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2018年6月

2018年6月25日 (月)

ザ・モントローズ・アヴェニュー

 このバンドは、なぜ売れなかったのだろうか?本当に良いバンドだったのに残念だ。たった1枚のアルバムを残して解散してしまった。北ロンドン出身のザ・モントローズ・アヴェニューのことである。マイナーなブリティッシュ・バンドの第2回は、このバンドについてになった。

 自分は彼らの曲をラジオで聞いて、またまた素晴らしい才能を持ったバンドが誕生したなあと思い、アルバムを購入したのである。1998年頃のお話だ。
 このバンドは5人組で、そのうち3人の優れたソングライターがいた。それに3人ともボーカルが取れるので、美しいコーラスも聞くことができたのだ。

 彼らの音楽的なポリシーというか方向性としては、アメリカの西海岸風のサウンド、たとえばザ・バーズやバッファロー・スプリングスティーンを志向していて、それにブリティッシュ・ロック的な骨太のダイナミズムを取り入れていた。

 だから、デビュー当時平均年齢22歳のバンドにしては老成していて、70年代のアメリカン・ロックやブリティッシュ・ロックが好きな人なら、きっと飛びつくに違いないという音楽性や面影を備えていた。それで自分としては一発で好きになってしまったのだろう。

 ザ・モントローズ・アヴェニューは、1996年頃にバンドの2人のギタリストであるスコット・ジェイムスとポール・ウィリアムスが出会ったところから始まった。そして、もうひとりのギタリスト兼キーボード・プレイヤーのロブ・リンゼイ・クラークとパブで出会い、バンド構想を練っていった。バンド名も自分たちが生まれ育ってきた場所から取られていた。8713130_2

 彼らは最初から、ザ・バーズやバッファロー・スプリングフィールド、モビー・グレイプなどのバンドの音楽性を取り入れようとしていた。3人の趣味が合ったのだろう。
 そして翌年には、リズム・セクションのベーシストとドラマーが参加して、バンドとして活動を始めたのである。ちなみに、ドラマーのマシュー・エヴェレットはメンズウェアというバンドの元メンバーだった。

 彼らは、当時のU.K.コロンビア・レコードと契約を結び、"She's Looking For Me"や"Where Do I Stand?"などを発表した。
 そして、これらの曲を含む彼らの唯一のアルバム「サーティ・デイズ・アウト」は、1998年の10月に発表された。418cv538yl
 このアルバムは、個人的には、時代の波にのれなかった名盤だと思っている。デビュー・アルバムらしい若さと疾走感が漲っていて、単なるアメリカ西海岸の音楽の焼き直しにはなっていない。
 また、自分たちのオリジナリティもしっかりと発揮されていて、何度も言うけれど、ザ・バーズやバッファロー・スプリングフィールドなどの二番煎じにはなっていなかった。

 全13曲(日本盤は14曲)のうち、4分台の曲は3曲しかなくて、ほとんどが2分か3分台の曲だった。この辺もいかにも新人バンドとしてのフレッシュさが発揮されているという気がした。

 アルバムの最初は、風雲急を告げるサイレンで始まる"She's Looking For Me"で、2分2秒という短い曲ながらもメロディーは際立っているし、テンポも速く、アルバムの冒頭に相応しい曲だった。ただ、シングルとしては118位というチャート・アクションで、ヒットはしなかった。

 2曲目は"Helpless Hoping"というタイトルで、このタイトルを見れば、思わずC,S,N&Yの曲を思い出してしまうだろう。
 ただ、同名異曲であって、C,S,N&Yの曲とは全く違う。この曲も若さに満ち溢れていて、コーラスの巧みさとソングライティングの上手さが伝わってくる。隠し味として、オルガンやピアノが使用されている点が印象的だった。

 一転して3曲目の"Start Again"はギターが主体の曲で、ギター・ソロやハンドクラッピング、交互のリード・ボーカルなどが織り込まれていて、とても新人バンドの曲とは思えないほど素晴らしい。

 このアルバムを聞いて、そんなに70年代風の曲やアレンジなどは意識させられないのだが、"Yesterday's Return"は、確かにザ・バーズのような感じがしてくる。70年代というよりも、60年代のホリーズのような感じだろう。雰囲気としては、ホリーズの"Bus Stop"に似ていると思った。

 バンドは2曲のバラード曲を用意していて、そのうちの1曲"Keep on the Radio"で、壮大なコーラスと流麗なストリングス、それにトランペットの管楽器まで使用されていて、盛り上げに必死である。だからというわけではないだろうが、聞かせるバラード曲になっていた。

 "Where Do I Stand?"は再び疾走する曲になっていたし、"Emergency Exit"もタイトルを反映したような焦燥感と性急感が漂っていた。ただ、このバンドが優れていたのは、それを単なるアップテンポの曲として終わらせることなく、コーラスの美しさや緩急をつけたリズムなどを配置している点だろう。
 この"Emergency Exit"の中でもスライド・ギターが要所要所で使われていて、確かにアメリカ西海岸のサウンドに影響されていたというのが伝わってきた。

 バンドの最後のバラード曲になった"Leaving in the Morning"はキーボードとスライド・ギターとブラスがフィーチャーされた曲で、バッファロー・スプリングフィールドの曲をハードにアレンジしたらこうなりましたよ、という感じがした。シングルとしてはヒットしないだろうけれど、決して悪い曲ではないはずだ。

 10曲目の"Closing Time"は、タイトル通りの穏やかな曲で、アコースティックギターとニッキー・ホプキンス風のリリカルなピアノがエヴァーグリーンな香りを漂わせてくれる。この曲もヒットはしないだろうけれど、佳曲だと思う。もっと注目が集まってもよかったのにと、残念でならない。

 ブリティッシュ・ロック・バンドとしてのパワーがあるのが"Lost for Words"だろう。アコースティック・ギターのイントロから始まり、エレクトリック・ギターのカッティングが始まると一気に勢いを増して走り出していく。それにキーボードが音に厚みをつけ、ボーカルとコーラスが盛り上げていく。わかっていても、こういう展開についつい耳を傾けてしまうのであった。

 アルバム・タイトル曲の"Thirty Days Out"は、約1か月間の恋愛や契約から抜け出そうというもので、コーラスの美しさや曲作りの巧みさ、メロディの印象深さなど、彼らの音楽の魅力を詰め込んだ曲でもあった。

 そして最後は、ニール・ヤングのカバー曲"Ohio"のライヴ・バージョンだった。エレクトリック・ギターが前年に押し出され、何のアレンジもなく、勢いで最後まで突っ走っている曲だったが、これも若さという特権の表れなのかもしれない。617nwl9aqll
 このアルバムは、全英チャートでは102位と全く振るわなかった。このアルバムから4曲がシングルとして発売されたが、"Where Do I Stand?"の38位が最高位だった。あとはすべて50位から出ていた。

 彼らは続く2枚目のアルバムを準備していたようだったが、チャートの結果を見たレコード会社が契約を打ち切ったようだ。実質、約1年間少々の活動で終わってしまった。
 もし彼らが60年代か70年代の初頭にデビューしていたならば、もう1枚はアルバムを発表できただろう。90年代にもなると、音楽性よりは商業性が上位に来る時代になってしまっていたのだ。

 とにかく、この1枚だけで解散してしまうには惜しいバンドだった。バンドのもつテンションは素晴らしかったし、時代の空気にはマッチしていたと思うのだが、オーディエンスの渇望感には欠けていたようだった。ということは、やはり結局は時代の空気感にも合っていなかったのだろうか。

 ブリット・ポップではないし、かといってハード・ロックでもない。ブリティッシュ・ロックの持つ陰鬱性は影を潜めているものの、アメリカ西海岸風のようなカラッとした明るさがメインになっているわけでもない。その辺の中途半端さが受け入れられなかったのかもしれない。

 しかし、それでも一度は耳を傾けてほしいアルバムでもある。何度も言うが、時代の波にのり切れなかった名盤だと思っている。

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2018年6月18日 (月)

マーブルス

 これから、マイナーなブリティッシュ・バンドを数回にわたって紹介しようと思う。いずれも解散したか、解散状態にあるバンドだ。
 ただし、マイナーだけど、音楽的水準は高いと思っている。どのバンドにも言えることは、なぜ売れなかったのだろうか、こんなに良い音楽なのにという印象を伴っているということだ。もし、機会があれば、ぜひ一度は聞いてほしいと思っている。

 それで第1回は、アイルランド出身のザ・マーブルスである。日本ではただ単に、“マーブルス”と表記されていた。R30972701315597529_jpeg
 このバンドの詳細は、今になってみれば、よくわからない。デビュー・アルバムを発表した後、メンバー・チェンジをしたので、それがうまく行かなかったのだろう。あるいは、力を入れて制作したアルバムが、売れなくて自信をなくしたのかもしれない。とにかく、今はもう存在していないのは、間違いない事実である。

 とりあえずは、デビュー・アルバムを聞きながら、このバンドのことをできる限り調べて載せたいと思う。

 このバンドは、1997年にアイルランドで結成された。場所はよくわからない。ダブリンかもしれないし、もっと地方の街なのかもしれない。
 わかっているのは、結成当時は18歳前後の男性だということと、3人のメンバーでスタートしたということだけだった。

 メンバーの名前はわかっている。最小限の3人組バンドで、ドラマーのシーマス・サイモン、ギタリストのジョニー・マクグリン、ベーシストのジャスティン・ウィーランだった。
 曲のクレジットを見ると、シーマスとジョニーの手によるものが多いから、この2人が中心メンバーなのだろう。

 彼らはアイルランド国内で徐々に人気が出てきて、バンド結成して1年後には、“アイルランド国内で、最も期待されている未契約バンド”と呼ばれるようになった。
 そんなときに、彼らをサポートしたのが、アイルランドの国民的バンドであるザ・ポーグスのメンバーだったテリー・ウッズだった。

 彼は自らマネージャー役を買って出て、彼らをいくつかのレコード会社に紹介した。そのうちのZTTレーベルが彼らに興味を持ち、1998年の2月にマネージメント契約を結んだのである。おそらくメンバーはまだ10代だったはずだ。

 ZTTレーベルといえば、設立者はあのトレヴァー・ホーンである。元バグルス、元イエスのメンバーで、本来はミュージシャンだった人だ。
 このレーベルからは、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドやアート・オブ・ノイズ、シールなどのバンドやミュージシャンが輩出されていて、基本的には、サンプリングやフェアライトなど、最新の音楽的機材やプロダクションを用いたダンサンブルな音楽性を志向したレーベルである。

 そんなレーベル会社であったが、ザ・マーブルスの音楽性はそれとは真逆のもので、ギターとボーカル中心のロックン・ロールだった。しかもデビューして間もないザ・ビートルズ風の爽やかな歌声とメロディアスな曲調も伴っているから、確かに当時は売れるのではないかと思われていた。時代はブリット・ポップの残照がまだ残っていたからだ。(日本の国内盤は、当時のコロンビア・レコードの子会社から発売されていた)

 彼らのデビュー・アルバムは、2000年に発表された。タイトルは「オーヴァーグラウンド」と付けられていた。如何にも彼らの願いが込められたようなタイトルだ。31wzw8b0mel
 このレコーディングの途中に、マルコ・レアというメンバーが加入してきた。彼はギターとボーカルを担当する予定だった。

 なぜ加入したのかというと、ドラマーのシーマス・サイモンがメイン・ボーカルも担当していたので、ボーカル面を強化するために参加してきた。だから、レコーディングの後半部分ではマルコも共作して楽曲を提供していたようだ。

 ところが、ここで予期しないアクシデントが発生したのだ。3人組メンバーでよく起こる問題は、人間関係の軋轢によるものが多い。3人がバラバラになるというよりも、3人のうち1人が残りのどちらかと仲良くなって、ひとりが孤立してしまうということはよくあることだと思う。

 ひょっとしたらこのマーブルスにおいても、このことが起きたのかもしれない。3人組の悪癖みたいなものを乗り越えようとして4人にしようとしたのかもしれない。
 ところが、ここでオリジナル・メンバーだったシーマス・サイモンが脱退してしまったのだ。彼は、アルバムの中ではジョニーと一緒に12曲中9曲を手掛けていたから、バンドにとっては痛手になったのではないだろうか。

 新加入したマルコも残りの3曲中2曲を単独で、残り1曲を共作していて、それなりの高いソングライティング能力を発揮していたが、それだけではうまく行かなかったのだろう。さらにまた、ドラマーが不在になったので、トム・ドミカンという人がアルバム発表後に加入したのだが、新メンバー2人とオリジナル・メンバーとの間で、何かがあったということも考えられる。

 とにかく彼らは、2000年にアルバムを発表したものの、それ以降は目立った動きはなく、いつの間にか自然消滅していた。
 メンバー間の人間関係のみならず、バンドとしての個性も、思うようには発揮できなかったのかもしれない。

 「虎は死して皮を残す」という言葉があるが、ザ・マーブルスも「オーヴァーグラウンド」という素晴らしいアルバムを残してくれた。このアルバムは、初期のオアシスのように瑞々しく、清々しい。
 例えば、冒頭の曲は、短いストリングスからアコースティック・ギターのカッティングが強調されたオアシス調の"Slip Into Sound"というものだったが、これがなかなかの佳曲なのである。60年代の懐古調のメロディと、当時のミレニアムの雰囲気を反映した力強さを備えていて、若い世代も古い世代も満足してしまう魅力を持っていると思った。

 アルバム・タイトルはこの曲から取られたと思われる"Fallin' Overground"は、ミディアム調の耳に馴染みやすい曲になっているし、続く"Crash Car"もアメリカのパワー・ポップな曲を聞いているような錯覚を覚えさせるものだった。曲はギター担当のジョニーが書いていたのかもしれない。アルバムに統一感があるのは、彼のおかげなのだろう。

 4曲目の"History"は新加入のメンバーだったマルコ・レアひとりで書いた曲だが、他の曲と比べて遜色ないし、むしろよりポップ寄りになっている。まるでティーンエイジ・ファンクラブの曲のようだ。

 特筆すべきは、5曲目の"Miles And Miles"というバラードだ。これは90年代のイギリスを代表するような名バラードだと思っている。最初のワン・フレーズを聞いただけで、これはもう涙なしでは聞くことができない名曲だと思ってしまった。メロディーの美しさとバックのストリングスの演奏が絶妙にマッチしていて、何度聞いても感動してしまうのである。

 その他にも、アコースティック・ギターが基調の肩の力を抜いたような"Trampoline"や、地元のアイリッシュ風味の強い"Avalon"、バック・コーラスがユニークな"So Far Away"など、耳を傾けるべき曲は多いのだ。

 彼らのデビューは話題性に満ちていた。曲の良さはもちろんのこと、ZTTレーベルという時代の先端を行くダンス系のレーベルから、正統な英国ロックを演奏するバンドが誕生してきたからだ。だからこのアルバムも売れると思ったのだが、残念ながらそうはならなかった。The_marbles_00s_fallinoverground495
 なぜ彼らが、時代の波の中に埋没してしまったのかはよくわからないが、おそらくオアシスやブラーを代表とする他のブリット・ポップのバンドとの差別化ができなかったからだろう。
 もし彼らがあと3年ほど早く生まれていれば、このバンドは流行の波に乗って成功していたに違いない。それだけの水準は保っていると思うのである。

 もう少しアイリッシュ・バンドとしての個性を発揮したり、ハードな側面も出していけば、もう少し多様なファンを獲得できたのではないだろうか。時代の流れに乗ったように見えて、そこからこぼれ落ちてしまったバンドだった。アルバム・タイトルのように、浮上することはできなかったようだ。

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2018年6月11日 (月)

スターセイラー

 イギリスに、スターセイラーという名前のバンドがいる。日本語にすると、“星間航行者”となるのだろうか。何となくカッコいい感じがするのだが、デビューしたのは、2000年のことだった。

 自分は、このバンドについては詳しくは知らない。ただ、名前があまりにもカッコよかったので、思わず買って聞いてみた。タイトルは「ラヴ・イズ・ヒア」というもので、11曲入っていた。51o1jf8vahl
 楽曲の出来や完成度は、とても新人バンドとは思えないほど完成されていた。老成というか成熟というか、とても新人のバンドのアルバムとは思えなかった。
 逆に言えば、若々しさがない、躍動感がない、聞いていて心が晴れないのだ。ザ・ビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」とは、180度というか540度は違うのである。

 普通のロックのデビュー・アルバムには、テンポの速い曲やスローなバラードがバランス良く配置されているのだが、このスターセイラーのデビュー・アルバムは、基本的に、曇天の下で梶井基次郎の小説を読んでいるような、あまり気分のすぐれない気持ちにさせてくれた。

 ただ、デビュー・アルバムと思えないほどの重厚で、壮大な、ベテラン・バンドのようなアルバムを発表できるほどの才能があるのは、確かである。
 曲の作詞作曲は、すべてバンド名になっているので、共同で作っているのかもしれないが、バンドの中心メンバーは、間違いなくギター&ボーカルのジェイムズ・ウォルシュである。

 スターセイラーは4人組のバンドで、通常のロック・バンドのフォーマットだった。彼らはイギリスの北西部にあるチョーリー出身で、中産階級の出身だった。

 ご存知のように、イギリスは階級社会で、目には見えないけれども、身分の違いというのは存在している。ただし、それで差別されたり非難されたりすることはなく、むしろ、それぞれの階級に所属している人は、自分たちの階級や仕事にプライドを持っていて、それが階級制の固定化につながっているという説もあるほどだ。

 それでスターセイラーのジェイムズは、オアシスのノエル・ギャラガーに話しかけた時に、横にいたリアムから、「俺の兄に話しかけないでくれ」と言われたそうだ。オアシスは労働者階級の出身なので、中産階級出身のジェイムズに冷たく接したのだろうと言われている。その理由が本当かどうかは不明だが、ありえる話である。

 話は横道にそれたが、彼らはウィガンというところにある大学でバンドを結成した。同場所は、以前紹介したザ・ヴァーヴの出身地でもある。
 ドラマーとベーシストは以前から同じバンドで活動していたが、バンドのボーカルが病気になってしまい、当時大学の合唱部員だったジェームズに声をかけたようである。P01bqm2j
 彼らは中産階級出身とはいえ、当時のイギリスの社会状況は決して明るくはなく、むしろ閉塞感に満ちて、息の詰まるような生活を送っていたようだ。ジェイムズは、「僕たちの住んでいる街では、そういう現実を振り切るには、歌を作るしかなかったんだ」と述べていた。

 もともとジェイムズは歌が好きで、12歳でピアノを始め、14歳で曲を書き始めた。彼がバンドに入った時に、ジェフ・バックリーの「グレイス」というアルバムを聞きこんでいて、その父親だったティム・バックリーの曲からバンド名をつけた。バックリー親子には尊敬の念を持っているのだろう。

 そんな彼らがロンドンのクラブで演奏を行っているときに、ニュー・ミュージカル・エクスプレスの記者がたまたま目撃してそのレビューを記事に乗せたところから火が付き、多くのレコード会社から声がかかり、最終的にはイギリスEMIと契約を結んだのである。2000年10月の頃だった。

 そして、レコード・デビューする前からグラストンベリーのフェスティバルに出演するなど活動を続け、ライヴ活動の合間にレコーディングを行って、翌2001年の8月にデビュー・アルバムが発表された。

 何度も言うが、とても新人バンドのアルバムとは思えないほどの完成度を示している。ただ、躍動感に乏しいのだ。
 だからバンドのアルバムというよりは、感覚的には、シンガー・ソングライターのアルバムに近い。バンド名が象徴しているように、シンガー・ソングライターだったバックリー親子のアルバムのようだった。

 ミディアム・テンポの曲は2曲目の"Poor Misguided Fool"と10曲目の"Good Souls"ぐらいだろう。あとは、アコースティック・ギターの弾き語り("She Just Wept"、"Coming Down")やピアノやキーボードがアクセントになっている曲("Alcoholic"、"Lullaby"など)が多い。

 そして、シングルカットされた"Fever"は、確かに良い曲だと思う。静~動へと広がっていくバラード・タイプの曲で、このアルバムから最初にシングル・カットされた曲だった。全英シングル・チャートでは18位まで上昇している。31ioqkvp6dl
 ちなみに、このアルバムからは、上記の"Fever"以外に、4分台の"Good Souls"や2分台の"Alcoholic"、ニッキー・ホプキンス風のピアノが美しい"Lullaby"などがシングルになっていて、それぞれ12位、10位、36位にまで上がっていた。

 また、アルバム自体もイギリスでは2位に、アイルランドでは4位まで上昇している。イギリスではプラチナ・アルバムに認定されていて、ニュー・ミュージカル・エクスプレス誌によれば、2001年のベスト5のアルバムの1枚に挙げている。

 彼らは2017年まで5枚のスタジオ・アルバムを発表しているが、2009年から2014年まで活動を休止していて、その影響からか、2017年の5枚目のアルバム「オール・ディス・ライフ」は、イギリスでは23位まで上昇したものの、他の国では売れなかった。チャート・インしたのは、イギリス以外では、スイスとベルギーだけだった。

 というわけで、私の中では、バックリー親子の音楽の影響を受けたシンガー・ソングライター風のアルバムを発表するバンドが、スターセイラーだった。ジェフ・バックリーのような音楽が好きな人なら、ぜひ一度は耳を傾けてほしいと思っている。

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2018年6月 4日 (月)

キーン

 キーンというイギリスのバンドがいる。このバンドの特徴はギターレスということで、基本的にはピアノを主体としたバンドである。

 結成は1997年だった。イギリスのサセックス州バトルというところで活動していたティム・ライスとリチャード・ヒューズが中心メンバーだった。
 ただ、最初はドミニク・スコットというギタリストがいたのだが、音楽性の違いから脱退してしまった。

 最初は、2000年の2月に"Call Me What You Like"を、2001年6月には"Wolf at the Door"というシングルを4人組で発表したのだが、ほとんど話題にもならずに終わっている。ドミニクは、バンドとしての将来性に不安を感じたのだろう。

 そこで、元々はベース・ギターを演奏していたティムがピアノを担当するようになり、最終的には、リチャードがドラムスを、そしてトム・チャップリンがボーカルに専念して、ギターレス&ベースレスの3人組として再出発したのである。2001年頃のお話だ。0903
 世の中は何が幸いするかわからないものだ。普通は誰かが加入してバンドとしての化学変化が生じて、大きく飛躍するという話はよく聞くもの。
 ところが、キーンというバンドは、逆に誰かがいなくなって大きく成長していったのだ。これはバンド・メンバー間の化学変化というよりは、役割変化による結果によるものだろう。

 2002年に、フィアース・パンダというマイナー・レーベルと契約をしたのだが、ここから彼らに光が当たり始めた。
 このレーベルは、マイナーながらもコールドプレイやザ・ミュージックを発見し、その後押しをしてきたレーベルで、新人発掘と育成に関しては定評のあるレーベルだった。

 2002年5月に発表された"Everybody's Changing"は限定発売だったものの、瞬く間に完売してしまった。続くシングル"This is The Last Time"も大ヒットして、BBCからも取り上げられるようになってしまったのである。 

 そうこうしているうちに、彼らはアイランド・レコードというメジャーなレーベルに移籍して、レコーディングを始めた。また、トラヴィスのツアーにはオープニング・アクトとして、イギリス中を巡業して回った。

 そして、2004年には待望のデビュー・アルバム「ホープス・アンド・フィアーズ」を発表したが、これが全米初登場1位を記録してしまい、まさに“キーン現象”ともいうべき出来事だった。

 自分は彼らのデビュー・アルバムを購入して聞いたのだが、確かに曲はメロディアスで、上場的な雰囲気に満ちていた。
 それに"Bend And Break"のようにアップテンポの曲もあるし、"Somewhere Only We Know"のようなミディアム調の曲もある。アルバム全体の流れも、よく考えられていると思った。51jna0yucel
 それにメロディー楽器がピアノしかないと言っても、実際は他のキーボードやシンセサイザー、ストリングス・アンサンブルなども使用されているので、そんなに単調すぎることもなかった。
 シングル・カットされた"Everybody's Changing"もボーカル主体の楽曲で、バックの演奏もボーカルに負けることなくしっかりしている。

 普通のバンド形態ならば、間奏にはギター・ソロなり曲のリフなりが挿入されるところだが、ギターレスのバンドなので、当然のことながらギター演奏は聞くことができない。
 そこは、ピアノやキーボードの演奏に置き換えられているのだが、曲の流れから行くと、あまり気にならなかった。
 ただ、ギター・ソロを期待している人やギタリストが好きな人にとっては、飽きが来るのが早いのではないかと思っている。

 エルトン・ジョンというミュージシャンがいる。知っている人は知っていると思うけれど、英国王室から勲章とサーの称号までもらったイギリス音楽シーンのみならず、ロック史の中に残るほどの偉大なミュージシャンである。
 彼は、イギリスの王立音楽アカデミー卒業のピアニストなので、演奏能力のみならず、ロックからディスコ・ミュージックまでその演奏ジャンルも幅広く、しかも高水準を保っているのだが、彼の作る音楽とキーンの音楽を比べると、少し差異が見られる。

 例えば、声質である。エルトン・ジョンの声はどちらかといえば、テノール風で深みのあるいい声をしているのだが、キーンのボーカリストのトム・チャップリンの方は声がよく伸びていて、ファルセットまで使っている。デビュー・アルバムに収められている"She Has No Time"や"Sunshine"を聞けば、よくわかると思う。

 また、エルトン・ジョンの曲作りは本人が作曲し、主にバーニー・トーピンがそれに詞をつけるというパターンが多かったが、キーンの場合は3人で曲作りをしている。
 それに、エルトン・ジョンは基本的にシンガー・ソングライターである。だから、ピアノだけをバックに切々と歌う時もあれば、ギタリストを含むバンド形式で歌うこともある。

 一方、キーンの方は、デビュー・アルバムを聞く限りでは、そういうシンガー・ソングライター風の曲は無くて、ピアノやキーボードを主体にしてのボーカル入りの曲が目立つようだ。
 だから楽曲が命なのだ。メロディー勝負のバンドだと思う。いかに聞きやすくし、多くの人から受け入れられる曲を作れるかどうかが、このキーンというバンドの課題だろう。

 プログレッシヴ・ロックの世界では、例えばE,L&Pのように、クラシックと融合を目指したとしても、キーボードとリズム楽器だけでは、どうしても限界が生じてしまう。その限界の中で、どのように音楽を展開していくかが問題なのだけれども、あまりにも急にポップ化してしまって、人気を失ってしまった。

 キーンの場合も弦楽器がないという状況の中で、どのように人気を保っていくかが問題になるだろう。メロディを紡ぐのはピアノしかないわけで、だから曲の展開やメロディの美しさなどが問われるはずだ。

 このデビュー・アルバムには"Untitled 1"という曲が収められていたが、この曲はリズムが面白くて、まるでドラムマシーンで打ち込みをしたような感じだ。でも、そういう無機質なリズムと複雑なボーカリゼーションが組み合わさって聞き応えのある曲が生まれている。ギターレスのバンドには、こういった工夫が今後も問われてくるはずだ。

 ただ、このデビュー・アルバムは全米でもゴールド・ディスクを記録し、全世界で600万枚以上売れた。自分も購入したのだから、それぐらいは売れただろう。
 しかも、このデビュー・アルバムだけではなかった。彼らは2012年までに4枚のアルバムを発表しているが、その4枚ともイギリスではNo.1に輝いている。アメリカでもセカンド・アルバムは4位、サード・アルバムは7位を記録している。恐るべし、キーン、彼らの魅力は決して色褪せていないようだった。

 2011年には、ベーシストとしてジェシー・クインが加入して4人編成になったことも、よい結果につながったのだろう。翌年発表された4枚目のアルバム「ストレンジランド」もまた、全英チャート初登場1位を獲得している。4704
 しかし残念なことに、2013年にベスト盤を発表した後、無期限の活動停止を発表した。理由は、トム・チャップリンと他のメンバーとの確執や音楽的見解の違いのようだ。
 また、彼はまだ39歳なのだが、父親としての役割も果たしたいということで、ソロ活動を追及していて、2018年までに2枚のソロ・アルバムを発表している。しばらくは再活動はありえないようだ。

 いずれにしても、キーンは、90年代のブリット・ポップ以降、ダンス・ミュージックが主流を占めていたイギリスの音楽シーンにおいて、メロディの復権を唱え、その良さを再認識させたバンドだった。イギリスの内外において、おそらく多くのファンが、彼らの再出発を願っているに違いない。

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