2019年12月 9日 (月)

ロンリー・ロボット(3)

 さて、冬のプログレッシヴ・ロック特集の第2弾は、ジョン・ミッチェル率いるロンリー・ロボットの新しいアルバム「アンダー・スターズ」についてである。
 このロンリー・ロボット名義でのアルバムは、3部作になっている。最初は2015年の「プリーズ・カム・ホーム」、次は2017年の「ザ・ビッグ・ドリーム」で、今作は3枚目、最終作にあたる。テーマは、「宇宙飛行士の惑星間旅行」といったところだろう。

 前にも書いたけれど、ジョン・ミッチェルという人はワーカホリックな人で、所属しているバンドだけでも、フロスト*、アリーナ、キノ、イッツ・バイツ、ジ・アーベインがあり、元ジェスロ・タルのギタリストだったマーティン・バレのバンドでは歌も歌っていた。そしてソロ活動も同時並行で行っている。このロンリー・ロボットは、この3部作のアルバム制作のためのプロジェクトと考えた方がいいのかもしれない。基本はジョン・ミッチェル主導のバンドであり、すべての曲を書き、レコーディングからプロデュース、ミキシングにマスタリングまでジョンが手掛けているからだ。また、ギターとベース、キーボードにボーカルと八面六臂の活躍である。 Johnmitchell

 ロンリー・ロボットとしては、ドラムスにはクレイグ・ブランデルが3枚のアルバムを通して参加しているし、今作の「アンダー・スターズ」では、ゲスト・ベーシストとしてスティーヴ・ヴァントシスという人が、全11曲中6曲に参加していた。前作のセカンド・アルバムでは、基本的にはジョンとクレイグで制作していたから、今回は外部から人を招いたということになる。ファースト・アルバムでは多くのゲスト・ミュージシャンが参加していたから、今作では最低限のゲストを招いたということだろう。

 もともとジョンは、すべて自分の手でコントロールしたアルバムを制作してみたいと考えていて、しかも内容的には、SFを中心にした人類の進歩と発展について、プログレッシヴ・ロックとして表現していきたいと考えていた。そして、彼の考えを具現化するために、3枚のアルバムを通して展開する宇宙飛行士の旅路という物語を描いてきた。それが2015年から始まった3部作に結実したのだろう。81quc1swwfl__sl1500_

 アルバムは、交信中のノイズのようなSEで始まる。"Terminal Earth"というインストゥルメンタルで、1分55秒で終わってしまう。地球から離れ、宇宙へと旅立つ模様を描いているのだろうか。
 続く"Ancient Ascendant"はややヘヴィなリフをもとに組み立てられたボーカル入りトラックで、スペイシーなキーボードと繰り返されるリフが曲の緊張感を否が応でも高めていく。基本的に、ジョン・ミッチェルという人はギタリストだと思っているのだが、この曲では華麗なギター・ソロは含まれておらず、むしろキーボードのサウンドの方が目立っている。もちろんジョンが弾いているのだが、マルチ・ミュージシャンともなると、どんな楽器でも特にこだわることなく、何でも手にして演奏してしまうのだろう。

 3曲目の"Icarus"では無機質なビートの上を、薄っぺらいシンセサイザーの音とボコーダーを通したボーカルが流れていく。突如サビのフレーズに変化し、また元のビートに戻る。基本的にはこの繰り返しなのだが、このサビのフレーズが妙にポップでメロディアス、一度耳にするとなかなか頭の中から消えていかないという厄介さが、たぶんファンならたまらない至極の一瞬になるはずだ。

 突然"Icarus"が終わって、アルバム・タイトル曲の"Under Stars"が始まる。この曲もまたポップで耳になじみやすい。夏の夜空を眺めながら聞くと、妙に気分が高揚し、自然の摂理や宇宙、生命の尊厳さなど、普段は考えも及ばないようなことが頭に浮かんできそうだ。途中のギター・ソロもファンタジックで、さすがジョン・ミッチェルといったところだろう。デヴィッド・ギルモアほどくどくなく、かといって決して軽いわけではない。ただ少し短めなので、もっと長く聞きたいと思ってしまった。

 "Authorship of Our Lives"もまたソングオリエンティッドな曲。ミディアム・テンポながらも印象的なメロディーや、やや複雑な曲構成などが歌ものとは言え、やはりプログレッシヴ・ロックのテイストを備えている。中盤でのギター・ソロは速いパッセージを含んではいるものの、曲の趣向に合わせているといった感じで、テクニックをひけらかすのではなく、曲の印象度を高める効果を狙っているようだ。

 "The Signal"では、まるでパルス信号のようなドラムのビートと並行して、薄い雲のようなキーボードの装飾音がかかっている。バラード系の曲なのだろうが、どこか宇宙空間を浮遊しているような、そんな音響空間も提示してくれている。ボーカルがなければ、宇宙遊泳のシーンのBGMに最適だろう。81cvyrravgl__sl1500_

 7曲目の"The Only Time I Don't Belong is Now"では、イントロのギターから突如ジョンのボーカルが入ってくる。途中から転調して一気にスピードアップし、曲が流れていくが、また元に戻る。この調節というか進行をつかさどっているのが、ジョンのギターである。リードの部分は短いものの、曲の流れをうまくつかんで緩急をつけさせているし、バックに徹するときは、まるでU2のエッジのギターのように決して表には出てこないものの、抜群のタイミングでバックアップを図っている。エンディングの部分は分厚いキーボードも重なり、終局へと向かい突如として終わってしまう。まるでジョン・レノンの"I Want You"のようだ、曲調は全く違うけれど。

 "When Gravity Fails"は、まるでドラムンビートのような打楽器で始まり、クリムゾンのような激しいリフが流される。この「アンダー・スターズ」では、"Icarus"や"Under Stars"のような美メロの曲と、"Ancient Ascendant"やこの曲のような激しさを前面に出した曲と二極に分かれているのではないだろうか。この曲だけを聞けば、確かにクリムゾンのフォロワーのようなバンドやミュージシャンだろうと思われてしまうに違いない。途中のジョンのギターもグネグネしていて、つかみどころがないほど混沌としていたが、最後のソロはしっかりと聞かせてくれている。

 混沌の次は静寂なのか。"How Bright is the Sun?"は静かな出だしで始まり、徐々にリズムやキーボードが加わってくる。そしてまたこの曲のサビのフレーズも印象度が強く、こういうバラード系の曲にはピッタリとあてはまっている。またジョンのギター・ソロも伸びがあり艶やかだ。何度も言うが、ギルモアほどくどくなく、アンディ・ラティマーほど伸び切ってはいない。それでも、この曲にはこのギター・ソロでしょうという感じで、実にツボを押さえたフレージングとサスティーンが素晴らしい。

 "Inside This Machine"はインストゥルメンタルで、最初は軽妙なギターが突如として存在感を発揮し始め、ついには前面に出てきて全てをつかさどってしまう。この展開が技巧的であり修飾的でもある。そして最後は元に戻って消えていくのである。

 そして11曲目、最終曲である"An Ending"が始まる。ナレーションから曲に移り、短いフレーズが繰り返されて、ピアノとキーボードの音とともにフェイドアウトしてしまう。余韻を残す終わり方である。71gkkuigs0l__sl1200_

 輸入盤CDには、"How Bright is the Sun?"と"Under Stars"の別ミックスのバージョンが収められているが、特にこれといった違いは見られない。また、この三部作となる物語の序章が"Lonely Robot-Chapter One: Airlock"というタイトルのもと、ナレーションで語られているが、英語に疎い私にはあまり関係はないだろう、受験生には適しているのかもしれないが...

 ともかく、このアルバムもプログレッシヴ・ロックの範疇に属するものの、"歌ものアルバム"だった。ただそれが悪いというわけではなく、ドラマティックな曲展開と三部作の最後を飾るという特色にマッチしている点では、評価されるのではないだろうか。

 この"ロンリー・ロボット"というジョン・ミッチェルのバンドは、上にも書いているけれど、この三部作のアルバムを制作するために生まれたプロジェクトなのかもしれない。だから、ひょっとしたらこのアルバムを最後に解散するのかもしれないし、しばらくは活動を休止するのかもしれない。何しろ一つ場所にじっくりと腰を落ち着けておくことができないジョンだからだ。Photo_20191101214301  この三部作を私たちに残して次の場所に移動するのだろう、ちょうど宇宙を航行するスターシップのように。彼らと再び邂逅できるように、もう一度、最初の「プリーズ・カム・ホーム」からじっくりと耳を傾けていきたいと思っている。

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2019年12月 2日 (月)

ザ・ミュート・ゴッズの新作

 ザ・ミュート・ゴッズがニュー・アルバムを発表した。タイトルは「無神論者と信者」というもので、彼らにとっては3枚目のスタジオ・アルバムになった。彼らのことは2018年の1月にこのブログで詳しく紹介しているのだが、もう一度簡単に振り返ってみることにする。

 ザ・ミュート・ゴッズは3人組のバンドで、中心者はベース・ギターやスティックを担当しているニック・ベッグスだろう。彼とスティーヴ・ハケット・バンドで一緒だったキーボーディストのロジャー・キングがスティーヴン・ウィルソン・バンドにいた超絶天才的ドラマーのマルコ・ミンネマンを誘って結成された。2014年頃のお話だ。Press_photos_02lo
 このバンドを例えていうと、21世紀のU.K.もしくはラッシュの再来といっていいかもしれない。3人組という共通点だけでなく、それぞれが超一流のテクニシャンだし、静かなバラード・タイプから激しいヘヴィ・ロックまで幅広いミュージック・レンジを誇っているからだ。

 デビュー・アルバムは「ドゥ・ナッシング・ティル・ユー・ヒア・フロム・ミー」というタイトルで、2016年に発表された。セカンド・アルバムの「緩歩動物は地球を受け継ぐだろう」は翌年2017年のリリースだった。個人的な感想だが、最初のアルバムはポーキュパイン・ツリーのように幻想的かつテクニカルな雰囲気を湛えていたが、セカンド・アルバムになるとスティーヴ・ハケットのように、演奏面よりもボーカル面に力点が移ったように思えた。だから、3枚目のアルバムはどっちの方向性に行くのだろうかと興味津々でいたのだが、サード・アルバムはプログレッシヴ・ロックから大きく離れて、歌ものアルバムになったようだ。

 また、アルバムの方向性はニック・ベッグスがこのように述べていた。『このアルバムの中心となるメッセージは、真実はもはや流行していないという理由で、私たちが愚かな人間に権力を与え、教育を受け、知識のある専門家に耳を傾けていないということだ』私の理解力ではよくわからないのだが、何となく現代社会の閉塞状況を述べているようには思える。とにかく、1曲ずつ聞いて内容を確認していきたい。81d0skjreul__sl1500_

 アルバムは10曲で構成されている。一般的に、プログレッシヴ・ロックのアルバムにおいては曲数は、そんなに多くはない。イエスの「危機」は全3曲だし、クリムゾンのデビュー・アルバムは5曲しかなかった。マイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」なんかはレコードの表と裏がpart1とpart2に分かれていただけだった。

 それがこのアルバムでは10曲も収められていて、時間的にも57分27秒、3分から6分ぐらいの曲が多く、一番長い曲でも8分32秒だった。こうなると、厳しいプログレ・ファンなら、このアルバムはプログレッシヴ・ロックではないと言うかもしれない。私も微妙なアルバムだと思っている。

 1曲目の"Atheists and Believers"では、アメリカ政府が隠しているUFO関連の資料が外部に漏れないように、NASAが地球外知的生命体探査を行っているという仮説について書かれた曲のようだ。曲の感じとしてはギター・ソロやキーボードが目立つポップ・ソングといったところか。ポップと言っても売れ線狙いの歌謡曲風のようなものではなくて、メロディラインがはっきりしていて、耳になじみやすいという意味でのポップである。

 続く"One Day"はゆったりとした曲調で、何となく80年代のティアーズ・フォー・フィアーズを思い出された。この曲には、カナダのバンドであるラッシュのギタリストであるアレックス・ライフソンが参加していて、様々な弦楽器を演奏しているといわれているが、歌詞カードには12弦ギター、アコースティック・ギター、マンドリンとアンビエント・ギター担当と記載されていた。アンビエント・ギターって、ギター・シンセサイザーみたいなものだろう。要するに、アンビエントな雰囲気を醸し出すのだから。

 "Knucklehed"では、変則リズムとビンビン響くベース音(昔はチョッパー・ベースって言っていたよなあ)が強調されていて、いよいよプログレッシヴ・ロックの世界に誘ってくれるのかと期待していたのだが、やはり3分くらいまではボーカルが目立っていて、そのあとはポエトリー・リーディングのようなつぶやきが聞こえてきてキーボード・ソロへと展開していく。曲の雰囲気や展開は十分にプログレッシヴ・ロックの水準を満たしているのだが、聞き終わってみるとやっぱり歌ものだなあと感じてしまった。

 4曲目の"Envy the Dead"では、ドリーム・シアターのようなヘヴィなロック・サウンドを基盤にして、ニック・ベッグスとロジャー・キングのギター・サウンドを堪能することができる。"死者をうらやむ"というのはもちろんブラック・ジョークで、この非情な世界で生きていくよりは死んだほうがまだましだと思っている人たちの視点で作られたことから来ている。

 このアルバムには2曲のインストゥルメンタルが収められていて、そのうちの1曲が"Sonic Boom"である。この曲はリズムに注意が向けられて作られた曲で、中間部分ではレゲエ調のビートも収録されている。ドラムをたたいているのはマルコ・ミンネマンではなくて、スティーヴン・ウィルソンのバンドでドラムスを担当しているクレイグ・ブランデルという人で、ニックが彼の演奏スタイルを気に入っていてそれを意識して書かれた曲だった。81lv1m6xo3l__sl1500_

 個人的に好きな曲が"Old Man"で、もちろんニール・ヤングの曲ではない。3分45秒と短い曲で、基本はアコースティックである。特に、フルートとソプラノ・サックスがフィーチャーされていて、担当しているのはスティーヴ・ハケット・バンドのロブ・タウンゼントという人だった。曲の感触としては、キャメルか70年代のジェネシスの様で、叙情味あふれる興趣を備えている。

 次の"The House Where Love Once Lived"も穏やかなバラード風で、ニックの個人的な出来事(離婚や再婚のこと)について歌われている。完全に私小説風景が展開されていて、特に社会的メッセージ性があるものではない。こういうところが「歌ものアルバム」と私が勝手に命名した点である。ちなみに、歌っているのはもちろん自分のことだからニックで、彼はキーボードとフレットレス・ベースも担当している。途中のギター・ソロはマルコ・ミンネマンが演奏をしていた。彼はドラマーだけでなく、どうやらマルチ・ミュージシャンのようだ。

 8曲目の"Iridium Heart"はメッセージを含んだ曲だ。いま欧州を中心に(日本でもそうかもしれない)ポピュリズムの嵐が吹き荒れているが、そのルーツを歌った曲で、イントロのシンセサイザーはナチズムによって主導されたベルリン・オリンピック開会式のファンファーレをイメージしているという。ちなみにイリジウムとは原子番号77の元素のことで、単体では虹のような様々な色を発言すrといわれていて、レアメタルのひとつでもある。見かけはいいが実態としてはほとんど見られないポピュリズムのことを例えているのだろうか。また、隕石には多く含まれていて、白亜紀以降の地層には含まれていることが多く、このことから隕石の衝突で恐竜が滅んだという物証にも挙げられている。ダークな曲調がイリジウムの説明に拍車をかけているようだ。

 "Twisted World, Godless Universe"もまた、暗澹たる内容を含んでいるようで、タイトルからして希望の見えない社会を告発している。ニック・ベッグスに言わせれば、『これは人の心の中の善と悪、光と影との対決を表している』ようだが、果たして勝利するのはどちらなのか確証がないようだ。女性のボーカル・パートはニックの娘さんが歌っているとのこと。この曲もプログレッシヴ・ロック風のポピュラー・ミュージックだろう。8分32秒もある割には、楽器のソロ・パートなどはなくて、一気に終盤まで進んでしまった。もう少し各人のテクニックを発揮してほしかった。

 最後の曲"I Think of You"はインストゥルメンタルで、ニックが17歳の時に亡くなった母親ジョーンのためのレクイエムだ。母親は38歳で亡くなったという。ロジャー・キングはピアノを演奏し、ニックはウィンドチャイムを担当している。また、この曲でもロブ・タウンゼントのベース・クラリネットが哀愁さと静謐さを醸し出していて、曲に一瞬で消えていく流れ星のような儚さを添えている。The_mute_gods

 とにかくこのアルバムは、ジャンルはプログレッシヴ・ロックの範疇に収まるのだろうけれども、内容的には"歌ものポピュラー・ソング集"なのである。ただそれが高機能なテクニックを身に着けているミュージシャンたちによって演奏されているという点が、ほかのポピュラー・ミュージックのアルバムと一線を画しているのである。

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2019年7月15日 (月)

ショーン・レノン(2)

 ショーン・レノンの第2弾プログレ編である。本当は冬場のプログレッシヴ・ロック特集で扱おうかなと思っていたし、前回のこのブログでもそういうふうに記述してあったと思うけれど、冬まで待てなかったというか、果たしてプログレッシヴ・ロック特集ができるかどうかわからなかったので、先に紹介することにした。

 以前にも書いたけれど、ショーン・レノンの音楽は、ある意味、趣味的というか、自由気まま、興味のある分野に首を突っ込んでいるような印象がある。その点はジュリアン・レノンとは違うようだ。ただ、ふたりとも商業主義に毒された音楽業界には辟易していて、ジュリアンの方は実際に、7年間くらい活動を休止していた時もあったし、ショーンは2006年以来は自身のソロ・アルバムを発表していない。

 そんな中でショーン・レノンは、お友だちのチボ・マットやマリアンヌ・フェイスフル、映画音楽など様々な分野に触手を伸ばしていたが、プライマスというバンドのレス・クレイプールと一緒に2016年にアルバムを発表した。それが「モノリス・オブ・フォボス」だった。
 アルバム紹介に行く前に、プライマスというバンドについて簡単に触れると、1984年にカリフォルニアで結成されたオルタナティブ・ロック・バンドで、リーダーでベーシストのレス・クレイプールを中心にした3人組のバンドだった。

 とにかくこのレス・クレイプールという人は、音楽的素養のみならず何でも演奏するマルチ・ミュージシャンだが、特にそのベース・プレイヤーとしての演奏技術については高く評価されていて、現代ロック・シーンを代表するベーシストとして認められている。日本ではそんなに馴染みがないかもしれないけれど、欧米では人気のあるベテラン・ミュージシャンなのである。ちなみに55歳で、ショーンよりは一回り年上だ。

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 彼ら二人は、2015年に行われたプライマスの公演で知り合い、そこから本格的な活動が始まった。当時のショーン・レノンは、シャーロット・ケンプとのユニット・バンドであるゴースト・オブ・ア・セイバー・トゥース・タイガーに参加していて、たまたまプライマスとのジョイント・ライヴによって、ショーンとレス・クレイプールが意気投合して活動を始めようということになり、実際にアルバムを制作してしまった。ショーンもレス・クレイプールもマルチ・ミュージシャンだから、その気になればアルバムの1枚や2枚は簡単に作れるのだろう。C42306662c019fc83cdcac36c4d04945

 とにかく、ショーンとクレイプールは6週間かけて曲を作り、クレイプールのゲストハウスで機材を持ち込んでレコーディングを行った。資料によると、ドラムスとギターの多くはショーンが担当し、ベース・ギターとキーボードはクレイプールが演奏したようだ。レス・クレイプールによれば、ショーンのドラミングはリンゴ・スターとニック・メイソンの中間みたいな感じだったらしい。と言われても困るんだけど、的確なビートから空間を生かしたドラミングまで幅広いものだったのだろう。

 一方、ショーンの方はレス・クレイプールについてこのように述べていた。「レスほどの度量のある人と一緒に演奏するのは、名誉でもあり挑戦でもあった。猿や宇宙や性的倒錯についての悪魔っぽい曲を一掴みにっこりと授けてくれたのさ」確かにこのアルバムは、スペイシーでサイケデリック、ドリーミーでファンタジックな雰囲気で満ちていた。 81hhnbutiil__sl1500_
 全11曲、約50分のトリップ・ミュージックである。"The Monolith of Phabes"のリード・ボーカルはレス・クレイプールで、ショーンはメロトロンとドラムスを担当していて、アルバム冒頭から抽象的でベース音がブンブン鳴っている曲が置かれていた。
 続く"Cricket and the Genie"はムーヴメント1と2に分かれていて、前半の部分はまさに60年代のサイケデリック・ロック・サウンドで、クレイプールの”ブンブン”・ベース・プレイとショーンのドラミングが対抗している。後半は曲名通りのコオロギの鳴き声から始まり、基本はクレイプールのベース・ソロにメロトロンや呪文のようなボーカルが被さっていき、再びコオロギの鳴き声で閉じていく。まさに時代は60年代後半にトリップしたような感じがした。

 4曲目の"Mr.Wright"もまたクレイプールのベース音に、断続的で機械的なキーボードが装飾されているし、逆に"Boomerang Baby"ではショーンのリード・ボーカルと短いながらも彼のギター・ソロも光っている。また、転調の多い曲を彼の叩くドラムで巧みにリードしている。この曲はショーンがリードを取って制作されたのかもしれない。
 逆に、7曲目の"Captain Lariat"はレス・クレイプールのボーカルだし、彼のベース音が目立っていた。ショーンの方はギターとドラムス、メロトロンにコズミック・レイン・ドラムというよくわからない楽器を担当していて、恐らくだが曲作りの主導権を握っていた人がリード・ボーカルを担当しているのだろう。後半のベース・ソロとスペイシーなギターとの掛け合いというか融合が見事だった。

 曲調だけでなく、歌詞についても今のアメリカ社会を皮肉った"Ohmerica"やヘロインの怖さを訴えた"Oxycontin Girl"、盗撮魔の生態をとらえた"Mr.Wright"など、ユニークなものから風刺の効いたものまで幅広い。また、10曲目の哀愁に満ちたバラード曲"Bubbles Burst"は、あのマイケル・ジャクソンのペットだったチンパンジーのバブルス君のことを歌っているに違いない。2017年現在でも生きていることが確認されていたが、いまだにアメリカでも話題性はあるのだろうか。
 アルバムは、そのまま曲間もなく最後のインストゥルメンタル曲"There's No Underwear in Space"に繋がっていくのだが、クレイプールのベース音とショーンのギターとメロトロンで構成されたアヴァンギャルドな曲調だった。

 翌年彼らは、4曲入りのミニ・アルバムを発表した。その4曲はいずれもカバー曲で、ピンク・フロイドの"Astronomy Domine"、ザ・フーの"Boris the Spider"、説明不要の"The Court of the Crimson King"、そして日本を代表するサイケデリック・ロック・バンドのザ・フラワー・トラヴェリング・バンドによる"Satori part1"だった。いずれも原曲を忠実に再現していて、凝ったアレンジはほとんどなかった。
 この4曲を見ればわかるように、いかに彼らが60年代の終わりのサイケデリック・ロックやプログレッシヴ・ロックに影響を受けているかが分かると思う。また、フラワー・トラヴェリング・バンドの曲は母親のオノ・ヨーコの紹介からで、彼女がバンド・メンバーと知り合いだったり、東北大震災の被害のことを訴えたりするためにレコーディングしたようだ。81mujkf2hl__sl1500_

 そして、それから2年後の今年の2月、再び”ザ・クレイプール・レノン・デリリウム”名義でフル・アルバムが発表された。タイトルは「サウス・オブ・リアリティ」と名付けられていた。前作の「モノリス・オブ・フォボス」が、ビルボードの全米アルバム・チャートで84位と意外と高評価されたからだろうか、あまり時間を置くことなく9曲入り47分30秒のアルバムが世に届けられたのだ。

 前作がサイケデリック・ロック寄りだったのに対して、こちらのアルバムはよりプログレッシヴ・ロックを意識したような内容になっていて、1曲当たりの時間も長めに作られている。一方ではメロトロンの使用度は下がっているのだが、その分、ポップさが加わっている。
 アルバム冒頭の"Little Fishes"における中間部の"シャラララララ"などは、まさに60年代テイストだし、全体的に覚えやすいメロディーで構成されていた。続く"Blood and Rockets"もムーヴメント1と2に分かれていて、前半はポップなメロディにスペイシーなギターとキーボードが絡みつくといった様相で、4分過ぎからの後半ではスローに転調し、アルペジオのギターが中心となって進んでいく。例えていうなら、ザ・ビートルズの有名曲"Because"に"I Want You"の轟音ギターが添えられたような感じだ。51lkv06wkl

 アルバム・タイトル曲の"South of Reality"には”南の空に浮かぶ真実”という日本語タイトルが付けられていて、3分27秒というこのアルバムの中では短い曲だった。ここで聞かれるレス・クレイプールのベース奏法は、確かにザ・フーのジョン・エントウィッスルに似ている。アップテンポのシングル向きの曲で、こういう曲が含まれているところが前作よりも進歩した点ではないだろうか。

 4曲目の"Boriska"では久しぶりにメロトロンを聞くことができて、私のようなメロトロン信者には涙が出るほどうれしかった。この曲も緊張感があってスリリングを覚えたし、意外といっては失礼だが、ショーンのギターとドラミングの腕前はかなりのものだと伺われた。
 次の"Easily Charmed By Fools"もレス・クレイプールのベース音が目立っていて、ショーンのギターが遠くで鳴っているかのように聞こえてきた。中間部のギターを用いた演奏は環境音楽風だったのに対して、3分50秒過ぎから急にアコースティック路線に変化し、収束していく。

 アルバム中一番長い7分47秒の曲が"Amethyst Realm"で、バックのキーボードとベースは不穏な雰囲気を湛えながらも、中間部のショーンのギターがそれを切り裂くかのように突如乱入してくる。このあたりのアレンジは古くはジェネシスが最近ではポーキュパイン・ツリーが得意とする部分であろう。また、5分過ぎからアップテンポになりメロトロンとエレクトリック・ギターがフィーチャーされていて、クラシカルなプログレッシヴ・ロックを踏襲しているかのようだ。しかし、この最後の2分間余りはわかりやすいし、非常にカッコいい。彼ら二人のチームワークもうまく行っているのであろう。

 "Todayman's Hour"は、どちらかというとサイケがかったザ・フーかキンクスだろう。ビートが強調されていて、恐らくはレス・クレイプール主導で作られたのだろう。そして、"Cricket Chronicles Revisited"は前作のアルバムの中の曲"Cricket and the Genie"の続編で、最初の5分間余りはインド風のラーガ・ロックで、後半はアコースティック・ギターをバックにナレーションが重ねられたサウンド・コラージュになっていた。よくまあこんな音楽を作れるなあと感心してしまった。
 そして最後の曲"Like Fleas"は、まるでピンク・フロイドのアコースティックな曲ミーツ60年代のビート・ミュージックといった感じで、今までのロック・ミュージックの中のいいところ取りのような気がした。ただそれがパクリでは終わらずに、きちんと自分たち流に再解釈しているところが素晴らしい点だと思っている。

 それからこのアルバムの国内盤には、2017年のミニ・アルバム4曲がボーナス・トラックとして収録されているので、もし購入して聞きたいのなら国内盤をお勧めする。お値段的にも他のアルバムと同価格だからでもある。71yruaw0bzl__sl1169_  いずれにしても、ストリーミングなどのデジタル・ミュージック全盛の現在で、重厚長大なプログレッシヴ・ロックを意識的に行っているところが潔いというか、趣味的というか、とにかく自分たちの好きな部類の音楽に取組んでいるところがよくわかるユニットである。自分たちの気の赴くままにおこなっているから長く続くことはないだろうが、できればプログレッシヴ・ロックの歴史を塗り替えてくれるようなアルバムを期待しているのである。

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2019年3月18日 (月)

ジョン・ロッジ

 1960年代末から80年代後半まで一世を風靡したイギリスのプログレッシヴ・ロック・バンドのムーディー・ブルースのスピン・オフ第3弾は、ジョン・ロッジの登場である。
 彼は、ジャスティン・ヘイワードとともに後からバンドに加入したメンバーだったが、ジャスティン・ヘイワードとともにバンドを発展させた功労者でもあった。P05phr0l
 何しろ曲が書けることが彼の強みだったし、しかもロックン・ロールからフォーク調、バタード・タイプの曲まで、幅広く対応できるところも彼の才能の片鱗を示すものだった。
 ムーディー・ブルースの曲でいうと、1972年のアルバム「セヴンス・ソジャーン」からシングル・カットされた"I'm Just A Singer"であり、そこではノリのよいロックン・ロールを聞くことができるし、1971年の「童夢」には愛する娘に捧げた牧歌的な"Emily's Song"が、1969年の「子どもたちの子どもたちの子どもたちへ」には"Candle of Life"という感動的なバラードが彼の手によって提示されていた。

 基本的には、ムーディー・ブルースのメンバーは、全員が曲も書けて歌も歌えるし、複数の楽器を巧みに操る有能なミュージシャンの集まりだった。だから、それだけでもバンドが有名になる要素はあったのだが、その中においてもジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジの才能は、ある意味、突出していたともいえるだろう。Ob_0f4eba_8f1060abd68d1b07b14a7d65e
 ジョン・ロッジは、1945年生まれなので、今年で74歳になる。イギリスのバーミンガム出身で、バーミンガム工科大学に入学したものの、学業にはさっぱり興味を示さず、好きな音楽で身を立てようと、バーミンガム市内のパブやクラブで活動を始めた。小さい頃から彼のアイドルは、バディ・ホリーであり、ジェリー・リー・ルイスだったから、彼の作る楽曲にもその影響が反映されていた。

 1966年にはジャスティン・ヘイワードとともにムーディー・ブルースに参加して、本格的に音楽活動を開始した。それ以降は、バンドのメンバーと切磋琢磨しながら音楽的キャリアを追及し、数々の名曲をアルバムに刻んできたのである。
 そして、ムーディー・ブルースが活動を休止した1972年以降、バンド・メンバーはソロ活動を始めていった。

 ジョン・ロッジはジャスティン・ヘイワードとともに、アルバム「ブルー・ジェイズ」を1975年に発表する。全英アルバム・チャートの4位を記録したこのアルバムについては、前回述べたので割愛するが、それから2年後の1977年には、今度は完全なソロ・アルバムになる「ナチュラル・アヴェニュー」を発表した。
 盟友のジャスティン・ヘイワードも同じ年に、競い合っていたのか、偶然だったのかはわからないが、「ソングライター」という傑作ソロ・アルバムを発表していた。これもユングの唱えた“シンクロニティ”ということに該当するのだろうか。

 それはともかく、オリジナルのアルバムは10曲で構成されていて、すべてジョン・ロッジの手によるものだった。1曲目の"Intro to Children of Rock'n'Roll"は文字通り1分4秒しかないイントロで、最終曲の"Children of Rock'n'Roll"と対をなすものだった。アコースティック・ギターをバックに美しく歌われている。

 2曲目の"Natural Avenue"はゴージャスなロックン・ロールで、何となく50年代を思わせるような雰囲気を備えていた。チェット・アトキンス風のギターは、スティーヴ・シンプソンという人が演奏しているし、サックスはあの大御所メル・コリンズが、ハーモニカはジョン自身が担当していた。聞いているこちら側までが楽しくなってくる曲だ。

 次の"Summer Breeze, Summer Song"はストリングスが曲に厚みをつけていて、曲全体は、タイトル通りの真夏の爽やかな朝を思わせるようなミドルテンポの曲だった。こうやって聞いていると、ジョン・ロッジの豊かな才能を感じさせてくれる。ちなみにここでのサックス・ソロは、ジミー・ジュエルという人が演奏していた。

 "Carry Me (a song for Kristian)"は、ロマンティックなバラードで、ここでもブライアン・ロジャーズが担当するオーケストラが効果を発揮している。メロディラインが美しいし、オーケストラも甘美になりすぎずに、程よい心地よさだった。途中のオーボエやピッコロなどが牧歌的で素朴な雰囲気を高めていた。

 当時のレコードのサイドAでの最後の曲は、"Who Could Change"で、このアルバムの中で最もバラードらしいバラードである。壮大なオーケストレーションに乗って、ジョンは切々と歌っていて、ピアノも彼自身が弾いていた。こういう素晴らしい曲が書けるのであれば、わざわざムーディー・ブルースで歌わなくてもいいのではないだろうか。そんな気もしないではない。

 サイドBの1曲目は、軽快なロックン・ロールの"Broken Dreams, Hard Road"で、ロックン・ロールとはいいながらも、ここでもオーケストラが使用されているし、途中一旦ブレイクしてスローになり、またメイン・テーマに戻っている。ここでのサックスもジミー・ジュエルで、ギターはスティーヴ・シンプソンだった。

 次の"Piece of My Heart"は三拍子のリズムで、ギターはあのクリス・スぺディングが担当していた。クリスは5曲目の"Who Could Change"でも弾いていたのだが、オーケストラの陰に隠れてよく聞こえなかった。でも、ここでは短いながらも印象的なソロを聞かせてくれている。

 このタイトルを見れば、ああきっとバラードだろうと、誰しもが思うはずだ。"Rainbow"という曲は、その名前のような印象に残るバラード曲で、もちろんオーケストラも前面に出ているのだが、クリス・スぺディングのギターも時おり顔をのぞかせてくれる。クリスは"Broken Dreams, Hard Road"以外のサイドBの曲全てに参加していた。

 サイドBの4曲目"Say You Love Me"もバラード曲で、このアルバムで気に食わないところはバラード曲が続いているこの部分だった。こうバラード曲が続くと、何となくジョンが、バラード歌手にでもなったような感じがしてきて、よくない。クリスのギターはこっちの曲の方で目立っているので、前曲の"Rainbow"をもう少し勢いのある曲と差し替えればもっと良くなったのではないだろうか。
 何しろ当時の時代は、パンクなのだ。パンク・ロックと対抗しろとは言わないけれど、これでは時代遅れとか、“ジュラ紀の生き残りの恐竜”と言われても仕方ないだろう。時代の空気感をもう少し反映させてもよかったのではないだろうか。

 そしてアルバム最後の曲が、冒頭の曲を展開させた"Children of Rock'n'Roll"だった。タイトル通りのロックン・ロールで、イントロはゆっくりながらも、やがてミディアム調のロックン・ロールになり、豊かなオーケストレーションやクリス・スぺディングのギターがフィーチャーされてくる。何となくジェフ・リン率いるエレクトリック・ライト・オーケストラの曲を思い出させてくれた。

 ちなみに、このアルバムでは、ケニー・ジョーンズが全ての曲でドラムスを担当している。ある意味、豪華なメンバーが集まっているが、これはジョンが皆に声をかけて集まってもらったという。またこのアルバムは、チャート的には全英で38位、全米で121位を記録した。パンク全盛時代に、よく健闘したのではないかと思っている。また、アルバム・ジャケットは、御覧の通り、あのロジャー・ディーンが手掛けていた。51fpklp5ral
 この「ナチュラル・アヴェニュー」は、良い曲はあるものの、個人的にはバラード色が強すぎて、あまり好きになれなかったのだが、このアルバムから38年後の2015年に、ジョン・ロッジは、2枚目のソロ・アルバムを発表した。「10000ライト・イヤーズ・アゴー~10000光年前に」というタイトルのアルバムだったが、このアルバムが結構イケるし、お薦めなのである。

 全8曲、31分余りしかないのだが、曲が絞り込まれているし、現代風のキレのあるアレンジが施されていて、カッコいいのだ。特に1曲目から3曲目、4曲目まではお勧めである。91xygtgb4ol__sl1500_
 1曲目の"In My Mind"は、ボーカルが始まるまでは、デヴィッド・ギルモアの曲といわれても分からないほどだ。艶とタメのあるギター、バックのコーラス(これは男性コーラス、女性ならまさにギルモアの世界である)、中間部のブルージィーで空間を生かしたギター・ソロなどは、一度は聞いておいて損はないだろう。ギターは前作に続いてクリス・スぺディングが担当していて、絶対にギルモアを意識しているよなと思わせるほど絶妙なのだった。

 2曲目"Those Days in Birmingham"は、ジョンらしいロックン・ロール曲で、ここでもクリス・スぺディングのギターがフィーチャーされているから、疾走感がある。ドラムスはゴードン・マーシャルという人が担当していて、この人は1991年からムーディー・ブルースのライヴに参加している人で、そういう意味でもジョン・ロッジとは息があったのだろう。

 このアルバム制作時のジョンの年齢は70歳だったから、とても70歳の人が作ったアルバムとは思えないほどロックしていたのである。
 3曲目の"Simply Magic"には、何とフルートにはレイ・トーマスが、メロトロンにはマイク・ピンダーが参加していて、曲に色どりを備えていた。アコースティック・ギターがメインの爽やかな曲で、レイのフルートもマイクのメロトロンも表に出過ぎず、裏に隠れ過ぎず、絶妙な塩梅で盛り上げていた。なかなかの佳曲だし、もっと長く聞きたいと思った。

 4曲目の"Get Me Out Of Here"は、ミディアム調ながらも力強い作風を感じさせてくれた。ミキシングが残響を大事にしているのと同時に、余分なものをカットしているからだろうし、クリス・スぺディングのスライド・ギター風の演奏が曲にモダンな印象を与えているからだろう。

 逆に、次の"Love Passed Me By"では、マイク・ピゴットという人のバイオリンがフィーチャーされていて、何となく1920年代のダンスホールのような感じがした。もっとロック調で統一したなら、このアルバムは話題になっただろうし、セールス的にも好調だっただろう。統一感がないのが、ジョン・ロッジの、いい意味でも悪い意味でも、特徴だと思っている。

 6曲目の"Crazy"はまた正統的なロックン・ロールに戻っていた。クリスのギターとアラン・ヒューイットのジェリー・リー・ルイスのようなピアノ演奏は、微妙なバランスを保っていて、御年70歳のボーカルを手助けしていた。
 アラン・ヒューイットという人はアメリカ人で、ジャズからファンク、R&Bにロックン・ロールと幅広く何でもこなすキーボーディストで、2010年よりムーディー・ブルースのツアー・キーボーディストを務めているミュージシャンである。

 続く"Lose Your Love"は哀愁味あふれるロッカ・バラードで、前作のバラードよりも飾り気がなくシンプルで、それがかえっていい味を出している。アルバムに1曲でいいから、こういうバラードを入れてほしいものである。

 そして最後の曲は、アルバム・タイトルの"10000 Light Years Ago"である。このアルバムのテーマについて、ジョンはこのように言っていた。“未来はいつでも手の届くところにある。でもけれど過去は永遠に去ってしまう”、また、“過去の全てが今の自分に結実しているように、このアルバム全体もこの曲に帰結している”とも述べていて、この曲に力を入れて作ったことが伺えた。

 曲自体もミディアム調で、まとまっているし、クリスのギターやアランのキーボードも曲のアレンジに貢献していた。もう少し長めにアレンジするか、冒頭の曲のギルモア風のスペイシーなギター・ソロがフィーチャーされると、もっと印象的になったのではないだろうか。Johnlodgecruiseinterviewjpg
 いまだに現役で活躍しているジョン・ロッジであるが、おそらくこのアルバムが最後のソロ・アルバムになるだろうと思っている。そういう意味では、プログレッシヴ・ロック史には残らないけれど、隠れた必聴盤だと後世に評価されるのではないかと思っている。

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2019年3月11日 (月)

ジャスティン・ヘイワード

 今は“ジャスティン”といえば、ジャスティン・ビーバーやジャスティン・ティンバーレイクを指すが、昔は“ジャスティン”といえば、この人、ジャスティン・ヘイワードだったのだ。というのは、自分が勝手に作った話だが、でも1970年代の初めは、自分の中ではこのジャスティン・ヘイワードだったのである。

 ムーディー・ブルース関連の第2弾は、ジャスティン・ヘイワードについてである。前回も記したけど、ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジは遅れて参加したメンバーだった。1966年頃のお話である。

 ジャスティン・ヘイワードは、イギリスのウィルトシャー州、スウィンドン出身のミュージシャンで、現在72歳。15歳頃から活動を始め、若くしてギブソン335を手に入れ、以来ずっと愛用のギターとして使用している。“ギブソン335”というギターは、あのラリー・カールトンも愛用している名器で、赤いボディでセミ・アコースティックという特徴を持ち、多くのミュージシャンや音楽愛好家からも憧れのギターだった。P02k8dw4
 それはともかく、とにかく10代から地元のパブやダンス・ホールで活動を行っていて、その中で演奏テクニックやソングライティングの技術を磨いていったようだ。また、当時の有名なロカビリー歌手だったマーティ・ワイルドと彼の奥さんの3人で、“ザ・ワイルド・スリー”としても活動をしていた。ちなみに、80年代に一世を風靡したキム・ワイルドは、マーティ・ワイルドの娘である。

 ジャスティン・ヘイワードは、若い頃から作曲能力にも秀でたものを持っていたようで、17歳の時に、ロニー・ドネガンのテイラー・ミュージックと8年間の作曲家としての専属契約を結んでいる。この契約は1974年まで有効だったようで、ということは、この間、彼が作った曲の著作権は、ロニー・ドネガンの会社が所有していたということになるのだが、ムーディー・ブルースの楽曲の著作権もそうなるのだろうか。もちろんジャスティンは、この契約のことは後悔していたようである。

 1966年に、メロディー・メイカーの出ていたエリック・バードン&ジ・アニマルズのメンバー募集の広告に応募したのだが、エリックは興味を示さず、ジャスティン・ヘイワードのデモ・テープをマイク・ピンダーに手渡し、それを聞いたマイク・ピンダーがバンドを脱退したデニー・レインの代わりにジャスティン・ヘイワードに声をかけバンドに誘った。ここからが、ジャスティン・ヘイワードの運命が大きく変わるのである。

 その後、彼と盟友ジョン・ロッジが加わって、ムーディー・ブルースは栄光への階段を一気に駆け上っていったのだが、1972年のアルバム「セヴンス・ソジャーン」以降、活動を停止してしまった。その理由は前回記したので省略するが、その間、各メンバーがソロ・アルバムを発表していった。

 最初に発表したのが、ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジの共同制作アルバム「ブルー・ジェイズ」だった。61rfuptkml
 1975年のアルバムだったが、元のバンド、ムーディー・ブルースのメイン・ソングライター2人が作ったアルバムだったから、本家のアルバムとそんなに違いのない内容だった。ただし、バックの演奏にはストリングスが多用されていて、メロトロンや他の電子音楽機器は、ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジが演奏していた。

 その理由は、こうである。本当は、ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジ、それにマイク・ピンダーの3人(+プロデューサーのトニー・クラーク)で、アルバムを作る予定だったのだが、マイクが他の誰ともやりたくない、自分はこのプロジェクトから出ていくといったので、結局、ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジで制作せざるをえなかったのである。

 アルバムの2曲目の"Remember Me (My Friend)"とは、マイク・ピンダーに向けて作られたもので、当時の彼らの関係性を歌っている。“僕たちの関係がどうなろうとも、僕たちは君の友だちなんだよ、覚えておいておくれ”と切々と訴えかけている。
 全10曲(ボーナス・トラックを入れて11曲)のうち、ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジの2人で作った曲は、この曲と10曲目の"When You Wake Up"の2曲だけで、残りの曲はそれぞれで作った曲だった。ジャスティン・ヘイワードは5曲、ジョン・ロッジが3曲手掛けていて、それぞれ自分の曲ではリード・ボーカルをとっている。

 ジャスティン・ヘイワードの曲で印象的なのは、5曲目の"Nights Winters Years"だろう。重厚なストリングスをバックに、切々と歌われるバラードで、"Nights in White Satin"を思わせるような曲(似たようなフレーズも出てきたような気もするし)だったし、深みのあるジャスティンの声と非常によくマッチしていた。
 ジョン・ロッジの曲では6曲目の"Saved By The Music"だろうか。ムーディー・ブルースのメロトロンとE.L.O.の軽快さを掛け合わせたような曲で、聞いているとこちらまで気持ちが軽くなってくる。まさに“音楽に救われるような”曲だった。

 アルバム後半4曲は、まさに牧歌的で静謐な雰囲気に満ちていて、白日夢でも見ているかのような感覚に陥ってしまいそうだった。アコースティックな"Who Are You Now"、ジョンが作ったバラードの"Maybe"、2人で作った"When You Wake Up"ではゆったりとしたストリングスとジャスティンの弾くファズ・ギターが見事に共演していた。71rqgk5drl__sl1293_
 1987年以降のCDには、ボーナス・トラックの"Blue Guitar"が収録されていて、この曲はジャスティン・ヘイワードが10ccのメンバー4人と共演したものだが、クレジットではジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジ名義になっていた。もちろん実際は、ジャスティンの曲だった。ジャスティンの曲なので、10ccらしいポップさは見られなくて、むしろムーディー・ブルースの新曲といっても通用するくらいだった。

 前回のレイ・トーマスが、バンドの叙情性や牧歌性を醸し出しているのであれば、バンドの“ロックン・ロール・サイド”という躍動感を表現しているのが、ジャスティン・ヘイワードではないかと思っている。その特長がよく発揮されたアルバムが、1977年に発表された「ソングライター」だろう。51bgt35rc6l
 1曲目の"Tightrope"から走っているし、続く"Songwriter Part1"は、ミディアムテンポながらもストリングスやキーボードのアレンジが凝っていて、切れ目がなく3曲目の"Songwriter Part2"へと流れて行く。"Part2"は"Part1"と違って、叩きつけるようなピアノやキーボード、個性的なエレクトリック・ギターなどロック的なダイナミズムに溢れている。

 また、"Country Girl"は、題名とは裏腹にノリのよい明るいロックン・ロールだったし、当時のLPレコードではサイドAの最後の曲"One Lonely Room"は、一転してサックスがフィーチャーされたお洒落なAOR風のスローな曲だった。
 このアルバムは、ジャスティン・ヘイワードを代表するアルバムといっていいだろう。彼の豊かな才能が発揮されているし、曲もバラエティに富んでいて聞いていて飽きないのだ。

 ジャスティン・ヘイワードは、ギターだけでなく、ベースやドラムス、タンバリン、バイオリン、チェロ、フルートまで演奏している。もちろん、曲によっては当時のトラピーズのメンバーだったデイヴ・ホランドやメル・ギャレー、テリー・ロウリーなども参加して、バックアップしていた。

 8曲目の"Raised On Love"では、当時5歳だったジャスティン・ヘイワードの娘であるドレミ・ヘイワードも参加して、可愛らしい声を聞かせてくれるし、続く"Doin' Time"では、ジャスティン・ヘイワードのギターが大きくフィーチャーされている。
 そして、最後の6分30秒余りの曲"Nostradamus"では、ややダークな雰囲気を湛えながらも、徐々にストリングスやフルートなど楽器が増えていき、ビッグ・エンディングを迎える。

 最後にやっとプログレッシヴな風味を持つ曲を聞くことができた。ちなみに、この曲ではストリングスとタムタム以外の楽器はすべてジャスティン・ヘイワードが操っているという。さすがマルチ・インストゥルメンタリストである。また、アルバム・セールスとしては、全英アルバム・チャートで28位、全米では37位という結果だった。

 自分はもう1枚彼のソロ・アルバムを持っていて、1996年に発表された彼の5枚目のソロ・アルバム「ビュー・フロム・ザ・ヒル」である。51269qmhfql
 このアルバムは、ジャスティン・ヘイワードのルーツを探るような曲で占められていて、60年代のビート・バンドが持つポップでR&B風の曲が目立つ。最初に聞いた感じは、マイク&ザ・メカニックスのソウル風味が薄れていってややポップになったアルバムのように思われた。特に冒頭の3曲"I Heard It"、"Broken Dream"、"The Promised Land"を聞くと、その感じがますます強くなってきてしまった。

 プロデューサーはフィル・パーマーという人で、元デヴィッド・エセックスのバンドのギタリストだった。その後、キーボーディストのポール・ブリスと組んだり、ミッキー・フィートというベーシストとイエロー・ドッグというバンドを結成したり、マイク・オールドフィールドのツアー・ギタリストとしても活動したりしていた。
 
 このアルバムでは11曲収録されているが、ジャスティン・ヘイワード1人で手掛けた曲は7曲で、残りの曲は上記のミュージシャンたちとの共作だった。
 セールス的には恵まれなかったが、このアルバムではソングライターというよりは、ボーカリストとしてのジャスティン・ヘイワードを味わうことができる。さらに、1人のミュージシャンとして成熟した姿も知ることができるのではないだろうか。名盤ではないけれど、好盤と言えるだろう。

 現在のジャスティン・ヘイワードは、もちろんライヴ活動は行っていて、最近では豪華船で開かれる5日間の音楽クルーズ“ザ・ブルー・クルーズ”において、彼がホストを務めており、スティーヴ・ハケットやアラン・パーソンズ、プロコル・ハルム、ウィッシュボーン・アッシュ等々、一世を風靡した豪華ミュージシャンやバンドが出演して、演奏を繰り広げている。
 彼もまた、そのクルーズで歌っているようだが、まだまだ現役ミュージシャンとして今後も活躍してほしいものである。Justinhaywardoptimisedcopy770x46277

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2019年3月 4日 (月)

レイ・トーマス

 今月は、主にムーディー・ブルース関連のミュージシャンについて、記そうと思った。理由は、ムーディー・ブルースのオリジナル・メンバーだったレイ・トーマスが、昨年の1月4日に亡くなったからだ。享年76歳で、死因は前立腺癌が原因のようだ。Raythomasthemoodyblues1193820_2
 知っている人は知っていると思うけれど、ムーディー・ブルースはイギリスのプログレッシヴ・ロック・バンドである。解散宣言は出ていないと思うけれど、メンバーの脱退などもあって、実質的には活動を停止しており、恐らく再活動はありえないだろう。

 このブログでも、散々彼らのことを推奨してきた。曰く、世界で最も小さなロック・オーケストラとか、メロトロンを最初にメジャー化させたバンドだとか、あのジミー・ペイジがプログレッシヴ・ロック・バンドという名称に相応しいのは、ピンク・フロイドとムーディー・ブルースだと言ったとか、とにかく、個人的には大好きなバンドだった。逆に今では、最も過小評価されているプログレッシヴ・ロック・バンドではないかと思っている。

 ムーディー・ブルースは、1964年にイギリスのバーミンガムで結成された。結成当時のメンバーは5人で、その中にはのちにポール・マッカートニー&ザ・ウィングスのメンバーになったデニー・レインも含まれていた。

 基本的に、ムーディー・ブルースはマルチ・インストゥルメンタリストの集まりだった。もちろんレコーディングやライヴ・ステージでは、各人が自分の担当楽器を演奏しているが、その役割に関わらず、基本的な楽器であるギター、ベース、キーボード、ドラムスなど一通りは操ることができると言われていた。
 そして、レイ・トーマスはボーカルとフルートやハーモニカなどを担当していたが、もちろんそれ以外でも演奏することはできた。ただ、上手かどうかは定かではない。

 レイ・トーマスは、9歳の頃に父親からハーモニカの手ほどきを受けたが、14歳で学校を自主退学し、ものづくりの職人の道を歩み始めた。しかし、何を思ったかその道を断念し、再び音楽関係へ進もうと考えたのである。それが16歳の頃だった。
 その後、数多くのローカル・バンドで活動を始め、その中で彼の祖父がフルートを演奏していたのを思い出して、彼もまたフルート奏者としてスタートした。当時のバンドメイトには、のちに同じバンドで活動することになるジョン・ロッジもいた。ジョンとレイとは、エル・ライオット&ザ・レベルズというバンドで一緒だった。“エル・ライオット”とは、当時のレイ・トーマスの芸名だったようだ。

 ある意味、レイ・トーマスとマイク・ピンダーが、ムーディー・ブルースの創立者だった。彼らが中心となって、デニー・レインやドラムス担当のグレアム・エッジ、当時のベーシストだったクリント・ワーウィックを募集したからだ。
 そして結成当時の彼らは、イギリス流のR&Bやソウル・ミュージックを追及していて、60年代初期のイギリスのブームを反映した活動を行っていた。だから、初期のムーディー・ブルースはビート・バンドだったのだ。その影響は、のちにプログレッシヴ・ロック・バンドと呼ばれるようになってからも、彼らの作る楽曲の中に色濃く残っていった。

 1966年に、デニー・レインとクリント・ワーウィックの代わりに、ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジが加入して、本格的なプログレッシヴ・ロックを追及するようになった。当時としては画期的な楽器であったメロトロンやシンセサイザーの使用、そしてオーケストラとの共演、哲学的な内容を伴うトータル・アルバム制作などは、まさに文字通り“プログレッシヴ”な音楽的展開だった。Moody_blues
 とにかく、ムーディー・ブルースのアルバムは売れた。イギリスでは当然のことだが、アメリカでも1968年の「失われたコードを求めて」から1986年の「ジ・アザー・サイド・オブ・ライフ」まで、10枚のスタジオ・アルバムの全てがチャートの30位以内に入っていた。具体的には、全米チャート1位のアルバムが2枚、2位と3位のアルバムが1枚ずつ、9位が1枚、10位台が2枚、20位台が3枚とセールス的にも全く問題はなかったのである。

 ムーディー・ブルースは、1972年から78年の間に活動を休止した。それまでの長い間の活動中に、少しずつたまってきたメンバー間の軋轢やストレスなどが、その原因だったのだろうし、当時としては画期的だった(というかザ・ビートルズが運営したアップル・レコードのように)、自分たちのレコード・レーベルである“スレッショルド”の運営に専念したのもその理由にあたるのだろう。

 この活動休止中に、各メンバーは、それぞれソロ・アルバムを発表した。もちろん、自分たちのレーベルである“スレッショルド”から発表されたものだった。
 そして、レイ・トーマスもまたこの時期に2枚のソロ・アルバムを発表している。彼は最初のソロ・アルバム「樫の木のファンタジー」を1975年に発表したが、ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジが共作した「ブルー・ジェイズ」、グレアム・エッジのソロ作品「キック・オフ・ユア・マディ・ブーツ」が発表されるまで待たされている。理由は、スレッショルドの専用レコーディング・スタジオが彼らに使用されていて、使えなかったからだ。

 この「樫の木のファンタジー」には9曲収められていたが、1曲目の"From Mighty Oaks"はオーケストラが使用された壮大なシンフォニーだった。まるで「デイズ・オブ・ヒューチャー・パスト」の再演のようだ。
 このアルバムの特徴は、レイのボーカルがフィーチャーされていることと、オーケストラやストリングスで優しくコーティングされていることだ。51ixmzmtqnl
 彼は本家ムーディー・ブルースでは、"Floating"、"Our Guessing Game"、"Nice to Be Here"などを手掛け、歌も歌っていたが、そんなに声量のあるシンガーとは思っていなかった。このファースト・ソロ・アルバムでも同様に、ジェントルでソフトな歌声を聞かせてくれる。だから場合によっては、のちの80年代に流行したアメリカ西海岸のA.O.R.のような曲調も見られた。
 例えば"Rock-A-Bye Baby Blues"では、ゲストのB.J.コールの弾くペダル・スティール・ギターがメインに出てきているし、"Love is The Key"などは、まるでB.J.トーマスかスコット・マッケンジーのようだった。

 アルバム・ラストの"I Wish We Could Fly"に使われているメロディが、アルバム冒頭の曲の"From Mighty Oaks"にも使用されているのが分かって、ああこのアルバムは、そういう意味では、円環的なアルバム、ちょっとこじつけに近いけど、トータル・アルバムに近い性格を有しているんだというのが分かった。

 このアルバムの9曲のうち、レイ1人が作った曲は2曲("Rock-A-Bye Baby Blues"と"I Wish We Could Fly")しかなく、残りはニッキー・ジェイムスという人との共作曲だった。このニッキー・ジェイムスという人は、ムーディー・ブルースと同郷のミュージシャンで、スレッショルド・レーベルとも契約をしていたシンガー・ソングライターだった。
 また、ギターとベースにはジョン&トレヴァー兄弟、ドラムスにはデイヴ・ポッツが参加していて、彼らはいずれも当時のプログレッシヴ・ロック・バンドだったジョーンジーのメンバーだった。

 ただし、そういう優れたミュージシャンが参加している割には演奏的には目立っていなくて、ギターもキーボードもソロを聞かせるところは全くと言っていいほどなかった。だから、このソロ・アルバムはロック的なダイナミズムには欠けていたといえるだろう。逆に、レイ・トーマスの内面から滲み出るようなジェントルな雰囲気がそこかしこに漂っていたのである。

 ほぼ1年後の1976年の6月には、セカンド・ソロ・アルバム「希望、願い、そして夢」を発表した。レコーディング・メンバーは前作とほぼ同様だったが、ペダル・スティール・ギター担当のB.J.コールは参加していなかった。また、ドラムスにはグラハム・ディーキンという人が担当していて、彼はジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジのアルバム「ブルー・ジェイズ」にも参加していたドラマーだった。51hrsttcvll
 このアルバムは全10曲で構成されていて、最後の曲"The Last Dream"のみがレイ・トーマス一人の楽曲で、残りの9曲はレイとニッキー・ジェイムスとの共作だった。また前作よりもロック色、リズム感が強く前面に出されているところは、前作と大きく異なっている点だった。1曲目や2曲目の"In Your Song"、"Friends"では、エレクトリック・ギターのソロが聞こえてくるし、3曲目の"We Need Love"では甘美なストリングスの合間からエレクトリック・ギターも少しだけ自己主張をしていた。

 "Within Your Eyes"では、レイ・トーマスの演奏するフルートを耳にすることができるし、全体的にキャメルのような耽美性を感じさせてくれた。逆に、次の"One Night Stand"では、トランペットなどの金管楽器や女性ボーカルがフィーチャーされていて、R&B色が強い。この辺は、元々ビート・バンドとして出発したムーディー・ブルースの基本的な遺伝子が発動しているのかもしれない。

 このアルバムは、バラエティに富んでいて、ロックン・ロール調の"Keep On Searching"を聞いていると、何となくアメリカのスワンプ・ロックではないかと思ってしまうし、"Didn't I"などは前作同様のアメリカンA.O.R.だ。あるいはフランク・シナトラのようなスタンダード曲といってもいいかもしれない。アルバム後半には、こういう曲調が続くので好悪が分かれるかもしれない。

 セールス的な話をすると、前作「樫の木のファンタジー」は全英で23位、全米アルバム・チャートでは68位だった。2枚目の「希望、願いそして夢」は全英ではチャート・インせず、全米では147位だった。
 この結果に動揺したのかどうなのか、レイ・トーマスは二度とソロ・アルバムを発表することはなかった。90年代以降はアルバムごとには楽曲を提供するものの、ミュージック・ビジネスから遠ざかろうとしていたようだ。原因のひとつには、癌という病に冒されたことも挙げられるだろう。

 2002年には、今後楽曲の提供はあるものの、ツアーには参加しないと明言し、バンドを脱退してしまった。これ以降、ムーディー・ブルースは、ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジ、グレアム・エッジの3人で構成されることになったのである。

 レイ・トーマスは、ムーディー・ブルースの情緒面というか、牧歌的雰囲気や叙情性を生み出すような役割を果たしていたようだ。彼は2018年の1月に亡くなったが、それから3ヶ月後、バンドは“ロックン・ロール・ホール・オブ・フェイム(ロックの殿堂)”入りを果たしている。きっとレイ・トーマスも授賞式に参加したかっただろう。あらためて哀悼の意を捧げたい。

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2019年2月25日 (月)

ファイアーバレー

 前回でも同じようなことを言ったが、最近はプログレッシヴ・ロックの分野で、傾聴に値するようなアルバムに、なかなか出会えないでいる。めまぐるしい変化を遂げている現代社会において、1曲10分や20分近くもある曲に耳を傾ける余裕は見いだせないだろうし、ネットからダウンロードしようとも思わないだろう、いくら通信速度が速くなったとしても。

 それでも昔のアルバムで、まだ聞いていないアルバムがあるだろうと思って検索していたら、このアルバムが見つかった。アメリカのプログレッシヴ・ロック・バンドであるファイアーバレーの2枚のアルバムだった。

 1960年代末のアメリカというところは、ハード・ロック不毛の地と言われていて、ハード・ロック・バンドが育たないところだった。確かに、マウンテンやグランド・ファンク・レイルロードなどが売れ始めたのは70年代に入ってからだった。
 同様に、プログレッシヴ・ロックの分野でもまた、アメリカはイギリスやヨーロッパに比べて遅れを取っていた。カンサスやジャーニーなどは、“アメリカン・プログレ・ハード”と呼ばれていて、1970年代後半から人気に火がついたが、その本質は、プログレッシヴ・ロックの要素は含まれていても、本来の姿からは似て非なるものだった。

 自分が知っていた1970年代前半のアメリカのプログレッシヴ・ロック・バンドと言えば、パブロフス・ドッグ、イーソス、スターキャッスルくらいで、いずれもマイナーな存在で終わった。辛うじて、パブロフス・ドッグぐらいが、そのユニークな歌い方やアルバム・ジャケット、元キング・クリムゾンのビル・ブルーフォードの参加などで、少し話題になったくらいだったと思う。

 それで、ファイアーバレーに話を戻すと、彼らは70年代初期にニュージャージー州北部で結成された。当初はザ・ファイアーボール・キッズと名乗っていたようだ。メンバーは次の5人だった。
・ジム・コモ(ボーカル&ドラムス)
・ブライアン・ハウ(キーボード)
・フランク・ペット(キーボード)
・マーティン・べグリン(ベース・ギター)
・リッチ・シュランダ(ギター)

 2人のキーボード奏者がいるようだが、ブライアンは主にハモンド・オルガン、パイプ・オルガン、チェレステを担当し、フランクの方はそれ以外のピアノやシンセサイザー、メロトロンなどを担当していた。また、名前からわかるようにイタリア系が多くて、そういう意味でもヨーロッパ的な感覚を身につけていたのかもしれない。
 彼らの音楽は、アメリカのバンドとは思えないほどの本格的なプログレッシヴ・ロックをやっていて、初期のジェネシスの影響が強いと思った。

 1975年に「はげ山の一夜」というデビュー・アルバムを発表したが、タイトルを見ればわかるように、クラシックの大家であるムソルグスキーの交響詩をロック風にアレンジしていて、アルバムのメインに置かれていた。18分以上もあるクラシックの大曲を用意していたのも、バンドとしての自信の表れでもあろう。61xstz3xn2l
 しかも、アルバムのプロデューサーは、何と元キング・クリムゾンのイアン・マクドナルドである。これでロックン・ロールやR&Bをやっていたら、全くの詐欺であろう。プログレ・ファンとしては、期待満々で耳を傾けるに違いない。

 冒頭から10分を超える"Les Cathedrales"という曲が始まる。ノリの良さはイエス風であり、転調してスローになると、ジェネシス風になったりする。2分40秒あたりからシンセサイザーとアルト・サックスがリードを取るが、もちろんこのサックスはイアン・マクドナルドが担当している。
 転調が多くて、途中にはドビュッシーの“亜麻色の髪の乙女”の一部も引用されているのだが、個人的には、ギターがもう少し目立ってほしいと思っている。バックで細かく動いているのはわかるのだが、ソロとしてはちょっと弱いのだ。キーボード奏者が2人いるからだろうか。後半の8分過ぎの素早いパッセージは印象的なのだが、もう少し頑張ってほしかったというのが素直な実感である。

 2曲目の"Centurion(Tales of Fireball Kids)"は、彼らが結成間もない頃に作った曲で、最初の曲もそうだが、中世の騎士物語や新世界を求めての旅路のようなものがテーマになっている。まさに、初期ジェネシスの世界観に近いと言えるだろう。エンディングは、E,L&Pの「恐怖の頭脳改革」に収められていた"Jerusalem"に極似していた。

 3曲目は、2曲目を発展させたような曲で、タイトルも"The Fireballet"という。この曲はコーラスがイエスに似ていて、ギターも初代ギタリストであるピーター・バンクスのように、ジャズっぽい早いフレーズを弾いている。4分過ぎからキーボードとストリングスが全体を覆っていて、ソフトなエンディングを迎えている。

 LPレコードではここまでがサイドAで、次の"Atmospheres"からサイドBになる。この曲と次のアルバム・タイトル曲である"Night on Bald Mountain"の曲構成は、ジェネシスのアルバム「フォックストロット」のサイドBを想起させてくれた。つまり、"Horizons"と"Supper's Ready"である。ファイアーバレーもまた意識しながら制作したのではないだろうか。

 "Atmospheres"はアコースティック・ギターのインストゥルメンタルではないので、その点は"Horizons"とは違うのだが、幻想的で耽美で静寂な雰囲気を湛えている点ではよく似ている。何しろイアン・マクドナルドの吹くフルートがフィーチャーされているし、アコースティック・ギターはバックで流れている。そして分厚いキーボードの中から現れるボーカルは、まさにピーター・ガブリエルの世界観だろう。3分40秒と時間的にも短く、次の曲の導入部に当たっている。

 そして、本アルバムのハイライトである"Night on Bald Mountain "が始まるのだが、この曲でもイアンはフルートとサックスを演奏している。もしこのバンドが成功したら、メンバーとして参加して、“第二のクリムゾン”を目指したのではないだろうか。そんなことを考えさせられてしまう曲だった。

 全体は5部に分かれていて、18分55秒という長さを全く感じさせないほどスリリングだ。2分30秒たってからのコーラスは、ユーライア・ヒープの"July Morning"に似ている感じがした。そのあと、イアンのサックス・ソロ、転調しての手数の多いリズム・セクションに絡まるファズ・ギターとシンセサイザーなど、聞きどころは多い。
 中盤の"The Engulfed Cathedrale"でのシンセサイザーやパイプ・オルガンの荘厳な響きやそれを突き破るエレクトリック・ギター、クリムゾンの"The Letters"のようなボーカルと続く緻密なアンサンブルなどは、このバンドでしかできない演奏だろう。キーボード奏者が2人いるということはほんとに心強い。81tdjvjjcll__sl1314_
 国内盤にはボーナス・トラックが3曲ほどついていて、"Robot Salesman"は甘ったるいキーボード・ストリングスが目立つ曲で、かなりポップな曲だ。全くロック的ではない。2曲目は何とクリムゾンの"Pictures of A City"の完璧ライヴ曲だった。1974年のライヴのようで、音質はあまりよくない。
 そして最後のボーナス・トラックは、何と驚くなかれ、日本のロック・バンド、X-ジャパンのカバー曲"Say Anything"だった。しかも、日本語で歌っているのだ。オリジナル制作時には、X-ジャパンの曲はまだ生まれていないわけで、ということはファイアーバレーは、90年代以降再結成して、この曲をレコーディングしたというわけだろうか。

 翌年の1976年には、彼らは2枚目の、そして最後となったスタジオ・アルバム「ツー・ツー」を発表した。一聴した限りでは、ジェネシス風のソング・スタイルから、クリムゾンあるいはジェントル・ジャイアント風に変わっていた。
 前作はイアン・マクドナルドがプロデュースしていたが、2枚目はオールマン・ブラザーズ・バンドやミートローフをプロデュースしていたスティーヴン・ガルファスという人だった。

 変わっていたのは、作風やプロデューサーだけではない。アルバム・ジャケットもまた、違う意味で変わっていた。なぜかメンバー全員がバレリーナのコスプレをしていたのである。
 別に楽曲の内容とは関係ないし、バレエに関するコンセプト・アルバムでもない。強いて言えば、バンド名がファイアーバレーだから、バレリーナの格好をしたのだろうか。

 彼らには申し訳ないが、このアルバム・ジャケットを見ただけで、アルバム・セールスが分かるというものである。よほど内容が優れていない限り、このアルバムは売れないだろう。そんなことは子どもでもわかると思うのだが、なぜこんなふざけたアルバム・ジャケットにしたのだろうか。意味が分からない。これじゃ、コミック・バンドである。51nofo9q7zl
 ところが、肝心の中身の方はというと、これがまあ結構イケるのである。全7曲で、国内盤には2曲のボーナス・トラックがついていた。
 1曲目の"Great Expectations"は、イエス風のコーラスとテンポのよい曲構成が見事で、アルバム冒頭の曲に相応しい。途中で一旦ブレイクして静かになるが、また主題に戻るところが、いかにもプログレッシヴ・ロックしている。

 2曲目の"Chinatown Boulvevards"は2部構成の組曲で、6分余りしかないものの、転調に次ぐ転調と、メインの楽器がキーボードからギター、金管楽器、ストリングス、打楽器と、めまぐるしく変化する点が特徴である。全体的に緊張感が漂っているし、確かにこの曲を聞けば、ジェントル・ジャイアントの再来だと思うだろう。

 "It's About Time"は、イエスの曲をアップテンポにして、スキャットを加えた構成で、これまた疾走感に満ち満ちている。ベース・ギターもイエスを意識したようなアタックの強い音を出している。後半にはベートーベンの“歓喜の歌”が挿入されていて、クラシックとの関連を想起させてくれた。

 "Desiree"は2分45秒と短い曲だが、それなりにテンポもよく、このアルバムからシングルを出すとすれば、まさにこの曲がふさわしいだろう。メロディラインもはっきりしているから、チャートの100位以内には入ると思うのだが、どうだろうか。
 続く"Flash"という曲は、ややスローな出だしから、徐々にテンポがあがり、やがて打楽器とストリングス・キーボードとの応酬が始まる。静~動~静~動という展開で、最後はコーラスで終わる点が興味深い。

 逆に最初から走り出すのは次の曲の"Carrollon"だろう。これもジェントル・ジャイアント風のリズムの変化とコーラス・ワークの見事さを味わえる楽曲で、見事なアンサンブルである。これだけの演奏力があれば、かなりの実力を備えていると言えるだろう。
 当時は、パブロフス・ドッグやイーソス、スターキャッスルなどがアルバムを発表していた時期で、これ以降はボストンやカンサス、フォーリナーなどのバンドの人気が出てきていたが、これらのバンドの中では、かなりのハイレベルな演奏能力を所持していたのではないだろうか。

 最後の曲の"Montage En Filigree"は荘厳なキーボードを主体としたインストルメンタルで、最初と後半のスキャット、中盤のフルートがいい味付けをしている。今まで緊張感のある楽曲が多かったから、この曲を聞いてほっと心が休まる気がした。

 ボーナス・トラックは、ホルストの"火星"とX-Japanの"Tears"である。ホルストはE,L&P(パーマーではなくてパウエルの方)が有名だが、ここではライヴ演奏になっていて、ギターとキーボードのバランスが良い。
 "Tears"という曲は知らなかったので何とも言えないが、ここでも日本語を交えて歌っていた。そんなにX-Japanと親密な関係だったのだろうか。よくわからない。71smdgtydrl__sl1215_
 2枚のアルバムとも商業的には成功せず、バンドは解散してしまった。キーボード奏者のブライアン・ハウとドラムス&ボーカルのジム・コモは、その後も一緒に活動していたようだが、詳細は不明である。
 とにかく、1970年代の前半において、アメリカのプログレッシヴ・ロック・シーンの一角を担っていたバンドだったようだ。日本ではイマイチ知名度が低かったかもしれないが、その実力は折り紙付きだっただろう。

 ただ、音楽的にはギターに頑張ってほしかったと思っている。テクニック的には優れていると思うのだが、耳に残るフレーズや印象的なソロが少ないのである。これがもう少し目立っていれば、もっと多くのファンを獲得できたであろう。
 それから、アルバム・ジャケットの問題も含めて、プロモーションが不足していた。“ロジャー・ディーン”クラスとはいかないまでも、もう少しまともなアルバム・ジャケットに差し替えてもっと宣伝をすれば、まだ寿命は延びたのではないだろうか。再結成は無理でも、再評価は必要なバンドだと思っている。

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2019年2月18日 (月)

ワールド・トレイド

 さて、今年もやってきましたプログレ祭り。今回は2か月間限定ということで紹介することにした。実際、最近はプログレッシヴ・ロックのアルバムをあまり聞かないからだ。なかなか良質のアルバムに出会わないのである。

 さて、第1回目はワールド・トレイドというバンドだ。知っている人は知っていると思うけれど、一時期イエスに在籍した、そして今は再び加入し、ツアーに同行しているビリー・シャーウッドが中心となって結成されたバンドである。Worldtrade17c
 ビリー・シャーウッドといえば、イエスのベーシストだったクリス・スクワイアが、死の床で自分の後継者として指名したと言われるほどのミュージシャンだ。昔からビリーのベース音はクリス・スクワイアのゴリゴリのリッケンバッカーの音とそっくりだった。アタックの効いたそのサウンドは、クリス・スクワイアの代名詞だったのだが、今ではビリー・シャーウッドが見事にその代役をこなしている。

 また、演奏面のみならず声質についてもクリス・スクワイアによく似ていて、高音の伸びや声域の広さもクリスを補って余りあるというものだった。それに、時々ジョン・アンダーソンと聞き違えるかのような歌い方もあって、このビリー、実は昔からのかなりのイエス・ファンではないだろうかと思っている。
 実際、1989年にはジョン・アンダーソンの後任ボーカリストとして白羽の矢が当たって、デモ・テープをレコーディングしている。80年代の終わりからイエスはボーカリスト探しを行っていて、それは今に始まったことではなかったようだ。

 その後、ビリーは1991年の8人編成イエスのアルバム「ユニオン」の中で、クリス・スクワイアと一緒に"The More We Live - Let Go"を共作しているし、1994年夏に行われた「トーク」ツアーで、サポート・ミュージシャンとしてステージに立っている。さらには、1996年の2枚組アルバム「キーズ・トゥ・アセンション」でのスタジオ録音曲を2曲分をミキシングしていた。この時点ですでにイエス加入については、時間の問題といってよかったのだ。

 ビリー・シャーウッドについては、クリス・スクワイアとの共同アルバム「コンスピラシー」やトニー・ケイなどと組んだバンド、サーカなどを通して、何度もこのブログで紹介してきたので、もう詳しく語る必要はないだろう。イエスのオリジナル・メンバーがいずれも70歳代になっているなかで、唯一、彼だけはまだ53歳と若い部類に入るのである。

 ネヴァダ州ラスヴェガス出身のビリー・シャーウッドは、80年代に実の兄であるマイケル・シャーウッドとともに、ロジックというバンドを組んで1985年にアルバムを発表したが、やがて解散して、その後元ストーン・ヒューリーというバンドのギタリストであるブルース・ゴーディとともにバンドを結成した。それがワールド・トレイドだった。1988年頃のお話である。

 彼らは1989年にデビュー・アルバムを発表した。全11曲だが、オープニングの"The Painted Corner"は煌びやかなシンセサイザーが目立つ2分足らずのインストゥルメンタルだった。2曲目の"The Moment is Here"は、ワールド・トレイドを代表する曲だろう。ゆったりとした曲で、先ほどの"The More We Live - Let Go"に雰囲気がよく似ている。適度にプログレッシヴで、適度にポップなのだ。後に3枚目のアルバムのボーナス・トラックとして収録されていたから、彼ら自身も気に入っているのだろう。51vl4nnvll
 "Can't Let You Go"は、どことなく80年代初期に流行ったL.A.メタルのようだ。テンポの速いL.A.メタルの曲をクリス・スクワイアがアレンジしたような感じで、声もクリスに似ているし、高音部はジョン・アンダーソンのようだ。

 "Life-Time"は90年代のイエスの曲のように聞こえてくる。ベース音がまさにリッケンバッカーしているし、声質もイエスの曲に似ている。この曲はビリー・シャーウッドとブルース・ゴウディの共作だが、ギタリストのゴウディがあまり目立っていない。もう少し目立つギター・ソロなりフレーズを聞かせてほしかったのだが、それがない。アルバム通しても、ギターが目立っていないのだ。むしろキーボードの方が目立っていると感じた。

 ブルース・ゴウディは、元はメタル・バンドで活動していたからギター・ソロはお得意のものだと思うのだが、このアルバムではあまり目立っていない。スタジオ・ミュージシャンとしても働いていたし、1987年からは矢沢永吉のツアー・ギタリストとして約10年間活動していたから、決して実力は劣っていないと思うのだが、力の出し惜しみか、あるいは楽曲に合っていないからと削られたのだろうか。

 ブルース・ゴウディ自身は、理想とする音楽とはティアーズ・フォー・フィアーズとレッド・ゼッペリンをミックスしたようなサウンドで、現存するHR/HMとは異なるテクノロジーを大胆に導入したもの、と以前インタビューで答えていたが、ちょっとビリー・シャーウッドの音楽観とは違うようだ。

 唯一、7曲目の"The Revolution Song"ではやや長いソロを聞かせてくれていて、かつて流行った速弾きを披露している。そのあとキーボード・ソロがあるのだが、楽曲自体がイエスのようなプログレッシヴ・ロック風だからだろう。

 とにかくこのアルバムは、“リトル・90年代イエス”といった内容で、90年代のイエスの楽曲をこじんまりさせたような感じがした。あるいは逆に言うと、90年代のイエスの方が70年代のイエスよりも極小化してきたともいえるだろうし、さらには、90年代のイエスの楽曲に占めるビリー・シャーウッドの影響力がいかに強かったかが分かるだろう。

 また、全体的にゆったりとした楽曲が多くて、何となく爽快感が味わえない。複雑な曲展開もなく、印象的なソロも少ない。どの曲も似たように思えてきて、ある意味、単調で面白みがないのである。

 そして、ワールド・トレイドはこの1枚で活動を停止してしまった。ブルース・ゴウディは、ワールド・トレイドのキーボーディストだったガイ・アリソンとともに、アンルーリー・チャイルドというバンドを結成し、ビリー・シャーウッドの方は、ザ・キーというバンドを結成した。
 アンルーリー・チャイルドの方はアルバムを1枚発表したものの、商業的には成功せず解散の憂き目にあってしまった。
 ビリーの方も自分のバンドよりもイエスとともに活動することの方が多くなり、最終的にはアルバムを出すこともなくバンドは消えていった。(その後1997年には「ザ・キー」というアルバムを発表している)

 ところが、1995年にワールド・トレイドがドラマーを代えて復活し、セカンド・アルバム「ユーフォリア」を発表した。このアルバムには、本物のクリス・スクワイアが参加して、2曲で共演を果たしている。たぶん、ビリーをイエスへのヘッド・ハンティングしに来たついでに、アルバムに参加したのだろう。418dv0e078l
 ビリー・シャーウッドは、イエスの1997年のアルバム「オープン・ユア・アイズ」から正式メンバーとしてクレジットされ、1999年のアルバム「ザ・ラダー」に伴うツアーまで在籍していた。(もちろん現在では再び正式メンバーにクレジットされている)

 その後のビリーは、ソロ・アルバムの発表や、他のミュージシャンのアルバムに参加したり、プロデュースしたりと八面六臂の活躍をしていたが、ワールド・トレイドとしては、突如として2017年に約22年振りのアルバム「ユニファイ~統合理論」というアルバムを発表した。

 前作の「ユーフォリア」では、ドラマーがエイジアやイエスのアラン・ホワイトの代役をしていたジェイ・シェレンだったが、このアルバムではオリジナル・メンバーだったマーク・T・ウィリアムズに戻っている。彼は、「スター・ウォーズ」や「ハリー・ポッター」などの映画音楽の巨匠として知られるジョン・ウィリアムズの息子だという。

 基本的にこのアルバムも、ビリー・シャーウッドの個性が発揮されていて、今までのアルバムと大きな変化はない。ただ1曲当たりの楽曲が長くなった分、より複雑でプログレッシヴした雰囲気を味わうことができる。51sx8t6znol
 それに、ブルース・ゴウディのギターもデビュー・アルバムよりは目立っているし、楽曲に貢献している。ただ残念なのは、アコースティック・ギターやスライド・ギターなども披露してほしかったことだ。そうすればもう少し曲に色どりを施すことができたのではないだろうか。

 "Pandora's Box"は疾走感があっていいし、各楽器のバランスもいいが、各人のソロ、特にギターとキーボードに関しては、もっと目立ってもいいのではないか。この辺は本家イエスを見習ってほしいものである。続く、"Gone All The Way"はワールド・トレイドの得意なややゆったりしたタイプの曲で、ブリティッシュ風味の陰鬱な展開を含んでいる。

 アルバム・タイトル曲の"Unify"もまたスピード感があり、やや複雑な曲展開を持っていて、こういう曲を聞くとプログレッシヴ・ロックのアルバムだと実感できる。もう2曲くらいこんな感じの曲があればよかったと思った。
 また、"Same Old Song"という曲には珍しくバンジョーが使われていて、そういう意味ではデビュー・アルバムよりは工夫されているだろう。こういう意欲的な試みをもっと発揮してほしいものだ。だって、プログレッシヴ・ロックのアルバムなのだから。

 現在のビリー・シャーウッドは、イエスに在籍しているのと同時に、サーカ、ワールド・トレイド、その他のソロ活動やプロジェクトとして活動しており、ある意味、スティーヴン・ウィルソン、ロイネ・ストルトと並んで現代のプログレッシヴ・ロック・シーンを牽引していると言えるだろう。
 できれば、その優れた才能を分散させないで、何か一つに集中させて後世に残るような傑作を作ってほしいと願っているのである。

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2019年2月11日 (月)

カンサスのライヴ・アルバム

 “レコードの時はショボかったけど、CD化されてお買い得になったアルバム”のプログレッシヴ・ロック編の第2弾、そして最終回でもある。

 プログレッシヴ・ロックの分野でも、他の分野のロック・バンドと同じように、いわゆるA級からB級、C級とグレイドを分けて語られる場合がある。具体的にどのバンドがどの地位を占めるかは、その人の感性によって違うから固定化はできないが、それでもイエスやピンク・フロイド、ジェネシス、キング・クリムゾンなどは、誰がどう見てもA級プログレッシヴ・ロック・バンドと認定するだろう。

 問題はそれ以外のバンドで、例えばフォーカスなどはどうだろうか。自分としてはA級と認めてもいいと思うのだが、人によっては知名度がイマイチ劣るなどの理由でB級と思うかもしれない。またそれ以外にも、キャラヴァンやキャメル、ジェスロ・タル、ネオ・プログレッシヴ・ロック・シーンから生まれたマリリオンやペンドラゴン等々、数え上げたらきりがない。

 今回取り上げられるアメリカのプログレッシヴ・ロック・バンドのカンサスは、どうだろうか。一時期は、アメリカを代表するプログレッシヴ・ロック・バンドだったのだが、今ではほとんど話を聞かない。現在でも活動は続けているのだが、若い人にとってはほとんど無名に近いのではないだろうか。6016cf12b0938dd378a5f592aa5eb8c3pro
 彼らの全盛期も前回のスーパートランプと同じように、1970年代の後半から80年代の前半だった。自分としては、1980年の「オーディオ・ヴィジョン」までだと思っているのだが、チャート・アクションで判断すると、1986年のアルバム「パワー」までだろう。このアルバムは、全米アルバム・チャートの35位まで上がっていたからだ。

 カンサスについては以前のブログで述べたので、詳細は省略させてもらうが、このライヴ・アルバムが発表された1978年あたりが人気、実力ともに最盛期だったように思える。このライブも1977年から78年にかけて3回の全米ツアーから録音されていて、だからこのライブ・アルバムには彼らの一番脂の乗った時期の演奏が収められているといっても過言ではないだろう。

 彼らは1974年に「カンサス」でデビューしたのだが、これが鳴かず飛ばずでセールス的にはうまくいかなかった。1stアルバムから7分、9分といった長い曲や、ギターやキーボードだけでなくヴァイオリンも効果的に使用していて、アメリカ人のバンドながらもヨーロッパ風のプログレッシヴ・ロックのテイストも持ち合わせていたのだが、なかなか受け入れられなかったようだ。

 もともと彼らはホワイト・クローバーという名前で、フランク・ザッパに影響を受けてバンド活動を始めている。一時はドアーズの前座としてステージに上がったこともあったという。ただバンドは途中で解散したのだが、そのあとドラマーのフィル・イハートが渡英して、そこでイエスやキング・クリムゾンの音楽に啓発されて帰国し、彼らは新しいメンバーを入れて6人組として再出発した。だからアメリカのバンドでありながら、当初からそこはかとなくヨーロピアン・テイストを持ち合わせていたのである。

 彼らがブレイクしたのは、1975年に発表された2枚目のアルバム「ソング・フォー・アメリカ」のヒットからである。このアルバムは全米57位まであがり、彼らは一気に注目を集めるようになった。
 ただ日本では3枚目のアルバム「仮面劇」が最初のアルバムにあたり、4枚目の「永遠の序曲」のヒットによって1st、2ndと遡って紹介されている。

 当時は“アメリカン・プログレ・ハード”という名称で、カンサスやジャーニー、スティックスにボストンなどが幅を利かせていて、日米ともに人気が高かったが、そういう時流にうまく乗ることができたのも成功の一因だっただろう。

 特に、1976年の4枚目のスタジオ・アルバム「永遠の序曲」、翌年の5枚目「暗黒への曳航」でキャリア・ハイのセールスを記録した。前者はチャートで5位、後者は4位まで上昇し、両方とも400万枚以上売り上げている。

 その全盛期に発表されたのが、彼らの初めてのライヴ・アルバム「偉大なる聴衆へ」だった。1978年のお話だ。
 ただ、この1978年のLPレコードは2枚組全14曲で、約80分間にわたって彼らの全盛期のライヴを堪能することができた。ところが80年代後半に出たこのライヴ盤のCDでは終わりから2曲目の"Closet Chronicles"(6分55秒)が時間の関係でカットされていた。だから、CDになって損をした感じで、むしろLPレコードの方がお得感がしたものだ。そのレコードのトラック・リストを以下に記しておく。
サイド1
01.Song for America
02.Point of Know Return
03.Paradox
04.Icarus-Borne on Wings of Steel
サイド2
05.Portrait
06.Carry on Wayward Son
07.Journey from Mariabronn
サイド3
08.Dust in the Wind
09.Lonely Wind
10.Mysteries And Mayhem
11.Excerpt from Lamplight Symphony
12.The Wall
サイド4
13.Closet Chronicles
14.Magnum OpusKansastwofortheshow4ab
 LPレコードでは全14曲だったのが、それが最初にCD化されたときには13曲になっていたのだ。81dmwksokcl__sl1272_ それが2008年のアルバム発表30周年記念盤では、2枚組の全24曲、時間にして約148分にまで拡大されていたのである。 

 このライヴ・アルバムではそれまでの彼らのキャリアを総括するかのように、1stアルバムから5枚目のアルバム「暗黒への曳航」までの中からほぼ均等に選出され、演奏されている。
①「ファースト」…"Bringin' It Back","Lonely Wind","Belexes","Journey from Mariabronn"
②「ソング・フォー・アメリカ」…"Down the Road","Song for America","Lamplight Symphony","Lonely Street"
③「仮面劇」…"Icarus","Child of Innocence","Mysteries and Mayhem"
④「永遠の序曲」…"Carry on Wayward Son","Miracles out of Nowhere","Cheyenne Anthem","Magnum Opus","The Wall"
⑤「暗黒の曳航」…"Point of Know Return","Paradox","The Spider","Portrait","Closet Chronicles","Dust in the Wind","Sparks of the Tempest","Hopelessly Human"

 上記のように1枚目から5枚目までそれぞれ4曲、4曲、3曲、5曲、8曲収録されているが、さすがに77年当時のニュー・アルバムだった「暗黒の曳航」からは10曲中8曲も収められていた。81evg5kxmtl__sl1500_
 それで2008年版の「偉大なる聴衆へ」のトラック・リストは以下のようなものだった。見ればわかると思うが、ディスク1は、既発の1枚組CDと全く同じ曲と曲順である。
ディスク1
01.Song for America
02.Point of Know Return
03.Paradox
04.Icarus-Borne on Wings of Steel
05.Portrait
06.Carry on Wayward Son
07.Journey from Mariabronn
08.Dust in the Wind
09.Lonely Wind
10.Mysteries And Mayhem
11.Excerpt from Lamplight Symphony
12.The Wall
13.Magnum Opus

ディスク2
01.Hopelessly Human
02.Child of Innocence
03.Belexes
04.Cheyenne Anthem
05.Lonely Street
06.Miracles Out of Nowhere
07.The Spider

08.Closet Chronicles
09.Down the Road
10.Sparks of the Tempest
11.Bringin' It Back
(※赤文字の曲は未発表曲)

 ディスク2の8曲目"Closet Chronicles"はLPレコードに収録されていたが、それ以外の10曲はすべて未発表曲だった。ワインじゃないから別に30年も寝かせなくて、もう少し早く発表してもよかったと思うのだが、ファンにとってはまさに涙もののライヴ・アルバムだと思う。まさに、“レコードの時はショボかったけど、CD化されてお買い得になったアルバム”だと思うのだが、どうだろうか。

 しかも最後の曲の"Bringin' It Back"は、南部のシンガー・ソングライターのJ.J.ケイルの曲だった。カンサスは、自分たちのデビュー・アルバムで取り上げていたもので、7分を超えるロング・ヴァージョンに仕上げられている。

 ひとつだけ注文をつけるとするならば、できれば当時のコンサート順になるように曲の配列をしてほしいと思った。そうするとまさに当時のコンサート会場にいるような気分に浸れたに違いない。記録に残すということと記憶に残ることは違うことなので、もう少しその辺の配慮があれば、このアルバムはもっと多くの人に受け入れられたに違いないと思う。

 現在のカンサスは7人体制で音楽をやっていて、オリジナル・メンバーは、ギタリストのリチャード・ウィリアムスとドラマーのフィル・イハートの2人だけになってしまった。
 そしてこのライブ盤は、タイトル通りのライヴ・アルバムなのだが、偉大なのは聴衆だけでなく、当時の彼らもまたこのタイトルに値するバンドであり、これはその偉大な記録なのである。

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2019年2月 4日 (月)

スーパートランプのライヴ・アルバム

 昨年末に“レコードの時はショボかったけど、CD化されてお買い得になったアルバム”の特集を行ったが、そのまま続けようとは思わなかった。理由は、きりがないからである。
 しかし、ひとつだけ心残りだったのは、アメリカン・ロックとブリティッシュ・ロックだけだったということだ。できれば、プログレッシヴ・ロックのアルバムも入れようとずっと思っていた。

 プログレッシヴ・ロックといっても、イギリスやアメリカ、その他の地域のバンドなど様々だ。その中で探すのも大変だと思って、結局、わかりやすいB級プログレッシヴ・ロック・バンドのアルバムから選ぶようにした。B級といってもイエスやピンク・フロイドまでの知名度はないものの、それなりに名前の売れているバンドである。今回はイギリス代表ということで、70年代後半から80年代初めにかけて活躍したイギリスのバンド、スーパートランプについてである。A1eiwzevirl__sl1500_
 スーパートランプについては、以前にもこのブログで紹介したので重複は避けたいが、彼ら5人は1974年のアルバム「クライム・オブ・ザ・センチュリー」が全英4位、全米38位になったことから注目を集めるようになり、その後、「危機への招待」、「蒼い序曲」とヒット・アルバムを連発し、1979年のアルバム「ブレックファストイン・アメリカ」ではついに、全英3位、全米1位という快挙を達成した。

 もともとは比較的長い曲を得意とするプログレッシヴ・ロック・バンドだったのだが、売れるにつれて徐々にポップ・テイストを強くしていった。例えていうなら、イエスが徐々に10cc化していったといえばわかりやすいだろう。

 「ブレックファスト・イン・アメリカ」が売れた最大の理由は、初期からのプログレッシヴな要素と徐々に芽生えたポップなテイストが、微妙なバランスでうまく成立していたからである。

 その後も1982年には「フェイマス・ラスト・ワーズ」が全英6位、全米5位を記録したが、彼らの全盛期はここまでで、主要メンバーだったロジャー・ホジソンの脱退で、坂道を転げ落ちるように人気を失っていった。

 それで今回のアルバムは、この全盛期の時に発表されたライヴ・アルバム「ライヴ・イン・パリ」(原題:"Paris")である。51zqnj2wsfl
 このコンサートは、1979年の“ブレックファスト・イン・アメリカ”ワールド・ツアーでフランスのパリを訪れた時のもので、まさに脂の乗った全盛期の彼らのライヴを堪能することができる内容だった。1980年の9月に発表されたレコードでは、次のような曲順だった。
サイドA
1.School
2.Ain't Nobody But Me
3.The Logical Song
4.Bloody Well Right
サイドB
5.Breakfast in America
6.You Started Laughing
7.Hide in Your Shell
8.From Now On
サイドC
9.Dreamer
10.Rudy
11.A Soapbox Opera
12.Asylum
サイドD
13.Take The Long Way Home
14.Fool's Overture
15.Two of Us
16.Crime of The Century71ixmfz8lpl__sl1379_
 御覧のように全16曲、時間にして約94分だった。レコードの各面に4曲ずつ配置されていることから、時間的にほぼ同じになるように計画的に曲が並べられたことが分かる。
 しかも、「クライム・オブ・ザ・センチュリー」から「ブレックファスト・イン・アメリカ」までのアルバムからほぼ万遍なく収録されていることから、それまでの彼らの集大成的なライヴ・アルバムになっていた。
 商業的には、全英で7位、全米でも8位と成功している。この時期の彼らは何を出しても売れたのではないかと思わせるような人気を博していたのではないだろうか。

 ところが、2006年にこの時のライヴの模様を記録したビデオが見つかったことから、この時のライヴ・アルバムを編集し直す機会に恵まれたのである。
 時は既にCDの時代。それなら実際のライヴに近いアルバムを出そうということで、2011年に2枚組CD+DVDが発表された。その時のタイトルは「ライヴ・イン・パリ'79」(原題:"Live in Paris'79")に変更され、アルバム・ジャケットも差し替えられたのである。71ehdkfyvpl__sl1200_
CD1
01.School
02.Ain't Nobody But Me
03.The Logical Song
04.Goodbye Stranger
05.Breakfast in America
06.Bloody Well Right
07.Hide in Your Shell
08.From Now On
09.Child of Vision
10.Even in The Quietest Moments
11.You Started Laughing
CD2
01.A Soapbox Opera
02.Asylum
03.Downstream
04.Give A Little Bit

05.Dreamer
06.Rudy
07.Take The Long Way Home
08.Another Man's Woman
09.Fool's Overture
10.Two of Us
11.Crime of The Century

 全22曲、2時間を超える内容になっていて、これはもうマスト・バイ・アイテムだと思っている。それで上記の赤い文字の曲が追加された曲だが、こうやって全22曲を眺めてみても、70年代後半のアルバムからほぼ均等に収録されていた。61a3wwx0bpl
 ちなみに、DVDの方はというと、全18曲で、CDから除外された曲は次の4曲だった。"Ain't Nobody But Me"、"You Started Laughing"、"A Soapbox Opera"、"Downstream"である。リック・デイヴィスの歌う"Downstream"は見てみたかった。ピアノ一台で切々と歌っているからだ。

 DVDを見ると、リック・デイヴィスとロジャー・ホジソンだけではなくて、実はサックス奏者のジョン・ヘリウェルの役割も意外に大きいということが分かる。ステージ上ではMCも担当していて、サックスやクラリネットだけでなく、キーボードやボーカルも担当していた。

 また、リック・デイヴィスのピアノ演奏はリリカルで、かつテクニカルでもある。ピアノでリードする場面ではリックがほとんど担当していた。意外とロジャーは目立っていなくて、確かにハイトーンのボーカルは目立つものの、ギターとキーボードの演奏に関しては、そんなに特筆すべきものはないように見えた。もちろん、上手なのは当然なのだが、際立ってスリリングな演奏をするというわけではなかった。819qqn4we2l__sl1500_
 スーパートランプが解散した理由は、もちろんリックとロジャーの仲たがいが原因なのだが、リックはよりプログレッシヴで長い曲を要求し、一方のロジャーは、よりポップで短い曲を求めるようになったからだそうだが、バンド脱退後のロジャーのアルバムは、決してポップで短いものではなく、むしろ彼流のプログレッシヴ・ロックを追及しているようにも見えた。要するにロジャーは、単純に自分のやりたい音楽を追及したかったのだろう。

 その後のバンドは、解散と再結成を繰り返しながら今に至っている。現在ではリックとジョンとドラマーのボブ・シーベンバーグを中心に活動を続けているようだが、残念ながらかつての栄光は望むすべもない。リックの白血病のせいもあるが、新作アルバムも2002年以来発表されていないので、ほぼ解散状態だろう。

 元相棒のロジャー・ホジソンの方は、2000年以降ニュー・アルバムを発表していないものの、ツアーは続けていて、昨年も“ブレックファスト・イン・アメリカ40周年ツアー”を行っている。彼はまだ68歳だから、もう少し続けることができるのではないだろうか。

 いずれにしても、このライヴ・アルバム「ライヴ・イン・パリ'79」は、“レコードの時はショボかったけど、CD化されてお買い得になったアルバム”に相応しいと思っているし、イギリスのB級プログレッシヴ・ロック・バンドを代表するアルバムの1枚だとも言えるだろう。

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