2018年7月 9日 (月)

クーラ・シェイカー

 90年代や00年代初頭を回顧するシリーズとして、マイナーなブリティッシュ・ロック・バンドのことを書き綴ってきたが、今回はクーラ・シャイカーが登場する。マイナーとは言えないと思うし、知っている人は知っていると思うのだが、サイケデリック・ロックというか、正確に言うと、ラーガ・ロックの再来あるいは復興と呼ばれたバンドだった。

 「何かものすごい斬新なことが起きなきゃだめなんだ。ポップ・ミュージックがそれを形にできないようじゃ、もうポップ・ミュージックなんてあったってゴミってもんだ。とにかく俺たちは、人々の夢や希望を凝縮する究極のバンドを生み出したいんだ。
 究極のバンドとは?それは社会そのものの神経に触れるかどうかってことだよ。で、俺はそれをやってやろうと思う。革命をやってやろうと言っているんだよ」

 なんかすごい自信満々というか、“ビッグ・マウス”だ。まるで、オアシスのギャラガー兄弟の言葉のようだが、これを言ったのは、このバンドのギター&ボーカル、実質的なリーダーのクリスピアン・ミルズだった。やはり一発当ててやろうと思う人は、これくらいの自信がないとやっていけないのだろう。

 クーラ・シェイカーは、1988年にクリスピアン・ミルズとベース・ギター担当のアロンザ・べヴァンがリッチモンド大学在籍中に知り合って結成された。最初は“オブジェクツ・オブ・デザイア”と名乗っていたようだ。

 このクリスピアンという人は、中産階級出身である。イギリス人は名前を見て、労働者階級出身か中産階級出身かがわかるそうだが、私にはよくわからない。
 事実、クリスピアンの祖父は、イギリスの演劇界を代表するジョン・ミルズという人で、父親は映画監督、母親はハリウッドのディズニー映画にも出演していたヘイリー・ミルズという人だった。
 ただし、両親の結婚生活は4年間ぐらいしか続かなかったようで、クリスピアンは16歳になるまで父親と会うことはなかった。

 また、ベーシストのアロンザ・べヴァンの両親もまたモデル出身だったし、ドラマーのポール・ウィンターハートの両親もミュージシャンだった。だから彼らは、中産階級出身者で固められたバンドだったのである。A
 彼らの音楽性とは無縁の話だけれども、だからというわけでもないだろうが、労働者階級出身のオアシスとは仲が悪い。クリスピアンはこうも言っていた。「俺たちは、人々がため込んできたものをビッグ・バンド状態にできるように、そのために力を尽くしたいんだ。少なくともオアシスにそれをみすみすやらせるつもりじゃないのは、確かだよ」

 一方、リアムは「クリスピアン?何者?お遊びでやっているぽっと出のバンドだろ。流行が過ぎれば、消えていくのが目に見えている。本物は生き残るのさ、俺たちのように」と、これまた冷たい返事。かように階級闘争が、音楽・芸能面にも影響を与えるのがイギリス社会のようだ。

 それはともかく、クリスピアン一行は、メンバー・チェンジを行い、バンド名を何度も変えながら音楽活動を進めていった。その間の1993年頃に、クリスピアンは、バックパッカーとしてインドに旅行した。
 彼は、子どもの頃から生命の永遠性や必然的な身体の限界などについて考えていたようで、夜中に目が覚めては、いずれ訪れる死の前兆などを感じていたようだ。そしてその時に、手元にあったインドの神話的、哲学的叙事詩である「マハーバーラタ」を読んでは心を落ち着かせていたそうである。

 だから、こういうインド音楽に影響されたラーガ・ロックをやるのは、ある意味、運命的な必然性があったのだろう。
 また彼は、子どもの頃から様々な音楽を聞いていた。例えば、アメリカのフォーク・グループのピーター、ポール&マリーが歌った"Puff, the Magic Dragon"から始まり、70年代のラモーンズやアダム&ジ・アンツ、デュラン・デュラン、ボーイ・ジョージなどをよく聞いていたようだ。

 そのうち60年代の音楽にも触手を伸ばし、ザ・ドアーズを聞きながらLSDをきめていたが、ドラッグ中毒になった友だちを見て、ドラッグが人生を豊かにしてくれるとは思わなくなり、そういう習慣を断ち切ったらしい。意志が強かったのだろう。

 彼の運命を決めた曲のひとつが、キンクスの"You Really Got Me"だった。この曲を聞いて、彼はギタリストになる決意を固めた。また、リッチー・ブラックモアのギター・スタイルをお手本にして練習を重ねていった。
 1997年には、ディープ・パープルもカバーした"Hush"もシングルとして、発表しているから、リッチー・ブラックモアの影響は強いものがありそうだ。

 「俺が音楽で一番好きな時期は、1967年なんだ。ジョージ・ハリソンがインドっぽいことをやり始めた頃だね。そのせいで、俺もインドの神秘主義にどっぷりハマってしまって、実際に行ってみたくなったんだ」

 ともかく、クーラ・シェイカーというバンド名も、インドの歴史が影響している。「インドの皇帝の名前なんだ。インドの導師のヨギたちは、誰もがこの皇帝かヴィシュヌ神の武器の化身だといって、その名前をとればヴィシュヌのご加護に逢うということだった。で、そうしてみみたら3ヶ月もしないうちにレコード契約にありついたんだ」

 実際に、インド旅行で巡り合った人の出会いからグラストンベリー・フェスティバルの出演機会を得たり、バンド名を変えてから1995年に行われたマンチェスターでの「イン・ザ・シティ・フェスティバル」のバンド・コンテストで最優秀バンドに選ばれて、イギリスのコロンビア・レコードと契約を結ぶことができたのである。これらの出来事は、インドのヴィシュヌ神の恩恵なのだろうか。

 1996年にレコード・デビューした後は、トントン拍子に売れていった。グレイトフル・デッドの亡くなったジェリー・ガルシアとジャム・セッションをするという内容のセカンド・シングル"Grateful When You're Dead"は、シングル・チャートで35位になると、続くサード・シングル"Tattva"は4位まで上昇した。

 この曲は、500年前にチャイタンヤというインドの聖人によって書かれた宇宙の究極的な真理を唱えたもののようで、“永遠の真理”という意味らしい。この曲にはメロトロンも使用されていて、個人的には大いに気に入っている。

 さらに、デビュー・アルバム「K」の冒頭を飾っている"Hey Dude"は2位に、4曲目に配置された"Govinda"も7位まで上がった。
 確かに、"Hey Dude"には、シャウトするボーカル、うねるようなリズムと疾走感のある雰囲気がすばらしい。チャートの2位になる要素は備えているだろう。51tqm5vdol ただ、"Govinda"という曲は、クリスピアンによるヒンズー教のマントラに曲をつけたもので、インドの神、クリシュナの別名のひとつが"Govinda"で、クリシュナを讃える内容になっている。歌詞的には、パブやカラオケで歌えるようなものではないと思うのだが、演奏的にはインド風味のみならず、スペイシーで音響空間が豊かであり、優れていると思う。

 個人的には、5曲目の"Smart Dogs"の方が好きで、ロックの圧倒的なダイナミズムやギターとキーボードの見事な融合など、聞きどころは多いと思う。
 むしろこういうメロディアスでハードな曲風の方がヒットするのではないかとも思ったのだが、このデビュー・アルバムの素晴らしさは、こういう佳曲がさりげなく置かれているところにもあるのだろう。

 他にも、ジミ・ヘンドリックス的雰囲気のギター・サウンドを味わうことのできる"303"やミディアム・テンポのやや落ち着いた雰囲気の味わえる"Start All Over"、ピアノとシンセサイザーなどのキーボード演奏とアコースティック・ギターのコンビネーションがフィーチャーされたバラード風味の"Hollow Man Parts1&2"など、確かに良い曲が多く含まれているアルバムだと思っている。単なるブリット・ポップの流れの中で出てきたバンドとは思いたくないのだ。

 デビュー当時には、お金持ちの中産階級の若者が時間と金にまかせて作ったアルバムのような声も聞かれたのだが、音楽的な才能がなければこれほどのアルバムは作れないはずだし、クリスピアンの頭の中には音楽によって世の中を変えていくという決意が漲っていたようだ。

 「現実逃避ってのは現状改革の第一歩だと思う。ただし重要なのは、それが幻想に過ぎないものか、それともちゃんとした現実に変換できる意志と可能性を作ったものであるか、それを見極める目を持つことだ。そもそも60年代のオプティミズムが無効になったのは、あれが、結局ただのファッションになってしまったからなんだ。それで僕らは、ただヒッピー風の格好をして、ヒッピー風の音を出したいからこのバンドをやってるわけじゃない。あの時代の基本理念を90年代型にモデル・チェンジしたくて、うずうずしているからだよ」

 確かにこのデビュー・アルバム「K」は売れた。イギリスでは、アルバム・チャートで初登場1位、オアシス以来の最速売上げを記録し、ダブル・プラチナ・アルバムに認定された。

 ただし、3年後に発表されたセカンド・アルバム「ぺザンツ、ピッグス&アストロノウツ」は全英8位になり、ゴールド・ディスクにはなったが、売り上げは芳しくなく、そのままバンドは新世紀の幕開けを見ることもなく、解散してしまった。デビューしてからわずか3年という短さだった。これもまた、ヴィシュヌ神の恩寵によるものなのか。

 ザ・ビートルズは、ロックン・ロールやバラード、室内管弦楽にレゲエ、ブルーズなどなど、様々な音楽性を有していて、その中のひとつにインド音楽があった。
 一方、クーラ・シェイカーには、メインがインド音楽であり、それ以外にも素晴らしい音楽的要素を有していたにもかかわらず、それを活かすことができなかった。この違いが、歴史に残るバンドになったかどうかの違いだと考えている。

 その後、クリスピンはソロ活動を行ったり、新しいバンドを結成したりするものの、思うような結果を出せず、結局、2004年にクーラ・シェイカーを再結成して、3枚のアルバムを発表しているが、アルバムごとにインド音楽を加味したラーガ・ロックから離れようとしたり、接近したりしている。もうこうなったら、インド映画のサウンドトラックを制作するなど徹底的にインド音楽を追及したらどうだろうか。

 というわけで、中産階級出身の人たちのバンドなのだが、音楽的には優れた能力を有しているミュージシャン達だと思っている。ただ、その豊かな才能が十分に発揮されていないのではないかと危惧しているのである。

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2018年6月25日 (月)

ザ・モントローズ・アヴェニュー

 このバンドは、なぜ売れなかったのだろうか?本当に良いバンドだったのに残念だ。たった1枚のアルバムを残して解散してしまった。北ロンドン出身のザ・モントローズ・アヴェニューのことである。マイナーなブリティッシュ・バンドの第2回は、このバンドについてになった。

 自分は彼らの曲をラジオで聞いて、またまた素晴らしい才能を持ったバンドが誕生したなあと思い、アルバムを購入したのである。1998年頃のお話だ。
 このバンドは5人組で、そのうち3人の優れたソングライターがいた。それに3人ともボーカルが取れるので、美しいコーラスも聞くことができたのだ。

 彼らの音楽的なポリシーというか方向性としては、アメリカの西海岸風のサウンド、たとえばザ・バーズやバッファロー・スプリングスティーンを志向していて、それにブリティッシュ・ロック的な骨太のダイナミズムを取り入れていた。

 だから、デビュー当時平均年齢22歳のバンドにしては老成していて、70年代のアメリカン・ロックやブリティッシュ・ロックが好きな人なら、きっと飛びつくに違いないという音楽性や面影を備えていた。それで自分としては一発で好きになってしまったのだろう。

 ザ・モントローズ・アヴェニューは、1996年頃にバンドの2人のギタリストであるスコット・ジェイムスとポール・ウィリアムスが出会ったところから始まった。そして、もうひとりのギタリスト兼キーボード・プレイヤーのロブ・リンゼイ・クラークとパブで出会い、バンド構想を練っていった。バンド名も自分たちが生まれ育ってきた場所から取られていた。8713130_2

 彼らは最初から、ザ・バーズやバッファロー・スプリングフィールド、モビー・グレイプなどのバンドの音楽性を取り入れようとしていた。3人の趣味が合ったのだろう。
 そして翌年には、リズム・セクションのベーシストとドラマーが参加して、バンドとして活動を始めたのである。ちなみに、ドラマーのマシュー・エヴェレットはメンズウェアというバンドの元メンバーだった。

 彼らは、当時のU.K.コロンビア・レコードと契約を結び、"She's Looking For Me"や"Where Do I Stand?"などを発表した。
 そして、これらの曲を含む彼らの唯一のアルバム「サーティ・デイズ・アウト」は、1998年の10月に発表された。418cv538yl
 このアルバムは、個人的には、時代の波にのれなかった名盤だと思っている。デビュー・アルバムらしい若さと疾走感が漲っていて、単なるアメリカ西海岸の音楽の焼き直しにはなっていない。
 また、自分たちのオリジナリティもしっかりと発揮されていて、何度も言うけれど、ザ・バーズやバッファロー・スプリングフィールドなどの二番煎じにはなっていなかった。

 全13曲(日本盤は14曲)のうち、4分台の曲は3曲しかなくて、ほとんどが2分か3分台の曲だった。この辺もいかにも新人バンドとしてのフレッシュさが発揮されているという気がした。

 アルバムの最初は、風雲急を告げるサイレンで始まる"She's Looking For Me"で、2分2秒という短い曲ながらもメロディーは際立っているし、テンポも速く、アルバムの冒頭に相応しい曲だった。ただ、シングルとしては118位というチャート・アクションで、ヒットはしなかった。

 2曲目は"Helpless Hoping"というタイトルで、このタイトルを見れば、思わずC,S,N&Yの曲を思い出してしまうだろう。
 ただ、同名異曲であって、C,S,N&Yの曲とは全く違う。この曲も若さに満ち溢れていて、コーラスの巧みさとソングライティングの上手さが伝わってくる。隠し味として、オルガンやピアノが使用されている点が印象的だった。

 一転して3曲目の"Start Again"はギターが主体の曲で、ギター・ソロやハンドクラッピング、交互のリード・ボーカルなどが織り込まれていて、とても新人バンドの曲とは思えないほど素晴らしい。

 このアルバムを聞いて、そんなに70年代風の曲やアレンジなどは意識させられないのだが、"Yesterday's Return"は、確かにザ・バーズのような感じがしてくる。70年代というよりも、60年代のホリーズのような感じだろう。雰囲気としては、ホリーズの"Bus Stop"に似ていると思った。

 バンドは2曲のバラード曲を用意していて、そのうちの1曲"Keep on the Radio"で、壮大なコーラスと流麗なストリングス、それにトランペットの管楽器まで使用されていて、盛り上げに必死である。だからというわけではないだろうが、聞かせるバラード曲になっていた。

 "Where Do I Stand?"は再び疾走する曲になっていたし、"Emergency Exit"もタイトルを反映したような焦燥感と性急感が漂っていた。ただ、このバンドが優れていたのは、それを単なるアップテンポの曲として終わらせることなく、コーラスの美しさや緩急をつけたリズムなどを配置している点だろう。
 この"Emergency Exit"の中でもスライド・ギターが要所要所で使われていて、確かにアメリカ西海岸のサウンドに影響されていたというのが伝わってきた。

 バンドの最後のバラード曲になった"Leaving in the Morning"はキーボードとスライド・ギターとブラスがフィーチャーされた曲で、バッファロー・スプリングフィールドの曲をハードにアレンジしたらこうなりましたよ、という感じがした。シングルとしてはヒットしないだろうけれど、決して悪い曲ではないはずだ。

 10曲目の"Closing Time"は、タイトル通りの穏やかな曲で、アコースティックギターとニッキー・ホプキンス風のリリカルなピアノがエヴァーグリーンな香りを漂わせてくれる。この曲もヒットはしないだろうけれど、佳曲だと思う。もっと注目が集まってもよかったのにと、残念でならない。

 ブリティッシュ・ロック・バンドとしてのパワーがあるのが"Lost for Words"だろう。アコースティック・ギターのイントロから始まり、エレクトリック・ギターのカッティングが始まると一気に勢いを増して走り出していく。それにキーボードが音に厚みをつけ、ボーカルとコーラスが盛り上げていく。わかっていても、こういう展開についつい耳を傾けてしまうのであった。

 アルバム・タイトル曲の"Thirty Days Out"は、約1か月間の恋愛や契約から抜け出そうというもので、コーラスの美しさや曲作りの巧みさ、メロディの印象深さなど、彼らの音楽の魅力を詰め込んだ曲でもあった。

 そして最後は、ニール・ヤングのカバー曲"Ohio"のライヴ・バージョンだった。エレクトリック・ギターが前年に押し出され、何のアレンジもなく、勢いで最後まで突っ走っている曲だったが、これも若さという特権の表れなのかもしれない。617nwl9aqll
 このアルバムは、全英チャートでは102位と全く振るわなかった。このアルバムから4曲がシングルとして発売されたが、"Where Do I Stand?"の38位が最高位だった。あとはすべて50位から出ていた。

 彼らは続く2枚目のアルバムを準備していたようだったが、チャートの結果を見たレコード会社が契約を打ち切ったようだ。実質、約1年間少々の活動で終わってしまった。
 もし彼らが60年代か70年代の初頭にデビューしていたならば、もう1枚はアルバムを発表できただろう。90年代にもなると、音楽性よりは商業性が上位に来る時代になってしまっていたのだ。

 とにかく、この1枚だけで解散してしまうには惜しいバンドだった。バンドのもつテンションは素晴らしかったし、時代の空気にはマッチしていたと思うのだが、オーディエンスの渇望感には欠けていたようだった。ということは、やはり結局は時代の空気感にも合っていなかったのだろうか。

 ブリット・ポップではないし、かといってハード・ロックでもない。ブリティッシュ・ロックの持つ陰鬱性は影を潜めているものの、アメリカ西海岸風のようなカラッとした明るさがメインになっているわけでもない。その辺の中途半端さが受け入れられなかったのかもしれない。

 しかし、それでも一度は耳を傾けてほしいアルバムでもある。何度も言うが、時代の波にのり切れなかった名盤だと思っている。

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2018年6月18日 (月)

マーブルス

 これから、マイナーなブリティッシュ・バンドを数回にわたって紹介しようと思う。いずれも解散したか、解散状態にあるバンドだ。
 ただし、マイナーだけど、音楽的水準は高いと思っている。どのバンドにも言えることは、なぜ売れなかったのだろうか、こんなに良い音楽なのにという印象を伴っているということだ。もし、機会があれば、ぜひ一度は聞いてほしいと思っている。

 それで第1回は、アイルランド出身のザ・マーブルスである。日本ではただ単に、“マーブルス”と表記されていた。R30972701315597529_jpeg
 このバンドの詳細は、今になってみれば、よくわからない。デビュー・アルバムを発表した後、メンバー・チェンジをしたので、それがうまく行かなかったのだろう。あるいは、力を入れて制作したアルバムが、売れなくて自信をなくしたのかもしれない。とにかく、今はもう存在していないのは、間違いない事実である。

 とりあえずは、デビュー・アルバムを聞きながら、このバンドのことをできる限り調べて載せたいと思う。

 このバンドは、1997年にアイルランドで結成された。場所はよくわからない。ダブリンかもしれないし、もっと地方の街なのかもしれない。
 わかっているのは、結成当時は18歳前後の男性だということと、3人のメンバーでスタートしたということだけだった。

 メンバーの名前はわかっている。最小限の3人組バンドで、ドラマーのシーマス・サイモン、ギタリストのジョニー・マクグリン、ベーシストのジャスティン・ウィーランだった。
 曲のクレジットを見ると、シーマスとジョニーの手によるものが多いから、この2人が中心メンバーなのだろう。

 彼らはアイルランド国内で徐々に人気が出てきて、バンド結成して1年後には、“アイルランド国内で、最も期待されている未契約バンド”と呼ばれるようになった。
 そんなときに、彼らをサポートしたのが、アイルランドの国民的バンドであるザ・ポーグスのメンバーだったテリー・ウッズだった。

 彼は自らマネージャー役を買って出て、彼らをいくつかのレコード会社に紹介した。そのうちのZTTレーベルが彼らに興味を持ち、1998年の2月にマネージメント契約を結んだのである。おそらくメンバーはまだ10代だったはずだ。

 ZTTレーベルといえば、設立者はあのトレヴァー・ホーンである。元バグルス、元イエスのメンバーで、本来はミュージシャンだった人だ。
 このレーベルからは、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドやアート・オブ・ノイズ、シールなどのバンドやミュージシャンが輩出されていて、基本的には、サンプリングやフェアライトなど、最新の音楽的機材やプロダクションを用いたダンサンブルな音楽性を志向したレーベルである。

 そんなレーベル会社であったが、ザ・マーブルスの音楽性はそれとは真逆のもので、ギターとボーカル中心のロックン・ロールだった。しかもデビューして間もないザ・ビートルズ風の爽やかな歌声とメロディアスな曲調も伴っているから、確かに当時は売れるのではないかと思われていた。時代はブリット・ポップの残照がまだ残っていたからだ。(日本の国内盤は、当時のコロンビア・レコードの子会社から発売されていた)

 彼らのデビュー・アルバムは、2000年に発表された。タイトルは「オーヴァーグラウンド」と付けられていた。如何にも彼らの願いが込められたようなタイトルだ。31wzw8b0mel
 このレコーディングの途中に、マルコ・レアというメンバーが加入してきた。彼はギターとボーカルを担当する予定だった。

 なぜ加入したのかというと、ドラマーのシーマス・サイモンがメイン・ボーカルも担当していたので、ボーカル面を強化するために参加してきた。だから、レコーディングの後半部分ではマルコも共作して楽曲を提供していたようだ。

 ところが、ここで予期しないアクシデントが発生したのだ。3人組メンバーでよく起こる問題は、人間関係の軋轢によるものが多い。3人がバラバラになるというよりも、3人のうち1人が残りのどちらかと仲良くなって、ひとりが孤立してしまうということはよくあることだと思う。

 ひょっとしたらこのマーブルスにおいても、このことが起きたのかもしれない。3人組の悪癖みたいなものを乗り越えようとして4人にしようとしたのかもしれない。
 ところが、ここでオリジナル・メンバーだったシーマス・サイモンが脱退してしまったのだ。彼は、アルバムの中ではジョニーと一緒に12曲中9曲を手掛けていたから、バンドにとっては痛手になったのではないだろうか。

 新加入したマルコも残りの3曲中2曲を単独で、残り1曲を共作していて、それなりの高いソングライティング能力を発揮していたが、それだけではうまく行かなかったのだろう。さらにまた、ドラマーが不在になったので、トム・ドミカンという人がアルバム発表後に加入したのだが、新メンバー2人とオリジナル・メンバーとの間で、何かがあったということも考えられる。

 とにかく彼らは、2000年にアルバムを発表したものの、それ以降は目立った動きはなく、いつの間にか自然消滅していた。
 メンバー間の人間関係のみならず、バンドとしての個性も、思うようには発揮できなかったのかもしれない。

 「虎は死して皮を残す」という言葉があるが、ザ・マーブルスも「オーヴァーグラウンド」という素晴らしいアルバムを残してくれた。このアルバムは、初期のオアシスのように瑞々しく、清々しい。
 例えば、冒頭の曲は、短いストリングスからアコースティック・ギターのカッティングが強調されたオアシス調の"Slip Into Sound"というものだったが、これがなかなかの佳曲なのである。60年代の懐古調のメロディと、当時のミレニアムの雰囲気を反映した力強さを備えていて、若い世代も古い世代も満足してしまう魅力を持っていると思った。

 アルバム・タイトルはこの曲から取られたと思われる"Fallin' Overground"は、ミディアム調の耳に馴染みやすい曲になっているし、続く"Crash Car"もアメリカのパワー・ポップな曲を聞いているような錯覚を覚えさせるものだった。曲はギター担当のジョニーが書いていたのかもしれない。アルバムに統一感があるのは、彼のおかげなのだろう。

 4曲目の"History"は新加入のメンバーだったマルコ・レアひとりで書いた曲だが、他の曲と比べて遜色ないし、むしろよりポップ寄りになっている。まるでティーンエイジ・ファンクラブの曲のようだ。

 特筆すべきは、5曲目の"Miles And Miles"というバラードだ。これは90年代のイギリスを代表するような名バラードだと思っている。最初のワン・フレーズを聞いただけで、これはもう涙なしでは聞くことができない名曲だと思ってしまった。メロディーの美しさとバックのストリングスの演奏が絶妙にマッチしていて、何度聞いても感動してしまうのである。

 その他にも、アコースティック・ギターが基調の肩の力を抜いたような"Trampoline"や、地元のアイリッシュ風味の強い"Avalon"、バック・コーラスがユニークな"So Far Away"など、耳を傾けるべき曲は多いのだ。

 彼らのデビューは話題性に満ちていた。曲の良さはもちろんのこと、ZTTレーベルという時代の先端を行くダンス系のレーベルから、正統な英国ロックを演奏するバンドが誕生してきたからだ。だからこのアルバムも売れると思ったのだが、残念ながらそうはならなかった。The_marbles_00s_fallinoverground495
 なぜ彼らが、時代の波の中に埋没してしまったのかはよくわからないが、おそらくオアシスやブラーを代表とする他のブリット・ポップのバンドとの差別化ができなかったからだろう。
 もし彼らがあと3年ほど早く生まれていれば、このバンドは流行の波に乗って成功していたに違いない。それだけの水準は保っていると思うのである。

 もう少しアイリッシュ・バンドとしての個性を発揮したり、ハードな側面も出していけば、もう少し多様なファンを獲得できたのではないだろうか。時代の流れに乗ったように見えて、そこからこぼれ落ちてしまったバンドだった。アルバム・タイトルのように、浮上することはできなかったようだ。

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2018年6月11日 (月)

スターセイラー

 イギリスに、スターセイラーという名前のバンドがいる。日本語にすると、“星間航行者”となるのだろうか。何となくカッコいい感じがするのだが、デビューしたのは、2000年のことだった。

 自分は、このバンドについては詳しくは知らない。ただ、名前があまりにもカッコよかったので、思わず買って聞いてみた。タイトルは「ラヴ・イズ・ヒア」というもので、11曲入っていた。51o1jf8vahl
 楽曲の出来や完成度は、とても新人バンドとは思えないほど完成されていた。老成というか成熟というか、とても新人のバンドのアルバムとは思えなかった。
 逆に言えば、若々しさがない、躍動感がない、聞いていて心が晴れないのだ。ザ・ビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」とは、180度というか540度は違うのである。

 普通のロックのデビュー・アルバムには、テンポの速い曲やスローなバラードがバランス良く配置されているのだが、このスターセイラーのデビュー・アルバムは、基本的に、曇天の下で梶井基次郎の小説を読んでいるような、あまり気分のすぐれない気持ちにさせてくれた。

 ただ、デビュー・アルバムと思えないほどの重厚で、壮大な、ベテラン・バンドのようなアルバムを発表できるほどの才能があるのは、確かである。
 曲の作詞作曲は、すべてバンド名になっているので、共同で作っているのかもしれないが、バンドの中心メンバーは、間違いなくギター&ボーカルのジェイムズ・ウォルシュである。

 スターセイラーは4人組のバンドで、通常のロック・バンドのフォーマットだった。彼らはイギリスの北西部にあるチョーリー出身で、中産階級の出身だった。

 ご存知のように、イギリスは階級社会で、目には見えないけれども、身分の違いというのは存在している。ただし、それで差別されたり非難されたりすることはなく、むしろ、それぞれの階級に所属している人は、自分たちの階級や仕事にプライドを持っていて、それが階級制の固定化につながっているという説もあるほどだ。

 それでスターセイラーのジェイムズは、オアシスのノエル・ギャラガーに話しかけた時に、横にいたリアムから、「俺の兄に話しかけないでくれ」と言われたそうだ。オアシスは労働者階級の出身なので、中産階級出身のジェイムズに冷たく接したのだろうと言われている。その理由が本当かどうかは不明だが、ありえる話である。

 話は横道にそれたが、彼らはウィガンというところにある大学でバンドを結成した。同場所は、以前紹介したザ・ヴァーヴの出身地でもある。
 ドラマーとベーシストは以前から同じバンドで活動していたが、バンドのボーカルが病気になってしまい、当時大学の合唱部員だったジェームズに声をかけたようである。P01bqm2j
 彼らは中産階級出身とはいえ、当時のイギリスの社会状況は決して明るくはなく、むしろ閉塞感に満ちて、息の詰まるような生活を送っていたようだ。ジェイムズは、「僕たちの住んでいる街では、そういう現実を振り切るには、歌を作るしかなかったんだ」と述べていた。

 もともとジェイムズは歌が好きで、12歳でピアノを始め、14歳で曲を書き始めた。彼がバンドに入った時に、ジェフ・バックリーの「グレイス」というアルバムを聞きこんでいて、その父親だったティム・バックリーの曲からバンド名をつけた。バックリー親子には尊敬の念を持っているのだろう。

 そんな彼らがロンドンのクラブで演奏を行っているときに、ニュー・ミュージカル・エクスプレスの記者がたまたま目撃してそのレビューを記事に乗せたところから火が付き、多くのレコード会社から声がかかり、最終的にはイギリスEMIと契約を結んだのである。2000年10月の頃だった。

 そして、レコード・デビューする前からグラストンベリーのフェスティバルに出演するなど活動を続け、ライヴ活動の合間にレコーディングを行って、翌2001年の8月にデビュー・アルバムが発表された。

 何度も言うが、とても新人バンドのアルバムとは思えないほどの完成度を示している。ただ、躍動感に乏しいのだ。
 だからバンドのアルバムというよりは、感覚的には、シンガー・ソングライターのアルバムに近い。バンド名が象徴しているように、シンガー・ソングライターだったバックリー親子のアルバムのようだった。

 ミディアム・テンポの曲は2曲目の"Poor Misguided Fool"と10曲目の"Good Souls"ぐらいだろう。あとは、アコースティック・ギターの弾き語り("She Just Wept"、"Coming Down")やピアノやキーボードがアクセントになっている曲("Alcoholic"、"Lullaby"など)が多い。

 そして、シングルカットされた"Fever"は、確かに良い曲だと思う。静~動へと広がっていくバラード・タイプの曲で、このアルバムから最初にシングル・カットされた曲だった。全英シングル・チャートでは18位まで上昇している。31ioqkvp6dl
 ちなみに、このアルバムからは、上記の"Fever"以外に、4分台の"Good Souls"や2分台の"Alcoholic"、ニッキー・ホプキンス風のピアノが美しい"Lullaby"などがシングルになっていて、それぞれ12位、10位、36位にまで上がっていた。

 また、アルバム自体もイギリスでは2位に、アイルランドでは4位まで上昇している。イギリスではプラチナ・アルバムに認定されていて、ニュー・ミュージカル・エクスプレス誌によれば、2001年のベスト5のアルバムの1枚に挙げている。

 彼らは2017年まで5枚のスタジオ・アルバムを発表しているが、2009年から2014年まで活動を休止していて、その影響からか、2017年の5枚目のアルバム「オール・ディス・ライフ」は、イギリスでは23位まで上昇したものの、他の国では売れなかった。チャート・インしたのは、イギリス以外では、スイスとベルギーだけだった。

 というわけで、私の中では、バックリー親子の音楽の影響を受けたシンガー・ソングライター風のアルバムを発表するバンドが、スターセイラーだった。ジェフ・バックリーのような音楽が好きな人なら、ぜひ一度は耳を傾けてほしいと思っている。

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2018年6月 4日 (月)

キーン

 キーンというイギリスのバンドがいる。このバンドの特徴はギターレスということで、基本的にはピアノを主体としたバンドである。

 結成は1997年だった。イギリスのサセックス州バトルというところで活動していたティム・ライスとリチャード・ヒューズが中心メンバーだった。
 ただ、最初はドミニク・スコットというギタリストがいたのだが、音楽性の違いから脱退してしまった。

 最初は、2000年の2月に"Call Me What You Like"を、2001年6月には"Wolf at the Door"というシングルを4人組で発表したのだが、ほとんど話題にもならずに終わっている。ドミニクは、バンドとしての将来性に不安を感じたのだろう。

 そこで、元々はベース・ギターを演奏していたティムがピアノを担当するようになり、最終的には、リチャードがドラムスを、そしてトム・チャップリンがボーカルに専念して、ギターレス&ベースレスの3人組として再出発したのである。2001年頃のお話だ。0903
 世の中は何が幸いするかわからないものだ。普通は誰かが加入してバンドとしての化学変化が生じて、大きく飛躍するという話はよく聞くもの。
 ところが、キーンというバンドは、逆に誰かがいなくなって大きく成長していったのだ。これはバンド・メンバー間の化学変化というよりは、役割変化による結果によるものだろう。

 2002年に、フィアース・パンダというマイナー・レーベルと契約をしたのだが、ここから彼らに光が当たり始めた。
 このレーベルは、マイナーながらもコールドプレイやザ・ミュージックを発見し、その後押しをしてきたレーベルで、新人発掘と育成に関しては定評のあるレーベルだった。

 2002年5月に発表された"Everybody's Changing"は限定発売だったものの、瞬く間に完売してしまった。続くシングル"This is The Last Time"も大ヒットして、BBCからも取り上げられるようになってしまったのである。 

 そうこうしているうちに、彼らはアイランド・レコードというメジャーなレーベルに移籍して、レコーディングを始めた。また、トラヴィスのツアーにはオープニング・アクトとして、イギリス中を巡業して回った。

 そして、2004年には待望のデビュー・アルバム「ホープス・アンド・フィアーズ」を発表したが、これが全米初登場1位を記録してしまい、まさに“キーン現象”ともいうべき出来事だった。

 自分は彼らのデビュー・アルバムを購入して聞いたのだが、確かに曲はメロディアスで、上場的な雰囲気に満ちていた。
 それに"Bend And Break"のようにアップテンポの曲もあるし、"Somewhere Only We Know"のようなミディアム調の曲もある。アルバム全体の流れも、よく考えられていると思った。51jna0yucel
 それにメロディー楽器がピアノしかないと言っても、実際は他のキーボードやシンセサイザー、ストリングス・アンサンブルなども使用されているので、そんなに単調すぎることもなかった。
 シングル・カットされた"Everybody's Changing"もボーカル主体の楽曲で、バックの演奏もボーカルに負けることなくしっかりしている。

 普通のバンド形態ならば、間奏にはギター・ソロなり曲のリフなりが挿入されるところだが、ギターレスのバンドなので、当然のことながらギター演奏は聞くことができない。
 そこは、ピアノやキーボードの演奏に置き換えられているのだが、曲の流れから行くと、あまり気にならなかった。
 ただ、ギター・ソロを期待している人やギタリストが好きな人にとっては、飽きが来るのが早いのではないかと思っている。

 エルトン・ジョンというミュージシャンがいる。知っている人は知っていると思うけれど、英国王室から勲章とサーの称号までもらったイギリス音楽シーンのみならず、ロック史の中に残るほどの偉大なミュージシャンである。
 彼は、イギリスの王立音楽アカデミー卒業のピアニストなので、演奏能力のみならず、ロックからディスコ・ミュージックまでその演奏ジャンルも幅広く、しかも高水準を保っているのだが、彼の作る音楽とキーンの音楽を比べると、少し差異が見られる。

 例えば、声質である。エルトン・ジョンの声はどちらかといえば、テノール風で深みのあるいい声をしているのだが、キーンのボーカリストのトム・チャップリンの方は声がよく伸びていて、ファルセットまで使っている。デビュー・アルバムに収められている"She Has No Time"や"Sunshine"を聞けば、よくわかると思う。

 また、エルトン・ジョンの曲作りは本人が作曲し、主にバーニー・トーピンがそれに詞をつけるというパターンが多かったが、キーンの場合は3人で曲作りをしている。
 それに、エルトン・ジョンは基本的にシンガー・ソングライターである。だから、ピアノだけをバックに切々と歌う時もあれば、ギタリストを含むバンド形式で歌うこともある。

 一方、キーンの方は、デビュー・アルバムを聞く限りでは、そういうシンガー・ソングライター風の曲は無くて、ピアノやキーボードを主体にしてのボーカル入りの曲が目立つようだ。
 だから楽曲が命なのだ。メロディー勝負のバンドだと思う。いかに聞きやすくし、多くの人から受け入れられる曲を作れるかどうかが、このキーンというバンドの課題だろう。

 プログレッシヴ・ロックの世界では、例えばE,L&Pのように、クラシックと融合を目指したとしても、キーボードとリズム楽器だけでは、どうしても限界が生じてしまう。その限界の中で、どのように音楽を展開していくかが問題なのだけれども、あまりにも急にポップ化してしまって、人気を失ってしまった。

 キーンの場合も弦楽器がないという状況の中で、どのように人気を保っていくかが問題になるだろう。メロディを紡ぐのはピアノしかないわけで、だから曲の展開やメロディの美しさなどが問われるはずだ。

 このデビュー・アルバムには"Untitled 1"という曲が収められていたが、この曲はリズムが面白くて、まるでドラムマシーンで打ち込みをしたような感じだ。でも、そういう無機質なリズムと複雑なボーカリゼーションが組み合わさって聞き応えのある曲が生まれている。ギターレスのバンドには、こういった工夫が今後も問われてくるはずだ。

 ただ、このデビュー・アルバムは全米でもゴールド・ディスクを記録し、全世界で600万枚以上売れた。自分も購入したのだから、それぐらいは売れただろう。
 しかも、このデビュー・アルバムだけではなかった。彼らは2012年までに4枚のアルバムを発表しているが、その4枚ともイギリスではNo.1に輝いている。アメリカでもセカンド・アルバムは4位、サード・アルバムは7位を記録している。恐るべし、キーン、彼らの魅力は決して色褪せていないようだった。

 2011年には、ベーシストとしてジェシー・クインが加入して4人編成になったことも、よい結果につながったのだろう。翌年発表された4枚目のアルバム「ストレンジランド」もまた、全英チャート初登場1位を獲得している。4704
 しかし残念なことに、2013年にベスト盤を発表した後、無期限の活動停止を発表した。理由は、トム・チャップリンと他のメンバーとの確執や音楽的見解の違いのようだ。
 また、彼はまだ39歳なのだが、父親としての役割も果たしたいということで、ソロ活動を追及していて、2018年までに2枚のソロ・アルバムを発表している。しばらくは再活動はありえないようだ。

 いずれにしても、キーンは、90年代のブリット・ポップ以降、ダンス・ミュージックが主流を占めていたイギリスの音楽シーンにおいて、メロディの復権を唱え、その良さを再認識させたバンドだった。イギリスの内外において、おそらく多くのファンが、彼らの再出発を願っているに違いない。

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2018年5月28日 (月)

レディオヘッド

 90年代のブリティッシュ・ロックといえば、やはり“ブリット・ポップ”の影響を避けて語ることはできないだろう。“ブリット・ポップ”の主流だったオアシスとブラーは言うに及ばず、トラヴィスやオーシャン・カラー・シーン、エンブレイスにザ・ヴァーヴなどは、オアシスなどと同様に、一時代を築いたバンドだった。

 それで今回は、レディオヘッドについてである。バンドの結成は80年代とは言え、90年代に大きく開花し、世界的にも有名なバンドになったわけだから外すわけにはいかない。ロック史上においても重要なバンドと言えるだろう。1462197677radiohead051
 ただ、このバンドについては自分は苦手である。最初はよく聞いたのだが、今では彼らの音楽性についていけなくなってしまったのだ。
 何しろ彼らの音楽性はアルバムごとに変化している。まるで万華鏡のように美しくカラフルに変化していった。その変化に追いついていけなくなったということだろう。感性が劣化したのかもしれない。

 彼らの凄いところは、音楽性が変化していっても、その水準は常に一定以上の高レベルをキープしていて、アルバムを発表するたびに、世界中のファンや評論家たちから高評価を得てきた点である。
 “バンド版デヴィッド・ボウイ”と自分は呼んでいたのだが、まるでカメレオンのように変化する音楽は、つねに時代性への認識と変革への挑戦を秘めていて、その時々の音楽的潮流を築いていた。

 自分が初めて聞いた彼らのアルバムは、彼らのセカンド・アルバムだった「ザ・ベンズ」だった。1995年に発表されたものだ。
 自分はある人からこのアルバムはいいと勧められて聞いたのだが、その時の感想は“イギリス版グランジ・ロック”といったものだった。91qnwrj56hl__sl1400_
 ザラザラとささくれ立ったような音質、ハードな楽曲とソフトなバラードの対比などが、アメリカのシアトル系のバンド群を思い出させたのだった。やや遅れてきたニルヴァーナやパール・ジャム、スマッシング・パンプキンズといった感じだろうか。(スマパンはシアトル出身ではないけれど、グランジ・ロックという範疇で語らせてもらいました)

 だから、基本的にはエド・オブライエンやジョニー・グリーンウッドのギターやキーボードと、バンドのリーダーであるトム・ヨークのボーカルが目立っていた。
 それに、このアルバム自体も素晴らしかった。確かに“グランジ・ロック”の影響は感じさせられるものの、普通のロックにはない前衛性や革新性を備えていたし、ギターやキーボードの音色にも彼らのそういう意思みたいなものが宿っていた。

 それと自分たちが生きている時代に対する覚醒というか対峙というか、危機意識や不安、危うさなどが漂っていて、まさに時代を意識したアルバムなのだということが理解できた。

 何しろアルバム・タイトルの「ザ・ベンズ」という意味自体が、潜水病や高山病における“痛み”のようなものを指しているそうで、これはまさに彼らが今を生きる時代や社会に対して感じている“痛み”や“苦しみ”、そこから導き出される“諦観”や“反抗”などではないかと思っている。

 だからこのセカンド・アルバムは、刺々しさと同時に、儚く美しいのだ。だから、通常のポップ・ソングなどは収められていないし、ほかのバンドと同様なロック・アルバムでもない。
 彼ら独特のオリジナリティーと時代感覚、音楽性を備えていて、唯一無二の存在であった。

 これは当時からそうだったのだが、自分はその時はまだ気づいていなかった。彼らレディオヘッドを通常の音楽フォーマットのバンドとしか捉えることができずに、オアシスやトラヴィスなどと同等のバンドとしか思っていなかった。

 今から考えれば、それは完全な間違いだったのだが、それには気づけなかった。確かにこのセカンド・アルバムの中の"The Bends"や"Black Star"などを聞けば、メロディアスでドラマティックな音楽性を備えたバンドと思ってしまうかもしれない。
 あるいは、冒頭の"Planet Telex"や"Sulk"などの轟音ギターを聞けば、シアトルから来たバンドと思うかもしれない。

 しかし、彼らは決してそんなバンドではなかった。アルバム5曲目の"Bones"や7曲目の"Just"のギターやキーボードの使い方を聞けば、単なるチャート狙いの商業主義的ロック・バンドではないということが分かるはずだ。
 でも当時の自分には、それがわからなかった。彼らを単なる流行のロック・バンドとしてしか認識できていなかったのだ。

 そして、約2年後、サード・アルバム「OKコンピューター」が発表された。これは今までのレディオヘッドのイメージを覆すような、レディオヘッドだけでなくロック・ミュージックというフォーマットの転換を促すような、そんなアルバムだった。

 だから、言葉本来の意味での“プログレッシヴ・ロック”だったと思う。そこにはメロトロンもないし、各楽器の冗長なソロも含まれていない。もちろん曲自体も10分も20分もない。しかし、間違いなくこれは“プログレッシヴ”なロック・ミュージックなのだ。

 当時、彼らの音楽を評して“ロック・ミュージックの解体と再構築”といわれていたが、今回改めて聞き直してみると、まさに通常のロック・フォーマットに捉われない音楽がそこに横たわっていた。
 もう少し付け加えると、楽器自体は普通のバンドが使用しているものと同じものだが、その使用方法が独特だし、楽曲自体がそれまでの常識から意識的に離れようとしているかのようだった。

 これはまさに革新的であり、しかもその試みに対して自覚的、意欲的だった。そして、結果的には、世界中で彼らの音楽が受け入れられたのである。
 これままさに、何度も言うようだが、真の意味での“プログレッシヴ・ミュージック”であり、ニュー・タイプの音楽だ。

 ただし、このアルバムにおいては、あくまでもその萌芽が見られているだけで、これ以降の「キッドA」や「アムネージア」においては、もっと“解体と再構築”が進んでいる。これについては、また別の機会に述べたいと思う。別の機会があればのお話だが…

 この革新性と商業性の絶妙な“止揚”を、果たして彼らは予測していたのだろうか。ひょっとしたら、失敗するかもしれないという可能性も考えていたのだろうか。
 その点はよくわからないのだが、それでも彼らは自分たちの音楽性に自信を持っていたはずであり、失敗しようがしまいが、そんなことは眼中になかったはずだ。51rowiiznl
 むしろ時代の方が、後からついてくるだろうという意識だったのではないだろうか。それがわかるのが、このアルバムの中の"Airbag"であり"Paranoid Android"だと思っている。
 通常の楽曲の中に、変則的なビートと機械的な装飾音が散りばめられたこの2曲は、このアルバムの方向性を示していた。

 特に、"Paranoid Android"は、それこそプログレッシヴ・ロックに通じるような複雑な曲構成を持っていて、エキセントリックなギター音などは通常のロック・ミュージックからはかなりかけ離れている。この曲を聞けば、当時の世紀末的な世相や来るべき新時代への不安などが想起されたはずだ。ロック・ミュージックは、まさに時代を映す鏡なのである。

 "Subterranean Homesick Alien"は、ボブ・ディランの"Subterranean Homesick Blues"から借りてきたタイトルだし、"Exit Music"は映画「ロミオ&ジュリエット」のエンディング・テーマに使用されたものだった。

 ところが、意外にも"Let Down"は、後半に近づくにつれて大々的なバラードとして仕上げられていたし、"Karma Police"もまたピアノを基調とした静かなバラード・タイプの曲だった。ただエンディングには電子音が使用されていて、ただのバラード曲では終わらせないという意思も伝わってきた。

 "Fitter, Happier"は、ポエトリー・リーディングであり、その周りに電子音が飛び交っていて、ある意味、ピンク・フロイドの雰囲気に似ていた。"Electioneering"はレディオヘッド的ロックン・ロールだろうし、間奏やエンディングのギター・ソロというか、環境音楽にギターが突っ込んでいるような雰囲気もまた彼ら独特のものだった。

 “音楽の解体と再構築”と同時に、ボーカルの再認識と音楽との再編もまたこのアルバムにおける重要なテーマだと思っている。
 このテーマを追及し、実現させたのは、もちろんメンバーたちと同時に、このアルバムを担当したプロデューサーであるナイジェル・ゴッドリッチの手腕によるものである。このアルバムの後半に進むにつれて、そのあたりの感覚が伝わってきて、ますます魅力的に感じさせてくれた。

 9曲目の"Climbing Up the Walls"でのキーボードの使い方や、シングル・カットされた"No Surprises"におけるアコースティック・ギターとキーボードとボーカルの絶妙なバランスなどは、このアルバムをして90年代を代表するアルバムのみならず、ロックの歴史に残せしめるものとなった。

 後半の4曲、"Climbing Up the Walls"、"No Surprises"、"Lucky"、"The Tourist"はどれも比較的静かな曲で、深遠な世界に引きずられそうになる。
 逆に言えば、ロック的なダイナミズムには欠けているのだが、それでも"Lucky"におけるギター演奏などは十分にプログレ的で、目立っていた。

 この後半を聞くと、何となくポーキュパイン・ツリーのアルバムを聞いているような感じがしてくるし、ギターの音色などはマリリオンのスティーヴ・ロザリーに似ているような気がした。
 だから、前半は電子音楽との融合やロック・ミュージックの再構築や復権がテーマになっていて、後半はよりプログレッシヴな音楽を目指しているようだった。

 今になって考えれば、社会やシステムに対する抗議や反抗を含み、実験性をそなえたロック・アルバムだった。タイトルには“コンピューター”という言葉が使われていたが、実際にはそんなに使用頻度は高くはない。むしろ次作の「キッドA」の方にコンピューターの使用度がかなり高くて、実験的な作風に満ちていた。

 個人的には、最初の2枚のアルバムがレディオヘッドの初期にあたり、叙情性と衝動性がフィーチャーされたアルバムだったと思っている。
 そして、1997年の「OKコンピューター」以降、実験性や前衛的作風の比重が増えていった。そういう意味では、分岐点となったアルバムだと思っている。

 このアルバムは全英1位、全米21位を記録して商業的にも大成功した。全英チャートに関しては、次作の「キッドA」以降、2007年の「イン・レインボウズ」まで5作連続してチャートのNo.1になっているし、全米のビルボードのチャートでもいずれも3位以内に入っていた。

 この1997年以降のアルバムに関しては、断片的にしか聞いていなくて何とも言いようがないのだが、とにかく時代の最先端を走っていたバンドのひとつだったと言えるだろう。
 なので、通常のロック・バンドとして聞いてしまうと、私みたいについていけなくなる人も出てくるかもしれない。

 だから、むしろプログレッシヴ・ロック・バンドのアルバム群として聞けば、十分に満足できたに違いないだろう。実際に、欧米ではこのアルバムを“プログレッシヴ・ロック”としてジャンル分けしているところもあるくらいだ。

 当時の時代の渦中においては、自分にとって身近過ぎて、その役割が曖昧なものに映ってしまった。もう少し正しい認識や距離感があれば、当時からこのバンドの価値や素晴らしさが分かったはずだったのにと思うと、今更ながら後悔している。
 今さらながらで恐縮だが、このアルバム以降のものを、もう一度聞き直してみて、その内容や価値などを考えていきたいと思っている。

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2018年5月21日 (月)

ザ・ヴァーヴ

 以前にも書いたけれど、自分にとって1990年代は、ついこの前の出来事のような気がする。でも実際は、20年以上も前のことなのだ。年を取ったら時間の流れを早く感じるというのは、本当のようだ。

 この20年以上、自分はどんな音楽を聞いてきたのだろうかと振り返ったりするのだが、70年代から90年代の20年間と、90年代から今までの20年以上と比べたら、やはり70年代からの20年間の方が、音楽的には濃密で影響力のある期間だったと思う。人間が一番大きく成長する時期に触れたものが、やはり人格形成や趣味嗜好に大きく影響を与えるのだろう。

 でも、90年代以降の音楽が意味がなかったのかというと、決してそんなことはないわけで、アンプラグドの流行や過去の曲の再評価、ブルーズ・リバイバルやラップ・ミュージックの存在意義などは、自分にとっては大いに有益だったと思っている。

 さらには、90年代以降も新しいバンドは次々と生まれてきたわけで、90年代のブリット・ポップやアメリカにおけるグランジ・ロックなどは、当時はそんなにすごいこととは思えなかったのだが、今では忘れられない刺激的な出来事になった。

 それで、そんなことを考えながら、90年代に一世を風靡したブリティッシュ・ロック・バンドについて紹介しようと思った。今回は、ザ・ヴァーヴである。彼らが1997年に発表した「アーバン・ヒムス」は、まさに90年代のブリティッシュ・ロックを代表するアルバムだと思っている。717flmsdql__sx450__2
 このアルバムを聞いた人は、誰でも素晴らしいと賛嘆するのではないだろうか。このアルバムを聞いてい悪く言う人がいるとは思えないし、もしいたとしたら、それはよほどのへそ曲がりか、音楽自体を嫌っている人ではないだろうか。

 「アーバン・ヒムス」は、冒頭の"Bitter Sweet Symphony"があまりにも有名なので、どうしてもこの曲の紹介を避けるわけにはいかないし、やはりこの曲から始めるのが筋だと思う。

 この曲のバックのストリングスは、今でもテレビのCM等で使用されていて、耳にすれば、あぁあの曲ね、と分かるはずだ。
 ストリングスの部分はサンプリングされていて、元々はザ・ローリング・ストーンズの元マネージャーだったアンドリュー・オールダムの手によるものだった。彼がストーンズの曲である"The Last Time"をオーケストラでアレンジしたものを使用しているのである。

 ところが、最初は無断でサンプリングしていたようで、ローリング・ストーンズのレコード会社側から告訴される騒ぎになった。最終的には、ザ・ヴァーヴ側が無断使用を認めたため、裁判までには至らなかったが、それ以後は、曲のクレジットに"ジャガー/リチャーズ"の名前が記載されるようになった。

 そんな曰く付きの曲ではある。しかし、シンプルなフレーズの繰り返しだけの曲なのだが、いい曲はいい。
 もともとザ・ヴァーヴは、サイケデリックなロック・バンドだったから、この手の曲は得意なのだろう。

 そして、このアルバムから最初にシングル・カットされた曲でもあり、約3ヶ月全英シングル・チャートに留まっていた。もちろん全英1位を獲得し、全米のビルボード・シングル・チャートでも12位まで上昇している。

 このアルバムが有名になったのは、この曲だけのおかげではなかった。続く"Sonnet"もまた見事な曲だからだ。ポップでありながらもリード・ギターもしっかり目立っていて、その構成も見事だと思う。

 一転して"Rolling People"は、ハードな曲になっていて、うねるようなベースに立ち向かうかのようなギターが特徴的だ。この多重録音されたギターは、サイモン・トングとニック・マッケイブが弾いていて、特に、ニックのリード・ギターはエコーが豊かでエッジが効いていいる。

 4曲目の"The Drugs Don't Work"は、非常に美しいバラードで、このアルバムからの2枚目のシングルに選ばれている。しかも全英シングル・チャートでは首位を獲得し、2011年のニュー・ミュージカル・エクスプレス誌が選んだ“過去15年における名曲150選”において78位を獲得した。
 この曲はバンドのリーダーであるリチャード・アシュクロフト自身のドラッグ体験を表していて、ドラッグを用いてさらに悪くなっていった事実を淡々と歌っていた。

 このアルバムは、この4曲だけ聞いても素晴らしいと思うし、購入する価値はあると思うのだが、これら以外においても不思議な浮遊感を味わえる"Catching the Butterfly"やニックが作曲したスペイシーな雰囲気が味わえる"Neon Wilderness"なども収められている。

 "Neon Wilderness"は前衛音楽というか、ピンク・フロイドが環境音楽を演奏しているような摩訶不思議で、サイケデリックな2分余りのサウンドだった。
 逆に、"Space And Time"という曲はそのタイトルに反して、全然スペイシーではなく、まともな楽曲に仕上げられていた。強いて言えば、バックのキーボード・ストリングスがややサイケ調を高めているぐらいだった。

 そういえば、リチャード・アシュクロフトと元オアシスのギャラガー兄弟、特に弟のリアム・ギャラガーとは仲が良いようだ。
 ザ・ヴァーヴが最初に解散した1995年には、リチャードはオアシスに呼ばれて彼らのライヴで一緒に歌っているし、オアシスの曲"Cast No Shadow"は、傷心のリチャードに捧げられていた。

 リアムはまた、"Bitter Sweet Symphony"を連続30回以上も聴いたと言われているし、兄のノエルもこの曲をライヴで演奏したことがあるようだ。この兄弟とリチャードの間には他の人にはわからない友情めいたものがあるのだろう。

 だからザ・ヴァーヴの曲の中には、オアシスの曲をややサイケデリックな色彩に染め上げた"Space And Time"や"Weeping Willow"のような曲も収められている。
 また、3枚目のシングルとして発表された"Lucky Man"もまた、一聴に値する佳曲である。もちろんE,L&Pの曲とは同名異曲であることはいうまでもない。

 この曲は、ミディアム・テンポで、前半はアコースティック・ギターが、後半はストリングスが主導していて、ポップかつメロディアスで、ヒットする要素は満載だ。全英のシングル・チャートでは7位まで上がったし、全米のモダン・ロック・チャートでは20位内に顔を出している。

 一転して、けだるいバラードの"One Day"も穏やかで、疲れているときに聞くと、何となく心が軽くなるような気がした。"Velvet Morning"も同じような傾向の曲で、エレクトリックな部分とストリングスの部分のバランスがよく取れている。613nipx3fgl__sl1391_
 これらのメロディアスな曲も収録されているから、このアルバムは売れたのだと思っている。何しろ14週連続して全英No.1アルバムになり、全世界で1000万枚以上売れたのだ。この年のベスト・セラー・アルバムに認定され、翌年のブリット・アワードでは、ベスト・ブリティッシュ・バンド賞と最優秀批評家賞を獲得した。

 また2015年には、イギリスのアルバム・チャートで1000万枚以上売れたアルバムの中で18位に認定されている。ちなみに、首位はクイーンの「グレイテスト・ヒッツⅠ」、2位はアバの「ゴールド;ザ・グレイテスト・ヒッツ」、3位にザ・ビートルズの「サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」が入っていた。

 ただ、“好事魔多し”の譬えではないが、彼らは、翌年の1998年に二度目の解散をしている。原因はリード・ギタリストのニックとの確執のせいで、リチャードとニックは昔からそりが合わず、最初の解散もニックの脱退が原因だった。

 そして“二度あることは三度ある”の諺ではないが、2007年に再々結成して4枚目のアルバムを発表した後、2009年に三度目の、そしておそらく最後となるであろう解散をしている。Uhverve3

 その後、リチャードはソロ活動を始め、ニックとベーシストのサイモン・ジョーンズはザ・ブラック・シップス(のちに「ブラック・サブマリン」と改名)を結成して、バンド活動を続けている。

 昨年の2017年には、「アーバン・ヒムス」の発売20周年記念盤が発表された。これもまた売り上げ枚数に含まれるのだろう。
 とにかくこのアルバムは、90年代を代表するアルバムなのは間違いない。ブリット・ポップの流れから一歩踏み出して、サイケデリックな感覚と流麗なストリングスを配置してのサウンドは、これからも新たなファンを獲得するに違いない。

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2018年5月14日 (月)

エンブレイス

 CDラックを整理していたら、エンブレイスという名前のバンドのアルバムがあった。しかも2枚。自分は気に入ったバンドのアルバムは2枚以上購入するようにしているので、2枚あったということはそれなりに気に入っていたということだろう。

 ただ、今までこのバンドのことを思い出すことがなかったということは、気に入った割には長続きしなかったということだろう。そんなことを考えながら、もう一度聞くことにした。

 エンブレイスは、1990年にダニーとリチャードのマクナマラ兄弟を中心に、イギリスのヨークシャーで結成された。最初はベースレスの3人組だったが、1994年にベーシストが加入して4人組になり、1996年には当時の(今でも?)有名バンドだったヴァーヴも所属していたハット・レーベルと契約し、翌年にシングル"All You Good Good People"を発表している。

 デビュー当時の彼らは、はっきり言って“第2のオアシス”だった。それはミディアム・テンポで広がりのある楽曲やスローで叙情的なバラードなど、当時のオアシスと比べて、あまり変わりもないような歌を歌っていたからだ。

 ただ、確かに“第2のオアシス”だったかもしれないが、楽曲は優れているし、曲も聞いていて気持ちいい。彼らのアルバムを聞いていて時間を無駄にしたとは思わないし、アルバムを購入しても損をしたとは感じさせなかった。だから2枚目も購入したのだろう。

 デビュー当時のメンバーは次のようなことを言っていた。『俺たちの曲のスケールには今やウェンブリーにすら大きすぎやしないぜ』
 ウェンブリーとは当時のロンドンにあったウェンブリー・アリーナのことで、今はSSEアリーナ・ウェンブリーと呼ばれているが、楽に1万人以上収容できる施設でもある。

 『俺たちがアルバムを発表したとき、ヴァーヴがセカンド・ベスト・バンド、オアシスがサード・べストになるのさ』
 何とも新人らしいふてぶてしさというか、大言壮語というか、音楽のみならず言動もオアシス並みのビッグ・マウスだった。

 この時はまだデビュー・アルバムは発表しておらず、編集されたEP盤が全英アルバム・チャートの34位や21位まで上昇していた。だから1997年の最後のロンドン公演では、『こんな小さな会場で俺たちを観れるのは最後だからな!』と叫んだらしい。よほど自信があったのだろう。

 実際、翌年発表された彼らのデビュー・アルバム「ザ・グッド・ウィル・アウト」は、50万枚以上の売り上げを記録し、全英チャート1位、見事プラチナ・ディスクを獲得した。有言実行なのである。51kbtozleyl
 全14曲60分のこのアルバムには無駄な曲はひとつもなく、どの曲も起承転結がはっきりしていて、美しいメロディで構成されている。
 2曲目の"My Weakness is None of Your Business"や3曲目の"Come Back to What You Know"における壮大なストリングスや管弦楽器などの使い方などは確かにオアシスの影響は感じさせられるが、それ以上にドラマティックな印象を与えられる。

 また、"One Big Family"や"I Want the World"におけるノイジーなギターには、粗削りながらも計算された演奏が感じられるし、"Fireworks"や"That's All Changed Forever"ではピアノやアコースティック・ギターを基調として、叙情的でドラマティックな美しさを漂わせている。やはり売れるアルバムには、売れるだけの理由が備わっているようだ。

2年後の2000年に、彼らはセカンド・アルバム「ドローン・フロム・メモリー」を発表した。率直な感想を言わせてもらうと、デビュー・アルバムよりも幾分丸くなった感じがした。
 “丸くなった”というのは、ハードでノイジーなギター・サウンドが影を潜め、むしろ"Save Me"のようにブラスがフィーチャーされ、R&Bの影響を感じさせるコーラスなどが目立つのだ。
 ひょっとしたら、このアルバムからメンバーになったキーボーディストのミッキー・デイルのおかげなのかもしれない。 988469_0_embraceguests_1024
 キーボーディストが加入したおかげで、前作では少し過剰装飾とも思えたストリングスも、このアルバムではそんなに目立ってはいない。むしろ適切に使用されているようで、わざとらしさや鼻につく(耳につく?)ことはない。

 それでも、美しいストリングスやピアノをあしらえた"Drawn from Memory"や、ドラマーのマイク・ヒートンが担当したクラリネットが目立つ"I Had A Time"のような叙情的なバラードも収められていて、彼らのファンなら感涙ものだろう。いや、彼らのファンだけでなく、このアルバムを聞いたほとんどの人は感動するのではないだろうか。

 また、"Hooligan"には遊び心が漂っていて、カズーという楽器(というよりもオモチャだろう)が使われているし、メロディー自体もシンプルだ。間違ってもこういう曲をオアシスはやらないはず。そういう意味では、自分たちの方向性をリセットしたのかもしれない。

 もちろん、以前からのハードな曲調のもの、ここでは6曲目の"New Adam New Eve"や8曲目"Yeah You"のような血湧き肉躍る曲も用意されているし、"Liar's Tears"のようなアコースティック・ギターとキーボードを基調としたメロディアスなバラードも聞くことができる。

 だから従来のファンも安心して耳を傾けることができるし、新しいファンも彼らの音楽的な冒険や方向性に対して大いに賛成するだろう。ある意味、理想的なセカンド・アルバムと言ってもいいのかもしれない。61nnom8qxpl
 このアルバムは、全英チャートで8位を記録し、ゴールド・ディスクを獲得した。アルバムのタイトルは、イギリス人の有名なイラストレーターのE.H.シェパードの自伝のタイトルを借用したもので、彼は“クマのプーさん”などを手掛けていた。

 このあと、自分はエンブレイスから離れていったのだが、その後の彼らは2004年と2006年にアルバムを発表し、連続して全英1位に輝いている。
 ここまでは順調に来たのだが、彼らには“バラード・バンド”というイメージが定着したみたいで、そのせいかバンドとしての音楽的な方向性に迷いが生じてしまい、2007年から2011年までは活動を停止していて、個人での活動が目立っていた。

 彼らは今でも活動中で、今年の3月には7枚目にあたる最新アルバム「ラヴ・イズ・ア・ベイシック・ニード」が発表されている。全英チャートでは最高位5位まで上昇して、彼らの健在ぶりを証明した。410v7sma1l オアシスの亜流としてスタートした彼らだが、今では自分たちの居場所を確保し、確固たる存在意義を示している。本家のギャラガー兄弟とは違って、喧嘩別れもしていないし、一緒に曲を書いて発表している。やはり兄弟の仲がいいことも音楽性に反映されるのに違いない。

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2018年5月 7日 (月)

キャットフィッシュ&ザ・ボトルメン

 滅多にないことなのだけど、CDの再生ができないということがあった。これは車の運転中に起きたことで、古くて汚れたCDならともかく、新品のCDでは珍しいと思った。でも、今までの経験でも何回かはあったので、これは相性の問題なのだろう。

 車のCDデッキも購入して10年以上にもなるので、ひょっとしたらCDデッキの不具合かもと思ったのだが、ほかのCDが再生できたのでデッキのせいではないようだ。

 ということは、どう考えてもCD自身の問題なのだろう。車のデッキとの相性が悪いせいで再生できないだろうと思って、家にあるCDプレイヤーでかけたら無事に音が鳴った。やはり車のCDとのマッチングがよくなかったに違いない。

 ところで、その問題のCDが、イギリスのバンド、キャットフィッシュ&ザ・ボトルメンの「ザ・ライド」だった。2016年の春5月に発売されているから、もう2年前になる。しかし、とりあえずは彼らの最新アルバムだし、今のイギリスのギター・バンドを代表するアルバムだと思っている。

 全11曲でトータル・タイムが39分49秒という短さが、いかにも若々しさを感じさせるし、若者らしい潔さが漂っている感じがしてならない。51ln3wvdal
 バンドは4人で構成されていて、しかもシンプルに、ボーカル、ギター、ベース、ドラムスという古典的なものである。一応、メンバー名を下に記すことにする。

ヴァン・マッキャン(ボーカル)
ジョニー・ボンド(ギター)
ベンジー・ブレイクウエイ(ベース・ギター)
ボブ・ホール(ドラムス)

 彼らは、イギリスの北ウェールズのランディドノという街出身で、2007年に結成された。中心メンバーはボーカル担当のヴァンで、彼と元ギタリストの2人で活動がスタートした。
 当初はアマチュア・バンドのような活動が主で、地元のクラブやパブを中心に演奏活動を続けていたが、ドラマーが交代してから彼らを取り巻く環境が変わったようだった。

 2013年には、マイナー系列のレコード会社から"Homesick"を含む3枚のシングルが発表されて話題となり、翌年には天下のアイランド・レコードと契約をしてそこからデビュー・アルバム「ザ・バルコニー」が発表された。

 ところが、やっとこれからメジャーで活動できるという時に、ギタリストのビリーが脱退してしまった。彼はヴァンにもギターの手ほどきをしてくれたのだが、このバンドでの活動の意義を見失ってしまったようだった。
 結局、新ギタリストのジョニー・ボンドが加入して、再び活動を始めた。イギリスを含むヨーロッパ・ツアーを始め、最大の売り込み先であるアメリカへも足を延ばしてライヴ活動に取り組んでいった。

 自分はデビュー・アルバムの「ザ・バルコニー」は未聴なので何とも言えないのだが、チャート・アクションで見ると、全英アルバム・チャートでは10位、アメリカのビルボードでは121位だった。ただ、アメリカのロック・アルバム・チャートでは13位になっていたので、それなりには売れたようだ。

 このチャートの結果に気をよくした彼らは、新メンバーでさらに気合を入れて新作を作っていったようだ。916kvjqoe1l__sl1500__2
 当初はメディアもそんなに彼らをプッシュしていなかった。イギリスのメディアは新しいバンドに対しては冷たくて、例えばクィーンがデビューしたときのニュー・ミュージカル・エクスプレス誌は、彼らを“しょんべん桶”と称し、『このバンドのアルバムが売れたら帽子でもなんでも食ってやる』とまでレビューしていた。

 そういう伝統を背負っているイギリスのメディアは、当初の無視から徐々に注目を寄せ始め、ついに“ベスト・ニューカマー2014”に認定した。また、2016年のブリット・アワードでは、“ブリティッシュ・ブレイクスルー・アクト賞”が授与されている。

 今さら“ブレイクスルー”(新人賞)と言われても彼らは戸惑ったと思うのだが、それもこれもこまめにイギリス中をツアーした結果だろうし、イギリス国内だけでなく、アメリカ国内でも殺人的なライヴ・スケジュールを組んでいったからだろう。

 だからセカンド・アルバム「ザ・ライド」もイギリスではなく、アメリカのロサンジェルスで録音されている。
 この時のプロデューサーは、デイヴ・サーディという人で、彼はフォール・アウト・ボーイからZZトップのようなアメリカン・ロック・バンドからスノウ・パトロールやゴリラズのようなブリティッシュ・バンドまで幅広く手掛けるアメリカ人だった。

 彼はギター・ロック・バンドを手掛けて世界的に売り出すことを得意にしており、キャットフィッシュ&ザ・ボトルメンのメンバーの目指す方向性と一致したから起用されたのであろう。

 実際、このセカンド・アルバムには、若者が求めるような切迫感、焦燥感などがギューギューに詰め込まれていて、何度聞いても聞く側にもその雰囲気が伝わってきて、思わず気持ちが入ってしまう。
 それに、グッド・メロディーもまた良い。こちらも聞いていて思わずハミングしてしまうようなそんな感じなのである。51rby0ow6l
 “ザ・ビートルズの再来”とまでは言えないけれど、初期のビートルズの持っている疾走感やメロディ・センスを兼ね備えているのは確かで、イギリスのギター・バンドとしてのDNAを所持していることは間違いないだろう。

 ただ残念なことは、印象的なギター・ソロがないことだ。これはこのバンドだけの問題ではなくて、90年代以降のバンドに共通している点だ。
 60年代や70年代は、ある意味、“ギタリストの時代”と言ってもいいほどで、有名なバンドには必ず偉大なギタリストが存在していた。そして、その人の奏でるギター・サウンドには甘美なメロディのみならず、印象的なギター・リフやフレーズが含まれていたものだ。

 ところが、そういう時代は過ぎ去ってしまったのか、90年代のオアシスでさえもメロディアスな佳曲は多いが、印象的なギター・フレーズを挙げろと言われると、ちょっと躊躇してしまうのである。

 だからこのアルバム「ザ・ライド」でもその傾向は同じで、ギターは搔き鳴らされてはいるものの、ギター・フレーズには乏しい。
 しかし、それをグッド・メロディと特徴的なソング・ライティングで補っている点は、とても新人バンドとしては(そんなに新人ではないけれど)優れていると思っている。

 特に、4曲目の"Postpone"の転調の仕方や5曲目の"Anything"の哀愁味のあるメロディラインや緩急つけたリズム、エンディングのファズをかけたギター・ソロなどは、シングル・カットに相応しいと思ったのだが、なぜか違う曲がシングルになっていた。

 ちなみに、アコースティック・ギター1本で歌われる"Glasgow"もある。なぜかこの曲はこのアルバムからの3枚目のシングルに選ばれていて、イギリスのチャートでは128位と低迷した。なぜこの曲を選んだのか、ちょっとそのセンスが分からない。

 "Red"というと、あの有名なプログレ・バンドの名曲を思い出してしまうのだが、このアルバムの中の"Red"も規模は異なるものの、ドラマティックで性急な曲構成や畳み掛けるドラミング、空間を生かしたエコー・サウンドで盛り上げるギターなどは、このバンドがただものではないことを教えてくれている。

 このアルバムにはもう1曲アコースティックの曲があって、こちらの方がオアシスっぽくてヒットしやすいと思った。
 "Heathrow"という曲なのだが、中間部にエレクトリック・ギターが鳴っているだけで、全体としてはアコースティックなのである。"Glasgow"も"Heathrow"も地名なのだが、個人的には"Heathrow"の方がシングル・ヒットしそうな気がした。

 ともかく、このアルバムは全英で1位、全米でもビルボードのアルバム・チャートで28位を記録した。これはイギリスの新人バンドとしては(新人ではないと思うけれど)、異例のヒットである。A1f6ktkne8l__sl1500_
 その後彼らは、イギリス国内ではオープニング・アクトからヘッドライナーに昇格して、ツアーを続けているようだ。

 自分の車のCDデッキでは聞けなかったけれども、このアルバムは傑作アルバムだったと思っている。キャットフィッシュ&ザ・ボトルメンは、今後も目の離せないバンドのひとつなのである。

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2018年3月26日 (月)

ソングス・オブ・エクスペリエンス

 今回も昨年の終わりごろに発表されたアルバムについてである。それで3月も終わりを迎えた頃ではあるが、アイルランドから生まれて世界的に有名になったU2のアルバム「ソングス・オブ・エクスペリエンス」について記すことにした。

 ご存知のように、このアルバムは2014年に発表された「ソングス・オブ・イノセンス」と対をなすアルバムであり、最初からそういう目的で制作されていたものである。U2mojo254770
 このアルバムを制作するにあたって、ボーカル担当のボノは、次のように述べている。『前作が自分たちの青年時代の出来事やその影響などをもとにして制作してきたのに対して、このアルバムでは自分たちの家族や友人、ファン、自分自身といった親しい人たちに宛てた手紙のかたちをとった曲が集められている』

 手紙といっても、普段のお互いの近況を知らせ合うようなものでは、当然のことながら違う。アルバム・タイトルにもあるように、"Experience"つまり彼らが今まで約40年間たどってきた経験から、今の世界の状況を踏まえて記した手紙なのである。

 だから、その内容は多岐にわたる。基本的には通常のラブ・ソングのように聞こえる楽曲も、よく聞けば(見れば)、ソマリアの内戦や地中海を渡るイラク難民、「万人に機会ある国」から「分断と差別に彩られた国」に変貌しつつある国に対するメッセージ・ソングとなっているのだ。

 ボノはまた、こうも語っている。『自分は十代ならではの感情から、あまり卒業できていないように感じるよ。怒りこそがロックン・ロールの核だろう?それがロックとポップスの違いなんだ。苦痛を美に昇華するのが芸術の仕事であり、怒りをロックン・ロールに転じる、というのが俺たちのやっていることだ。
 今回のアルバムに関して、とりわけ気に入っているところは、そういうエネルギーがこの作品にはあるという点だ。パンク・ロックではないけれど、このアルバムにはそういったエネルギーがある、そういう挑戦的で反抗的な態度が備わっているんだ』

 アイルランドのダブリンの高校生が掲示板を見てバンドを結成してから約40年余り、今では彼らの発するメッセージが世界中で話題になるほど現在を代表するバンドになってしまったU2だけのことはある。音楽的な深化はあっても現状認識については、デビュー当時と変わらないようだ。

 サウンド的には、80年代のようなエッジの効いた尖った音楽はやっていない。むしろ年相応に落ち着いていて、聞きやすくポップで、部分的には、同時期に発表されたマルーン5のようなメロディアスな部分もある。
 しかし、それはあくまでも彼らが音楽的な“エクスペリエンス”を経た結果であり、成熟した姿といっていいだろう。61rnsredsll
 不穏な雰囲気を醸し出す"Love is All We Have Left"から"Lights of Home"では、愛の姿やその源となる“家庭の灯り”が綴られているし、最初のシングルでもあり堂々たるU2節を備えた"You're the Best Thing About Me"では、自分と相手との分かち難い愛の証が込められている。

 U2はまた、貪欲に音楽を吸収し続けている。例えば、サンプリングに関しては、何かをサンプリングするのには大きな自由がある。ヒップホップがあれほど楽しいのは、自由に取り入れることができるからさ、とボノは述べているが、このアルバムでも"Get Out of Your Own Way"と"American Soul"のつなぎには、アメリカの今をときめく有名ラッパーであるケンドリック・ラマーが参加している。

 これは、まだ制作中だった"American Soul"をボノがケンドリック・ラマーに送ったところ、彼が自身のアルバム「ダム」でサンプリングしたからで、そのアンサー・ソングとして、この曲と前曲の間にケンドリックの声を入れたからだ。

 ケンドリック・ラマーだけでなく、レディー・ガガは"Summer of Love"に、ジュリアン・レノンは"Red Flag Day"に参加している。
 両方の曲とも、イラク難民やアジアやアフリカで今なお起きている紛争等の避難者のことを歌っているが、前者ではループやサンプリングがかなり使用されているが、それが分からないように巧みに加工されていた。

 後者の"Red Flag Day"とは、“遊泳禁止の日”を意味していて、ギターのハードなカッティングがリスナーにも切迫感を与えてくれる。泳ぎが禁止されていても泳がざるをえない状況の人たちが抱く感情なのだろうか。

 このアルバムの中で一番ポップで、というかポップ過ぎて驚いたのは"The Showman"だろう。50年代から60年代にかけてのバブルガム・ポップをU2流に焼き直したらこうなりましたよという曲なのだ。とても「WAR」や「焔」の時のU2とは思えない曲であり、こういう曲も書けて演奏できるようになったという進化を表しているのかもしれない。

 続く"The Little Things That Give You Away"は往年のU2の姿がよみがえってくるスローな曲で、ジ・エッジの反響するようなギター・サウンドを味わうことができる。昔を知っている人には素敵なプレゼントになるだろう。ボノはこの曲を書きながら、自分自身に宛てた曲だということが最後になって分かったと言っていた。

 "Landlady"もまた懐かしさ満載の名曲だと思う。モチーフは家族のことを歌っているのだが、ボノが個人的に愛する妻アリのために作った曲とも言われている。確かボノはまだ離婚をしていないのではないかな。

 ロックスターともなれば、グルーピーもいるし、言い寄ってくる女性も多いだろうに、ボノの周辺では不思議とそんな話は聞かない。
 ボノのみならず、結成以来不動のメンバーで活動を続けてきたU2には、ドラッグやアルコール中毒、不倫などで話題になったメンバーはいない。そういう潔さも人気の一因なのだろう。

 90年代初頭のU2が味わえるのが"The Blackout"で、ユーロビートのようなリズムや装飾されたキーボード・サウンドなどは「アクトン・ベイビー」や「POP」のようなアルバムに相応しいように思える。
 また、自分の息子に宛てた曲が"Love is Bigger Than Anything in Its Way"で、なかなか感動的なバラードに仕上げられている。

 息子といえば、このアルバムのジャケットには、ボノの息子のエリとエッジの娘のシアンが手を握って正面を向いている写真が使われているが、ここにも家族を大事にする姿やその礎となる愛情や友情や信頼などがシンボライズされているようだ。81dhj8n2l2l__sl1400_
 アルバム本編の最後を飾る曲は"13(There is A Light)"であり、本来は収録する予定はなかった曲である。
 ボノは12曲で終わらせるつもりだった。入れるとすれば隠しトラックで、と考えていたようだが、前作のアルバム「ソングス・オブ・イノセンス」の中に収録されていた曲である"Song for Someone"の一節をこの曲の中に取り入れることで前作と今作の2枚のアルバムを繋ぐことができるというアイデアを気に入り、13曲目を作ったのである。

 この曲の中では、“若い時の自分たち”と“経験を積んだ自分たち”を重ね合わせていて、それはまた、自分が恋に落ちた十代の少女のためと、その彼女の子どもたちのためという意味も込められている。そういう成長した姿も示すことが、このアルバムのタイトルや内容構成に込められているのである。

 思えば、U2は、80年代のアルバム「ボーイ」と「WAR」でも成長した子どものアルバム・ジャケット写真を通して、自分達の成長や状況の変化を示していた。そういう対比する姿勢はデビュー以来変わっていない。こういう首尾一貫性もまたU2が支持される所以であろう。

 ボノは、このアルバムを評して、永久不滅の作品は政治的であると同時に個人的でもあることが多いと述べていたが、確かに個人的な内容のようだが、それはまた普遍的なメッセージを放っているアルバムなのである。

 音楽的には、今までの集大成的で丸くなったところも感じられるのだが、内容的には時代にしっかりと対峙していて鋭いメッセージを放っている。デビュー40年を過ぎても、ますます彼らから目が離せないのである。

 

*ボノのインタビュー等の発言に関しては「ロッキング・オン2月号」を参照しました。ありがとうございました。

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