2020年1月27日 (月)

ビッグ・ビッグ・トレインの新作

 ビッグ・ビッグ・トレインの新作といっても、昨年の5月に発表されたものでもう半年以上も経っている。だからもうすでにそれなりの評価がたっているかもしれないけれど、自分なりに感想を記してみようと思う。Photo_20200101155401

 知っている人は知っていると思うけれど、ビッグ・ビッグ・トレイン(以下BBTと略す)は、1990年にイギリスはドーセット州のボーンマスというところで結成された。それ以前のBBTは、もともとはパンク・バンドでバーミンガムで活動していた。その頃は、オリジナル・メンバーのグレッグ・スポートンの兄であるナイジェル・スポートンがバンドを率いていた。
 もう一方のオリジナル・メンバーだったアンディ・プールは、ボーンマスで作曲活動を始めていて、スポートンがボーンマスに引っ越して知り合いになり、バンド活動を始めた。その時にスポートンの兄のバンド名を引き継いだわけだ。パンク・バンドとしてのBBTの歴史はそんなに長くなかったようだ。

 そして、グレッグ・スポートンとアンディ・プールは、メンバーを集めてバンドを結成し活動を始めた。最初のデモ・アルバム「フロム・リバー・トゥ・ザ・シー」は1992年5月に発表され、一部の評論家からは高い評価を得ることができた。当初は"マリリオンの再来"ともよばれたらしいが、そうなると"ジェネシスの再再来"になると思うのだが、真偽のほどは定かではない。

 最初のオフィシャルなスタジオ・アルバムは、1993年に発表された。タイトルは「グッバイ・トゥ・ジ・エイジ・オブ・スクリーム」といってまずまずの評判だったが、ここでキーボード・プレイヤーが交代した。これが、これから続く目まぐるしいほどのメンバー・チェンジの始まりになった。セカンド・アルバムの「イングリッシュ・ボーイ・ワンダーズ」の発表まで3年もかかったのも、メンバー・チェンジの影響からだった。しかし、このアルバムはコケてしまった。演奏に緊張感が伴っていなくて、漫然とした印象が強かったからだ。当然ながらセールス的にも失敗してしまい、さらにメンバー・チェンジが行われた。(ただ、バンド的にはこれが悔しかったのだと思う。2008年には「イングリッシュ・ボーイ・ワンダーズ」をミキシングし直して再発している)

 3枚目のスタジオ・アルバムの「バード」はセールス的にも良くて、ここからBBTの人気が高まり、固定ファンの獲得につながっていった。2007年の「ザ・ディフェレンス・マシーン」には、マリリオンやスポックス・ビアードのメンバーをゲスト陣に迎えていて、このアルバムもまた評価が高かった。
 そして、彼らの人気を不動のものにしたのが2009年の6枚目のアルバム「ジ・アンダーフォール・ヤード」だった。このアルバムには、XTCのデイヴ・グレゴリーや元イッツ・バイツのフランシス・ダナリーらが参加していて、楽曲の豊かさに彩りを備えていた。

 この後も過去のアルバムの再発や新作が発表されていくのだが、アルバムを出すたびにメンバーが変わっていくような感じで、2018年には最後まで残っていたアンディ・プールまでも脱退してしまった。結局、オリジナル・メンバーで今も残っているのは、グレッグ・スポートンだけになってしまった。確かに、プログレッシヴ・ロックのバンドには、イエスやクリムゾンのように激しくメンバー・チェンジするものも多いのだが、このBBTもまたその例に漏れないようだ。

 12枚目にあたる新作「グランド・ツアー」は、6曲の短い曲(短いと言っても中には8分を超えるものもある)と3曲の組曲で構成されている。タイトルの"Grand Tour"というのは、17世紀から18世紀にかけて、イギリスの裕福な子弟が学業の終了時に行ったといわれている大規模な国外旅行のことで、要するに"卒業旅行"をモチーフにして作成されていた。国内盤には7インチサイズのカラーブックレットも添付されていて、そのせいか、お値段的にも1枚のアルバムなのに2枚組に匹敵するものだった。できれば普通の解説と和訳でいいので、3000円以内におさめてほしかったと思っている。A1yv6tfecpl__ac_sl1500_

 冒頭の"Novum Organum"はマリンバのような静かなキーボードで始まり、クールに忽然と終わって行く。アルバム全体のプロローグの役目を果たしているのであろう。続く"Alive"はノリの良い曲で、しかも最初からメロトロンが爆発しているから、これはもう私のようなメロトロン信者には願ってもない曲だった。ロイネ・ストルトもこういう音楽をやればいいのにと思っている。最近の彼の楽曲には、この手の疾走感が欠けているのだ。

 BBTの評価が高いのは、メリハリのバランスがいいからだろう。叙情的な曲では思いっきりジェネシス化しているし、ノリのいい曲では黄金期のイエスをも凌駕するような緻密さやテンポの良さを備えている。だからといって後期ジェネシスのようにポップ化はしておらず、プログレッシヴ・ロックにつきもののテクニックもあれば、耳になじみやすいメロディアスなフレーズも備えている。

 それに"The Florentine"という曲には、フォーク的要素もあれば、後半になってムーグ・シンセサイザーのソロも聞くことができるし、イエス的なアンサンブルの良さも垣間見れる。こういうバランス感覚が優れているのがBBTの音楽の特長ではないだろうか。

 最初の組曲"Roman Stone"は5つのパートの分かれていて、13分34秒という長さだった。この曲とその前の曲"The Florentine"はイタリアが主題であり、特に"The Florentine"はレオナルド・ダ・ヴィンチを、"Roman Stone"はローマ帝国の盛衰をモチーフにしている。ほかの組曲にも言えることだが、BBTの長い曲は"起承転結"がはっきりしていて、最後まで飽きさせないし、時には楽器のソロや管楽器の使用などでアクセントを添えてくれる。この"Roman Stone"も同様だった。

 "Pantheon"もまた最初からメロトロンが使用されている。この曲はインストゥルメンタルで、最初は静かに、徐々にリズムが強調されて変拍子も使用されていく。まるでジェントル・ジャイアントの曲のようだ。途中でフルートやキーボードのソロも用意されていた。曲を作ったのはドラマーのニック・ディヴァージリオという人で、タイコも叩ければギターもキーボードも演奏するという才人だ。
 そのニックがダブル・リードボーカルで歌っているのが次の"Theodora in Green and Gold"で、まるでグレッグ・レイクの歌う"Still...You Turn Me On"のような出だしが秀逸だし、ニックの声はそこまで深みはないのだが、聞いていて悪くはない。曲の中盤からエレクトリック・ギターが添えられて、聞かせてくれるプログレッシヴ・ロック曲になっていた。

 2番目の組曲"Ariel"は14分28秒という長さで、3つの組曲の中では一番長かった。この曲のモチーフは、ウィリアム・シェイクスピアの作品である「大あらし」に登場する精霊のことについてであり、シェイクスピア自身がこの精霊についてほとんど説明していないため、この曲で自由に想像を膨らましているようだ。8パートに分かれていて、部分部分でバイオリンやストリングスが使用されていて、まるで演劇を観ているかのような錯覚に陥ってしまった。上にも書いたが、こういう曲構成の巧みさがBBTの素晴らしさである。

 続いて3番目の組曲"Voyager"が始まるが、この曲は7つのパートに分かれている。このタイトルは、1977年に始まったアメリカの太陽系外探査計画におけるボイジャー1号と2号についてであり、そのせいか、曲調もやや無機質というかボーカルよりも演奏に比重を置いているようだった。
 前の曲の"Ariel"にはすべてのパートでボーカルが含まれていたが、こちらの組曲では7パートのうちパート1と3、6、7にボーカルが入っていて残りはインストゥルメンタルだ。またそのインストゥルメンタルにも、室内管弦楽のような優雅な雰囲気を醸し出しているところもあれば、パートのつなぎに管楽器が使用されているところもある。さらに、ジャズ・ロックを聞いているようなパートもあれば、無理のないように叙情的に盛り上げていくところもある。この辺の変幻自在さというか展開の素晴らしさは、まさにBBTの独壇場だろう。ただ気になるのは、これをライヴで演奏するのは難しいのではないだろうか。Alive1024x576

 そして最後の曲は"Homesong"だった。無事に家に帰還したということだろう。あるいは無事に帰れることを願っての歌かもしれない。これもまたメロディー自体はポップな印象ながらも、多彩な楽器が使用されて転調も多く、テクニカルな面を備えていた。4分50秒と彼らにしては短い曲だが、彼らの音楽的要素がギュッと濃縮されているようだ。71tkowqtsil__ac_sl1200_

 全体を通して聞くと74分もあり、これに国内盤にはボーナス・トラックが1曲ついているから80分近くになる。もうおなか一杯という感じになるのだが、こういう表現力の豊かさがあるということは、いまがBBTの最盛期なのかもしれない。現在のイギリスのプログレッシヴ・ロック界を牽引しているのは、ビッグ・ビッグ・トレインであることは紛れもない事実なのである。

| コメント (0)

2020年1月20日 (月)

ザ・フラワー・キングスの新作

 昨年末の11月のお話だが、スウェーデンのプログレッシヴ・ロック・バンドのザ・フラワー・キングスのニュー・アルバムが発表された。バンド名義としては13枚目のスタジオ・アルバムであり、タイトルは「ウェイティング・フォー・ミラクルズ」と名付けられていた。81uwzhvtzol__ac_sl1500_

 知っている人は知っていると思うけれど、バンドのリーダーは、ギター&ボーカル担当のロイネ・ストルトであり、ロイネ・ストルトといえば、現代を代表するプログレッシヴ・ロックにおけるミュージシャンだ。このブログでも何度も取り上げているけれど、ワーカホリックで有名で、ザ・フラワー・キングス以外でもカイパやトランスアトランティック、エージェンツ・オブ・マーシー、最近では元イエスのジョン・アンダーソンとのジョイント・アルバムや昨年末にも取り上げたザ・シー・ウィズイン、さらにはロイネ・ストルトズ・フラワー・キング名義だったけれど「マニフェスト・オブ・アン・アルケミスト」というアルバムも発表している。
 自分は、このロイネ・ストルトとスティーヴン・ウィルソン、そしてジョン・ミッチェルの3人をプログレ界の3大ワーカホリックとして認定しているのだが、働き方改革という時代の流れを一向に気にせずに自分の進むべき道を突っ走っているところが何とも潔い。

 それでニュー・アルバム「ウェイティング・フォー・ミラクルズ」のことに話を戻すと、前作の「デソレーション・ローズ」から6年ぶりのスタジオ・アルバムにあたり、しかも2枚組、全15曲(国内版は16曲)90分近い内容になっている。また、メンバー・チェンジも行われていて、ドラマーとキーボーディストが交代していた。かつてのキーボーディストだったトマス・ボーディンは参加していない。やはり噂されていたように、ロイネとトマスの仲はよくなかったのだろう。6年間も待たされた理由の一つは、それだったに違いない。

 また他の理由を考えると、2018年から行われていたワールド・ツアーでの成功が、アルバム制作の後押しをしたともいえるだろう。このツアーでは、最初のバンド名は"ロイネ・ストルト&ヒズ・フレンズ・プレイ・ザ・フラワー・キングス"とまどろっこしいネーミングだったが、各地では大盛り上がりで評判も徐々に上がり、"ザ・フラワー・キングス・リヴィジティッド"と変わり、最終的には"ザ・フラワー・キングス"に落ち着いたのである。だから、このツアーでの成功がロイネに再びやろうという自信を持たせたに違いない。Tfklive

 アルバムは1分55秒の短い"House of Cards"から幕を開ける。短いピアノ演奏のプレリュードだ。続いて"Black Flag"に移る。ザ・フラワー・キングスらしく起承転結のある楽曲で、力強いボーカルにアコースティックギター、キーボード、リズム・セクションが複雑に絡み合っていく。ゆったりとした曲調ながらも途中でのギター・ソロやキーボード・ソロもあるし、転調も行われている。特にリスナーを意識して曲を作ったわけではないのだろうが、結果的には聞いてて飽きさせない工夫が施されているかのようだ。

 3分過ぎから徐々にピッチが上がり、4分過ぎからはドラマティックなギター・ソロが奏でられていく。5分半ばで一旦終焉し、再びアコースティック・ギターが鳴らされ静けさが訪れる。そして6分40秒過ぎから一気にエンディングへと向かっていくと思われたのだが、終わり方がはっきりとしていなくて霧に包まれたようにモヤッとしたまま終わってしまった。もう少し終わり方を工夫すれば、もっと印象的な曲に仕上がったのではないだろうか。

 3曲目の"Miracles for America"は10分3秒もあるアルバム一の長い曲だ。このアルバムを代表する曲の一つだろう。出だしからポップなメロディに乗って歌われるのだが、リード・ボーカルのハッセの声は、ジョン・アンダーソンの声を野太くしたような感じがした。しかも曲調も何となくイエスっぽい明るさというか能天気さを備えているから、なお一層イエスの曲をザ・フラワー・キングスが演奏しているような感じなのだ。
 イエスといっても初期のもので、"Yours is No Disgrace"や"Starship Trooper"のころを彷彿させてくれた。ハモンド・オルガンから始まり、キレの良いリズム・セクションに導かれて肯定的なサウンドが鳴らされる。4分前あたりから一旦ブレイクし、メインフレーズが歌われるとともに各種楽器が入り乱れてのアンサンブルが始まる。そして、6分過ぎから元に戻ってメインフレーズがリフレインされ、次第に昇華され高見へと昇っていく。この辺はトランスアトランティックでよく見られた手法である。この曲にはそれなりのエンディングが用意されていた。

 続く"Vertigo"も9分59秒と長い曲であり、新加入のキーボーディスト、ザック・カミンスの弾くミニ・ムーグシンセサイザーが曲に色どりを添えている。ミディアム調の曲で、やはりこの曲のボーカルも変声期を迎えたジョン・アンダーソンのような感じだった。「リレイヤー」時期の"To Be Over"をややダークにした感じだろうか。7分過ぎのギター・ソロがややブルージィーで渋い印象だった。こうやって聞くと、ロイネって結構上手なギタリストだったということが分かる。また8分半ばからのメロトロンもいい味を出していた。ただ、エンディングがフェイドアウトしていくので、ちょっと物足りない。きっちりと終るか、もう少し盛り上げてほしかった。その点が残念だ。

 "The Bridge"は、ザ・フラワー・キングス流のバラードだろう。あるいは子守唄といっていいかもしれない。ロイネの演奏する前半のアコースティック・ギターと後半のエレクトリック・ギターがとても素晴らしい。そのエレクトリック・ギターにメロトロンやシンセサイザーが重ねられて曲に重厚さを加えていくのである。エンディングていう点では、前曲よりもこちらの方が印象的ではないだろうか。

 "Ascending to The Stars"は5分40秒くらいのインストゥルメンタルで、作曲者はキーボーディストのザック・カミンスだった。バイオリンとヴィオラが使用されているが、メインはカミンスの演奏する各種ヴィンテージ・キーボードだろう。曲の雰囲気としては転調が多く、何となくジェントル・ジャイアントというイメージが湧いた。

 一転して"Wicked Old Symphony"では、彼らのややポップな側面を感じさせてくれた。シングル・カットをすれば売れそうな感じだ。トレバー・ホーンが加入したころのイエスと比較されるかもしれない。5分46秒という時間が何となく短く感じられるし、実際にあっという間に会わってしまった感じだ。

 続く"The Rebel Circus"もまたインストゥルメンタルで、作曲者はロイネとイタリア人ドラマーであるミルコ・デマイオだった。タイトル通りに像?の咆哮から始まり、攻撃的なアンサンブルが始まる。疾走するリズム陣に中を舞うエレクトリック・ギター、隠し味風のメロトロンと目立つシンセサイザーなど工夫が施されていて、インストゥルメンタルだけで終わらせるのは何となく惜しいような気がした。できれば歌詞も付けて楽曲として完成させてもいいのではなかろうか。エンディングも申し分ないと思う。また、アルバム・ジャケットはこの曲をモチーフにしていたのかもしれない。アルバム・ジャケットに関しては、なかなかいいと思った。

 "Sleep with The Enemy"もメロディアスでわかりやすい。"Sleep with Me"とか"Stay with Me"と歌うところが歌謡曲風で、日本人には受けそうな曲だと思った。また、シンセサイザーやメロトロンだけでなく、目立たないけれどもパイプ・オルガンも使用されていて、この辺は職人技を感じさせてくれる。最後はロイネの演奏するエレクトリック・ギターがフェイド・アウトされていった。

 そして最後の曲である"The Crowning of Greed"が始まる。静かなイントロから始まり、ロイネのエレクトリック・ギターが主旋律を奏でフィーチャーされていく。アルバムの最後を飾るインストゥルメンタルかと思ったら、3分過ぎからおとなしくなり急にボレロ調に変わる。そして、4行くらいの歌詞を繰り返し、そして歌詞のフェイドアウトともに、曲も終わってしまった。最後を飾るに最適とは言えないまでも、ふさわしいかもしれない。71bn0nrai5l__ac_sl1200_

 続いてディスク2の1曲目は、"House of Cards Reprise"でディスク1の冒頭の曲のリプライズだった。ただし、こちらの曲の方が躍動感がありカッコイイ、1分21秒しかなかったけれど。2曲目の"Spirals"は、"Call on Miracles - For America"と2回だけ繰り返される歌詞を中心に組み立てられた楽曲で、今回は今のアメリカという国家(というより大統領のこと?)を非難したメッセージを送っているようで、ディスク1に収められていた"Miracles for America"がやはりこのアルバムの主題となる曲だったということが分かる。演奏自体はテクニカルなジャズ・ロックを聞いているかのようだ。こういうザ・フラワー・キングスもまた素晴らしいと思うし、もっとこの手の曲を増やしてらいたいとも思った。ちなみに、作った人はカミンスにストルト、ドラマーのデマイオとベーシストのヨナス・レインゴールドだった。

 "Steampunk"もテクニカルな曲で、カミンスの演奏するミニ・ムーグとシンセサイザーがはじけるようなメロディーを弾いているはいるものの、続くスキャット風ボーカルやタイトなリズムが何となくジャズっぽい。個人的にはこの曲も良いと思っていて、そういう意味では曲数は少ないものの、ディスク2の方がピリッと引き締まっていて印象度として強かった。

 4曲目の"We Were Always Here"では、リズムが工夫されていて、フレットレス・ベースにワールド・ミュージック風の太鼓の音が聞こえてくる。まさかカリプソやブラジリアン・ミュージックをやるのかと思ったら、歌が始まるとザ・フラワー・キングスに戻ってしまった。こういうカラフルで天然色的なサウンドもまたザ・フラワー・キングスの特徴だろう。昔の彼らのサウンドに戻ったような感じがした。やはりディスク2の方が日本人にはあっているのではないだろうか。7分35秒という長さを感じさせない佳曲である。

 ディスク2には5曲(国内盤には"Miracles for America"のインストゥルメンタル・バージョンがボーナス・トラックとして6曲目に置かれている)しかなくて、その5曲目が"Busking at Brobank"という曲で、ストルトが作曲したインストゥルメンタルだった。カミンスの演奏するテルミンが中心となっているわずか51秒の曲だった。今どきテルミンかと思ったが、アクセント的にはいいのではないだろうか。Images_20191222113701

 とにかく、今のネット全盛時代に置いて、いまだに過去のプログレッシヴ・ロックを踏襲しながらも、その拡大再生産を目指す意欲と実践にはまさに脱帽ものである。今のプログレッシヴ・ロック界を牽引しているのは間違いないし、今後の展開がどうなるかは、ひとえにこのロイネ・ストルトを中心にしたバンドやユニット類の力量と取組に関わってくるのではないだろうか。ロイネ・ストルト63歳、今年といわずこれからも末永く頑張ってほしいものである。

| コメント (0)

2020年1月13日 (月)

フロム・アウト・オブ・ノーウェア

 昨年の終わりに、エレクトリック・ライト・オーケストラ(以下ELOと略す)の新作が発表された。ただ、正確にいうと、ジェフ・リンズ・ELOという名称になる。これは"ELO"という名義を使用できる権利を持っているのが、オリジナル・メンバーだったジェフ・リンとドラムス担当だったべヴ・ベヴァンの2人だけだからだそうだ。X_elo

 ジェフ・リンズ・ELOについては、2015年に「アローン・イン・ザ・ユニバース」というアルバムを発表していたから、4年振りのアルバムで、タイトルは「フロム・アウト・オブ・ノーウェア」と名付けられていた。前作もそうだったけれど、このアルバムも全10曲という今どきにしてはシンプルなもので、ボーナストラックも付いていなかった、前作には3曲もあったのに…
 さらには、10曲で約32分、各曲はすべて3分程度で4分を超える曲は1曲も含まれていなかった。これでいいのかソニー・ミュージックと思わず言ってしまいそうになるのだが、ジェフ・リンの意向のようだから仕方ないのだろう。71w86snvztl__ac_sl1200_

 ただし内容に関していうと、少なくとも前作よりは70年代後半から80年代初期の当時の趣きを再現していて、確かに黄金期のELOの一部分が戻ってきたという感じがした。そういう意味では、あの時代を回顧したい人にとっては必聴盤になるに違いない。

 実際、イギリス本国におけるELOの人気は未だ衰えずというよりも、ザ・ビートルズやクィーンと比べても勝るとも劣らないほどであり、2014年にはハイドパークでライヴが行われたが、5万枚のチケットはわずか15分で売り切れてしまった。そして2016年にはグラストンベリーでライヴを、翌年の17年にはウェンブリー・スタジアムで6万人を前にヒット曲全開のライヴを行った。

 この時の模様をのちにジェフはこう回顧している。『これまででの最大の山場だった。だってやっぱりいざやるとなったらウェンブリーはちょっと怖かったよ。6万人を前にどうすればいいんだっていう感じだ。でも、やってみたら最高に楽しかった。あれに匹敵するものは何もないし、なんかもう言葉で説明のしようがないね』Img_elo1

 こういうライヴを行う中で、ジェフ・リンは今までやってきたことや、今やっていることに自信を持ったというか、確信を抱いたのだろう、自分はまだまだ現役で、求められているミュージシャンだと。それで、4年振りの新作が往時の輝きを放っているのも、そんな自信みたいなものが備わっていたからだろう。ジェフは、ライヴの経験がELOとしてのサウンドをさらに磨き上げたというようなことも述べていたし、今の世の中に対して希望を与えられるように感じさせたいから、そのためにも曲にもっとポジティヴで、もっとドライヴを持たせたかった。それはライヴ・パフォーマンスを盛り上げるためだ、というようなことも言っていた。

 それで今回のアルバムを聞いてみると、冒頭の"From Out of Nowhere"は60年代のロイ・オービソンの曲に似ていて、確かにポップで耳になじみやすい。ミディアム調でどこかで聞いたような懐かしさを感じさせてくれた。
 続く"Help Yourself"も同じような傾向の曲だが、80年代のトラベリング・ウィルベリーズの中の曲ですよといわれてもわからないのではないだろうか。ジョージ・ハリソンあたりが歌いそうな曲調だ。

 "All My Love"については、今までのELOにはなかった感じの曲で、ポール・マッカートニーあたりが作りそうな曲で、例えていうなら2007年に発表された"Dance Tonight"をボサノバ調に変換したようなタイプだ。最初の5曲の中ではテンポがよくて、アルバム前半のアクセントにもなっていた。ジェフのファルセットもいい味を出している。

 "Down Came The Rain"こそまさに70年代後半のELOの曲に似ていて、もしくは未発表曲といわれても信じてしまいそうになる。例えていうなら、1977年の"It's Over"か"Mr. Blue Sky"と比べても遜色はないだろう。もしくはELOの曲をトラベリング・ウィルベリーズがアレンジして歌っている感じだ。わかるかなあ。わかる人には分かると思うけど、わからない人には永遠にわからないかもしれない。

 前半最後には、お決まりのバラード曲"Losing You"が用意されていた。これまたロイ・オービソン風の曲で、"Crying"と比べてもいいだろうし、このアルバムでは珍しいことだけど、ストリングスも用意されていた。あるいは、1973年のアルバート・ハモンドの曲"For The Peace of All Mankind(落ち葉のコンチェルト)"にも似ている。
 ジェフ自身は、このアルバムについて、ストリングスとかそういうものは抑えて、ポップやロックン・ロールのフィーリングをもっと打ち出したかったと述べていたが、そういわれてみると、かつてのELOのようなストリングスやオーケストレーションなどはほとんど印象に残らない程のものだった。"Losing You"はそういう意味では、特別なのかもしれない。Eloagaintributetojefflynneselolivephoto

 後半最初の曲"One More Time"はまさにELO風ロックン・ロールだ。1976年の「オーロラの救世主」というアルバムがあったけど、あの中の曲"Rockaria"や"Do Ya"に通じるものがある。この曲には元ELOメンバーのキーボーディストだったリチャード・タンディが参加しているが、本当は他の曲のレコーディングにも参加する予定だったが、本人の体調がすぐれずにこの曲だけで終わってしまった。元ELOメンバーの中で、ジェフ・リンと今でも音楽的に交流があるのはこのリチャードだけのようだ。

 7曲目の"Sci-Fi Woman"もノリの良い楽曲で、後半はテンポの良い佳曲が並んでいる。アルバム構成的には前半が穏やかなミディアム調の曲が占め、後半はノリの良い曲が並んでいる。もう少し前半にも後半にもバランスよく混ぜて配置すると、メリハリが効いてよさそうになるような気がするのだが、どうだろうか。

 "Goin' Out on Me"はスロー・バラード風になっているから、そういう意味ではバランスよく配置されているのかもしれない。この曲は60年代のダンス・パーティーで披露されるようなテイストを含んでいて、ヨーロッパ系アメリカ人が好んで聞きそうなタイプの曲だ。
 "Time of Our Life"では、上述した2017年のウェンブリー・スタジアムでのライヴのことが歌われていて、6万人が携帯電話で明かりを出し、その中で彼らの代表曲でもある"Telephone Line"が始まった時の様子が記されている。これまた軽快な曲で、よほどこの時の印象が強かったのだろう、うれしい驚きが曲調に表れているし、その時の歓声もSEとして使用されている。

 10曲目の最後の曲は"Songbird"という曲で、恋愛が最後に成就するというハッピー・エンディングの内容だ。曲もミディアム・スローで、最後を締めくくるには似合っていると思う。この曲も、70年代の未発表曲といわれてもわからない程のポップでメロディアスな特徴を備えている。61y7uvryhjl__ac_sl1200_

 とにかく10曲しかなく、しかも32分程度だから何度も聞いてしまった。そういう意味では、魔法にかかったようにリピート・ボタンを押してしまう。これもジェフ・リンの作戦なのかもしれない。ジェフ・リンも72歳になったが、このアルバムではほとんどすべての楽器を一人で手掛けているし、まだまだ音楽的な才能は枯れていないようだ。ちなみにこのアルバムは、アメリカのビルボード・アルバム・チャートでは47位を記録し、イギリスでは見事首位に輝いている。母国での人気には一向に陰りがささない。ELOの人気は、イギリスでは永遠不滅なのだろう。

| コメント (0)

2019年12月30日 (月)

ロイネ・ストルトのザ・フラワー・キング

 "ロイネ・ストルトの"と区切っているのは、この「マニフェスト・オブ・アン・アルケミスト」というアルバムの名義が"ロイネ・ストルトズ・ザ・フラワー・キング"となっているからだ。12920008673_6f6a26aacd_b
 元のバンド名にメンバー(特にリーダー的存在か準リーダー的存在であるメンバー)の名前を付けるのはよくあることで、最近では、ジェフ・リンズ・E.L.O.とか、古くは、アンディ・スコッツ・スウィート、マーティン・ターナーズ・ウィッシュボーン・アッシュなどがある。(かなり古いな)

 これはファンならよくわかると思うけど、バンド内でメンバー間の対立があって、オリジナルのバンド名を権利関係から使用することができずに、自分の名前を冠したバンド名にしたからである。あるいは主要メンバーが事故等で亡くなってしまい、その遺志を引き継ぐ形でバンドを継続する場合もある。例えば、バッド・フィンガーやE,L&Pなどがそれに当てはまるだろう。(ジョーイ・モーランズ・バッド・フィンガーやカール・パーマーズ・E,L&Pレガシー)

 それで、この"ロイネ・ストルトズ・ザ・フラワー・キング"の場合はどうなのかというと、これはあくまでも私個人の考えなのだが、やはり"ザ・フラワー・キングス"の名称を使えなかったか、使うのを躊躇したのではないかと思っている。というのも、オリジナル・メンバーだったキーボーディストのトマス・ボーディン(最近ではトマス・ボディーンと表記される場合もあるが、ここでは昔の名前で出ています)との確執が噂されていたからだ。実際に、トマスは2015年にバンドを脱退している。726

 相手がバンドを脱退したから、別にオリジナルのバンド名を使用してもいいのではないかといわれるかもしれないが、ひょっとしたら何かしらの事情が存在しているのかもしれないし、もう一つ大事なことは、オリジナルのバンド名は"ザ・フラワー・キングス"と複数形になっているのに対して、ここでは単数形になっていることだ。
 もともと、"ザ・フラワー・キングス"というバンドは、ロイネ・ストルトの1994年のソロ・アルバム「ザ・フラワー・キング」に参加したミュージシャンを中心にして結成されたバンドだった。だからバンド名は複数形になっているのだ。それでこの「ロイネ・ストルトズ・ザ・フラワー・キング」という名義は、単数形なのだから、自分のソロ・アルバムですよということを示しているのではないだろうか。71pwqncqd2l__sl1044_

 そんなことを考えながら、このアルバムを聞いてみた。冒頭の"Rainsong"は1分27秒の短い曲で、曲というよりも口の中でつぶやくような呪術的祈りであり、すぐに2曲目の"Lost America"につながっていく。曲調はイエス的な雰囲気で始まり、途中途中で短いながらもギターやキーボードのフレーズが挿入されてくる。メロディははっきりとした幾分ポップなものだから、9分50秒もあってもとても聞きやすい曲に仕上げられている。ただし、イエスのような昇華された趣というか、試聴後のカタルシスは得られにくかった。おそらくはリズムが重くて、スピード感や疾走感が無いからだろう。また、フェイド・アウトで終わるところもピリッとしない。できれば、もっと勢いのある曲を前に置いて、そのあとにこの曲が来れば、もっとアルバム自体も引き締まったに違いない。

 "Ze Powns"も8分27秒もある長い曲だった。この曲は"Lost America"よりももっとゆったりとした曲調で、前曲同様メロディーラインは悪くないものの、やはりカタルシスは得られにくい。個人的に良かったのは、メロトロンのサウンドが印象的だったことだ。最近のプログレッシヴ・ロックのアルバムで、メロトロンの音が聞こえてくるものは少なくて、この曲を聞いてメロトロン信者としてはうれしかった。
 それにまた、曲の雰囲気としては中期のジェネシス、といってもわかりにくいので70年代半ばのピーター・ガブリエルが脱退する前のジェネシスの曲のようだった。ただし、ギターの音はこちらのロイネ・ストルトズ・ザ・フラワー・キングの方が豊かで、使用頻度が高い。自分のソロ・アルバムなのだから、目立っているのは仕方のないことだろう。

 12分31秒もある"High Road"も複雑な構成を持つ曲で転調が多く、イエス的といえばイエス的だが、これといった印象的なフレーズに欠けるようだ。内容はいまの世界の状況を憂い、変革を求めるもので、その理念は正しいと思えるのだが、曲とマッチしていないように感じた。変革を求めるのであれば、もっと緩急をつけてもいいのではないだろうか。全体的になだらかに流れていて、つまり"緩"が多くて"急"が見られない。ただし、楽器のソロについてはギターやキーボード、リズム・セクションなども適切に配置されていて、バランス的には素晴らしいと思った。そういう意味では、本家イエスと比べても遜色はないだろう。

 "Rio Grande"はインストゥルメンタルで、出だしのドラムが部族的であり、それに絡むようにキーボードやベース・ギター、エレクトリック・ギターが伴奏してくる。ちょっとしたジャズ的要素も備えていて、何となくリキッド・テンション・エクスペリメントのような雰囲気も漂わせている。途中ブレイクしたあと、オルガンやメロトロンが中心となって曲想を高めてくれる。6分過ぎからはロイネのギター・ソロも聞こえてくるのだが、基本的にはギターよりもキーボードが中心となった曲だろう。

 後半は、"Next to A Hurricane"から始まる。4分24秒と短くて、このアルバムの中ではポップなテイストを備えた曲だ。メロディーラインもわかりやすいし、一度聴いたら、なかなか忘れがたい。71dspetrpbl__sl1167_
 "The Alchemist"は7分近いインストゥルメンタル。"錬金術師"というタイトルからして、もう少しおどろおどろしいものを想像していたのだが、意外とまともだった。強いて言えば、スティーヴ・ハケット・バンドに在籍しているサックス奏者のロブ・タウンゼントのプレイがアクセントが効いていてよかった。何となくクルムゾン的でダークな雰囲気を醸し出していた。ただ、さすがにどのプレイヤーも超一流というか、緊張感では、このアルバムの中で一、二を争うほどの出来栄えではないだろうか。もう少し長く聞いていたかった。

 "Baby Angels"はタイトルからして牧歌的で、ファンタジックな印象を与えるが、曲自体もまさにその通りで、ロイネ・ストルト版"メアリーの子羊"だろう。ボコーダーをかぶせたボーカルから始まり、ボーカル主体の曲は、自分の愛しの娘か孫に向けて歌っているようだ。

 続く"Six Thirty Wake Up"もまた4分17秒と短めの曲だが、こちらは純然たるインストゥルメンタルだった。ただ、ロブ・タウンゼントの奏でるフルートがフィーチャーされていて、そういう意味では爽やかな印象を与えてくれる。途中からロイネのエレクトリック・ギターとの絡みがあって、その部分を聞くと癒されてしまった。前半の長めの曲よりは、後半のボーカル入りの曲やこういうインストゥルメンタルの方が、清涼感や緊張感があって、カタルシスを得やすいと思った。

 そして最後の曲が"The Spell of Money"だ。9分48秒と久々に長い曲の登場である。内容が金銭欲に満ちた守銭奴というか、お金の欲に人生を誤らせてしまわないようにという警告に満ちた曲だから、どことなく暗いし、気分的にも晴れない曲調だ。せっかくの後半の明るさが一転してしまい、前半のようなムードに戻ってしまう。ただ演奏部分に関しては、何度も言うように、超一流ミュージシャンのおかげで、レベルの高いものを聞くことができる。その点では恵まれていると言えるだろう。7分過ぎに一旦ブレイクしたあとは、ややボレロ調になってエンディングに向かって走り出していく。ただこれもフェイド・アウトされていくので、終わりについてはもう少しスカッとさせてほしかった。

 最後に参加ミュージシャンについて。ドラムはザ・シー・ウィズインのデビュー・アルバムにも参加しているマルコ・ミネマン。ベース・ギターも同じくザ・シー・ウィズインのヨナス・レインゴールド、サックスやフルートはロブ・タウンゼント、数名のゲスト・ボーカル、そして前半の2曲では弟のマイケル・ストルトが歌っていた。以前は1999年までザ・フラワー・キングスに所属していてベース・ギターを担当していたから、久しぶりの兄弟参加となったようだ。Maxresdefault_20191120213501

 このアルバムは2018年に発表されたが、あくまでもロイネ・ストルトのソロ・アルバムだった。そして今年の11月には本家本元のザ・フラワー・キングスのスタジオ・アルバムが発表された。その内容については、来年の2020年に持ち越すことにしようと思う。皆さん、今年もこのつまらないブログを見ていただいてありがとうございました。よいお年をお迎えください。

| コメント (6)

2019年12月23日 (月)

ザ・シー・ウィズイン

 ロック界ではワーカホリックなミュージシャンが多くて、ポール・マッカートニーもそうだろうし、ボブ・ディランも今も世界のどこかでライヴを行っている。そして、特にプログレッシヴ・ロックの分野では、働くことが大好きなミュージシャンがいっぱいいて、古くは元イエスのジョン・アンダーソン、最近ではスティーヴン・ウィルソンや最近も取り上げたジョン・ミッチェルなどがいる。

 そして今回もまた、世の中の「働き方改革」に反する有名ミュージシャンが登場する。スウェーデン出身のロイネ・ストルトであり、彼が2018年に結成したバンド、ザ・シー・ウィズインのデビュー・アルバムについて簡単に触れることにした。

 アルバムの内容に行く前に、ともかくこのロイネ・ストルトという人は、とにかく働くことが大好きであり(というか、アイデアに富んでいて、その実現のために活動的になるのだろう)、様々なバンドに参加したり、結成したりしている。始めは1974年に、17歳でカイパというバンドに参加している。そこからスタートして、1994年にはザ・フラワー・キングスを結成して世界的に有名なバンドに育て上げているし、2000年には、元ドリーム・シアターのマイク・ポートノイやマリリオンのピート・トレワヴァス、スポックス・ビアードのニール・モーズらとトランスアトランティックを結成した。また、同時並行でエージェンツ・オブ・マーシーというバンド名でアルバムを出しているし、もちろんソロ活動も行っている。さらには同じ匂いがするのか、ジョン・アンダーソンとも交流を深め、2016年には「インヴェンション・オブ・ノリッジ」というアルバムも共同制作している。まあ、この人の活動歴を記すとなると、それだけでもそれなりの厚さの本になるくらいの活動量なのである。402f4616

 そんな人がまたまたバンドを結成して、アルバムを発表した。それがザ・シー・ウィズインであり、バンド名と同じアルバムなのだ。このバンドのメンバーもそれなりに名前が知られている人もいて、スーパー・グループとまでいかなくても、ちょっとしたビッグ・ネーム・バンドである。

 具体的に書くと、ロイネ・ストルト以外は4人いて、ベース・ギターはザ・フラワー・キングスに所属しているヨナス・レインゴールド、キーボードにはイエスのアルバムやツアーに参加したことのあるアメリカ人のトム・ブリスリン、ドラムにはドイツ出身のマルコ・ミネマンが担当している。マルコについてはザ・ミュート・ゴッズやスティーヴン・ウィルソンのところでも名前が出ていたが、ドリーム・シアターのドラマーの最終候補にもなるくらいの実力派ミュージシャンであり、今のプログレッシヴ・ロック界を代表するドラマーの一人でもある。
 そしてもう一人、ボーカル&ギター担当がダニエル・ギルデンロウだ。このダニエル・ギルデンロウという人は、知っている人は知っていると思うけど、知らない人は何も知らないというくらい有名な人で、スウェーデンのプログレッシヴ・ロック・バンドのペイン・オブ・サルヴェイションのリーダーだ。ダニエルはトランスアトランティックのツアーにも参加していたし、同郷のよしみもあってバンド結成に及んだのだろう。Press_photos_02

 2016年の秋に、ロイネは、レーベル会社であるインサイドアウト・ミュージックの社長と話し合う中で、バンド結成についてのメンバーの人選に及んだようだ。ロイネはこう述べている。『最初に、バンドメイトのヨナスの名前が挙がった。次に、トムにはぜひ加わってほしかったんだ。イエスやキャメルのライヴでは印象的なシンセを弾いていたから。マルコについては彼の大ファンだったし、ユニークなエネルギーに満ちたドラマーだと感じた。そして誰をシンガーにするかという話になって、ダニエルの名前が出てきた。彼とは何度か共演したことがあって、音域の広さとダイナミックな声質を兼ね備えたシンガーだと思えた』

 ただ5人とも多忙なミュージシャンだったし、住んでいるところも異なっていたから、簡単にバンド結成には至らなかった。それでも何とか調整を行って、2017年9月にロンドンでアルバム制作を始めた。
 バンド名については、余計な先入観を与えないように、あえて抽象的なものにしたようだが、ロイネに言わせると、日々そして人生を通じて我々が抱く思想や夢、詩、音楽、愛、恐怖などの広大な海洋が、このアルバムの中に表現されているそうだ。"内なる海"には、人間の生きていく上での様々な感情や思考が含まれている。

 さらにロイネは、このアルバムの音楽性についてもこう述べていた。『このアルバムの音楽性を説明するのは不可能だよ。プログレッシヴ・ロックからジャズ、クラシック、ヘヴィ・ロック、フォークにパンク・ロック、エレクトロニカ、ポップ…そんな多彩な影響を込めている。最高のメロディとフック、メタルの生々しさ、インプロヴィゼーション、シンフォニー、映画音楽の要素もあって、インストゥルメンタル・ジャムを加える余地も残している』71xhccs3ujl__sl1024_

 要するに、何でもありの音楽性なのだが、そのせいかデビュー・アルバムにもかかわらず、ボーナス・トラックなしの2枚組になっていた。それだけ表現欲求が強かったのだろう。冒頭の"Ashes of Dawn"は力強いメタリックなヘヴィ・ロック風だし、続く"They Know My Name"はミディアム・テンポの落ち着いた佳曲で、作詞作曲ともトム・ブリスリンが担当していた。ところで、サックスを担当しているのはゲスト・ミュージシャンのロブ・タウンゼントで、スティーヴ・ハケット・バンドに所属してレコーディングやライヴ活動を行っている。マルコつながりで参加したのだろう。

 "The Void"も2曲目と同じようなバラード風の曲で、終盤でのギター・ソロではロイネが印象的なフレーズをかき鳴らしていた。逆に、このアルバムの中で一番スピーディーでロックンロールの匂いがするのが、"An Eye for An Eye for An Eye"で、詩と曲はドラマーのマルコが創作していて、ドラム以外でもアコースティック・ギターやボーカルも担当している。マルコ・ミネマンという人は、やはり才能豊かなミュージシャンだった。曲の長さも7分もあり、後半はトムのピアノを中心としたジャズ風にアレンジされていて、再び元の急なロックンロールに戻っていく。

 "Goodbye"では、リード・シンガーが交代していて、ダニエルはバッキング・ボーカルになり、代わってテキサス出身のアメリカ人シンガーであるケイシー・マクファーソンがリードをとっている。ケイシーはフライング・カラーズというバンドのメンバーでもあり、このバンドには元ドリーム・シアターのマイク・ポートノイや元スポックス・ビアードのニール・モーズなども在籍している。ちなみに、マイクもニールもトランスアトランティックというバンドで、ロイネ・ストルトと共演していた。プログレッシヴ・ロック界は広いようで狭いのが定説になっていて、人脈図というか相関関係の図式なんかは(作る人は大変だけど)すぐに作成できてしまうのである。

 6曲目の"Sea Without"は、2分24秒という短いインストゥルメンタルで、ロイネ一人で作曲したもの。そのせいか、ロイネのギターがかなり目立っている。続く"Broken Cord"は14分を超える大作であり、ここではケイシー・マクファーソンとダニエル・ギルデンロウの2人が仲良くリード・ボーカルを務めている。曲の序盤は聞きやすい落ち着いた出だしで、ポップな要素も含んでいるが、5分過ぎからロイネのギター・ソロをきっかけに、トムのシンセサイザーもリードをとったりと、70年代風のプログレッシヴ・ロックが展開される。往年のころを知る人に取っては感動ものだろう。
 演奏が一段落して、シンセとギターをバックに歌ものに代わり、9分過ぎからはさらに落ち着いてアコースティック感が満載になってくる。こうなると、一旦落ち着かせてからエンディングに向かって再び盛り上げていくんだろうなあと察しがついてしまうのだが、逆に全然そんなことはなく、静かなうちに終わりを迎えてしまった。おいおい!そんなことでは往年のプログレ・ファンは納得しないぞ!と言っても後の祭りであった。しかも、この曲にはあのジョン・アンダーソンがゲスト参加しているらしいのだが、どのパートで歌っているのかよくわからなかった。う~ん、ちょっと残念というか、かなり困惑する展開をともなった曲なのである。

 ディスク1の最後の曲は、ロイネが作詞作曲している"The Hiding of Truth"で、ミディアム・テンポのメロディラインがはっきりした曲で、いかにも最終曲にふさわしい感じがした。華麗なグランド・ピアノを弾いているのはドリーム・シアターのジョーダン・ルーデス、リード・ボーカルはまたまたケイシー・マクファーソンが担当していた。そんなことならいっその事、ケイシーもバンド・メンバーに加えて、ダブル・リード・ボーカルにすればいいのに。一説によると、ダニエルは自分のバンドのライヴなども控えていることから、ザ・シー・ウィズインでの一部の公演ではケイシーが担当する予定になっているという。S228191781301347849_p6_i12_w960

 ディスク2の1曲目は"The Roaring Silence"という曲で、歌詞はロイネが担当し、曲はロイネとトムが作っている。8分もある曲だが、全体的に起伏に乏しく、これといった見せ場が少ないような気がした。演奏はイエスっぽいものの、もう少し各人のソロとかテクニックを披露してもよかったのではないかと思っている。

 続く"Where Are You Going?"はトムとダニエルの手によるもので、歌もの中心の曲。プログレッシヴ・ロックの曲というよりは、ポピュラー・ミュージックの範疇に属するような気がした。
 逆に、本来のプログレッシヴな展開を見せるのが次の曲の"Time"で、話しかけるような出だしから始まり、徐々に楽器が増えていき、曲が厚みを帯びてくる。ただこの曲も歌もの中心で聞かせるものになっている。トムのメロトロンのようなキーボード・サウンドが個人的には良かった。
 最後の"Denise"は、バラード曲といっていいだろう。失恋の曲だし、何となくドラマか映画の挿入曲といった感じがした。別れた恋人に対して切々と訴えるかのように歌っているダニエルのボーカルが印象的だった。71r0xizcqfl__sl1168_

 ということで、ロイネ・ストルトが中心となって結成されたザ・シー・ウィズインのデビュー・アルバムだったが、70年代のプログレッシヴ・ロックとは違って、派手なソロなどは控えられていて、その分、歌を聴かせるアルバムに仕上げられていた。それぞれのメンバーは十分に実力を備えているので、もう少し各人が自己主張してもよかったのではないかと思っている。それについては、セカンド・アルバム以降を期待したい。ただ、プログレッシヴ・ロックを継承し、今の時代に合うように発展させようとしている点については、やはり彼ららしいのではないだろうか。

| コメント (0)

2019年12月16日 (月)

師匠と弟子によるスティーヴ・ハケットの新作

師匠:久しぶりじゃな、約1年ぶりかのお。年末が近づくと出番じゃな。

弟子:何言っているんですか、師匠。いつもは12月の最終週なのに、今回は2週間ばかり早いじゃないですか。何となくリズムが狂ってしまいますよね。師匠、何とかしてくださいよ。

師匠:そんなことを今言われてもなあ。おとなの事情でもあるんじゃろ。そんなことより、スティーヴ・ハケットがまた新しいスタジオ・アルバムを出したそうじゃな。これまた25枚目のアルバムじゃと。相変わらず精力的に頑張っておるなあ。もはやプログレッシヴ・ロック界のレジェンドじゃな。Q9jk7dloc2vbjk6m5nazir

弟子:いまさら使い古された"レジェンド"という言葉をあえて使いますか、師匠。しかも発表されたのは今年の1月ですから、新しいアルバムといってもほぼ1年前ですよ。それはともかく、むしろ"大いなるマンネリ"と言った方がいいんじゃないですか。最近は2年ごとにアルバムを発表していますけど、このところはワールドツアーの影響か、世界中の楽器を使用したりミュージシャンとコラボしたりと、アイデアの枯渇を何とかカバーしようという感じがするんですけど、気のせいですかね。

師匠:確かに気のせいじゃな。ゆっくり休んだ方がいいなあ、まだ若いから回復も早いじゃろ。だいたいじゃな、2年振りに発表しているのは、それだけ計画性があるのと創造性が発揮されている証拠じゃ。アイデアの枯渇というよりも、触発されてアイデアが湧き出ているんじゃよ。実際、70年代からのプログレッシヴ・ロック界のギタリストで、いまだにニュー・アルバムを出しているのはハケットぐらいしかおらんのじゃないかな。ギルモアは趣味の世界に走っておるし、スティーヴ・ハウやフリップ翁にはニュー・アルバムは期待せん方がいいじゃろ。

弟子:そうは言うものの、前作も今作も似たようなアイデアばかりだし、曲調も似ていますよね。前作ではブックレットにこんな風に彼の言葉が書かれていましたよ、『音楽的にわたしは常に多文化・多様性を受け入れようとしています。この新しいワックスがけともいえる方法でイスラエルとパレスチナ、アメリカとイラクを含む世界中のミュージシャンや楽器をこの新作に取り入れました』そして、今作では『このアルバムの音楽は、インド、アゼルバイジャン、アメリカ、アイスランド、スウェーデン、そしてイギリスといった国際的な素晴らしいアーティストの参加によって作られました』って、結局、同じコンセプトで作られたってことじゃないですか。

師匠:だからじゃな、2017年と19年のアルバムは双子のアルバムみたいなものじゃな。両方を貫くテーマは、世界が一つになること、世界の平和じゃろ。彼が世界中をツアーしてまわって、あらためて平和の尊さや重要性を認識したということじゃな。だから今作も音楽を通して平和の必要性を訴えようとしているのじゃ。

弟子:でも前作では11曲、ボートラを入れて13曲もあったのに、今作では10曲しかないじゃないですか。ちょっと手抜きか、もしくはアイデアが枯渇してきたんじゃないですか。

師匠:何言っとるんじゃい。たった1曲だけの違いじゃないかい。しかもボーナス・トラックも2曲入っておるし、そんなに遜色はないはずじゃ。ただ単に曲数だけをあげつらうだけでなくて、中身で見ていかんかい。曲数を絞って内容はグッと深くなっておるはずじゃ。

弟子:そうですかねえ。前作のボーナス・トラックの1曲はジェネシスの曲でしたし、曲の雰囲気も最近は似たような感じですもんね。例えば冒頭の"Fallen Walls and Pedestals"も何となくドリーム・シアターのようなメタル要素を感じさせるし、続く"Beasts in Our Time"ではサックスも使用されてますけど、これって前作でも似たような展開でしたよね。やはりマンネリ化は否めませんですよね。

師匠:恐れ多くもよくぞそんな口がきけるな。この2曲こそが今のハケットを作り上げておるんじゃ。様々なジャンルに触手を伸ばし、それらを吸収しようとする姿勢こそが"Progressive"であり、ロック・ミュージックの原点になるはずじゃろ。スティーヴ・ハケットはその原点を忘れてはおらんのじゃ。最近の若者はもっとロックの歴史を学んだほうがいいぞ。例えば、70年代のハケットなら"Under the Eye of the Sun"なんかは、アップテンポに任せて一気に聞かせてしまうだろうが、今の彼は民族楽器を使って、いったん曲をブレイクさせてしまい聞き手を混乱させるのじゃな、意図的に。そしてさらに元に戻す、これが21世紀のハケットなんじゃ。

弟子:それでも全体的にはロジャー・キングのキーボードも目立っていますし、ゲスト陣が多すぎやしませんか。もっとシンプルに、ソリッドに曲自体のよさを際立たせてほしいし、ハケット・バンドとして自分たちで演奏をしてほしかったですね。装飾過剰といった感じもしますけど...

師匠:何を言っとるんじゃい。"Underground Railroad"でのリズムのキレの見事さやギターのフィンガリングやタッピングはまだまだ現役選手じゃな、一向に衰えを感じさせないところが素晴らしいぞ。曲の構成もよく考えられておるわい。ロジャー・キングのキーボードが過剰かもしれんが、本来はキーボードというものは過剰なもんじゃ、リック・ウェイクマンなんかまさに過剰以上じゃぞ。過剰の上に目立ちすぎじゃが、ロジャー・キングのプレイは曲を際立たせておる。控えめに、かつ曲効果を狙っておるんじゃ。こういう芸当はロジャー・キングでしかできんな。だから今どき11分9秒もある"Those Golden Wings"やインストゥルメント曲の"Fallen Walls and Pedestals"、"Conflict"なんかができるんじゃ。

弟子:そうですかね、"Shadow and Flame"なんかは60年代のインド音楽にちょっと厚みを付けたという気もしますけど。ジョージ・ハリソンが聞いたら、俺のパクリだと怒りだしますよ。それに続く"Hungry Years"なんかは、バブルガム・ミュージックのようにポップ過ぎやしませんか。タイトルは"Hungry"なのに、全然ハングリー精神は見れないんですけど。明るいし、奥さんの義理の姉妹のアマンダとのデュエットもあるし、アルバムの中では完全に浮いていますよね。もっとトータル・アルバムという意識を持ってほしいですね。曲の寄せ集めといわれても仕方ありませんよ。Imagesvxcwc0s9

師匠:"Hungry Years"に関しては、ハケット自身はこう述べておるぞ。『この曲には胸を打つ切なさを湛えた1960年代の歌が持っていた純粋さへの愛、喪失、回顧そして追憶といった気持ちを込めた共感があります...これは私が少年期を過ごした時代なのです』つまり少年の日の思い出なのじゃ。温故知新じゃよ。

弟子:「少年の日の思い出」ですか、ヘルマン・ヘッセでもあるまいに。要するに年を取ってしまったということでしょ。それに"Descent"なんかは無理にボレロのリズムを利用してダークサイドを描こうとしているし、"Conflict"も混沌としていて、何を言いたいのかよくわかりません。こじつけのように最終曲の"Peace"の前に持ってきて、"Peace"との対比効果を狙っているとしか考えられないですよ。その"Peace"ですけど、この曲によって今までの無明の闇が溶けて流れ、希望ある未来が訪れるという展開なんでしょう。けど、あまりにもパターン化しすぎていて面白くないですよね。しかも途中のフレーズはニール・ヤングの"Southern Man"とほとんど一緒じゃないですか。よくぞ盗作騒ぎ、著作権の侵害にならなかったですね。

師匠:お前もよく言うよな。確かに"Southern Man"っぽく聞こえはするが、そういう曲は掃いて捨てるほどあるぞ。いまだにレッド・ゼッペリンの"Stairway to Heaven"なんかはアメリカのバンドのスピリットの曲を真似たといわれて裁判沙汰が続いておるじゃないか。そういうこともあるじゃろ。問題はそこではなくて、曲を聞いてカタルシスが得られるかどうかじゃ。このハケットのアルバムは、2年間待たされた甲斐のあるアルバムに間違いはないのじゃ、そこんとこよろしく。

弟子:最後が何故か矢沢永吉風ですけど、そうですか。ところで今までいろいろと話してきましたけど、結局、ハケットの何というアルバムだったんですかね、まだタイトルを言っていませんけど。

師匠:しまった、わしとしたことが、不覚にも告知していなかったな。スティーヴ・ハケットの25枚目のスタジオ・アルバム「アット・ジ・エッジ・オブ・ライト~光と闇の深淵にて」じゃ。 71k3hejzofl__sl1500_  弟子:やれやれ、これじゃ来年も思いやられるなあ、来年があればのお話ですが...

| コメント (0)

2019年12月 9日 (月)

ロンリー・ロボット(3)

 さて、冬のプログレッシヴ・ロック特集の第2弾は、ジョン・ミッチェル率いるロンリー・ロボットの新しいアルバム「アンダー・スターズ」についてである。
 このロンリー・ロボット名義でのアルバムは、3部作になっている。最初は2015年の「プリーズ・カム・ホーム」、次は2017年の「ザ・ビッグ・ドリーム」で、今作は3枚目、最終作にあたる。テーマは、「宇宙飛行士の惑星間旅行」といったところだろう。

 前にも書いたけれど、ジョン・ミッチェルという人はワーカホリックな人で、所属しているバンドだけでも、フロスト*、アリーナ、キノ、イッツ・バイツ、ジ・アーベインがあり、元ジェスロ・タルのギタリストだったマーティン・バレのバンドでは歌も歌っていた。そしてソロ活動も同時並行で行っている。このロンリー・ロボットは、この3部作のアルバム制作のためのプロジェクトと考えた方がいいのかもしれない。基本はジョン・ミッチェル主導のバンドであり、すべての曲を書き、レコーディングからプロデュース、ミキシングにマスタリングまでジョンが手掛けているからだ。また、ギターとベース、キーボードにボーカルと八面六臂の活躍である。 Johnmitchell

 ロンリー・ロボットとしては、ドラムスにはクレイグ・ブランデルが3枚のアルバムを通して参加しているし、今作の「アンダー・スターズ」では、ゲスト・ベーシストとしてスティーヴ・ヴァントシスという人が、全11曲中6曲に参加していた。前作のセカンド・アルバムでは、基本的にはジョンとクレイグで制作していたから、今回は外部から人を招いたということになる。ファースト・アルバムでは多くのゲスト・ミュージシャンが参加していたから、今作では最低限のゲストを招いたということだろう。

 もともとジョンは、すべて自分の手でコントロールしたアルバムを制作してみたいと考えていて、しかも内容的には、SFを中心にした人類の進歩と発展について、プログレッシヴ・ロックとして表現していきたいと考えていた。そして、彼の考えを具現化するために、3枚のアルバムを通して展開する宇宙飛行士の旅路という物語を描いてきた。それが2015年から始まった3部作に結実したのだろう。81quc1swwfl__sl1500_

 アルバムは、交信中のノイズのようなSEで始まる。"Terminal Earth"というインストゥルメンタルで、1分55秒で終わってしまう。地球から離れ、宇宙へと旅立つ模様を描いているのだろうか。
 続く"Ancient Ascendant"はややヘヴィなリフをもとに組み立てられたボーカル入りトラックで、スペイシーなキーボードと繰り返されるリフが曲の緊張感を否が応でも高めていく。基本的に、ジョン・ミッチェルという人はギタリストだと思っているのだが、この曲では華麗なギター・ソロは含まれておらず、むしろキーボードのサウンドの方が目立っている。もちろんジョンが弾いているのだが、マルチ・ミュージシャンともなると、どんな楽器でも特にこだわることなく、何でも手にして演奏してしまうのだろう。

 3曲目の"Icarus"では無機質なビートの上を、薄っぺらいシンセサイザーの音とボコーダーを通したボーカルが流れていく。突如サビのフレーズに変化し、また元のビートに戻る。基本的にはこの繰り返しなのだが、このサビのフレーズが妙にポップでメロディアス、一度耳にするとなかなか頭の中から消えていかないという厄介さが、たぶんファンならたまらない至極の一瞬になるはずだ。

 突然"Icarus"が終わって、アルバム・タイトル曲の"Under Stars"が始まる。この曲もまたポップで耳になじみやすい。夏の夜空を眺めながら聞くと、妙に気分が高揚し、自然の摂理や宇宙、生命の尊厳さなど、普段は考えも及ばないようなことが頭に浮かんできそうだ。途中のギター・ソロもファンタジックで、さすがジョン・ミッチェルといったところだろう。デヴィッド・ギルモアほどくどくなく、かといって決して軽いわけではない。ただ少し短めなので、もっと長く聞きたいと思ってしまった。

 "Authorship of Our Lives"もまたソングオリエンティッドな曲。ミディアム・テンポながらも印象的なメロディーや、やや複雑な曲構成などが歌ものとは言え、やはりプログレッシヴ・ロックのテイストを備えている。中盤でのギター・ソロは速いパッセージを含んではいるものの、曲の趣向に合わせているといった感じで、テクニックをひけらかすのではなく、曲の印象度を高める効果を狙っているようだ。

 "The Signal"では、まるでパルス信号のようなドラムのビートと並行して、薄い雲のようなキーボードの装飾音がかかっている。バラード系の曲なのだろうが、どこか宇宙空間を浮遊しているような、そんな音響空間も提示してくれている。ボーカルがなければ、宇宙遊泳のシーンのBGMに最適だろう。81cvyrravgl__sl1500_

 7曲目の"The Only Time I Don't Belong is Now"では、イントロのギターから突如ジョンのボーカルが入ってくる。途中から転調して一気にスピードアップし、曲が流れていくが、また元に戻る。この調節というか進行をつかさどっているのが、ジョンのギターである。リードの部分は短いものの、曲の流れをうまくつかんで緩急をつけさせているし、バックに徹するときは、まるでU2のエッジのギターのように決して表には出てこないものの、抜群のタイミングでバックアップを図っている。エンディングの部分は分厚いキーボードも重なり、終局へと向かい突如として終わってしまう。まるでジョン・レノンの"I Want You"のようだ、曲調は全く違うけれど。

 "When Gravity Fails"は、まるでドラムンビートのような打楽器で始まり、クリムゾンのような激しいリフが流される。この「アンダー・スターズ」では、"Icarus"や"Under Stars"のような美メロの曲と、"Ancient Ascendant"やこの曲のような激しさを前面に出した曲と二極に分かれているのではないだろうか。この曲だけを聞けば、確かにクリムゾンのフォロワーのようなバンドやミュージシャンだろうと思われてしまうに違いない。途中のジョンのギターもグネグネしていて、つかみどころがないほど混沌としていたが、最後のソロはしっかりと聞かせてくれている。

 混沌の次は静寂なのか。"How Bright is the Sun?"は静かな出だしで始まり、徐々にリズムやキーボードが加わってくる。そしてまたこの曲のサビのフレーズも印象度が強く、こういうバラード系の曲にはピッタリとあてはまっている。またジョンのギター・ソロも伸びがあり艶やかだ。何度も言うが、ギルモアほどくどくなく、アンディ・ラティマーほど伸び切ってはいない。それでも、この曲にはこのギター・ソロでしょうという感じで、実にツボを押さえたフレージングとサスティーンが素晴らしい。

 "Inside This Machine"はインストゥルメンタルで、最初は軽妙なギターが突如として存在感を発揮し始め、ついには前面に出てきて全てをつかさどってしまう。この展開が技巧的であり修飾的でもある。そして最後は元に戻って消えていくのである。

 そして11曲目、最終曲である"An Ending"が始まる。ナレーションから曲に移り、短いフレーズが繰り返されて、ピアノとキーボードの音とともにフェイドアウトしてしまう。余韻を残す終わり方である。71gkkuigs0l__sl1200_

 輸入盤CDには、"How Bright is the Sun?"と"Under Stars"の別ミックスのバージョンが収められているが、特にこれといった違いは見られない。また、この三部作となる物語の序章が"Lonely Robot-Chapter One: Airlock"というタイトルのもと、ナレーションで語られているが、英語に疎い私にはあまり関係はないだろう、受験生には適しているのかもしれないが...

 ともかく、このアルバムもプログレッシヴ・ロックの範疇に属するものの、"歌ものアルバム"だった。ただそれが悪いというわけではなく、ドラマティックな曲展開と三部作の最後を飾るという特色にマッチしている点では、評価されるのではないだろうか。

 この"ロンリー・ロボット"というジョン・ミッチェルのバンドは、上にも書いているけれど、この三部作のアルバムを制作するために生まれたプロジェクトなのかもしれない。だから、ひょっとしたらこのアルバムを最後に解散するのかもしれないし、しばらくは活動を休止するのかもしれない。何しろ一つ場所にじっくりと腰を落ち着けておくことができないジョンだからだ。Photo_20191101214301  この三部作を私たちに残して次の場所に移動するのだろう、ちょうど宇宙を航行するスターシップのように。彼らと再び邂逅できるように、もう一度、最初の「プリーズ・カム・ホーム」からじっくりと耳を傾けていきたいと思っている。

| コメント (0)

2019年12月 2日 (月)

ザ・ミュート・ゴッズの新作

 ザ・ミュート・ゴッズがニュー・アルバムを発表した。タイトルは「無神論者と信者」というもので、彼らにとっては3枚目のスタジオ・アルバムになった。彼らのことは2018年の1月にこのブログで詳しく紹介しているのだが、もう一度簡単に振り返ってみることにする。

 ザ・ミュート・ゴッズは3人組のバンドで、中心者はベース・ギターやスティックを担当しているニック・ベッグスだろう。彼とスティーヴ・ハケット・バンドで一緒だったキーボーディストのロジャー・キングがスティーヴン・ウィルソン・バンドにいた超絶天才的ドラマーのマルコ・ミンネマンを誘って結成された。2014年頃のお話だ。Press_photos_02lo
 このバンドを例えていうと、21世紀のU.K.もしくはラッシュの再来といっていいかもしれない。3人組という共通点だけでなく、それぞれが超一流のテクニシャンだし、静かなバラード・タイプから激しいヘヴィ・ロックまで幅広いミュージック・レンジを誇っているからだ。

 デビュー・アルバムは「ドゥ・ナッシング・ティル・ユー・ヒア・フロム・ミー」というタイトルで、2016年に発表された。セカンド・アルバムの「緩歩動物は地球を受け継ぐだろう」は翌年2017年のリリースだった。個人的な感想だが、最初のアルバムはポーキュパイン・ツリーのように幻想的かつテクニカルな雰囲気を湛えていたが、セカンド・アルバムになるとスティーヴ・ハケットのように、演奏面よりもボーカル面に力点が移ったように思えた。だから、3枚目のアルバムはどっちの方向性に行くのだろうかと興味津々でいたのだが、サード・アルバムはプログレッシヴ・ロックから大きく離れて、歌ものアルバムになったようだ。

 また、アルバムの方向性はニック・ベッグスがこのように述べていた。『このアルバムの中心となるメッセージは、真実はもはや流行していないという理由で、私たちが愚かな人間に権力を与え、教育を受け、知識のある専門家に耳を傾けていないということだ』私の理解力ではよくわからないのだが、何となく現代社会の閉塞状況を述べているようには思える。とにかく、1曲ずつ聞いて内容を確認していきたい。81d0skjreul__sl1500_

 アルバムは10曲で構成されている。一般的に、プログレッシヴ・ロックのアルバムにおいては曲数は、そんなに多くはない。イエスの「危機」は全3曲だし、クリムゾンのデビュー・アルバムは5曲しかなかった。マイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」なんかはレコードの表と裏がpart1とpart2に分かれていただけだった。

 それがこのアルバムでは10曲も収められていて、時間的にも57分27秒、3分から6分ぐらいの曲が多く、一番長い曲でも8分32秒だった。こうなると、厳しいプログレ・ファンなら、このアルバムはプログレッシヴ・ロックではないと言うかもしれない。私も微妙なアルバムだと思っている。

 1曲目の"Atheists and Believers"では、アメリカ政府が隠しているUFO関連の資料が外部に漏れないように、NASAが地球外知的生命体探査を行っているという仮説について書かれた曲のようだ。曲の感じとしてはギター・ソロやキーボードが目立つポップ・ソングといったところか。ポップと言っても売れ線狙いの歌謡曲風のようなものではなくて、メロディラインがはっきりしていて、耳になじみやすいという意味でのポップである。

 続く"One Day"はゆったりとした曲調で、何となく80年代のティアーズ・フォー・フィアーズを思い出された。この曲には、カナダのバンドであるラッシュのギタリストであるアレックス・ライフソンが参加していて、様々な弦楽器を演奏しているといわれているが、歌詞カードには12弦ギター、アコースティック・ギター、マンドリンとアンビエント・ギター担当と記載されていた。アンビエント・ギターって、ギター・シンセサイザーみたいなものだろう。要するに、アンビエントな雰囲気を醸し出すのだから。

 "Knucklehed"では、変則リズムとビンビン響くベース音(昔はチョッパー・ベースって言っていたよなあ)が強調されていて、いよいよプログレッシヴ・ロックの世界に誘ってくれるのかと期待していたのだが、やはり3分くらいまではボーカルが目立っていて、そのあとはポエトリー・リーディングのようなつぶやきが聞こえてきてキーボード・ソロへと展開していく。曲の雰囲気や展開は十分にプログレッシヴ・ロックの水準を満たしているのだが、聞き終わってみるとやっぱり歌ものだなあと感じてしまった。

 4曲目の"Envy the Dead"では、ドリーム・シアターのようなヘヴィなロック・サウンドを基盤にして、ニック・ベッグスとロジャー・キングのギター・サウンドを堪能することができる。"死者をうらやむ"というのはもちろんブラック・ジョークで、この非情な世界で生きていくよりは死んだほうがまだましだと思っている人たちの視点で作られたことから来ている。

 このアルバムには2曲のインストゥルメンタルが収められていて、そのうちの1曲が"Sonic Boom"である。この曲はリズムに注意が向けられて作られた曲で、中間部分ではレゲエ調のビートも収録されている。ドラムをたたいているのはマルコ・ミンネマンではなくて、スティーヴン・ウィルソンのバンドでドラムスを担当しているクレイグ・ブランデルという人で、ニックが彼の演奏スタイルを気に入っていてそれを意識して書かれた曲だった。81lv1m6xo3l__sl1500_

 個人的に好きな曲が"Old Man"で、もちろんニール・ヤングの曲ではない。3分45秒と短い曲で、基本はアコースティックである。特に、フルートとソプラノ・サックスがフィーチャーされていて、担当しているのはスティーヴ・ハケット・バンドのロブ・タウンゼントという人だった。曲の感触としては、キャメルか70年代のジェネシスの様で、叙情味あふれる興趣を備えている。

 次の"The House Where Love Once Lived"も穏やかなバラード風で、ニックの個人的な出来事(離婚や再婚のこと)について歌われている。完全に私小説風景が展開されていて、特に社会的メッセージ性があるものではない。こういうところが「歌ものアルバム」と私が勝手に命名した点である。ちなみに、歌っているのはもちろん自分のことだからニックで、彼はキーボードとフレットレス・ベースも担当している。途中のギター・ソロはマルコ・ミンネマンが演奏をしていた。彼はドラマーだけでなく、どうやらマルチ・ミュージシャンのようだ。

 8曲目の"Iridium Heart"はメッセージを含んだ曲だ。いま欧州を中心に(日本でもそうかもしれない)ポピュリズムの嵐が吹き荒れているが、そのルーツを歌った曲で、イントロのシンセサイザーはナチズムによって主導されたベルリン・オリンピック開会式のファンファーレをイメージしているという。ちなみにイリジウムとは原子番号77の元素のことで、単体では虹のような様々な色を発言すrといわれていて、レアメタルのひとつでもある。見かけはいいが実態としてはほとんど見られないポピュリズムのことを例えているのだろうか。また、隕石には多く含まれていて、白亜紀以降の地層には含まれていることが多く、このことから隕石の衝突で恐竜が滅んだという物証にも挙げられている。ダークな曲調がイリジウムの説明に拍車をかけているようだ。

 "Twisted World, Godless Universe"もまた、暗澹たる内容を含んでいるようで、タイトルからして希望の見えない社会を告発している。ニック・ベッグスに言わせれば、『これは人の心の中の善と悪、光と影との対決を表している』ようだが、果たして勝利するのはどちらなのか確証がないようだ。女性のボーカル・パートはニックの娘さんが歌っているとのこと。この曲もプログレッシヴ・ロック風のポピュラー・ミュージックだろう。8分32秒もある割には、楽器のソロ・パートなどはなくて、一気に終盤まで進んでしまった。もう少し各人のテクニックを発揮してほしかった。

 最後の曲"I Think of You"はインストゥルメンタルで、ニックが17歳の時に亡くなった母親ジョーンのためのレクイエムだ。母親は38歳で亡くなったという。ロジャー・キングはピアノを演奏し、ニックはウィンドチャイムを担当している。また、この曲でもロブ・タウンゼントのベース・クラリネットが哀愁さと静謐さを醸し出していて、曲に一瞬で消えていく流れ星のような儚さを添えている。The_mute_gods

 とにかくこのアルバムは、ジャンルはプログレッシヴ・ロックの範疇に収まるのだろうけれども、内容的には"歌ものポピュラー・ソング集"なのである。ただそれが高機能なテクニックを身に着けているミュージシャンたちによって演奏されているという点が、ほかのポピュラー・ミュージックのアルバムと一線を画しているのである。

| コメント (0)

2019年7月15日 (月)

ショーン・レノン(2)

 ショーン・レノンの第2弾プログレ編である。本当は冬場のプログレッシヴ・ロック特集で扱おうかなと思っていたし、前回のこのブログでもそういうふうに記述してあったと思うけれど、冬まで待てなかったというか、果たしてプログレッシヴ・ロック特集ができるかどうかわからなかったので、先に紹介することにした。

 以前にも書いたけれど、ショーン・レノンの音楽は、ある意味、趣味的というか、自由気まま、興味のある分野に首を突っ込んでいるような印象がある。その点はジュリアン・レノンとは違うようだ。ただ、ふたりとも商業主義に毒された音楽業界には辟易していて、ジュリアンの方は実際に、7年間くらい活動を休止していた時もあったし、ショーンは2006年以来は自身のソロ・アルバムを発表していない。

 そんな中でショーン・レノンは、お友だちのチボ・マットやマリアンヌ・フェイスフル、映画音楽など様々な分野に触手を伸ばしていたが、プライマスというバンドのレス・クレイプールと一緒に2016年にアルバムを発表した。それが「モノリス・オブ・フォボス」だった。
 アルバム紹介に行く前に、プライマスというバンドについて簡単に触れると、1984年にカリフォルニアで結成されたオルタナティブ・ロック・バンドで、リーダーでベーシストのレス・クレイプールを中心にした3人組のバンドだった。

 とにかくこのレス・クレイプールという人は、音楽的素養のみならず何でも演奏するマルチ・ミュージシャンだが、特にそのベース・プレイヤーとしての演奏技術については高く評価されていて、現代ロック・シーンを代表するベーシストとして認められている。日本ではそんなに馴染みがないかもしれないけれど、欧米では人気のあるベテラン・ミュージシャンなのである。ちなみに55歳で、ショーンよりは一回り年上だ。

85dc099ca3b8553599db248606765208

 彼ら二人は、2015年に行われたプライマスの公演で知り合い、そこから本格的な活動が始まった。当時のショーン・レノンは、シャーロット・ケンプとのユニット・バンドであるゴースト・オブ・ア・セイバー・トゥース・タイガーに参加していて、たまたまプライマスとのジョイント・ライヴによって、ショーンとレス・クレイプールが意気投合して活動を始めようということになり、実際にアルバムを制作してしまった。ショーンもレス・クレイプールもマルチ・ミュージシャンだから、その気になればアルバムの1枚や2枚は簡単に作れるのだろう。C42306662c019fc83cdcac36c4d04945

 とにかく、ショーンとクレイプールは6週間かけて曲を作り、クレイプールのゲストハウスで機材を持ち込んでレコーディングを行った。資料によると、ドラムスとギターの多くはショーンが担当し、ベース・ギターとキーボードはクレイプールが演奏したようだ。レス・クレイプールによれば、ショーンのドラミングはリンゴ・スターとニック・メイソンの中間みたいな感じだったらしい。と言われても困るんだけど、的確なビートから空間を生かしたドラミングまで幅広いものだったのだろう。

 一方、ショーンの方はレス・クレイプールについてこのように述べていた。「レスほどの度量のある人と一緒に演奏するのは、名誉でもあり挑戦でもあった。猿や宇宙や性的倒錯についての悪魔っぽい曲を一掴みにっこりと授けてくれたのさ」確かにこのアルバムは、スペイシーでサイケデリック、ドリーミーでファンタジックな雰囲気で満ちていた。 81hhnbutiil__sl1500_
 全11曲、約50分のトリップ・ミュージックである。"The Monolith of Phabes"のリード・ボーカルはレス・クレイプールで、ショーンはメロトロンとドラムスを担当していて、アルバム冒頭から抽象的でベース音がブンブン鳴っている曲が置かれていた。
 続く"Cricket and the Genie"はムーヴメント1と2に分かれていて、前半の部分はまさに60年代のサイケデリック・ロック・サウンドで、クレイプールの”ブンブン”・ベース・プレイとショーンのドラミングが対抗している。後半は曲名通りのコオロギの鳴き声から始まり、基本はクレイプールのベース・ソロにメロトロンや呪文のようなボーカルが被さっていき、再びコオロギの鳴き声で閉じていく。まさに時代は60年代後半にトリップしたような感じがした。

 4曲目の"Mr.Wright"もまたクレイプールのベース音に、断続的で機械的なキーボードが装飾されているし、逆に"Boomerang Baby"ではショーンのリード・ボーカルと短いながらも彼のギター・ソロも光っている。また、転調の多い曲を彼の叩くドラムで巧みにリードしている。この曲はショーンがリードを取って制作されたのかもしれない。
 逆に、7曲目の"Captain Lariat"はレス・クレイプールのボーカルだし、彼のベース音が目立っていた。ショーンの方はギターとドラムス、メロトロンにコズミック・レイン・ドラムというよくわからない楽器を担当していて、恐らくだが曲作りの主導権を握っていた人がリード・ボーカルを担当しているのだろう。後半のベース・ソロとスペイシーなギターとの掛け合いというか融合が見事だった。

 曲調だけでなく、歌詞についても今のアメリカ社会を皮肉った"Ohmerica"やヘロインの怖さを訴えた"Oxycontin Girl"、盗撮魔の生態をとらえた"Mr.Wright"など、ユニークなものから風刺の効いたものまで幅広い。また、10曲目の哀愁に満ちたバラード曲"Bubbles Burst"は、あのマイケル・ジャクソンのペットだったチンパンジーのバブルス君のことを歌っているに違いない。2017年現在でも生きていることが確認されていたが、いまだにアメリカでも話題性はあるのだろうか。
 アルバムは、そのまま曲間もなく最後のインストゥルメンタル曲"There's No Underwear in Space"に繋がっていくのだが、クレイプールのベース音とショーンのギターとメロトロンで構成されたアヴァンギャルドな曲調だった。

 翌年彼らは、4曲入りのミニ・アルバムを発表した。その4曲はいずれもカバー曲で、ピンク・フロイドの"Astronomy Domine"、ザ・フーの"Boris the Spider"、説明不要の"The Court of the Crimson King"、そして日本を代表するサイケデリック・ロック・バンドのザ・フラワー・トラヴェリング・バンドによる"Satori part1"だった。いずれも原曲を忠実に再現していて、凝ったアレンジはほとんどなかった。
 この4曲を見ればわかるように、いかに彼らが60年代の終わりのサイケデリック・ロックやプログレッシヴ・ロックに影響を受けているかが分かると思う。また、フラワー・トラヴェリング・バンドの曲は母親のオノ・ヨーコの紹介からで、彼女がバンド・メンバーと知り合いだったり、東北大震災の被害のことを訴えたりするためにレコーディングしたようだ。81mujkf2hl__sl1500_

 そして、それから2年後の今年の2月、再び”ザ・クレイプール・レノン・デリリウム”名義でフル・アルバムが発表された。タイトルは「サウス・オブ・リアリティ」と名付けられていた。前作の「モノリス・オブ・フォボス」が、ビルボードの全米アルバム・チャートで84位と意外と高評価されたからだろうか、あまり時間を置くことなく9曲入り47分30秒のアルバムが世に届けられたのだ。

 前作がサイケデリック・ロック寄りだったのに対して、こちらのアルバムはよりプログレッシヴ・ロックを意識したような内容になっていて、1曲当たりの時間も長めに作られている。一方ではメロトロンの使用度は下がっているのだが、その分、ポップさが加わっている。
 アルバム冒頭の"Little Fishes"における中間部の"シャラララララ"などは、まさに60年代テイストだし、全体的に覚えやすいメロディーで構成されていた。続く"Blood and Rockets"もムーヴメント1と2に分かれていて、前半はポップなメロディにスペイシーなギターとキーボードが絡みつくといった様相で、4分過ぎからの後半ではスローに転調し、アルペジオのギターが中心となって進んでいく。例えていうなら、ザ・ビートルズの有名曲"Because"に"I Want You"の轟音ギターが添えられたような感じだ。51lkv06wkl

 アルバム・タイトル曲の"South of Reality"には”南の空に浮かぶ真実”という日本語タイトルが付けられていて、3分27秒というこのアルバムの中では短い曲だった。ここで聞かれるレス・クレイプールのベース奏法は、確かにザ・フーのジョン・エントウィッスルに似ている。アップテンポのシングル向きの曲で、こういう曲が含まれているところが前作よりも進歩した点ではないだろうか。

 4曲目の"Boriska"では久しぶりにメロトロンを聞くことができて、私のようなメロトロン信者には涙が出るほどうれしかった。この曲も緊張感があってスリリングを覚えたし、意外といっては失礼だが、ショーンのギターとドラミングの腕前はかなりのものだと伺われた。
 次の"Easily Charmed By Fools"もレス・クレイプールのベース音が目立っていて、ショーンのギターが遠くで鳴っているかのように聞こえてきた。中間部のギターを用いた演奏は環境音楽風だったのに対して、3分50秒過ぎから急にアコースティック路線に変化し、収束していく。

 アルバム中一番長い7分47秒の曲が"Amethyst Realm"で、バックのキーボードとベースは不穏な雰囲気を湛えながらも、中間部のショーンのギターがそれを切り裂くかのように突如乱入してくる。このあたりのアレンジは古くはジェネシスが最近ではポーキュパイン・ツリーが得意とする部分であろう。また、5分過ぎからアップテンポになりメロトロンとエレクトリック・ギターがフィーチャーされていて、クラシカルなプログレッシヴ・ロックを踏襲しているかのようだ。しかし、この最後の2分間余りはわかりやすいし、非常にカッコいい。彼ら二人のチームワークもうまく行っているのであろう。

 "Todayman's Hour"は、どちらかというとサイケがかったザ・フーかキンクスだろう。ビートが強調されていて、恐らくはレス・クレイプール主導で作られたのだろう。そして、"Cricket Chronicles Revisited"は前作のアルバムの中の曲"Cricket and the Genie"の続編で、最初の5分間余りはインド風のラーガ・ロックで、後半はアコースティック・ギターをバックにナレーションが重ねられたサウンド・コラージュになっていた。よくまあこんな音楽を作れるなあと感心してしまった。
 そして最後の曲"Like Fleas"は、まるでピンク・フロイドのアコースティックな曲ミーツ60年代のビート・ミュージックといった感じで、今までのロック・ミュージックの中のいいところ取りのような気がした。ただそれがパクリでは終わらずに、きちんと自分たち流に再解釈しているところが素晴らしい点だと思っている。

 それからこのアルバムの国内盤には、2017年のミニ・アルバム4曲がボーナス・トラックとして収録されているので、もし購入して聞きたいのなら国内盤をお勧めする。お値段的にも他のアルバムと同価格だからでもある。71yruaw0bzl__sl1169_  いずれにしても、ストリーミングなどのデジタル・ミュージック全盛の現在で、重厚長大なプログレッシヴ・ロックを意識的に行っているところが潔いというか、趣味的というか、とにかく自分たちの好きな部類の音楽に取組んでいるところがよくわかるユニットである。自分たちの気の赴くままにおこなっているから長く続くことはないだろうが、できればプログレッシヴ・ロックの歴史を塗り替えてくれるようなアルバムを期待しているのである。

| コメント (0)

2019年3月18日 (月)

ジョン・ロッジ

 1960年代末から80年代後半まで一世を風靡したイギリスのプログレッシヴ・ロック・バンドのムーディー・ブルースのスピン・オフ第3弾は、ジョン・ロッジの登場である。
 彼は、ジャスティン・ヘイワードとともに後からバンドに加入したメンバーだったが、ジャスティン・ヘイワードとともにバンドを発展させた功労者でもあった。P05phr0l
 何しろ曲が書けることが彼の強みだったし、しかもロックン・ロールからフォーク調、バタード・タイプの曲まで、幅広く対応できるところも彼の才能の片鱗を示すものだった。
 ムーディー・ブルースの曲でいうと、1972年のアルバム「セヴンス・ソジャーン」からシングル・カットされた"I'm Just A Singer"であり、そこではノリのよいロックン・ロールを聞くことができるし、1971年の「童夢」には愛する娘に捧げた牧歌的な"Emily's Song"が、1969年の「子どもたちの子どもたちの子どもたちへ」には"Candle of Life"という感動的なバラードが彼の手によって提示されていた。

 基本的には、ムーディー・ブルースのメンバーは、全員が曲も書けて歌も歌えるし、複数の楽器を巧みに操る有能なミュージシャンの集まりだった。だから、それだけでもバンドが有名になる要素はあったのだが、その中においてもジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジの才能は、ある意味、突出していたともいえるだろう。Ob_0f4eba_8f1060abd68d1b07b14a7d65e
 ジョン・ロッジは、1945年生まれなので、今年で74歳になる。イギリスのバーミンガム出身で、バーミンガム工科大学に入学したものの、学業にはさっぱり興味を示さず、好きな音楽で身を立てようと、バーミンガム市内のパブやクラブで活動を始めた。小さい頃から彼のアイドルは、バディ・ホリーであり、ジェリー・リー・ルイスだったから、彼の作る楽曲にもその影響が反映されていた。

 1966年にはジャスティン・ヘイワードとともにムーディー・ブルースに参加して、本格的に音楽活動を開始した。それ以降は、バンドのメンバーと切磋琢磨しながら音楽的キャリアを追及し、数々の名曲をアルバムに刻んできたのである。
 そして、ムーディー・ブルースが活動を休止した1972年以降、バンド・メンバーはソロ活動を始めていった。

 ジョン・ロッジはジャスティン・ヘイワードとともに、アルバム「ブルー・ジェイズ」を1975年に発表する。全英アルバム・チャートの4位を記録したこのアルバムについては、前回述べたので割愛するが、それから2年後の1977年には、今度は完全なソロ・アルバムになる「ナチュラル・アヴェニュー」を発表した。
 盟友のジャスティン・ヘイワードも同じ年に、競い合っていたのか、偶然だったのかはわからないが、「ソングライター」という傑作ソロ・アルバムを発表していた。これもユングの唱えた“シンクロニティ”ということに該当するのだろうか。

 それはともかく、オリジナルのアルバムは10曲で構成されていて、すべてジョン・ロッジの手によるものだった。1曲目の"Intro to Children of Rock'n'Roll"は文字通り1分4秒しかないイントロで、最終曲の"Children of Rock'n'Roll"と対をなすものだった。アコースティック・ギターをバックに美しく歌われている。

 2曲目の"Natural Avenue"はゴージャスなロックン・ロールで、何となく50年代を思わせるような雰囲気を備えていた。チェット・アトキンス風のギターは、スティーヴ・シンプソンという人が演奏しているし、サックスはあの大御所メル・コリンズが、ハーモニカはジョン自身が担当していた。聞いているこちら側までが楽しくなってくる曲だ。

 次の"Summer Breeze, Summer Song"はストリングスが曲に厚みをつけていて、曲全体は、タイトル通りの真夏の爽やかな朝を思わせるようなミドルテンポの曲だった。こうやって聞いていると、ジョン・ロッジの豊かな才能を感じさせてくれる。ちなみにここでのサックス・ソロは、ジミー・ジュエルという人が演奏していた。

 "Carry Me (a song for Kristian)"は、ロマンティックなバラードで、ここでもブライアン・ロジャーズが担当するオーケストラが効果を発揮している。メロディラインが美しいし、オーケストラも甘美になりすぎずに、程よい心地よさだった。途中のオーボエやピッコロなどが牧歌的で素朴な雰囲気を高めていた。

 当時のレコードのサイドAでの最後の曲は、"Who Could Change"で、このアルバムの中で最もバラードらしいバラードである。壮大なオーケストレーションに乗って、ジョンは切々と歌っていて、ピアノも彼自身が弾いていた。こういう素晴らしい曲が書けるのであれば、わざわざムーディー・ブルースで歌わなくてもいいのではないだろうか。そんな気もしないではない。

 サイドBの1曲目は、軽快なロックン・ロールの"Broken Dreams, Hard Road"で、ロックン・ロールとはいいながらも、ここでもオーケストラが使用されているし、途中一旦ブレイクしてスローになり、またメイン・テーマに戻っている。ここでのサックスもジミー・ジュエルで、ギターはスティーヴ・シンプソンだった。

 次の"Piece of My Heart"は三拍子のリズムで、ギターはあのクリス・スぺディングが担当していた。クリスは5曲目の"Who Could Change"でも弾いていたのだが、オーケストラの陰に隠れてよく聞こえなかった。でも、ここでは短いながらも印象的なソロを聞かせてくれている。

 このタイトルを見れば、ああきっとバラードだろうと、誰しもが思うはずだ。"Rainbow"という曲は、その名前のような印象に残るバラード曲で、もちろんオーケストラも前面に出ているのだが、クリス・スぺディングのギターも時おり顔をのぞかせてくれる。クリスは"Broken Dreams, Hard Road"以外のサイドBの曲全てに参加していた。

 サイドBの4曲目"Say You Love Me"もバラード曲で、このアルバムで気に食わないところはバラード曲が続いているこの部分だった。こうバラード曲が続くと、何となくジョンが、バラード歌手にでもなったような感じがしてきて、よくない。クリスのギターはこっちの曲の方で目立っているので、前曲の"Rainbow"をもう少し勢いのある曲と差し替えればもっと良くなったのではないだろうか。
 何しろ当時の時代は、パンクなのだ。パンク・ロックと対抗しろとは言わないけれど、これでは時代遅れとか、“ジュラ紀の生き残りの恐竜”と言われても仕方ないだろう。時代の空気感をもう少し反映させてもよかったのではないだろうか。

 そしてアルバム最後の曲が、冒頭の曲を展開させた"Children of Rock'n'Roll"だった。タイトル通りのロックン・ロールで、イントロはゆっくりながらも、やがてミディアム調のロックン・ロールになり、豊かなオーケストレーションやクリス・スぺディングのギターがフィーチャーされてくる。何となくジェフ・リン率いるエレクトリック・ライト・オーケストラの曲を思い出させてくれた。

 ちなみに、このアルバムでは、ケニー・ジョーンズが全ての曲でドラムスを担当している。ある意味、豪華なメンバーが集まっているが、これはジョンが皆に声をかけて集まってもらったという。またこのアルバムは、チャート的には全英で38位、全米で121位を記録した。パンク全盛時代に、よく健闘したのではないかと思っている。また、アルバム・ジャケットは、御覧の通り、あのロジャー・ディーンが手掛けていた。51fpklp5ral
 この「ナチュラル・アヴェニュー」は、良い曲はあるものの、個人的にはバラード色が強すぎて、あまり好きになれなかったのだが、このアルバムから38年後の2015年に、ジョン・ロッジは、2枚目のソロ・アルバムを発表した。「10000ライト・イヤーズ・アゴー~10000光年前に」というタイトルのアルバムだったが、このアルバムが結構イケるし、お薦めなのである。

 全8曲、31分余りしかないのだが、曲が絞り込まれているし、現代風のキレのあるアレンジが施されていて、カッコいいのだ。特に1曲目から3曲目、4曲目まではお勧めである。91xygtgb4ol__sl1500_
 1曲目の"In My Mind"は、ボーカルが始まるまでは、デヴィッド・ギルモアの曲といわれても分からないほどだ。艶とタメのあるギター、バックのコーラス(これは男性コーラス、女性ならまさにギルモアの世界である)、中間部のブルージィーで空間を生かしたギター・ソロなどは、一度は聞いておいて損はないだろう。ギターは前作に続いてクリス・スぺディングが担当していて、絶対にギルモアを意識しているよなと思わせるほど絶妙なのだった。

 2曲目"Those Days in Birmingham"は、ジョンらしいロックン・ロール曲で、ここでもクリス・スぺディングのギターがフィーチャーされているから、疾走感がある。ドラムスはゴードン・マーシャルという人が担当していて、この人は1991年からムーディー・ブルースのライヴに参加している人で、そういう意味でもジョン・ロッジとは息があったのだろう。

 このアルバム制作時のジョンの年齢は70歳だったから、とても70歳の人が作ったアルバムとは思えないほどロックしていたのである。
 3曲目の"Simply Magic"には、何とフルートにはレイ・トーマスが、メロトロンにはマイク・ピンダーが参加していて、曲に色どりを備えていた。アコースティック・ギターがメインの爽やかな曲で、レイのフルートもマイクのメロトロンも表に出過ぎず、裏に隠れ過ぎず、絶妙な塩梅で盛り上げていた。なかなかの佳曲だし、もっと長く聞きたいと思った。

 4曲目の"Get Me Out Of Here"は、ミディアム調ながらも力強い作風を感じさせてくれた。ミキシングが残響を大事にしているのと同時に、余分なものをカットしているからだろうし、クリス・スぺディングのスライド・ギター風の演奏が曲にモダンな印象を与えているからだろう。

 逆に、次の"Love Passed Me By"では、マイク・ピゴットという人のバイオリンがフィーチャーされていて、何となく1920年代のダンスホールのような感じがした。もっとロック調で統一したなら、このアルバムは話題になっただろうし、セールス的にも好調だっただろう。統一感がないのが、ジョン・ロッジの、いい意味でも悪い意味でも、特徴だと思っている。

 6曲目の"Crazy"はまた正統的なロックン・ロールに戻っていた。クリスのギターとアラン・ヒューイットのジェリー・リー・ルイスのようなピアノ演奏は、微妙なバランスを保っていて、御年70歳のボーカルを手助けしていた。
 アラン・ヒューイットという人はアメリカ人で、ジャズからファンク、R&Bにロックン・ロールと幅広く何でもこなすキーボーディストで、2010年よりムーディー・ブルースのツアー・キーボーディストを務めているミュージシャンである。

 続く"Lose Your Love"は哀愁味あふれるロッカ・バラードで、前作のバラードよりも飾り気がなくシンプルで、それがかえっていい味を出している。アルバムに1曲でいいから、こういうバラードを入れてほしいものである。

 そして最後の曲は、アルバム・タイトルの"10000 Light Years Ago"である。このアルバムのテーマについて、ジョンはこのように言っていた。“未来はいつでも手の届くところにある。でもけれど過去は永遠に去ってしまう”、また、“過去の全てが今の自分に結実しているように、このアルバム全体もこの曲に帰結している”とも述べていて、この曲に力を入れて作ったことが伺えた。

 曲自体もミディアム調で、まとまっているし、クリスのギターやアランのキーボードも曲のアレンジに貢献していた。もう少し長めにアレンジするか、冒頭の曲のギルモア風のスペイシーなギター・ソロがフィーチャーされると、もっと印象的になったのではないだろうか。Johnlodgecruiseinterviewjpg
 いまだに現役で活躍しているジョン・ロッジであるが、おそらくこのアルバムが最後のソロ・アルバムになるだろうと思っている。そういう意味では、プログレッシヴ・ロック史には残らないけれど、隠れた必聴盤だと後世に評価されるのではないかと思っている。

| コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧