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2019年12月

2019年12月30日 (月)

ロイネ・ストルトのザ・フラワー・キング

 "ロイネ・ストルトの"と区切っているのは、この「マニフェスト・オブ・アン・アルケミスト」というアルバムの名義が"ロイネ・ストルトズ・ザ・フラワー・キング"となっているからだ。12920008673_6f6a26aacd_b
 元のバンド名にメンバー(特にリーダー的存在か準リーダー的存在であるメンバー)の名前を付けるのはよくあることで、最近では、ジェフ・リンズ・E.L.O.とか、古くは、アンディ・スコッツ・スウィート、マーティン・ターナーズ・ウィッシュボーン・アッシュなどがある。(かなり古いな)

 これはファンならよくわかると思うけど、バンド内でメンバー間の対立があって、オリジナルのバンド名を権利関係から使用することができずに、自分の名前を冠したバンド名にしたからである。あるいは主要メンバーが事故等で亡くなってしまい、その遺志を引き継ぐ形でバンドを継続する場合もある。例えば、バッド・フィンガーやE,L&Pなどがそれに当てはまるだろう。(ジョーイ・モーランズ・バッド・フィンガーやカール・パーマーズ・E,L&Pレガシー)

 それで、この"ロイネ・ストルトズ・ザ・フラワー・キング"の場合はどうなのかというと、これはあくまでも私個人の考えなのだが、やはり"ザ・フラワー・キングス"の名称を使えなかったか、使うのを躊躇したのではないかと思っている。というのも、オリジナル・メンバーだったキーボーディストのトマス・ボーディン(最近ではトマス・ボディーンと表記される場合もあるが、ここでは昔の名前で出ています)との確執が噂されていたからだ。実際に、トマスは2015年にバンドを脱退している。726

 相手がバンドを脱退したから、別にオリジナルのバンド名を使用してもいいのではないかといわれるかもしれないが、ひょっとしたら何かしらの事情が存在しているのかもしれないし、もう一つ大事なことは、オリジナルのバンド名は"ザ・フラワー・キングス"と複数形になっているのに対して、ここでは単数形になっていることだ。
 もともと、"ザ・フラワー・キングス"というバンドは、ロイネ・ストルトの1994年のソロ・アルバム「ザ・フラワー・キング」に参加したミュージシャンを中心にして結成されたバンドだった。だからバンド名は複数形になっているのだ。それでこの「ロイネ・ストルトズ・ザ・フラワー・キング」という名義は、単数形なのだから、自分のソロ・アルバムですよということを示しているのではないだろうか。71pwqncqd2l__sl1044_

 そんなことを考えながら、このアルバムを聞いてみた。冒頭の"Rainsong"は1分27秒の短い曲で、曲というよりも口の中でつぶやくような呪術的祈りであり、すぐに2曲目の"Lost America"につながっていく。曲調はイエス的な雰囲気で始まり、途中途中で短いながらもギターやキーボードのフレーズが挿入されてくる。メロディははっきりとした幾分ポップなものだから、9分50秒もあってもとても聞きやすい曲に仕上げられている。ただし、イエスのような昇華された趣というか、試聴後のカタルシスは得られにくかった。おそらくはリズムが重くて、スピード感や疾走感が無いからだろう。また、フェイド・アウトで終わるところもピリッとしない。できれば、もっと勢いのある曲を前に置いて、そのあとにこの曲が来れば、もっとアルバム自体も引き締まったに違いない。

 "Ze Powns"も8分27秒もある長い曲だった。この曲は"Lost America"よりももっとゆったりとした曲調で、前曲同様メロディーラインは悪くないものの、やはりカタルシスは得られにくい。個人的に良かったのは、メロトロンのサウンドが印象的だったことだ。最近のプログレッシヴ・ロックのアルバムで、メロトロンの音が聞こえてくるものは少なくて、この曲を聞いてメロトロン信者としてはうれしかった。
 それにまた、曲の雰囲気としては中期のジェネシス、といってもわかりにくいので70年代半ばのピーター・ガブリエルが脱退する前のジェネシスの曲のようだった。ただし、ギターの音はこちらのロイネ・ストルトズ・ザ・フラワー・キングの方が豊かで、使用頻度が高い。自分のソロ・アルバムなのだから、目立っているのは仕方のないことだろう。

 12分31秒もある"High Road"も複雑な構成を持つ曲で転調が多く、イエス的といえばイエス的だが、これといった印象的なフレーズに欠けるようだ。内容はいまの世界の状況を憂い、変革を求めるもので、その理念は正しいと思えるのだが、曲とマッチしていないように感じた。変革を求めるのであれば、もっと緩急をつけてもいいのではないだろうか。全体的になだらかに流れていて、つまり"緩"が多くて"急"が見られない。ただし、楽器のソロについてはギターやキーボード、リズム・セクションなども適切に配置されていて、バランス的には素晴らしいと思った。そういう意味では、本家イエスと比べても遜色はないだろう。

 "Rio Grande"はインストゥルメンタルで、出だしのドラムが部族的であり、それに絡むようにキーボードやベース・ギター、エレクトリック・ギターが伴奏してくる。ちょっとしたジャズ的要素も備えていて、何となくリキッド・テンション・エクスペリメントのような雰囲気も漂わせている。途中ブレイクしたあと、オルガンやメロトロンが中心となって曲想を高めてくれる。6分過ぎからはロイネのギター・ソロも聞こえてくるのだが、基本的にはギターよりもキーボードが中心となった曲だろう。

 後半は、"Next to A Hurricane"から始まる。4分24秒と短くて、このアルバムの中ではポップなテイストを備えた曲だ。メロディーラインもわかりやすいし、一度聴いたら、なかなか忘れがたい。71dspetrpbl__sl1167_
 "The Alchemist"は7分近いインストゥルメンタル。"錬金術師"というタイトルからして、もう少しおどろおどろしいものを想像していたのだが、意外とまともだった。強いて言えば、スティーヴ・ハケット・バンドに在籍しているサックス奏者のロブ・タウンゼントのプレイがアクセントが効いていてよかった。何となくクルムゾン的でダークな雰囲気を醸し出していた。ただ、さすがにどのプレイヤーも超一流というか、緊張感では、このアルバムの中で一、二を争うほどの出来栄えではないだろうか。もう少し長く聞いていたかった。

 "Baby Angels"はタイトルからして牧歌的で、ファンタジックな印象を与えるが、曲自体もまさにその通りで、ロイネ・ストルト版"メアリーの子羊"だろう。ボコーダーをかぶせたボーカルから始まり、ボーカル主体の曲は、自分の愛しの娘か孫に向けて歌っているようだ。

 続く"Six Thirty Wake Up"もまた4分17秒と短めの曲だが、こちらは純然たるインストゥルメンタルだった。ただ、ロブ・タウンゼントの奏でるフルートがフィーチャーされていて、そういう意味では爽やかな印象を与えてくれる。途中からロイネのエレクトリック・ギターとの絡みがあって、その部分を聞くと癒されてしまった。前半の長めの曲よりは、後半のボーカル入りの曲やこういうインストゥルメンタルの方が、清涼感や緊張感があって、カタルシスを得やすいと思った。

 そして最後の曲が"The Spell of Money"だ。9分48秒と久々に長い曲の登場である。内容が金銭欲に満ちた守銭奴というか、お金の欲に人生を誤らせてしまわないようにという警告に満ちた曲だから、どことなく暗いし、気分的にも晴れない曲調だ。せっかくの後半の明るさが一転してしまい、前半のようなムードに戻ってしまう。ただ演奏部分に関しては、何度も言うように、超一流ミュージシャンのおかげで、レベルの高いものを聞くことができる。その点では恵まれていると言えるだろう。7分過ぎに一旦ブレイクしたあとは、ややボレロ調になってエンディングに向かって走り出していく。ただこれもフェイド・アウトされていくので、終わりについてはもう少しスカッとさせてほしかった。

 最後に参加ミュージシャンについて。ドラムはザ・シー・ウィズインのデビュー・アルバムにも参加しているマルコ・ミネマン。ベース・ギターも同じくザ・シー・ウィズインのヨナス・レインゴールド、サックスやフルートはロブ・タウンゼント、数名のゲスト・ボーカル、そして前半の2曲では弟のマイケル・ストルトが歌っていた。以前は1999年までザ・フラワー・キングスに所属していてベース・ギターを担当していたから、久しぶりの兄弟参加となったようだ。Maxresdefault_20191120213501

 このアルバムは2018年に発表されたが、あくまでもロイネ・ストルトのソロ・アルバムだった。そして今年の11月には本家本元のザ・フラワー・キングスのスタジオ・アルバムが発表された。その内容については、来年の2020年に持ち越すことにしようと思う。皆さん、今年もこのつまらないブログを見ていただいてありがとうございました。よいお年をお迎えください。

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2019年12月23日 (月)

ザ・シー・ウィズイン

 ロック界ではワーカホリックなミュージシャンが多くて、ポール・マッカートニーもそうだろうし、ボブ・ディランも今も世界のどこかでライヴを行っている。そして、特にプログレッシヴ・ロックの分野では、働くことが大好きなミュージシャンがいっぱいいて、古くは元イエスのジョン・アンダーソン、最近ではスティーヴン・ウィルソンや最近も取り上げたジョン・ミッチェルなどがいる。

 そして今回もまた、世の中の「働き方改革」に反する有名ミュージシャンが登場する。スウェーデン出身のロイネ・ストルトであり、彼が2018年に結成したバンド、ザ・シー・ウィズインのデビュー・アルバムについて簡単に触れることにした。

 アルバムの内容に行く前に、ともかくこのロイネ・ストルトという人は、とにかく働くことが大好きであり(というか、アイデアに富んでいて、その実現のために活動的になるのだろう)、様々なバンドに参加したり、結成したりしている。始めは1974年に、17歳でカイパというバンドに参加している。そこからスタートして、1994年にはザ・フラワー・キングスを結成して世界的に有名なバンドに育て上げているし、2000年には、元ドリーム・シアターのマイク・ポートノイやマリリオンのピート・トレワヴァス、スポックス・ビアードのニール・モーズらとトランスアトランティックを結成した。また、同時並行でエージェンツ・オブ・マーシーというバンド名でアルバムを出しているし、もちろんソロ活動も行っている。さらには同じ匂いがするのか、ジョン・アンダーソンとも交流を深め、2016年には「インヴェンション・オブ・ノリッジ」というアルバムも共同制作している。まあ、この人の活動歴を記すとなると、それだけでもそれなりの厚さの本になるくらいの活動量なのである。402f4616

 そんな人がまたまたバンドを結成して、アルバムを発表した。それがザ・シー・ウィズインであり、バンド名と同じアルバムなのだ。このバンドのメンバーもそれなりに名前が知られている人もいて、スーパー・グループとまでいかなくても、ちょっとしたビッグ・ネーム・バンドである。

 具体的に書くと、ロイネ・ストルト以外は4人いて、ベース・ギターはザ・フラワー・キングスに所属しているヨナス・レインゴールド、キーボードにはイエスのアルバムやツアーに参加したことのあるアメリカ人のトム・ブリスリン、ドラムにはドイツ出身のマルコ・ミネマンが担当している。マルコについてはザ・ミュート・ゴッズやスティーヴン・ウィルソンのところでも名前が出ていたが、ドリーム・シアターのドラマーの最終候補にもなるくらいの実力派ミュージシャンであり、今のプログレッシヴ・ロック界を代表するドラマーの一人でもある。
 そしてもう一人、ボーカル&ギター担当がダニエル・ギルデンロウだ。このダニエル・ギルデンロウという人は、知っている人は知っていると思うけど、知らない人は何も知らないというくらい有名な人で、スウェーデンのプログレッシヴ・ロック・バンドのペイン・オブ・サルヴェイションのリーダーだ。ダニエルはトランスアトランティックのツアーにも参加していたし、同郷のよしみもあってバンド結成に及んだのだろう。Press_photos_02

 2016年の秋に、ロイネは、レーベル会社であるインサイドアウト・ミュージックの社長と話し合う中で、バンド結成についてのメンバーの人選に及んだようだ。ロイネはこう述べている。『最初に、バンドメイトのヨナスの名前が挙がった。次に、トムにはぜひ加わってほしかったんだ。イエスやキャメルのライヴでは印象的なシンセを弾いていたから。マルコについては彼の大ファンだったし、ユニークなエネルギーに満ちたドラマーだと感じた。そして誰をシンガーにするかという話になって、ダニエルの名前が出てきた。彼とは何度か共演したことがあって、音域の広さとダイナミックな声質を兼ね備えたシンガーだと思えた』

 ただ5人とも多忙なミュージシャンだったし、住んでいるところも異なっていたから、簡単にバンド結成には至らなかった。それでも何とか調整を行って、2017年9月にロンドンでアルバム制作を始めた。
 バンド名については、余計な先入観を与えないように、あえて抽象的なものにしたようだが、ロイネに言わせると、日々そして人生を通じて我々が抱く思想や夢、詩、音楽、愛、恐怖などの広大な海洋が、このアルバムの中に表現されているそうだ。"内なる海"には、人間の生きていく上での様々な感情や思考が含まれている。

 さらにロイネは、このアルバムの音楽性についてもこう述べていた。『このアルバムの音楽性を説明するのは不可能だよ。プログレッシヴ・ロックからジャズ、クラシック、ヘヴィ・ロック、フォークにパンク・ロック、エレクトロニカ、ポップ…そんな多彩な影響を込めている。最高のメロディとフック、メタルの生々しさ、インプロヴィゼーション、シンフォニー、映画音楽の要素もあって、インストゥルメンタル・ジャムを加える余地も残している』71xhccs3ujl__sl1024_

 要するに、何でもありの音楽性なのだが、そのせいかデビュー・アルバムにもかかわらず、ボーナス・トラックなしの2枚組になっていた。それだけ表現欲求が強かったのだろう。冒頭の"Ashes of Dawn"は力強いメタリックなヘヴィ・ロック風だし、続く"They Know My Name"はミディアム・テンポの落ち着いた佳曲で、作詞作曲ともトム・ブリスリンが担当していた。ところで、サックスを担当しているのはゲスト・ミュージシャンのロブ・タウンゼントで、スティーヴ・ハケット・バンドに所属してレコーディングやライヴ活動を行っている。マルコつながりで参加したのだろう。

 "The Void"も2曲目と同じようなバラード風の曲で、終盤でのギター・ソロではロイネが印象的なフレーズをかき鳴らしていた。逆に、このアルバムの中で一番スピーディーでロックンロールの匂いがするのが、"An Eye for An Eye for An Eye"で、詩と曲はドラマーのマルコが創作していて、ドラム以外でもアコースティック・ギターやボーカルも担当している。マルコ・ミネマンという人は、やはり才能豊かなミュージシャンだった。曲の長さも7分もあり、後半はトムのピアノを中心としたジャズ風にアレンジされていて、再び元の急なロックンロールに戻っていく。

 "Goodbye"では、リード・シンガーが交代していて、ダニエルはバッキング・ボーカルになり、代わってテキサス出身のアメリカ人シンガーであるケイシー・マクファーソンがリードをとっている。ケイシーはフライング・カラーズというバンドのメンバーでもあり、このバンドには元ドリーム・シアターのマイク・ポートノイや元スポックス・ビアードのニール・モーズなども在籍している。ちなみに、マイクもニールもトランスアトランティックというバンドで、ロイネ・ストルトと共演していた。プログレッシヴ・ロック界は広いようで狭いのが定説になっていて、人脈図というか相関関係の図式なんかは(作る人は大変だけど)すぐに作成できてしまうのである。

 6曲目の"Sea Without"は、2分24秒という短いインストゥルメンタルで、ロイネ一人で作曲したもの。そのせいか、ロイネのギターがかなり目立っている。続く"Broken Cord"は14分を超える大作であり、ここではケイシー・マクファーソンとダニエル・ギルデンロウの2人が仲良くリード・ボーカルを務めている。曲の序盤は聞きやすい落ち着いた出だしで、ポップな要素も含んでいるが、5分過ぎからロイネのギター・ソロをきっかけに、トムのシンセサイザーもリードをとったりと、70年代風のプログレッシヴ・ロックが展開される。往年のころを知る人に取っては感動ものだろう。
 演奏が一段落して、シンセとギターをバックに歌ものに代わり、9分過ぎからはさらに落ち着いてアコースティック感が満載になってくる。こうなると、一旦落ち着かせてからエンディングに向かって再び盛り上げていくんだろうなあと察しがついてしまうのだが、逆に全然そんなことはなく、静かなうちに終わりを迎えてしまった。おいおい!そんなことでは往年のプログレ・ファンは納得しないぞ!と言っても後の祭りであった。しかも、この曲にはあのジョン・アンダーソンがゲスト参加しているらしいのだが、どのパートで歌っているのかよくわからなかった。う~ん、ちょっと残念というか、かなり困惑する展開をともなった曲なのである。

 ディスク1の最後の曲は、ロイネが作詞作曲している"The Hiding of Truth"で、ミディアム・テンポのメロディラインがはっきりした曲で、いかにも最終曲にふさわしい感じがした。華麗なグランド・ピアノを弾いているのはドリーム・シアターのジョーダン・ルーデス、リード・ボーカルはまたまたケイシー・マクファーソンが担当していた。そんなことならいっその事、ケイシーもバンド・メンバーに加えて、ダブル・リード・ボーカルにすればいいのに。一説によると、ダニエルは自分のバンドのライヴなども控えていることから、ザ・シー・ウィズインでの一部の公演ではケイシーが担当する予定になっているという。S228191781301347849_p6_i12_w960

 ディスク2の1曲目は"The Roaring Silence"という曲で、歌詞はロイネが担当し、曲はロイネとトムが作っている。8分もある曲だが、全体的に起伏に乏しく、これといった見せ場が少ないような気がした。演奏はイエスっぽいものの、もう少し各人のソロとかテクニックを披露してもよかったのではないかと思っている。

 続く"Where Are You Going?"はトムとダニエルの手によるもので、歌もの中心の曲。プログレッシヴ・ロックの曲というよりは、ポピュラー・ミュージックの範疇に属するような気がした。
 逆に、本来のプログレッシヴな展開を見せるのが次の曲の"Time"で、話しかけるような出だしから始まり、徐々に楽器が増えていき、曲が厚みを帯びてくる。ただこの曲も歌もの中心で聞かせるものになっている。トムのメロトロンのようなキーボード・サウンドが個人的には良かった。
 最後の"Denise"は、バラード曲といっていいだろう。失恋の曲だし、何となくドラマか映画の挿入曲といった感じがした。別れた恋人に対して切々と訴えるかのように歌っているダニエルのボーカルが印象的だった。71r0xizcqfl__sl1168_

 ということで、ロイネ・ストルトが中心となって結成されたザ・シー・ウィズインのデビュー・アルバムだったが、70年代のプログレッシヴ・ロックとは違って、派手なソロなどは控えられていて、その分、歌を聴かせるアルバムに仕上げられていた。それぞれのメンバーは十分に実力を備えているので、もう少し各人が自己主張してもよかったのではないかと思っている。それについては、セカンド・アルバム以降を期待したい。ただ、プログレッシヴ・ロックを継承し、今の時代に合うように発展させようとしている点については、やはり彼ららしいのではないだろうか。

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2019年12月16日 (月)

師匠と弟子によるスティーヴ・ハケットの新作

師匠:久しぶりじゃな、約1年ぶりかのお。年末が近づくと出番じゃな。

弟子:何言っているんですか、師匠。いつもは12月の最終週なのに、今回は2週間ばかり早いじゃないですか。何となくリズムが狂ってしまいますよね。師匠、何とかしてくださいよ。

師匠:そんなことを今言われてもなあ。おとなの事情でもあるんじゃろ。そんなことより、スティーヴ・ハケットがまた新しいスタジオ・アルバムを出したそうじゃな。これまた25枚目のアルバムじゃと。相変わらず精力的に頑張っておるなあ。もはやプログレッシヴ・ロック界のレジェンドじゃな。Q9jk7dloc2vbjk6m5nazir

弟子:いまさら使い古された"レジェンド"という言葉をあえて使いますか、師匠。しかも発表されたのは今年の1月ですから、新しいアルバムといってもほぼ1年前ですよ。それはともかく、むしろ"大いなるマンネリ"と言った方がいいんじゃないですか。最近は2年ごとにアルバムを発表していますけど、このところはワールドツアーの影響か、世界中の楽器を使用したりミュージシャンとコラボしたりと、アイデアの枯渇を何とかカバーしようという感じがするんですけど、気のせいですかね。

師匠:確かに気のせいじゃな。ゆっくり休んだ方がいいなあ、まだ若いから回復も早いじゃろ。だいたいじゃな、2年振りに発表しているのは、それだけ計画性があるのと創造性が発揮されている証拠じゃ。アイデアの枯渇というよりも、触発されてアイデアが湧き出ているんじゃよ。実際、70年代からのプログレッシヴ・ロック界のギタリストで、いまだにニュー・アルバムを出しているのはハケットぐらいしかおらんのじゃないかな。ギルモアは趣味の世界に走っておるし、スティーヴ・ハウやフリップ翁にはニュー・アルバムは期待せん方がいいじゃろ。

弟子:そうは言うものの、前作も今作も似たようなアイデアばかりだし、曲調も似ていますよね。前作ではブックレットにこんな風に彼の言葉が書かれていましたよ、『音楽的にわたしは常に多文化・多様性を受け入れようとしています。この新しいワックスがけともいえる方法でイスラエルとパレスチナ、アメリカとイラクを含む世界中のミュージシャンや楽器をこの新作に取り入れました』そして、今作では『このアルバムの音楽は、インド、アゼルバイジャン、アメリカ、アイスランド、スウェーデン、そしてイギリスといった国際的な素晴らしいアーティストの参加によって作られました』って、結局、同じコンセプトで作られたってことじゃないですか。

師匠:だからじゃな、2017年と19年のアルバムは双子のアルバムみたいなものじゃな。両方を貫くテーマは、世界が一つになること、世界の平和じゃろ。彼が世界中をツアーしてまわって、あらためて平和の尊さや重要性を認識したということじゃな。だから今作も音楽を通して平和の必要性を訴えようとしているのじゃ。

弟子:でも前作では11曲、ボートラを入れて13曲もあったのに、今作では10曲しかないじゃないですか。ちょっと手抜きか、もしくはアイデアが枯渇してきたんじゃないですか。

師匠:何言っとるんじゃい。たった1曲だけの違いじゃないかい。しかもボーナス・トラックも2曲入っておるし、そんなに遜色はないはずじゃ。ただ単に曲数だけをあげつらうだけでなくて、中身で見ていかんかい。曲数を絞って内容はグッと深くなっておるはずじゃ。

弟子:そうですかねえ。前作のボーナス・トラックの1曲はジェネシスの曲でしたし、曲の雰囲気も最近は似たような感じですもんね。例えば冒頭の"Fallen Walls and Pedestals"も何となくドリーム・シアターのようなメタル要素を感じさせるし、続く"Beasts in Our Time"ではサックスも使用されてますけど、これって前作でも似たような展開でしたよね。やはりマンネリ化は否めませんですよね。

師匠:恐れ多くもよくぞそんな口がきけるな。この2曲こそが今のハケットを作り上げておるんじゃ。様々なジャンルに触手を伸ばし、それらを吸収しようとする姿勢こそが"Progressive"であり、ロック・ミュージックの原点になるはずじゃろ。スティーヴ・ハケットはその原点を忘れてはおらんのじゃ。最近の若者はもっとロックの歴史を学んだほうがいいぞ。例えば、70年代のハケットなら"Under the Eye of the Sun"なんかは、アップテンポに任せて一気に聞かせてしまうだろうが、今の彼は民族楽器を使って、いったん曲をブレイクさせてしまい聞き手を混乱させるのじゃな、意図的に。そしてさらに元に戻す、これが21世紀のハケットなんじゃ。

弟子:それでも全体的にはロジャー・キングのキーボードも目立っていますし、ゲスト陣が多すぎやしませんか。もっとシンプルに、ソリッドに曲自体のよさを際立たせてほしいし、ハケット・バンドとして自分たちで演奏をしてほしかったですね。装飾過剰といった感じもしますけど...

師匠:何を言っとるんじゃい。"Underground Railroad"でのリズムのキレの見事さやギターのフィンガリングやタッピングはまだまだ現役選手じゃな、一向に衰えを感じさせないところが素晴らしいぞ。曲の構成もよく考えられておるわい。ロジャー・キングのキーボードが過剰かもしれんが、本来はキーボードというものは過剰なもんじゃ、リック・ウェイクマンなんかまさに過剰以上じゃぞ。過剰の上に目立ちすぎじゃが、ロジャー・キングのプレイは曲を際立たせておる。控えめに、かつ曲効果を狙っておるんじゃ。こういう芸当はロジャー・キングでしかできんな。だから今どき11分9秒もある"Those Golden Wings"やインストゥルメント曲の"Fallen Walls and Pedestals"、"Conflict"なんかができるんじゃ。

弟子:そうですかね、"Shadow and Flame"なんかは60年代のインド音楽にちょっと厚みを付けたという気もしますけど。ジョージ・ハリソンが聞いたら、俺のパクリだと怒りだしますよ。それに続く"Hungry Years"なんかは、バブルガム・ミュージックのようにポップ過ぎやしませんか。タイトルは"Hungry"なのに、全然ハングリー精神は見れないんですけど。明るいし、奥さんの義理の姉妹のアマンダとのデュエットもあるし、アルバムの中では完全に浮いていますよね。もっとトータル・アルバムという意識を持ってほしいですね。曲の寄せ集めといわれても仕方ありませんよ。Imagesvxcwc0s9

師匠:"Hungry Years"に関しては、ハケット自身はこう述べておるぞ。『この曲には胸を打つ切なさを湛えた1960年代の歌が持っていた純粋さへの愛、喪失、回顧そして追憶といった気持ちを込めた共感があります...これは私が少年期を過ごした時代なのです』つまり少年の日の思い出なのじゃ。温故知新じゃよ。

弟子:「少年の日の思い出」ですか、ヘルマン・ヘッセでもあるまいに。要するに年を取ってしまったということでしょ。それに"Descent"なんかは無理にボレロのリズムを利用してダークサイドを描こうとしているし、"Conflict"も混沌としていて、何を言いたいのかよくわかりません。こじつけのように最終曲の"Peace"の前に持ってきて、"Peace"との対比効果を狙っているとしか考えられないですよ。その"Peace"ですけど、この曲によって今までの無明の闇が溶けて流れ、希望ある未来が訪れるという展開なんでしょう。けど、あまりにもパターン化しすぎていて面白くないですよね。しかも途中のフレーズはニール・ヤングの"Southern Man"とほとんど一緒じゃないですか。よくぞ盗作騒ぎ、著作権の侵害にならなかったですね。

師匠:お前もよく言うよな。確かに"Southern Man"っぽく聞こえはするが、そういう曲は掃いて捨てるほどあるぞ。いまだにレッド・ゼッペリンの"Stairway to Heaven"なんかはアメリカのバンドのスピリットの曲を真似たといわれて裁判沙汰が続いておるじゃないか。そういうこともあるじゃろ。問題はそこではなくて、曲を聞いてカタルシスが得られるかどうかじゃ。このハケットのアルバムは、2年間待たされた甲斐のあるアルバムに間違いはないのじゃ、そこんとこよろしく。

弟子:最後が何故か矢沢永吉風ですけど、そうですか。ところで今までいろいろと話してきましたけど、結局、ハケットの何というアルバムだったんですかね、まだタイトルを言っていませんけど。

師匠:しまった、わしとしたことが、不覚にも告知していなかったな。スティーヴ・ハケットの25枚目のスタジオ・アルバム「アット・ジ・エッジ・オブ・ライト~光と闇の深淵にて」じゃ。 71k3hejzofl__sl1500_  弟子:やれやれ、これじゃ来年も思いやられるなあ、来年があればのお話ですが...

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2019年12月 9日 (月)

ロンリー・ロボット(3)

 さて、冬のプログレッシヴ・ロック特集の第2弾は、ジョン・ミッチェル率いるロンリー・ロボットの新しいアルバム「アンダー・スターズ」についてである。
 このロンリー・ロボット名義でのアルバムは、3部作になっている。最初は2015年の「プリーズ・カム・ホーム」、次は2017年の「ザ・ビッグ・ドリーム」で、今作は3枚目、最終作にあたる。テーマは、「宇宙飛行士の惑星間旅行」といったところだろう。

 前にも書いたけれど、ジョン・ミッチェルという人はワーカホリックな人で、所属しているバンドだけでも、フロスト*、アリーナ、キノ、イッツ・バイツ、ジ・アーベインがあり、元ジェスロ・タルのギタリストだったマーティン・バレのバンドでは歌も歌っていた。そしてソロ活動も同時並行で行っている。このロンリー・ロボットは、この3部作のアルバム制作のためのプロジェクトと考えた方がいいのかもしれない。基本はジョン・ミッチェル主導のバンドであり、すべての曲を書き、レコーディングからプロデュース、ミキシングにマスタリングまでジョンが手掛けているからだ。また、ギターとベース、キーボードにボーカルと八面六臂の活躍である。 Johnmitchell

 ロンリー・ロボットとしては、ドラムスにはクレイグ・ブランデルが3枚のアルバムを通して参加しているし、今作の「アンダー・スターズ」では、ゲスト・ベーシストとしてスティーヴ・ヴァントシスという人が、全11曲中6曲に参加していた。前作のセカンド・アルバムでは、基本的にはジョンとクレイグで制作していたから、今回は外部から人を招いたということになる。ファースト・アルバムでは多くのゲスト・ミュージシャンが参加していたから、今作では最低限のゲストを招いたということだろう。

 もともとジョンは、すべて自分の手でコントロールしたアルバムを制作してみたいと考えていて、しかも内容的には、SFを中心にした人類の進歩と発展について、プログレッシヴ・ロックとして表現していきたいと考えていた。そして、彼の考えを具現化するために、3枚のアルバムを通して展開する宇宙飛行士の旅路という物語を描いてきた。それが2015年から始まった3部作に結実したのだろう。81quc1swwfl__sl1500_

 アルバムは、交信中のノイズのようなSEで始まる。"Terminal Earth"というインストゥルメンタルで、1分55秒で終わってしまう。地球から離れ、宇宙へと旅立つ模様を描いているのだろうか。
 続く"Ancient Ascendant"はややヘヴィなリフをもとに組み立てられたボーカル入りトラックで、スペイシーなキーボードと繰り返されるリフが曲の緊張感を否が応でも高めていく。基本的に、ジョン・ミッチェルという人はギタリストだと思っているのだが、この曲では華麗なギター・ソロは含まれておらず、むしろキーボードのサウンドの方が目立っている。もちろんジョンが弾いているのだが、マルチ・ミュージシャンともなると、どんな楽器でも特にこだわることなく、何でも手にして演奏してしまうのだろう。

 3曲目の"Icarus"では無機質なビートの上を、薄っぺらいシンセサイザーの音とボコーダーを通したボーカルが流れていく。突如サビのフレーズに変化し、また元のビートに戻る。基本的にはこの繰り返しなのだが、このサビのフレーズが妙にポップでメロディアス、一度耳にするとなかなか頭の中から消えていかないという厄介さが、たぶんファンならたまらない至極の一瞬になるはずだ。

 突然"Icarus"が終わって、アルバム・タイトル曲の"Under Stars"が始まる。この曲もまたポップで耳になじみやすい。夏の夜空を眺めながら聞くと、妙に気分が高揚し、自然の摂理や宇宙、生命の尊厳さなど、普段は考えも及ばないようなことが頭に浮かんできそうだ。途中のギター・ソロもファンタジックで、さすがジョン・ミッチェルといったところだろう。デヴィッド・ギルモアほどくどくなく、かといって決して軽いわけではない。ただ少し短めなので、もっと長く聞きたいと思ってしまった。

 "Authorship of Our Lives"もまたソングオリエンティッドな曲。ミディアム・テンポながらも印象的なメロディーや、やや複雑な曲構成などが歌ものとは言え、やはりプログレッシヴ・ロックのテイストを備えている。中盤でのギター・ソロは速いパッセージを含んではいるものの、曲の趣向に合わせているといった感じで、テクニックをひけらかすのではなく、曲の印象度を高める効果を狙っているようだ。

 "The Signal"では、まるでパルス信号のようなドラムのビートと並行して、薄い雲のようなキーボードの装飾音がかかっている。バラード系の曲なのだろうが、どこか宇宙空間を浮遊しているような、そんな音響空間も提示してくれている。ボーカルがなければ、宇宙遊泳のシーンのBGMに最適だろう。81cvyrravgl__sl1500_

 7曲目の"The Only Time I Don't Belong is Now"では、イントロのギターから突如ジョンのボーカルが入ってくる。途中から転調して一気にスピードアップし、曲が流れていくが、また元に戻る。この調節というか進行をつかさどっているのが、ジョンのギターである。リードの部分は短いものの、曲の流れをうまくつかんで緩急をつけさせているし、バックに徹するときは、まるでU2のエッジのギターのように決して表には出てこないものの、抜群のタイミングでバックアップを図っている。エンディングの部分は分厚いキーボードも重なり、終局へと向かい突如として終わってしまう。まるでジョン・レノンの"I Want You"のようだ、曲調は全く違うけれど。

 "When Gravity Fails"は、まるでドラムンビートのような打楽器で始まり、クリムゾンのような激しいリフが流される。この「アンダー・スターズ」では、"Icarus"や"Under Stars"のような美メロの曲と、"Ancient Ascendant"やこの曲のような激しさを前面に出した曲と二極に分かれているのではないだろうか。この曲だけを聞けば、確かにクリムゾンのフォロワーのようなバンドやミュージシャンだろうと思われてしまうに違いない。途中のジョンのギターもグネグネしていて、つかみどころがないほど混沌としていたが、最後のソロはしっかりと聞かせてくれている。

 混沌の次は静寂なのか。"How Bright is the Sun?"は静かな出だしで始まり、徐々にリズムやキーボードが加わってくる。そしてまたこの曲のサビのフレーズも印象度が強く、こういうバラード系の曲にはピッタリとあてはまっている。またジョンのギター・ソロも伸びがあり艶やかだ。何度も言うが、ギルモアほどくどくなく、アンディ・ラティマーほど伸び切ってはいない。それでも、この曲にはこのギター・ソロでしょうという感じで、実にツボを押さえたフレージングとサスティーンが素晴らしい。

 "Inside This Machine"はインストゥルメンタルで、最初は軽妙なギターが突如として存在感を発揮し始め、ついには前面に出てきて全てをつかさどってしまう。この展開が技巧的であり修飾的でもある。そして最後は元に戻って消えていくのである。

 そして11曲目、最終曲である"An Ending"が始まる。ナレーションから曲に移り、短いフレーズが繰り返されて、ピアノとキーボードの音とともにフェイドアウトしてしまう。余韻を残す終わり方である。71gkkuigs0l__sl1200_

 輸入盤CDには、"How Bright is the Sun?"と"Under Stars"の別ミックスのバージョンが収められているが、特にこれといった違いは見られない。また、この三部作となる物語の序章が"Lonely Robot-Chapter One: Airlock"というタイトルのもと、ナレーションで語られているが、英語に疎い私にはあまり関係はないだろう、受験生には適しているのかもしれないが...

 ともかく、このアルバムもプログレッシヴ・ロックの範疇に属するものの、"歌ものアルバム"だった。ただそれが悪いというわけではなく、ドラマティックな曲展開と三部作の最後を飾るという特色にマッチしている点では、評価されるのではないだろうか。

 この"ロンリー・ロボット"というジョン・ミッチェルのバンドは、上にも書いているけれど、この三部作のアルバムを制作するために生まれたプロジェクトなのかもしれない。だから、ひょっとしたらこのアルバムを最後に解散するのかもしれないし、しばらくは活動を休止するのかもしれない。何しろ一つ場所にじっくりと腰を落ち着けておくことができないジョンだからだ。Photo_20191101214301  この三部作を私たちに残して次の場所に移動するのだろう、ちょうど宇宙を航行するスターシップのように。彼らと再び邂逅できるように、もう一度、最初の「プリーズ・カム・ホーム」からじっくりと耳を傾けていきたいと思っている。

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2019年12月 2日 (月)

ザ・ミュート・ゴッズの新作

 ザ・ミュート・ゴッズがニュー・アルバムを発表した。タイトルは「無神論者と信者」というもので、彼らにとっては3枚目のスタジオ・アルバムになった。彼らのことは2018年の1月にこのブログで詳しく紹介しているのだが、もう一度簡単に振り返ってみることにする。

 ザ・ミュート・ゴッズは3人組のバンドで、中心者はベース・ギターやスティックを担当しているニック・ベッグスだろう。彼とスティーヴ・ハケット・バンドで一緒だったキーボーディストのロジャー・キングがスティーヴン・ウィルソン・バンドにいた超絶天才的ドラマーのマルコ・ミンネマンを誘って結成された。2014年頃のお話だ。Press_photos_02lo
 このバンドを例えていうと、21世紀のU.K.もしくはラッシュの再来といっていいかもしれない。3人組という共通点だけでなく、それぞれが超一流のテクニシャンだし、静かなバラード・タイプから激しいヘヴィ・ロックまで幅広いミュージック・レンジを誇っているからだ。

 デビュー・アルバムは「ドゥ・ナッシング・ティル・ユー・ヒア・フロム・ミー」というタイトルで、2016年に発表された。セカンド・アルバムの「緩歩動物は地球を受け継ぐだろう」は翌年2017年のリリースだった。個人的な感想だが、最初のアルバムはポーキュパイン・ツリーのように幻想的かつテクニカルな雰囲気を湛えていたが、セカンド・アルバムになるとスティーヴ・ハケットのように、演奏面よりもボーカル面に力点が移ったように思えた。だから、3枚目のアルバムはどっちの方向性に行くのだろうかと興味津々でいたのだが、サード・アルバムはプログレッシヴ・ロックから大きく離れて、歌ものアルバムになったようだ。

 また、アルバムの方向性はニック・ベッグスがこのように述べていた。『このアルバムの中心となるメッセージは、真実はもはや流行していないという理由で、私たちが愚かな人間に権力を与え、教育を受け、知識のある専門家に耳を傾けていないということだ』私の理解力ではよくわからないのだが、何となく現代社会の閉塞状況を述べているようには思える。とにかく、1曲ずつ聞いて内容を確認していきたい。81d0skjreul__sl1500_

 アルバムは10曲で構成されている。一般的に、プログレッシヴ・ロックのアルバムにおいては曲数は、そんなに多くはない。イエスの「危機」は全3曲だし、クリムゾンのデビュー・アルバムは5曲しかなかった。マイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」なんかはレコードの表と裏がpart1とpart2に分かれていただけだった。

 それがこのアルバムでは10曲も収められていて、時間的にも57分27秒、3分から6分ぐらいの曲が多く、一番長い曲でも8分32秒だった。こうなると、厳しいプログレ・ファンなら、このアルバムはプログレッシヴ・ロックではないと言うかもしれない。私も微妙なアルバムだと思っている。

 1曲目の"Atheists and Believers"では、アメリカ政府が隠しているUFO関連の資料が外部に漏れないように、NASAが地球外知的生命体探査を行っているという仮説について書かれた曲のようだ。曲の感じとしてはギター・ソロやキーボードが目立つポップ・ソングといったところか。ポップと言っても売れ線狙いの歌謡曲風のようなものではなくて、メロディラインがはっきりしていて、耳になじみやすいという意味でのポップである。

 続く"One Day"はゆったりとした曲調で、何となく80年代のティアーズ・フォー・フィアーズを思い出された。この曲には、カナダのバンドであるラッシュのギタリストであるアレックス・ライフソンが参加していて、様々な弦楽器を演奏しているといわれているが、歌詞カードには12弦ギター、アコースティック・ギター、マンドリンとアンビエント・ギター担当と記載されていた。アンビエント・ギターって、ギター・シンセサイザーみたいなものだろう。要するに、アンビエントな雰囲気を醸し出すのだから。

 "Knucklehed"では、変則リズムとビンビン響くベース音(昔はチョッパー・ベースって言っていたよなあ)が強調されていて、いよいよプログレッシヴ・ロックの世界に誘ってくれるのかと期待していたのだが、やはり3分くらいまではボーカルが目立っていて、そのあとはポエトリー・リーディングのようなつぶやきが聞こえてきてキーボード・ソロへと展開していく。曲の雰囲気や展開は十分にプログレッシヴ・ロックの水準を満たしているのだが、聞き終わってみるとやっぱり歌ものだなあと感じてしまった。

 4曲目の"Envy the Dead"では、ドリーム・シアターのようなヘヴィなロック・サウンドを基盤にして、ニック・ベッグスとロジャー・キングのギター・サウンドを堪能することができる。"死者をうらやむ"というのはもちろんブラック・ジョークで、この非情な世界で生きていくよりは死んだほうがまだましだと思っている人たちの視点で作られたことから来ている。

 このアルバムには2曲のインストゥルメンタルが収められていて、そのうちの1曲が"Sonic Boom"である。この曲はリズムに注意が向けられて作られた曲で、中間部分ではレゲエ調のビートも収録されている。ドラムをたたいているのはマルコ・ミンネマンではなくて、スティーヴン・ウィルソンのバンドでドラムスを担当しているクレイグ・ブランデルという人で、ニックが彼の演奏スタイルを気に入っていてそれを意識して書かれた曲だった。81lv1m6xo3l__sl1500_

 個人的に好きな曲が"Old Man"で、もちろんニール・ヤングの曲ではない。3分45秒と短い曲で、基本はアコースティックである。特に、フルートとソプラノ・サックスがフィーチャーされていて、担当しているのはスティーヴ・ハケット・バンドのロブ・タウンゼントという人だった。曲の感触としては、キャメルか70年代のジェネシスの様で、叙情味あふれる興趣を備えている。

 次の"The House Where Love Once Lived"も穏やかなバラード風で、ニックの個人的な出来事(離婚や再婚のこと)について歌われている。完全に私小説風景が展開されていて、特に社会的メッセージ性があるものではない。こういうところが「歌ものアルバム」と私が勝手に命名した点である。ちなみに、歌っているのはもちろん自分のことだからニックで、彼はキーボードとフレットレス・ベースも担当している。途中のギター・ソロはマルコ・ミンネマンが演奏をしていた。彼はドラマーだけでなく、どうやらマルチ・ミュージシャンのようだ。

 8曲目の"Iridium Heart"はメッセージを含んだ曲だ。いま欧州を中心に(日本でもそうかもしれない)ポピュリズムの嵐が吹き荒れているが、そのルーツを歌った曲で、イントロのシンセサイザーはナチズムによって主導されたベルリン・オリンピック開会式のファンファーレをイメージしているという。ちなみにイリジウムとは原子番号77の元素のことで、単体では虹のような様々な色を発言すrといわれていて、レアメタルのひとつでもある。見かけはいいが実態としてはほとんど見られないポピュリズムのことを例えているのだろうか。また、隕石には多く含まれていて、白亜紀以降の地層には含まれていることが多く、このことから隕石の衝突で恐竜が滅んだという物証にも挙げられている。ダークな曲調がイリジウムの説明に拍車をかけているようだ。

 "Twisted World, Godless Universe"もまた、暗澹たる内容を含んでいるようで、タイトルからして希望の見えない社会を告発している。ニック・ベッグスに言わせれば、『これは人の心の中の善と悪、光と影との対決を表している』ようだが、果たして勝利するのはどちらなのか確証がないようだ。女性のボーカル・パートはニックの娘さんが歌っているとのこと。この曲もプログレッシヴ・ロック風のポピュラー・ミュージックだろう。8分32秒もある割には、楽器のソロ・パートなどはなくて、一気に終盤まで進んでしまった。もう少し各人のテクニックを発揮してほしかった。

 最後の曲"I Think of You"はインストゥルメンタルで、ニックが17歳の時に亡くなった母親ジョーンのためのレクイエムだ。母親は38歳で亡くなったという。ロジャー・キングはピアノを演奏し、ニックはウィンドチャイムを担当している。また、この曲でもロブ・タウンゼントのベース・クラリネットが哀愁さと静謐さを醸し出していて、曲に一瞬で消えていく流れ星のような儚さを添えている。The_mute_gods

 とにかくこのアルバムは、ジャンルはプログレッシヴ・ロックの範疇に収まるのだろうけれども、内容的には"歌ものポピュラー・ソング集"なのである。ただそれが高機能なテクニックを身に着けているミュージシャンたちによって演奏されているという点が、ほかのポピュラー・ミュージックのアルバムと一線を画しているのである。

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