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2018年4月23日 (月)

90年代のZZトップ

 さて、前回からの続きで、今回は90年代のZZトップである。1990年に発表された「リサイクラー」は、「テクノ3部作」の最後の作品としてだったが、その前のアルバム「アフターバーナー」よりは、テクノ色は幾分抑えられていて、むしろ70年代の原点回帰というような印象が強かった。

 個人的には、このアルバムから彼らと距離を置くようになってしまい、彼らの「グレイテスト・ヒッツ」を購入したあとは、しばらく音信不通になっていた。売れすぎてしまって興味が薄れてしまったのだ。81zufgipjnl__sl1425_
 何しろ「イリミネイター」だけでも全世界で1000万枚以上売れたというし、「アフターバーナー」は初回発売だけで200万枚以上の予約オーダーがあった。つまり予約だけでダブル・プラチナ・ディスクの認定を受けたということで、この時期の彼らの人気がいかに高かったかが分かると思う。
 その「アフターバーナー」もアメリカ国内だけで500万枚以上売れたし、「リサイクラー」も100万枚以上売れている。この時期のZZトップは、まさに向かうところ敵なしだっただろう。

 そんな彼らが、1992年にレーベル会社をワーナーブラザーズからRCAに移して、ニュー・アルバムの制作を開始した。理由は定かではないが移籍金が3500万ドルということだったから、経済的な意味合いが強かったのだろう。

 そして、1994年に「アンテナ」という11枚目のスタジオ・アルバムを発表した。これはアルバム内にある"Antenna Head"という曲名から引用されたもので、彼らにとっては曲名をアルバム・タイトルにした初めてのアルバムになった。612mhkcuol
 全11曲(国内盤は12曲)で構成されていて、テクノ路線はすっかり後退していて、ハード・ロック寄りになっていた。それは冒頭の"Pincushion"を聞けばわかると思う。ビリーのギターもフィーチャーされたノリのよい曲だ。イギリスのシングル・チャートでは15位を記録している。

 続く"Breakaway"はギターのエフェクターを効かせたスローな曲で、ブルーズの影響がうかがえるし、"World of Swirl"もミディアム調の、思わず体が動いてしまいそうな曲だ。70年代のZZトップがハード・ロック路線に走ったらこうなりましたというような曲だった。

 このアルバムには4分台の曲が多くて、11曲中8曲が4分台だ。残りは3分台が1曲、5分台の曲が2曲含まれていた。そのうちの"PCH"という曲は幾分ポップな香りを漂わせていて、時間的にも3分57秒と4分以内になっていた。
 また、"Cover Your Rig"はスロー・ブルーズで、5分49秒とアルバムの中では一番長い曲だ。ビリー・ギボンズのギターも多重録音されていて、伸びのある艶やかな音色を出している。

 このアルバムは、全米14位、全英で3位とセールス的にも申し分のない結果を残している。まだまだZZトップの魅力は衰えないぞとでもいいそうな力のこもった内容だったからだろう。また、MTVの影響力に対してラジオの復権を強く訴えているところもあり、全米のラジオ局は喜んでこのアルバムをリスナーに届けたことも影響したに違いない。

 これは余談だが、ジャーニーというバンドも「レイズド・オン・レディオ」というアルバムを1986年に発表していたが、ラジオで育った世代には音楽状況の変化に対して共通した思いがあったのだろう。ZZトップも同じ意識だったに違いない。

 このハード路線は続く1996年のアルバム「リズミーン」でも継承されていて、前作以上に音圧も高く、ギターもギンギン鳴っていた。
 特に、アルバムの最初の3曲"Rhythmeen"、"Bang Bang"、"Black Fly"は強力で、70年代のハード・ロックとR&B風のリズムのハイブリット型を提示しているようだ。
 それにただ単に音がハードだけではなくて、リフ主体の曲作りに間奏のギター・ソロとAメロ、Bメロ、サビのブリッジというスタイルもまた昔を知る者には郷愁を感じさせてくれるのである。512atvn6mrl
 また、"What's Up With That"は、ミディアム・テンポのブルーズ・ロック系で、これもまた聞き捨てならない曲だ。曲間のハーモニカはジェームズ・ハーマンという人が吹いているし、この曲自体が、ビリーだけでなくマック・ライスやルーサー・イングラムという昔のR&Bシンガーやソングライターとの共作だった。だから70年代のような昔の匂いがプンプン漂ってくるのであろう。

 そういえば、9曲目の"My Mind is Gone"には曲作りにスティーヴィー・ワンダーという名前が記載されていたが、あの盲目の天才スティーヴィー・ワンダーのことだろうか?
 他にはエンジニアのジョー・ハーディーやアシスタント・エンジニアのゲイリー・ムーンなども参加していたが、バリバリのハード・ロック・サウンドなので、そんなにメロディアスでもなくファンキーでもなかった。とてもスティーヴィー・ワンダーが参加していたとは思えないほどの重たいサウンドだ。

 他にもスロー・ブルーズの"Vincent Price Blues"やジョージ・クルーニーやクゥエンティン・タランティーノが出演した1996年のホラー映画「フロム・ダスク・ティル・ドーン」に使用された"She's Just Killing Me"、往年のノリの良さを感じさせる"Loaded"、ブルーズの影響を感じさせる"Prettyhead"など、聞きどころの多いアルバムに仕上げられている。

 ただ残念ながら、チャート的には全米で29位、全英で32位と、前作よりはあまり振るわなかった。時代の流れは、こういうハードなギター・サウンドを求めなくなっていて、わずか10年ほど前は全米を熱狂させていたとは思えないほど、徐々にその人気を失いつつあった。

 それから約3年後の1999年に、彼らは90年代では最後となるアルバム「XXX」を発表した。このタイトルは、デビューから30周年を表していて、英語ではなくローマ数字を意味していた。だから本来は“トリプルエックス”と読むのは間違っていて、“サーティ”が正しいと思うのだが、どうだろうか。

 このアルバムの素晴らしいところは、デビュー以来一貫して変わらない彼らの姿勢である。ブルーズに影響されながらも時代の流れやその時の流行を巧みに取り入れながら、ハードでノリのよいブギー・ロックを奏でている。51hv3dvvltl
 しかも、デビュー以来メンバー・チェンジのない不動の3人組で音楽活動を続けているという点も、古くて新しいZZトップ・サウンドの要なのだ。

 ただ、このアルバムではデビュー以来の付き合いだったプロデューサーのビル・ハムが参加していない。前作が最後のプロデュース作品になったわけである。ただそんなに大きな変化は見られない。基本はギタリストのビリーがプロデュースしているので、ギターがフィーチャーされている気がした。

 例えば、4曲目の"36-22-36"にはエフェクトかけまくりのギター・ソロが展開されているし、同じくシングル・カットされた"Fearless Boogie"もダビングされたギター・サウンドが強調されていた。
 また、"Made into a Movie"は典型的なスロー・ブルーズだし、しかもことさらギターが盛り上げようとするところなどは、わかっていても感動してしまったりする。

 個人的には2分48秒と短い"Beatbox"や流行りのEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)とブギー・ロックが融合したような"Dreadmonboogaloo"などが面白いと思ったのだが、彼らのこのアルバムでの新趣向は後半のライヴ4曲だったようだ。

 ただ、この方法論は1975年の傑作アルバム「ファンダンゴ!」で試されていて、今回はそれを踏襲した形になっている。しかもこのアルバムには最初のライヴ曲の前に、30秒余りのMCによるバンド紹介から始まっていた。

 このMCは13歳からラジオのディスクジョッキー(昔はそう呼ばれていたのだ‼)を始めたという伝説のMCのロス・ミッチェルという人で、そこからアルバム「アンテナ」の中に収められていた"Pincushion"の別バージョンの"Sinpusher"、あのエルヴィスも歌った名曲"Teddy Bear"、"Hey Mr. Millionaire"、"Belt Buckle"と続いていく。

 しかも"Hey Mr. Millionaire"にはジェフ・ベックがボーカルを分け合って歌っているから、ファンにはたまらない。客席も大盛り上がりの様子が伝わってくる。ハーモニカ奏者も加わって非常に楽しそうに演奏しているのだ。

 久しぶりにスタジオ曲とライヴ音源をミックスしたアルバムを発表したのだが、“柳の下の二匹目のドジョウ”はいなかったようだ。
 個人的には大好きなアルバムなのだが、アメリカのアルバム・チャートでは100位、イギリスではチャート・インもしなかった。

 レーベル会社のRCAのプッシュが足りなかったのか、はたまた時代と合わなくなってきたのか、それともデビュー以来の盟友ビル・ハムの不在のせいだろうか、恐らくそれらの複合的な理由のせいなのだろうが、セールス的には失敗してしまった。

 ただ、ビル・ハムは「ローン・ウルフ・プロダクション」を設立して、様々なミュージシャンのプロデュースやマネジメントを手掛けているから、ZZトップと完全に関係を絶ったというわけではなかったようだ。

 このように90年代のZZトップは、音楽的な水準は決して衰えてはいなかったのだが、80年代の反動か、自ら追い求める音楽と時代の求める音との乖離からか、セールス的には下降していった。

 しかし、彼らの根強いファンは、決して彼らのことを見捨てることはなく、どこまでも彼らのことを追いかけていった。流行に左右されない不変の音楽性がそこにあったとともに、セールスの結果に左右されないファンとミュージシャンの理想的な姿もそこに存在していたと思う。2cbfe47807f74445a6fb4b2689a1bbc6
 この時、ビリー・ギボンズとダスティ・ヒル、フランク・ビアードの3人は全員ともに50歳。まだまだキャリアの追及は、終わっていなかったのである。


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