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2019年9月30日 (月)

スプリングスティーンの新作

 「今年上半期の印象に残ったアルバム」シリーズの第6弾は、今年の6月に発表されたブルース・スプリングスティーンの新作「ウエスタン・スターズ」である。81zgsbrhf9l__sl1417_

 このアルバムは、スプリングスティーンの19枚目のスタジオ・アルバムに当たり、前作の「ハイ・ホープス」から5年の間隔があいており、しかも全曲オリジナル曲で占められてアルバムでは、2012年の「レッキング・ボール」以来、7年振りになるという。
 しかも、楽曲が制作されていたのは2010年頃から始まって、中断を繰り返しながら2015年頃まで行っていたようだ。スプリングスティーンは多忙なミュージシャンでも知られるが、個人の趣味性の高いアルバムと、「レッキング・ボール」のような社会性や時代の空気を反映したようなアルバムとを同時並行しながら進めていったようだ。

 本来なら2016年頃に発表することも考えていたようだが、途中で長期間にわたるツアーや自伝の出版、未発表音源を加えたボックスセットの発売、さらにはニューヨークのブロードウェイでの舞台演奏などなど、様々な活動に取り組んでいて、結果的には2019年にずれ込んでしまったのである。Resize_image

 そして今回のソロ・アルバムのモチーフについては、2017年12月号の雑誌「ヴァラエティ」のインタビューで次のように述べていた。『70年代の南カリフォルニアの音楽に影響を受けている。グレン・キャンベル、ジミー・ウェッブ、バート・バカラック、そういった類のレコードだ。みんながそれらの影響を聞き取るかはわからない。でも、それが僕が心に描いたものだ。それが1枚のアルバムをまとめる特別なものをくれたんだ。(中略)このアルバムは、キャラクター主導型の曲と、広がりのあるシネマティックなオーケストラのアレンジを特徴としていた僕のソロ作品への回帰だ。宝石箱のようなアルバムなんだ』

 スプリングスティーンの口から「宝石箱」という言葉が飛び出して来るとは思っても見なかったが、それ以上に、「広がりのあるシネマティックなオーケストラのアレンジ」という言葉にも驚嘆してしまった。今までストリングスを使ったアレンジはあったが、基本的にはステージで再現できるサウンドということで、Eストリート・バンドにはピアニストを含む2人のキーボード奏者が在籍していた。だからストリングスもキーボードで再現していたのだが、オーケストラとなると話が違ってくる。

 確かに、ソロ・アルバムだからストリングスでもオーケストラでも何でもいいのだが、今までのスプリングスティーンのソロ・アルバムは、いずれもアコースティック色が強くて、オーケストラとは無縁のような気がした。だから、事前の予想では、ついにスプリングスティーンも”フランク・シナトラ化”したのではないかと危惧していたのである。

 それに上に出てきていた”ジミー・ウェッブ”や”グレン・キャンベル”などは適度にポップで適度にカントリーっぽいサウンドだったし、バート・バカラックに関してはまさにアメリカン・ポピュラー・ミュージックのヒット・メイカーであり、いまだに現役のレジェンドでもある。彼の曲の特徴としては、複雑なコード進行やオーケストラを多用したアレンジの精巧さなどが挙げられるが、そうした影響を反映しているのがスプリングスティーンの新作なのだろうか。実際に音を聞くまでは、複雑な心境だった。

 そして、アルバム「ウエスタン・スターズ」には2つの意味が込められていて、1つはそのもの通り”西部地方の星”であり、もう1つは”西部劇の映画スター”という意味だった。内容的には統一感があって、アメリカ西部をヒッチハイクする若者からあてもなく放浪を繰り返す人、アリゾナのトゥーソンからの恋人を待つ労働者、鳴かず飛ばずで年老いてしまった西部劇の役者、ハイウェイ沿いにあるカフェでの情景など、アメリカ西部を中心に映像的な情景が歌われていて、こういうところは、今までの彼のソロ・アルバム、「ネブラスカ」や「トンネル・オブ・ラヴ」、「デヴィルズ&ダスト」を踏襲しているかのようだ。

 さらに曲の登場人物においても、裕福な青年や成功した人々のことを描いてはおらず、孤独な人生を歩んでいる姿や、愛と悲しみ、人生の悲哀を背負い込みながらも希望を失わずに生きていく様子などが描写されていて、確かに時代性や社会性は反映されてはいないものの、人間としてのいつの時代でも変わらない不変性、道徳性や尊厳性などがテーマになっている。そういう意味では、スプリングスティーンの吟遊詩人のようなストーリーテリングの妙技が味わえるのである。だから、”アメリカの良心”とも言われるスプリングスティーンの本領が発揮されたアルバムといってもいいと思う。

 そして音楽性については、これは賛否両論あるに違いない。特に、オーケストラの導入に当たっては、本当に必要だったのかどうかが吟味されるだろう。個人的には、もう少しアコースティック色を強めてもらって、その上でアクセントとして導入もありかなと思ってはいるのだが、スプリングスティーンの声質とオーケストラがマッチングするのだろうかと疑心暗鬼だった。

 ただ、基本的にスプリングスティーンのソロ・アルバムは抑制されていて内向的だったし、今回はバート・バカラックの名前まで引き合いに出してアルバム作りを行っていたのだから、オーケストラが目立つのも仕方がなかったのだろう。71rtf1oltol__sl1200_

 冒頭の"Hitch Hikin'"から西部への旅が始まる。アコースティック・ギターのアルペジオから低く響くストリングスに繋がれて、その中でスプリングスティーンの声がこだましている。この曲はアルバムの導入曲だろう。そしてアルバムの方向性を示している。
 続く"The Wayfarer"から徐々にオーケストレーションが顔を出してくる。"Wayfarer"とは高速道路で料金を払う人のことを指していて、それを街から街へ流れて行くというから、”さすらい人”という意味になるのだろう。
 ここでのオーケストレーションは少し抑え気味のようで、間奏では聞かせてくれてはいるものの、あくまでも”ちょっとしたアレンジ”といった味付けだった。ただこの曲に必要なのかというと、そこは個人の見解に左右されると思った。

 アリゾナ州トゥーソンからの恋人を待つ労働者のことを歌った"Tucson Train"では、もう少しオーケストラが目立ってくる。ミディアム・テンポの曲にオーケストラが絡むとどうしても目立ってしまうようだ。ただそんなに違和感があるかというと、個人的にはそうは思わなかったが、これも個人の見解だろう。
 そしてアルバム・タイトルの曲"Western Stars"が始まるのだが、この曲は素晴らしい。かつてはジョン・ウェインとも共演した西部劇の役者が酒浸りの生活を送りながらも、いまだに端役で映画に出続け何とか糊口をしのいでいる物語だが、これがバラードのせいもあるだろうが、結構泣ける話なのである。ここでのオーケストレーションは似合っていると思った。

 軽快な"Sleepy Joe's Cafe"ではアコーディオンやオルガンも使用されていて、何となくメキシコ音楽のテックスメックスのような気がした。しかもポップなのだ。ジミー・ウェッブやグレン・キャンベルの影響を受けているのだろうか。
 "Drive Fast"には"The Stuntman"というサブタイトルがついていて、文字通り、映画やドラマのスタントマンのことを描いた曲。ゆったりとしたややスローな曲で、スタントマンとしての悲哀や先の見えない仕事への嫌悪と愛着、愛憎あわせ持った主人公の内面が丁寧に描かれていて、これもまた佳曲である。決して目立たない曲だが、こういう曲のおかげで"Western Stars"などの曲が目立つのだろう。

 土地管理の仕事を請け負い、野生の馬を追いかけている"Chasin' Wild Horses"では、スティール・ギターとオーケストラの絡みが印象的だ。オーケストラの空間的な広がりをバンジョーやスティール・ギターが支えている。こういうアレンジは、スプリングスティーンのアルバムでは珍しいのではないだろうか。
 "Sundown"とは実際の地名なのだろうか。よくわからないのだが、愛する人を待ち焦がれながらも一人で暮らしている男の姿が何とも哀愁をそそるのだが、このアルバムでは珍しくスプリングスティーンの熱唱を聞くことができる。スプリングスティーンが声を張り上げて歌えば、当然のことながらオーケストラも一緒に盛り上げようとする。こういうところは、バート・バカラックを見習ったアレンジなのかもしれない。

 一転して"Somewhere North of Nashville"では、再びアコースティック・ギターがフィーチャーされて静かなバラード調になる。ナッシュビルにやってきた男は何をしでかしたのだろうか。1分52秒と非常に短い曲でもある。
 ”今朝目覚めたら、口の中に石が入っていた。それは私がついた嘘の数でもある”と歌われる"Stones"。このバラード曲でもオーケストレーションが施されていて、重厚な作品に仕上げられていた。ただ、個人的にはできればアコースティックな作品として聞いてみたかった。そうするともっと生々しい感情が伝わってきそうな気がしたのだ。

 "There Goes My Miracle"というと何となく期待を持たせるような明るい内容のようだが、スプリングスティーンの声は高らかに響くものの、歌詞的には”私の奇跡が逃げていこうとしている、私は探している”というあまり楽しくないものだった。この時のオーケストレーションはかえって悲惨さを醸し出しているようだ。
 最初にシングル・カットされたのがメジャー調の"Hello Sunshine"だった。確かに明るいポップな曲で、ジミー・ウェッブやグレン・キャンベルが歌っても違和感はないと感じた。しかし、これも”日の光よ、ここにいてくれ”と哀願するような内容で、あえて明るく歌われている。バックのスティール・ギターとオーケストレーションがここでもマッチングしていた。

 最後の曲が"Moonlight Motel"だった。日の光の次は月光ということだろうか。この曲はエンディングを飾るに相応しいアコースティック・ギターがメインの曲だった。スプリングスティーンの西部の旅は安っぽい場末のモーテルで締めくくられるのだが、もちろんここで終わるのではなく、一休みした後、また孤独の旅路へと出かけるのだ。そのための安息の場所なのだろう。スプリングスティーンのバラードはどれも心揺さぶられるものだが、この曲もまた彼の名曲リストに加えられるのだろう。1862020190809160550 このスプリングスティーンのアルバムは、前々回のマドンナのアルバムと同じように、賛否両論だろう。特に、2曲目の"The Wayfarer"から4曲目"Western Stars"にかけてと、"Sundown"や"There Goes My Miracle"などではオーケストレーションが目立っていて、中には確かにフランク・シナトラ張りの熱唱といわれても仕方がないほどだ。
 ただ、それが似合っていないのかというと、決してそうではなくて、全体を通して聴き込めばそんなに違和感は生まれない。変な偏見が心のフィルターを汚してしまうのかもしれない。ただ、個人的には「ネブラスカ」のように、フル・アコースティック・セットで聞きたかった。あの「ネブラスカ」と比べても、メロディーや物語性などは決して遜色ないと思っている。

 そして、今後もこの方向性をたどるのかというと、決してそんなことはないだろう。あくまでも今回はジミー・ウェッブやバート・バカラックの音楽性を踏襲したもので、決してロックン・ローラーとしての自分を忘れたわけではない。思えばスプリングスティーンは、70年代の頃から数年おきに「ネブラスカ」のようなアコースティック・アルバムを発表していて、ロックン・ローラーとしての自分とシンガー・ソングライターの自分とのバランスをとってきた経緯がある。今回は、それがオーケストラをバックに歌うシンガー・ソングライターとしてのアルバムになっただけだろう。51ptop8emnl

 ちなみに、この「ウエスタン・スターズ」は全米アルバム・チャート第2位、全英アルバム・チャートでは1位を記録した。スプリングスティーンは、このアルバム用のツアーは行わずに、かわりにEストリート・バンドと一緒にスタジオでアルバムを制作し、新作を今年中にも発表するつもりでいるようだ。


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