ヴァン・ヘイレン

 8月もいよいよ終わりに近づいてきた。今年の夏は天候不順で、日照時間が少なかったようだが、暑さだけは相変わらずである。残暑厳しき折とはまさに今のような時期にふさわしい言葉である。

 それで夏といえば“ハード・ロック”である。それでこの頃は“アメリカン・ハード・ロック”について書いてきた。本当は前回で最後にするつもりだったのだが、“おまけ”としてやはりこのバンドは避けて通れないということで、1978年にデビューしたヴァン・ヘイレンについて述べてみたい。

 当時のアメリカは、日本でもそうだが、パンク/ニュー・ウェイヴかディスコ・ミュージックが流行っていて、ハード・ロックなどはさっぱりだった。せいぜいリッチー・ブラックモアが結成したレインボーくらいだろうか日本で流行っていたのは。しかしアメリカ市場ではリッチーの手腕をしても売れなかった。彼らがアメリカで注目され始めるのは1979年「ダウン・トゥ・アース」発表後からであった。

 そういうハード・ロック不毛の地で、めざましい評価と圧倒的な注目を集めたバンドがあった。それが4人組のバンド、ヴァン・ヘイレンだったのである。

 彼らはヴァン・ヘイレン兄弟を中心にカリフォルニアで結成されたバンドだった。もともとは兄のアレックス・ヴァン・ヘイレンがギターを、弟のエドワードがドラムスを練習していたのであるが、弟がドラムの借金を返すためにアルバイトをしている間に、兄のアレックスがドラムを叩き始めて、その結果兄がドラムス、弟がギターを担当するようになったといわれている。

 それはともかく、アメリカ中の若者がディスコ・ミュージックに飽きて、新しい音楽に飢えているときに彗星のように登場してきたのである。そういうタイミングもよかったのかもしれない。もしくは歴史に残るミュージシャンやバンドは、そういう星のもとに生まれてくるのであろうか。

 とにかく1stアルバム「炎の導火線」は衝撃的だった。それまでの既存のハード・ロック・バンドとは違って、曲が短くシンプルで、その分逆にインパクトがあった。そして何よりギタリストのエドワード・ヴァン・ヘイレンの演奏するギターの音に痺れ、衝撃を受けたのである。

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アーティスト:Van Halen
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 今ではライトハンド奏法といえば、その辺のアマチュア・ミュージシャンでも知っている演奏法だが、当時は斬新で革命的な出来事だった。プロのミュージシャンでも1stアルバムの"暗闇の爆撃"には驚かされ、どうやって演奏しているのかわからなかったといわれている。

 のちにこの演奏については、ジェネシスのスティーヴ・ハケットの方が早く始めたというのがわかったのだが、その当時はそういう呼び方は無かったし、世の中に認知させた功績ではエドワード・ヴァン・ヘイレンの方に軍配が上がるであろう。問題は誰が始めたかではなく、誰が広めたかではないだろうか。

 またボーカル担当のデヴィッド・リー・ロスの“エビ反る姿”(いまでは死語!)やジャンプしてほぼ180度開脚する姿をジャケットや写真で見るにつけ、なんとまあ若々しいのだろうと思ったりもした。

 彼らは最初はブルーズを基本とするバンドだと思っていた。デビュー・シングルがキンクスの"You Really Got Me"だったし、同じ1stにはもうひとつのブルーズのカヴァー曲"Ice cream Man"もあったからだ。

 しかしMTVの興隆とともに、徐々に彼らは方向転換を行い、よりポップに、より売れることをめざしていった。その象徴となるアルバムが1984年に発表されたアルバム「1984」だった。

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アーティスト:ヴァン・ヘイレン
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このアルバムからは"Jump"が初めて全米No.1になったし、アルバム自体も20世紀の終わりまでに1000万枚以上の売り上げを記録するというモンスター・アルバムになった。

 しかし、このアルバムを最後にオリジナル・メンバーでグループの顔でもあったボーカリストのデヴィッド・リー・ロスは自己のキャリアを追及するために脱退した。後任には元モントローズのボーカルを担当していたサミー・ヘイガーが加入することになったのである。

 彼の加入によって、バンドはさらに上昇し、高度安定期に入った。自分は個人的にはマッチョでおバカなふりをするデヴィッド・リー・ロスより、経験と分別のあるサミー・ヘイガー加入後のヴァン・ヘイレンが好きだった。
 事実、初めての全米No.1アルバムは、サミーが加入して初めて発表されたアルバム「5150」だったし、シングルでも"Why Can't This Be Love"、"Dreams"、"Can't Stop Lovin' You"、"Poundcake"などなど数々の大ヒット曲があったからである。

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アーティスト:ヴァン・ヘイレン
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2005/08/24
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 サミー・ヘイガーは1996年に脱退し、エドワードも喉頭癌にかかり、バンドは解散状態に陥った。以後、ボーカリストが代わったり、デヴィッドやサミーが出たり入ったりして、定まらない状態にあるようだ。

 またオリジナル・メンバーのベーシスト、マイケル・アンソニーがくびになり、代わりにエドワードの息子のヴォルフガングがベーシストとして加入したりと何かと慌しいようである。
 ちなみに息子のヴォルフガングは今年で18歳ということらしい。メンバーが固定してもこの状況では、ニュー・アルバムの発表などは難しいようである。やはり20年以上も一緒にやれば人様にはわからない事情も抱えているのであろう。

 とにかく四半世紀にわたって、カリフォルニアのハード・ロック・バンドからアメリカを代表する、いや世界のハード・ロック界を代表するバンドに上り詰めたヴァン・ヘイレンである。ロックの歴史の1ページを築いた偉大なるバンドといっても間違いないと思うのである。

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ブルー・オイスター・カルト

 70年代のアメリカン・ハード・ロック・バンドについてのコメントが続いているのだが、今回は最後にアメリカ東海岸を代表するバンド、ブルー・オイスター・カルト(以下BOCと略す)について述べさせてもらうことにした。

 このバンド、アメリカン・ロック史上で初めてヘヴィ・ロックという呼び名が使われたバンドといわれているのだが、実際はちょっと違う気がする。バンドのプレゼンテーションとしては有効だったかもしれないが、アルバムを聞くだけではハード・ロックと呼ぶにしても無理があると思う。

 彼らの1stアルバム「ブルー・オイスター・カルト」は1972年に発表された。音的にはハード・ロックというよりも、普通のロック・バンドが演奏しているという感じである。
 彼らが有名になったのは、音楽性よりもその歌詞の持つ世界観が今までに無いものを含んでいたからであった。

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 アルバムの曲の邦題を見るとわかるように、彼らの歌詞には“悪魔”、“地獄”、“汚れた天使”などの言葉を含むオカルト的な世界観や終末観が描かれていた。この路線はアルバムを発表するごとに深くなっていった。要するに“アメリカ版ブラック・サバス”といった感じである。

 彼らにもサンディ・パールマンという黒幕がいて、彼は詩人でありながらBOCをマネージメントし、曲作りやアルバム・プロデュースにも参加している。バンドのこういう方向性はこのサンディ・パールマンが掌握していた。

 ところがアルバム・ジャケットや歌詞はダークで黙示的な世界観に満ちているのだが、音的には結構明るくて、ニュー・ヨーク出身のバンドには思えないのである。
 また印象に残るようなメロディやリフも少なく、目立つギター・ソロも皆無に等しいといった感じである。はっきり言って、当時はどこがいいのかよくわからなかった。

 彼らがメジャーになるのは1976年に発表されたアルバム「タロットの呪い」がヒットしたからである。このアルバムに収められていた曲"The Reaper"が全米12位のヒットとなり、日本でもブレイクした。

Agents of Fortune Music Agents of Fortune

アーティスト:Blue Oyster Cult
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 このアルバムでも“懺悔”、“死神”、“吸血鬼”などの言葉が飛びかい、相変わらずの暗くて暴虐的な言葉が綴られている。

 だから彼らの音楽は、ある意味、歌詞と曲調がアンビバレンツな感じになっていて、そこが受けた原因の一つかもしれない。
 また、当時の音楽雑誌にも写真付きで載っていたのだが、彼らはライヴ・バンドとして定評があったようで、実際1972年から1982年までの10年間で3枚もの公式ライヴ・アルバムを発表している。

 またライヴのハイライト部分では3人のメンバーがギターを演奏し、いわゆるトリプル・ギターとしてステージ上に君臨し、聴衆をクライマックスに導いたそうである。ギターを演奏したのは、エリック・ブルーム、ドナルド・ルーザー、アラン・レニアーの3人だと思われる。
 ちなみにどうでもいいことだが、アランは博士号を持つ才人で、一時期ニュー・ヨーク・パンクの女王、パティ・スミスと交際していたミュージシャンであった。

 実際にライヴ音源などを聞いてみると、音はかなりハードでグイグイと聞く者を引っ張ってくれる。アルバムでは3分少々の曲が6分にも8分にもなる。演奏自体はしっかりしているので、安心して耳を傾けることができる。こういう点でも多くのファンを獲得することができたのであろう。

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アーティスト:ブルー・オイスター・カルト
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 個人的な意見をいうなら、BOCはブルーズ系のハード・ロック・バンドではなく、キッスなどと同じメロディアスでポップ系のハード・ロック・バンドであった。そして彼らが売れたのはもちろんシングル・ヒットのおかげもあるのだが、盛り上がるライヴ活動を地道に続けていったからだと思っている。

 広大なアメリカ大陸で売れるためには、ラジオで広範囲に繰り返しオンエアするか、地道にライヴ活動をするしかない。70年代に売れたロック・バンドは、みんなその道のりを歩んできた。そしてラジオの役割は今ではインターネットへと移っているのである。

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モントローズ

 前項でアメリカン・ハード・ロックには2つの潮流があるのではないかと述べた。1つはブルーズ・ロック系のバンドであり、もう一つはブルーズよりもポップ寄りのバンドである。

 もう少し考えてみると、アメリカという国は自由主義であり、自由主義ということは自然淘汰の国ということである。一般的に“The Land of Opportunity”(万人に機会ある国)なのだから、努力と運で一生食いっぱぐれのない大富豪にもなれば、その逆もありうるということだ。

 だから“売れて何ぼ”の世界である。売れれば会社も十分にバックアップしてくれるし、売れなければ、すぐに切捨てられてしまう。つまり“売れる”ということは、それだけ多くの人から支持されていると会社は判断するからであろう。

 だからアメリカのバンドには、“売れる”ということが至上命題なのだと思う。これはポップスとかハード・ロックとかプログレッシヴ・ロックなどのジャンルに関係ないと思うのである。

 それでマウンテンやグランド・ファンクなどは売れた部類のバンドだったので、それなりのレコード会社のバックアップもあったのだと思うのだが、多くのバンドは売れなかったので、アルバム2,3枚で解散してしまった。“アメリカはハード・ロック不毛の地”といわれたのも結局は売れなかったからである。

 それで70年代中期に一世を風靡したけれど売れなかった悲劇の?バンドがあった。その名をモントローズという。
 このバンドはギタリストのロニー・モントローズという人を中心に結成されたもので、彼以外のメンバーは当時はまったくの無名だった。しかしボーカル担当は後にヴァン・ヘイレンに加入したサミー・ヘイガーであり、ドラマーは後にウィルソン姉妹のいたハートに加入したデニー・マッカーシーだった。

 またギタリストのロニー・モントローズは、サンフランシスコでは名うてのセッション・ミュージシャンで、エドガー・ウィンター・グループではリック・デリンジャーの後釜として活躍していたほどだった。

 1stアルバムの「ハード★ショック!」は1973年に発表されたのだが、多くの予想に反してブルーズ色のない、それこそハード路線一直線といった感じのアルバムだった。

Montrose Music Montrose

アーティスト:Ronnie Montrose
販売元:Warner Bros / Wea
発売日:1989/01/10
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 1曲目の"Rock the Nation"や2曲目の"Bad Motor Scooter"などは、もろアメリカン・ハード・ロックといった感じだし、3曲目の"Space Station#5"もちょっとスペイシーな部分はあるもののハードな楽曲だった。ブルーズ色が無かったのも、ロニーがサンフランシスコ出身という影響もあったのかもしれない。

 ところがハード・ロック大好き人間には受けたのだが、チャート的には芳しくなかった。たぶんノリのよい曲はあるのだが、似たような曲が多くて中途半端な印象を与えたのだろう。

 続く1974年に発表されたアルバム「ペイパー・マネー」は、その部分を反省してか、時にはアコースティック・ギターを使用したり、時にはメロトロンを弾いたりと(演奏はニック・デカロ)工夫を凝らしている。しかし音楽性が多様化した割には、残念ながら売れなかった。

Paper Money Music Paper Money

アーティスト:Montrose
販売元:Warner Bros.
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 内容的にはインストゥルメンタルあり、アコースティックあり、バラードありと結構自分では好きなのだが、“決めの1曲”というものが無かったのは事実かもしれない。
 そしてサミー・ヘイガーはこのアルバムを最後に脱退し、ソロ活動に励み始めた。

 多少のメンバーの変更もあったのだが、翌75年に無事に3rdアルバム「ワーナー・ブラザーズ・プレゼンツ」を発表した。これはアルバム・ジャケットが印象的で、内容よりもそちらの方が話題になってしまった。

Warner Bros Presents Montrose Music Warner Bros Presents Montrose

アーティスト:Ronnie Montrose
販売元:Wounded Bird Records
発売日:2002/09/17
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 アルバム・プロデュースもそれまでの2作はドゥービー・ブラザーズなどを手がけたテッド・テンプルマンだったのだが、このアルバムではロニー自身が手がけている。そのせいかやりたい事をやりましたという印象が強い。

 メンバーもキーボーディストを入れて5人組となり、再出発したという意欲は伝わってくるアルバムではある。1曲目の"Matriarch"などは疾走感がありなかなかの出来だし、バラード系も上手に配置されていて、今聞けば結構いけるのではと思ったりもした。個人的には3枚の中で一番好きなアルバムである。ただやっぱり売れなかった。

 70年代という時代性を考えれば、やはりシングル・ヒットは欠かせない売れるための条件である。そういう意味では、どういうロック・ミュージックをやろうと、シングル・ヒットがあるかないかは大事なのである。

 そしてグランド・ファンクやマウンテンはシングル・ヒットはあったのだが、モントローズにはそれがなかった。結局、最後はそこが分岐点になるのではないだろうか。もし1曲でも売れていれば、状況はかなり変わったに違いないと思っている。

 それでも彼らは4枚もアルバムを発表することができた。これは異例な事で、配給会社のワーナー・ブラザーズの好意だったのかもしれない。
 事実、1987年にモントローズは再結成されるのだが、そのときはワーナーではなく、ポニー・キャニオンから発売されている。そしてこれも売れずに、このときは当然のごとくアルバム1枚で終わってしまった。

 結局、1973年から76年までの短い期間での活動で終わったモントローズだった。世界に通用するアメリカン・ハード・ロック・バンドは、1978年のヴァン・ヘイレン登場まで待つしかなかったのである。

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マウンテン

 前回のグランド・ファンク・レイルロードのところで思いついたのだが、アメリカン・ハード・ロックには2つの系譜があるのではないだろうかと考えた。

 それはブルーズ・ロックをルーツとするものと、スカッとポップで軽やかなハード・ロックである。
 具体的にいうと、前者はジョニー・ウィンターやスティーヴィー・レイ・ボーン、エアロスミスなどで、その遺伝子はブラック・クロウズなどに受け継がれている。
 一方、後者ではグランド・ファンクからキッス、ヴァン・ヘイレンなどを経由して、ボン・ジョヴィなどに継承されている。

 ただ最近のアメリカでは、ブラック・ミュージックやメロディアスなインディ系が強くて、いわゆる正統的なハード・ロック・バンドというのはあまり見られない。これも歴史の流れなのかもしれないが、残念なことである。

 多種多様な民族で構成されているアメリカは、音楽的にも多様性に満ちており、サザン・ロックやブルーズ・ロックなどにはまだまだ根強いファンは存在している。だからアメリカン・ハード・ロックもしっかりと根付いて、経済のサイクルのように、時が来れば一気に花開くに違いない。ただ、いつその時が来るかは未定なだけである。(それが一番問題なのだが…)

 それでそのブルーズ・ロックの系譜を持つバンドに、マウンテンという名前のロック・バンドがあった。1969年に結成されているから、グランド・ファンク・レイルロードとほぼ同じ時期にあたる。

 このバンドのメインはギタリストのレスリー・ウエストという人で、写真を見るとまるでプロレスラーのようにでかかった。当時の人は、レスリー・ウエストとは言わずに、“レスラー・ウエスト”と呼んでいたという。それくらいでかかったのである。何しろ体重120㎏はあったという。写真で見ると、何となくアンドレ・ザ・ジャイアントのように見えなくもない。

 最初は3人組だったのだが、後に4人組になる。昔のロック・バンドには優秀なマネージャーやプロデューサーが陰で操っているという場合が多く、あのビートルズにはブライアン・エプスタイン、ローリング・ストーンズにはアンドリュー・オールダム、グランド・ファンク・レイルロードにはテリー・ナイト、そしてこのマウンテンにはフェリックス・パパラルディがいた。

 正確にいうと、フェリックスはマネージャーではなくて、ミュージシャンかつプロデューサーであった。あのクリームの2ndアルバム以降をプロデュースしたのは彼であり、時にはキーボードなども演奏していた。

 それでクリームの後継者としてマウンテンを企画したというのが定説になっているのだが、実際、フェリックスはベース、キーボード&ボーカル担当として設立当初のマウンテンに加わっている。

 1970年に発表された彼らの2枚目のアルバム「勝利への登攀」は、キーボーディストを加えて4人組として制作されたアルバムであり、このアルバムのヒットで彼らは認められていった。

Climbing! Music Climbing!

アーティスト:Mountain
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 私自身もこのアルバムに収められていた曲"Mississippi Queen"を後になってラジオで聞いて彼らの存在を知ったのである。もちろんそのときは彼らは解散していたのだが。
 このアルバムには他にもジャック・ブルースが作った"Theme for An Imaginary Western"やアコースティック・ギターも使用した"For Yasgur's Farm"などの名曲が収められている。

 一応彼らの最高傑作といわれているのが翌年に発表された3rdアルバム「ナンタケット・スレイライド」といわれている。
 基本的には前作と同じ路線なのだが、セカンドよりもキーボードが目立っているようで、アルバムタイトル曲の"Nantucket Sleighride"は何となくユーライア・ヒープの"July Morning"を思い出させてくれる。

Nantucket Sleighride Music Nantucket Sleighride

アーティスト:Mountain
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 またハード・ロック一本槍だけではなく、ホンキー・トンク調のピアノが聞こえるカントリーっぽい曲もあり、表現方法も拡大されてきたようだった。この辺はやはりアメリカのバンドならではであろう。イギリスのバンドならアコースティック路線に走るのだろう。

 しかし何といっても一番の利き所はやはり"Nantucket Sleighride"で、5分50秒の曲がライヴでは30分にも及ぶのであるから、彼らの代表曲に違いない。

 本来ならここで彼らは更なる飛躍を行う予定だったのだろうが、メンバー間の音楽的相違といういつものありふれた理由で、1972年に解散してしまった。

 解散後もレスリー・ウエストはジャック・ブルースとマウンテンのドラマーとともにウエスト、ブルース&レイングを結成し、3枚ほどアルバムを発表しているが、その後マウンテンの再結成に参加した。

 そして残念ながらフェリックス・パパラルディは、マウンテンの曲作りやアルバム・ジャケットのデザインもした愛妻のゲイル・コリンズに、1983年6月拳銃で射殺された。つまらない口論からの悲劇だったらしい。

 レスリーはフェリックス亡き後もマウンテンを継続していて、アルバム発表やライヴを行っている。
 レスリーの影響を受けたミュージシャンは多く、ランディ・ローズやマイケル・シェンカー、パット・トラヴァース、エイドリアン・ヴァンデンバーグ、エース・ヒューレイなどがいるそうだ。

 ともかく70年代初頭のアメリカン・ハード・ロックを代表するバンドだったことには間違いない。GFのようにポップ路線に転換せずに、一途にブルーズに影響されたロックを追求していった姿勢は立派だと思うのである。

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グランド・ファンク・レイルロード

 最近のTVCMを見ていると、昔流行った洋楽が使用されていることに気づかされることが多い。

 例えば“お父さんイヌ”で有名になった某℡会社は、SMAPの5人を使用してCMを制作している。この会社は今期の決算では他の会社を抜いて契約数がNo.1になったようで、やはり斬新なCMが効果を奏したのだろう。

 それでSMAPを出演させての最新CMではBGMとしてグランド・ファンク・レイルロードの"The Loco-Motion"が使用されている。
 グランド・ファンク・レイルロードというのは、1969年から1972年まで使用されたバンド名で、この曲を発表したときにはグランド・ファンク(以下GFと略す)と名乗っていた。

 この曲"The Loco-Motion"というのは、元々は1962年にゲリー・ゴーフィンとキャロル・キング元夫妻が作詞作曲し、リトル・エヴァという人が歌って全米No.1になった曲。そして1974年5月にGFは、この曲を再び全米No.1に押し上げたから、リバイバル・ヒットをさせたことになる。しかも2週にわたって全米No.1だからたいしたものであった。

Shinin' On Music Shinin' On

アーティスト:Grand Funk Railroad
販売元:Toshiba EMI
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 確かにメロディは明るく覚えやすいし、歌いやすい。内容もみんなで踊って楽しもうというきわめてシンプルなもので、子どもでも歌えるものになっている。“ロコモーション”というくらいだから、機関車のような直線的な、ときどきお尻を振りながらの振り付けで踊るのであろうか。

 GFはギタリストのマーク・ファーナーとドラマーのドン・ブリューワーが中心となって結成したバンドで、最初はそれにベーシストのメル・サッチャーが入っての3人組だった。
 彼らにはテリー・ナイトという元は同じバンドで演奏活動していた人がいて、彼をマネージャーにしてバンド運営等をまかせていた。

 その彼の指示だと思うのだが、ハードな全米公演活動や年2枚アルバムを制作するという強行スケジュールのおかげで、彼らはイギリスに対するアメリカ側の回答というようなポジションを与えられ、アメリカを代表するハード・ロック・バンドになってしまったのである。

 もちろん曲もよかったのだろうが、やはり敏腕マネージャーの営業方針がよかったのだろう。単なるロック・バンドではなくそれに付加価値をつける方向性がよかったのだと思う。
 この場合の付加価値とは、レッド・ゼッペリンやクリームのようなイギリスのバンドに対抗できるアメリカのバンドということだ。

 基本的にアメリカという国は移民の国である。だから国民の求心力を高めるためには敵を外に作ればいいのであって、この場合の敵はイギリスのハード・ロック・バンドであった。彼らに対抗できるようなバンドを求めていたという隠れた欲求みたいなものがリスナーたちにもあったのだと思う。
 それで一旦人気に火がつけば、あとは燎原の火が燃え広がるかのようにグランド・ファンク・レイルロードを求める声がアメリカ中に高まっていったのである。

 テリーも(そしてバンドメンバーたちも)、意識したかどうかはわからないが、自分たちにそういう姿を求めていったのだろう。そして筋肉質でマッチョなイメージとともにGFはアメリカを代表するバンドに名実ともになって行ったのである。

 しかしテリーとGFは1972年に仲違いをしてしまう。これも予想なのだが、金銭的なトラブルだと思う。何しろ敏腕マネージャーだったテリーにすれば、お前たちをここまでビッグにしてやったのだというプライドもあっただろうし、そうなるとそれなりに分け前を要求したに違いない。

 それで1972年からは“レイルロード”を取って、“グランド・ファンク”という名前になり、キーボーディストを加えて4人組にし、リンダ・マッカートニーの実兄であるジョン・イーストマンをマネージャーにして再出発を行った。そして生まれたのが"We're an American Band"の全米No.1ヒットだったのである。

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アーティスト:グランド・ファンク・レイルロード
販売元:EMI MUSIC JAPAN(TO)(M)
発売日:2008/12/10
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 だからGFは1973年の9月と74年の5月に全米No.1を獲得している。そしてこのヒットの影にはアルバムのプロデューサーだったトッド・ラングレンの手腕があった。

 自分のアルバムはヒットしなくても、他人のアルバムはヒットさせることに定評のあるトッド・ラングレンである。“音の魔法使い”といわれていたらしいが、実際にイギリスのバンドであるXTCやバッドフィンガー、トム・ロビンソン・バンド、アメリカのミートローフ、ホール&オーツ、チープ・トリックにニューヨーク・ドールズとジャンルを問わずにプロデュースをした。噂では落ち目になると彼に頼めといわれるくらいトッドは信頼されていたらしい。一時的ではあるが、必ずヒットすると信じられていたようである。

 それはともかく、GFは70年代の前半を代表するアメリカのバンドであった。実力を備えていたのは確かだが、それプラス上手なイメージ戦略に乗っかって大成功をしたバンドといってもいいのではないだろうか。

 これは余談だが、"The Loco-Motion"が収められていたアルバム「輝くグランド・ファンク」(Shinin' On)は、今でいう3D仕様になっていて、アルバムに添付されていたメガネをかけて見ると、浮き上がって見えた。たぶん今のCDにはそういうふうにはなっていないのだろう。是非オリジナル仕様で発売してほしい。TVCM効果も手伝ってきっと売れるに違いないと思うのである。

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リチャード・マークス

 しかし最近のTVのワイドショーを見ると、本当に種が尽きないというか、次から次へと新しいニュースが登場してくる。確かに見ていて飽きないから傍観者には面白いのだが、話題の中心地が日本の首都、東京なのだから、よく考えてみると不気味であり、あと5年もすれば地方都市でも普通にみられる事件になっていくだろうと思うと、空恐ろしいものがある。

 ロックの世界では非合法の麻薬なんか当たり前であり、むしろそのおかげで発展してきた部分もある。大麻やモルヒネ、LSDがなければビートルズの「サージャント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」は生まれていないだろうし、その後のサイケデリック・ロックやプログレッシヴ・ロックの興隆はなかっただろう。またローリング・ストーンズは曲つくりや話題作りに困窮したに違いない。

 しかしその麻薬のせいで、急死したミュージシャンは数知れないし、来日公演できなかったミュージシャンもかなりの数に上った。彼らは麻薬をファッションとしてではなく、自己表現としてまたは自己実現として使用した。だから文字通り自分たちの人生を賭けて薬物に手を出していたのである。

 決して麻薬を肯定するつもりはないのだが、欧米のロック・ミュージシャンと日本の芸能人の麻薬に対する認識の違いは、天と地の違い以上のものがあると思う。日本の芸能人は創作表現活動に結びついていないのだ。

 日中の暑さに当てられて、以上のようなつまらない事を考えていたのだが、真夏の夜を涼しく過ごすための音楽第2弾ということで、今回は1987年に発表されたリチャード・マークスのデビュー・アルバム「リチャード・マークス」を紹介したいと思う。

 なぜこのアルバムが真夏にふさわしいのかというと、これはもう完全に個人的な主観である。このアルバムが売れていたとき、自分がよく聞いていたときが1987年の夏だったからである。

 当時自分は全世帯約20世帯という離れ小島に住んでいた。島には自動車がなく、自動車がないというのは道路がないからで、またあったとしてもギアを入れたらもう着いてしまうくらいの大きさの島なのであった。

 当然のことながらコンビニもなければ食堂もない。あるのは雑貨屋1件だけで、そこではインスタントのカップめんや数種類のお菓子が売られていたに過ぎなかった。

 だから夜になると本当に真っ黒になる。灯りは島の入り口にある電灯と、遠くの海岸線に浮かぶ街の灯りぐらいだった。そのきらめく灯りを見ていると、なぜ自分はこんなところにいるのだろう、自分はこれからどうなるのだろうかと不安にさいなまされるほどだった。

 そのときに自分の心を癒してくれたのが、リチャード・マークスのアルバムだったのである。
 彼は1963年生まれだから、まだ40代半ばである。父親は地元では有名なジャズ・ピアニストで、母親は歌手だった。だから子どものころから彼の周りには音楽が溢れていたのであろう。自然と彼もその方面に進んでいったようである。

 彼の歌手デビューは23歳のときだが、10代の後半からライオネル・リッチーやケニー・ロジャーズなどに曲を提供していたらしい。そうやって着実に人脈を広げ、地盤を築き、ついに念願の自作自演のデビュー・アルバムを発表したのである。

リチャード・マークス ■ リチャード・マークス リチャード・マークス ■ リチャード・マークス
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 とにかく曲がいい。1曲目から弾けるようなアップテンポのメロディアス・ロック"Should've Known Better"で始まり、癖のある"Don't Mean Nothing"が続く。サックスの響きが印象的な"Endless Summer Nights"が3曲目に配置されている。3曲ともシングル・カットされて大ヒットしている曲だ。またバラードの"Hold on to the Nights"は、シングル・チャートで1位を獲得している。

 それ以外にもメリハリのあるメロディがある"Lonely Hearts"や当時流行していたチープなシンセやストリングスが目立つ"Heaven Only Knows"などが収められていて、まさにヒットすべくしてヒットしたアルバムだった。

 1990年までは彼の全盛時代で、出す曲出す曲すべてヒットという感じだった。特に2ndアルバムは1stよりも売れて、全米No.1にもなったのだが、自分は1stの方が印象深いのである。

 リピート・オフェンダー リピート・オフェンダー
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 その後アルバムが売れなくなってからは、また作曲家、プロデューサーとして活動を再開し、今でも活躍しているようである。

 今でも思い出深い理由は、このアルバムのロック的なものが昼間の暑さを、バラードが夜の静けさを表している(と感じている)からかもしれない。そして遠くの灯りを眺めながら暮らしていた島での生活とダブって思い出させてくれるからだ。
 だから今でもときどき愛聴している好盤である。もちろん聞くときは夏季限定なのである。

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セシリオ&カポノ

 梅雨が明けた途端に、日本の芸能界から様々なニュースが流れてきている。すべて麻薬・覚醒剤関係のニュースなのだが、おかげでクリントン元大統領の訪朝問題や初めての裁判員制度のことなどは影が薄くなってしまった。日本の拉致問題の関係者にとってはちょっと悔しいのではないだろうか。

 だからひょっとして、自分が今飲酒運転をして捕まっても、新聞の扱いはほんの少しになるのではないかとよこしまな事を考えているのだが、捕まるのも損な話しだし、芸能人なんかは麻薬問題で何度も逮捕されても一定の期間を過ぎれば、すぐにまたTVやビデオ、DVDに出演している。そういう土壌では一回くらい捕まっても逆に名前が売れるという皮肉な結果にもつながるから、もう少し何とかしてほしいものである。

 民間と公務員の給与ベースを同じようにするのなら、民間人と芸能人の薬物違反の処置も同じにしてほしいものである。

 そういう憤懣を胸に秘めながら、この暑くなってきた夏を如何に過ごそうかと考えていて、それにピッタリな音楽を3回シリーズで紹介したい。

 まず第1回目はハワイ在住のミュージシャン、セシリオ&カポノが1977年に発表したアルバム「ナイト・ミュージック」である。

 Cecilio & Kapono/Night Music Cecilio & Kapono/Night Music
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 ハワイのミュージシャンといえば、以前紹介したカラパナが有名であるが、この2人組のデュオも負けず劣らず有名である。

 1977年といえば、世界的にAOR(アダルト・オリエンティッド・ロック)が流行していた時期で、TOTOやボズ・スキャッグス、スティーヴ・ミラー・バンド、あのフリートウッド・マックでさえもそういう扱いをされていた。

 このアルバムは彼らにとっては3枚目のアルバムで、一躍世界的に彼らを有名にしたアルバムでもある。
 彼らはもともとこのアルバムの中にあるような音楽をやっていて、AORに便乗してこういうアルバムを制作したわけではないし、むしろ時代と彼らがうまくリンクした結果だと思っている。

 音楽的にはカラパナと同じように、ハワイアン・ミュージックとは違って、どちらかというと“ウェスト・コースト・ミュージック”と呼ばれる音楽に近くて、綺麗なハーモニーと美しいメロディが際立っている。

 特にキーボードとストリングスの使い方が上手で、彼らのセンスもさることながらアレンジャーとして名前が載っているニック・デカロの手腕の賜物であろう。

 このアルバムの中でも、アルバム・タイトル曲の"The Night Music"、ストリングスが美しい"After the Omen"、ボス・スキャッグスの歌で有名な"We're All Alone"、アルバムの最後を飾るいかにもハワイをイメージさせる曲"Sailin'"など、どれもヒット・シングルになりそうな曲が目白押しになっていて、このアルバムが有名になったわけが理解できる。

 とにかくタイトル通り、昼間の暑さが通り過ぎたあとの都会のネオンを眺めながら聞いてもいいし、夜の涼しさを期待しながら昼間に聞いてもいいだろう。
 夜でも昼でも、いつでも涼しさを味わえるアルバム、それがこの「ナイト・ミュージック」である。今後も聞きながら、涼しい気持ちで、世間の出来事の顛末を見続けていきたい。

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ロール・オン

 やっと梅雨も空け、いよいよ灼熱の8月がやってきた、と思っていたのだが、今年は冷夏ということで、はたしてどこまで暑くなるのかよくわからない。暑いのはいやなのだが、せっかくの8月なので、人的被害や作物への悪影響がない限り、暑くなってほしいものである。

 そういう暑さを乗り切るために、涼しさよりもむしろ“暑さには暑さを”ということで、じっとりと汗をかきながら?涼しくなるアルバム「ロール・オン」を紹介したい。

 このアルバムを発表したのは、アメリカの南部の吟遊詩人、J.J.ケールである。今年で齢70歳ということだが、“老いてなお盛ん”の言葉通り、彼にとっては14枚目のオリジナル・アルバムということになる。

ロール・オン ■ J.J.ケール ロール・オン ■ J.J.ケール
販売元:フェリスタ
フェリスタで詳細を確認する

 以前にも彼についてはこのブログで述べたので彼のバイオグラフィーみたいなものは省略させてもらうが、とにかく相変わらずのJ.J.節を聞くことができてうれしい。
 呟くような歌い方や、エフェクターの少ないアコースティック・ギター中心の演奏などは、もはや芸術的な域に達している。これはもうアメリカの至宝、人間国宝ではないだろうか。

 この最新アルバムでも"Strange Days"や"Leaving in the Morning"、"Old Friends"ではそういう彼の歌声を聞くことができる。しかもほとんどの曲が3分の前半で、あっという間に1曲が終わってしまうのだ。この感覚はいまだに70年代のアルバムつくりを行っているとしか思えない。

 また古希を迎えた人とは思えないほど、ミドル・テンポやアップ・テンポの曲が多く、曲だけ聞くならバリバリの現役ミュージシャンと思ってしまう。3分間の曲作りといい、曲の展開といい、音楽に対する愛情は一向に衰えていないのである。この点がいつも彼に惹かれてしまう要因だと思う。

 彼は、2006年に発表されたアルバム「ザ・ロード・トゥ・エスコンディード」で2007年度のグラミー賞最優秀コンテンポラリー・ブルーズ・アルバムを獲得したのだが、基本的にはこのアルバムはエリック・クラプトンとの合作だった。クラプトンの方が彼を慕っているのである。

ザ・ロード・トゥ・エスコンディード Music ザ・ロード・トゥ・エスコンディード

アーティスト:J.J.ケイル&エリック・クラプトン
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2006/11/08
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 そしてこの「ロール・オン」でも1曲だけアルバム・タイトル曲で、クラプトンがギターを弾いて共演を果たしている。

「もし今晩日が差さずに
雨が降り始めても
嘆いちゃいけない
ただの曇り空さ

さあ出かけようぜ
パーティを開くんだ
裸で踊ってもいいぜ
誰も気にしちゃいないさ

さあ、続けよう
このまま転がり続けるんだ
さあ、続けよう
このまま転がり続けるんだ

お前の気持ちがヘヴィでも
心が折れそうになっても
気にしちゃだめだぜ、ハニー
街に出れば大丈夫さ」
(訳;プロフェッサー・ケイ)

 もう70歳だからトレーラーハウスで暮らしているわけではないだろう。噂では自分のスタジオも持っているくらいだから、それなりの生活をしているはずである。
 しかし、歌い方や歌っている内容や相変わらずで、この変化しない姿がたまらないのである。“いぶし銀”の輝きとはまさにこのことを指していうのであろう。

 この人の歌や音楽を聞くと、不思議と暑さを忘れるのである。彼の出身地は南部に近いオクラホマ州だし、音楽自体も泥臭くて暑苦しいし、夏とは正反対の音楽のように思えるのだが、それでも夏になると聞きたくなってしまうのである。

 それは彼の音楽に対する愛情自体が普遍だからであろう。たぶん彼が生きている限り彼の音楽は変わらないであろう。そういう安心感が湿気の多い日本の夏を快適なものに変えてくれているに違いない。このままあと10年でも20年でも頑張って欲しいミュージシャンである。

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ホット・ツナ

 今年の夏はなかなか夏らしい夏にならない。ふつう夏というと、炎天下に揺らぐかげろうや水平線にむくむくと浮かび上がる入道雲を連想させるのだが、7月下旬から急に雨降りや曇りの日が多くなり、カラッと太平洋高気圧に覆われる日が少ないのである。

 それで暑い日にはせめて気持ちだけでも涼しくなろうと思い、暑さを紛らわしてくれる音楽を聞くのだが、このぶんではいったいいつになったらそういう気分になるのだろうか。

 ジェファーソン・エアプレインから派生したグループにホット・ツナというグループがあった。ジェファーソン・エアプレインのギタリストとベーシストが中心になって結成したグループである。結成は1969年で、ギタリストのヨーマ・コウコネンとベーシストのジャック・キャサディにとっては、ジェファーソン・エアプレインに在籍したままでの活動であった。

 今でいうサイド・ビジネスみたいなものだろうか。ちょっとした息抜きの意味合いもかねて、彼らが好きな音楽を自由に演奏したのであろう。彼らの好きな音楽とはブルーズであった。

 彼らが1970年に発表した1stアルバム「ニューオーリンズ・ハウスのホット・ツナ」はかなりの上出来で、他の人に薦めたくなる名盤である。一度聞くと二度、三度と聞いてしまうに違いない。

ニューオリンズ・ハウスのホット・ツナ(紙ジャケット仕様) Music ニューオリンズ・ハウスのホット・ツナ(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ホット・ツナ
販売元:BMG JAPAN
発売日:2008/09/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 アルバムの発表は70年だが、収録は1969年9月になっている。つまりこのアルバムはデビュー・アルバムにして実況録音盤なのである。タイトルの“ニューオーリンズ・ハウス”とはサンフランシスコの近くバークレーというところにあったクラブの名前で、そこで録音されたものだ。

 デビュー盤がライブ盤というのは珍しく、あのトニー・ケイのいたバジャーの1stアルバムがそうであるが、自信がないとなかなかできないことである。

 しかもこのアルバム全10曲なのだが、ヨーマ・コウコネンはすべての曲をアコースティック・ギターだけを使用して演奏している。だから一つ一つの音がクリアに聞こえてくるし、聴衆の前なのでごまかしが聞かないのである。これがこのアルバムの良いところであろう。

 ギタリストがアコースティック・ギターを使って演奏するということは、演奏技術に自信がある表れである。エレクトリック・ギターではアンプやエフェクターを使用して、ある程度音をごまかせるからだ。だからテクニックがなくても上手に聞こえる場合もある。

 ところがアコースティック・ギターではそういうわけにはいかない。しかもライヴだから人前でとちるわけにはいかないから、けっこう緊張したと思うのである。

 このアルバムには彼らのオリジナルは2曲しかなく、あとは他人の曲やトラディショナル曲をアレンジしたものである。中にはエリック・クラプトンも歌った"How Long Blues"も収められていて、聞き比べをすることができる。こちらの方がゆったりとした感じがした。
 また専任のハーモニカ奏者がいて、ますますブルーズ臭を醸し出してくれるのである。

 自分としてはこの1stの雰囲気が大好きだったので、この調子で2枚目、3枚目を発表して欲しかったのだが、2枚目は日本語のタイトルからして「エレクトリック・ホット・ツナ」になってしまった。残念である。

 確かに同じようなアルバムを発表してはミュージシャンとしては失格かもしれないが、いきなりエレクトリックになって、しかもハーモニカだけでなくエレクトリック・ヴァイオリンも加わり音に厚みを増したのである。その分、いい意味での素朴さが無くなってしまったのが悲しかった。せめてエレクトリックとアコースティックとバランスよく収録して欲しかった。

 ヨーマとジャックは趣味が高じて、1972年にジェファーソン・エアプレインを脱退してしまった。そしてホット・ツナとしてその後もアルバムを発表している。
 結局、1978年まで活動をして、一旦ここで休止している。しかしその後もホット・ツナとしてアルバムを発表しているし、1989年には再結成したジェファーソン・エアプレインにも参加している。現在でも2人はホット・ツナとして活躍しているようである。

 70年代の彼らが最も“HOT”だった頃のベスト盤は手軽に入手することができるので、興味のある方は聞いてみるのもいいだろう。

ファイナル・ヴィニール~ベスト・オブ1970~1978(紙ジャケット仕様) Music ファイナル・ヴィニール~ベスト・オブ1970~1978(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ホット・ツナ
販売元:BMG JAPAN
発売日:2008/09/24
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 ただ彼らのベスト・アルバムはいまだに1stだと個人的に思っている。アルバム・チャートも30位まで記録したし、何より聞いていて気持ちいいからである。こういうゆったりとした緊張感というのは格別で、なかなか他のアルバムでは味わうことができない。

 暑苦しい夏になっても、このアルバムを聞くと、何となく涼を覚えるのである。そういう不思議な魅力を持ったアルバムが「ニューオーリンズ・ハウスのホット・ツナ」だった。

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ヴォランティアーズ

 “ボランティア”というと、日本語の感覚では“自発的な善意の行為”という印象があるが、英語では“志願兵”という意味も含んでいるようである。これでは自発的は自発的でも、自ら進んで人殺しをするようなもので、はたしてこれが“善意の行為”にあたるのかはどうかは意見の分かれるところであろう。

 それでサンフランシスコ出身のジェファーソン・エアプレインが1969年に発表した「ヴォランティアーズ」は志願兵は志願兵でも、反戦活動への志願を呼びかけるという内容になっている。

 ジェファーソン・エアプレインは1965年に結成されて、そのあと名前を変えながら、再結成をしながら90年代末まで活動している。今でも再発アルバムやグレイテスト・ヒッツのたぐいは発売されているので、やはり歴史に残るグループの一つなのだろう。

シュールリアリスティック・ピロー Music シュールリアリスティック・ピロー

アーティスト:ジェファーソン・エアプレイン
販売元:BMG JAPAN Inc.(BMG)(M)
発売日:2008/10/22
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 自分はジェファーソン・エアプレイン時代で一番好きなアルバムは、"Somebody to Love"や"White Rabbit"が収められていたセカンド・アルバムの「シュールリアリスティック・ピロー」で、1974年以降ジェファーソン・スターシップと名前を変えてからの好きなアルバムは以前にも書いた1975年発表の「レッド・オクトパス」である。

レッド・オクトパス(紙ジャケット仕様) Music レッド・オクトパス(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ジェファーソン・スターシップ
販売元:BMG JAPAN
発売日:2008/01/23
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 ちなみに80年代にスターシップと短い名前になってからの好きなアルバムは1985年発表の「フープラ」で、MTV全盛期のときによくPVが流れていたから、自然と好きになってしまった。

フープラ Music フープラ

アーティスト:スターシップ
販売元:BMG JAPAN Inc.(BMG)(M)
発売日:2008/10/22
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 アメリカのロック・グループは基本的にはシングル・ヒット志向が強いのだが、このジェファーソン・エアプレイン(以下JAと略す。決して農協のことではない)はシングル・ヒットだけではなく、アルバム志向も強かった。この辺はビートルズの「サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の影響かもしれない。当時の有名ロック・グループは多かれ少なかれこの影響を受けている。

 それはともかく68年発表の「ヴォランティアーズ」は当時のアメリカの状況を反映したアルバムになっている。
 アメリカの60年代といえば、宇宙開発という“光”とベトナム戦争という“闇”の二極を揺れ動いていたように思える。そして若者にとっては宇宙開発は見聞するだけでよかったが、戦争には現実感が伴ってくる。自分も含めて周囲の人も実際に体験せざるを得ない場合が生じるからである。

 そんな中でこのアルバムの1曲目"We Can Be Together"は反戦運動に参加しよう、連帯しようと呼びかけているのだから、世間に与える影響はかなりのものだったに違いない。

ヴォランティアーズ Music ヴォランティアーズ

アーティスト:ジェファーソン・エアプレイン
販売元:BMG JAPAN Inc.(BMG)(M)
発売日:2008/10/22
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 アメリカン・ロックには時の政治に関して発言をする、あるいは態度をしっかりと表明するという傾向が強い。最近でもイラク戦争や大統領選挙で自分たちの意見をきっちり主張したR.E.M.やブルース・スプリングスティーンなどがいるが、過去をたどれば60年代にまでさかのぼることができる。

 このアルバムでも"We Can Be Together"のほかに、"Wooden Ship"、"Volunteers"などが政治的な歌だと思われる。"Wooden Ship"はあの有名なC,S&Nが歌っていた曲だが、デヴィッド・クロスビーとポール・カントナーが作り、スティーヴン・スティルスは1行だけ歌詞を書いたそうである。

 このグループの名前の変わり具合は、そのまま彼らと時代との関係を表しているかのようだ。60年代は政治的な反戦・反権力的な歌を歌っていたが、70年代になると一転して“愛”について歌うようになった。
 そしてMTVの興隆とともに、外部ライターを用いてポップでコマーシャリズムを追い求めるかのように、売れ線ロック・アルバムを作るようになった。

 理由の一つは、グループのリーダーというか主導権を握っている人が代わっていったことだろう。最初はマーティ・バリンを中心に民主的な雰囲気だったが、やがてはポール・カントナーが実質的にリーダー・シップをとるようになった。80年代は一時グループを脱退していた出戻りの紅一点、グレース・スリックの影響力も大きかったのだと思う。

 しかしJAだけでなく、ロック・ミュージックは時代との関係性を無視できないのだと思う。それがロックの使命というわけではなく、ロック・ミュージックの表現者やリスナーはその時代の中で生きているからである。
 そして、親や学校、社会への反発など身近な問題が高じていって、政治問題や社会問題につながるのだと思う。一番いい例がパンク・ロックであろうし、そういう現実から目をそらそうとして純粋に音楽を追求する音楽(プログレなど)が生まれてきたのであろう。

 それにロックとは白人と黒人の音楽の混血である。黒人の音楽は黒人霊歌であり、ブルーズである。それがアンプの増幅力を借りて力を持ったのであろう。個人の問題から社会の問題に転ずるのに時間はかからなかったはずだ。だからロックとは元々そういうものだったのである。
 JAの名前の変遷は、このことを教えてくれているように思えてならないのである。

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21世紀のブレイクダウン

 久しぶりのアメリカン・ロックの新譜である。しかもグリーン・デイである。グリーン・デイといえば前作のアルバム「アメリカン・イディオット」が全世界で1200万枚以上(一説では1500万枚以上とも)売り上げたことで有名だが、あれから約5年、ついに新作が発表されたのである。

 このアルバム「21世紀のブレイクダウン」は基本的には前作に引き続きロック・オペラ的な内容になっている。たとえていうと前作が「トミー」なら今作は「四重人格」である。

 もしくは前作が「アーサー、もしくは大英帝国の衰退」なら今作は「ローラ対パワーマン」である。もっとわかりやすく言うと、前作が「ジギー・スターダスト」なら今作は「アラジン・セイン」なのだ。(たぶん普通の人はこの辺で読むのをやめると思う。例えが意味不明だからだ)

 要するに前作の延長線上にあるアルバムと言いたかったのである。悪くいえば、柳の下の二匹目のドジョウを狙ったアルバムであり、良くいえば、21世紀という今の時代に対しての批評性を備えた傑作アルバムといえる。

21世紀のブレイクダウン Music 21世紀のブレイクダウン

アーティスト:グリーン・デイ
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2009/05/15
Amazon.co.jpで詳細を確認する

  前作と同じように、このアルバムは3部に分かれていて、グロリアとクリスチャンという2人の若者(恋人?)が登場し、現代社会の矛盾点やそれを生きる人たちの悩みや葛藤を描いている。
 グリーン・デイお得意の叙事詩的手法であるが、若者を取り巻く閉塞感や暗い未来観、宗教観、ドラッグ問題、イラク・アフガン問題など今日的な問題を豊かなメロディとともに表現している。

 こういう表現方法を取るバンドでは、何といってもグリーン・デイが人気・実力ともにNo.1であろう。ドリーム・シアターなどのプログレッシヴ・バンドでも組曲形式やロック・オペラのような形式をとる場合もあるが、こんなにシンガロングな覚えやすいメロディではない。

 グリーン・デイの素晴らしいところは、様々な問題点を非常にシンプルでメロディアスな旋律に乗せて歌い上げるところである。だから英語がわからなくても聞くだけでいいなあと思える。
 またひょっとしたら自分もできるのではないかと錯覚してしまい、ギターを手にとってしまうのである。そういう魔力を秘めているのがグリーン・デイの音楽で、現在のロック・バンドでこういう力を持っているのはオアシスとグリーン・デイだけではないだろうか。

 このアルバムでもメロディが美しい。特に第1幕の“ヒーローとペテン師”での楽曲はすばらしい。"21st Century Breakdown"、"Know Your Enemy"、"!Viva La Gloria!"の3連続でまずはノックアウトされてしまう。"!Viva La Gloria!"でのストリングスの使い方や静から動への変化はグリーン・デイの得意とするところでもある。

 このことは次の曲"Before the Lobotomy"にもあてはまるし、第1幕の最後の曲"Last Night on Earth"は、まるでジョン・レノンが作ったバラード曲のようである。彼のアルバム「心の壁、愛の橋」に収められてもおかしくない佳曲なのだ。

「僕は絵葉書をテキストにして
君に送ったけど届いただろうか
僕の愛すべてを君に送る
君は僕の人生での夜に輝く
月の光のようだ

僕の高鳴る心は君のもの
君を見つけるまで
何マイルも歩いてきたんだ
君をたたえるためにここにいる
もし火事ですべてを失っても
君への愛情は送るつもりだ

From "Last Night on Earth"
(訳:プロフェッサー・ケイ)

 第2幕:“いかさま師と聖人”は全体的にアップテンポな曲が占めている。その中で"Last of the American Girls"や"Restless Heart Syndrome"はミディアム・テンポの曲で他と異質である。特に"Restless Heart Syndrome"は前半は静かで、後半は轟音ギターが鳴り響くという展開が見事である。

 今作では短い曲を連ねてアルバムを構成しているが、その中で盛り上がるところは第3幕:“馬蹄と手榴弾”の中の"21 Guns"と"American Eulogy"であろう。
 "21 Guns"とはアメリカの大統領の就任式と退任式のときに鳴らされる空砲のことで、21回空に向かって撃たれるということである。そしてここではこの空砲が自分たちの人生の空虚感を象徴するものとして使われているのである。

「お前は戦うことの価値を
知っているのか
戦いに死ぬ価値がないときに
それはお前の息を止め
お前は自分が窒息しそうだと
感じている

そして痛みは誇りを押しつぶし
お前は隠れ場所を探そうとする
誰かが内側からお前のハートを
破ろうとしている
お前は破滅するのだ」
From"21 Guns"

 また"American Eulogy"ではアルバム冒頭の"Song of the Century"が繰り返されたあと、アップ・テンポな"a) Mass Hysteria"と"b) Modern World"が演奏される。タイトルを見てもわかるように、“現代社会は集団ヒステリーであり、そんな社会に生きたくない”と批判的に描いている。この辺が社会と接点を持っているというか、社会に相互に影響を与えているのだと思う。

 そしてそういう世の中であっても、最終的には"See the Light"と歌う姿勢に多くの若者は共鳴し、支持するのであろう。

「俺は光を見たいだけ
視界を失いたくはない
俺は光を見たいだけだ
戦いに何の意味があるのか
知る必要があるんだ」
From"See the Light"

  たとえ前途が閉塞感でおおわれようとも、それでも前に進んでいこうとする彼らの言葉や音楽が受け入れられているということは、現実と音楽がオーヴァーラップしているからであろう。
 グリーン・デイには観念だけの音楽や無意味な歌詞は存在しない。このアルバムを発表するまでにかかった5年という歳月は、彼ら自身が周りの状況と折り合いをつけながら自分たちの信念を確かめ、それを音楽として表すために必要な期間だったに違いない。

 そしてこのアルバムがたとえ前作と同じ路線を歩んでいるとしても、この音楽を受け止めた多くの人にとっては、この5年間が決して無意味ではなかったことを知るとともに、次の5年(以上)にむけてまた進んでいくことができると確信できたのではないだろうか。

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ラヴ

 自分の棚にあるサイケデリック・ロックのアルバムを探していたら、1枚のアルバムが見つかった。1枚といっても国内盤2枚組のベスト・アルバムなのだが、いつ手に入れたのか皆目見当がつかない。丁装や仕様から判断して中古盤ではなさそうである。

 ということは、大金を払って2枚組アルバムを購入したということだろ うが、よほどお金が余っていたのか、それとも思いつきだったのか、その辺の事情を思い出せないでいる。もし今だったら、購入するのにかなり躊躇するに違いないのだが…

 その2枚組アルバムとはラヴという当時アメリカ西海岸で有名だったグループのものだった。このラ2ヴというグループは、様々な音楽性を兼ね備えているようで、フォーク調の曲からロック系、日本のグループサウンズが演奏していたような曲まで、このベスト盤には本当に種々雑多な曲が収められている。

 彼らの活動期間は1966年から1972年までと短かったのだが、その中で彼らの代表作は1968年に発表された3rdアルバム「フォーエヴァー・チェンジズ」である。このベスト盤にもこのアルバムの曲、全11曲すべてが収録されているから、いかにこのアルバムが彼らにとって誇るべきものだったかがわかると思う。

 この「フォーエヴァー・チェンジズ」の基本はアコースティック・ギターであり、それもロサンジェルスという土地柄を反映してか、スパニッシュ系のギターがメインになっている。それにトランペットが加わったまさにメキシコ音楽という感じの曲もあって、国際色豊かな音楽を聞かせてくれる。

 もちろんすべてがスパニッシュというわけではなくて、柔らかなアコーステック調のフォーク・ロックもあれば、エレクトリック・ギターを使用した曲もある。ただ比重としてはアコーステックの方が高いのである。

 また中にはストリングスが重なってきて静かな落ち着いた雰囲気の曲もあるし、ホーンやトランペットを使用した曲も出てくる。ただ全体としては抑制されたいて、よく考えられ練られて制作されたという感じである。
 最後の曲は6分を超える大曲になっていて、まさにアルバムの最後を締めくくるにふさわしい曲になっている。

Forever Changes Music Forever Changes

アーティスト:Love
販売元:Rhino/Elektra
発売日:2001/02/20
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 彼らは5人組のグループなのだが、リーダーが黒人のアーサー・リーという人だった。1966年当時では、いかにアメリカ西海岸でも黒人がリーダーのバンドは珍しかったそうである。アメリカではいかに人種問題が深刻な問題なのかがわかると思う。

 ちなみにアーサーは、もともとメンフィス生まれで5歳のとき一家そろってロサンジェルスに引っ越してきたそうである。だから彼の作る楽曲にはR&Bだけでなく、子どもの頃に育ったロサンゼルスで身につけたフォークやロックなどの要素が備わっていたのだろう。
 またジミ・ヘンドリックスとも共演しており、お互いに影響しあっていたようである。

 彼らの与えた影響は意外に大きくて、レッド・ゼッペリンのロバート・プラントもラヴの音楽からも影響を受けたといっているし、80年代のイギリスのバンド、エコー&ザ・バーニーメン、スージー&ザ・バンシーズ、オレンジ・ジュースやXTCなどもラヴから様々な影響を受けたといっている。

 確かにラヴは、現役当時でもアメリカよりイギリスでの評価が高かったグループである。だから今も昔もアメリカ人よりもイギリス人ミュージシャンの方に受けが良かったのであろう。「フォーエヴァー・チェンジズ」もイギリスでは100位以内にチャートインをしたそうである。

 残念ながらリーダーのアーサー・リーは、2006年8月3日に生まれ故郷のメンフィスで亡くなってしまった。白血病が死因ということである。ラヴは70年代以降もたびたび再結成を行っていたようだが、もう二度と結成することはない。グループは“フォーエヴァー・チェンジズ”(永遠の変化)をもう手にすることはなくなったのである。

 彼らはサイケデリック・ロックという範疇に入れることのできないバンドだった。時期的に“サマー・オブ・ラヴ”に活躍したグループだったが、むしろ一線を画した面が強かった。それもリーダーであるアーサー・リーの音楽的な才能の故だろう。

 そしてその影響は80年代のイギリスに受け継がれ、今もなお着実に息づいているようである。解散した後、歳月を経るにしたがってその音楽性に光があたっていったバンド、それがラヴなのではないだろうか。

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コープランド

 ソフト・ロックというジャンルがあるのだが、自分はあまり聞かない。いわゆるロックの衝動性や破壊性とは音的には180度真逆の音楽だからだ。ハード・ロックの対極に位置する音楽と考えるとわかりやすい。
 
 だからソフト・ロックには、ビンビン響くベース音やチョーキングで音を歪ませるということはほとんどない。むしろ軽めのストリングスやクラリネットなどあまりロックでは聞くことの少ない楽器を使用したりする。またコーラス・ワークにもこだわりを見せたり、スタジオでの録音作業に凝ったりするのも特徴である。

 日曜日の午後のFM放送で山下達郎の“サンディ・ソングブック”(という名前だったと思う)という番組があるが、その番組でよくかかる音楽のようなものと考えればわかりやすいと思う。

 60年代の終わりから70年代の初めにかけて、アソシエイションやザ・サークル、ハーバース・ビザール、ミレニウム、サジタリアスなどのソフト・ロックが流行した。あのブレッドもこのジャンルに当てはまるバンドだろう。よく見ると基本的にアメリカのバンドばかりであるが、もちろんイギリスにもこの手の音楽はあるが、どちらかというとソロ活動の方がグループ活動より目立つようである。この辺は英米の違いが出て面白いところだと思う。

ソフト・ロック Book ソフト・ロック

著者:江村 幸紀
販売元:シンコーミュージック
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 その後、70年代の喧騒の中で、あるいはまたラップやヒップホップなどの新しい黒人音楽の台頭に押されて、だんだんとこのジャンルの音楽は廃れてきたのだが、最近になって、イギリスのコールドプレイの影響のせいか、アメリカでもこの手のバンドが伸びてきたようである。

 まさに“History repeat itself”(歴史は繰り返す)というか“過ぎたるは猶及ばざるが如し”というか、ラップのようなリズム重視の音楽の反動なのかもしれない。

 それで現代に生きるソフト・ロックの最有力は、個人的にはフロリダ州出身のコープランドだと思っている。
 雑誌のアルバム評を読んで購入した彼らの3枚目のアルバム「イート、スリープ、リピート」はまさに春の日の日曜の午後にまどろみながら聞くような音楽だといえるだろう。

 しかも初回限定盤ではDVD映像付きで2500円という価格だったため即行で購入してしまった。

Eat, Sleep, Repeat Music Eat, Sleep, Repeat

アーティスト:Copeland
販売元:Militia
発売日:2006/10/31
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 彼らは4人組(現在では3人組)のバンドで、2000年に結成された。中心人物はボーカル担当のアーロン・マーシュという人で、ほとんどの曲を彼が手がけている。
 確かにロックの衝動性とは無縁の音楽だと思うのだが、それでもメロディの美しさや曲構成の巧みさなどは素晴らしいと思う。アルバムの帯に“美しいガラス細工のようだ”と記載されていたが、まさにその通りである。

 お薦めの曲は"Control Freak"、"By My Side"、"I'm a Sucker for a Kind Word"だと思う。特に"By My Side"はサビに向けて徐々に盛り上がるような曲になっていて、忘れがたい印象を与えてくれる。また"I'm a Sucker for a Kind Word"も一度聞くと忘れ難い旋律を持っている。

 このアルバムは2006年に発表されたのだが、いま聞くとイマイチかなあという気がした。なぜなら今年の1月に発表された国内盤「マイ・サンシャイン」の出来がすこぶる良いからである。

マイ・サンシャイン Music マイ・サンシャイン

アーティスト:コープランド
販売元:EMI MUSIC JAPAN(TO)(M)
発売日:2009/01/14
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 アルバムのキャッチ・コピーを紹介すると“美しいメロディ、繊細なタッチ、切ないハーモニー…21世紀のアート・ロック・バンドが綴る究極の叙事詩。透明感を増した待望のニュー・アルバム”ということである。さすがこれで飯を食っている人は書く事が違う。私も見習わなければならない。

 前回のアルバムがビルボードのチャートで初登場90位だったのだが、このアルバムは初登場48位であった。来た、来た、来た、徐々に知名度を上げ、売り上げも伸ばし、この調子で行けば次のアルバムで爆発的なブレイクは間違いないであろう。

 とにかく悪く言えばアメリカのコールドプレイであり、よく言えば日常から脱却し、夢心地にさせる天上の音楽である。特にこの「マイ・サンシャイン」を聞けば、前作があまりにも貧弱に聞こえる。それぐらいの素晴らしい内容で、特に冒頭の3曲"Should you Return"、"The Grey Man"、"Chin up"には脱帽である。このアルバムがどんな内容なのかを示してくれる。

 確かにロックの衝動性や攻撃性は薄いのだが、それでもギターは叙情的にかき鳴らされ、ベースやドラムスはしっかりとしたリズムを刻んでいる。決して感性だけに訴える音楽ではないのである。

 要するに現代に生きる“ソフト・ロック”とはこういうバンドの音楽を指すのであろう。60年代末からのソフト・ロックの命脈は、まだまだ枯れることはないのである。

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エレクトリック・フラッグ

 このところサイケデリックなロック・バンドのことをずっと述べてきたが、この1967年から68年にかけてのアメリカ西海岸では本当にいろんなバンドが登場してきては、消えて行ったなあと思うようになった。自分で書きながらそう思うようになった。これもブログの効用かもしれない。

 自分で勝手にマイナー・サイケデリック・バンドと名づけてしまったが、本当はマイナーなバンドではなくて、その当時は結構人気も高く、集客力もあったと思っている。ただ、活動期間が短くて、その後知名度が下がってしまった不運なバンドなのである。

 それでメジャーなサイケデリック・バンドといえば、やはりグレイトフル・デッドであり、ジェファーソン・エアプレインであり、ドアーズだと思っている。この3つのバンドは比較的活動期間が長く、またそれだけでなく後世に与えた影響も他のバンドと比較にならないほど強かった。
 だからそう簡単に書くことができない。もう少しじっくり聞きこんでからにしたいと思っているが、いつになるのかよくわからない。

 それで今回は、あの「スーパーセッション」、「フィルモアの奇蹟」で有名なギタリスト、マイク・ブルームフィールドが率いたバンド、エレクトリック・フラッグを紹介したいと思う。

 このバンドもご多分に漏れず短命なバンドだった。結成されたのは1967年でかの有名な“モンタレー・ポップ・フェスティバル”にジャニス・ジョップリンやジミィ・ヘンドリックスとともに出演している。

 そしてデビュー・アルバム「ア・ロング・タイム・カミン」を68年に発表したあと、自然消滅してしまった。アルバムは全米チャートで31位まで上昇したのだから、まずまずの成功だと思うのだが、なぜかマイクの関心はほかに移ってしまったかのようである。個人的にはもっとアルバムを発表してもらいたかったのだが、残念でしようがない。

 紙ジャケ盤では全14曲だが、オリジナル盤では10曲だった。内容的にはサイケデリックというよりは、ブラスを用いた普通のアメリカン・ロックである。メロディ的にも聞きやすいし、ブルーズやソウル・ミュージックなど様々な要素の音楽が詰め込まれていると思う。

ア・ロング・タイム・カミン(紙ジャケット仕様) Music ア・ロング・タイム・カミン(紙ジャケット仕様)

アーティスト:エレクトリック・フラッグ
販売元:ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
発売日:2008/12/24
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 全体的にブラス色が強い気がするし、もう少しロック色があったらよかったのにと思ってしまう。そういえば一緒にセッションを行ったアル・クーパーの音に近いといえそうな気がする。"Over Lovin' you"や"She should have just"などはポップでシングル・ヒットしそうな曲である。

 その中でも"Texas"、"Another Country"では、マイクは結構弾いている。前者は渋いブルーズで、後者は9分近いナンバーだが、途中からジャズっぽく、ライトな雰囲気で始まり、ブラスを従えて段々と力がこもってくるのが素晴らしい。こういう曲が欲しかったのだ。

 最後の曲"Easy Rider"はインストゥルメンタル。もちろんマイクのギターは聞こえるのだが、何か霞がかかっているようでぼんやりとしか聞こえない。しかも51秒しかないからこれはもうエンドロールみたいなものである。

 ボーナス・トラック4曲はいずれもボーカル入りで、要するにこのアルバムは演奏よりもボーカルに比重を置いた作りになっている。もしくはボーカルと演奏をほぼおなじに設定しているかのようだ。だから彼のギター演奏もそんなに目立たないのであろう。(4曲目の曲"Going down slow"の演奏は素晴らしい)
 しかしさすがにチャートの上の方まで行っただけあって、曲自体はよくできていると思う。

 メンバーは8人で、ボーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボードにサックス2人、トランペット1人という構成である。
 有名どころでは、ドラムスがこの後ジミ・ヘンと一緒に活動してするバディ・マイルス、ジャニスの"生きながらブルースに葬られ"を作曲したニック・グラヴィナイテスがボーカルを担当している。

 この1枚で自然消滅したとはいえ、彼らは1974年に一度再結成し、アルバムも発表した。しかしこれも1枚で終わってしまった。マイクは飽きっぽい性格なのだろうか。

 そして1981年の2月15日、マイク・ブルームフィールドはサンフランシスコの自宅近くの車の中で死んでいるのが発見された。薬物の過剰摂取、いわゆるオーヴァードーズであった。37歳という若すぎる死である。
 運命とはどうにもならないものだが、もし自分が若くして死ぬことがわかっていたのであれば、もっとガンガン弾きまくっていたことだろう。曲はいいのだが、ちょっと物足りないアルバムだと思った。これも“サマー・オブ・ラヴ”という季節の悪戯なのかもしれない。

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ジャニス・ジョプリン

 ジャニス・ジョプリンの歌を初めて聞いたのは、いつのことだろう。確か中学生の頃だったと思う。ラジオから流れてきたイギリスのロック・バンド、スレイドの"Move over"を聞いて、ぶっ飛んだことがあった。何というヘヴィな歌だろうか、きっと彼らの新曲に違いないと思った。

 確かに新曲には違いなかったのだが、彼らのオリジナル・ソングではなかった。あとになって、確かFM放送でかかっていたオリジナルの"Move over"を聞いて、ジャニス・ジョプリンという人が歌っていたということを知った。そして彼女は故人だということも、その時知った。

 彼女は美声ではない。むしろお酒の飲みすぎが原因か、場末のバーのママさんのようにしゃがれている。それでも迫力があるし、圧倒的なパワーを備えている。一度聞けば、二度と忘れる事のできないボーカルである。
 若い頃はクリアな美しい声だったという。それがドラッグとお酒でここまで変わってしまった。かなり習慣化されていたのであろう。間接的にそれが彼女の死の原因にもなったほどである。

 そして写真で見る限りは美人ではない。実際、彼女自身も述べている事だが、高校生の頃は学校一の不細工な女の子だったらしい。彼女の言葉をそのまま信じる事はできないが、少なくとも自分ではそう思い込んでいて、周囲になじめずに常に孤独感を味わっていたようである。

 とにかく歌にかける情熱や気持ちは半端なものではないと痛感できるほどのボーカルである。姿を見なくても、アルバムを聞くだけでそれを感じさせるミュージシャンやボーカリストは滅多にいない。しかし彼女はそれを感じさせてくれる凄みを持っている。

 ジャニスは1943年生まれで、1970年の10月に亡くなっている。ということは27歳で亡くなったわけだが、申し訳ないがアルバム「パール」の写真を見る限りでは27歳には見えない。貫禄がありすぎて30歳は越えているように見える。また着ているものを見ても、まるで大阪のおばちゃんのようである。
 まるで物心ついたときから、死に急ぐかのようにストレートに生きて死んでしまったジャニス・ジョプリンであった。

 初めて聞いたアルバムは「チープ・スリル」だったが、もうそのときには彼女はこの世にいなかった。これも“師匠”の家で聞いたような気がするが、ジャケットがコミック風でちょっとがっかりした思い出がある。

 しかし歌は凄かった。"Summertime"も"Piece of My Heart"もよかったが、何といっても"Ball and Chain"は圧巻だった。アルバム自体がライヴ・レコーディングだったため、何ともいえぬ雰囲気や迫力が周囲に発散されていた。“ボール”と“鎖”が何を意味しているかよくわからなかったが、ともかくいまだに記憶に残っているところを見れば、かなりの印象が残ったのであろう。

チープ・スリル Music チープ・スリル

アーティスト:ジャニス・ジョプリン
販売元:Sony Music Direct
発売日:2004/08/04
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 それでしばらくは彼女の歌を聞かなかったのだが、もっとあとになって、歴史的名盤といわれる「パール」を聞いた。“パール”とは彼女の当時のニックネームだったらしい。

 このアルバムは1971年に発表されているから、彼女の死後にあたる。でも彼女はまるで自分の死を予期したかのように、このアルバムに全エネルギーを注いでいるかのようで、曲の出来もさることながら、曲の配置、アルバムの構成、ジャケット・デザインとすべてが完璧にパッケージされていると思う。

パール Music パール

アーティスト:ジャニス・ジョプリン
販売元:Sony Music Direct
発売日:2004/08/04
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 冒頭"Move over"から始まり、圧倒的な歌唱力で歌われている"Cry Baby"、ソウルフルな歌唱とバックのオルガンがサザン・テイストを含んでいる"A Woman Left Lonely"と最初から聞くものを圧倒させるのだ。

 また"Buried alive in the Blues"では逆に彼女の歌を聞くことができない。バック・トラックが完成していて、あとは彼女の声を録音するだけというときに彼女が亡くなったのだから、聞こうにも聞けないのは当然のこと。
 演奏しかないこの曲に涙が誘われてしようがない。まるでウソのようなエピソードだが、演奏のみの曲がこんなにも印象的なのも、彼女の持つ不思議な魅力の一つだと思うのである。

 逆に"Mercedes Benz"では、バックの演奏がなくて彼女のボーカルだけになっていて、本当に彼女の遺作だと実感させるトラックになっている。聞くたびに切なさが募る。まるで黒人霊歌のように聞こえてくるからだ。そして次に続く曲"Trust me"の導入部のやさしい歌い方には参ってしまい、彼女の人生を考えるうちに身も心も思い乱れてしまうのである。

 他にもまさにカントリー&ウェスタンの影響を濃く受けている"Me & Bobby McGEE"や 生きることの肯定感に満ちた"Get it While You can"など、一つひとつの曲が光彩を放っていて、どの曲にもジャニスの息吹や歌う喜びがパッケージされているかのようだ。

「この世界では
新聞を読めば分るように
みんなお互いに争っている
信じられる人が誰もいない
自分自身の兄弟さえも
信じられない

でももし誰かがついてくるなら
その人はあなたに
愛情や信頼を与えてくれるはず
できるうちに手に入れなさい

もしあなたが誰かを愛しているなら
それは悲しい賭けかもしれない
だけど誰も気にしないはず
なぜなら私たちは明日は
もうここにはいないかもしれないから

そしてもし誰かがついてくるなら
その人はあなたに
愛情や信頼を与えてくれるはず
悪いことはいわないから
できるうちにそれを手に入れなさい
愛に背を向けてはいけないわ」
"Get it While You can"より
(訳:プロフェッサー・ケイ)

 評論家の間では1998年6月に発表された「ライヴ・アット・ウィンターランド'68」の評判が高いようで、「チープ・スリル」以上の内容、できばえとまで言われている。これは1968年4月12、13日の2日間にわたってサンフランシスコのウィンターランドで行われたライヴで、ちょうど「チープ・スリル」発表直後というせいか、かなり力の入ったライブが堪能できるという。全14曲、私も店頭で見かけたら購入したいと思っている。

ジャニス・ジョプリン/ライヴ・アット・ウィンターランド’68 Music ジャニス・ジョプリン/ライヴ・アット・ウィンターランド’68

アーティスト:ジャニス・ジョプリン
販売元:Sony Music Direct
発売日:2004/08/04
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 いずれにしても、ジャニスは全身全霊をかけて歌い、人生を駆け抜けていった不出世のボーカリストだった。彼女もまた短い“サマー・オブ・ラヴ”のシンボルだったのかもしれない。

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クィックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス

 60年代末のアメリカ・サイケデリック・ロックのマイナー・バンド四天王について書いてきた。アイアン・バタフライから始まって、イッツ・ア・ビューティフル・ディ、モビー・グレイプときて、今回はいよいよ最後の大物、クィックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス(以下QMSと略す)の登場である。

 と、その前にサイケデリック・ロックとは何かについて、簡単に触れておきたい。基本的にまじめな?ミュージシャンほど自分の求める音楽の表現方法について心を砕くものである。頭の中に鳴っている音を、如何に他者に提示するかであるが、ロック・ミュージックの歴史も他のジャンルの音楽と同様である。

 ロックという歴史の浅い音楽でも、その表現方法の拡大を求めて多くのミュージシャンが格闘してきた。中には音響機器や使用楽器の開発、発展を利用してその達成を目指した人もいれば、斬新なメロディやリズム、西洋音楽だけでなく東洋や他の地域のルーツ・ミュージックを借りて図ろうとする人もいた。

 そしてミュージシャンの中には、新しい音楽を求めるあまりに、自己の意識の拡大を図ろうとして薬物(要するに麻薬等のドラッグのこと)に手を伸ばし、その力を利用して表現の拡大を図ろうとする人も出てきたのである。あのビートルズもその例外ではなかった。

 サイケデリック・ロックとは、60年代の終わりに生まれたそういう新しい音楽の中の一つであり、特にドラッグなどを使用しなくても、人間の精神の拡大を図ろうとする意図が見え隠れする音楽なのである。だから、
 ①電子(電気)音楽や大音響を使用している
 ②演奏時の照明に工夫をこらしている
 ③従来のロックにない新しい楽器を使用する
 ④斬新なメロディ、リズム、音階を使用する
 ⑤人を酩酊状態にさせようと工夫をこらす

 などの特徴が挙げられると思うのである。要するに“トリップ・ミュージック”とか“アシッド・ミュージック”などと呼ばれるものも、広義のサイケデリック・ミュージックと考えていいと思う。そして個人的にはサイケデリック・ロック・アルバムの最も古いものは1967年に発表されたザ・ビートルズの「サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」だと思っている。

サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド Music サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド

アーティスト:ザ・ビートルズ
販売元:EMIミュージックジャパン
発売日:2009/09/09
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 現在のクラブなどで使用される音楽の中にも人をトランス状態にさせるダンス・ミュージックがあるが、同じようなリズムやメロディを延々と繰り返すことで、ハイな気分にさせ、何時間踊っても疲れない気持ちにさせるのも、ある意味、サイケデリック・ミュージックといっていいかもしれない。だからダフト・パンクなどは現在のサイケデリック・ミュージック・ユニットだと思う。

MUSIQUE VOL.1 1993-2005 Music MUSIQUE VOL.1 1993-2005

アーティスト:ダフト・パンク
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:2006/03/29
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 それでQMSであるが、結成は1965年のサンフランシスコと意外と古く、アルバム・デビューまでライヴ活動を優先していた。当時のメンバー全員がおとめ座であり、おとめ座の象徴である“水銀”という語をグループ名に使用したという。(“水銀”には“移り気な性質”という意味があるらしい)

 結局、レコード会社と契約をしたのは67年末で、翌年になって初めてバンド名と同じタイトルのアルバムが発表された。
 自分が持っているのは初期の最高傑作といわれた彼らの2ndアルバム「愛の組曲」と輸入盤の「What About Me」の2枚だけで、だからこれまたあまり大したことは言えないのである。

愛の組曲 Music 愛の組曲

アーティスト:クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス
販売元:EMI MUSIC JAPAN(TO)(M)
発売日:2008/12/10
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 ただ聞いた感想は、「愛の組曲」は完全なトリップ・ミュージックだと思う。電気を消して酒でも飲んで聞くと、60年代当時の雰囲気を味わえるかもしれない。
 基本はジョン・シポリナのギターである。約25分にわたって延々と弾きまくっているのだ。それも特に早弾きなどのテクニックやエフェクト類を使ったりするのではなく、ほとんどナチュラルなトーンのまま弾いているのだ。もちろんボーカルはあるにはあるのだが、25分の最初と最後にあるだけで僅かである。

 まあ組曲だからと割り切って考えればいいのかもしれない。また面白い事に"Who do you love-part1"から始まって、"When you love"、"Where you love"、"How you love"、"Which do you love"、"Who do you love-part2"と、まるで英語の疑問詞の勉強のような感じでタイトルが付けられている。これだけでも十分にサイケデリックである。また一部にライヴ音源が使われているため、ノリの良い演奏も楽しめる。

 他の曲も似たようなもので、"Mona"は7分01秒、"Calvary"は13分31秒もある。内容はほとんど愛についての曲で、思想や哲学のかけらもない。あるとすればヒッピー・カルチャーからの影響であろう。

 もう1枚のアルバム「What About Me」は1971年の作品で、オリジナル・メンバーでボーカリストのディノ・ヴァレンティとピアノにあの有名なセンション・プレイヤー、ニッキー・ホプキンスが参加している。

What About Me Music What About Me

アーティスト:Quicksilver Messenger Service
販売元:Toshiba EMI
発売日:2001/08/14
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 ディノ・ヴァレンティは元々のメンバーだったのだが、ドラッグ所持で65年頃に逮捕され、69年までバンドに戻る事ができなかった。しかしこのアルバムは彼の復帰第2作目にあたり、歌いまくっている。またニッキー・ホプキンスもこのアルバムが3作目にあたっていた。

 このアルバムはかなり聞きやすくなっており、歌ものアルバムになっている。しいて言えばパーカッションとホーンの比重が高まっていて、ラテン風味が見られることと、シポリナはスライド・ギターも弾いていて、サイケデリックからウェスト・コースト風になったということだろうか。

 特に冒頭の"What About Me"はシポリナのアコースティック・ギターが聞けるし、ホプキンスの美しいピアノ・ソロ"Spindrifter"はリリカルで素晴らしい。またスライド・ギターが目立つ"Local Color"もナイスな曲である。

 このままの路線で行けば、イーグルスやポコのようなグループになったかもしれないのだが、それを嫌がったのだろう、残念なことに、ギタリストのジョン・シポリナとニッキー・ホプキンス、ベース、ギター担当のデヴィッド・フライバーグはバンドを離れていった。
 前者2人はバンドを脱退し、後者はドラッグ所持で逮捕されてしまったからである。だからこのアルバムまでが彼らのピークだと思う。

 自分としてはこのアルバムは結構気に入っているのだが、このアルバムの前作「ジャスト・フォー・ラヴ」はもっといいらしい。今度購入して聞いてみたいと思っている。

Just for Love Music Just for Love

アーティスト:Quicksilver Messenger Service
販売元:Bgo - Beat Goes on
発売日:2000/04/04
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 バンドの顔でもあったジョン・シポリナは89年に心臓麻痺で亡くなっているし、ボーカルのディノ・ヴァレンティとピアノのニッキー・ホプキンスは94年に亡くなっている。
 短い“サマー・オブ・ラヴ”の季節のように、このバンドのピークも実質数年だったようである。この辺がマイナー・サイケデリック・バンドとメジャーなサイケデリック・バンドとの違いだろう。

 いずれにしてもこのQMSを入れて、マイナー・サイケデリック・バンド四天王が完成した。当時のアメリカではかなりの知名度はあったのだろうが、現在の日本ではほとんど化石のようなものである。強いていえばアイアン・バタフライの"ガダ・ダ・ヴィダ"ぐらいだろう。

 これらの四天王以外にもサイケデリック・ロックに分類されるバンドはいろいろあるのだが、また次の機会に紹介したいと思う。次の機会があればの話だが…

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モビー・グレイプ

 60年代末のアメリカ西海岸サイケデリック・マイナー・四天王の中で、たぶん一番知名度は低いと思われるバンド、それがモビー・グレイプだと思う。

 彼らは1967年にデビューしたサンフランシスコ出身の5人組だった。バンドの売りは3人のギターとコーラスで、内容的にはブルーズからフォーク・ロック、ソフト・ロックまで幅広い音楽性を備えていた。

 デビュー当時は人気が高かったそうだが、1stアルバムから5枚同時シングル・カットとか盛大な新作発表パーティなど、音楽面以外の話題が先行してしまい、だんだん若者からの支持が薄れていったようである。

 今ではカルト・バンドとして認識されているモビー・グレイプであるが、日本では当時“はっぴいえんど”のメンバーであった細野晴臣氏のフェイヴァレット・バンドだったらしい。ちなみに細野氏のあげたフェイヴァレット・バンドは、モビー・グレイプとバッファロー・スプリングフィールドだった。

 自分は彼らのアルバムを2枚しか持っていないので、たいしたことは言えないのだが、世間で有名な2ndアルバム「WOW」(ワウ)を聞くと、評判通りの多彩な音楽性を楽しめることができた。

ワウ Music ワウ

アーティスト:モビー・グレープ
販売元:ソニーレコード
発売日:1997/05/21
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 1968年に発表されたアルバムなのだが、ひょっとしたらビートルズのサージャンと・ペパーズの影響もあるのかもしれない。
 1曲目はちょっと凝ったC,S&Nのようで、軽めのストリングスや効果音、エフェクトなどが散りばめられているし、2曲目も同系列の曲で、この辺はやっぱりウエスト・コースト・サウンドといった感じである。

 3曲目の"Bitter Wind"や6曲目の"HE"を聞くと、美しいコーラス・ワークに驚かされる。このコーラスの美しさというのは、バッファロー・スプリングフィールドから連綿と続くウエスト・コースト・サウンドの伝統といってもいいだろう。あとストリングスの入れ方や美しさもそうである。

 これらの曲以外にも、ロックン・ロールで身も心も躍りだすような"Can't be so bad"や古いボードヴィル調の"Jsut Like Gene Autry; A Foxtrot"、完全なカントリー&ウェスタンである"Funky-Tunk"、渋いブルーズの"Miller's Blues"など本当に多彩な曲で埋め尽くされている。

 メンバー5人とも曲が書けるのだが、その中でベース・ギター担当のボブ・モズレリーの書いた曲が印象的であった。"Bitter Wind"もそうであるが、ストリングスが哀愁をかきたててくれるバラードの"Three-Four"、コーラスが見事な"Rose Colored Eyes"など、いずれもメロディがきれいであった。

 彼らは1st、2ndアルバムまでは人気があったらしいのだが、だんだん下降線をたどっていった。全盛期は68年から1年間くらいで、69年には解散してしまった。

 その後のメンバーの動向については、ギター担当のスキップ・スペンスは初期のドゥービー・ブラザーズに参加したことしかわかっていない。(しかしアルバムにはクレジットされていない!かなりの薬物中毒症で病院にも入っていたようだ。1999年に52歳で死去)

 その後も再結成を行ったようだが、オリジナルで人気がなかったのに、再結成しても一部のカルトなファンを除き、人気が出るわけがなかった。だから再結成してもまたすぐに解散しているようだ。

 なぜか知らないが、彼らの2枚組ベスト盤が私のCD棚にある。しかも輸入盤である。今となってはなぜこんなCDがあるのか皆目見当がつかないのだが、あるものはあるのである。

Vintage: The Very Best of Moby Grape Music Vintage: The Very Best of Moby Grape

アーティスト:Moby Grape
販売元:Sony International
発売日:2004/06/15
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 今回この項を書くにあたって、あらためて聞いてみたのだが、確かに当時としては流行の先端を行っていたような音楽性であった。単なるロックン・ロールだけでは終わらずに、ボーカル・ハーモニーの美しさとギターの先鋭さが光っていると思う。

 確かにバッファロー・スプリングフィールドの影響も垣間見えるし、ギターが強調された楽曲も見られる。3人のギタリストだったのだから、どうしてもギターがメインになるのは仕方のないことなのかもしれない。

 このアルバムで拾い物だったのは、当時のライヴ音源が収録されている事である。ギターが売り物だけあって、ライヴでの演奏はかなり素晴らしい出来であった。特に「WOW」にも収録されていた"Miller's Blues"はまるでブルーズ時代のフリートウッド・マックか音数の少ないクラプトンのようで一聴に値する。

 最終的には3枚のアルバムと数枚のシングルを残して、バンドは解散してしまうのだが、ウッドストックの成功とともに“サマー・オブ・ラヴ”の季節も終焉を迎えるのである。あとに残されたのはユートピア思想の崩壊と現実という名の牢獄であった。モビー・グレイプの名前を聞くたびに、60年代から70年代への変遷を考えてしまうのである。

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イッツ・ア・ビューティフル・ディ

 今日は25℃を超える気温だったということで、これは6月中旬の気温だったらしい。やはり地球温暖化のせいか、年々早めに夏が近づいてくるような気がしてならない。あと10年もすれば、それこそ旧暦のように4,5,6月が夏というように定義されるかもしれない。その場合は秋がなくなるか、あってもごく短期間になるだろう。

 洋楽では“サマー・オブ・ラヴ”(Summer of Love)という言い方をする場合があるのだが、普通この場合のサマーは1967年の夏を指すことが多い。ただ、個人的には60年代後半のLove&Peaceの時代や社会状況全般だと解釈している。そうした方が自分の知らないその時代を理解しやすいからだ。

 それでそのサマー・オブ・ラヴの時代を代表するサイケデリック・ロック・バンド四天王というのを自分で考えた。ちなみにこの場合の四天王とはグレイトフル・デッドやジェファーソン・エアプレインなどのメジャー・バンド以外のマイナーなカルト・バンドを指すとしよう。

 その四天王のうち、前回はアイアン・バタフライだったが、今回はイッツ・ア・ビューティフル・ディについてである。しかし、残念ながらこのバンドについても自分は1枚しかアルバムを持っていないのだ。いかにマイナーかがわかると思う!?

 彼らは1967年にサンフランシスコで結成され、69年に1stアルバム「イッツ・ア・ビューティフル・ディ」を発表した。発表当時のメンバーは6名+ゲスト・ミュージシャン1名で、ゲスト・ミュージシャンはハーモニカで1曲のみ参加している。
 中心人物はデヴィッド&リンダ・ラフレイムという夫婦で、ほとんどの曲が彼らかもしくはデヴィッドが作っている。

 一般的に言われるのは、ジャケットがいいということで、カリフォルニアを象徴するかのような青空の下に、少女が遠くを眺めている。このジャケットだけでも購入した人が当時は多くいたという。

【CD】イッツ・ア・ビューティフル・デイ(紙ジャケット仕様)/イッツ・ア・ビューティフル・デイ イツツ・ア・ビユ-テイフル・デイ 【CD】イッツ・ア・ビューティフル・デイ(紙ジャケット仕様)/イッツ・ア・ビューティフル・デイ イツツ・ア・ビユ-テイフル・デイ
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 またバンド名も、録音スタジオを出たときに、誰かが“It's a beautiful day!”(今日は天気がいいね)といったところから名づけられたといわれている。サマー・オブ・ラヴ当時の様子を垣間見せるようなエピソードである。

 アルバムは7曲で構成されていて、最初の曲"White Bird"と次の曲"Hot Summmer Day"は名曲だと思う。特に1曲目の"White Bird"は、まるでジェファーソン・エアプレインの"White Rabbit"のようである。
 理由の一つはボーカルが男性と女性であるということと、リード楽器にヴァイオリンが用いられているというところから来ている。先輩格のジェファーソンを見習っているのだろうか。

 またこの“白い鳥”は当然のことながら平和の象徴であり、自分たちの理想のコミューン建設をこめているのかもしれない。

 "Hot Summer Day"も間奏ではヴァイオリンが目立っている。最初の曲よりもアップテンポであり、メロディ的にも聞きやすく良い。また、ゲスト・ミュージシャンはこの曲でハーモニカを演奏している。
 次の曲の"Wasted Union Blues"は唯一このアルバムには似合わない曲である。全面的に歪んだエレクトリック・ギターが活躍しているのだが、先鋭的であり、自分から調和を破ろうとするかのように走り回っている。ロック的といえばロック的なのだが、このアルバムには不調和である。でもそれがバンドの狙いなのかもしれない。

 4曲目の"Girl with No Eyes"は、これはもう完全にトラッド・ミュージックである。繊細なアコースティック・ギターとハープシコード、男女のボーカルで構成された気品あるワルツだ。最後にヴァイオリンで締めくくられるのだが、まさに60年代末のサンフランシスコの音楽という気がする。絶品!

 昔のレコードではBサイドの1曲目、問題のインストゥルメンタル曲"Bombay Calling"が始まる。初めてこの曲を聞いたとき、思わずびっくりして椅子から落ちそうになった事を思い出した。完全にディープ・パープルの"Child in Time"なのである。
 パープルの曲は1970年に発表されているので、こちらの方が早い。ということはジョン・ロードか誰かがサビをパクッて、イアン・ギランが歌詞をつけたのだろうか。よくまあ裁判沙汰にならなかったなあと思った。

 ジョン・レノンの"Come together"はチャック・ベリーの"You can't catch me"のパクリであるというのは有名な話だが、裁判まではならなかった。示談で済んだらしい。ジョージ・ハリソンの"My Sweet Lord"の場合は裁判になって、確か著作権の侵害になったと思うが、ディープ・パープルの場合は話題にもならなかった。さすがサマー・オブ・ラヴ、おおらかな時代だったのであろう。

 「ロックの部屋」というブログの2007.6.22.の項によると、イッツ・ア・ビューティフル・ディのセカンドでは、逆にディープ・パープルの"Hard Road"をパクっているという。ぜひ聞いてみたいものである。

 次の曲"Bulgaria"は一聴するとシュールな曲であるが、よく聞くと渋い楽曲である。暗闇の中に一条に光が差し込んでくるような印象を与えてくれた。バックのピアノやヴァイオリンがダークな印象を与えるのだが、それを男女の力強いボーカルが打ち破っていく。
 個人的には不透明な戦争や社会状況を迎えていたアメリカ社会を彷彿させるような出来栄えだと思う。

 Bサイドの3曲はいずれも曲がつながっている。"Bulgaria"と最後の曲"Time is"もつながっていて、"Time is"は軽快なリズムで始まり、ピアノ、ギター、ヴァイオリン、ボーカル、途中のドラム・ソロと一緒くたになり聞き手に迫ってくる感じだ。
 このアルバムの最初の曲と対照的である。しかも9分42秒とこのアルバムの中で一番長い曲になっている。こういうところからこのバンドをプログレッシヴ・ロックにカテゴライズする人もいるが、やはり基本はサイケデリック・ロックだと思う。彼らのサイケ感覚が一番よく出ているのがこの曲であろう。

 というわけで、駆け足で各曲について私見を述べたのだが、全体的に見てやはり60年代末のサマー・オブ・ラヴを象徴しているアルバムだと思う。
 ジャケットもそうだし、音楽的にもシュールでポップ、ピースフルでダーク、安楽で不安な混沌とした状況を飲み込むようなものになっている。こういうところに当時の若者が惹かれた原因があったのではないだろうか。

 あれから40年以上たったのだが、社会の抱えている問題の本質はいまだに変わらないように思われる。こういう音楽がいまだに聞かれるのも、今の若者とかつての若者の中に共通した想いがあるからだと思うのである。

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アイアン・バタフライ

 最近、アイアン・バタフライのことがよく出てくる。キャプテン・ビヨンドやラマタムというバンドを紹介したときに、元アイアン・バタフライのメンバーという言葉が飛びかっていたのだ。

 それでアイアン・バタフライのことについて書いてみたいと思った。しかし、思ったまではいいのだが、残念ながら彼らのアルバムは1枚しか持っていない。1枚しかもっていなくてバンドが語れるのかと自問自答したのだが、答えは“できる”ということになってしまった。

 基本的にアイアン・バタフライについては、ほとんど誰も知らないか、知っていても"ガダ・ダ・ヴィダ"しか知らないから、適当に書いても大丈夫だろうと判断した次第である。

 それで彼らは1967年にカリフォルニアで結成された。バンドの中心メンバーはキーボード担当のダグ・イングルとドラム担当のロン・ブッシーであろう。
 “あろう”と書いたのは、結成から解散までオリジナル・メンバーはこの2人しか続けていなかったからである。

 アイアン・バタフライという名前は、文字通り“鉄”と“蝶”を表しており、これは“重いもの”と“軽いもの”の象徴だという。つまり対義語のようなものであり、さらに推測すると“自由”と“束縛”、“戦争”と“平和”という二律背反のようなものを、彼らは言いたかったのではないだろうか。

 当時は泥沼化するベトナム戦争が社会問題化していたアメリカである。世の中の動きに敏感な若者ほどそれを問題視し、この時代に対して自分はどう対峙すればいいのかと悩んでいた時代である。たぶん。

 60年代後半にデビューしたアメリカのバンドには、たいていそういう社会に対しての音楽、もしくは時代からの影響という側面を持っているものだが、彼らもまたグループ名を比喩的に考えたと思うのである。そしてそれは彼らの音楽性にも表れている。

 1968年に1stアルバム「ヘヴィ」を発表した。そのあと、ドアーズやグレイトフル・デッド、ジェファーソン・エアプレイン、ザ・フー、トラフィック、クリームなどとツアーを行っている。そのせいか、デビュー・アルバムはビルボードのチャートにずっと残っていたという。

ヘヴィ(紙ジャケット仕様) Music ヘヴィ(紙ジャケット仕様)

アーティスト:アイアン・バタフライ
販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:2009/03/18
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 そして彼らの最高傑作、というか、これしかないといわれる2ndアルバム「ガダ・ダ・ヴィダ」を発表した。これも1968年である。

In-A-Gadda-Da-Vida Music In-A-Gadda-Da-Vida

アーティスト:Iron Butterfly
販売元:Atlantic
発売日:1987/07/07
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 全6曲なのだが、最初の5曲はどちらかというとポップでちょっとサイケがかった小曲になっている。"君が望むもの"、"花とビーズ"、"終末"タイトルからわかるようにまさに当時のヒッピー・ムーヴメントの影響を受けている。やはり当時のウェスト・コーストは時代の影響をもろに受けていたのであろう。

 問題は最後の曲"In-A-Gadda-Da-Vida"である。当時のレコードのB面全部を使って表現したこの17分03秒の曲名は、日本語では“生命の庭”というらしい。聖書でいうところの“エデンの園”である。
 要するに“現実の社会ではなくて、安息の地(生命の庭)で愛し合おうよ”という安直なヒッピー・コミューンについてのものなのだが、なぜそういう考えが出てきたのかは、やはり時代状況のせいであろう。

 とにかくキーボードやギターを中心とした即興演奏がダラダラ続くし、途中シンプルなドラム・ソロもある。確かにクスリでもキメてこの音楽を聞けば、現実逃避にはなるし、聞いて(効いて)いる間は幸福感が満たされるであろう。要するにトリップ・ミュージックである。

 たぶん時代とマッチした音楽でなおかつトリップできる音楽だから、西海岸の若者を中心にヒットしたのだと思う。いや西海岸だけでなく世界中にヒットしたのだ。それは世界的にヒッピー・ムーヴメントやLOVE&PEACEという言葉が流行っていたからである。

 このアルバムはビルボードのチャートに140週以上にわたってとどまり、そのうち81週はトップ10にあった。今日までトータルでだいたい3000万枚以上売り上げているという。彼らの音楽がいかに若者から支持を受けていたかがわかると思う。

 21世紀の今から見れば、音の古臭さや演奏力の点でちょっとどうかなという面も確かにあるのだが、(特に団塊の世代の人たちにとって)歴史的な功績から見れば、決して外してはならない名盤なのである。

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マーズ・ヴォルタ

 最近のバンドで一番感動したのは、アメリカのロック・バンド、マーズ・ヴォルタである。これは凄いバンドだ。凄すぎる。ぜひ一度手にとって耳を傾けて欲しい。80年代以降のキング・クリムゾンが好きな人なら必ずや気に入るはずであろう。間違いない!

 というわけでのっけから我を見失うほどなのだが、とにかくこのマーズ・ヴォルタの音は素晴らしい。彼らは自分たちではそう思ってないのかもしれないのだが、間違いなく21世紀における第1級のプログレッシヴ・ロック・バンドである。実際、米のローリング・ストーンズ誌か何かの雑誌が彼らの音楽をプログレッシヴ・ロックと呼んでいたが、まさにその通りの“進歩的な”音なのである。

 自分は彼らのアルバムを発表順ではなく聞いたのであるが、2枚聞いた中で2枚とも素晴らしかった。

 最初に聞いたアルバムは2006年に発表された3rdアルバムの「アンピュテクチャー」だった。タイトルは造語で“AMPUTATE”(手足を切断する)、“AMPUTEE”(手足を切断された人)と“ARCHITECTURE”(建築)とをくっつけたらしい。のっけからR15指定のタイトルである。

 アルバム・ジャケットもそれに沿ったもので、トータル・デザインといえば聞こえはいいのだが、やっぱり不気味である。このタイトルに沿った絵画を探していたそうで、それが見つかるところがアメリカの文化の奥深いところかもしれない。

アンピュテクチャー Music アンピュテクチャー

アーティスト:マーズ・ヴォルタ
販売元:USMジャパン
発売日:2009/03/04
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 そして全体の雰囲気はというと、「プレゼンス」を発表した頃のレッド・ゼッペリンがクリムゾンの曲をやったり、壮大な実験作品を演奏しているという感じである。だいたいわかってもらえるだろうか。

 とにかく音圧が他のバンドと圧倒的に違う。例えば、ドリーム・シアターもまた現代を代表するプログレ・バンドだが、あれには少しというか、かなりヘヴィ・メタル的なリフや個人のテクニカルなプレイが強調されているが、このマーズ・ヴォルタにはそういう点は見られない。
 逆にドリーム・シアターよりも音が一つの塊となって聞き手に迫ってくる、そんな感じなのである。

 確かに個人個人の技術は大したものなのだが、アルバム録音はとりあえずそれぞれの楽器からの音を録音して、あとはテープ編集、ミキシングで行っているという。
 だからある意味彼らのアルバムは、ライヴで再現できるできないは別として、スタジオ芸術作品として存在しているのである。

 全8曲でCD収録の限界に挑むように70分以上の音楽が収められているが、とにかく圧倒的な音圧が駆け抜けていくような感じである。もちろん曲のある部分では静かなところもあるし、逆に違うところでは激情的なドラミングや切り裂くようなギター、一つの楽器でないかと思われるような高音のボーカルが入り混じって、曲を構成している。

 2曲目の"Tetragrammaton"だけでも17分近くあるのだから、いまどきこんなバンドは珍しい。しかもその前後の曲は5分程度で、アルバム構成も凝っているといっていいかもしれない。
 また最初の曲と最後の曲がほぼ同じ曲調であり、連環している。これはプログレッシヴ・ロックの得意とするところでもある。

 こういうアルバムを聞きながら車を運転していると、思わずアクセルを強く踏んでしまいそうだし、高速道路なら軽く時速120km以上は出してしまいそうである。

 基本的にバンドの音はベース、ドラムス、ギター、ボーカルとときおりのキーボード、サックスなどのブラスなのだが、メインはギターとドラム、ボーカルの3つであろう。この3つが三つ巴となって鳴り響いている。
 彼らはテキサス州エル・パソ出身なのだが、そのせいかときおりスパニッシュの香がする。ラテン・パーカッションもわずかだが使用されている。

 このアルバムに感銘して(もう一つ別の理由は期間限定の廉価盤1600円だったから)、彼らの2ndアルバム「フランシス・ザ・ミュート」を購入した。

フランシス・ザ・ミュート Music フランシス・ザ・ミュート

アーティスト:マーズ・ヴォルタ
販売元:USMジャパン
発売日:2009/03/04
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 これは2005年に発表されているので、セカンドとサードの間は1年間しかなかった事になる。これは現代のビッグ・ネームのバンドでは大変に珍しいことである。

 しかもこのアルバムは初登場で全米4位を記録したというから半端ではないほどの力作である。
 全5曲で76分以上、最後の曲"Cassandra Geminni"にいたっては30分以上もある。昔でいうと組曲形式なのだが、そういう曲が他にも2曲あるから、これはもう誰が見ても聞いてもプログレッシヴ・ロックであろう。

 このアルバムが2作目なのだが、とても2作目とは思えない内容であり、イギリスのヴェテラン・プログレ・バンドより十分に貫禄と迫力がある。
 2曲目の"The Widow"はシングル・カットされたのでメロディは哀愁を帯びて素晴らしいものになっているし、曲も5分少しで短い。ただ、エンディングがしつこくてアヴァンギャルドだと思う。もっとさっくり終わって欲しかった。

 とにかくマーズ・ヴォルタの音は形容しがたいものであり、言葉で定義してしまうとせっかくの音楽が限定されてしまう。この唯一無二の音は自分で確かめてみるほかはなく、体験の中から味わうほかはないと思っている。卑怯なようだがそれが正直な感想でもある。

 マーズ・ヴォルタは数名のミュージシャンから構成されている集合体であるが、中心となるミュージシャンはギター、キーボード担当のオマー・ロペスとボーカル担当のセドリック・ザヴァラである。

 彼らは2008年に4枚目のアルバム「ゴリアテの混乱」を発表し、さらに今年の6月には新作「八面体」を発表するらしい。何が“八面体”なのか、八面山という山はあっても、八面体は八面体である。

ゴリアテの混乱~デラックス・エディション(DVD付) Music ゴリアテの混乱~デラックス・エディション(DVD付)

アーティスト:マーズ・ヴォルタ
販売元:UNIVERSAL INTERNATIONAL(P)(M)
発売日:2008/01/23
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 とにかくよくわからないのだが、よくわからないのがこのバンドの特徴でもある。新アルバムは8曲らしいが、おそらくこのアルバムも75分以上はあるだろう。恐るべし、マーズ・ヴォルタ、とりあえず「ゴリアテの混乱」を買って聞くことにして、潔く新作を待つことにしよう。“21世紀のスキッゾイド・マン”とは彼らのことを指すのかもしれない。

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ラマタム

 先日、いつもの職場の上司A氏がキャプテン・ビヨンド3枚組のお礼にということで、アメリカのロック・バンド、ラマタムをCDに焼き付けたものを渡してくれた。

 それまでそんな名前のバンドは聞いたことも見たこともなかったので、何じゃこりゃと口には出さずに(出せずに)心の中で思いながら受け取ったのである。

 実際、ラスマスとかラモーンズとかは知っていたが、1970年代の初期のアメリカにラマタムとかいう名前のバンドがあるとはつゆ知らず、きっとラテン系の、サンタナの子分みたいなバンドだろうと高をくくっていた。

ラマタム(紙ジャケット仕様) Music ラマタム(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ラマタム
販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:2006/10/21
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 さらにこのバンドはアトランティック・レコードからデビューしていた。当時のアトランティック・レコードといえば、レッド・ゼッペリンやE,L&P、クリームやイエスといったハード・ロックやプログレッシヴ・ロックの先端を走っており、泣く子も笑うという超一流レーベルであった。

 そこから鳴り物入りでデビューしたらしいのだが、当時の自分は全然気づかなかった。きっと売れなかったに違いないと自己弁護しているのだが、このバンドは2枚くらいはアルバムを発表しているらしい。ということはそれなりに知名度はあったということになる。

 自分がもらったのは1stアルバムの方で、アルバム・タイトルはバンド名と同じ「ラマタム」であった。
 そして当時はハード・ロック・バンドというふれこみだったが、それ以外にももう一つ売り物があった。それはリード・ギタリストが女性であるということだった。

 今でこそ女性ギタリストは珍しくもないが、当時はロックン・ロール自体が男のものという間違った刷り込みが世間一般になされていて、確かに、特にハード・ロック系の歌詞には(ブルーズ・ロック系も似たようなものだが)、女をナンパして…とか、女にフラれて…とか、場合によっては女を買って…などという明らかに男性優位、女性蔑視と受け取られてもしょうがないことを公共の電波やパッケージされた商品を通じて平気で社会に流していたのである。

 だから女性がギタリストで、しかも男性以上に上手にリード・ギターを弾いているということは、これはもう天動説が地動説に取って代わったコペルニクス的転回以来の出来事だったのだ。
 さらにこの女性ギタリストのエイプリル・ロートンという人は、類まれな美貌も兼ね備えていたのだから、当時の若き男性どもは耳目をそばだてたに違いないのである。

 そして音を聞いてビックリである。実はこの女性ギタリスト、弾いているまねだけで実際は違うギタリストがいるのではないのかと思ったりもしたのだが、何と何ともう一人のギタリスト、マイク・ピネラと同等、いやそれ以上のできばえなのであった。

 これには異聞があって、実はエイプリル・ロートンは性転換した女性であって、もとは男性だったという説がまことしやかに流れていたそうである。だからあれほどギターが上手なのであると…たぶんそんなことはないと思うのだが、それほど当時は女性ギタリストというだけで偏見があったのである。

 マイク・ピネラといえば、元アイアン・バタフライというアメリカのサイケデリック・ロック・バンドにも在籍していたギタリストであり(そういえばキャプテン・ビヨンドのギタリストも元アイアン・バタフライであった)、アメリカでは有名人なのであるが、彼は基本的にボーカルを担当しているので、ギター・パートはエイプリルの方が多いと思う。

 またドラマーがジミ・ヘンドリックスと一緒に活動していたミッチ・ミッチェルだから、ある意味スーパー・バンドとまでは行かないが、期待されるバンドだったことには間違いないであろう。

 アルバム全体的にはハード・ロックというよりはアメリカン・ロックという感じで、サザン・テイストもちらほら垣間見える音作りだ。
 サウンドの要は、もちろんエイプリルのギターなのだが、それと同等にキーボードやサックス、フルート等を受け持っているトミー・サリヴァンのプレイがけっこう重きをなしている。

 それは1曲目でのサックスや2曲目でのフルートなど、ハード・ロック系には無縁の存在であるこれらのブラス・セクションを曲の中にアクセントとして色付けをしており、それが音の広がりを促しているからである。

 だから1曲目"Whiskey Place"はハード・ロック系なのだが、2曲目"Heart Song"は落ち着いたジャズ系ロックン・ロールという仕上がりになっている。
 3曲目ではバックのキーボードが音に厚みを加えており、それがかえって2人のギタリストのプレイをより一層鮮烈なものにしている。
 また5曲目の"Wayso"という曲にもトランペットやオルガン・ソロが挿入されていて、ある意味マイク・ピネラやミッチ・ミッチェルよりも重要なポジションを占めているのではないかと思われるのである。

 意外といけると思ったのは4曲目"What I dream I am"や6曲目"Changing Days"である。4曲目はアコースティック・ギターが主体であり、この部分だけ聞くとまるでC,S&Nのようなフォーク・ロックになっている。そして自分にとっては、こういう曲がたまらないのである。21世紀の今ではこういう曲は、なかなか耳にすることができないからだ。

 "Changing Days"ではスライド・ギターが使用されていて、いかにも大陸的なアメリカン・ロックというイメージを掻き立たせてくれる。これはサザン・ロックといっても通用するのではないだろうか、そんな気がしてならない。自分としてはこの路線で押して欲しかったと思ってしまった。

 7曲目の"Strange Place"はその名の通りのストレンジな曲想から作られたようで、忍び寄るキーボードの音や引っ掻くようなギターの音が特徴的である。決して名曲とはいえない曲であるが、そのイントロやエンディングも含めてストレンジな構成の曲である。

 8曲目の"Wild like Wine"ではトーキング・モジュレイターが使用されているのであろう。当時としては珍しい曲だと思う。しかし何もこんなギミックを使わなくても、もっとエイプリルのギターをメインにすればよかったのにと思ってしまう。あるいはもっとアコースティックな面を見せると本格的な正統的アメリカン・ロック・バンドという印象を植え付けられることができたのにと思ってしまった。

 だからハード・ロック路線の曲は1曲目と最後の曲"Can't Sit Still"ぐらいで、あとは例のアコースティック路線か、ブラス・ロックともいえるサックスやフルートの入り混じった曲である。だから収拾がつかず、焦点化されていないのが残念である。

 もっとこういう方向性でいくと方向付けがしっかりとしていれば、さらにメジャーになったのではないだろうか。
 彼らは1972年にデビューしたのだが、翌年2ndアルバム「暁の妖精」を発表している。そしてそこにはミッチ・ミッチェルやマイク・ピネラの姿はなく、バンドのイニシアチブはエイプリルとトミー・サリヴァンが握っている。

暁の妖精(紙ジャケット仕様) Music 暁の妖精(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ラマタム
販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:2006/10/21
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 自分は聞いたことがないのだが、そのアルバムではエイプリルがギター、ベース、キーボード、ハーモニカと八面六臂の大活躍をしており、しかも1曲だけリード・ボーカルを取っている曲があるという。彼女の声を聞けるのはこの1曲しかないはずで、ファンには貴重なものになるに違いない。ただしファンがいればの話だが…

 エイプリル・ロートンのその後についてはHoochie Coochie Manという人のブログに詳しく語られているのでここでは省略したい。2作目が売れなかったということもあるし、あまりにも世間が女性ギタリスト云々というのでそれに嫌気が差し、グラフィック・デザイナーに転進したという説もあるらしい。

 これも伝聞なのだが、彼女は2006年の11月23日に心臓麻痺で58歳で亡くなったということである。
 ちなみに2008年の11月12日にはドラマーのミッチ・ミッチェルがオレゴン州のホテルで亡くなっている。病死だったらしい。享年61歳だった。ジミ・ヘンのトリビュート・コンサートの途中だったらしい。天国のジミが彼を呼んだのかもしれない。

 いずれにせよ70年代の初めに流星のようにあらわれて、花火のように消えたアメリカのバンドだった。それでも線香花火ではなく、ちょっとは高く飛んだ打ち上げ花火だったと思われる。もう少し方向性を絞れば、かなりの線までは行ったと思うのだがどうだろうか。
 
 しかしA氏はブリティッシュ・ロック専門と思っていたのだが、実際はアメリカン・ロックも得意な部分だということがわかった。これからもマニアックなアルバムを紹介してくれることを期待してこの項を閉めたいと思う。

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テレヴィジョン

 最近、“テレヴィジョン”を聞いた。こういう風に書くと何か変な気がする。テレヴィジョンは聞くものではなくて、見るものだからである。

 でもここで言う“テレヴィジョン”とは、アメリカはニューヨークのパンク・ロック・バンドであるテレヴィジョンのことである。もっと詳しく言うと、トム・ヴァーラインという人がリーダーの4人組バンドのことである。

 彼らの1stアルバム「マーキー・ムーン」を全編通して聞いたのは初めてであった。このアルバムは、日本では1977年に発表されているので、発表されて約30年たって初めて全曲通して聞いたわけで、いまさらながらやっぱりパンク・ロックは門外漢ということがよくわかった。(私の知人のパンクの神様K氏が聞けば、驚くと同時に呆れ果てるに違いない)

マーキー・ムーン Music マーキー・ムーン

アーティスト:テレヴィジョン
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2006/02/22
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 確かに1977年当時はパンク・ロックの全盛期であった。パンクはニューヨークが発祥の地であるといわれ、ラモーンズがその元祖ともいわれているが、正確なことはよくわからない。
 いずれにしてもパンクは、ニューヨーク・パンクとロンドンパンクが二大潮流だった。そのニューヨーク側の代表の一つが、このテレヴィジョンだった。
 
 またパンク・ロックの特長としては、曲の時間が短く、全体的に疾走感があると同時に、アルバム全曲を通して一本調子のところがある、演奏力は素人に毛が生えた程度などの点が上げられるが、このテレヴィジョンは少し違った点が見られる。

 彼らのオリジナル・バンドは1971年に遡ることができる。当時はネオン・ボーイズと名乗っていたそうだ。テレヴィジョンとして初めてライブハウスで演奏したのは1974年の事で、それから3年たってオリジナル・アルバムを発表した。だから、それなりに下積みの経験があるわけで、演奏力はかなりある。決して素人ではないのだ。

 また短い曲もあるが、長い曲もある。アルバム・タイトル曲の"Marquee Moon"は9分を超える大作だし、"Elevation"、"Guiding Light"、"Torn Curtain"なども5分や6分を超えている。
 またメロディがしっかりしていて、曲ごとの印象が異なる。前衛的な感じの曲は見られず、いずれも結構いい曲なのである。

 また"Prove it"などはシンプルで、かなりポップな印象を受ける曲である。こうやってみると、トム・ヴァーラインという人は、曲作りのセンスがあったのではないかと思うのである。

 世の中に認知されたパンク・バンドは、いずれもメロディがしっかりしていて、耳に残りやすい要素を備えていると思う。このテレヴィジョンしかり、イギリスのセックス・ピストルズやストラングラーズ、クラッシュ、XTCなどいずれもパンク・バンドだったが、すぐに有名になった。やはり気合や姿勢、ファッションだけでは歴史に残るバンドには成りえないのであろう。

 歌い方は男性版パティ・スミスである。リーダーのトム・ヴァーラインは、当時パティのボーイ・フレンドだったからその影響もあったのだろうか。ときにささやくように、ときに絶叫するように歌う様子はよく似ていると思う。

 ニューヨーク出身のパンク・バンドは、どのバンドも多かれ少なかれ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの影響を受けているように思える。ヴェルヴェットのルー・リードも似たような感じだからだ。
 しかもテレヴィジョンはヴェルヴェット・アンダーグラウンドだけでなく、西海岸のドアーズの影響もあるのだろう。だからドアーズと同じように、曲の構成が他のパンク・バンドとは違っているし、歌詞からも文学的な香りが漂ってくる。キーボードがあまり響いてこないドアーズという感じである。

 もともとトムは、トム・ミラーという名前だった。それではあまりにも普通すぎるので、フランスの詩人から名前を借りてトム・ヴァーラインとしたのである。だから歌詞にもそういう雰囲気が漂っているのであろうし、名前の頭文字を取って、TV、つまり“テレヴィジョン”とバンドに名づけたのであろう。

 彼らは翌年の78年に「アドヴェンチャー」という2ndアルバムを発表したあと、解散した。メンバー間の軋轢のせいともいわれているし、2ndがあまり売れなかったからという話もある。
 しかし90年代に入って、再結成し、アルバムも発表した。日本にも初めてコンサートにやってきたようだ。

 ともかくいまさらこういうのも何だが、彼らの1stアルバムの「マーキー・ムーン」は名盤である。ナイフのような切れがあり、かつビロードのように光沢のあるサウンドだと思う。
 確かにヴェルヴェット・アンダーグラウンドやドアーズの影響もあるのだろうが、それ以上のインパクトと影響を与えたアルバムだと思うのである。あのU2も、デビュー前にはテレヴィジョンの曲をコピーしていたという。

 トムとパティの蜜月期間と同じように、バンドの命運も短かった。しかし短かったとはいえ、彼らの与えた影響力は21世紀の現在にも流れ続けているのである。

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シュガーカルト

 前回のブログでカナダのバンド、シンプル・プランとアメリカのバンド、シュガーカルトの違いがよく分からないと書いたのだが、実際よく似ているバンドだと思う。

 両方のバンドともメロディックなパンク・ロックというふうに位置づけられているし、人気が出てきたのもほぼ同じ時期である。さらにメンバー構成もギター2本にベース、ドラムスと同じなのもよく似ている。

 シンプル・プランの2ndアルバムは2004年に発表されているのだが、シュガーカルトの2ndも同じ2004年に発表されている。
 彼らのそのアルバム「パーム・ツリーズ・アンド・パワー・ラインズ」はよくできた傑作である。

Palm Trees and Power Lines Music Palm Trees and Power Lines

アーティスト:Sugarcult
販売元:Rykodisc
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 特に冒頭の3曲、"She's the blade"、"Crying"、"Memory"は必殺のキラー・チューンになっていて、これを聞いたらノック・アウトという感じである。
 またスローな曲もよくて"Back to California"や"Counting Stars"なんかもよくできた曲で、スローなテンポから一転してハードになるところは予想通りとはいえ、結構いけるのである。

 だから単なるパンク・バンドではなく、やがてはアメリカを代表するロック・バンドになるだろうと思われた。
 しかし2006年に発表された3rdアルバム「ライツ・アウト」では、ポップな要素は後退し、よりロック色を鮮明にしている。それは彼らの成長とも捉えられるし、逆に今までの彼らのファンからすれば、あのさわやかなメロディはどこへ消えたのかと悲しむことにもつながる結果にもなった。
 さらにジャケットも何となくダークなものだったし、今までと確かにイメージ・チェンジしている。

Lights Out Music Lights Out

アーティスト:Sugarcult
販売元:V2
発売日:2006/09/11
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 だから確かに彼らは成長しているのだろうけれども、大事な何かを失っている感じはする。彼らの良質なポップな要素はそのままにしながら、もっとロック色を強めていくということはできなかったのだろうか。あのグリーン・デイのように…

 彼らは今年でデビュー10年という。それでそれを記念して、2001年から2008年までのベスト盤を発表するらしい。しかしたったアルバム3枚と数枚のシングルで、ベスト盤とは少し早過ぎないだろうか。
 これはひょっとして彼らの音楽観が煮詰まっているのか、あるいはメンバー間がギクシャクしているのか、それともレーベルとバンド側の契約を消化するために企画されたアルバムなのか、謎は謎を呼ぶのである。

REWIND 2001-2008 + LIVE IN JAPAN!(DVD付) Music REWIND 2001-2008 + LIVE IN JAPAN!(DVD付)

アーティスト:シュガーカルト
販売元:カッティング・エッジ
発売日:2009/02/18
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 だから私の中では、シュガーカルトとシンプル・プランの立場は逆転して、今ではシンプル・プランの方が大きくリードしている。
 そして今これを書きながら、彼ら2つのバンドの違いがやっと分かったような気がする。シュガーカルトのこれからの飛躍を期待するばかりである。

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アル・クーパー

 2008年の問題作ではないのだが、話題作には間違いないと思われるアルバムがあった。それがアル・クーパーのアルバム「ホワイト・チョコレート」である。

ホワイト・チョコレート Music ホワイト・チョコレート

アーティスト:アル・クーパー,キャサリン・ラッセル
販売元:SMJ(SME)(M)
発売日:2008/11/26
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以前のアルバム「ブラック・コーヒー」が3年前の2005年に発表されたから3年ぶりのアルバムという事になる。
ブラック・コーヒー Music ブラック・コーヒー

アーティスト:アル・クーパー
販売元:Sony Music Direct
発売日:2005/07/27
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 ただその「ブラック・コーヒー」が約30年ぶりのアルバムということだったから、そのときは結構話題になったのだが、タイトルから見てわかるように、この2枚のアルバムは表裏一体、対のようなアルバムになっている。

 アル・クーパーは今年の2月で65歳になるアメリカのミュージシャンである。12,3歳頃からギターやピアノに親しみ、大学を中退してスタジオ・ミュージシャンになっている。

 彼の名前を一躍有名にしたのが、ボブ・ディランとのレコーディングであった。ディランの「追憶のハイウェイ」の中の"Like a Rolling Stone"でのハモンド・オルガンの荒々しいプレイで彼の名前は多くの人の記憶に残ったのである。
 実はこのときにほとんど初めてといっていいほどハモンド・オルガンを演奏したというエピソードも残っているのだが、フォークとロックの融合というディランの願いはこのときに叶ったのかもしれない。

 だから欧米ではミュージシャンというよりも、演奏者やプロデューサーとしての評価の方が高いのである。ディランとの共演やマイク・ブルームフィールドやスティーヴン・スティルスとのセッション活動は世間の注目を集めていたし、ブラス・ロックのB,S&T結成の中心人物として活躍したこともその理由になっているのであろう。

 ところが日本では、プロデューサーとしてのアルよりもパフォーマーとしてのアルの方が人気があったし、ソロ・アルバムも評価が高かった。だからアメリカでは彼のソロ・アルバムはほとんどが入手不可能らしいのだが、ここ日本では逆に、ほとんど入手可能である。この点が日米の違いを表しているようで興味深いと思う。

 だから海外では、意外と彼は過小評価されているような気がしてならない。もちろん演奏者やプロデューサーとしての彼は素晴らしいのだが、それに負けず劣らず、表現者としての彼もまた素晴らしいということをもっとわかってほしいと個人的に思っている。

 彼は1969年に「アイ・スタンド・アローン」という素晴らしいアルバムを発表して以来、80年代まで7枚のアルバムを発表している。その中で1972年に発表された「赤心の歌」は彼の最高傑作だと思っている。

赤心の歌 Music 赤心の歌

アーティスト:アル・クーパー
販売元:Sony Music Direct
発売日:2005/09/21
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 もともと彼は、職業作曲家として活動し始めた。彼が制作にかかわったシングルで全米No.1になった曲もあった。だから彼のソングライティング能力はかなりのものなのである。特に70年代の表現者としての彼はシンガー・ソングライターのようであった。

 しかもかなりポップで耳になじみやすいメロディの書けるミュージシャンであった。このアルバムでも名曲"Jolie"をはじめ、サム・クックの"Touch the Hem of his Garment"など、数々の名曲で占められている。そしてどの曲にも覚えやすいサビの部分がある。

 確かにこのアルバムも名盤だし、それ以前の「イージー・ダズ・イット」や「紐育市(お前は女さ)」も名盤の域に達していると思う。この時期のアルは、最高に乗っていて、本当にソウルフルなシンガー・ソングライターだったと思うのである。

 それで約30年以上もたってのニュー・アルバムは芳醇な香りに満ちたブランディーやワインのようなコクのある味わい豊かなものになっている。その辺のポッとでの新人バンドやミュージシャンには絶対にまねのできない音なのだ。

 だから何度でも繰り返し聞くことができる。車の中で聞いていると、エッもう終わったのというくらい60分以上あるアルバムも短く感じてしまう。
 そしてソウルフルな楽曲はより黒っぽく、その歌声はますます艶っぽくなっている。相変わらずスモーキー・ロビンソンなどの他のソウル・シンガーのカバーもあるし、ブラスを用いてのゴージャスなジャズのスタンダード・ナンバーのような曲もやっている。

 「ブラック・コーヒー」の"How my ever gonna get over you"や"Imaginary Lover"などを聞くと、感動の余り胸が熱くなってしまう。本当にこの人は当時61歳だったのだろうかと驚くほどである。

 最新アルバムの「ホワイト・チョコレート」も前作の路線を踏襲したものになっている。本人曰く、『ホワイト・チョコレートとは白人の男が奏でるブラック・ミュージックということだ。21世紀版ブルー・アイド・ソウルという意味をタイトルに込めたんだ』ということなのである。

 だからオーティス・レディングの"I love you more than words can say"やベン・E・キングの"I(who have nothing)"のカバーなどが収録されているし、ゲストにスティーヴ・クロッパーやドナルド・ダック・ダンやジェリー・ゴフィン(元キャロル・キングの旦那)を迎えて制作した曲もある。
 後者の"You make me feel so good"はこのアルバムを代表する曲である。おそらくここ日本や本国アメリカでもヒットはしないだろう。しかしヒットするしないなど関係なく、彼にとっては記念となる曲にしたかったのではないだろうか。そういう思いが伝わってきそうな曲なのである。

 できれば毎年こういうアルバムを出してほしいのだが、それはまず無理だろう。だが彼のブラック・ミュージックに対する愛情は年を経るにつれてますます高まっていくと思うのである。(できればアルバム・ジャケットに彼の70年代の写真と現在の写真を一緒に載せない方がいいと思う。時の流れとは何と無情なのかがよくわかるからだ)

 蛇足だが、このアルバムを聞きながら、アイルランドのソウル・シンガー、ヴァン・モリソンを思い出した。声質などは全く違うのだが、その経験から来るいぶし銀のような楽曲には多くの共通点があるような気がする。

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2008年の問題作(2)

 さて2008年の問題作シリーズのパート2である今回は、約17年ぶりにオリジナル・アルバムを発表したガンズ・アンド・ローゼズ(以下ガンズンと略す)の「チャイニーズ・デモクラシー」についてである。

 ある意味、2008年最大の話題作(問題作?)と断言してもいいアルバムではないだろうか。
 昔から(正確には2001年頃から)、“アルバム制作に取り掛かった”とか“もうすぐアルバムの発表だ”などとボーカリストのアクセル・ローズ自らが言ってきていたにもかかわらず、ライヴ音源として非公式には発表されていたものの、1枚のアルバムとしては全く雲をつかむようなものであった。

 また、余りにも長い時間待たされてきたので、このアルバムの存在自体を疑う人も出てきて、本当に作っているのだろうかと多くの人が疑心暗鬼になっていた。

 だから「もしも2008年中にガンズンの新作が発表されたら、わが社の飲料水を1本無料でプレゼントする」と全米中にCMを流した清涼飲料水会社まで現れるのである。
 このCMは2008年の3月に流されたものだが、実際にアルバムが発表された後、この会社は自社のホームページに無料クーポン券をダウンロードできるようにしたのだが、あまりにも多くのアクセスが殺到したためクラッシュしたそうである。こうなるともう社会現象である。

 このアルバムの制作は、1994年に始まったということなので、完成までに約14年かかったということになる。またこのアルバムの制作費が約14億円といわれているらしいので、単純に考えて、1年間で約1億円このアルバムに投資したということになる。

 またアルバムは14曲で構成されているので、これまた単純に考えて、1曲につき約1億円かかったということになる。素晴らしいではないか、ガンズンよ!

チャイニーズ・デモクラシー Music チャイニーズ・デモクラシー

アーティスト:ガンズ・アンド・ローゼズ
販売元:UNIVERSAL INTERNATIONAL(P)(M)
発売日:2008/11/22
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 その内容もこの14年間何をやってきたのだろうか、14年という年月はいったい何だったのだろうかと思えるような、昔とほとんど変わらない音を出している。

 確かにギタリストはいっぱいいて、確認は出来ていないのだが、あのクィーンのギタリスト、ブライアン・メイも参加している曲もあるという。

 確認できたギタリストだけで5人はいるから、これはもうリーダーであるアクセル・ローズのソロ・プロジェクトと言ってもいいだろう。その名前がガンズ・アンド・ローゼズというだけのことである。

 個人的に気に入った楽曲は3曲目の"Better"である。全体的なメロディがきれいだからだ。また次の曲"Street of Dreams"はピアノのイントロが印象的だし、曲自体もいかにもロックしていてよい。それにストリングスがかぶさってくるところは、昔の"November Rain"を髣髴させる。

 また"I.R.S."や"Madagascar"などはライヴでもたびたび披露されているので、熱心なファンには周知の曲かもしれない。前者はヘヴィ・ロックに近い音圧で迫ってくるし、後者の曲の詩には様々な断片的な台詞がちりばめられている。

 "Madagascar"にはマーティン・ルーサー・キング牧師の演説の一説や映画の台詞が引用されている。例えばブラッド・ピットが熱演した“セヴン”や黒人差別の実態を描いた“ミシシッピー・バーニング”、メル・ギブソンが主演した“ブレイヴハート”、マイケル・J・フォックスやショーン・ペンが出演した反戦映画“カジュアリティ-ズ”、昨年亡くなったポール・ニューマンの“暴力脱獄”などである。

 次の"This I love"などはアルバムの終わりを飾るにふさわしいバラード系の楽曲になっている。確かに1曲に1年と1億円をかけただけあって、昔と変わらないロックを聞かせてくれる。

 彼らはといっても正確にはアクセルは、1985年にデビューして、87年に発表したアルバム「アピタイト・フォー・デストラクション」は、50週かけて、全米No.1を獲得した。
 このアルバムは全米だけで1800万枚以上、全世界で2800万枚以上の売り上げがあったモンスター・アルバムになった。

Appetite for Destruction Music Appetite for Destruction

アーティスト:Guns N' Roses
販売元:Geffen
発売日:1990/10/25
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 この売り上げのおかげで、14億円を費やせるだけの元手ができたのかもしれない。実際、17年間はアルバムも出さず、ライヴ活動だけで(時にそのライヴ自体も急にキャンセルされたりしたが)生活できたのも、当時のファンの熱烈な応援があってのことだろう。

 この最新アルバムの方は、ビルボード初登場3位と好調であったが、次の週には大きくベスト10から外れて30位以下になったと聞いた。今後どう変わるかわからないが、たぶん1000万枚以上も売れないだろう。

 アクセル自身は今年で47歳なので、まだまだこれから活動すると思うのだが、もう1曲に1年もかけないで、せめて1ヶ月くらいにしてほしいものである。

 しかし本当に年末になって急に発売されたアルバムだった。本当に発売されるとは思わなかったし、そう思っていた人は結構いたのではないだろうか。そういう意味では2008年を揺るがした奇跡のようなアルバムであったと思うのである。

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大掃除に…

 日本には年末になると、一年の締めくくりと来るべき新しい年に期待を込めて?、どの家庭でも大掃除を行うという習慣がある。最近ではこの習慣もだんだんと薄れてきているようであるが、それでもこの時期に急に周りの整理整頓を行う人は結構いると思う。

 かく言う自分自身も、CDの整理をしたり本の整頓をして、不要なものはセコハンのお店に持っていって、少しでもいいから金銭に換えようとしたりする。年の始めくらいはリッチにいたいからだ。

 それで柄にもなく大掃除を行うわけだが、そんなときにやはりBGMがほしいと思うわけで、それで自分なりに何がふさわしいか考えたわけだが、いろいろと試してみてやはり一番いいのはジャーニーの「グレイテスト・ヒッツ」だと思っている。

Greatest Hits Music Greatest Hits

アーティスト:Journey
販売元:Columbia
発売日:1996/04/04
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 掃除がはかどるには段取りが第一であり、次にどれだけ時間をかけたかという労力である。その時間をどれだけかけられるかは、やはりノリだと思う。この場合の“ノリ”とは、気分的なものも含まれている。

 それでジャーニーの「グレイテスト・ヒッツ」がふさわしい理由は、音楽的にリズミカルでテンポがよいからである。まさに“ノリ”を出させる高機能な楽曲が目白押しだからである。
 しかもベスト盤だから、どこを切っても金太郎飴のように、ポップで聞きやすいために、どこから聞いても思わず体が動いてしまう。

 それでは例えば、ドゥービー・ブラザーズでもノリのよい楽曲はあるからいいのではないかと思う人もいるかもしれないが、確かにドゥービーでも悪くはないのだが、彼らのベスト盤はジャーニーよりも黒っぽいので、段取りを必要とする作業には不向きだと思っている。特にマイケル・マクドナルドが加入した後期の曲が収められているベスト盤はよくない。掃除がはかどるどころか、逆に欲求不満に陥ってしまうから厄介である。

 逆に考えれば、ドゥービーの初期から中期の曲は基本的なロックであり、78年以降のジャーニーの曲はアダルト・コンテポラリー・ロックいわゆる産業ロックという違いから来るのかもしれない。
 だから何も考えないで、ただ体を動かすだけなら産業ロックのほうが万人向けなのだろう。

 ところでこの時期に、個人的にはもう1枚聞くアルバムがある。それはジェファーソン・スターシップ(以下JSと称す)の1975年のアルバム「レッド・オクトパス」である。自分にとってはこのアルバムこそ大掃除の真打ちといっていいアルバムなのだ。

Red Octopus Music Red Octopus

アーティスト:Jefferson Starship
販売元:RCA Legacy
発売日:2005/09/13
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 なぜふさわしいのかというと、それはよくわからない。ひとつは曲が良いということはいえるだろう。"Miracles"、"Ai Garimasu(愛ガアリマス)"、"Play on love"という非常に“ノリ”のよい曲が多いということはいえるだろう。

 また当時58歳だったパパ・ジョン・クリーチの演奏するヴァイオリンもいい味を出している。この時期のJSは8人編成だった。ロック・バンドで8人は多すぎると思うのだが、このアルバムでは8人がそれぞれの役割を十分に果たしていて、非常に優れた完成度を誇っているものになった。

 だからJSの前身であるジェファーソン・エアプレイン時代から後身の"シスコはロックシティ"のシングルヒットを生んだスターシップ時代を含めて、唯一の全米No.1を記録したアルバムになっているのであろう。
 しかも200万枚以上を売り上げ、4回にわたってアルバム・チャートNo.1に返り咲いたのだから、やはりそれにふさわしい魅力を持ったアルバムなのである。

 とにかく言葉で説明するのは難しいのだが、摩訶不思議な魅力を持っているアルバムであり、それが大掃除にフィットしている。
 だから自分が掃除をするときはいつも、このアルバムを大音量で流している。もし疑うなら自分でやってみるといい。きっと普段よりも能率よく掃除をしている自分の姿を発見することだろう。

 欧米では悪魔の使いとまでいわれている“タコ”だが、少なくともこの「レッド・オクトパス」はその逆で、このジャケットを見ればわかるように、ハートの形をした赤いタコが私たちに“LOVE”をもたらしてくれるのである。

 年末のあわただしい時期ではあるが、そういうときこそ心の余裕をもたらしてくれる“MUSIC”が必要になってくるのではないだろうか。みんなもそれぞれ自分なりの“大掃除の曲”を見つけてみたらどうだろう。

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時の征者

 年末だというのに、週末になると佐賀の唐津に行ったり、大分の中津に行ったりして、結構忙しくしている。本業以外の趣味の世界だから行かなくてもいいのだけれども、やはりついつい体が動いてしまうのである。

 しかも貧乏だから、泊まるところは安いところと決まっている。佐賀は民宿だったし、中津は3500円のビジネスホテルである。ただ佐賀の民宿は4500円という値段の割には、綺麗で立派な建物だった。たまにはこういう当たりもあるというのがうれしい。
 だから不況で日本経済が悪化しているいま、世の中の金回りをよくしようとする努力をそれなりにしていると思えば、少しは自分の行動も役に立っているのかもしれない。

 それで金食い虫のCD収集家としては、最近も数枚CDを購入してしまった。そのうちの最初に聞いたのが、アメリカのSSWであるジャクソン・ブラウンの「時の征者」である。

時の征者 Music 時の征者

アーティスト:ジャクソン・ブラウン
販売元:SMJ(SME)(M)
発売日:2008/10/01
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 オリジナル・アルバムとしては6年ぶりとなる作品だそうであるが、一聴したところでは、確かに昔一緒によく遊んだ友人に再会したような気持ちになってしまった。
 
 特に1曲目のアルバム・タイトル曲や2曲目の"Off of Wonderland"などは、いわゆる“70年代のウェストコースト風”になっている。つまり女性のコーラスやオルガンで味付けられ、アコースティック・ギターのシンプルなリフが使われているような音なのである。

 これら以外にも"Just say yeah"、"Far from the arms of hunger"など昔を髣髴とさせる曲はあるのだが、全体的な曲調としてはやや地味というか、暗い印象を受ける。

 それはたぶん歌われている内容からきているのではないだろうか。さすがジャクソン・ブラウンと思えるような政治的な歌や平和を求める個々人の姿勢を問うような内容のもので占められているのである。
「たとえ君がどんな進路を
選択するにしても
それは敵を確認するために
誰を信じるのかによるのだ

誰が戦争のドラムを
叩いているのだ
平和が失われる前でも
誰かが利益を得ているのだ
そしてそのコストに
耐えているのは誰だ
国が戦争への道を
歩もうとしているときに」
("The Drums of War")

「僕たちは証拠という
真実をつかんでいる
エアフォース・ワンから
彼は悲惨な状況を眺め
ひげをそり、目を休め
下を見下ろしていた
彼は休暇からの帰り道に
上空を2回旋回したんだ
君はどこにいたの
その写真を見つけたとき
君はどこにいたの
通りが黒い水でいっぱいに
なっていたとき」
("Where were you")
[訳プロフェッサー・ケイ]

 いずれもイラク戦争やハリケーン・カトリーナの様子を歌っているのだが、相変わらず政府の態度や施策について痛烈な批判を加えている。また政府だけでなく、一人ひとりの内面や行動面にまでその追及の手を休めようとしない。さすがジャクソン・ブラウン、カリフォルニアの良心はまだ健在なのである。

 そういうわけで全体的にやや暗めではあるものの、じっくりと聞かせる問題作になっている。アメリカ人や英語のわかる人にはかなりシリアスなアルバムではないだろうか。

 だからアルバム自体は売れないと思うし、アメリカ経済の活性化にはつながらないと思うのだが、ファンにはジャクソン節健在という知らせにはうれしい限りである。願わくば60歳になった今も、そしてこれからも6年ぶりになどといわずに、良質な音楽を提供し続けてほしいものである。

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闇に吠える街

 自分にとってはもう“学園祭”という言葉は死語になっているが、まだこの言葉が生きていた頃はよその学校に行っては学園祭を見学していたものだった。

 その学園祭のときに、友だちを介して他の大学生と知り合って、そいつがブルース・スプリングスティーンの大ファンだと知ったときは少々驚いた。もう11月で、師走の声もあと少しで聞こえそうという時期にもかかわらず、白いTシャツとジーンズ姿で全く季節感がなかったからだ。

 ちょうど1978年に発表されたブルースの4枚目のアルバムの裏ジャケット写真のような格好だった。

闇に吠える街(紙ジャケット仕様) Music 闇に吠える街(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ブルース・スプリングスティーン
販売元:Sony Music Direct
発売日:2005/06/22
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 そいつは自分の尊敬する人物は“ボス”だといっていた。ここでいう“ボス”とは缶コーヒーのことではなくて、ブルース・スプリングスティーンのことである。彼の愛称は“Boss”だった。

 当時の自分は、ブルース・スプリングスティーンのことは知ってはいたが、そんなに詳しくは知らなかった。彼が1975年に発表したアルバム「明日なき暴走」は全米3位というアルバム・チャートを記録し、同名シングルも大ヒットをし、彼自身も雑誌「タイム」や「ニューズ・ウィーク」の表紙を飾った。

 そのときの評論家ジョン・ランドゥのキャッチ・コピー「僕はロックン・ロールの未来を見た。その人の名前はブルース・スプリングスティーン」というのは今でも忘れられない。これは自分だけでなく、おそらく彼のことを知っている人ならみんな知っているほどの有名なエピソードだと思っている。

 そのアルバムから3年間、「闇に吠える街」が発表されるまで、彼は最初のマネージャーとの裁判に巻き込まれていた。
 最初のマネージャーであるマイク・アペルはブルースをシンガー・ソングライターとして売り出そうと考えていた。実際、最初の2枚はボブ・ディランのようで、キャッチ・コピーも“第2のボブ・ディラン”だったそうである。

 ところが3枚目のアルバムは、先ほどのジョン・ランドゥをプロダクション・チームに招きいれ、それまでのフォーキーな音楽から一転してロックン・ロールを中心としたアルバムに方向転換してしまった。
 そしてこれが大ヒットしたものだから、マイク・アペルとしては面白くない。自分の方針がくつがえされたようなもので、彼はジョン・ランドゥの排除とブルースの音楽方針をめぐって、ケンカになり、結局裁判沙汰になってしまった。

 だからこの裁判が決着するまで約2年半余りの長いブランクがあったのである。それで「明日なき暴走」以降は彼の名前や曲をラジオ等で聞かなかったものだから、彼のことは記憶の彼方に飛んで行ってしまっていたのであった。

 それで冒頭の彼に出会って、ブルースが新作を出している(といっても1年ぐらいたった後だったと思うが)と聞いて、あわてて購入したのが「闇に吠える街」だった。

 このアルバムを聞いて、それまでの彼のイメージが大きく変わったのを覚えている。それまではシングル"Born to run"の影響が強くて、ロックンローラーという印象が強かったのだが、このアルバムを聞いて、ロックする曲もさることながら、バラード系も優れているとあらためて確認したのだった。

 特に"Something in the night"、"Racing in the street"、"Darkness on the edge of town"の3曲は名曲だと思う。特に夜中に一人で聞いていると、しみじみとした気持ちになってしまう。ポップスではなくて、ロックを聴いてしみじみした気分になったのは実に久しぶりのことだった。

 またこれらのバラード系以外でもいい曲が多い。"Badlands"、"The promised land"、"Prove it all night"などはその後もコンサートで歌われている曲である。
 アルバム自体は全米5位と「明日なき暴走」には及ばなかったものの、内容については結構充実していて、彼の隠れた名盤になっていると思う。

 「明日への暴走」と「ザ・リバー」の間に発表されたので、イマイチ印象度は薄いかもしれないが、彼のキャリアの中で重要な位置を占めているアルバムだと思う。

 冒頭の彼にはその後会ってはいない。実際、会ったのは数回だし、直接話をしたのは数えるほどである。だから名前も覚えていないのだが、彼の印象は今でも残っている。“Boss”の素晴らしさを再確認させてくれたのは彼だからだ。

 今でも尊敬する人は“Boss”なのだろうか。そして今でも半袖Tシャツとジーンズで過ごしているのであろうか。

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ダンカンの歌

 ダンカンといっても「たけし軍団」で芸能人のダンカンでもなく、NBAのサンアントニオ・スパーズのフォワード選手、ティム・ダンカンのことでもない。1972年に発表されたポール・サイモンのソロ・アルバム「ポール・サイモン」に収められていた曲である。

 当時のFMラジオでは、時々ポール・サイモンの曲が流れてきていた。たとえば"Mother and child reunion"、"Me and Julio down by the schoolyard"などであり、そして"Duncan"もしばしば聞いた覚えがある。いずれもアルバム「ポール・サイモン」に収録されていた曲であった。

Paul Simon Music Paul Simon

アーティスト:Paul Simon
販売元:WEA/Rhino
発売日:2004/07/12
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 "Mother and child reunion"(母と子の絆)は、有名白人ミュージシャンとしては初のレゲエのリズムを使った曲だと言われていたが、よく考えてみると、1968年にビートルズが"Ob-La-Di, Ob-La-Da"でレゲエのリズムを使用している。正確にはポール・マッカートニーの作品だが、同じポールでもマッカートニーの方が早いのではないだろうか。

 それでこのシングルだが、レゲエの軽妙なリズムとポール・サイモンの甘い歌声が微妙にブレンドされていて、聞いていて気持ちが良くなってくる。当時の自分には何と歌っているのかさっぱり分からなかったが(もちろん今でも分からないのだが)、どことなく気分が晴れるような気がした。母親を知らない自分にとってのメッセージ・ソングと勝手に受け取っていたのかもしれない。

 でも実際は、ニューヨークのチャイナタウンで食べた料理のメニュー“鶏と卵”から着想を得て制作されたものらしい。“鶏”が母で、“卵”が子どもである。この2つが1つのお皿に盛られていたから"Reunion"なのだろう。なかなかユニークな着想である。

 "Me and Julio down by the schoolyard"(僕とフリオと校庭で)のタイトルを初めてラジオで聞いたとき、てっきり“僕とフリオと皇帝で”と思ってしまい、しばらくの間、といっても大学生になるまでそういう風に勘違いしていた。僕とフリオと皇帝の3人が何かをするという歌だと思っていたのである。無知とは何とも恐ろしいものである。

 この曲はたぶんシングル・カットされたと思う。もちろんNo.1にはならなかったのだが、自分にとっては思い出のある曲だった。(アルバム自体は全米No.4を記録した)
 ポールお得意の物語性のある歌詞で、捉えようによれば何やら児童虐待や家庭内暴力を匂わせるものになっている。反戦ソング(プロテスト・ソング)だという人もいるようだ。

 そして"Duncan"(ダンカンの歌)である。この歌の歌詞を知って驚いた。ある人の少年時代のことを歌った内容なのだが、ここまで赤裸々に歌ってよいのだろうかと思ったりもした。でもポールのことだから、質問されればあくまでもこれは歌詞の一節ですと言って、たぶん知らん振りをするに違いない。

「隣の部屋のカップルは
賞でも取るつもりなのだろう
彼らは一晩中やっている
だってモーテルの壁は安っぽいから
リンカン・ダンカンが僕の名前で
これは僕の歌なんだ

僕の父は漁師で
母は漁師の友達だった
僕は両親の退屈とチャウダーの中
で生まれた
青春時代を迎えると家を飛び出し
高速道路を通ってあこがれの
ニュー・イングランドに向かった

自分の自信に穴があき
ジーンズのひざにも穴があいた
僕には一文もなく
子どものように何も持ってなかった
指輪をしていればよかったのに
なぜなら質屋にもっていけたから

駐車場の若い女の子が
みんなに向かって教えを説いていた
聖歌を歌い、聖書から引用をしながら
僕は彼女に迷っているんだと言うと
彼女はペンタコステのお祭りについて
話してくれて
僕には彼女が復活への道しるべだと
感じたのだ

まさにその日の夜遅く
懐中電灯をもって彼女のテントに
忍び寄ると
僕の長い純潔時代は終わった
彼女は僕を森へ連れて行き
何かがやってくる、とっても気持ちいい
と言いながら僕はまるで犬のように
助けてもらった

何てすばらしい夜なんだろう
金色に光り輝くような喜びだ
今でもその甘い記憶は残っている
僕は自分のギターを弾きながら
星空の下に横になって
神に感謝をしていた
僕の指に
ギターを奏でる僕の指を
授けてくれたことについて」
(訳;プロフェッサー・ケイ

 S&G時代の"コンドルは飛んで行く"をもう少し暗くしたような曲調で、聞いているとなんだかしんみりとしてくる。しかし歌詞はちょっとどうかなと思ってしまう。少なくとも人前で声を出して歌うのには抵抗がある。

 ポール自身は大学教授と英語の先生との間に生まれて、裕福な少年時代を過ごしているので、この歌詞にあるような子ども時代を過ごしてはいない。でも100%創作にしてはリアルすぎるので、一部は実体験か人の体験を語っていると思うのである。
 ただ高校卒業後は、ヨーロッパを放浪していた経験があるので、そのときのことも入っているのかもしれない。

 このアルバム自体は大学時代に購入して、やっと全編を聞き通したのだが、その後の彼の音楽のベースになるようなエッセンスに満ちている。
 いわゆる北米や南米の音楽の再発見やその後に続く他の民俗音楽とのコラボレーションである。一時、音楽による植民地主義者とまで言われた彼だが、民俗音楽を利用して金儲けをしようとしたわけではないと思う。そんなことをしなくてもS&Gの印税だけで十分食っていけるからだ。

 事実、相方のアート・ガーファンクルの方は80年代以降、大したアルバムを作っていないにもかかわらず、相変わらずドラッグに手を出している。そのお金はどこから来ているのだろうか。

 とにかく秋になると、こういうフォーキィな音楽を聞きたくなってしまう。自分の中ではポール・サイモンは偉大なシンガー・ソングライターなのであり、彼のつくる音楽についつい思い入れをしてしまうのである。

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ハーヴェスト

  先日、自分の勤務している仕事場でピッピッピとバスがバックするときに発する音が聞こえてきた。しかもかなりの時間にわたって聞こえてきたのである。何の音だろうと思って窓から顔を出すと、それは稲刈りのトラクターが方向転換するときに出す音だった。

 確かに10月も終わりになると、収穫の時期になる。果物などはもっと早い時期に収穫されているが、日本人の主食である米の刈入れはだいたいこの時期に行われるのが普通だ。

 マルコ・ポーロの「東方見聞録」によると、彼が黄金の国“ジパング”のことを聞いたのは13世紀のことである。当時の日本は鎌倉時代だった。
 彼が述べた“黄金”とは中尊寺金色堂のことともいわれているが、一方で稲が豊かに実っている風景が金色に見えたからという話もある。確かに遠方から見れば、金色のように見えるだろう。

 欧米では10月末にハロウィーンが行われるが、これは古代ケルト人の収穫祭が変化したものといわれている。
 洋の東西を問わず、この時期には豊かな収穫に感謝するとともに、来年以降も実り豊かになるように期待を込めて、祭りが行われるのであろう。

 アメリカのSSWである二ール・ヤングが1972年に発表したアルバムが「ハーヴェスト」であった。自分にとって初めて購入したニールのアルバムであった。

 その前のアルバム「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」が個人的にはニールのベスト・アルバムであり、一家に一枚の歴史的名盤だと思っている。
 "After the gold rush"、"Southern man"など粒ぞろいの名曲が収められており、若者の虚脱感や脱力感、時代に対する鋭い批評などが込めているからである。

 そういう名盤の後だったせいかもしれないが、このアルバムの1曲目は非常にリラックスしたカントリー・タッチの曲"Out on the weekend"で始まっている。続く"Harvest"もゆったりとしたフォーキィな曲である。

Harvest Music Harvest

アーティスト:Neil Young
販売元:Wea Japan
発売日:1994/06/16
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 このアルバムから"Heart of gold"(孤独の旅路)がシングル・カットされ全米No.1を獲得している。そのせいかアルバムも大ヒットを記録した。自分も当時FMラジオから何回も流れてきていたのを覚えている。

「私は生きたい
私は与えたい
私は黄金の心を求める鉱夫
それは私が与えることのない表現だ
それが私に黄金の心を探し求めさせる
そして私は年をとっていく

私はハリウッドに行ったことがある
レッドウッドにも行ったことがある
黄金の心を探し求めて大洋を渡った
私は心の中にいる
それは美しい線
それが私に黄金の心を探し求めさせる
そして私は年老いていくのだ」

(訳プロフェッサー・ケイ)

 このアルバムの中で唯一ハードな曲は"Alabama"であろう。内容も“白いロープで縛られている年老いた人たちを見てみろよ”という過激なもので、南部の人種差別の実態を歌ったといわれている。

 さすがニール・ヤングであるが、前作でも"Southern man"で南部の白人のことを非難している。別に彼がカナダ出身だからといって南部で差別されたわけでもあるまいに、なぜか南部のことを2作続けて歌っている。やはり外国人の彼から見れば、アメリカの暗部というか、許せない不正な実態が見えてしまうのであろう。

 もちろんこの歌については賛否両論で、アラバマに住んでいる人、特に白人からは非難轟々だったらしい。この歌に反論する形で、レーナード・スキナードが"Sweet home Alabama"を歌った。

 またこの歌には現代のイラク紛争のことにも通じる"Are you ready for the country?"や薬物中毒の実態を告発したような"The needle and the damage done"なども収録されていて、音楽的にはゆったりとフォーキィであるが、歌詞的には相変わらず過激なものになっている。

 ニール・ヤングは首尾一貫している人である。彼のアルバムは当たり外れが大きいのだが、彼の信念にはブレがない。反戦、反ドラッグ、反人種差別という彼の信念は70年代から現在まで貫かれている。だから若いミュージシャンからも尊敬の念をもたれているのであろう。

 このアルバムを聴きながら思った。今年63歳になる彼にとって何が"Harvest"だったのか聞いてみたい気がする。

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マーキュリー・レヴ

 お盆も過ぎると、かつてのあのギラギラとした暑さがまるで嘘のようで、確かに暑いことは暑いのだが、多少は風があるし、日陰では結構しのぎやすい。また夜も窓を開けて寝ていると風邪をひきそうになる。

 気温よりも湿度の方が高くて、そっちの方が気になってしまう。空気が不安定なので、乱気流が発生し、夕立が起こりやすくなるからだ。だから湿度も高くて暑く感じてしまう。

 そういう夏の終わりにふさわしい音楽というと、やはりマーキュリー・レヴではないだろうか。彼らは1989年にニュー・ヨーク州バッファローで結成された。当初は6人グループだったが、現在では4人になっている。

 91年にメジャー・デビューしたが、そのときから一貫して美しいメロディとサイケデリックな音楽性でカルトな人気を集めている。

 Photo_5 彼らのことを知ったのは、TVでそのライヴを観たからだった。確かフジ・ロックのステージだったと思うのだが、その全体的なコンセプト、静から動へ移るステージの印象がすばらしかった。
 彼らの音楽性は“幽玄”とか“繊細”という言葉で描写されることが多い。ロックの初期衝動とはまったく無縁の存在である。それを通過し、ろ過しての美しさといえば理解しやすいであろうか。とにかく言葉で表すのが難しい音楽性なのである。Photo_4

  何しろ初期はフルートやチェロなども使用していた。 今はメロトロンやジミー・ペイジも使用していたテルミンなどを使用し、その音楽性を拡大しようとしている。 彼らの4枚目のアルバム「ディザーターズ・ソングス」は98年に発表されたが、まるで映画音楽のようなアルバムであった。

 彼らを一躍有名にしたのは2001年に発表された5枚目のアルバム「オール・イズ・ドリーム」である。ここで聞かれる彼らの曲は、本当に日常性から脱却できる幽玄な美しさに満ちたもので、ストリングスで壮大に盛り上げながらも、儚くもろい微妙なテイストを醸し出している。

 Mercury Rev/All Is Dream Mercury Rev/All Is Dream
販売元:HMVジャパン
HMVジャパンで詳細を確認する

 まさにタイトルとおりの“すべてが夢”のような音楽なのである。もし“桃源郷”というものがあって、そこで音楽が流れていたなら、それはきっとこのアルバムのような音ではないかと思わせる音楽性なのだ。

 彼らの音楽性は変化していっている。最初は映画音楽のようなBGMのようなインストゥルメンタルの曲も演奏していたのだが、この「オール・イズ・ドリーム」ではボーカル・メロディがはっきりしてきているし、いい意味でポップにもなっている。だからこのアルバムは売れたし、彼らの知名度も上がった。

 2004年に発表された6枚目のアルバム「ザ・シークレット・マイグレーション」では、彼らの持つ美しい音楽性に、ロックのダイナニズムが加わっていて、以前よりロック色が強まっている。

 The Secret Migration The Secret Migration
販売元: iTunes Store(Japan)
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 特にドラムスとベースのリズム・セクションがダイナミックかつクリアになっているから、非常にバラエティ豊なアルバムに仕上がっている。

 以前はストリングスなどがよく使用されていたのだが、今回は幾分控えめで、逆にピアノやギター、先ほどのリズム・セクションなどが目立っている。
 実際に聞いてみるとよくわかるのだが、「オール・イズ・ドリーム」と「ザ・シークレット・マイグレーション」は、前者が“桃源郷サウンド”なら、後者は“目覚めのサウンド”といえるかもしれない。

 だから以前のアルバムでは“静謐”、“幽玄”などの言葉がよく当てはまっていたのだが、このアルバムではむしろ“華麗”、“躍動”といった言葉が適切だと思う。
 全13曲(日本盤ではボーナス・トラック1曲つき)だが、曲構成も見事で、4分超の曲の間に1分少々や2分程度の短い曲が配置されていている。そういう意味でも飽きの来ないものになっている。

 今後、彼らの音楽性がどのように変化していくか分からないが、どのように変化しても彼らの持つ音楽観は不変であり、その美しさは今後のアルバムの中にも生かされるであろう。
 前作から4年たったが、もうそろそろ新作が発表されてもいいのではないだろうか。ニュー・アルバムが待ち遠しい。そういう気持ちにさせてくれる数少ないグループでもあるのだ。

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ソーンズ

 お盆も終わった。ツクツクボウシも鳴き始めた。また、夕立も頻繁にある。こうなるともう夏も終わりかなと思ってしまう。thunder今年の夏は映画も見たし、旅行にもいったしまあそれなりに充実はしていたと思う。ただパソコンが壊れたのは想定外だった。おかげで仕事が1週間ほどずれ込んでしまった。

 7年間使ったパソコンだったので、もう寿命だったのかもしれない。代わりに旧式のノートパソコンを中古で購入したが、自分にとっては昔のワープロのようなものだから、昔のものでも使えればいいと思っている。このパソコンがあと何年持つかわからないが、できるだけ長持ちさせようとは思っている。

 それで夏の終わりにふさわしい音楽はないかなと考えていたのだが、ふと思い出したグループがいた。アメリカ出身の3人組の「ザ・ソーンズ」というグループである。

 このグループの名前を聞いて、ああ、あれかと思い出せる人は果たしてどれほどいるのだろうか。そういうグループなのである。
 というのも彼らは2003年に1枚しかアルバムを出しておらず、そして今後も出す予定はないと最初から公言していたのだ。だから多分これが最初で最後のアルバムになるのではないだろうか。

The Thorns Music The Thorns

アーティスト:The Thorns
販売元:Sony International
発売日:2003/05/20
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 3人組とはマシュー・スウィート、ショーン・マリンズ、ピート・ドロージのことであるが、この中で日本でも名前が知られているのは、マシュー・スウィートであろう。

 何しろ彼はアニメおたくで、左腕に“うる星ヤツら”のラムちゃんの刺青を入れていることでも有名だからだ。また自分の家が洪水で浸水してしまって、機材が水浸しになって損害をこうむったという可哀想な人でもある。

 音楽的にもポップ職人として名前が売れており、ほとんど一人で作ったというアルバムもあるくらいだ。ジャンル的には、いわゆるギター・ポップという部類に入るのだと思う。

 残りの2人はよく知らない。アメリカでは結構売れたアルバムも発表している2人のようであるが、日本では無名に近い存在ではないだろうか。ただ3人に共通していえるのは、いわゆるシンガー・ソングライター、自作自演歌手ということである。

 それでこの「ザ・ソーンズ」というアルバムであるが、これがまたまるでCS&Nを聞いているかのような音楽なのである。21世紀によみがえったCS&Nである。3声の和音と覚えやすい主旋律、アコースティック主体の音楽とくれば、CS&Nといっても過言ではないと思う。

 特にシングルカットされた"I can remember"などはグラハム・ナッシュがメインで歌っていそうな美しいメロディラインを持つ佳曲である。こういう曲を聴きながら過ぎ行く夏に思いをはせるのもまた一興ではないだろうか。

 またそれ以外にも涙が溢れるくらい印象的な"Blue"や"No blue sky"、カントリー調の"Think it over"など本当に誰が聞いてもいい曲と思うのが多い。中には"Long, sweet summer night"というタイトルを持つ曲もあって、いかにもこの時期に聞いてみたいと思ってしまう。

  またバック・ミュージシャンも豪華で、ドラムスは有名なスタジオ・ミュージシャンのジム・ケルトナー、ピアノはブルース・スプリングスティーン&E・ストリート・バンドのロイ・ビタンが参加している。これだけで購入しようかなと思う人もいるはずである。

 とにかくこの1枚で終わりというのは非常に残念なことである。できればこのあと2枚目、3枚目と続けて発表してほしかったのであるが、そうしないところがこのユニットの潔さを表しているのかもしれない。

 とにかく、自分にとっては夏が終わりに近づくと無性に聞きたくなる音楽である。もしどこかで彼らのアルバムを見つけたならば、そしてあなたがCS&Nのファンであるならば、絶対に損はしない。まさに幻のグループの幻のアルバムなのである。

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ジャック・ジョンソン

 2日前にパソコンがクラッシュしてしまった。ハードディスクが完璧にやられてしまったのだ。もう7年以上も使っている東芝のダイナbookだったのだが、ブログを毎日書いたせいで酷使しすぎたのかもしれない。

 使用している最中に、パソコンの中からカリッ、カリッと小さく音が聞こえてきたのだったが、これはひょっとしてと思っていたら、あっという間に画面が黒くなってしまった。
 当然のことながらバックアップを取る暇もなかった。重要なものはほぼ保存していたのだが、最近作成した文書等は当然のことながら消えてしまった。

 以前にもパソコンのリカバリーを経験したことがあったので、この後どうしないといけないかというのがわかっていたのだが、使っていたソフトを再インストールする手間を思うとウンザリしてしまう。
 必要なものを入れて、不要なものを削除することは日頃の生活でも苦手とするところである。しかもそれまでのデータも復旧できずに消滅してしまった。専門店に見てもらってもデータの取り出しは不可能ということであった。

 こうなったら県警に頼んで、データを取り出してもらおうとも考えた。何しろ消去したデータでさえも呼び出せる力を持っている国家権力である。不正採用された人もたちどころにわかるのならば、自分のデータも簡単に呼び出せるはずだと思っていたが、ああいう国家権力は、犯罪性がないなら個人の問題にはかかわらないはずなので、やめることにした。

 こうやってブログが復活したのでよかったのだが、それでも何となく違和感があるのも事実である。やはりパソコンの形は同じでも、使い勝手はどことなく違うので変な感じなのだ。

 同じようなものでもどことなく違うものは、ロックの世界にも存在する。たとえばサーフ・ミュージック。60年代はビーチ・ボーイズ、70年代~80年代はパブロ・クルーズやカラパナがその代表格であった。ここまでは太陽と浜辺とサーフィンと恋愛がテーマだった。

 いわゆるロック・バンドとしての表現形態としてはだいたい似たようなものであった。ところが90年代の後半から新しいサーフ・ミュージックの旗手が現れた。その名をジャック・ジョンソンといい、アメリカはハワイ出身のミュージシャンである。

 1975年生まれなので、今年で35歳。自身もプロ契約を結ぶほどの優秀なサーファーだったらしい。何しろ家がオワフ島の浜辺にあるということで1,2歳のときから父親の背中に結び付けられてサーフィンをしていたというつわものである。

 ところが17歳のときサーフィン中に、珊瑚礁に叩きつけられて頭部を100針ほど縫う大怪我をしたことをきっかけに、それまで興味があった音楽を始めたらしい。天は二物を与えずどころかその優に倍は与えているようだ。

 2003年に発表された彼の2ndアルバム「オン・アンド・オン」はビルボード初登場3位を記録した。

On and On Music On and On

アーティスト:Jack Johnson
販売元:Universal
発売日:2003/05/06
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 内容はアコースティック・アルバムである。ちょうど音数を増やしたはっきりとした声で歌うJ・J・ケールを想像すればわかりやすいと思う。確かにハワイの大自然の中で聞くにふさわしいアルバムだ。

 今まではバンド形態だったが、このサーフ・ミュージックはSSWのサーフ・ミュージックである。基本的にはアコースティック・ベースとドラムス、パーカッションでほとんど余計な音は、ない。
 歌詞も従来のサーフ・ミュージックとは違い、恋愛のことを歌ったものもあるが、自然保護や人の生き方など固い内容のものも少なくない。そういう意味では今までとはちょっと違う感覚が残る音楽かもしれない。

 ただ彼はサーフ・ミュージックという限定された音楽をやっているという意識はないと思う。むしろハワイ出身のアーティストとして自分を規定しているのではないだろうか。

 彼は音楽とサーフィンだけでなく、映像クリエイターとしても優秀で、サーフ映画を制作しては映像に合うように自作曲を挿入するという才能を発揮している。
 そういう意味で、音楽はアーティストとしての表現手段のひとつとして考えていると思うのである。

 今年発表された最新アルバム「スリープ・スルー・ザ・スタティック」は全英・全米ともにアルバム・チャート初登場1位を記録した。

Sleep Through the Static Music Sleep Through the Static

アーティスト:Jack Johnson
販売元:Universal
発売日:2008/02/05
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 とにかく出すアルバム出すアルバムすべてアルバム・チャートの上位に顔を出している。

 結局、21世紀のサーフ・ミュージックも形やテーマを変えながら、流れていくのだろう。それを違和感と思うのかそうでないのかは個人の感性の問題であるが、受け入れていくのが正しいポジションなのかもしれない。
 ロック・ミュージックとはそういうもので、“歌は世につれ、世は歌につれ”というのは、ある意味、この種の音楽の真理を突いているのである。

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カラパナ

 先日、海水浴に行った。もちろん一人で行った。夏休みというのに相変わらずひとりで、というより友だちがいないので必然的に単独で泳がざるをえないのだ。

 近くのビーチで泳ごうと思ったのだが、着いてみたら何と“赤潮警報”が出ていて遊泳禁止であった。仕方なくちょっと離れたビーチに行ったのだが、そこは普通に営業していた。距離的に数キロしか離れていないのに、何でこういう差が出てくるのか不思議だった。

 毎年年に一回は泳ぎに行く。目的は日常生活から離れ、煩悩も切り捨ててボケーとした数時間を過ごすためである。そのときばかりは水着ギャルも気にならない。ワイワイ騒ぐ中高生も目に入らない。
 500円で大型トラックのタイヤサイズくらいの浮き輪を借りてその中に入ってボ~とするのである。これが自分にとっては一番の癒しになるのだ。浮き輪に背中を入れて、入道雲を眺め、今までの来し方を振り返りながら、これからの人生を思い描くのである。一種の禊みたいなものであろうか。

 ところが今年は運が悪く、馴染みでないビーチなものだから、1000円札はどこかに落すし、磯で足の裏や手のひらを切る始末。両手の手のひらだけでも9箇所も切ってしまった。足の裏も6箇所以上も切ってしまった。ここが西海岸ならさっそく自分の周りにはジョーズのようなホオジロサメが集まってきただろう。日本に生まれてよかったと安心した次第である。

 それでホット・ロッドと昔は言われた音楽は70年代に入ってその呼び名をサーフ・ミュージックと変えた。だから60年代はビーチ・ボーイズがその手の音楽の代名詞であり、70年代はカラパナがその代表格になった。

 カラパナはハワイ出身のミュージシャンで結成されたグループで、その名前はハワイ島の地名から取られたようだ。その地は火山活動のせいで、ちょうどイタリアのボンペイのように、今では地中に埋もれてしまったという。その今はなき土地を愛するかのように自分たちのバンド名にした。

 彼らは1972,3年ごろに結成され、75年に1stアルバムを発表した。ハワイといえばサーフィンの本場でもあるが、彼らの音楽はサーファーに愛好され、77年ごろから日本でも有名になった。

カラパナI(K2HD/紙ジャケット仕様) Music カラパナI(K2HD/紙ジャケット仕様)

アーティスト:カラパナ
販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:2006/02/18
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 特に2ndアルバムは"ジュリエット"のようなAOR的ミディアム・バラードもあれば、"ブラック・サンド"のようなフュージョンみたいなインストゥルメンタルもあって、非常にバラエティに富んだ名盤であった。
カラパナII(K2HD/紙ジャケット仕様) Music カラパナII(K2HD/紙ジャケット仕様)

アーティスト:カラパナ
販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:2006/02/18
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 めまぐるしくメンバー・チェンジを繰り返しながら、彼らはその後もヒット・アルバムを出し続けた。ハワイという土地柄もあるせいか、日本との交流も深く、サザンオールスターズの曲を英語で歌ったアルバムを発表したり、杉山清貴が彼らのアルバムに参加したりと積極的に行っていた。
 特に1986年からは佐野健二という人がベーシストとして参加している。こうなるとますます日本人にとっても忘れられないグループになった気がする。

 彼らの音楽はアメリカ西海岸風の爽やかなボーカル・ハーモニーと美しいメロディ・ラインが特長で、一度聴くと忘れられない印象を与えてくれる。彼らの音楽を聴くと、70年代は美しいメロディを持ったグループが何と多かったのだろうかと心底思ってしまう。

 彼らは今でも現役で活躍している。FM名古屋のキャンペーン・ソングまで作っていることから、日本人ベーシストが参加してからますます日本と結びつきが深くなったのではないだろうか。

 彼らのアルバムは、どれをとってもある一定の水準以上はあるので、どのアルバムでも安心して聞けると思う。とりあえずベスト盤ならば、収録曲もたくさんあるのでお徳ではないだろうか。

Many Classics: Kalapana Plays Their Best Music Many Classics: Kalapana Plays Their Best

アーティスト:Kalapana
販売元:Tokuma
発売日:2008/09/09
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 カラパナを聞きながらアロハ・シャツでも着ていると、なんとなくハワイにでも行った気分に浸れるかもしれない?

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パブロ・クルーズ

 邦楽で夏といえば、サザンとかチューブとか定番の音楽というものがある。それらの音楽で共通項とは何だろうかと考えてみた。

 邦楽の場合はやはり歌詞の占める割合は大きいと思う。“海”や“浜辺”など歌詞の中に夏のイメージを喚起しやすい言葉が使われることが多い。
 またリズムが夏向きであること。特にコンガやスティール・ドラムのようなパーカッションが多用される。
 さらにスティール・ギターが使われることもある。ハワイアンなどでもよく聞かれる。一人のボーカルだけでなく、それにコーラスなどが加わると爽やかな印象になる。こういう条件を揃えている音楽が夏向きであるといえないだろうか。

 それで洋楽、ロックの分野にもそういう条件を揃えているグループがいた。70年代後半にアメリカでブレイクしたパブロ・クルーズである。彼らはサンフランシスコで1973年に結成された4人組のグループだった。

 基本的にはロック・バンドであるが、その音楽性のせいかサーフ・ロックと捉えられていた。要するにサーフィンをする人たちの間で人気が高かったのである。

 70年代後半のアメリカ西海岸ウエストコーストの音楽は、最初に述べたように爽やかなコーラスが多用され、重苦しくない軽快なものであった。ちょうど日本の夏がじめじめと湿度が高いように、その反対の軽くてサラッとしたものと考えればわかりやすいかもしれない。

 彼らが1975年に発表した1stアルバムはジャケットは変だけれど、隠れた名盤だと思う。

Pablo Cruise Music Pablo Cruise

アーティスト:Pablo Cruise
販売元:Lemon
発売日:2004/11/09
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一般的に彼らのベスト作は77年に発表された3作目「ア・プレイス・イン・ザ・サン」や78年の4作目「ワールズ・アウェイ」だといわれている。実際にそれらはプラチナ・ディスクを獲得したのだが、でも彼らの本来の持ち味は1stアルバムにあると思うのだ。

 このバンドの中心人物はピアノ、キーボード担当のコリー・レリオスとギター担当のデイヴ・ジェンキンスである。
 この2人が曲を引っ張っていくのだが、まずコリーのピアノはリック・ウェイクマン的な雰囲気を携えたリリカルなものである。結構クラシックの素養が感じられる正統的なフレーズを奏でている。

 一方のデイヴの方は、非常に艶のある音色を出しているし、曲によっては軽快な音色を出すこともできる芸達者なギタリストである。当時の西海岸を代表するグループには必ず上手なギタリストがいたものだが、パブロ・クルーズもその例に漏れず、器用なギタリストを抱えていたのである。

 このアルバムはもっと売れても良かったと思えるほど、いい曲が多い。1曲目の"アイランド・ウーマン"や4曲目の"ホワット・ダズ・イット・テイク"ではデイヴの軽やかで艶のあるギターを堪能することができるし、5曲目"ロックン・ローラー"ではタイトルとは180度違うパブロ・クルーズ流のバラードを味わうことができる。この曲ではコリーのハモンド・オルガンを聞くことができるが、なかなか味のある演奏なのである。

 2曲目の"デニー"ではコリーの流麗なピアノを聞くことができるし、7曲目"イン・マイ・オウン・クワイエット・ウェイ"ではアコースティック・ギターとピアノのコラボレーションとバック・コーラスが印象的なものになっている。こういう曲を聴くと、何となく心がゆったりとしてくるのである。

 そしてこのアルバムのハイライトは何といっても12分以上もあるラスト曲"オーシャン・ブリーズ"ではないだろうか。
 コリーのピアノに導かれて、徐々にストリングスやベース、ドラムス、ギターがジョイントしていくのである。しかしここでのコリーのピアノはリック・ウェイクマンからテクニックを外したような美しさがあると思うのだが、こんなことを思うのは私一人だけだろうか。(きっと一人だろう)

 この曲はまさにプログレ的でもある。何しろ8分以上もインストゥルメンタルが続き、やっとボーカルが始まるのが8分40秒過ぎなのである。
オーシャン・ブリーズ
私の帆を満たし、自由にしてくれ
私を必要としないところに
どこでもいいから連れてってくれ
太陽に向かって旅立たせてくれ

お前の謎とともに
私を満足させてくれ
お前が知っているすべてのことの
一つにしてくれ
お前が家に連れて帰る前に
夢の中にいさせてくれ

(訳プロフェッサー・ケイ)

 この曲がアメリカのサーファーの間で人気になったそうである。そこから彼らがサーフ・ロックの分野に位置づけられたのではないだろうか。だから彼らの3作目のアルバム・ジャケットから椰子の木が登場するのである。

A Place in the Sun Music A Place in the Sun

アーティスト:Pablo Cruise
販売元:A&M
発売日:1990/10/25
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 一番売れたのは4作目の「ワールズ・アウェイ」である。200万枚以上売れて、全米6位まで上昇した。ただ内容的にはサーフ・ロックというよりは、まるで当時のTOTOのような音であった。売れ線で、アコースティック感覚は薄れ、シンセサイザーなどの機械を利用したR&B路線だったのである。

 もっというとTOTOとマイケル・マクドナルドが参加しているドゥービー・ブラザーズを足して2で割ったような感覚であった。実際このアルバムにはマイケル・マクドナルドが参加した"アウト・トゥ・ルーズ"という曲もある。

Worlds Away Music Worlds Away

アーティスト:Pablo Cruise
販売元:A&M
発売日:1990/10/25
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 だからそのせいかは分からないが、このアルバム以降、彼らの人気は下降していった。

 彼らは1985年に一旦解散したが、2004年にオリジナル・メンバーのコリー、デイヴ、ドラムス担当のスティーヴ・プライスと新メンバーのベーシストとともに再結成し、西海岸を中心にライヴ活動を行っている。
 願わくば変な色気を出さないで、現在も爽やかな西海岸特有の音楽を演奏していてほしいものである。それが彼らの巡洋航海(Cruise、クルーズ)だと思うのである。

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JJケール

 レオン・ラッセルが主宰したレコード会社、シェルター・レコードから1971年にあるミュージシャンがアルバムを発表した。そのタイトルは「ナチュラリー」、それを発表したミュージシャンをJJケールという。

 JJケールは本名をジョン・W・ケールという。それではJJはどこから来たのかというと、フランス人のジャーナリストが酔っ払って“Jean Jacques”(ジャン・ジャック)と呼んだからという話もあれば、当時すでに有名だったヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケールと区別するために、ロサンゼルスのクラブ・オーナーがJJと呼んだという話もある。

 いずれにしてもずいぶん昔の話である。JJは1938年生まれなので、今年で70歳。アルバム・デビューは1971年なので、決して早いデビューではなかった。デビューのきっかけは、彼が作った曲"アフター・ミドナイト"がエリック・クラプトンによってヒットしたからだった。

 彼は、出身地オクラホマのタルサからロサンジェルスに出かけて、レオン・ラッセル・ファミリーとジャムっていたときからずっとトレーラー・ハウスで暮らしていたらしい。
 本人が言うには、移動が便利で楽だったからということだが、一番楽しかったのはディズニー・ランドの近くに止めて生活していたときだという。気分的にリラックスできたというのだが、いかにもJJらしい話である。

 またJJは多くのミュージシャンに影響を与えていて、彼からの影響を公言しているミュージシャンにはクラプトンをはじめ、ニール・ヤング、マーク・ノップラー、ブライアン・フェリーなど数多くいる。

 ちなみに彼の曲をカヴァーした主なミュージシャンには次のような人(グループ)がいる。
"アフター・ミッドナイト"・・・エリック・クラプトン、ジェリー・ガルシア、セルジオ・メンデス、チェット・アトキンス、ワイアー

"マグノリア"・・・ディープ・パープル、ポコ、パット・トラヴァース

"コカイン"・・・エリック・クラプトン、ナザレス

"コール・ミー・ザ・ブリーズ"・・・レナード・スキナード、ジョニー・キャッシュ、Dr.フック&ザ・メディスン・ショー、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ、スピリチュライズド

"クレイジー・ママ"・・・ザ・バンド、ラリー・カールトン、ジョニー・リヴァース

"セイム・オールド・ブルーズ"・・・キャプテン・ビーフハート、ブライアン・フェリー、フレディ・キング、レナード・スキナード

"センシティヴ・カインド"・・・サンタナ、ジョン・メイオール

"ケイジャン・ムーン"・・・ランディ・クロフォード、マリア・マルダー、ポコ

 調べだすときりがないのでこの辺でやめるが、とにかく70年代から現在まで数多くのミュージシャンやグループがカヴァー曲を発表している。それほど彼の作る曲が魅力的というわけだろう。

 フィンガー・ピッキングでギターを演奏しながら、つぶやくように歌う。デビューから現在まで一貫したその姿勢はもやは芸術的な極みまで達しているようだ。
 またアメリカ南部の影響を受けたその作風は、自らのアイデンティティを探ろうとする英米のミュージシャンの憧れの的にもなっている。だから数多くのミュージシャンがカヴァーするのであろう。

 2006年に発表されたエリック・クラプトンとのコラボレーション・アルバムである「ザ・ロード・トゥ・エスコンディード」は、2008年の第50回グラミー賞で“ベスト・コンテポラリー・ブルーズ・アルバム”を受賞した。

The Road to Escondido Music The Road to Escondido

アーティスト:J.J. Cale,Eric Clapton
販売元:WEA Japan
発売日:2006/11/07
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 “老いてますます盛ん”とはまさにこのことか、地味でもいいから、このまま死ぬまで一ミュージシャンとして素晴らしいアルバムを発表し続けながら、現役を全うしてもらいたい。
 真夏にはハードにロックする音楽もまた似合うのだが、JJケイルのような音数の少ないシンプルな音楽も非常にマッチしている。

 彼の人生から醸し出される音楽がそういう気分にさせるのだろうか。さらにまた、都会のすし詰め状態の通勤電車を利用している人からすれば、より一層、彼のような音楽に惹かれるのかもしれない。

 とりあえず彼の初期~中期のベスト・ソングを聴きたいのなら、下のベスト・アルバムがお薦めである。価格も廉価盤だし、主要な曲はほぼ網羅されているからだ。 

Special Edition Music Special Edition

アーティスト:J.J. Cale
販売元:Mercury
発売日:1990/10/25
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マーク・ベノ

 レオン・ラッセルつながりでの重要人物の一人にマーク・ベノという人がいる。レオン・ラッセルがロサンジェルス時代で修業していたときに、マーク・ベノは彼と組んでアサイラム・クワイヤというデュオ・グループを結成していたのだった。もちろん売れはしなかったのだが・・・

 彼は数枚のアルバムを発表しているが、自分はそのうちの1枚を持っている。1971年に発表された「雑魚」という変なタイトルのアルバムである。

雑魚 Music 雑魚

アーティスト:マーク・ベノ
販売元:ポリドール
発売日:1995/09/01
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 なぜこのアルバムを買ったのかよく覚えていない。たぶんこの奇妙なタイトルがずっと心の隅に引っ掛かっていたからだと思うし、このアルバムだけ周囲のCD群から浮いていたように見えた。何しろCDショップに行くたびに、このアルバムだけいつも売れ残っていたのだった。そしてそれがある日、自分に買ってほしいと訴えているように思えたに違いない。

 名前もあまり聞かないし、タイトルも変だった。CDの帯には“クラレンス・ホワイト(バーズ)、ボビー・ウーマック、ジェシ・エド・デイヴィス、カール・レイドルほか豪華メンバー参加の傑作セカンド・アルバム”とあったが、当時はそんなにスワンプ・ロックにも興味なかったので、あまりピンと来なかった。ただ、そんなに悪いアルバムではないだろうとは思っていた。

 しかも当時のポリドールから1800円の廉価盤だったので、失敗してもまあ許せる範囲と判断したせいもあっただろう。

 そんなこんなで、このアルバムを買ったのだが、結果はまさに隠れた名盤といっても過言ではない。以前紹介したドン・ニックスのアルバムよりは数段上をいっているのではないだろうか。

 彼自身はレオン・ラッセルとの関連でスワンプ・ロックに位置づけられているし、参加ミュージシャンもアメリカ南部の音楽に携わっている人たちなので、このアルバムもそういう傾向かと思いきや、もっと幅広い音楽をやっていて、ワン・パターンになっていないところがいい。

 J・J・ケールに似てはいるが、彼よりもはっきり歌っていて、メロディも親しみやすい。1曲目の"フラニー"のレイド・バック感覚なんかはクラプトンよりもリラックスしているし、ギターやオルガンの響きはさりげなく、しかしはっきりとした目的を持ってバック・アップしている。

 続く"ラヴ・イン・マイ・ソウル"はバック・ボーカルがソウルっぽい味付けをしながらも、ギターはしっかりとロックしている。真夏の夜に聴くと、結構涼しくなるような音である。

 ブルーズ調の"ストーン・コティージ"や"ベイビー・ライク・ユー"のような曲もあれば、ジョージ・ハリソンが南部音楽をやると、きっとこんな感じになるだろうというような"スピーク・ユア・マインド"のような曲もある。この曲はバラードなのだが、メロディのきれいななかなかの佳曲でもある。

 またゴスペル+サザン・ロックを髣髴とさせる"バック・ダウン・ホーム"、ギターがカントリー風味の"グッド・タイムズ"はたぶんクラレンス・ホワイトが演奏しているのではないだろうか。
 ワウワウ・ペダルを使ってのギター演奏が印象的な"ベイビー・アイ・ラヴ・ユー"という曲もあるが、何といっても後半での一番のハイライトは"涙を見せずに"ではないだろうか。
 もやはスワンプとかブルーズとかそんな定義づけは無用ともいえるような壮大なバラードで、深夜にひとりで聞いていると胸が締めつけられるような感じがしてくる曲である。4分少々で終わってしまうのが惜しい曲だ。もう少し長く聴いておきたい気がしてならない。

 そしてアルバムの最後はギターのフレーズが印象的な"ドント・レット・ザ・サン・ゴー・ダウン"で締め括られる。まるでエルトン・ジョンの曲名のようだが、2分少々の短い曲である。
 以上のような結構渋い楽曲群で埋め尽くされているアルバムなのでが、これが真夏の夜に聴くと、自分にとってはけっこうひんやりしてなかなかよい。ついつい何回も繰り返し聴きたくなってくるのである。

 参加ミュージシャンは、他にもニック・デカロ(アコーディオン)、リタ・クーリッジ(バック・コーラス)、ジム・ケルトナー(ドラムス)など一流どころが参加している。

 意外にもマーク・ベノは2005年に初来日をしてコンサートを行ったらしい。東京を始め、京都、札幌、仙台と公演を行っている。当日券は6500円だった。こういうときに東京に住んでいたなら見に行くのになあと痛感してしまう。

 また70年代では数枚アルバムを発表していたが、80年代はゼロ、90年代に2枚ほどという寡作でもあった。この点はレオン・ラッセルとだいたい同じであるが、21世紀になってからはライヴ盤も含めて、6枚も発表している。これはレオン・ラッセルとは全然異なっている。
 そのうち2006年に発表された作品「Crawlin」は、彼の初期のレコーディングからのもので、ギターには若きスティーヴィー・レイー・ヴォーンが数曲で参加している。

 もうマークも60歳を超えているのだろうが、いまだに現役で活動しているのは喜ばしいことである。そんな彼が70年代に残した傑作が「雑魚」なのである。そして彼自身は決して雑魚ではなく、自分の道を歩んだ偉大なるミュージシャンだったのだ。

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レオン・ラッセル

 1970年代のレオン・ラッセルほど“カリスマ”という言葉が似つかわしいミュージシャンはいなかったのではないだろうか。

 何しろロング・ヘアーに口髭と顎鬚、人の心を射抜くような眼光の鋭さ、こんな人から睨まれたなら、私なんか即座に逃げ出してしまうに違いない。そんな人なのであった。

 実際、ジョー・コッカーのバック・バンド、“マッド・ドッグス&イングリッシュ・メン”ではバンド・リーダーを務め、ジョージ・ハリソンの“バングラディッシュ難民コンサート”では中心人物の一人として活躍した。ボブ・ディランとジョージ・ハリソンを結びつける橋渡しをしたのはレオン・ラッセルだったという逸話まで残している。

 そしてまた、“スワンプ・ロック”という言葉をつくるきっかけになったのも彼の活動のおかげであった。“スワンプ”とは“沼”という意味の言葉なのだが、これはアメリカ南部のことを意味している。アメリカ南部には沼が数多く存在しているからである。
 
 スワンプ・ロックはサザン・ロックとも少し違う。どちらかというと、スワンプ・ロックの方が泥臭く、地味っぽい印象を与えてくれる。それに、サザン・ロックはソロ活動よりもバンド活動の方に重きを置いている感じがするし、そのうちの多くは血縁関係で結ばれている。
 その点、スワンプ・ロックはレオン・ラッセルをはじめ、J・J・ケールやジェシ・エド・デイヴィスなど、ソロで活動する人が多い。

 レオン・ラッセルは3歳でピアノを習い始め、14歳でバンド活動を始めている。ただ、鳴かず飛ばずだったようで、そのあとロサンゼルスに出かけてスタジオ・ミュージシャンとして活躍した。そこでデラニー&ボニーと出会い、そこからジョー・コッカーやカール・レイドル、はてはエリック・クラプトンと広く人脈を築いていった。クラプトンとはお互いにアルバムのレコーディングに参加している。

 だから当時の“スワンプ・ロック”の中心となっていたのは、レオン・ラッセルであり、彼の人脈を通してアメリカ南部の音楽が世界中に広まっていった。
 結局、そういうミュージシャンたちの交流が始まったきっかけとなったのも、レオン・ラッセルの存在があったからであり、そういう意味でも、やはりこの頃の彼にはカリスマ性があったということだろう。

 自分が初めて彼の音楽を聴いたのは、ラジオから流れてきた"タイト・ロープ"だった。彼の濁った声に初めて触れてびっくりした。こういう声でもシングルとしてヒットするということに驚いた。ちなみに全米11位にまで上昇したらしい。

 とにかく1970年に発表された1stアルバム「レオン・ラッセル」には名曲"ソング・フォー・ユー"を始め、"デルタ・レディ"、"ハミングバード"、"ロール・アウェイ・ザ・ストーン"など傑作が収められている。

Leon Russell Music Leon Russell

アーティスト:Leon Russell
販売元:Toshiba EMI
発売日:1995/07/03
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 また翌年に発表されたアルバム「レオン・ラッセル&ザ・シェルター・ピープル」ではジョージ・ハリソンの"ビウェア・オブ・ダークネス"やボブ・ディランの"激しい雨が降る"などがカヴァーされているし、バック・ミュージシャンにもクラプトンやジョージ・ハリソン、カール・レイドル、ジム・ゴードン、ロジャー・ホーキンス、バリー・ベケットなど錚々たるメンバーが参加している。
Leon Russell and the Shelter People Music Leon Russell and the Shelter People

アーティスト:Leon Russell
販売元:Capitol
発売日:1995/07/03
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 自分が聴いた"タイト・ロープ"は1972年に発表された「カーニー」に収録されていて、このアルバムにはジャズ・ギタリストのジョージ・ベンソンやあのカーペンターズもカヴァーしたことで有名な"マスカレード"も収められている。アルバム自体も全米2位にまで上がり、彼の代表作にもなった。ちなみにカーペンターズが歌ってヒットした"スーパースター"も彼の作品だった。

Carney Music Carney

アーティスト:Leon Russell
販売元:Toshiba EMI
発売日:1995/10/10
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 この後3枚組のライブ・アルバムまで発表したほど、この頃のレオン・ラッセルは本当に神がかり的にその存在感を発揮していた。

Leon Live Music Leon Live

アーティスト:Leon Russell
販売元:Thrival
発売日:1996/04/30
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 しかしそのカリスマ性も彼の結婚を機に段々と下火になっていった。1976年に「ウェデイング・アルバム」を発表したのだが、そのジャケットには彼と黒人女性が一緒に写っていた。その女性マリーが結婚相手だった。

ウェディング・アルバム (輸入盤 帯・ライナー付) Music ウェディング・アルバム (輸入盤 帯・ライナー付)

アーティスト:レオン&メリー・ラッセル
販売元:SUGAR MOUNTAN
発売日:2007/12/21
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 当時は今よりもまだ人種差別は激しかったと思うのだが、白人の男性と黒人の女性が結婚し、しかもそれをアルバム・ジャケットにするというのは勇気がいることだったのではないだろうかと思ったりもした。

 それが原因ではないだろうが、70年代後半は、カントリー歌手のウィリー・ネルソンと一緒にアルバムを作ったり、かなり自分の趣味性を出したアルバム作りに励んだ。だからヒット・チャートとも疎遠になって行った。

 彼の音楽性は最初にも述べたように、アメリカの南部に根ざしたものであったが、決してそれだけではなかった。ゴスペルやブルーズだけでなく、ジャズやカントリーなど幅広いものである。
 逆にいうと、その広さがその時その時の音楽を求めていってしまい、70年代後半からは散漫な印象を与えるようになっていったのかもしれない。

 80年代はあまりアルバムを発表していなかったが、90年代に入って3枚ほどアルバムを発表している。1941年生まれ(一説には42年生まれ)なので、もう60歳を超えている。そして実は今でも当時の風貌をしているのか、どれだけ残っているのか興味津々なのだ。
 “あの人は今”というTV番組がときどきあるけれども、できえばレオン・ラッセルを出演させてほしいものだ。それほどあの当時のカリスマ性は本当に凄かったのである。

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ドン・ニックス

 世の中には数多くのCDが出回っているが、その中で隠れた名盤というものがある。今回紹介するドン・ニックスのアルバム「リヴィング・バイ・ザ・デイズ」もその名盤の中に入るのではないかと思っている。

 ドン・ニックスは1941年にアメリカはテネシー州メンフィスに生まれた。幼い頃から教会の少年合唱団で歌い始め、思春期にはラジオから流れてくる音楽に心を奪われたらしい。
 ハイ・スクール時代には同級生だったドナルド・ダック・ダンやスティーヴ・クロッパーとともに“インストゥルメンツ”というグループを結成して、演奏活動を始めている。

 1965年頃、ドンはソロとして独立し、レオン・ラッセルを慕ってロサンジェルスで活動を始め、そこでプロデューサーやアレンジャーなどの仕事をこなしながら、自分自身の音楽キャリアを積んだ。
 
 1970年にはレオン・ラッセルが設立したシェルター・レコードからデビューしたのだが、あまり売れなかった。またシェルター・レコードとの金銭トラブルも浮上したため、同レコード会社から離脱し、新たにエレクトラ・レコードと契約した。
 そして1971年に発表されたのが「リヴィング・バイ・ザ・デイズ」だったのである。

 まさに南部メンフィス出身という感じのアルバムである。サザン・テイスト溢れる音つくりであり、どことなくザ・バンドのような香りを漂わせている部分もある。
 1曲目の"シェイプ・アイム・イン"はチャーチ・オルガンのイントロから始まるので、どことなく荘厳な雰囲気を醸し出している。曲調もスローなバラードだ。1曲目からバラードで始まったので、少々驚いた記憶がある。普通サザン・ロックといえば最初はアップ・テンポのノリのいい曲で始まるというのが定番だと思っていたからだ。

 2曲目や3曲目は定番通りのノリのよい曲が続くが、4曲目"シー・ドント・ウォント・ア・ラヴァー"や5曲目"リヴィング・バイ・ザ・デイズ"はスローな曲になる。ひょっとしたらこの人の持ち味はこういう静かな曲調にあるのかもしれない。アルバム・タイトルであるこの曲は、ザ・バンド+ストリングスという感じで、結構涙ものの曲なのであった。ちなみに"リヴィング・バイ・ザ・デイズ"とは“その日暮らし”という意味のようである。

 6曲目"ゴーイン・バック・トゥ・アユーカ"は、一転してハードな曲で、冒頭のスライド・ギターからしてカッコいいし、ブギウギ調のピアノも曲の盛り上げに貢献している。
 続く"スリー・エンジェルス"は、ゴスペル・ムードの曲で、女性のバック・コーラスがより一層ゴスペル調を強めてくれる。やはり幼少の頃から聖歌隊で歌っていた影響だろうか。

 また"メリー・ルイーズ"は、まさにレオン・ラッセルが歌っていてもおかしくない曲で、アコースティック・ギターが基本ながらも、それにからむリズム陣やエレクトリック・ギターが見事である。聞きようにはミック・ジャガーのようでもある。

 そして最後の曲"この汽車に乗って"は、まさにザ・バンドの"オールド・ディキシー・ダウン"を思い出させてくれる。ザ・バンドが歌っていたとしても決しておかしくないと思う。

 彼がメジャーになれなかったのは、要するにオリジナリティを出すことができなかったからではないかと思う。レオン・ラッセルのようでもあり、ザ・バンドのようでもあり、ミック・ジャガーを思い出させるというところが、例えは出しやすいが、売れることは難しいといったところだろう。

 最初に隠れた名盤と書いたが、正確に言うと、B級ではあるが忘れられない傑作というべきだろうか。
 現在、このアルバムは廃盤で店頭では入手不可能である。オン・ライン・ショッピングで購入するか、中古CDショップで見つけるしかない。
 だから彼の歌を聴きたければ、ベスト盤なら手っ取り早いかも知れない。

Going Down: The Songs of Don Nix Music Going Down: The Songs of Don Nix

アーティスト:Don Nix
販売元:Evidence
発売日:2002/10/08
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 しかし、いずれにしても一度は耳を傾けても損はしないと思う。真夏にこのアルバムを聴きながら、南部の雰囲気を味わうのもまた一興だと思うのである。

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ディッキー・ベッツ&グレイト・サザン

 サザン最高!といっても最近活動休止宣言を出したどっかのグループとは違う。サザンはサザンでも元オールマン・ブラザーズ・バンドのギタリスト、ディッキー・ベッツが結成したバンド、ディッキー・ベッツ&グレイト・サザンなのである。

 ディッキー・ベッツは1943年にアメリカのフロリダ州に生まれた。いくつかのバンド活動やスタジオ・ミュージシャンを経験したあと、セカンド・カミングというバンドを結成した。メンバーにはベース・ギター担当のベリー・オークリーもいた。

 やがて同じスタジオ・ミュージシャンだったデュアン・オールマンも仲間にいれ、その兄のグレッグ・オールマンをLAから呼び寄せて、1969年にオールマン・ブラザーズ・バンドを結成した。

 彼らは「アイドルワイルド・サウス」や「フィルモア・イースト・ライヴ」などの傑作アルバムを発表するものの、以前このブログでも述べたように、1971年にデュアン・オールマンが翌年にはベーシストのベリー・オークリーがほとんど同じ場所でのオートバイ事故で亡くなっている。

 彼ら亡き後のバンドを牽引していたのは、もう一人のギタリストだったディッキー・ベッツであろう。73年のアルバム「ブラザーズ・アンド・シスターズ」は全米チャート1位、そのアルバムからのシングル"ランブリン・マン"は全米2位にもなった。

 しかしここからバンドの覇権をめぐってディッキー・ベッツとキーボード・プレイヤーのグレッグ・オールマンの確執が始まるのであった。
 2人の関係は悪化の一途をたどり、それぞれソロ・アルバムを発表するようになった。こうなると坂道を転げ落ちるかのように、彼らの人気も下降し、ついに1976年に解散してしまった。

 そしてディッキー・ベッツは新しいバンド、ディッキー・ベッツ&グレイト・サザンを結成し、1977年にニュー・アルバムを発表した。それがバンド名と同じ「ディッキー・ベッツ&グレイト・サザン」なのである。

 ディッキー・ベッツ&グレイト・サザン ディッキー・ベッツ&グレイト・サザン
販売元:TSUTAYA online
TSUTAYA onlineで詳細を確認する

 一聴してこれは名盤であると確信した。1曲目の"アウト・トゥ・ゲット・ミー"のスライド・ギターからしてまさにオールマン・ブラザーズ・バンドの精神を継承する音になっている。
 要するに、伸びのあるスライド・ギターとノリのよいリズム、ときおり挿入されるハーモニカやキーボードの音、これらが一体となって聞き手に迫ってくるのである。

 しかもバンド形態もツイン・ギターにツイン・ドラムス、ベースとキーボードというオールマンと全く同じなのである。ここまで徹底されれば、これはまさにオールマン・ブラザーズ・バンドの再来といってもいいのではないだろうかと思ってしまった。

 だから車を運転しながら聞くと、非常に心地よくなってきて、ハイウェイをぶっ飛ばしたくなるのである。(もちろん自分は安全運転手の証であるゴールド免許を取得しているので、実際にはそんなことはしない。頭の中で想像するだけである)

 1、2曲目はアップ・テンポのノリのいい曲であるが、3曲目"スィート・ヴァージニア"はミディアム・テンポのメロディアスな佳曲。こういう曲も書けるところがディッキー・ベッツの才能なのだろうか。もちろんこの曲でも彼のスライド・ギターは響き渡っている。

 また"ザ・ウェイ・ラヴ・ゴーズ"は美しいバラード曲である。これもまた隠れた名曲ではないだろうか。美しい夕焼けを背景に、浜辺で寄り添う恋人にふさわしいテーマ曲のようでもある。
 ギタリストが2人いるので、ときにウィッシュボーン・アッシュのようなギターの掛け合いも聞くことができるし、カントリー・ロックのテイストも持ち合わせているので、明るくカラッとした雰囲気も備えている。

 最後を飾る曲が南国を象徴する花の名前がついた"ブーゲンビリア"である。最初はミドル・テンポでしっとりと落ち着いた曲調でありながら、途中からギター・ソロで段々と盛り上げていくあたりは忘れがたい印象を聞くものに与えてくれる。
 
 この曲だけはディッキー・ベッツとドン・ジョンソンが協作している。またドン・ジョンソンはバック・コーラスにも参加している。
 ここで言うところのドン・ジョンソンとは、これより後にTV番組「マイアミ・バイス」で有名になった俳優のドン・ジョンソンである。彼は70年代はミュージシャンをしていたのであった。

 というわけでこのアルバムは、久しぶりに聴く隠れた名盤であった。ディッキー・ベッツがかつてのオールマンの威光を取り戻そうとして結成し、制作したアルバムだったと思う。
 もちろんオールマンを超えたとは言い難いのだが、しかし彼のメロディ・メーカーとしての才能やスライド・ギターの技量を充分に発揮しているアルバムだとは言えるのではないだろうか。

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レッド・ホット・チリ・ペッパーズ

 レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(以下レッチリと略す)は、アメリカを代表するロック・バンドに変身してしまった。
 最初出てきたときは、単なる変態バンドだと思っていた。当時はミクスチャー・ロックという呼び名で彼らのようなグループは呼ばれていた。ロックやファンク、ラップ、パンクなどの要素を詰め込んだ音楽だった。とても洗練されたものでもなく、聞きやすいものでもなかった。

 それが一躍有名になったのは、1991年に発表された「ブラッド・シュガー・セックス・マジック」が世界的に売れたためだった。これは全米3位にランクされ、全世界で1200万枚以上売れた。

Blood Sugar Sex Magik Music Blood Sugar Sex Magik

アーティスト:Red Hot Chili Peppers
販売元:Warner Bros.
発売日:1991/09/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 売れた理由の一つは、プロデューサーがリック・ルービンになったということもあげられる。リック・ルービンはミクスチャー系の音が得意であり、エアロスミスとRUN-D.M.C.のコラボレーションである"Walk this way"をプロデュースしたのも彼であった。

 またこのアルバムからは"Under the bridge"、"Give it away"などのシングル・ヒットも生まれた。前者は初の全米No.1を記録し、後者はグラミー賞のハードロック部門最優秀シングルを受賞した。

 このあとギタリストの交代、復帰というバンド内のゴタゴタがあったものの、彼らの世界的な快進撃はさらに続いた。1999年に発表した「カリフォルニケイション」からは"Scar tissue"がシングル・ヒットを記録し、アルバムは全世界で1500万枚以上売れた。
 このときはギタリストにジョン・フルシアンテが復帰したという話題も売り上げに貢献したものと思われる。

カリフォルニケイション Music カリフォルニケイション

アーティスト:レッド・ホット・チリ・ペッパーズ
販売元:ダブリューイーエー・ジャパン
発売日:1999/06/09
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 個人的な意見だが、彼らとビートルズのアルバムと関連付けるとすると、「ブラッド・シュガー・セックス・マジック」は“ラバー・ソウル”にあたり、「カリフォルニケイション」は“リボルバー”だと考えている。
 いずれもシングル・ヒットを含んでいるし、音楽的にも深まりや繊細さを感じさせ、歌詞にも文学性が生じているからである。

 そして2002年に発表されたアルバム「バイ・ザ・ウェイ」は彼らの“サージャント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド”といっていい音楽性を携えている。売り上げは前作には及ばなかったものの、彼らの魅力を十二分に発揮することができたアルバムではないだろうか。

BY THE WAY Music BY THE WAY

アーティスト:レッド・ホット・チリ・ペッパーズ
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2002/07/10
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 音楽性は前作の延長線上にあるものだが、全体的に聴きやすくなっており、何よりメロディがそれまでのアルバム以上に重視されている。これはギタリストのジョン・フルシアンテのリーダーシップのもとで制作されたからであろう。

 とにかく最初はイカれたバンドだった。彼らを有名にしたのは、その音楽性と同時にパフォーマンスでもあった。
 特に“ペニス・ソックス”は有名で、全裸でペニス部分にソックスをはかせて演奏したり、写真に写ったりした。またウッドストック'94では巨大な電球のかぶりものをして演奏したりもしていた。こうなるとパフォーマンスではなくて、アホーマンスである。

 しかしアルバムを発表するごとに、彼らは巨大な存在となり、その音楽性もファンク色が薄れ、よりロック色が強まっていった。
 2006年に発表された2枚組のアルバム「スティデイアム・アーケイディアム」は世界24カ国でNO.1を記録した。日本でも2枚組の洋楽アルバムとしては史上初の初登場1位を記録している。

ステイディアム・アーケイディアム Music ステイディアム・アーケイディアム

アーティスト:レッド・ホット・チリ・ペッパーズ
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2006/05/10
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 このアルバムで3度目のグラミー賞を受賞しているし、シングル"Dani California"は映画「デスノート」の主題歌として、"Snow"も「デスノートthe last name」の主題歌として採用された。洋楽の曲が主題歌になる邦画もあまり例を見ない。

 だからこの「スティデイアム・アーケイディアム」は彼らの“ホワイト・アルバム”にあたるだろう。とすれば、次にくるのは“マジカル・ミステリー・ツアー”か“レット・イット・ビー”ではないだろうか。

 しかしそうなると、彼らの終焉も近いということになってしまう。彼らの音楽性が爛熟期を迎えているのは分かるが、まだまだ終わってほしくはない。おバカなパフォーマンスは終わってもバンドの解散は避けたい。

 とりあえず今のバンドの音楽的リーダーはギタリストのジョンである。彼がこのバンドを続けていく意思があるならば、バンドは終わりを迎えることはないであろう。そういう意味でもジョンには頑張ってほしい。もうドラッグなどには手を染めずに、純粋に音楽に没頭してもらいたいものである。
 

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スティーヴィー・レイ・ヴォーン

 初めてスティーヴィー・レイ・ヴォーンを聞いたのは、たぶん1984年頃だったと思う。当時は彼のアルバム「テキサス・ハリケーン」のビデオ・クリップを見たときだったと思う。
 彼のギターを弾きまくる姿を見て、久しぶりにカッコいい新しいギタリストが登場したと思った。

テキサス・ハリケーン Music テキサス・ハリケーン

アーティスト:スティーヴィー・レイ・ヴォーン&ダブル・トラブル,スティーヴィー・レイ・ヴォーン
販売元:Sony Music Direct
発売日:2005/04/06
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 実際は83年に1stアルバム「テキサス・フラッド」を発表していたから、もう少し早く気がついてもよかったのだろうが、当時も今も田舎に住んでいるので、情報量が少なかったのである。

テキサス・フラッド~ブルースの洪水 Music テキサス・フラッド~ブルースの洪水

アーティスト:スティーヴィー・レイ・ヴォーン&ダブル・トラブル,スティーヴィー・レイ・ヴォーン
販売元:Sony Music Direct
発売日:2005/04/06
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 スティーヴィー・レイ・ヴォーン(以下SRVと略す)は、テキサス出身のブルーズ・ギタリストである。彼が有名になったのは、デヴィッド・ボウイが彼の才能に目をつけて、彼のアルバム「レッツ・ダンス」に彼を起用したからであった。
 しかもそのアルバムが世界的に大ヒットしたために、SRVも一躍表舞台に躍り出たのであった。

 彼の実兄、ジミー・ヴォーンもファビュラス・サンダーバーズというグループでギターを弾いているので、SRVもその兄からかなり影響を受けている。それで12歳頃にはすでにクラブなどで演奏していたようだ。

 テクニック的にもソング・ライティング的にもジミーよりSRVの方が上回っていると思う。彼の曲"Love struck baby"や"Pride and Joy"、"Texas flood"などを聴くと、本当にギターが上手だということが素人にも分かる。

 テキサス州はアメリカで一番大きな州である。ただでさえアメリカ人は、自国が世界でNo.1だと思い込んでいる国民なのに、そんな州に住んでいる人たちがさらに自己肥大化し、我らテキサス人こそ世界でNo.1だと思ってもある意味仕方ないのかもしれない。

 SRVのアルバムやそれに収められている曲を聴くと、そういう州民性?を持っているせいか、豪快で自由闊達な音に満ちているような気がしてしまう。

 1983年に発表されたアルバム「テキサス・フラッド」はゴールド・ディスクを獲得し、シングル"Pride and Joy"もチャートの上位に位置した。後にこのシングル名を取って、ザック・ワイルドという人は自分のバンド名にしている。彼もまたSRVを愛しているのであろう。

 個人的にはこのアルバムに納められている"Testify"と「テキサス・ハリケーン」にある"Scuttle Buttin'"が大好きである。いずれもインストゥルメンタルであるが、豪快な速弾き(という形容が適切かどうかは分からないが)が楽しめるナンバーである。
 しかもリフがカッコいい。リズムにキレがあり、メロディにも無駄がなくシャープである。他のギタリストもあこがれる理由が分かるような気がする。

 ところが人気も実力もピークを迎えたときに、アルコールとドラッグ中毒になってしまい、施設に入院してしまった。これが約2年続くことになる。

 1989年に復帰し、4thアルバム「イン・ステップ」を発表。グラミー賞を獲得し、ジェフ・ベックとともにツアーも開始した。再びシーンの第一線に返り咲くことができたのである。
 そしてこれからというときに悲劇が彼を襲った。1990年8月27日、彼が乗ったヘリコプターが濃霧の中、電線に接触し墜落、帰らぬ人となったのである。享年36歳であった。

 本当は彼はそのヘリコプターに乗る予定ではなかったのであるが、席が一つ空いているからということで乗り込んだのが、運命の分かれ道になってしまった。

 歴史に“もしも”ということは禁句かもしれないが、“もしも”彼が生きていたなら、もっと素晴らしいブルーズを書き、演奏していたと思う。それは彼の生き様自体がブルーズだったからである。

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レーナード・スキナード

 南部出身のバンドやミュージシャンには非業の死を遂げた人が多い。前回紹介したオールマン・ブラザーズ・バンドのデュアン・オールマンやベリー・オークレー、ギタリストのスティーヴィー・レイ・ボーンなどは自動車事故やヘリコプター事故で亡くなっている。

 今回紹介するサザン・ロックの雄、レーナード・スキナードも主要メンバーを飛行機事故で亡くしている。70年代当時はまだまだずさんな装備点検で終わらせていたのだろうか。

 レーナード・スキナードという名前は、主要メンバーが通っていたフロリダ州の高校の先生の名前から取られている。
 レオナルド・スキナーという名前の体育教師は、彼らを見るたびに“髪の毛を切れ”と口うるさくいっていたそうである。その高校教師の名前をもじってつけられた。よほど印象が悪かったのだろう。

 もともとサザン・ロックには豪放的、開放的、自主独立というイメージが伴っている。彼らもこの特徴に漏れず、ガンガン演奏し、自由気ままに弾きまくっている。

 レーナード・スキナードは3人のギタリストを擁しており、そこからトリプル・ギター・バンドとも呼ばれるようになった。3人がそれぞれ交代して、あるいは一緒になってリード・パートを弾くのだから盛り上がらないはずはない。

 特にデュアン・オールマンのことを歌って、彼の魂を追悼した"フリー・バード"は10分以上もある曲で、前半から徐々に盛り上がり、後半一気に本領発揮をしてくる。まさに聴き終わったあとは、軽い疲労と爽快感が残るはずだ。この曲は1973年に発表された彼らの1stアルバムに収められている。

レーナード・スキナード Music レーナード・スキナード

アーティスト:レーナード・スキナード
販売元:ユニバーサル インターナショナル
発売日:2006/06/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 自分が彼らのことを最初に知ったのは、ラジオから"サタダー・ナイト・スペシャル"が流れてきたときだった。
 この"サタデー・ナイト・スペシャル"とは、拳銃のことを意味するものらしい。内容的に拳銃所持を容認するような歌詞だったので、銃規制派からは嫌悪され、実際、州によっては放送禁止になったという話を聞いたことがある。本当かどうかは分からないが、確かに20ドルで命が買えると歌われれば、健全なPTA団体などは眉をしかめるだろう。

 しかし、曲自体はなかなかカッコいいのである。特に歌の途中に入るシンバル3連発やギターの印象的なフレーズは子ども心にも強く記憶に残されたものだった。
 ちなみにこの曲のムーグ・シンセサイザーを弾いているのはアル・クーパーで、彼はこの曲でプロデュースもしている。

 彼らの6枚目のアルバム「ストリート・サヴァイヴァーズ」は1977年10月15日に発表された。

Street Survivors Music Street Survivors

アーティスト:Lynyrd Skynyrd
販売元:MCA
発売日:2001/11/20
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 このジャケットを見て分かるように、炎に包まれた建物をバックにメンバーが写っている。そしてこの3日後に冒頭に述べた飛行機事故に遭遇したのである。
 メンバーやツアー・クルー総勢26名のうち6名が死亡、この事故でボーカリスト、ギタリスト、バック・コーラス、ツアー・マネージャーなどを失ったバンドは解散してしまった。

 だからこのジャケット写真は後になって不吉な忌まわしいものとして、ファンからは敬遠されるようになった。しかし皮肉なことにチャート的には全米5位になっている。たぶん追悼の意味もあって売れたのだろう。

 そんな彼らの魅力がつまっているアルバムは、やはり何といってもベスト盤が一番手っ取り早いと思う。

スキナーズ・イナーズ/グレイテスト・ヒッツ Music スキナーズ・イナーズ/グレイテスト・ヒッツ

アーティスト:レーナード・スキナード
販売元:ユニバーサル インターナショナル
発売日:2002/06/21
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 事故から約10年後にボーカリストの実弟をボーカルにして、バンドはツアーを開始した。そして1991年にメンバーを補充して、再結成、以降コンスタントにアルバムも発表し、今に至っている。

 ひょっとしたら亡くなったメンバーの気持ちが“フリー・バード”となって、今もなお活動している彼らの後押しをしているのかもしれない。

【追記】
 「ロード・オブ・ザ・リング」でブレイクしたオーランド・ブルームと「スパイダー・マン」シリーズに出演している女優キルスティン・ダンストが共演した映画「エリザベス・タウン」では、レーナード・スキナードの"フリー・バード"が演奏されている。演奏しているのはレーナード・スキナードではないのだが、なかなか印象的なシーンになっている。

パラマウント映画提供「エリザベスタウン」オリジナル・サウンドトラック Music パラマウント映画提供「エリザベスタウン」オリジナル・サウンドトラック

アーティスト:サントラ,リンジー・バッキンガム,ザ・オンブレス,イーストマウンテンサウス,ホリーズ,トム・ペティ,アイ・ナイン,トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ,エルトン・ジョン,ヘレン・ステラ
販売元:BMG JAPAN
発売日:2005/11/09
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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オールマン・ブラザーズ・バンド

 しかしドゥービー・ブラザーズほど車を運転して聞くにふさわしい音楽はないような気がする。とにかくノリがいいし、自動車道などを走ると思わずスピードを出してしまう。

 それに対してオールマン・ブラザーズ・バンドの音楽は、田舎道をのんびり走る時に聞くのがふさわしいようだ。

 自分が初めてオールマンの音楽を聴いたのは1973年ごろか、もしくはもっと遅かったかもしれない。だからオリジナル・メンバーで“スカイ・ドッグ”というニックネイムを持っていたギタリストのデュアン・オールマンは、オートバイ事故ですでに他界していたときだった。

 現役で活躍中のデュアンのことは、あまりよく知らないのである。もちろんクラプトンと一緒に「いとしのレイラ」をレコーディングしたということは知っていたが・・・

 彼らのアルバムで今でも好きなのは「ブラザーズ・アンド・シスターズ」だ。これはよく聞いた。このときはデュアンはもう亡くなっていて、このアルバムでは演奏していないのだが、シングルでもヒットした"ランブリン・マン"やインストゥルメンタルの"ジェシカ"などが大好きだった。

Brothers and Sisters Music Brothers and Sisters

アーティスト:The Allman Brothers Band
販売元:Universal Japan
発売日:1997/10/14
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 この2曲はいずれもオリジナル・メンバーのギタリスト、ディッキー・ベッツが作曲したものだった。しかしこの人は本当によい曲を書いていると思う。
 他にもこのアルバムには"サウスバウンド"というノリがよくて泥臭い名曲が収められている。そういえば"エリザベス・リードへの追憶"を作曲したのも彼だった。

 リーダーのグレッグ・オールマンは"むなしい言葉"を作っているが、ホンキー・トンク調のピアノ演奏で自己主張をしている。
 もともとバンド名からもわかるように、デュアンとグレッグの兄弟(グレッグが兄)を中心としたバンドであった。そしてツイン・リード・ギター、ツイン・ドラムスという当時としては(今でも?)ユニークな編成で人気を集めた。

 結局、デュアンはデヴューした1969年から亡くなった1971年までの実質3年間あまりしか活動しなかったのだが、そのわずかな期間にもかかわらず、いまだに伝説として語り継がれている。
 特に1970年に発表されたデレク&ザ・ドミノスの「いとしのレイラ」と、翌年発表され全米15位と躍進した「フィルモア・イースト・ライヴ」では彼の豪快なスライド・ギターを聞くことができる。

フィルモア・イースト・ライヴ Music フィルモア・イースト・ライヴ

アーティスト:オールマン・ブラザーズ・バンド
販売元:ユニバーサル インターナショナル
発売日:2006/06/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 それでさあこれから、という矢先の死亡事故だったのである。まだ24歳の若さだった。もし生きていたら、数多くの名演奏を残してくれたに違いない。本当に残念である。

 クラプトンの話によると、デュアンは普通のチューニングのままでスライドバーを指につけて演奏していたそうである。それを見てクラプトンは驚くとともに、伝統的な弾き方に改めるように言ったという。しかしデュアンは改めなかったそうである。

 その後もオールマン・ブラザーズ・バンドは離合集散を繰り返しながら、いまだにメンバーを変えて活動中であるという。しかし、70年当初のような輝きはもう見られない。残念なことである。

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ドゥービー・ブラザーズ

 昔々、自分が大学生の頃、知り合いに医科大の大学生がいた。彼は東京の東村山市出身で、医者になりたくて、とりあえず合格できそうな?地方の大学を受験し、合格した。

 その人も音楽が好きで、大学の頃はジャズにハマっていたが、基本はロックだったと思う。そういえばニール・ヤングが大好きで、彼のアルバムはブートレッグも含めてほとんど全て持っていた。

 ニール・ヤングが好きということは、そこから派生してくるCS&NやCSN&Yは当然のこと大好きだったが、不思議とブルーズは聞いていなかった。あまりに泥臭かったのだろうか。ジャズに走ったのも洗練された音楽が好きになったのかもしれない。

 その彼がニール・ヤング以外に持っていたアルバムがドゥービー・ブラザーズである。自分もドゥービーの名前ぐらいは知っていたし、代表的な曲も聞いたことはあったが、アルバムを通して聞いたことは、残念ながら、まだなかったのである。

 それで「キャプテン・アンド・ミー」を聞いて冒頭の3曲に感動してしまった。"ナチュラル・シング"、"ロング・トレイン・ランニン"、"チャイナ・グローブ"、特に"ロング・トレイン・ランニン"、"チャイナ・グローブ"はいつ聞いても素晴らしい楽曲だと思った。

キャプテン・アンド・ミー Music キャプテン・アンド・ミー

アーティスト:ドゥービー・ブラザーズ
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2005/05/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 この冒頭3曲の素晴らしさに匹敵するのは、エルトン・ジョンの「黄昏のレンガ路」、デヴィッド・ボウイの「レッツ・ダンス」のそれぞれの冒頭3曲くらいだろうか。

 それ以外にも"ウイズアウト・ユー"、"イーヴル・ウーマン"もいい曲であり、彼らのベスト・アルバムに収録されている場合もあるくらいだ。
 またジャケットも何となく哲学的な意味合いを持っているようにも見えた。建設途中のハイウェイをバックに、馬に跨るメンバーたち、単なる懐古趣味に終わらない現代文明批判のような味わいを醸し出している。

 そしてこのアルバムから2年後の1975年に発表されたのが「スタンピード」だった。このタイトルの"スタンピード"というのは銃声に驚いた牛の群れなどが一斉に同じ方向に走り出すことを意味するものらしい。そこから群集心理や集団心理を指すようになったらしい。

Stampede Music Stampede

アーティスト:The Doobie Brothers
販売元:Warner Bros.
発売日:1994/05/26
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 個人的には1曲1曲の楽曲では「キャプテン・アンド・ミー」の方が、アルバム全体の統一感では「スタンピード」の方が優れていると思っている。
 このアルバムでも"ロング・トレイン・ランニン"や"チャイナ・グローブ"に匹敵する"スウィート・マキシン"や"ニールズ・ファンダンゴ"で始まっている。ヒットはしなかったものの、この2曲も疾走感に溢れている。

 それに意外とコーラスも上手なのである。イーグルスをはじめ、西海岸のグループはいずれもコーラス・ワークに長けている。これもCS&Nの影響であろうか。

 このアルバムからのビッグ・ヒットといえば"君の胸に抱かれたい"であり、これはオリジナル作品ではない。また"レイニー・デイ・クロスロード・ブルーズ"にはライ・クーダーが参加しているし、"ハングマン"にはマリア・マルダーがボーカルに参加している。

 この6分を超える"ハングマン"こそが、このアルバムのハイライトだと思っている。静かに徐々に盛り上がっていくギターやストリングスをバックに美しいハーモニーが広がっていくのである。
 後半はトランペットがフィーチャーされていくのだが、これがギターだったらもっと良かったのにと思う。この辺はオーヴァー・プロデュースだといわれても仕方ないのかもしれない。
 しかし直後の曲"プレシー"ではジェフ・バクスターのアコースティック・ギターが曲の余韻を引き締めてくれているようだ。

 このアルバムからトリプル・ギターになり、それまでのダブル・ドラムスにプラスして重厚な仕上がりになっている。

 “ドゥービー・ブラザーズ”というのは“マリファナを回し飲む仲間”を意味するスラングだそうだが、このグループのメンバーたちも出入りは多かったものの、脱退したあとも仲良く付き合っている。“名は体を現す”というのはこういうことを指すのだろう。

 冒頭の医大生も今では立派な開業医として眼科のクリニックを開いている。ただ東村山ではなくて神奈川県の海老名市というところである。
 自分たちは残念ながら“ドゥービー・ブラザーズ”ではなかったせいか、その後音信も途絶えたが、彼から教えてもらったこのアルバムは終生忘れることはできないであろう。

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アラン・トゥーサン

 アラン・トゥーサンの名前を知ったのは、中学生の頃だった。ウィングスのアルバム「ヴィーナス&マーズ」に彼が参加していたからだった。
 あのポール・マッカートニーがニューオリンズにあこがれて、このアルバムはL.A.とニューオリンズで録音されている。

 そしてニューオリンズ音楽の立役者といえば、やはりアラン・トゥーサンであろう。あるいはポールは、アラン・トゥーサンに会うためにニューオリンズに来たのかもしれない。

 彼は1曲しかピアノで参加していないのであるが、それがシングルにもなった"ロック・ショー"だった。

 それでポールが会いに行くぐらいだから、そんなに凄いアーティストなのかと思い、記憶の片隅に残ったのである。

 しばらく時がたって、おとなになったときに、アメリカの南部音楽やそれに影響を受けたグループの音楽を聞くことがあり、アルバムの解説にもしばしば彼の名前を見かけるようになった。
 そのときに中学生の頃、彼の名前を聞いたことを思い出したのである。それで彼の代表作といわれている「サザン・ナイツ」を購入して聞いてみた。

サザン・ナイツ Music サザン・ナイツ

アーティスト:アラン・トゥーサン
販売元:Warner Music Japan =music=
発売日:2008/05/28
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 私の耳にはそんなに驚くほどの名作、傑作とは聞こえなかったのだが、確かにニューオリンズの音楽というか、南部の土の香りが漂ってくるようなアルバムだった。

 ニューオリンズに限らず、アメリカ南部音楽はリズムとブラスに特徴がある。専門的なことは分からないのだが、ベースが小刻みに動いたり、ドラムだけでなくコンガなどのパーカッションも使用され、思わずスゥイングしてしまうような雰囲気を持っている。これはディキシーランドやニューオリンズなどのジャズの影響があるのだろうか。

 またサックスなどのブラスの使い方も巧みである。特にスローなバラードにはここぞというときに流れてくるので、感動的な面持ちに浸ってしまう。

 このアルバムにも1曲目の"ラスト・トレイン"などはリズミカルになっているし、3曲目の"バック・イン・ベイビーズ・アームズ"ではサックスが効果的に使用されている。
 それにコーラスの使い方もニューオリンズ音楽や南部音楽の特徴だと思う。カントリー&ウェスタンならこういうコーラスは使われないはずだ。しかも女性コーラスだけでなく、男性コーラスも場合によっては使われるのだ。ネヴィル・ブラザーズもニューオリンズ出身だし、そういう伝統みたいなものがあるのに違いない。

 このアルバムのハイライトは、やはりアルバム・タイトルにもなっている"サザン・ナイツ"であろうか。この曲はアメリカのシンガー、グレン・キャンベルが歌って大ヒットさせたのだが、オリジナルはアランだった。
 この曲を聴くと、何かジョン・レノンの曲を思い出してしまう。ジョンが作りそうな雰囲気を持った曲だからだ。声質は全然違うけれど、リズムをもっとシンプルにすれば、ジョンが歌ってもおかしくないと思う。

 そして南部の満点の夜空を印象付けてくれる。タイトルがそうなっているからかもしれないのだが、南部の湿地帯や川沿いで見る夜空はこういう雰囲気を携えているのかもしれない。

 またボズ・スキャッグスやローウェル・ジョージも歌った"あの子に何をして欲しいの"も収められている。アランの方があっさりとした味付けである。何か無欲な感じなのだが、飾り気のない人柄がそういう雰囲気を醸し出しているのかもしれない。

 アルバム全体も、最初の方はリズミカルな曲が多いが、後半に進むにしたがってバラードやミディアム・テンポ、スローな曲が占められてくる。決して何回も引っ張り出して聞きたいというアルバムではないのだが、確かにアルバム・タイトルのようなムードは満点である。

 アメリカ人にとってニューオリンズ音楽や南部音楽というのは郷愁を誘うのだろうか。一度はやってみたい音楽なのだろうか。特にロック・ミュージックに携わるミュージシャンにとっては。

 ロックが白人と黒人の融合した音楽なのであれば、ニューヨークなどの東部から来たのが白人であり、ニューオリンズのような南部から大陸に入って来たのが黒人であった。だから自らのルーツを探るために黒人たちは南部音楽が当然のことながら好きなのだろうし、ロックを演奏する白人たちは、メンタルな意味でも、音楽的なルーツを探るためにも一度は南部音楽を経験しないと気がすまないのではないだろうか。

 だから人種を問わず、ロック・ミュージシャンは南部を目指して当然なのかもしれない。彼の音楽を聴きながら、そんなことを思った。 

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ローウェル・ジョージ

 最近ローウェル・ジョージの1979年に発表された唯一の彼のソロ・アルバム「特別料理」を聴いている。紙ジャケットとして再発されたものであるが、ジャケット帯にある“完全生産限定盤”という文字が気になって、思わず購入してしまったのだ。

 何か早く買ってしまわないと、廃盤になってしまうのではないかと気になってしまう。どうもこういう文句には弱いのである。

 それで彼のソロ・アルバムなのだが、タイトルが「特別料理」なのである。原題は"Thanks I'll eat it here"というもので、画家のマネの“草上の昼食”をパロッたバックにローウェルの自画像が描かれている。

特別料理 イート・イット・ヒア<紙ジャケットCD> Music 特別料理 イート・イット・ヒア<紙ジャケットCD>

アーティスト:ローウェル・ジョージ
販売元:WARNER MUSIC JAPAN(WP)(M)
発売日:2007/12/26
Amazon.co.jpで詳細を確認する



 原題を直訳すると“ありがとう、ここで食べるよ”となるのであろうか。それを「特別料理」と訳すのだから、翻訳も大変である。
 ちなみにこのタイトルは、彼がリーダーだったリトル・フィートというバンドの2ndアルバムのタイトル候補の一つだったらしい。結局それは「セイリン・シューズ」になったわけだが…

 ジャケットに関していうなら、昔イギリスのパンク・グループにバウ・ワウ・ワウというのがあって、彼らのアルバム・ジャケットが“草上の昼食”を真似たものであったが、あれと似たようなバックである。

I Want Candy: Anthology Music I Want Candy: Anthology

アーティスト:Bow Wow Wow
販売元:Castle
発売日:2003/10/20
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 ただよく見ると、昼食を取っているのはボブ・ディラン、キューバのカストロ議長、マレーネ・ディートリッヒの3人である。なぜこの3人なのか分からない。

 ローウェル・ジョージはスライド・ギターの名手としても知られているのだが、このアルバムではあまり弾いていない。ギタリストとしてよりもボーカリストとして頑張って制作しましたというような感じで、最初から最後まで歌いまくっている気がする。

 その数少ないスライド・ギターの聞かせところが"I can't stand the rain"の間奏部分だろう。また楽曲としては"20 million things"、"Find a river"はアコースティックなバラードで、ジャクソン・ブラウンあたりが歌ってもおかしくない名曲だと思う。
 それに"Honest man"、"Two trains"なども個人的にはファンキーな名曲だと思う。

 一番驚いたのは"What do you want the girl to do"が収録されていたことである。自分がこの曲を知ったのは、ボズ・スキャッグスの「シルク・ディグリーズ」の中にあったからで、てっきりボズのオリジナルとばかり思っていて、ローウェルがリバイバルさせたと思っていた。

 オリジナルは1975年のアラン・トゥーサンのアルバム「サザン・ナイツ」にあるらしい。2008年になって初めてこのことを知ったのだから、やはり長く生きておくべきである。いいこともたまにはあるのだ。

 ローウェル・ジョージは1945年にL.A.に生まれた。幼い頃から音楽に興味を持ち、ハーモニカや尺八、ギターと次々と楽器演奏を修得していったようである。
 だからもともとギタリストだけの肩書きではなくて、その後プロデュースも担当したように幅広い音楽的素養を有していたのであろう。

 ただ残念なことに彼は34歳の若さで亡くなってしまった。心臓発作ということであるが、その並外れた体型とおそらくはドラッグの影響が原因ではないかと思っている。

 彼は一時、フランク・ザッパのバンド、マザーズ・オブ・インヴェンジョンに参加して、その時ザッパから“自分のグループを作ったほうがいい”とアドヴァイスされ、その言葉通りにリトル・フィートを結成したらしい。1969年のことだった。リトル・フィートについては別の機会に譲りたい。別の機会があればの話だが…

 このアルバムは1979年の3月に発表されたものであり、彼は6月29日になくなったので、文字通り彼の遺作となったアルバムである。
 そのせいか曲数も少なく、収録時間も40分にも満たないものであった。ひょっとしたら自分の死期を悟っていたのかもしれない。

 ただあの巨漢から想像もつかないサラッとした癖のないストレートなボーカルを楽しむことができる。決して死に臨んでいるような人が作ったとは思えない楽曲であり、アルバムである。もう少し生きていればもっと素晴らしいアルバムを作れたのにと思うと残念でならない。

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90年代のCSN&Y

 1988年にアルバムを発表したCSN&Yだったが、それから10年以上たった20世紀も終わりに近づいた1999年にアルバムを発表した。それが「ルッキング・フォワード」である。

Looking Forward Music Looking Forward

アーティスト:Stills, Nash & Young Crosby
販売元:Reprise
発売日:1999/10/22
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 公式には、CS&N結成30周年を祝う意味でアルバム制作が進められていたようで、それにニール・ヤングが便乗して、最終的にCSN&Yとして発表されたものと言われている。

 一説によると、90年代のCS&Nの2枚のアルバム「リヴ・イット・アップ」(1990年)と「アフター・ザ・ストーム」(1994年)の売り上げが不振で、親会社のアトランティックがもう1枚売れるアルバムを作るように言ったらしい。

 実際、「リヴ・イット・アップ」はビルボード・チャートの57位、「アフター・ザ・ストーム」にいたっては98位という70年代の彼らの人気からは考えられない悲惨なチャート・アクションであった。

 それでスティルスがヤングを招いて、数曲に参加させて曲を完成させ、それがアルバムへと発展したようなのである。
 アルバム完成後はツアーの準備や企画も発表された。そのせいかどうかはわからないが、「ルッキング・フォワード」は26位というチャート・アクションを記録している。

 やはりニール・ヤングが参加するかしないかで、アルバムの売り上げが変わってくるのだから、彼の力は大きいのである。前回のブログにも書いたが、CS&Nの3人よりも彼の影響力の方が大きいということが、このアルバム発表の際により明確になったと思うのである。

 アルバム全体としては12曲で、ニール・ヤングの曲が4曲、スティーヴン・スティルスは3曲、デヴィッド・クロスビーとグラハム・ナッシュが2曲ずつ、その他1曲ということで、やはりヤングの功績は大である。

 その彼の4曲のうち2曲"ルッキング・フォワード"、"スローポーク"はアコースティックな曲で、残りの"アウト・オブ・コントロール"はピアノを中心としたしっとりとしたバラード、"クィーン・オブ・ゼム・オール"は軽いロック調の曲である。

 特筆すべきはスティルスの曲が目立つ。アルバム冒頭を飾る"フェイス・イン・ミー"はカリビアン・ミュージックで、思わず腰が浮いてしまうようなリズミックな曲だ。
 またボブ・ディランの"サブタレニアン・ホームシック・ブルース"に影響されたとされるブルース調の"シーン・イナフ"ではヤングのボトルネック・ギターがフィーチャーされている。スティルス自身はアコースティック・ギターを演奏しているのだが、あまり目立たない。

 逆にもう1曲の"ノー・ティアーズ・レフト"では、このアルバムでは異質なほどのギンギンのロック・ナンバーで、これでもかというほどスティルスはアコースティックとエレクトリック・ギターを弾いている。しかもけっこうカッコいいのである。このときスティルス53歳。まだまだ現役であった。

  それにもともとスティルスはギタリストとして定評があり、60年代末はセッションに引っ張りだこだったし、彼の1stソロ・アルバムにはエリック・クラプトンとジミ・ヘンドリックスが参加しており、彼ら2人が参加している最初で最後のアルバムとして有名になったほどだった。

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 だからギターの腕は確かであるのだが、なぜかしら意識して控えめに演奏しているような観がある。

 一方で相変わらずグラハム・ナッシュの曲は美しいメロディが目立つし、デヴィッド・クロスビーのはその太い巨体にもかかわらず、曲作りが巧で、ドラマティックに盛り上がる曲構成を持つものから、"ドリーム・フォー・ヒム"のようにジャズっぽいものまでバラエティ豊かな曲を聞かせてくれる。

 アルバム全体の印象としては、ちょっと地味な曲が多いようで、それがチャート・アクションにも反映していると思う。前回のアルバム「アメリカン・ドリーム」の方がメロディが綺麗な曲が多く、コーラス・ハーモニーも聞かせどころが多かったように思えた。

 CSN&Yはアルバムのインターバルが長い。約10年以上かかる。だからいよいよ来年か、さ来年には彼らのアルバムが発表されるのではないだろうか。
 2年前の2006年には“言論の自由”ツアーとして4人でコンサート活動をしているので、アルバムが発表される可能性はある。

 ただクロスビーの健康上の問題が唯一の不安材料だろうか。それさえクリアすれば問題はないだろう。21世紀になっても彼らのハーモニーを聴きたいと思っているのは自分ひとりではないはずだ。

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80年代のCSN&Y

 CSN&Yは、スタジオ録音のアルバムとしては1970年に発表された「デジャ・ヴ」1枚あるのみで、その後は4人そろってのアルバムは作られることはなかった。
 スタジオ録音のアルバムは作られなかったものの、4人そろってのライヴ活動などは行われたていたわけで、いわゆる離合集散、つかず離れずの活動だった。

 ただしCS&Nとしては、この間に2枚のスタジオ盤と1枚の公式ライヴ盤を発表しているから、クロスビー、スティルスとナッシュの3人の間にニール・ヤングが入るか入らないかがポイントになるのだが、これについてはまた後で述べたい。

 ところが突然、約18年ぶりに彼らのスタジオ録音アルバムが発表されたのだ。それが「アメリカン・ドリーム」だった。1988年のことである。

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アーティスト:Stills, Nash & Young Crosby
販売元:Atlantic
発売日:1988/11/15
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 当時はMTV全盛の時代で、どれだけ彼らの音楽が新しい世代に通じるか不安だったのだが、チャート的には全米16位とまずまずの健闘だったと思う。ただそれまでの3枚のアルバム(スタジオ盤「デジャ・ヴ」、ライヴ盤「4ウェイ・ストリート」、ベスト盤「ソー・ファー」)がいずれも全米No.1を獲得していただけに、残念といえば残念な結果ではあった。

 1982年の5月にデヴィッド・クロスビーがテキサスで逮捕された。理由は麻薬使用と銃の不法所持であった。この頃のクロスビーは麻薬使用でかなりイカレタ状態だったらしい。実際85年には施設に入所して治療に専念したり、8ヶ月ほど刑務所に入所したりしている。

 それから約3年、クリーンになったクロスビーを迎えて録音が始められ、アルバムが完成したのである。ニール・ヤングの牧場にあるスタジオで録音されたそうだが、クロスビーの復帰を祝う意味もあったのかもしれない。

 全14曲だが、そのうちニール・ヤングの作曲が4曲、ニール・ヤングとスティーヴン・スティルスの共作曲が3曲と、ニール・ヤングの活躍が目立っている。

 これは70年代のニールの活躍を抜きにしては語れない。CS&N結成当時はCS&N>Yという図式だったと思う。スティルスがヤングをバンドに誘ったからだ。
 ところが70年代にSSWブームの影響もあり、また彼の振幅の大きい楽曲群の成功もあってニール・ヤングの存在が大きくなってしまった。だからこのアルバムではCS&N<Yという図式になるのではないだろうか。

 シングル・カットされた"アメリカン・ドリーム"もニールの作曲だったし、カントリー・ロック風の"ネイム・オブ・ラヴ"、"ディス・オールド・ハウス"などは、ニール・ヤングの穏やかなテイストを伺わせてくれる。

 個人的に好きなのは、グラハム・ナッシュの曲、"ドント・セイ・グッバイ"、"クリア・ブルー・スカイ"、"ソウルジャーズ・オブ・ピース"などである。

 "ドント・セイ・グッバイ"はナッシュ自身の弾くピアノをバックに淡々と歌っているし、"クリア・ブルー・スカイ"は3分程度ながらも、非常にメロディアスで印象的なフレーズを持った佳曲である。本当にこの人の作る曲はポップながらも耳の残るいいメロディラインを持った曲が多いと思う。

 "ソウルジャーズ・オブ・ピース"は、この人にとっては珍しくシンセサイザーなどのキーボードを使用した作品になっており、テーマがテーマだけに、途中のニール・ヤングのギター・ソロも含めてドラマティックな構成になっている。

 とにかくこのアルバムは、各人の個性がよく表された楽曲で占められていて、聴いていて飽きが来ないのである。18年振りとはいえ、彼らの創作意欲や美しいハーモニーなどは一向に衰えていないことが分かる。

 たとえチャートでNo.1にはなれなくても、セールス的によくなかったとしても、そういう評価を超えたところにこのアルバムは存在していると思うし、それはとりもなおさずCSN&Y自体が時代を超越した存在感を示しているからだと思うのである。

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CSN&Y

 CSN&Yのアルバム「デジャ・ヴ」を初めて聴いたのは大学に入学してからであった。それまでは彼らの楽曲、例えば"Teach your children"や"Helpless"はFMラジオなどで聞いたことがあったから知ってはいたが、アルバムを最初から最後まで聴いたことはなかったのである。

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 最初に"Carry on"を聴いたときは、かなり面食らった。今までの音楽と何かが違うような気がしたからだった。次の曲がメロディアスでポップな"Teach your children"だったから、なお一層そういう感触がした。

 とにかくいきなりハーモニー・ボーカルで始まるのである。そしてギターが挿入されるのだが、このギターの音がへんてこな音でグニャグニャ地面を這うように鳴っている。
 そして“Carry on, Love is coming, love is coming to us all”というブレイクのあと、オルガンが鳴り響くのである。

 当時は、この辺の展開はまさにプログレッシヴ・ロックの展開だと思っていた。そしてそのあとは非常に聴きやすいメロディが示されるのであるが、ギターは相変わらずエフェクトをかけたような音なのである。

 でも最初はへんてこな音だと思っていたが、何度も繰り返し聴きなおすことで何となくおもしろい音だと思うようになってきた。

 ニール・ヤングとの出会いはこのアルバムの中の"Helpless"、"Country girl"だったように思う。彼の特徴のある歌声、ちょうど蓄膿症の人が高い声で歌うとこういう声になるのではないかというような、鼻にかかったハスキーな高音の声を聴いてびっくりした思い出がある。

 このアルバムは4人が曲を持ち寄って作られているだけあって、バラエティに富んだ楽曲を楽しむことができた。

 スティーヴィン・スティルスが作る曲は、さすがギタリストが作るだけあって、ギターがフィーチャーされている。エレクトリックだけでなくアコースティックな曲作りも得意である。

 もう一方のギタリスト、ニール・ヤングはスティール・ギターをフィーチャーしたカントリー・タッチの曲やサイケデリックなギター・サウンドが目立つ曲構成が得意なようである。この2人はいい意味でライヴァルであったようで、ライヴァルでありながら2人で曲作りをしたり、バンド活動をしたりしている。

 グラハム・ナッシュは非常に聴きやすい曲をつくるのが得意なようで、このアルバムでも"Teach your children"、"Our house"などの明るくて爽やかな曲を残している。
 "Almost cut my hair"、"Deja vu"を作ったのはデヴィッド・クロスビーで、彼はその体型に応じてか、結構ハードな楽曲も創作している。

 だからこのアルバムは、結構尖がったエキセントリックな曲からのちのウエスト・コースト・ミュージックを連想させる爽やかな曲まで楽しむことができた。

 当時はこれを聴きながら朝起きたり、車の中でも流したりしていた。そのうち何回も聴きたい曲とそうでない曲とに分かれていったのだが、それについてはここでは省きたい。
 いずれにしても当時の時代を反映した歴史的な名盤だと思う。もうこういうその時代の空気を感じさせてくれるアルバムは出てこないのではないだろうかと思うのである。

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CS&N

 自分がCS&Nを初めて聴いたのはいつの頃だったろうか。たぶん中学生のいま時分だっただろう。でもそのとき聴いたのはライヴ・アルバム「4ウェイ・ストリート」のさわりの部分だったと記憶している。

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アーティスト:Crosby Stills Nash & Young
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発売日:1995/03/23
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 “7分の曲が10数秒で終わっているんだよ”と師匠は教えてくれたが、確かにその通りで"組曲:青い目のジュディ"は終わりのスキャットの部分しか聞けなかった。
 逆にニール・ヤングの"サザン・マン"は13分にも及ぶロング・バージョンで、かなりエキセントリックなギター・サウンドだったのを覚えている。彼の周りだけ違う空気が漂っているようだった。

 しかし正確に言うと、これはCSN&Yのことで、CS&Nのことではない。本当のことをいうと、CS&Nのデヴュー・アルバムを最初から最後まで聴きとおしたのは、大学生になってからであった。

 1969年に発表されたこのアルバムは、まさに名盤である。当時はスーパー・グループといわれたらしい。元バーズのデヴィッド・クロスビー、元バッファロー・スプリングフィールドのスティーヴン・スティルス、元ホリーズのグラハム・ナッシュの3人であった。

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アーティスト:Stills & Nash Crosby
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 この中でイギリス人は誰でしょう?答えはグラハム・ナッシュである。イギリスはマンチェスター出身ということである。どうでもいいトリヴィアだが、一人だけ英国人というのもユニークである。

 確かに"青い目のジュディ"は斬新な曲だと思った。コーラスは当然のこと素晴らしいと思ったが、主旋律がどれかよくわからない曲構成は、当時の自分には画期的だと思えた。
 これもどうでもいい話だが、“ジュディ”とは当時人気があったシンガーのジュディ・コリンズのことだといわれている。ジュディはその頃スティーヴン・スティルスと付き合っていて、この歌が生まれたそうである。

 また"マラケッシュ行急行"や"泣くことはないよ"、"どうにもならない望み"などは強く印象に残った曲だった。
 いずれもコーラス・ワークが中心のアコースティックな曲である。初夏のさわやかな朝にピッタリの曲だと思う。ここから70年代のウェストコースト・サウンドが生まれ、イーグルスやポコ、アメリカ、ブレッドなどのグループが登場することになるのだが、その原点となるようなアルバムだと思うのである。

 グループ結成時の逸話として次のような話がある。ジョニ・ミッチェルの家に遊びに行っていた3人であるが、そのときデヴィッド・クロスビーとスティーヴン・スティルスが"泣くことはないよ"を歌ったらしいのだが、それにコーラスをつけたのがグラハム・ナッシュだったそうである。

 そこから3人でグループを結成しようという話になったそうである。1968年の夏のある日の出来事だった。

 これにはオチがついていて、当時クロスビーと付き合っていたジョニ・ミッチェルだったが、そのときのことがきっかけかどうかは分からないが、クロスビーからナッシュに乗り換えてしまった。

 まあ人生いろいろなのであるが、それでもこの3人の結束はその後も変わっていない。決してあせらずにマイ・ペースで活動することが、長く続く秘訣かもしれない。

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ヴェルヴェット・アンダーグラウンド

 わたくしごとで恐縮だが、自分は毎朝バナナを1本食べることにしている。バナナにはオリゴ糖が含まれており、腸内環境を改善する働きがある。またカリウムは血圧を低下させるし、ワイン一杯分と同じくらいの量といわれているポリフェノールは活性酸素を除去し、抗癌作用や老化防止作用がある。
 さらには、エネルギー吸収率に優れ、スポーツなどの激しい運動にも簡単にエネルギー補給をすることができる。

 こんなに優れているバナナである。手軽で安く簡単に手に入れることができる食べ物である。戦後、輸入されたバナナが日本人の食糧難や健康面での悪化を救ったことは事実であろう。

 それでロック・ミュージックでバナナといえば、あの有名なバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの1stアルバム「ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ」だと思う。誰も異存はないはずだ。

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 ニューヨーク出身のルー・リードとイギリス生まれのジョン・ケイルが中心となって1965年にニューヨークで結成されたヴェルヴェット・アンダーグラウンドは、実質的活動期間は僅か5年余りと短いものであったが、その影響力は途方もな