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2018年9月

2018年9月24日 (月)

ライヴ・イン・ジャパン

 「ライヴ・イン・ジャパン」というタイトルのライヴ・アルバムは、たくさんあると思う。古くはザ・ベンチャーズやピーター、ポール&マリー、新しいところではフィル・マンザネラやアルカトラスなどがある。
 フィル・マンザネラやアルカトラスがなぜ新しいのかと不思議に思う人もいるかもしれないが、マンザネラは今年の2月に、アルカトラスの1984年の来日記念実況録音完全盤が4日後の9月28日に発売されるからだ。

 そんな数ある「ライヴ・イン・ジャパン」というタイトルのアルバムの中で、やはりこのアルバムが唯一無二というか、“ジャパン”という名前を世界に知らしめたのではないだろうか。そう、このブログの愛好者ならすぐに頭に思い浮かぶだろう(愛好者という人はほとんどいないと思うけれど)、ディープ・パープルの「ライヴ・イン・ジャパン」である。61pvrhc762l
 レコードとしては、1972年の12月に発表された。実際の録音は、その年の8月15日から17日の3日間、場所は東京の日本武道館と大阪の厚生年金会館(当時)で行われた。

 これは有名な話だが、このライヴ盤を制作するにあたって、いくつかの条件がバンド側から提出された。
 ①日本でのみ発売すること、ただし、発売するかしないかはバンド側が決める
 ②録音はバンド側が行い、機材は日本のものを使用する
 ③ミックスダウンはバンド側が行う

 なんか幕末に結んだ不平等条約のような感じがするが、要するに、バンドのマネージメント側としては、そんなに期待してはいなかったのだろう。2枚組のアルバムは値段が高額になるので、売れることはそんなに期待していなかったに違いない。
 バンド側としても契約上のアルバム消化につながるし、それなりのお小遣いも稼げると思っていたのだろう。Deep_purple_live_in_japan_1972c
 それに、基本的にバンド側は自分たちの熱狂的なライヴが、レコードでは再現されないだろうと思っていたようだ。ところが、ストーンズやザ・フーのライヴ盤が好評を得てからは少しは考えも変わってきたらしい。また、海賊盤対策という思惑もあったとのこと。彼らは、それまで公演の模様をライヴ盤として発表していなかったからだ。

 そんなバンド側の思惑に反して、このアルバムは日本では評判が良かったし、予想に反して、かなり売れた。バンド側も録音状態や内容に満足していたので、日本だけでなく母国イギリスやヨーロッパでも発売しようと決めて、やはり12月にイギリスで、翌1973年の4月にはアメリカでも手に入れることができるようになった。
 ただし、アルバム・タイトル名は「メイド・イン・ジャパン」に変更され、アルバム・ジャケットも日本盤とは異なっていた。71sxpky9fkl__sl1300__2
 チャート的には、オーストリアやドイツ、カナダでは1位、アメリカでは6位、イギリスでは16位を記録し、日本では30万枚以上、アメリカでは200万枚以上売れている。2枚組のライヴ・アルバムでは異例の売上げだった。

 そして、80年代の終わりにCD化されたときは、もちろんレコードと同じ7曲しか収められていなかった。CDは針も飛ばないし、多少汚れても音は変わらないし、傷もつきにくい。しかも途中で盤をひっくり返す必要もなかったから、1枚1875円で販売されても文句はなかっただけでなく、むしろあの名盤が手軽に聞くことができるようになってうれしかったことを覚えている。

 ところが、である。このアルバムもゼッペリンの「永遠の詩」と同じように、その後、完全盤が発表された。しかも手を変え品を変え、追加の完全盤が、紙ジャケット化も含めて、次々と発表されて行った。これは「永遠の詩」以上の編集の仕方だ。

 残念ながら、自分はそんなに詳しくはないのでよくわからないのだが、少なくとも1993年には3日間の公演の3枚組完全盤が、98年には25周年の2枚組リマスター盤が、そして、2014年には更なるデラックス・エディションまで発表されている。

 ただし、1993年の3枚組の完全盤といっても、1日目の大阪でのライヴでは演奏された"Smoke on the Water"はディスク1には収められていないし、その日のアンコール曲だった"Speed King"はディスク3にまわされていた。
 また、2日目の大阪のアンコール曲"Black Night"と"Lucille"は収録されていない。3日目の東京の分も同じように、当日演奏された"The Mule"とアンコールの"Black Night"はディスク3ではカットされているし、収録されていた"Speed King"は上にもあるように、初日の大阪公演のものだった。

 演奏順は実際の本番と同じ順番だったものの、やはりこの3枚組は、完全盤とはいっても8割くらいは完全なものであって、まだまだ不完全だったのだ。Kq23wfr4zy7auzx7i2rcsb
 ということで、2014年のデラックス・エディションは、それを補っている。ただ補ってはいるものの、3日分の本編と3日分のアンコール曲を分けていて、本編だけで3枚のCD、アンコール曲だけで1枚のCDに収めていた。たぶん収録時間の関係だろう。
 同時に、当時のドキュメンタリーDVDやプロモーション用のシングルCDも含まれていて、豪華6枚組ボックス・セット仕様だった。

 また、2014年のバージョンには廉価盤の2枚組CDも発表されていて、これはリミックスされた通常の7曲と、3日分のアンコール曲が収められた2枚組だった。演奏順については、6枚組は当時と同じだったが、2枚組の方は"Child in Time"と"Smoke on the Water"が入れ替わっていて、前者が2曲目、後者が3曲目に配置されていた(実際の演奏は"Smoke on the Water"から"Child in Time"の演奏順だった)。

 自分が持っているのは、1998年の25周年記念のリマスター盤2枚組である。これは残念ながら曲順は通常盤と同じものの、アンコールが3曲入っていて、つまり3日間で演奏された曲だけはアンコールを含めて1曲ずつ聞くことができるものだった。
 ちなみに、アンコールの"Black Night"と"Speed King"は最終日の東京バージョンで、最後の曲の"Lucille"は16日の大阪バージョンだった。51kzbh8cl
 自分のようなパープル・ファンなら、この2枚組がちょうど合っているような気がした。しかも輸入盤だったし、お値段も手ごろだった。

 というわけで、ゼップのライヴ盤は、確かに今年リマスター盤が出たものの、ディープ・パープルのような編集方針は取っていない。ジミー・ペイジはケチだとか、セコイとか言われているが、あくどい金儲けをしているのは、実はパープルの方なのかもしれない。

 そういえば来月彼らは来日するが、これが最後のライヴともいわれているから、そのライヴも録音してアルバムを発表するかもしれない。そのときは、できれば最初から完全盤を出してほしいものである。

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2018年9月17日 (月)

永遠の詩(最強盤)

 今頃になってこんなことを言うのも変だし、恥ずかしいことなのだけれど、自分はレッド・ゼッペリンのライヴ・アルバム「永遠の詩」が【最強盤】として再発されていたことを知らなかった。71ed9v6ttl__sl1500_
 これはもう何というか、知らなかったでは済まされないことなので、洋楽ファン、特にゼップの音楽をこよなく愛するファンとしては、まさに切腹ものだと反省している。
 ただ2014年あたりからジミー・ペイジによる過去のアルバムのリマスタリングが始まっていて、当然、この「永遠の詩」もリマスタリングされているだろうとは思っていた。

 ところが、今回というか正確に言うと、10日前の9月7日に、このアルバムは最新リマスター盤として生まれ変わっていたのだった。
 つまり2014年から始まったジミー・ペイジによる過去のアルバムのリマスター・シリーズの最終章として、このアルバムと「伝説のライヴ-ハウ・ザ・ウエスト・ワズ・ワン-」の2種類のライヴ盤が発表されたのである。

 しかし、それはあくまでも“リマスター・シリーズ”としての作品であって、【最強盤】として再発されたのは、今から10年以上も前の2007年(国内盤は2008年)であり、それまでは2枚組全9曲だったのが、それ以降は2枚組全15曲にボリュームアップしていたのである。
 また、収録時間については、99分から2時間以上の131分にも増えていて、これはもう彼らのファンなら垂涎の的ともいうべきマスト・バイ・アイテムである。

 自分は70年代初頭からのファンだったから、1976年に発表された2枚組レコード「永遠の詩」は当時から購入していたし、もちろんCD化された1989年以降はCDとしても所有していた。だから自分は、この【最強盤】については必需品として購入していなければいけなかったのである。が、しかし何故かスルーしてしまっていたのだ。

 ということで、これではファンとして申し訳ないのと同時に、自分自身をも許せないと思って、まずは旧盤の「永遠の詩」【最強盤】を購入したのであった。

 結局、以前のアルバムに6曲が追加されていて、その曲名は次のようなものであった。
・Black Dog
・Over the Hills And Far Away
・Misty Mountain Hop
・Since I've Been Loving You
・The Ocean
・Heartbreaker

 そして、Disc1にはそれまでの5曲が10曲に、Disc2では1曲増えて5曲になっていた。確かにレコードという表現形態では、片面25分程度だったし、2枚組でも最大90分少々だったから、収録される曲数に制限があるということは理解できる。71tdqrv3gl__sl1100_
 だけど、CD化されたときから80分は収録できるとわかっていたのだから、何もレコード時代のままでCD化することはなかったのではないかと思うのだが、今さら言ってみても仕方がない。
 1980年代の終わりからCDという表現形態に移行していったのだが、当時はレコードをそのまま忠実にCD化していたものだった。だから、この「永遠の詩」もそのままCD化されたのであろう。

 ただ、このゼップの1973年のマディソン・スクエア・ガーデンでのライヴは映画化やDVD化もされていて、フィルムの中では、上記の"Black Dog"や"Since I've Been Loving You"なども演奏されていたから、音源があるのはわかっていた。ただ、それが、何度もしつこく言うけれども、2007年に発表されていたとは知らなかったのだ。Ledzeppelinthesongremainsthesame064
 また、昔も今もキャメロン・クロウ監督のコメントが記載されているということもわかった。昔の2枚組CDのキャメロン監督のコメントは短くて、主に個人的なレッド・ゼッぺリンへの思い入れや73年時のニューヨークでのライヴ映画(後にDVD化もされた“The Song Remains the Same”のこと)について述べていたように思えたが、【最強盤】ではかなり長くコメントを寄せていた。

 曲数が増えたからコメントも長くなったのかと思ったのだが、1969年のセカンド・アルバムとの出会いから2003年のDVDについてまで、メンバーの発言なども引用しながら愛情あふれるコメントを寄せていた。
 さすがキャメロン・クロウ監督だけあると思ったのだが、ということはこの【最強盤】発表にあたって、新たに書き下ろしたものなのだろう。Ledzeppelinthesongremainsthesame1
 それでは、もう一つのライブ盤である「伝説のライヴ-ハウ・ザ・ウエスト・ワズ・ワン-」についてはどうなのだろうか、未発表音源も含まれているのだろうかと思ったので調べてみることにした。

 すると、新しい音源は含まれておらず、3枚組18曲は変わっていなかった。時間的にも約150分とほとんど同じだったが、"Whole Lotta Love"におけるロックン・ロール・メドレーで一部カットされているようだ。ただ、もちろんリマスター盤なので音質は向上している。でも内容的には同じなので、よほどのファンかマニアの人でないと購入しないのではないだろうか。71m4qnt9mzl__sl1104_
 ということで、今回はレッド・ゼッペリンのライヴ盤におけるリマスター盤についてだった。ジミー・ペイジにおけるリマスター・シリーズもこれで最後となるのだろうか。
 ちなみに、2003年のDVDには1975年のアールズ・コートのライヴや1979年のネブワース・フェスティバルでの映像が記録されていた。

 特に、ネブワース・フェスティバルにおけるゼップの演奏はブートレッグも出回っているように、久しぶりにスタジオ・アルバムを発表して2年振りにライヴ活動を再開したせいか、かなりの熱の込めようだった。記録では1979年の8月4日と11日の2日間で、日によってセットリストは異なってはいるものの、だいたい本公演で18~19曲、アンコールでは3~4曲披露されていた。O0500033114004998678
 DVDでは7曲しか収録されていなかったので、残りの映像もきっとどこかに、恐らくはジミー・ペイジの手のもとに保存されているはずだ。その完全版を発表してほしいし、こう思っているのは、自分一人ではないはずだ。

 とりあえず今回のリマスター盤で、音源に関してはこれでほとんどと尽くしたようなので、これからは映像関連での蔵出しを願っている。
 ということは、今回のリマスター盤「永遠の詩」は、【超強力盤】ということになるのかもしれない。

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2018年9月10日 (月)

フランツ・フェルディナンド

 もう10年以上も前の話になるのだけれど、自分が彼らの音楽を聞いたときに思ったことは、これは売れるだろうなということだった。
 最初に聞いた曲は"Take Me Out"だったが、この曲のメロディ、サビの印象度、クラブで踊れそうなリズム感覚などは、新人バンドとは思えないほどの才能を示していた。

 このバンド、フランツ・フェルディナンドは2001年にイギリスのグラスゴーで産声を上げた。当時のメンバーは次の4人だった。
アレックス・カプラノス(ギター&ボーカル)
ロバート・ハーディ(ベース・ギター)
ニコラス・マッカーシー(ギター、キーボード、ボーカル)
ポール・トムソン(ドラムス)9377
 グラスゴー芸術大学で英文学を学んでいたアレックスと芸術を専攻していたロバートが出会ってバンドが結成されたといわれているが、当初、ロバートは自分は画家なので音楽を始めようとは思っていなかったようだ。
 ところが、アレックスから芸術家なんだから、絵画だけでなく音楽でも表現してみようよとアレックスから説得されて、手近にあったベース・ギターを勧められたという。だから、ロバートは、大学生になってから音楽を始めている。

 ちなみに、このベース・ギターは、アレックスが同郷のバンドのベル&セバスチャンのメンバーであるミック・クックから譲り受けたもので、それをアレックスがロバートに渡したものだと言われている。ロバートは、それをアレックスのフラットの台所で練習していたらしい。

 名前を聞けばわかるかもしれないけれど、アレックスはギリシャ人の父親とイギリス人の母親との間のハーフで、7歳の時にグラスゴーに引っ越してきた。
 グラスゴー芸術大学で学ぶ前には、アバディーン大学で神学を学んでいたが、世俗に執着があってか?、牧師になることをあきらめて退学をして、違う大学に入り直している。

 彼はこのバンドの中心メンバーなのだが、若い時からバーテンダーや運転手などでアルバイトをしながら、音楽活動を始めている。
 1990年代には、セミ・プロのバンドでの音楽活動も行っていて、その経験がフランツ・フェルディナンドにおいても活かされているようだ。そして、フランツ・フェルディナンド結成時は29歳だったから、そんなに若くはないデビューだった。

 アレックスと一緒にボーカルを取っているニコラスは、ドイツ生まれのイギリス人で、子どもの頃からクラシック音楽を学んでいて、ピアノ以外にもチェロやリュートなども得意である。
 また、ドイツ国内でもカメラキノやエンブリヨというバンドで、ロックやジャズ、ワールド・ミュージックをプレイしていた。その後、イギリスの戻る決意をして、友人の勧めでグラスゴーで生活をするようになったらしい。

  ポールは子どもの頃から音楽に興味があって、ドラムス以外にもギターやキーボードを演奏することができる。彼はアレックスと一緒にヤミー・ファーというバンドで活動していたが、バンド解散後はクラブのDJや絵のヌード・デッサンのモデルなど、様々な仕事を経験している。

 2004年に発表された彼らのデビュー・アルバム「フランツ・フェルディナンド」は、2003年と04年に発表された2曲のシングル"Darts of Pleasure"と"Take Me Out"のヒットのおかげで、商業的に大成功した。61ogsbvefl__sl1500_
 特に後者の"Take Me Out"は、全英で3位、カナダでは8位、全米でも66位まで上昇していて、彼らの音楽観を象徴するようなモニュメント的曲に育っていった。

 彼らの音楽を一言で言うと、“歌って踊れるロック・ミュージック”である。あるいは、“ポップでダンサンブルなロック・ミュージック”と言い直してもいいかもしれない。例えていうなら、ポップでチープなロキシー・ミュージックといった感じだろうか。もしくは“ロキシー・ミュージック+T・レックス÷2=フランツ・フェルディナンド”という公式が生まれてくるかもしれない、そんな感じがした。

 ビジュアルに関してもスノッブな英国紳士風で、ダンディというよりは何かいかがわしい下世話な成金趣味という匂いがプンプン漂っていて、逆にそれが若者受けするというか、少し手を伸ばせば届くような感覚が気持ち良かったりもした。

 アレックスはこうも述べている。“アート・ロックってすごく笑えるよね。僕の好きなバンドはみんないわゆるアート・ロックなのだけれど、僕からすれば彼らは単純に良いバンドだったという、それだけのことなんだ。
 確かに僕たちはアートに興味を持っているし、バンドのビジュアル面にも気を遣っている。だけど僕たちがクリエイトしている音楽は、アート・ロックではなくて、僕たちはポップ・バンドなんだ。本質まで突き止めるとそこに行き当たるんだよ”

 確かに、チャック・ベリーの昔からロック・ミュージックは、歌や踊りと切り離せないものだった。言葉の意味から考えても、“岩が転がる音楽”は人の心も体も自由にさせたし、本来は“性愛”という意味の“ロックン・ロール”は、アフリカ系アメリカ人のスラングだった。

 だから、ロック・ミュージックは、いとも簡単にダンス・ミュージックに転嫁できたし、ものすごい短期間に世界中に広まっていった。そして時間や空間を超越して、これからも数々の派生と流行を伴いながら拡大していくだろう。まさに、ポピュラー・ミュージックとしての本質をも備えているのである。

 さらにまた彼は、こうも述べている。“デヴィッド・ボウイやT・レックスは誰も聞いたことのない音楽を創り出した。それはアヴァンギャルドであるにもかかわらず、音楽の限界を広げ、人々から受け入れられたポップな音楽でもあった。僕らが目指しているものは、ポップであり、実験精神に富んだ音楽なんだ。それは最も難しくて、最も偉大なことだと思っている”

 そういう意図で作られたのがセカンド・アルバムの「ユー・クッド・ハヴ・イット・ソー・マッチ・ベター」で、2005年に発表された。51n3ikjzcal
 確かに、このアルバムは進化していた。彼らのトレードマークともいうべき踊れる音楽は存在していたが、ただそれだけでなくドラムレスな曲やピアノで構成された曲、ロック的なエッジが際立っている曲などもあって、かられの野心というか意図がリスナーによく伝わってくるアルバムだった。

 また、曲の一つ一つにアレンジがよく行き届いていて、サビだけで構成された曲や前奏なしで始まる曲など、よく工夫されているし凝ってもいる。また、音の圧力も高くて情熱的であり、こちらに迫ってくるような印象もあった。

 これが売れないわけはないだろうと思っていたが、案の定、英国では初登場第1位、ドイツやアイルランドでは2位、全米でも最高8位を記録し、ダウンロードが主流の現在の音楽状況で200万枚以上のセールスを記録し、いまだに売れ続けている。彼らを代表するアルバムであることは間違いないだろう。

 このアルバムを制作するときは、とにかくアイデアが豊富に湧き出ていたようで、スタジオに入る前から何百というアイデアがあって、1曲につき4~5パターンのアレンジが用意されていたそうだ。
 また、アルバムのプロデューサーはリッチ・コスティという人で、彼はレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、ジェインズ・アディクション、ミューズなどと仕事をしていて、ポスト・パンクというかインディー・ロック系も得意としているプロデューサーでもある。そういう意味でも前作よりはロック寄りともいえるだろう。

 彼らは、その後もコンスタントにアルバムを発表してはツアーを行っていたが、2016年にオリジナル・メンバーのニコラスが音楽活動に疲れてしまい、家族との時間を大事にしたいという理由から脱退してしまった。
 バンドは代わりにディーノ・バルドーとジュリアン・コリーという2名のメンバーを加えて活動を継続している。69f70a1e965a716d400771a84607bc9f 
 ディーノは主にギターを演奏していて、アレックスやポールが在籍していたヤミー・ファーが再結成されたときのベーシストだった。
 ジュリアンはキーボードとギターを専門にしていて、ベル&セバスチャンのアルバムをリミックスするなど、プロデューサー業もこなす33歳のミュージシャンで、子どもの頃は父親の仕事の関係で南米のペルーに住んでいた。

 彼らは、というかアレックスはアメリカ人ミュージシャンのロン&ラッセル兄弟が在籍しているスパークスが大好きで、2015年には彼らとコラボしたアルバム「FFS」を発表している。
 フランツ・フェルディナンドとスパークスは、2007年あたりから一緒にコラボしているせいか、このアルバムは15日間という短期間でレコーディングされている割にはよくできていて、評論家からも好意的な評価を与えられた。全英17位、全米ロックチャートで22位とセールス的にも好評だったようだ。61r2kbxprl

 そんなフランツ・フェルディナンドだが、今年の2月には5枚目の公式スタジオ・アルバム「オールウェイズ・アセンディング」を発表して、11月末には来日公演も実現した。
 彼らの音楽には、英国の伝統であるポップネスと脈打つダンス・ビートが備わっている。この伝統と革新性、これがこのバンドの強みであり、この両方が止揚されている限りは、人気を失うことはないだろう。

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2018年9月 3日 (月)

ヨ・ラ・テンゴ

 「ヨ・ラ・テンゴ」という奇妙な名前を持ったバンドがアメリカに存在する。名前の印象からしてスペイン風なので、スペイン語圏近くのアメリカ南部、特にテキサス州やカリフォルニア南部近辺のバンドだろうと、勝手に思い込んでいた。

 だから食指が動かずに、今までほったらかしていたのだが、最近彼らがニュー・アルバムを発表し、その中の曲が意外にメロディアスでよかったので、彼らのことをもっと聞いてみようと思ってアルバムを購入してみた。

 その前に、彼らはアメリカの南部出身ではなくて、逆に、北部にあるニュージャージー州ホーボーケン出身だった。
 もともとはボーカル&ギターのアイラ・カプランとドラマーだったジョージア・ハブレイの2人組ユニットだったのだが、今はジェイムズ・マクニューというベーシストが加入して3人組になっている。917479490_l
 ちなみに、アイラとジョージアは夫婦で、元々アイラは音楽ライター出身、ジョージアの方はアニメ映画の製作者で、2000年に加入したジェイムズはマリッジ・カウンセラーの資格を持っているという。

 彼らは1984年にバンド結成をして活動を開始しているから、活動歴は30年以上になる。デビュー・アルバムは1986年に発表しているので、結構長い歴史を持つバンドなのだ。

 それで今回は、彼らの代表作と言われているアルバムを2枚聞いてみた。1枚は1998年に発表された「アイ・キャン・ヒア・ザ・ハート・ビーティング・アズ・ワン」だった。
 印象を簡単に言うと、東海岸のサイケデリック・バンドであり、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドに影響を受けたオルタナティヴ・ロック・ミュージックを演奏していた。

 だから、アメリカ南部のようなレイド・バックされた音楽や、メキシコ風味のテックス・メックスとは全く違う。基本はシニカルでクール、だが決してダークな雰囲気だけではなくて、ロック的パッションも持ち合わせているという不思議な空気感を持ち合わせているバンドだと思った。

 アルバムの「アイ・キャン・ヒア・ザ・ハート・ビーティング・アズ・ワン」はひんやりとした湿度をもつ"Return to Hot Chicken"で始まる。1分30秒余りのインストゥルメンタルで、ギターのアルペジオとリード・ギターのメロディがアルバムの期待感を醸し出してくれる。51zvqm9jdll
 続く"Moby Octopad"のボーカルはヴェルヴェット譲りの気怠くアンニュイな感じで、間違ってもシャウトなんかはしない。ジョージアのボーカルは、本家のニコを意識しているのだろうか。そのボーカルのバックにアヴァンギャルドなピアノの連打と不思議なキーボード群が自己主張をしているのだ。

 逆に、"Sugarcube"ではドラムはロールしているし、ギターにはファズがかけられ、ある意味ハード・ロックといってもいいくらいなのだが、妙にクールなのだ。これをガンガン流しながら、さあ車を運転するぞ、とはならないのである。そういうアンバランスさが、このバンドのいいところなのかもしれない。

 個人的には、こういう音楽は好きではないのだが、まさかヨ・ラ・テンゴがこういう音楽性を有しているとは知らなかったので、いろんな意味で驚いてしまった。

 メロディー的には意外とシンプルで耳に残りやすいメロディーラインを持っているのだが、ギターがマイ・ブラディ・ヴァレンタインのようなシューゲイザー的サウンドなので、クールさと轟音サウンドが微妙に融合している曲も存在している。例えば、5曲目の"Deeper into Movies"であり、9曲目の"Little Honda"だろう。

 そういう曲の間に、月光で湖面が輝いているような"Shadows"や虫の音のSEで始まるロマンティックでムーディーなインストゥルメンタル曲の"Green Arrow"などが配置されているから、決してワンパターンになっていないのだ。こういう起伏があるアレンジもまた素晴らしいと思う。

 基本的には、このアルバムは後半に印象的で忘れがたい曲が多い。"Grenn Arrow"もそうだし、続く"One PM Again"のスティール・ギターや、"The Lie And How We Told It"の空間の残響を活かしたギター・サウンド、ボサノバ調の"Center of Gravity"など、いずれも彼ららしい曲だと思っている。

 特筆すべきは、10分40秒もある"Spec Bebop"だろう。まさに彼らを象徴するようなサイケデリックで、マジカルな雰囲気を湛えていて、私には不協和音に聞こえるキーボードの音を中心に構成された曲だ。この手のサウンドが好きな人にはたまらないだろうが、自分はいつもこの曲を飛ばして聞いていた。

 このアルバムから3年後の2000年に、「アンド・ゼン・ナッシング・ターンド・イッツセルフ・インサイドーアウト」というアルバムが発表された。このアルバムから正式に3人組としてクレジットされていた。

 このアルバムもまた前作と同様にサイケデリックで、クールで、混乱と秩序が入り混じった多様な音楽性を有していたが、前作よりは少しポップな曲も目立っていた。51cv1rzmydl
 呟くようなボーカルがヴェルヴェットを想起させる"Our Way to Fall"やミディアムテンポでキーボードが目立つ"Let's Save Tony Orlando's House"などもそうだし、"The Crying of Lot G"のようなバラード曲も、セリフのような歌詞とともに、いい味を出している。また、後半の"Madeline"は軽快で耳に馴染みやすく、一聴していい曲だとわかる。

 躍動感のある曲はあまりないのだが、7曲目の"You Can Have It All"はスキャット風のバック・コーラスとリズム・セクション、目立たないキーボードのバランスが良いし、"Cherry Chapstick"では、久々の轟音ファズ・ギターが頑張っている。

 このアルバムにも17分を超える曲が最後に収められていた。"Night Falls on Hoboken"というタイトルが付けられていて、自分たちの故郷の様子を描いている。
 ただ、前作の"Spec Bebop"とは違って、こちらは実験趣味は全くなく、むしろ夜のしじまが徐々に広がっていくような、そんな演奏が淡々と続くのである。 

 ちょうどこのアルバムのジャケット写真にあるような雰囲気で、他のアルバムでは味わえない独特の感性が味わえる。
 17分40秒もあれば、昔のレコードでは片面全部を使って演奏されているものだが、この曲でも8分過ぎから徐々に変化してきて、聞いている私もいよいよ来たなと身構えてしまった。ちょうどピンク・フロイドの「おせっかい」の中の"Echoes"を聞いているみたいだった。

 ただ、"Echoes"とは違って、耳を覆うようなキーボードやギターの自己主張はなくて、本当にお互いが遠慮しているようなバンド・アンサンブルが続くのであった。
 だから、聞き終わった後には高揚感や充足感などは残らず、むしろ微妙な違和感と奇妙な満足感が残った。これもまた彼らの特質なのだろう。

 彼らの最新アルバムは全部は聞いていないのだけれども、聞いた曲についてはポップで耳に馴染みやすかった。そしてアルバム・タイトルがスライ&ファミリー・ストーンのアルバムと同名だったので、ひょっとしたら記念碑的アルバムになるかもしれないという予感も漂っていた。61spzhy1q5l__sl1500_
 とにかく、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやシューゲイザー・サウンドが好きな人には聞いておいても損はしないと思う。21世紀になってさらに進化を続けているからである。
 ところで、“ヨ・ラ・テンゴ”という意味は、スペイン語で"I Got It(俺がとるぞ、もしくはとったぞ)"という意味のようだ。800x_image
 スペイン語とヴェルヴェット・アンダーグラウンドという組合せが、このバンドの音楽性をシンボライズしているのかもしれない。

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