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2019年7月15日 (月)

ショーン・レノン(2)

 ショーン・レノンの第2弾プログレ編である。本当は冬場のプログレッシヴ・ロック特集で扱おうかなと思っていたし、前回のこのブログでもそういうふうに記述してあったと思うけれど、冬まで待てなかったというか、果たしてプログレッシヴ・ロック特集ができるかどうかわからなかったので、先に紹介することにした。

 以前にも書いたけれど、ショーン・レノンの音楽は、ある意味、趣味的というか、自由気まま、興味のある分野に首を突っ込んでいるような印象がある。その点はジュリアン・レノンとは違うようだ。ただ、ふたりとも商業主義に毒された音楽業界には辟易していて、ジュリアンの方は実際に、7年間くらい活動を休止していた時もあったし、ショーンは2006年以来は自身のソロ・アルバムを発表していない。

 そんな中でショーン・レノンは、お友だちのチボ・マットやマリアンヌ・フェイスフル、映画音楽など様々な分野に触手を伸ばしていたが、プライマスというバンドのレス・クレイプールと一緒に2016年にアルバムを発表した。それが「モノリス・オブ・フォボス」だった。
 アルバム紹介に行く前に、プライマスというバンドについて簡単に触れると、1984年にカリフォルニアで結成されたオルタナティブ・ロック・バンドで、リーダーでベーシストのレス・クレイプールを中心にした3人組のバンドだった。

 とにかくこのレス・クレイプールという人は、音楽的素養のみならず何でも演奏するマルチ・ミュージシャンだが、特にそのベース・プレイヤーとしての演奏技術については高く評価されていて、現代ロック・シーンを代表するベーシストとして認められている。日本ではそんなに馴染みがないかもしれないけれど、欧米では人気のあるベテラン・ミュージシャンなのである。ちなみに55歳で、ショーンよりは一回り年上だ。

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 彼ら二人は、2015年に行われたプライマスの公演で知り合い、そこから本格的な活動が始まった。当時のショーン・レノンは、シャーロット・ケンプとのユニット・バンドであるゴースト・オブ・ア・セイバー・トゥース・タイガーに参加していて、たまたまプライマスとのジョイント・ライヴによって、ショーンとレス・クレイプールが意気投合して活動を始めようということになり、実際にアルバムを制作してしまった。ショーンもレス・クレイプールもマルチ・ミュージシャンだから、その気になればアルバムの1枚や2枚は簡単に作れるのだろう。C42306662c019fc83cdcac36c4d04945

 とにかく、ショーンとクレイプールは6週間かけて曲を作り、クレイプールのゲストハウスで機材を持ち込んでレコーディングを行った。資料によると、ドラムスとギターの多くはショーンが担当し、ベース・ギターとキーボードはクレイプールが演奏したようだ。レス・クレイプールによれば、ショーンのドラミングはリンゴ・スターとニック・メイソンの中間みたいな感じだったらしい。と言われても困るんだけど、的確なビートから空間を生かしたドラミングまで幅広いものだったのだろう。

 一方、ショーンの方はレス・クレイプールについてこのように述べていた。「レスほどの度量のある人と一緒に演奏するのは、名誉でもあり挑戦でもあった。猿や宇宙や性的倒錯についての悪魔っぽい曲を一掴みにっこりと授けてくれたのさ」確かにこのアルバムは、スペイシーでサイケデリック、ドリーミーでファンタジックな雰囲気で満ちていた。 81hhnbutiil__sl1500_
 全11曲、約50分のトリップ・ミュージックである。"The Monolith of Phabes"のリード・ボーカルはレス・クレイプールで、ショーンはメロトロンとドラムスを担当していて、アルバム冒頭から抽象的でベース音がブンブン鳴っている曲が置かれていた。
 続く"Cricket and the Genie"はムーヴメント1と2に分かれていて、前半の部分はまさに60年代のサイケデリック・ロック・サウンドで、クレイプールの”ブンブン”・ベース・プレイとショーンのドラミングが対抗している。後半は曲名通りのコオロギの鳴き声から始まり、基本はクレイプールのベース・ソロにメロトロンや呪文のようなボーカルが被さっていき、再びコオロギの鳴き声で閉じていく。まさに時代は60年代後半にトリップしたような感じがした。

 4曲目の"Mr.Wright"もまたクレイプールのベース音に、断続的で機械的なキーボードが装飾されているし、逆に"Boomerang Baby"ではショーンのリード・ボーカルと短いながらも彼のギター・ソロも光っている。また、転調の多い曲を彼の叩くドラムで巧みにリードしている。この曲はショーンがリードを取って制作されたのかもしれない。
 逆に、7曲目の"Captain Lariat"はレス・クレイプールのボーカルだし、彼のベース音が目立っていた。ショーンの方はギターとドラムス、メロトロンにコズミック・レイン・ドラムというよくわからない楽器を担当していて、恐らくだが曲作りの主導権を握っていた人がリード・ボーカルを担当しているのだろう。後半のベース・ソロとスペイシーなギターとの掛け合いというか融合が見事だった。

 曲調だけでなく、歌詞についても今のアメリカ社会を皮肉った"Ohmerica"やヘロインの怖さを訴えた"Oxycontin Girl"、盗撮魔の生態をとらえた"Mr.Wright"など、ユニークなものから風刺の効いたものまで幅広い。また、10曲目の哀愁に満ちたバラード曲"Bubbles Burst"は、あのマイケル・ジャクソンのペットだったチンパンジーのバブルス君のことを歌っているに違いない。2017年現在でも生きていることが確認されていたが、いまだにアメリカでも話題性はあるのだろうか。
 アルバムは、そのまま曲間もなく最後のインストゥルメンタル曲"There's No Underwear in Space"に繋がっていくのだが、クレイプールのベース音とショーンのギターとメロトロンで構成されたアヴァンギャルドな曲調だった。

 翌年彼らは、4曲入りのミニ・アルバムを発表した。その4曲はいずれもカバー曲で、ピンク・フロイドの"Astronomy Domine"、ザ・フーの"Boris the Spider"、説明不要の"The Court of the Crimson King"、そして日本を代表するサイケデリック・ロック・バンドのザ・フラワー・トラヴェリング・バンドによる"Satori part1"だった。いずれも原曲を忠実に再現していて、凝ったアレンジはほとんどなかった。
 この4曲を見ればわかるように、いかに彼らが60年代の終わりのサイケデリック・ロックやプログレッシヴ・ロックに影響を受けているかが分かると思う。また、フラワー・トラヴェリング・バンドの曲は母親のオノ・ヨーコの紹介からで、彼女がバンド・メンバーと知り合いだったり、東北大震災の被害のことを訴えたりするためにレコーディングしたようだ。81mujkf2hl__sl1500_

 そして、それから2年後の今年の2月、再び”ザ・クレイプール・レノン・デリリウム”名義でフル・アルバムが発表された。タイトルは「サウス・オブ・リアリティ」と名付けられていた。前作の「モノリス・オブ・フォボス」が、ビルボードの全米アルバム・チャートで84位と意外と高評価されたからだろうか、あまり時間を置くことなく9曲入り47分30秒のアルバムが世に届けられたのだ。

 前作がサイケデリック・ロック寄りだったのに対して、こちらのアルバムはよりプログレッシヴ・ロックを意識したような内容になっていて、1曲当たりの時間も長めに作られている。一方ではメロトロンの使用度は下がっているのだが、その分、ポップさが加わっている。
 アルバム冒頭の"Little Fishes"における中間部の"シャラララララ"などは、まさに60年代テイストだし、全体的に覚えやすいメロディーで構成されていた。続く"Blood and Rockets"もムーヴメント1と2に分かれていて、前半はポップなメロディにスペイシーなギターとキーボードが絡みつくといった様相で、4分過ぎからの後半ではスローに転調し、アルペジオのギターが中心となって進んでいく。例えていうなら、ザ・ビートルズの有名曲"Because"に"I Want You"の轟音ギターが添えられたような感じだ。51lkv06wkl

 アルバム・タイトル曲の"South of Reality"には”南の空に浮かぶ真実”という日本語タイトルが付けられていて、3分27秒というこのアルバムの中では短い曲だった。ここで聞かれるレス・クレイプールのベース奏法は、確かにザ・フーのジョン・エントウィッスルに似ている。アップテンポのシングル向きの曲で、こういう曲が含まれているところが前作よりも進歩した点ではないだろうか。

 4曲目の"Boriska"では久しぶりにメロトロンを聞くことができて、私のようなメロトロン信者には涙が出るほどうれしかった。この曲も緊張感があってスリリングを覚えたし、意外といっては失礼だが、ショーンのギターとドラミングの腕前はかなりのものだと伺われた。
 次の"Easily Charmed By Fools"もレス・クレイプールのベース音が目立っていて、ショーンのギターが遠くで鳴っているかのように聞こえてきた。中間部のギターを用いた演奏は環境音楽風だったのに対して、3分50秒過ぎから急にアコースティック路線に変化し、収束していく。

 アルバム中一番長い7分47秒の曲が"Amethyst Realm"で、バックのキーボードとベースは不穏な雰囲気を湛えながらも、中間部のショーンのギターがそれを切り裂くかのように突如乱入してくる。このあたりのアレンジは古くはジェネシスが最近ではポーキュパイン・ツリーが得意とする部分であろう。また、5分過ぎからアップテンポになりメロトロンとエレクトリック・ギターがフィーチャーされていて、クラシカルなプログレッシヴ・ロックを踏襲しているかのようだ。しかし、この最後の2分間余りはわかりやすいし、非常にカッコいい。彼ら二人のチームワークもうまく行っているのであろう。

 "Todayman's Hour"は、どちらかというとサイケがかったザ・フーかキンクスだろう。ビートが強調されていて、恐らくはレス・クレイプール主導で作られたのだろう。そして、"Cricket Chronicles Revisited"は前作のアルバムの中の曲"Cricket and the Genie"の続編で、最初の5分間余りはインド風のラーガ・ロックで、後半はアコースティック・ギターをバックにナレーションが重ねられたサウンド・コラージュになっていた。よくまあこんな音楽を作れるなあと感心してしまった。
 そして最後の曲"Like Fleas"は、まるでピンク・フロイドのアコースティックな曲ミーツ60年代のビート・ミュージックといった感じで、今までのロック・ミュージックの中のいいところ取りのような気がした。ただそれがパクリでは終わらずに、きちんと自分たち流に再解釈しているところが素晴らしい点だと思っている。

 それからこのアルバムの国内盤には、2017年のミニ・アルバム4曲がボーナス・トラックとして収録されているので、もし購入して聞きたいのなら国内盤をお勧めする。お値段的にも他のアルバムと同価格だからでもある。71yruaw0bzl__sl1169_  いずれにしても、ストリーミングなどのデジタル・ミュージック全盛の現在で、重厚長大なプログレッシヴ・ロックを意識的に行っているところが潔いというか、趣味的というか、とにかく自分たちの好きな部類の音楽に取組んでいるところがよくわかるユニットである。自分たちの気の赴くままにおこなっているから長く続くことはないだろうが、できればプログレッシヴ・ロックの歴史を塗り替えてくれるようなアルバムを期待しているのである。


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