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2019年11月 4日 (月)

ホワイト・アルバム発売50周年記念盤

 ザ・ビートルズのアルバム「アビー・ロード」の発売50周年記念盤が世に出回っていて、好評のようだ。もう発売から半世紀も経ったのかと思うと感慨もひとしおだが、今回のお題はそれではなくて、昨年発売された「ホワイト・アルバム」の方である。

 話は脱線するのだが、この"白い盤"には思い出があって懐かしい。1970年代のことだが、当時のザ・ビートルズ関連のレコードは値段が高かった。他のミュージシャンやバンドのアルバムは2200円というのもあったのだが、ザ・ビートルズのアルバムはきっちり2500円したし、2枚組の「ホワイト・アルバム」にもなると5000円もしたのである。当時の配給会社である東芝EMIの戦略だろう。同じ東芝EMIのピンク・フロイドのアルバムはもう少し安かったのに。あのレッド・ゼッペリンの2枚組ライブでも3600円だったはずだ。それでも売れるのだから、さすがザ・ビートルズである。

 それで当時貧乏だった自分は、なかなか「ホワイト・アルバム」を買えないでいた。だからお小遣いを貯めようと思ったのだけれど、そのお小遣い自体がなかった。それで修学旅行で持って行ったお小遣いをなるべく使わずに持って帰り、そのお金でやっと「ホワイト・アルバム」を手に入れたのだ。何という涙無くしては語れない話だろうか。そういう意味でも、非常に意義深いアルバムだったのだ。

 それでアルバムがCD化されたときも、もちろん購入した。CDもレコードと同じ2枚組だった。その後も"ザ・ビートルズ販売戦略"は続き、モノラル盤や紙ジャケット盤、リマスター盤といろんな種類が出されたが、やっている曲自体は同じなのだからそんなものは必要ないと思っていた。ところが、2018年には発売50周年記念盤ということで、デラックス盤は6枚組+ブルーレイ盤付きで、通常盤でもCD3枚組になっていた。えっ、3枚組ってどういうこと、ボーナス・トラックがそんなにあったのかと思ってしまったのだが、実際は少し、じゃなくて、かなり違っていた。当時のデモ・トラックが20曲以上収められているということで、それならちょっと聞いてみようと思って購入したのだった。もちろん中古の輸入盤である、いまだに貧乏なのだから仕方ない。71lgdiwklgl__sl1500_   この音源は"イーシャー・デモ"と呼ばれていて、コアなファンなら昔から知っていたことだ。あの「アンソロジー・シリーズ」でも「シリーズ3」の中に一部(7曲)は収録されていたし、ブートレッグでもかなり浸透していた。ジョージ・ハリソンの"While My Guitar Gently Weeps"のアコースティック・バージョンも以前から聞いていたので知っていた。でも、こうやってまとまったもの、全27曲が一度に収録されている公式盤はなかったので、これはぜひ「一家に一枚」と思い、手に入れたのである。

 もう一度確認のために記すと、"イーシャー・デモ"とは1968年の5月に、インドからの瞑想旅行から戻ってきたメンバーが、サリー州のイーシャーという場所にあったジョージ・ハリソンのコテージに集まって、レコーディング・セッションを行った時の音源を指す。当時のジョージのコテージには本格的な、ただし4トラックのレコーディング・システム(といってもオープン・リールだった)が設置されていて、いつでも好きな時にレコーディングできた。それでも設備的には一般的なレコーディング・スタジオと変わらない音質だったという。Kinfauns_george_harrison_house

 ただ、スタジオではなかったため、持ち込める機材は限られており、ほとんどがアコースティック・ギターだった。つまり90年代に流行した"アンプラグド"の原型が、この"イーシャー・デモ"だったわけだ。さすがザ・ビートルズ、30年後のことを予想していたのか先見の明がある。
 冗談はともかく、この音源を聞くと、とても彼らの関係が険悪だったとは思えない。少なくともこの時点では、まだまだバンドという形態を保っていたし、お互いに声を掛け合ったりと、とても友好的なのが分かる。全体的に、キャンプファイヤーをしながら歌っているような感じがするし、手拍子や拍手なども入っている。曲自体もほとんど完成されていて、「ホワイト・アルバム」の中の楽曲と比べても、曲によっては全く遜色のないものもある。彼らは、インドでの瞑想旅行中、瞑想以外にほとんどやることがなかったらしく、曲ばかり作っていたようだ。だから、ポールは1ダースくらい、ジョージは6曲、ジョンは15曲くらい作ってこのイーシャーに集まったという。その曲をお互いで披露しあったのだろう。

 CDの3枚目に収録されている"イーシャー・デモ"の曲順は、「ホワイト・アルバム」の順番に似せている。このアルバムをリミックスしたジャイルズ・マーティンの意向なのだろうか、よくわからない。だから"Back in the U.S.S.R."、"Dear Prudence"、"Glass Onion"と曲は続いている。"Back in the U.S.S.R."も"Dear Prudence"もアコースティック・ギターとポール、ジョンのそれぞれのボーカルはダブル・トラックでレコーディングされている。"Back in the U.S.S.R."にはボンゴのようなシンプルなパーカッションが使われていて、たぶんオーバーダビングされたのだろう。"Glass Onion"の歌詞は一部まだ確定していなかった。  71fezkjidl__sl1123_   "Ob-La-Di, Ob-La-Da"もギター一本で演奏されているし、変なかけ声も挿入されていたが、メロディ自体は正規盤と変わりはない。"The Continuing Sory of Bungalow Bill"も手拍子が入っていて、基本はのちの「ホワイト・アルバム」と同じだが、裏声やオノ・ヨーコが歌う部分はない。"While My Guitar Gently Weeps"はややテンポが速すぎて、叙情性に欠けているが、ギター一本で歌われると、さすがに曲の芯の部分が露わになるので、確かに良い曲だとわかる。

 ジョンの"Happiness is A Warm Gun"は断片的に作った曲を繋ぎ合わせたものということが分かるし、"I'm So Tired"や"Blackbird"などは、このまま収録してもおかしくないほど、すでに体裁を整えている。ハープシコードの伴わない"Piggies"はシンプルだし、元々アコースティックだった"Rocky Raccon"は、「ホワイト・アルバム」での同曲の冒頭の部分が省略された形でレコーディングされていた。まだ未完成だったのだろう。一方で、ジョンの"Julia"はほぼ完成されているし、"Yer Blues"はやや淡白すぎて粘っこさがなかった。曲はいいのだが、ブルーズまでは昇華されていないようだ。

 "Mother Nature's Son"は完成型だし、"Everybody's Got Something to Hide Except Me and My Monkey"ではイントロのハードなエレクトリック・ギターによる演奏がないので、ラフな感じに聞こえてくる。ジョンの声も裏返っていないし、まだ未完成という感じがした。一方では、"Sexy Sadie"はほとんど完成している。"Revolution"は「ホワイト・アルバム」のそれをシングル・バージョンのテンポで演奏していて、これが「ホワイト・アルバム」ではスローになったんだなあということが分かった。この時までは、ジョンもザ・ビートルズのリーダーとしての自負もあったのではないだろうか。ジョン主導の曲の方が元気がいいような気がしたからだが、まさか1年後には解散状態になるとは思っていなかっただろう。

 ポールの作った"Honey Pie"もメロディーは完成していて、「ホワイト・アルバム」では歌詞の一部を手直ししたようだ。"Cry Baby Cry"も同様にほぼ完成しているが、アウトロの"Can You Take Me Back"は付属していない。そこはポールが後でつけ足したものだった。ジョージの作った"Sour Milk Sea"は「ホワイト・アルバム」に収録されていない。のちに当時のアップル・レコードに所属していたジャッキー・ロマックスというシンガーに、デビュー・シングルとして提供している。ちなみにこのシングルにはジョン以外のザ・ビートルズと、エリック・クラプトン、ニッキー・ホプキンスなども参加していた。

 "Junk"もまた「ホワイト・アルバム」には収録されていなくて、1970年のポール・マッカートニーのソロ・アルバムに収録された。ここでは歌詞の部分がまだ未完成で、ハミングしているところもあった。ただ、この時点でメロディ自体は完成していたから、しばらくポールが温めていたのだろう。"Child of Nature"も同じように、ジョンがのちに1971年の「イマジン」に収録したものだ。ただその「イマジン」では、曲のタイトルが"Jealous Guy"に変更されている。このデモではマンドリンやマラカスなども使用されている。ジョンといいポールといい、良い曲をストックしていたのだろうし、お互いがあの曲はザ・ビートルズ時代に作った曲をモチーフにしているとわかっていただろう。そういう意味でも二人はライバルであり、競い合っていたのかもしれない。

 "Circles"はジョージが作った曲で、この曲もまた「ホワイト・アルバム」未収録である。このCDの後半は未収録曲が並んでいる。ただ、1982年に「ゴーン・トロッポ」というアルバムにジョージ自身が収録していた。ここではハーモニウムが使用されていて、何となく瞑想用のインド音楽といった感じだ。続く"Mean Mr.Mustard"と"Polythene Pam"は「ホワイト・アルバム」には収録されなかったものの、ご存知のように「アビー・ロード」の後半のメドレーに使用されている。"Polythene Pam"は1分26秒しかなかったから、単独では使いにくかったのだろう。

 "Not Guilty"はジョージの曲だが、「ホワイト・アルバム」には使用されていないものの、のちの彼の1979年のソロ・アルバム「ジョージ・ハリソン」でやっと日の目を見ている。また「アンソロジー3」で、違うテイクの音源が使用されている。この曲だけで102テイクを要したというから、他にも違う音源があるに違いない。
 そして最後の曲"What's the New Mary Jane"はジョンが作った曲だが、ザ・ビートルズのアルバムには収録されていない。ここでは2分42秒と短いが、「アンソロジー3」では6分12秒とロング・バージョンが収録されている。たぶんオノ・ヨーコの影響を受けたせいか、実験的な要素が強く、シングルやアルバム収録には向かないと判断したのではないだろうか。Small_photosbyjohnkellyapplecorpsltd_102

 全27曲中の"イーシャー・デモ"のうち19曲が「ホワイト・アルバム」で発表されている。そして、これ以外に「ホワイト・アルバム」で初お披露目されたのは、次の11曲だった。ポールの曲が目立つ。"Wild Honey Pie"、"Martha My Dear"、"Don't Pass Me By"、"Why Don't We Do it in the Road"、"I Will"、"Birthday"、"Helter Skelter"、"Long, Long, Long"、"Savoy Truffle"、"Revolution 9"、"Good Night"

 何度も言うようだが、この時点では彼らはバンドとして機能しており、ジョンもポールも、もちろん他のメンバーも、だれもがザ・ビートルズから脱退するとか、バンドが解散するとか思っていなかっただろう。逆に、2枚組だったにもかかわらず収録されていない曲があったわけで、それ以降のアルバム用としても準備していたかもしれない。Whitealbumhero2
 このイーシャー・デモをモチーフにして、アビー・ロード・スタジオでの収録が始まったわけだが、当時の彼らはみんなが納得するまでレコーディング作業に集中していたらしく、だから何度も何度もテイクを重ねていった。"Not Guilty"が102テイクを重ねて、やっとみんなが納得したにもかかわらず「ホワイト・アルバム」やそれ以降のアルバムにも収録されなかった。自分にはその理由はよくわからないのだが、とにかく当時のザ・ビートルズは完璧主義者集団だったのだ。その完璧主義が仇になって軋轢が生じ、ギスギスした関係になっていったのだろうし、ザ・ビートルズ以外の人たち、たとえばオノ・ヨーコやアラン・クラインなどが口を挟むようになって、バンドは壊れていったのではないかと考えている。

 とにかく、こういう音源がまとまって披露されたという点では、感動ものである。長生きしてよかったと喜びを噛みしめているところだ。ただ、まだまだ音源は残っているようで、"Ob-La-Di, Ob-La-Da"だけでも47テイクもあるというのだから、きっと違うバージョンは存在するに違いない。"ザ・ビートルズの販売戦略"は、まだまだ続くのかもしれない。


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