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2018年12月17日 (月)

ザ・スリルズ

 いよいよ今年も残り2週間余りになってきた。時が経つのは早いものである。それで年末ということで、今年1年間を振り返ろうと思った。
 今年の夏に、このブログの中で90年代から2000年代に活躍したマイナーなブリティッシュ・バンドを書き綴ってきた。だいたい10個くらいのバンドだったと思うけれど、その中にもう一つバンドを書き忘れていた。

 それで今回は、そのバンドについて紹介してみたい。アイルランドのダブリン出身の5人組、ザ・スリルズのことである。
 このバンドは、マイナーには違いないけれど、日本にも来日公演しているので、決して無名ではない。このブログを読んでいる人はごくわずかだと思うけれど、そんなわずかな人の中にもこのバンドのことを知っている人は、いると思っている。

 彼らはダブリン郊外の小さな港街のブラック・ロックというところで結成された。バンド・メンバーは5人で、ボーカルのコナー・ディージーとギターのダニエル・ライアンが幼馴染だったことから、2人で音楽活動を始め、徐々にドラマーやベーシストが集まってきた。
コナー・ディージー(ボーカル)
ダニエル・ライアン(ギター&ボーカル)
ベン・キャリガン(ドラムス)
ケヴィン・ホラン(キーボード)
パドリック・マクマーン(ベース・ギター)P01bqdm8
 彼らの音楽性は、ズバリ70年代初期のウェストコースト・サウンドである。もう少し正確に言うと、60年代のポップなテイストを備えたウェストコースト・サウンドというべきだろう。
 コナーとダニエルの2人は、子どもの頃からサイモン&ガーファンクルやエルトン・ジョン、ロネッツ、ゾンビーズなどを聞いて育ったそうで、自分たち自身もそういう音楽をやってみたいと思っていたそうだ。

 だから、基本はポップなロック・サウンドだった。やがてはニール・ヤングやザ・バーズなどにも影響を受けていった。
 活動開始時期は、はっきりとはわからないが、90年代の半ば以降だと思われる。その時はまだアルバム・デビューする前だったから、アマチュア・バンドでの活動だった。

 転機が訪れるのは1999年だった。この時彼らはアメリカ西海岸のサン・ディエゴに約4ヶ月間滞在した。理由は、バンド内がギクシャクしていて解散状態だったのを回避しようとしたからだという。
 幼い頃からあこがれ続けていたアメリカ西海岸の音楽や文化をじかに触れようと思って、どうせ解散するなら最後にみんなで体験しようと思ったらしい。

 この時彼らは、それまであまり耳にしていなかったマーヴィン・ゲイやビーチ・ボーイズ、バート・バカラック、フィル・スペクターなどを知り、愛聴するようになった。そして、音楽観が変わっていったという。
 コナー・ディージーは、その時の様子をこう述べていた。「あの時アメリカに行ってなければ、僕たちは解散してしまっていただろう。あの時の経験がみんなをもう一度奮い立たせてくれて、僕たちの音楽を見つめ直すことができたんだ」

 それで、彼らはダブリンに戻り、バンド名を“ザ・スリルズ”として音楽活動を再開した。バンド名は、マイケル・ジャクソンのアルバム「スリラー」とフィル・スペクターがプロデュースしていたガールズ・グループ名をヒントにしてできたと言われている。
 彼らは、その後約2年間アイルランド中をライヴして回り、ついに2001年にイギリスのヴァージン・レコードと契約を結ぶことができたのである。

 彼らはアマチュア時代から有名だったようで、元スミスのモリッシーも自分の公演のオープニング・アクトに彼らを指名しているし、デビュー後も当時オアシスのノエル・ギャラガーやコールドプレイのクリス・マーティンから絶賛されていた。

 そんな彼らが発表したのが、2003年の「ソー・マッチ・フォー・ザ・シティ」だった。まさに彼らの魅力満載のアルバムで、ちょっとロックっぽくなった“ウォール・オブ・サウンド”といった感じだった。
 非常に聞きやすくてポップだし、ところどころサイケがかったところもある。その辺のバランスが見事だと思う。41gvjk778fl
 1曲目の"Santa Cruz"はザ・バーズのようなキラキラとしたポップなメロディーにハーモニカとバンジョー、短いコーラスが絡み合って、自分たちの音楽性を忠実に反映している。この曲は2002年にシングルとして発表したときは、さっぱり売れなかったが、翌年に再発したときは、英国シングル・チャートで33位まで上昇している。

 "Deckchair and Cigarettes"はゆったりとした曲展開やバックの厚いキーボード・サウンドが、アメリカのサイケデリック・バンドのマーキュリー・レヴに似ている。決して陽の当たる西海岸のポップ・サウンドだけを再現するようなバンドではないということがわかるだろう。

 このアルバムの中で大ヒットした曲は"One Horse Town"で、まさにアップテンポでメロディアスなアルペジオや要所要所で的を得た美しいコーラスなどが耳をとらえて離さない。彼らの代表作だろう。
 逆に、"Old Friends, New Lovers"は、ストリングスも使用されていて、日曜日の午後にまどろむときに相応しい美しいバラードだ。フィル・スペクターが聞いたらきっと喜ぶに違いないだろう。

 こういうポップ感満載の音楽が売れないわけがない。ということで、このアルバムは全英チャートの3位を記録し、ノルウェーなどの北欧でも商業的に成功した。
 母国アイルランドでは、当然のこと1位を記録し、トップ75位の中に61週間も留まっていた。
 この時日本にも来日して、単独公演を行ったり、フジ・ロック・フェスティバルに参加したりしている。

 この成功に気をよくした彼らは、翌年の2004年にセカンド・アルバム「レッツ・ボトル・ボヘミア」を発表した。前作がどちらかというとドリーミーでポップな楽曲が中心だったが、このアルバムでは前作以上にロック色が強まっていた。61vhdlw59sl
 それは1曲目の"Tell Me Something I Don't Know"の冒頭のギター・カッティングでもわかると思うし、続く"Whatever Happened To Corey Haim?"のバート・バカラックmeetsバッファロー・スプリングスフィールドのような緩急つけたアップテンポなストリング・サウンドが証明している。

 デビュー・アルバム発表後に数多くのライヴを経験し、さらにストーンズやボブ・ディランのオープニング・アクトを務めたことなどもよい効果を及ぼしたのだろう。個人的には、このセカンドは大好きだった。
 チャート的にも、アイルランドで1位は当然だとしても、イギリスでもアルバム・チャートでは最高位9位を記録したし、ヨーロッパの国々でもチャートに顔を出している。

 やはり成功することは大事なことのようで、このアルバムではアメリカ人ミュージシャンのヴァン・ダイク・パークスが3曲目の"Faded Beauty Queens"ではアコーディオンを、10曲目の"The Irish Keep Gate-Crashing"では、ストリングスをアレンジし、指揮までとっている。  
 また、当時のR.E.M.のギタリストだったピーター・バックも"Faded Beauty Queens"ではマンドリンを、9曲目の"The Curse of Comfort"ではギターで貢献していた。

 この年はまた、“バンド・エイド・2004”に参加したり、“ライヴ8”のエディンバラ公演で楽曲を披露したりと、彼らの人気もピークに達していたようだった。この時の模様はDVDでも収録されている。

 この後彼らは、休暇を取っている。デビュー以来約3年間、ひたむきに走り続けたせいだろう。ただし、完全な休みではなくて、次作に向けてのアイデアを練ることも忘れなかった。この間に多くの曲が出来ては捨てられていった。一説には、約30曲が録音されたが、最終的にアルバムに残ったのは11曲だったと言われている。

 その11曲を収録したアルバムが「ティーンエイジャー」で、前作から約3年後の2007年に発表された。61sdoroiuhl
 今までもよりもアイリッシュ風味が強調されていて、冒頭の"The Midnight Choir"などは、21世紀の"Maggie May"といってもおかしくないほどの上質なトラッド・ソングだった。

 アルバムの最初から4曲目までは、マンドリンやアコースティック・ギターがフィーチャーされていて、ブリティッシュ・トラッドが好きな人にはたまらないと思う。
 逆に、アメリカ西海岸風な爽やかなハーモニーやポップネスは消えていて、フィル・スペクターやバート・バカラックはどこかに隠れてしまったようだった。

 また、5曲目の"I Came All This Way"などは、まさにザ・バーズのような12ストリングス・ギター・カッティングが印象的で、そういう面ではまだアメリカ西海岸テイストは失われてはいないようだった。
 それに、ほとんどの曲がアップテンポかミディアム・テンポの曲で、時間にして約40分55秒、潔さというか歯切れがよいというか、ノンストップで畳み掛けるかのように彼らの魅力が迫ってくるのである。

 このアルバムの中でスロー・バラードといっていいのが、アルバム・タイトルにもなっている9曲目の"Teenager"とその次の"Should've Known Better"だろう。前作にはティーンエイジャー特有の倦怠感というか物憂げな雰囲気が上手に表現されている。
 "Should've Known Better"にも"Teenager"で使用されたスライド・ギターが効果的に使用されている。この2曲はまるでアルバムの中の双子のようだった。驚くほど雰囲気がよく似ている。

 そして楽曲のレベルに関しては、非常に高い。彼らの3枚のアルバムの中で一番充実しているのがこのアルバムではないだろうか。やはり約3年間のインターバルは必要だったのである。
 このアルバムは、カナダのヴァンクーヴァーにあるブライアン・アダムスが所有するスタジオで録音された。ゲストに前作にも参加したピーター・バックと同じR.E.M.の当時のギタリストだったスコット・マッコウィーが、アルバムの所々でギターを弾いている。

 ただ残念ながら、力が込められて制作されたアルバムにもかかわらず、商業的には失敗した。英国アルバム・チャートでは48位、母国アイルランドでも24位と振るわなかったのだ。その結果、ヴァージンEMIから契約を解除され、彼らは活動休止に陥った。2004年当時と比べれば、まさに天と地の違いになってしまったのである。

 その後、彼らは個人活動を開始して、ドラムス担当だったベンはソロ・アルバムまで発表している。
 彼らは解散宣言はしていないが、2011年にはベスト・アルバムも発表されているし、もう10年以上も活動を休止しているから実質的には解散しているといってもいいだろう。100_emi5099908497352
 ネット上では彼らの活動休止を惜しむ声は多いようだし、まだまだ忘れられていないようだ。確かに以前のような爆発的な人気は望めないだろうが、このままポピュラー・ミュージック史の中に消えていくのはもったいないバンドだと思っている。


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