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2019年2月25日 (月)

ファイアーバレー

 前回でも同じようなことを言ったが、最近はプログレッシヴ・ロックの分野で、傾聴に値するようなアルバムに、なかなか出会えないでいる。めまぐるしい変化を遂げている現代社会において、1曲10分や20分近くもある曲に耳を傾ける余裕は見いだせないだろうし、ネットからダウンロードしようとも思わないだろう、いくら通信速度が速くなったとしても。

 それでも昔のアルバムで、まだ聞いていないアルバムがあるだろうと思って検索していたら、このアルバムが見つかった。アメリカのプログレッシヴ・ロック・バンドであるファイアーバレーの2枚のアルバムだった。

 1960年代末のアメリカというところは、ハード・ロック不毛の地と言われていて、ハード・ロック・バンドが育たないところだった。確かに、マウンテンやグランド・ファンク・レイルロードなどが売れ始めたのは70年代に入ってからだった。
 同様に、プログレッシヴ・ロックの分野でもまた、アメリカはイギリスやヨーロッパに比べて遅れを取っていた。カンサスやジャーニーなどは、“アメリカン・プログレ・ハード”と呼ばれていて、1970年代後半から人気に火がついたが、その本質は、プログレッシヴ・ロックの要素は含まれていても、本来の姿からは似て非なるものだった。

 自分が知っていた1970年代前半のアメリカのプログレッシヴ・ロック・バンドと言えば、パブロフス・ドッグ、イーソス、スターキャッスルくらいで、いずれもマイナーな存在で終わった。辛うじて、パブロフス・ドッグぐらいが、そのユニークな歌い方やアルバム・ジャケット、元キング・クリムゾンのビル・ブルーフォードの参加などで、少し話題になったくらいだったと思う。

 それで、ファイアーバレーに話を戻すと、彼らは70年代初期にニュージャージー州北部で結成された。当初はザ・ファイアーボール・キッズと名乗っていたようだ。メンバーは次の5人だった。
・ジム・コモ(ボーカル&ドラムス)
・ブライアン・ハウ(キーボード)
・フランク・ペット(キーボード)
・マーティン・べグリン(ベース・ギター)
・リッチ・シュランダ(ギター)

 2人のキーボード奏者がいるようだが、ブライアンは主にハモンド・オルガン、パイプ・オルガン、チェレステを担当し、フランクの方はそれ以外のピアノやシンセサイザー、メロトロンなどを担当していた。また、名前からわかるようにイタリア系が多くて、そういう意味でもヨーロッパ的な感覚を身につけていたのかもしれない。
 彼らの音楽は、アメリカのバンドとは思えないほどの本格的なプログレッシヴ・ロックをやっていて、初期のジェネシスの影響が強いと思った。

 1975年に「はげ山の一夜」というデビュー・アルバムを発表したが、タイトルを見ればわかるように、クラシックの大家であるムソルグスキーの交響詩をロック風にアレンジしていて、アルバムのメインに置かれていた。18分以上もあるクラシックの大曲を用意していたのも、バンドとしての自信の表れでもあろう。61xstz3xn2l
 しかも、アルバムのプロデューサーは、何と元キング・クリムゾンのイアン・マクドナルドである。これでロックン・ロールやR&Bをやっていたら、全くの詐欺であろう。プログレ・ファンとしては、期待満々で耳を傾けるに違いない。

 冒頭から10分を超える"Les Cathedrales"という曲が始まる。ノリの良さはイエス風であり、転調してスローになると、ジェネシス風になったりする。2分40秒あたりからシンセサイザーとアルト・サックスがリードを取るが、もちろんこのサックスはイアン・マクドナルドが担当している。
 転調が多くて、途中にはドビュッシーの“亜麻色の髪の乙女”の一部も引用されているのだが、個人的には、ギターがもう少し目立ってほしいと思っている。バックで細かく動いているのはわかるのだが、ソロとしてはちょっと弱いのだ。キーボード奏者が2人いるからだろうか。後半の8分過ぎの素早いパッセージは印象的なのだが、もう少し頑張ってほしかったというのが素直な実感である。

 2曲目の"Centurion(Tales of Fireball Kids)"は、彼らが結成間もない頃に作った曲で、最初の曲もそうだが、中世の騎士物語や新世界を求めての旅路のようなものがテーマになっている。まさに、初期ジェネシスの世界観に近いと言えるだろう。エンディングは、E,L&Pの「恐怖の頭脳改革」に収められていた"Jerusalem"に極似していた。

 3曲目は、2曲目を発展させたような曲で、タイトルも"The Fireballet"という。この曲はコーラスがイエスに似ていて、ギターも初代ギタリストであるピーター・バンクスのように、ジャズっぽい早いフレーズを弾いている。4分過ぎからキーボードとストリングスが全体を覆っていて、ソフトなエンディングを迎えている。

 LPレコードではここまでがサイドAで、次の"Atmospheres"からサイドBになる。この曲と次のアルバム・タイトル曲である"Night on Bald Mountain"の曲構成は、ジェネシスのアルバム「フォックストロット」のサイドBを想起させてくれた。つまり、"Horizons"と"Supper's Ready"である。ファイアーバレーもまた意識しながら制作したのではないだろうか。

 "Atmospheres"はアコースティック・ギターのインストゥルメンタルではないので、その点は"Horizons"とは違うのだが、幻想的で耽美で静寂な雰囲気を湛えている点ではよく似ている。何しろイアン・マクドナルドの吹くフルートがフィーチャーされているし、アコースティック・ギターはバックで流れている。そして分厚いキーボードの中から現れるボーカルは、まさにピーター・ガブリエルの世界観だろう。3分40秒と時間的にも短く、次の曲の導入部に当たっている。

 そして、本アルバムのハイライトである"Night on Bald Mountain "が始まるのだが、この曲でもイアンはフルートとサックスを演奏している。もしこのバンドが成功したら、メンバーとして参加して、“第二のクリムゾン”を目指したのではないだろうか。そんなことを考えさせられてしまう曲だった。

 全体は5部に分かれていて、18分55秒という長さを全く感じさせないほどスリリングだ。2分30秒たってからのコーラスは、ユーライア・ヒープの"July Morning"に似ている感じがした。そのあと、イアンのサックス・ソロ、転調しての手数の多いリズム・セクションに絡まるファズ・ギターとシンセサイザーなど、聞きどころは多い。
 中盤の"The Engulfed Cathedrale"でのシンセサイザーやパイプ・オルガンの荘厳な響きやそれを突き破るエレクトリック・ギター、クリムゾンの"The Letters"のようなボーカルと続く緻密なアンサンブルなどは、このバンドでしかできない演奏だろう。キーボード奏者が2人いるということはほんとに心強い。81tdjvjjcll__sl1314_
 国内盤にはボーナス・トラックが3曲ほどついていて、"Robot Salesman"は甘ったるいキーボード・ストリングスが目立つ曲で、かなりポップな曲だ。全くロック的ではない。2曲目は何とクリムゾンの"Pictures of A City"の完璧ライヴ曲だった。1974年のライヴのようで、音質はあまりよくない。
 そして最後のボーナス・トラックは、何と驚くなかれ、日本のロック・バンド、X-ジャパンのカバー曲"Say Anything"だった。しかも、日本語で歌っているのだ。オリジナル制作時には、X-ジャパンの曲はまだ生まれていないわけで、ということはファイアーバレーは、90年代以降再結成して、この曲をレコーディングしたというわけだろうか。

 翌年の1976年には、彼らは2枚目の、そして最後となったスタジオ・アルバム「ツー・ツー」を発表した。一聴した限りでは、ジェネシス風のソング・スタイルから、クリムゾンあるいはジェントル・ジャイアント風に変わっていた。
 前作はイアン・マクドナルドがプロデュースしていたが、2枚目はオールマン・ブラザーズ・バンドやミートローフをプロデュースしていたスティーヴン・ガルファスという人だった。

 変わっていたのは、作風やプロデューサーだけではない。アルバム・ジャケットもまた、違う意味で変わっていた。なぜかメンバー全員がバレリーナのコスプレをしていたのである。
 別に楽曲の内容とは関係ないし、バレエに関するコンセプト・アルバムでもない。強いて言えば、バンド名がファイアーバレーだから、バレリーナの格好をしたのだろうか。

 彼らには申し訳ないが、このアルバム・ジャケットを見ただけで、アルバム・セールスが分かるというものである。よほど内容が優れていない限り、このアルバムは売れないだろう。そんなことは子どもでもわかると思うのだが、なぜこんなふざけたアルバム・ジャケットにしたのだろうか。意味が分からない。これじゃ、コミック・バンドである。51nofo9q7zl
 ところが、肝心の中身の方はというと、これがまあ結構イケるのである。全7曲で、国内盤には2曲のボーナス・トラックがついていた。
 1曲目の"Great Expectations"は、イエス風のコーラスとテンポのよい曲構成が見事で、アルバム冒頭の曲に相応しい。途中で一旦ブレイクして静かになるが、また主題に戻るところが、いかにもプログレッシヴ・ロックしている。

 2曲目の"Chinatown Boulvevards"は2部構成の組曲で、6分余りしかないものの、転調に次ぐ転調と、メインの楽器がキーボードからギター、金管楽器、ストリングス、打楽器と、めまぐるしく変化する点が特徴である。全体的に緊張感が漂っているし、確かにこの曲を聞けば、ジェントル・ジャイアントの再来だと思うだろう。

 "It's About Time"は、イエスの曲をアップテンポにして、スキャットを加えた構成で、これまた疾走感に満ち満ちている。ベース・ギターもイエスを意識したようなアタックの強い音を出している。後半にはベートーベンの“歓喜の歌”が挿入されていて、クラシックとの関連を想起させてくれた。

 "Desiree"は2分45秒と短い曲だが、それなりにテンポもよく、このアルバムからシングルを出すとすれば、まさにこの曲がふさわしいだろう。メロディラインもはっきりしているから、チャートの100位以内には入ると思うのだが、どうだろうか。
 続く"Flash"という曲は、ややスローな出だしから、徐々にテンポがあがり、やがて打楽器とストリングス・キーボードとの応酬が始まる。静~動~静~動という展開で、最後はコーラスで終わる点が興味深い。

 逆に最初から走り出すのは次の曲の"Carrollon"だろう。これもジェントル・ジャイアント風のリズムの変化とコーラス・ワークの見事さを味わえる楽曲で、見事なアンサンブルである。これだけの演奏力があれば、かなりの実力を備えていると言えるだろう。
 当時は、パブロフス・ドッグやイーソス、スターキャッスルなどがアルバムを発表していた時期で、これ以降はボストンやカンサス、フォーリナーなどのバンドの人気が出てきていたが、これらのバンドの中では、かなりのハイレベルな演奏能力を所持していたのではないだろうか。

 最後の曲の"Montage En Filigree"は荘厳なキーボードを主体としたインストルメンタルで、最初と後半のスキャット、中盤のフルートがいい味付けをしている。今まで緊張感のある楽曲が多かったから、この曲を聞いてほっと心が休まる気がした。

 ボーナス・トラックは、ホルストの"火星"とX-Japanの"Tears"である。ホルストはE,L&P(パーマーではなくてパウエルの方)が有名だが、ここではライヴ演奏になっていて、ギターとキーボードのバランスが良い。
 "Tears"という曲は知らなかったので何とも言えないが、ここでも日本語を交えて歌っていた。そんなにX-Japanと親密な関係だったのだろうか。よくわからない。71smdgtydrl__sl1215_
 2枚のアルバムとも商業的には成功せず、バンドは解散してしまった。キーボード奏者のブライアン・ハウとドラムス&ボーカルのジム・コモは、その後も一緒に活動していたようだが、詳細は不明である。
 とにかく、1970年代の前半において、アメリカのプログレッシヴ・ロック・シーンの一角を担っていたバンドだったようだ。日本ではイマイチ知名度が低かったかもしれないが、その実力は折り紙付きだっただろう。

 ただ、音楽的にはギターに頑張ってほしかったと思っている。テクニック的には優れていると思うのだが、耳に残るフレーズや印象的なソロが少ないのである。これがもう少し目立っていれば、もっと多くのファンを獲得できたであろう。
 それから、アルバム・ジャケットの問題も含めて、プロモーションが不足していた。“ロジャー・ディーン”クラスとはいかないまでも、もう少しまともなアルバム・ジャケットに差し替えてもっと宣伝をすれば、まだ寿命は延びたのではないだろうか。再結成は無理でも、再評価は必要なバンドだと思っている。


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