないではない。

 アルバム・タイトルの「アストロラーベ」とは、“古代の天体観測機”という意味らしい。また、バンド名は、19世紀にイタリアの国家統一に貢献した国民的英雄の名前から取ったもので、このアルバム発表後解散をしたが、“バンビ”は90年代になってもアルバムを発表していて、引退はしていないようだ。

 もう1枚のアルバムは、1974年に出されたウーノというバンドの同名タイトルのアルバムだ。彼らはこの1枚を発表して解散したから、たった1枚の公式アルバムということになる。Photo_2
 全7曲だが、こちらのアルバムの方が、雰囲気といい曲形式といい、なかなかのプログレッシヴ・ロックの香りを放っている。

 それもそのはず、ウーノのメンバーは、オザンナの中心人物のボーカル、ダニーロ・ルスティーチとサックスのエリオ・ダンナだったからだ。
 この2人にドラマーとしてヴィンチェンツォ・ヴァッリチェッリが加わっている。また、これら以外の楽器はすべてダニーロが演奏したといわれている。

 面白いことに、アルバム・ジャケットはマッシーモ・グアリーノ、インナー写真はリーノ・ヴァイレッティが担当していて、要するにオザンナのメンバー全員がこのアルバム制作のために、何らかの貢献をしたことになる。当時のオザンナは分裂状態といわれていたのだが、実際はそうでもなかったのかもしれない。

 1曲目の"Right Place"は、フルートとギターのアルペジオで始まる。イントロだけを聞くと、何となくP.F.M.のある曲のように思えてくる。全体的に静かで穏やかだ。
 2曲目は"Popular Girl"という曲で、フリーキーなサックスが目立つロック調の曲でもある。基本的に、英語の題名曲は英語で、イタリア語のタイトル曲はイタリア語で歌われている。

 3曲目の"I Cani E La Volpe"(邦題;犬と狐)は、だからイタリア語で歌われていて、アコースティック・ギターとサックス、キーボードでバランスよくまとめられている。イタリア独特のカンツォーネをロックにアレンジした感じだ。軽快なリズムも心地よい。
 "Stay With Me"と題された4曲目には、フルートが幻想的な雰囲気を高めていて、気持ちの良いラヴ・ソングに仕上げられている。

 自分が一番好きなのは"Uomo Come Gli Altri"(邦題;ありきたりの男)で、イタリアの古民謡を美しく歌い上げている。次の曲"Uno Nel Tutto"(邦題;大勢の中の一人)が継ぎ目もなく続き、サックスやエレクトリック・ギター、メロトロンなどもフィーチャーされ、かなりハードなパートと抒情性が目立つソフトなパートで構成されていたので、この2曲の対比が印象的だった。
 ただ、"Uno Nel Tutto"(邦題;大勢の中の一人)のエンディングのピアノ弾き語りの部分を、もう少し聞かせてほしかった。プログレッシヴ・ロックを名乗るのであれば、少し物足りない気がした。

 最後の曲"Goodbye Friend"には、ピンク・フロイドのアルバム「狂気」で美しく崇高なスキャットを披露していた女性ボーカリストのライザ・ストライクが、ゲストで参加している。アコースティック・ギターがメインになっていて、秋の夜長にふさわしい曲でもある。

 ウーノは、ダニーロの弟でギタリストのコッラード・ルスティーチを加えて活動を続けたが、やがてノヴァと名前を変えて1976年に「ブリンク」というアルバムを発表した。

 残念ながらダニーロは、オザンナの再結成を目指してバンドを脱退し、残されたメンバーはジャズ・ロックを目指して、アメリカへと渡っていった。
 ちなみにこのノヴァには、ジェフ・ベックのアルバムにも参加していたあの有名なドラマーのナラダ・マイケル・ウォルデンも参加していた。

 このガリバルディとウーノの2枚のアルバムは、イタリアン・プログレッシヴ・ロックの中でも、ややマイナーな位置づけだと思うのだが、実際に聞けば何となくその理由もわかってくるというものだ。ガリバルディはジミヘンの単なる再生産でしかないし、ウーノの方にはもう少し装飾というか、ハッタリというか、演出が欲しかった。

 プログレッシヴ・ロックには、現実を忘れさせてくれる音や、ここではないどこかに連れてってくれそうな雰囲気が、過剰なほどに必要なのではないだろうか。


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コメント

イタリアン・プログレの開始、大歓迎です。
 お陰様で、Garybaldi「ASTROLABIO」とUNO「UNO」を何年ぶりかに取り出して聴きました。今こうして聴いてみてガリバルディの"BAMBI"P.N.FOSSATIのギターは、当時痺れたのを思い出します。私はジミヘンよりはむしろイタリア的ねちこさがあって好きでした。「NUDA」は、ちよっとジミヘン色に偏ってあまり面白くなかったですが。
 UNO「UNO」はOSANNAの4thアルバム「Landscape of Life」との関係がありますが、このセッション・グループも面白かったと思います。ダニーロはUNOの方に気合いが入っていたんではないでしょうか?。
 さて、今回登場の両者では、ガリバルディの方が好きでしたが・・・・・。

投稿: 風呂井戸 | 2015年10月13日 (火) 20時59分

 こういうメジャーでないバンドもご存じとは、さすがイタリアン・プログレッシヴ・ロックのオーソリティですね。自分なんかは穴があったら入りたいくらいです。釈迦に説法とはまさにこのことでしょう。

 ただバンビのソロ演奏を引き立てているのは、キーボードのリオ・マルキの存在もあったのではないかなと思っています。ウーノについては、次のアルバムを発表してほしかったですね。1枚で終わったのは残念でした。

投稿: プロフェッサー・ケイ | 2015年10月15日 (木) 22時33分

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