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2018年3月

2018年3月26日 (月)

ソングス・オブ・エクスペリエンス

 今回も昨年の終わりごろに発表されたアルバムについてである。それで3月も終わりを迎えた頃ではあるが、アイルランドから生まれて世界的に有名になったU2のアルバム「ソングス・オブ・エクスペリエンス」について記すことにした。

 ご存知のように、このアルバムは2014年に発表された「ソングス・オブ・イノセンス」と対をなすアルバムであり、最初からそういう目的で制作されていたものである。U2mojo254770
 このアルバムを制作するにあたって、ボーカル担当のボノは、次のように述べている。『前作が自分たちの青年時代の出来事やその影響などをもとにして制作してきたのに対して、このアルバムでは自分たちの家族や友人、ファン、自分自身といった親しい人たちに宛てた手紙のかたちをとった曲が集められている』

 手紙といっても、普段のお互いの近況を知らせ合うようなものでは、当然のことながら違う。アルバム・タイトルにもあるように、"Experience"つまり彼らが今まで約40年間たどってきた経験から、今の世界の状況を踏まえて記した手紙なのである。

 だから、その内容は多岐にわたる。基本的には通常のラブ・ソングのように聞こえる楽曲も、よく聞けば(見れば)、ソマリアの内戦や地中海を渡るイラク難民、「万人に機会ある国」から「分断と差別に彩られた国」に変貌しつつある国に対するメッセージ・ソングとなっているのだ。

 ボノはまた、こうも語っている。『自分は十代ならではの感情から、あまり卒業できていないように感じるよ。怒りこそがロックン・ロールの核だろう?それがロックとポップスの違いなんだ。苦痛を美に昇華するのが芸術の仕事であり、怒りをロックン・ロールに転じる、というのが俺たちのやっていることだ。
 今回のアルバムに関して、とりわけ気に入っているところは、そういうエネルギーがこの作品にはあるという点だ。パンク・ロックではないけれど、このアルバムにはそういったエネルギーがある、そういう挑戦的で反抗的な態度が備わっているんだ』

 アイルランドのダブリンの高校生が掲示板を見てバンドを結成してから約40年余り、今では彼らの発するメッセージが世界中で話題になるほど現在を代表するバンドになってしまったU2だけのことはある。音楽的な深化はあっても現状認識については、デビュー当時と変わらないようだ。

 サウンド的には、80年代のようなエッジの効いた尖った音楽はやっていない。むしろ年相応に落ち着いていて、聞きやすくポップで、部分的には、同時期に発表されたマルーン5のようなメロディアスな部分もある。
 しかし、それはあくまでも彼らが音楽的な“エクスペリエンス”を経た結果であり、成熟した姿といっていいだろう。61rnsredsll
 不穏な雰囲気を醸し出す"Love is All We Have Left"から"Lights of Home"では、愛の姿やその源となる“家庭の灯り”が綴られているし、最初のシングルでもあり堂々たるU2節を備えた"You're the Best Thing About Me"では、自分と相手との分かち難い愛の証が込められている。

 U2はまた、貪欲に音楽を吸収し続けている。例えば、サンプリングに関しては、何かをサンプリングするのには大きな自由がある。ヒップホップがあれほど楽しいのは、自由に取り入れることができるからさ、とボノは述べているが、このアルバムでも"Get Out of Your Own Way"と"American Soul"のつなぎには、アメリカの今をときめく有名ラッパーであるケンドリック・ラマーが参加している。

 これは、まだ制作中だった"American Soul"をボノがケンドリック・ラマーに送ったところ、彼が自身のアルバム「ダム」でサンプリングしたからで、そのアンサー・ソングとして、この曲と前曲の間にケンドリックの声を入れたからだ。

 ケンドリック・ラマーだけでなく、レディー・ガガは"Summer of Love"に、ジュリアン・レノンは"Red Flag Day"に参加している。
 両方の曲とも、イラク難民やアジアやアフリカで今なお起きている紛争等の避難者のことを歌っているが、前者ではループやサンプリングがかなり使用されているが、それが分からないように巧みに加工されていた。

 後者の"Red Flag Day"とは、“遊泳禁止の日”を意味していて、ギターのハードなカッティングがリスナーにも切迫感を与えてくれる。泳ぎが禁止されていても泳がざるをえない状況の人たちが抱く感情なのだろうか。

 このアルバムの中で一番ポップで、というかポップ過ぎて驚いたのは"The Showman"だろう。50年代から60年代にかけてのバブルガム・ポップをU2流に焼き直したらこうなりましたよという曲なのだ。とても「WAR」や「焔」の時のU2とは思えない曲であり、こういう曲も書けて演奏できるようになったという進化を表しているのかもしれない。

 続く"The Little Things That Give You Away"は往年のU2の姿がよみがえってくるスローな曲で、ジ・エッジの反響するようなギター・サウンドを味わうことができる。昔を知っている人には素敵なプレゼントになるだろう。ボノはこの曲を書きながら、自分自身に宛てた曲だということが最後になって分かったと言っていた。

 "Landlady"もまた懐かしさ満載の名曲だと思う。モチーフは家族のことを歌っているのだが、ボノが個人的に愛する妻アリのために作った曲とも言われている。確かボノはまだ離婚をしていないのではないかな。

 ロックスターともなれば、グルーピーもいるし、言い寄ってくる女性も多いだろうに、ボノの周辺では不思議とそんな話は聞かない。
 ボノのみならず、結成以来不動のメンバーで活動を続けてきたU2には、ドラッグやアルコール中毒、不倫などで話題になったメンバーはいない。そういう潔さも人気の一因なのだろう。

 90年代初頭のU2が味わえるのが"The Blackout"で、ユーロビートのようなリズムや装飾されたキーボード・サウンドなどは「アクトン・ベイビー」や「POP」のようなアルバムに相応しいように思える。
 また、自分の息子に宛てた曲が"Love is Bigger Than Anything in Its Way"で、なかなか感動的なバラードに仕上げられている。

 息子といえば、このアルバムのジャケットには、ボノの息子のエリとエッジの娘のシアンが手を握って正面を向いている写真が使われているが、ここにも家族を大事にする姿やその礎となる愛情や友情や信頼などがシンボライズされているようだ。81dhj8n2l2l__sl1400_
 アルバム本編の最後を飾る曲は"13(There is A Light)"であり、本来は収録する予定はなかった曲である。
 ボノは12曲で終わらせるつもりだった。入れるとすれば隠しトラックで、と考えていたようだが、前作のアルバム「ソングス・オブ・イノセンス」の中に収録されていた曲である"Song for Someone"の一節をこの曲の中に取り入れることで前作と今作の2枚のアルバムを繋ぐことができるというアイデアを気に入り、13曲目を作ったのである。

 この曲の中では、“若い時の自分たち”と“経験を積んだ自分たち”を重ね合わせていて、それはまた、自分が恋に落ちた十代の少女のためと、その彼女の子どもたちのためという意味も込められている。そういう成長した姿も示すことが、このアルバムのタイトルや内容構成に込められているのである。

 思えば、U2は、80年代のアルバム「ボーイ」と「WAR」でも成長した子どものアルバム・ジャケット写真を通して、自分達の成長や状況の変化を示していた。そういう対比する姿勢はデビュー以来変わっていない。こういう首尾一貫性もまたU2が支持される所以であろう。

 ボノは、このアルバムを評して、永久不滅の作品は政治的であると同時に個人的でもあることが多いと述べていたが、確かに個人的な内容のようだが、それはまた普遍的なメッセージを放っているアルバムなのである。

 音楽的には、今までの集大成的で丸くなったところも感じられるのだが、内容的には時代にしっかりと対峙していて鋭いメッセージを放っている。デビュー40年を過ぎても、ますます彼らから目が離せないのである。

 

*ボノのインタビュー等の発言に関しては「ロッキング・オン2月号」を参照しました。ありがとうございました。

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2018年3月19日 (月)

マルーン5の新作

 今月は、テンプルズやサム・スミスなど、ファルセット(裏声)を上手に使って熱唱するシンガーの特集のような気がする。特に意識してそうしているわけではないのだが、何となくそうなってしまった。

 ファルセットといえば、元ロキシー・ミュージックのブライアン・フェリーやもう亡くなって久しいけれど、元ユーライア・ヒープのデヴィッド・バイロンなどが記憶に残っている。1970年代の当時では、ハード・ロック・バンドのボーカリストには高い声を出すことが求められていて、例えばロバート・プラントやイアン・ギランなどは、その最たるものだった。

 それをファルセットによる高音で歌ってしまうと、ちょっと邪道じゃないのというような風潮が漂っていた感じがしたものだ。ファルセットならある程度の高い声は出せるからである。
 可哀そうなデヴィッド・バイロン、上手なボーカリストだったのに、正当な評価を得られないままと言い切ってしまっていいのか躊躇するが、少なくとももう少し有名になってもよかったのではないかと、ずっと思っているのである。

 まあそれはともかく、今回もファルセットの上手なシンガーのいるバンドの最新アルバムを紹介することにした。アメリカのバンドであるマルーン5の「レッド・ピル・ブルース」で、昨年の11月に発表された。81wm40a9dl__sl1500_
 マルーン5といえば、2001年のデビュー以来、世界中で2500万枚以上のアルバムと9000万枚以上のシングルを売り上げているモンスター・バンドだ。名前の由来はメンバー間で秘密にされていて、口外されていない。
 ただ“5”については5人メンバーだからという理由が濃厚なのだが、いつの間にか彼らは7人編成のバンドになってしまったので、そうなると“マルーン7”と改名しないといけなくなるだろう。77294
 いずれにしてもマルーン5は、相変わらず素晴らしいアルバムを発表してくれた。前作の「Ⅴ」から約3年がたっての発表だが、R&Bやソウル・ミュージックをベースにしたポップ・ソングの数々は、流行をきちんと押さえながらもキャッチーでポップな楽曲で占められている。

 このアルバムのタイトルについて、リーダーのアダム・レヴィーンは次のように述べている。『タイトルは映画の「マトリックス」に出てくる赤い錠剤から取ったんだよ。映画の中でレッド・ピルが象徴していた「知識、自由、苦痛を伴う真実」とともに、ポップ・カルチャーが持つ楽しさも反映させているんだ』

 しかし、このアルバムが象徴しているものは、楽しさだけではなくて、今のアメリカ社会の怒りや悲しみも込められているようだ。再びアダムのコメントに耳を傾けてみよう。

 『僕たちはみんな辛い日々を送っていると思う。良いとは言えないようなことがたくさん起きている。ものすごく醜いことが、ものすごい毒が、ものすごい人種差別が、ものすごい悲しみが、ものすごい怒りが、少なくとも僕らの国には間違いなく渦巻いている。
 だからこそ、その中でどうやってそれに向き合い、生きていくのか、それなりの方法を見つけなくてはいけない。このタイトルにしたのもそういう理由だったんだ』

 とにかく、時代に自覚的なミュージシャンたちは、今の時代が恵まれているとは思っていないようだ。上のアダムのコメントにもあるように、アメリカ人のみならずヨーロッパのミュージシャンたちも先行き不透明で混沌とした時代状況に警鐘を鳴らしていて、そういうメッセージを含んだ曲や、ダークでヘヴィな音を鳴らしている気がしてならない。

 もちろんマルーン5の場合もまた、そのような時代にいる自分達の存在理由を自分たちのサウンドや楽曲で詳らかにしようと取り組んでいる。

 彼らは、音楽の力を信じている。音楽には人の気持ちを癒す力があると考えている。アダム自身も音楽があることによって、人生がより良いものになっていると述べていた。

 自分たちの作品が必ずしもそうとは言えないと謙遜はしているものの、音楽には抗えない力とパワーがあると考えていて、そしてそれを証明するかのように、このアルバムの中でも悲しい曲は悲しいままに、ハッピーな曲は周囲を巻き込むかのように、曲を通してエネルギーを発散しているのである。

 もう一つの特徴としては、最近のヒット・アルバムは、個人やバンドの力というよりは、プロジェクト・チームのように集団でアルバムを作り上げていくパターンが多い。昔はせいぜいプロデューサーやエンジニアの意見を取り上げて、あとはバンドのメンバーで決定するくらいだったのが、今では優秀なメンバーで構成されるプロダクションが楽曲を提供したり、アルバムの方向性を決定づけたりする場合が多い。

 例えば、イギリスのアデルやサム・スミス、エド・シーランなどのアルバムも同様で、ミュージシャンは曲作りには参加するものの、すべて自分の力でマネージメントはしていない。

 マルーン5のこのアルバムも同様に、ベニー・フランコやジェイソン・エヴィガン、ジョン・ライアンなど大物有名プロデューサーが関わっている。(彼らはマドンナやワン・ダイレクションなどを手掛けたようだが、残念ながらそのほとんどの人をよく知らない。悲しいかな、時代に追いつけない自分がいる)

 また、曲作りにもジャスティン・ビーバーの曲を作ったジャスティン・トランターやジュリア・マイケルズが参加しているし、さらにはミュージシャンとして、第60回グラミー賞で5部門を受賞したラッパーのケンドリック・ラマーや、急成長中の今をときめく女性R&Bシンガーのシザ、2012年のデビュー以後、瞬く間に全米を代表するラッパーになったフューチャーなど、今の最も旬なミュージシャンを起用しているところも、このアルバムの特徴だろう。

 このアルバムには捨て曲などはなく、どの曲も生き生きと輝いている。相変わらず起伏の激しいマルーン5節で歌われており、アダムのファルセットも効果的に使用されている。

 その中でも、やはりシザをフィーチャーした"What Lovers Do"やセカンド・シングルになった"Wait"、それにケンドリック・ラマーによるエド・シーランの雰囲気に似た"Don't Wanna Know"、フューチャーのライムが印象的な"Cold"などは聞き逃せないだろう。

 そして一番の問題作は、このアルバムのボーナス・トラックを除いての最後の曲になる"Closure"に違いない。何しろこの曲、11分28秒もあるのだ。
 普通、これくらいのタイムなら2、3曲分にして収録曲を増やすのだが、ここではあえて1曲でまとめている。519jlxgdhal
 しかもこの曲のボーカル部分は、最初の3分5秒くらいで終わるので、残りの8分あまりは演奏のみなのだ。
 そしてこのインストゥルメンタル・パートでは、ジャズっぽいギターと断続的なキーボードやサックスが淡々と流れて行く。まるで、スティーリー・ダンの曲のようだった。

 この辺が今までの5人組のアルバムの曲とは違う点で、ひょっとしたらマルーン5はR&Bやソウル・ミュージックをベースにしながらも、ジャズ的な雰囲気も持ち合わせたインストゥルメンタルのバンドとしても成長していくのかもしれない。そういう意味では、新たな旅立ちを予想させるアルバムでもあった。

 彼らは、今でもデビュー・アルバムの「ソングス・アバウト・ジェーン」を超えるアルバムを作るのを目標にしていて、このアルバムはそれを超えている自信があると言っていた。ポップ・ソングとヒップ・ホップを最初に結び付けて成功させたバンドという点にこだわっているのだ。如何にもマルーン5らしい話である。

 とにかくトータルな意味で、今を代表する素晴らしいポップ・アルバムである。上記にもあるように、プロダクション・チームの力に負うところが多いようだが、アダムの美しいファルセットは、このアルバムの全編を覆っている。
 神が人類に与えた最高の楽器は、声だとよく言われるけれど、このアルバムを聞きながら、まったく同感だと思っている。

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2018年3月12日 (月)

サム・スミスの新作

 昨年、サム・スミスの新作が発表されたが、これがもう現代のポップ・ミュージックの最高峰の部類に入る作品だった。

 サム・スミスについては、以前このブログでも取り上げたけれど、自分でも何と書いたか忘れてしまったので、もう一度確認すると、彼は1992年にイギリスのロンドンで生まれている。今年の5月で26歳になるので、まだ25歳の若者だ。Samsmith20180504as1200x600
 子どもの頃からアレサ・フランクリンやホイットニー・ヒューストンなどの女性R&Bシンガーに憧れて、自分も将来は歌を歌いたいとはっきりとした目標を持っていたようだ。
 義務制の学校を卒業した後は、音楽や演劇などの学校に入学し、専門的に音楽を学びながらジャズ・ボーカルの先生からプライベート・レッスンを受けながら実力を身に着けていった。
 その後、ジャズ・クラブなどで歌っていたところをアデルのマネージャーから声を掛けられ、本格的なプロ活動に従事していった。

 2012年に、ダンス曲を得意としていたディスクロージャーという兄弟デュオによるシングル曲"Latch"にボーカリストとしてフィーチャーされたことから名前が広く知られて行き、2013年のノーティー・ボーイのシングル曲"LaLaLa featuring Sam Smith"が全英No.1を獲得して以来、全英のみならず世界中で話題になってしまう。

 2014年には待望のデビュー・アルバム「イン・ザ・ロンリー・アウア」が発売されると、全英、全米をはじめ、世界中の多くの国でNo.1もしくはトップ・テンに入る結果になり、翌年の第57回グラミー賞では、6部門にノミネートされ、その中で最優秀新人賞、年間最優秀レコード賞、年間最優秀楽曲賞、最優秀ポップ・ボーカル・アルバム賞の4部門で受賞した。まさに男性版アデルである。(ちなみにアデルのデビュー・アルバムは2部門で受賞している)

 さらにアデルの後を追うように、映画「007」シリーズの第24作目「007スペクター」に新曲の"Writings on the Wall"を提供し、これまた全英No.1になっていて、まさに今を代表するR&Bシンガーとしての名声を確立している。(ちなみにアデルは第23作目の「スカイフォール」の主題歌を提供し、自らも歌っている)

 まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのサム・スミスだが、デビューしてしばらくすると、ストレスのせいか少しふっくらとしてしまった。写真を見ればわかると思うけれど、全体的に丸みを帯びていて、顎のあたりが二重顎になっているのが分かると思う。このあたりはアデルとは対照的で、彼女は徐々にスレンダーになっていった。(ただし、妊娠後は体重が増え出産後はまた減少してしまった)In_1503_readaloudsamsmithphoto1_l

 2016年にはしばらく長い休みを取って、公の前から姿を消してしまった。ただ休みを取りながらも曲作りには取り組んでいたようで、時々その様子がSNSなどでアップされていたと言われている。

 またその間に、ダイエットに心がけており、グルテンフリーや野菜中心の食べ物の摂取に努めたという。だから、このセカンド・アルバムのジャケット写真のように、少し精悍な風貌に変容したのだろう。51x47twabl
 肝心の音の方はどうかというと、セカンド・アルバム「ザ・スリル・オブ・イット・オール」の方はデビュー・アルバムに比べて、やや落ち着いてしっとりとした雰囲気に満ちているようだ。
 デビュー・アルバム「イン・ザ・ロンリー・アウア」はテンポのよい曲もあれば、バラード曲もありといったバラエティに富んでいたが、セカンド・アルバムはちょっと違うのである。

 1stシングルになった"Too Good at Goodbyes"は失恋を歌ったバラード曲で、アルバムの冒頭に置かれている。
 実は2016年からのオフの期間に、彼は失恋を経験していて、その体験がこの曲に反映されているようだ。

 彼はインタビューの中で、この曲は相手のことを歌ったものではなくて自分の気持ちを歌っていると述べている。また、この曲は彼にとってのセラピーみたいなもので、この曲を作り、歌うことで、つらい過去を乗り越えることができるとも述べていた。

 この時の失恋の痛手から立ち直るために時間が少しかかったようで、本当はアルバム自体も2016年の終わりまでには発表する予定だったのが、約1年遅れたようなのである。よほど痛手だったのだろう。

 2曲目の"Say it First"もミディアム・テンポの落ち着いた曲で、彼の特徴であるファルセットが美しい余韻を残してくれるのだ。確かに今の欧米のシンガーの中で、声だけで人を感動させてくれる男性は、彼とアーロン・ネヴィルぐらいしかいないのではないだろうか。

 続く"One Last Song"もややロッカ・バラード調だ。ただ、彼の歌声は力強くて、ある種の決意表明をしているかのように聞こえてくる。
 "Midnight Train"もまた静かなサム流ゴスペル・ミュージックだ。これもまた失恋の曲で、心の整理がつかないまま、夜行列車に乗り恋人のもとを去っていく気持ちが歌われている。

 5曲目の"Burning"を聞いたときに驚いたのは、ピアノの雰囲気や曲調が鬼束ちひろの曲の雰囲気に似ている点だった。最初はアカペラの独唱で歌われ、途中で男声の多重コーラスとともに盛り上がっていくのだが、最初に聞いたときはまさに鬼束だと思った。

 次の"Him"は、もっとシンプルに始まり、途中で男女混成のコーラスが加わるが、バックの演奏はピアノとパーカッションくらいなもので、余計な装飾がない分、彼の美声がひきたっている。

 "Baby, You Make Me Crazy"はホーンやコーラスが施されていて、1stアルバムの中の曲の雰囲気に似ている。このアルバムのかではゴージャスな印象を受ける。この曲のテーマは恋愛なので、内容に合わせて明るくアレンジしたのだろう。

 8曲目の"No Peace"にはイエバという女性シンガーがフィーチャーされていて、ふたりでデュエットしている。
 イエバという人は、“ポスト・アデル”といわれているイギリス人シンガーで、エド・シーランのツアーのオープニング・アクトに起用されたことから有名になった。今後は日本でも人気が出るかもしれない。

 "Palace"という曲もまた静かな曲で、最初から彼のファルセットも全開しており、本当に夢心地になるというか、うっとりとさせてくれるバラード曲である。こんな曲を耳元で歌われたら、女性であろうが男声であろうが、一発でノックアウトされるだろう。

 "Pray"という曲もそのタイトル通りに“祈り”に満ちた曲だ。恋愛に対する“祈り”というよりも世界を覆う危機的状況や混沌として見通しのできない現状を変革するための“祈り”なのだろう。
 この曲でのサムのボーカリゼーションは見事で、低音から高音まで非常に技巧的に使いこなしている。このあたりがデビュー・アルバムより進化、成長したところだろう。

 日本国内盤では、ボーナス・トラックとしてあと6曲追加されているが、貧乏な自分は輸入盤しか聞いていないので、詳細は省略することにした。興味のある方は聞いてみるといいだろう。ひょっとしたら新しいサム・スミスの姿を発見することができるかもしれない。

 とにかく、成長したサム・スミスの姿を実感できるアルバムになっている。ただ残念なのは、全体的におとなしめのせいか、セールス的にはデビュー・アルバムを上回ることはできないでいる。

 デビュー・アルバムの方は全世界で1200万枚以上売れたのだから、この数字を超えることは厳しいだろう。全英のアルバム・チャートでは3位だったし、全米のビルボード・アルバム・チャートでは153位で終わってしまった。
 ただし、アルバム発表直後の週間チャートでは全英、全米を含む世界10か国以上で首位になっている。

 ただそういうセールスの結果について語ることは、あまり意味がない。このアルバムを通じて、サム・スミスの音楽的な愛情や成長を感じ、味わうことの方が大切だろう。

 このアルバム「ザ・スリル・オブ・イット・オール」は十分その資格があるし、彼の音楽的キャリアを深める充実した楽曲で占められているのだ。現時点では今の時代を反映した最高峰のR&Bアルバムなのである。

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2018年3月 5日 (月)

テンプルズ

 さて、3月になってそろそろ本格的な春も近づいてくるだろうということで、今月は比較的新しいアルバムについて、いくつかピックアップしてみようと思う。

 それで今回は、イギリスのバンドのテンプルズの最新アルバムを紹介したい。このバンドは、2012年に結成されている。
 バンドの構成メンバーは4名で、中心人物はギター&ボーカルのジェームス・バッグショーとベース・ギター&バック・ボーカルのトーマス・エジソン・ワームスレイの2人だ。

 彼らは、イギリスの中央部にあるミッドランズ地方のケタリングという町で生まれ育った。ケタリングの人口は約6万人余りだから、地方の田舎町と考えた方がいいかもしれない。
 メンバーのジェームスが言うには、特徴のない街で、年に1回クリスマスの時にワールド・マーケットという市場が立つらしく、それが唯一の町のイベントらしい。

 残りのメンバーであるドラムスのサム・トムズとキーボード担当のアダム・スミスも同じ町出身だから、4人とも子どもの頃からの顔見知りだったに違いない。Mainvisual
 それはともかく、ジェームスとトーマスがやりたい音楽を自宅録音しながら作っていたようだ。そしてそれらをインターネット上で発表していたら、たまたま耳にしたヘヴンリー・レコーディングスの代表者であるジェフ・バレットが気に入り、彼らと契約を交わしてミニ・アルバムを発表した。

 このアルバムの中に"Shelter Song"という曲があり、それが全英で大ヒットを記録し、彼ら2人はフル・アルバムを制作する必要があったので、ドラマーとキーボーディストを加入させてバンドを結成したのである。
 
 彼らの音楽の特徴をごく簡単に言うと、ザ・ビートルズ中期のサイケデリックな趣きを備えたロック・バンドで、ギターよりもキーボードが目立っている。ただし、ザ・ビートルズのようなポップな要素は少なく、どちらかといえば、シド・バレット在籍時のピンク・フロイドやキーボード・プレイヤーを加入させたザ・バーズといった感じだろうか。

 メンバー4人で制作したデビュー・アルバム「サン・ストラクチャーズ」は大ヒットになり、アルバム・チャートでは全英7位を記録した。51uxlj29xgl
 また、元オアシスのノエル・ギャラガーや元ザ・スミスのジョニー・マーという有名ミュージシャンが彼らの音楽を絶賛していて、ノエルに至っては“宇宙的なスペース・ミュージックだ。銀河系の未来は、このアルバムにかかっている”とまで述べていた。
 ちょっと言い過ぎだろうが、確かに新人バンドの中では個性的だし、60年代中・後期の雰囲気を残しながらも、それを21世紀の今にも通用するような音楽性に仕上げたことについては、唯一無二のバンドだろう。

 彼ら4人が共通して気に入っている音楽は、ザ・ビートルズの「リボルバー」、ザ・ローリング・ストーンズの「ベガーズ・バンケット」、ルー・リードの「トランスフォーマー」、デヴィッド・ボウイの「ハンキー・ドリー」だという。こういう音楽が混然一体となって演奏されて出てくる音楽というのは、70年代の洋楽に詳しい人なら、だいたい予想がつくのではないだろうか。

 彼らのデビュー・アルバム「サン・ストラクチャーズ」は、日本では2014年に発表されたが、新し物好きの自分は、早速買って聞いてみた。もちろん貧乏なので、輸入盤である。

 するとこれが結構イケるのであった。シングル・ヒットした"Shelter Song"もいいのだが、個人的には、それよりも下降調のメロディーがポップで印象的な"Mesmerise"、12弦ギターとメロトロンっぽいシンセサイザーが宇宙的な広がりを感じさせる"Colours to Life"の方が気に入っている。

 "Shelter Song"はザ・バーズの影響が強いと思ったのだが、セカンド・シングルにもなった"Colours to Life"は若い頃のムーディー・ブルーズに似ていて、彼らの後継者かと思わせる雰囲気に満ちている。

 また、"The Guesser"という曲は、60年代のフレンチ・ポップのテイストを備えたガレージ・ロックといった感じで、何となく日本のGSブームの中の曲にも似ている。珍しく短いながらもギター・ソロもあって、かなりアレンジに工夫している様子がうかがえる。
 それに、トーマスの書いた"Sand Dance"はレッド・ゼッペリンの"The Wanton Song"に似ていて、後半のエンディングのストリングスはまるで"Kashmir"のようだった。

 確かに有名ミュージシャンが絶賛するようなアルバムには間違いないだろうし、発売当時はよく車を運転しながら聞いたものだった。そしてそれから約3年、彼らのセカンド・アルバムが、昨年発表された。タイトルは「ボルケーノ」と名付けられていた。71y6zpvxfil__sl1181_
 このアルバムは前作とはやや違っていて、デビュー・アルバムよりもサイケデリックな部分は後退し、現代的でモダンな音作りになっていた。また、ファルセットのボーカルは、前作よりも強調されていて、ほぼ全面ファルセットで歌っているのではないかと思わせるほど、気合を入れて歌っている。

 前作から継承されているのは、キーボード中心の楽曲ということと、イコライザーなどの機材は2000年代以前に作られたヴィンテージなものを使用しているといったところだろうか。

 ギター&ボーカルのジェームスは今のクラブで流れているようなドラムとベースのアタック音の強い曲調と、60年代や70年代のサウンドやメロディを融合させたかったと言っていて、そういう意味では、前作よりも霧が晴れたようなスッキリとした印象を与えてくれる。

 また、サイケデリックな部分が少なくなったことについては、バンド結成当時からサイケデリックなサウンドを鳴らそうとした意図はないとも述べていて、デビュー・アルバムは当時流行していた音楽に影響されたからに過ぎないと述べている。
 だから、前作と作風が違った結果になったのも、ある意味、当然であるような言い方をしていて、セカンド・アルバムについては意図的な取組の結果なのだろう。

 そうなると、前作のような音楽を期待していた自分としては少し困ったことになるわけで、確かにメロディアスでクリアな印象はあるものの、どことなく物足りなさも覚えたのも事実である。

 それでも"Born into the Sunset"ではジェームスの美しいファルセット・ボーカルを味わうことができるし、このアルバムの中でも屈指の覚えやすいメロディーを持った曲だと思う。ちなみにこの曲は、3枚目のシングルに選ばれている。
 
 それと個人的には、アコースティック・ギターのカッティングで始まる"In My Pocket"や幻想的な雰囲気に満ちている"Celebration"、チープなキーボードと軽快なリズムがいい味を出している"Mystery of Pop"、セカンド・シングルに選ばれた夢見るような"Strange or Be Forgotten"などには一聴の価値があると思っている。

 そういう意味では、このアルバムは7曲目"Open Air"以降の後半が面白いのではないだろうか。
 色々なことを考えながらこのアルバムを聞いているわけだが、やはり衝撃度としてはデビュー・アルバムの方が優っているし、セカンド・アルバムの方はチャート・アクション的にも全英23位と前作よりは振るわなかった。やはりイギリスのリスナーは正直である。

 そういうことで、進路転換したテンプルズであるが、この次のアルバム第3作目が彼らの命運を決するものになると思っている。Colourstolifebytemples_2
 果たして現状維持を続けるのか、それとも原点回帰するのか、はたまた新展開を見せるのか、とりあえずこのセカンド・アルバムを聞きながら、温かく見守っていくことにしようと思っている。

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