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2017年12月

2017年12月25日 (月)

師匠と弟子が語るロジャー・ウォーターズの新作

師匠:いよいよ今年も終わりに近づいたな。わしらの出番じゃ。今回はロジャー・ウォーターズの新作「イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?」について語ろうかの。

弟子:新作といっても発売されてもう半年にもなりますよ。いくら流行に疎いといっても少し遅すぎるんじゃないですかね。

師匠:何を言ってるんじゃ。ロジャーの25年振りの新作アルバムじゃぞ。25年という年月から見れば、6ヶ月くらいはあっという間じゃ。それに半年たってもこのアルバムの凄さは変わらんぞ。81ovjn88zl__sl1500_

弟子:まあ、年を取ると時間の流れが速く感じるといいますから、そんなものかもしれませんね。それにしてもこのアルバム、25年たってもすぐにロジャー・ウォーターズのアルバムとわかりますね。

師匠:そうじゃろ。クォリティーの高さでは変わらんからな。音楽的な質のみならず、歌詞も文学的でかつ世の中の事象を突く鋭さを有しておるな。さすが元ピンク・フロイドのリーダーじゃ。

弟子:そうですかね。音楽的な質と言いながらも、やっていることはフロイド時代と変わらないじゃないですか。相変わらずSEやサウンド・コラージュのようなつなぎを多用しているし、暗鬱で気分の滅するような音で埋め尽くされていますよね。

師匠:何じゃと。それじゃ何かい、ワンパターンで定型化された展開と言うんかい。それは表面的な見方にしかすぎんな。若いもんはこれだから困るんじゃ。25年振りにこのアルバムを発表せざるをえなかったロジャーの気持ちのことを考えたことがあるんか、えッ。

弟子:まあまあ、そう興奮しないでください。また血圧が上がりますよ。いま上が190で下が110くらいなんでしょ。これ以上あがると倒れますよ。

師匠:お前がいちゃもんつけるからじゃよ。だいたいこのアルバムは、2010年9月から3年にわたって行われた“ザ・ウォール・ライヴ”というツアー中から少しずつ書かれていったものじゃ。全219公演、まさにロジャーの音楽人生の集大成ともなるツアーじゃった。
 普通ならこれでおしまいになるのじゃが、ロジャーはさらに先を見据えていたんじゃな。だから、今の時代感覚を反映したアルバムになったんじゃ。3c3cfc8eba3c95f2926c25f06eef7859_10
弟子:そうですかね。確かに歌詞的にはドローンのことを述べている"Deja Vu"やTVゲームのように戦争を遂行する様子を描いた"Picture That"のような曲もありますけどね。
 でもそのモチーフは前作の「死滅遊戯」のパクリじゃないですか。あれは湾岸戦争や天安門事件だったし。

師匠:何という浅ましさ、神よ、この哀れな若者を救いたまえ。74歳にもなってこんな歌詞を書けるミュージシャンが他にどこにいるんじゃ。それだけ世の中が変わっていない、いや、ますます悲惨な様相を呈しているということの表れじゃないか、それが分からんとは悲しいわい。
 それにアメリカ大統領選とも関連があるわけじゃよ。誰かはアメリカとメキシコの国境に壁を築くと訴えていたわけじゃが、まさにツアー中のロジャーとシンクロしてしもうたわ。この驚くべき共時性、まさに時代を反映し、さらに予見していたアルバムともいえるじゃろ。

弟子:何となく牽強付会という気もしますけど、まあ、そういうことにしておきましょう。でも、サウンド的にはあまり変わり映えしない気がしますけどね。
 たとえば、最初の"When We Were Young"なんかは、まさに「狂気」の"Speak to Me"を思い出させてくれましたし、モノローグのような"Deja Vu"、"Picture That"も「ザ・ウォール」の中の曲をイメージさせてくれました。最大の問題作は、"Smell the Roses"じゃないですかね。まさに"Time"と"Have a Cigar"を合体させたような曲でしたよ。ギター・ソロの入り方も似ていましたから。

師匠:お前も分からん奴じゃな。ロジャーの今までの集大成的な作品になっているところが理解できんのじゃな。その程度の感性とは泣いてあきれるわ。それに今回のプロデューサーのナイジェル・ゴドリッチのおかげで、立体的な音響効果や演劇的な要素が一層際立っておるわい。その辺のところは理解できんのかな。
 ロジャーは、このアルバムについてのサウンド・プロダクションはすべてナイジェルに任せたと言っておるからな。ナイジェルはドラマーにジョーイ・ワロンカーを選んで、アルバムの骨格を固めておるな。あとはジョナサン・ウィルソンとガス・シーファートにギターやキーボードを担当させて、全体をまとめておる。そういう新しい血も導入しているわけじゃよ。そういうところを理解できんとは、まだまだじゃな。

弟子:そうですかね。ナイジェル・ゴドリッチといえば、BECKやレディオヘッドなどのアルバム・プロデュースで有名ですけど、ロジャーと合いますかね。以前、ポール・マッカートニーのアルバム「ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード」も担当しましたが、そんなに良かったとも思えませんでした。
  新しければいいというものでもないと思うんですけど。それに、後半に行くと、"Wait for Her"から"Part of Me Died"なんかはロジャーの問題作「ファイナル・カット」を彷彿させてくれたんですけど、なんだかなぁという感じですね。

師匠:まだ言うんかい。ロジャーがアコースティック・ギターをバックに歌えば、みんな「ファイナル・カット」に聞こえるんじゃないかな。貧弱な発想とはまさにこのこと。残念じゃ。それに、「ファイナル・カット」は正式にはピンク・フロイドのアルバムじゃ、きちんとカタログにも載っているぞ。ロジャーのソロ・アルバムではないな。認識不足も甚だしいぞ。
 もう少し言わせてもらうと、たとえば"Broken Bones"は、非常に美しくて哀しいエレジーのような曲じゃが、これには第二次世界大戦で犠牲になった人の遺骨のことを仄めかしているんじゃ。しかも、それは21世紀の今もなお続いているということじゃ。だから"Is This The Life We Really Want?"と続いていくんじゃな。
 それに"Bird in a Gale"は、シリア難民が海に溺れていく光景を暗示しておる。そういうところまで読み取らんと、このアルバムの凄さが理解できんじゃろうな。

弟子:確かに"The Most Beautiful Girl"なんかも繊細なバラードの中に、意味深い象徴的な世界が広がっていますよね。でもこういうところは、もう少し説明がないと一般人には理解できにくいですよ。親切じゃないです。優秀なミュージシャンならば、普遍性と商業性を止揚していかないと駄目ですよ。ましてやロジャー・ウォーターズくらいのミュージシャンなら、なおさらでしょう。81fg0wvzkjl__sl1238_
師匠:フッフッフッ、何も知らん奴じゃ。このアルバムは売れたぞ。ベルギー、チェコ、ポーランド、スイス、ノルウェーでは軒並み1位、他のヨーロッパ諸国でも2位や3位を記録したし、肝心のイギリスでは3位、アメリカでは11位じゃったな。今はダウンロードが主流だからCDの売り上げ枚数は減っているものの、それでもこの結果は見事なものじゃ。

弟子:でも、デヴィッド・ギルモアの「ラトル・ザット・ロック」に比べれば悪いですね。あれはイギリスで1位になってゴールド・ディスクを取りましたし、アメリカでも5位まで上昇しました。また、フランスやドイツではゴールド・ディスクに、イタリアではプラチナ・ディスクにも認定されています。やっぱりギルモアの方が人気がありますよ。

師匠:不愉快な奴じゃな。だいたい商業主義の権化のようなデヴィッド・ギルモアと比べること自体意味がないわい。単にフロイドの残像を上手に表しているにすぎんじゃろ。似非ピンク・フロイドと思想性と時代性を同時に伴っているミュージシャンと比べること自体意味がないわい。どう考えてもピンク・フロイドの遺産は、ロジャーが継承しているとしか思えんな。
 もっと言えば、ロジャー・ウォーターズは、今更売れるとか売れないとか眼中にないじゃろ。あまり意味のない議論をしても時間の無駄じゃ。とにかく、このアルバムはまさにロジャー・ウォーターズの真骨頂であり、時代を切り拓くメッセージを有しておるわ。74歳にしてこの創作意欲は、まさにあっぱれとしか言いようがないな。

弟子:そう来ましたか。それじゃ次のメッセージを待つまでに、また25年くらいはかかるということですかね。99歳のミュージシャンのアルバムも聞いてみたいですね、ちょっと怖い気もしますが。

師匠:それは、未発表アルバムとして世に出されるかもしれんな。いずれにせよ、ピンク・フロイドという看板は永遠不滅じゃし、その中心者のロジャーの存在はますます輝くじゃろう。現代人なら耳を傾けるべきじゃろうなあ。

弟子:わかりわしたよ、そんなに言うんなら、一度きちんと聞いてみたいと思いますので、アルバムを買って来てください。お願いします。

師匠:アホか、まだ聞いてないんかい!

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2017年12月18日 (月)

トゥ・ザ・ボーン

 「今年聞いたプログレッシヴ・ロック特集」の3回目は、イギリス人のスティーヴン・ウィルソンの新作である。タイトルは「トゥ・ザ・ボーン」と名付けられていた。彼の通算5枚目にあたるスタジオ・アルバムである。1200pxstevenwilson2016
 このアルバムは、今年の夏に発表されたものだが、自分はやや遅れて購入して聞いてみた。私の敬愛してやまない風呂井戸氏は、以前よりもポップな傾向が強くなったと御自身のブログの中で述べていたので、果たしてどのくらいポップ化したのだろうかと、期待と不安を半々ずつ抱きながら、このアルバムを聞いてみたのだ。

 このアルバムがポップ化したことは、スティーヴン・ウィルソン自身も認めていて、「このアルバムには、僕がこれまでに作ったものよりも、はるかに強いポップ感があるんだ。でも僕は、ポップ・レコードでありながら、同時に歌詞の面でも、あるいはプロダクションの面でも、人々がより深いレベルで向き合うものを作りたかった」と述べている。

 また、このアルバム評を載せたある音楽雑誌には、「プログレッシヴ・ポップ・ミュージックの分野において実り豊かな野心作」と書かれていて、評論家の意見の中でも好意的に受け止められていた。

 さらに、こういう音楽傾向になったのは、スティーヴン・ウィルソン自身が若い頃に聞いていた音楽、たとえばピーター・ガブリエルの「So」、ケイト・ブッシュ「愛のかたち」、ティアーズ・フォー・フィアーズ「シーズ・オブ・ラヴ」、トーク・トークの「カラー・オブ・スプリング」などの影響だとも述べていた。

 私的な感想を言えば、ポップ化といっても急にヒット・シングル満載のアルバムになったというわけでは無くて、聞きやすくなったといった方が間違いが少ないと思った。
 その中でも一番聞きやすかったのは、6曲目の"Permanating"だろうか。疾走感あふれるこの曲のサビはとてもわかりやすくて、思わず一緒に口ずさんでしまうような特徴的なメロディラインを含んでいたからだ。

 アルバムの重要なテーマは、“現代社会での生きることの困難さ”だろう。世界的に見れば、特にヨーロッパでは、いつ起こるかわからないテロリズムに対する不安や急増する移民(難民)に対する対応などの社会的な不安、そういう不透明な社会においてどのように生きるべきか等の個人としての生き方の両面を曲と歌詞を通して訴えかけている。711otzhvugl__sl1181_
 そういう意味では、間違いなく“今を生きるプログレッシヴ・ロック”といえるだろう。この時代性に対する感覚や批評性を備えているところが、他のプログレッシヴ・ロックとは違う点で、優れたプログレッシヴ・ロック・バンドはみんなこういう視点を含んだ音楽性を有しているといえよう。

 そしてこのアルバム「トゥ・ザ・ボーン」は、全11曲59分46秒の長さで、冒頭の曲"To The Bone"から不安感を煽るような女性コーラスやコンガの音が強調されている。途中のギター・ソロがカッコいいのだが、クレジットではスティーヴン・ウィルソン自身が弾いているようだ。
 また、この曲と5曲目の"Refuge"では、ハーモニカが効果的に使われている。いずれもマーク・フェルザムという著名なセッション・ミュージシャンが担当していて、曲に切迫感を与えている。

 2曲目の"Nowhere Now"を聞くと、あぁ確かにポップになったと実感できるはずだ。特に、リフレインされるフレーズのところは耳に馴染みやすい。
 この曲でもスティーヴン・ウィルソン自身がギターとベース、キーボード&ボーカルを担当している。

 牧歌的な雰囲気を持った"Pariah"は、バラード系の曲で、スティーヴンのボーカルに女性のニネット・タヤブのボーカルが絡み合い、壮大な音響空間へと突き進んでいく。
 このニネット・タヤブという人は、イスラエルとモロッコ出身の両親を持ち、彼女自身も歌手、女優、モデルで活躍している。

 また、子どもの頃からピンク・フロイドやニルヴァーナ、オアシスなどから影響を受けていて、2006年にデビュー・アルバムを発表している。現在34歳で、イスラエルを代表するミュージシャンのようだ。

 一転して、ミディアム・テンポながらもハードな曲調を持った"The Same Asylum as Before"が始まる。何となくギルモア系ピンク・フロイドの楽曲に似ているところがあると思うのだが、途中の展開はウィルソン流ハード・ロックといったところだろうか。
 カンタベリー系のミュージシャンだったデイヴ・ステュワートがアレンジしたストリングスのパートをロンドン・セッション・オーケストラが演奏している。

 "Refuge"には、静かな雰囲気を破壊するかのようにジェレミー・ステイシーのドラミングとマーク・フェルザムのハーモニカ、それとこのアルバムの共同プロデューサーでエンジニアのポール・ステイシーの演奏するギター・ソロが活躍している。
 静~動~静という構成で、5分過ぎにはピアノ演奏をバックに、つぶやきのようなボーカルで締めくくられている。

 "Permanating"は上記にもあるようにポップな要素満載な曲で、味付けを間違えれば70年代のトッド・ラングレンの曲になってしまいそうだ。
 スティーヴン・ウィルソンはこの曲ではベース・ギターは演奏しておらず、盟友ニック・ベッグスが担当している。また、バッキング・ボーカルにはイスラエルの歌姫ニネット・タヤブが担当している。3分34秒と時間的にもポップである。51bbhnn5uul
 "Blank Tapes"という曲は、スティーヴン・ウィルソンとニネット・タヤブ、ピアノ演奏のアダム・ホルツマンの3人で演奏とボーカルを担当していて、2分8秒とアルバムの中でも一番短い曲に仕上げられている。
 スティーヴン・ウィルソンは、珍しくメロトロンM4000を演奏しているようだ。ただ、そんなに目立ってはいないけれども。

 8曲目の"People Who Eat Darkness"もまた疾走感と焦燥感溢れるウィルソン流のロックン・ロールだろう。メロディはわかりやすいし、ノリもよい。こういう曲も書けるんだなあとあらためて感心してしまった。そういえば、ポーキュパイン・ツリーの「デッドウイング」というアルバムにもこんな感じの曲があったことを思い出してしまった。

 もう少しコンパクトにまとめてシングルにすれば売れたのではないだろうか。このアルバムからは6曲がシングル・カットされているようだが、この曲はその対象ではなかった。時間が6分を超えていたからだろう。

 "Song of I"はリズムに工夫が施されていて、これも不穏な雰囲気を抱いたままゆっくりと曲が進行していく。
 ここでの女性ボーカルはソフィー・ハンガーという人で、ドイツ在住のスイス人シンガー・ソングライターだ。このアルバムでは、この曲にだけ参加している。マルチ・ミュージシャンで自身のバンドももっているようだ。彼女も34歳。スティーヴン・ウィルソンは1983年生まれの人に関心があるのだろうか。

 "Detonation"でのギター・ソロは、デヴィッド・コーラーという人が演奏している。彼はまた前曲の"Song of I"でもリード・ギターを担当していた。チェコ出身の34歳で、2005年にはソロ・アルバムを発表している。この曲での雲の中を切り裂くようなギター・ソロは、なかなか目立っていた。
 この曲も幻想的な部分とメタリックで即物的な部分とを併せ持っていて、9分19秒とアルバムの中で最長尺な曲になっている。こういう雰囲気の曲は、昔からのファンには受けるのではないだろうか。

 11曲目の"Song of Unborn"は、最後に相応しい壮大なバラードで、静かなピアノのソロをバックに歌詞が吐き出されていく。
 バッキング・ボーカルにはデヴィッド・キルミンスキーという人が参加していて、この人はジョン・ウェットン・バンドやロジャー・ウォーターズとも共演歴があるギタリストで、さすがに34歳ではなくて55歳のベテラン・ミュージシャンである。

 名前からして東欧系の家系なのだろうが、生粋のイギリス人である。この曲だけでなく、冒頭の"To The Bone"や"Nowhere Now"、"The Same Asylum as Before"でも歌っている。
 惜しむらくは、最後の曲なのでもう少しエンディングを引っ張ってほしかったと思う。あるいはフェイド・アウトしていくとかエフェクティブなギター・ソロがあればよかったのではないだろうか。

 ところで、チャート・アクションを見ると、フィンランドでは1位を、ドイツでは2位、オランダで4位、本国イギリスでは3位、アメリカのビルボードでは58位だった。相変わらず英国や欧州では高い人気を誇っているようだ。Stevenwilsontrianonconcertparis
 誰が言っていたかは忘れたけれど、優れたプログレッシヴ・ロックのアルバムには必ずポップな要素を含んでいるそうだ。
 ピンク・フロイドやイエス、キング・クリムゾンのアルバムには、確かにポップなメロディー・ラインを含んでいる曲が多い。

 英語を母国語としない日本人でもメロディーラインぐらいは口ずさむことができるのだから、英語を母国語としている人はシンガロングできるはずだ。
 そうでもないと、約20分じっと静かに聞き続けることはできないだろうし、ポップな要素がなければ、途中で眠ってしまうか、もう二度とそのアルバムを聞くことはないだろう。

 現代のプログレッシヴ・ロック界の約半分をリードしているスティーヴン・ウィルソンである。このアルバムでは、彼の中に内在する思想性とそれを曲の中に具現化したポップネスが見事に止揚されている。
 さすがスティーヴン・ウィルソン。今後も彼の活躍から目を離すことはできないだろう。

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2017年12月11日 (月)

ビッグ・ビッグ・トレイン(1)

 今年聞いたプログレッシヴ・ロック特集の第2回目は、イギリスのバンド、ビッグ・ビッグ・トレインの2枚のアルバムについて記すことにした。

 21世紀の今において、1970年代に活躍したプログレッシヴ・ロック・バンドの多くは解散したか活動中止状態で、数少ない活動中のバンドのほとんどは、過去の音源の再録やライヴ音源で生き残っている。
 だから、それらのバンドを21世紀の現時点で、“プログレッシヴ・ロック・バンド”と文字通りに呼んでいいかどうかには疑問が残る。

 1980年代には、“ポンプ・ロック”という呼び名で“ネオ・プログレッシヴ・ロック”のブームが巻き起こった。その名称にはやや軽視する含みはあったものの、マリリオンやペンドラゴンなどの一部のバンドは、すでにベテラン・バンドとしての風格を漂わせながら今も活躍中である。

 ビッグ・ビッグ・トレイン(以下BBTと略す)は、1990年にイギリスのドーセット州ボーンマスで結成された。当初は、グレゴリー・スパウトンとアンディ・プールを中心としたアルバム制作集団として活動を続けていた。Bigbigtrain3
 1993年にはデビュー・アルバム制作に取り掛かるとともに、プログレッシヴ・ロックのレーベルと契約を結び、本格的な音楽活動を開始して、1995年には日本でも彼らのデビュー・アルバムがボーナス・トラック付きで発売された。

 セカンド・アルバム「イングリッシュ・ボーイズ・ワンダー」は1997年に発表されたが、3枚目のアルバム「バード」までには、それから約5年の年月を待たなければならなかった。
 BBTはスタジオ音楽集団としてスタートしたせいか、中心メンバーを除いてメンバーの流動化が激しかった。時間がかかったのも、そういう事情があったのかもしれない。

 現在のメンバーは次のとおりである。
ニック・ディヴァージリオ…ドラムス
デイヴ・グレゴリー   …ギター
デヴィッド・ロングトン  …ボーカル
ダニー・マナーズ    …キーボード
アンディ・プール     …ギター&キーボード
グレゴリー・スパウトン …ギター&ベース
レイチェル・ホール   …バイオリン
リカルド・ソーブレム  …ギター&キーボード

 このうち設立当初からのメンバーは、グレゴリー・スパウトンとアンディ・プールの2人だけだ。
 また、レイチェル・ホールは音楽の先生をする一方で、2007年から2009年にかけてスタックリッジの再結成ツアーに参加していた。スタックリッジとは1970年代の初めに活躍していたプログレッシヴ・ロック・バンドで、“田舎のビートルズ”とも呼ばれていた。もちろんこのブログでもすでに紹介している。

 一方、リカルド・ソーブロムはスウェーデン人で、2001年にビアードフィッシュというバンドを設立している。彼がBBTに加入したせいか、2016年にバンドは解散を発表した。リカルドも二足の草鞋を履くことには躊躇したのかもしれない。

 BBTは、2002年以降は、2年もしくは3年おきにコンスタントにアルバムを発表していて、11枚のスタジオ・アルバムとライヴ盤と編集盤をそれぞれ2枚ずつ発表している。

 自分は2009年のアルバム「ジ・アンダーフォール・ヤード」を聞いたのだが、70年代のプログレッシヴ・ロック黄金期のアルバムと遜色のない見事な出来栄えを誇っていた。51cdtpfzytl
 アルバムは全6曲で構成されていて、冒頭の"Evening Star"のみインストゥルメンタルで、残りの5曲はボーカル入りだった。

 "Evening Star"は、このアルバムの方向性を示しているような哀愁を帯びたスローな曲だ。通常の楽器以外にもフルートにトロンボーンやコルネット、エレクトリック・チェロ、シタール、ダルシマー、フレンチ・ホーン、チューバまで使用されている。まるで分厚い音の壁のようだった。

 2曲目の"Master James of St.George"には歌詞はついているものの、わずか5行である。あとは、それが繰り返されるだけだった。しかし、それがまるで数頁にわたる叙事詩のように聞こえてくるから不思議だ。それだけ考え抜かれたボーカリゼーションとそれを支えるドラマティックな演奏が功を奏しているのだろう。

 この曲と次の曲"Victorian Brickwork"のテーマは、メンバーのグレゴリー・スパウトンの父親についてであり、この人はこのアルバムの発表前に亡くなっている。おそらく曲の制作前には父親の容態が急変していたのだろう。

 音楽的にはイエスとジェネシスの中間的なところがあって、曲の入り方や構成はジェネシス的であり、演奏に関しては、特にリズム・セクションの音やキーボードの使い方などはイエス的である。

 また、"Victorian Brickwork"は12分33秒もあり、テーマとなるフレーズを基に曲構成が練られている。ボーカルと演奏のバランスもよく取れていると思った。7分過ぎからの演奏がフェイドアウトするところにはメロトロンが使用されていて、その後コルネットのソロが全体をリードするあたりがアイデア的に素晴らしいと思う。
 そしてエンディングは、アコースティック・ギターとボーカルのみで、静かな終わりを迎えるのである。

 6分28秒もあるが、全体としてはポップというよりも聞きやすい楽曲になっている"Last Train"には、メロトロンも使用されていて、日本人にも受けがよさそうな気がする。
 ギター・ソロはデイヴ・グレゴリーが担当していて、なかなかテクニカルでハードなサウンドを聞かせてくれている。

 この曲のモチーフは、ドーセット州とハンプシャー州の境にあった鉄道の支線の終着駅の駅長についてである。デリアという名前の駅長で、1935年に廃線になった時のその最後の一日を描いている。

 "Winchester Diver"もまた実在の潜水士のウィリアム・ウォーカーのことを描いている。彼は19世紀から20世紀の初めに活躍した潜水士で、洪水が襲ってきたときにウィンチェスター大聖堂の倒壊を防いだことで有名になった。
 約6mの水深の中を、ひとりで太い縄を大聖堂の基礎部分に巻き付ける作業を数週間にわたって取り組んだといわれていて、彼の献身的な努力のおかげで、今もなお大聖堂はそびえたっているそうだ。

 アルバム・タイトルになっている"The Underfall Yard"もまた実在の人物について表現した曲で、リチャード・フォーティーという人の書いた「隠された光景」という本が下敷きになっていた。
 この本では、19世紀のヴィクトリア朝時代に、トンネルや橋、鉄道などの公共施設建設のために尽くした技術者のイサンバード・ブルーネルの事績、特に、リチャード自身も乗車した“グレイト・ウエスト・レイルウェイ”について書かれている。

 BBTは、この本を参考にして、ビクトリア時代の合理精神と現代の混沌とした非合理性の時代を楽曲を通して対比しているようだ。
 それは緩急をつけた動~静~動という曲構成と、メロディアスで耳に馴染みやすい旋律に表れている。

 それに、1曲目と同じように、この曲でもオールキャストの豪華メンバーが演奏に参加している。トロンボーンやチューバ、フレンチ・ホルンのみならず、コルネット、チェロ、シタールを含むまさに"Wall of Sounds"である。

 この曲にはゲスト・ミュージシャンとして、ギターには元イッツ・バイツのフランシス・ダナリーが参加していて、5分前後にはテクニカルなギター・ソロを聞くことができる。
 また、6分過ぎにはシンセサイザーのソロを耳にすることができるが、これはフロスト*のジェム・ゴッドフリーが演奏している。フロスト*については、このブログでも既に述べているので、割愛したい。

 17分30秒過ぎにはメロトロンも奏でられ、大団円に向かっての序章を飾りながら、ここから一気にエンディングに進んでいく。18分過ぎにもシンセ・ソロがあるが、これもジェム・ゴッドフリーが演奏しているのかもしれない。かなり速いパッセージを弾いている。
 その後、徐々に天空を旋回するかのように、キーボードやギターがボーカルと一体になって終局していくのだが、約23分という時間を感じさせない大曲でもある。71olpnajl__sl1281_
 その後、BBTは2枚のスタジオ・アルバムを発表した後、2016年には「フォークロア」というこれまた傑作アルバムを発表した。このアルバムから上記の8人編成のメンバーとして活動を始めている。

 9枚目のスタジオ・アルバムにあたる「フォークロア」には、9曲収められている。BBTは、プログレッシヴ・ロック・バンドにしては1枚当たりのアルバムの曲数は多い方だろう。
 「フォークロア」とは、民間に伝わる説話や言い伝えなどを意味するが、音楽的に言われる、いわゆる“フォーク・ソング”とは無縁である。91mamc5slul__sl1500_
 冒頭のアルバム・タイトルと同名の曲の「フォークロア」では、炉辺での炎の揺らぎを眺めながら昔からの説話をしようと歌われており、このアルバムの方向性を位置付けているようだ。コルネットやトロンボーンでファンファーレを想起させるサウンドで始まり、それぞれの楽器がその役割を果たそうとしている。

 BBTの特徴として、ボーカルと演奏のバランスの良さが挙げられるが、2曲目の"London Plane"では、約10分にわたってその素晴らしさを堪能できる。

 ゆったりとした曲調ながらも、ボーカルに力強さを感じるし、特に5分前から急にテンポが上がり、嵐が来たかのようにハモンド・オルガンやソリスト、フルートなどが順にリードを取っていき、6分50秒くらいからもとの静けさに戻っていく。エンディングに向かう時のリード・ギターの印象度は強いものがあった。

 3曲目の"Along the Ridgeway"と4曲目の"Salisbury Giant"は独立はしているものの、曲間はないし、同じ歌詞が使われているところから、同一テーマを扱っているのだろう。
 イギリス人ならピンとくるのかもしれないけれど、“リッジウェイ”と“ソールズベリー”には地理的、歴史的に見て関連があるのかもしれない。イギリスのストーンヘンジは、ソールズベリーの近くにあるからだ。

 両方の曲には、レイチェルの演奏するバイオリンが重要な役割を果たしている。前半の6分少々の"Along the Ridgeway"では、3分過ぎにギターの代わりにリードを取っていて、次のハモンド・オルガンにつないでいる。
 後半の"Salisbury Giant"では最初から最後まで目立っていて、確かに民間伝承をリスナーに伝えようとしているかのようだ。

 "The Transit of Venus Across the Sun"という長いタイトルの曲では、フレンチ・ホルンが幕開けを告げ、優しいバイオリンの音色がそれに続く。1分33秒後にはギターのアルペジオからボーカルが入っていく。バックにはマリンバの音も聞こえてくる。

 タイトルにもあるように、人類の宇宙への憧れや宇宙旅行を譬えている曲だが、5分過ぎからフレンチ・ホルンなどでいったん盛り上がってまた収縮していく様が見事である。

 BBTは、一つ一つの楽器の使い方に無駄がなく、しかもそれが効果的に使用されているところが他のプログレッシヴ・ロック・バンドと違うところだろう。ホルンがこれほど効果的に使われているプログレッシヴ・ロックの楽曲は、他に例を見ない。

 "Wassail"とは、酒宴や乾杯の時の挨拶を意味する単語のようで、イギリスでは十二夜(イエス・キリストの生誕から12番目の日で、1月6日のこと)に健康や繁栄を願って祝杯を挙げたり、秋の収穫を願いとともに悪霊を退けるために古いリンゴの木の下で宴会を開くという文化があるそうだ。

 曲の中では、フルートの調べからボーカルによる呼び掛けが始まり、何となくトラッドな香りが漂ってきそうだ。後半はギターやキーボード、バイオリンも加わって大掛かりな酒宴を繰り広げているかのようである。

 "Winkie"は8分25秒の曲で、歌詞は7パートに分かれているが、最初はアイリッシュなダンス系の音楽で始まり、パート3から転調されて徐々に展開していく。
 この曲では、第二次世界大戦における遭難したイギリス空軍を救った伝書鳩のことを歌っている。短いキーボード・ソロの後、パート4から音楽的にも歌詞的にもテーマにつながっていく。"Winkie"というのは、この伝書鳩たちの呼び名だろう。

 パート5に入る前に、テンポを落として歌詞を強調する。鳩が空軍のレスキュー部隊の本部に伝言を伝えるために飛び立っていったということを伝え終わると、曲のテンポも元に戻っていく。
 これがパート5と6であり、バイオリンのソロの後、最後のパート7に繋がっていく。個人的には、もう少し膨らませて10分から12分程度の曲にした方がよかったのではないかと思っている。聞き手にとってはイマジネーションを膨らませやすいからだ。

 8曲目の"Brooklands"は、このアルバムの中で一番長い曲で、12分44秒あった。さすがにドラマティックな曲構成で、内容的に自動車レース場やレーシング・ドライバーのことを歌っているせいか、ギターやボーカルが目立っていて、最初から飛ばしている。

 ちなみに、“Brooklands”とは、イギリスのサリー州ウェイブリッジにかつて存在したサーキット兼飛行場で、サーキットはモータースポーツ専用に建設された世界初の常設コースだったそうである。

 4分過ぎから一度おとなしくなり、叙情的な雰囲気が表面を覆ってくるが、6分あたりから再び走り出してくる。この繰り返しで最後まで行くと思っていたのだが、基本はその通りでもリード楽器がギター、キーボード、フルート、バイオリンと、とにかく他のバンドにはない要素を備えているので、聞いてて飽きが来ない。

 9分過ぎにはグランドピアノのソロで、全体を集約させて一気にバンド演奏につながっていくところが、BBTの素晴らしさだろう。メンバーが増えたおかげで、さらにイマジネイティブな印象を与えてくれるようになった。最後はボーカルで締めるところも印象深い。

 最後の曲の"Telling the Bees"は、牧歌的な雰囲気を持った曲で、アコースティック・ギターとボーカルで始まる。前半はアメリカン・テイストの曲で、バイオリンがフィドルのように聞こえてくる。
 中盤のギター・ソロを中心としたアンサンブルが見事で、牧歌的な雰囲気に力強いボーカルが加わり、最終的にはボーカルのリフレインとコーラスで終わる。51gqqi4y5l
 イギリス人には退職後は、養蜂家になるという夢でもあるのだろうか。確かシャーロック・ホームズも引退後は、蜂を育てていたように記憶している。バラや蜂を育てることに、何か憧れみたいなものがあるのかもしれない。

 というわけで、今を生きるプログレッシヴ・ロック・バンドの中では、非常にドラマティックな曲構成を持ったアルバムを制作できるバンドで、ドラマティックということは曲展開のみならず、それを支える演奏力やボーカル力が秀でているということも意味しているだろう。

 こういうバンドがまだ存在しているところに、しかもプログレッシヴ・ロックが生誕した国において意欲的に活動を行い、世界的にも認知されるようになったところが素晴らしい。4c169123d3fb41e7b43a91afc842cfc9
 本人たちはどう思っているかはわからないけれど、1960年代末から続くプログレッシヴ・ロックのDNAは、未だ途切れることはないようだ。

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2017年12月 4日 (月)

YOSO

 いよいよ12月。1年の締めくくりの月である。締めくくりといえば、やはりプログレッシヴ・ロックだろう。今年聞いたプログレッシヴ・ロックのアルバムを紹介するのに、年末はふさわしいと勝手に思っている。この思い込みというか、わがままというか、自己欺瞞こそがこのブログにはふさわしい。どうせ誰も気にしていないのなら、自分の気持ちに素直に生きた方が自分的にすっきりするのだった。

 それで第1回は、元イエスのメンバーで結成されたYOSOの登場である。実はこのバンドについては、今年2月のサーカのところでやや詳しく述べているのだが、楽曲についてはその時はまだ未聴だった。それで、今回やっと紹介できるところまで聞きこむことができたところだ。

 YOSOは、元イエスのトニー・ケイとビリー・シャーウッド、元TOTOのボーカル担当だったボビー・キンボールの3人で結成された。2009年頃のお話である。
 バンド名も、YESとTOTOが合体したようなネーミングになっているし、アルバムに収められていた曲も、作曲はビリー・シャーウッドが、作詞をボビー・キンボールが受け持っていた。Z321000451
 以前にも同じようなことを書いていたと思うけれど、ビリー・シャーウッドは、1991年にイエスのアルバム「ユニオン」にサポート・メンバーとして参加した。この時のイエスはいわゆる“8人編成イエス”で、クリス・スクワイアのいたオリジナルのイエスとトレヴァー・ラビンの90125イエスが和解し、合体したものだった。

 詳細は省くけれど、実際のレコーディングは8人そろって制作したものではなかったが、その後のツアーでは8人がそろってステージに立っている。もちろんすべてはギャラのおかげだったが、それでもファンにとっては、うれしかったし有り難かった。

 だんだん話がそれてきたので、YOSOに戻すことにする。とにかく、ビリーの功績は大きくて、特に、クリス・スクワイアは同じ楽器を演奏するということで親近感を覚えたのか、その後も一緒にアルバムを作るなど、長く親交を続けるようになっていった。

 ビリーがそれだけ信頼されるようになったのも、それなりの才能を備えていたからである。曲も書けて歌も歌えるし、さらにマルチ・ミュージシャンでもあった。
 しかもプロデュースやミキシングの能力もあったのだから、これはもう重宝というか引っ張りだこになっても当然だろう。

 様々なミュージシャンとの交流や親交を経験しながら、ビリーは2006年にサーカを結成して、コンスタントにアルバムを発表し続けている。
 サーカのオリジナル・メンバーには、ビリーとトニー・ケイ、アラン・ホワイトがいた。当時は本家のイエスが活動休止状態だったからで、アラン・ホワイトも参加できたわけだが、のちに彼は、バンドを離れている。本家イエスが活動を始めたからだ。

 このブログ内の「サーカ」のところでも述べたのだけれど、彼らの最大の弱点はボーカルが弱いところと、印象的なフレーズに乏しい点だった。ビリーは器用で、楽器は何でも扱うことができたものの、際立って目立つところがなかった。器用貧乏ということだろうか。

 そのボーカル部分を補おうとしたのか、「アビー・ロード;トリビュート・トゥ・ザ・ビートルズ」というアルバム制作時に、ビリーとボビーが知り合ったことをきっかけに、このバンドが生まれたのである。

 本来ならサーカに誘えばよかったのだろう。もちろん、ビリーの頭の中には最初はその予定はあったようだ。なぜなら2009年のサーカのイタリア・ツアーからはボビーが参加する予定で活動が計画されていたからである。
 実際は、イタリア・ツアーはキャンセルされたものの、それ以降のツアーには参加していた。そして、ボビー自身も次のようなコメントを残している。

 『YOSOの将来についての予測は難しい。ただ、今後も何かできるような手応えだけは掴んでいるよ。自分としては、YOSOの活動を継続して、より多くのファンに音楽をエンジョイしてもらいたい。今はそんな気持ちでいっぱいさ』

 だから、あくまでも本来はメイン・ボーカリストとしてボビーに歌ってもらい、ビリーは作曲や演奏に集中したかったのだろう。そしてボビーとのコラボレーションを通して生まれた“何か”を自分たちの今後の将来に活かしていこうと思ったに違いない。

 このことは、その後の展開によって証明されている。サーカは2009年から2011年まではアルバムを発表していなくて、2016年にニュー・アルバムを発表した。そして活動は今でも続いている。一方、YOSOの方は2011年に解散していて、この1枚のアルバムで終わってしまった。

 ちなみに、このYOSOアルバムにはサーカのドラマーのスコット・コーナーや、サーカに一時的に在籍していたギタリストのジョニー・ブルーンズも参加していた。こうなると、どちらがサーカで、どちらがYOSOか分からなくなってくる。ボビーがいるかいないかの違いではないか。

 だから、ビリーとしては、この時期には、あくまでもサーカを中心としてバンド活動をしていたのだ。もしボビーとのコラボがうまくいっていれば、サーカの方が自然消滅して、YOSOの方が実績を積むようになっていったに違いない。

 なぜ、YOSOが解散したのかはよくわからないが、こうやって見てくると、やはりボビーがバンドに合わなかったからだろう。よくあるミュージシャン同士のエゴというやつかもしれない。
 元々、ボビーにはドラッグ癖やアルコール依存症のようなところがあって、それが原因でTOTOを首になったという話もあるくらいだ。

 それにビリー自身もある程度は歌えるので、ボビー抜きでもやっていけそうだという自信も生まれてきたのかもしれない。

 結局、YOSOとしての活動は3年余りで終わってしまった。人によっては、もともとYOSOはサーカから生まれたサイド・プロジェクトとか、ビリーの個人的なグループという見方をする場合もあるが、それは少し違うと思っている。うまくいくのであれば、ボビーも入れて活動を続けていただろう。

 それで2010年7月に発表された彼らのデビュー・アルバム「エレメンツ」には、彼らの音楽的ルーツにあたるようなサウンドが封じ込まれている。51froxno9xl
 自分の予想では、やはり元TOTOのメンバーもいるということもあって、ポップス系な聞きやすい音楽だと考えていた。

 時間も3分から4分程度で、たとえばアラン・パーソンズ・プロジェクトのようなポップで耳に馴染みやすく、そのくせ雰囲気的には十分プログレッシヴ・ロックしているような、そんなアルバムを予想していたのである。

 そして実際にアルバムを聞いてみると、予想通りというか想定の範囲内というか、TOTOのポップネスさの上に、少しだけプログレッシヴ・ロックというおかずをふりかけたような、そんなアルバムに仕上げられていた。

 そして、時間的にもそんなに長くはなくて、それはTOTOの延長線上にあると思えたが、演奏に関しては、アルバム後半に進むにしたがって、確かにTOTOよりはイエスっぽい部分の方が発揮されているように思えた。

 国内盤では2枚組になっていて、1枚目は通常のスタジオ盤で、もう1枚はライブ盤だった。両盤とも12曲ずつ収められている。

 アルバム冒頭は、バンド名と同じ"YOSO"という曲で、“心の旅は結果を恐れずに始まる、親しんだ道を再び渡って時間は巻き戻る”という一種の決意表明のような曲だ。雰囲気的にはTOTOの曲のようだった。

 2曲目は、ミディアムテンポの"Path to Your Heart"という曲で、これもTOTOの曲といっても納得してしまうような雰囲気を湛えている。中間部とエンディングのギター・ソロは結構速くて、意外な気がした。

 "Where You'll Stay"はアコースティック・ギターで始まるバラード・タイプの曲で、爽やかな印象を与えてくれる。よくできたAORサウンドで、ヒット性は高いと思う。ただ、プログレッシヴ・ロックとは言い難い。

 イントロなしで、いきなりコーラスで始まるのが"Walk Away"という曲。これまたメロディアスで、ミディアム・テンポに仕上げられていて、サーカの中にある曲よりもよくできていると思った。こういう曲は、90125イエスの得意分野ではないだろうか。

 "The New Revolution"では、ボビーのボーカルのうまさを味わうことができる。こういうアップ・テンポのハードな曲でも歌いこなせてしまうのが、ボビーの巧みさというところだろう。この時、ボビーは63歳。還暦を過ぎた人の声とは思えないほど伸びがある。

 イントロのギターが歌謡曲っぽくて仰々しいのが"To Seek the Truth"で、日本人にとっては、こういうスローなメロディラインには、ついつい涙腺が緩んでしまう。また、中間のギター・ソロもまた何となくゲイリー・ムーアの曲のように、艶やかで印象的でもある。

 "Only One"という曲も3分41秒と短いのだが、ベース音が強調されていて、YOSO風にアレンジされたR&Bのようだ。こういう感じの曲は、本家イエスには無縁だろう。でも、90125イエスにとっては、馴染みがありそうな作風である。

 その90125イエスがやりそうな楽曲が、"Close the Curtain"ではないだろうか。ただ、ボビーは歌い過ぎである。全体を通してもボビーのボーカルは目立っていて、専任のボーカリストだからそれはそれで仕方ないのだろうが、もうちょっとバックの演奏が目立ってもいいような気がした。

 この曲では中間部でのギター・ソロが左右に振れていて、右スピーカーや左スピーカーから交互に聞こえてくる。それにしてもビリー・シャーウッドのギター・テクニックも大したものだと改めて認識させられた。

 "Won't End Tonight"もテンポのよいボーカル主体の曲で、リズムにはキレがあり、ギターの音もクリアでエッジが効いている。何故か途中でハーモニカが使用されているのだが、これは目先を変えようとしたのだろう。でも、要らないと思った。その分、もっとギター・ソロかトニー・ケイのキーボードを聞かせてほしいと感じた。

 10曲目の"Come This Far"では、他の曲とは違ってトニー・ケイも頑張っているようだ。曲調としては本家イエスに近い。オルガンではなくて、シンセサイザー類を使用している点が珍しいと同時に、、テクノロジーの発展に伴って、多様なキーボード群に馴染んできたようだ。これを70年代から行っていれば、リック・ウェイクマンに取って代わられることはなかったのにと思ってしまった。

 "Time to Get Up"はそのタイトル通りの曲で、思わず起き上がってしまうようなノリのよい曲で、1曲目の"YOSO"や9曲目の"Won't End Tonight"と似たようなアレンジが施されている。この曲も3分台だが、90125イエスにも負けないようなパワフルさを備えている。

 ベースはアタック音の強さからして、たぶんリッケンバッカーだろう。また、珍しくオルガン・ソロとギター・ソロが配置されていて、ファンならもう少し長く聞かせてほしいとねだるに違いない。ライヴでは映える曲だと思う。

 最後の曲"Return to Yesterday"は7分19秒と、アルバムの中では一番長い曲で、本家イエスを彷彿とさせる曲構成になっている。
 最初はスローでアコースティックな雰囲気から始まり、徐々に音が絡み合っていく。イエスの楽曲の特徴の一つに、曲構成は複雑だがメロディ自体はポップで分かりやすいという点が挙げられるが、この曲もまた同じような傾向を備えている。

 3分50秒過ぎと5分過ぎからエフェクティヴなギター・ソロが入るが、その前後のコーラス部分は素朴で牧歌的でもある。そしてエンディングに向かって再びアコースティック・ギターがメインに出てくるのだが、もう少し複雑な構成にしてもいいのではないかとも思った。

 このYOSOというバンドは、ビリーのバンドということがよくわかる。ボビーも歌いまくってはいるのだが、それはビリーと話し合って決めていたのだろう。
 そして、何度も言うけれども、もう少しトニー・ケイのキーボード・ソロを聞きたかった。ビリーのギターと比較すると、圧倒的にその存在感は薄いのである。

 どうしたトニーと言いたくなってしまうのだが、そういう存在感の薄さが、逆に言えば、トニー・ケイというキーボーディストの在り様を決定づけているのかもしれない。確かにボーカリストやギタリストからすれば、的確に演奏できてしかも自分より目立たない方がありがたいに違いない。

 ディスク2はライヴ音源である。バンド結成してまだ日が浅いせいか、YOSOのデビュー・アルバムの「エレメンツ」(このアルバムのディスク1のこと)から演奏されているのは、3曲のみである。("YOSO"、"Walk Away"、"To Seek the Truth")Mi0003133946
 あとはTOTOの曲が"Rosanna"、"Good for You"、"Hold the Line"、"Gift with A Golden Gun"、"White Sister"の5曲、イエス本家の曲が"Roundabout"と"Yes Medley"で、"Yes Medley"には、"Yours is No Disgrace"、"Heart of the Sunrise"、"South Side of the Sky"、"Starship Trooper"、"I've Seen All Good People"が含まれていた。

 ライヴのベース音はクリス・スクワイアそっくりだし、リズムのキレについては、現在の本家イエスよりは格段に優れている。
 また、ボビー・キンボールのボーカルについても意外と高音が出せていた。ジョン・アンダーソンと比べることはあまり意味がないけれど、これはこれで聞き応えはあると思う。

 90125イエスでは、"Owner of A Lonely Heart"と"Cinema"の2曲が収録されている。特筆すべきは、ライヴではトニー・ケイのキーボード類が活躍している点だろう。

 いくらビリーがマルチ・ミュージシャンだといっても、ステージ上ではひとりで何でもできるわけではない。ギター・ソロの時はバックで全体を支え、必要な時はいつものようにオルガンを中心にエレクトリック・ピアノなどで貢献していたトニー・ケイである。この辺はさすがベテラン・ミュージシャンというべきだろう。自分の役割をしっかりと自覚できているようだ。

 しかし、デビュー・アルバムのボーナスCDとしてライヴが丸々一本分収録されているというのも珍しい。しかも2800円という価格である。自分は中古品だったので、その半分くらいの価格で手に入れることができた。本当にお得感満載なアルバムである。

 そんなことはともかく、YOSOは、わずか3年程度しか存在しなかったバンドだった。イエス関連でいえば傍流というか、ある意味、異色な存在だったのかもしれない。
 しかし、ビリーの頭の中には、ある時点までは、このバンドで行こうと思っていたに違いない。プログレッシヴ・ロックの本流についてはサーカで、ポップなプログレッシヴ・ロック風な楽曲はYOSOで、と使い分けることも考えていただろう。

 様々な事情でわずか3年程度で終わったバンドだったが、その演奏技術の高さや熟練したボーカリゼーションなどは、確かにイエスの遺伝子を受け継ぐに値するバンドだったと思っている。

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