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2015年10月 1日 (木)

ニュー・イングランド

 さて、10月になった。本格的な秋を迎えたわけだが、日によってはまだまだ30℃近いこともある。朝夕は涼しくても、寒暖の差が大きいから体調に気を付けないといけないようだ。

 秋になると、このブログでは毎年、プログレッシヴ・ロックの特集を行っていて、昨年は英米以外の今を生きるプログレッシヴ・ロックを紹介した。
 自分の中では、けっこう頑張ったつもりだったのだが、いつものように、あっけなく終わってしまった。
 それでもプログレッシヴ・ロック特集は幕を閉じない。"The Show Must Go On"の精神で続けていくつもりである。

 それで今回は、その前哨戦ということでプログレッシヴ・ロックではなくて、プログレッシヴ・ハード・ロックのバンドを紹介したい。それがニュー・イングランドである。

 自分が持っている彼らのアルバムは1枚しかないのだが、そのデビュー・アルバム「失われし魂」の帯には、このように書かれている。「アメリカン・プログレ・ハードを代表する'79の名盤がここに復刻!P.スタンレー(KISS)プロデュース作」3

 確かにこのアルバムにはキッスのボーカル&ギタリストのポール・スタンレーが1枚噛んでいて、プロデュースを行っている。
 ただし、正確に言うと、ポールだけではなく、エンジニアのマイク・ストーンも共同プロデューサーとして関わっていた。

 マイク・ストーンといえば、クィーンやジャーニー、エイジアのプロデュースも行っていて、この手のサウンド・プロデュースはお手の物といった感じである。
 ちなみにマイクは、アルコール依存症になり、その合併症からの病気で、2002年に51歳の若さで亡くなっている。クィーンのブライアン・メイは、クィーンの全アルバムのリマスタリングについての彼の手腕を讃嘆していて、若手のプロデューサーによい手本になると述べていた。残念である。

 さて、ニュー・イングランドの方は、4人組で70年代の初頭よりボストン周辺で活動をしていた。当時の名前は、ターゲットといっていたようで、バンドの中心人物は、ギター&ボーカル担当のジョン・ファノンという人だった。彼はデビュー・アルバムの全曲を手掛けてもいる。

 先ほど、キッスのポール・スタンレーのサポートがあったと書いたが、正確に言うと、キッスのマネージャーをしていたビル・オーコインという人が見つけて、ポールに話をしたところからトントン拍子に話が進んでいったようだ。

 彼らはレコード・デビューと同時に、キッスのサポート・アクトとしてライヴ活動をともにした。
 このデビュー・アルバムはビルボードでも50位まで上昇し、新人バンドとしては、まずまずの好成績を残している。

 ただ個人的な感想としては、“プログレ・ハードの傑作”とは思えない。軽快なリズムと爽やかなコーラス、口ずさみやすいメロディラインが基本のアメリカン・ポップ・ソング集だと思っている。

 全10曲のうち、7曲が3分台、残りの3曲が5分少々という構成で、ギターよりもキーボードの方が目立っている。キーボードといってもほとんどがシンセサイザーで、ハモンド・オルガンやピアノの使用は少ない。
 彼らのサウンドが“プログレ・ハード”と言われたのも、このシンセの音が目立っていたからだろう。今から聞くと、そんなに大したサウンドではないのだが、当時は“ハード・ロック+シンセサイザー”という音にポップな要素が加わったサウンドが新奇だったに違いない。

 もちろんギターが目立っている"Shoot"という曲もあるし、エレクトリック・ピアノが使用されたミディアム・バラードの"Turn Out the Light"、"The Last Show"という曲もあるので、一概に決めつけるのはよくないとは思っている。

 ただどの曲も同じようなテンポだし、間奏に入るギター・ソロは確かに上手なものの、没個性的で印象的なフレーズに乏しいのだ。
 また、コーラスがクィーン的な"Encore"などを聞くと、どうしても本家を思い出してしまう。

 シングル・カットされた2曲、"Hello, Hello, Hello"、"Don't ever Wanna Lose Ya"は、アルバムの1曲目と2曲目に収められていて、前者はギターよりもキーボードが目立つ軽快なロックン・ロールで、後者は異様にシンセサイザーが目立つ壮大な曲だった。
 ちなみに前者の"Hello, Hello, Hello"はシングル・チャートの69位、後者は40位と中ヒットを記録している。

 面白いのは、なぜかギターは3曲目以降から目立ってくるようで、これだけ弾けるのなら、もっと最初からガンガン、アピールしてほしかった。

 でも悪いものでもないので、もう少しギターとキーボード、ハードな曲とバラードをバランスよく配置すれば、もっと売れたに違いない。
 彼らにとって運が悪いことには、当時のMCAの子会社であるレコード会社が倒産(正確には吸収合併された)してしまい、レコード契約を一時失ったことだった。

 その後、エレクトラ・レコード契約を結ぶも、レーベルの特徴上、あまりハードなものにはプロモーションを加えなかったし、ヒット・シングルも生まれず、彼らは1982年に解散してしまった。

 1981年の3枚目のアルバムなどは、トッド・ラングレンのプロデュースを仰いだのだが、あのトッドをしても売れなかったのだから、これはもうどうしようもないということだろう。

 解散後は、キーボーディストのジミー・ウォルドとベーシストのゲイリー・シェアは、あのグラハム・ボネットとイングウェイ・マルムスティーンとともにアルカトラスを結成した。
 また、ドラマーのハーシュ・ガードナーは、音楽プロデューサーのような仕事を続けていたが、2002年のソロ・アルバムに他の3人が集まったことから、2005年以降、オリジナル・メンバーで活動を再開した。1

  とにかく、当時のジャーニーやカンサス、スティクスなら“プログレ・ハード”という言葉も納得できるのだが、ニュー・イングランドは、どちらかといえば、チープ・トリックやREOスピードワゴンのような感じがした。この売り文句で彼らのアルバムを買って後悔した人は、結構いるのではないだろうか。

 人生とは後悔の連続かも知れないが、できればその回数は少ない方がいいのは、いうまでもないだろう。


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