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2016年5月22日 (日)

アイズレー・ブラザーズ

 家族で営む音楽産業シリーズの“ソウル・ミュージック編”第2弾である。今回は、アイズレー・ブラザーズのことについて書こうと思う。

 自分は、アイズレー・ブラザーズといえば、かの有名なジミ・ヘンドリックスが所属していたバンドとしてしか認識していなかった。

 ジミがアイズレー・ブラザーズに所属していた期間は短くて、実際は1964年の2月から10月頃までだった。シングル・レコードの録音に参加したり、ライヴでも活動したのだが、毎晩同じ内容の演奏をするのに耐えかねて、脱退してしまった。
 確かに、ジミヘンのような才能にあふれたミュージシャンにとっては、他人のバック・バンドで満足できるような気持にはなれなかっただろう。

 それでちょっとだけ真面目にアイズレー・ブラザーズについて、勉強しようと思って、アルバムを購入した。それが「グレイテスト・ヒッツ」だった。71mkblrgiyl__sl1500_
 このアルバムは、彼らがエピック・レコードに移籍した1973年以降のベスト曲集ということになる。しかも「ヴォリューム1」ということだから、極めて限定的な選曲内容だった。

 だからこれ1枚で彼らの全貌を知ることは、どだい無理な話だ。もともと彼らは1950年代から活動していた兄弟バンドだった。

 1957年にオハイオ州シンシナティーで結成され、最初は、オーケリー、ルドルフ、ロナルドの3兄弟でスタートした。
 1959年には"Shout"という曲で全米47位にチャート・インし、1962年にはビートルズもカバーした"Twist & Shout"のヒットで世界的にも有名になった。当時この曲は、全米で17位まで上昇している。B0301101_23461846

 ちなみに、この曲は彼らのオリジナルではなく、バート・バーンズとフィル・メドレーという人が作っている。1961年にはフィル・スペクターの手で、トップ・ノーツというグループがリリースしていて、アイズレー・ブラザーズは彼らの曲をカバーしたことになる。

 1969年には"It's Your Thing"という曲で、グラミー賞のR&Bグループ賞を受賞すると、70年代以降は、ソウル・ミュージックの分野に留まらず、ロックやファンク、ディスコにゴスペル等を融合して、幅広い活動を行うようになった。この辺は、80年代のプリンスによく似ていているような気がしてならない。

 アイズレー・ブラザーズは、1973年にアルバム「3+3」を発表した。タイトルを見ればわかるように、オリジナルの3人にアーニー・アイズレー、マーヴィン・アイズレーの兄弟と従兄弟のクリス・ジャスパーの3人が加入して、彼らの黄金時代が訪れたようである。Img_1

 基本的に彼らは、自分たちで曲を書き、歌詞をつけ、アレンジをして、プロデュースまで行う。そして1964年には自分たちのレーベル会社T-NECKを設立して、68年以降はそこからアルバムを出すなど、すべてを自分たちの手でコントロールするようになった。ある意味、音楽に関しては、彼らは完璧主義者だった。

 ところが、そんな完璧主義者にも、いや完璧主義者だったからこそ、バンドの方向性に迷いが生じてしまったようだ。
 1984年になると、後でバンドに加入したアーニー、マーヴィン、クリスの3人が“アイズレー・ジャスパー・アイズレー”というグループを作り、アルバムまで出してしまったのである。

 翌年には、アイズレー・ブラザーズは、“アイズレー・ジャスパー・アイズレー”が「キャラバン・オブ・ラヴ」を、残りのオーケリー、ルドルフ、ロナルド3兄弟が「マスターピース」を発表して、ついにバンドは分裂してしまった。

 その後、バック・ボーカルだったオーケリーが1986年に48歳の若さで病死すると、1989年にはルドルフが聖職につくために、バンドを脱退してしまった。(2004年に再結成のため一時復帰する)

 アイズレー・ブラザーズは、ロナルドのソロ・プロジェクト化してしまうのだが、幸いにも1991年にアーニーとマーヴィンが復帰して、何とか元のアイズレー・ブラザーズに戻っている。しかし、“禍福はあざなえる縄の如し”の言葉通り、今度はマーヴィンが糖尿病になり、壊死した足を切断してしまい活動を続けられなくなったのである。マーヴィンは、結局、2010年に糖尿病が原因で、56歳の若さで亡くなっている。

 そんなこんなで、今ではギター担当のアーニーとロナルドの2人で活動を続けている。ロナルドは、脱税で3年少々刑務所に収監されたが、2010年に出所している。
 ちなみに従兄弟のジャスパーの方はというと、ソロ活動を続けていて、2014年にはアルバムも発表している。

 「グレイテスト・ヒッツVol.1」に収められていた"Soul Lady"や"Live It Up"のギター・ソロは、アーニーが弾いているのだが、何となくジミ・ヘンドリックスの影響が感じられてならない。71xbne5ykrl__sl1050_
 彼らは、「ザ・ヒート・イズ・オン」というアルバムで1975年に全米No.1を獲得しているが、そのアルバムの中からバラードの"For The Love Of You(Part1&2)"と、ビートの効いたファンキーな"Fight The Power(Part1&2)"もこの「グレイテスト・ヒットVol.1」に収められている。

 日本では、アイズレー・ブラザーズよりもE,W&Fやプリンスの方が人気も知名度も高いのだが、E,W&Fやプリンスが登場する下地を築いたのは、取りも直さずアイズレー・ブラザーズのおかげだろうと思っている。

 しかも彼らは全米No.1のシングルやアルバム、グラミー賞までも獲得していて、実力も実績も備えた兄弟バンドだったのである。

 あらためて彼らの凄さや素晴らしさを、思い知らされた気がした。彼らは1950年代から2000年代までの6つの西暦10年代(decade)連続で、アメリカのビルボード・シングル・チャートHOT100にチャート・インした史上初のバンドに認定されているそうだ。彼らは、21世紀にいたる現在まで活動を続けている偉大なソウル/ファンク・バンドなのだった。

 アイズレー・ブラザーズは、単にジミ・ヘンドリックスが若いころに所属したバンドというわけではなかった。やはり、50年代から現在までサヴァイヴァルしてきた理由が存在しているわけで、それはスティーヴィー・ワンダーやその他のソウル・ミュージシャンの実績に優るとも劣らないのだ。今回はそれを知らなかった自分の不明さを、嘆くしかないのである。


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