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2019年9月16日 (月)

マドンナの新作

 今年の8月でめでたく61歳になったマドンナの新作である。タイトルは「マダムX」というもので、とても年齢を感じさせない内容に仕上げられていると書きたいところだが、今までのダンス系ミュージックとは違って、おとなしめの曲が多く、少し路線を変えている。この辺は好き嫌いの別れるところであろう。そういう意味では問題作でもある。ただ、アルバムに含まれているメッセージ性は、相変わらずアグレッシヴで強烈なパワーを秘めている。コンセプトは次のようなものだ。
「マダムXは秘密諜報員
世界中を旅してまわり
自己を変えていく
自由のために闘い
暗闇の場所に明かりをもたらす
彼女はチャチャのインストラクター
教授であり
元首であり
主婦であり
騎手であり
囚人であり
学生であり
教師であり
尼僧であり
キャバレー歌手であり
聖人であり
娼婦である」

 過激で先鋭的、だれも思いつかないことを思いつき、それを実行する。とても61歳とは思えないマドンナの、衝撃的で強烈なメッセージを含んだセクシーなアルバムである。今回の「上半期の印象に残ったアルバム」は、マドンナの14枚目のスタジオ・アルバム「マダムX」の登場だ。81ehe06jy1l__sl1500_

 アルバム・ブックレットによると、マドンナは生活の拠点を今はポルトガルのリスボンに置いているという。養子にしている次男がプロ・サッカー選手の育成のための施設に入ったためだそうだ。年間数十億円も稼ぐマドンナだから、どこでも暮らすことは可能だろう。だからこのアルバムは、ポルトガルのリスボンやイギリスのロンドン、アメリカのニューヨークとロサンジェルスなどでレコーディングが行われた。さすが天下のマドンナ、時間も距離も超越したような仕事ぶりである。

 それで、リスボンで生活しているせいか、ポルトガル語を始め、デビュー初期からも使用されていたスペイン語、英語などで歌っているし、曲によっては他のミュージシャンとコラボレーションをしながら曲作りやパフォーマンスを行っている。このあたりも世界を股に掛けた活動である。マドンナの辞書には不可能という文字は見当たらないような感じがする。

 一聴した感じでは、前作までのダンス・ミュージック中心の作風が影を潜めたようで、ある意味、年齢に相応しく落ち着いた楽曲が目立っているように思えた。ただ、曲はバラエティ豊かで様々な音楽的要素を含んでいるし、歌詞のメッセージ性は今という時代を反映したものになっていて、とてもその辺のミュージシャンと比較にならないほど扇情的だ。
 こういう意識感覚は、彼女の生来的なものだろう。彼女の持つ功名心や反骨心、闘争心などは年齢を重ねて言っても消えることはない。むしろ高まってきているようだ。そこがマドンナのマドンナたる所以だろうし、それを失ったらマドンナではなくなるだろう。まさにマドンナのアイディンティティが十二分に発揮されたアルバムだともいえるのだ。

 アルバムは"Medellin"という曲で始まるが、これがまた何と”チャチャ”というダンスとレゲトンというヒップホップに影響を受けたプエルトリコ産の音楽を融合したものになっていて、時代の流れに鋭敏なマドンナの嗅覚の鋭さを感じさせてくれた。タイトルは、コロンビアの第2の都市の名前を意味していて、そこで出会ったマドンナと地元の青年との恋愛という設定のもと、掛け合いで歌っている。

 地元の青年というのは、マルーマというコロンビアを代表するミュージシャンで、PVでも登場している。25歳の男性と当時59歳の女性との恋愛は、一般常識ではありえないように思えるが、そこはマドンナ、不可能はないのであろう。Maluma ちなみにメデジンはかつては麻薬王が仕切っていた都市で、治安が悪く日本人旅行者も殺害されたところだが、実際は親日家が多く、街全体でイメージ回復を図っており、2013年には「世界で最も革新的な都市コンテスト」の1位に選ばれたこともあるところだ。

 "Dark Ballet"というのはバレー音楽ではないのだが、内容がフランスの救国の英雄ジャンヌ・ダルクのことについて述べていて、確かにバレーを意識したような中盤でのブレイクや語りが挿入されている。そういう意味では、絵画的でもあり映像的でもあるのでイメージを浮かべやすい曲になっている。
 続く"God Control"は、タイトルでは"God"になっているが、PVを見ると、明らかに"Gun Control"(銃規制)のことについて歌っている。今のアメリカの現状に警鐘を鳴らしているというか、明確に反暴力、反現政権を前面に打ち出していて、マドンナらしい楽曲だ。このアルバムの中ではリズミカルでダンサンブルなものになっている。

 4曲目の"Future"ではジョージア州出身のクエイヴォというラッパーの人と共演していて、全体的にはレゲエのリズムである。ミディアム・テンポで流れて行き、ラップの部分も高速マシンガンではなく、丁寧に歌われている。このあたりが前作や前々作とは違う点だろう。B320452ec5924db690b5f3082857d435  次の"Batuka"は力強いドラムのビートから始まり、人生における問題や葛藤、宗教的な信念などが語られるが、タイトルのバトゥーカというのはアフリカの打楽器のことで、曲の導入の部分も含めて、全編にわたりこのバトゥーカが使用されている。アフリカン・ビートとでも言えばいいのだろうか。

 さらにまた問題作ともいえる"Killers Who Are Partying"では、一転してバラードっぽくなるものの、歌詞の方はセンセーショナルでもある。
「男性同性愛者が焼かれるなら
私は男性同性愛者になろう
アフリカが撃たれるなら
私はアフリカになろう
貧しいものが侮辱されるのなら
私は貧しいものになろう
子どもが搾取されるのならば
私は子どもになろう
私は自分が何者か知っている
そして自分が何ものでないかも知っている」

 こういう出だしで淡々と歌われて行く。中にイスラムが嫌われるのならイスラムになろうと言っているし、それと敵対するイスラエルに対しても庇護する姿勢を示している。まさに博愛主義者というか世界市民的な平和主義者の面も打ち出している。さすがマドンナ、このアルバムのテーマに相応しく、聖者もしくは修道女の部分を明示しているのだろう。

 "Crave"もまたバラード系の曲で、アコースティック・ギターで導かれ、途中から手拍子とスウェイ・リーというLA生まれでミシシッピー育ちのラッパーとのデュエットに繋がっていく。このスウェイ・リーという人は、レイ・シュリマーという兄弟ラッパーの弟の方で、来日経験もあるミュージシャンだ。この曲はメロディアスで美しい恋愛の曲で、マドンナのピュアな感情が切々と歌われている。このアルバムからの第2弾シングルとして発表された曲でもある。Swaelee
 一転して"Crazy"では恋愛の終わりが歌われていて、あなたは私をクレイジーと思っているのでしょうけど、もうあなたに心を乱されないわという決別の歌になっている。この曲もまたスローなバラード系で、確かに恋愛についての曲なのでおとなしめになるのかもしれないが、何となく今までのマドンナらしくないと思ってしまった。

 次の"Come Alive"では、少しビートが強調されているが、曲全体としての躍動感はない。むしろ言葉の響きが面白くて、同じ言葉を重ねて歌うところの方がリズミカルで印象的だった。むしろそちらの方に焦点があてられた曲なのだろう。この曲も4分くらいしかない短い曲だった。

 後半も他のミュージシャンとのコラボが続く。"Faz Gostoso"ではブラジル出身のアニッタという人と一緒に歌っていて、さすがブラジルだけあってブラジリアン・ミュージック全開、久々にノリのよい曲にこちらもうれしくなってしまった。このアニッタという人は若干26歳で、歌も歌うし曲も書き、踊って映画にも出演するという才女らしい。マドンナは、かつての自分の姿を彼女の中に見出したのかもしれない。Pdpj6int38kq6ktq

 "Bitch I'm Loca"では、冒頭の曲"Medellin"にも登場したマルーマが再び参加して歌っている。リズムはレゲエだが、それにマドンナの歌とマルーマのラップが絶妙に絡みついてくる。ただこの曲もミディアム調なので、ラップもそんなに早くはない。聞かせる曲として作ったのだろう。逆に、次の"I Don't Search I Find"の方がテンポが良い。ただ全体的にアンビエントなムードが漂っていて、摩訶不思議なダンス・ミュージックになっている。ブライアン・イーノ+ディスコ・ミュージックといった感じだろう。

 そして、アルバムでは最後の曲になる"I Rise"では、マドンナの決意表明が歌われている。曲の冒頭では、フロリダ州のダグラス高校で起きた銃乱射事件の生存者のスピーチの一部が引用されていて、そこから”私は立ち上がる 私は上を目指す 私たちは一緒ならできるはず”と力強いビートに乗ってマドンナは訴えてくるのであった。3分44秒しかない短い曲ながらも、そこには強いパワーが秘められている。このアルバムから第3弾シングルになった曲だった。71hplmyqlql__sl1162_

 4年振りのスタジオ・アルバムであり、還暦を迎えたマドンナではあるが、いささかの衰えはそこにはない。今回のアルバムでもソングライターとしてすべての曲に関わり、プロデューサーとしてもフランス人のミルウェイズやアメリカ人のマイク・ディーンらと協力しながら全曲に参加していた。Madonnna  ただ気がかりなのは、中盤にスローなバラード系が多く配置されていて、アルバム全体としては、今までのノリノリダンス系からしっとりとした聞かせるものになっている点だろうか。ひょっとしたら年齢が年齢だけに、キレッキレのマドンナのダンスも見られなくなるのかもという不安はある。それは今回だけの方針なのか、それとも今後こういう路線を歩んでいくのか注視していきたい。いずれにしてもマドンナ、そのメッセージ性については、どれだけ年齢を重ねていっても、括目させられるのであった。


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コメント

 還暦のロッカー、シンガー、コンポーザーのマドンナ話、興味深く拝見しました。
 私のように歳を重ねてくると"Killers who Are Partying"が最もお気に入りとなっています。
 還暦前後の女性ミュージシャンとして、ジャズ畑ではピアニスト、シンガー、コンポーザーのエリアーヌ・エリアスのアルバムをつい先日取り上げましたが、彼女は「いくつかの愛の形」を歌っていますが、こうして同世代の二人を比較してみると面白いデスね。
 ロックの持つ「社会問題意識」とジャズの「人間の愛への意識」は、かなり両者のミュージックの領域でも相対するほどの社会性の相違を如実に表しているのかもしれません。私はこの歳になってもロックの精神に心を奪われます。

投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2019年9月16日 (月) 15時06分

ただ今上に書きましたコメントですが、すみません少々追加・訂正させてください。取り上げたジャズ・ミュージシャンはEliane Eliasで、アルバムは「Love Stories」です。日本国内ではイリアーヌ・イリアスとカタカナ書きされていますのでよろしくお願いします。

投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2019年9月16日 (月) 15時18分

 コメントありがとうございました、風呂井戸さま。”還暦ロッカー”という表現が気に入りました。まさにその通り、的確な表現だと思います。マドンナのこの路線が今回限りなのか、今後も続くのか気になるところです。

 還暦をとうに超えた”古希ロッカー”のミック・ジャガーはまだステージに立って走り回っていますから、マドンナも彼を見習ってほしいものです。ちなみにミックは、心臓病のバイパス手術を昨年に受けたそうですが、手術前よりも元気だそうです。

投稿: プロフェッサー・ケイ | 2019年9月18日 (水) 20時56分

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