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2016年7月17日 (日)

90年代のプリンス(1)

 今年は偉大なミュージシャンが亡くなっていて、ある意味、歴史の転換点のようにも感じている。そしてその中でも、いまだにデヴィッド・ボウイとプリンスの死については信じられないというか、なかなか気持ちの整理ができないでいる。

 それで90年代以降のプリンスのアルバムを聞いていたのだが、その中で1995年のアルバム「ゴールド・エクスペリエンス」の素晴らしさに改めて気がついてしまった。
 このアルバムは、プリンスにとっては17枚目のスタジオ・アルバムで、全米アルバム・チャートでは6位まで上昇し、ゴールド・ディスクを獲得している。51fcxjk28l
 久しぶりにこのアルバムを聞いたのだが、あらためてその素晴らしさを理解した次第である。というか、日本では(日本だけではないと思うけれど)、あまりにもこのアルバムに対する評価が低すぎるのではないだろうか。とにかく何かに吹っ切れたかのようにポップなのだ。もちろんそれだけではなく、20年以上前のアルバムなのに今聞いても全く遜色がないほど、猥雑で先進的で革新的でもある。

 何しろ冒頭の曲のタイトルが"Pussy Control"なのだ。PTAが聞いたら卒倒ものではないかと思うのだが、プリンスは自信を持ってラップしている。
 さらに"Endorphinmachine"では、タイトル通りの非常に高揚した明瞭なギター・サウンドを聞かせてくれる。ここまで肯定的なサウンドをプリンスが選んだという点が素晴らしいと思う。
 しかも、このアルバムはトータル・アルバムのようになっていて、ポップでキャッチーな曲の間に"NPG Operator"による短い語りが挿入されていて、それが一種のメッセージにもなっている。
 この語りは英語やスペイン語で話されていて、“Dawn”という場所(状態)に案内し、そこでのGoldなExperienceを味わってもらうように、リスナーを誘導しているのである。

 当時のプリンスは、というか生涯を通じて、アイデアにあふれていて、それを実現させることのできるミュージシャンだったから、このアルバムもこういう構成にして、しかも曲単体でみても、昔のアルバム「パープル・レイン」のように、どこを切ってもメロディアスで印象的なアルバム制作を行った。

 実際に、"Endorphinmachine"だけでなく、まさにポップ・ミュージックの王道のような"The Most Beautiful Girl in the World"や、プリンス殿下、一体どうしたのと問うくらい弾けたメロディーの"Dolphin"、ファンキーなリズムがカッコいい"Now"など、名曲のオンパレードなのである。

 ちなみに、"The Most Beautiful Girl in the World"は全米シングル・チャートで3位、全英では1位に輝いている。この曲は1位を独走してもおかしくないだろう。それほど仕上がりが素晴らしいのだ。

 また、レニー・クラヴィッツが参加した"Billy Jack Bitch"などは、R&Bとロックが見事に融合した佳曲で、リズムはR&B、ギター・ソロはハード・ロック、途中のキーボードがプリンス色溢れるミネアポリス・サウンドというものだった。後半のトロンボーンやサックス、トランペットも効果的である。
 そして、アルバムは美しいバラードの"I Hate U"を迎え、オペレイターの声を挟んだ後、"Gold"で閉めることになるのだが、この2曲もまた素晴らしい。前者は、シングル・チャートの12位まで上昇したバラードで、後半部分での短いながらもプリンスによるギター・ソロが非常にエモーショナルで、感動的だった。

 後者の"Gold"もこのアルバムの特長の高揚感や肯定感をよく表していて、この時期のプリンスの精神的な充実ぶりを反映しているかのようだ。アメリカではあまりヒットしなかったが、イギリスでは最高位10位にランクされている。どうもイギリス人は、アメリカ人よりも正確にプリンスを評価している気がしてならない。

 この当時のプリンスは、ワーナー・ブラザーズとうまくいっていなかった。ワーナー側はプリンスを“昔の人”、“時代遅れのヒット・メイカー”としてしか認識していなくて、それなりの待遇しか与えなかったようだ。

 だからこの前後では十分なプロモーションも行われず、プリンスもワーナー側に対して不信感を募らせていった。だから顔に"Slave"(奴隷)と書いてパフォーマンスを行ったり、プリンスという名前を使わずに、"The Artist Formerly Known As Prince"(以前はプリンスとして知られていたアーティスト)とアルバムに記載していたのである。Gty_prince_cf_160421_12x5_1600

 だから、もし80年代のようにレコード会社によるプロモーションがきちんと行われていたなら、このアルバムはもっと売れただろうし、もっと評判が上がったはずだ。ゴールド・ディスクでは終わらずに、ダブル・プラチナ・ディスクくらいはなっていただろう。それがとても悲しいのである。

 それにこの頃のプリンスも非常に活動的で、多作だった。このアルバムは1995年に発表されたものの、実はその前年には完成していて、「ブラック・アルバム」と同時並行して制作されていた。というか、できた曲をアルバムのイメージ合わせて振り分けていたようで、とにかくこの頃のプリンスは、何度目かの有り余る才能の絶頂期を迎えていたのである。

 また、1996年にはワーナー最後の作品となった「カオス・アンド・ディスオーダー」と3枚組の超大作「イマンシエイション」が発表されてもいた。だからプリンスは決して人気が下がったり、才能が枯渇していったわけではなく、80年代と変わらず、いやそれ以上にアグレッシヴに音楽活動に取り組んでいたのだ。

 プリンスについては、かつては“色モノ”という好奇な目で見られていたが、亡くなった時は某国公共放送でも追悼番組が企画されるほど、正当な評価も出されるようになった。
 しかし、それでも自分はまだまだ十分ではないと感じている。世間は亡くなった今となって、やっとその存在の大きさに気がついたのではないだろうか。

 このアルバムを聞きながら、自分はあらためてプリンスの偉大さを噛みしめているであった。


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コメント

先日のお返事から、もしかして?とおもっていましたが、やはりプリンス特集ですね!!
このアルバムも好きだったな…
「プリンス論」もよみましたが、元々ミネアポリスは黒人が少なく、プリンスは白人の音楽の影響が大きいとの事。確かにそうかも?
次回も楽しみです!!

投稿: 川崎の晴れ豚 | 2016年7月19日 (火) 03時59分

 コメントありがとうございます。これからドンドン行きます。次回は90年代中期から後期にかけてです。

 私もよくわからないところもあるので、不備なところは御教示下さい。よろしくお願い致します。

投稿: プロフェッサー・ケイ | 2016年7月19日 (火) 23時51分

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