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2019年4月 1日 (月)

クィーンのラスト三部作(1)

 遅ればせながらクィーンである。昨年末のクィーン再評価現象は、本当に影響力があったようで、ついにはその再評価のきっかけとなった映画「ボヘミアン・ラプソディ」が、アカデミー賞の主演男優賞ほか4部門で受賞までしてしまった。当時を知る者としては、誠に感慨深いものがあった。71gio3nhzfl__sy355_
 ただあくまでも個人的な感想だが、自分は一度見れば十分というか、70年代から80年代にかけてロックの黄金期に、やりたい放題し放題、自分の才能のほとばしるままに彗星のように生きていったフレディ・マーキュリーのストーリーには、心情的にはあまり共感できないでいる。それは自己責任だから仕方ないよなあと、単純に思ってしまったからだ。

 ある人が言っていたけど、あのフレディの生き方が映画になるのなら、ジャニス・ジョプリンやジミ・ヘンドリックス、ジム・モリソンやジョン・レノン、あっ、ジム・モリソンの映画はあったなあ、つまりそんなロック史における夭折した天才ミュージシャンの伝記映画を作ろうと思えば、他にもいくらでも題材はあるだろう。何もフレディ・マーキュリーにだけ焦点化しなくてもいいのではないのかと言っていたが、まあそれも一理あるだろう。ただこの人はクィーン嫌いの人だったので、半分やっかみみたいのもあったのかもしれない。

 確かにほぼ同時期に、エリック・クラプトン自身がナレーターも担当した彼の伝記映画も上映されていたが、こちらはクィーンの映画ほどは話題にはならなかったようだ。320
 自分的にはこちらの映画の方がショッキングで、ドラッグでラりって演奏するシーンや鼻から吸引する姿も映し出されていたから、これはR指定してもいいのではないのかと思ったりもした。さらに、90年代に入ってからもアルコール中毒症だったことを告白していて、結局、60年代の終わりから、ドラッグかアルコールか、あるいは恋愛か、ずっと何かに依存症だったということになる。クラプトンの映画は、そういう驚きが満載の映画だった。

 それはともかく本題に戻すと、クィーンがというか、フレディ・マーキュリーが自身がエイズという病気のキャリアだというのが分かった1985年か86年だったわけで、それ以降にクィーンのメンバー4人で制作したアルバムが1989年の「ザ・ミラクル」だった。タイトルがいかにもフレディの病気のことを想起させてくれるが、これはアルバムの中にある曲名から取られたものだった。71x9rn0y47l__sl1078_
 思えば、1986年の「マジック・ツアー」終了後に、フレディは“最低2年はバンドを離れる”と公言していたし、その言葉通りに2年後の88年頃から、約1年をかけてこのアルバムのレコーディングが開始されて行った。
 ただ、この2年の間に何もしなかったというわけではなくて、フレディはスペインのオペラ歌手モンセラート・カバリエとデュエット・アルバムを発表したし、他のメンバーでは、ドラマーのロジャー・テイラーは自身のバンド、ザ・クロスを結成してアルバムの発表とそれに伴うライヴ活動を行っていた。ブライアン・メイやジョン・ディーコンも他のバンドのプロデュースやアルバムに参加していた。だから、誰もがクィーンは健在だと思っていたのだ。

 それでこの89年のアルバム「ザ・ミラクル」では、曲のクレジットがすべて“クィーン”名義になっていた。それまでは各曲ごとに実際に手掛けたメンバーの名前が記載されていたが、もう一度バンド結成の原点に戻って、全員でアルバムを手掛けることになるのだから、権利関係も公平にしようとしたのだろう。

 この辺の経緯は、映画「ボヘミアン・ラプソディ」にも描かれていたから、見た人は分かると思う。フレディと他の3人の確執を解消するために、3人がフレディに認めさせた形になっていたけど、作曲クレジットによる金銭問題は、制作意欲の減退につながり、やがてはバンド解散という危険を含んでいたのだろう。

 今回のブログ用に久しぶりに引っ張り出して聞いたけど、このアルバムなかなか良い。1曲目の"Party"からノリノリなのである。だいたいクィーンのアルバムは、1曲目が特徴的でユニークなものが多い。"Procession"、"Brighton Rock"、"Death on Two Legs"、"We Will Rock You"、"Mustapha"、"Radio Ga Ga"など個性的で独創的だ。
 ただ、アルバムのジャケット写真が気に入らなかった。特に、裏ジャケットのメンバー4人の目だけの写真が不気味で、同様のアイデアの写真はレインボーのアルバムにもあったけれど、ちょっと個人的には抵抗感があった。だから、何となくリピートして聞くのを、ためらっていたのかもしれない。

 このアルバムでも"Party"から"Khashoggi's Ship"へはメドレー形式で続いていて、このアルバムがロックン・ロール・アルバムであるということを定義付けている。"Party"はフレディとブライアン、ジョン・ディーコンの3人がジャム・セッションをしながら形作っていったもので、曲の冒頭部分だけブライアンが歌っている。

 "Khashoggi's Ship"は、フレディのアイデアに他の3人が曲を膨らませていったもので、まさに4人の共同制作曲だ。曲のモチーフは、サウジアラビアの大富豪で武器商人の所有している世界最大規模のヨットのことを意味していて、ある意味、皮肉を込めた反戦歌なのだろう。

 アルバム・タイトル曲の"The Miracle"もフレディ特有のミディアム・テンポ調から後半はギター・ソロとベース音がフィーチャーされていて、彼らの意欲というかやる気が伝わってくるのである。ただ転調が多い曲で、誰が聞いてもフレディが作った曲というのがすぐわかるというもの。実際は、フレディとジョン・ディーコンの共作曲だった。

 このアルバムは気力十分で作られているせいか、ハードで硬質なイメージを伴っている。言ってみれば、“ギター・オリエンティッド・アルバム”なのである。それがよく表れているのが、"I Want It All"であり、"Breakthru"だろう。
 また"The Invisible Man"は、リズムが独特というか、クィーン流ファンク・ミュージックを表していて、ちょうど82年のアルバム「ホット・スぺイス」の曲を進化させた感じだ。Miracle2compressor
 7曲目の"Rain Must Fall"は、ジョン・ディーコンが曲を書き、フレディが歌詞をつけたもので、ラテン・パーカッションの部分はロジャー・テイラーが書き加えたもの。“クィーン流カリプソ”あるいは“ラテン・ミュージック”ともいうべきか。でも、ギター・ソロが加わったラテン・ミュージックはあまり聞いたことがない。さすがクィーンである。

 "Scandal"は、ブライアン・メイがイギリスのプレスについて書いたもので、当時の彼の離婚というデリケートな問題やフレディのエイズ疑惑について盛んに書き立てていたので、それについて一言述べている。要するに表面的に面白おかしく記事にするんじゃなくて、もっと本質的な部分を見ろよと言いたいのだろう。この曲のシンセ・ベースは、このアルバムの共同プロデューサーだったデヴィッド・リチャーズが演奏している。

 "My Baby Does Me"もフレディとジョン・ディーコンの共作で、これも“クィーン流ブラック・ミュージック”だろう。この時期のこの手の楽曲は、80年代初期よりも洗練されていて、なかなかいい雰囲気を醸し出している。

 そしてアルバム最後の曲、"Was It All Worth It"は、ファンの間でも特に人気の高い曲で、人によってはこのアルバムの中のベスト・ソングだと推す人もいるようだ。デビューして間もない70年代初期のハード・エッジなエネルギーに満ちていて、確かにこのアルバムの方向性を示している。基本はフレディが作っていて、ベース・ラインはジョン・ディーコンが、ギター・パートはブライアン・メイが手を加えている。L_0203902
 とにかく、このアルバムは気合が入っている。曲のクレジットをバンド名にしたのもうなずける話だった。とにかく、当時は表ざたにはなっていなかったけれど、フレディ自身の病への自覚が、このアルバムを統一感のあるものに仕上げたのかもしれない。
 ただ、他のメンバーはフレディの病気については薄々気がついていたのかもしれないが、それについて言及するのは避けていたようだ。

 この「ザ・ミラクル」は、そういうメンバー間の緊張感も伝わってくるような素晴らしいロックン・ロール・アルバムだった。(To be continued...)


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