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2016年7月24日 (日)

90年代のプリンス(2)

 プリンス追悼企画第2弾の今回は、90年代後半の代表的なアルバムを紹介しようと思った。

 前回も書いたように、この時期のプリンスは、所属レコード会社のワーナー・ブラザーズともめていた。畢生の名盤だった「ザ・ゴールド・エクスペリエンス」も確かに売れたが、もっと会社がプッシュしていればさらに売れただろうし、「パープル・レイン」や「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・ディ」と並び称されるほど評価が上がっただろう。

 それでプリンスは、ワーナーとは縁を切るのだが、契約を果たすために1996年に「カオス・アンド・ディスオーダー」を発表した。契約上仕方なく発表したアルバムのせいか、プリンス自身がアルバムのプロモーションを拒否している。51mvz9sfb4l
 しかも内容も、とりあえず作りました的な印象が強く、11曲収められてはいたが、時間的には39分13秒しかなかった。ある意味、プリンス流のハード・ロックみたいで、楽曲を通してワーナーにはこれ以上儲けさせてやらないぞというようなプリンスの怒りや復讐が伝わってきそうだった。

 ただ、個人的には全体を通して疾走感があり、1曲目の"Chaos and Disorder"などはジミ・ヘン張りのギターが超カッコよくて、実は気に入っているアルバムなのであった。
 もし、この中からヒット・シングルが生まれていれば、もっと評価も変わっただろうが、先に述べたように、プリンス自身がプロモーションを拒否していたので、結局、商業的には売れなかったのである。

 そして、ワーナーとの関係が終わったプリンスは、満を持して3枚組のアルバムを「イマンシペイション」をEMI(日本では東芝EMI)から発表した。
 このアルバムもまた、天才プリンスを証明するアルバムになったと思っている。3枚組全36曲、1枚ごとのアルバムがちょうど60分の計180分という緻密な計算のもとに作られたアルバムだった。

 1枚目はモータウンやマイケル・ジャクソン風な曲も収められていて、ポップな傾向が強いものだった。冒頭の"Jam of the Year"などはプリンス流のファンキーなR&Bだし、"Get Yo Groove On"はキャッチーでポップな曲に仕上げられている。
 また、プリンス自身がひょっとしたら今まで書かれた中で一番美しいメロディかもしれないとコメントしている"Betcha By Golly Wow !"は、まるでスタイリスティックスのバラード曲のようだ。
 さらにJB風味の効いた"We Gets Up"もあるし、3枚組ではなくバラ売りした方が、購入しやすいし、そっちの方が売れたと思うのだがどうだろうか。

 2枚目はバラードを重視した作りになっていて、そのせいか恋愛に関する歌が多いようだ。1曲目の"Sex in the Summer"から"One Kiss at a Time"、"Soul Sanctuary"と美しい曲が続く。特に"Soul Sanctuary"と"Curious Child"、"The Holy River"は聞くべき曲だと思っている。
 昔からこの人の書くバラードは定評があって、自分のアルバムの中ではもちろんのこと、他の人にあげた、例えばシンニード・オコナーが歌った"Nothing Compares to U"など、素晴らしいバラードは数えきれないほどだ。

 このアルバムでも、1枚目の"I Can't Make U Love Me"、ピアノの弾き語り"Let's Have a Baby"、自分の結婚式の時に披露した"Friend, Lover, Sister, Mother/Wife"など、惜しげもなく収録されている。7118xxeaiml__sl1000_
 3枚目はファンク色、オルタナティヴの濃い傾向の曲で占められていて、プリンス本来の持ち味、時代を切り裂くような、いい意味での実験性や先端性が発揮されている。"New World"、"The Human Body"などがそれを証明していると思う。
 また珍しいことに、マイケル・ジャクソンもジャクソン5時代にカバーした曲"La,La,La Means I Love You"も収められている。もとはデルフォニックスというボーカル・グループが1968年に発表した曲で、プリンスは割と原曲に忠実に歌っていて、この曲だけディスク3の中では浮いているようだ。

 さらには"My Computer"というタイトルとは不釣り合いのようなミディアム・テンポのメロディアスな曲もあるし、"One of Us"などは、レッチリの曲の雰囲気によく似ている。シングル・カットされてもおかしくない曲だと思う。

 よく考えたら、このアルバムは発表されてもう20年もたつのだが、いまだに色あせていない。今のクラブでかけられてもおかしくないようなEDMのような曲もあるし、ストリングスが使用された曲もある。さすが天才プリンス、時代を超越した音作りは流石というものだ。

 おそらく「カオス・アンド・ディスオーダー」も「イマンシペイション」もほぼ同時期に作られたものだろうが、全く音楽的傾向が違う。特にこの「イマンシペイション」の方は、“解放”というアルバム・タイトルが表しているように、やっと自分の思い通りのアルバムが作れるという安心感がそうさせたのだろう。

 しかもアルバム・ジャケットも手錠が外されたかのように、両拳を天に突き上げていた。よほど嬉しかったのだろう。
 実は、プライベートではこの時プリンスは結婚していたのである。プリンス37歳の時、15歳年下のバック・ボーカル兼ダンサーをしていたマイテ・ガルシアと、1996年のバレンタインデーの日に挙式したのだった。

 ただ、10月に生まれた男の子は、遺伝子による先天的な病気で、約1週間後に亡くなってしまった。さらには、たびたび流産してしまい、子どもが作れなかったようだ。結局、彼らは1999年に離婚してしまった。いささかゴシップ的になるけれど、マイテの浮気も一因だったと言われているがどうだろうか。相手はモトリー・クルーのトミー・リーとも噂されていたが、もちろんあくまでも噂である。

 だからかどうか分からないが、次のスタジオ・アルバムまで約3年かかった。プリンスの20世紀最後のアルバムは、1999年に発表された「レイヴ・アン2・ザ・ジョイ・ファンタスティック」だった。4136qsbvm4l
 このアルバムは80年代に回帰したようなサウンドになっていて、曲調も割とポップでラジオ向きでもあった。また、チャック・Dやグウェン・ステファニー、シェリル・クロウ、アーニー・ディフランコなどの著名なミュージシャンが参加したことでも有名になった。

 アルバム・チャートでは18位と、以前のプリンスのアルバムに比べれば低調だったが、それでもゴールド・ディスクは獲得している。低調だった理由は不明だが、このアルバムのためのツアーを企画しなかったからだと言われている。その代りに、テレビ番組などでは、このアルバムからの曲を披露していたという。

 1曲目の"Rave Un2 The Joy Fantastic"は、1988年時の「ラヴセクシー」の時に作られていた曲を録り直したもの。
2曲目の"Undisputed"にはチャック・Dのラップがフィーチャーされている。"The Greatest Romance Ever Sold"のボーカルは、すべてプリンスによる多重録音である。いいバラードだが、どこか暗い雰囲気が漂っている。

 3年ぶりのアルバムだったせいか、ラップからポップな曲まで幅広い楽曲で編集されていて、例えば"Tangerine"はアコースティックなバラードで、プリンスにとっては異色な感じがした。ただこの曲からはポップでメロディアスな曲が目白押しで、"So Far, So Pleased"はノー・ダウトの女性シンガー、グウェン・ステファニーがデュエットしていて、時間も3分24秒とラジオ向きだった。シングル・カットすれば売れたと思うのだが、なぜかシングル化される前に、キャンセルされたようだ。

 "The Sun, The Moon And The Stars"もストリングス付きの耳に馴染みやすいバラードだし、"Everyday is Winding Road"はこのアルバムにも参加していたシェリル・クロウの持ち歌だった曲。"Man'O'War"も美しいバラードで、やはりプリンスの書くバラードは絶妙であるということを再認識させられるような曲だ。こういう曲を聞けば、プリンスの才能が80年代と比べていささかも衰えていないのが分かるだろう。

 シェリル・クロウとの曲"Baby Knows"は、ギターが目立っていて、ファンキーなロックになっているが、一転して"I Love You But I Don't Trust U Anymore"は離婚の痛手を歌っていて、これまた非常に美しくかつ儚いバラードだ。離婚経験がある人なら、涙なくしては聞けないような曲だろう。

 残りの曲"Silly Game"、"Strange But True"、"Wherever U Go, Whatever U Do"もプリンスらしい印象的な曲で、中でも3分少々の"Silly Game"と"Wherever U Go, Whatever U Do"はよく出来ていると思った。さすがプリンス、やろうと思えば、たとえ家庭に不幸が起こったとしても、これくらいのアルバムは難なく作れるのである。

 ただ、このアルバムは3年間のリハビリから戻ってきたような感じがしていて、全体的にはポップではあるものの、「ザ・ゴールド・エクスペリエンス」や「イマンシペイション」のような明快さや高揚感は不足していた。だからチャートでは、18位という結果になったのかもしれない。

 プリンスは1982年に「1999」というアルバムを発表していて、世紀末には朝まで踊り明かすんだと歌っていたが、実際の1999年になったら、そういうダンサンブルでファンキーなアルバムを発表するつもりだったのではないだろうか。それが予想外の問題が生じて、明るいような暗いようなアルバムになったと勝手に解釈している。

 もし彼の結婚生活が上手くいっていれば、彼の構想通りのアルバムが発表されていたのではないだろうか。そういう意味では、天才児プリンスもとても人間らしいと思えてしまうのである。


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コメント

待ってましたぁ!!第2段\(^o^)/
賛同できる事やそうだったのか…と関心する事しきり。白状すると、この「カオスendディスオーダー」からはあまり聞き込んでいないんです。なんだかプリンスが痛々しかったので。確かに結婚がうまくいっていれば、またこの後も違ったかもしれないですね。次回も待ってます!!ガンガン行って下さい!!

投稿: 川崎の晴れ豚 | 2016年7月24日 (日) 21時44分

 コメントありがとうございました。この時期のプリンスは、メディアへの露出が減り、ニュースや情報があまり届くことはありませんでした。

 だからというわけではありませんが、熱心なファン以外は次第に彼のことを忘れていってしまい、新作も80年代のような売り上げを示すことは無くなりました。やはり大手レコード会社のバックアップというのは、なくてはならないものなのでしょうか。

 彼自身も直接ファンに届くように、インターネットの可能性を探り始めたのもこの時期に当たり、その先見性は素晴らしいものの、どうしても限定的な範囲になっていったようです。

 それはともかく、わざわざ目を通していただいてありがとうございます。次回は21世紀のアルバムを見てみたいと思います。今後もよろしくお願いします。

投稿: プロフェッサー・ケイ | 2016年7月25日 (月) 22時44分

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