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2020年3月16日 (月)

WHO

 「WHO」といっても「世界保健機構」のことではない。確かに、新型コロナウイルスは世界中に猛威をまき散らしていて、なかなか収束の道筋が見えないのだが、このブログは音楽、特に洋楽が中心なので、保健衛生とは無関係である。
 それで「WHO」とは、イギリスのロック・バンド、ザ・フーの新しいアルバムのタイトルだ。ザ・フーだぞ、ザ・フー、もう活動中止というか、永遠に活動しなくなっただろうと思っていたのに、何とまあ、ほとんど新曲でニュー・アルバムを発表してくれたのだ。これはもう奇跡的なことではないだろうか。また、チャート・アクションも良くて、英国ではアルバム・チャート3位に、米国ではビルボードで初登場2位だった。81dpka3wzql__ac_sl1400_

 何しろ元は4人組だったのに、ドラマーのキース・ムーンは1978年に、ベーシストのジョン・エントウィッスルは2002年に、それぞれ亡くなっていて、結局残ったのは、リーダーのギタリスト、ピート・タウンゼントとボーカリストのロジャー・ダルトリーの2人だけになったのだ。
 しかも現在は、ピートは74歳、ロジャーは75歳の老老コンビだったから、これはツアーはもちろんのこと、新作を期待するのは100%無理だろうと思っていた。ところがどっこい、ロック・ミュージックの神様は、不可能を可能にする力を持っていたのだ。これを世の中の人は、"奇跡"と呼ぶのだろう。

 ピートは2014年に始まった「結成50周年記念ツアー」終了後、長期の休みを取ったが、その時に、新曲をレコーディングしない限り、もう二度とロジャーと一緒にはツアーには出かけないと決心したようだ。そして、ザ・フー向けの曲は書けないけれど、ロジャー・ダルトリーのための曲ならまだまだ書けるだろうと考えて、曲を15曲準備したという。74歳にしてこの創造力、やはりロック・レジェンドは、常人とは違う何かを持っているのだろう。こういうのを世間の人は、"天賦の才"と呼ぶのだろう。

 ロジャー・ダルトリーは、送られてきた曲をピート・タウンゼントのソロ・アルバム用の曲だと勘違いしてしまい、最初はスルーしていたそうだ。それでピートから『これらの曲はお前のために書いたんだよ。おまえのための曲だ』と何度も力説されて、ついに歌うことを説得させられたそうである。もちろん説得の効果だけでなく、曲自体の出来も良かったからだろう。アルバム発表後にロジャーは、このニュー・アルバムは「四重人格」以来のベストなレコードだと言っていたからだ。2b68da21804b961b8062f34645107a40

 それにまた、曲自体の良さだけでなく、ロジャー・ダルトリーの声の調子も良かったから、レコーディングに踏み切ったのだろう。ロジャーは、2年前にソロ・アルバム「アズ・ロング・アズ・アイ・ハヴ・ユー」を発表していて、ピートはアルバムを聞いた途端、ロジャーの調子の良さを実感したそうなのだ。当時73歳ぐらいだったから、年齢を気にさせないほど良かったのだろう。

 ピートは、ザ・フーに合う音楽を書こうとしたのだが、その時、あらためて"ザ・フーとは何か"と考えたらしい。彼は、ザ・フーは存在しないと考え、今のザ・フーは自分(ピート)とロジャーだけだと思ったというのである。そして、この新作アルバムについても、『ザ・フーの今までやってきたこと』を再現すべく取り掛かったらしく、その時にザック・スターキーとピノ・パラディーノをスタジオに呼んで、一緒にレコーディングを開始したのだが、決して"ザ・フー"になることはなくて、それはあくまでもピートとロジャーとザックとピノの4人組であって、ザ・フーではないということを力説していた。なるほど、今のザ・フーは2人組のユニットというわけだ。

 それでこの13年振りのニュー・アルバム「WHO」には11曲(日本国内盤には15曲)収められている。1曲を除いて、いずれもピート・タウンゼントの作品か共作になっている。
 何しろ冒頭の"All This Music Must Fade"からしてカッコいい。カッコいいだけでなく、まさに"ザ・フー"ともいうべき作品だと思う。曲にもキレがあるし、ノリもいいし、アルバムの1曲目にふさわしいのだ。ロジャーのボーカルも全然年齢を感じさえないし、ほとんど衰えを感じさせない。これが75歳の声なのだろうか、25歳でも十分通じるのではないだろうか。さらにまた歌詞がいいのだ。
「俺は気にしない
俺はお前らがこの歌を嫌いになることはわかっている
そしてその通りだろう
俺たちは本当に仲良くやってこなかった
新しくないし、変化もない
お前らのパレードのような出来事を明るく照らしたりもしない
それはただの単純な一節さ

全てのこんな音楽は消えていくだろう
手刀の刃のように欠けていくだろう
全てのこんな音楽は消えていくだろう
ちょうど刀の刃のように欠けるだろう

俺は消えていきつつある
そして二度と戻ってこないだろう
白鳥のように
俺は本当にまったく愛想がよくない
俺はブルーじゃないし、ピンクでもない
ただの灰色で、心配症だ
そしてほんの一瞬のように見えるんだ

お前たちのものはお前たちのものさ
俺のものは俺のものなんだ」
(訳プロフェッサー・ケイ)

 この自己認識の的確さ、表現の正確さが、21世紀の今でも通用するところがすごい。さすがザ・フーであり、ピート・タウンゼントの持つ感性の鋭さの表れだろう。
 この逆の立場をとったのが、1970年代半ばに勃興したパンク・ロックの持つ意識だった。当時のパンク・ロッカーやバンドたちは、もうお前たちの時代は終わった、1曲、5分も6分もあるような曲なんか聞いていられねえ、退屈なんだよ、もっとシンプルにスパッと言いたいことを言えよ、と言っていたのだが、あれから約50年たって、この曲はそのパンク・ロックに対するアンサー・ソング的な性格をも有しているし、この曲自体、オールド・ロッカーによるパンク・ソングなのだと思う。A1967661141574498_jpeg

 つまり、ザ・フーはその表現方法の中に、パンク・ロック的な意識を内蔵しており、いつの時代にも変わらずその考えを発揮してきたのだ。1964年のデビューからずっと、意識していたかどうかは別として、体制を批判するものとして、あるいは現状維持を忌み嫌うものとしてのパンク・バンドの立場や表現を維持してきたのではないだろうか。

 以前といってももう40年近く前になるが、あるコミック誌にザ・フーを模したようなシーンがあった。主人公の男性がロンドン市内で追ってから逃げているときに、高級レストランに逃げ込んできた。そこはドレスコードがあり、ネクタイ着用じゃないと入れないところだった。主人公は着の身着のままだからネクタイなんかはしていない。困ったところに、ザ・フーと思われる風貌の一団が到着してきた。彼らも公演が終わった直後なので、ネクタイはしていない。すると、その場を察知したロジャー・ダルトリーっぽい人が、それならこれでいいだろうと言って、ロンドンブーツのひもをとって首に巻いたのだ。一本は自分用に、もう一本は主人公用に…

 いまだにこのシーンを覚えているのは、このしぐさというか対応が、いかにもザ・フーらしいからである。この機転の巧みさや旧体制に対する反抗心などが、このコミックの一コマ一コマから垣間見られたのである。このコミックを描いた人もザ・フーのもつパンク的な部分を鮮やかに切り取っていたと思っている。O0500040113562061756

 このアルバムには、そういう反骨精神が脈々と息づいている。だから新鮮に感じるのだ。2曲目もそう。"Ball And Chain"とは文字通り、囚人に着ける足枷のことだ。キューバにあるグアンタナモ収容所のことが歌われている。ニュースでも知れ渡ったように、湾岸戦争の捕虜やテロ組織の人たちが入居させられて、ひどい拷問を受けたところである。もともとの曲は、ピート・タウンゼントの2015年のベスト盤に収められていたもので、今回リリースするにあたって再録したのである。ボーカルはロジャー・ダルトリーだ。このアルバムから最初にシングル・カットされた。

 音楽的にもザ・フーの魅力があふれていて、"I Don't Wanna Get Wise"ではポップな一面を見せてくれるし、"Detour"では1曲の中に転調が目立っていて、まるで70年代のロック・オペラの超コンパクト版を聞いているかのようだ。
 また、"Beads on One String"は哀愁味を伴ったミディアムテンポの曲で、はっきり言って"美しい曲"だ。こういう"美しさ"は今どきのロック・バンドでは表現できないのではないだろうか。単にメロディラインが綺麗だというだけでなく、曲の持つ雰囲気やアレンジなど、曲全体が美しいのである。最近のコールドプレイにも、こういう曲をやってほしかったと思ってしまった。

 またストリングス付きのロック"Hero Ground Zero"にはこう表現されている。
「俺はヒーローだ
グラウンド・ゼロ
最後はどんなリーダーも
ピエロになってしまう

あるゆるロック・スターは
映画を作りたがる
しかし闇の方が
光より安全なんだ

俺は戻るつもりはない
洒落た音楽に
この昔の丘の頂上から
飛び立つのさ」

 このアルバムには、テーマもコンセプトもストーリーもないとピート・タウンゼントは言っていた。ただピートと弟のサイモンが、歌声を新たに甦らせたロジャーのために刺激とやりがいと展望を与えようと書いた曲を集めたと述べていたのだが、ザ・フー流のバラード曲である"I'll Be Back"については、ロジャーは気に入ったものの、自分には歌えないと思ったようで、この曲のボーカルについてはピート・タウンゼントが担当していた。ザ・フーとモータウン・サウンドのハイブリット版である。

 ピートの弟のサイモン・タウンゼントが書いた曲が"Break the News"であり、テンポの良いアコースティック・ギターをバックに歌われていて、この曲もなかなかの佳曲である。途中のギターのアルペジオやハンド・クラッピングもいい味を出しているし、ハードなイメージのあるザ・フーにしては意外性があってよかった。

 "Rockin' in Rage"には、タイトル通りの憤りというか怒りが込められていて、まさに60年代後期にザ・フーが歌っていたような曲の再現だった。それに、単なる"怒り"だけでなく、それに至るまでの過程も含まれていて、最初から最後までハードであるならば、それはハード・ロックになってしまうが、ザ・フーの場合は緩急をつけた"ハード"なのである。昔からのファンならわかってもらえると思う。

 "She Rocked My World"は、異国情緒が味わえる想定外の曲だ。何となく南欧州の雰囲気で、アル・ディ・メオラが出てきてもおかしくはない。どこかでギター・ソロでもあるのかと思っていたけど、何もなかった。もともとザ・フーには長いギター・ソロなんかないし、むしろカッティングのキレの良さや曲全体の調和が美点だったから、それはそれでいいのだろう。

 確かにこのアルバムには、テーマやコンセプトはないかもしれない。また、壮大なスケールの曲も含まれていないだろう。でも、強いてあげるなら、60年代の生き残りバンドから今を生きる若者(もしくは全世代)に向けての強力なメッセージが含まれたアルバムに違いない。それは、我々60年代組は、こういう風にサバイバルしてきて、こんな決意をしているんだよ、お前たちはどう生きていくんだいと挑戦状をたたきつけているようだ。190313_rg_the_who_shot_1_042

 恐るべし、ザ・フーである。こんな爺さんたちにどう立ち向かえばいいのだろうか、どう応えればいいのか、乗り越えて行けるすべはあるのか、考えさせてくれるアルバムでもある。


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