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2018年12月24日 (月)

エジプト・ステーション

 今日はクリスマス・イヴということだった。バブルの頃は、日本中が何かに浮かれていたような感じで、高級宝飾品が飛ぶように売れ、一流ホテルは一年以上前からブッキングされて満室状態という様子だった。最近のクリスマス・イヴは、みんなどういうふうに過ごしているのだろうか。

 自分が若かった時、クリスマス・イヴの夜に街に繰り出すと、飲み屋はどこもガラガラ状態で何故か異様にチヤホヤされたことがあった。店員さんは頻繁に話しかけてくるし、おしぼりやお水を持ってくるなどの接客が半端ではなかった。他にお客がいないのだから仕方がないことなのだが、独身の人たちは恋人や友人と過ごすだろうし、家庭を持っている人はこの日ばかりは家族で過ごしたのだろう。そんな思い出がクリスマス・イヴの日にはある。

 それで神聖なそんな日に相応しいアルバムを紹介しようと思う。イギリス人の貴族であるサー・ポール・マッカートニーが今年の9月に発表したアルバム「エジプト・ステーション」である。アルバム・ジャケットは、ピラミッドの壁画のような横6面体の変則ジャケットだった。これはポール自身が1988年に制作したペインティングであり、絵の中に象形文字も書かれているという。81xh4mfzl__sl1000__2
 何しろ5年ぶりのニュー・アルバムということで事前の期待も高かった。しかも10月31日からは「フレッシュ・アップ・ジャパン・ツアー」という来日公演も予定されていたから、これはもう話題殺到だった。
 このアルバムは全16曲(国内盤はボーナス・トラック付きの18曲)が収められていて、約57分(国内盤は約64分)の間、ポールの楽曲に合わせてトリップ出来るということが謳われていた。

 どういうことかというと、今作はポールというか、ザ・ビートルズが得意としていたコンセプト・アルバムで、“エジプト・ステーション”という架空の駅を舞台に、人々が自由に往来するというテーマだったからだ。ポールは“1時間のヘッドフォンの旅”という譬えをしていたけれど、その通りだと思った。Main_2
 このアルバムについて、ポールは次のように述べていた。「最近のスターであるビヨンセやテイラー・スウィフトなどのアルバムはヒット・シングルの寄せ集めに過ぎない。ピンク・フロイドやザ・ビートルズのような流れがそこにはないんだ。それにテイラー・スウィフトみたいなミュージシャンには勝ち目がないし。何しろ足で負けているからね。
 自分は何が得意かというと、コンセプト・アルバムなんだ。全体を通して流れがあり、どこかに連れて行くようなアルバムだよ。新作はそんなアルバムだし、ジャケットにもエジプトの象形文字が含まれているからね」

 「このアルバムは駅のざわめきから始まる。駅の中に入ると、聖歌隊の歌声が聞こえてくる。ざわめいた駅が神聖な場所へと姿を変えるんだ。トリップだよ。そして、最後も駅に戻ってくる。それがコンセプトだよ。好きな曲だけ飛ばして聞きたい人はそうしてもいいし、全曲を聞きたい人は最後まで聞いてほしいな」

 というわけで、御年76歳にもかかわらず、音楽に捧げるこの情熱や創作欲には、ただただ頭が下がるばかりである。
 普通なら引退してもおかしくない年齢だし、実際、昔は名を馳せた有名ミュージシャンやバンドも引退状態で、最新アルバムは過去のアルバムのリマスター盤か、せいぜい最新ライヴ盤を出す程度だ。やっていることはどちらも過去のヒット曲というだけで、確かにファンなら喜ぶだろうが、そこには進歩も成長も見られない。

 ところが、ポール・マッカートニーは違う。2013年には「アウト・ゼア・ツアー」で11年振りに来日を果たしたかと思うと、2015年、2017年と立て続けに来日してツアーを行っている。そして今年もそうだった。その間に新作をレコーディングしていたのだから、この人の精神構造というか、創作意欲はいったいどこから湧いてくるのだろうか。まさに“メロディー・メイカー”であり、“ジーニアス”という名称がふさわしいミュージシャンである。

 今の彼には“元ザ・ビートルズ”という肩書は不要だろうし、名誉やお金のために音楽を創造しているわけではないだろう。お金など使いきれないほどあるだろうし、何もしなくても著作権などでかなりの額が入ってくるだろう。
 そんな人がそれなりに苦労しながら(たぶん)、曲を書き、演奏してレコーディングを行い、アルバムにまとめるのだから、これはもう黙って耳を傾けるしかないだろうということで、早速聞いてみたのだった。

 第一印象は、ポールの特徴がよく表れているということだった。つまり起伏のあるメロディー展開を基本としながらも、木管楽器や金管楽器、シタールなどの様々な楽器を使って、ロックからバラード、ダンス・ミュージック、サイケデリック風味の曲などが混然一体となりながらも、トータル・アルバムとしてリスナーに迫ってくるのである。

 今までのポールの音楽の集大成という見方もできるし、総合力を結集したともいえるだろう。個人的には1978年のアルバム「ロンドン・タウン」のような雰囲気があったし、それに1982年の「タッグ・オブ・ウォー」のようなコンセプトと曲の流れを加えたようなそんな感じがした。712tldatj4l__sl1094_
 プロデューサーは、アデルやベック、フー・ファイターズ等のアルバムを手掛けていたグレッグ・カースティンという人で、元々音楽大学を卒業したジャズ・ピアニスト出身の作曲家兼スタジオ・ミュージシャンだった人だ。
 ただ1曲"Fuh You"という曲についてはライアン・テダーという人が担当していて、これはスケジュールの都合上でそうなったようだ。

 普通のミュージシャンなら、プロデューサーが戻ってくるまで待つとか、自分でできるところまで進めておくとか、そういう方法をとると思うのだが、ポールはどうしても待てなくて、急遽探してきてようだった。ミューズの神が下りている間に、何とかやり遂げたかったのだろう。天才型ミュージシャンはやはり普通の人とは違うのである。

 このライアンという人も凄腕のプロデューサーで、エド・シーランやアデル、ビヨンセなどとも共演している。そういう人に声をかけて、すぐに担当させることができるというのも凡人には程遠い行いだろう。

 ライアンは、ポールに電話で何をしたいのかと聞いたらしい。するとポールは、「ヒット曲だ」と答えると、ライアンはすかさず「それなら僕に任せて。世界はヒット曲が大好きだから」と言った。確かにヒットする要素はある曲だった。
 それでも時にはポールは、曲の上に即興で歌詞をつける作業に怒りを露わにして、「僕には意味のある曲を書いてきたというキャリアがあるのに、いま行っていることには意味があるのか」と憤ったという。この辺はジェネレーション・ギャップの表れかもしれない。

 ライアンとは3曲ほど一緒にレコーディングしたそうだが、そのうち1曲がアルバムに収録された。残りの曲はいずれ世に発表されるに違いない。そんな未発表曲を集めれば、すぐに3枚組の、いやそれ以上のボックス・セットくらいはなるだろうなあ。

 全16曲のうち、冒頭の曲と15曲目は短いインストゥルメンタル曲だ。曲というよりは環境音楽といってもいいかもしれない。
 2曲目の"I Don't Know"と3曲目の"Come On To Me"が両面シングルとして発表されたもので、"I Don't Know"がピアノ中心の穏やかな曲で、"Come On To Me"の方はエレクトリック・ギターやピアノ、ハーモニカ、ブラス・セクションなどが使用されたミディアム・テンポのややハードな曲だ。インタビューの中では、"I Don't Know"はポールがこのアルバムの中で一番好きな曲と答えていた。

 4曲目の"Happy With You"はアコースティック・ギターがメインの楽曲で、肩の力を抜いたようなリラックスした状態で歌っている。ここまでの曲の流れが「ロンドン・タウン」の最初の方の曲と似ていると感じたのだ。
 ただ残念なことに、声自体の衰えは否定できない。もし20歳代のポールが"Happy With You"を歌ったならば、"Mother Nature's Son"や"Blackbird"、"I Will"と比較されるほど話題になっただろう。

 それでも"Who Cares"ではしっかりとシャウトしているし、"Fuh You"でも高音部までしっかりと歌い上げている。76歳になってもここまでできるのだ。奇跡の76歳、自分もこうなりたいものである。
 12弦ギターの弾き語りというか、コード・カッティングをバックに歌っている"Confidante"を挟んで、平和を訴えた"People Want Peace"、ピアノ主体のバラード曲"Hand in Hand"と続いていくが、この辺は比較的おとなしめの曲が続いている。年相応というべきか、そういう意図があるのか、よくわからない。

 10曲目の"Dominoes"あたりから少しずつ様相が異なって来ていて、"Dominoes"は転調の多いミディアム・テンポの曲で、「バンド・オン・ザ・ラン」や「ヴィーナス・アンド・マーズ」の頃の佳曲を思い出させるし、ラテン音楽にインスパイヤされた"Back in Brazil"はポールのアイデアの豊富さを示している。

 "Do it Now"もまたピアノがメインのスローな曲で、後半にストリングスが用いられて壮大な風景が現出する。一旦終わったかと思ったら、また復活するところもかつての曲のアイデアを拝借しているようだ。冬景色の中の家の中で、暖炉の前でうたた寝をしているような気持ちにさせられる。3分17秒しか何のだが、5分くらいの長い曲に感じさせてくれた。

 "Caesar Rock"は“She's A Rock”との掛詞のようで、ポールの遊び心満載の楽曲に仕上げられている。全く意味不明の歌なのだが、その意味不明さが、逆に面白さに拍車をかけている。曲調も勢いがあって、なかなかインパクトがある。

 アルバムの中で一番問題作なのは、14曲目の"Despite Repeated Warnings"だろう。誰が聞いてもこの歌は、世界で一番有名な大統領のことを指しているということが分かるだろう。“Captain is Crazy”というところが痛快無比、拍手喝采である。
 楽曲の展開は、シングルの"Band on the Run"に似ていて、転調に次ぐ転調で、グイグイと引き込まれて行く。6分58秒の大作だが、まだまだこういう曲が書けるところが、並の老人ではないのである。

 オリジナルでは最後の曲、"Hunt You Down/Naked/C-Link"は、タイトル通りのいくつかの曲のイメージを合体させたもので、これもまた6分22秒と長い曲になっている。

 このアルバムの中では、一、二を争うほどのかなりハードな"Hunt You Down"からロッカ・バラードの"Naked"、ピンク・フロイド風のプログレッシヴ・ロック的な"C-Link"へと連なっていく。1973年の「レッド・ローズ・スピードウェイ」の中に"Loup"という曲があったが、あれを少しブルージィーにしたような感じだ。デヴィッド・ギルモアだったら喜んでギター・パートを担当しただろう。

 このアルバムは世界中で評価され、商業的にも成功している。本国イギリスでは最高位3位で終わったが、ドイツやスコットランドでは1位、ベルギー、オランダ、オーストリアなどのヨーロッパの国々でも2位などを記録しているし、アメリカのビルボードでは「タッグ・オブ・ウォー」以来、36年振りにNo.1に輝いている。Http___i_huffpost_com_gen_2890924_i
 今年の7月26日に、リバプールのキャバーン・クラブでシークレット・ギグを行ったポールだが、このアルバムの中から"Come On To Me"、"Confidante"、"Who Cares"、"Fuh You"の4曲が披露された。ポール・マッカートニー、まだまだその能力には翳りは見えないようだ。

*ポールのインタビューに関しては、雑誌「ロッキング・オン」の10月号と11月号を参考にしました。


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コメント

 相変わらず、読みがいのあるアーティクルに圧倒されます。
 私の若かりし頃のクリスマス・イブの繁華街の飲み屋は男性群でごった返していました。とにかく飲み屋さんにとっては一番の稼ぎ時と言うところでした。ビートルズがデビューしたころです。その後日本も家庭中心の時代が到来、イブは自宅でという社会現象が訪れたのを思い出します。
 ポール・マッカートニーは、ビートルズ以来私はどうも苦手なんです。なかなか頑張っているんですね。しかし不思議にジャズ畑で彼の曲をカヴァーされることが多く、聴いてみるといい曲なんです。60-70年代、クリムゾンやフロイド党の私にとってはそんな程度のお付き合いなんですが、興味深く拝見しました。

投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2018年12月27日 (木) 10時10分

 コメントありがとうございます、風呂井戸さま。ポールの音楽は、お口に合わないかもしれませんが、刺身のつまと思って聞くと、意外といけるかもしれません(こういうことを書いたらポールのファンから怒られるかもしれませんけど)。

 メロディラインが特徴的で覚えやすいから、いろんなミュージシャンにカバーされるのかもしれません。そしてそれをいかに崩して個性的なソロを聞かせるか、ジャズの人たちはそんなことも思っているのかもしれませんね。でも、ジャズのことはさっぱりわかりませんから、勝手な想像です。お許しください。

 今年も残りわずかです。明日から冷え込むということで、くれぐれもご自愛くださいませ。

投稿: プロフェッサー・ケイ | 2018年12月27日 (木) 21時55分

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