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2017年8月

2017年8月28日 (月)

バンケット

 今年の夏によく聞いたアルバムの1枚を綴ろうと思った。昔でいうところのスーパー・バンドである。
 スーパー・バンドといえば、古くはクリームやジェフ・ベック・グループ、プログレ界ではE,L&Pやエイジア、アメリカン・ロックではC,S,N&Yやトラヴェリング・ウィルベリーズなどが思い浮かぶ。いわゆる、有名ミュージシャンが集まって結成されたバンドだ。

 ただ、それぞれがそれなりに功を遂げ名を成しているミュージシャンたちばかりだから、エゴも強い。バンド自体も長くは続かなくて、頻繁なメンバー・チェンジが起こったり、短期間で解散したりしてしまう。自己主張が高まったり、自分の才能や能力が十分に発揮されないと思ってしまうのではないだろうか。

 それで今回は、バンケットというスーパー・バンドの登場である。ただ残念なのは、そんなにメジャーなミュージシャンではないというところだろうか。
 とりあえず、どんな人たちが集まってきたか以下に記すことにする。全員知っていたら、本当に素晴らしいと思う。ロック検定1級合格は間違いないはずだ。まだ行われているかどうかは知らないけれど…Bnqt_kristenriffert05s

・エリック・プリード(G&Vo)、マッケンジー・スミス(Dr)、ジョーイ・マクラレン(G)、ジェシー・チャンドラー(Key) 以上、ミッドレイクより
・ジェイソン・ライトル(G&Vo&Key) グランダディより
・ベン・ブライドウェル(Vo&G) バンド・オブ・ホーセズより
・アレックス・カプラノス(Vo&G) フランツ・フェルディナンドより
・フラン・ヒーリィ(Vo&G) トラヴィスより

 ということで、ミッドレイクというバンドを中心にして、計5つの英米のバンドの中心メンバーが集まったバンドが、このバンケットなのである。
 バンド名を見ればわかるけれど、スーパー・バンドという名称の前に、“マイナー”とか“アンノウン”とかいう形容詞がつくような気がする。

 実際、アルバムのキャッチ・コピーにおいても“インディ・ロックのスーパー・グループ”という言葉が使われていたから、欧米諸国の人たちにとってもそんなにメジャーにはなっていないような気がする。 

 この5つのバンドの中で、比較的有名なのは、イギリス勢のフランツ・フェルディナンドとトラヴィスではないだろうか。前者は踊れるロック・バンドであり、後者は美メロのバンドである。両者ともスコットランドのグラスゴー出身だ。

 残りの3つのバンドは、いずれもアメリカのバンドである。ミッドレイクは、テキサスで1999年に結成されている。グランダディは、1992年にカリフォルニアで結成されたが、一旦解散して、また再結成された。
 この2つのバンドについては知っていたけれども、バンド・オブ・ホーセズに至っては、ノーマークだった。2004年にシアトルで結成されていて、米国よりも北欧の方で人気が高いようだ。

 自分が持っているCDの中であるのは、ミッドレイクとトラヴィスだけである。バンド・オブ・ホーセズに至っては、まったく知らなかった。まだまだ無知だと反省しなければならない。学ぶべきことは多いようだ。

 ミッドレイクのエリックが中心となって、他のメンバーに声をかけたそうである。だから、基本的にはミッドレイクがバック・バンドになって、5人のボーカリストが交互にリードを取っている感じである。

 エリック・プリードは、インタビューに次のように応えている。“このバンドは、トラヴェリング・ウィルベリーズの貧乏人バージョンだよ。もともとは2013年頃、ツアーをしていてふと思いついたんだ。憧れのミュージシャンや仲の良い人たちと一緒に仕事ができるってクールな体験だと思ったんだ”Photofrombnqttwitter

 それでエリックは、グランダディのジェイソンに声をかけて快諾を得た。エリックもジェイソンもお互いの音楽にリスペクトを払っていたらしい。
 次に、エリックはベンに呼び掛けた。ベンの方がミッドレイクに影響を受けた音楽をやっていて、ベンの方もかねてからミッドレイクとの共演を望んでいたという。

 アメリカ関係のバンドは、以上で出揃った。次はイギリス勢である。トラヴィスは美メロ中心のソフト・ロックに近いバンドだったから、ミッドレイクと結びついてもおかしくなかったが、フランツ・フェルディナンドに関しては音楽的方向性が少し違うような感じがした。

 詳細は不明だが、エリックはまたフランツのような音楽も個人的には好きだったようだ。だから声をかけたのだろう。また、フランツのような踊れる音楽もミッドレイクのようなフォーキーでサイケデリックなポップ・ミュージックと融合すれば、化学変化を起こしてさらに良質な音楽が生まれてくるだろうと思ったのかもしれない。

 いずれにしても今はネットの時代。基本的な楽曲はミッドレイクが用意したようだし、それらをネット上でやり取りをしながら磨きをかけ、より良いものにしてレコーディングしていったという。距離は遠く離れていても、ネット上では瞬時のやり取りで終わる。世の中便利になったものだ。

 それで出来上がったアルバムが「ヴォリューム1」という傑作だった。先のエリックのインタビューを見ても分かるように、トラヴェリング・ウィルベリーズをもろに意識している。
 全10曲で、リード・シングルの"Real Love"以外の曲は、5人のボーカリストが交互に歌っている。"Real Love"ではエリックとベン、アレックスが歌ったり、コーラスをつけたりしていた。61iw2w70qzl
 アルバムは"Restart"という曲から始まる。なぜ“再出発”というタイトルになるのかよくわからないのだが、今までの生き方を見直して、自分らしく生きていこうという決意溢れる曲だった。
 曲調からして、まさにトラヴェリング・ウィルベリーズのようなのだが、これにちょっとしたシンセサイザーの音がかぶさっているので、そういう意味ではフランツ・フェルディナンドの影響も受けている。

 イントロのピアノの音がまるでニッキー・ホプキンスの演奏のように聞こえてくる"Unlikely Force"は、ホーンも加えられて、ポップでさわやかな感じがする。リード・ボーカルは、バンド・オブ・ホーセズのベンらしい。

 次の"100 Million Miles"は本当にドリィーミーな曲で、ストリングスの使い方がまるでポール・マッカトニーのようだった。この曲を歌っているのはグランダディのジェイソン・ライトとのことである。

 4曲目の"Mind Of Man"では、トラヴィスのフラン・ヒーリィが歌っていて、まるでトラヴィスの曲といってもおかしくはないほどのメロディアスな曲になっている。もっと長く歌ってほしいと感じた。

 このアルバムの特徴は、美しいメロディに絡み合うストリングスやシンセサイザーだろう。例えば、フランツ・フェルディナンドのアレックス・カプラノスが歌う"Hey Banana"でもその効果が表れているし、途中で映画のセリフも流れてきて、怪しい雰囲気をより一層高めている。しかもダンサンブルというところが、いかにもアレックスが歌うのに似合っている。

 ちなみに映画は、1974年の「A Woman Under the Influence」というもので、邦題は「こわれゆく女」と名付けられていた。ピーター・フォークやジーナ・ローランズなどが主演している。

 シングルカットされた"Real Love"は、まさにトラヴェリング・ウィルベリーズのパクリである。それだけ愛着が深いというか、憧れの存在なのだろう。高音のピッコロや途中のギターやキーボードのソロが印象的だった。

 "Failing at Feeling"では、シンプルなピアノをバックにジェイソンが切々と歌っていて、途中にストリングスのアレンジが加えられている。ミディアム・テンポのバラードだ。

 トム・ペティの曲のように感じるのが"LA on My Mind"である。途中からどんどんハードになっていくところが興味深い。
 歌っているのが、おそらく自分のアルバムではこういう曲は歌わないだろうなというトラヴィスのフランである。どんな気持ちで歌っていたのだろうか。おそらくたまにはこんな歌もいいだろうと思っていたような気がする。

 さらにアップテンポになるのが9曲目の"Tara"で、軽快なロックン・ロールが収められているところに、このバンド・メンバーでの化学反応があるのだろう。こういう曲は、それぞれが自分のバンドに戻った時には、決してやらないだろうという類のものだからだ。後半のリード・ギターがカッコいい。

 そして最後の曲"Fighting the World"は、何となくミッドレイクの曲調を髣髴させてくれる。このアルバムの最後を締めくくるにふさわしい曲で、ある意味、このメンバーでの最大公約数的曲ともいえるだろう。安心して聞くことのできる曲が最後に置かれているところは、エリックの意思が示されているようだ。20170310175228
 このアルバムが商業的に成功すれば、おそらく第2弾、第3弾と次のアルバムが発表されるだろう。エリックはノラ・ジョーンズにも参加してほしいと言っているから、こうなると、スーパー・バンドというよりは、スーパー・プロジェクトになってくる。

 果たして本家のトラヴェリング・ウィルベリーズを超えるかどうかは、このアルバムの成功にかかってくるのである。

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2017年8月21日 (月)

トッド・ラングレンの新作

 トッド・ラングレンの新作が発表されて、約3か月経った。このアルバムのタイトルは、「ホワイト・ナイト」という。“ナイト”は“夜”という意味ではなくて、“騎士”の方の“ナイト”である。

 だから、“白馬の騎士”という意味なのだが、どういう意図でこういうタイトルになったのかはよくわからない。
 経済界では、“ホワイト・ナイト”というと、敵対的買収を仕掛けられた企業を救うような役割をする人や会社を指すが、このアルバムではトッドを支援しようとする意味で、多くのミュージシャンが参加していた。そういう意味では、確かに“ホワイト・ナイト”がいっぱいいるようだ。

 全15曲(国内盤では16曲)が収められていて、3曲以外は、誰かをフィーチャーしていたり、誰かと一緒に演奏や楽曲をコラボしている。だから、トッドの才能と他のミュージシャンとの才能がぶつかることで、化学反応が引き起こされて、印象的な楽曲が生まれて来るのであろう。41vohqxrw5l
 また、このアルバムは、トッドにとっては26枚目のソロ・スタジオ・アルバムにあたる。前作や前々作がEDM、いわゆるエレクトリック・ダンス・ミュージックが主体のアルバムだったのに対して、このアルバムにはトッド本来のポップな要素やソウル色が目立っている。
 だから、旧来のトッド・ファンにとっては、曲によっては“待ってました”と言えるようなアルバムに仕上げられている(と思う)。

 もう少し正確に言うと、全体的には、確かにポップでソウルなフィーリングが流れているのだが、部分的には前作までの流れを反映した曲も含まれていて、そういう意味では、バラエティに富んでいると言った方が正確かもしれない。

 1曲目の"Come"はトッドのオリジナル曲で、他のミュージシャンは関わっていない。アルバムのオープニングを飾るにふさわしい荘厳なミディアム・テンポの曲。シンセサイザー等を含む多彩なキーボードがカラフルな色どりを添えている。

 次の"I Got Your Back"にはディム・ファンクという人と、KK・ワトソンという人が関わっている。前者はDJ兼ラップ・ミュージシャンで、スヌープ・ドッグともコラボの経験があるらしい。ただ、自分はこのジャンルには詳しくないので、これ以上のことはわからない。
 後者のKK・ワトソンはハワイ在住のミュージシャンのようで、普段の生活面でもトッドと交流があるようだ。

 3曲目の"Chance For Us"には“フィーチャリング・ダリル・ホール・ウィズ・ボビー・ストリックランド”と記載されていた。ダリル・ホールは、かの有名な“ホール&オーツ”の片割れだし、もう一人のボビー・ストリックランドとは80年代からのトッドと共演してきたサックス奏者のようだ。曲自体もスローなエレクトリック・ソウル・ミュージックに仕上げられていた。

 次の"Fiction"はトッド一人で作った曲で、近年の彼の音楽を形作ったEDM系の曲。どうしてトッドほどの才能のある人が、こういうダンス・ミュージックに走るのかよくわからない。確かに今のポップ・ミュージック界の主流の音楽の1つには違いないが、どの曲も同じように聞こえてくるので、個人的にはあまり興味を持てないのである。

 "Beginning (of the End)"にはジョン・ブッテという人がフィーチャーされていて、曲のほとんどすべてを歌っている。一聴すると女性のようにキーが高いのだが、58歳の男性である。ニューオーリンズ出身ののジャズ・シンガーのようで、シルクかベルベットの肌触りのような声が非常に魅力的だった。トッドのお眼鏡に叶ったのだろう。

 "Tin Foil Hat"には、ドナルド・フェイゲンが参加していて、クールでジャジーな音世界を現出させている。聞いただけではスティーリー・ダンの曲だと言われても分からないだろう。
 それにトッドの好きなソウル・ミュージックのスパイスもふりかけられているので、他のミュージシャンのアルバムでは聞くことのできないような絶妙な雰囲気を醸し出している。

 "Look at Me"は、完全なEDMで、架空のライヴ空間の中でエレクトリックなビートとともに、たっぷりとトッドが歌いまくっている。この曲にはマイケル・ホルマンという人がフィーチャーされているが、日本ではあまり知られていないのではないか。1970年代の終わりからニューヨークを中心に活動をしていたグレイというバンドのメンバーでもあった。

 一転して70年代のトッドに戻ったような曲が8曲目の"Let's Do This"で、こういうポップな曲をもっと入れてほしかった。
 この曲にはカナダのバンドのパースート・オブ・ハピネスのメンバーであるモー・バーグという人が関わっている。この人はトロント周辺で活躍しているミュージシャンで、このバンドのアルバムをトッドがプロデュースしたことから親交が始まったらしい。トッドお気に入りの58歳のミュージシャンである。51b5c048ce0aaa915be3d669f69ffbe8
 次の"Sleep"という曲もメロディアスな佳曲で、ここでギターを弾いているのはイーグルスやジェイムズ・ギャングで活躍したジョー・ウォルシュである。
 曲のメロディやコード進行がユニークで、まさにポップ・ミュージックのマエストロといわれる所以が伺えるようだ。

 珍しく女性シンガーがフィーチャーされているのが"That Could Have Been Me"で、ここで歌っているのはスウェーデン出身のロビンという人だ。
 今年で38歳になった彼女だが、10代の頃から活躍しており、ここではスローなバラードをチャーミングな声で歌っている。

 トッドとナイン・インチ・ネイルズの組合せはユニークだ。トッド流のEDMがインダストリアルで無機質なダンス・ミュージックに変化したのも、ナイン・インチ・ネイルズのリーダーのトレント・レズナーと昨年加入したアッティカス・ロスの影響だろう。ただし曲自体は2分58秒とそんなに長くはなかった。"Deaf Ears"というタイトルが、何やらシンボリックでもある。

 12曲目"Naked & Afraid"にはベテラン・ソウル・シンガーのベティ・ラヴェットが参加していて、これがまたソウル風EDMになっている。何でも吸収し、融合してしまう貪欲なトッドだが、そういう彼の姿勢が新たな音楽的潮流を生み出していくのだろう。

 ちなみに、ベティは今年71歳になるミシガン州出身のアフリカ系アメリカ人女性だが、そういう年齢の高い人が流行りの音楽に乗って歌うところが興味深い。ライヴで見てみたい気がする。

 13曲目の"Buy My T"は、プリンス風のファンキーな曲。タイトルの"Buy My T"とは“俺のTシャツを買え”という意味のようで、特に深い意味はない。こういう曲にこそブーツィー・コリンズやスタンリー・クラークなどを呼んでほしかった。

 "Wouldn't You Like to Know"には、息子のリバップ・ラングレンが参加している。リバップがどのような役割を果たしているのかはわからない。ギターやバック・コーラスなどに加わっているのではないだろうか。

 そして15曲目の"This Is Not A Drill"はアルバム最後を飾るにふさわしいスピーディーでギンギンのハード・ロック・ナンバーだ。
 何しろドラマーが元チューブスのプレイリー・プリンス、ベーシストは元ユートピアで今でも交流のあるカシム・サルトン、そしてギターを弾いているのはジョー・サトリアーニである。このメンツを見ただけで興奮、鳥肌ものだろう。

 しかもバックにはストリングスを用いていやがうえにも盛り上げようとしているから、オープニングからエンディングまで緊張感漂いっぱなしなのである。
 ただ惜しむらくは、3分17秒という時間の短さだろうか。もう少し膨らませて5分ぐらいにしてほしかった。

 このアルバムには15曲も収録されているせいか、1曲当たりの時間が短いのだ。4分を超える曲は2曲しかないし("Come"と"Chance For Us")、ほとんど3分台、2分台も2曲ある("Sleep"と"Deaf Ears")。

 だから、個人的にはEDM系の曲は短くても構わないので、それ以外の曲はもう少し長くしてほしかったと思っている。アルバム自体も約52分少々しかないので、せめて70分前後にまとめてほしかった。3
 それでも以前よりはポップ、ロック、ソウル寄りになっているところが、ファンにとってはうれしい。
 商業的には決して成功したとは言えないけれども、69歳になってもまだ旺盛な創作意欲を見せてくれるところも素晴らしいと思う。

 過去に名をはせた多くのミュージシャンたちが過去のアルバムの再録とか、過去のヒット曲しか演奏しない中で、トッドは意欲的に新しいトレンドや楽曲に挑戦している。
 また、今作のように他のミュージシャンたちと積極的にコラボレーションしている。こういう姿勢がまさにロックだと思うのだが、他の人はどう思うのだろうか。

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2017年8月14日 (月)

ディープ・パープルの新作

 夏は暑い。当たり前のことだが、ここ数年、本当に暑く感じる。日本は亜熱帯地域に移動したのだろうか。

 それで、暑い時には熱い音楽をということで、今回はハード・ロックの歴史的巨人、ディープ・パープルの新作を紹介しようと思った。

 ディープ・パープルといえば、1968年の結成以来、幾度ものメンバー・チェンジを繰り返しながら結成50年を迎えようとする老舗のブリティッシュ・ハード・ロック・バンドである。Deeppurple2016
 今更ながらこんなことを言ってもみんな知っているので仕方ないけれど、リッチー・ブラックモアを始め、亡くなったジョン・ロード、ボーカリストのイアン・ギランやデヴィッド・カヴァーデルなど、このバンドに在籍した、あるいは在籍している有名ミュージシャンは数知れない。

 そんな超有名バンドだが、いまだにニュー・アルバムを発表している。自分なんかは、彼らはもうこれ以上稼ぐ必要もないし、これ以上有名になる必要もないので、南の島に行ってゆっくりと余生を過ごしてもいいと思うのだが、いまだに頑張っている。

 イアン・ギランやロジャー・グローヴァーは71歳だし、一番若いギタリストのスティーヴ・モーズも63歳になる。
 そんな彼らが、通算20枚目のスタジオ・アルバムになる新作を今年の春に発表した。タイトルは「インフィニト」というものだった。61naz64a6tl
 自分は前作の「ナウ・ホワット?!」が予想外に良かったので、思わず輸入盤を購入してしまった。
 前作の「ナウ・ホワット?!」はボブ・エズリンのプロデュースのせいか非常に評判が良くて、北欧や東欧ではオーストリアやチェコ、ノルウェーなどでチャートの首位を飾り、母国イギリスでも19位まで上昇した。

 正式メンバーになったドン・エイリーの活躍とともに、スティーヴ・モーズの演奏も目立っていたし、何しろ曲自体もいい曲が多かった。

 それで新作の「インフィニト」だが、ひょっとしたらこのアルバムで彼らは活動を休止するのではないかと噂されていた。冒頭の"Time for Bedlam"という曲の"Bedlam"とは北ヨークシャー州にある有名な保養地のようで、ついに彼らも引退かともいわれていた。

 自分が聞いた限りでは、前作の「ナウ・ホワット?!」よりはインパクトが弱かった気がした。楽曲自体は悪くないのだが、全体的に一本調子であっという間にアルバムが終わってしまい、印象に残る曲が少ないのだ。

 確かに、普通のバンドのアルバムとして聞けば、水準以上のアルバムなのだが、“ディープ・パープル”という看板を背負ったバンドのアルバムとして聞くと、通常の平均的なアルバムになってしまう。

 決して悪いアルバムではない。3曲目の"All I Got Is You"はメロディアスな佳曲だし、6曲目の"The Surprising"ではドン・エイリーのキーボードが活躍している。スティーヴ・モーズも"Time for Bedlam"や"Birds of Prey"で弾きまくっている。
 ただ、70年代の"Highway Star"や"Burn"のような後世に残る曲が見当たらないのだ。

 ああいう名曲は、そうそうできるものではないということを逆に証明しているようだった。一方で、最後の曲"Roadhouse Blues"の方がシンプルで、シンプルがゆえに逆に際立っていて、耳に残った。

 この曲は彼らのオリジナルではなくて、このアルバムの中では唯一のカバー曲だった。カバーされたのはアメリカのザ・ドアーズの曲で、1970年のアルバム「モリソン・ホテル」に収められていたものだ。

 繰り返し言うが、このアルバムは普通のロック・バンドのアルバムとしては優れているのだが、やはりディープ・パープルという看板を掲げたバンドのアルバムとしては、平均的なものになったのではないだろうか。

 チャート的にも前作よりは下回ったようだ。彼らの熱狂的なファンのいる北欧や東欧でもアルバム・チャートの首位を飾ることはできなかった。唯一、ドイツとスイスではNo.1になり、母国イギリスでは、これが最後の作品といううわさが流れたせいか、6位を飾っている。

 ところで、1974年に彼らが発表したアルバム「嵐の使者」というアルバムがあった。いわゆる第3期ディープ・パープルの最後のアルバムで、この後、ギタリストのリッチー・ブラックモアは脱退してしまう。Mv5bztizoti3y2mtzguzzc00nwvilwiwz_2

 リッチーはこのアルバムを嫌っていて、最低のアルバムだと言っていた。理由はハード・ロック・アルバムではなくて、グレン・ヒューズやデヴィッド・カヴァーデルの意向の強いソウルフルでファンキーな路線に走ってしまったからだ。

 リッチーはこれが嫌だった。だからバンドを脱退したのだろう。ただ、自分的にはこのアルバムは結構気に入っていて、いまだに時々車の中で聞いたりしている。

 それまでのハード・ロック路線の"Stormbringer"と"Lady Double Dealer"の両曲を筆頭に、まさにファンキーなリフの目立つ"Love Don't Mean A Thing"や渋いバラードの"Holy Man"など、ディープ・パープルのイメージには似合わないところが、逆に新鮮に映ったものだ。

 アメリカのバンドの曲を聞いているようで、のちにトミー・ボーリンが加入する下地が作られたような雰囲気が漂っていた。アルバム・ジャケットもアメリカ中西部の竜巻のようで、映画やミュージカルの「オズの魔法使い」に出てくるような感じだった。

 のちにリッチーはステージの演出に「オズの魔法使い」を使用していたが、その遠因はこの辺にあったのかもしれない。51pl4eltgl
 ちなみに、"Holy Man"と"Hold On"の曲のクレジットには、リッチーの名前はなかった。ギター・ソロは残っているので、レコーディングにだけ参加したのだろう。

 それ以外の"High Ball Shooter"でも、リッチーの細かいギターの音を聞くことができるし、"The Gypsy"はリッチーが唯一このアルバムの中で気に入っていた曲だった。(でもへそ曲がりの彼のことだから、ジョークで言ったのかもしれない)

 そして、最後の曲がデヴィッドの歌とリッチーのアコースティック・ギター、ジョン・ロードのシンセサイザーで構成された"Soldier of Fortune"の感動的なバラードだった。この曲を最後に、リッチーはバンドを離れ、自分の思い通りになるバンドを結成したのである。

 とにかく、このアルバムは発表当時は評価が分かれてしまい、従来のハード・ロック路線を期待していたファンからは駄作に近い扱いを受けたし、ファンクやソウルが好きなファンや第3期ディープ・パープルを気に入ったファンからは好意的に受け入れられた。

 この傾向は今も同じようなもので、このアルバムの評価は定まっていないような気がする。ただ、当時はソッポを向いていた人たちの中には、このアルバムを受け入れようとしている人もいるようだ。

 というわけで、ディープ・パープルの新作「インフィニト」ももう少し時間がたてば、評価も高まるかもしれない。画家のゴッホの作品と同じように、偉大な人や作品については理解されるのに時間がかかるのであろう。

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2017年8月 7日 (月)

エド・シーラン

 現代の吟遊詩人といってもおかしくないと思っている。エド・シーランのことだ。自分は、もちろん彼のデビューした2011年から彼の名前は知っていたのだが、まさか、ここまでビッグな存在になるとは思ってもみなかった。Edsheeran2017leadpressshot_lo_res
 というのも、雑誌などでは彼の楽曲よりもその経歴の方が注目を集めていて、確かにラジオから流れてきた曲はよかったと思ったのだが、また新人が登場してきたなあという程度の認識しかなかったのである。

 何しろ、当時の彼のキャッチ・コピーは、“住所不定、職業シンガー・ソングライター”というものだった。如何にも何だか怪しい感じがすると思うのだが、そう思ったのは私一人だったのかもしれない。

 以前にも書いたけれども、イギリスの音楽界の新陳代謝は異様に早くて、人口は日本の半分くらいしかないのに、次から次へとニュー・カマーが現れてきて、しかもそのうちの何人かは世界的にもビッグな存在になってしまう。ジェイムス・ブラントにジェイムス・モリソン、エイミー・ワインハウスにアデル、サム・スミス、そしてエド・シーランなどなどである。

 エド・シーランは、ウエスト・ヨークシャーのハリファックスというところで、1991年の2月に生まれている。人口8万人くらいの街だから、そんなに都会ではなさそうだ。
 ただ、エド以外にも有名ミュージシャンが誕生していて、元ユーライア・ヒープのボーカリストのジョン・ロートンや元トンプソン・ツインズの中心人物だったトム・ベイリーなどもいた。

 エドの父親はアイルランド人で、母親はイギリス人だった。幼い頃から両親、特に父親が流す音楽に影響を受けるようになり、4歳頃から教会の聖歌隊で歌うようになった。
 父親はボブ・ディランやヴァン・モリソン、ザ・ビートルズを聞き、エドはエミネムやグリーン・デイ、リンキン・パークなどを好んで聞いていたようだ。

 5歳からはピアノを習い始め、学校ではチェロやバイオリンも手にするようになった。やはり生まれつきの才能のようなものが輝いていたのだろう。

 11歳になると、テレビで見たエリック・クラプトンの影響で、ギターを手にするようになり、アイルランドのシンガー・ソングライターのダミアン・ライスのライヴを見て、自分もシンガー・ソングライターになろうと決心したという。
 
 何と影響を受けやすい人だと思うかもしれないけれど、これでその後の人生が決まったのだから、これはもう天啓みたいなものだったのだろう。

 ここからがエドのすごいところで、自分で曲作りを始め、14歳になるとループ・ペダルを買ってきて、アコースティック・ギターを弾きながら歌を歌い、デモ・テープを制作するようになった。

 16歳になると、とにかく1年365日音楽をやりたいと思い、ついには学校までも退学してしまう。そして、家を出て、時に友人の家に泊まりながら、時に路上生活者のような暮らしを送りながら、ストリート・ミュージシャンとして活動を始めるようになったのである。

 よくまあ、家の人が許したなあと思うのだが、それだけ彼には才能があると周りの人が認めていたのだろうし、まだ若いから失敗しても構わないと考えていたのかもしれない。

 いずれにしても、彼はアコースティック・ギターとループ・ペダルを持ってロンドンに出かけて、ストリートやパブのような居酒屋で歌うようになった。
 2009年には、年間312回のソロ・パフォーマンスを行い、ミニ・アルバム「ユー・ニード・ミー」も発表した。このあたりから徐々に彼の運命が好転していく。

 やがて彼のライヴは噂になり、人々に好意的に受けとめられるようになって、マネージャーも付くようになった。
 これは、もちろん彼の楽曲自体がもつ魅力もあったのだろうが、同時に、彼の明るくてポジティヴな性格も幸いしたに違いないだろう。

 翌2010年には、ミニ・アルバム「ルース・チェインジ」がイギリスのiTunesで1位になり、メジャー・レーベルのアトランティック・レーベルと晴れて契約することができた。

 そして、2011年にはメジャー・デビュー・アルバム「+」が発表される。この中からシングル・カットされた"The A Team"が大ヒットして、一躍彼は世界中に名前が知られるようになった。この曲は、チャートでは首位には立たなかったものの、グラミー賞の「ソング・オブ・ザ・イヤー」やブリット・アワードにノミネートされるくらい有名になった。41wad6qwa0l

 このアルバムを聞いての最初の印象は、21世紀のシンガー・ソングライター像を確立したなあということだった。

 今までのシンガー・ソングライターというと、ギター1本の弾き語りというイメージが自分の中にはあった。ところが、このアルバムでは、確かに基本はフォーク・ギターなのだけれども、ロックっぽい曲もあるし、ラップ調の曲も含まれていた。エミネムから影響を受けたのは間違いないようだ。

 要するに、エドの持つ音楽性が幅広いのである。ただ、アルバムの中盤になるとおとなしめの曲が続いていて、少し退屈さも感じてしまった。この辺はアレンジの問題だろうか。
 国内盤にはボーナス・トラックを入れて17曲が収められていた。そのうち、エドひとりで手掛けた曲は、"The A Team"、"Small Bump"、"Little Bird"、"Sunburn"の4曲だけで、あとはジェイク・ゴスリングなどの音楽パートナーと一緒に作っている。

 幅広いジャンルの音楽を含む新時代のシンガー・ソングライターによるアルバムだったが、基本的にはまだまだフォーク・ソングという雰囲気が色濃く残っていて、その辺はさすがに大英帝国の伝統を感じさせてくれた。

 このデビュー・アルバムは、イギリス国内では予約だけでゴールド・ディスクを獲得し、発売1週目で10万枚を超し、最終的に200万枚以上売れている。また、全世界では400万とも500万とも言われていて、よくわからない。それほど売れているのである。

 続くセカンド・アルバム「×」は、2014年に発表された。フォーク・ミュージックのシンガー・ソングライターというイメージから徐々に脱皮していく様子が、このアルバムから伺われた。81x21cxzizl__sl1425_
 何しろプロデューサーのひとりに、リック・ルービンを迎えているのだ。リック・ルービンといえば、ビースティ・ボーイズやRUN.D.M.C.の他に、メタリカやレッド・ホット・チリ・ペッパーズなども手掛けている大物プロデューサーだ。それにエミネムのアルバムも手掛けていたので、エドにとっては憧れのプロデューサーだったのだろう。

 それにリックだけでなく、"Happy"を歌ってヒットさせたファレル・ウィリアムスも曲作りやプロデュースに参加していたので、ヒップホップの要素も前作よりは強くなっている。
 だからというわけでもないだろうが、全体的に前作よりも黒っぽい気がした。ソウル色というよりは、やはりヒップホップやラップ色がところどころに浮かんできている感じだった。

 このアルバムでも共作が目立つ。自作曲は冒頭の2曲"One"と"I'm A Mess"、エミネム調の"The Man"、ポップな"Shirtsleeves"、映画「竜に奪われた王国」の主題歌である"I See Fire"の5曲で、残りの12曲は他のミュージシャン等とのコラボレーションだった。確かにこれなら売れるのは間違いないだろう。

 しかも前作からの約3年間で、120曲以上の曲を作りその中から厳選したものを、さらに友人たちと磨きをかけていったのである。
 そして没になった曲は、友人のテイラー・スウィフトやジャスティン・ビーバーに提供したのだが、それらの曲もまたヒットしたのだから、エドの才能は計り知れない。

 当然ながら、このアルバムも売れた。全米や全英でチャートのNo.1になったの当然のことで、iTunesでは全世界95か国で1位になり、全世界で1400万枚以上も売れている。
 デビュー・アルバムと合わせると、2300万枚以上と言われているし、フォーブス誌によると、2016年の1年だけでエドは約3300万ドルの収入があったそうである。

 2017年にサード・アルバム「÷」が発表されたが、これはもう21世紀の今の段階では、ほぼ完璧なポップ・アルバムだと思っている。81mvp7ip8l__sl1425_
 プロデューサーには、前作にも参加していたベニー・ブランコがいた。彼はマルーン5やケイティ・ペリーのアルバムなども手掛けていて、今どういうアルバムが売れるのかよくわきまえているミュージシャンでもあった。

 エドは最初から、とんでもなくポップなアルバムにしようと決意して臨んでいて、少なくとも3回は最初からアルバムを作り直したという。その間、数百もの楽曲が用意され、そのほとんどが没になっていった。まさにプロ・ミュージシャンとしての意地とプライドをかけたアルバム制作だったようだ。

 また、イギリスのバンド、スノウ・パトロールのメンバーでエドの友人のジョニー・マクダイドも曲作りに関わっていた。彼は、前作でも7曲をエドと共作していた。
 逆に、自作曲はバラードの"Perfect"と"Supermarket Flowers"の2曲だけにとどまっている。21世紀のシンガー・ソングライターは、ひとりで部屋に閉じこもるのではなくて、他の人と積極的にコラボレーションするという特徴があるようだ。

 だから、普通のフォーク調の曲だけではなく、ラップからソウル風のバラード、スペイン語まで駆使したダンス・ミュージックにアイリッシュ音楽まで、彼の守備範囲は限りなく広がっている。無いのはハード・ロックとプログレぐらいだろう。

 もともと才能のある人が、同じように才能のある人たちと一緒にアルバムを作ったらこうなりましたよという典型的な見本が、このアルバムだ。
 すでに、全世界14か国以上のアルバム・チャートで1位になっている。文明国でなっていないのは、ギリシャとメキシコと日本ぐらいなものだった。

 何しろアルバムを出すたびに、過去のアルバムもチャートに顔を出すのである。「÷」が発表された後にも、デビュー・アルバムの「+」とセカンド・アルバムの「×」が、イギリスのアルバム・チャートのトップ10に登場していた。恐るべし、エド・シーラン。今年の洋楽のシーンの顔は、彼を除いては他にいないだろう。

 面白いことに、アルバムの中では、新時代に相応しい楽曲や制作方法をとってきたエドだが、ライヴにおいては、昔も今もストリート・ミュージシャンのように、ギター1本で勝負している。

 たとえば、2015年の7月にはイギリスのウェンブリー・スタジアムにおいて3日連続で公演を行い、3日間ともソールド・アウトにしている。その時の観客動員数は3日間で計約24万人だった。

 アリーナの収容人数は最大で9万人である。それらの人の前で、ギター1本とループ・ペダルだけで歌い切ったエドは、確かに本物のシンガー・ソングライターに違いない。
 また、今年の5月1日から3日までロンドンのO2アリーナで公演を行ったが、こちらも3日間連続でソールド・アウトになっている。この時は、約6万人のファンが集まったということだった。Vipirelandimage149579620x434
 アルバム・タイトルの「+」は、自分のよいところが出せるようにという意味で、つけたタイトルだった。次の「×」は、前作以上の結果が出せるようにとつけたタイトルだった。そしてその目標は達成できている。さて、「÷」とはどういう意味なのだろうか。

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