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2019年8月26日 (月)

ザ・ドラムス

 さて、8月も最後の週になってきた。今年の夏も暑かったし、残暑もまた続いている。本当に日本は、亜熱帯気候に属しているのではないかと思われるほどだ。地球温暖化なのかどうかはわからないけれど、間違いなくこの傾向は続いていくのだろう。
 そんな暑さの中で、今年上半期に気になったアルバムを何枚かピックアップしてみたいと考えている。題して、”2019年上半期私の中での話題のアルバム”シリーズだ。そのまんまのタイトルになってしまった。相変わらず芸のない試みである。

 それで第1弾の今回は、アメリカのバンドのザ・ドラムスが登場する。自分はこのバンドのデビュー・アルバムを持っていたと思うのだが、探してみても見つからない。ひょっとしたら売っ払ってしまったのかもしれない。ということは、自分にとってはそんなに良いアルバムではなかったということだろうか。
 確かシングル・ヒットした"Let's Go Surfing"はポップでメロディアスで、どことなく60年代風な要素を携えていたと思っていたのだが、それ以外の曲がピンとこなかったかもしれない。でも、それ以降は、頭の片隅にこのバンドのことは覚えていたようで、今回もラジオでニュー・アルバムのことを知って、聞いてみた次第である。23373

 自分にとってこのバンドは、基本的にはギターとキーボード中心のインディ・ロック・バンドだと思っていたのだが、この最新アルバム「ブルータリズム」を聞くと、そんな感じではなくて、キーボード中心のエレクトロニクス・ポップに変身してしまったような気がした。しかも浮遊感が溢れており、メロディックでキュートな感じがしたのだ。
 こういう音楽は1980年代から存在していた。例えばこんな感じである。
80年代・・・ストロベリー・スウィッチブレイド
90年代・・・ジュエル
00年代・・・ザ・ポスタル・サーヴィス
10年代・・・アウル・シティ

 それぞれどれもドリーミングでファンタスティック、高揚感あふれるエレクトロニクス・ポップで彩られており、この手の音楽が好きな人にとっては、もう離したくないほどだろう。特に、季節的には夏の暑い時期にはぴったりで、四畳半のアパートで孤独な生活をしていても、あるいはプライベート・ビーチでカクテルを片手に優雅な時間を過ごしていても、気分はもうサマー・バケーションといった感じになっていくのである。

 それで、ザ・ドラムスのことに話を戻すと、このバンド、元は4人組でデビューした。2008年頃のお話である。バンドの中心メンバーは、ボーカル&キーボードのジョナサン(ジョニー)・ピアースとギター担当のジェイコブ・グラハムで、ふたりはニューヨーク出身で、幼い頃に教会主催のサマー・キャンプで知り合い、友だちになった。長じて、ジョナサンはエレクランドというバンドを、ジェイコブの方はホース・シューズというバンドで活動していたが、お互い音楽が好きという点で一致し、2008年にブルックリンでザ・ドラムスを結成したのである。

 当初は2人組だったが、あるライヴで会場に来ていたふたりの若者に声をかけ、バンドにいれたそうだ。真偽のほどはよくわからないのだが、もし本当とすれば、奇跡的な出来事のような気がする。
 そして、またこれも嘘のような話なのだが、ライヴ会場に来ていた音楽ライターの目に留まり、好意的な記事が紹介され、すぐにイギリスのインディ・レーベルからシングルが発表され、あれよあれよという間に、シングルがヒットしてアルバム・デビューまでしてしまったようなのだ。

 しかもザ・ドラムスは、2010年度のブライテスト・ホープに選出され、このデビュー・アルバム「ザ・ドラムス」自体も当然のことながら世界中で売れたのである。51bhsgpwnwl
 ところが、ここでギター&ベース担当だったメンバーが脱退してしまう。何となくもったいないような話だが、ある意味、急ごしらえのバンドだったせいか、メンバー間のコミュニケーションがうまく取れなかったのではないだろうか。

 その後、2011年にセカンド・アルバム「ポルタメント」、2014年には「エンサイクロペディア」を発表するものの、アルバムが世に出る前に今度はドラマーが脱退してしまった。 結局、幼馴染だったジョナサンとジェイコブのふたりだけになってしまったのだ。オリジナル・メンバーといえばいいのかもしれないが、2017年のアルバム「アビスマル・ソーツ」のジャケット写真には何とジョナサンしか写っていないではないか。そう、この約1年前に幼馴染だったジェイコブはバンドを離れていたというのである。20140908thedrums_l_full

 ここからは個人的なゲスの感繰りになるのだが、ジョナサンは2013年頃に男性と結婚した。つまりゲイ・カップルである。この結婚生活がバンドに悪影響を与えたような気もしないわけではない。自身の生活優先になってしまって音楽活動に支障をきたしたジョナサンにジェイコブが嫌気をさしたとか、あるいはジョナサンとジェイコブと三角関係になってしまったとか、いろんなことを想像してしまうのだが、ここまで成功していたバンド活動から身を引くというのは、やはりそれなりの理由があったのだろう。

 いずれにしても、ザ・ドラムスはジョナサンのソロ活動のユニット名になってしまった。そして発表されたアルバムが「ブルータリズム」だったのである。
 この”ブルータリズム”というのは、1950年代に流行した建築様式のことだ。獣のようなどう猛さと野蛮さを備えているというで、コンクリートむき出しの様式や装飾や塗装のない無味乾燥とした冷酷さを感じさせるようなものだった。ある意味、都会的といっていいのかもしれない。

 実は、ジョナサン自身はパートナーとの結婚生活を解消していて、それが原因で鬱状態に陥ってしまっていた。そして定期的に医師のもとに通いセラピーを受けていたのだが、その時の憂鬱な気分をタイトルに反映させているという。飾りを排除したむき出しのコンクリート建築と自分自身の心象風景を重ねているのであろう。実際に彼自身もこう述べていた。
 『僕は自分に向き合う必要があった。過去を見つめ、長い間先延ばしにしていた問題に取り組まなければならなかったんだ』

 セラピーを続けながら、自暴自棄に陥りそうな自分を励ましつつ、ニューヨークとカリフォルニアのスタジオを行き来しながら、このアルバムの制作を続けていった。しかし、そういう状況だったにもかかわらず、アルバム自体はポップで浮遊感に溢れており、先ほども述べたように、この手の音楽が好きな人ならマスト・アイテムになるような音楽で占められている。71xowgkjwol__sl1400_

 結果的には、メディカルな対応と音楽制作がジョナサンの精神状態に良い効果をもたらしたようで、アルバムを制作しながら徐々に回復していって、人に対してよりオープンに接することができるようになったと述べている。まさに音楽療法だろう。『悲しみやメランコリーと向き合うことは、それらを否定することではなくて、あるがままの自分を受け入れることなんだ。決して力任せに征服することではないと悟ったんだよ』

 なるほど、だからこのアルバムには、キラキラと岸辺で輝く日差しや、地面に溶けて消えてゆく淡雪のようなピュアネスなどが、どの曲においても感じられるのだろう。そういう感触がジョナサンの作る楽曲には備わっているのである。

 例えば、シングル・カットされた"Body Chemistry"には、今まで偽っていた自分をさらけ出すような性急なビート感覚が溢れているし、一方では"626 Bedford Avenue"のようなメランコリックでファンタジックな美しさが表現された曲も含まれている。
 他にもアルバム・タイトルにもなった"Brutalism"では、無慈悲な冷酷主義に対してたった一つのキスでも有効なんだと謳われているし、波打ち際で囁かれるように歌われる"I Wanna Go Back"は、自分のあるべき場所に回帰しようとするバラードでもある。

 このアルバムの優れている点は他にもあって、基本はキーボード主体のエレクトロニクス・ポップなのだが、スタジオ・ミュージシャンなどを使って、ギター・サウンドも効果的に使用されているところだろうか。5曲目の"Loner"などは良い味付けをしているし、7曲目の"Kiss It Away"でも、まるでU2のエッジのようなエコーが活かされた空間的なサウンドを味わうことができる。
 そしてアコースティック・ギターのアルペジオで誘われるように歌い出す"Nervous"は歌詞的にはヘヴィーな内容ながらもメロディー的には本当にまどろむような感覚を表しているし、それをアップテンポにした"Blip of Joy"では、逆に疾走感がその儚さを追い求めているかのようで、決してマンネリズムに陥らないように巧みにアルバム自体も構成されている。とても心の病に陥った人が作ったようなアルバムとは思えなかった。

 『僕はポップが大好きなんだけど、今の状況は繊細さを失っているような気がするんだ。ちょっと時間をかけて落ち着いた状態を作り、自分が一体なにを試しているのか聞き取りたいんだ』とジョナサンは述べていたが、今の彼にとっては、心の余裕みたいなものも生じてきているのであろう。E29c161eda51960d108ee11a7ea35fcc

 ただ、まだ心理療法が続いてるのかどうかはわからないが、9曲35分というボリュームは少し物足りなさも感じた。しかし逆に考えれば、曲数を絞った分、ジョナサンの持つポップネスがより対象化され、抽出された美しさが表現されているのではないだろうか。夏に聞くアルバムがまた1枚増えたような気がしている。


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