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2017年11月 6日 (月)

デラニー&ボニー(2)

 スワンプ・ロックとは、ロックン・ロールを中心にして、それにR&Bやカントリー・ミュージック、ゴスペルなどの要素を備えた音楽であり、具体的にはロック・バンドにブラスとコール&レスポンス風のバック・コーラス、それにピアノやオルガン中心のキーボードを加えた楽曲である。

 1970年前後にアメリカを中心に流行したが、これを主導したのは、アメリカ人ミュージシャンのみならず、クラプトンやデイヴ・メイソンなどの著名なイギリス人ミュージシャンもその一翼を担っていた。

 自分なんかはクラプトンやジョージ・ハリソンが彼らと積極的に交流を図ろうとしていたのを知って、初めてこの手の音楽を知った。だからイギリス人ミュージシャンを鏡にして、アメリカの音楽の源流の一つを学んだようなものだった。

 レオン・ラッセルやドン・ニックス、マーク・べノなどのアメリカ人ミュージシャンの音楽もスワンプ・ロックの範疇に含まれるのだが、その中で一番有名で、一番影響力があったのは、やはりデラニー&ボニーであることは論を俟たないだろう。

 特に彼らが発表した4枚目のアルバム「デラニーよりボニーへ」は、まさにスワンプ・ロックを代表するアルバムである。このアルバムを聞けば、スワンプ・ロックとは何なのかを体験できる。それほど優れた名盤であり、アメリカン・ロック史の中でもまさに世界遺産級のアルバムだと思っている。61hhvjhiphl__sl1050_
 このアルバムは、1970年に発表された。前年のイギリス・ツアーは「オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン」として70年の3月に発表されていた。

 デラニーは、イギリスから帰国後、ただちにスタジオ・アルバムの録音に取り掛かろうとしたのだが、残念ながらバック・ミュージシャンのほとんどは、エリック・クラプトンやレオン・ラッセルたちと行動を共にしていて、デラニーのもとにはあまり人が残っていなかった。

 そんなときに助け舟を出してくれたのが、アトランティック・レコードの当時の重役だったジェリー・ウェクスラーだった。
 彼はデラニーとボニーにオールマン・ブラザーズ・バンドのギタリストだったデュアン・オールマンを紹介したのである。

 当初はライ・クーダーの名前も挙がったのだが、ジェリーはデュアンの方が音楽性が合うだろうと仲介してくれた。
 実際、デュアンとデラニーは意気投合して、2人で行動を共にすることが多くなっていった。当時のデュアンは自分のバンドのツアー以外は、ほとんどの時間をデラニー&ボニーと過ごすようになったと言われている。

 だからこのアルバムのクレジットを見ると、レオン・ラッセルやエリック・クラプトンの名前は既になく、代わってデュアン・オールマンのほかに、ベン・べネイ、チャーリー・フリーマン、スニーキー・ピートやメンフィス・ホーンズのメンバー等がクレジットされていた。

 また、デレク&ザ・ドミノスからは、ボビー・ホイットロックとジム・ゴードンが参加していた。ただ、ジムは本職のドラムは叩いておらず、ピアノやオルガンを担当している。

 ついでにいうと、ギター担当のチャーリー・フリーマンやリズム陣のトミー・マクルーアとサミー・クリースンなどは、マイアミにあるクライテリア・スタジオの専属ミュージシャンだった。彼らは“ディキシー・フライヤーズ”と呼ばれていて、それなりの経験を積んだベテラン・ミュージシャンたちだった。

 このアルバムの素晴らしさは、とにかくスワンプ・ロックの要素をすべて備えているところだろう。71rhuj1prbl__sl1050_
 デラニーの書いた"Hard Luck And Troubles"からアルバムは始まる。ノリのよい転がるようなテンポの曲で、途中からのホーン・セクションがR&B風でカッコいい。

 続いてアコースティック・ギターとスティール・ギターがフィーチャーされた"God Knows I Love You"が始まる。アメリカ南部から中西部に移動してきたような感じがした。1曲目と2曲目のギャップはそんな感じだった。
 蛇足として、スティール・ギター奏者のスニーキー・ピートは当時フライング・ブリット・ブラザーズに所属していたミュージシャンである。

 ボニーが本格的に登場するのは、3曲目の"Lay Down My Burden"からである。この人が歌うと迫力があるので、本当にティナ・ターナーが歌っているように感じてしまう。この曲もまた彼女の代表曲の一つだろう。

 4曲目はメドレー形式になっていて、ロバート・ジョンソンの名曲でデラニーが歌う"Come on in My Kitchen"から、ボニーが歌う"Mama, He treats Your Daughter Mean"、2人のデュエットによる"Going Down The Road Feeling Bad"へと続く。バックの演奏はアコースティック・ギター2本とコンガのみである。

 続いて、お涙頂戴のスラー・バラード"The Love of My Man"をボニーが丁寧にかつ切々と歌ってくれる。ただ、迫力がありすぎて感傷ではなく感動してしまう。バックのオルガンとホーンの絡みなどは見事なアレンジだと思った。

 一転して、ロックン・ロールになる。"They Call It Rock&Roll Music"はタイトル通りの曲で、デラニーが手掛けた曲だった。ロックン・ロールといっても、スワンプ・ロックにはホーンやバック・コーラスがフィーチャーされるので、ギター・ソロはそんなに目立たない。
 この曲のサックスは、デラニーの友人のキング・カーティスという人が担当している。この人は有名なサックス奏者だったが、翌年の8月にドラッグの密売人と口論になり刺殺されている。享年37歳だった。

 さらにアップテンポでノリノリなのが"Soul Shake"だ。たぶん当時のレコードでは、この曲がサイドBの1曲目にあたるのではないだろうか。最初から飛ばしていこうぜという感じの曲で、間奏でのデュアンのスライド・ギターと後半のサックスが目立っている。

 "Miss Ann"はピアノが目立つブギウギ調のロック・ナンバーで、誰が弾いているのかと思ったら、何とリトル・リチャードだった。ゲスト参加ということだ。この曲は5分以上もあるので、結構、彼のピアノは目立っている。

 9曲目の"Alone Together"はデイヴ・メイソンの曲ではなくて、デラニー&ボニーとボビー・ホイットロックが手掛けたもの。まさにスワンプ・ロックのお手本のような曲で、みんなでワイワイやっているようなスワンプ・ロック風パーティー・ソングである。

 そして、次の"Living On the Open Road"ではデュアンのスティール・ギターが大フィーチャーされていて、個人的には、この1曲だけでもこのアルバムを聞く価値があるのではないかと思っている。他の曲でももっと弾いてほしかったが、この曲を聞けただけでも幸福感が湧き上がってくる。

 ハードな曲の次にはスローな曲が来るのは定番で、"Let Me Be Your Man"はスロー・バラード曲。ただメイン・ボーカルはデラニーだった。タイトル曲や内容が男性用だからだろう。でも、しっかり聞きこむと、意外とデラニーの歌い方もソウルフルで情感豊かだった。もう少しエンディングを伸ばしてほしかったように思う。

 最後の曲"Free the People"はボニーが歌っていて、基本的には前半がトロンボーンとパーカッションで、後半はバンド形式になる。そしてアルバム全体を締めくくるかのように、最後はみんなで歌って終了という感じだった。

 デラニー&ボニーは、翌年の1971年に「モーテル・ショット」を発表した。これは商業的な成功を求めるために発表したものではなくて、当時の彼らの日常の音楽風景を記録として留めようと思って制作されたものだった。91c0708lh8l__sl1500_
 当時の彼らは、ライヴ終了後はモーテルに戻って、さらに一晩中、飲んで歌ってワイワイやっていたという。その中で、次のアルバムへのアイデアや曲へのイメージが浮かんで来たようなのだが、そういう演奏などを無理のない形で発表しようとしたのである。

 基本はホテル(モーテル)内でのレコーディングなので、エレクトリックな楽器は極力排除されていて、ピアノやタンバリンなどのパーカッションが主な楽器だ。

 録音時期には諸説あるが、だいたい1969年の秋以降から1970年の5月くらいまでではないかと言われている。
 このアルバムには、レオン・ラッセルやデイヴ・メイソンにデュアン・オールマン、それにジョー・コッカーまで参加していた。

 だから、デレク&ザ・ドミノス結成以前か、ジョー・コッカーの全米ツアー以前だろう。ということは、上記の時期が最も当てはまりそうで、その間のデラニー&ボニーのツアーの合間を利用して録音されたものなのだろう。

 曲の内容的には、トラディショナルや黒人霊歌的なものも含まれていて、彼らの宗教観や音楽観が伺える。デラニー&ボニーもレオンも敬虔なクリスチャンで、ショーの前後でみんなで円陣を作り、祈りを捧げていたという。

 1曲目の"Where The Soul Never Dies"古いゴスペル・ソングをデラニーがアレンジしたもので、レオン・ラッセルの弾くピアノとタンバリンで構成されている。
 続く"Will The Circle Be Unbroken"も古い讃美歌で、ここではボニーがメイン・ボーカルを取っている。

 一転して静かな"Rock of Ages"が始まる。珍しくレオン・ラッセルがリードを取っていて、これも讃美歌をアレンジしたものらしい。ピアノ1台と少しのパーカッションで成り立っている曲でもある。

 アコースティック・ギターとピアノが目立っている"Long Road Ahead"はデラニーとカール・レイドルの曲で、デイヴ・メイソンと思われるギターがかすかに聞こえてくる。これも誠実、質素、堅実といった古き良きアメリカ南部の伝統を踏襲したような内容の曲になっている。

 更にメロディアスでバラードなのは5曲目の"Faded Love"で、歌っているのはデラニー・ブラムレットだった。彼が子どもの頃に、家族でよく一緒に歌っていた曲の一つだという。素朴でセンチメンタルな曲である。

 "Talkin' About Jesus"をリードするのは、なんとまあジョー・コッカーである。彼の名前はこのアルバムにはクレジットされていないのだが、誰が聞いても彼だとわかる声が聞こえてくる。
 ジョーの次には、デラニー、ボニーと次々とコーラスが加わり、まさにゴスペルの極致に近づいてくる。彼らにはモーテルではなくて、教会で歌っているような感じだったかもしれない。もしくは、神はどこにでもおわしますという心境だったかもしれない。教会であろうが、ホテルの一室であろうが、神を身近に感じることがクリスチャンの資質なのだろうか。

 6分51秒の曲の次は、2分41秒のロバート・ジョンソンも歌った"Come on in My Kitchen"。ドブロ・ギターを弾いているのは、デュアン・オールマンのようだ。前作の「デラニーからボニーへ」とはレコーディングの時期が違う曲だった。

 続いてスロー・ナンバーの"Don't Deceive Me"が始まるのだが、この曲はボニーがリードを取っていて、ソウルフルなボーカルを聞かせてくれる。アコースティック・ギターを弾いているのは、何となくクラプトンのような気がするのだが、気のせいだろうか。ただ、クラプトンもこのアルバムにはクレジットされていない。

 "Never Ending Song of love"はデラニーのオリジナル曲。このアルバムからシングル・カットされ、全米チャートの13位まで上昇し、彼らの最大のヒット曲になった。のちにザ・ニュー・シーカーズやジ・オズモンド・ブラザーズなどもカバーしてヒットさせている。このアルバムの中では、唯一のポップ・ソングかもしれない。

 "Sing My Way Home "もデラニーのオリジナル曲で、バックのスライド・ギターはもちろんデュアン・オールマンである。アコースティック主体の爽やかな曲でもある。

 このアルバムの前半はR&Bやゴスペルの影響を受けた高揚感のある曲が占めているのだが、後半はこういうアコースティック主体の曲やポップな曲が目立っている。91b3kymkagl__sl1500_
 11曲目も前作「デラニーからボニーへ」の中でメドレーとして収められていた曲"Going Down The Road Feeling Bad"で、デュアン・オールマンのアコースティック・ギターが目立っているせいか、軽快で明るい印象を受けた。

 最後を飾るのは"Lonesome And A Long Way From Home"で、クラプトンの1970年のソロ・アルバムにも収められていた。デラニー&ボニーとレオン・ラッセルのクレジットによる曲で、フィドルなども聞こえてきて、よりアーシーになっている。最後のボーカルはスティーヴン・スティルスと言われているが、彼の名前もアルバムには記載されていなかった。

 というわけで、このアルバムについては売れることを意識して発表したわけではないようだが、なぜかシングル曲はヒットしてしまった。彼らにとっては予想外のことだっただろう。あるいは、スワンプ・ロックというブームの中での出来事だったのかもしれない。

 このあと彼らは、アルバムを制作するもレコード会社からは拒否され、夫婦仲も次第に険悪な状況になっていった。

 この「モーテル・ショット」は、1990年代にブームになった“アンプラグドもの”の先駆けとなったアルバムとも言われているが、あるいは、もしかしたら彼らの最も幸福な時間を曲に託して記録(レコーディング)したのかもしれない。


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