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2019年3月11日 (月)

ジャスティン・ヘイワード

 今は“ジャスティン”といえば、ジャスティン・ビーバーやジャスティン・ティンバーレイクを指すが、昔は“ジャスティン”といえば、この人、ジャスティン・ヘイワードだったのだ。というのは、自分が勝手に作った話だが、でも1970年代の初めは、自分の中ではこのジャスティン・ヘイワードだったのである。

 ムーディー・ブルース関連の第2弾は、ジャスティン・ヘイワードについてである。前回も記したけど、ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジは遅れて参加したメンバーだった。1966年頃のお話である。

 ジャスティン・ヘイワードは、イギリスのウィルトシャー州、スウィンドン出身のミュージシャンで、現在72歳。15歳頃から活動を始め、若くしてギブソン335を手に入れ、以来ずっと愛用のギターとして使用している。“ギブソン335”というギターは、あのラリー・カールトンも愛用している名器で、赤いボディでセミ・アコースティックという特徴を持ち、多くのミュージシャンや音楽愛好家からも憧れのギターだった。P02k8dw4
 それはともかく、とにかく10代から地元のパブやダンス・ホールで活動を行っていて、その中で演奏テクニックやソングライティングの技術を磨いていったようだ。また、当時の有名なロカビリー歌手だったマーティ・ワイルドと彼の奥さんの3人で、“ザ・ワイルド・スリー”としても活動をしていた。ちなみに、80年代に一世を風靡したキム・ワイルドは、マーティ・ワイルドの娘である。

 ジャスティン・ヘイワードは、若い頃から作曲能力にも秀でたものを持っていたようで、17歳の時に、ロニー・ドネガンのテイラー・ミュージックと8年間の作曲家としての専属契約を結んでいる。この契約は1974年まで有効だったようで、ということは、この間、彼が作った曲の著作権は、ロニー・ドネガンの会社が所有していたということになるのだが、ムーディー・ブルースの楽曲の著作権もそうなるのだろうか。もちろんジャスティンは、この契約のことは後悔していたようである。

 1966年に、メロディー・メイカーの出ていたエリック・バードン&ジ・アニマルズのメンバー募集の広告に応募したのだが、エリックは興味を示さず、ジャスティン・ヘイワードのデモ・テープをマイク・ピンダーに手渡し、それを聞いたマイク・ピンダーがバンドを脱退したデニー・レインの代わりにジャスティン・ヘイワードに声をかけバンドに誘った。ここからが、ジャスティン・ヘイワードの運命が大きく変わるのである。

 その後、彼と盟友ジョン・ロッジが加わって、ムーディー・ブルースは栄光への階段を一気に駆け上っていったのだが、1972年のアルバム「セヴンス・ソジャーン」以降、活動を停止してしまった。その理由は前回記したので省略するが、その間、各メンバーがソロ・アルバムを発表していった。

 最初に発表したのが、ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジの共同制作アルバム「ブルー・ジェイズ」だった。61rfuptkml
 1975年のアルバムだったが、元のバンド、ムーディー・ブルースのメイン・ソングライター2人が作ったアルバムだったから、本家のアルバムとそんなに違いのない内容だった。ただし、バックの演奏にはストリングスが多用されていて、メロトロンや他の電子音楽機器は、ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジが演奏していた。

 その理由は、こうである。本当は、ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジ、それにマイク・ピンダーの3人(+プロデューサーのトニー・クラーク)で、アルバムを作る予定だったのだが、マイクが他の誰ともやりたくない、自分はこのプロジェクトから出ていくといったので、結局、ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジで制作せざるをえなかったのである。

 アルバムの2曲目の"Remember Me (My Friend)"とは、マイク・ピンダーに向けて作られたもので、当時の彼らの関係性を歌っている。“僕たちの関係がどうなろうとも、僕たちは君の友だちなんだよ、覚えておいておくれ”と切々と訴えかけている。
 全10曲(ボーナス・トラックを入れて11曲)のうち、ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジの2人で作った曲は、この曲と10曲目の"When You Wake Up"の2曲だけで、残りの曲はそれぞれで作った曲だった。ジャスティン・ヘイワードは5曲、ジョン・ロッジが3曲手掛けていて、それぞれ自分の曲ではリード・ボーカルをとっている。

 ジャスティン・ヘイワードの曲で印象的なのは、5曲目の"Nights Winters Years"だろう。重厚なストリングスをバックに、切々と歌われるバラードで、"Nights in White Satin"を思わせるような曲(似たようなフレーズも出てきたような気もするし)だったし、深みのあるジャスティンの声と非常によくマッチしていた。
 ジョン・ロッジの曲では6曲目の"Saved By The Music"だろうか。ムーディー・ブルースのメロトロンとE.L.O.の軽快さを掛け合わせたような曲で、聞いているとこちらまで気持ちが軽くなってくる。まさに“音楽に救われるような”曲だった。

 アルバム後半4曲は、まさに牧歌的で静謐な雰囲気に満ちていて、白日夢でも見ているかのような感覚に陥ってしまいそうだった。アコースティックな"Who Are You Now"、ジョンが作ったバラードの"Maybe"、2人で作った"When You Wake Up"ではゆったりとしたストリングスとジャスティンの弾くファズ・ギターが見事に共演していた。71rqgk5drl__sl1293_
 1987年以降のCDには、ボーナス・トラックの"Blue Guitar"が収録されていて、この曲はジャスティン・ヘイワードが10ccのメンバー4人と共演したものだが、クレジットではジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジ名義になっていた。もちろん実際は、ジャスティンの曲だった。ジャスティンの曲なので、10ccらしいポップさは見られなくて、むしろムーディー・ブルースの新曲といっても通用するくらいだった。

 前回のレイ・トーマスが、バンドの叙情性や牧歌性を醸し出しているのであれば、バンドの“ロックン・ロール・サイド”という躍動感を表現しているのが、ジャスティン・ヘイワードではないかと思っている。その特長がよく発揮されたアルバムが、1977年に発表された「ソングライター」だろう。51bgt35rc6l
 1曲目の"Tightrope"から走っているし、続く"Songwriter Part1"は、ミディアムテンポながらもストリングスやキーボードのアレンジが凝っていて、切れ目がなく3曲目の"Songwriter Part2"へと流れて行く。"Part2"は"Part1"と違って、叩きつけるようなピアノやキーボード、個性的なエレクトリック・ギターなどロック的なダイナミズムに溢れている。

 また、"Country Girl"は、題名とは裏腹にノリのよい明るいロックン・ロールだったし、当時のLPレコードではサイドAの最後の曲"One Lonely Room"は、一転してサックスがフィーチャーされたお洒落なAOR風のスローな曲だった。
 このアルバムは、ジャスティン・ヘイワードを代表するアルバムといっていいだろう。彼の豊かな才能が発揮されているし、曲もバラエティに富んでいて聞いていて飽きないのだ。

 ジャスティン・ヘイワードは、ギターだけでなく、ベースやドラムス、タンバリン、バイオリン、チェロ、フルートまで演奏している。もちろん、曲によっては当時のトラピーズのメンバーだったデイヴ・ホランドやメル・ギャレー、テリー・ロウリーなども参加して、バックアップしていた。

 8曲目の"Raised On Love"では、当時5歳だったジャスティン・ヘイワードの娘であるドレミ・ヘイワードも参加して、可愛らしい声を聞かせてくれるし、続く"Doin' Time"では、ジャスティン・ヘイワードのギターが大きくフィーチャーされている。
 そして、最後の6分30秒余りの曲"Nostradamus"では、ややダークな雰囲気を湛えながらも、徐々にストリングスやフルートなど楽器が増えていき、ビッグ・エンディングを迎える。

 最後にやっとプログレッシヴな風味を持つ曲を聞くことができた。ちなみに、この曲ではストリングスとタムタム以外の楽器はすべてジャスティン・ヘイワードが操っているという。さすがマルチ・インストゥルメンタリストである。また、アルバム・セールスとしては、全英アルバム・チャートで28位、全米では37位という結果だった。

 自分はもう1枚彼のソロ・アルバムを持っていて、1996年に発表された彼の5枚目のソロ・アルバム「ビュー・フロム・ザ・ヒル」である。51269qmhfql
 このアルバムは、ジャスティン・ヘイワードのルーツを探るような曲で占められていて、60年代のビート・バンドが持つポップでR&B風の曲が目立つ。最初に聞いた感じは、マイク&ザ・メカニックスのソウル風味が薄れていってややポップになったアルバムのように思われた。特に冒頭の3曲"I Heard It"、"Broken Dream"、"The Promised Land"を聞くと、その感じがますます強くなってきてしまった。

 プロデューサーはフィル・パーマーという人で、元デヴィッド・エセックスのバンドのギタリストだった。その後、キーボーディストのポール・ブリスと組んだり、ミッキー・フィートというベーシストとイエロー・ドッグというバンドを結成したり、マイク・オールドフィールドのツアー・ギタリストとしても活動したりしていた。
 
 このアルバムでは11曲収録されているが、ジャスティン・ヘイワード1人で手掛けた曲は7曲で、残りの曲は上記のミュージシャンたちとの共作だった。
 セールス的には恵まれなかったが、このアルバムではソングライターというよりは、ボーカリストとしてのジャスティン・ヘイワードを味わうことができる。さらに、1人のミュージシャンとして成熟した姿も知ることができるのではないだろうか。名盤ではないけれど、好盤と言えるだろう。

 現在のジャスティン・ヘイワードは、もちろんライヴ活動は行っていて、最近では豪華船で開かれる5日間の音楽クルーズ“ザ・ブルー・クルーズ”において、彼がホストを務めており、スティーヴ・ハケットやアラン・パーソンズ、プロコル・ハルム、ウィッシュボーン・アッシュ等々、一世を風靡した豪華ミュージシャンやバンドが出演して、演奏を繰り広げている。
 彼もまた、そのクルーズで歌っているようだが、まだまだ現役ミュージシャンとして今後も活躍してほしいものである。Justinhaywardoptimisedcopy770x46277


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