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2018年5月

2018年5月28日 (月)

レディオヘッド

 90年代のブリティッシュ・ロックといえば、やはり“ブリット・ポップ”の影響を避けて語ることはできないだろう。“ブリット・ポップ”の主流だったオアシスとブラーは言うに及ばず、トラヴィスやオーシャン・カラー・シーン、エンブレイスにザ・ヴァーヴなどは、オアシスなどと同様に、一時代を築いたバンドだった。

 それで今回は、レディオヘッドについてである。バンドの結成は80年代とは言え、90年代に大きく開花し、世界的にも有名なバンドになったわけだから外すわけにはいかない。ロック史上においても重要なバンドと言えるだろう。1462197677radiohead051
 ただ、このバンドについては自分は苦手である。最初はよく聞いたのだが、今では彼らの音楽性についていけなくなってしまったのだ。
 何しろ彼らの音楽性はアルバムごとに変化している。まるで万華鏡のように美しくカラフルに変化していった。その変化に追いついていけなくなったということだろう。感性が劣化したのかもしれない。

 彼らの凄いところは、音楽性が変化していっても、その水準は常に一定以上の高レベルをキープしていて、アルバムを発表するたびに、世界中のファンや評論家たちから高評価を得てきた点である。
 “バンド版デヴィッド・ボウイ”と自分は呼んでいたのだが、まるでカメレオンのように変化する音楽は、つねに時代性への認識と変革への挑戦を秘めていて、その時々の音楽的潮流を築いていた。

 自分が初めて聞いた彼らのアルバムは、彼らのセカンド・アルバムだった「ザ・ベンズ」だった。1995年に発表されたものだ。
 自分はある人からこのアルバムはいいと勧められて聞いたのだが、その時の感想は“イギリス版グランジ・ロック”といったものだった。91qnwrj56hl__sl1400_
 ザラザラとささくれ立ったような音質、ハードな楽曲とソフトなバラードの対比などが、アメリカのシアトル系のバンド群を思い出させたのだった。やや遅れてきたニルヴァーナやパール・ジャム、スマッシング・パンプキンズといった感じだろうか。(スマパンはシアトル出身ではないけれど、グランジ・ロックという範疇で語らせてもらいました)

 だから、基本的にはエド・オブライエンやジョニー・グリーンウッドのギターやキーボードと、バンドのリーダーであるトム・ヨークのボーカルが目立っていた。
 それに、このアルバム自体も素晴らしかった。確かに“グランジ・ロック”の影響は感じさせられるものの、普通のロックにはない前衛性や革新性を備えていたし、ギターやキーボードの音色にも彼らのそういう意思みたいなものが宿っていた。

 それと自分たちが生きている時代に対する覚醒というか対峙というか、危機意識や不安、危うさなどが漂っていて、まさに時代を意識したアルバムなのだということが理解できた。

 何しろアルバム・タイトルの「ザ・ベンズ」という意味自体が、潜水病や高山病における“痛み”のようなものを指しているそうで、これはまさに彼らが今を生きる時代や社会に対して感じている“痛み”や“苦しみ”、そこから導き出される“諦観”や“反抗”などではないかと思っている。

 だからこのセカンド・アルバムは、刺々しさと同時に、儚く美しいのだ。だから、通常のポップ・ソングなどは収められていないし、ほかのバンドと同様なロック・アルバムでもない。
 彼ら独特のオリジナリティーと時代感覚、音楽性を備えていて、唯一無二の存在であった。

 これは当時からそうだったのだが、自分はその時はまだ気づいていなかった。彼らレディオヘッドを通常の音楽フォーマットのバンドとしか捉えることができずに、オアシスやトラヴィスなどと同等のバンドとしか思っていなかった。

 今から考えれば、それは完全な間違いだったのだが、それには気づけなかった。確かにこのセカンド・アルバムの中の"The Bends"や"Black Star"などを聞けば、メロディアスでドラマティックな音楽性を備えたバンドと思ってしまうかもしれない。
 あるいは、冒頭の"Planet Telex"や"Sulk"などの轟音ギターを聞けば、シアトルから来たバンドと思うかもしれない。

 しかし、彼らは決してそんなバンドではなかった。アルバム5曲目の"Bones"や7曲目の"Just"のギターやキーボードの使い方を聞けば、単なるチャート狙いの商業主義的ロック・バンドではないということが分かるはずだ。
 でも当時の自分には、それがわからなかった。彼らを単なる流行のロック・バンドとしてしか認識できていなかったのだ。

 そして、約2年後、サード・アルバム「OKコンピューター」が発表された。これは今までのレディオヘッドのイメージを覆すような、レディオヘッドだけでなくロック・ミュージックというフォーマットの転換を促すような、そんなアルバムだった。

 だから、言葉本来の意味での“プログレッシヴ・ロック”だったと思う。そこにはメロトロンもないし、各楽器の冗長なソロも含まれていない。もちろん曲自体も10分も20分もない。しかし、間違いなくこれは“プログレッシヴ”なロック・ミュージックなのだ。

 当時、彼らの音楽を評して“ロック・ミュージックの解体と再構築”といわれていたが、今回改めて聞き直してみると、まさに通常のロック・フォーマットに捉われない音楽がそこに横たわっていた。
 もう少し付け加えると、楽器自体は普通のバンドが使用しているものと同じものだが、その使用方法が独特だし、楽曲自体がそれまでの常識から意識的に離れようとしているかのようだった。

 これはまさに革新的であり、しかもその試みに対して自覚的、意欲的だった。そして、結果的には、世界中で彼らの音楽が受け入れられたのである。
 これままさに、何度も言うようだが、真の意味での“プログレッシヴ・ミュージック”であり、ニュー・タイプの音楽だ。

 ただし、このアルバムにおいては、あくまでもその萌芽が見られているだけで、これ以降の「キッドA」や「アムネージア」においては、もっと“解体と再構築”が進んでいる。これについては、また別の機会に述べたいと思う。別の機会があればのお話だが…

 この革新性と商業性の絶妙な“止揚”を、果たして彼らは予測していたのだろうか。ひょっとしたら、失敗するかもしれないという可能性も考えていたのだろうか。
 その点はよくわからないのだが、それでも彼らは自分たちの音楽性に自信を持っていたはずであり、失敗しようがしまいが、そんなことは眼中になかったはずだ。51rowiiznl
 むしろ時代の方が、後からついてくるだろうという意識だったのではないだろうか。それがわかるのが、このアルバムの中の"Airbag"であり"Paranoid Android"だと思っている。
 通常の楽曲の中に、変則的なビートと機械的な装飾音が散りばめられたこの2曲は、このアルバムの方向性を示していた。

 特に、"Paranoid Android"は、それこそプログレッシヴ・ロックに通じるような複雑な曲構成を持っていて、エキセントリックなギター音などは通常のロック・ミュージックからはかなりかけ離れている。この曲を聞けば、当時の世紀末的な世相や来るべき新時代への不安などが想起されたはずだ。ロック・ミュージックは、まさに時代を映す鏡なのである。

 "Subterranean Homesick Alien"は、ボブ・ディランの"Subterranean Homesick Blues"から借りてきたタイトルだし、"Exit Music"は映画「ロミオ&ジュリエット」のエンディング・テーマに使用されたものだった。

 ところが、意外にも"Let Down"は、後半に近づくにつれて大々的なバラードとして仕上げられていたし、"Karma Police"もまたピアノを基調とした静かなバラード・タイプの曲だった。ただエンディングには電子音が使用されていて、ただのバラード曲では終わらせないという意思も伝わってきた。

 "Fitter, Happier"は、ポエトリー・リーディングであり、その周りに電子音が飛び交っていて、ある意味、ピンク・フロイドの雰囲気に似ていた。"Electioneering"はレディオヘッド的ロックン・ロールだろうし、間奏やエンディングのギター・ソロというか、環境音楽にギターが突っ込んでいるような雰囲気もまた彼ら独特のものだった。

 “音楽の解体と再構築”と同時に、ボーカルの再認識と音楽との再編もまたこのアルバムにおける重要なテーマだと思っている。
 このテーマを追及し、実現させたのは、もちろんメンバーたちと同時に、このアルバムを担当したプロデューサーであるナイジェル・ゴッドリッチの手腕によるものである。このアルバムの後半に進むにつれて、そのあたりの感覚が伝わってきて、ますます魅力的に感じさせてくれた。

 9曲目の"Climbing Up the Walls"でのキーボードの使い方や、シングル・カットされた"No Surprises"におけるアコースティック・ギターとキーボードとボーカルの絶妙なバランスなどは、このアルバムをして90年代を代表するアルバムのみならず、ロックの歴史に残せしめるものとなった。

 後半の4曲、"Climbing Up the Walls"、"No Surprises"、"Lucky"、"The Tourist"はどれも比較的静かな曲で、深遠な世界に引きずられそうになる。
 逆に言えば、ロック的なダイナミズムには欠けているのだが、それでも"Lucky"におけるギター演奏などは十分にプログレ的で、目立っていた。

 この後半を聞くと、何となくポーキュパイン・ツリーのアルバムを聞いているような感じがしてくるし、ギターの音色などはマリリオンのスティーヴ・ロザリーに似ているような気がした。
 だから、前半は電子音楽との融合やロック・ミュージックの再構築や復権がテーマになっていて、後半はよりプログレッシヴな音楽を目指しているようだった。

 今になって考えれば、社会やシステムに対する抗議や反抗を含み、実験性をそなえたロック・アルバムだった。タイトルには“コンピューター”という言葉が使われていたが、実際にはそんなに使用頻度は高くはない。むしろ次作の「キッドA」の方にコンピューターの使用度がかなり高くて、実験的な作風に満ちていた。

 個人的には、最初の2枚のアルバムがレディオヘッドの初期にあたり、叙情性と衝動性がフィーチャーされたアルバムだったと思っている。
 そして、1997年の「OKコンピューター」以降、実験性や前衛的作風の比重が増えていった。そういう意味では、分岐点となったアルバムだと思っている。

 このアルバムは全英1位、全米21位を記録して商業的にも大成功した。全英チャートに関しては、次作の「キッドA」以降、2007年の「イン・レインボウズ」まで5作連続してチャートのNo.1になっているし、全米のビルボードのチャートでもいずれも3位以内に入っていた。

 この1997年以降のアルバムに関しては、断片的にしか聞いていなくて何とも言いようがないのだが、とにかく時代の最先端を走っていたバンドのひとつだったと言えるだろう。
 なので、通常のロック・バンドとして聞いてしまうと、私みたいについていけなくなる人も出てくるかもしれない。

 だから、むしろプログレッシヴ・ロック・バンドのアルバム群として聞けば、十分に満足できたに違いないだろう。実際に、欧米ではこのアルバムを“プログレッシヴ・ロック”としてジャンル分けしているところもあるくらいだ。

 当時の時代の渦中においては、自分にとって身近過ぎて、その役割が曖昧なものに映ってしまった。もう少し正しい認識や距離感があれば、当時からこのバンドの価値や素晴らしさが分かったはずだったのにと思うと、今更ながら後悔している。
 今さらながらで恐縮だが、このアルバム以降のものを、もう一度聞き直してみて、その内容や価値などを考えていきたいと思っている。

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2018年5月21日 (月)

ザ・ヴァーヴ

 以前にも書いたけれど、自分にとって1990年代は、ついこの前の出来事のような気がする。でも実際は、20年以上も前のことなのだ。年を取ったら時間の流れを早く感じるというのは、本当のようだ。

 この20年以上、自分はどんな音楽を聞いてきたのだろうかと振り返ったりするのだが、70年代から90年代の20年間と、90年代から今までの20年以上と比べたら、やはり70年代からの20年間の方が、音楽的には濃密で影響力のある期間だったと思う。人間が一番大きく成長する時期に触れたものが、やはり人格形成や趣味嗜好に大きく影響を与えるのだろう。

 でも、90年代以降の音楽が意味がなかったのかというと、決してそんなことはないわけで、アンプラグドの流行や過去の曲の再評価、ブルーズ・リバイバルやラップ・ミュージックの存在意義などは、自分にとっては大いに有益だったと思っている。

 さらには、90年代以降も新しいバンドは次々と生まれてきたわけで、90年代のブリット・ポップやアメリカにおけるグランジ・ロックなどは、当時はそんなにすごいこととは思えなかったのだが、今では忘れられない刺激的な出来事になった。

 それで、そんなことを考えながら、90年代に一世を風靡したブリティッシュ・ロック・バンドについて紹介しようと思った。今回は、ザ・ヴァーヴである。彼らが1997年に発表した「アーバン・ヒムス」は、まさに90年代のブリティッシュ・ロックを代表するアルバムだと思っている。717flmsdql__sx450__2
 このアルバムを聞いた人は、誰でも素晴らしいと賛嘆するのではないだろうか。このアルバムを聞いてい悪く言う人がいるとは思えないし、もしいたとしたら、それはよほどのへそ曲がりか、音楽自体を嫌っている人ではないだろうか。

 「アーバン・ヒムス」は、冒頭の"Bitter Sweet Symphony"があまりにも有名なので、どうしてもこの曲の紹介を避けるわけにはいかないし、やはりこの曲から始めるのが筋だと思う。

 この曲のバックのストリングスは、今でもテレビのCM等で使用されていて、耳にすれば、あぁあの曲ね、と分かるはずだ。
 ストリングスの部分はサンプリングされていて、元々はザ・ローリング・ストーンズの元マネージャーだったアンドリュー・オールダムの手によるものだった。彼がストーンズの曲である"The Last Time"をオーケストラでアレンジしたものを使用しているのである。

 ところが、最初は無断でサンプリングしていたようで、ローリング・ストーンズのレコード会社側から告訴される騒ぎになった。最終的には、ザ・ヴァーヴ側が無断使用を認めたため、裁判までには至らなかったが、それ以後は、曲のクレジットに"ジャガー/リチャーズ"の名前が記載されるようになった。

 そんな曰く付きの曲ではある。しかし、シンプルなフレーズの繰り返しだけの曲なのだが、いい曲はいい。
 もともとザ・ヴァーヴは、サイケデリックなロック・バンドだったから、この手の曲は得意なのだろう。

 そして、このアルバムから最初にシングル・カットされた曲でもあり、約3ヶ月全英シングル・チャートに留まっていた。もちろん全英1位を獲得し、全米のビルボード・シングル・チャートでも12位まで上昇している。

 このアルバムが有名になったのは、この曲だけのおかげではなかった。続く"Sonnet"もまた見事な曲だからだ。ポップでありながらもリード・ギターもしっかり目立っていて、その構成も見事だと思う。

 一転して"Rolling People"は、ハードな曲になっていて、うねるようなベースに立ち向かうかのようなギターが特徴的だ。この多重録音されたギターは、サイモン・トングとニック・マッケイブが弾いていて、特に、ニックのリード・ギターはエコーが豊かでエッジが効いていいる。

 4曲目の"The Drugs Don't Work"は、非常に美しいバラードで、このアルバムからの2枚目のシングルに選ばれている。しかも全英シングル・チャートでは首位を獲得し、2011年のニュー・ミュージカル・エクスプレス誌が選んだ“過去15年における名曲150選”において78位を獲得した。
 この曲はバンドのリーダーであるリチャード・アシュクロフト自身のドラッグ体験を表していて、ドラッグを用いてさらに悪くなっていった事実を淡々と歌っていた。

 このアルバムは、この4曲だけ聞いても素晴らしいと思うし、購入する価値はあると思うのだが、これら以外においても不思議な浮遊感を味わえる"Catching the Butterfly"やニックが作曲したスペイシーな雰囲気が味わえる"Neon Wilderness"なども収められている。

 "Neon Wilderness"は前衛音楽というか、ピンク・フロイドが環境音楽を演奏しているような摩訶不思議で、サイケデリックな2分余りのサウンドだった。
 逆に、"Space And Time"という曲はそのタイトルに反して、全然スペイシーではなく、まともな楽曲に仕上げられていた。強いて言えば、バックのキーボード・ストリングスがややサイケ調を高めているぐらいだった。

 そういえば、リチャード・アシュクロフトと元オアシスのギャラガー兄弟、特に弟のリアム・ギャラガーとは仲が良いようだ。
 ザ・ヴァーヴが最初に解散した1995年には、リチャードはオアシスに呼ばれて彼らのライヴで一緒に歌っているし、オアシスの曲"Cast No Shadow"は、傷心のリチャードに捧げられていた。

 リアムはまた、"Bitter Sweet Symphony"を連続30回以上も聴いたと言われているし、兄のノエルもこの曲をライヴで演奏したことがあるようだ。この兄弟とリチャードの間には他の人にはわからない友情めいたものがあるのだろう。

 だからザ・ヴァーヴの曲の中には、オアシスの曲をややサイケデリックな色彩に染め上げた"Space And Time"や"Weeping Willow"のような曲も収められている。
 また、3枚目のシングルとして発表された"Lucky Man"もまた、一聴に値する佳曲である。もちろんE,L&Pの曲とは同名異曲であることはいうまでもない。

 この曲は、ミディアム・テンポで、前半はアコースティック・ギターが、後半はストリングスが主導していて、ポップかつメロディアスで、ヒットする要素は満載だ。全英のシングル・チャートでは7位まで上がったし、全米のモダン・ロック・チャートでは20位内に顔を出している。

 一転して、けだるいバラードの"One Day"も穏やかで、疲れているときに聞くと、何となく心が軽くなるような気がした。"Velvet Morning"も同じような傾向の曲で、エレクトリックな部分とストリングスの部分のバランスがよく取れている。613nipx3fgl__sl1391_
 これらのメロディアスな曲も収録されているから、このアルバムは売れたのだと思っている。何しろ14週連続して全英No.1アルバムになり、全世界で1000万枚以上売れたのだ。この年のベスト・セラー・アルバムに認定され、翌年のブリット・アワードでは、ベスト・ブリティッシュ・バンド賞と最優秀批評家賞を獲得した。

 また2015年には、イギリスのアルバム・チャートで1000万枚以上売れたアルバムの中で18位に認定されている。ちなみに、首位はクイーンの「グレイテスト・ヒッツⅠ」、2位はアバの「ゴールド;ザ・グレイテスト・ヒッツ」、3位にザ・ビートルズの「サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」が入っていた。

 ただ、“好事魔多し”の譬えではないが、彼らは、翌年の1998年に二度目の解散をしている。原因はリード・ギタリストのニックとの確執のせいで、リチャードとニックは昔からそりが合わず、最初の解散もニックの脱退が原因だった。

 そして“二度あることは三度ある”の諺ではないが、2007年に再々結成して4枚目のアルバムを発表した後、2009年に三度目の、そしておそらく最後となるであろう解散をしている。Uhverve3

 その後、リチャードはソロ活動を始め、ニックとベーシストのサイモン・ジョーンズはザ・ブラック・シップス(のちに「ブラック・サブマリン」と改名)を結成して、バンド活動を続けている。

 昨年の2017年には、「アーバン・ヒムス」の発売20周年記念盤が発表された。これもまた売り上げ枚数に含まれるのだろう。
 とにかくこのアルバムは、90年代を代表するアルバムなのは間違いない。ブリット・ポップの流れから一歩踏み出して、サイケデリックな感覚と流麗なストリングスを配置してのサウンドは、これからも新たなファンを獲得するに違いない。

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2018年5月16日 (水)

ホース・ソルジャー

 久しぶりに映画について書く。今までそれなりに映画を見てきたのだが、なかなかコメントする機会が得られなかった。「スター・ウォーズ;最後のジェダイ」、「オデッセイ」、「ゼロ・グラヴィティ」などのSF洋画や「破門 ふたりのヤクビョーガミ」、「三度目の殺人」、「ユリゴコロ」などの邦画など、気の向くままに見てきた。

 書こうと思ったものの、なかなかその時間がなかったというところが本音である。ところが、なぜか今回は短いながらも書こうと思った。それはあまりにも期待が外れたからだ。

 この映画「ホース・ソルジャー」は、原題を"12 Strong"といって、12人の勇敢なアメリカ軍兵士のことを意味している。A2ub7950
 この映画は実話に基づいたもののようで、今まで表ざたにならなかったのは、計画自体が極秘だったかららしい。

 12人の兵士は、陸軍の特殊部隊に所属していて、イラクの軍閥と協力して、約5万人のタリバン部隊と戦うという内容だった。

 これは、2001年の「9・11」に対して、アメリカ軍が極秘に行った最初の反撃と言われていて、この功績を讃えるための馬に乗った陸軍兵士の銅像が、グラウンド・ゼロの跡地に建てられているそうだ。744af604
 ここからはネタバレになるので、まだ見ていない人は、読まない方がいいと思う。一応、注意しておきます。

 この映画は、国策映画である。どこをどう見ても、アメリカの国威発揚と正統性を示しており、逆に、宿敵アルカイダを徹底的に悪者として描いている。
 だから、勧善懲悪主義であり、結果的に、アメリカ軍兵士の英雄的行為が描写されている。したがって、非常にわかりやすく、しかも面白く展開していて、安心してみていられるのである。

 映画の冒頭では、アメリカにおける「9・11」のニュースやそれを受けての人々の対応などが描かれているし、一方のアフガニスタンでは、自分の娘たちに勉強をさせた母親が、公開処刑されるシーンがあった。アルカイダは、8歳以上の女子には教育は必要ないと考えていて、その決まりを破った母親が処刑されたのだろう。

 この辺は、誰が正しくて誰が悪いというのが一方的に示されているので、非常にわかりやすい。しかし、アフガニスタンに旧ソ連からの共産主義が広がるのを防ぐために、1979年からのアフガン戦争時に、現地のゲリラに武器を供給したのはアメリカだった。
 また、アメリカは、中東の地にアメリカの威光を示すために、当時のサウジアラビアと仲良くして、武器や資本を供与したのだ。そういう歴史的な経緯は置いといて、一方的にアフガニスタンの一部の人たちを悪者として描くのもどうなのかなあと思った。

 また、途中で投降してきた兵士たちの中に、自爆テロを行うものがいたが、彼らの宗教というか思想では、死んだ方が豊かで幸せに過ごせるというのだから、生きていても毎日が戦争状態なら、むしろ死を選んで報われたいと願うだろう。

 これは価値観の違いなので、否定も肯定もできないが、もし彼らが、今の日本のように豊かな環境の中で生活していたら、果たして死を選ぶだろうかとも思った。(でもやっぱり死を選ぶだろう。先進国と呼ばれている欧米社会の各国でも、たびたび自爆テロが行われているからだ。宗教的価値観こそ絶対的基準なのである)

 確かに、アルカイダは暴力的で独善的だし、少なくともテロリズムも容認するつもりはない。それはないものの、もう少し批判的に描いてほしかった。世界で一番大切な人の命を奪っているのは、アメリカもアルカイダも同じだからだ。Horsesolider_jpg_pagespeed_ce_tikby
 だからこの映画には、批評性がない。自分はロック・ミュージックが大好きで、今でも聞いているのだが、ロックには批評性が備わっている。カントリー・ミュージックとブルーズやゴスペルが融合して、ロックン・ロールが生まれた。だから、ロック・ミュージックには、旧来の音楽、音楽のみならず社会体制への批判が内包されていると考えている。

 批評性のない音楽などの表現活動には、興味がわかない。それは映画も同じ。ただ、興味がわかないだけで、その存在までは否定するつもりはない。
 それはともかく、だからと言ってこの映画は、全くつまらないというわけではない。アメリカ映画の素晴らしい点は、良い意味でも悪い意味でも、娯楽性が備わっている点だ。

 この映画でも、21世紀の戦争という状況の中で、空からピンポイントで攻撃するところと、馬に乗って戦闘するシーンがあった。この対比が面白かった。まるで、日中戦争のさなかに、満洲国を馬に乗って戦う馬賊のような、そんな感じなのだ。張作霖と関東軍の戦いが、そのままタイムスリップしたような、現代に置き換えられている感じがした。あるいは、戦国自衛隊ともいうべきか。

 それに現代のテクノロジーを集結した最先端の兵器と馬に乗った兵士という、ある意味、ミスマッチというか落差が、この映画を一層面白くさせている。
 また、戦闘シーンは確かに迫力があって、ワクワクさせてくれた。この辺のカメラワークというか、描き方は素晴らしいと思った。Hs10332src
 ただし、突っ込みどころは満載で、12人のうち1人は重傷を負ったものの、それ以外は無傷に近かったというのは信じられなかった。相手の敵陣の中を馬に乗って突っ込んでいくのである。アルカイダから集中砲火を浴びているのである。それでも主人公は無傷だった。
 まるで、織田信長が今川軍の中に突っ込んでいった桶狭間の戦いのようだった。日本でも起きたのだから、アフガニスタンでも起こりえるのだろう。

 正確に言えば、1人は負傷したので、残りは11人だったが、2人は狙撃手として別の場所にいたので、戦闘に参加したのは最大でも9人だ。実際は、後方に位置していた人もいたので、ひょっとしたら5~6人だったのではないだろうか。8fb85322
 映画の最後で、主題歌らしきものが流れた。ザック・ブラウンという人が歌っていて、この人は、アメリカのカントリー・シンガーらしい。この辺もまさに国策映画というような気がしてならなかった。昔の日本でも、さだまさしなどの歌手が戦争映画の主題歌などを歌っていたが、当時は、ニュー・ミュージックの歌手が映画とタイアップしていた。当時というのは、1980年代初頭の頃だ。

 ちなみに、ザック・ブラウンはバンドで活動していて、ザック・ブラウン・バンドはグラミー賞も受賞している人気バンドのようで、ジョージア州アトランタを中心に活動している。彼自身はまだ40歳である。Zacbrownbandrealthing
 いずれにしても、何も考えないで観るだけなら、何の問題もない映画である。むしろハラハラするし、兵士たちは勇敢だし、ある意味、感動するだろう。ただ、それで満足するかどうかは、また別の問題だと考えている。

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2018年5月14日 (月)

エンブレイス

 CDラックを整理していたら、エンブレイスという名前のバンドのアルバムがあった。しかも2枚。自分は気に入ったバンドのアルバムは2枚以上購入するようにしているので、2枚あったということはそれなりに気に入っていたということだろう。

 ただ、今までこのバンドのことを思い出すことがなかったということは、気に入った割には長続きしなかったということだろう。そんなことを考えながら、もう一度聞くことにした。

 エンブレイスは、1990年にダニーとリチャードのマクナマラ兄弟を中心に、イギリスのヨークシャーで結成された。最初はベースレスの3人組だったが、1994年にベーシストが加入して4人組になり、1996年には当時の(今でも?)有名バンドだったヴァーヴも所属していたハット・レーベルと契約し、翌年にシングル"All You Good Good People"を発表している。

 デビュー当時の彼らは、はっきり言って“第2のオアシス”だった。それはミディアム・テンポで広がりのある楽曲やスローで叙情的なバラードなど、当時のオアシスと比べて、あまり変わりもないような歌を歌っていたからだ。

 ただ、確かに“第2のオアシス”だったかもしれないが、楽曲は優れているし、曲も聞いていて気持ちいい。彼らのアルバムを聞いていて時間を無駄にしたとは思わないし、アルバムを購入しても損をしたとは感じさせなかった。だから2枚目も購入したのだろう。

 デビュー当時のメンバーは次のようなことを言っていた。『俺たちの曲のスケールには今やウェンブリーにすら大きすぎやしないぜ』
 ウェンブリーとは当時のロンドンにあったウェンブリー・アリーナのことで、今はSSEアリーナ・ウェンブリーと呼ばれているが、楽に1万人以上収容できる施設でもある。

 『俺たちがアルバムを発表したとき、ヴァーヴがセカンド・ベスト・バンド、オアシスがサード・べストになるのさ』
 何とも新人らしいふてぶてしさというか、大言壮語というか、音楽のみならず言動もオアシス並みのビッグ・マウスだった。

 この時はまだデビュー・アルバムは発表しておらず、編集されたEP盤が全英アルバム・チャートの34位や21位まで上昇していた。だから1997年の最後のロンドン公演では、『こんな小さな会場で俺たちを観れるのは最後だからな!』と叫んだらしい。よほど自信があったのだろう。

 実際、翌年発表された彼らのデビュー・アルバム「ザ・グッド・ウィル・アウト」は、50万枚以上の売り上げを記録し、全英チャート1位、見事プラチナ・ディスクを獲得した。有言実行なのである。51kbtozleyl
 全14曲60分のこのアルバムには無駄な曲はひとつもなく、どの曲も起承転結がはっきりしていて、美しいメロディで構成されている。
 2曲目の"My Weakness is None of Your Business"や3曲目の"Come Back to What You Know"における壮大なストリングスや管弦楽器などの使い方などは確かにオアシスの影響は感じさせられるが、それ以上にドラマティックな印象を与えられる。

 また、"One Big Family"や"I Want the World"におけるノイジーなギターには、粗削りながらも計算された演奏が感じられるし、"Fireworks"や"That's All Changed Forever"ではピアノやアコースティック・ギターを基調として、叙情的でドラマティックな美しさを漂わせている。やはり売れるアルバムには、売れるだけの理由が備わっているようだ。

2年後の2000年に、彼らはセカンド・アルバム「ドローン・フロム・メモリー」を発表した。率直な感想を言わせてもらうと、デビュー・アルバムよりも幾分丸くなった感じがした。
 “丸くなった”というのは、ハードでノイジーなギター・サウンドが影を潜め、むしろ"Save Me"のようにブラスがフィーチャーされ、R&Bの影響を感じさせるコーラスなどが目立つのだ。
 ひょっとしたら、このアルバムからメンバーになったキーボーディストのミッキー・デイルのおかげなのかもしれない。 988469_0_embraceguests_1024
 キーボーディストが加入したおかげで、前作では少し過剰装飾とも思えたストリングスも、このアルバムではそんなに目立ってはいない。むしろ適切に使用されているようで、わざとらしさや鼻につく(耳につく?)ことはない。

 それでも、美しいストリングスやピアノをあしらえた"Drawn from Memory"や、ドラマーのマイク・ヒートンが担当したクラリネットが目立つ"I Had A Time"のような叙情的なバラードも収められていて、彼らのファンなら感涙ものだろう。いや、彼らのファンだけでなく、このアルバムを聞いたほとんどの人は感動するのではないだろうか。

 また、"Hooligan"には遊び心が漂っていて、カズーという楽器(というよりもオモチャだろう)が使われているし、メロディー自体もシンプルだ。間違ってもこういう曲をオアシスはやらないはず。そういう意味では、自分たちの方向性をリセットしたのかもしれない。

 もちろん、以前からのハードな曲調のもの、ここでは6曲目の"New Adam New Eve"や8曲目"Yeah You"のような血湧き肉躍る曲も用意されているし、"Liar's Tears"のようなアコースティック・ギターとキーボードを基調としたメロディアスなバラードも聞くことができる。

 だから従来のファンも安心して耳を傾けることができるし、新しいファンも彼らの音楽的な冒険や方向性に対して大いに賛成するだろう。ある意味、理想的なセカンド・アルバムと言ってもいいのかもしれない。61nnom8qxpl
 このアルバムは、全英チャートで8位を記録し、ゴールド・ディスクを獲得した。アルバムのタイトルは、イギリス人の有名なイラストレーターのE.H.シェパードの自伝のタイトルを借用したもので、彼は“クマのプーさん”などを手掛けていた。

 このあと、自分はエンブレイスから離れていったのだが、その後の彼らは2004年と2006年にアルバムを発表し、連続して全英1位に輝いている。
 ここまでは順調に来たのだが、彼らには“バラード・バンド”というイメージが定着したみたいで、そのせいかバンドとしての音楽的な方向性に迷いが生じてしまい、2007年から2011年までは活動を停止していて、個人での活動が目立っていた。

 彼らは今でも活動中で、今年の3月には7枚目にあたる最新アルバム「ラヴ・イズ・ア・ベイシック・ニード」が発表されている。全英チャートでは最高位5位まで上昇して、彼らの健在ぶりを証明した。410v7sma1l オアシスの亜流としてスタートした彼らだが、今では自分たちの居場所を確保し、確固たる存在意義を示している。本家のギャラガー兄弟とは違って、喧嘩別れもしていないし、一緒に曲を書いて発表している。やはり兄弟の仲がいいことも音楽性に反映されるのに違いない。

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2018年5月 7日 (月)

キャットフィッシュ&ザ・ボトルメン

 滅多にないことなのだけど、CDの再生ができないということがあった。これは車の運転中に起きたことで、古くて汚れたCDならともかく、新品のCDでは珍しいと思った。でも、今までの経験でも何回かはあったので、これは相性の問題なのだろう。

 車のCDデッキも購入して10年以上にもなるので、ひょっとしたらCDデッキの不具合かもと思ったのだが、ほかのCDが再生できたのでデッキのせいではないようだ。

 ということは、どう考えてもCD自身の問題なのだろう。車のデッキとの相性が悪いせいで再生できないだろうと思って、家にあるCDプレイヤーでかけたら無事に音が鳴った。やはり車のCDとのマッチングがよくなかったに違いない。

 ところで、その問題のCDが、イギリスのバンド、キャットフィッシュ&ザ・ボトルメンの「ザ・ライド」だった。2016年の春5月に発売されているから、もう2年前になる。しかし、とりあえずは彼らの最新アルバムだし、今のイギリスのギター・バンドを代表するアルバムだと思っている。

 全11曲でトータル・タイムが39分49秒という短さが、いかにも若々しさを感じさせるし、若者らしい潔さが漂っている感じがしてならない。51ln3wvdal
 バンドは4人で構成されていて、しかもシンプルに、ボーカル、ギター、ベース、ドラムスという古典的なものである。一応、メンバー名を下に記すことにする。

ヴァン・マッキャン(ボーカル)
ジョニー・ボンド(ギター)
ベンジー・ブレイクウエイ(ベース・ギター)
ボブ・ホール(ドラムス)

 彼らは、イギリスの北ウェールズのランディドノという街出身で、2007年に結成された。中心メンバーはボーカル担当のヴァンで、彼と元ギタリストの2人で活動がスタートした。
 当初はアマチュア・バンドのような活動が主で、地元のクラブやパブを中心に演奏活動を続けていたが、ドラマーが交代してから彼らを取り巻く環境が変わったようだった。

 2013年には、マイナー系列のレコード会社から"Homesick"を含む3枚のシングルが発表されて話題となり、翌年には天下のアイランド・レコードと契約をしてそこからデビュー・アルバム「ザ・バルコニー」が発表された。

 ところが、やっとこれからメジャーで活動できるという時に、ギタリストのビリーが脱退してしまった。彼はヴァンにもギターの手ほどきをしてくれたのだが、このバンドでの活動の意義を見失ってしまったようだった。
 結局、新ギタリストのジョニー・ボンドが加入して、再び活動を始めた。イギリスを含むヨーロッパ・ツアーを始め、最大の売り込み先であるアメリカへも足を延ばしてライヴ活動に取り組んでいった。

 自分はデビュー・アルバムの「ザ・バルコニー」は未聴なので何とも言えないのだが、チャート・アクションで見ると、全英アルバム・チャートでは10位、アメリカのビルボードでは121位だった。ただ、アメリカのロック・アルバム・チャートでは13位になっていたので、それなりには売れたようだ。

 このチャートの結果に気をよくした彼らは、新メンバーでさらに気合を入れて新作を作っていったようだ。916kvjqoe1l__sl1500__2
 当初はメディアもそんなに彼らをプッシュしていなかった。イギリスのメディアは新しいバンドに対しては冷たくて、例えばクィーンがデビューしたときのニュー・ミュージカル・エクスプレス誌は、彼らを“しょんべん桶”と称し、『このバンドのアルバムが売れたら帽子でもなんでも食ってやる』とまでレビューしていた。

 そういう伝統を背負っているイギリスのメディアは、当初の無視から徐々に注目を寄せ始め、ついに“ベスト・ニューカマー2014”に認定した。また、2016年のブリット・アワードでは、“ブリティッシュ・ブレイクスルー・アクト賞”が授与されている。

 今さら“ブレイクスルー”(新人賞)と言われても彼らは戸惑ったと思うのだが、それもこれもこまめにイギリス中をツアーした結果だろうし、イギリス国内だけでなく、アメリカ国内でも殺人的なライヴ・スケジュールを組んでいったからだろう。

 だからセカンド・アルバム「ザ・ライド」もイギリスではなく、アメリカのロサンジェルスで録音されている。
 この時のプロデューサーは、デイヴ・サーディという人で、彼はフォール・アウト・ボーイからZZトップのようなアメリカン・ロック・バンドからスノウ・パトロールやゴリラズのようなブリティッシュ・バンドまで幅広く手掛けるアメリカ人だった。

 彼はギター・ロック・バンドを手掛けて世界的に売り出すことを得意にしており、キャットフィッシュ&ザ・ボトルメンのメンバーの目指す方向性と一致したから起用されたのであろう。

 実際、このセカンド・アルバムには、若者が求めるような切迫感、焦燥感などがギューギューに詰め込まれていて、何度聞いても聞く側にもその雰囲気が伝わってきて、思わず気持ちが入ってしまう。
 それに、グッド・メロディーもまた良い。こちらも聞いていて思わずハミングしてしまうようなそんな感じなのである。51rby0ow6l
 “ザ・ビートルズの再来”とまでは言えないけれど、初期のビートルズの持っている疾走感やメロディ・センスを兼ね備えているのは確かで、イギリスのギター・バンドとしてのDNAを所持していることは間違いないだろう。

 ただ残念なことは、印象的なギター・ソロがないことだ。これはこのバンドだけの問題ではなくて、90年代以降のバンドに共通している点だ。
 60年代や70年代は、ある意味、“ギタリストの時代”と言ってもいいほどで、有名なバンドには必ず偉大なギタリストが存在していた。そして、その人の奏でるギター・サウンドには甘美なメロディのみならず、印象的なギター・リフやフレーズが含まれていたものだ。

 ところが、そういう時代は過ぎ去ってしまったのか、90年代のオアシスでさえもメロディアスな佳曲は多いが、印象的なギター・フレーズを挙げろと言われると、ちょっと躊躇してしまうのである。

 だからこのアルバム「ザ・ライド」でもその傾向は同じで、ギターは搔き鳴らされてはいるものの、ギター・フレーズには乏しい。
 しかし、それをグッド・メロディと特徴的なソング・ライティングで補っている点は、とても新人バンドとしては(そんなに新人ではないけれど)優れていると思っている。

 特に、4曲目の"Postpone"の転調の仕方や5曲目の"Anything"の哀愁味のあるメロディラインや緩急つけたリズム、エンディングのファズをかけたギター・ソロなどは、シングル・カットに相応しいと思ったのだが、なぜか違う曲がシングルになっていた。

 ちなみに、アコースティック・ギター1本で歌われる"Glasgow"もある。なぜかこの曲はこのアルバムからの3枚目のシングルに選ばれていて、イギリスのチャートでは128位と低迷した。なぜこの曲を選んだのか、ちょっとそのセンスが分からない。

 "Red"というと、あの有名なプログレ・バンドの名曲を思い出してしまうのだが、このアルバムの中の"Red"も規模は異なるものの、ドラマティックで性急な曲構成や畳み掛けるドラミング、空間を生かしたエコー・サウンドで盛り上げるギターなどは、このバンドがただものではないことを教えてくれている。

 このアルバムにはもう1曲アコースティックの曲があって、こちらの方がオアシスっぽくてヒットしやすいと思った。
 "Heathrow"という曲なのだが、中間部にエレクトリック・ギターが鳴っているだけで、全体としてはアコースティックなのである。"Glasgow"も"Heathrow"も地名なのだが、個人的には"Heathrow"の方がシングル・ヒットしそうな気がした。

 ともかく、このアルバムは全英で1位、全米でもビルボードのアルバム・チャートで28位を記録した。これはイギリスの新人バンドとしては(新人ではないと思うけれど)、異例のヒットである。A1f6ktkne8l__sl1500_
 その後彼らは、イギリス国内ではオープニング・アクトからヘッドライナーに昇格して、ツアーを続けているようだ。

 自分の車のCDデッキでは聞けなかったけれども、このアルバムは傑作アルバムだったと思っている。キャットフィッシュ&ザ・ボトルメンは、今後も目の離せないバンドのひとつなのである。

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