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2016年9月

2016年9月26日 (月)

アイ・スティル・ドゥ

 前回も述べたけれど、今年はベテラン・ミュージシャンのアルバムが数多く発表されていて、まるで1970年代に戻ったような感じだった。
 
 それで前回はサンタナで、今回はエリック・クラプトンの新作についてである。23枚目のソロ・スタジオ・アルバムになる「アイ・スティル・ドゥ」は、エリック・クラプトンが70歳を超えて初めてのアルバムになった。A1r4m8utp7l__sl1500_

 このアルバムはエリックの叔母のシルヴィアに捧げられている。彼女は2014年に亡くなっているのだが、エリック・クラプトンが彼女に会いに行って、幼いころ面倒を見てくれたことについて感謝の言葉を述べたとき、叔母のシルヴィアは“いえいえ、あなたのことが好きだったから。そして今でもよ”と言ったらしく、その言葉にインスパイアされてタイトルにしたようである。

 エリック・クラプトンは、祖父母夫婦によって育てられた。本当の父親はカナダ人の兵士で16歳のパトリシア・クラプトンが出産する前に、カナダに帰ってしまった。第二次世界大戦が終わったからだろう。

 
 だから最初は祖父母を両親と、叔父のエイドリアンを年の離れた兄だと思っていたようだ。だからシルヴィアとも親しくしていたようで、エリックが学校で悪いことをしても叔母はかばうこともあったらしい。ちなみに実の母のパトリシアは、別のカナダ人兵士と結婚してドイツに行ってしまった。自分の気持ちに素直というか、奔放な人だったようだ。

 基本的に学生時代のエリックは素行が悪くて、だいたいギターを始めたのも女の子にもてたいためという、まさに不謹慎というか、男の子からすれば至極まっとうな動機からだった。だからアルバムのタイトルにするほど、シルヴィアに対しては特別な思いがあったのだろう。

 また別の話題として、アルバムのプロデューサーにはグリン・ジョンズの名前がクレジットされている。グリン・ジョンズといえば、ジミ・ヘンドリックスからローリング・ストーンズ、ザ・フー、イーグルスと歴史的なミュージシャンやバンドのアルバムのエンジニアやプロデュースを行ってきた人で、本人もまた伝説的なプロデューサーでもあった。9780399163876_large_sound_man3_2
 エリック・クラプトンとは1977年の「スローハンド」、78年の「バックレス」以来の共同作業になった。(国内盤アルバムの解説には「スローハンド」以来とあったが、記載ミスだったのだろうか?)

 グリン・ジョンズは、素朴というか伝統的な音作りに固執するタイプのプロデューサーで、最新型の録音機器を使いながらも、そのミュージシャンやバンドの発する基本的な音を大事にする人だ。だからこのアルバムもあまり凝ったサウンドではなく、エリック・クラプトンらしいブルーズやロック・サウンドが鳴らされている。

 だからこのアルバムを聞いたときの最初のイメージは、70歳を超えたクラプトンらしい渋い、もしくは落ち着いた、あるいは枯れたようなサウンドというものだった。しかも全12曲(国内盤は13曲)のうち、エリックの名前がクレジットされた曲は2曲しかなく、あとはトラディショナルや他人の楽曲で占められている。


 まず最初は、リロイ・カーという人の“
Alabama Woman Blues”というスロー・ブルーズ曲で、スライド・ギターがフィーチャーされている。リロイ・カーという人は、1930年代に活躍したピアノ・マンらしい。

 2曲目の“Can’t Let You Do It”はJ.J.ケイルの曲で、シャウトすることもなく淡々と歌っている。J.J.ケイルの曲はもう1曲あって“Somebody’s Knockin’”というブルーズ・ロック曲だった。こちらでもエリックの渋いギターが披露されている。


3曲目の“I Will Be There”はアコースティックな曲で、癒されてしまうような曲調が印象的だ。このアルバムの中でも心に残る曲だと思う。

 再びスロー・バラード曲になる“Spiral”は、エリックと盟友アンディ・フェアウェザー・ロウ、キーボード担当のサイモン・クライミーの手によるもので、「フロム・ザ・クレイドル」の中のブルーズ曲を聞いているかのようだった。

 
 続く“Catch the Blues”はエリック一人によって書かれた曲で、これまたアコースティックというかドブロ・ギターがバックで目立たないように鳴らされていて、エリックは女性バック・ボーカルと一緒に歌っている。確かに70年代のアルバム「スロー・ハンド」や「バックレス」を思い出してしまい、この辺はグリン・ジョンズのアドバイスなのだろう。


 アルバムはこれでもかというかのように、さらにブルーズ曲が続く。クラプトンが子どものころに耳にしたことがあるであろう“
Cypress Grove”で、これはスキップ・ジェイムズの1930年代初期の曲。
 また、ロバート・ジョンソンの“
Stones in My Passway”も収められてる。“Crossroads”やジョン・レノンの“Yer Blues”の中のフレーズも少しだけ聞こえてきて、それらの曲のオリジナルのようにも思えてきた。


 ボブ・ディランの“
I Dreamed I Saw St. Augustine”も9曲目に収められていて、この曲は1967年のボブ・ディランのアルバム「ジョン・ウェズリー・ハーディング」からとられたもの。エンディングでは、エリックはまるで元ザ・バンドのロビー・ロバートソンのように演奏している。

 
 “Little Man, You’ve Had A Busy day”や“I’ll Be Seeing You”も恐らくエリックが子どもの頃に耳にしたり歌ったりしていた曲ではないだろうか。前者は1934年に発表され、ペリー・コモやサラ・ヴォーン、カウント・ベイシーなどが取り上げている。

 
 後者の曲も1938年に書かれたブロードウェイのミュージカル曲で、アン・マレーを始め、ビリー・ホリディ、ビング・クロスビー、トニー・ベネット、ペギー・リーにレイ・チャールズと枚挙に暇がないくらい多くのミュージシャンからカバーされている曲だ。

 
 これは自分の勝手な想像だけれど、これらは叔母さんの好きだった曲ではないだろうか。だからタイトルも含めて、このアルバムを叔母さんに捧げたのではないかと思っている。

 
 したがって、アルバム全体を貫く印象は、最初にも書いたように、落ち着いたものである。これが好きか嫌いかは、意見の分かれるところだろう。個人的にはもう少し躍動感のある曲が欲しかったのだが、これが今のエリック・クラプトンの心境の反映なのだろう。

 あるいは雑誌などでも書かれているように、指の神経損傷でギターも思うように弾けなくなったそうだから、あまりハードなものは無理なのかもしれない。20121119clapton600x1353340058


 ちなみに米国ビルボードのアルバム・チャートでは、前作「オールド・ソック」の13位
を越えて6位を記録している。内容的にはこれからの季節にはふさわしいアルバムと言えるかもしれない。

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2016年9月19日 (月)

サンタナⅣ

 今年は、70年代に活躍したミュージシャンのアルバムが多く発売されたような気がする。例えば、デヴィッド・ボウイであり、エルトン・ジョン、エリック・クラプトン、ジェフ・ベックなどのアルバムである。

 これらはのミュージシャンのアルバムは、過去の焼き直しや再録ではなく、すべて新作だった。彼らは60歳後半から70歳を超える年齢であるにもかかわらず、こうやって今もなお新作を届けてくれる。そんなところに音楽に対する飽くなき情熱を感じさせてくれるのである。やはり歴史に名前を残すようなミュージシャンはひと味もふた味も違うようだ。

 それで今回は、御年69歳になる大ベテラン・ミュージシャンのアルバムを紹介しようと思う。それはサンタナの「サンタナⅣ」だった。61gaukfuvrl
 サンタナ名義では通算23枚目のスタジオ・アルバムになるこのアルバムだが、なぜ「Ⅳ」なのかは、もういろんなところで述べられているので、説明する必要はないだろう。

 個人的には、“サンタナ”=“カルロス・サンタナ”だと思っているのだが、正確に言うと、“サンタナ”はバンド名で、“カルロス・サンタナ”は個人名である。だからソロ・アルバムは“カルロス・サンタナ”になっている。

 そういうわけで、“サンタナ”というよりは“サンタナ・バンド”と呼んだ方が分かりやすいと思うのだが、バンドでのアルバム名義は“サンタナ”で統一されている。1966年の結成当時は“サンタナ・ブルーズ・バンド”と名乗っていたわけだから、それを短くして“サンタナ”になったのだろう。C0143347_1272315_2
 確かに彼らはブルーズだけを演奏するバンドではないので、“サンタナ”と名乗った方が世界的にも通用するだろうし、わかりやすいだろう。

 そんなことよりも、この「サンタナⅣ」、猛暑日続きだった今年の夏にふさわしいアルバムだったような気がしてならない。今までのサンタナの音楽を集大成したような内容で、70年代を知るオールド・ファンにはまさに願ってもない出来栄えだと思う。

 サンタナ・ファンとして心配していたのは、21世紀になって妙にポップなテイストを身につけてしまい、それはそれで商業性も大衆性も増加し、サンタナ再評価につながってよい結果だったのだが、個人的にはワイルド性というか、強烈なラテン・ロックの芳醇な香りが封印されてしまったような気がしてならなかった。

 少し正確に言うと、70年代後半から80年代前半時にもポップ化していたから、なにも21世紀になって急に変化したわけではない。アルバムでいうと、1978年の「太陽の秘宝」から1982年の「シャンゴ」あたりだ。当時は“ソフト&メロウ”とかAORなどが流行していたから、そういう傾向になったのだろう。

 このアルバムからのシングル・カット曲は"Anyway You Want to Go"だったが、そんな心配はどこ吹く風で、自分たちの流儀を貫き通したような曲だったと思っている。むしろ13曲目の"Leave Me Alone"の方がメロディ自体はよりポップだったのではないだろうか。
 これは若さに任せてイケイケでやっていた70年代から、約40年たった現在の彼らの姿が表現されているからだろう。

 だからファンの中には、往年時のようなラテン・テイストやロック性が薄れているのではないかという人もいたが、当時17歳だったニール・ショーンも62歳、ドラマーのマイケル・シュリ―ヴも67歳になるのだから、年相応に熟してきたと考えた方がいいだろう。

 今回のアルバム発売に至った経過もみんな知っていると思うけれど、ニール・ショーンがカルロス・サンタナにラヴ・コールを送ったからで、1971年のアルバム「サンタナⅢ」から45周年記念という意義も込めて発表したものだった。

 ただ45周年云々は後付けだと思っている。実際は、ニールの提案を受けて、どうせやるなら昔のメンツも呼ぼうよとカルロスが意見を出して実現したもので、リハーサルが2013年に始まり、録音自体は2014年から15年の約2年間かけて行われているからだ。

 ただ、カルロスの頭の中には45周年にちなんで発表しようというアイデアはあったかもしれない。そこんところはローリング・ストーンか何かの雑誌のインタビューを読まなければよくわからない。

 いずれにしても、昔のグレッグ・ローリーやマイケル・カラベロたちと、今のサンタナのバンドに所属しているベーシストのベニー・リートヴェルド、パーカッション担当のカール・ペラーソらの新旧メンバーが呼吸を合わせて制作したアルバムである。決して悪かろうはずがないのだ。81c5cwjjwol__sl1200_
 何やら怪しい呪術性に満ちた雰囲気の"Yambu"から始まり、ラテン・パーカッションにカルロスやニールのギターやグレッグのハモンド・オルガンが絡む"Shake It"、シングル・カットされた"Anyway You Want to Go"など、想定されたサウンドとはいえ、やはりサンタナ特有の独自性を放っていて、ファンならずとも魅了されるだろう。

 名盤「キャラバンサライ」の中に収められてもおかしくない神秘的なインストゥルメンタル"Fillmore East"、アイズレー・ブラザーズのロナルド・アイズレーがボーカルでフィーチャーされた"Love Makes the World Go Round"、"Freedom in Your Mind"、77年の名演で傑作と謳われた"Moonflower"の再演のような"Suenos"など、どの曲もサンタナ印で刻印されている。

 後半も名曲のオンパレードで、珍しくブルーズ色の強い"Blues Magic"から一転してラテン・リズム炸裂のインストゥルメンタル曲"Echizo"、ラテン歌謡の"Leave Me Alone"や、これまたアコースティック・ギターで始まり、途中からカルロスとニールのエレクトリック・ギターが泣き叫ぶ"You And I"、最後は7分22秒もある荘厳なブルーズ・バラード風大作曲である"Forgiveness"で締められていく。どこを切ってもサンタナなのだ。

 できればこのメンバーで来日公演を行ってほしいし、「サンタナⅤ」、「サンタナⅥ」とアルバムを発表してほしいものである。このメンバーでしか出せない化学変化が満ち溢れているからだ。
 ちなみにイギリスでのアルバム・チャートでは4位、アメリカでは5位を記録したが、チャートの結果以上の興奮と喜びをもたらしたのは間違いないだろう。

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2016年9月12日 (月)

ザ・ワイルド・フェザーズ

 それにしても今年の夏は暑かった。夏は暑いのがあたりまえだが、35度以上の猛暑日が何日も続けばもう嫌になる。気温が35度以上もあれば、コンクリートで舗装されている道路や照り返しが強いところでは40度以上の体感温度になるわけだから、これはもう暑いというよりは痛いという感じだった。

 そんな痛い日々を過ごしやすくするために、いろんな音楽を聞いたのだが、前回のアラバマ・シェイクスに続いて、今回はザ・ワイルド・フェザーズを紹介することにした。このバンドの音楽は、自分にとっては、とにかく今年の暑い夏を幾分か涼しくさせたことは間違いないと思う。

 彼らは、テネシー州ナッシュビルで結成された。ナッシュビルといえば、アメリカ南部における音楽の聖地のような所で、カントリー・ミュージックのみならずサザン・ロックの分野でも有名である。あのオールマン兄弟やキングス・オブ・レオンの出身地でもあるし、最近では出身地ではないが、テイラー・スウィフトなども登場してきている。

 ザ・ワイルド・フェザーズは2010年に結成された。ギタリストのリッキー・ヤングとベーシストのジョエル・キングが出合い、バンド活動を始めた。
 やがて同じギタリストのテイラー・バーンズとプレストン・ウィンバリー、ドラマーのベン・デュマスが加わって、今の形になった。Thewildfeatherspromopic
 彼らの良いところは、ドラマー以外の4人が歌えることと、リッキー、ジョエル、テイラーの3人が作曲できるという点だった。

 2013年に発表されたデビュー・アルバム「ザ・ワイルド・フェザーズ」は好評を博し、MTVやテレビ番組で取り上げられることとなった。91d0aehhxnl__sl1500_
 さらにはウィリー・ネルソンやボブ・ディランのツアーでのオープニング・アクトにも起用され、デビューから約2年間はツアー漬けの毎日を送っていたようだ。

 このことは、デビュー時から彼らの音楽は完成されていたということを意味しているのだろう。4人のボーカルに3人のソングライターとくれば、それだけ音楽性の幅も広がるだろうし、多くのファンに訴える力を持っていたはずだ。

 だからデビュー・アルバムでもそうだけれど、ライヴを重ねるにつれてますます彼らの音楽性が磨かれ、聴衆にアピールできる経験値も上がっていったに違いない。

 ただ、ギター&ペダル・スティール担当のプレストン・ウィンバリーは、残念ながら2015年の11月に脱退してしまった。理由は音楽性の違いということのようで、プレストンと他のメンバーは友好的に袂を分かっている。 

 彼らのセカンド・アルバムは2016年の3月に発表された。「ロンリー・イズ・ア・ライフタイム」というタイトルのアルバムだが、このアルバムの録音時にはプレストンは在籍していたから、彼のギターなどは耳にすることができる。

 彼らは、ナッシュビルのマッスル・ショールズという街の丸太小屋で合宿生活を送りながら曲作りを行っていた。
 メンバーの1人は脱退したものの、基本的に彼らは仲が良くて、お腹が減った時か道に迷った時ぐらいしか口論はしない、とジョエルは述べている。

 基本的に彼らの音楽は、ポップ・ミュージック寄りなロック・サウンドである。例えて言うなら、21世紀のポップなイーグルス、あるいはマルーン5からソウル色を取り去り、きれいなハーモニーとギター・ソロを付け加えたような感じだ。
 といってもわかりにくいと思うので、もっと簡単に言うと、チープ・トリックを少しだけハードにしたような感じだ。

 アルバムの冒頭の"Overnight"などは、ポップ・ソングとしてはほぼ完璧だろう。メロディアスで美しい曲の流れに、疾走感のあるリズム、強力なフックを持ったリフレインと、どこを取り上げても無駄がない。81gstpa4rrl__sl1200_
 続く"Sleepers"もバックの演奏はハードながらも、メロディ自体はしっかりしているから耳に馴染みやすい。ミディアム・テンポながらも印象度は深いと言えよう。

 ザ・バーズのようにアコースティックなカントリー・タッチのバラード曲"Goodbye Song"では、途中のギター・ソロがかわいいし、イントロのサビがきまっている"Don't Ask Me to Change"はそれまでのポップ感覚から離れて、ややオルタナティヴな雰囲気を漂わせている。

 "Happy Again"などは、ポップ・ロックとメロディアス・パンク・ロックの中間のような曲で、そのバランス感覚が見事だと思う。ギター・ソロはそれほどのテクニックはうかがえないのだが、テクニックだけでグッド・ミュージックは成立しないよとでも言いたげそうな出来栄えの曲である。

 こういう感じで曲は続いていくのだが、自分のような70年代を生きてきた人間にとっては、どこかで聞いたような懐かしさとモダンな曲感覚がありがたい。ついつい何度も聞き入ってしまうのである。

 アルバム・タイトル曲の"Lonely is a Lifetime"は、星明りの夜空の下で聞きたいような曲で、ほぼボーカル・ハーモニーで構成されているバラードだ。

 この曲は、彼らが敬愛してやまないグラム・パーソンズが亡くなったモーテル「ザ・ジョシュア・ツリー・イン」で書かれたもので、まさにグラム・パーソンズが亡くなった部屋に彼らは宿泊したという。

 彼らは、わざわざ部屋を予約し、そこに向かったのである。そしてグラム・パーソンズのことを思いながら彼にインスパイアを受けて、この曲を45分で書き上げたそうだ。まさに何かスピリチャルなムードを持った曲である。7168kx41sl__sl1200_
 アルバム後半もスピーディーな"On My Way"、一発で口ずさむことが出来そうな"Into the Sun"など聞きどころは多い。"Into the Sun"などは、遠い昔に、どこかで聞いたような気がするのだが、当然のことながら彼らのオリジナル曲だった。

 輸入盤では最後の"Hallelujah"は、テイラー・バーンズの1人のペンによるもの。アコースティック・ギター中心のスロー・バラードで、荘厳かつ心温まる曲だ。“心に沁み渡る”とはまさにこういう曲を言うのだろう。アコースティックな讃美歌だろう。

 国内盤にはもう2曲ボーナス・トラックがあって、"The Ceiling"もメロディー自体はシングル・カットされてもおかしくないキラー・チューンだ。ただ、後半の盛り上げは少し無理しているような感じがした。
 もう1つの"Backwoods Company"はハードな楽曲で、彼らの音楽性の一端が示されているような曲だった。

 彼らは西海岸出身のバンドではないけれど、音楽性としては西海岸のバンドの影響を強く受けているようだ。
 アメリカ南部と西海岸が出合って、70年代からの音楽を凝縮したような音楽、それがザ・ワイルド・フェザーズの持ち味ではないだろうか。そんな彼らの音楽が、自分は大好きなのである。

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2016年9月 5日 (月)

アラバマ・シェイクス

 今年の夏によく聞いたアルバムを紹介しようと思った。それはアラバマ・シェイクスというバンドのセカンド・アルバム「サウンド&カラー」である。

 彼らやこのアルバムのことを知ったのは、今年のグラミー賞授賞式のステージ・パフォーマンスを見た時だった。

 彼らのセカンド・アルバムは、“アルバム・オブ・ザ・イヤー”と“ベスト・オルタナティヴ・ミュージック・アルバム”の2部門にノミネートされ、“アルバム・オブ・ザ・イヤー”は惜しくも受賞を逃したが、“ベスト・オルタナティヴ・ミュージック・アルバム”の方は見事に受賞している。

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 そのときのステージでのパフォーマンスには圧倒的な存在感が伴っていて、パワフルなボーカルとそれを支えるシンプルながらも力強い演奏がいつまでも自分の脳裏に残っていた。
 写真を見ればわかるように、まるでギターを抱えたアレサ・フランクリンが、ジャニス・ジョップリンの歌を歌うような感じがしたのだ。

 だから彼らのアルバムを買いにタワー・レコードに走ったのだが、残念ながら輸入盤しかなかったので、アマゾンで国内盤の中古を買ったのだった。そちらの方が安くなるとわかったからなのだが、相変わらず貧乏人なので仕方のないことだった。

 彼らはバンド名の通り、アラバマ州のアセンズというところで誕生した。ギター&ボーカルのブリタニー・ハワードが独学で音楽を学び、ギターやベース、ドラムを一通り身につけていった。そこに中学校の時の上級生だったギタリストのヒース・フォッグや同級生のベーシストのザック・コックレルが参加して活動を始めていったのである。

 そしてブリタニーの歌声を聞いたドラマーのスティーヴ・ジョンソンが加わって、自分たちでデモ・テープなどを作成するようになったようだ。2009年頃のお話である。
 最初は“シェイクス”と名乗っていたのだが、同名のバンドがほかにいたので、自分たちの故郷である“アラバマ”をくっつけて、“アラバマ・シェイクス”と正式に命名した。

 彼らは、昼間はアルバイトをしながら生活費を稼ぎ、夜になるとライヴ活動や楽曲作りに励んでいった。この辺は洋の東西を問わず、どこの国でも変わらないようだ。こういう下積みがないと、たとえ売れても長続きしないのだろう。こういう時期に、“何のために音楽をやるのか”、“音楽を通して何を表現するのか”などの自分たちの原点ができるのだろう。

 ただ21世紀の現在では、昔と違ってあっという間に全世界で名前が売れるようになる。インターネットは、使いようによっては、ミュージシャンにとっては本当に心強い武器にもなるようだ。Alabamashakes_bgj10237
 彼らのパフォーマンスを見たロサンゼルスのブロガー兼オンライン・ラジオ局のDJジャスティン・ゲイジが、自分のブログやラジオ局で彼らの写真や演奏を取り上げてから、彼らの人気に火が付いたようで、それから間もなく4曲入りのミニEPが発表された。2011年の9月頃である。

 そこからニューヨーク・タイムズなどでも紹介され、あれよあれよという間に彼らは売れていき、11月にはレコード契約が成立し、翌年の2月にはテレビに出演し、4月には最初のアルバム「ボーイズ&ガールズ」を発表した。同じ月にはイギリスのテレビ番組にも出演している。

 彼らのデビュー・アルバムは全米アルバム・チャートの6位まで上昇し、現在までに100万枚以上売れている。インターネット全盛のこの時代において、アルバムが100万枚以上売れるということは、これはもう爆発的な大ヒットといっていいだろう。また、彼らはグラミー賞の優秀新人賞にもノミネートされた。

 セカンド・アルバムの「サウンド&カラー」は、デビュー・アルバムから3年後の2015年に発表された。過酷なツアーの合間にスタジオに籠って制作されたアルバムだった。時には毎日18時間、5日間ぶっ続けで曲作りをしたこともあったという。

 全12曲(国内盤は14曲)で構成されているこのアルバムの音楽ベースは、R&Bやロックン・ロールだが、それを彼ら流にコーティングしている。そのコーティングの仕方が見事なのである。41wkdr0lcl
 1曲目の"Sound&Color"などは、夏の夜明けに相応しいような爽やかなフレーズとソウル風味の泥臭さが程よくブレンドされていて、このアルバムの方向性がよく表現されていると思った。

 2曲目からは彼らの独断場である。ハードなリフが決まっている"Don't Wanna Fight"、彼ら流のR&B風ハードなバラード"Dunes"、ファルセット・ボーカルと中華風もしくは土俗的なアフリカン・リズムで貫かれた"Future People"など、まさに聞きどころだらけのアルバムになっている。

 彼らの音楽を一言で説明するのは、難しい。強いて言えば、R&Bやソウル、ロック・ミュージックをグランジ・ミュージックという濾過機を通して絞り出したエッセンスのような音楽だと思っている。

 5曲目の"Gimme All Your Love"も前半はぎこちないバラードだし、後半はハード・エッジを効かせたロック調になっている。さらにアコースティックな"This Feeling"を経て、比較的わかりやすい"Guess Who"、アラバマ・シェイク風パンク・ロック"The Greatest"と続く。

 ある意味、このアルバムはアラバマ・シェイクス流の“万華鏡ロック”だろう。演奏もそうだが、ボーカルのブリタニーの歌い方や表現力にそう思わせるパワーがあるのだ。

 実際、恥ずかしい話、彼らのパフォーマンスをTVで見るまでは、ボーカルが女性とは思ってもみなかった。CDだけでは、むしろパワフルな高音の出せる男性ボーカルだと思っていたのだ。いや何度聞いても女性のような気がしない。そういうところもまた彼らの魅力のひとつなのだろう。

 ギターが目立つ"Shoegaze"、オーティス・レディングのようなトラディショナルなバラード"Miss You"、ヘヴィなスロー・ブルーズの"Gemini"など、曲ごとに彼女のシンギング・スタイルが変わってくる。自分なら言い方は悪いけれども、“ブラックなジャニス・ジョップリン”もしくは“ソウル・ミュージックを奏でるジョニ・ミッチェル”というキャッチ・フレーズをつけるだろう。

 アルバムの最後の曲"Over My Head"は、冒頭の曲"Sound&Color"と対をなすような感じの曲で、オープニングとエンディングを表しているのだろう。"Sound&Color"が夜明けの曲なら、この曲はきらめく星空を眺めながら眠りにつくような雰囲気を携えている。

 輸入盤はここで終わりだが、国内盤にはまるでアンコール曲のように"Joe"と"Makin' Me Itch"という2曲がボーナス・トラックとして続いている。
 前者はスローな曲でブリタニーは切々と歌っているし、後者の曲はアラバマ・シェイクス流のロックン・ロールだ。ブギウギ調のピアノがいい味を醸し出している。

 とにかく不思議な魅力を備えたアルバムだった。最初聞いたときは、パッとしなかったのだが、2回、3回と聞きこんでいくうちに、彼らの魅力にハマってしまったのである。2016年の夏は、アラバマ・シェイクスのことを忘れることはできないだろう。

 なお、これは蛇足だが、今年の12月に彼らは日本にやってくる。2度目の来日公演のようだ。偶然にも彼らのチケットを手に入れることができたので、今から楽しみにしている。

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