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2019年9月23日 (月)

プリンスの新作

 「今年の上半期に印象に残った新作アルバム」シリーズの第5弾は、プリンスの新作「オリジナルズ」についてである。ご存知のように、プリンスは、2016年の4月21日に57歳の若さで亡くなっている。だから当然のごとく、生前にレコーディングしていたものが編集されてアルバムとして発表されたのだ。ちょうど、ジミ・ヘンドリックスの新作アルバムが発表され続けているようなものである。昨年は「ピアノ&ア・マイクロフォン1983」という秘蔵音源集が発表されたが、今年はこの「オリジナルズ」だった。毎年1枚ずつ発表され続けるのだろうか、そうなったらプリンスの場合は、全部発表するとしたら恐らく四半世紀はかかるだろう。71dnzvubsl__sl1500_   今回発表されたアルバム「オリジナルズ」には明確な趣旨が備わっていて、基本的には1981年から85年にかけて、つまりプリンスがまさに世界的なアーティストとして上り詰めていくその過程で作られた曲であり、しかも他のミュージシャンに提供した楽曲で占められているというものだった。だからその趣旨に沿って聞くならば、まさにオリジナル楽曲で編成されたオリジナル・アルバムといっても過言ではないだろう。

 それに他のミュージシャンに提供された曲とはいえ、このアルバムで聞くことのできる曲は、すべて単なるデモ・テープという範疇を越えていて、このまま世の中に出しても全く違和感のない、まさに彼の新作といってもおかしくない統一感と芸術性が添えられているのである。あらためてプリンスの凄さを認識させられるものばかりであり、これはプリンス・ファンなら当然のこと、ファンでなくても80年代を過ごした洋楽ファンなら、一度は耳を傾けてもいいアルバムではないかと思っている。

 アルバムは全15曲、時間にして約63分以上というボリューミーなもので、昨年の4月に先行発表された"Nothing Compares 2 U"以外は、すべて未発表音源の曲だった。
 しかし、ここまで完璧な形で残しておかないと気が済まなかったプリンスというミュージシャンは、やはり天才であり、完璧主義者だったのだろう。むしろ送られた方のミュージシャンの方は、このオリジナル・デモ・テープを超えるほど自分の中で咀嚼するのは困難だったのではないかと考えている。61z9me0iufl__sl1200_

 はっきり言ってしまえば、このプリンス・バージョンをそのままなぞった方が売れるのではないかとか、下手にアレンジをして楽曲の良さを壊してしまうのではないかとか、そうなると殿下の機嫌を損なってしまってもう二度と相手にされなくなるのではないかとか、いろいろと考えてしまうのではないかと想像してしまう。だから送られた方も冷や冷やしながら緊張感をもってレコーディングしたのではないだろうか。あるいは出来上がったものでも、むしろプリンスのデモ・テープの方が良かったと思われる可能性もあるため、むしろこの新作を封印してほしいと願っていた人たちもいるのではないかと邪推してしまうのである。

 1曲目は"Sex Shooter"で、これはアポロニア6に提供されたもの。アポロニア6は3人組の女性コーラス・グループで、ちょうどモータウンのダイアナ・ロスが所属していたシュープリームスを想像してみるとわかりやすい。プリンス版シュープリームスもしくはロネッツだろう。曲のイントロを聞くだけで、80年代の時代に連れて行ってくれる。また、映画「パープル・レイン」を思い出してしまう。映画は散々非難されていたけど、アルバムは全世界的に大ヒットした。ちなみにこの曲は、シングル・チャートで85位、R&Bチャートで7位を記録している。File

 続く"Jungle Love"はザ・タイムのために用意されたもので、オリジナルは1984年に発表され、ビルボードのシングル・チャートで20位を記録した。ボーカルとギターのパート以外はプリンスが演奏していた。
 ザ・タイムは、元々は”フライト・タイム”という名前で活動していたのをプリンスに見出され、”タイム”と改名した。途中参加したモーリス・デイという人がボーカルを担当していた。映画「パープル・レイン」の中では、プリンスのライバル・バンドとして扱われている。29aa087bc9b94142a0615f71af7bf848

 "Manic Monday"のオリジナルは、1986年に女性4人組バンドのザ・バングルスが発表し、世界中で大ヒットした曲。イギリスとアメリカのシングル・チャートでは、両方とも2位を記録した。本当はアポロニア6が歌うはずだったんだけれども、解散状態になってしまったのでザ・バングルスに提供された。当時はプリンスとバンド・メンバーのスザンナ・ホフスが付き合っていたとかいないとか言われていた。Bangles

 "Noon Rendezvous"は、プリンスと当時の恋人だったシーラ・Eの共作曲。シーラ・Eは現在61歳、かつてはジョージ・デュークのバンドに所属してパーカッションを担当していたし、セッション・ミュージシャンとしてもダイアナ・ロスや高中正義、ライオネル・リッチーなどのアルバムにも参加していた。プリンスにはカルロス・サンタナを通して紹介された。このバラード曲は1984年の彼女のデビュー・アルバム「グラマラス・ライフ」に収録されていた。Sheilaeamaslive1985billboard1548

 続く"Make Up"は、ヴァニティ6に提供されたもの。ヴァニティ6も3人組の女性コーラス・グループで、カナダ出身のヴァニティという人を中心に活動していたが、プリンスとヴァニティの仲が悪くなって彼女は脱退してしまう。本来なら映画「パープル・レイン」に出演予定だったのだが、ヴァニティの代わりにアポロニアが加入してアポロニア6になった。ちなみにヴァニティ(本名デニス・クリスティーナ・マシューズ)は長年の薬物中毒のため肝臓がんを併発し、2016年の2月に57歳で亡くなった。プリンスの亡くなる約2か月前だった。61qjdwggzl__sy355_

 "100MPH"は、マザラティというバンドに送られた曲で、1986年にシングル・チャートの19位になり、バンド唯一のヒット曲になった。プリンスのアルバム「パレード」のアウトテイクといわれている。マザラティはプリンスのバンドにいたベーシストのブラウンマークという人が結成したバンドで、アルバムを2枚残していて、そのうちの1枚はモータウン・レコードからカナダ限定で発売されている。Maxresdefault

 "You're My Love"は、ミディアム・テンポのラヴ・ソングで、何故か1986年にケニー・ロジャースが歌ってヒットさせた。プリンスはこの曲を1982年にレコーディングしていて、その後何度かアレンジを繰り返していたらしい。こういうまっとうなラヴ・ソングも書けるところがプリンスの凄いところである。Kennyrogers0042

 リズミカルでダンサンブルな"Holly Rock"もシーラ・Eとの共作で、彼女が出演していた1985年のヒップホップ映画「クラッシュ・グルーヴ」の中で彼女が歌っていた。プリンス版の方は、暴れるパーカッションとともに、サックスが元気良くて走り回っている。

 "Baby, You're A Trip"はジル・ジョーンズという女性ミュージシャンに送られていて、感涙もののバラードになっている。彼女は、元々はプリンスのバンドでバック・コーラスを務めていた。また、映画「パープル・レイン」ではウェイトレス役を演じていた。1987年にソロ・アルバムを発表し、現在でも活躍中である。1980年から93年頃まで、公私ともにプリンスと親しかったようだ。R9030051171248007_jpeg

 "The Glamorous Life"はシーラ・Eに、"Gigolos Get Lonely Too"はザ・タイムに送られたもので、前者は1984年にポップ・チャートの7位、ダンス・チャートでは1位になり、後者は1983年に発表されR&Bチャートで77位を記録している。シーラ・Eのデビュー・アルバムは28位まで上昇したから、この同名シングルも売れたのだろう。"Gigolos Get Lonely Too"の方は、なかなかのバラード曲なのだがあまり売れなかった。ザ・スタイリスティックスのような男性ボーカル・グループの方が適していたのかもしれない。

 "Love...Thy Will Be Done"は、1991年のマルティカのセカンド・アルバム「マルティカズ・キッチン」に収められていたもので、プリンスは彼女の祈りの言葉にメロディを付けたと言われている。イギリスでは9位を、アメリカでは10位になり、オーストラリアでは堂々の首位を飾っている。マルティカは女性シンガーで女優でもあり、元はアイドルとしてデビューしたが、このセカンド・アルバムのヒットの後しばらく休養していた。21世紀になって活動を再開し、古くからのファンをホッとさせている。41yaztkzrwl__sy355_

 "Dear Michaelangelo"もシーラ・Eとの共作曲で、彼女らしいパーカッションを生かしたリズミカルなナンバーだ。彼女の1985年のアルバム「ロマンス1600」に収録されていた。"Wouldn't You Love to Love Me?"は、タジャ・シヴィルというミネアポリス出身の女性シンガーに送られたもの。同郷のよしみでデビューさせたのかどうかは不明だが、バークリー音楽学院卒業なので、音楽的な素養は確かなものを備えていたのだろう。デモ・テープを聞いたプリンスがデビューさせたというラッキー・ガールだった。このワイルドなアップテンポの曲のプリンス・バージョンの方は、1976年に作られ、1981年にロサンジェルスでレコーディングされた。タジャの方は、1987年の彼女のデビュー・アルバムに収録されている。R106663713662268003086_jpeg

 最後の曲"Nothing Compares 2 U"については何も付け加えることはないだろう。1990年にアイルランド出身のシンニード・オコナーが涙を流しながら歌って大ヒットさせた曲のモト歌だ。本当はザ・ファミリーというバンドにプリンスが提供した曲。ザ・ファミリーはザ・タイムからボーカルのモーリス・デイが抜けた後を引き継ぐ形で結成されたバンドで、残念ながらアルバム1枚で解散してしまった。ただ2009年に「エフデラックス」という名前で再結成され、アルバムも発表している。ザ・ファミリーの方ではベース担当のポール・ピーターソンが歌っていた。 The-family

 とにかく、プリンスの新作だよと言われて渡されても、全く違和感のないアルバムだ。さすがに打ち込みのデジタル・ビートは時代を感じさせるものの、曲の質感やバラードにおけるメロディーの美しさ、タイトなリズムなど、21世紀の今でもタイムレスな内容なのである。
 しかも当時のプリンスは、「1999」や「パープル・レイン」など、彼の代表作が制作された時期でもあり、それに映画製作やアルバム発表に伴うツアーなども行われていた時でもあった。そういう多忙な時期において、他の人のために曲を作り、しかもほぼ完璧に仕上げてデモ・テープにまとめているのだから、時間が何時間あっても足りなかったのではないだろうか。1346148493_300x300

 上記にもあったジル・ジョーンズという人がインタビューに答えていたけど、夜中の3時頃にプリンスから電話があって、今すぐスタジオに来て歌ってほしいと頼まれたことが何度もあったそうだ。携帯電話などのない時代だから、枕元に電話機を引っ張ってきて寝ていたといっていた。まさに天才たる所以であろう。だからこそ神は召されたのかもしれない。彼が逝ってから3周年、このアルバムは天国からの贈り物に違いないと思っている。


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