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2018年10月15日 (月)

ジョー・コッカー(2)

 “レコードの時はショボかったけど、CD化されてお買い得になったアルバム”のシリーズの第5弾である。
 このシリーズを続けてみると、やはり記憶媒体の容量が原因だというのがよくわかる。そしてそれは、ライヴ・レコーディングの時に顕著に表れるということだった。 

 要するに、レコードとCDの違いからくるのである。80年代初めまでは主流だったレコードだが、CDが登場したことで表舞台から消えてしまう結果になってしまった。やはり45分と80分では、昔のレコードなら1枚分くらいの違いはあるだろう。

 また、昔のスタジオ・アルバムがCD化された場合には、ボーナス・トラックをつけることで、レコードよりもお得感が増すし、ファンならば購買意欲も高まっていくだろう。そうすると、再発アルバムのリマスター盤なら、音質も向上しているし、未発表曲も聞けるとあって、ファンならば何度も聞いていたとしても、手に入れようとするに違いない。

 特にライヴ・アルバムとなると、その傾向はますます強まるのではないだろうか。音も向上していれば臨場感も違ってくるだろうし、しかも未発表曲が含まれているとなれば、実際のライヴを味わっている雰囲気に近づくだろう。

 だからというわけではないだろうが、このシリーズを始めてみてライヴ・アルバムにお買い得感が高まるものが多いということに改めて気がついてしまった。レコード発表当時は時間の関係で曲数も限られていたものの、CD化されて曲数も増えていれば、これはもう即買いになるだろう。

 さらに、スタジオ盤のボーナス・トラックとは違って、ライヴ・アルバムでは“その時その場所での記録”という意味合いもある。制限時間に合わせて曲数を削り、ベスト・トラックだけが選ばれたとしても、ファンからすれば、やはり完全な記録として、その時に演奏されたトラックを聞きたいと思うだろう。だからライヴ・アルバムのCD化には期待が高まるのではないかと考えている。

 前置きが長くなってしまったが、今回はジョー・コッカーの「マッド・ドッグス&イングリッシュメン」のことについて記したい。
 ジョー・コッカーについては昨年の“スワンプ・ロック特集”で紹介したので、それと重複がないように気をつけたいと思う。

 このアルバムを聞きながらジョー・コッカーの人気について考えてみたのだが、やはり彼が世界的に有名になったのは、映画「ウッドストック」における映像が強烈だったからではないだろうか。
 確かに、発作か何かで痙攣でも起こしたのではないだろうかと思わせるようなボーカル・スタイルには、忘れがたい印象を与えるパワーが備わっていた。まるで男性版ジャニス・ジョプリンだった。

 もちろん彼は、1968年秋に発表された"With A Little Help From My Friends"がイギリスでヒットしたおかげで有名になったのだが、このライヴ・アルバムでもそうだけれど、果たして彼にはオリジナルの曲、オリジナルでヒットした曲などがあるのだろうか。

 「マッド・ドッグス&イングリッシュメン」のレコードでは2枚組だったし、2010年に発表された再発CDも1枚もので全19曲だった。正確に言うと、曲の紹介なども曲数に含まれていたので、実際に歌われていた曲は14曲だった。
 そしてその14曲すべてが誰かのカバー曲か他の人の手によるものであった。つまり、ジョー・コッカー自身が作った曲はないのである。51nbrhz31l
 自身はソングラィティングをしなくても、他の人の曲を歌って十分食っていけるのである。それだけ元歌を自分流に解釈して、聴衆に訴えていく表現力が豊かなのだろう。
 自分はロック・シンガーについては詳しくないのだが、あのロッド・ステュワートやジャニス・ジョプリンでさえも自分で曲を作っていたから、カバー曲だけで売れるというのも、それはそれで才能のひとつなのかもしれない。

 ちなみに、ここに彼のベスト・アルバムがある。そのタイトルも「ザ・ベスト・オブ・ジョー・コッカー」というベタなものだが、12曲あってそのすべてが他の人の手による曲だった。曲の中にはジェフ・リンやエルトン・ジョン&バーニー・トーピン、ランディ・ニューマンなどの有名ミュージシャンの名前もあるのだが、ジョー・コッカーのオリジナル曲はなかった。ただ、ジョーに歌ってほしいという意味で贈られた曲はあるかもしれない。

 それで「マッド・ドッグス&イングリッシュメン」に話を戻すと、2005年にCD2枚組の「デラックス・エディション」が発表された。ディスク1には12曲、ディスク2には14曲が収められていて、そこには曲名の紹介は曲数には含まれてはいなかった。
 合計26曲になるが、ディスク2の最後の4曲はシングル用のスタジオ・セッションの曲だったから、ライヴだけの曲は22曲だった。Joecockermaddogsandenglishmen3cd
 だからライヴ曲は14曲から22曲に増えたわけで、しかも4曲のボーナス・トラックまで付属しているのだから、これはもう即買いのアルバムだと思っている。だから今回“レコードの時はショボかったけど、CD化されてお買い得になったアルバム”のシリーズの中に入れてみたのだ。

 スタジオ・セッションの曲も含む追加された12曲のうち、もちろんジョー・コッカーのオリジナル曲は含まれていない。また、追加された曲は以下の曲だった。
"The Weight"
"Something"
"Darling Be Home Soon"
"Let It Be"
"Further On Up The Road"
"Hummingbird"
"Dixie Lullaby"
"With A Little Help From My Friends"
 以上がライヴにおける曲だ。次の4曲はスタジオ・セッションの曲になる。"Warm Up Jam including Under My Thumb"、"The Letter"、"Space Captain"、"The Ballad Of Mad Dogs & Englishmen"

 それにしてもザ・ビートルズ関連の曲からザ・バンド、古いブルーズの曲などいろいろ歌っているのだが、どういう基準で選曲したのかが気になるところ。自分の歌いたい曲や適している曲を選んだのだろうか。

 また、曲数だけでなく曲順も違っていた。実際のライヴに近い曲順は、こちらのデラックス・エディションの方だろう。3曲が披露された"Blue Medley"で盛り上がって"With A Little Help From My Friends"で締めて、アンコールがボブ・ディランの"Girl From The North Country"だ。1148366882
 このライヴ・アルバムは、1970年の3月27日と28日の2日間、ニューヨークのフィルモア・イーストにおける昼夜2回の公演から収録されていて、2006年にはリミックスされたCD6枚組の「コンプリート・フィルモア・コンサート」が発表されている。すでに廃盤になっているので、もし中古店やネットで見かけたら、ファンならずともゲットした方がいいかもしれない。

 結局、ジョー・コッカーはブルーズ・シンガーだったと考えている。ブルーズ・シンガーなら古い曲の再解釈もできるし、新しい曲でもブルーズにアレンジすることもできるからだ。だから自分で曲を作らなくても済むのである。
 しかも、彼のしわがれた声は、アメリカ南部のブルーズやトラディショナルな曲に相応しいし、このライヴを聞けばわかるように、レオン・ラッセルを中心として当時大流行したスワンプ・ロックにもピッタリだ。

 それに、レオンの曲は当然のことだけど、ザ・ビートルズの"Let It Be"やザ・ローリング・ストーンズの"Honky Tonk Women"など、元々ゴスペルやブルーズの要素を備えた曲だからブルーズ・シンガーが歌ってもおかしくない。そういう意味でもジョー・コッカーは、自分に合う曲を選んでいたのだろう。

 前回のジョー・コッカーのところでも述べたけれど、1970年のこのツアーは全米39都市を巡回することになり、約2か月間も続いた。毎日ではないけれど、ほぼこのライヴ・アルバムと同じような曲を披露していたのだから、その疲労やストレスなどはかなりのものだったに違いない。Lindaontour2_2
 しかも途中からレオン・ラッセルとの確執も表面化してきたし、バンドとも対立してしまい、自分自身を見失うまでになってしまった。確かに当時のレオン・ラッセルとリタ・クーリッジは恋人同士だったし、周りのミュージシャンはレオン・ラッセルを慕っていたから、ジョーが孤立してしまったのも無理もないだろう。

 しかもこのデラックス・エディションの方を聞いていると、ライヴの最後はレオン・ラッセルのピアノが主導する"Girl From The North Country"で、ジョーとレオンのデュエットになっているし、スタジオ・セッションの曲も"The Ballad Of Mad Dogs & Englishmen"で終わる。この曲はストリングスも施された美しいバラードだが、レオン・ラッセルの独り舞台である。

 だから最後まで聞いていると、ジョー・コッカーのアルバムなのか、レオン・ラッセルのアルバムなのか、分からなくなってしまった。ジョー・コッカーは単なるメインのシンガーで、仕切っているのはレオン・ラッセルだ、しかも十分存在感を示しているとあっては、ジョーの立場もないだろう。ジョーが酒やドラッグに溺れてしまったのもむべなるかなという気がした。

 このあとのジョーのことについては、既述しているので省略したい。ただ、2007年にはそれまでの功績が評価されて、女王陛下より大英帝国勲章を受けている。Screenshot20141222at124251pm
 ジョー・コッカーは、2014年12月22日にアメリカのコロラド州クロフォードで肺癌のために亡くなった。享年70歳だった。生きている姿はもう見られなくなったけれども、あの素晴らしいパフォーマンスはロック・ファンの記憶の中に生き続けるに違いない。


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