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2020年2月 3日 (月)

ディキシー・チックス

 最近聞いたアルバムの中で、印象に残ったものを紹介しようと思った。まずは、このアルバム「テイキング・ザ・ロング・ウェイ」、制作者はアメリカ人の3人娘、ディキシー・チックスである。彼女たちの2006年のアルバムで、4枚目のスタジオ・アルバムになる。61a6verobwl__ac_

 もう今から14年も前のことになるのだが、彼女たちのことを知ったのはアルバムの宣伝でも雑誌での紹介でもなく、テレビのニュースからだった。メンバーの一人が当時の大統領だったブッシュ氏と同郷のテキサス出身であることを恥ずかしいと述べたことで、彼女たちのアルバムの不買運動やブルドーザーによる破壊などの激しいバッシングに合っているということが話題に上がっていたのだ。(当時のことを知らない人のために簡単にいうと、2001年の9・11によるテロ行為の報復としてブッシュ大統領がイラク侵攻を始めたからだった)

 この発言に対して当時のブッシュ大統領は、自由の国アメリカなのだから発言することは自由だし、その内容についても特に気にしてはいない、むしろイラクでもそういうことが自由に行われるように、アメリカが変えていくんだというようなことを述べていた(と思う)。当時のブッシュ大統領の支持率は、90%近いものがあったから余裕があったのだろう。正義の名のもとに、アメリカ人の愛国心を奮い起こし、そして世界の平和と調和を守るための戦争といわれていたのだから大儀名分を備えていたのである。

 ということで、このアルバムを発表する前の彼女たちに対する風当たりはかなりのものがあり、アルバム発表やコンサートの実施といった音楽活動の前に、彼女たちのみならず、彼女たちの家族を含む安全が脅かされるほどの危機的な状況に臨んでいた。それで自分は判官びいきというわけではないのだが、バッシングをされている彼女たちに何とかして力になってあげたいと思って、このアルバムを購入したのである。決して彼女たちが美人だからとか、セクシーだからとかいう不純な動機からではなかったのだ。Dixie_chicks

 それでこのアルバムを聞いてみてびっくりしたのは、1曲1曲の楽曲が優れていて、ディキシー・チックスというバンドは見た目だけではなくて、実力をも兼ね備えているミュージシャンたちということだった。
 以前にも彼女たちのことは、ザ・ジェイホークスのアルバム「寂れたモーテルとズッと続く道と」のところで簡単に触れたのだけれど、今回はもう少し記してみようと思った。

 もともとバンドは、カントリー・ミュージック主体の音楽をやっていた。結成は1989年と意外と古くて、人気が出るまではかなり時間がかかっており、2回ほどメンバー・チェンジも行われているようだ。もともとは4人組だったが、今では3人になっており、その中心メンバーはフィドル、マンドリン担当のマーティ・マグワイアとギター、バンジョー担当のエミリー・ロビソンで、この二人は実の姉妹にあたり、それぞれが結婚して名まえが変わっている。
 もう一人のボーカル担当がナタリー・メインズという人で、この人が1995年に加入してから徐々に人気が出始め、1998年に発表された「ワイド・オープン・スぺイシズ」は全米で1200万枚以上の売り上げを記録し、一気に名前が知れ渡っていったのである。

 それでメンバーのナタリー・メインズが、ブッシュ大統領のことについて発言したことが一気に全米中に拡散していったのだが、それはそれほど影響力のあるバンドということの証明でもあり、だからバンドに対するバッシングもそれなりに激しかったのだろう。もし、これがマイナーなバンドだったら、TVのニュースで紹介されることはなかっただろう。

 それで肝心な楽曲だが、この「テイキング・ザ・ロング・ウェイ」は14曲で構成されており、約66分もあった。冒頭の"The Long Way Around"は、カントリー・ミュージックの影響からか、アコースティック・ギターの伴奏で始まり、リズム陣が続き、スティール・ギターとバンジョーが軽快に絡んでくる。アルバム最初の曲としては申し分なくリスナーを乗せてくれており、さらにマーティの弾くフィドルが哀愁味も加えてくれる。彼女たちの持ち味というか、良いところが100%発揮されており、そういう意味ではほぼ完ぺきな楽曲だろう。

 続く"Easy Silence"はミディアム・バラードの渋い曲で、これも途中のフィドルがいい味を出している。もう少しテンポを落として、アコースティック・ギター一本で演奏すると、かなり印象に残るバラードになるのではないだろうか。
 バラードといえば、3曲目の"Not Ready to Make Nice"もそれに該当するかもしれない。ただサビの部分は力強く歌われていて、ブッシュ大統領との一件についての決意表明というか、自分たちの立場を宣言しているようだ。だから力も入るのだろう。このアルバムから最初にシングル・カットされた曲になった。

 ザ・ジェイホークスのメンバーであるゲアリー・ルーリスとの共作曲は2曲収められていて、最初は"Everybody Knows"。このディキシー・チックスのバージョンの方がよりカントリータッチが強くて、アメリカ人受けしそうだ。ちなみに2枚目のシングルにもなった曲だった。もう1曲は"Everybody Knows"の次の曲の"Bitter End"で、マーティのフィドルやエミリーのギターがフィーチャーされている。ザ・ジェイホークスの2018年のアルバム「寂れたモーテルとズッと続く道と」に収められていた原曲とほとんど違いはないが、こちらの方がバンジョーなども使用されていてカントリー・ロックといった面持ちがする。Dixiechicksmsg062003

 "Lullaby"は文字通りの静かなバラード曲で、さっきまでパワフルに歌っていたナタリーが、ここでは囁くように歌っている。しんみりとした佳曲で、秋の夜長に聞くと思わず感傷に浸ってしまいそうだ。
 逆に"Lubbock or Leave It"はリズミカルでハードなロックン・ロールで、共作者がトム・ペティ&ハートブレイカーズのギタリストだったマイク・キャンベルだった。エレクトリック・ギターだけでなく、エミリーの演奏するバンジョーもまた激しく鳴らされていた。きっとステージ上では受ける曲になるのだろう。

 "Silent House"はタイトル通りの静かな曲で、元クラウディッド・ハウスのメンバーだったニール・フィンとの共作曲だ。ニールの影響からか適度にポップで、メロディアスな部分がいつまでも耳に残ってしまう。エンディング近くのフィドルがワンポイントなっていて、一旦そこで終わり、またそこからサビの部分が始まるという凝った構成を持つ曲だ。

 "Favorite Year"にはシェリル・クロウが関わっているが、それにしてはロック色の薄い曲に仕上げられていた。ミディアム・テンポの緩いラヴ・ソングである。むしろ次の"Voice Inside My Head"の方がシェリルらしいのだが、この曲にはリンダ・ペリーという人がソングライティングに加わっていた。リンダ・ペリーという人は自分は良く知らないのだが、クリスティーナ・アギレラやグウェン・ステファニーなどに楽曲を提供しているシンガー・ソングライターのようだ。こちらの曲の方がよく練られていて、シングルカットされてもおかしくない程、豊かなメロディーと印象的なフレーズを伴っていると思った。しかもナタリーのボーカルにも艶や伸びがあり、感情がよく込められている。

 "I Like It"は明るい曲調で、彼女たちも自由に伸び伸びと演奏している。この曲もザ・ジェイホークスのゲアリー・ルーリスが参加していた。ただ曲の出来としては"Everybody Knows"や"Bitter End"の方がよくできていると思う。
 12曲目の"Baby Hold On"はいわゆるバラード・タイプの曲で、この曲にもゲアリー・ルーリスと彼の友人のミュージシャンであるピート・ヨーンが参加していた。曲のバックにはバンジョーが使用されているのだが、決してカントリー・ミュージック一辺倒というわけではなくて、カントリー風のロック・バラードといった感じだ。たぶん、途中のギター・ソロがカントリー風味を薄くしているのだろう。終わりの方の力強いボーカル・ハーモニーが、彼女たちの意志の強さを表しているようだ。

 "So Hard"もまたミディアム・テンポで歌われていて、人生は不条理でうまく行かないことが多いけれど、あなたの助けがあれば前向きに生きていけるというような内容だ。この曲もまた、彼女たちの当時の置かれた状況に対して歌ったものだろう。飾らずに率直に自分たちのことをさらけ出して歌っていたからこそ、彼女たちの人気がさらに高まっていったのだろう。

 最後の曲は"I Hope"というタイトルで、ゴスペル調の曲になっていた。もとはハリケーン・カトリーナによる被災地を救済するためのチャリティ・ソングだったもので、ブルーズ・ギタリスト兼シンガーのケブ・モーが曲作りに参加しており、レコーディングには今をときめくジョン・メイヤーがギタリストとして演奏している。また、このアルバムでは歌詞が一部手直しされており、ブッシュ政権に対する反発や反戦を含む内容になっていた。さすがディキシー・チックス、ただでは終わらないのだ。51zhlcgutxl__ac_

 このアルバムは、全米アルバム・チャート初登場1位を飾り、全米で250万枚以上売れた。先ほどの"I Hope"はグラミー賞の2部門にノミネートされたが、惜しくも受賞は逃した。逆に"Not Ready to Make Nice"は"レコード・オブ・ジ・イヤー"と"ソング・オブ・ジ・イヤー"、"ベスト・カントリー・パフォーマンス"を受賞し、アルバム自体も"アルバム・オブ・ジ・イヤー"と"ベスト・カントリー・アルバム"の2部門で受賞した。この年を飾るアルバムになったのである。

 このあとディキシー・チックスは家族との時間をとりたいということで、ツアーが終わったあと数年の間は表舞台に出ることはなくなった。やはり精神的にも疲労が重なっていたのだろう。しかし、2016年頃から活動を再開し、世界中をツアーでまわっていて、今年中には14年振りになるスタジオ・アルバムの発表が予定されている。彼女たちも40歳代後半から50歳代になるが、まだまだ頑張ってほしいミュージシャンたちである。


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コメント

 久しぶりに、思い出しました。彼女らは今はお腹が大きい状態はないのでしょうか ?。
 冗談はさておき、当時、私は彼女らのDVD「シャラップ&シング」を買って諸々検討してみたのを思い出します。結論は彼女らがこの大統領発言(2003年=大統領と同じテキサス出身であることが恥ずかしい)によるパッシングを乗り越えてゆくという立派なお話ですが、私は逆にこの如何にも立派に生きたという話でこのディクシー・チックスには興味を無くしたのでした。イラク戦争に対しての英国で最も盛り上がった反戦活動、ロンドンはデモ隊で埋め尽くされた。そんな中での彼女らのライブ。そこでの発言だったのだが・・・これは彼女らが真剣に考えた反戦の心で無いことが見え見えだったことです。ライブ会場での笑いながらのこの発言、会場に埋め尽くされたロンドン市民に対しての迎合した姿そのものだった。騒ぎがおおきくなって、あれは"ハイになっての冗談"という言い訳も空しい。むしろ何も言い訳しなければ立派だったと言える姿。
 カントリーやロックには反体制は付きものだが、それに対しての抵抗があろう事は当然ある。それを受け入れる覚悟があってミュージシャン魂だ。彼女らにはそれが真摯な姿として見れなかった。
(私の見間違いでしょうか ?)

投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2020年2月 6日 (木) 22時42分

 お久しぶりです。風呂井戸さま。貴重なお話をありがとうございました。そうですか、そういう背景があったとはつゆ知らず、このディキシー・チックスのところは書き直さないといけませんね。

 自分は、ニュースで彼女たちがバッシングをされていたのを見て擁護しようと考えたのですが、単なるリップサービスがことを大きくしたのなら、私の認識不足、買い被りであり、表層しか見ていなかったことになります。結局、身から出た錆ということでしょうか。残念です。

 しかし、風呂井戸さまの見識は深いものがありますね。改めて尊敬します。そこまでの情報収集能力については、自分には欠けているようです。

投稿: プロフェッサー・ケイ | 2020年2月 7日 (金) 23時31分

 プロフェッサー・ケイさん、コメントの追加ですみません。全くの私の個人的評価を申し上げさせて頂いただけで、ケイさんの評価が正しいのかも知れません・・・そのような流れにDVDは作り上げられています。ただ当時の問題発言の画像はしっかり残ってますし、慌てふためいた彼女らの困惑の姿も記録があります。英国ロンドンの会場は反戦ムードでいっぱいの中ですから、そう言わざるを得なかったムードに包まれていたことは事実です。そこであれだけ会場から喝采を得たのに・・・と言うのが偽らざる彼女らの現実だったと思います。しかし批判精神は大切ですし(現在の日本の若者には是非その心を養って欲しい)だからこそ、それを表明した以上は、その人の生き方が問われるのですね。
 ミュージシャンもそこに価値が求められることにも事実だと思います。

投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2020年2月 8日 (土) 09時25分

 コメントありがとうございます。個人的な考えですが、彼女たちはあまり深く考えなくて、その場で口走ったのだと思います。私は映像は見ていませんが、きっと会場はさらに盛り上がったことでしょう。

 しかし、世の中には賛成する人もいれば反対する人もいるわけで、彼女たちは一部の人たちからバッシングをくらってしまった。そしてニュースになったのですが、メディアが、つまり民主党系や政府に批判的なメディアが、それを利用したともいえるのではないでしょうか。
 ある意味、彼女たちは利用されたあるいは翻弄されたのだと思います。

 でも、風呂井戸様がおっしゃるように、プロのミュージシャンであれば、あるいは社会的な立場のある人であれば、自分の言動には責任を持たないといけません。自分の影響力を客観的に把握しておかないといけません。彼女たちにはその自覚と責任が足りなかったのだと思います。
 このアルバムのツアーのあと、彼女たちの活動は表舞台から消えました。休みを取るというのがその理由でしたが、厳しく言えば現実から逃げたのかもしれませんし、そういわれても仕方ないと思います。できれば、彼女たちなりにもっとメッセージを出してほしかったです。いい勉強になりました。改めて、風呂井戸様に感謝申し上げます。

投稿: プロフェッサー・ケイ | 2020年2月 8日 (土) 15時01分

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