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2019年10月

2019年10月28日 (月)

ホワイト・ストライプス

 自分はこのバンド、ザ・ホワイト・ストライプスのことは深く聴き込んだわけではないのでよくわからない。でも、このバンドやバンドに所属していたジャック・ホワイトのことについては、今のロック・シーンを語るに触れざるをえない重要なことなので、あえて今回ここに記すことにした。
 なーんて堅苦しく始まったけれども、要するに、ザ・ラカンターズつながりでここにたどり着いたというわけである。ただし、いつかはこのバンドについて触れざるを得ないだろうと思っていたことは確かで、これなくして今のアメリカン・ロックは語れないだろうと思っている。150302whitestripes640x426

 ザ・ホワイト・ストライプスが結成されたのは、1997年のミシガン州デトロイトだった。デトロイトといえば、ロックン・ロールというよりもどちらかというと、ソウル・ミュージックやラップ・ミュージックのイメージが強い街だ。モータウン・レコードもデトロイトから生まれたし、エミネムもデトロイトで育っている。

 ただし、ロックン・ロールと全く無縁の街かと言えばそうとも言えず、60年代後半にはMC5というロック・バンドが活躍していたし、イギー・ポップもミシガン州出身だった。キッスには"Detroit Rock City"という曲をヒットさせた実績もある。まあ、とにかくデトロイトには様々な音楽シーンがあったということだ。
 そんな音楽シーンを横目にザ・ホワイト・ストライプスは生まれたわけだが、当時姉弟と言われていて実際は夫婦だったメグ・ホワイトとジャック・ホワイトは、自分たち流のロックン・ロール・ミュージックを追及していた。

 デビュー当時は、メグがドラムを叩き、ジャックがギターを演奏するという姿が斬新で、自分なんかは90年代のザ・カーペンターズだなどと訳の分からないことを口走っていたのを思い出してしまった、音楽性は全く違うというのに。

 1990年代の後半は、"ロックン・ロール・リバイバル"というブームが一時的に流行していて、ザ・ホワイト・ストライプスもその流れの中で出てきたような感じになった。でも実際は、そんなブームとは関係なく、ブームがあろうとなかろうと彼らは頭角を現してきただろうし、そして売れたことは間違いないだろう。20180201164348

 彼らが売れた理由は、他にもある。一つは芳醇なアメリカン・ロックの源流の中からベーシックなものを取り上げて、それを21世紀の今の形にあうように作り替えたことだ。具体的に言うと、アメリカ人の心のどこかに潜んでいる郷愁を見つけ出し、それを揺さぶり、顕在化させたことである。もっと言うと、カントリー・ミュージックやブルーズ・ミュージック、ゴスペル・ミュージックなどをブレンドし、再解釈して提示させてくれたのである。そのセンスが、他のバンドやミュージシャンとは一線を画していたことだ。

 もう一つの理由は、リフの印象度である。彼らというかジャック・ホワイトの創造するリフの鋭さや印象度は、かの有名なジミー・ペイジのものと比べても遜色はないだろう。
 ジミー・ペイジは、自分のリフを瓶詰にして売ればかなり儲かるだろうと不遜なことをのたまわっていたが、確かにそれは否定できない。しかし、そのジミー・ペイジが、ジャック・ホワイトのギターのリフやテクニックは今のロック・シーンを代表するものであるというお墨付きを出しているわけで、如何にギタリストとしてのジャックの評価が高いかが分かると思う。だから2009年に「ゲット・ラウド」という映画で、ジミー・ペイジと共演できたのだろう。

 とにかくそんなジャック・ホワイトは、当時のデトロイトの音楽シーンがラップ・ミュージック一色に染まっていたことが嫌で嫌でたまらなくなり、自分たちで何とかしようということで、当時レストランで働いていたメグと知り合って、バンドを結成したのである。
 だから、彼らが"ロックン・ロール・リバイバル"というブームに便乗したというのは間違いで、むしろ彼らの方がそういうブームを作ろうと思っていたのだ。それで、自分たち流のカントリー・ミュージックやブルーズ・ミュージックを作り上げようとしたことが、非常に斬新だったわけである。

 彼らが2005年に発表した5枚目のアルバムに「ゲット・ビハインド・ミー・サタン」というものがある。全英・全米ともにアルバム・チャートの3位を記録し、グラミー賞では「最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム賞」を受賞しているが、このアルバムを聞くと、どういうふうにして彼らがロックン・ロールを再構築していったかがよくわかると思う。21世紀風のアメリカン・ロック・リバイバルなのである。714h1ef1okl__sl1425_

 まず冒頭の"Blue Orchid"である。ジャックはファルセットで歌い、メグが破壊的なまでにドラムを連打する。バックの演奏はギターとドラムだけで、ベース・ギターはギターで代用されている。たったそれだけのシンプルな構成なのに、一度聞いたら忘れられない"リフ"の姿がそこにあるのだ。自分はこの曲をラジオで聞いて、即購入を決意した。それくらい印象的だったし、カッコよかった。やはり、ロックン・ロールにはカッコよさが付随してこないと良くないと思っている。カッコ悪いロックン・ロールは聞きたくもないし、時間の無駄だと思う。

 この曲は最初のシングルに認定された曲で、わずか2分37秒しかないけれども、カナダではチャートの首位になり、英国では最高位9位を、米国では43位にまで上昇した。
 続く"The Nurse"ではマリンバが使用されている。マリンバだよ、マリンバ。ロック・ミュージックでは珍しい楽器だが、要するに木琴みたいなものだ。昔々、ジェスロ・タルというイギリスを代表する素晴らしいプログレッシヴなバンドがライヴで使用したことのある楽器だ。
 このアルバムでは、このマリンバが随所で使用されていて、この曲ではマリンバがメインで、ところどころに破壊的なドラムとノイジーなギターとピアノが断片的に使用されていた。こういう手法がロックン・ロールの再解釈と言われる由縁だろう。

 ジャックはマルチ・プレイヤーで、ギターからベース、ドラムにキーボードと多種多彩である。もちろんここでのマリンバもジャックが演奏していた。3曲目の"My Doorbell"はこのアルバムからの2枚目のシングルになった曲で、ミディアム調の力強いまともなロックを聞かせてくれる。ちなみにこの曲は2006年のグラミー賞にノミネートされた。

 冒頭の3曲には曲間がなく、連続して聞こえてくる。だからアルバムに疾走感が満ち溢れていて、そういう意味でも"ロックの初期衝動"を感じさせるアルバムに仕上げられている。また、スタジオにこもり、レコーディングをする中で曲を完成させていっており、しかもわずか2週間で全曲のレコーディングが終わっている。だから、オリジナルのアイデアに近い原曲の姿がむき出しにされているような感じがするのである。

 4曲目の"Forever for Her(is Over for Me)"にもマリンバが使用されていて、しかもこの曲はバラードなのだが、全く違和感なく曲とマリンバがマッチしていた。こういうセンスが天才的なのだろう、ジャック・ホワイトという人は。
 次の"Little Ghost"はアップテンポのカントリー・タッチの曲で、曲をリードしているのは、ジャックのアコースティック・ギターとメグのタンバリンだ。この2種類の楽器とボーカルだけだから、何という安上がりというか、ボブ・ディランでもデビュー当時しかこういうレコーディングはやっていないのではないだろうか。でも似合うのである、彼らの演奏となると。

 3枚目のシングルになったのが"The Denial Twist"で、これはザ・ホワイト・ストライプス流ロックン・ロール、いやブルーズ・ロックといっていいだろう。とにかく古典的なブルーズではなくて、ブルーズに影響された曲でもある。でも、ロック・ミュージックは基本的にはブルーズに影響を受けているわけで、2分35秒しかないこの曲世界には人々の情念や怨嗟、諦観などで満ち溢れているようだ。

 一転して、バラードに戻る"White Moon"もブルーズに影響を受けていて、呟くように歌うジャックの姿と音数の少ないメグのドラム、ダビングされたジャックのピアノが哀愁味を感じさせる。続く"Instinct Blues"には"Blues"という言葉が示すように、まさに現代版ブルーズだ。スローな曲調だがしなやかで、パワフルである。しかも"極端に"といっていいほど音数が少ない。ナイフで削ぎ落としたかのようにソリッドでエッジが立っている。形式は典型的なブルーズなのだが、70年代以前では想像もできないほど、モダンでメタリックだ。自分たち流の再解釈なのだろう。それに歌い方が何となくロバート・プラントに似ていた。20070619_jmc_a29_809

 "Passive Manipulation"は、メグのリード・ボーカルと若干の装飾音で飾られた曲で、35秒しかなかった。後半のエンディングへと転換する分岐点の役割を果たしているのかもしれない。それを証明するかのように"Take,Take,Take"では、再び力強いジャックのボーカルを聞くことができる。途中転調してパーカッションがリードする場面も用意されていたが、基本はジャックのボーカルだった。本当にこのアルバムでは、バックの演奏をシンプルにしていて、その結果、むき出しのサウンドを味わうことができるのだ。意図的にアレンジされたのだろう。

 11曲目の"As Ugly As I Seem"では、ジャックのアコースティック・ギターとボーカルが前面に出ていて、メロディアスでややポップな雰囲気を醸し出している。全体的にロックの初期衝動で覆われたアルバムではあるが、この曲と最後の曲だけは例外で、60年代終わりのフラワー・ムーブメントを思い出させてくれるようだった。むしろこの曲の方が万人受けすると思ったのだが、彼らはシングル向きではないと考えたようだ。

 "Red Rain"は、このアルバムの趣旨に戻ったような曲調で、再びメグとジャックの共闘体制が敷かれていく。とにかく、ジャックのエレクトリック・ギターはどこまでも破壊的で衝動的だ。それはこの曲に限ったことではなく、エレクトリック・ギターが使用されている曲ではすべてそうだ。だからその分、パワーがあり、ロックン・ロールのもつ原初的な力強さや呪縛性を改めて感じさせてくれるのである。恐るべし、ザ・ホワイト・ストライプス。

 そしてラストは、叙情的なピアノ一台をバックにジャックが歌う。"I'm Lonely(But I Ain't That Lonely Yet)"という曲は、まるでザ・ホワイト・ストライプス流"Amazing Grace"である。つまりこの曲はゴスペル・ミュージックなのである。最後まで聞いた人は心が洗われていく思いがしたに違いない。たぶんリスナーは、アルバム冒頭から曲を聴き続けるうちに、自分の人生とオーバーラップさせながら、現実生活における様々な辛苦や辛酸を思い出したに違いない。しかし、その苦しみも最後のこの曲で救われるというわけである。何となく安直なキリスト教的解釈ではあるが、ダンテの「神曲」のような、そんな荒廃さと荘厳さを兼ね備えたようなアルバムだと思っている。71x4zlb4oel__sl1260_

 というわけで、なぜザ・ホワイト・ストライプスが受け入れられたのかという意味というか理由が、このアルバムには秘められている。このアルバムだけにとどまらず、彼らの創り出す音楽には、ちょうど灰の中から生まれてきた不死鳥のように、ロックン・ロールを自分たち流に再解釈して新たに生み出していくという物語が備わっているからだ。それは既存の音楽に飽き足らなくなってきたキッズにはもちろんのこと、概ね50年代から70年代を生きてきたロック・リスナーたちにも新鮮さを伴って受け入れられていったのである。

 ザ・ホワイト・ストライプスは、残念なことに2011年に解散してしまったが、ジャック・ホワイトの再解釈の旅はまだまだ続いている。次はどんな意匠を伴ってアルバムを出して来るのか、楽しみでならない。

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2019年10月21日 (月)

ブレンダン・ベンソン

 ザ・ラカンターズのメンバーの一人であるブレンダン・ベンソンについて調べてみることにした。彼は1970年生まれだから、今年で49歳になる。生まれはルイジアナ州のハーヴェイというところで、父親は溶接工、母親はメキシカン・レストランのウェイトレスをしていたそうだ。Brendanbenson19a35a471c6641feb0aea6900f2
 彼が音楽に目覚めたのは、父親の影響らしい。父親は膨大なレコード・コレクションを擁していたようで、ブレンダンが子どもの頃からデヴィッド・ボウイやT・レックス、イギー・ポップなどの音楽を聴かせていたという。なかなかのロック通のようだ。しかし残念なことに、その父はブレンダンが7歳の時に亡くなってしまい、以降は母親によって育てられている。ブレンダンには父親のレコード・コレクションが残されたのである。

 それらの音楽の影響で、高校生になるとバンドを結成し、様々な場所で演奏するようになり、徐々に自作曲なども披露するようになって行った。高校を卒業すると、一念発起してロサンゼルスに旅立ち、音楽で身を立てようとしたがうまく行かずに様々なアルバイトをこなしながら、曲作りに励んでいった。
 彼はまたマルチ・ミュージシャンでもあるのだが、ギター以外のキーボードやベース・ギター、ドラムスなどをこなせるようになったのもこの時期の経験によるところが多い。不遇の時代を迎えても、夢をあきらめずにコツコツ努力していったから幸運の女神も微笑んでくれるようになったのだろう。

 結局彼は、26歳でデビュー・アルバムを発表することができたのだが、その時のCDの帯にはこう書かれていた。「ジェリー・フィッシュ、ベン・フォールズ・ファイヴを凌駕するメロディー・センス、サンフランシスコから彗星のごとく現れたシンガー・ソングライター、ブレンダン・ベンソンの溢れる才能を凝縮したデビュー・アルバム」51elpxxdr2l

 ジェリー・フィッシュの名前があるのは、当時同じサンフランシスコに住んでいたジェイソン・フォークナーがこのアルバムに関わっていたからだろう。彼は13曲中7曲でブレンダンと一緒に曲を書いているし、ブレンダンのデビュー・アルバムの後押ししたのも彼のおかげだと言われている。ジェイソン・フォークナーといえば、ジェリー・フィッシュのオリジナル・メンバーで、デビュー・アルバム発表後に「自分の曲が採用されないから」と言ってバンドを脱退した人でもある。たぶんジェイソンは自分と共通の何かを感じたから、ブレンダン・ベンソンの応援を買って出たのだろう。

 1996年に発表されたデビュー・アルバムは、基本的にはスリー・ピース・バンドとしてレコーディングされていて、ブレンダン・ベンソンのギター&ボーカルとウッディ・サンダースのドラム、マイケル・アンドリューズのベース・ギターというシンプルな構成だった。また、ジェイソン・フォークナーの応援のおかげだったのか、ヴァージン・レコードから発売されていて新人としては破格の扱いだった。

 しかしこのアルバムは、残念ながら売れなかった。理由は簡単でヒット曲がなかったからだ。どの曲も平均点レベルであり、悪くはないのだが、この1曲というものがないのである。アマゾンのCDレビューには一家に一枚的なことが書かれていたが、個人的には別に聞かなくても他に聞くべきものがあるんじゃないという感じで、数回聞いてお蔵入りさせていた。当時はこういう感じのアルバムが数多く出回っていて、どれを聞いても同じような感じがしたせいもあったからだろう。

 バンド形式で作られているとはいえ、基本的にはブレンダン・ベンソンのシンガー・ソングライター的な資質が発揮されているアルバムだった。1曲目の"Tea"、続く"Bird's Eye View"と、いずれも1分8秒、1分28秒と短く、曲というよりはイントロが続くみたいな感じで、構成的にはオッと言わせるものがあった。しかもこの2曲はポップだったし、2曲目と3曲目が続いていて3曲目の"Sittin' Pretty"はシングル・カットされたくらいだから、これまた耳に馴染みやすいポップな曲だった。

 続く"I'm Blessed"もパワー・ポップな曲で、躍動感がありフレッシュさを感じた。ただバラード系の"Crosseyed"が4分22秒と長くて、ここで一度澱んでしまう。あくまでも個人的な感想なのだけど、ジェイソン・フォークナーと一緒に作った曲よりも、ブレンダン・ベンソン個人の曲の方が出来栄えがいいような気がするのであった。
 例えば、アルバム冒頭の2曲もそうだし、7曲目の"Got No Secrets"などはレゲエ風のアップテンポの曲で、ノリが良いのだ。続く"How 'Bout You"などもこれぞまさにパワー・ポップともいうべき曲だったし、恋人のことを歌った"Emma J"も独特の低音のリフが印象的だった。

 だからブレンダン・ベンソンの曲だけで構成すれば、もっと売れたのではないかと思っていたのだが、そうならなかったことで、ヴァージン・レコードからは契約を切られ、次の配給元を探さないといけない羽目になったのである。

 自分は、このデビュー・アルバムと2009年に発表された4枚目のソロ・アルバム「マイ・オールド、ファミリア・フレンド」の2枚を持っていて、どちらかというと後者のアルバムの方が好きである。81kshcczuwl__sl1256_
 2009年といえば、ザ・ラカンターズが世界的な成功を収めた後になって発表したことになる。ザ・ラカンターズが結成されたのが2005年で、次の年にアルバムが発表されているからだ。ただ、この「マイ・オールド、ファミリア・フレンド」のレコーディングは2007年に行われていて、ザ・ラカンターズのファーストとセカンド・アルバムの発表の間にレコーディングされたことになる。ただ、発表されたのは2009年だから、ザ・ラカンターズの活動を一区切りした後に発表したのだろう。800x_image_20190907184801

 全11曲で40分というコンパクトな構成だが、曲の密度は恐ろしく高く、デビュー・アルバムから比べれば格段の進歩が伺えた。まずシングル・カットされた"A Whole Lot Better"からしてギターのコード・カッティングがまるでピート・タウンゼントである。もちろんテンポもよくアルバムの冒頭にはふさわしい曲だし、続く"Eyes on the Horizon"もミディアム・テンポながらも聞かせてくれる曲に仕上がっている。何しろサビのフレーズと、挿入されるギター・ソロがよく計算されていて素晴らしい。この2曲を聞けば、このアルバムを購入してよかったと誰しもが思うに違いない。

 3曲目の"Garbage Day"なんかは、まるでフィリー・ソウルである。バックのストリングスが華麗で甘くて都会的なのである。これは間違いなくヴァン・マッコイかスタイリスティックスの世界だろう。この曲もいいし、ハモンド・オルガンがフィーチャーされたバラードの"Gonewhere"もまた何となくポール・マッカートニーの匂いを感じさせてくれる。

 このアルバムから2枚目のシングルになった"Feel Like Taking You Home"はブレンダン・ベンソンとディーン・ファティータとの共作で、どことなくザ・ラカンターズのアルバムに収録できなかったアウトテイクのようだ。それにディーン・ファティータという人は、ジャック・ホワイト関係のバンドのデッド・ウェザーのメンバーでもあるし、ザ・ラカンターズのライブではキーボードも担当しているミュージシャンでもある。ザ・ラカンターズの新曲ですよといっても十分通用するだろう。

 "You Make A Fool Out Of Me"は、アコースティック色の強い曲で、ギターの弾き語りから始まり徐々に音が重ねられていく。今頃の秋の季節に聞くにはぴったりの曲だろう。この曲もバックのストリングスが美しい。70年代のシンガー・ソングライターの曲にストリングスを重ねたらこう成りましたよという曲だろう。

 後半は一転してロック調に戻る。"Poised And Ready"はまさにパワー・ポップといっていいし、何しろメロディックでカッコいいのだ。次の"Don't Wanna Talk"もミディアム調でシングアロング出来そうなメロディラインを持っているし、途中転調してアクセントも持たせている。まさにブレンダン・ベンソンの独壇場だろう。

 8曲目の"Misery"については、イギリスのパブ・ロック風で、ニック・ロウやデイヴ・エドモンズ、初期のエルヴィス・コステロの影響を感じてしまう。これまた名曲だし、この時期のブレンダン・ベンソンには汲めども尽きぬ曲のメロディやアイデアが湧き出ていたのではないだろうか。
 このアルバムの曲は1曲を除いてほとんどが3分台の曲で、その1曲というのが"Lesson Learned"という曲だった。このミディアム・バラード・タイプの曲だけは4分29秒もあり、ギターよりもキーボード(正確にいうとオルガン)が目立っていた。

 そしてアルバムの最後を飾るのがこれまたエッジの効いたロック調の"Borrow"という曲で、メロディの跳ね具合が妙にカッコいいのである。やはりロック・ミュージックは、カッコよくないと良くないよねという当たり前のことを再認識させてくれた。中間のギター・ソロはこのアルバムでも一、二を争う迫力とカッコよさを備えている。ちなみにこのアルバムは、ビルボードのアルバム・チャートでは初登場110位を記録している。71rbudpgkil__sl1257_

 やはりブレンダン・ベンソンは、自分の力でやった方がいい曲が生まれるのではないだろうか。この「マイ・オールド、ファミリア・フレンド」を改めて聞いて、これは21世紀のパワー・ポップの名盤だろうと思っている。ブレンダン・ベンソン自身はシンガー・ソングライターとしてデビューしたかもしれないが、実際はパワー・ポップの職人肌を持つロック・ミュージシャンなのである。ジャック・ホワイトとバンドを結成したのも何となくわかるような気がした。

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2019年10月14日 (月)

追悼:ジンジャー・ベイカー

 ジンジャー・ベイカーが亡くなった。享年80歳だった。病気のために亡くなったようなのだが、具体的な病名は伏せられていた。ただ、以前から心臓が悪くて、手術を受けたぐらいだから、おそらくは心臓病か、それから来る合併症だったのだろう。また長年にわたって喫煙の習慣とヘロイン中毒に悩まされていたから、その辺の事情もあるのかもしれない。4ea7b7f2

 ジンジャー・ベイカーといえば、やはりクリームだろう。エリック・クラプトンとジャック・ブルース、そしてジンジャー・ベイカーの3人で結成されたこのロック・バンドは、1966年当時は革新的で先鋭的な音楽をやっていた。レコードでは1曲3分くらいだった曲を、ステージでは20分近く演奏してしまうからだ。また、アンプを大量に配置して轟音で演奏していた。やっている音楽は、基本的にブルーズに根差したものだったが、ステージでは即興演奏、いわゆるインプロビゼーション中心だったから、必然的に時間も長くかかってしまったのである。

 基本的に、ベーシストのジャック・ブルースとドラマーのジンジャー・ベイカーは、ジャズ・ミュージシャンだった。そしてギタリストのエリック・クラプトンは、ブルーズの探究者だった。3人は対等の立場でそれぞれの楽器を通して表現の可能性を追い求め、その限界を超えようとしていた。ある意味、真剣勝負のステージだっただろうし、その緊張感たるや、言葉では言い表されられないくらいきついものだったのだろう。だから2年しかもたなかったのだと思う。Cream_clapton_bruce_baker_1960s

 そんなジャックとエリックを結び付けたのが、ジンジャー・ベイカーだった。もともとジャック・ブルースとジンジャー・ベイカーは知り合いで同じバンドにも在籍していたし、ジャズという共通するバックグラウンドがあったのだが、エリックとは面識がなかった。ジンジャーに言わせれば、この男(エリック・クラプトンのこと)と組んで活動すれば、かなり面白いことができると直感したようで、まずジャックに声をかけ、そしてエリックに迫っていった。エリック・クラプトンは同意はしたものの、自分はブルーズ・ギタリストで、ジャズ・ミュージシャンではないと最後まで認めなかったようだが、ジンジャー・ベイカーにいわせれば、ジャズもブルーズも根っこは一緒ということで、押し切ったようだ。さすがジンジャー・ベイカー、押しの強さは昔から有名だった。

 彼らの代表作に、1968年の「クリームの素晴らしき世界」という2枚組レコードがある。1枚目はスタジオ録音で、もう1枚はライヴ・レコーディングだった。スタジオ録音とライヴ録音の両方を聞き比べることができるという優れモノのレコードで、自分が手に入れたときは、両方ともよく聞いていたものである。811gi9mdgl__sl1400_  そのスタジオ録音された曲の中に、"Pressed Rat and Warthog"という曲があった。この曲を歌っていたのが、ジンジャー・ベイカーだった。歌うというよりもポエトリー・リーディングのようなものだった。もう少し早口で歌っていれば、ラップ・ミュージックと呼ばれるかもしれないが、レコードではトランペットなどの楽器も使用されていて、実験的な要素が強い曲だった。曲はジンジャー・ベイカーとマイク・テイラーの共作で、マイク・テイラーという人もジャズ系のピアノ・プレイヤーだった。そして残念ながら、マイクは1969年の1月にトーマス川で溺れて亡くなった。麻薬中毒だったから、誤って川に落ちたのではないかと囁かれている。

 ジンジャーはこの"Pressed Rat and Warthog"をライヴでは演奏しようとはせず、極力避けていた。しかし、2005年の"リユニオン・コンサート"では歌っていた。時の流れは人の気持ちも変えてしまうのだろう。513pfyw53fl
 ちなみに、この「クリームの素晴らしき世界」では、"Passing the Time"や"Those Were the Days"もジンジャー・ベイカーとマイク・テイラーの曲だった。"Passing the Time"のリード・ボーカルはジャック・ブルースだったが、エリック・クラプトンとジンジャー・ベイカーも歌っていた。ただギター・ソロなどはなく、やや前衛的でプログレッシヴな雰囲気を醸し出していた。"Those Were the Days"では、ジンジャー・ベイカーはチューベラー・ベルズも使用している。51el2txia7l

 ディスク2のフィルモア・ウエストでのライヴでは、4曲目にジンジャー・ベイカー作の"Toad"を聞くことができる。この曲のオリジナルは、1966年の彼らのデビュー・アルバム「フレッシュ・クリーム」に収められていたインストゥルメンタルで、5分の曲が16分に延ばされていた。ロック・バンドのドラム・ソロをライヴ・レコーディングするという発想は画期的なもので、ここから、特にハード・ロックの分野ではライヴ演奏におけるドラム・ソロのレコーディングが一般化していったのではないかと思われる。5169tagbyl

 それに、ジンジャー・ベイカーはツイン・バス・ドラムだったから、視覚的にも訴えるものがあったし、音楽的にも低音が強調され、タムタムやハイファットとの相性も良かった。ドラマーとしても一流なのは当然のことだが、他のミュージシャンの追随を許さない程のセンスやアイデアも秘めていた。のちに彼がアフリカン・リズムやワールド・ミュージックを追及するようになったのも、本来備わっていたリズムを追い求めるという鋭敏な感覚のせいではないだろうか。9d78353e77a3d5be439f3da46a501c02

 なぜ彼が"ジンジャー"と呼ばれたのかというと、彼の燃えるような赤い髪の毛が遠目に見ると、"生姜"のように見えたからだという。"ベイカー"は本名だが、別にパン屋ではなかった。謹んでご冥福をお祈りいたします。

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2019年10月 7日 (月)

ザ・ラカンターズの新作

 今年の上半期に発売されたアルバムで印象に残ったシリーズの最後を飾るのは、アメリカのロック・バンド、ザ・ラカンターズの「ヘルプ・アス・ストレンジャー」である。
 知っている人は知っていると思うけれど、このザ・ラカンターズというバンドは、アメリカ人ミュージシャンのジャック・ホワイトとブレンダン・ベンソンの2人を中心とした双頭バンドである。Raconteurs2018_header  ジャック・ホワイトといえば、現代ロック・ミュージックの復興の祖として崇められているように、22歳の時に当時の妻であったメグ・ホワイトとともにホワイト・ストライプを結成すると、瞬く間に全米で人気を獲得し、やがてその火は世界中へと燃え広がっていったのである。そして、2005年にはホワイト・ストライプと同時並行で、旧友同士といわれているが、ブレンダン・ベンソンほか2名とともに、ザ・ラカンターズを結成して、翌年にはデビュー・アルバムを発表してしまう。

 よほどの才能の塊なのだろう、ジャック・ホワイトという人は。2009年には専任ボーカリストを加えた新しいバンドであるザ・デッド・ウェザーも結成して、一時は3つのバンドを掛け持ちし、その合間にソロでの活動を行うというまさに八面六臂の活動を行っていた。さらには、ジミー・ペイジとU2のエッジとともに映画「ゲット・ラウド」に出演したり、ソロ・アルバムを発表しライヴ活動を行ったり、はたまた自身のレコード会社を立ち上げたりと、一体いつ休むのだろうかと周囲が不安に思うほどワーカホリックな生活を送っている。Jackwhite2920x584

 ブレンダン・ベンソンの方はというと、ジャック・ホワイトほどではないにしろ有名なミュージシャンで、1996年のデビュー・アルバム「ワン・ミシシッピー」ではいくつかの曲で、元ジェリーフィッシュのメンバーであるジェイソン・フォークナーと共作していた。それからもわかるように、どちらかというとポップでマイルドなロックンロールを志向するミュージシャンだろう。今まで6枚のソロ・アルバムを発表してきている。
 ただ、ジャック・ホワイトとは旧友といってもブレンダン・ベンソンの方が4歳ほど年上の48歳だ。そして共通する点では、ジャックもブレンダンもギターからキーボード、ドラムス、プロデューサー業と何でもこなせるマルチ・ミュージシャンということだろう。そういう点でも意気投合したのかもしれない。P01bqlwl

 それでザ・ラカンターズは、2006年と2008年にアルバムを発表しているが、何しろメンバー4人とも忙しい人たちで、セカンド・アルバム発表以降は、なかなか揃うことができずにバンド活動は停止中だった。ところが、昨年からタイミングがあってきたのか、レコーディングを開始し、11年振りのアルバムを発表後は来日公演まで行っている。やはり物事は進むときは一気に進んでいくのだろう。一気呵成とはまさにこのことである。

 このサード・アルバムに当たる「ヘルプ・アス・ストレンジャー」では、25曲から30曲ぐらいが用意され、その中から厳選された12曲がレコーディングされた。ジャック・ホワイトが言うには、『どの曲もいい感じで、一瞬でダブル・アルバムが作れる勢いだった。次のアルバムに良さそうな未完成の曲が今も手元にたくさんあるよ』と述べている。

 このアルバムは、1曲を除いて基本的にはジャックとブレンダンが曲を作っていて、まるでレノン&マッカートニーのような感じでアルバム制作に臨んだらしい。ブレンダンは雑誌のインタビューで、『お互いを補い合っているんだ。ほとんど虎と羊の関係というか、陰と陽の関係みたいなもの』と述べていた。おそらくは、ジャックが虎でブレンダンの方が羊ではないだろうか、たぶん。そしてまた今回のアルバムでは、どちらかが曲を持ってきて他の人からアイデアをもらう形で進行し、最終的にメンバー全員で音作りに加わり携わったという。

 また、7曲目の"Hey GYP"だけは、イギリスのシンガー・ソングライターであるドノバンの作品であり、1965年のシングル"Turquoise"のサイドBに収められていた曲で、イギリスのバンド、ジ・アニマルズもカバーしていた曲だった。こういうマイナーな曲をも探し出すセンスはおそらくジャック・ホワイトに起因するものだろう。彼は以前にも、シェールの"Bang Bang"やラヴの"A House is not A Motel"などを探し出してきてはカバーしているからだ。719jb78yapl__sl1200_

 もともとジャック・ホワイトという人は、古典的なブルーズやカントリー・ミュージックの再解釈に長けた人で、伝統的なブルーズの手法などを踏襲しながらもそこに現代的でノイジーなサウンドを持ち込むことで、アメリカン・ロックの再興を果たしたミュージシャンだった。だから、アナログに異常なまでにこだわっており、レコーディング機材はもちろん、ギターのエフェクト類までもアナログで済ませている。自分のレコード会社を立ち上げたと言ったが、これは文字通りレコードを中心に制作、販売を行う会社であり、CDだけでなくレコードでも自分たちの作品を発売しているのだ。

 だから、曲のフレーズやサビなども60年代風なところも目立っていて、オールド・ロック・ファンは思わず涙腺が緩くなり、歓喜の涙を流してしまうところもある。このアルバムの冒頭の"Bored And Razed"もタイトルからしてゼップの"Dazed And Confused"を思わせてくれるし、実際の音もゼッペリンぽくってカッコいいのだ。やはりロックは、カッコよくなくてはいけないというお手本だろう。メロディは素晴らしいし、リフは強力で破壊力がある。1回聞いただけでノック・アウトされてしまった。今どきこういうパワフルで印象的な曲を表現できるのは、このバンドしかいないのではないだろうか。(ちょっと言い過ぎたか)

 ブレンダンが一番気に入っている曲が"Help Me Stranger"で、ブレンダンとジャックはギターとボーカルを担当し、ベーシストのジャック・ローレンスは手でベース・ペダルを演奏し、ドラマーのパトリック・キーラーはスネアをさかさまにして叩いていたという。そういうアグレッシブというか普通でない演奏方法などもブレンダンを魅了させたのだろう。

 3曲目の"Only Child"はお約束のバラードで、アコースティック・ギターが主体になり、それにベースやドラムス、キーボードの音が重ねられていく。実はジャックがアルバムの中で一番好きな曲がこれで、メロディーのみならず歌詞も気に入っているらしい。また、ソングライティングからプロダクションまでメンバー全員で力を合わせてできた曲だと自負をしている。

 "Don't Bother Me"もユニークな曲で、"Don't Bother Me, Bother Me"と何度も繰り返すフレーズが新鮮味でもあり、同時に破壊衝動をもたらしてくれる。1曲の中に転調がいくつもあって複雑な構成になっているが、最後まで聞くと一貫してロック的だと納得できる。特に最後のギター・ソロから短いドラムの連打のところは、まるでザ・フー、しかも60年代後半のキース・ムーン在籍時の様子を想起させてくれた。この曲もまたカッコいいのである。

 ザ・ローリング・ストーンズ主演の映画のタイトルに似ている"Shine the Light On Me"はピアノのリードで始まるミディアム・テンポの曲だ。普通に演奏すればお涙頂戴のバラード風になるのだろうが、それをいったん壊してドラムとベースで盛り上げていくという力業がまさにロックンロールだろう。

 続く"Somedays"のような郷愁を覚えるようなメロディを持つ曲は、ブレンダン・ベンソン主導で作られた曲だろう。ただ、この曲も個性的である。序盤や中間のギター・ソロ後に入る轟音ギター・フレーズの方が目立っていて、ある意味、ロックの持つ衝動性や破壊性がいかんなく発揮されているのだ。普通のポップ・ソングならここまでのアレンジは必要ないだろうが、そこはやはりザ・ラカンターズである。一筋縄ではいかないのだ。

 そして"Hey GYP"が始まる。ドノバンの元歌はブルーズ調だったのだが、ここでは初期のザ・ローリング・ストーンズのようにハーモニカも使用され、躍動感のある曲に仕上げられている。黒っぽい雰囲気だし、途中のごちゃごちゃしたギター・ソロも何となく下世話で猥雑な感じがした。演奏上手なストーンズといった匂いがプンプンするのだ。

 "Sunday Driver"はファースト・シングルに選ばれた曲で、これもまたキレのあるリフとサウンドが荒々しい。中間のハーモニーがザ・ビートルズ的であり、また後半はオルガンも使用されていて、何が出てくるかわからないところがこのバンドの優れたところだろう。こういう何でもありのモダンなロックンロールというところが若者にも支持される由縁だろう。

 そのシングル化された"Sunday Driver"のサイドBが"Now That You're Gone"である。この曲はバラード・タイプの曲で、メロディアスで耳に残る曲だ。ギター主体の音作りでシングルに相応しい曲といえる。中間のギターソロがカッコいいし、ベース・ギターもしっかりと自己主張している。まさにメンバー全員で作りましたよというような曲だ。

 続く"Live A Lie"は2分20秒の短い曲で、この性急感はまるでパンク・ロックだろう。ただ単なるパンクではなくて、よく練られ考えられたパンク・ロックの曲だ。ギターのアレンジが巧みで、普通のパンク・バンドではこの表現は難しいと思う。また、エンディングがスパッと切れるところも清々しい。理想的なパンキッシュな曲構成ではないだろうか。

 "What's Yours is Mine"もリフがゼッペリンぽくって、完全に意識しているよなあという感じがした。こういう過去のお手本を参考にしながらも、そこから自分たちのオリジナリティを生み出していくという方法が、60年代を生きたオールド・ファンだけでなく今を生きる若者にまで感動と興奮を与えているのだろう。この曲も2分台と短いが、あえて長めにアレンジをせずにコンパクトにまとめているところが、現代のロックンロールの特徴のような気がする。昔のような重厚長大はヘヴィメタ部門では受けるだろうが、いわゆるオルタナティヴ・ロックでは違うのだろう。

 そしてアルバムの最後を飾るのは、"Thoughts And Prayers"だ。ロックンロール色は薄く、アコースティック・ギター主体なのだが、特徴的なのはゲスト・ミュージシャンのフィドルがフィーチャーされている点だ。また、シンセサイザーの音なのか、時々、装飾音も入ってきて曲を盛り上げている。例えていうなら、ソロになった今のロバート・プラントが好きそうなサウンドだ。エンディングのフィドル・ソロは圧巻だし、それと他の楽器との調和が見事である。エンディングに相応しい曲といえるだろう。71qlcb9dl__sl1200_

 21世紀の今となってみれば、1950年代のロックンロール誕生から2010年代までのロック・ミュージックを俯瞰できるわけで、その中でよいものや参考になるものを拾い上げていくことは簡単なことだろう。しかし、それが受けるとは限らない。そこにオリジナリティというものがないと、単なるパクリで終わってしまうからで、そんなものには洋楽ファン、特に耳の肥えたファンは見向きもしないだろう。

 ジャック・ホワイトやザ・ラカンターズが受けるのは、単なるオールド・ミュージックの焼き直しに終わらず、そこに現代的なセンスやオリジナリティを持ち込んでいるからだ。だから彼らは広い層から支持されるのである。11年ぶりの新作となったアルバムだったが、イギリスのチャートでは8位を、アメリカでは初登場1位を記録していることが何よりの証明ではないだろうか。

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