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2016年2月

2016年2月29日 (月)

パラス

 さて、プログレッシヴ・ロック生誕46周年記念シリーズもとりあえず、今回で一区切りつけようと思う。この続きは、また10月以降に先送りしたい。まだまだ紹介したいアルバムはあるのだが、他の分野のアルバムもまだ残っているので、バランスを考えていきたいと思ったからだった。

 さて、今回もプログレ生誕国イギリスのバンドだ。しかも1980年代なので、ネオ・プログレッシヴ・ロック・ブームの頃である。
 この当時の代表的バンドといえば、マリリオンを筆頭に、ペンドラゴンやIQ、トゥエルフス・ナイトなどが挙げられるが、今回のパラスもそのうちの一つだった。Photo

 当時は、ニュー・ウェーヴの影響を受けて登場したこの手のプログレ・バンドを、“ポンプ・ロック”と呼ぶようになった。“ポンプ”とは“華麗な”という意味だが、一方では“虚飾の”という意味もあった。
 諧謔趣味のあるイギリス・メディアは、もちろん後者の意味で使用していたのだが、このての音楽が好きな人にとっては、逆に前者の意味ととらえて、好意的に受け入れていったのかもしれない。

 それでパラスというバンドは、1970年代の半ばにスコットランドで活動を始めた。最初はレインボーと名乗っていたようだが、似たような名前の世界的に有名なバンドが存在していたので、ギリシャ神話の女神から名前を拝借した。ポケモンにも同名のキャラクターが出てくるが、このバンドとは関係ないと思う、たぶん。

 彼らは当初から実力派のバンドだったようで(プログレ・バンドで実力のないバンドは存在できないと思うが)、徐々に人気が出てきて、ついにはロンドンのマーキー・クラブでトリを務めるようになっていった。

 1981年には、自分たちで録音したライヴ音源のテープを自主制作、自主販売したのだが、これがメジャー・レーベルのEMIの知るところとなり、めでたくデビュー・アルバム発表の契約を勝ち取ることができたのである。

 しかもデビュー・アルバムのプロデュースは、あの有名なエディ・オフォードが担当した。エディ・オフォードといえば、70年代にイエスやE,L&Pのアルバムを手掛けたことで有名だった人だ。そんな人からプロデュースしてもらえることを知ったメンバーは、泣いて喜んだといわれている。

 そんなデビュー・アルバムは、1984年に発表された。タイトルが「ザ・センティネル」というこのアルバムは、現在2種類のバージョンが流通している。
 最初は"Atlantis Suit"という組曲を中心にしたトータル・アルバムにする予定だったのだが、それでは売れないだろうと親会社のEMIが強く反対したようで、6曲入りのアルバムになってしまった。2

 本来なら、東西冷戦をアトランティス大陸に置き換えて、その興亡を音楽で綴るという一大ページェントになるはずだったのだが、残念ながらこの企画はボツになったのである。
 この辺が親会社の意向に逆らえない80年代以降のバンドの悲しさで、もしこれが70年代で、しかも所属会社がEMIの子会社ハーヴェストだったら間違いなく取り入れられ、発売されただろう。

 ところが2000年になってから、当初の企画通りのオリジナル盤が発表された。全10曲57分26秒のこのアルバムは、例の“アトランティス組曲”が中心となっていて、聞き応えのあるアルバムに仕上げられていた。さすがエディ・オフォードである。

 基本的には、90125イエスが70年代のハード・ロックを演奏しているような感じで、エッジが立っていてなかなかイイのだ。
 全体を覆うようなモヤモヤっとしたキーボード群は使用されず、キレのよいリズム隊と、適宜挿入されるテクニカルなギターとキーボード・ソロが際立っている。

 最初にも書いたが、このバンドの演奏水準はかなり高いようで、このアルバムは、いま聞いても70年代の有名プログレ・バンドのそれと比べて遜色はない。このあたりはプロデューサーのエディの手腕が発揮されたのだろう。そのせいか、全英チャートでも41位まで上昇し、一躍彼らの名前を世界的にも印象付けたのであった。

 さあこれで順風漫歩、約束された世界が彼らを待っていると思いきや、突如、ボーカリストのユアン・ローソンが脱退してしまった。彼は売れる前はピーター・ガブリエルのような舞台衣装を身にまとい、切り裂き魔“ジャック・ザ・リパー”を約15分にわたるパフォーマンスで演出していて、とても好評を博していたという。

 一説によれば、“燃え尽き症候群”のようだったらしく、今まで努力を重ねてきて、ついにメジャーになったとたんに目標を見失ったようだ。あるいは、これから続けていくという自信を失くしたのかもしれない。

 それはともかく、新たにボーカリストを入れて再び5人組で出発したパラスは、セカンド・アルバム「ザ・ウェッジ」を1986年に発表した。3
 アルバムを聞いた限りでは、ボーカルは代ったものの、その影響をあまり受けることはなかった感じがした。
 むしろプロデューサーがPILやマガジンを手掛けたミック・グロソップに代ったことの方が影響が大きくて、前作のようなプログレッシヴ臭が消えて、80年代風の薄っぺらなハード・ロック風アルバムになったような気がしてならない。

 それにややポップな味付けも感じられて、特にバラード風のゆったりとしたテンポで始まる"Win Or Lose"、"Just A Memory"は曲自体はよいものの、あまりいただけない感じがした。当時流行ったMTVのバラード曲の雰囲気が漂っていたからだ。

 また曲自体も4分、5分ものが多くて、一番長いもので8分9秒だった。時間が長ければいいとは思はないが、それでも“ネオ・プログレッシヴ・ロック”を名乗るのであれば、それなりの容量も必要なのではないだろうか。

 また、このアルバムも発売当初のものと、ニュー・バージョンのものがあり、オリジナルは7曲入りだったが、現行ものは全10曲、56分10秒のボリュームになっている。
 自分が聞いたのは昔のものだったので、是非ともニュー・バージョンのものを聞いてみたい。少しは印象が変わるかもしれない。4

 ところで、彼らの次のアルバム「ビート・ザ・ドラム」発表は、12年後の1998年だった。理由はセカンド・アルバムが売れず、EMIとの契約を失ったからだ。
 その間、彼らは昔に戻ったかのように、自主編集アルバムを制作、販売しながらライヴを行い、糊口をしのいでいたようだ。

 21世紀に入ってからはコンスタントに4枚のアルバムを発表していて、順調に活動をしているようだが、スコットランド時代からのオリジナル・メンバーは、ベーシストのグレアム・マーレイしか残っていない。やっぱり売れないというのは、ミュージシャンにとっては(別にミュージシャンではなくても)、大変なのだろう。

 最新作は、2014年の「ウィアーフーウィアー」で、自分は未聴だが、初期の作風に立ち還って、プログレッシヴ・ロックにふさわしい内容だと言われている。やはり生き残ったバンドというのは、音楽の要素以外にも必要な何かを持っているのだろう。

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2016年2月25日 (木)

フュージョン・オーケストラ

 “プログレッシヴ・ロック生誕46周年記念”シリーズの第4弾である今回は、生誕の地イギリスに戻って、1973年にたった1枚のアルバムを発表して解散してしまったバンドを紹介することにした。聞いた限りでは、なかなかクールな音楽性を有していると思うからである。Photo_2

 1973年といえば、プログレッシヴ・ロックの転換点ともいえる年だ。ピンク・フロイドは「狂気」を、キング・クリムゾンが「太陽と戦慄」を、イエスも「海洋地形学の物語」を発表して、まさにプログレッシヴ・ロックの最盛期と思われていた時だった。

 ちなみにE,L&Pはこの年に「恐怖の頭脳改革」を発表し、キャメルとマイク・オールドフィールドは、この年にデビュー・アルバムを出している。わが愛するジェスロ・タルはどうかというと、「パッション・プレイ」が2枚目の全米No.1アルバムに輝くという快挙を成し遂げた年でもあった。

 ところがこの年を境に、英国のプログレッシヴ・ロックは、一転して衰退期を迎えたのである。原因は、複数の要因が絡まったものだった。各バンドの音楽的行き詰まりもあっただろうし、レコード会社が売れる音楽をプッシュするという方向に転換したことも挙げられるだろう。

 とくにイギリスでは、当時“英国病”といわれた経済的不況を迎えていて、レコード会社も冒険を避け、手っ取り早く売れる音楽を求め始めた。そういう社会的な背景と若者の求める音楽が“パンク・ロック”というムーヴメントを生む一因になったといっていいかもしれない。

 そんな状況の中で生まれたバンドが、フュージョン・オーケストラだった。名前からして、ロックとクラシックの融合ではないかというイメージが湧くが、実際は激しくロックするブラスバンドといった感じで、これがなかなか躍動感があって聞き応えがあるのだ。

 彼らは、1969年にツイン・ギター・バンドとして結成された。最初は4人のメンバーで活動していたが、当時のアンダーグラウンド・シーンに影響を受けたせいか、徐々に過激なパフォーマンスやステージングを行うようになったという。

 そのせいか、ギターやベースを歌いながら演奏するよりも、専任のボーカリストを入れて歌と演奏を分離し、それぞれ充実したものにしようと考え、音楽誌にメンバー募集を出したところ、当時16歳の女の子ジル・セイワードが応募してきたのである。
 彼女は年齢を誤魔化していたようだが、ピアノとフルートに長け、ライヴのパフォーマンスも堂々としていたため採用されたようだった。2

 ここからフュージョン・オーケストラが、大きく変わることになった。1971年にはマイナー・レコード会社と契約を結ぶことができたし、ライヴ演奏も好評で、多くの観客が彼ら目当て(というか女性ボーカリスト目当て?)に会場に足を運ぶようになっていった。

 1973年の2月には、そんな彼らに興味を示した大手のレーベルEMIが契約を申し出て、ついにメジャー・デビューすることができたのである。
 しかも彼らは、デビュー・アルバムをロンドンのアビー・ロード・スタジオでレコーディングできるという特典もついていて、新人とは思えないほどの扱われようだった。EMIの期待度もそれほど高かったのだろう。5
 そして生まれたアルバムが「スケルトン・イン・アーマー」だった。全9曲だったが、最初と最後の曲がそれぞれ"Fanfairy Suite For 1000 Trampits (part1)"、"Fanfairy Suite For 1000 Trampits (part2)"というインストゥルメンタルになっていて、いかにもプログレッシヴ・ロックっぽい作りだった。
 ただ、この2曲は19秒と14秒と非常に短くて、何かとってつけられたような感じがする。しかもプロデューサーのジェフ・ジャレットの書いた曲だから、恐らくはプログレ風のアルバムに仕上げようとした意図があったのだろう。

 自分は躍動感のある音楽が好きなのだが、このアルバムは全体を通して勢いがある。2曲目の"Sonata in Z"などはまさにハード・ロックだ。ギターだけでなく途中のエレクトリック・ピアノもジャズっぽくていい味を出している。
 ジルのボーカルもとても迫力があり、このときはまだ20歳ぐらいと思われるが、堂々としていてまるでベテラン女性ロッカーのようだ。11分45秒という長尺の曲でもある。
 
 この曲でもそうだけど、2曲目の"Have I Left the Gas On?"でのフルート演奏は、ジェスロ・タルのイアン・アンダーソンを髣髴とさせる演奏になっていて、音の感覚がとてもよく似ていた。演奏しているのはジルのようだが、男性並みの肺活量を持っているのだろうか。
 この曲も複雑な形式を持った曲で、勢いのあるハード・ロック調からオルゴールのようなブレイクを挟んで、後半の勢いのある演奏に繋がっていく。これも8分37秒と長い曲になっている。3_2

 饒舌なハーモニカで始まる"O.K. Boys, Now's Our Big Chance"は46秒程度の短いインストゥルメンタル曲。ほとんどハーモニカのみで演奏されている。ここまでが、当時のレコードのA面だったのだろう。

 後半はアルバム・タイトル曲の"Skeleton in Armour"で始まる。この曲も元気のいい曲だが、3分過ぎのハモンド・オルガンとギター・ソロが印象的だ。
 基本的に、このバンドは演奏技術が高くて、転調の多い複雑な構成の曲も難なく聞かせてくれる。デビュー前の地道なライヴ活動が、彼らの技術を高めてくれたのだろう。

 "When My Mama's Not At Home"はブラスがフィーチャーされていて、まさにバンド名のような演奏を聞かせてくれる。ブラスとギターが掛け合っている印象の曲で、3分23秒の短い曲だが、パンチのあるロックン・ロールだ。

 面白いのは、次のインスト曲"Don't Be Silly Jilly"はボーカルのジルが手がけているのだが、わずか7秒程度の曲で、子どもがじゃれながらピアノを叩いているお遊びのようなものだった。次の曲"Talk to the Man in the Sky"のイントロのようなものだろう。

 実質最後の曲になる"Talk to the Man in the Sky"だが、この曲もジェスロ・タルの「ジェラルドの汚れなき世界」のように転調が多い。

 2分近いイントロの後、Aメロ、Bメロが入り間奏のギター・ソロが来た後は、手数の多いドラムとギターのデュオ演奏がフェイド・アウトしていく、すると風の音のSEから今度はアコースティック・ギターをバックにジルが柔らかな歌声を聞かせ、またエレクトリック・ギターがフィーチャーされるといった具合である。

 何度も言うようだけれど、後半終わり部分のフルート・ソロはイアン・アンダーソンそっくりで、70年代のタルのアルバムを聞いているかのようだった。そして最後はエレクトリック・ギター・ソロがフェイド・アウトして、14秒程度の"Fanfairy Suite For 1000 Trampits (part2)"に続くのであった。4

 こういう展開をされると、まさにプログレッシヴ・ロックの世界観になってしまうのだが、全体的に勢いがあるし、テクニカルな部分もあって聞かせ所が多い。
 ただ、もう少しバラード系の曲も入れるなどの工夫も欲しかった。たぶんプロデューサーのジェフ・ジャレットは、その点を危惧して2曲のインスト曲を書いてアルバムの最初と最後に配置し、メンバーも途中でインストの短い曲を準備したのだろう。

 水準よりも高いアルバムだったにもかかわらず、残念ながらこのアルバムは売れず、1973年にはベーシストのデイヴ・カウエルが脱退してしまった。フュージョン・オーケストラとしてちょうど385回目のライヴが終了した後だったという。

 メンバー・チェンジ後も彼らは曲を作りライヴ活動を続けたものの、最終的には1975年に解散してしまった。もう少しEMIもバックアップすればよかったのだろうが、彼らはビッグネームのバンドか、売れるバンドしか興味がなかった。しかも時代はすでに、パンク/ニューウェイヴの時代に移り変わっていたのである。

 才能豊かなジル・セイワードは、いくつかのバンドを経た後、1980年にジャズ系バンドのシャカタクに参加して大成功を収めた。

 ギタリストだったコリン・ドウソンは、フュージョン・オーケストラ2を結成して、2013年には40年ぶりになるニュー・アルバム「キャスティング・シャドウズ」を発表した。このバンドにもエルシー・ラヴロックという女性ボーカリストがいて、オリジナルのバンドと同じようなバンド構成になっている。ただし、ギタリストはコリンだけである。

 今となっては無理なことだが、オリジナル・メンバーでもう1、2枚アルバムを作ってほしかったと思っている。ひょっとしたら後世に名を残せるくらいのバンドになっていたかもしれなかった。そんなバンドだったのである。

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2016年2月18日 (木)

アネクドテン(3)

 昨年は、プログレッシヴ・ロック(日本での)生誕45周年ということで、大いに盛り上がった?のだが、何か大事なことを忘れていたような気がしていた。

 スティーヴ・ロザリーやジョン・アンダーソンなどのニュー・アルバムを紹介していて、そういえばこのアルバムも紹介しなければ、と思っていたものがあったのだが、すっかり忘れていたのだ。ひょっとしたらボケが始まったのかもしれない。

 そのアルバムとは、スウェーデンのプログレ・バンドのアネクドテンの6枚目のスタジオ・アルバムだ。原題は「アンティル・オール・ザ・ゴースツ・アー・ゴーン」といい、邦題として「斜陽の館」というタイトルが付けられていた。

 アネクドテンは1991年にデビューして以来、今まで6枚のスタジオ・アルバムと1枚のベスト盤、3枚のライヴ・アルバムが発表されているが、いずれも日本で入手可能である。

 今回、自分が入手したのは輸入盤で、全6曲、1枚もののアルバムだった。国内盤では、ボーナスCDが付いていて2枚組になっている。自分は貧乏なので、当然のことながら輸入盤を購入した。

 多くの人は、彼らがキング・クリムゾンのフォロワーだということを知っているだろう。クリムゾンが1974年に最初の解散をしてから約16年後、突如として北欧の国から、甦ったクリムゾンとして出現した。Anekdoten2
 ダークで陰鬱な楽曲に、本家以上のメロトロンとサックス、チェロの重層的な演奏が加わっていて、あっという間に日本でも人気が高まっていった。

 そんな彼らも2003年に発表された4枚目のスタジオ・アルバム「グラヴィティ」あたりから、雲の切れ間から日差しが差しこんだように、徐々にメロウでライトな方向に歩み出し始めていった。

 前作の「ア・タイム・オブ・デイ」も、そんな彼らの、音楽と戯れるかのような余裕と饒舌さを兼ね備えた好アルバムだったが、とりあえずそこで一区切りと決めたのだろうか、2009年にはベスト盤「チャプターズ」を発表している。

 今回は、前作のスタジオ・アルバムから8年経っているのだが、それまでのライトな感覚はかなり減少し原点回帰していて、北欧の厳冬を凌ぐような感じのアルバムに仕上がっている。Anekdoten3

 1曲目の"Shooting Star"から10分以上もある大曲だった。冒頭からキーボード、ギター、リズム・セクションの入り混じった複雑なイントロが2分以上も続き、想定通りのメロディを持ったボーカル・パートが続くのだが、やはりファンとしては、この展開を聞いただけで、安心して彼らの世界観に身を委ねてしまう。

 また途中のエレクトリック・ギターとフェンダー・ローズの掛け合いは、なかなか聞き応えがあって、元々テクニカルな集団だった彼らであるが、一歩成長したような感じがした。クレジットを見ると、この曲のキーボードは元オーペスのペル・ヴィバリが担当している。

 また、相変わらずメロトロンが全曲を覆っていて、メロトロン・ファンにとっても、久々に“メロトロンの洪水”というフレーズに合致するアルバムになるだろう。

 この傾向は、2曲目の"Get Out Alive"にも共通していて、ゆったりとしたリズムのなかで、ボーカルと各楽器のバランスもよくて、抒情性も醸し出している。
 曲の後半近くに、メロトロンのソロ・パートが2分近くあるのだが、これがまた涙腺が緩んでしまうほどの感動ものだった。

 3曲目は、前作までの延長線上にあるようなややポップな感じの曲だ。メロディはポップなのに、メロトロンは被さってくるし、フルートも聞こえてくるという21世紀風のプログレッシヴ・ロック曲になっている。

 "If It All Comes Down To You"という曲だが、ポップな割には決してメロウさだけでは終わってはおらず、焦燥感も備えている。惜しむらくは、エンディング近くのギター・ソロをもっと聞きたかったし、もっと前面に出ても良いのではないかとも思った。

 アルバムの中で2番目に長い曲"Writing On The Wall"では、そんな声が聞こえたのか、最初からメロトロンとギターが目立っている。このギターは、メンバーのニクラス・バーカーが演奏しているのだろう。

 ニクラスの声は、優しくて気品があるので、絶叫型やデス声の曲には似合わないだろうが、こういう抒情的な曲にはよくあてはまると思う。また、ギターの腕前も決してテクニカルではないが、聞かせてくれるギタリストだろう。

 また、この曲では7分過ぎに一旦ブレイクして、アコースティック・ギターが囁くように爪弾かれるのだが、そのあと一気に音の壁が押し寄せてくる。予定調和と言われればそれまでだが、この辺の構成力はやはりクリムゾン・フォロワーとしては、忘れてはならないだろう。

 アルバム・タイトル曲の"Until All The Ghosts Are Gone"は5分少々の短い曲で、フルートとアコースティックギターのイントロで始まり、すぐにボーカルが加わってきた。フルートはテオ・トラヴィスというミュージシャンで、ロバート・フリップとも親交があるようだ。
 また、ギター・ソロはオール・アバウト・イヴのメンバーのマーティ・ウィルソン・パイパーという人が弾いているらしい。どうせならもっと長めの曲で弾いてほしかった。中間部のほんのさわりではほとんど目立たなかった。

 ラストは"Our Days Are Numbered"という曲で、静かなイントロから急にアグレッシヴな展開になる。ちょうど「レッド」の中の"Starless"のような構成を持った曲で、クリムゾンのファンなら、間違いなく泣いて喜ぶ趣向を備えた曲だ。Anekdoten
 うねるベースに手数の多いドラムス、分厚いメロトロンの壁に切り込んでくる無機質なギター音とフリーキーなサックスは、やはり何度聞いても心が揺り動かされてしまう。俗に“クリムゾンの遺伝子”といわれるが、これは演奏する方だけでなく、リスナーの中にも間違いなく存在するものだ。だからこそ、この手の曲に惹きつけられるのである。

 最後は、すべてのサウンドが一丸となって、ブラックホールの特異点に集約されるかのように、一転に結ばれていくが、この躍動感と混沌さがこの曲の魅力を一層、際立たせている。

 ただ、全6曲で50分にも満たないというのは、やや残念だった。上にも書いたように、国内盤では、そういう声を予想してか、別バージョンの3曲を加えた紙ジャケット豪華2枚組として販売しているようだが、別に輸入盤でも十分だと思う。
 ただ国内盤には日本語訳がついているので便利だとは思うが、輸入盤にも英詩がついているので、英語が分かる人には必要ないだろう。(個人的には国内盤が欲しかったが、貧乏なので買えなかったのだ)Anekdoten4

 ただ、彼らはクリムゾンのフォロワーという言われ方に対してどう思っているのだろうか、気になる。“芸術は模倣より生まれる”といわれるが、いつまでも模倣するわけにはいかないだろう。彼らがややポップな路線を歩んだのも、独創性を織り交えようとしたのかもしれない。

 個人的には申し分のないアルバムとは思うが、21世紀を生きるプログレッシヴ・ロック・バンドとして、クラシカルな要素やメタル路線、民族音楽的志向など様々な可能性を探ってほしいと思っている。それこそがまさに"Progressive"という言葉にふさわしいと思うからだ。

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2016年2月11日 (木)

パスポート

 立春も過ぎて段々暖かくなってきたけれども、時々、寒の戻りがあって寒い日がある。若いときは意識もしなかったけれども、年を取ると、その変化についていけず体調を崩してしまうときもあるだろう。適応能力というのは、人間のみならず、若い世代の特権なのかもしれない。

 今月も“プログレッシヴ・ロック特集”ということで、年明けからプログレ生誕46周年を記念しての内容になっている。
 それで今回は、前回がベルギーだったので、ドイツに飛んでみようと思った。ドイツのジャズ系プログレッシヴ・ロック・バンドのパスポートの登場だ。

 自分が彼らのことを知ったのは、つい最近のことだった。ネットで、“ドイツ、プログレッシヴ・ロック、名盤”と検索エンジンで調べたところ、いくつかのバンド名が出てきて、その中の一つがこのバンドだったのである。

 このバンドは、活動歴が長い。いまも現役のバンドだ。結成は1971年で、その年にはデビュー・アルバム「パスポート・ファースト」を発表した。Photo
 バンドの中心メンバーは、サックス・プレイヤーのクラウス・ドルディンガーだ。1936年にベルリンに生まれた彼は、10歳の頃に当時ドイツにいたアメリカ軍兵士の聞くジャズに感銘を受け、のめり込むようになった。
 11歳の時からシューマン音楽院で学ぶようになり、在学中にプロ・デビューし、レコーディングも経験している。それだけ才能があったのだろう。

  1960年に、彼の演奏したドイツ民謡の曲がアメリカの飲料水CMで使用されてから、大きく彼の運命は変わった。
 彼は渡米し、演奏を行い、一躍、時の人となり、ニュー・オーリンズでは名誉市民賞まで受賞した。
 帰国後もドイツのジャズ・ミュージシャンと共演したり、クラウス・ドルディンガー・カルテットとしてアルバムを出すなど、精力的に活動を行っている。

 また、進取の気鋭に富んでいて、モロッコ・ツアーで意気投合した現地のミュージシャンとともに音楽を制作したり、映画のサウンドトラックを発表するなど、自分の才能を十分に発揮するようになった。
 さらには世界中でサイケデリック・ミュージックが流行すると、それを反映したようなジャズ・ファンク・バンドのマザーフッドというバンドを結成して、1969年と70年にアルバムを発表している。この2枚のアルバムは今では入手困難で、高額のプレミア付きだと言われている。

 若いときに本場のジャズを経験したせいか、彼はアメリカのみならず世界的な成功を願っていたようで、デビュー・アルバムもアメリカのアトランティック・レコードと契約しているし、設立メンバーの中には、アフリカ系アメリカ人もいた。

 メンバーの中のベーシスト、ローター・マイトはすぐに脱退して、サックス奏者のオラフ・キュブラーとともにアモン・デュールⅡに参加した。
 ちなみに最初のメンバーは5人で、クラウスはサックスだけでなく、エレクトリック・ピアノやミニムーグも担当していた。

 アルバムの内容は、ジャズ・ロックといった方が適切だと思う。ちょうどイギリスのコロシアムの初期の感じによく似ている。サックスとオルガン、ときどきフルートも絡んできて、それらが織りなす万華鏡といった様相だった。

 翌年には「セカンド・パスポート」を発表したが、前作がロック寄りだったのに対して、このセカンド・アルバムはよりジャズっぽく作られていた。2
 デビュー・アルバムには、2人のサックス・プレイヤーがいたが、今作ではクラウスしかいないので、彼が多重録音して重層的なサックスを聞かせてくれる。

 また、ベーシストのウルフギャング・シュミットはギターも弾けたので、ところどころのギター音は彼の手によるものだろう。彼はこの後、1977年まで在籍したあと、一度脱退したが、2001年に再結成されたときには、またバンドに戻っていた。

 自分はジャズを全く聞かないので、よくわからないのだが、このアルバムには、後半のエレクトリック・ピアノが聞きやすい"Fairy Tale"や、ポップでコンパクトな"Get Yourself A Second Passport"のような曲がある一方で、複雑な構成を持った"Registration O"のような曲もあった。
 前作よりも音楽的変化があることは間違いないだろうが、これは深化というべきなのかどうかは、わからない。

 1973年には3枚目のアルバム「ハンド・メイド」を発表。前作と引き続き4人組での作成だが、キーボード・プレイヤーがフランク・ロバーツに、ドラムスがカート・クレスに交代した。前者のフランクはイギリス人で、この発表後はイギリスに戻って、アイソトープやロバート・ワイヤットのバンドに参加した。
 もう一人のカートの方は、のちにサーガやスコーピオンズ、ジョン・ウェットンなどと共演している。3
 このアルバムから彼らはプログレッシヴ・ロック・バンドと認知されたようで、確かに手数の多いドラムスやスペーシーなキーボード・プレイ、その間を縦横無尽に動き回る嵐のようなサックス音には、その要素が十分詰まっていると思う。

 1曲目の"Abracadabra"は名曲。ベースとドラムスのリードからフリーなサックスと断続的なキーボードが絡み、それぞれが曲を引っ張り、転調を重ねていく。疾走感があって、非常にカッコいい。アルバムのオープニングには最適な曲だと思う。

 "The Connection"はフリー・ジャズっぽいし、"Yellow Dream"はジャズ・バラードで、前半はメロトロンも使われ、ラジオの深夜番組に使われそうな要素を備えているが、後半になるとエッジの効いたギター音も挿入されている。

 "Proclamation"と"Puzzle"はジャズ・ファンクだし、"Hand Made"は10分近い長尺の曲で、各メンバーのテクニックが十分に発揮されている。
 このアルバムはそれぞれの曲がいいのと、バラエティに富んでいて飽きが来ないという特徴を備えていると思う。

 1972年から76年までがパスポートの“プログレッシヴ・ロック期”と言われているが、その期間の代表作が4枚目のアルバム「未来への知覚」だった。
 このアルバムではキーボード・プレイヤーがクリスチャン・シュルツに交代していて、バンド史上初めてメンバー全員がドイツ人になった。4

 1曲目の"Eternal Spiral"を聞いて、パスポートのアルバムとは思えないのではないか。なぜなら4分の間に、サックスの音が全く聞こえてこないからだ。この曲もドラムとベースが走り回り、それをシンセサイザーとメロトロンが追っかけるという展開で、あっという間に終わってしまう。

 クラウスのサックスは次の"Looking Thru"で聞くことができるが、何かお洒落なジャズを聞いているみたいで、1971年当時の音と格段の違いがする。前半はソプラノ・サックスが、後半はエレクトリック・ピアノがフィーチャーされていた。8分近い曲だ。

 アコースティック・ギターとピアノで構成された短い"Zwischenspiel"のあとは、メロディーが分かりやすい"Rockport"だった。このアルバムは今までで一番聞きやすいと思うのだが、決してポップになったというわけではなくて、分かりやすい構成や曲調になったということだと思っている。

 前作よりファンキーで黒っぽいテイストの曲が目立つのだが、後半の"Tarantula"もそんな作りをしている。ギター・ソロはないものの、ギターのカッティッグがカッコいい。
 このギターのカッコよさは、次の"Ready For Take Off"にも発揮されていて、エンディング近くではファズ・ギターのソロを奏でていた。時間的に短いのと、音がこもって聞こえるところが残念だと思う。

 残りの2曲"Eloquence"、"Things to Come"はまさにフリー・ジャズといえるもので、パスポートというか、クラウス・ドルディンガーの真骨頂といえるだろう。
 この時期の4人の力量がハイ・レベルで結集されているようで、この2曲にはその魅力が発揮されている。この時期のメンバーが、黄金期といえるのも分かる気がした。当時は、“ヨーロッパのウェザー・リポート”と呼ばれていたという。

 この後バンドはメンバー・チェンジを繰り返しながら、またその時々の流行を取り入れながら、アルバムを発表し続けている。フュージョンやディスコ、エレクトロ・ポップなど音楽性は変わっていくが、クラウスの音楽への情熱には衰えが見えなかった。5
 21世紀に入ってもライヴ盤を含む6枚のアルバムを発表しているし、1980年代からは「Uボート」や「ネヴァーエンディング・ストーリー」などの映画のサウンドトラックを手掛けている。

 クラウスは2002年にドイツ連邦共和国功労勲章を、2010年にはバイエルン州名誉賞を受賞していて、ミュージシャンと同時に、ドイツを代表する文化功労者として認められている。

 クラウスもパスポートも日本ではあまり知られていないようだが、ジャズが苦手な私でも、ドライヴのBGMとして聞くことができた。日本にはギター・キッズが多いので、もう少しギターが目立っていれば、日本でも人気が出たに違いない。でもサックスがメインでも、十分にプログレッシヴ・ミュージックは成立するのである。

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2016年2月 4日 (木)

ウォーレス・コレクション

 日本では、今年がプログレッシヴ・ロック生誕46周年ということだが、個人的には“46周年”という数字には同意できない。でもまあ、それをきっかけに国内初CD盤などが出てくるのであれば、大いに結構なことだと思っている。

 それで今回は、ベルギー出身の6人組だったウォーレス・コレクションのアルバムを紹介しようと思う。
 彼らは、1968年に結成された。6人のメンバーのうち、バイオリニストのレイモン・ヴァッサンとチェロリストのジャック・ナモットの2人は、ベルギー・ナショナル・フィルハーモニック・オーケストラの正式メンバーだった。Wallace_collection_1000

 メンバーの中にクラシック畑の人がいることから、彼らは“ベルギーのELO”とも呼ばれていた。

 また、バンド名はイギリスのロンドンにあるもと私設美術コレクションから取られていて、彼らのデビュー・アルバムのタイトルも、この美術館に所蔵されているものだった。ちなみに、この美術館は、現在ではイギリス政府に寄贈され、一般公開されている。入場料はタダのようだ。

 彼らのデビュー・アルバムは1969年に発表された。彼らは活動場所をイギリスに移していて、このアルバムもロンドンのアビー・ロード・スタジオでレコーディングされている。
 デビュー当初からアビー・ロード・スタジオのような有名スタジオを使わせてもらえたということは、いかに彼らの音楽性が高く評価されていたかが分かると思う。

 このアルバムには14曲収められていた。基本的にはプログレッシヴ・ロックというよりは、クラシカルな要素を備えたポップ・ソング集と言った方が正確ではないだろうか。
 ベルギーの音楽といってもピンとこないのだが、オランダのショッキング・ブルーのようなポップネスと類似している。また、60年代のイギリスのビート・ロックを聞いているような感触もあった。

 オランダやベルギーなどでは、どんな音楽が主流なのかはわからないけれど、ポップ・ミュージックは本当に耳に馴染みやすいメロディーを備えている。また、ベルギーではないけれども、カヤックやフォーカスなど、この地方のプログレッシヴ・ロック・バンドもメロディアスな曲調を基本としていて、自分の感覚では、この国々には豊潤なメロディーが息づいているようだ。

 このアルバムでは、最後の曲の"Daydream"が21ヵ国でヒットしていて、本国ベルギーでは当然のことながらチャートの首位になったし、隣国オランダでは13位、フランスでは3位になっている。1
 この曲もまたロックとクラシックの融合を目指していて、一部はチャイコフスキーの「白鳥の湖」からのメロディが引用されている。オルガンやフルート、ストリングスも使用されていて、アルバムを代表する曲になっているが、少々エンディングがくどい気がする。

 このアルバムの後半は組曲形式になっていて、曲間もほとんどなく、SEが使用されたり、1分20秒にも満たない"Laughing Cavalier"のような挿入曲みたいなものもあった。トータル・アルバムを意識しているのだろう。800pxhals_obraz_1

 また、それ以外にも"Fly Me To The Earth"は、まさに日本人好みの曲ではないかと思う。当時全盛期だった60年代のグループ・サウンズ系のメロディがイカシているし、ここではチェロやバイオリンが結構頑張っている。また、曲とのバランスも良い。

 翌年の1970年には、セカンド・アルバムを発表した。「ウォーレス・コレクション」とグループ名と同じこのアルバムには13曲収められていて、最初の曲と最後の曲のタイトルには、"Bruxelles part1"、"part2"と名付けられていた。

 1曲単位の時間は短いものの、全体としては前作よりもトータル・アルバムの意識が前面に出ているようで、ビートルズの「サージャント・ペパーズ」をELOが演奏している感じだ。

 3曲目の"Serenade"のイントロは1分40秒以上もあり、完全な室内弦楽になっている。6分近い曲だが、TVドラマのテーマかエンディングに使えそうな感じがした。日本でもシングル・カットされたらしい。
 次の曲の"Hocus Pocus"もポップな曲で、フルートやチェロなどの管弦楽器が、また"We Are Machines"にはタイトル・イメージを意識してか、ボコーダーも効果的に使用されていた。

 このアルバムからは2曲シングル・カットされている。"We Gotta Do Something New"は前作の延長線上のような弾けたポップ・ソングだった。また、"Love"という曲はやや暗いバラードだが、もう少しメロディに工夫が欲しい気がした。彼らのテンポのよい曲はメロディーも良いのだが、バラード系は今一つのような気がしてならない。Photo

 ただ、デビュー・アルバムよりは弦楽器が効果的に使用されているし、音楽的レベルも上がっていると思う。このアルバムを聴けば、確かに“ベルギーのELO”という表現は正しいと思っている。

 "Since You're Gone Forevermore"などはバロック音楽に歌詞をつけたような曲に仕上げられていて気品があるし、ピアノを基調とした"Where"は哀愁味があってなかなか良い。このバラード曲はよく出来ていると思う。

 曲のほとんどは、ギター&ボーカルのシルヴァン・ヴァン・ホルムとバイオリニストのレイモンド・ヴィンセント、プロデューサーのデヴィッド・マッケイが手がけている。デヴィッドは主に歌詞の方を担当しているのだろう。

 個人的には、デビュー・アルバムよりもまとまっているし、いい曲も多いと思ったのだが、残念ながら商業的には失敗してしまった。このアルバムからのシングル曲がヒットしなかったからと言われているが、やはりレコード会社のEMIが手を引いたのが最大の原因だったようだ。

 彼らは1972年まではシングル曲は発表していたが、アルバムは発表していない。それくらいのストックはあったと思うのだが、レコード会社からのゴー・サインが出なかった。ロックとクラシックの融合というコンセプトも、時代遅れと感じたのかもしれない。もしくは、シングルの売れ具合を見て、アルバム発表は厳しいと判断したのかもしれない。

 メンバーのうちのシルヴァン・ヴァン・ホルムは、のちにソングライターやプロデューサーとして成功した。また、ヴァイオリニストのレイモンド・ヴィンセントは、解散後、エスペラントというバンドを結成し、プロデューサーとしても3枚のアルバム作成に貢献している。

 ウォーレス・コレクションは、2005年にシルヴァンを中心に再結成された。ギター、ベース、ドラム、キーボードのそれぞれの担当はオリジナル・メンバーで構成されていて、ヨーロッパを中心にライヴ活動を行っていたが、オリジナル・ドラマーのフレディ・ニウランドは、2008年の1月に63歳で亡くなっている。

 アルバム内容や演奏技術は結構よかったと思うのだが、やはりELOやイギリスのビート・バンドの焼き直しといった感がぬぐえなかった。もう少しオリジナリティがあればメジャーになったかもしれないが、二番煎じに終わってしまった。

 彼らのアルバムは、ロンドンのウォーレス・コレクションには陳列されないだろうが、マニアの間では貴重なコレクションに加えられたに違いない。

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