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2016年12月

2016年12月31日 (土)

ガール・オン・ザ・トレイン

 昨日は、久しぶりに映画を見に行った。時間的にゆとりがあったので、映画館に足を運んだわけだ。

 すると、昨日は1000円で映画を見ることができた。木曜日ということで、メンズ・デーだったようだ。自分はそんなことは知らず、しかもメンズ・デーという制度はとっくの昔に終わっていると思っていたので、非常に得をした気分だった。

 ところで何を見たかというと、「ガール・オン・ザ・トレイン」というサスペンス映画だった。この映画は、イギリスのベストセラー作家であるポーラ・ホーキンズという人の小説をベースにしたもので、諸外国では小説も映画も話題になったそうである。Ac6d4aff50619ee0

 主人公の女性は、離婚が原因でアルコール中毒(アルコール中毒で離婚された?)になっていて、しかも住むところもなく、友だちの家に居候している。さらには仕事を首になったとも言えず、仕事に行くふりをして電車に乗っている日々を送っていた。

 そんな彼女が電車から見える家に住んでいる人の生活の様子を見ては、妄想を膨らませるわけだが、彼女自身も2年前までは一軒家に住んで結婚生活を送っていたのである。しかし、彼女の酒癖の悪さに嫌気がさしたのか、夫は他の女性と不倫をして離婚してしまい、その女性と結婚してしまうのである。いわゆる略奪婚だった。

 この映画(原作)の優れているところは、主人公の女性がアルコール中毒でしかも一時的な記憶喪失があるということと、主に6人の登場人物しかいないのにもかかわらず、それぞれの関係性が、時間がたつにつれて徐々にわかってくるところだった。

 一時的な記憶喪失という女性の言動が、もつれた糸を解きほぐしていくのである。イギリス版「ゴーン・ガール」という触れ込みだったが、ちょっと違うような気がした。それなりのインパクトがあるという点では共通点があるのかもしれない。

 ただ自分にとっては、途中から犯人が分かってしまうのがつまらなかった。まあ刑事役等を除いて6人しか登場人物がいなくて、しかもそのうち1人は殺害されてしまうので、5人から主人公を除いて4人しかいなければ、誰だって犯人がわかってしまうだろう。

 まあ、ラストシーンがちょっと意外といえば意外かもしれない。その辺は面白かった。でも犯人を擁護するわけではないけれども、奥さんがアル中になれば誰だって家庭が面白くないだろうし、離婚も視野に入れる可能性はあるだろう。

 日本ではあまりないかもしれないけれど、(それでも年間の離婚組数は結婚した組の約3分の1までに及ぶようになった)外国、特にアメリカなら即離婚に至ってもおかしくない理由だと思われる。

 さらに子どもが生まれて、妻が子どもにかかりっきりになってしまって、相手にされなくなってしまったら、やはり内心面白くないだろうし、そばに魅力的な女性がいれば、ついつい慰めてもらおうという気持ちが出てくるのに同情してしまうのである。Gallery013949_3
 男の我がままといえばそうなのだが、男だけに責任を負わされても困ってしまう。ただ、それと犯罪に手を染めるのは違うだろう。

 というわけで、面白かったけれど、途中で犯人が分かってしまう点と、ラストシーンが期待していた割にはちょっと弱かった点が気になったが、自分的には十分満足するものだった。

 自分が見た映画館は独立系の映画館だったので、ちょっともったいないような気がした。もう少し全国的な映画興行にしてもよかったような気がした。

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2016年12月26日 (月)

マリリオンの新作

 さて、狂騒のクリスマス・シーズンも過ぎ、今年も残り数日になってしまった。月日が過ぎるのは早いものだ。

 それで今年の最後は、イギリスのプログレッシヴ・ロック界の至宝、マリリオンの新作についてである。

 オリジナル・スタジオ・アルバムとしては、「サウンズ・ザット・キャント・ビー・メイド」以来4年振りとなるもので、18枚目のスタジオ・アルバムである。41568
 マリリオンは、このアルバムの制作費用をクラウドファンディングで賄っている。クラウドファンディングとは、以前にもジョン・アンダーソンとリュック・ポンティがコラボレートしたときに説明したのだが、ごくごく簡単に言うと、要するにインターネットでスポンサーを集めることなのである。

 今回は、プレッジ・ミュージックという配給会社を通して資金を調達した。お金を出してくれた人には、バンドの方から一般には商品化されていないグッズやライヴ・チケットの優待などが提供されるが、今回はダウンロード専用のCDや、アルバムのメイキング映像を含むブルー・レイ盤の限定盤ボックス・セットなどが支給されたらしい。

 それでこのアルバムのタイトルだが、「F.E.A.R.」という。これは日本語の“恐れ、恐怖”という意味と、"Fuck Everyone and Run"の頭文字を取って作った造語との両方の意味を有している。91zwnkowgql__sl1500_
 内容はトータル・アルバムではない。6曲17部で構成されていて、4部から5部構成の曲が3曲、その間に独立した曲が3曲収められている。また、トータルでは68分というかなりのボリュームだ。

 1曲目の"El Dorado"は5部形式の16分34秒の曲。
ⅰ) Long-Shadowed Sun スティーヴ・ロザリーのつま弾くアコースティック・ギターに乗ってつぶやくようにスティーヴ・ホガースが歌っている。1970年代当時の斜陽する英国をイメージにして歌っているようだ。

ⅱ) The Gold 金権主義や権力の腐敗を述べているのだろうか。マリリオンを象徴するかのようなゆったりとした6分余りのドラマチックな曲である。

ⅲ) Demolished Lives 前曲から引き続いての2分余りの短い曲だ。次の曲の前奏だろう。

ⅳ) Fear おどろどろしい雰囲気を持った曲で、タイトルの"Fear"にふさわしい。ライヴではシアトリカルに演奏されるのだろうか。

ⅴ) The Grandchildren of Apes ドラマティックな曲の次には穏やかな曲を配置するのは定番だろう。"El Dorado"を締めくくるにふさわしい静寂な曲。グランドピアノとアコースティック・ギターとボーカルがメインの曲である。

 次の"Living in Fear"は独立した曲。権力者の圧政や暴挙、それらを刻んできた歴史の皮肉さなどを訴えているようだ。
 マリリオン流のバラードで、歌詞の内容以外は、いまにも壊れてしまいそうな儚げな美しさに満ちている。この曲を聞いた人は、6分25秒という時間が何と短いのかと思うだろう。

 3曲目は、"The Leavers"という19分6秒の、これまた5部形式の曲だ。内容は、“立ち去る人”と“留まる人”(Remainers)の対立を表していて、これは為政者と民衆、征服者と反逆者、保守主義と自由主義などをシンボライズしていると思われる。詳しい内容に関しては、私の頭ではついていけなかったので、よくわからない。

ⅰ) Wake Up in Music 4分余りの曲だが、キーボードを主体にした硬質なプログレッシヴ・ロックだ。最初からスティーヴ・ホガースのボーカルが前面に出てきていて、そういう意味では聞かせる音楽になっている。

ⅱ) The Remainers “留まる人”のことを静かに歌っている。1分34秒と短い曲だ。終わりの方で弦楽四重奏が使われている。

ⅲ) Vapour Trails in the Sky これまた前半はドラマティックな曲で、今度はスティーヴ・ロザリーのギターがバックで目立っている。ロザリー・ファンなら少しは気分がよくなるかもしれない。後半は、穏やかで夢見るような曲調に仕上げられている。

ⅳ) The Jumble of Days 前曲のドリーミィーな雰囲気からストリングスも交えての緩急付けた曲になっていて、エンディングが近づいたことを知らせてくれる。さすがマリリオンで、こういう曲は彼らの十八番であろう。

ⅴ) One Tonight ピアノをバックに切々と歌い、徐々に装飾音が増えていくというパターンのバラード・タイプの曲。最後は"The Leavers"と"The Remainers"が団結するのだろうか。エンディングは希望の持てるような終わり方をしていた。

 4曲目の"White Paper"は、2曲目と同じで、独立した曲。7分18秒もある大作だ。“白い紙に40もの異なる白い色を描く”とはどういう意味なのだろう。よくわからないのだが、老いていく不安や、恐怖を訴えているのかもしれない。

 このアルバムの「F.E.A.R.」には、様々な“恐れ、恐怖”が描かれているのだろう。個人の不安から社会的、政治的、経済的な不安や恐れを象徴的に訴えているようだ。
 確かに、英国のE.U.離脱や米国の新大統領誕生、グローバルな経済問題等々、今を生きる我々の世界には、不確定な要素だらけである。

 それを一番表しているのが16分43秒の5曲目"The New Kings"だろう。4部形式のこの曲もまた、マリリオン流のドラマティックな曲構成になっている。

ⅰ) Fuck Everyone And Run この曲の主題が提示され、期待感とともに、この先どういう展開になるのだろうかといった幾ばくかの不安感も掻き立てられる。

ⅱ) Russia's Locked Doors なぜロシアが出てくるのかわからないが、旧帝政ロシアをイメージしているのだろう。それを強欲な成金主義者や金権主義者としてシンボライズしているようで、株取引などの実体のない経済で金の卵を産む人たちを"The New Kings"と呼んでいるのかもしれない。

ⅲ) A Scary Sky スティーヴ・ロザリーの伸びのあるギター・ソロが突然プツンと切れて、この曲が始まる。インターネットでは真実も虚構もごちゃ混ぜになっていて、何を信じていいかわからない現代人の悲劇を述べている。

ⅳ) Why is Nothing Ever True? 2分余りの静かな曲の次には、最後にイアン・モズレイのドラムが目立つ曲になった。“なぜどこにも真実はないのか”という悲痛な叫びが、ダイナミックな演奏とともに鳴り響いている。

 そして最後の"Tomorrow's New Country"は1分47秒という短い曲で、少し希望を残した終わり方になっている。最後は"Leavers"の語りで終わっているのだが、残った人たちにも希望があるのかどうかは不明で、そういう意味では、余韻をあとに残している。

 全体的にはボーカル主体の曲で、インストゥルメンタルの見せ場(聞かせ場)はほとんどない。もう少し個人の技量を示すような設定もあってよかったのではないかと思っている。いくらジェネシス系とはいえ、個人個人はかなりのテクニシャンなのだから、少しもったいない気がした。

 また、静謐な雰囲気で統一されているわけではないのだろうが、全体的に落ち着いていて、老成したマリリオンといった感じだった。まあ、それはそれで悪くはないのだが、ドライヴのお供という訳にはいかないだろう。

 ドラムス担当のイアンは63歳だが、それ以外のメンバーは、まだ50代の半ば過ぎぐらいである。老いるにはまだ早すぎると思うのだが、どうだろうか。D27cfc0e
 それでも、このアルバムは商業的には成功して、全英アルバム・チャートの4位まで上昇し、彼らにとってこれは、1987年の「旅路の果て」以来の快挙になった。
 これをもってこのアルバムは1994年のアルバム「ブレイヴ」以来の名作といわれているが、個人的には少し納得がいかないし、いかがなものかなと思っている。

 それはともかく、世界が悪い方向に傾きかけているという警告やメッセージを発していることは確かだ。スティーヴ・ホガース自身は、自分が間違っていることを望んでいるが、と断ったうえで、実際に何かが起ころうとしているのではなくて、起こりうる何かに近づいている恐れがあると思うと述べている。

 確かに、そんなに明るいニュースがない1年だったし、今後もすぐには明るい兆しは見えて来ないだろう。このアルバムも少しペシミスティックな感じがした。
 来年こそは、世界が明るい話題で満ちていくことを願っている。

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2016年12月19日 (月)

マイク&ザ・メカニックス

 今年のいつだったか忘れたけれど(最近物忘れが激しくて困る、ひょっとしたら病気かもしれない)、マイク&ザ・メカニックスのライヴが放映された。もちろん録画したのだが、その時のメンバーが結成当時と違っていたのに驚いたし、困惑もした。

 ずいぶん変わったなあと思って、ひょっとしたらと思い、彼らのアルバムを探してみたところ、2011年に「ザ・ロード」というタイトルで現時点まででの最新作を発表していたことが分かった。そして、TVでの出演メンバーはその頃とほとんど変わっていないことが分かった。いつのまにかメンバー・チェンジをしていたのである。

 マイク&ザ・メカニックスといえば、ジェネシスのメンバーだったマイケル・ラザフォードが1985年に結成したバンドだった。Images
 当時は、ジェネシスと同時並行で活動をしていて、ジェネシスの活動がオフの時にレコーディングやライヴ演奏を行っていた。

 当時のジェネシスは、従来のいわゆる古典的なプログレッシヴ・ロックからメロディアスでポップなプログレッシヴ・ロックに移行していたけれども、それでもなお世界的に人気のあるバンドだった。
 ただ、一方でメンバーのソロ活動も盛んで、3人のメンバーはそれぞれ自分の活動にいそしんでいたのである。

 中でもドラマーでボーカリストだったフィル・コリンズは、英米でシングル・チャートのNo.1ヒットを記録するなど、まさに八面六臂の大活躍だった。

 それで、マイケル・ラザフォードも自分で活動しようと思ったのかもしれない。ただ、彼はフィルのようなソロ活動ではなくて、バンドを結成している。この辺は彼の性格を反映しているのだろうか。

 バンド・メンバーは5人で、そのうち2人がボーカルを担当していた。
ポール・キャラック(元エース、元スクイーズ)
ポール・ヤング(当時のサッド・カフェと掛け持ち)

 残りのメンバーは、ドラムスにピーター・ヴァン・ホーク、キーボードにエイドリアン・リーという名うてのセッション・ミュージシャンで、マイク自身はギターとベースを担当していた。

 また、ゲスト・ミュージシャンとして元カーヴド・エアのジョン・カービー、元キャラヴァンのデレク・オースティンなども参加していて、このデビュー・アルバムはポップな要素はあるものの、全体的にはプログレッシヴ・ロック的な雰囲気が漂っていた。ある意味、本家のジェネシスと同じくらいプログレッシヴ・ロック臭がしていたような気がする。516qlu9frpl
 このアルバムは好意的に迎えられ、全米アルバム・チャートでは26位を記録したし、ポール・キャラックをフィーチャーしたシングルの"Silent Running"は6位に、ポール・ヤングがメイン・ボーカルだった"All I Need is A Miracle"は5位をシングル・チャートで記録している。

 ただ、彼らがプログレッシヴ・ロックに片足を入れていたのはこのデビュー・アルバムまでで、3年後に発表されたセカンド・アルバム「リヴィング・イヤーズ」はかなりポップ色が強くなっていた。

 このアルバムも全米13位、全英では2位まで上昇して、マイクは本家のジェネシスのみならず、自分のソロ活動でも売れたのだが、父親の死のことを歌った"Living Years"が各国のシングル・チャートで軒並みNo.1を獲得したことが、その要因だったと思われる。71zwazfikl__sl1213_
 ここからは自分の勝手な想像なのだが、マイクはプログレ路線を離れ、英国版ブルー・アイド・ソウルを追及していくようになったのではないだろうか。
 あるいはサッド・カフェや10CCのような、ちょっとひねくれたポップ・ミュージック路線を目指すようになった感じがしてならない。

 もともとイエスやジェネシスのメンバーには、50年代のポップ・ミュージックや60年代のビート・ミュージックの影響を色濃く受けているという経緯があって、いくらジェネシスがポップ色を強めたとはいえ、本家にはそぐわないポップ・ソングは(あるいはブルー・アイド・ソウルは)、マイク&ザ・メカニックスの方で発表しようと思ったのだろう。

 その後、彼らは1991年の「ワード・オブ・マウス」、1995年に「黄金の浜辺にて」、1999年には「マイク&ザ・メカニックス」と、コンスタントにアルバムを発表していったが、人気も商業的なセールスも下降していった。

 理由はシングル・ヒット曲に恵まれなかったり、十分なプロモーションを受けられなかったりしたからといわれているが、アルバムは発表したものの、それに伴うライヴ活動ができなかったことが一番の原因ではないだろうか。

 マイケル・ラザフォードにとってはジェネシスのツアーの合間にマイク&ザ・メカニックスのライヴ活動を行わなければならず、年によってはマイク&ザ・メカニックスのライヴ活動を全くできないこともあったのである。(“Invisible Touch Tour”、“We Can't Dance Tour”など)
 
 それにミラクルズの"You've Really Got A Hold On Me"やスティーヴィー・ワンダーの"I Believe"などのカバー曲も挿入されるようになり、アルバム自体もますますブルー・アイド・ソウル色を強めていったことも、従来のプログレッシヴ・ロック・ファンが離れることにつながったようだ。

 そして、もともとパーマネントなバンドではなかったからだろうが、1999年当時には正式メンバーが、マイクとポール・キャラック、ポール・ヤングの3人になってしまったのである。ついにジェネシスのみならず、マイク&ザ・メカニックス自体も3人になってしまった。(正確に言うと、この当時のジェネシスはフィル・コリンズはすでに脱退していたから、ジェネシスに関しては、オリジナル・メンバーは2人だけだった)

 そして、運命はさらに皮肉な様相を見せるようになる。残念なことに、2000年にポール・ヤングは心筋梗塞で亡くなってしまったのだ。まだ53歳という若さだった。

 だから2004年に「リワイヤード」というアルバムを発表したのだが、バンド名のクレジットはは、「マイク&ザ・メカニックス&ポール・キャラック」になっていた。ボーカリストが一人になったのと同時に、正式なバンド・メンバーはマイクとポールの2人になったからだろう。51r9z05h6gl
 ただこのアルバムは、基本的には、コンピューターでプログラミングされた打ち込みサウンドにメロディアスでソウルフルなポール・キャラックのボーカルが重なっているというもので、商業的な成功は度外視していたようだ。

 それでもポール・キャラックの声を聞くと、80年代からの彼らの姿が浮かんできて、懐かしさと哀愁のあるメロディーに心を動かされてしまった。昔からのファンには受け入れることができるだろうが、今どきのリスナーには果たしてどうだろうか。

 さらには、全9曲でしかもそのうちの2曲は、プログラミングされた打ち込みビートのインストゥルメンタルというのはいかがなものかと思ったりもした。

 当然売れることはなかったのだが、なぜか国内盤は発売されていた。日本では知名度が高かったのだろうか。あるいは、売れると判断されたのだろうか。自分は買ってしまったけれど…

 それから約6年、マイクはメンバーを一新して音楽シーンに戻ってきたのである。メンバーのラインナップは1985年とほぼ同じように、2人のボーカリストと4人のバック・メンバーで、2人のボーカリストの一人はアンドリュー・ローチフォードという黒人のシンガー・ソングライター、もう一人はカナダ人の俳優でダンサーのティム・ハウワーという人だった。Mikeandthemechanics_9216

 最初に述べたように、このメンツで2011年にアルバム「ザ・ロード」を発表したのである。しかもこのアルバムは、個人的には、21世紀の「英国版ブルー・アイド・ソウル」の傑作だと思っている。

 どの曲も甲乙つけがたく、捨て曲なしのアルバムになっているし、アルバム・タイトル曲の"The Road"を始め、"I Don't Do Love"や"It Only Hurts For A While"など一度耳にしたら忘れられない曲が多い。

 また、"Hunt You Down"などは、以前どこかで聞いたような懐かしいメロディが基本になっているし、"Try To Save Me"などのテンポのよい曲もあって、バランスが取れているのだ。61nhom51ytl
 バンド・メンバーは、マイクが直接アプローチをして募ったようで、このアルバムを録音後には、全員でヨーロッパ・ツアーに出かけている。最初に触れられていたTV放送は、この時の模様を放映したのだろう。

 彼らは、2017年の来年も英国でライヴ演奏を続けるという。現時点で66歳のマイクにとっては、唯一のバンド活動になる。ツアーが終わったらスタジオにこもって、ニュー・アルバムの録音に取り掛かってほしいし、新作はぜひ国内盤として発売されることを願っている。

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2016年12月12日 (月)

金属恵比須

 今回は日本のプログレッシヴ・ロック・バンドを紹介しようと思う。あるとき、アマゾンでCDを検索していたら、金属恵比須の「ハリガネムシ」というアルバムに遭遇した。

 アルバム・ジャケットを見る限りでは、限りなく怪しくてアンダーグラウンド臭をプンプンさせていたが、ジャケットの中央を見るとロジャー・ディーンまがいのロゴが描かれていたので、これはもう即買いするしかないと思ったのである。51nnuzkv0l_3
 一聴してわかったことは、まぎれもなく日本を代表する、しかも世界にも通用するプログレッシヴ・ロック・バンドだということだった。

 同じ日本にいて、こんな素晴らしいバンドが存在していたとは、何と自分は愚か者なのだろうかと自責の念に駆られたし、同時に、これはすぐにこのブログの数少ない閲覧者に知らせないといけないと思って、紹介した次第である。

 音楽的には、ジェネシスとキング・クリムゾンのいいところ取りだろうか。それにレッド・ゼッペリンやラッシュ的なハード&ヘヴィ的な要素が散りばめられている。70年代ロックを愛する人にとっては、まぎれもなく現代社会に生きるプログレッシヴ・ロックだと憧憬の念をもって受け入れられるに違いない。

 初期のジェネシスのアルバム・ジャケット・デザインを手がけたポール・ホワイトヘッドを想起させるようなデザインが素晴らしい。
 アルバム・タイトルの「ハリガネムシ」をイメージしているのだろうけれど、カマキリに寄生している「ハリガネムシ」はまた、都会の夕暮れに浮かぶ少女にも実は寄生しているのだろう。

 歌詞の中にある“キミはボクの中にいて ボクはキミの中にある”や“ボクはキミの笑顔見て キミはボクをメチャメチャにさせる モウモドレナイ”などをイメージして描かれたと思っている。

 ジャケットも印象的なのだが、メンバー一人一人の演奏テクニックは優れているし、曲構成も複雑、もちろんメロトロンのみならず昔懐かしいフリッパトロニクスまでも使用されているということで、これはもう感涙にむせんでしまうほどだった。

 アルバムは、そのフリッパトロニクスが使用された短いインストゥルメンタル“蟷螂の黄昏”で始まる。フリッパトロニクスとはテープのギター・ループ音にさらにギターを重ねて出すような装置のことらしい。03rovertfripp
 2曲目の“ハリガネムシ”には、うねるようなベース・ラインにミニムーグが宙を舞う。それにエキセントリックなギター・ソロ、ボコーダーを使用したボーカリゼーションなどが特徴だ。基本的にヘヴィ・メタルにキーボードが重ねられていて、ドリーム・シアターかラッシュのような感じだった。

 次の“光の雪”は、これはもうジェネシスの世界観が反映されていて、ハモンド・オルガンやメロトロン、ジェネシスが使用していたプロ・ソロイストまで使われている。
 メロディーや歌詞は日本的情緒にあふれていて、曲調とよく調和されているし、外国の曲の雰囲気をパクったようなところはなく、聞いていて全く違和感はない。

 7分過ぎのギター・ソロはロバート・フリップ風で、叙情性と破壊衝動が共存している。その後を追うかのようなキーボードも見事で、8分40秒過ぎにはジェネシスの"Watcher of the Skies"のフレーズも飛び出してくるなど、エンディングに向かって収束していく様も圧巻である。

 “嵐が丘のむこうに”は、アコースティック・ギターがメインのインストゥルメンタルで1分40秒余りの短い曲。でもメロディー自体は幼い子どものころに見た夕焼け空を思い出させるような印象的なフレーズに満ちていて、なかなかのものである。次の曲“紅葉狩”のプレリュードだろうか。

 “紅葉狩”もまたドラマティックな曲で、文語調の歌詞とそれに合うようなメロディー、途中のフリップ的ギター・ソロとそれを覆うようなメロトロンの壁といった初期のクリムゾン的要素が散りばめられていて、思わず聞き惚れてしまった。

 美狂乱はもろキング・クリムゾンといった感じだったが、この金属恵比須の方は、メタル的要素やオカルティックな歌詞など彼ら流の再解釈がなされていて、それが絶妙なバランスを保っている。

 “イタコ”などはそのいい例で、曲調はベビーメタルのようなアップテンポで破壊性に満ちているが、歌詞はアングラ的で猟奇的で、トータルな意味で和洋折衷的な雰囲気が魅力的なのである。

 ラストの“川”は金属恵比須的バラードだろうか。一歩間違えてしまえば、70年代の四畳半フォーク・ソングになってしまいそうなセンチメンタルな歌詞とメロディーなのだが、バックの演奏がそれをプログレッシヴ・ロックにまで見事に昇華している。

 自分はこのアルバムを車の中で聞き続けているのだが、思わず聞き惚れてしまい何度も事故を起こしかけた。聞けば聞くほど中毒になってしまいそうだ。

 そういえば、昔聞いた新月というバンドに雰囲気が似ていると思った。新月はジェネシス系のバンドだったが、それにメタリックな要素を加えたのが金属恵比須のような気がする。新月の進化形だろうか。

 また、歌の内容は学研の雑誌「ムー」のような感じか、あるいは横溝正史や三津田信三の小説の雰囲気に似ていて、おどろおどろしさや前時代的な土俗性に満ちている。こういうところも好事家には好評だったのだろう。

 彼らのHPを見てみると、今年が結成20周年らしい。といっても20年続けてきたのはギタリストの高木大地ひとりのようで、あとはメンバー・チェンジを繰り返してきたという。1996年にバンド名を金属恵比須に、1998年には金屬惠比須に変えて活動を始めたが、2002年には一旦解散し、翌年には実質再結成して今に至っている。

 今年になって5曲入りミニ・アルバム「阿修羅のごとく」も発表されていて、これもまた冒頭からメロトロンや手数の多いドラミングを聞くことができて、感動してしまうのである。71nhgwndlml_sl1135_
 スタジオ録音曲が2曲で、残りはライヴ録音だった。1曲目の“阿修羅のごとく”は向田邦子の本やそれをドラマ化したテレビ番組からインスパイアされたもののようで、分厚い音の層とそれに負けない女性ボーカルのバランスが素晴らしい。4分40秒程度なのだがもっと長く感じられた。これも金属恵比須的効果なのかもしれない。

 次の“みつしり”は金属恵比須的ヘヴィ・メタルだろう。ドリーム・シアターかラッシュを想起させると書いたが、ギターはロバート・フリップだ。過去の再録曲でもある。

 このアルバムからドラマーが諸石和馬から後藤マスヒロに代わっていて、この後藤氏は和製サイモン・フィリップスかテリー・ボジオだろう。ドラムだけでこれだけ聞かせてくれるミュージシャンはそんなに多くはいないはずだ。

 ちなみに諸石和馬は脱退したわけではなくて、別のバンド(Shiggy Jr.)の活動が忙しくて参加できなかったようである。将来的にはダブル・ドラムスの可能性も残されているようで、今後の展開が楽しみでもある。

 ライヴの1曲目の“真珠郎”は横溝正史の小説から拝借されたもののようで、イントロを聞いたときは、ゼッペリンの“Dazed and Confused”かと思った。

 不気味なバラードだが、ライヴでもきちんとメロトロンを演奏していて、うれしかった。何しろ昔はその日の温度や湿度でピッチが狂い、あまりの使いにくさに庭で燃やしてしまったミュージシャンもいるほどだ。何とかウェイクマンという人だったらしい。 

 続いて“ハリガネムシ”のライヴ曲になるのだが、途中のソロ・パートではメンバー紹介をしていた。そういう展開になる曲なのだろう。

 最後の曲ではボーカルが男性になっていて、たぶんギター担当の高木大地が歌っていると思うのだが、どうだろうか。2001年に発表されたアルバム「箱男」からの抜粋のようで、“破戒”と2曲目のスタジオ曲“みつしり”のメドレー形式になっていた。

 とにかくこういう高水準の曲を聞かされるとライヴも見たくなるもので、ぜひ地方公演を行ってほしいものである。

 こういうバンドがもっともっとメジャーになれば、日本の音楽業界ももっと活性化されるし、CDやDVDも少しは売れるのではないだろうか。それにプログレッシヴ・ロック・ファンも長生きできるというものだ。5621deba8a18b839c7a4321764bb05e8_2
 まだまだ日本のプログレッシヴ・ロック界も捨てたものではないと思った。最後にこの素晴らしいミュージシャンたちを紹介して終わりにしたい。
ギター      …高木大地
キーボード   …宮嶋健一
ベース・ギター …多良洋祐
ボーカル     …稲益宏美
ドラムス     …後藤マスヒロ
           (諸石和馬)

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2016年12月 5日 (月)

「水晶の世界」と「雷神」

 季節は秋から冬に移り変わってきたが、まだまだプログレッシヴ・ロック誕生46周年記念シリーズは続く。今回はイタリアのプログレッシヴ・ロックのアルバムを紹介しようと思う。しかもなぜか2枚である。普通は1枚ずつなのだが、クリスマスも近いということで、スペシャルなプレゼントにしようと思ったのだ。(といっても誰も気にしていないので、あまり意味はないだろう)

 イタリアン・プログレッシヴ・ロックを語る資格は、自分にはない。自分が最初聞いたアルバムはP.F.M.の「幻の映像」と「甦る世界」だった。ほぼ同時期に師匠の家で聞いて、感動したのを覚えている。それでカセット・テープに録音してもらって、家に帰って繰り返し聞いたものだ。

 今となっては懐かしい思い出なのだが、そのあと、ゴブリンやニュー・トロルスを聞いた。ただ、これらにはあまりついていけなかった。演奏だけならイエスやキング・クリムゾンの方が好みだったからだ。

 それ以降は、ほとんど聞いていなかった。ただ、キング・レコードのイタリアン・プログレッシヴ・ロック・シリーズがCD化されてから少しずつ集めて聞くようになった。

 だからほとんどよくわからないのだが、イギリス発のプログレッシヴ・ロックがイタリアのバンドに影響を与えたのは間違いないだろうとは思っている。
 今ならインターネットを通じて、瞬時に世界中に拡散していくのだろうが、当時はアナログの時代、影響を及ぼすまでに時間がかかったのだろう。

 今回のアルバム「水晶の世界」はラッコマンダータ・リチェヴェータ・リトルノというバンドの1972年の作品である。バンド名は長いので、以下、RRRと略することにする。

 1972年と言えば、イエスが「こわれもの」や「危機」を、ピンク・フロイドが「雲の影」を発表した年で、ちょうどプログレッシヴ・ロックが全盛期を迎えていた時だった。

 イタリアのプログレッシヴ・ロック・シーンも、ニュー・トロルスやレ・オルメなどが1971年にアルバムを発表し、翌72年にはP.F.M.も「幻想物語」で本格的なプログレッシヴ・ロック・アルバムを発表している。

 自分はイタリアのバンドに影響を与えたプログレッシヴ・ロック・バンドは、キング・クリムゾンとE,L&Pだと思っているのだが、中でもキング・クリムゾンの与えた影響は、(イタリアのみならず)かなりのものだったのではないだろうか。

 このRRRのアルバム「水晶の世界」にも、その強い影響が感じられる。メンバーは、サックスやフルートの担当を含めて6人いるし、曲調も転調が多く、叙情性と攻撃性の両方がバランスよく含まれているからだ。51czxfbkdll

 違いといえば、ボーカルが目立っている点とメロトロンの使用が見られないところだろうか。個人的にはメロトロン信者なので、プログレッシヴ・ロックにメロトロンが使用されないと悲しくなってしまうのだった。

 それでも1972年という時期に、本家にも優るとも劣らない素晴らしいアルバムを発表していることは、称賛に値するだろう。

 全7曲で、そのうち2曲はインストゥルメンタルだ。冒頭の"Nulla"は1分程度の導入なので、4曲目の"Nel Mio Quartiere"のみ、3分53秒の完全なジャズ・インストゥルメンタル曲である。

 2曲目の"Su Una Rupe"からクリムゾン的な世界観が展開されていき、メロディアスなフルートとアコースティック・ギター、それと相反するエレクトリック・ギターとボーカルの対立が本家の音楽観をモチーフにしているようだ。
 続く"ll Mondo Cade Su Di Me"も描かれる世界観は、ほぼ同じだ。ただ聞きやすさや安らぎを与えてくれるのは、こちらの方だろう。

 本作のハイライトは、ラストの2曲だろう。"Un Palco Di Marionette"は10分以上の大作で、基本はフルートやピアノ、アコースティック・ギターなのだが、それらが織りなすタペストリーは一筋縄ではいかない。よくもまあ、これほど前衛的になれるものだと感心してしまった。この曲でのボーカルはそれほど目立たず、インストゥルメンタル中心になっている。

 最後の"Sogni Di Cristallo"ではそれまでの鬱憤を晴らすかのように、最初からボーカルが目立っているが、中盤でのストリングスによるソロやピチカートなどが不穏な動きを知らせてくれる。

 ただ、その緊張感や盛り上げ方などはさすがである。最後のボーカルやアコースティック・ギターにピアノの調べが救済をもたらしそうなのだが、最後の最後に不協和音で終わってしまう。

 "Sogni Di Cristallo"とは、“水晶の夢”という意味らしいのだが、穏やかなのは水晶の中だけで、所詮、この世は乱れていて救いようがなく、最後に残るのは“虚無”だけだという内容のようらしい。だからこういうエンディングになるのだろう。

 リーダーでボーカルのルチアーノ・レゴーリは、元々画家志望だったが、のちにゴブリンを結成したクラウディオ・シモネッティのバンド、“ドリアン・グレイの肖像”にボーカリストと参加してから音楽の道を歩み始めた。

 クラウディオ・シモネッティが兵役に行ってしまうと、ルチアーノは当時17歳だったギタリストのナン二・チヴィテンガとともにRRRを結成した。

 このナン二というギタリストは、驚くことに、このアルバムの全曲を作曲している。彼はまだ現役のミュージシャンだそうだが、プレイヤーというよりもコンポーザーという意味では、天才的なミュージシャンだったに違いない。

 RRRは積極的にライヴ活動を行ったのだが、当時のイタリアにはまだプログレッシヴ・ロックは浸透していなかったようで、レコード会社からポップ路線を強制され、それが原因でメンバー・チェンジが起こり、最終的にルチアーノとナン二は1973年に新しいバンド、サマディを結成してしまった。

 バンドはアルバムを1枚発表したあと解散してしまい、その後、ルチアーノは音楽業界から足を洗い、本来の画家に戻って画集などを発表していた。

 そのときにクラウディオ・シモネッティからゴブリン参加を打診されたのだが、ルチアーノは断ったようだ。ゴブリンがインストゥルメンタル曲を演奏しているのは、ルチアーノが参加しなかったからだといわれている。

 しかし、そんな彼も2009年にRRRを再結成して、活動を再開した。まだまだ未練があったのだろうか。ちなみにRRRのバンド名の意味は、「書留郵便配達証明」という意味らしい。特に深い意味で名付けたものではないといわれている。

 さて、もう1枚のアルバムは、1975年に発表されたチッタ・フロンターレの「雷神」である。このアルバムはボーカル中心だが、バックの演奏もかなりの水準のようだ。61xahjl22ol
 メンバーのボーカル担当のリーノ・ヴァイレッティとドラムス、パーカッション担当のマッシモ・グァリーノは、もともとオザンナのメンバーだった。

 正確に言うと、チッタ・フロンターレというバンドがナポリにあって活動していたのだが、それがメンバー・チェンジをしてオザンナというバンドになった。そして1971年にはデビュー・アルバムを発表し、やがて日本でも有名になったのだが、1974年の半ばには分裂してしまう。

 その中のボーカリストとドラマーが元々のバンド名を名乗ったのである。そして、ギター担当のダニーロ・ルスティチとサックス、フルート担当のエリオ・ダンナがウーノを結成してアルバムを発表した。ウーノについては以前にこのブログで述べているので、今回は割愛したい。

 とにかくこのアルバムは、個人的に大好きである。プログレッシヴ・ロックというと身構えてしまう人もいるかもしれないが、プログレとイタリアン・ポップスの両面を備えていて、ボーカルは明るくのびやかで、演奏はタイトでまとまっているという感じがした。

 オザンナが何となくダークで混沌としている音楽とすれば、このアルバムはその正反対の要素を備えているだろう。
 それにクリムゾンやE,L&Pの影響を上手に消化していて、自分たちなりに再解釈を行っているからオリジナリティを感じさせてくれるのだ。

 1975年といえばプログレッシヴ・ロックは世界的に衰退期を迎えていたが、このアルバムに限って言えば、十分に自己主張していて、新しいタイプの動きを感じさせてくれる内容になっていると思う。

 アルバムは牧歌的なフルートとアコースティック・ギターのアルペジオで始まり、徐々に楽器が増えていく。インストゥルメンタル曲だが、何となくマイク・オールドフィールドの初期のサウンドに似ているような気がした。日本語のタイトルが“街の夜明け”なので、それをイメージしているのだろう。

 続く“心はひとつ”から明るいクリムゾン的展開が始まる。イエスのような構築美を持つこの曲は、楽器編成はクリムゾンと同じだが、雰囲気が全く違う。高機能のカンツォーネを聞いているようで、思わず魅了されてしまう。
 ドラムスを含むリズム・セクションだけでなく、ギターも素晴らしい。ギターを担当しているのは、元サン・ジュストというバンドにいたジャンニ・グァッラチーノという人らしい。

 3曲目のアルバム・タイトル曲の“雷神”もまたアコースティック・ギターと後半のサックスがフィーチャーされた佳曲である。何となくP.F.M.の“通り過ぎる人々”を思い出してしまった。

 イタリアというか地中海の気候と人々の性格の明るさがこういう曲を生み出すのだろう。この曲に典型的なイメージを持ち込んでしまったが、そう思わざるを得ない雰囲気が漂っている。確かにプログレッシヴ・ロックとは言い難い曲だ。

 6分余りの曲の次には、“重労働”というタイトルの曲が来る。タイトルの割には優しくたおやかな曲調を備えており、1分過ぎからのフルートとメロトロンの調和が感動的だった。
 途中でブレイクや転調を繰り返していて、そういう意味では確かに“重労働”といった観もなくはない。

 この曲も3分30秒あたりから大きくブレイクして、サックスやメロトロンが一斉にアタックしてくる。手数の多いドラミングもクリムゾン的ではあるが、メロディ自体はあくまでも明るくて、ドラマティックな要素を秘めている。

 こういったところにもキング・クリムゾンの影響を感じさせてくれる。1970年代のイタリアでは、いかに彼らの影響が大きかったかが分かると思う。8分を超える大曲だった。

 5曲目はインストゥルメンタル曲の“突然変異”。やはりオザンナの残党が結成したバンドは、本家にも劣らぬ凄腕ミュージシャンばかりのようだ。サックスとギターが全体をリードするジャージーな曲だが、裏で細かに動いているドラミングが素晴らしい。手八丁足八丁のようだ。

 続く、“商人‘太陽’の家”では、「太陽の家」らしい陽気な雰囲気が復活する。こうなると“歌謡曲プログレッシヴ・ロック”といった気がしてきて、まさにちょっと演奏陣が目立つカンツォーネといった感じがした。何となく聞いているリスナーまでが、明るい気分になってきそうだ。

 次は一転して、ハーモニカとピアノがボーカルを支えるバラード曲“多くの人々”になる。何を歌っているのかはわからないのだが、決して悪い内容ではないだろう。途中のサックスとコンガがアクセントになっていて、エンディングのひっそりとしたギター・ソロがさらに感動を包んでくれるようだ。

 これまでの2曲は3分から4分程度の短い曲だったが、最後の曲“神々に身をゆだねて”は最後を飾るにふさわしいアンサンブルを含む曲だ。
 伸びやかなバラード風プロローグからメロディアス・ハードな曲調に転換し、さらにコロッセウムのような壮大なアンサンブルに繋がっていく。

 途中にアコースティック・ギターのブレイクを含んで、サックスとドラミング、フルートが曲を膨らませていき、大団円を迎えるのである。6分30秒余りの曲だが、長く聞こえるのは気のせいだろうか。それほど巧みな曲で、聞き終わった後に押し寄せる満足感に思わず浸ってしまった。

 彼らはこのアルバム1枚で解散してしまい、ボーカル担当のリーノは、1978年にオザンナを再結成(正確に言うと、解散していたわけではないので再活動だろう)し、アルバムを発表した。21世紀の今になってもオザンナとして活動しているようだ。

 イタリアン・プログレッシヴ・ロックの草創期と変革期に発表された2枚のアルバムだったが、いずれも1枚のアルバムでバンド活動は終わっている。
 その2つのバンドに共通しているのは、クリムゾンの影響が見え隠れする音楽性だったが、時代が下がるにしたがって、その影響は薄れていくように思える。

 それは影響が薄れていったのではなくて、むしろ逆に、イギリスのプログレッシヴ・ロックの影響から脱却して、イタリアの伝統的な音楽性が表に出てきたからであろう。
 イタリアのプログレッシヴ・ロックの特徴の一つとしての伝統と革新の融合が、垣間見えてきそうな気がしてならないのである。

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