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2018年9月10日 (月)

フランツ・フェルディナンド

 もう10年以上も前の話になるのだけれど、自分が彼らの音楽を聞いたときに思ったことは、これは売れるだろうなということだった。
 最初に聞いた曲は"Take Me Out"だったが、この曲のメロディ、サビの印象度、クラブで踊れそうなリズム感覚などは、新人バンドとは思えないほどの才能を示していた。

 このバンド、フランツ・フェルディナンドは2001年にイギリスのグラスゴーで産声を上げた。当時のメンバーは次の4人だった。
アレックス・カプラノス(ギター&ボーカル)
ロバート・ハーディ(ベース・ギター)
ニコラス・マッカーシー(ギター、キーボード、ボーカル)
ポール・トムソン(ドラムス)9377
 グラスゴー芸術大学で英文学を学んでいたアレックスと芸術を専攻していたロバートが出会ってバンドが結成されたといわれているが、当初、ロバートは自分は画家なので音楽を始めようとは思っていなかったようだ。
 ところが、アレックスから芸術家なんだから、絵画だけでなく音楽でも表現してみようよとアレックスから説得されて、手近にあったベース・ギターを勧められたという。だから、ロバートは、大学生になってから音楽を始めている。

 ちなみに、このベース・ギターは、アレックスが同郷のバンドのベル&セバスチャンのメンバーであるミック・クックから譲り受けたもので、それをアレックスがロバートに渡したものだと言われている。ロバートは、それをアレックスのフラットの台所で練習していたらしい。

 名前を聞けばわかるかもしれないけれど、アレックスはギリシャ人の父親とイギリス人の母親との間のハーフで、7歳の時にグラスゴーに引っ越してきた。
 グラスゴー芸術大学で学ぶ前には、アバディーン大学で神学を学んでいたが、世俗に執着があってか?、牧師になることをあきらめて退学をして、違う大学に入り直している。

 彼はこのバンドの中心メンバーなのだが、若い時からバーテンダーや運転手などでアルバイトをしながら、音楽活動を始めている。
 1990年代には、セミ・プロのバンドでの音楽活動も行っていて、その経験がフランツ・フェルディナンドにおいても活かされているようだ。そして、フランツ・フェルディナンド結成時は29歳だったから、そんなに若くはないデビューだった。

 アレックスと一緒にボーカルを取っているニコラスは、ドイツ生まれのイギリス人で、子どもの頃からクラシック音楽を学んでいて、ピアノ以外にもチェロやリュートなども得意である。
 また、ドイツ国内でもカメラキノやエンブリヨというバンドで、ロックやジャズ、ワールド・ミュージックをプレイしていた。その後、イギリスの戻る決意をして、友人の勧めでグラスゴーで生活をするようになったらしい。

  ポールは子どもの頃から音楽に興味があって、ドラムス以外にもギターやキーボードを演奏することができる。彼はアレックスと一緒にヤミー・ファーというバンドで活動していたが、バンド解散後はクラブのDJや絵のヌード・デッサンのモデルなど、様々な仕事を経験している。

 2004年に発表された彼らのデビュー・アルバム「フランツ・フェルディナンド」は、2003年と04年に発表された2曲のシングル"Darts of Pleasure"と"Take Me Out"のヒットのおかげで、商業的に大成功した。61ogsbvefl__sl1500_
 特に後者の"Take Me Out"は、全英で3位、カナダでは8位、全米でも66位まで上昇していて、彼らの音楽観を象徴するようなモニュメント的曲に育っていった。

 彼らの音楽を一言で言うと、“歌って踊れるロック・ミュージック”である。あるいは、“ポップでダンサンブルなロック・ミュージック”と言い直してもいいかもしれない。例えていうなら、ポップでチープなロキシー・ミュージックといった感じだろうか。もしくは“ロキシー・ミュージック+T・レックス÷2=フランツ・フェルディナンド”という公式が生まれてくるかもしれない、そんな感じがした。

 ビジュアルに関してもスノッブな英国紳士風で、ダンディというよりは何かいかがわしい下世話な成金趣味という匂いがプンプン漂っていて、逆にそれが若者受けするというか、少し手を伸ばせば届くような感覚が気持ち良かったりもした。

 アレックスはこうも述べている。“アート・ロックってすごく笑えるよね。僕の好きなバンドはみんないわゆるアート・ロックなのだけれど、僕からすれば彼らは単純に良いバンドだったという、それだけのことなんだ。
 確かに僕たちはアートに興味を持っているし、バンドのビジュアル面にも気を遣っている。だけど僕たちがクリエイトしている音楽は、アート・ロックではなくて、僕たちはポップ・バンドなんだ。本質まで突き止めるとそこに行き当たるんだよ”

 確かに、チャック・ベリーの昔からロック・ミュージックは、歌や踊りと切り離せないものだった。言葉の意味から考えても、“岩が転がる音楽”は人の心も体も自由にさせたし、本来は“性愛”という意味の“ロックン・ロール”は、アフリカ系アメリカ人のスラングだった。

 だから、ロック・ミュージックは、いとも簡単にダンス・ミュージックに転嫁できたし、ものすごい短期間に世界中に広まっていった。そして時間や空間を超越して、これからも数々の派生と流行を伴いながら拡大していくだろう。まさに、ポピュラー・ミュージックとしての本質をも備えているのである。

 さらにまた彼は、こうも述べている。“デヴィッド・ボウイやT・レックスは誰も聞いたことのない音楽を創り出した。それはアヴァンギャルドであるにもかかわらず、音楽の限界を広げ、人々から受け入れられたポップな音楽でもあった。僕らが目指しているものは、ポップであり、実験精神に富んだ音楽なんだ。それは最も難しくて、最も偉大なことだと思っている”

 そういう意図で作られたのがセカンド・アルバムの「ユー・クッド・ハヴ・イット・ソー・マッチ・ベター」で、2005年に発表された。51n3ikjzcal
 確かに、このアルバムは進化していた。彼らのトレードマークともいうべき踊れる音楽は存在していたが、ただそれだけでなくドラムレスな曲やピアノで構成された曲、ロック的なエッジが際立っている曲などもあって、かられの野心というか意図がリスナーによく伝わってくるアルバムだった。

 また、曲の一つ一つにアレンジがよく行き届いていて、サビだけで構成された曲や前奏なしで始まる曲など、よく工夫されているし凝ってもいる。また、音の圧力も高くて情熱的であり、こちらに迫ってくるような印象もあった。

 これが売れないわけはないだろうと思っていたが、案の定、英国では初登場第1位、ドイツやアイルランドでは2位、全米でも最高8位を記録し、ダウンロードが主流の現在の音楽状況で200万枚以上のセールスを記録し、いまだに売れ続けている。彼らを代表するアルバムであることは間違いないだろう。

 このアルバムを制作するときは、とにかくアイデアが豊富に湧き出ていたようで、スタジオに入る前から何百というアイデアがあって、1曲につき4~5パターンのアレンジが用意されていたそうだ。
 また、アルバムのプロデューサーはリッチ・コスティという人で、彼はレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、ジェインズ・アディクション、ミューズなどと仕事をしていて、ポスト・パンクというかインディー・ロック系も得意としているプロデューサーでもある。そういう意味でも前作よりはロック寄りともいえるだろう。

 彼らは、その後もコンスタントにアルバムを発表してはツアーを行っていたが、2016年にオリジナル・メンバーのニコラスが音楽活動に疲れてしまい、家族との時間を大事にしたいという理由から脱退してしまった。
 バンドは代わりにディーノ・バルドーとジュリアン・コリーという2名のメンバーを加えて活動を継続している。69f70a1e965a716d400771a84607bc9f 
 ディーノは主にギターを演奏していて、アレックスやポールが在籍していたヤミー・ファーが再結成されたときのベーシストだった。
 ジュリアンはキーボードとギターを専門にしていて、ベル&セバスチャンのアルバムをリミックスするなど、プロデューサー業もこなす33歳のミュージシャンで、子どもの頃は父親の仕事の関係で南米のペルーに住んでいた。

 彼らは、というかアレックスはアメリカ人ミュージシャンのロン&ラッセル兄弟が在籍しているスパークスが大好きで、2015年には彼らとコラボしたアルバム「FFS」を発表している。
 フランツ・フェルディナンドとスパークスは、2007年あたりから一緒にコラボしているせいか、このアルバムは15日間という短期間でレコーディングされている割にはよくできていて、評論家からも好意的な評価を与えられた。全英17位、全米ロックチャートで22位とセールス的にも好評だったようだ。61r2kbxprl

 そんなフランツ・フェルディナンドだが、今年の2月には5枚目の公式スタジオ・アルバム「オールウェイズ・アセンディング」を発表して、11月末には来日公演も実現した。
 彼らの音楽には、英国の伝統であるポップネスと脈打つダンス・ビートが備わっている。この伝統と革新性、これがこのバンドの強みであり、この両方が止揚されている限りは、人気を失うことはないだろう。


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