スティーヴ・ヒレッジ

 スティーヴ・ヒレッジのアルバムは2枚しか聞いたことがない。だからあまりたいそうなことはいえないのだが、いずれも一聴しただけで、彼のアルバムということがわかる。それほどユニークであり、かつ彼でしか出せない独特な音作りをしているのである。

 彼はデイヴ・ステュワートと「スペイス・シャンティ」というアルバムを制作したあと、ケヴィン・エアーズのバンドに加入したり、72年からフランスに渡ってゴングで活躍したりした。素晴らしいアルバムを3枚発表したあと、1975年にソロ・アルバム「魚の出てくる日」をヴァージン・レコードから発売した。

Fish Rising Music Fish Rising

アーティスト:Steve Hillage
販売元:EMI/Virgin
発売日:2006/09/29
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 このアルバムはゴングもメンバーも参加していて興味深い。特にリズム陣のピエール・ムランとマイク・ハウレットの演奏は素晴らしく、スティーヴとのギターとの共同作業は緊張感をもたらし、それにデイヴ・ステュワートのオルガンやティム・ブレイクという人のシンセサイザーの音色が浮遊感を与えてくれる。
 特に1曲目"Solar Musick Suite"(綴りミスではない!)の10分過ぎでは、珍しくエフェクトの少ない彼の流麗なギター・プレイを堪能できる。名演である。

 短い曲2曲を挟んで、"The Salmon Song"でも時にアップテンポな演奏が行われていて高揚感が伝わってくるのだが、これは同様のリフを繰り返し演奏しているからで、こういう手法が後に彼をテクノ・ミュージックに走らせたのだろう。

 そして最後の曲"Aftaglid"は7つのパートに分かれていて、時にハードに、時にスローにリスナーに迫ってくる。途中でエレクトリック・シタールやタブラを使用しているのだろうか、インド風の旋律も聞こえてきて、ユニークな曲風がいかにも彼らしい。

 ひょっとしたらクィーンのブライアン・メイは、スティーヴ・ヒレッジから影響を受けているのかもしれない(ブライアンは一切そんなことは言っていないけれども!)。それほどディレイ・マシーンとエコーを使用していて、一人多重録音のようなギター演奏を行っているのである。

 このアルバムを初めて聞いたときは、高校生の頃だったかもしれない。まだ彼の良さはわからなかった。しかし後にじっくり聞いてみて、実は彼の演奏テクニックは只者ではないということがわかったのである。

 もう1枚の自分の持っているアルバムは1978年の名作「グリーン」である。このアルバム、タイトル通りの緑色のジャケットに包まれており、アルバムのプロデューサーはピンク・フロイドのニック・メイソンであった。

Green Music Green

アーティスト:Steve Hillage
販売元:Toshiba EMI
発売日:2006/11/30
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 このアルバムがまた素晴らしく、本当に彼はギターが上手だということがわかるのと同時に、スペイシーな音響空間やディレイを効果的に使用したエレクトリック・ギターの音色が心地よい。

 特に4曲目"Palm Trees(Love Guitar)"では、アコースティック・ギターから始まり、スローな展開から徐々に盛り上がっていく格好になっていて、彼の特長であるエフェクティヴなギターが炸裂している。最後はまどろむようにエンディングを迎えていて、宗教的瞑想や何らかの悟りを得るためのBGMとしても使えそうである。

 またファンキーな"Unidentified(Flying Being)"も含まれていて、ジャズやロック以外にも、意外に彼の音楽性が広いことがわかる。そういう意味でも器用なミュージシャンなのだろう。
 この曲の後半では、かなりギターを弾きまくっていて、それが切れ目なく次の曲へとつながっている。この辺はプロデューサーのニック・メイソンの指示なのかもしれない。

 最後の曲"The Glorious Om Riff"はどこかで聞いたような曲だと思ったら、ゴングの曲のリメイクだった。ホークウィンドの曲以上にサイケデリックであり、シンセサイザーとギターの構築する音空間が非常に印象的なのである。こ気味良いリズムが刻まれて、それにギターが絡む様が彼流なのだ。

 だからアルバム後半ではまるで組曲のようになっていて、ずっと聞き込んでいるとトランス効果が生じて、人によっては瞑想、酩酊状態、ナチュラル・ハイになり、高揚感がうまれてくるかもしれない。某芸能人のように薬物を使用しなくても、このような音楽を聞けばトランス状態になれる可能性はあるように思うのだが、どうだろうか。

 彼は有能なミュージシャンであり、エフェクト類を使用しなくても巧みなギタリストであることがわかる。
 ローリング・ストーンズのミック・テイラーがストーンズを脱退したあとの後任の候補の一人として、スティーヴ・ヒレッジの名前が挙がっていたというのが面白い。彼が加入したストーンズの音を想像してみると、奇妙な気がする。やはり彼はソロとして活動した方がいいだろう。

 彼は80年代、90年代はギタリストよりも、プロデューサーとしてシンプル・マインズやザ・シャーラタンズなどのアルバム制作に携わったことで再び脚光を浴びた。また自身のバンド、システム7を運営し、テクノやアンビエント・ミュージックに取り組んでいる。
 2007年には手塚治虫の“火の鳥”にちなんでアルバムを発表している。58歳になったスティーヴだが、まだまだ現役のカンタベリー系ミュージシャンなのである。

Phoenix Music Phoenix

アーティスト:システム7,ジャム・エル・マー,スラックババ,デヴィッド・アレン,ソン・カイト,ミト,イート・スタティック
販売元:WAKYO Records
発売日:2007/10/24
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カーン

 前回からの続きで、デイヴ・ステュワートの話であるが、今回はそれにスティーヴ・ヒレッジが加わる。むしろスティーヴの話といっていいかもしれない。

 デイヴは1972年の5月くらいまでエッグに在籍していたのだが、それと同時並行してかつて同じバンドのメンバーだったギタリストのスティーヴ・ヒレッジのバンド、カーンのデビュー・アルバム制作に参加していた。

 だからカーンの1972年のアルバム「宇宙の船乗り」では、クレジットをみるとバンドの3人の名前のあとにwith Dave Stewartと書かれていて、デイヴがゲスト参加のような形でアルバム制作を手伝ったことがわかる。

 この「宇宙の船乗り」というアルバムは、カーンというバンド自体がこの1作のみで解散してしまったために、あまり有名なものにはならなかったのだが、いま聞くとカンタベリー系ミュージックというよりは、むしろ正統的なプログレッシヴ・ロックの範疇に属する音楽だと感じられてならない。

宇宙の船乗り+2(紙ジャケット仕様) Music 宇宙の船乗り+2(紙ジャケット仕様)

アーティスト:カーン
販売元:USMジャパン
発売日:2008/11/26
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 それはスティーヴがかなりギターを弾いているということと、それと対等にデイヴのオルガン・プレイも渡り合っているからである。またカンタベリー系ではジャズよりのインストゥルメンタルが中心なのだが、このアルバムでは全6曲、すべてボーカル入りなのである。だから実験的な意味合いは薄く、やる気十分の聞かせるアルバムに仕上げられている。

 1曲目のアルバム・タイトル曲や後半の曲がいい。1曲目から9分の長い曲になっていて、スティーヴのエフェクトを効かせたギター・プレイが印象的である。また2曲目"見知らぬ浜辺にて"ではデイヴのピアノが流れるように響いていて、スティーヴのギターとの息もピッタリだ。やはり昔一緒にやっていたせいであろう。ゲスト参加ではなく、同じメンバーといってもおかしくない。

 3曲目"自由への飛翔"では短いながらもベース・ソロやドラムスのジャズっぽい演奏もあり、バンドとしてのまとまりを演出しているかのようである。こうして聞くと、スティーヴ・ヒレッジは上手なギタリストということがあらためてわかった。

 このアルバムの聞き所はやはり後半3曲だろう。なかでも"アムステルダムへのドライヴ"と"星をみつめる二人"はメロディがはっきりしているし、演奏部分も素晴らしい。
 前者はどちらかというとミディアム・テンポの曲で、スティーヴのギター多重録音が効果的だ。9分以上もあるアルバムで一番長い曲でもある。

 後者の曲は前の曲よりもよりテンポが速く、全体的にスピード感がある一方で、ソロ部分ではテンポを落とすなど緩急をつけた音作りが耳に残る名品になっている。そして最後の曲"ぬけがらの化石"は叙情的な曲で、デイヴのオルガン・プレイやスティーヴのエフェクティヴなギターも際立っている。

 この1作でバンドが解散した理由はわからないが、恐らくアルバムの売り上げが悪かったのだろう。レコード会社からアルバム発表を拒否されているからだ。
 ちなみにカンタベリー系ミュージシャンで仲が悪いというのはほとんど聞いたことがない。仲が悪くなっても、しばらくするとまた一緒にレコーディングしていたりもするからである。

 カンタベリー系といっても、このスティーヴ・ヒレッジはロンドン出身なので、正式にはカンタベリー系ではない。この辺の事情はデイヴ・ステュワートと一緒である。

 このバンドの結成当時のドラマーは、ピップ・パイルだった。ピップ・パイルといえば後にデイヴと一緒にハットフィールド&ザ・ノースを結成している。

 また1972年の秋にはデイヴ・ステュワートが正式加入して、2ndアルバム用の楽曲を録音するのだが、上記にもあったようにアルバム発表が拒否されたために、結局バンドは解散してしまった。この録音された曲のいくつかはスティーヴ・ヒレッジのソロ・アルバムに使用されているようだ。

 そして解散後はスティーヴ・ヒレッジはケヴィン・エアーズとの共演のあと、ゴングに参加し、あの有名な“ラジオ・ノーム三部作”の制作に携わっている。
 デイヴの方は、このあとハットフィールド&ザ・ノースに参加し、より一段と知名度を上げていった。

 これは余談だが、アルバム・ジャケットにミュージシャン名と使用楽器が記されていて、デイヴの欄には使用楽器にSkycelesteとある。もちろんそんな名前の楽器はなく、これは聞かれたときに“冗談だ”と答えるために、わざと記したようである。こういうユーモアがあるのもカンタベリー系ミュージック(ミュージシャン)の特長なのである。

 できればこのメンバーでさらにアルバムを発表してほしかったのだが、それは叶わぬ夢になってしまった。しかしアルバムの中での共演という形で、2人の交流は続くのである。まるで時代が如何に変わろうとも、2人の友情は不変であるかのようで、真実のミュージシャン・シップとは、こういうことを指すのかもしれない。 

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エッグ

 カンタベリー系の音楽についてながながと書き綴ってきた。まるで“カンタベリー物語”のようであるが、こちらの物語には“堕落した僧侶”や“いかさま錬金術師”などは出てこない。当たり前だが…

 ここで最終章に行く前に、前回の“ギルガメッシュ”にも出てきたカンタベリー系ミュージックには欠かせない人物、デイヴ・ステュワートの、特にその活動の初期に所属していたグループ、エッグについて記してみたい。

 デイヴはロンドン出身なので、本当はカンタベリー出身のミュージシャンではないのだが、カンタベリー系のミュージシャンと交流が深いので、今ではカンタベリー系ミュージシャンの一人として見られている。

 彼は1960年代の後半に、ユリエルというグループを結成した。これは4人組のグループで、キーボードは彼自身、ベースにモント・キャンベル、ドラムスはクライヴ・ブルックス、そしてギターはあのスティーヴ・ヒレッジが担当していた。

 もう少し正確に記すると、デイヴは最初はギターを弾いていたのであるが、スティーヴの方がデイヴより“遥か先を行っていた”ということで、ギターをあきらめキーボードに専念するようになった。
 最初はスティーヴとモントがバンドを結成して、それにデイヴが加入したそうである。彼はバンドに入らんがために、機材運びまでして存在感を示したという。

 当初彼らは、フリートウッド・マックやクリーム、ジミ・ヘンドリックス、ナイスのような音楽を志していた。しかしスティーヴは大学進学のためにグループを脱退したために、残りの3人で活動するようになった。

 そして1969年にグループ名をエッグと改称した彼らは、翌年2枚のアルバムを発表したのである。(以前のグループ名ユリエル"Uriel"は“しびん”"Urinal"に音が似ていたために、当時のマネージャーから改名を迫られていたからといわれている)

 まず1stアルバム「エッグ」は前半は意外と聞きやすい。ボーカル曲が3曲も含まれているからである。しかもオルガンがまるでキース・エマーソンのようなところもあるし、結構よくできていると思った。これでドラムの手数が多ければ本当にE,L&Pの二番煎じになってしまうところだ。Photo

 2曲目の"While Growing My Hair"は、普通のボーカル入りのジャズ・ロックという感じでかなり渋めである。また4曲目のバッハ作曲の"Fugue in D Minor"ではアレンジされているものの、デイヴの淡々としたオルガン・プレイを聞くことができる。この辺までは大したことはないのだが、6曲目の"The Song of Mcgillicudie the Pusillanimous(or  Worry James, Your Socks are Hanging in the Coal Celler with Thomas)"という長ったらしいタイトルの曲では白熱したオルガン・プレイを堪能することができる。

 一番の聞き所は20分にわたって繰り広げられる“交響曲第2番”"Symphony No.2"であろう。第1楽章から第4楽章まで4つの部分で構成されているこの曲では、キース・エマーソンと対等に渡り合うかのようなデイヴ・ステュワートのオルガン・プレイが演奏されている。

 ただ第3楽章(アルバムでは"Blane"というタイトル)では抽象的かつアヴァンギャルドな音響世界になっていて、これには少し閉口した。こういう音楽性ははっきり言って嫌いなのである。
 そしてモントのベース・ソロに導かれて始まる第4楽章では3者によるアンサンブルを聞くことができて、ホット一息つくのであった。

 続く2作目の「優雅な軍隊」では、基本的な曲構成は似ているのだが、作風は前作とかなり異なっている。2
 まず1曲目"A Visit to Newport Hospital"はボーカル入りのジャズ・ロックで前作よりも起伏があり、インスト部分もかなり練られていて素晴らしい。オルガンの音がギターの音に聞こえる部分もある。何らかのエフェクトを使っているのであろう。

 しかし2曲目は管楽器プレイヤーをゲストに迎えてのジャズ・ロックで同じような旋律が繰り返されてきて、このあたりからちょっと付いていけなくなってしまった。3曲目は完全な実験音楽である。タイトルは"Boilk"といい、これは1stアルバムにも同名曲が収められていたが、1stでは1分4秒だった曲がここでは9分21秒に変身している。勘弁してほしい。

 4曲目からは"小作品 第3番"というタイトルながら4パートに分かれた組曲になっていて、構成は1stと同じなのだが、前作よりもかなり前衛的である。はっきりいって自分は聞き通すことが辛くなってしまった。ただパート2とパート4はまあまあいけると思う。

 だからエッグは単純なジャズ・ロックやクラシカルなロックを聞かせるのではなくて、かなり時代の先端を行くロックだったのであろう、当時としては。
 そのときはそれでよかったのかもしれないが、いま聞くとなるとちょっとどうかなと思ってしまう。こういう音楽が好きな人ならいいだろうけれども…

 たぶん評論家好みというか通受けする音楽とは思う。だから評論家によるアルバム評では良いことが書かれていると思うのだが、一般のリスナーにとっては日常的に耳にしたい音楽とは思わないような気がする。(特に2ndアルバムはそんな気がする。1stの方は2ndよりはましだと思うが、エッグを聞くならキャラヴァンやハットフィールド&ザ・ノースを聞いていた方がいいと思うのである)

 その後エッグは人気もアルバム販売数も下降線をたどり、1972年に解散。74年に再結成して3rdアルバムを制作するも、メンバー個人の希望を優先して実質的に解散してしまった。そして各人がさらにグループを結成しながら、離合集散を繰り返していくのである。“カンタベリー物語”は、まだまだ続くのであった。(To be continued...)

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ギルガメッシュ

 ギルガメッシュといえば、古代バビロニアのシュメール王朝時代の王の名前である。かつては伝説上の王様と言われていたようだが、現代では実在した王として考えられている。

 ロックの世界でも同名のグループが存在した。しかもそれはカンタベリー系のグループとして捉えられている。さらにあのハットフィールド&ザ・ノースの兄弟版のようでもあるのだ。

 ギルガメッシュの中心人物は、キーボード奏者のアラン・ゴウエンという人だった。この人は実はハットフィールド&ザ・ノース結成時のオーディションに参加していた。
 しかし結果は不合格。合格したのは元エッグのキーボード奏者のデイヴ・ステュワートだった。

 このアラン・ゴウエンという人は、1960年代後半はあのキング・クリムゾンの短期間のメンバーだったジェイミー・ミューアと一緒にアサガイというアフロ・ロック・グループを結成していたようで、世の中狭いものである。

 それでアランはオーディションには落ちたものの、合格したデイヴ・ステュワートと、これがきっかけとなって親交を結ぶようになり、交流が生まれたのである。世の中何が幸いするかわからない。
 しかもアランは、今度は自分でグループ結成を計画したのである。もし彼のほうがハットフィールド&ザ・ノースに加入していれば、ギルガメッシュというグループも生まれなかっただろう。

 グループの結成は1972年。アランが25歳のときである。ギターにフィル・リー、ドラムにはマイク・トラヴィスが加わり、ベースは最終的にジェフ・クラインに決定した。知っている人は知っていると思うのだが、このベーシストのジェフ・クラインは後にアイソトープに参加している。こういう交流の広さもカンタベリー系グループの特長なのである。

 そして1975年にやっと彼らの1stアルバム「ギルガメッシュ」が発表されたのだが、このアルバムのプロデュースは彼ら自身とデイヴ・ステュワートが担当している。いかにデイヴが彼らを応援していたかがわかると思う。こういう友情というか人情の厚さもカンタベリー系グループの特長である。

 Gilgamesh Gilgamesh
販売元: iTunes Store(Japan)
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 このアルバム、プレイ時間は40分に満たないものの、濃密で心地よい時間を与えてくれる。全8曲なのだが、中心となるのは1曲目と5曲目、7曲目の3曲でそれぞれ3部形式の組曲になっている。

 音楽的にはジャズ・ロックなのだが、聞いているうちに何となくハットフィールド&ザ・ノースに聞こえてくる。いろんな意味で影響をしあっていたのであろう。

 ただ、ギルガメッシュの方が色気があるというか、サウンド的に面白みがある。理由はデイヴ・ステュワートの方はオルガンやエレクトリック・ピアノが基本で、あとはちょっとシンセやメロトロンを使う程度だが、アランの方はピアノやオルガン、クラヴィネットにシンセサイザー、メロトロンと本当に多彩で、きらびやかである。しかもそれが音的にマッチしているから素晴らしい。

 またギターのフィル・リーという人も素晴らしい演奏を聞かせてくれる。エレクトリック・ギターがマイルドで、フィンガリングも華麗である。どうしてこうも次から次へと素晴らしいミュージシャンが現れてくるのだろうか。まことにカンタベリー・ミュージックは奥が深いと思う。

 もちろんこのアルバムは、ジャズ・ロックだからインストゥルメンタルなのだが、時々スキャット・ボーカルが聞こえてくる。スキャットしているのはアマンダ・パーソンズという女性で、この人はハットフィールド&ザ・ノースのアルバムでもノースセッツという3人組の女性ボーカルの一人として参加している。本当にハットフィールドとは縁が深いのである。

 3つの組曲の間に挟まってひっそりと息づいている曲の中に"Arriving Twice"という1分34秒の短い作品があるのだが、この曲は彼らの代表曲でもあるようで、その後も繰り返しライヴなので演奏されている。本当に短い曲だがエレクトリック・ピアノを支えるアコースティック・ギターという感じで、デリケートでドリーミィな曲に仕上がっている。

 このあとギルガメッシュは、ハットフィールド&ザ・ノースの解散を受けてデイヴ・ステュワートが合流し、ツイン・キーボード体制になるのだが、結局うまく行かず解散状態になってしまう。
 そしてアランとデイヴを中心として、ハットフィールドのメンバーが集まり、新しいグループのナショナル・ヘルスが誕生するのである。こういう離合集散が多いのもカンタベリー系バンドの特長なのである。

 その後、ヒュー・ホッパーがベースを担当してアルバムを制作したり、フィル・ミラーやリチャード・シンクレアなどとも共同でアルバムを発表したりしたのだが、残念なことに1981年5月に白血病でアラン・ゴウエンは亡くなってしまった。33歳という若さであった。最後のアルバム「ビフォア・ア・ワード・イズ・セッド」は、死の数日前に録音されたものだといわれている。

 2000年にはこの1stアルバムのデモやアウトテイク集なるものが発表されている。彼らのデビューに至るまでの瑞々しい演奏を味わうことができるとのこと。

 Gilgamesh/Arriving Twice Gilgamesh/Arriving Twice
販売元:HMVジャパン
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 ともかくリーダーのアラン・ゴウエンは亡くなってしまったのだが、期間的には短くてもその音楽は、伝説のギルガメッシュ王のように輝き続けるのであろう。

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ハットフィールド&ザ・ノース

 カンタベリー系・ミュージックのバンドを紹介しているわけだが、だいたい時系列にそって古い順から紹介しているので、今回はハットフィールド&ザ・ノースの登場となる。

 日本でも絶大な?人気を誇るハットフィールド&ザ・ノースなのである。あの日本のジャズ・ロック・プログレ・バンド、アイン・ソフもハットフィールド&ザ・ノースをもじって「帽子と野原」というタイトルのアルバムを発表しているくらいである。Photo

 

しかもこのバンド、カンタベリー系のミュージシャンの代表メンバーで構成されていて、いわゆるスーパー・バンドなのである。1973年のデビュー当時のメンバーは以下の通り。

キーボード・・・デイヴ・ステュワート(元エッグ)
ギター・・・フィル・ミラー(元マッチング・モウル)
ベース・・・リチャード・シンクレア(元キャラヴァン)
ドラムス・・・ピップ・パイル(元ゴング)

 実に堂々たる布陣である。“ディス・イズ・カンタベリー”といっても過言ではないメンバー構成で、この面子での音楽がどういうものになるのか結成当初から期待されていたようである。

 自分が最初に聞いたのは、彼らのデビューから少し遅れてからだったが、まだ子どもだったせいか音の印象については、残念ながらよく覚えていない。
 しかし、そのアルバム・ジャケットの手触りはよく覚えている。普通のアルバム・ジャケットよりも上質紙で出来ていて、まるでコーティングされたような手触りだったのである。しかもデザインがカッコよくて、夜のような昼のような街の情景が記憶に残っている。

 よくみるとキリスト教の宗教画のように、天上の部分に様々な人々の姿が薄く描かれているのだが、それに気づいたのはもっと後で、当時はよくわからなかった。

Hatfield and the North Music Hatfield and the North

アーティスト:Hatfield and the North
販売元:Plan 9/Caroline
発売日:1992/04/10
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 そしてこれも師匠の家で拝見したものであるが、そのデザインや手触りだけが記憶に残っていて、たぶん音楽も一緒に聞いたと思うのだが、その点については記憶にない。たぶん師匠もあまり推薦しなかったのではないだろうか。カセット・テープにも録音した覚えはないのである。

 それはともかくとして、この1stアルバムのゲスト・ミュージシャンの中には後にデイヴ・ステュワートとコンビを組むバーバラ・ガスキンが女声コーラス隊の一人として参加しているし、内ジャケットには車椅子に乗っているロバート・ワイアットが描かれていて、事故の後にレコーディングに参加したことがわかる。こういう交流が普通に行われていたのもカンタベリー・ミュージックの特長であろう。

 曲数は全15曲(CDでは17曲)と多いのだが、最初と最後の曲はサウンド・エフェクトのように短くて、曲間もほとんどなく、短い曲を連ねてトータル・アルバムのような形式になっている。
 ジャズ・ロックという分野に入るのだろうが、メロディがはっきりとしていて堅苦しくないし、聞きやすい。そういう意味ではソフト・マシーンやマッチング・モウルと全然違い、同じカンタベリー系とは思えないほどである。

 そしてメロディの優しさとともに、リチャード・シンクレアの声質も柔らかく温かみがあり、何となくこちらまで和んでしまうのである。初期のキャラヴァンもそうだったのだが、彼が歌うと不思議と安心してしまう。

 このアルバムでは中盤から後半にかけて素晴らしいと思う。前半は何となく聞き過ごしてしまうのだが、7曲目の"Rifferama"や9曲目の"Shaving is Boring"などは躍動感があって聞き応え十分である。こういう演奏を聴くと、やはりジャズ・ロックだなあとつくづく実感してしまう。
 さらに10曲目の"Licks for the Ladies"は一転して静かなバラードになるし、13曲目"Lobster in Cleavage Probe"と14曲目"Gigantic Land Crabs in Earth Takeover Bid"はアルバムの最後を飾るかのようにメンバー全員で白熱したプレイを繰り広げている。しかしその激しさを感じさせないのが、このグループの特長なのだ。

 CDではイギリスでシングルとして発売された曲のサイドAとBが収められていて、これがまたボーカル入りのポップ・ソングなのである。この表現の幅の広さもハットフィールド&ザ・ノースの素晴らしさなのであろう。

 そして彼らの素晴らしさがパッケージされたのが、翌年の1975年に発表された2ndアルバム「ザ・ロッターズ・クラブ」である。これは彼らの最高傑作であり、カンタベリー・ミュージックの中でも最高に位置するアルバムの1枚と評価されている。

The Rotters' Club Music The Rotters' Club

アーティスト:Hatfield and the North
販売元:Virgin
発売日:1992/04/10
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 どのアルバム評やプログレ関係の雑誌を読んでみても、このアルバムに関しては最高の賛辞で埋め尽くされているのである。

 最初の曲"Share it"のリチャードのボーカルを聞いたとたんに、安らかな気持ちになる。彼のボーカルを耳にすると、そのほんわかとした歌い方や声質のせいで、和んでしまう。そこが幻惑の落とし穴なのである。

 彼のボーカルで安らいだ気持ちになり、さらに聞きているうちに複雑な演奏に絡め取られ身動きできなくなってしまい、そのまま一気に最後まで聞いてしまう。途中下車はできない。

 4曲目"Chaos at the Greasy Spoon"から"The Yes No Interlude"を経て"Fitter Stoke has a Bath"への流れは見事である。疾走感のある高度な演奏と温かみのあるボーカルとのマッチングが素晴らしい。この部分のほとんどをドラマーのピップ・パイルが手がけている。

 そして圧巻は何といっても20分を超える"Mumps"であろう。たたみかけるようなビートとおのおのリードを取るギターとキーボード、合い間に流れる透明感溢れる女声スキャットとゲスト陣による管楽器演奏、どこを切り取っても一糸乱れぬアンサンブルである。20分という時間を感じさせない名演であろう。
 イエスの"Close to the Edge"、ピンク・フロイドの"Echoes"、ジェネシスの"Supper's Ready"、キャラヴァンの"Nine Feet Underground"と比べても全く遜色はない。

 このスキャットを含むボーカル部分と、軽快かつ複雑なインストゥルメンタルの対比が歴史に残るアルバムを形作ったに違いない。自分にとっては大人になるまで(大人になってからも)この良さがよくわからなかったのだが、じっくりと聞き込むにつれてお灸のようにジワジワと効いてきたのだった。

 とにかく聞き流していては、このバンドや音楽の良さはわからない。リチャードのボーカルやポップな躍動感に騙されてはいけないのだ。しかし本人たちはそういうつもりはないのだろうけれど、リスナーにそんな思いをさせては、きっとニンマリしているに違いない。まさに歴史に残るグループなのである。

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マッチング・モウル

 アイソトープというジャズ・ロック・バンドに関連して、この際ソフト・マシーン関連のグループのアルバムを聞いてみようと思い立った。

 ただ問題があって、もともとジャズ・ロックは、本来的な自分の趣味・趣向とは正反対に位置するものであるから、聞いたことのあるアルバム数が極端に限られてくるのである。だから、あくまでも限定された感想しか述べられないのが悲しい。

 マッチング・モウルというグループがかつて存在していた。このグループはカンタベリー・ミュージックの原型ともいうべきワイルド・フラワーズからソフト・マシーンを経て、結成されたものである。

 ごくごく大雑把に言うと、ワイルド・フラワーズからは2つのグループが派生した。一つがソフト・マシーンであり、もう一つがキャラヴァンである。この2つのグループについては既にこのブログでも簡単に述べている。

 ワイルド・フラワーズにいたパイ・ヘイスティングスやリチャード・シンクレアなどはキャラヴァンを結成し、そこから脱退したロバート・ワイアットは、ケヴィン・エアーズやデヴィッド・アレンとともにソフト・マシーンを結成した。1966年の頃であった。

 そしていろいろ紆余曲折があって、ジミ・ヘンドリックスのアメリカ・ツアーの前座で活動したあと、ソフト・マシーンは一旦解散をするのだが、1stアルバムの評判が良かったために彼らは再結成し、メンバー・チェンジを繰り返しながらも活動を続けていった。

 しかし2ndアルバムから加入したヒュー・ホッパーの志向がアルバムに反映し始めると、それに嫌気が差したドラマーのロバート・ワイアットが元キャラヴァンのデイヴ・シンクレアとともに新しいグループを結成したのである。それがマッチング・モウルであり、1971年の出来事だった。

 彼らはギターにフィル・ミラー、ベースにビル・マコーミックを迎えてアルバムを制作したのである。バンド名と同じタイトルのアルバムなのだが、もともとマッチング・モウルとはソフト・マシーンのフランス語(Machine Molle)を英語読みにしたときに、当てはまる語に置き換えてできたものだった。(Matching Mole)
 直訳すると“当てはまるモグラ”ということだろうか。ちなみに日本のアルバム・タイトルは「そっくりモグラ」となっている。

 彼らは2枚の公式スタジオ・アルバムを残して解散したのだが、いずれも1972年に発表されていて、そのうちの1枚の「そっくりモグラ」を持っている。もちろんのちにCD化されたものであるが、アルバム・ジャケットが妙にかわいらしいのだ。

そっくりモグラ Music そっくりモグラ

アーティスト:マッチング・モウル
販売元:Sony Music Direct
発売日:2005/03/02
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 音的には最初の3曲は聞きやすい。特に1曲目の"O Caroline"はややスロー・テンポのバラード風の楽曲になっていて、ひょっとしたらシングル・ヒットも期待できそうなという感じの仕上がりになっている。
 また続く"Instant Pussy"や"Signed Curtain"でもシンプルなスキャットやボーカルを聞くことができて、ちょっと高尚なポップ・ソングという感じである。

 同時に1曲目からここまで、バックにメロトロンが使用されていて、それがいいムードを醸し出している。ジャズ・ロックにメロトロンが演奏されるというのも、いかにもプログレッシヴで実験的な音楽という感じだ。メロトロンを演奏しているのは、クレジットによるとドラム担当のロバート・ワイアットということだから、これは彼の趣向によるものであろう。

 しかし続く4曲目"Part of the Dance"から7曲目"Beer as in Braindeer"は、これはもうソフト・マシーンの世界である。あるいはもっと実験的でサイケデリックな音楽といっていいだろう。
 とにかく全くポップではないし、個人的にはアヴァンギャルドな音響空間だと思う。少なくとも自分にはそう聞こえてくるのである。だからこのアルバムを聞くときは、最初の方の曲しか聞かないようにしている。

 ただ8曲目最後の曲の"Immediate Curtain"は全編メロトロンが鳴り響いているので、ちょっと安心する。ただこの曲ももちろんポップな音ではない。

 彼らは同じ年にもう1枚スタジオ・アルバム「リトル・レッド・レコード」を発表するが、キーボードのデイヴ・シンクレアが脱退してしまった。一方で、ブライアン・イーノがゲストとして参加し、シンセサイザーを担当、ロバート・フィリップがプロデュースを行っている。

 2枚のスタジオ盤を残して、マッチング・モウルは解散するのだが、ロバート・ワイアットはさらに新しいバンドを企画し、リハーサルを始めた。しかし、その矢先の1973年6月にパーティで酔っ払ったロバートは、階段から落ちて脊髄を痛めて下半身不随になり、車椅子生活を余儀なくされ、バンド構想は失われてしまったのである。以後、彼は車椅子のミュージシャンとして素晴らしい作品を発表している。彼のソロ作品については次の機会に譲りたい。次の機会があればの話だが…

 2001年になって、1972年当時のライヴ盤が発表された。聞いたことはないのだが、音質は悪く、質の良い海賊盤程度だといわれている。内容は2ndアルバム中心で、演奏しているミュージシャンも2ndアルバム制作時のメンバーである。

まっすぐモグラ Music まっすぐモグラ

アーティスト:マッチング・モール
販売元:ディスク・ユニオン
発売日:2001/05/02
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 ともかくバンド解散後は、ギター担当だったフィル・ミラーとキーボード担当のデイヴ・シンクレアはハットフィールド&ザ・ノースに参加し、ベース担当だったビル・マコーミックはフィル・マンザネラのいた801やクワイェット・サンに参加した。

 こうやってみると、どのミュージシャンもカンタベリー・ミュージックという基盤を軸に、幅広く交流しながら、当時のプログレッシヴ・ロック・シーン全般に影響を与えていたことがわかる。一流のセンスとテクニックを兼ね備えていたミュージシャンたちだったから、できたことなのだろう。恐るべし、カンタベリー系ミュージックなのである。

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アイソトープ

 1970年代の日本人ミュージシャンであるツトム・ヤマシタと一緒に活動をしていた人に、元ソフト・マシーンのベーシスト、ヒュー・ホッパーとギタリスト、ゲイリー・ボイルがいるが、彼らはイースト・バンドという名前のバンドを組んでアルバムを発表している。

STOMU YAMASHTA’S EAST WIND/Freedom Is Frightening (1973/1st) (ツトム・ヤマシタズ・イ−スト・ウインド/Japan,UK) STOMU YAMASHTA’S EAST WIND/Freedom Is Frightening (1973/1st) (ツトム・ヤマシタズ・イースト・ウインド/Japan,UK)
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その後でギタリストのゲイリーが在籍していたバンドがアイソトープという名前であった。1974年前後である。

 このバンドはジャズ・ロックを追及するバンドで、特に2作目の「イリュージョン」ではゲイリーの華麗なギター演奏とそれを支えるヒュー・ホッパーのベースを堪能することができる。

 自分はこのアルバムで初めてこのバンドの演奏を聞いたのだが、ゲイリーのアラン・ホールズワース並みのテクニカルなプレイに驚いてしまった。しかもこれまでこの人をノー・マークだった。今までこの人の名前を聞いたことがなかったからである。

 どうしてこれほど上手な人が今まで無名だったのだろうか、普通これほどの技術があるならもっと有名になってもおかしくないと思った。また、もっと売れてもしかるべきと思ったりもした。

 ゲイリー・ボイルがドラマーのナイジェル・モリスやキーボーディストのブライアン・ミラー、ベーシストのジェフ・クラインと一緒にアイソトープを結成したのが1973年だった。
 それまでのゲイリーはセッション・ミュージシャンとして有名だったという。60年代はダスティ・スプリングフィールドのバック・バンドのメンバーとしてレコーディングやツアーに参加しているし、ブリティッシュ・ジャズ界の重鎮ブライアン・オーガーやジュリー・ドリスコールのバックでも演奏していたようである。

 その後はスタジオ・ミュージシャンとして、バート・ヤンシュやキース・ティペットのレコーディングに参加してさらに腕を磨き、1973年にアイソトープを結成した。彼は1941年11月生まれだから32歳のときになる。ちょっと遅咲きのデビューでもあった。ちなみにゲイリーはインド生まれのイギリス育ちである。

 ツトム・ヤマシタと共演したのはアイソトープ結成前だったようで、そのときにヒュー・ホッパーと親交を結んだと思われる。だから74年の2ndアルバム「イリュージョン」ではジェフ・クラインが脱退したので、その代わりにヒュー・ホッパーが参加したのであろう。

 とにかく、この「イリュージョン」でのゲーリーのギター・ソロは素晴らしい。何度も言うが、今まで名前が売れなかったのが不思議なほどである。Photo

Music イリュージョン

アーティスト:アイソトープ
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 しかしアルバム全体を見ると、ギターが目立ちすぎて、他の楽器がそんなに自己主張していないところが気になる。ドラマーもベーシストも腕は確かなのだが、ギターの方が目立ちすぎる。また印象的なフレーズが少ないという点もどうかなと思うのである。

 ただ長めの曲と短めの曲を用意していて、飽きさせない工夫をしている点は評価できるのだが、どうも自分にはジャズは門外漢という意識が強くて、ついていけないのである。ソフト・マシーンとこのアイソトープの違いは何かと聞かれても答えられないだろうし、ほとんど似たように聞こえてしまう。ただ強いていえば、アイソトープの方が聞きやすいのではないかと思う。

 特に長い曲は、けっこう疾走感があっていい。また迫力もある。アルバムの2曲目である"Rangoon Creeper"や、後半の"Sliding Dog/Lion Sandwich"、"Golden Section"などは緊迫感も伴っていて、聞かせてくれる楽曲に仕上がっている。

 また"Marin Country Girl"では、2分少々と短い曲なのだが、アコースティック・ギターを使用していて、秋の夜長にふさわしいような渋めの演奏を披露している。ただフェイド・アウトしているから、いつ終わったのかわからなかった。もうちょっと盛り上げてほしい気がした。

 1976年に3枚目のアルバムを発表したあと、アイソトープは解散してしまう。ソロになったゲイリーはアルバム「ダンサー」を発表し、モントルー・ジャズ・フェスティバルではポップ・ジャズ賞を獲得して、ようやく彼の名前も世界的に有名になった。Photo_2

Music ザ・ダンサー(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ゲイリー・ボイル
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 その後もコンスタントに活動していて、2006年にはゲイリー・ボイル・トリオとして来日公演を果たしている。もちろんジャズである。

 こうやってみると、昔からイギリスでもジャズやジャズ・ロックが、ブームではなくて、一つの流れ、音楽の分野として根付いていたことがわかる。ジャズといえばアメリカ産の音楽なのだが、アメリカからイギリスへと逆輸入した形になったのだろう。

 ただそれをそのまま演奏するのではなくて、ジャズ・ロックとして、ときにプログレッシヴ・ロックの範疇に入れられながらも昇華して行ったのが、ブリティッシュ・ジャズ・ロックなのかもしれない。その代表的な例がコロシアムやソフト・マシーンであり、マイナーな例が元アイソトープのゲイリー・ボイルなのである。

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ゴー三部作(後編)

 もともとツトム・ヤマシタという人は京都に生まれたミュージシャンで、主にパーカッションを演奏していたそうである。1947年5月生まれだから今年で62歳になる。

 16歳のときにあの小澤征爾から日本フィルにスカウトされたというから天才的な何かを持っていたのであろう。
 その後ニューヨークのジュリアード音楽院やボストンのバークレー音楽院でジャズのドラミングを学んだあとはフランスのパリに行って公演をしている。またそのころアメリカの雑誌“Time”の表紙を飾ったというから、当時から世界的な音楽家として活躍をしていたようである。

 またジャズ・ロックに興味を持ち始め、1970年にはイギリス人のパーカッショニストのモーリス・パートとともにカム・トゥ・ジ・エッジというグループを結成しているし、1972年になるとイギリスで「レッド・ブッダ」というアルバムを発表している。内容を聞いたことはないのだが、話によると演劇や音楽などを総合した前衛的なスタジオ&ライヴ・アルバムということである。

 Stomu Yamashta/Man From The East (Ltd)(Pps) Stomu Yamashta/Man From The East (Ltd)(Pps)
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 1973年には元ソフト・マシーンのヒュー・ホッパーやアイソトープのゲイリー・ボイルとともにバンドを結成している。こういう精力的な活動が認められたせいか、彼はアイランド・レコードと契約を結び、1976年に「ゴー」を発表したのであった。

 ツトムは“Go三部作”として、1976年の「ゴー」、1977年の「ゴー・トゥー」と発表してきた。次は当然「ゴー・スリー」になる予定だったのだが、それを変更してライヴ盤を発表した。それが1978年発表の「ゴー・ライヴ」だった。

 Stomu Yamashta/Go Live In Paris Stomu Yamashta/Go Live In Paris
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 このライヴ・アルバムは「ゴー」発表後の1976年6月12日のフランスはパリの“パレ・デ・スポール”での演奏をレコーディングしたもので、メンバーも「ゴー」とほとんど同じ構成になっている。
 ただベーシストに元トラフィックだったロスコー・ジーの代わりに、ジェローム・リムソンという人が参加している。

 もともと「ゴー」はコンセプト・アルバムで、テーマは善と悪、輪廻転生、よくいわれる東洋思想に近いものになっている。
 登場人物は格闘家のクロタと相手方のフーシェンで、内容はというと、クロタがフーシェンと戦い失明をし、妻も財産もすべて失うのだが、荒野の果てで自分を信じて生命力を獲得し、やがてはフーシェンを倒し、勝利を獲得するというものである。

 元のスタジオ・アルバムではこの内容が逆転しており、サイドAでは自分の力を信じ、生命力を獲得したクロタが相手を倒し、真の勝利者となるという展開。
 一方、サイドBではクロタとフーシェンが登場し、死闘を行い、クロタが失明をして荒野で倒れるという内容になっている。

 これがなぜ逆転しているのかというと、アルバムを最初から最後まで聞き通すことで、終わりから始まりに続き、万物は流転するという話に通じるからということらしい。あるいは手塚治虫の“火の鳥”のように、永遠の生命をテーマにしているのかもしれない。いづれにしても東洋人のツトム・ヤマシタらしい話である。

 ライヴ・アルバムでは、逆にこれが普通の展開になっていて、スタジオ盤とは逆のストーリーになっている。ややこしい話だが、物語の展開としてはライヴ盤のほうがノーマルなのである。

 またCDでは1枚ものになっているが、もともとのレコードでは2枚組だった。当然のことながらスタジオ盤よりも熱気みなぎる演奏を聞くことができる。特にギターはパット・スロールとアル・ディ・メオラであり、パットの方はツトム・ヤマシタとの仕事が彼の初めてのキャリアとなるものであった。

 またライヴ盤なので、オーケストラなどは使用されていないのだが、その分キーボード、シンセサイザーが多用されている。シンセはクラウス・シュルツだけでなく、ツトム・ヤマシタも演奏しているし、ピアノに関してはスティーヴ・ウィンウッドが担当している。だからストリングスなどがなくても十分聞きごたえがあるし、むしろ白熱したプレイになっている。

 ツトム・ヤマシタは、こういうコンセプトのもとにアルバムを制作したのだが、バンド・メンバーの国籍を見ると、日本、イギリス、ドイツ、アメリカというように多国籍になっている。人種、国籍、国境などを超越して、純粋に音楽を中心として結ばれた人と人が生み出したものこそ、彼にとっては探し求めていた大切なものだったのではないだろうか。

 彼はその後1980年にヨーロッパを去り、日本に戻って「シィー&スカイ」というアルバムを発表したあと一時引退をしていた。

 Stomu Yamashta/Sea & Sky Stomu Yamashta/Sea & Sky
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 しかし最近ではサヌカイトという石を木琴のように叩いて音楽を制作している。これは四国の讃岐地方や奈良県にだけ産出される石のようで、さすが本来はパーカッショニストだけあって、目の付け所が違う。なかなか前衛的な音楽家でもあるようだ。

 ところで昔から疑問に思っていたのだが、ツトム・ヤマシタの英語表記は"Stomu Yamashta"になっている。本来なら"Tsutomu Yamashita"なのだが、これはいったいどういう理由からであろうか。

 欧米人には"Tsutomu Yamashita"という発音が難しくて、特に"Tsu"よりも"S"の方が発音しやすかったというのが、個人的な考えなのだが、どうだろうか。だから発音そのままの音を表記したら"Stomu Yamashta"になってしまったという気がするのである。

 ともかく自分にとっては、70年代に外国で活躍した数少ない日本人ミュージシャンという意味で、思い出深く、なおかつ尊敬に値する人でもあった。そして彼の功績は時がたつにしたがって、ますますその輝きを放っているように思えてならないのである。

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ゴー三部作(前編)

 昔々子どもの頃に、洋楽雑誌「ミュージック・ライフ」で、外国で活躍しているミュージシャンの写真を見たことがあった。

 日本人でも堂々と外国人と渡り合って一緒に演奏している姿を見て、子ども心にも感動を覚えてしまった。その頃のミュージシャンとは、フェイセズでベースを弾いていた山内テツとかスティーヴ・ウィンウッドやマイケル・シュリーヴと一緒にアルバムを制作したツトム・ヤマシタなどであった。

 特にツトム・ヤマシタは、彼自身がリーダーとなって前述のミュージシャンや、他にもアル・ディ・メオラ、クラウス・シュルツ、ジェス・ローデン、リンダ・ルイスなど、錚々たるミュージシャンを起用してスタジオ・アルバムを制作していた。しかも2枚もである。

 当時の自分は、個々のミュージシャンの名前を見てもその偉大さは分からなかったのだが、元サンタナ・バンドとか元ブラインド・フェイス、元タンジェリン・ドリームなどという名称は理解できたから、充分刺激的であり、興味を沸き立たせるにはかなり効果的であった。

 たぶん自分が見たアルバムの写真は、1977年に制作された「ゴー・トゥー」だったと思うのだが、ほぼ雑誌1ページの3分の2のスペースを使って宣伝(プロモーション)していた。参加したミュージシャンの小さな顔写真もあったのも覚えている。

 もちろんまだ子どもだし、貧乏でもあった自分は、そういうアルバムを購入することもなく、ただ外国で活躍している日本人もいるのだ、凄いなあという感想を抱いたまま大人になってしまった。

 しかし、いつかは聞いてみたいという願いは忘れずにいた。そしてその願いがついに叶えられるときが来たのである。

 今年はアイランド・レコード50周年ということで、ツトム・ヤマシタの3部作、「ゴー」、「ゴー・トゥー」、「ゴー・ライヴ」が一挙に紙ジャケ化された。制作から30年余り過ぎているが、やはり根強い人気があったのであろう。

 ただ自分は「ゴー・ライヴ」は購入できたものの、「ゴー」と「ゴー・トゥー」に関しては日本盤で入手できなかった。それだけ販売枚数が少なかったのか、それとも人気が高くすぐに売り切れたのか。仕方なく残り2枚はインターネットで輸入盤を購入してしまった。

 聞いた感想を率直に述べると、1stアルバム「ゴー」は素晴らしいと思う。まずメロディがいい。スローな曲では哀愁を帯びたメロディアスな曲調だし、リズムのある曲ではテンポがよく躍動感がある。

 Stomu Yamashta/Go (Rmt) Stomu Yamashta/Go (Rmt)
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 外国人が作る日本風の曲は日本というよりも中国風なメロディに近いものになってしまう場合が往々にして見られるのだが、やはり日本人が作った曲は当たり前の話だが完全に日本風になっている。悪くいえば歌謡曲風なのだが、それが逆に新鮮に感じられる。

 中盤の"Space Theme"、"Space Requiem"、"Space Song"は、今でいうニュー・エイジ・ミュージック、環境音楽風であり、ツトム・ヤマシタとクラウス・シュルツの演奏するシンセサイザーやムーグが飛び交っている。この辺はスペイシーでどちらかというとタンジェリン・ドリームの世界に近い。

 しかしそれらを挟む前後半はメロディは秀逸だし、躍動感はあるし、何度聞いても感動した。何しろ歌っているのはスティーヴ・ウィンウッドだし、ドラムは元カルロス・サンタナ・バンドのマイク・シュリーヴである。ギターはパット・スロールやアル・ディ・メオラが弾いている。
 超一流ミュージシャンが日本風歌謡曲を演奏しているのを想像してみると面白いと思う。こんな贅沢なことはないし、できればこういう人たちをバックにして歌ってみたいものだ。スティーヴ・ウィンウッドがうらやましい限りである。

 たぶんこのアルバムは成功したのであろう。続く翌年の1977年に2枚目のアルバム「ゴー・トゥー」が発表されたからだ。

 Stomu Yamashta/Go Too Stomu Yamashta/Go Too
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 この2枚のアルバムに共通しているのは、曲はほとんどをツトム・ヤマシタが作曲し、歌詞はマイケル・クォーターメインが作っていることである。だから歌う側からすれば、日本人が英作したものを歌うよりは、違和感なくすんなりと歌えるのであろう。

 またオーケストラのアレンジはポール・バックマスターが担当している。彼はエルトン・ジョンやローリング・ストーンズ、マイルス・デイヴィスなどポップからジャズまで幅広く担当してきた有能なアレンジャーである。あのデヴィッド・ボウイの"Space Oddity"のストリングスを担当したのも彼である。

 逆に違う点は一部ミュージシャンが交代しているところで、ベースが元トラフィックのロスコ・ジーからジャズ・プレイヤーのポール・ジャクソンに、ボーカルがスティーヴ・ウィンウッドからジェス・ローデンになっている。だからというわけでもないだろうが、かなりファンキーでロック色が強くなっている。

 前作の流れを踏襲しているのは4曲目の"Mysteries of Love"と6曲目"Beauty"であろうか。いずれもジェス・ローデンとリンダ・ルイスの掛け合いが美しい和風のバラードである。こういう名曲がさりげなく収められているところが、このアルバムの凄いところでもある。

 ともかくプレグレッシヴな雰囲気を楽しみたいのなら1stアルバムを、ファンキーでロック色を味わいたいのなら2ndアルバムだと思うのだが、いずれも甲乙つけ難い名盤だと思っている。

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追悼;ヒュー・ホッパー

 元ソフト・マシーンのベーシスト、ヒュー・ホッパーが6月7日に亡くなった。白血病だったらしい。1945年生まれなので、64歳だった。謹んでご冥福を祈りたい。

 ソフト・マシーンは1960年代後半に結成されたバンドで、キャラヴァンと並んでカンタベリー・ミュージックを代表するプログレッシヴ・ロック・バンドだった。
 カンタベリー・ミュージックとは、イギリスのカンタベリーという街の出身のミュージシャンやそこから生まれた音楽のことで、サイケデリックな音から出発し、ジャズ・ロックへと発展していった音楽である。
 代表的なグループに、ソフト・マシーンやキャラヴァン以外には、ハットフィールド&ザ・ノースやナショナル・ヘルス、ソフト・マシーンから派生したマッチング・モウルなどがある。

 自分はキャラヴァンについては主なアルバムは持っているので、コメントしやすいのだが、ソフト・マシーンについてはあまりうまく語れない。理由は難解だからである。
 たぶんジャズが好きな人には理解しやすいのだろうが、自分はあまりジャズは好きではない。だからソフト・マシーンはそんなに深くは聞いたことがないのだ。

 キャラヴァンもジャズ的展開は行っているのだが、でもこちらの方がポップな面があって聞きやすいのである。それに音的にもわかりやすい。突然サックスが鳴り響いたり、闇夜の稲妻のようにトランペットが高音を奏でるということはないのである。

 それで自分の持っているアルバムは「3」、「4」、「バンドルズ」の3枚だけである。ヒュー・ホッパーは1969年に発表された「2」から加入して、1973年の「6」まで参加していたから、実質2枚しかヒュー在籍時のアルバムは聞いたことがない。しかもこの2枚結構アヴァンギャルドしているから苦手なのである。

  「3」は発表当時はレコードでの2枚組全4曲だったが、CDでは1枚ものになっている。しかも1800円という廉価盤だったために、内容よりもお得感が先走ってしまい、きちんと中身を把握することもなく購入してしまった。

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 今となってはソフト・マシーンを代表する1枚といわれており、今回このブログを書くにあたって聞いてみたのだが、やはり相変わらずよくわからなかった。

 ヒュー・ホッパーが参加してからポップ色が薄くなり、より一層ジャズ・ロック寄りになっていったといわれている。「3」では1曲しかヒューの作った曲はなかったのだが、「4」では全7曲中5曲も作っている。だからヒュー・ホッパーの功績は大きかったといえるのだろう。

4 Music 4

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 一般的な世間の評価では1970年から72年の時期、アルバムでいうと「3」から「5」のときが全盛期だといわれている。だから「3」や「4」は名盤といわれてもおかしくないのだが、ただ自分にとっては、どうももう一度聞こうとする意欲がわかないのである。

 理由の一つはギターレスということだろう。やはりロックといえばギターの音やギターとキーボードの掛け合いなどのアンサンブルが重要である。
 サックスやトランペットでバンドを引っ張っていくのもいいのだが、そればっかりではどうも気持ちが続かない。耳に残るフレーズや印象的なメロディがあれば別なのだが、そうそうあるものでもない。

 基本的にジャズ・ロックだから、アルバムとまったく同じ音をライヴで表すことはない。そういう意識もあるのだろう。聞いてもどうせジャズだからというわけのわからない理由で、モティベーションも下がるのだろう。

 日本で人気が高いのは1975年に発表された「バンドルズ」である。これは自分も好きなアルバムである。理由はギターが演奏されているからであり、しかもそれはあの超絶技巧派のアラン・ホールズワースが弾いているのだから、もうそれだけでお腹いっぱいという感じなのである。Photo
 アルバム全編にわたってアランのギターがフィーチャーされているが、単にギターだけ聞かせているのではなくて、時にはピアノの音をはさんでいるし、時にはドラムの音がメインになっている。そういうバンド・アンサンブル重視の姿勢が一般的に評価されているのだと思う。

 1975年のアルバムだが、その後に流行したフュージョン/クロスオーヴァー・サウンドの先駆けとなったアルバムと言ってもいいだろう。キーボード・ソロもあるし、アランはアコースティック・ギターも短いながらも演奏している。しっかし、アランのソロは早すぎるなぁ、ジェフ・ベックも真っ青という感じだ。

 惜しいのは2009年7月現在で、このアルバムが廃盤になっていることだ。たぶん遅かれ早かれ紙ジャケ限定盤で復刻されるであろうが、今はやりのSHM-CDでもいいので一刻も早く販売して欲しい。そうすればソフト・マシーンだけでなく、特にアラン・ホールズワースの素晴らしさもあらためて再評価されると思うからである。

 それはともかくソフト・マシーンをジャズ・ロック寄りに持っていったのがヒュー・ホッパーだった。ソフト・マシーンやジャズ・ロック・ファンの間では忘れられないミュージシャンの一人になったに違いない。

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コンスパイラシー

 イエス関連ミュージシャンについては、前回のバジャー(or トニー・ケイ)で終わるつもりだったのだが、もう1人(というか1組)いたのを忘れていた。それはベーシストのクリス・スクワイアとイエスのサポート・ミュージシャンであったビリー・シャーウッドのことである。

 ビリーは、サポート・ミュージシャンといっても90年代のイエスを支えた立役者でもあった。1991年のイエスのアルバム「結晶」の中の曲をプロデュースしたのをきっかけに、1994年の“トーク・ツアー”に参加し、続いて97年の「オープン・ユア・アイズ」ではキーボードを、99年の「ラダー」ではギターやコーラスを担当している。

 また楽器演奏だけでなく、それぞれのアルバム曲の作曲やアレンジも担当していて、トレバー・ラビン脱退後の90年代後半において曲の水準を一定以上に保つことができたのも、彼のおかげだといわれている。

The Ladder Music The Ladder

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 彼はアメリカのネバダ州ラスベガス出身のマルチ・プレイヤーで、1965年生まれだから今年で44歳のはずである。元々彼はクリス・スクワイアのファンで、自分のバンドのアルバムをクリスに送ったところ、いたく気に入られたようで、そこから親交が始まったといわれている。1989年以前の話である。

 クリスとビリーが最初に書いた曲"The More We Live"はアルバム「結晶」に収録され、"Love Conquers All"はボックス・セット「イエス・イヤーズ」に収められている。

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 またイエスとしてのツアーが一段落した1992年には、クリスは自身のバンド“ザ・クリス・スクワイア・エクスペリメント”を発足させ、アメリカ西海岸を中心に小規模のライヴを行った。ちなみにそのときのメンバーはクリスにビリー、アラン・ホワイト、ジミー・ハーン、映画音楽作曲家のジョン・ウィリアムスの息子マーク・ウィリアムス、TOTOのスティーヴ・ポーカロだった。なかなかの面子である。

 そのときに演奏した曲のいくつかは後のアルバムに収録されているので、曲の構想からアルバム制作までかなり時間がかかったことになる。せっかく作曲してもお蔵入りになることはよくある話で、まあ最終的には発表できたのだからラッキーだったかもしれない。

 そうこうするうちにクリス・スクワイアに1975年のアルバム「未知への飛翔」以来、25年ぶりとなるソロ・アルバムの話も出てきて、結局その話がビリー・シャーウッドとの合作というかコラボレーションになったのが2000年に発表されたアルバム「コンスパイラシー」だったのである。

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 全10曲+ボーナス・トラック3曲という構成で、内容的には90年代のイエスをポップに味付けしたような音になっている。

 もともとイエスはビートルズの曲をアルバムに取り入れるなど、ポップな要素は備えていたのだが、シンフォニックなイエスになったあとも、特に80年代以降は最新テクノロジーとイエスにしては短めの楽曲を中心にアルバムを制作していった。

 このクリスとビリーのアルバム「コンスパイラシー」も“リトル・イエス”といった感じで、当時のイエスのアルバムに入っていてもおかしくない楽曲で占められている。あるいはイエスのアウトテイク集といってもいいかもしれない。ボーカルの声質が違うだけである。
 
 それに前述したマーク・ウィリアムスやジミー・ハーン(彼はアルバム「結晶」でギターを弾いている)、アラン・ホワイトと気心の知れたミュージシャンも参加していて、リラックスして制作されたことが予想される。
 また1曲だけギターにスティーヴ・スティーヴンスが参加して流暢な演奏を聞かせてくれる。彼は80年代に有名になったギタリストで、ビリーはビリーでも、ビリー・アイドルのバンドで頭角を表し、今ではソロ・ギタリストとして活躍している。しかもかなりのテクニックの持ち主でもある。

 どの曲も聞きやすいのだが、やはりイエスのアルバムに収録されていた"The More We Live"、アルバム「オープン・ユア・アイズ」の原曲だった"Wish I Knew"、同アルバムに用いられた"Man on the Moon"、それにスティーヴ・スティーヴンスが参加した彼ら流ロックン・ロール"Violet Purple Rose"などの出来がよい。またビリー・シャーウッドのギターが光る"Love Conquers All"もメロディが綺麗だ。

 アルバム自体はたいした話題にもならなかったようだが、ファンの間では評判はよかったようである。確かにメロディはハッキリしているし、リズム・セクションはしっかりしているし、かなりの上質のアルバムであることは間違いないと思う。

 ビリーは2000年に音楽性の違いからイエスを脱退したが、脱退しても仲がよいのがイエスというバンドのもつ凄さでもある。お互いに離合集散を繰り返しながら、バラバラにならずに生き抜いていくしぶとさをもっている。
 いったいリック・ウェイクマンは何回出入りしたのだろう。またリーダーのジョン・アンダーソンからして、イエス歴代代表メンバーを一堂に会してアルバム発表、ツアーまでやってしまった。音楽のためなら愛憎を乗り越えていけるのだろうか。不思議である。

 かつて音楽評論家の渋谷陽一氏はイエスというグループに入る条件として、最低限でも音楽的なテクニックは必要と、ライナーノートに書いていたが、そういう技術面と同時に、精神面でも逞しさというか、厚かましさというか、ずうずうしさというか、そういう図太さも備えていないといけないような気がしてならない。
 そしてそれは、“イエス”という肯定感を醸し出すグループ名が振りまく魔法に魅入られたせいかもしれない。

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バジャー

 やはりピーター・バンクスのことについて書いたのなら、もう一人のオリジナル・イエスのメンバーだったキーボード担当のトニー・ケイのことについても書かなければならないだろう。

 彼が上り調子のイエスを脱退した理由は、オルガン・プレイに固執していたからといわれている。当時のイエスは3枚目のアルバムの評判もよく、世間でもその知名度を高めていっていた。ようやく実力に人気が追いついてきたといった感じだろうか。

 その一つは新ギタリスト、スティーヴ・ハウの加入で演奏や曲作りに幅が広がってきたからである。
 そこでリーダーのジョン・アンダーソンはさらに演奏手段と能力の向上を目指して、トニーにオルガンだけでなく、シンセやメロトロンなどもレパートリーに入れるようにいったそうであるが、トニーはそれを拒否し、結局はバンドから離れていってしまった。

 代わりに加入したのがキーボードの魔術師リック・ウェイクマンで、彼が加入してからのイエスは文字通りの黄金期を迎えたのである。

 逆にグループを追われたようになったトニー・ケイは、フラッシュの1stアルバムに客演したあと、自らのバンドを立ち上げた。それがバジャーというグループだった。1972年の秋の出来事である。

 面白いことに、ピーター・バンクスはイエス脱退後、元のグループに距離を置いていたようだが、トニーの場合はイエスとつかず離れずの関係だったようである。何しろアルバムの親会社もアトランティック・レーベルだったし、1stアルバムのレコーディングについてもイエスの、というよりむしろジョン・アンダーソンの恩恵があったからこそといえるものだった。

 彼らの1stアルバム「ワン・ライヴ・バジャー」は文字通りのライヴ盤である。つまりデビュー・アルバムがライヴ盤という珍しい内容であった。これは彼らがイエスのサポート・バンド、要するにライヴの前座として演奏をしていたからだ。当時はイエスとバジャーは一緒にイギリス国内でライヴ活動を行っていたのである。
 イエスのリーダーのジョンは自分たちの録音機材を使ってレコーディングを勧めたようである。イエスもちょうどビデオ「イエスソングス」用にと演奏を録音していたからだった。それでバジャーのアルバムのプロデューサーにジョン・アンダーソンも名前を連ねている。

 このアルバムは隠れた傑作と思っている。ピーターのバンド、フラッシュと違ってライヴ盤のせいか音に躍動感が漲っている。しかもトニーはオルガンだけでなく、シンセサイザーやエレクトリック・ピアノ、メロトロンと結構弾きまくっているのだ。

ワン・ライヴ・バジャー(紙ジャケット仕様) Music ワン・ライヴ・バジャー(紙ジャケット仕様)

アーティスト:バジャー
販売元:インディーズ・メーカー
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 あれほど自分のオルガン・プレイに固執していたのに、なんだこれはと思ってしまった。ひょっとしたらリック・ウェイクマンの影響でイエスがワールド・ワイドになったことに対して見習ったのかもしれない。

 このアルバムが優れているのは、ギターとキーボードが同等の比重で演奏されている点であり、プログレッシヴ・ロックというよりもディープ・パープルのようなブリティッシュ・ハード・ロックに近い点である。
 ギター担当のブライアン・パリッシュという人の演奏能力はかなりのものである。自分はこのアルバムで知るまでは、まったく知らなかったのだが、聞く限りではなかなかのものであった。ピーター・バンクスよりもロック寄りで、ブルースにも影響されていると見た。

 アルバム後半になるにつれて、緊張感も解けてきたのか演奏も曲の展開も調子が上がってきている。特に3曲目"Wind of Change"、5曲目"The Preacher"、6曲目"On the Way Home"などはメロディも綺麗で、聞きやすい。シングル・カットしてもよかったような曲もある。
 また後半5,6曲目では様々なキーボードが使用されていて、曲展開に貢献している。この辺のトニー・ケイは何か吹っ切れたような感じで、鬼気迫るものがある。このアルバムを聞けば、彼もリックに負けず劣らず有能なキーボーディストだということがわかると思う。

 この調子でさらにセカンド、サードと続けてプログレッシヴなアルバムを出してほしかったのであるが、残念ながらそうはならなかった。いや正確にいうとセカンド・アルバムは発表されたのだが、大きくメンバー・チェンジがなされ、内容もブリティッシュ・ロックからアメリカン・ソウル・ミュージックへと変容していったのである。

 ソウル・ミュージックといっても、完璧な黒人ソウルではなく、例えていえば第2期ジェフ・ベック・グループの通称“オレンジ”アルバムのような感じである。この時期のイギリス・ミュージシャンはデヴィッド・ボウイをはじめ、ロバート・パーマーなどアメリカのファンキーな音を追求していたようで、ある意味、一種の流行だったのかもしれない。

 彼らのセカンド・アルバム「ホワイト・レディ」は1974年に発表された。予備知識なしに聞くと、「ワン・ライヴ・バジャー」とこのアルバムが同じバンドで発表されたとは思えないはずだ。
 確かにベーシストとギタリストが脱退し、新たにリード・ギターとリズム・ギター、ベース・ギター担当が入ってきた。音の変化は、その影響のせいだろう。

ホワイト・レディ Music ホワイト・レディ

アーティスト:バジャー
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発売日:2002/12/18
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 特にリズム・ギター、リード・ボーカル担当のジャッキー・ロマックスという人は、かつてはあのアップル・レコードからジョージ・ハリソンの肝いりでデビューしたという経歴を持っていて、当時は知名度抜群のミュージシャンだったようである。自分はさっぱり知らなかったが…
 このグループに加わる前にもソロ・アルバムを2枚出していて、内容的にもアメリカ志向のサウンドだったとのことである。だからバジャーでもこういう音になったのだろう。曲のすべては彼の手によって書かれているからだ。

 アルバム自体はさっぱり売れなかったようであるが、しかし先入観なしに新しいファンキーなロック・バンドのニュー・アルバムとして聞けば、かなりの線を行っているのではないかと思うのである。

 1曲目の"A Dream of You"から女性コーラスやファンキーなブラス・セクションが躍動しているし、特に3曲目"Listen to Me"ではサビの部分がアル・クーパーのアルバムの音に似ているし、短いながらもスライド・ギターがなかなかいい味を出している。6曲目のアルバム・タイトル曲"White Lady"では、あのジェフ・ベックがリード・ギターを弾いている。(でもあまりパッとしないソロなので、そんなに期待しない方がよい)

 今回あらためてこのアルバムを聞いたのであるが、聞けば聞くほど味わい深いことに気がついた。たぶん1974年当時はプログレ・ファンが最初にこのアルバムを聞いて失望し、その落差が大きくて、そして数多くの悪評を聞いてアメリカン・ロック・ファンも手を出さなかったのではないだろうか。だから埋没してしまったと思うのだが、最初からきちんと評価していれば、もっと売れたと思うのである。ちなみにプロデューサーはアラン・トゥーサンであった。

 ところでトニー・ケイであるが、このアルバムでも印象的なソロを少し披露しているが、アルバム全体としては味付け程度である。だから彼にとっては決して自信作とはいえないだろう。完全にバック・メンバーに徹しきっているところが同一ミュージシャンとは思えない。

 この後は当然のことながら、バジャーは解散し、トニーはソロになり、ディテクティヴ、バッド・フィンガーと渡り歩き、1983年からは再びイエスに加入してアルバムにも参加した。

 こう考えると、トニー・ケイという人はキーボード(特にオルガン)一筋の演奏家という感じで、演奏には徹するものの、その内容やそれが与える影響などには無頓着な人のようである。テクニック的にはリック・ウェイクマンとは甲乙つけ難いにもかかわらず、影響力では大きく差がついてしまった。

 しかしそれが逆に彼のいいところかもしれない。世渡りは下手だったが、誠実に演奏に徹したミュージシャン、それがトニー・ケイだったのであろう。

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フラッシュ

 前回はピーター・バンクスのソロ・アルバムを紹介したので、今回は彼が中心となって1971年に結成されたバンド、フラッシュについて述べてみたい。
 “彼が中心となって結成された”と書いたが、実際はベーシストのレイ・ベネットが中心となってボーカリストのコリン・カーターとドラマーのマイク・ハウに声をかけて結成に至ったようである。

 その際、ギタリストを誰にするかという話になり、マネージャーは名前が売れているギタリストを望んでいた。その方が売り出しやすいし、売れる可能性が高いからである。
 それで彼らは2人のギタリストに絞ることにした。一人はエリック・クラプトン、もう一人はリッチー・ブラックモアである。

 しかし素人目に考えても、実現する可能性は無さそうである。たとえ加入したとしても、もって3ヶ月であろう。クラプトンはもう少し実力派ミュージシャンを希望するだろうし、リッチーはすぐに首を切るであろうからである。

 結局、イエスを脱退したピーター・バンクスに白羽の矢が当たり、彼のギター・プレイを中心にしてバンドの音を組み立てようとしたのである。
 だからピーターが中心となって結成されたのではなく、彼の演奏を中心にして音楽を構築しようとした。その際にどうしてもキーボードの音が必要ということになり、気心の知れたトニー・ケイが呼ばれたのである。彼もイエスを首になった男である。

 こうして制作された彼らの1stアルバムは全米でも33位と健闘をみせ、まずまず順風漫歩の出足であった。何しろアルバムの音自体、これはイエスの新譜だといっても通用するような音で、ボーカルの声もジョン・アンダーソンよりは低いものの、高音がよく伸びる声質だったからである。

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アーティスト:フラッシュ
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 ピーターとトニーは元のバンドのイエスに対して、これぐらいはやれるんだよ、という意地みたいなものがあったのかもしれない。垢抜けないイエスと言ってしまえばそれまでだが、聞いてみると、結構さまになっていてなかなか面白い音である。

 この路線でアルバムを作って欲しかったのだが、残念ながらトニー・ケイはゲスト演奏者ということで、1stアルバムだけで役割は終わってしまった。また他のメンバーは次のキーボーディストを見つけることはできなかった。だから2ndアルバムではキーボードは付け足し程度である。

 それで1972年に発表された彼らのアルバム「イン・ザ・キャン」では、とにかくピーターのギターの音が目立っている。また彼はシンセサイザーも弾いている。この活躍のせいで、フラッシュはピーターのバンドという見方が生まれたのだろう。

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 全5曲で、そのうち3曲は10分を超える長い曲である。ただピーターが作った曲は1曲のみで、しかもベーシストのレイと共作であった。1stアルバムでもピーターが単独で作った曲はほとんどなかったように記憶している。

 1stアルバムは、聞けばプログレッシヴ・ロックのアルバムだとわかると思うのだが、この2ndはプログレというよりも演奏時間の長いハード・ロックという感じである。実際、ギターとベースとドラムスがメインだし、そのうちギターが目立っているのだから、そう聞こえるのも仕方ないだろう。

 ただベースの音はイエスのクリス・スクワイアの音に似ている。ゴリゴリとしたアタックの強い音で、こういうところもイエスの音楽に似ていたのだろう。そのせいかオリジナリティが出せずにアルバム・セールスは失速していった。もう少しポップな音になればよかったのかもしれない。

 この2ndの反省を踏まえて1973年に発表されたのが3rdアルバムであり、彼らにとって最後のアルバムとなった「アウト・オブ・アワ・ハンズ」である。

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 ただ残念ながら、結果的には3枚のアルバムの中で最低の売り上げともなったアルバムであった。しかしそれはアルバム会社の宣伝不足のせいだった可能性もある。もう少し強くプッシュしておけば、間違いなくチャート・インはしていたに違いない。

 前作は10分以上の曲が3曲もあり、しかもいずれもメリハリのない平凡な出来具合であった。しかしこのアルバムでは平均して4分台のコンパクトな曲作りになっていて、ときにアコースティック・ギターも使用され、曲作りに工夫が見られる。

 これはベーシストのレイ・ベネットの功績によるところが大きい。ほとんどの曲を彼が手がけてシンセサイザーやピアノ、メロトロンまで演奏をしている(あまり目立たないが!)。
 ピーターについてはオープニングの30秒程度の曲を手がけただけで、相変わらず演奏面は見事でも、曲作りにおいては貢献度が少ないようである。

 個人的には1stについで、このラスト・アルバムが気に入っている。プログレッシヴ・ロックという範疇から離れて聞くと、結構イケルのである。
 内容的にも人生をチェスに喩えて、“王様”や“騎士”、“女王”、“僧侶”、“兵士”などが登場しそれぞれの役割を果たすのである。4分台の曲が次々と連続して流れるように耳に届くので、アルバム全体が締まって聞こえる。その点が前作よりよいと思う。

 ただやはりB級はB級である。専任のキーボード奏者を入れるとか、もう一人ギタリストを入れてバトルを行うとかすれば、元のバンド、イエスとの差別化が図られ彼らの名前も売れたと思うのだが、どうだろうか。

 結局のところ、イエスという名前から逃れられなかった悲劇のバンドがフラッシュだった。もしピーターがイエスを経ずにバンド活動を行っていれば、もう少し違った道を歩めたのかもしれない。

 逆に考えれば、ピーターがイエスで活動をしていたからこそ、その後も彼の動向に注目がいって、このフラッシュもそこそこ評価されたのである。彼もしくは彼らが、今もなお演奏活動ができるのも、やっぱりイエスという偉大なバンドのお陰なのである。
 そういう意味でも“イエス”という呪縛から逃れられなかった悲劇のバンドともいえるだろう。

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ピーター・バンクス

 音楽には二種類ある。いわゆる“売れる音楽”と“売れない音楽”である。ただし、売れる音楽がよい音楽とは限らない。それは個人の感性の問題であるからだ。この論理でいうと、音楽には“好きな音楽”と“好きでない音楽”に大別されるのかもしれない。

 それで売れない音楽になる理由について考えてみた。なぜ売れないのだろうか。それは当然のことながら視聴者から支持されないからである。なぜ支持されないのだろうか。それは支持されるような要素が含まれていないからである。では支持される要素とは何だろうか。

①訴えかけるようなメロディ、リズム、歌詞
②時代にマッチした音
③能力や技術を含む表現力の豊かさ

 などではないだろうか。そして最終的に売れるか売れないかは、偶然による要素も大きいと思われる。才能はあっても先鋭的な音になってしまうと、やはり売れなくなってしまうからだ。たとえばザ・ムーヴのロイ・ウッドのように…(ロン・ウッドではありません!)

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アーティスト:Roy Wood
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 ただ今回はこのザ・ムーヴでもロイ・ウッドでもない。今回はイエスのオリジナル・メンバーでギタリストだったピーター・バンクスのソロ・アルバムを紹介したい。もちろんこのアルバムもさっぱり売れなかった。

 彼の最初のソロ・アルバムは1972年に発表された。タイトルを「トゥ・サイズ・オブ・ピーター・バンクス」という。彼のアコースティックな面とエレクトリックな面を表現しようとしたものだろう。

 ちょうどその頃、彼は自身のバンド、フラッシュのリーダーとしても活動していて、バンド活動を行いながら、ソロ・アルバムを発表したようである。だいたいバンド活動と並行して発表したソロ・アルバムは趣味的なものになりがちであるが、このアルバムも似たようなもので趣味的な域を出ていない。

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販売元:HMV Yahoo!店
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 特筆すべきはゲスト陣の豪華さである。ギターにフォーカスのヤン・アッカーマンと当時のジェネシスのギタリストであったスティーヴ・ハケット、ベースにジョン・ウェットン、ドラムスにフィル・コリンズなどが参加している。ただし、ジョン・ウェットンとスティーヴ・ハケットは1曲ずつの参加である。

 内容的にはすべてインストゥルメンタルで、全9曲。長い曲で13分41秒、短い曲では1分少々となっている。
 アルバム制作の動機となったものは、はっきりと断定できないのだが、ピーターがヤン・アッカーマンと共演をしたかったからだといわれている。実際、2人の共作が5曲、アッカーマンの自作曲が1曲と、ほぼコラボレーションを行っているからだ。フラッシュがオランダ公演でフォーカスとジョイントしたときに、2人は意気投合したようである。

 アルバムは"Vision of the King"で幕を開ける。ピーターとヤンの2人のエレクトリック・ギター・デュオだ。1分25秒と非常に短く、まさにアルバムのオープニングという感じである。
 続いてピーターのアコースティック・ギターがフィーチャーされた"The White Horse Vale"が始まる。途中でイエスの"Roundabout"によく似た旋律が出てくるのだが、単なる偶然だろう。

 それにしてもピーター・バンクスという人は、当然のことながらギターは上手である。この曲と次の曲"Knights"を聞けばよくわかる。アコースティックでもエレクトリックでも早弾きを披露してくれる。
 ただ曲の展開がイエスやキング・クリムゾン的なところがあり、もう少しオリジナルな展開が欲しかったところである。5曲目"Knights-Reprise"ではスティーヴ・ハケットやジョン・ウェットンがせっかく参加しているのに、2分13秒と短く、しかも単にメロディの繰り返しだけに終わっていた。

 一方で"Beyond the Loneliest Sea"ではピーターのキーボードをバックに、ヤン・アッカーマンが得意のアコースティック・ギターを演奏している。ピーターはキーボードで主旋律を、逆にヤンはアコースティック・ギターのアルペジオ奏法を披露している。作曲はヤン自身だが自分自身は目立っていない。友人のピーターを引き立てようとしているかのようだ。

 このアルバムの白眉は8曲目の"Stop That!"で、ここで初めてピーターとヤンが対等にギター・バトルを繰り広げている。ただフリー・フォームに近い形で演奏しているので、何となく漫然とギターを弾いているという印象が強い。残念である。もう少し印象的なフレーズを入れるとよかったのにと思う。この辺が趣味的な音といわれるところだろう。

 このアルバムを聞いて、確かにピーターはギターは上手だとわかったし、彼の後釜に座ったスティーヴ・ハウと比べても遜色はないと思う。ただ表現方法、作曲能力についてはスティーヴの方が一枚上手のようである。たとえばスティーヴのソロ・アルバム「ビギニングス」はヴァラエティに富んでいて、聞いたあとの印象も強いものがある。

 だから残念ながらこのアルバムは参加ミュージシャンの豪華さに比べれば、内容的には大きく劣るのである。それがつくづく残念である。もうちょっと力を入れて制作して欲しかった。たぶんそのエネルギーは自分のバンド、フラッシュの方に傾けられたのであろう。

 ピーターはその後約20年の歳月を経て、2枚目のソロ・アルバム「インスティンクト」を1993年に発表した。これもパッとしないアルバムだったようで、内容よりも20年ぶりに発表したことの方が話題になったりした。つくづくソロではついていなかったようである。

 彼はテクニックはあるのだが、それを生かす表現力に欠けていたようである。また、時代を意識した音作りも彼には必要だったと思う。イエス・ファンには忘れ難い人物なのだろうが、ロックの歴史を切り拓くまではいかなかったようである。 All Points South

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マリリオン

 最近は梅雨の終わりのせいか、集中的に雨が降ることが多い。これを“ゲリラ豪雨”というらしいのだが、おかげで自動車道や鉄道が不通になり、通行ができなくなってしまう。雨が降らなければ、農家が困り、降れば交通に支障が起きてしまう。何とかほどほどにならないだろうかといつも思ってしまうのである。

 それで外に出れない場合は、家の中で音楽でも聞いているのだが、つい先日、イギリスのプログレッシヴ・ロック・バンドのマリリオンの新譜を購入して、それを聞いている。

 マリリオンといえば、ジェネシスのクローン・バンドとして有名であった。デビューが1982年だから、当時はプログレのような演奏時間が長くて、難解な歌詞を持ったような音楽は時代遅れの恐竜のように扱われていた。(昔も今も案外そうかもしれない)

 だからそれまでの有名なプログレ・バンドは、時間的に短くてポップな音に走り、イエスやピンク・フロイドのように、それまでは不可能だった(というか縁のなかった)シングル・ヒットを記録するようになった。これはこれで面白い現象だったと思う。

 それでマリリオンだが、フィッシュという名前のボーカリストがいて、その人の歌い方や曲の演出方法がジェネシスのオリジナル・メンバーのピーター・ガブリエルによく似ていた。グループに参加する前は木こりをしていたそうであるが、木を切りながらジェネシスの歌を口ずさんでいたのだろうか。

 そんなことはどうでもいいのだが、彼らはクローン扱いされながらも徐々にオリジナリティを出していき、人気も出てきて、それなりの評価を受けるようになった。また、ペンドラゴンやIQ、イッツ・バイツのような遅れてきたプログレッシヴ・ロック・バンドも現れてきて、彼らは音楽業界の中で確固たる位置を占めるようになった。総じてポンプ・ロックと呼ばれたりもした。要するに新しい時代にふさわしいプログレッシヴ・ロックということだろうが、幾分皮相的な見方も含まれているようだ。

 フィッシュ在籍時の名作は1985年に発表された3作目の「過ち色の記憶」であり、フィッシュの次にボーカリストに選ばれたスティーヴ・ホガースが加入してからの名作は1994年の「ブレイヴ」だといわれている。
 前者は演奏といい雰囲気といいジェネシスによく似ているし、往時のジェネシスの音を期待するファンには喝采を持って受け入れられた。

Misplaced Childhood Music Misplaced Childhood

アーティスト:Marillion
販売元:EMI
発売日:2007/12/21
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 逆に後者のアルバムはマリリオンの音を確立した(というか世界的に認められたという感じ)アルバムという事で評価も高い。ようやく“ジェネシスのクローン”という評判から脱却した感じである。彼らの最高傑作という人までいるようだ。
Brave Music Brave

アーティスト:Marillion
販売元:Sanctuary
発売日:1998/10/05
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 それで1983年からほぼ年1作アルバムをコンスタントに発表していたのだが、国内盤は1998年の「レディエイション」を最後に終わってしまった。これはバンドと配給会社との契約が切れたためである。
 正確にいうと、EMIとの契約が切れたあと、ポニー・キャニオンから2枚アルバムが出されたのだが、おそらく商業的に下降線をたどったのであろう、配給会社ももっと売れるバンドをプッシュしたいということで、彼らのような音楽は敬遠されたのである。まさにイエスやE,L&Pのようなかつてのプログレ・バンドがたどった道であった。“歴史は繰り返す”とはこのことである。

 で、自分が購入したアルバムは2008年に発表された2枚組アルバム「ハピネス・イズ・ザ・ロード」であった。もちろん輸入盤で、インタクト・レコードというところから販売されている。

 最近のマリリオンはプログレッシヴ・ロックという範疇から脱却して、彼ら独自のロック・ミュージックを追求しているようである。

 1枚目はまるでレディオヘッドやコールドプレイのような音で、1曲あたりの時間も短く、曲調も美メロ中心の音楽だった。音数はあるのだが、全体的に静謐でおとなしい雰囲気なのである。たぶん寝る前に聞くと安らかに眠れるような音楽である。羊を数えることも20匹を越えたあたりでたぶん終わると思う。

Happiness Is the Road, Vol. 1 Music Happiness Is the Road, Vol. 1

アーティスト:Marillion
販売元:Racket
発売日:2008/10/28
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 逆に2枚目は今までプログレをやってきましたという感じで、全9曲、7分や8分を超える曲も中にはあり、1枚目よりもロック色が出ている。自分は2枚目の方がよかった。
 特に長めの曲では艶のあるギターや音を重ねたキーボードが目立っていて、なかなかいい感じであった。こういう曲をもっとたくさん演奏してほしいのだが、なかなかそうはいかないようである。
Happiness Is the Road, Vol. 2 Music Happiness Is the Road, Vol. 2

アーティスト:Marillion
販売元:Racket
発売日:2008/10/28
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 というわけで1枚目は時代を意識した音、2枚目はそれまでの自分たちの音の集大成というアルバムであった。メンバー的には以前と変わっていないので、メンバーは代えずに、音楽的に変化しようとしているのだろう。ということは音的に第3期に突入したと考えていいだろう。

 たぶん日本では国内盤は出ないだろうから、インターネットや輸入盤で彼らの音楽や動向を知るしかない。何だかんだいっても、もう25年以上も続けているバンドである。音楽的進化があって当然である。時代を意識したポップな音楽を続けるのか、今までの音を追及するのか、これからが変わり目である。
 彼らの今後の"Road"が"Happiness"になるかどうか、そのためにどんな音になるのか、若干の不安を抱きながら彼らの今後を期待したいと思っている。

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ザ・ストーリー・オブ・i

 梅雨どきになると、イエスの「危機」を思い出してしまう。初めて聞いたのが、ちょうど今頃だったからである。
 あれから何年たったのだろうか、初めて聞いたときに鳥のさえずりのところで鳥肌がたったことは忘れることができないし、いまだに時々聞いている。まさに歴史的名盤であろう。

危機 Music 危機

アーティスト:イエス
販売元:Warner Music Japan =music=
発売日:2008/12/17
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 それでイエスというグループが大好きになったのだが、彼らはテクニック集団だった。構築美を誇る音楽集団であった。

 前回はその中でドラム一筋何十年というアラン・ホワイトの紹介や彼が中心となって結成されたホワイトというグループのアルバムについて述べたのだが、今回はここはやっぱり平等にということで、キーボーディストのパトリック・モラーツがイエス在籍時に発表したアルバム「ザ・ストーリー・オブ・i」について記しておきたい。

i~ザ・ストーリー・オブ・アイ(紙ジャケット仕様) Music i~ザ・ストーリー・オブ・アイ(紙ジャケット仕様)

アーティスト:パトリック・モラーツ
販売元:ディスク・ユニオン
発売日:2006/09/22
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 パトリック・モラーツ本人については“レフュジー”のところで述べたので、ここではすっ飛ばしておく。

 1976年に発表されたアルバムなのだが、このアルバム、聞けば聞くほどイイのである。何がいいのかというと
①とにかく彼のキーボード・プレイを堪能することができる
②テクニックをひけらかすのではなくて、バンド・アンサンブルの中で有機的に彼のプレイが機能している
③リズムにもしっかりした配慮ができている
④1枚のトータル・アルバムとして成立している
⑤途中でダレルこともなく、最後まで緊張感を保っている

 などが挙げられると思う。

 とにかくモラーツ自身がインターナショナルなミュージシャンである。スイスで生まれ、フランス語と英語を操り、ブラジル舞踊団と極東ツアーを行うプログレ・ミュージシャンは珍しいのではないか。彼の豊かな音楽的センスというのは、彼自身の音楽的な素養と経験から醸し出されているに違いない。

 このアルバムでも冒頭からブラジリアン・パーカッションが展開されていて、思わず腰が浮いてしまいそうになる。ここはサンバの国かと勘違いしてしまうほどだ。
 ブラジル音楽とプログレッシヴ・ロックの融合、すべてが成功しているとは言えないかもしれないが、こういう音楽を聞いたのは初めてであった。だから自分の耳には新鮮に聞こえたのだ。

 また参加しているミュージシャンも素晴らしい。ギターにはジャズ・ギタリストのレイ・ゴメス、ベースには後にイエスのツアーにも参加した名手ジェフ・バーリン、ドラムはアメリカ人のセッション・プレイヤー、アンディ・ニューマーク(後半のみ)などで、メンバーを見る限りではジャズ系のミュージシャンを起用している。

 6曲目"indoors"、7曲目"Best Years of Our Lives"ではとてもメロディアスなフレーズを耳にすることができる。たぶん当時のレコードではこのあたりがサイドAのクライマックスだったのだろう。しかし、ある意味モラーツはリズム感覚だけでなく、メロディにも素晴らしい才能を持っている気がする。曲自体は短いのだがメロディアスでポップなのである。この辺は映画音楽のスコアを書いてきただけあって、その経験が生かされているのであろう。

 後半部分では、途中で彼のピアノ・ソロを聞くことができる。(11曲"impressions")ここはクラシックで培った彼の本領発揮みたいなものである。でも早弾きなどの自己満足でお茶を濁してはいない。あくまでもアルバムの流れに沿ったもので、トータル・アルバムとしての構成を壊すことのない演奏に徹している。

 そしてボーカルがそれに絡み合い、再びブラジリアン・パーカッションと融合し、最後はモラーツのキーボード・オーケストレーションで締めくくられる。まさに圧巻である。

 リック・ウェイクマンのソロと聞き比べると面白いのだが、リックの場合はキーボードがメインで他のパートはあくまでもサポート役である。またリックはクラシック志向が強い。

 その点、モラーツはあくまでもバンド・アンサンブル重視である。その中で自己主張をしていく。またモラーツはクラシックの素養は当然のこと、それ以外にもジャズやブルーズについても豊富な知識、技能を備えている。アルバム前半を聞くと、このことがよくわかると思う。結局、キーボードのテクニックは2人とも甲乙つけがたいが、その用い方はまったく違うのである。

 パトリック・モラーツが参加した唯一のイエスのアルバム「リレイヤー」にもこのアルバムで聞かれるプレイやリズムが多用されている。この頃のモラーツはこういう異国情緒のリズムやメロディ、流麗で豪快なキーボード・プレイに凝っていたのだろう。

 モラーツは、このアルバムの成功で自信を持ったのだろうか。イエスのアルバム「究極」の録音に取りかかる前にソロ・ミュージシャンとして独立し、イエスから離れていった。その後ソロ・アルバムを数枚、ドラマーのビル・ブラッフォードとのコラボレーション・アルバムを数枚発表してムーディ・ブルーズに加入し、そこで全米No.1アルバム「ロング・ディスタンス・ヴォイジャー」を発表している。

 最近ではピアノ・ソロによるクラシック・アルバムも発表しているモラーツである。

RESONANCE Music RESONANCE

アーティスト:パトリック・モラーツ
販売元:ベガ・ミュージックエンタテインメント
発売日:2006/05/11
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 とにかく彼の豊かな音楽性やイマジネーションには目を見張るばかりで、彼の加入によってイエスやムーディ・ブルーズの音楽もまた活性化された。そういう意味で、彼は縁の下の力持ち的なキーボーディストなのかもしれない。もっと正当に評価されていいミュージシャンだと思うのである。

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ホワイト

 自分が書いた昔のブログを読んでいると、イエスのメンバーがソロ・アルバムを発表していたことについて書いてあったのを見つけた。2007年の11月頃のブログである。

 なぜ読み返したのかというと、最近ボケ始めてきたせいか、ひょっとしたら以前書いたアルバムを再び取り上げて似たようなことを、あるいはまったく違うことを書く恐れが出てきたからである。
 こうなったらもう自分でも終わりだと思っているので、ときどき昔のブログを見ながら確認をしているのである。実際、ピンク・フロイドの「狂気」や「炎~あなたがここにいてほしい」などは何度も書きそうになった。それだけ優れたアルバムであるという証明なのであろうが、同じことを何度も言うのは年をとった証拠でもあろう。気をつけたいと思っている。

 それでそのイエスのメンバーのソロ・アルバムについては、ジョン・アンダーソンをはじめ、スティーヴ・ハウやクリス・スクワイア、リック・ウェイクマンについては書いていたものの、なぜかパトリック・モラーツとアラン・ホワイトについては言及されてなかった。

 当時のリックは、当時というのは1975年頃なのだが、すでにイエスを脱退していた。第1回目の脱退である。数えたことはないのだが、たぶん4回ぐらい彼はイエスを脱退しているのではないだろうか。

 そんな事はどうでもいいのだが、だから正確にいうとイエスのメンバーのソロ・アルバムではない。パトリック・モラーツこそ当時のイエスのメンバーであり、彼の発表した「ザ・ストーリー・オブ・アイ」こそがイエス関連のソロ・アルバムだったのだ。

 しかし、とりあえずパトリック・モラーツは“レフュジー”のところで述べたので、今回はもう一人のメンバーであったドラマーのアラン・ホワイトのことについて触れたい。

 彼は1976年に「ラムシャックルド」を発表している。これはなかなか素晴らしいアルバムだった。
 ドラマーの作ったソロ・アルバムというと、テクニックに走って演奏だけで終わったり、ジャズやクロスオーヴァーになって、自己満足的なセッションを記録したものに終わってしまう傾向があるが、このアルバムに関してはそういう心配は一切ない。きわめてロック的なアルバムなのである。

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 プログレッシヴ・ロックとかけ離れた、純然たるロック・アルバムであった。1曲目からソウルフルなボーカルを伴っており、中にはスティール・ドラムを使用したレゲエ風の曲やアコースティック・ギターとフルートをメインにしてドラムレスのインストゥルメンタルもある。
 
 趣味的な音といえばそれまでだが、様々な音楽を楽しみながら演奏している姿勢が伺えて彼の本質的な一面を垣間見た思いがしたものだった。逆にバンド仲間のジョン・アンダーソンが歌っている曲の方が浮いているという印象をもった記憶がある。

 もともとアラン・ホワイトは、6歳からピアノを始めていたのであるが、彼の演奏を見た(“聞いた”のではなくて“見た”である!)叔父さんが、ドラマーに向いているのではないかということで、ドラムを叩くようになったそうである。その叔父さん自身もドラマーだったようだ。
 だから15歳でプロ・ミュージシャンとして活動をはじめ、20歳にはあのジョン・レノンに見出され、プラスティック・オノ・バンドで活動するようになったのである。もちろん同時並行で数々のセッション活動を行い、ビートルズ関係以外にも、ジェシ・エド・デイヴィスやゲイリー・ライト、ジンジャー・ベイカー、ジョー・コッカーなどとも活動をしていた。

 アランのドラミングはアラン以前にイエスに加入していたビル・ブラッフォードのそれと対照的な感じがする。ビルのドラミングはジャズ的であり、細かいビートを連続して刻むことができ、音質も硬い。
 一方、アランのドラミングは、ロック的であり、もちろんテクニックもあるのだが、それを感じさせる前に、すでにビートが刻まれている感じである。だから頭で考えるよりもまず体が動くという感じであり、音質も(ビルと比べると)“バシャバシャ”と聞こえるように思う。このドラミングは、数多くのロック・ミュージシャンと活動してきた体験から生まれてきたからではないかと思っている。

 そのアラン・ホワイトが「ラムシャックルド」以来、約30年ぶり2006年にバンド名義で発表したアルバムが「ホワイト」だった。

ホワイト(紙ジャケット仕様) Music ホワイト(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ホワイト,クリス・スクワイア,アラン・ホワイト
販売元:Ward Records
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 全10曲で、日本盤にはボーナス・トラック1曲が付いている。まずメンバーはアラン以外は一人を除いて無名のミュージシャンで構成されている。
 解説書によると、アランは現在アメリカのシアトルに住んでいるそうで、そのシアトル周辺のバンド、メルカバ、トリーズンからメンバーを招いて制作した。

 いずれも日本ではマイナーなバンドであるが、音を聞く限りはなかなかの実力者集団だと思った。この辺がアメリカのミュージシャンの懐の深さというか、日本とは違うところである。これだけの実力があるなら、日本ではそこそこ活躍できるのだろうが、アメリカでは実力プラス運も必要なのだろう。チャンスは万人にあるが、それをものにする運は万人には備わっていないのである。

 しかし面白いことに、一人だけ有名なミュージシャンがいる。それがジェフ・ダウンズである。1980年にトレバー・ホーンとともにイエスに加入したあのジェフ・ダウンズである。

 彼が参加したアルバムは、あのエイジアのアルバムのように、きわめてポップな音になるのが普通だ。“4分間プログレ”や“有線プログレ”などと非難されたこともあったが、売れることは悪いことではない。ただ果たしてこれをプログレッシヴ・ロックといっていいかどうかは意見の分かれるところであろう。

 ところがこのアルバムは、そういう音にはなっていない。理由はジェフは演奏だけで、作曲にはまったく関わっていないからである。作詞や作曲はアランと前述のシアトルのミュージシャンで行われていて、ジェフはキーボード・プレイヤーが録音に参加できなかったために代わって参加したようなのだ。

 だから音はプログレッシヴ・ロックというよりも、極めてブリティッシュ・ロック的である。ブリティッシュ・ロック特有のマイナー調の湿った印象を与えてくれる。また、ほとんどの曲が5分前後で、長い曲で7分6秒である。なかなか渋い楽曲で占められている。

 お薦めは"Crazy Believer"、"Dream Away"、"Waterhole"あたりだろうか。いずれも哀愁を帯びたメロディとリフを持っている。特に"Waterhole"はアコースティック・ギターの使い方がブリティッシュ・トラッドを連想させる。また最後のスライド・ギターが泣かせる。一聴に値する曲だと思う。
 また、ボーカリストのケヴィン・カーリーという人の声は、湿ったピーター・ガブリエルのようで、けっこうその気で歌っているように聞こえた。ジェネシスに加入しても通用するのではないだろうか。

 残念なのは、ボーナス・トラックの"Run with the Fox"の歌詞が省略されていることだ。歌詞ぐらいどうでもいいではないかと思うだろうが、この歌詞、あのピート・シンフィールドが作っているのである。しかもこれはクリスマス用に作られたクリスマス・ソングだったというから、ぜひ見てみたかったのだ。

 ちなみに作曲したのはクリス・スクワイアとアラン・ホワイトで、ベースと歌っているのはクリスだろう。相変わらずアタックの強いベースを弾いている。1981年12月の作品で、イエスの4枚組ボックス・セット「イエス・イヤーズ」に収録されている。でもいまさらこの歌詞のために「イエス・イヤーズ」を購入しようとは思わないし、思っても既に廃盤である。

 とにかくこの「ホワイト」というアルバム、どこまでアランが曲作りに関与しているかわからないが、一聴の価値があるなかなかのアルバムだと思った。イエスもいまや開店休業中だし、年齢的に見てアルバム作って、ツアーを行うのは厳しいだろう。

 それなら今年還暦を迎えたアランにもうひと踏ん張りして、これに続くアルバムを期待したい。意外と彼はメロディ・メイカーではないかと思うのである。これも若いうちからロックやポップ・ミュージックの録音制作に携わった結果ではないだろうか。

 歴史には残らないし、おそらく記録にもまた記憶にも残りにくいアルバムではある。しかし、ここには真摯に音楽に向き合い、自分のやりたい音楽を追求した一人のミュージシャンの想いが刻まれているのである。

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トマス・ボーディン(2)

 ほとんど誰も知らないようなアルバムを紹介することには人後に落ちないことで定評のあるプロフェッサー・ケイである。自分の中ではけっこう有名だと思っているのだが、やはり他の人からみれば、まったくチンプンカンプンなものに聞こえるのだろう。

 それを承知で今回紹介するのは、以前にも紹介したスェーデンのプログレ・バンド、ザ・フラワー・キングのキーボーディストであるトマス・ボーディンのソロ・アルバム「アイ・アム」である。

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 このアルバムは2005年に発表されたもので、彼のソロ作品としては5作目にあたる。一応現時点での最新作といえるだろう。なおトマス・ボーディンについては以前にも一度このブログで触れているので、今回はこのアルバムに限って紹介したい。

 内容はというと、これがまた全3曲という時代錯誤的な傑作なのである。プログレ・ファンなら泣いて喜ぶ垂涎ものといえるに違いない。この21世紀の時代にこういう音を聞くことができるとは、正直思ってもみなかった。

 このトマス・ボーディン(日本語の表示では“ボディーン”になっている)は、現在のプログレ界を代表するキーボーディストのようで、テクニック的にも申し分ないのだが、それをひけらかすというよりは、曲のモチーフを生かすような創造性や表現力を発揮するタイプのプレイヤーのようである。

 だからこのアルバムでも全曲作詞・作曲、アレンジと彼のもとで制作されている。1999年の1stソロ・アルバム「An Ordinary Night in My Ordinary Life」もバンド形式で録音されていたが、ところどころ彼の短いソロを収めた小曲もあった。しかし、今回のこのアルバムでは20分前後の長い曲3曲のみで占められていて、非常に聞き応えのあるボリュームになっている。

 3曲とも組曲形式になっていて、最初の組曲"I"は11曲、次の組曲"A"は8曲、最後の組曲"M"は6曲で構成され、タイトルを続けて読むと“I AM”となる。ただ“アイ,エイ,エム”と読む人もいて、はっきりとは決まっていなくて、読む人のイマジネイションに任せているのかもしれない。
 これはこのアルバムのテーマみたいなもので、“I AM”つまり自分自身の存在や存在意義について歌っている。ちょっとした哲学的なものを秘めているのである。

 3曲とも似たようなものであるが、微妙に違う点がある。1曲目は23分を超える曲で、イエスのような構築性と叙情性を備えている。19分過ぎに女性ボーカリスト、ヘレネがしっとりと語りかけるように歌い上げるところが聞きどころかもしれない。
 この女性、写真で見る限りはなかなかの体躯をなしているが、声は素晴らしい。この素晴らしい声を発声するために、この体があるのだろう。オペラ歌手のようである。

 2曲目は1曲目よりややハードで、ギターが目立っている。このギタリストはグレン・ヒューズ・バンドのギタリスト、ヨッカ・JJ・マーシュという人であり、粘っこくかつスリリングなソロを披露してくれる。それにしてもグレン・ヒューズがまだ活動していたとは驚きである。

 また動-静-動-静という展開になっていて、“動”のところではギターが全開になっている。逆に“静”のところでは派手な電子楽器などは使用されずに、グランド・ピアノを使ってリリカルに演奏されている。この辺の落差が素晴らしいと思う。

 3曲目はアルバムの中で一番短い曲で、18分少々しかない。(それでも普通の曲に比べると長い方である)
 最初はモノロローグのような歌声から始まり徐々に盛り上がっていく展開である。まるでピンク・フロイドの「ザ・ウォール」のような始まり方をして、イエスのようにバンド・アンサンブルにつながる感じである。

 途中でデス・メタルのような声が入っているのが気に入らないのだが、曲のアクセントと受け止めれば何でもないかもしれない。また曲の終わりでフルートが使用されていて、これがまたデヴィッド・ギルモアのようなギターと絡み合って、何ともいえない情緒を醸し出している。そしてエンディングへと流れていく。

 できれば印象的なリフなりフレーズなりを繰り返すとか途中で数回にわたって差し挟んでいくと、もっと記憶に残るアルバムになったのではないかと思うのである。
 イエスの「危機」にしろピンク・フロイドの「おせっかい」、ジェスロ・タルの「ジェラルドの汚れなき世界」などにはそういう手法がとられているが、歴史に残る組曲形式のアルバムにはそんな工夫が施されている。

 しかし何であれ、こんな御時世に3曲しか入っていない65分以上もあるアルバムを作ったという事実が大事であり、それを実行したトマス・ボーディンには素直に脱帽してしまう。全世界で何枚売れたかわからないが、そういう商業主義とは無縁に、純粋に自分の音楽だけを追求できる姿勢や環境が大切であり、それを認めたレコード会社も大いに評価されるべきではないだろうか。

 まだまだロック・ミュージック界も捨てたものではない気がするのだ。

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フィンチ

 以前から聞きたかったバンドの中に、オランダのプログレッシヴ・ロック・グループのフィンチというのがあった。
 以前にもオランダのプログレ・グループを特集したときには、このフィンチとトレースは未聴だったからコメントを書くことができなかった。だからチャンスがあればと日頃から思っていたのである。

 しかもややこしいことにフィンチというグループはオーストラリアやアメリカにも存在し、前者はサーフ・ミュージックに近いような音楽で、後者はハードコア・パンクに分類されるようである。CDショップに行って、フィンチというグループを目にしても、実際に手にとって見ると、違うグループだったということはよくあった。

 そして今回、まさに奇遇というか行幸というか、店頭で運良く彼らのCDを手に入れることができたのである。アルバム・タイトルを「ガレオンズ・オブ・パッション」という。1977年の作品である。

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 アルバムは全5曲で、今回特別にボーナス・トラックが3曲収録されている。全曲ともにインストゥルメンタルで、ごく大雑把に言うと、オランダのフォーカスとイギリスのキャメルを足して2で割ったような曲調である。

 音的にはだいぶ洗練されていて、非常に聞きやすいし、ギターのトーンもマイルドかつサスティーンがよく効いている。確かにフォーカスのヤン・アッカーマンのようである。
 また、ギターが宙に舞い、キーボードが音に厚みをつけるという構図で、特に3曲目の"As one"などを聞くと、実感できると思う。

 ただ1977年当時の流行としては、フュージョン/クロスオーヴァーというのがあって、あのジェフ・ベックもそれに便乗しながらソリッドで曲想豊かなアルバムも発表したりしていた。
 このアルバムでも若干ベース音がそういう音を聞かせてくれるところもあった。(2曲目"Remembering the Future")

  しかし何といっても一番の聞かせどころは4曲目"With Love as the Motive"であろうか。これはa) Impulse, b) Reaching, c) Sinful Delightに分かれている組曲で、フォーカスよりもジェネシスに近い調べを奏でている。
 特にキーボードが一段落したあとのギターのアルペジオやフルートの入り方などがそういう印象をもたらしてくれた。9分20秒という長い曲だが、起承転結が明快で、あっという間に終わってしまう充実した楽曲である。

 オリジナル・アルバムでは最終曲だった"Reconciling"も激情の嵐が過ぎ去った後のような、ゆったりとたよやかなバラード系の楽曲だ。あるいは映画のエンドロールのときに流される曲にしてもいいかもしれない。ただ惜しむらくは、できればシンセサイザーだけでなく、メロトロンも使用してほしかった。
 彼らの1stや2ndアルバムではけっこう使用されているとのことである2

 彼らは3枚のアルバムを発表していて、1975年に1st「グローリー・オブ・ジ・イナー・フォース」、76年に「ビヨンド・エクスプレッション」、77年に本作という順番である。
 その中では76年の「ビヨンド・エクスプレッション」のできが一番いいらしい。 しかも全3曲、1曲目から20分を超える超大作になっていて、キーボーディストが3作目と違う人なので、シンセだけでなくオルガンやグランド・ピアノ、メロトロン、エレピにソリーナ・ストリング・アンサンブルまで使用している。

 しかしほんとにオランダのポップスやロックは日本人に親近感を与えてくれる。60年代のショッキング・ブルーから80年代のヴァレンタインまで、ジャンルを問わずメロディアスで耳に馴染みやすい。
 これは長崎の出島のせいか、シーボルトのおかげか、鎖国中も関係があったからだろうか。とにかくオランダとの関係は、その音楽も含めて日本人の無意識の中に浸透しているのかもしれない。

 というわけで、次はぜひ2作目をゲットしようと虎視眈々と狙っている。ただ店頭で見つけることは不可能に近いと思われるので、ネットで探すしかないようである。

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ザ・ナイス

 レフュジーについて書いたなら、ついでにその原型となったザ・ナイスについて書いてみようと思った。

 キース・エマーソンがいたこのバンドは、もともとはP.P.アーノルドというアメリカ人の女性シンガーのバック・グループからスタートしたらしい。1966年の結成というから今からもう40年以上も前のことになる。

 最初はギタリストもいて4人組だったのだが、1stアルバム発表後に脱退して、3人組になりそこでキース・エマーソンをメインにして活動を続けていったようである。1968年に1stアルバムを発表しているので、3人組になったのは1969年ごろと思われる。

 自分が持っているザ・ナイスのアルバムはたった1枚しかなく、タイトルを「Five Bridges」といい、オランダからの輸入盤である。
 ただ5曲のボーナス・トラックがついているのでお得といえばそうかもしれない。

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 タイトル曲"Five Bridges"は組曲で4つのパートに分かれていて、ジョセフ・イーガーというクラシック奏者がロンドン・シンフォニアというオーケストラを指揮して一緒に演奏している。さらにはこれが1969年10月17日にクロイドンのフェアフィールド・ホールで行われたライヴ演奏の実況録音盤だから大したものである。ロックとクラシックの融合を目指していたのであろう。

 メンバーのリー・ジャクソンは、おそらくニューキャッスル生まれのようで、その地にかかっている橋をモチーフにして制作されたようである。その橋が5つあるかどうかはわからないが、たぶんなさそうである。
 ただある1つの橋の上部には電車が、下部は車道になっているようで、彼ら3人はそれをイメージしながら建設中の建物などが環境を変えている様も描こうとしたという事である。

 クラシック好きならこのパートはあの曲のこの部分のパクリだとか、模倣とかわかるのであろうが、残念ながら自分はクラシック好きでもないし、当然のことながら耳もよくないので、音を聞き分けることもできない。

 だから詳しい事はいえないのだが、インターネットで調べると詳しい人は結構いるので、そういう人の評論や意見をみていくとかなり楽しいと思う。
 自分は、とにかくこれが後のエマーソン、レイク&パーマーにつながったのかと思うと、発展段階の途中を見ているようで面白い。確かにキース・エマーソンのプレイは目立っているのだが、それ以外はオーケストラに圧倒されがちで、イマイチかもしれない。

 組曲以外では、シベリウスの"カレリア"の演奏途中で、おそらくオルガンを揺り動かしていたり、スィッチを切ったり入れたりしているのであろう、後にE,L&Pで見せるような音を出している点が興味深い。

 また、チャイコフスキーの交響曲「悲愴」第3楽章をアレンジして全く違う形で聞かせてくれたり、ボブ・ディランの"Country Pie"とバッハのブランデンブルグ協奏曲の一部をくっつけて演奏したりと、昔からクラシック好きだったことがわかる。
 当時はこういうのが流行だったのだろう。ディープ・パープルもやっていたし、プロコル・ハルムも後にオーケストラと共演している。

 ボーナス・トラックは当時のカリスマ・レコードの企画アルバム用に制作されていた曲がほとんどで、時間も3分から4分程度のポップなシングル曲である。前半の組曲形式やクラシックとの融合を図った曲に比べると、全く違うバンドが演奏しているかのような印象を与えてくれる。

 特筆すべきはシングル"America"が用意されていることで、この曲がアメリカでヒットしたことでザ・ナイスはアメリカでも知られるようになったのである。1968年の7月に全米29位にまでなったこの曲は、ミュージカル“ウェスト・サイド・ストーリー”の挿入曲で、これもまた彼ら流にアレンジされている。

 ただ以前にも書いたが、このアルバムを聞いて満足するかと問われると、素直にイエスとはいえないのだ。

 キーボード主体のバンドが長続きしない理由は、当然売れないからである。グリーンスレイドやレア・バード、E,L&Pにレフュジー、ザ・ナイスと、売れても10年も持たなかったのはやはりキーボード主体のバンドには限界があると思うのである。

 最大の要因は、聞いてもカタルシスを得る事ができないという点ではないだろうか。いくらキース・エマーソンがオルガンにナイフや日本刀を突き刺して音をゆがませても、ギタリストがギュイーンと音をゆがませる方がカタルシスを得ることができる。
 不思議な事だが、キーボードよりもギターのチョーキングやベンディングの方がロック本来の持つ疾走感や衝動性をうまく表現できると思うのだ。だからギターレスのキーボード・バンドは最初は注目を集めても長続きしないのではないだろうか。

 それはともかく、ザ・ナイスの音はキース・エマーソンや後のE,L&Pの雛形のようだが、残念ながら自分にとってはナイスな音楽ではなかったようだ。ただ当時のミュージシャンの一部の人は、ロックとクラシックの融合について真剣に模索していた点には興味深いものがあると思う。

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レフュジー

 やはり3人組でギターレス、キーボード中心のバンドといえば、エマーソン、レイク&パーマーが知名度、実力ともにNo.1であろう。
 カール・パーマーの手数の多いドラミングやグレッグ・レイクの深みのあるボーカルとベース・プレイ、そして何といってもクラシカルでありながら攻撃的なキース・エマーソンのハモンド・オルガン、3人それぞれが自分の個性を十二分に発揮しながら、後世に残る名盤を残してくれた。

 E,L&Pについては以前にもこのブログに書いたので、今回は省略するが、そのキース・エマーソンがE,L&P以前に在籍していたバンドがザ・ナイスだった。そしてこのザ・ナイスも3人組だったのだ。

 もともとはギタリストが入って4人組だったのだが、途中で脱退したため3人組になってしまった。1969年頃のお話である。
 またその頃からキース・エマーソンと他の2人との音楽的な見解の相違が目立ち始めたために、最終的に解散してしまった。キース・エマーソンが一緒にアメリカ・ツアーをしていたキング・クリムゾンのグレッグ・レイクとの間にバンド結成の構想が生まれたからだった。

 こうやってエマーソン、レイク&パーマーが生まれたのだが、問題は残されたメンバーたちである。"エマーソン、お前一人がなぜ目立つ"と言ったか言わないかわからないが、それじゃ俺たちも新しいメンバーを探そうぜといって探してきたのが、スイス生まれのキーボーディスト、パトリック・モラーツだった。

 もともとパトリック・モラーツが元ザ・ナイスのベーシスト、リー・ジャクソンのアルバムに参加したのがきっかけだった。リーがパトリック・モラーツの演奏をみて加入を促したという。それで元のドラマーを呼んで、3人でバンドを結成したのが“レフュジー”だった。"ザ・ナイスの夢よもう一度"ということだろうか。

 モラーツの演奏はなかなかのものである。さすがキース・エマーソンの後釜に入れようとしただけのことはあって、エマーソンと比べても決して引けを取らない演奏水準である。

 1974年に発表された彼ら唯一のアルバム「レフュジー」を聞いてみればわかると思うのだが、1曲目"Papillon"は空を舞う蝶のように、華麗かつテクニカルにキーボードを弾きまくっている。クラシカルな要素と同時にジャズっぽい演奏も聞かせてくれる。キース・エマーソンよりも攻撃的な演奏は目立たないのだが、技術的にはそれ以上かもしれない。

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 リック・ウェイクマンの華麗さとキース・エマーソンのジャズ的演奏を兼ね備えているような感じである。また何台ものキーボードを使って音に厚みをつけており、聞きごたえがある。
 
 中には"Someday"などのボーカルを主体とした曲もあるが、バッキングでもキーボードを使ってのオーケストレーションを行っているし、リードの部分ではシンセサイザーやハモンド・オルガンを使って鬼気迫るプレイを聞かせてくれている。

 アルバムのハイライトは、3曲目の組曲"Grand Canyon"だろう。一部ボーカル部分ではリリカルなピアノ・ソロやメロトロンを使用してのバッキングに徹し、インスト部分ではシンセやエレクトリック・ピアノでの驚くほどの早弾きを展開している。

 この曲はドボルザークの「新世界」を意識して作られたのだろうか。モチーフとして選ばれた“グランド・キャニオン”はヨーロッパの人たちから見れば、アメリカの“大自然”の象徴として感じられたのだろう。
 この曲のインスト部分を聞くと、そういう気がしてならない。ワイルドな部分はドラムとベースが暴れまわっており、それをキーボード群が取り囲むようにして構成されている。曲想にあった演奏だと思う。

 パトリック・モラーツのジャズ的側面は、インストゥルメンタルの部分で目立つようだ。特に"Ritt Mickley"という曲では、カンタベリー系のバンド、キャラバンやデイヴ・スチュワートのような雰囲気を携えていて、とても30年以上も前に録音された音楽とは思えない。いま聞いても新鮮である。

 キース・エマーソンというとハモンド・オルガンかムーグ・シンセサイザーというイメージが先立ち、それ以外のキーボードはピアノくらいしか印象がないのだが、パトリック・モラーツの場合は、それ以外にもクラヴィネット、パイプ・オルガン、メロトロン、ミニ・ムーグと多彩である。そういう器用さがキース・エマーソンにない可能性を秘めていたように見られたのかもしれない。

 ただ残念なことに、彼ら3人でのスタジオ・アルバムはこの1枚で終わってしまった。できれば続編を聞きたかったのであるが、それは今ではもう不可能である。

 リック・ウェイクマンの抜けたイエスのキーボーディストとして引き抜かれたのだった。そして制作されたのが問題作「リレイヤー」だった。個人的には大好きなアルバムなのだが、イエス・ファンの間ではアルバム「ドラマ」と並んで、評価はあまり高くない。

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 しかしそこでのモラーツの演奏は、いままでのイエスにはない斬新で緊迫感のあるキーボード・サウンドだったと思うのである。特に"Sound Chaser"でのスティーヴ・ハウとの共演はいまだに鳥肌ものである。

 一方の残されたリズム・セクションの2人は、皮肉な事にまたまたキーボーディストがいなくなってしまった。さすがに三度目はなかったようで、もうキーボーディストを探してバンドを継続しようとは思わなかったようである。

 考えようによってはかわいそうというか、そうなるように運命付けられたリズム陣だったのかもしれない。それにしてもこの「レフュジー」は隠れた名盤だと思う。この3人でもう2,3枚はアルバム制作して欲しかったのであるが、夢のまた夢というものであろう。

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レア・バード

 グリーンスレイドのところで思い出したのだが、ギターレスのプログレ・バンドで有名なところは、まずはキース・エマーソンのいたザ・ナイスやエマーソン、レイク&パーマーといったところだろう。

 あるいはパトリック・モラーツのいたレフュジーや“オランダのナイス”ともいわれたトレースも当てはまると思う。

 無名どころでは、3台のメロトロン奏者がいたスプリングなどはこのブログでも取り上げたので知っている人は知っていると思うし、知らない人は知らないはずである。(でもスプリングはギターも演奏しているし、純粋にキーボードだけの音楽というわけではなかった)

 今回取り上げるレア・バードもキーボード主体のイギリスのプログレッシヴ・ロック・バンドだった。
 結成されたのは1969年ごろで、早速その年にデビュー・アルバムを発表している。その中に収められていた"シンパシィ"という曲がヒットして、一躍有名になったそうだ。

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 メンバーはグラハム・フィールドという主にオルガン関係を演奏する人を中心にして、もう一人のキーボーディストとベーシスト、ドラマーの4人組だった。

 こうやってみるとグリーンスレイドと全く同じメンバー構成である。2人のキーボーディストのギターレス・バンドというのは、レア・バードのほうが先輩格だったのである。

 自分は残念ながら彼らの1stアルバムは入手していない。だからよくわからないのだが、1970年に発表された2ndアルバム「アズ・ユア・マインド・フライズ・バイ」は中古CDショップで運良く手に入れることができた。

 それで音を聞いてみたところ、ハモンド・オルガン主体のプログレ・ミュージックであった。全5曲で、そのうち最後の曲"Flight"は4つのパートに分かれた組曲形式になっていて、時間的に19分41秒という長尺曲になっている。
 ただ他の曲は時間的には短く、長くても6分に足りない程度で、短い曲は2分39秒しかない。

 曲調はグリーンスレイドの1stアルバムによく似ていて、たおやかでゆったりとリラックスした雰囲気を醸し出している。また演奏よりもボーカルをメインにした曲が多く、そういう意味では歌を聞かせるプログレッシヴ・ロックといえるかもしれない。

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 ただ、グリーンスレイドと違うところはメインがハモンド・オルガンやチャーチ・オルガン、エレクトリック・ピアノやハープシコードといったところで、シンセサイザーやメロトロンは聞き取ることができなかったので、使用されていない可能性が強いということだ。たとえ使われていたとしても、ほんの味付け程度と思われる。

 その点グリーンスレイドでは、一人がオルガンを弾いていたら、もう一人はシンセやメロトロンを弾いていたりして、2人の掛け合いを楽しむことができた。それがないのが残念である。

 このアルバム中にある3曲目の"Hammerhead"がロックっぽくて気に入ったのだが、それでも3分30秒しかないからちょっと物足りなかった。

 最後の組曲"Flight"は途中ダレルところはあるものの、女声コーラスも取り入れながらの力作に仕上げられていて、なかなか良かった。
 特に導入部のアップテンポのところは、いかにも今から旅立とうとする雰囲気が出ていたし、終わりのところで、ラベルの“ボレロ”のフレーズが出てくるのだが、その演出についても興味深かった。

 例えていうと、音数のやや少ないリック・ウェイクマンがコーラス隊の前でパフォーマンスをしているという感じである。もちろんオーケストラはそこには存在しないのだが・・・

 しかし2台のキーボードを使用している割にはちょっと物足りない気がする。当時の録音技術的な面もあるかもしれないが、これならマイク・オールドフィールドなら俺一人でも演奏できるぞと言うだろう。

 実際、このあとのレア・バードは2枚ほどアルバムを発表したのだが、キーボーディトが一人になり、ギタリストが加入して普通のロック・バンドになってしまった。だからこのセカンドまでが彼らの全盛期で、これ以降は商業的にもうまくいかなかった。

 どうもキーボード主体のバンドというのは、一時は脚光を浴びても長続きはしないようである。やはり表現力に限界があるのだろうか。それともギターの方が目立つし、アタッチメントをつければどんな音も出せるし、軽薄短小の時代にはマッチしたということだろうか。どのバンドも不思議と短命なのである。

 というわけで、このレア・バードは名前の通り“希少な鳥”になってしまった。“春眠暁を覚えず”ではないが、春のうららかな日にぼんやりと聞き流すにはちょうどよいBGMになる音楽である。

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グリーンスレイド

 コロシアムのメンバーは、解散後、様々なグループに分かれていった。ドラマーのジョン・ハイズマンはテンペストを結成し、ギタリストのデイヴ・“クレム”・クレムソンはピーター・フランプトンの後釜としてハンブル・パイに加入した。
 また、ボーカリストのクリス・ファーロウは一時の隠居状態からアトミック・ルースターに、ベーシストのマーク・クラークはユーライア・ヒープやテンペストに参加している。

 そしてキーボーディストのデイヴ・グリーンスレイドは、コロシアムの初代ベーシストだったトニー・リーヴズとともにグリーンスレイドを結成した。1972年のことである。

 このバンドもスーパー・グループと呼ばれてもおかしくないメンバー構成だった。何しろドラマーは「リザード」に参加していた元キング・クリムゾンのアンディ・マカロックだったし、もう一人のキーボーディストのデイヴ・ロウソンは、ウェッヴ、サムライなどのグループで活躍していたからだ。
 
 ベース、ドラム、キーボードと楽器編成を見てもわかるように、ギターレスの4ピース・バンドだった。この時期(そして今も)、ギター不在のバンドというのは珍しく、しかもそれが2人もいるというので、かなり話題になったそうである。

 1973年に発表された彼らの1stアルバム「グリーンスレイド」は、われらの?ロジャー・ディーンの手によるもので、しかもバンド名にならってか、緑色の色彩で統一されていた。

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アーティスト:Greenslade
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 音的にも、どちらかというと静かな感じで、ハモンド・オルガンやメロトロンが響く中で、ときおりベースもリードをとって自己主張している、そんな感じである。朝日の中で森の中の隠者が川べりで思索にふけっているジャケットのイメージがまさに似合っていると思う。

 1stはそれなりに良いアルバムだとは思うのだが、曲的には同年に発表された2ndアルバム「ベッド・サイド・マナーズ」の方がよりロック的で、内容的にも優れていると思う。一般的にも2ndは彼らの最高傑作といわれている。

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 どこが最高傑作かというと、リズムに切れが出ていて、より疾走感、躍動感があるという点である。
 1曲目は1stアルバムに収められているような穏やかな曲なのだが、2曲目はそれとは対照的にメロディ、リズムともはっきりと際立っているインストゥルメンタル・ナンバーになっていて、これがいいのである。(曲名"Pilgrims Progress")動-静-動という構成も素晴らしい。

 3曲目の"Time to Dream"はトニー・リーヴスのベースがよい。小刻みに動き回っていて、ときおりリード・ギターのように曲全体を牽引している。この曲も躍動感に満ちている。

 4曲目もインスト曲で、この曲のドラムはまさに初期クリムゾンを象徴するかの如く、スピード感とテクニックに満ち溢れている。タイトルが"Drum Folk"というのだから、まさにアンディ・マカロックの独壇場。途中のキーボードによるフルート・ソロ、ハモンド・オルガン・ソロも叙情性をいっそう引き立てている。

 このアルバムは全6曲で、ボーカル入りとインストゥルメンタルと交互に配置されていて、構成にも配慮されている。最後の曲もインストなのだが、この曲もキーボードの掛け合いが見事であり、それにからむリズム陣も息が合っていて、まさに4人で力をあわせて作りましたという印象を強く残してくれる。

 確かに彼らの最高傑作といっていい2ndから約1年、1974年に発表された3thアルバム「スパイグラス・ゲスト」からはダブル・キーボードという彼ら一番のウリが目立たなくなり、全体的に小曲が多く、ポップ化していった。またゲスト・ミュージシャンの方が目立つという皮肉な結果にもなった。できれば2ndの延長線上のようなアルバムを期待していただけに、残念な結果になった。

 確かに1stよりはロック色は強まっているのだが、別に2人もキーボーディストはいらないような音だと思う。むしろギタリストを加入させてもあまり変わらないような音になっている。

 ただ1曲1曲はそれなりによい。曲によってはギターやヴァイオリンの音も加えられているので、じゅうぶん鑑賞には耐えられる。1曲目は2ndアルバムにあるような曲で、2曲目、4曲目にはデイヴ・クレムソンが参加して流暢にギターを鳴らしている。5曲目の"Joie De Vivre"はメロディはきれいだし、チャーチ・オルガンやメロトロンも加えられていて、なかなかの曲に仕上がっている。
 最後の曲はジャック・ブルースが書いた、あのアメリカのロック・グループ、マウンティンも演奏した"Theme for An Imaginary Western"である。だからグリーンスレイドというよりも1枚のロック・アルバムとして聞くと、それなりに良いと思うのである。

 オリジナル・メンバーによるアルバムはこの3作目までで、4作目「タイム・アンド・タイド」ではベーシストが交代し、ギターも弾けるメンバーが加入した。だからこの4枚目のアルバムは1stアルバムとは全然雰囲気が違う。まるで違うグループのアルバムのようである。何しろ1曲目からブラスの音が入っているのだから。(おそらくはキーボードによる演奏だろう)

 この違いは結局メンバー間の志向性の違いから来ているようである。デイヴ・グリーンスレイドはもっとプログレを追求し、デイヴ・ロウソンの方はポップな音を求めたのではないだろうか。だからインスト曲はすべてグリーンスレイドが作曲している。

 結局、このアルバムを最後に彼らは解散したのだが、驚くなかれ、何と2000年にはトニー・リーヴスとデイヴ・グリーンスレイドを中心に再結成されて、アルバムも発表した。
 もちろんダブル・キーボードが主体のアルバムなのだが、どんな音なのか期待される。おそらくプログレッシヴ色が強いだろうと推測されるのだがどうだろうか。

Large Afternoon Music Large Afternoon

アーティスト:Greenslade
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発売日:2003/01/01
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 初期の淡いグリーンから、後期はかなりカラフルになってしまったグリーンスレイドであるが、彼らの残したインパクトは今だにCD化されるくらい強いのである。彼らのアルバムを待ち望んでいる人はけっこういるに違いない。

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イ・プー

 イ・プーというイタリアを代表するロック・バンドがある。彼らは1966年にデビューしたというから、もう40年以上も活躍している現役バンドであるが、彼らがプログレッシヴ・ロックの範疇に入るか入らないかはちょっと微妙なのである。

 というのも一般的なプログレッシヴ・ロックとしてイメージされるような長い曲や変拍子を伴った曲構成、難解な歌詞、技巧的なソロ演奏、メロトロン、ハモンド・オルガンなどのヴィンテージ・キーボードの使用などがほとんど見られないからである。
 強いてあげれば、ストリングスなどをバックに歌っているという点かもしれないが、そんなバンドや個人は取り立てて珍しくはない。

 ともかくイ・プーは果たしてプログレッシヴといっていいのかどうかは、自分の中でずっと疑問であり、今もその疑問は消えてない。

 ただ一点、イタリアのプログレ・バンドには奇妙な名前のバンドが多いといったが、このバンドもご多分に漏れず、“イ・プー”なのである。つまりウィニー・ザ・プー、“クマのプー”さんというわけである。なぜこういう名前になったのかは、自分は知らない。

 彼らが1971年に発表した「オペラ・プリマ」は、イタリアン・ロックの中では確かに名盤だとは思うのだが、プログレとは言い難い。明らかにイタリア歌謡曲集である。

オペラ・プリマ(紙ジャケット仕様) Music オペラ・プリマ(紙ジャケット仕様)

アーティスト:イ・プー
販売元:Webkoo
発売日:2005/02/15
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 このアルバムの中に収められている"ペンシエロ"、"君をこの胸に"はシングルでも大ヒットした曲であり、このアルバムの中でも輝きを放っている。
 この曲を聞くと、イタリアの明るい陽光や白亜の家並み、グリーンに映える地中海などを連想してしまう。確かに名曲群だと思う。

 また、"ただ一人の男"ではハードなギター演奏を耳にすることができる。ハードな演奏とは言っても、あくまでこのアルバムの中では“ハード”というだけで、間違ってもジミ・ヘンやジェフ・ベックは出てこない。

 彼らのCDを買ったのは90年代に入ってからで、それまで彼らの名前は知っていても、実際に聞いたことはなかった。それで最初に「オペラ・プリマ」を買って聞いたのだが、先ほどのようにプログレとは言い難かった。

 しかし騙されたと思って、もう1枚彼らのCDを購入した。それが「ロマン組曲」であった。何しろ“組曲”だから、これはもうプログレの代名詞といってもいいフレーズであるし、裏ジャケットには曲時間が記載されていて、6分や10分を超える曲があったので、これはもうプログレ以外の何物でもないと思ったのである。Photo

 1975年に発表されたこのアルバムは彼らの代表作の一つに数えられているのだが、厳かな"朝焼けのプレリュード"で始まっている。これから“組曲”が始まるという雰囲気を感じさせてくれる。

 "愛を信じて"という曲が続くのだが、美しいコーラスやメロディラインが印象的である。またバックにはストリングスの調べがたおやかに流れている。
 しかし、である。ギター・ソロやキーボード・ソロを聞くことはできない。美しいままで終わってしまった。

 3曲目の"微笑みの物語"は無伴奏で始まる。これもピアノとストリングスがすばらしい曲なのだが、あくまでもボーカル重視である。ソロ演奏はおろか、転調もない。間違っても変拍子などは聞くことができない。困ったもので、これではプログレッシヴ・ロックとはいえないのだ。

 全編を通して、流麗なストリングスが朝日を浴びて輝く白露のように美しいのだが、残念ながらやっぱりイタリア歌謡曲なのであった。しかし確かに一級品ではあると思う。せめてこのストリングスがメロトロンで代用されていたらと思ってしまった。

 エイジアのようなプログレ・ポップではない、気品のある美しさを秘めた楽曲集である。その点は十分に評価できるであろう。最後の曲は10分を超える長尺曲なのだが、手を変え品を変えながら、最後まで美しいままでフィナーレを迎えるのであった。 

 ともかくイタリアのムーディ・ブルースだと思いたかったのだが、どうしてもそう思えなかった。でもクラシカルでファンタジックなアルバムである。だからプログレと切り離して聞けば、優れたアルバムなのである。

 40年以上も現役バンドとして活躍してきた貫禄を感じさせるアルバムだと思う。ただ水準以上のアルバムではあるが、やっぱりプログレッシヴ・ロックではないと思うのである。

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アルティ・エ・メスティエリ

 イタリアン・プログレッシヴ・ロックも結構長く続いている。まだまだ紹介したいバンドやアルバムもあるのだが、ぼちぼち春も近づいてきたことだし、プログレ専門のブログというわけでもないので、もうそろそろ幕引きをしようかと考えている。

 それで今回は舌をかみそうな長いネーミングのバンド、アルティ・エ・メスティエリのことについて書きたい。
 以前、イタリアのバンド名は変わったものが多いというようなことを書いた。例えば、パン屋の屋号や銀行名、果ては小鬼などであったが、今回は割とまともな名前を持つバンドで、日本語で“芸術家と職人たち”という意味である。(それでも奇妙に思う人もいるかもしれない!)

 彼らは6人組のバンドであるが、1974年に発表した「ティルト」は傑出したアルバムで、これはオザンナの3rdアルバムやP.F.M.、バンコの1st、2ndに負けず劣らずの名盤だと確信している。

 ティルト ティルト
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 名盤というのは時の長さの中で色あせることはない。ビートルズの「アビー・ロード」やキング・クリムゾンの「クリムゾン・キングの宮殿」、イエスの「危機」などの例を引くまでもなく、いつ聞いても新鮮であり、感動をもたらしてくれる。名盤たる条件の一つだろう。

 それでこのアルバムも最近引っ張り出して聞いたのだが、やはり感動してしまった。とにかく演奏に緊張感があり、引き締まっていて、ダレることがない。一気に最後まで聞き通してしまった。

 このバンドを語る上ではずせないのは、ドラマーのフリオ・キリコの“技”である。自分が初めてマイケル・ジャイルズやイアン・ウォーレスのドラミングを聞いたときも、正直言ってビックリしたのだが、このアルバムでのキリコのドラミングはそれ以上ではないだろうか。

 とにかく手数は多いし、ドラム・マシーンのように正確無比だし、さらには堅実にリズム・キープも行っている。まさに“びっくり島田伸介”という感じである。これは“びっくり四万十川”の発展的バージョンと解釈してほしい。

 冗談はともかく、まるでビル・ブラッフォードとナラダ・マイケル・ウォルデンとサイモン・フィリップスが合体したかのようなのだ。

 しかしそれだけなら素晴らしいドラマーのいるバンドのアルバムという評判で終わってしまうだろう。彼らの凄さは、それだけではない。他の楽器とのバランス、メンバーの技量も半端なものではないのだ。それはこのアルバムを聞けばよくわかると思う。

 6人組でインスト重視。音の感触からクリムゾンよりももっとジャズよりである。しかもキーボードとギターだけでなく、サックスとヴァイオリン・プレイヤーもいるので、重厚な音圧を体験する事ができる。
 アルバムを聞けば、このバンドは決してドラマーひとりでもっているバンドではなく、メンバー間の白熱したインタープレイ重視というのがわかると思う。

 個人的にはメロトロンが効果的に使用されている点がうれしいし、ヴァイオリンも十分に自己主張をした音を奏でている。エディ・ジョブソンもU.K.時代に、これくらいヴァイオリンを演奏してほしかったとつい思ってしまった。

 特に1曲目"重力"、4曲目"ポジティボ/ネガティボ"、8曲目"関節"がお薦めである。とにかく1曲目は名曲である。スリリングな導入部から、サックスやヴァイオリン、ギターによるメイン・テーマの展開・発展、フリーキーなソロ・パートとすべてが有機的に連動している。そしてそれを支えているのがフリオ・キリコのドラミングなのである。

 また4曲目ではギターが縦横無尽に走り回っているし、13分を超える8曲目では、一部ボーカルも入れて、彼らの世界観が表現されているような展開を聞くことができる。
 それに曲間がほとんどないので、まるで組曲のような印象を受ける。そういう構成面でもよく練られていると思う。

 全体的には40分を満たない内容ながら、とにかくメンバー一人ひとりが演奏技術に長けており、だからこれほどの名盤が出来上がったのだろう。繰り返しになるが、決してドラマーひとりのバンドではないのである。

 彼らは1978年に一度解散した後、再結成したのだが、また85年に解散してしまった。しかしそれから15年後、さらにまた再結成を行い、ニュー・アルバムまで発表してしまった。どうもイタリアには、解散~再結成という軌跡をたどるバンドが多いようである。

 彼らの他のアルバムを探しているのだが、なかなか見つける事ができない。この素晴らしい1stアルバムの後の2ndや3rdを聞きたくなってしまったのだが、通販で探してみるよりほかはないようである。
 ともかく、70年代のイタリア・プログレッシヴ・ロックを代表する1枚だと思っている。

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イル・ヴォーロ

 マルボーロという名前の洋菓子がある。名前の由来は、よくわからないらしい。ポルトガルのお菓子の名前から取ったとも、マルコ・ポーロの名前から取ったとも言われている。

 それとよく似た名前のバンドがイタリアにあった。ポルトガル語もイタリア語もラテン系なのかよく似た言葉が多いようだ。
 
 それでそのバンドの名前は、マルボーロではなくて、イル・ヴォーロといった。前回で紹介したフォルムラ・トレが解散した後、ギタリストとキーボーディストが中心となって結成したバンドである。

 バンド・メンバーは6人組で、ツイン・ギターにツイン・キーボード、ベースとドラムスという構成だった。また、いずれも当代一流のミュージシャンであり、イタリアのスーパー・バンドといわれていた。

 彼らが1974年に発表した1stアルバム「イル・ヴォーロ」では、歌と演奏部分がほどよくブレンドされていて、まことに結構な“イタリア歌謡+インストゥルメンタル”になっている。

イル・ヴォーロ(紙ジャケット仕様) Music イル・ヴォーロ(紙ジャケット仕様)

アーティスト:イル・ヴォーロ
販売元:BMG JAPAN
発売日:2004/06/23
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 このアルバムを聞いて思い出したのは、TOTOの1stアルバムである。ちょっと音色は違うけれども、TOTOにプログレ風のスパイスを振りかけ、イタリア語で歌うとこうなりましたという感じである。

 TOTOは専属のボーカリストとツイン・キーボードで、ギタリストはスティーヴ・ルカサーひとり。でも同じ6人組なのである。奇妙な偶然だが、のちにスティーヴ・ルカサーはイル・ヴォーロのギタリストのひとり、マリオ・ラヴェッツィのアルバムに参加し、一緒にセッションをしている。

 それで1stアルバムの"魂の変革"や"情念"などを聞くと、確かに歌ものだけではない、確かな技量を感じさせる演奏を耳にすることができる。全体的によくできたアルバムであり、どちらかというとブリティッシュ・ロックに影響を受けたような、しっとりと湿感を伴った渋くブルージィーな雰囲気を携えている。

 この路線に対して、市場の反応はイマイチだったようである。たぶん一流のテクニシャンが6人もそろっていながら、この程度のアルバムなのかという失望感が広がったのではないかと予測したのだが、あながち間違いではないと思っている。

 それで翌年に2ndアルバム「イル・ヴォーロⅡ」を発表した。これは1stの反省を生かしてか、歌ものではなく、演奏重視の姿勢をとっている。それぞれのメンバーの技術と個性を十分に発揮させようとして制作されたに違いない。だから歌詞入りの曲は1曲しかないのだ。

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販売元:ぐるぐる王国CD館 ヤフー店
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 1曲目の"愛につつまれて"を聞くとその事がよくわかる。途中でスキャット部分はあるものの、確実にリズムを刻むベースとドラムスを背景に、ギターとキーボードがお互いに絡み合って曲を構成している。
 全体的にクールなジャズ的な要素が増え、1作目よりも緊張感がアルバム全体にみなぎっている。

 2曲目の組曲"a)中近東249000~コスモス~宇宙 b)労働歌"を聞くと、プログレッシヴ・ロックの根本命題である“ここではないどこか”に連れて行ってくれそうな気がしてくるのである。別に現実逃避ではなく、要するに“構築美”なのである。
 イタリアン・ロック特有のメロディアスな情熱とヨーロッパ特有の造形美とが有機的に組み合わさっている印象なのだ。

 だからこの2ndアルバムは1stより素晴らしいと思っている。3曲目の"エッセレ"は唯一の歌詞入り曲なのだが、このことをよく証明している曲ではないかと思っている。
 また音自体もクリアであり、際立った演奏を堪能することができる。一家に一枚とはいわないが、一度は耳を傾けてしかるべきな内容を持つアルバムであることは間違いない。

 一般的にイタリアン・プログレッシヴはギターなどのリード楽器演奏よりもベースやドラムスなどのリズム楽器演奏のほうが名演が多いように思える。このバンドもこの例に漏れない。リズムがしっかりしているから、リードも思うように演奏できるのだろう。

 ただプログレとはいいながら、曲自体は短い。平均して4分程度で、一番長い曲でも6分14秒である。
 また6人もいてこの程度の音なのかという気がどうしてもしてしまう。クリムゾンなら4人でもできることをこのグループは6人でやろうとしている気がしてならない。しかも楽曲的には決めのフレーズが欠けていて、このメロディ、この部分というのが見られない。その点が残念である。

 だから個人的には演奏はイル・ヴォーロよりゴブリンのほうが緊迫感があり、思わず聞き耳を立ててしまう印象的なフレーズが多いと思っている。
 決してゴブリンのほうが上手というわけではないのだが、彼らのほうがイル・ヴォーロよりも音が硬質であり、疾走感、緊張感が漲っているのである。イル・ヴォーロはどうしてもウェット感が伴うのだ。

 イル・ヴォーロは2枚のアルバムを残して解散してしまった。イタリア語で“飛翔”という意味を表すバンド名だったのであるが、現実的にはギリシャ神話のイカルスのように飛び損ねてしまった。
 一流のミュージシャンが集まって結成されたバンドは長続きしないようである。スーパー・バンドとはこのような宿命を持っているであろう。

 しかし21世紀の日本で、30年以上も前のイタリアのバンドの音楽を聞くことができるというのも面白いことである。いったい何人の人が彼らのことを知っているのかわからないが、これが音楽の持つ魅力なのだろう。

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フォルムラ・トレ

 最近、フォルムラ・トレの「神秘なる館」を聞いた。彼らが1974年に発表したグループとしての最後のアルバムらしいのだが、どうも私の感性が鈍ったせいか、プログレッシヴ・ロックとは思えないイタリア歌謡の歌ものアルバムとしてしか思えなかった。

 “フォルムラ・トレ”というのは、日本語で“3つのかたち”という意味のようである。実際にバンド構成は、ギターとキーボード、ドラムスの3つの楽器で成り立っているから、そういうネーミングにしたのだと思う。

 彼らは1968年に結成され、70年に1stアルバムを発表した。73年に解散したそうなので、このアルバムは彼らの解散後に出されたものであろう。

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 とにかく全編にわたって、イタリア語で歌われていて、南国のムードや雰囲気がよく伝わってくる。そういう意味では非常に聞きやすくて、好盤だと思うのだが、では一家に一枚の愛聴盤になるかというと、それはちょっと“勘弁四万十川”である。“勘弁四万十川”というのは一種のジョークなのでそんなに気にする必要はない。例えて言うなら、“勘弁島倉千代子”のニュー・ヴァージョンくらいと受け止めてもらえるとありがたい。

 だから全然ロック的ではないのである。ロックの持つ疾走感や焦燥感、躍動性、破壊性とは対極的存在である。ライナーノートには“華麗なアコースティック・ギターとバンド・アンサンブルのバランスが絶妙”とかあったような気がしたが、某女優ではないが、“別に~”という感じもするのであった。

 しかもボーカルがメインなので、あくまでも演奏はところどころ表に出るものの、全体的には引き立て役なのである。だから2,3回聞いたところで、CD棚の中になおしてしまった。

 本当に彼らのバンド・アンサンブルを聞きたいのなら、1972年に発表された彼らの3作目のアルバム「夢のまた夢」がお薦めである。このアルバムでは、インストとボーカル部分がバランスよく(若干インスト多め)収められていて、ある意味映画のサウンドトラックのような印象を与えてくれる。

夢のまた夢(紙ジャケット仕様) Music 夢のまた夢(紙ジャケット仕様)

アーティスト:フォルムラ・トレ
販売元:BMG JAPAN
発売日:2005/12/21
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 全体が4つのパートに分けられていて、そのうち3つは組曲のような形式になっている。中でも“男と女のお話”はボーカル主体の歌謡もので、こういう歌をモチーフにして次作のアルバム「神秘なる館」が作られたのだろう。

 そしてアルバムの最後を飾る曲“永遠”はなかなかドラマティックな曲になっていて、キース・エマーソン風のグランド・ピアノの連打やオルガンなどの他のキーボードとエレクトリック&アコースティック・ギターの組合せが秀逸だと思う。クラシカルな雰囲気と現代的な空気が見事にマッチしているのである。

 3人組なので、エマーソン、レイク&パーマーと比べがちだと思うのだが、あそこまでテクニック重視ではない。あくまでも歌心を大事にした3人組のプログレ・バンドと考えた方がいいと思った。

 そういう意味ではワールド・ワイド的な人気を獲得するのは難しいと思うのだが、イタリア人の国民性には十二分にあっていると思うのである。

 彼らは数年間の活動期間を経て解散するのだが、このバンドのギタリストとキーボーディストは新しいバンドを結成して、さらなる足跡を残すのであった。

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チェリー・ファイヴ

 ゴブリン関連として、その前身バンドであったチェリー・ファイヴについて書くことにした。1975年に制作されたアルバム「白鳥の殺意」は隠れた名作・名盤である。まだ未聴の人はぜひ一度耳を傾けてほしい。素晴らしい演奏にただただ感嘆するに違いない。

 このバンドは、ゴブリンのギタリスト、マッシモ・モランテとベーシスト、ファビオ・ピニャテッリ、キーボーディストであるクラウディオ・シモネッティが中心となって結成されたものである。

 結成されたといっても、もともと“オリバー”という名前のバンドだったのを、チェリー・ファイヴという名前に変えただけのことで、しかもチェリー・ファイヴという名前には特に意味もなかったらしい。ひょっとしたら、さくらんぼが好きだったのかもしれない。

 しかもアルバムのタイトルが「白鳥の殺意」だから、少女向けコミックか何かを連想させてくれる。でも内容はそんなものとは全く関係なく、非常にタイトでスリリングな内容になっているのだ。まったくネーミングで判断してはいけないという好例であろう。

 全くこの下ネタ、ではなくてシモネッティの演奏能力は見事に高い。まるでキース・エマーソンなみである。特にハモンド・オルガンの使い方などはよく似ている。しかもE,L&Pではほとんど使用された事のないメロトロンがアルバム全体にわたって頻繁に使用されている。
 ときに似たような展開になって、同じような曲調が続くときもあるのだが、とにかく疾走感に溢れた、非常にロック寄りのプログレッシヴ・ロック・アルバムである。できればクリムゾンの"エピタフ"のような曲があるともっとよかったと思う。

 ベースはイエスのクリス・スクワイアのように一音一音が太く、クリアに鳴らされていて、根底から支えているし、時に力強く自己主張している。
 歌詞は英語で歌われている。たぶんひょっとして、ワールド・ワイドな世界進出をもくろんでいたのではないだろうか。

 アルバム自体は1975年の4月から6月にかけて、おそらくイタリアで録音されている。それ以前にはイギリスのロンドンで活動していた。そのときにキース・エマーソンと知り合いになり、彼の部屋を借りて練習もしていたというから、プレイ・スタイルや音に彼の影響を強く受けているようだ。

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 それでこのアルバムを聴いた映画監督のダリオ・アルジェンドはこのグループをいたく気に入り、彼らに映画音楽の制作を依頼したのであった。その映画が「サスペリア2」である。
 その際、チェリー・ファイヴではホラー映画とミス・マッチと判断されて、ゴブリンと改名した。

 1曲目は斬新なリフを中心にキーボードが大活躍をするノリのいい曲で、隠し味風のメロトロンが哀愁を運んでくる。ベースとキーボードの音を聴けば、まさにE,L&Pである。

 2曲目はゆったりとした調べにアコースティック・ギターやフルート(たぶんメロトロンから)がからみ、急にアップテンポに展開してゆく。8分以上の曲にもかかわらず、その長さを感じさせない。リズムの間の取り方がジェネシスっぽいし、コーラスはイエスっぽい。彼らのいいところを寄せ集めたかのような観があるが、テクニックは十分あるので似非グループではない。

 3,4曲目はアルバムタイトルになっている曲でもあり、パート1,2に分かれている。グランド・ピアノはまさにキース・エマーソンという感じで、音域を広く使って演奏している。

 5曲目は"Oliver"というタイトルになっているが、チェリー・ファイヴと改名する前に自分たちのバンドにちなんで作った曲なのかもしれない。このアルバムでは一番長い9分30秒の曲である。
 6曲目はこのアルバムで一番の名曲で、もう少しこういう曲調のものがほしかった気がするし、もう少しエレクトリック・ギターが活躍してほしいとは思う。それにしても演奏能力は確かに長けている。

 確かにアルバム・ジャケットはダサいし、タイトルも少女趣味的であり、とてもロックとは呼べない代物になっている。しかし何度もしつこく言うが、このアルバムは隠れた名盤なのである。

 歴史に“もし”は禁物だが、もし彼らに映画のサウンドトラック制作の声がかからなかったら、もしアルバム会社が、この“白鳥の殺意”を真剣にプロモートしていたら、彼らの立場も大きく違っていたに違いない。
 そうなれば、後のゴブリンも生まれなかっただろうし、彼らもP.F.M.に次ぐ世界的なビッグ・グループになっていたかもしれない。 

 “出世魚”という言葉がある。同じ魚なのに稚魚や成長過程、成魚で次々と名前が変わる魚の事であるが、シモネッティがいたバンドも70年代初頭の“ドリアン・グレイの肖像”から始まって、“オリバー”、“チェリー・ファイヴ”、“ゴブリン”と名前を変えてきた。

 彼らは名前を変えるたびに段々とビッグになってきたようである。そういう意味では、イタリアを代表する“出世魚”プログレシッヴ・ロック・バンドだったのかもしれない。

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ゴブリン

 英語では"Satan"も"Devil"も同じような意味であるが、"Goblin"となるとちょっと違う。アメリカ映画に“トワイライト・ゾーン”というのがあったが、あれの第4話に悪戯をする小鬼がでてくる。それを英語で“ゴブリン”というらしい。

 それでイタリアのホラー映画に“サスペリア”というのがあり、そのサウンドトラックを担当していたバンドが“ゴブリン”だった。
 映画の内容もさることながら、それを印象付ける効果的なサウンドトラックは当時かなり有名になって、彼らは一躍脚光を浴びるようになった。1975年ごろのお話である。

 それより数年前に、映画“エクソシスト”でマイク・オールドフィールドが有名になり、ヴァージン・レコードの経済的基盤を作るという出来事があったのだが、今度は同じような経緯でイタリアから素晴らしいグループが登場したと話題にもなったのである。

 ただこのバンドは、どうもサウンドトラックを制作するために集まって、メンバーを一部入れ替えてゴブリンと改名したようで、ひょっとしたら永続的な活動は予定していなかったのではないかという印象を与える。

 この“サスペリア”(正確に言うと「サスペリア2」)の成功のおかげで、やる気が出てきたというかバンド活動を続けていこうと決意したのではないだろうか。

 そして彼らが2作目に発表したアルバムは、映画音楽とは全く関係のない通常のアルバムであった。タイトルを「ローラー」という。1976年の発表である。
 全6曲すべてインストゥルメンタルであり、全編を通してカチッとした硬質の印象を与えてくれるアルバムになっている。

ゴブリン/ローラー ゴブリン/ローラー
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 例えていうならイタリアのイエスといったところだろうか。そういえばゴブリンの前身バンドのその前、彼らが“オリバー”と名乗っていたときイエスのエンジニア、エディ・オフォードにデモテープを送ったことがあり、エディは彼らのことをいたく気に入りロンドンに招いたというエピソードもあった。

 特に5曲目の"Goblin"は名曲である。11分の長さを全く感じさせない緊迫した演奏を堪能することができる。キーボードとギター、ときにベース・ギターまでもがそれぞれ自己主張を繰り返していて、決してだれることはない。誰が聞いても、まさにテクニカルな音楽集団だということがわかるだろう。

 彼らのオリジナル・アルバムは2枚しかなくて、1枚はこの「ローラー」、もう1枚は1977年に発表された「マークの幻想の旅」である。

マークの幻想の旅(紙ジャケット仕様) Music マークの幻想の旅(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ゴブリン
販売元:ディウレコード
発売日:2007/04/20
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 このアルバムはトータル・アルバムになっており、マークという15歳の少年が“ある朝、目覚めたら、僕は虫になっていた”というカフカの「変身」のように、甲虫になって旅をするという内容である。普通、昆虫は足が6本なのだが、ここでは8本になっている。オリジナル・ジャケットも8本足の虫が描かれている。幻想の旅なのだから、そんな事は関係ないのであろう。

 生物学的なことは別にして、音楽的には結構まとまったいい作品に仕上がっている。全8曲40分にも満たない作品ながら、相変わらず演奏テクニックは優れていて、映画のサウンドトラック作品で鍛えられているせいか、曲自体を印象的な構成にする点は見事である。

 それで8曲の中にはボーカル入りと演奏のみの曲があって、ボーカルはイマイチだが演奏はすばらしい。例えば2曲目の"ヴィリディアナの滝"ではシンセサイザーが静かに流れ、続いてギターのアルペジオがそれに絡んでいく。サックスも聞こえ、静かにしかし徐々に盛り上げ、展開していく様は、まさにサスペンスフルな映像にふさわしい流れでもある。

 とにかく演奏が引き締まっていてタイトであり、その中をギターが、キーボードが、ときにサックスが縦横無尽に舞い踊るという感じである。だから聞いていてなかなか飽きが来ない。
 また逆に"舞踏"という曲があるのだが、これなんか完全に歌ものになっている。演奏はバッキングのみなのだが、陽気なイタリアンが歌う歌謡曲という雰囲気である。こういうギャップの大きさもまたこのアルバムを素晴らしいものにしているのかもしれない。

 彼らはこの2枚のオリジナル・アルバムと数枚のサウンドトラック・アルバムを残して自然消滅してしまった。しかし1999年、キーボード担当のクラウディオ・シモネッティを中心に再結成をして、アルバムを発表。そしてすぐにまた解散してしまったそうである。

 とにかくキーボーディストの、下ネタではなくて、シモネッティの演奏力は素晴らしいものがある。結局、彼だけがその後も映画音楽に携わり、デモニアというグループを結成して公演活動などに励んでいるようである。“小鬼”はいなくなった代わりに“悪魔”が降臨したのだろうか。
 いずれにしても70年代のイタリアン・プログレッシヴ・ロック・シーンに欠かせないバンドであった。

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P.F.M.(3)

 P.F.M.は、1974年に「甦る世界」を発表したあと、北米ツアーに出かけた。“北米”とは具体的にはカナダ、アメリカであった。そしてこのときにレコーディングされたのが、アルバム「クック」である。

 実は自分はこの時期の彼らのライヴ演奏をレコーディングしたアルバムがあるとは知らずにいた。中学生の頃からリアル・タイムでP.F.M.を聞き続けていたのだから、知っていてもよさそうなのに見たことも聞いたこともなかった。

 このアルバムが発表されたのは1975年だから、その前後のアルバムは知っていても、このアルバムだけは知らなかったのである。不思議な事もあるものだが、それほど有名ではなかったのか、それとも地方の田舎にまではそのニュースは届かなかったのか、よくわからない。店頭でも見た覚えはなかった。

 それでそのアルバムを実際に聞いたのは、おとなになってからである。紙ジャケとして再発されたCDとして聞いた。
 まずそのジャケット・デザインの“品”の悪さに驚いた。何でイタリアのバンドなのに、宇宙空間で数匹の薄気味悪い蛇が鍋の中にいるのか理解できなかった。「クック」というタイトルからして“料理”しようとするのだろうが、何で蛇を料理するのか理解不能だった。そして今だに理解できないでいる。

クック(K2HD/紙ジャケット仕様) Music クック(K2HD/紙ジャケット仕様)

アーティスト:P.F.M.
販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:2008/06/25
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 音の方はというと、これがまた素晴らしいライヴになっている。ダイナミックな演奏が楽しめる"Four Holes in the Ground"から始まり、叙情的な"Dove...Quando...(何処...何時...)"でしっとりと感傷に浸り、フランコ・ムッシーダのアコースティック・ギターでさらに空中を浮遊するような感覚に襲われてしまう。

 このギターに誘われるかのように"Just Look Away(通りすぎる人々)"が始まる。スタジオ・アルバムとほとんどアレンジは変わっていないようであるが、ライヴのせいか多少ラフな印象が残る。それでも原曲がいいだけあって、ライヴでも他の曲と遜色ない出来栄えである。

 そして4曲目はビートの効いた"Celebration"で、攻撃的なP.F.M.を堪能することができる。曲の終わりで"The World Became the World(甦る世界)"のフレーズがでてくる。あくまでもフレーズが数回繰り返されるだけなので、曲全体とまでは行かないのが悲しい。できればこの曲の完全版を聞きたかった。
 また1枚6曲ではなく、2枚組完全実況録音盤として発売してほしかった。当時の日本ならきっと売れたに違いない。

 アルバムの後半は、"Mr. Nine till Five"~"Alta Loma Five till Nine"で、あわせて20分を超える白熱した演奏を繰り広げている。
 それにしてもメンバー各自は凄腕のテクニシャンである。特にギター担当のムッシーダはアコースティックもエレクトリックも両方巧みだし、キーボード担当のフラヴィオ・プレモーリはキース・エマーソンばりの早弾き、テクニックを披露してくれる。またマウロ・パガーニはフルートだけでなく、ヴァイオリンまで器用に扱うことができる。まるでイアン・マクドナルドとダリル・ウェイを合体させたようだ。

 それがよく表れているのが、"Alta Loma"で、白熱したアンサンブルはお見事の一言に尽きる。それにドラム担当のフランツ・チョッチョやベースのパトリック・ジヴァスのリズム陣も本家クリムゾンに負けず劣らず、バンドをしっかりと支え、ときとして緩急つけた展開を披露している。
 最後にイタリア生まれのロッシーニが作曲した"ウィリアム・テル序曲"がパガーニのヴァイオリン・ソロに導かれて演奏され、アルバムは幕を閉じるのである。
 

 この北米ツアーで自信をつけた彼らは、さらに自分たちの人気を決定付けようとして、英語の堪能なイタリア人ボーカリストを加入させて、6人編成になった。そして発表したアルバムが「チョコレート・キングス」であった。

 ジャケットを見てもわかるように、アメリカをチョコレートに見立てそれをかじりつくすというコンセプトは、彼らのアメリカ制覇の願望を表している。

チョコレート・キングス(K2HD/紙ジャケット仕様) Music チョコレート・キングス(K2HD/紙ジャケット仕様)

アーティスト:P.F.M.
販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:2008/06/25
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 また内容も「甦る世界」に負けず劣らず素晴らしい内容だと思う。専任ボーカリストが加入したせいで、演奏にだけ集中できるようになったせいだろうか。
 ところでこのボーカリスト、ベルナルド・ランゼッティの歌い方は、どことなく酔っ払ったピ-ター・ガブリエルもしくはフィル・コリンズといった感じである。

 とにかく曲がよい。1曲目の"From Under"から彼のボーカルが全開し、歌いまくっている。バックの演奏もフルート、ギター、キーボードがリードをとりながら、リズム陣は堅実にリズムをキープするという理想的な展開だ。ただ追求する音楽がクリムゾンからジェネシスに変わったような感じがしてならない。特にキーボードの音色がジェネシスっぽいと思う。

 2曲目の"Harlequin"は静から動の展開が素晴らしい。ムッシーダのアコースティック・ギターにあわせてランゼッティが歌い、続いてバックの演奏が彼の歌を支えながら徐々にアップテンポになっていく。またそれにからむフルートやキーボードがカラフルな彩を添えていく。

 3曲目はアルバム・タイトルでもある"Chocolate Kings"である。当時のイタリアから見たアメリカ観を表しているようだ。
「とても残念だ
彼女のスーパーマンはファンを失いつつある
とても残念だ
彼らは荷物をまとめ
旗を降ろしつつある

彼女のスーパーマーケットの王国は
崩れつつあり、戦争の機械は売り出し中だ
誰も英雄に尊敬の念を示さないし
TVという神は失敗している
帰り道に彼女が鏡をのぞくことを
願っている

チョコレート・キングスは死につつある
あなたはチョコレートの天国のために
時間を無駄にしようとは思わない」

(訳プロフェッサー・ケイ)

 このときアメリカはベトナム戦争の泥沼にはまっていたから、アメリカ人にはさぞかし耳が痛かったに違いない。

 後半は長い曲が2曲続くのだが、似たような傾向のせいか少々食傷気味になってしまう。しいていえば最後の曲"Paper Charms"は緩急がよく付けられていて見事だと思う。またマウロ・パガーニのヴァイオリンがフィーチャーされていて、曲を印象深いものにしている。
 しかし残念な事に、パガーニはこのアルバム発表後に脱退してしまい、以後急速に彼らの人気も下がってしまった。P.F.M.がパガーニのバンドというわけではないのだが、曲作りやバンドのケミストリーには彼の存在が欠かせなかったのであろう。

 だから彼らの全盛期は1973年から75年くらいではないかと思うのである。しかしわずか数年の輝きだったにしろ、彼らの残した足跡は素晴らしかった。
 イタリアにもクリムゾンなみのテクニックと曲作りに巧みなバンドがいるということを世界に知らしめた点は評価できるし、彼ら以降、バンコやゴブリンのような新しいバンドが次々と世界に飛び出していくことができたのも、P.F.M.が道を拓いたからこそである。

 彼らはその後低迷して行き、80年代にはポップ・バンド化してしまったようである。ときにはディスコ・ナンバーを演奏していたというから驚きである。
 しかし90年代の後半から再びプログレッシヴなサウンドを目指し、2002年と2006年には来日コンサートを開いている。

 単なる懐メロバンドで終わらずに、再び世界進出を目指してファンタジックなアルバムを制作してほしいものである。今こそイタリア人としての情熱を発揮するときだと思うのであるがどうだろうか。

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P.F.M.(2)

 前回はP.F.M.の「甦る世界」を取り上げたのだが、あくまでも個人的に好きなアルバムであり、名盤だと思って載せたのである。
 しかし、一般的には、雑誌のアルバム評などを見ると、「甦る世界」よりも、1973年に発表された「幻の映像」の方が評価が高いようなのだ。

幻の映像(K2HD/紙ジャケット仕様) Music 幻の映像(K2HD/紙ジャケット仕様)

アーティスト:P.F.M.
販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:2008/06/25
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 確かに「幻の映像」は彼らが世界的にデビューするきっかけになったアルバムでもある。元クリムゾンのメンバーでもあったピート・シンフィールドが全面的にバックアップまでして制作したのだから、もともともっていた彼らの才能にはすばらしいものがあったのだろう。

 この英語盤のアルバムは、1曲を除いて基本的には彼らの1st及び2ndアルバムからから選曲され、構成されたものである。もちろん原盤はすべてイタリア語で歌われていた。(この英語盤では1曲だけそのままイタリア語で歌われている曲がある)

 使用された言語はどちらでも構わないのだが、やはり世界進出を視野に入れるなら、英語の使用と英米での進出、成功は必須の条件だろうと思う。もちろんそれだけの楽曲や能力がないと成功はおぼつかないだろうが…

 それでこの「幻の映像」なのだが、確かに一家に一枚の歴史的な名盤だと思う。1曲目の"River of Life(人生は川のようなもの)"は“静-動-静”という構成がいかにもプログレ的でよい。
 イントロのフルートから攻撃的なリズムの入り方、挿入されるメロトロンの音などは、当時の時代状況を考えれば、クリムゾンの幻影を追い求めている人や新しいムーヴメントを探している人にとっては、惹かれるものがあったに違いない。

 そして名曲"Celebration"。わずか3分50秒しかない曲にもかかわらず、もっと長く聞こえる。P.F.M.的ハード・ロックではないだろうか。メンバーそれぞれの聴かせ所も満載だし、確かにライヴでは映える曲だと思う。

 しかし、このP.F.M.も見事にクリムゾンの影響を受けているバンドである。1曲目や3曲目の"Photos of Ghosts(幻の映像)"を聴くとそれがよくわかると思う。叙情的なボーカル・パートと扇情的なインスト・パート、静と動を巧みに配分する曲構成、効果的なメロトロンやフルートの使用法など、1stではそのよい部分がよく表れている。

 違いはP.F.M.の方がボーカルのコーラス面で充実しているということぐらいだろうか。ただ、まだこの段階では、はっきりとした差異は出ていないように思える。

 4曲目の"Old Rain"は、このアルバムでは唯一のインストゥルメンタルであり、アコーステックな楽器がメインに使用されているため、幻想的な雰囲気を醸し出してくれる。独立した曲なのだが、前後を通して組曲形式のようでもある。ちょうどクリムゾンの1stアルバムの中の"Moonchild"のような感覚である。

 レコードでは5曲目の"晩餐会の三人の客"からサイドBが始まっていた。この曲だけイタリア語で歌われているのだが、言葉の壁を感じさせないほど素晴らしい。何しろハープをはじめ、ピアノやアコースティック・ギターなど様々な楽器が入れ替わり立ち代り演奏され、まるで絵巻物を見ているかのような錯覚を覚える。しかもただの絵巻物ではなく、豪華な王朝絵巻である。

 一転して"Mr. 9' till 5"ではジャズ的展開が繰り広げられ、彼らの表現力の豊かさが披露されている。チャーチ・オルガンまで使用されているのでびっくりした思い出がある。
 そして、フルート、ピアノ、ハモンド・オルガン、エレクトリック・ギター、などが交互に演奏をリードしていく"Promenade the Puzzle"でアルバムは幕を閉じる。この曲のフルートを聞くと、まるでジェスロ・タルのような気もする。しかしこのボーカル・パートを聞くと、何となくもっとまじめにやれよと言いたくもなるのだ。

 初期のライヴではジェスロ・タルの"ブーレ"やキング・クリムゾンの"21世紀のスキッツォイド・マン"、"冷たい街の情景"などを演奏していた。だからこの1stアルバムでは、フルートの音色やメロトロンの使い方、リズム陣の切り込み方などで影響を引きずっているのがわかると思う。

 だから初期の段階では、まだまだそういうバンドの影響を強く受けていたと思われるのだ。個人的にはいいと思うのだが、最初に聞いたアルバムが発売順序とは逆に、「甦る世界」であったために、どうしても「幻の映像」の方の印象が薄いのである。

 またこのアルバムの中間部、曲でいうと"OldRain"、"晩餐会の三人の客"のあたりにくるとダレてしまい、時々眠ってしまうのであった。緊張感が続かないのである。
 その点、「甦る世界」では曲がコンパクトにまとまっており、いい意味で最後まで耳を傾ける事ができるのであった。

 だから自分としてはP.F.M.の最高傑作は?と聞かれれば、どうしても「甦る世界」と答えたくなるのである。

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P.F.M.(1)

 イタリアのプログレッシヴ・ロック界を代表するグループは、何といってもP.F.M.であろう。正式名称は“プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ”といい、どうやらこれはイタリアに実際に存在したパン屋の名前から拝借したものらしい。“銀行”といい、“パン屋”といい、イタリアのプログレ・グループにはユニークなものが珍しくない。探せば他にもあるかもしれない。

 彼らは1970年に結成されたのだが、彼らの名前を世界的に知らしめた作品が1973年に発表された「幻の映像」であった。何しろこのアルバムの英語の歌詞は、あのピート・シンフィールドが手がけていたからだった。(プロデュースもピート・シンフィールドである)

 P.F.M.はイエスやディープ・パープルがイタリア公演をするときに、その前座を務めていた。そして1972年にエマーソン、レイク&パーマーがイタリアに来たときにも前座を務めていて、そのとき彼らを目にしたピートが、自分たちのレーベル、マンティコアから売り出そうとした。そしてイギリスに連れてきて、ライヴ活動やレコーディングを行わせたようである。

 ということは、そのときすでに彼らは世界的な水準にあったということであろう。ピート・シンフィールドの引き立てがなくても、おそらく遅かれ早かれ彼らは、世界的に注目されていたに違いない。

 自分が初めて彼らの音に接したのは、もう少しあとだったと思われる。最初に聞いた彼らのアルバムは「甦る世界」だった。これもシンフィールドが英語詞を担当している作品で、英語盤はイギリスで、イタリア語盤はイタリアのミラノで制作されている。

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 これも“師匠”の家の2階で聞いて、カセット・テープに録音してもらった覚えがある。何しろ当時は“テレコ”と呼ばれていて、純粋にテープ・レコーダーとしての機能しかなくて、録音するときはマイクから直接音を拾って録音していた。

 だから録音がすむまで周りの人は、じっと沈黙を守らなければならなかった。感想を言おうものならもう一度録音しなおさなければならなかった。一度、“師匠”の母上が階下から“師匠”を呼び給うことがあったのだが、当然のことながら取り直しとなった。
 また、2~3分の曲なら我慢できたのだが、イエスのように20分近い曲にもなると、途中で苦しくなることもあり、無事に録音が終わると、みんな一斉にホ~と息を吐き出すのであった。

 そんなことはどうでもいいのだが、とにかくこの「甦る世界」は確かに名盤だと思った。1曲目の"Mountain"は10分を超える大曲で、当時はメロトロンから作られていると思っていた壮大な男声女声のコーラスから始まるのである。(コーラスは実際のミラノの合唱団の声だった!)
 叙情的なボーカルと扇情的な演奏を途中に挟んで、6分過ぎからクリムゾン並みのテクニカルなインスト・パートが始まる。これが一段落したあと、またメイン・フレーズが繰り返されるのである。ギターの音階は全然メロディックではなく、どちらかというとロバート・フィリップ的なのだが、それがまたこの曲には絶妙にマッチしているのである。

 この壮大な曲の次には4分あまりの非常にメロディアスで聞きやすい、まるでムーディ・ブルースのような佳曲"通りすぎる人々"が続く。マウロ・パガーニの演奏するフルートの音が優しい。春風の囁くかのようである。

 そして3曲目がタイトル曲"The World Became the World(甦る世界)"である。とにかくこの曲にはノック・アウトされてしまった。サビの部分のメロトロンが素晴らしいし、ボーカル・パートと演奏部分の対比が鮮やかな印象をもたらしてくれる。
 実際は5分もない曲なのだが、聞いたときは7~8分くらいはあるような気がした。それほど印象が強かったということか。

 残念な事は、ライヴ盤でこの曲の全編が収録されているものはないのである。サビの部分はあるのだが、フル・バージョンはほとんどない。2002年に来日したときには演奏していたので、全部聞くことはできるのだが、彼らの全盛期のライヴを収めた4枚組CD「P.F.M.ライヴ」では聞くことができなかった。

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 逆にこのアルバムの4曲目"Four Holes in the Ground"は頻繁にライヴで演奏されている。やはりメンバーそれぞれの見せ場のある曲だからであろうか。テンポも軽快でノリのよい曲でもあるし、印象的なフレーズも備わっている。
 逆にボーカル・パートは静謐なところやアグレッシヴなところもあり、彼らの表現力の豊かさをまざまざと見せつけてくれる。確かにライヴでは映える曲だと思う。

 アルバムは続いて幻想的な曲"困惑"へと続く。ジャズ的なテイストも垣間見せてくれる曲でもある。
 そして最後は、"望むものすべては得られない"というインストゥルメンタルで締めくくられる。イタリア盤では"ルミエール通り"というタイトルが付けられている曲でもある。こういうインストを聞くと、やはり彼らはテクニシャンの集まりであるという事がよくわかると思う。

 彼らがアレアやバンコと違って、世界的に名前が売れ、評価を得たのも演奏技術の確かさだけでなく、曲作りの巧みさや表現力の豊かさなど総合的に優れていたからだと思うのである。
 自分にそれを教えてくれたのが、このアルバム「甦る世界」だったのだ。

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バンコ

 “バンコ”とはその発音から見て、英語の“Bank”のイタリア語にあたる。このバンドの正式名は、“バンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソ”といい、日本語の“共済銀行”のような意味らしい。

 初めて聞いたのはいつの事だったのだろうかはっきりしない。たぶん中学生の頃に“師匠”の家で聞いたような気がするが、バンコよりもP.F.M.の方に走ったために、真剣に向き合う事はなかった。

 その後かなり月日がたって、彼らのベスト盤が紙ジャケで発売された。それは1975年頃にマンティコア・レーベルから発売されたアルバムの再発ものであった。P.F.M.を意識してか、世界に向けて発売されたもので、全編英語で歌われていた。

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 しかしそれを聞いただけでは、どうもイマイチ好きになれなかったのである。ベスト盤といいながら、そんなにいい曲がなかったように思えたからだ。

 ところが2004年に復刻盤ということで、彼らの1stアルバムが紙ジャケで再発されたのである。しかもこれがつぼ型の貯金箱のような形をしている特殊ジャケットだったので、これは貴重品すぐになくなると思い、内容は大して吟味もせず即購入したのであった。2

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 だから音楽作品というよりも、飾り物やインテリアに近いものがあった。それに英語盤のアルバムを聞いていたので、どうせ大したものではないだろうと高をくくっていたところ、何のどうして、これが素晴らしい内容だったのである。
 特に2曲目の"安息の鎮魂歌"と4曲目の"変身"は特筆すべき作品であった。"変身"はベスト盤のアルバムにも収録されていた。しかし、その時聞いた感じではあまり大したものではなかったようだった。ところがあらためて聞くとこれがまたタイトル通り変幻自在、様々に曲の感じが変わっていくのだ。
 
 基本的にこのバンドはダブル・キーボードにギター、ベース、ドラムスとボーカルの6人編成で、ピアノやハモンド・オルガン、シンセサイザーが中心の音つくりになっている。
 彼らの真価が問われたのが、2作目の「ダーウィン」であった。

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 驚くことにこのアルバムは彼らがデビューしてから半年後に発表されている。ということは、1972年に彼らは2枚アルバムを発表したというわけで、いかに創作意欲が高かったかがわかる。

 このアルバムは、タイトル通りダーウィンの進化論をモチーフにしたトータル・アルバムであり、生物の進化を音にして表現している。
 いきなり1曲目から14分近い曲"革命"ではじまるのだが、いかにも進化していますといわんばかりに展開が激しい。あのイエスも真っ青の転調に次ぐ転調である。しかも一糸乱れぬアンサンブルなのだから、プログレ・ファンにはまさに垂涎もののアルバムだと思う。

 またプログレ・ファンだけでなく、"75万年前の愛"ではカンツォーネ・ファンをもうならせるほどの名唱を聞かせてくれる。前半はピアノ1台をバックに、途中で重々しいシンセの音とフルートの音が絡み合い、再びピアノに戻って切々と歌っているのである。おそらくバンコ・ファンの多くは、この曲で涙するに違いない。そういう曲なのである。

 ローマ法王がダーウィンの進化論を認めたのが1996年のことだから、それより20年以上も前に進化論をテーマにして発表するということは、特に法王のお膝元であるイタリアで大っぴらにすることは、かなり勇気のいることであったに違いない。まさにその精神や方法論がロックン・ロールなのである。

 しかしバンコの素晴らしい点は、これだけではなかった。彼らは翌年にも名盤を発表したのである。それが3作目の「自由への扉」であった。3
 今までの2作ではギター・パートが少し弱かったのだが、ここではゲスト・ミュージシャンとしてギタリストやパーカッショニストが参加していて音に厚みを出している。

 このアルバムもいきなり15分以上もある"政治反逆者の歌"で始まる。ここでもボーカル・パートは優しくエレガントで、インストゥルメンタル・パートでは激しくアグレッシヴに展開している。また途中で聞こえてくるアコースティック・ギターが繊細な雰囲気を醸し出している。

 1作目,2作目では曲の展開や攻撃性でグイグイと押し切る感じがしたのだが、このアルバムでは少し余裕を持って演奏しているかのようである。特にアコースティックな雰囲気についてはP.F.M.っぽい気がしてならない。

 2曲目の"私を裏切るな"は、そんなタイトルとは真逆の印象を与えてくれる。ちょうどP.F.M.の「甦る世界」に収められていた"通りすぎる人々"のような感じである。非常に聞きやすい佳曲でもある。

 これ以外にもジャズ・ピアニストがE,L&Pの曲を弾いているような雰囲気を持ったクラシカルな曲もある。そして最後は2分あまりの短いインストで締めくくられている。

 バンコは初期の3部作が注目されているようだが、確かにこの3枚は名盤である。しかも短期間に発表したのだから、大したものである。もっと彼らのことを評価してもいいと思うのだが、どうだろうか。

 彼らは80年代に、ポップな曲やディスコのようにビートのきいた曲を発表しながら、現在は再びプログレに戻って活動中である。一昨年には来日して素晴らしい演奏を繰りひろげたそうである。

 特に彼らのウリであるボーカリストのフランチェスコ・ジャコモのファルセット・ヴォイスは往年の輝きを失ってはいなかったらしい。またジャコモは当初から巨漢で肥えていたのだが、キーボード担当のヴィットリオ・デ・スカルツィの方がでかくなっていたらしい。いかにもイタリア人らしい話である。

 とにかく今になっては、なぜもっと世界的に注目されなかったのか不思議なのである。ひょっとしたら世に出るのが早すぎたグループなのかもしれない。

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アレア

 自分は昔からジャズについては疎い。ジャズのよさがよくわからない。確かに時にクールで、時に技巧的、音楽的には高度な要素を備えているとは思うのだけれど、やっぱりロックの方が好きなのだ。

 基本的には感覚の問題、好みの問題だろうから、誰がどういう音楽が好きだろうと関係ないのだろうが、自分の中ではジャズは高度な音楽で難解なものというイメージが強い。だからロックの中でもジャズっぽいものやジャズよりのロックを展開する輩はちょっと敬遠してしまうのである。

 プログレッシヴ・ロックというのは、文字通り“進歩的な”ロックであり、ロックと他の種類の音楽、クラシックや民俗音楽などとの融合を積極的に進めてきた経緯がある。だから当然のことながら、ジャズをやっていこうとするミュージシャンも出てきた。

 イタリアン・プログレッシヴ・ロックの中でもジャズ寄りの音楽を演奏しようとするグループもいた。それがアレアである。
 彼らのアルバムはベスト盤「栄光と革命」1枚しかもっていなかった。それを聞いたときの印象は、やっぱりちょっとついていけないと、正直思った。何しろ印象的なメロディやフレーズが少なかったから、確かにテクニックはあるとはわかったけれど、数回聞いて仕舞い込んでしまった。

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 それでベスト盤ではなくて、フル・アルバムを聞いてみよう、そうすればまた認識も変わるかもしれないと思って、彼らの2ndアルバム「汚染地帯」を購入して聞いてみた。

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 1974年に発表された「汚染地帯」は、オペラティックなボーカルで始まる。それからジャズっぽい演奏が伴奏していくのだが、この曲は2曲目と一続きになっている。

 ジャズっぽいロックというと、手数の多いドラミング、断片的に鍵盤を叩きつける音、テクニック満載のギター演奏などが渾然一体となって駆け回っている印象がある。
 3曲目ではエレクトリック・ピアノが全体的にリードしていくのだが、終わりの方でオペラのような台詞とも歌とも判別し難いボーカルが飛び込んでくる。

 後半の2曲も似たようなもので、おどろおどろしい雰囲気を醸し出したり、ジャズの要素を見せたりしてくれる。でもやっぱり自分のようなロック信奉者からすれば、やっぱりちょっとついていけないなあと感じてしまった。これはもう体質みたいなもので、Aメロ、Bメロ、サビのような構成がないと駄目なのである。

 このアルバムの中の"赤い彗星"、"ロボトミー"などはベスト盤にも収められていたのだが、これらの曲がベスト盤に収録されているという事は、人気や評価が高いということだろう。

 確かに演奏力は優れているし、世界水準だと思う。またボーカルのデメトリオ・ストラトスはオペラ歌手になっても大成したと思う。そういう面では優れているのであるが、やっぱり自分はついていけなかった。

 メンバーには、エジプト生まれのギリシャ人やフランスとギリシャのハーフ、ベルギー国籍そしてもちろんイタリア人たちがいた。だから国際色豊かなのだが、そういう多国籍人を結びつける要素がジャズだったのかもしれない。

 そしてボーカリストのデメトリオは1979年に白血病で亡くなってしまった。またドラマーのジュリオ・カピオッツォも2000年に亡くなっている。だからこのグループには再結成という言葉は存在しない。そういう意味では唯一無二のイタリアのジャズ・ロック・グループだったと思うのである。

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ニュー・トロルス

 "When I was younger so much, younger than today~"、といきなり"Help"の歌詞からで申し訳ないのだが、確かにずっと昔、世界歌謡祭か東京音楽祭というような名称のコンサートのような、コンテストのようなものが、日本の首都、東京で毎年開催されていたように思う。

 そのなかで、イタリア出身の歌手、ジリオラ・チンクェッティという人が"雨"という歌を歌っていたような薄っすらとした記憶がある。何でそんなことを覚えているのかというと、もう少し年をとってFM放送を聴きだしたときに、昔の曲ですという紹介のあとに彼女のその曲が流れてきたからだ。

ベスト・オブ・ジリオラ・チンクェッティ Music ベスト・オブ・ジリオラ・チンクェッティ

アーティスト:ジリオラ・チンクエッティ
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 つまりそんな昔からの付き合いだったのである、私とイタリアン・ミュージックとは。それでそんなときに友人からPFMを初めて聞かされ、その華麗でドラマティック、繊細で重厚な曲展開などにノックアウトされてしまった。
 そしてそこからゴブリンやバンコなどを聴くようになった。ただしこれはもう少し後年の話になるが…

 ニュー・トロルスを聴いたのは、いつの頃だったのかよく覚えていないのだが、たぶん暇はあっても金はなかった大学時代の頃ではないかと思う。ということはすでに彼らは一時解散したあと、再結成されていたはずである。
 でも当時は、1971年に発表された「コンチェルト・グロッソ1」しか聞いたことがなかったように思う。

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アーティスト:ニュー・トロルス
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 初めて聞いた印象は、ジェスロ・タルのフルートにディープ・パープルの「ロイヤル・フィルハーモニック」を加えたような感じだった。だからあまり好印象は残っていない。
 キーボードもオルガン中心だったし、ギターも確かにワイルドでジミヘンのようなのだが、どうもジョン・ロードやリッチー・ブラックモアの影がちらついてしまって、何となくパッとしなかった。でも、もしパープルやタルよりも先にこちらを聞いていたら、もっと印象は違うものになっていたかもしれない。

 最近になって、「1」と「2」が一緒になったアルバムが発売されたので、聴いてみたのだが、「コンチェルト・グロッソ2」の方に結構ハマってしまった。特にメロディラインがはっきりとしていて綺麗であり、ハーモニーが美しい。非常に聴きやすいし、多少はポップな要素もある。

 「1」はニュー・トロルスがオーケストラと共演して映画音楽として制作したという事情があったため、ある意味、彼らにとって制約みたいなものがあったのかもしれない。確かに"アダージョ"や"カデンツァ"は美しいのだが、ロックとしての衝動性や疾走感には欠ける。それが残念でならない。
 その点「2」はオーケストラとの共演曲はあるものの、全体としては自分たちのやりたい音楽を自由に伸び伸びと演じているように聞こえてくるのである。

 たとえば最初の3曲はオーケストラとの共演にはなるものの、3曲目"モデラート"には躍動感があるし、後半の歌もの"静かの海"、"20才"などは、シンプルながらも美しいメロディを伴って聞こえてくる。それに意外にもコーラスがC,S&Nなみに綺麗なのにも驚いた。

 「2」は1976年の発表になるのだが、その間の72年に発表された「UT」はクラシックよりもむしろロック寄りの作品に仕上がっている。

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アーティスト:ニュー・トロルス
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 「コンチェルト・グロッソ」シリーズでは、ギター演奏はかなり押さえられていたように思えるくらい、このアルバムでは全開で、バリバリ弾きまくっている。それというのもオーケストラとの共演はなく、彼ら自身でプレイしているからであろう。

 特に"誕生"、"大戦争"では日本語のタイトルがいみじくも示しているように、非常にイメージを喚起させやすい旋律で構成されている。
 "誕生"では静かなピアノのイントロで始まり、徐々に高まっていく。そのさなかに激しいギターが切り込んできて、テクニカルなインタープレイを繰り広げるのである。

 また"大戦争"では、のっけから轟音ギターが炸裂し、「コンチェルト・グロッソ」のような美しく可憐なフレーズは空の果てにまで飛んでいってしまったかのようだ。他の何かの曲に似ているように思えるのだが、誰の何という曲かは思い出せない。
 しかしはっきりいって、これはハード・ロック以外の何物でもないだろう。

 彼らは結成されたのが1966年頃という。それ以来、分裂や再結成を経て今に至っている。だから芸歴40年以上にもなる。こうなるとイタリアが誇る世界遺産、もしくはイタリアの至宝ともいうべき存在である。

 最近は「コンチェルト・グロッソ3」も発表されたそうであるが、こうなると「4」、「5」、「6」、「7」と遠慮せずにどんどん発表してほしい。きっと昔からのファンは買い続けるであろう。 
 サッカーを見てもわかるように、ヨーロッパの人には過激な人が多いから、音楽についても熱烈に違いないと思うのである。

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オザンナ

 “虎は死して皮を残す”という諺があるが、キング・クリムゾンの影響力というものは本当に凄いものがある。
 彼らのデビューした69年から21世紀の今に至るまで、彼らのフォロワーはあとを絶たない。30年以上の時を超え、ヨーロッパ大陸だけでなく極東のここ日本まで彼らの時空を超えた力は揺るぎないものがある。

 それで太陽の燦燦と照りつけるという印象があるイタリアでも、クリムゾンのダークで虚無的な面を受け継いだバンドがあった。ナポリ出身のオザンナという5人組である。

 彼らが1973年に発表した3rdアルバム「パレポリ」には、クリムゾンの影響力を咀嚼、消化し、地元の音楽と融合した独特の音楽観が溢れており、その醍醐味を味わうことができる。

パレポリ(紙) Music パレポリ(紙)

アーティスト:オザンナ
販売元:ディスク・ユニオン
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 2004年のデジタル・リマスター盤には、20分前後の曲に挟まれて、短い間奏曲が収められている。2分少々の曲なのだが、フルートに導かれて、テープ逆回転のコラージュが印象的なものになっている。この曲はオリジナル盤にはなかったというから、うれしいボーナス・トラックのようなものである。

 全体的に、ジミヘンよりはアグレッシヴな音を響かせるギターと手数の多いドラミングをサックスやフルートがリードし、時折に郷愁を帯びたメロトロンが鳴り響いている。
 またナポリ地方の方言で歌われている歌詞は哀愁を帯びており、陽気なイタリア人とは対極の位置にあるようだ。

 このアルバムが優れているのは、単なるクリムゾンの二番煎じに堕しておらず、クリムゾンの前衛的アプローチと彼らイタリアのローカルな音楽とが有機的に融合しているからである。それがイタリアだけでなく、広く全世界的に認められていったのであろう。

 ちなみに「パレポリ」とは古代ローマ帝国以前に存在したという幻の古代帝国の名前である。その帝国の栄枯盛衰を歌いながら、現代人が直面しているアイデンティティの喪失や既成の価値観の崩壊を提示しているのかもしれない。

 また5人のステージ衣装は奇抜なものだし、顔にはペインティングをしてライヴ演奏をしていたようである。そういう意味ではイタリアの影の部分を代表するようなバンドだった。

 彼らは1971年にバンドを結成して、73年にこの名盤を発表したあと、もう1枚アルバムを発表するのだが、残念ながら売れずにそのまま解散してしまった。確かにこのような名盤をもう1枚作ることは、そう簡単なことではなかったはずだ。

 しかし今世紀に入って、バンドのオリジナル・メンバーだったギタリストとボーカリストがメンバーを募って再結成し、ニュー・アルバムまで発表したそうである。さらにはライヴ活動まで行っているということだから、ひょっとしたらこのアルバムの中の曲も演奏しているかもしれない。見てみたいものだ。

 自分は昔キング・レコードから出たイタリアン・コレクションで、このアルバムを知ったのだが、そのときはこのアルバムの良さがわからずにほったらかしにしてしまい、やがては中古ショップに売り飛ばしてしまった。

 だから今回リマスター紙ジャケット盤が出たということで買い戻したのだが、今になってやっとこのアルバムの良さがわかったように思える。

 だからクリムゾンと同じように、賛否両論の分かれる内容なのかもしれない。P.F.M.がイタリアの陽を代表するバンドとするならば、逆に影の部分を代表するのがオザンナではないだろうか。

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ウィグアム

 先日、映画を見に行ったときに時間があったので、近くの本屋で時間をつぶしていた。すると、よくあるみたいに本屋に隣接しているCDショップがあった。
 そこで何気なくCDを漁っていると、何とそのCD棚に“プログレッシヴ・ロック”という仕切りがあるのに気がついたのである。

 とにかくびっくりするとともに、本当に今は21世紀か、ここはどこなのかと自問自答してしまった。“我が目を疑う”という言い方があるが、本当に目をこすって見たのである。

 しかも、あるわあるわアモン・デュール、クラウス・シュルツ、ファウスト、タンジェリン・ドリームなどドイツの音響系から、ニュー・トロルスやオザンナなどのイタリアのプログレッシヴ・ロックなど他店ではすでに見かけない、おそらく在庫もなく廃盤になったようなCDが所狭しと並んでいたのである。U.K.のライヴ・アルバムまであった。

 ただ自分はドイツの音響系には全く興味がなかったので、食指は動かなかったのだが、イタリア系にはちょっと心を動かされてしまった。ただ残念な事に懐具合が淋しかったので、欲しいものは思うように手に入れることができなかった。

 それでもキャメルの「ラージャーズ-別れの詩-」とウィグワムの「ニュークリア・ナイトクラブ」は手に入れることができた。

ニュークリア・ナイトクラブ(紙ジャケット仕様) Music ニュークリア・ナイトクラブ(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ウィグアム
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 特にウィグワムは以前から手に入れたいと願っていただけにあって、購入したときは望外の喜びで舞い上がってしまった。もう少しで007に遅れるところであった。

 知っている人は知っていると思うけれども、このウィグワムは、フィンランドのプログレッシヴ・ロック・グループで、60年代の終わりから77年まで活動を続けていた。特に有名なのは1973年に発表されたコンセプト・アルバム「Being」で、発表当時から高い評価を得ていて、今でも彼らの最高傑作と呼ばれている。

 特に演奏力と曲の構成力が見事で、キーボード担当のユッカ・グスタフソンとギター担当のユッカ・トローネン、ベースとバイオリン担当のペッカ・ポホヨラの3人の技量は、イギリスなどの本場のミュージシャン以上と言われていた。
 その中で、ベーシストのペッカは、ベースやバイオリンだけでなく、ピアノやギター、パーカッション等の扱いも見事で、フィンランドのマイク・オールドフィールドともいわれていたらしい。

 実際にペッカは、後年(といっても1976年だが)マイクと姉のサリー・オールドフィールドをゲストに招いて、一緒にアルバムを制作している。邦題を「数学家の空中広告」といった。Photo

 ところで話をウィグアムに戻すと、「Being」の大成功で、当時のイギリスのレコード会社ヴァージンが目をつけ、彼らと契約しワールドワイドで売り出そうとしたのである。

 しかしこのアルバムには、中心人物だったユッカやペッカは参加していない。脱退したのだ。5人メンバーが一気に2人になってしまったのである。ジェネシスはまだ3人残っていたが、このグループは1人少ない2人だ。グループ最大の危機といっていいだろう。

 しかし残ったボーカリストのジム・ペンブロークとドラマーのロニー・オスターバーグは、新メンバーを入れてアルバムを制作したのである。それが「ニュークリア・ナイトクラブ」だった。

 全体的な印象は、フィンランドのビートルズとも10ccとも言われているように、ポップな楽曲が目立つ。特に1曲目や2曲目はそういう印象が強い。また7曲のボーナス・トラックもまた時間的に短く、聞きやすい。
 ただビートルズや10ccと言い切ってしまうと誤解を与えるような気がする。それにプラスして、ザ・バンドのようなアーシーな雰囲気も携えているように思える。

 しかしそれだけでは、プログレッシヴ・ロック・バンドの沽券にかかわる。3曲目の"Bless Your Lucky Stars"は6分を超えるこのアルバムでは長い曲になっていて、シンセサイザーが全体をリードし、ギターが途中から絡んでいくという見事な構成力を発揮している。この曲だけ聞くと、何となくキャラヴァンのように思えてならない。

 他にもインストゥルメンタルの"Pig Storm"は結構ハードなリフを持った曲になっているし、決してポップなだけのアルバムではないのである。

 とにかく何回聞いても飽きない不思議な感覚を持ったアルバムだと思う。北欧のバンドはメロディ志向が強いのか、世界進出を意識して売れるような音作りをしたのか(そうではないと思うが)、いい意味でサービスに富んだ内容になっている。
 ひょっとしたら3人になったジェネシスは、彼らをお手本にしてアルバムを制作したのかもしれない。そんなことも想起させてくれた。

 彼らは77年に解散したのだが、93年に再結成してアルバムを発表。2001年にはライヴ盤を、2002年と2005年にはスタジオ・アルバムも発表している。そういう意味では、まだまだ現役のグループであるし、またジェネシスよりは売れていないけれども、彼らより活動的なグループだと思うのである。

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クライシス(マイク・オールドフィールド)

 あの映画「チューブラー・ベルズ」のサウンドトラックに用いられた音楽を作曲したマイク・オールドフィールドが1983年に発表した「クライシス(ムーンライト・シャドー)」を聴いた。

Crises Music Crises

アーティスト:Mike Oldfield
販売元:Virgin
発売日:2000/08/15
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 彼の80年代のアルバムは、どれも甲乙つけがたいほどのポップな内容になっている。特にこのアルバムは「チューブラー・ベルズ」から10年を経て発表されたもので、彼にとっては一区切りつけるという意義もあったのかもしれない。

 また、70年代はインストゥルメンタル中心の作風だったのに対して、この時期の彼は、積極的にボーカル入りの楽曲を準備し、アルバムに入れていた。そういう意味でも“聞きやすさ”は増している。

 これは当時の音楽会社ヴァージンが売れるアルバムを作るようにプレッシャーをかけたようである。時代はパンクからLAメタル、ジャーニーなどの産業ロックに移行していたために、そういう力が働いていたのであろう。それでもそういうアルバムが作れるところが彼の凄いところでもある。

 表題曲"Crises"でも20分を超える曲の途中にボーカルを入れて、変化をつけている。またそれまでのトラッド風の雰囲気は残しつつも、フェアライトなどの新しい楽器を使用して、現代風でロック感覚のある曲作りを行っている。
 実際に、曲の3分過ぎと15分過ぎ頃になると、躍動感のあるリズムと印象的なメロディを伴って曲が進行している。

 この曲のベース・ギターはGTRに在籍したフィル・スパルディング、ドラムスは名手サイモン・フィリップスが担当している。だから土台がしっかりしているのであろうか、曲が引き締まって聞こえ、20分を超えても長さを全く感じさせないのである。

 後半の5曲は3分前後の短いポップな曲で、特にマギー・ライリーという女性歌手が歌った"Moonlight Shadow"は、イギリスでは4位、ドイツ、オランダでは2位、イタリア、オーストリア、スイス、ノルウェーでは1位を獲得するほどの大ヒットになった。
 2002年では日本、カナダの歌手がカバーし、あのルネッサンスのアニー・ハズラムもアルバムの中に収録している。そういう意味では息の長いヒット曲である。

 曲の内容は、殺された恋人にいつか天国でまた会えることを祈るというものであるが、これは当時ジョン・レノンの暗殺の事を歌ったものではないかといわれていたが、実際は違うらしい。

 またこの曲以外では、イエスのボーカリスト、ジョン・アンダーソンやファミリーのリーダーでボーカル担当のロジャー・チャップマンもそれぞれ1曲ずつ歌っている。
 さらにドラムスのサイモン・フィリップスとたった2人で録音した曲"Taurus 3"ではマイクの意外にも素晴らしいスパニッシュ・ギターを聞くことができる。

 というわけで、ポップで聞きやすくなったせいか、アルバム自体も全英6位というヒットを記録した。
 現在でも旺盛な創作意欲を見せる音の錬金術師とも言うべきマイク・オールドフィールド。まだまだ56歳である。
 
 もう80年代のようなポップなアルバムを制作する事はないだろうが、今後も手を変え品を変え、様々なジャンルの音楽を発表し続けるだろう。彼こそ“一人プログレッシヴ・ロック”といっていい才人なのかもしれない。

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ジョン・ウェットン

 自分のCD棚にはジョン・ウェットンのソロ・アルバムが数枚ある。「クロスファイヤー」、「ヴォイス・メイル」、「ライヴ・イン・ジャパン」、「アークエンジェル」であるが、このアルバムを聞くと、ジョン・ウェットンとは何とまあポップな音が好きなミュージシャンという事がよくわかるのである。

 もともと彼は“ベースを抱えた渡り鳥”と呼ばれた人で、メジャーなところでも“ファミリー”、“キング・クリムゾン”、“ロキシー・ミュージック”、“ユーライア・ヒープ”、“U.K.”、“ウィッシュボーン・アッシュ”、“エイジア”などがあるし、“スティーヴ・ハケット・バンド”や“ブライアン・フェリー・バンド”で来日をした事もある。
 またユニットとして、フィル・マンザネラやジョフ・ダウンズ、ユーライア・ヒープのケン・ヘンズレーとも組んでいたし、U.K.結成前には、リック・ウェイクマン、ビル・ブラッフォードと3人でバンドを結成する計画まであったという。こうなるとまるで“生きるブリティッシュ音楽史”みたいなものである。

 それでU.K.という時代錯誤の素晴らしいプログレッシヴ・ロック・バンドが解散した後に、発表されたのが「クロスファイヤー」というアルバムだった。これを初めて聞いたときは、確かにびっくりした。それまでの彼のイメージが壊れてしまった。

コート・イン・ザ・クロスファイアー(紙ジャケット仕様) Music コート・イン・ザ・クロスファイアー(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ジョン・ウェットン
販売元:ISOL DISCUS ORGANIZATION
発売日:2008/08/20
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 それまでの彼はキング・クリムゾンやU.K.というプログレ畑を渡り歩いていたから、ソロ・アルバムもプログレっぽい長い構成の曲と巧みな演奏力、男性的で情緒を喚起させる表現力豊かなボーカルを期待していたのであるが、見事に裏切られたのである。

 今で言うB級ポップなアルバムなのだが、聞き込んでいくと、そのチープなポップ感がなぜかたまらなく愛しくなるのだ。

 そしてソロ・アルバムから約14年ぶりとなったセカンド・アルバム「ヴォイス・メイル」では、もっと洗練されたA級に近いポップな音になっている。
 たぶんこれは1981年にエイジアで大成功した“4分間のプログレ・ポップ”という経験に基づいているのではないだろうか。Photo

 だからどこを切っても“金太郎飴”のように、どの曲もよく練られたラグジャリーな雰囲気を漂わせてくれるのである。
 だから“一人エイジア”のような感じで、1曲目から弾けるようなポップな曲を聞く事ができるし、"Battle Lines"や"Hold me now"ではエイジアよりも壮大なバラードになっている。

 だからこんなアルバムを聞かせられると、ジョン・ウェットン本来の資質というか才能というのは、ビートルズ直系のポップ・サウンド・クリエイターなのだということがよくわかるのである。

 事実、彼自身も自分に影響を与えた音楽家として、“バッハ、ベートーベン、モーツァルト、ビートルズ、ブライアン・ウィルソン”をあげているが、今になってこの言葉の意味がよくわかる。

 97年に発表された「アークエンジェル」でも相変わらずゴージャスでポップな音を聞かせてくれる。

アークエンジェル(紙ジャケット仕様) Music アークエンジェル(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ジョン・ウェットン
販売元:イゾル・ディスカス・オーガニゼイション/ユニバーサルミュージック
発売日:2007/10/24
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 とにかく90年代まではクリムゾンやU.K.、エイジアなどグループで活動する時期とソロで活動するときとバランスよく行っていたように思う。そしてソロのときはポップで、グループではそれなりに“脚色した”音楽をやっていたように思うのである。

 そういう彼も今年の6月11日で還暦を迎える。以前にも触れたが、心臓のバイパス手術を受けて一時治療に専念していたようであるが、昨年からオリジナル・エイジアの一員としてアルバム発表、ライヴ活動を行っている。

 病気のせいか、以前に比べてかなり太ってしまって表現力豊かなボーカルを期待するのは厳しいかもしれないが、頑張ってもらってもう一度ポップなソロ・アルバムを発表してほしいものである。
 彼のことだからきっと素晴らしいアルバムを発表してくれるに違いない。それが“渡り鳥”としての彼の使命だと思うからである。

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ダリル・ウェイズ・ウルフ

 最近1枚の紙ジャケットのアルバムを手に入れた。それがダリル・ウェイズ・ウルフというバンドの「ナイト・ミュージック」(邦題:群狼の夜の歌)というものである。

 ところがこのアルバムは2800円もしたのである。基本的に紙ジャケットは高額なのだが、それでも2600円を超えるぐらいで、2800円というのはいかにも高い。
 理由はSHM-CDという通常のCDとは異なり、限りなくマスター・クォリティに近づいた高音質、高品質のCDだからということらしい。

群狼の夜の歌(紙ジャケット仕様) Music 群狼の夜の歌(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ダリル・ウェイズ・ウルフ
販売元:USMジャパン
発売日:2008/11/26
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 それで貧乏人の自分は、一瞬躊躇したものの清水の舞台から飛び降りるつもりで購入してしまった。それで実際に耳を通すと、結果的には結構いけるアルバムだったのである。

 まずジョン・エサリッジのギターが素晴らしい。この人はこのバンド解散後に、ソフトマシーンに加入するのだが、とにかく早弾きなのである。
 ソフトマシーンというバンドは、ジャズを基本としたロック・バンドなのだが、そのバンドにはアラン・ホールズワースという天才的な早弾きギタリストがいた。どのくらい早いかというと、とにかく弾いている指が一瞬見えなくなるくらい早いという事である。

 そんなギタリストの抜けた穴を十分補うことができたというのだから、このジョン・エサリッジという人もまた天才的ということがわかる。このアルバムでも"Black September"やインストゥルメンタルの"Flat2/55"を聞くと、その事がよくわかると思う。

 そしてダリルの弾くヴァイオリンもまた効果的に使用されていて、ギターとヴァイオリンが相乗効果を及ぼしている"The Envoy"は必聴曲だと思う。とにかくスリリングな演奏とはこの事を言うのではないだろうか。

 そして彼らの3枚目のこのアルバムからボーカリストが加入している。ジョン・ホジキンソンという人なのだが、この人が歌に専念しているおかげでボーカル・パートとインストゥルメンタル・パートが充実していて、これまたこのアルバムの価値を高めているのである。

 だから最初は非常にマイナーなアルバムと思ったのだが、聴いているうちに結構名盤の域に達するようなアルバムではないかと気づいたのである。

 このアルバムのオリジナルは、1974年に発表されているのだが、彼らの残した3枚のアルバムのうちベストではないかと思ったりもした。
 最初のアルバム「カニス・ループス」は叙情的ではあるものの少し中途半端な感は否めないし、セカンド・アルバムの「サチュレーション・ポイント(飽和点)」はインストゥルメンタル重視になっていて、演奏力には特筆すべき点があるものの、歌ものとしての要素は少ない。

カニス・ループス+2(紙ジャケット仕様) Music カニス・ループス+2(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ダリル・ウェイズ・ウルフ
販売元:USMジャパン
発売日:2008/11/26
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 その点、このアルバムは前2作を反省したような音作りになっていて、非常にバランスの取れた内容になっているのである。

 だから売れた、というのは真実ではなく、それでも売れなかったようである。結局、セールス的にも不振を極めたために?、彼らはこの後、解散してしまいロック史から消えてしまった。残念な事である。

 その後、ダリル・ウェイは以前いたバンド、カーヴド・エアに再加入し、ジョン・エサリッジはソフトマシーンに、ドラマーのイアン・モズレーはオランダのバンド、トレースに加入した後、1984年からはイギリスのマリリオンに加入してプレイしている。
 また、ベーシストのデク・メセカーはこの後、キャラヴァンに加入している。

 こうやって見ると、確かにマイナーなバンドなのだが、個人個人を見れば、その後結構活躍しているのである。こういう人脈図ができるのもプログレッシヴ・ロックの特長なのかもしれない。
 決して歴史に残るような名盤ではないのだが、歴史を彩ったアルバム群の一枚ではないだろうか。

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フィル・マンザネラ

 フィル・マンザネラをプログレッシヴ・ロックのミュージシャンと判断していいのかわからないのだが、自分の音楽を追求していったということでは、確かに"Progressive"と言っていいかもしれない。

 フィルはご存知、ブライアン・フェリー率いるイギリスのロック・バンド、ロキシー・ミュージックのギタリストであった。ロキシー・ミュージックについては、彼らのアルバム「アヴァロン」について触れたことがあるので、今回は省略するが、とにかくデビュー当時は“シャナナとピンク・フロイドの合体”といわれていた奇妙な音楽集団だった。

Roxy Music Music Roxy Music

アーティスト:Roxy Music
販売元:Virgin
発売日:2000/02/25
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 ブライアン・フェリー自身が美術学校出身だったので、耽美主義的というか、むしろナルシシズムの塊のような人だったので、その傾向がバンドの音楽にも反映していたのである。

 それはともかく、フィルは最初はそのバンドのギタリストの募集を見てオーディションを受けたのだが、見事に落選。結局、サウンド・ミキサーとして雇われた。
 ところが運とは不思議なもので、ギタリストの候補だった人がいなくなったせいで、最終的にギタリストとしてメンバーになったのである。ここから彼の音楽人生が大きく開かれるのであった。

 彼は1951年にイギリス人の父親とコロンビア人の母親の間に生まれた。しかも生まれた場所はキューバということで、これだけをもってしてもなかなか刺激的な誕生である。当時のキューバは(今もそうであるが)、カストロの指導の下、政権打倒を目指していたからである。(キューバ革命は1959年に成立した)
 その後、キューバから、ハワイ、ベネズエラとどちらかというと赤道付近の国々を転々として、15歳のときにイギリスに帰ってきた。ギターを覚えたのはベネズエラ時代だという。

 だから彼のギター演奏に関しては“無国籍”というキャッチフレーズが付けられるのである。基本はロックンロールなのだが、幼い頃に聞いた南米諸国やハワイ音楽などがかなり影響を与えているようだ。
 実際、彼はキューバ革命時代に聞いた無名戦士が歌う反戦ソングに一番影響を与えられたといっている。

 そんな彼が1975年に発表した1st・ソロ・アルバムの「ダイヤモンド・ヘッド」はそういう彼の音楽性がよく表現されているアルバムである。

Diamond Head Music Diamond Head

アーティスト:Phil Manzanera
販売元:Plan 9/Caroline
発売日:2001/02/13
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 アンディ・マッケイやポール・トンプソン、ブライアン・イーノらのロキシー組からジョン・ウェットン、エディ・ジョブソン、イアン・マクドナルド、ロバート・ワイアット等々、錚々たるメンバーが集って制作された。

 1曲目の"Frontera"を歌っているのはロバート・ワイアットだし、3曲目はブライアン・イーノが歌っている。この1曲目や3曲目の"Big day"は非常にポップな曲で、シングルカットすればかなり売れたのではないかと思えるほどの出来栄えである。

 逆に2曲目の"Diamond Head"は、もちろベンチャーズの曲とは同名異曲であるが、伸びのある彼のギター・トーンが強調されている曲になっている。何となく聞いているこちらまでがゆったりとした気持ちになってくるから不思議である。
 また、このアルバムでは歌入りの曲と演奏のみの曲が交互に配置されている。中にはアンディ・マッケイのサックスが強調されているロキシー風の曲もあれば、コンガなどのパーカッションが使用された黒人音楽風な曲もある。こういうところが“無国籍音楽”と呼ばれる所以なのだろう。

 このアルバムの中で一番プログレッシヴでかつアヴァンギャルドなのが"East of Echo"だろう。この曲と"Big day"を演奏している人が同一人物とは思えないような印象を持った曲である。
 はっきりとしたサビのメロディはなく、キーボードやギター、バグパイプが順にリードをとっていく様子がまさに彼の真骨頂をあらわしているといっていいだろう。

 その後のフィルは、一人であるいは2人で、あるいはグループでとアルバムを制作していることになる。中にはヒットしたものもあるし、全然話題にものぼらなかったものもある。しかし、フィルはそんなことは意に介せずに21世紀になってもアルバムを発表し続けている。そういう彼の信念が素晴らしいと思う。

50ミニッツ・レイター Music 50ミニッツ・レイター

アーティスト:フィル・マンザネラ
販売元:ビデオアーツ・ミュージック
発売日:2005/12/21
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 音楽の内容は多国籍かもしれないが、音楽に対する姿勢は常に一貫しているのではないだろうか。

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ヒーロー・アンド・ヒロイン

 晩秋のこの頃になると、街路樹の葉も落ちいよいよ本格的な冬が来るのだなあと思ってしまう。そんなときにふさわしいプログレのアルバムがあった。イギリスのグループ、ストローブスの1974年のアルバム「ヒーロー・アンド・ヒロイン」である。

Hero and Heroine Music Hero and Heroine

アーティスト:The Strawbs
販売元:A&M
発売日:1999/02/16
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 ストローブスといえば、以前も紹介したことのあるグループだが、イエスのキーボーディスト、リック・ウェイクマンが在籍していたことで有名になったグループである。

 というとリックのおかげでストローブスが有名になったような観があるが、なかなかどうしてリーダーのデイヴ・カズンズ好みのトラッド色が色濃く出ているアルバム群がイギリス人には好まれているようである。

 だから一概にプログレとは言えないのである。むしろプログレはあくまでも味付け程度で、本来のテイストはブリティッシュ・トラッド、フォーク・ミュージックだと思う。

 そんな中で74年に発表されたこのアルバムには、リック・ウェイクマンの代わりに、ルネッサンスで活動していたキーボーディストのジョン・ホークンが参加している。
 その彼の活躍を聞くことのできる曲が1曲目の"Autumn"である。この曲は組曲形式になっていて、a) Heroin's Theme b) Deep Summer's sleep c) The Winter Long というふうに分かれている。タイトルを見ただけでも今どきの季節にふさわしいと、何となく感じられるのではないだろうか。

 特にこの曲全般にわたって、ジョンの演奏するメロトロンの音がものわびしさをかもし出してくれるのである。この曲を聞いただけでも、このアルバムが名盤であるということがわかると思う。

 また5曲目には"Hero and Heroin"、オリジナル・アルバムの一番最後には"Hero's Theme"という曲が配置されており、このアルバム自体がひとつのトータル・アルバムとして制作されている。70年代半ばまではトータル・アルバムというのはごく普通のことだったということができるだろう。

 現在では何かの主張をするときでないとこのトータル・アルバムという手段は効果的ではないようだ。例えばグリーン・ディの2004年に発表された「アメリカン・イディオット」なのはその際たる例だと思う。

American Idiot Music American Idiot

アーティスト:Green Day
販売元:Reprise
発売日:2004/09/21
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 それはともかく、このストローブスのアルバム「ヒーロー・アンド・ヒロイン」は名盤なのである。メロトロンの効いた曲もあれば"Just Love"のようにエレクトリック・ギターが前面に出たロックンロール調の曲もある。
 どの曲も聞きやすく印象的なメロディーを含んでいる。特に7曲目の"Out in the road"や次の曲"Round and Round"はアコースティックな面とエレクトリックな面がうまくブレンドされていて、トラッド系プログレッシヴ・ロックの面目躍如である。

 彼らは前年に"Part of the Union"という曲を全英2位にまでヒットさせており、シングル・ヒットも狙えるグループだったのである。だからトラッド系のポップで聞きやすい曲で占められていて、全体としてはプログレッシヴな味付けがされていたのであろう。結果的にはアメリカで何週もの間、トップ100にチャート・インした。ちょうどスーパートランプの先輩格のような感じである。

 このあとも彼らはアルバムを発表していくのだが、80年代には自然消滅してしまった。しかし現在でもときどきデイヴ・カズンズを中心に活動しているようである。もう日本に来ることはないだろうが、アルバムを手に入れることは出来る。まさに“人生は短し、芸術は長し”である。

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アージェント

 最近ひさしぶりにCDショップに出かけて何か目新しいものはないかと探してみた。するとアルファベットの“A”の項にArgentというのがあって、紙ジャケで売られているのを発見した。しかも1890円である。貧乏性の自分にとっては理想的な価格である。だから即購入した。

 アージェントはロッド・アージェントという人が作ったバンドである。ロッド・アージェントといえば、"ふたりのシーズン"や"シーズ・ノット・ゼア"などのヒット・シングルを放ったイギリスのバンド、ゾンビーズのメンバーでもあった人である。(ちなみに"シーズ・ノット・ゼア"は1977年にサンタナがアルバム「ムーンフラワー」でリバイバル・ヒットさせている)

 またこのバンドには、ラッセル・バラードという人もいる。知ってる人は知っていると思うけれど、この人は通称ラス・バラードといって、80年代には数多くのヒット曲を作ってはミュージシャンに提供した。あのリッチー・ブラックモア率いるレインボーの"Since you've been gone"もラス・バラード作曲である。

 だからこのバンドはいわゆる双頭バンドといっていいかもしれない。ロッド・アージェントがバンドのサイケデリックな、あるいはプログレッシヴな部分を受け持ち、ラス・バラードがポップな部分を受け持っている感じである。
 ロッドはイエスのリック・ウェイクマンが最初に脱退した1974年頃に、そのイエスに加入の打診を受けたほどプログレッシブなロックに理解があったようである。彼はキーボーディストであるが、キース・エマーソンやリック・ウェイクマン、はたまたジョン・ロードの名前を出すまでもなく、キーボーディストには芸術性やサウンドに凝る人が多いようだ。

 自分が購入したアルバムは「連鎖(ネクサス)」というものだが、ラス・バラードが参加した最後のアルバムである。オリジナルの発表は1974年だから、プログレッシブ・ロックは世界的に下火を迎えていた頃だった。

連鎖(紙ジャケット仕様) Music 連鎖(紙ジャケット仕様)

アーティスト:アージェント
販売元:ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
発売日:2008/06/25
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 双頭バンドのアージェントだったのだが、たぶんそのバンド名からわかるように実質的な権力はロッド・アージェントが握っていたのであろう。だからラスは、バンド内で自分のいる場所がなくなったというか、自分のポップな才能を生かす機会が少なくなったのではないだろうか。

 このアルバムではラス・バラードは4曲作品を提供しているが、"Love"は4分未満のポップな曲、"Thunder and Lightning"、"Man for all reasons"、"Gonna meet my Maker"はハード・ロック調の曲である。特に"Thunder and Lightning"は後のレインボーの楽曲に共通するようなポップなテイストを持ったハード・ロックになっている。

 またボレロ調が珍しい"Man for all reasons"や、それこそイアン・ギランやポール・ロジャースが歌うと映えるようなブルーズ・ロック"Gonna meet my Maker"など佳曲が目立つ。

 一方、ロッドの曲はほぼ完全にプログレの世界を演出している。8分を超える"Music from the Spheres"は最初のキーボードの音から雰囲気を出しているし、冒頭からの3曲連続は完全にインストゥルメンタルになっていて、メロトロンなどのキーボードの音が飛び交っている。

 ただ全体の印象はやはり完全にプログレ・バンドには成りきれない中途半端な音作りになっているようだ。だからラス・バラードは脱退を決意したのであろう。

 本当はアージェントはプログレッシヴ・ロックというよりはブリティッシュ・ロックの範疇で語られるべきであろうが、この時期のアージェントはプログレッシヴ・ロックに足を突っ込んでいた。ちょうどマンフレッド・マンズ・アース・バンドが一時、プログレッシブ・ロックに傾倒していたように。

 イギリスのバンドにはこういうパターンは多いようだ。ポップな部分が強くなると10ccのようになってしまうし、プログレの要素が強くなるとスーパートランプやE.L.O.、エイジャ、後期キャメル、そしてこのアージェントのようになるのだろう。
 そういう意味ではまさにイギリスらしいバンドといえるかもしれない。そしてイマイチビッグになれなかったB級バンドとして永遠に語り継がれるのかもしれない。

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カルメン

 前回のジェスロ・タルのアルバム「ロックンロールにゃ老だけど死ぬにはチョイと若すぎる」でベース・ギターを担当していたのは、ジョン・グラスコックであった。それまではジェフリー・ハモンドという人だったのだが、彼が画家に転進するということで、ジョンにスウィッチしたのだった。

 それでジョン・グラスコックのことだが、彼はジェスロ・タルに加入する前は、カルメンというグループに所属していた。
 名前を見れば分かるように、ビゼーの作曲した歌劇「カルメン」にちなんだ名前であった。

 彼らはデビュー当時プログレッシヴ・フラメンコ・ロックなどと呼ばれていたらしい。今となっては誰もそんな呼び方はしないのだが、たぶん宣伝のためにそう呼んでいたのであろう。
 ちなみにジョン・グラスコックはカルメン加入の前は、イギリスのブルーズ・バンド、チキン・シャックで活動していたし、さらに翻って60年代中頃では、グレッグ・レイクやケン・ヘンズレーとともにザ・ゴッズというバンドでプレイしていた。だから知名度、テクニックともに兼ね備えた経験豊かなプレイヤーだった。

 それでカルメンのことであるが、このバンドの1stアルバム「宇宙の血と砂」はまさに傑作の類に分類されるほどの作品である。

Fandangos in Space/Dancing on a Cold Wind Music Fandangos in Space/Dancing on a Cold Wind

アーティスト:Carmen
販売元:Line
発売日:2006/11/07
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 もともとこのグループは、デヴィッドとアンジェラというアレン兄妹を中心に、LAで結成された。当時ロスにアル・シドという名前のクラブがあり、そこにアレン兄妹がフラメンコギターやダンスを行っていたらしい。というのもそのクラブの経営者は兄妹の父親だったからだ。
 アレン兄妹の両親ももともとはフラメンコ・ギターやダンスで生計を立てていた。だから当然のことながら子どもたちもその血を受け継いでいるのである。

 1973年に発表されたこのアルバムは、まさに当時のキャッチフレーズ通りのフラメンコのリズムを取り入れた“血湧き肉踊る”内容になっている。
 1曲目の"ブレーリアス"から"鮮血は闘牛士の胸に"、"ステッピング・ストーン"と連続した3曲には手拍子や足拍子、掛け声などが交じっていて、まるで目の前でフラメンコが演じられている印象が残る。

 それに"船乗りの末期"ではバックにメロトロンが流れていて、この手の音が好きな人にはたまらないものになっている。

 さらに6曲目"タラントスにて"では短いながらもデヴィッド・アレンの奏でるフラメンコ・ギターを堪能することができる。ここまで徹底していると本当にスペインのグループに思えてくるから不思議だ。実際はアメリカで結成されたにもかかわらずにである。

 スパニッシュな香りに味付けされたノリの良いロックのリズムに乗って歌われる男女のボーカル、これにメロトロンが加わり組曲形式の曲が展開されるのだから、まさに“プログレッシヴ・フラメンコ・ロック”なのである。改めて聴き直してみて決して誇大広告でないということが分かったのだった。

 彼らはこのあと、フランスのタバコのジタンを真似たジャケットで有名な2nd「舞姫」を75年に、翌76年には「ジプシーの涙」を発表するが、やはり最初の強烈な印象は2ndまでだったようで、段々と人気も下り坂になり、そのうち忘れ去られていった。

 最初に述べたベーシストのジョン・グラスコックはジェスロ・タルに加入して、5枚のアルバムに参加するが、アルバム「ストームウォッチ~北海油田の謎」の録音途中に心疾患で入院し、1979年に亡くなった。享年28歳という若さだった。惜しい人を亡くしたものである。

 デヴィッド・アレンは喉頭癌になり、音楽業界から引退して写真家になった。噂では再び歌うことも始めたというが定かでない。

 妹のアンジェラの方はタルのアルバム「ロックンロールにゃ老だけど死ぬにはチョイと若すぎる」にバック・ボーカルとして参加した以降は、表立った活動はしていない。現在はロンドンに住んでいて、こちらの方は完全に引退したようである。

 今となっては誰も継承していないプログレッシヴ・フラメンコ・ロックであるが、彼らは唯一無二の存在としてプログレの歴史に名を残したのである。

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ロックンロールにゃ老だけど

 最近、急に冷え込んできて朝や夜なんかは寒いと思うほどにまでなってしまった。春はゆっくりと訪れるけど、秋は駆け足でやってくる感じである。九州でこれくらい涼しいのだから、北海道や東北はもう冬に違いない。

 それで秋といえばアコースティックな音を求めてしまうのだが、秋にふさわしいアルバムを紹介したい。
 昨年はジェスロ・タルの「天井桟敷の吟遊詩人」を紹介した。これはエレクトリックな音もあるのだが、全編を通じてほとんどアコースティック・ギターがメインのアルバムであった。特にアルバム後半はそうである。

 それにちなんで今回は同じジェスロ・タルのアルバムで通算9作目、「天井桟敷の吟遊詩人」のあとに出されたアルバム「ロックンロールにゃ老だけど死ぬにはチョイと若すぎる」を紹介したい。

Too Old to Rock: Too Young Die Music Too Old to Rock: Too Young Die

アーティスト:Jethro Tull
販売元:Capitol
発売日:2002/11/05
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 このアルバムも曲によってはエレクトリックなものもあるけれど、全体の印象としてはアコースティックな作品という印象が強く残るアルバムである。

 何しろタイトルがユーモアに溢れているというか、人をくったものになっている。このタイトルのおかげで英語の"too~to…"の構文を覚えることができて、それはそれで助かったのだが、しかし実際にこういう使い方もあるのかと妙に納得したものであった。

 オリジナルは1976年の発表である。だからストラングラーズやセックス・ピストルズはすでに結成されており、いわゆるパンク・ロックの嵐が吹き荒れていた時代である。

 当時、ジェスロ・タルのリーダーであるイアン・アンダーソンはまだ29歳である。29歳にしてこのタイトル、この内容なので、いかに彼が老成していたかがわかると思う。
 だいたいデビュー時の年齢が21歳だったのだが、1stアルバムのジャケット写真を見れば分かるように、とても21歳の風貌には見えない。まるで山から降りてきた仙人である。

This Was Music This Was

アーティスト:Jethro Tull
販売元:Capitol
発売日:2002/01/08
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 それで76年のアルバム「ロックンロールにゃ老だけど死ぬにはチョイと若すぎる」という長いタイトルのアルバムは、タイトル通りのトータル・アルバムになっている。

 このアルバムは、もともと舞台演劇用の楽曲として制作されたもので、レイ・ローマスという実在人物の名前を借りて時代遅れのロックンローラーとして登場させ、彼がTVのクイズ番組に出演したことで、恋愛やバイク事故などの様々な体験を経て、ついに音楽業界にデビューする?というものであった。

 ところが最終的には舞台化はされずに、音楽だけアルバムとして発表されたのである。要するにザ・フーの「トミー」みたいなものと考えれば分かりやすいかもしれない。ただし、あれよりはこじんまりとまとまってはいるけれど…

 当時のレコード・ジャケットの内側には、そのレイ・ローマスのストーリーがコミック化されていて、非常に面白い内容だったことを覚えている。2002年に再発されたCDではその日本語訳も載っていた。

 全10曲だがそのうち約半数がアコースティック・ギターを前面に出しての曲である。特に美女との出会いをうたった"Salamander"ではギター1本で演奏しているし、"Bad-eyed and loveless"ではその美女とのデートをすっぽかされた悔しさをうたっている。

 とにかく舞台劇を意識して制作されたせいか、起承転結がはっきりしており、ロック色の強い曲とアコースティックな面が強い曲とのバランスが非常にバランスよく配置されている。

 他にも"From a dead beat to an old greaser"や"Pied piper"、"The chequered flag"では哀愁感溢れる楽曲になっており、お涙頂戴という気持ちにさせられてしまう。
 特に"From a dead beat to an old greaser"と"The chequered flag"は名バラードで、それぞれ中盤と最後を飾る叙情的な曲になっている。彼らの作品の中でも特に印象に残る作品だと思う。

 ただストーリーにあわせた作品に仕上がっているせいか、どうしてもこじんまりとした印象が強いのである。曲ができて、舞台劇ができたのではなく、その逆なものだから、少々同傾向の曲がある。似たような雰囲気が漂ってくるのは致し方ないのかもしれない。

 だから「アクアラング」や「ジェラルドの汚れなき世界」のような歴史的名盤には成れなかったのだと思う。

 ジェラルドの汚れなき世界 ジェラルドの汚れなき世界
販売元:セブンアンドワイ
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 しかし“秋の夜長”にはふさわしいアルバムには違いない。このアルバムを聴きながら過ぎし方を偲ぶにはちょうどいいと思うのだが、それにしても29歳でこのようなタイトルの、このようなアルバムを作ったイアン・アンダーソンの感性には正直、驚いてしまうのである。

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フォーカス(2)

 オランダのプログレッシヴ・ロック・バンドであるフォーカスのベスト・アルバムは、一般的には1971年に発表された2ndアルバム「ムーヴィング・ウェイヴズ」だといわれている。
 確かにこのアルバムには、彼らの代表曲となった曲がいくつか収められている。

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 のちのライヴ盤「アット・ザ・レインボー」にもこのアルバムからいくつか演奏されていて、"悪魔の呪文"や"フォーカスⅡ"、"イラプション"である。確かに当時のフォーカスを代表する曲である。静と動、気品と衝動とが絶妙にブレンドされていて、いかにも歴史のあるヨーロッパ出身のバンドらしい曲だったと思う。

 よく考えると、彼らの全盛期は1971年からギタリストのヤン・アッカーマンが脱退した1976年の約5年間であった。そう考えると、彼らの全盛期は意外と短いものだった。やはりキーボーディストのタイスとヤンとの間に確執があったのだろうか。巨頭並び立たずとは正にこのことであろう。

 そういう短い期間の中で、全盛期のピークを迎える前の名作が「ムーヴィング・ウェイヴズ」ならば、全盛期の後半の名作は1974年に発表された「ハンバーガー・コンチェルト」ではないだろうか。

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 このアルバムのタイトルは、ヤンがつけたもので、前年の全米ツアーのときに立ち寄ったニュー・ヨークのヒルトン・ホテルでハンバーガーを食べながらTVの「トムとジェリー」を見ていたときに思いついたらしい。
 実際アルバム・ジャケットには、いかにもハンバーガー屋さんにあるようなネオンでタイトルが示されている。

 このアルバムが素晴らしいのは、ヤン・アッカーマンのギターである。それまでのアルバム以上に弾きまくっている。
 1曲目は中世の楽器リュートによる短い曲、このアルバムのイントロダクションのような役目をしている。
 そして2曲目の"ハーレム・スカーレム"ではアメリカツアーの影響か、結構ビートのきいたブラック系のロックを演奏している。それまでのフォーカスにはなかった傾向の音だ。

 4曲目の"バース"でもヤンの活躍は目立っている。特に後半からエンディングまでのヤンのギターはクールである。
 そしてお得意の組曲形式である20分を超える曲"ハンバーガー・コンチェルト"でもヤンはその華麗なテクニックを見せつけてくれている。
 またタイスも堅実にキーボードを操り、エンディング部分ではハモンド・オルガンやシンセサイザー、メロトロン、はたまた教会音楽風のコーラスまで披露している。

 "イラプション"、"アノニマスⅡ"、"アンサーズ?クエッションズ!クエッションズ?アンサーズ!"など、彼らのアルバムには必ず15分以上の長い曲が収録されているのだが、70年代では、この"ハンバーガー・コンチェルト"が最後の長い組曲になった。そういう意味でも彼らの歴史に残る曲になったと思う。

 偉大なライヴ・アルバムのあとに発表されたスタジオ・アルバムだけに評価はあまり高くないのだが、隠れた彼らの名盤といっていいと思うのである。

 現在のフォーカスはタイスのワンマン・バンドと化しているようであるが、それでもコンスタントに作品を発表している。21世紀になってはライヴ盤を含めて3枚のアルバムを発表しており、最新作は2006年に発表された「フォーカス9」である。

 それにしてもオランダのバンドは、メロディがきれいで印象的なフレーズを持つ曲を書くのが得意のようである。それは音楽のジャンルを問わずに、クラシックからポップスまで幅広い傾向のようだ。これもオランダの国民性や文化を反映しているのかもしれない。

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フォーカス(1)

 フォーカスを初めて聞いたのは中学生のころだった。当時はFMラジオなどでも時々かかっていた。また“師匠”の家に行って聞かせてもらったこともあったと記憶する。でもそのとき聞いた曲は比較的短い曲だったようで、うまいとは思ったけれどもあまり印象には残らなかった。

 やはりオランダを代表するプログレッシヴ・ロック・バンドはフォーカスである。彼らはオランダ出身でありながら、本場英国で認められ、やがてはアメリカ、日本などでも高い評価を得るようになった。

 その理由は、高度な演奏技術と幅広い音楽性によると思う。キーボードでフルート担当のタイス・ヴァン・レアーは幼少のころより音楽教育を授けられた。3歳でピアノを始め、13歳からフルートを吹き始め、アムステルダム大学では和声法と対位法を学び、ジュネーヴ音楽院ではフルートの学位を取得し、編曲やオーケストレーションを身につけた。

 何しろ父親がクラシックの音楽家でフルートを演奏していて、あとを継がせようとしたらしい。だからロックやジャズの道に行かないように、クラシックを学ばせたのであるが、やはり時代の流れであろうか。なかなか親の思う通りには行かないのが世の常である。

 一方、ギタリストのヤン・アッカーマンは独学で音楽を学んだらしい。ただ3歳でアコーディオンを、6歳でギターに興味を覚え弾き始めたというのだから、音楽的な感性や素養はもともと備わっていたのであろう。
 学生時代はダンス・バンドで腕を磨きながら、興味のあるミュージシャンはウェス・モンゴメリーなどのジャズ・ミュージシャンということで、将来はそういう道も考えていたのかもしれない。

 この2人がフォーカスの中心人物であるが、この2人の音楽的な素養が、ただのロック・バンドに終わらせない、いかにもヨーロッパのバンドらしいクラシックからジャズ、ロックという幅広いものにさせたのだと思うのである。

 だから音楽に気品と教養があり、同時にジャズやブルーズの香りが漂うロック・テイストも含んでいて、これが多くの人をひきつけた魅力になったと思う。

 それで大学時代に本格的にフォーカスを聞いた。当時は廉価盤のレコードが出ていて、大学の生協で購入するとさらに安く手に入ったのだ。そのアルバムの名前は「フォーカス・アット・ザ・レインボー」というライヴ・アルバムで、アルバム自体は1973年発表のものだった。

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 このアルバムは彼らが初の全米ツアーを大成功のもとに終わらせたあと、ロンドンに戻ってきて行った“凱旋コンサート”から収録されたものである。
 1973年だから、内容は71年の歴史的名作「ムーヴィング・ウェイヴズ」と72年作の「フォーカスⅢ」からの曲で構成されている。

 このアルバムを聞いて、彼らの二面性、クラシックの素養に裏打ちされた優雅さや気品とロックに影響された攻撃性や破壊衝動といったものに興奮を覚えたものだ。
 特にヤン・アッカーマンのメロウなトーンと激しい早引きや、タイスの華麗なキーボード・プレイやジェスロ・タルのイアン・アンダーソンのようなフルート・プレイには感動した記憶がある。
 また、タイスのボーカルは、ボーカルというよりスキャットなのだが、スイスのヨーデルを聞いているような錯覚にとらわれてしまう。ヨーデルってこんなにも攻撃的な発声だったのだろうかと考え込んでしまった。

 "悪魔の呪文"という曲があるのだけれども、本当に天使のふりをした悪魔が歌っているような感じがした。何というネーミング通りの曲かと感心してしまった。

 基本的に彼らはインストゥルメンタルなので、音を聞かせるタイプのプログレッシヴ・バンドである。これも彼らが世界的に有名になった一因かもしれない。言語は違うが音楽は世界共通だからである。

 そしてこのアルバムは、彼らの代表作であると同時に歴史に残る大傑作アルバムなのである。

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SI MUSIC

 もともとプログレッシヴ・ロックの生誕の地はイギリスである。これが元祖プログレといえるのは個人的にはザ・ビートルズの「サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」だと思っている。

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 その是非はともかく、イギリスからは数々のプログレ・バンドが輩出されているし、現代でもその命脈は途切れずに流れているのである。だから21世紀になってポーキュパイン・ツリーというプログレッシヴ・ロック・バンドもメジャーになったのである。

 オランダは距離的にイギリスに近いせいか、多くのバンドがライヴを行っていた。だからオランダでもプログレッシヴ・ロックは今に生きる音楽なのだ。
 そのオランダでは80年代半ばに“SYM-INFO”というミニコミ誌が生まれた。それが“SI MAGAZINE”に変わり、“SI MUSIC”というレコード・レーベルまで作ってしまった。そして90年代になって数多くのプログレッシヴ・バンドが生まれては消えていった。以前紹介したポーランドのグループ、“コラージュ”もこのレーベルから世界へと飛躍している。

 やがて95年ごろからは配給を“ロードランナー”に委託し、日本ではアポロン株式会社が発売権を得て配給していた。
 しかし最終的に財政難に見舞われて、“SI MUSIC”は閉鎖されてしまい、日本のアポロン株式会社はバンダイ・ミュージックに改称され、最終的にはアニメ音楽などで有名な株式会社ランティスとなったいった。

 また“ロードランナー”はワーナー・ミュージック傘下に吸収されてしまい、レーベル名はそのままながらスリップノットなどのヘヴィ・ミュージックやヘヴィ・メタル中心のレーベルとして有名になってしまった。

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 そのSI MUSICがまだバリバリと活動していたとき、そこから生まれたグループにクリフハンガーというのがあった。以前シルベスター・スタローンの主演映画に同様なタイトルのものがあったが、あれとはまったく違うのはいうまでもない。

 オランダの音楽といえば、かつて特にマイナーなプログレッシヴ・ロックについて特集を組んだことがあった。アース&ファイヤーやカヤック、ヴァレンタインなどを紹介させてもらったのだが、今回はそれらよりもさらにマイナーなバンドを紹介する。

 そのクリフハンガーであるが、まさに70年代のイエスやジェネシスが蘇ってきたような音だった。
 彼らは1995年に唯一のアルバム「コールド・スティール」を発表しているのだが、全7曲、5分台の曲が2曲、7分台の曲が2曲、8分台が1曲、最終曲は18分21秒。堂々たるプログレである。(残りの1曲は4分台)

 曲調もキーボードがメインのプログレで、はっきりいってリック・ウェイクマン並みに上手なのである。これでもう少しクラシカルな雰囲気があれば、完全にウェイクマンの世界である。
 もちろんギターやリズム・セクションもテクニック的には申し分ない。メンバーは4人組で、ギタリストがボーカルをとっている。4人とは思えないほどの内容である。次のアルバムも期待できたのだが、残念ながらこの1枚で終わったようである。

 ほぼ同じ年に、オランダから5人組のディレンマというグループもアルバムを発表している。彼らの1stアルバム「インブロッカータ」も1曲目から9分を超える曲で迫ってくる。全9曲で10分を超える曲はないが、押しなべて1曲あたりの時間は長い。Photo

 どちらかというとクリフハンガーよりはロック寄りで、プログレッシヴ感は少ないかもしれないが、キーボードは結構頑張っている。
 両方のグループともキーボードが活躍しており、もう少しギターに頑張ってほしい気はする。ただ歌詞はいずれも英語なので聞きやすいし、よく歌えているほうだと思う。

 このディレンマは1993年に結成されて95年にアルバムを発表した。ただその後の活動は聞かないので、おそらくはこのバンドも1枚で終わったのではないだろうか。クリフハンガーといいディレンマといい(特にクリフハンガーは!)、1枚で終わらせるには惜しいグループではある。

 というわけで90年代のオランダのプログレッシヴ・ロックは、SI MUSICの活動抜きでは語ることができない。
 残念ながらこのレーベルが閉鎖されたせいで、2ndアルバムの発表が見送られたのかもしれない。ミュージシャンも生きていくためには食えないとだめなので、バンドで生計が立てられなければ、スタジオ・ミュージシャンか違う道を模索しなければならない。

 インターネット全盛の現代では、ネット上に音楽を流すと、それが良ければダウンロードされて、やがてはアルバム・デビューするという現象が見られる。特にソロ・アーティストには多いケースである。

 それでSI MUSICがなくなった今、新たな形でプロ・デビューするプログレッシヴ・ロック・バンドの台頭が待たれる。どこの国の誰でもいいので、プログレッシヴ・ロックを圧縮してネット上に流す人はいないのだろうか。

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フライト

 1970年代の後半に活躍したフライトというバンドをご存知だろうか。一応ベルギーのプログレ・バンドということになっているのだが、正確にいうとベルギー人とオランダ人の混成バンドである。

 アルバムは1枚しか発表していない。1995年にCDとして再発された「ドーン・ダンサー」という8曲入りのアルバムである。曲の時間は平均して5分程度で、最大でも5分59秒となっている。だから非常に聞きやすいプログレッシブ・ロックになっている。Photo

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 メンバーはアルバム・ジャケットには6人なのだが、アルバム・クレジットにはキーボード担当2人、ドラムス・パーカッション担当2人、ボーカリスト、ベーシスト、ドラマー7人の名前があった。この辺はどういう事情でこうなったのかよくわからない。やはり70年代は混沌としていたのであろう。

 バンド自体は1975年に結成され、81年に解散している。彼ら唯一のアルバムは1979年に発表された。
 音楽は長くもなく短くもなく、ファンタジックでシンフォニックなテイストを持っていたため、多くのリスナーから支持され評判もよかった。ラジオでもかなりの回数オン・エアされたらしい。
 しかし、配給元の会社は弱小で規模が小さかったので、ファースト・プレスが2000枚程度しかできなかった。さらに悪いことには会社自体が倒産してしまったのだ。

 レコードはすぐに売り切れたのだが、再生産されることはなかった。彼らはレーベルを変わってセカンド・アルバムの制作に取り掛かったのだが、残念ながら完成途中でメンバー数人がバンドを去ってしまい、解散を余儀なくされたのだった。

 そういう希少価値のあるアルバムなのである。それがなぜ約15年以上の月日を経て再発されたのかというと、やはりその当時のベルギーやオランダではインパクトがあり、人々の記憶の中に息づいていたのであろう。再発シリーズの企画で再び日の目を見たのである。

 サウンド的にはベルギーのキャメルといっていいかもしれない。ギターのトーンがアンディ・ラテマー似で、曲自体もコンパクトにまとまっているからである。
 キーボーディストも2人いるために、かなり手の込んだものになっている。1曲目の"ウーマン"ではシンセサイザーのほかにメロトロンも使用されており、個人的には気に入っている曲である。

 ただ唯一の欠点はボーカルが弱いということだろうか。全編英語で歌われているのだが、やはり母国語でないからだろうか。いや、そういうこととは少し違うようで、声質に深みがないし、高音の伸びもない。
 たぶんポップ・ソングを歌わせたらいけると思うのだが、叙情的かつ転調の多い曲形式には似合わないのである。

 演奏部分は技術的にも優れており、本家キャメルより聞き劣りするわけではないので、これでボーカルがよければ本当に言うことはないと思うのである。
 特に1曲目の"ウーマン"や3曲目のインストゥルメンタル"グレース"などは白眉のできであり、もともとはアルバム・タイトルと同名だった"朝やけの彼方"、"翼を持った女"の演奏は素晴らしいものがある。

 70年代というプログレッシブ・ロックが一番輝いていた時代に、ベルギーという小国で輝いていたバンドであった。一時はフォーカスやアース&ファイヤーと同じステージに立ったこともあったという。
 たった1枚のアルバムだが彼らにとっても、また当時の音を懐古するファンにとってもなくてはならないアルバムなのかもしれない。

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グラナダ他

 情熱の国といえば、多くの人はスペインを思い出すのではないだろうか。そしてスペインといえばカルメンなどのフラメンコやナルシソ・イエペスなどのスパニッシュ・ギターを連想すると思うのである。

 そんなスペインにもプログレッシヴ・ロックは厳然と存在する。今回紹介するのはスペインの地名に由来した名前を持つグループ“グラナーダ”である。

 基本的にこのグループは、リーダーのカルロス・カルカモのバンドといってもいいかもしれない。天才ミュージシャンとはまさに彼のことで、ピアノからシンセサイザイー、メロトロン、クラヴィネットの鍵盤楽器からフルート、ヴァイオリン、マンドリンなどの木管楽器から弦楽器まで幅広く操ることができる。

 彼らは(もしくは彼というべきか)1970年に結成され、マドリードを中心に活動していたようだ。
 75年に1stアルバム「大地のささやき」を発表した。このアルバムは各方面で絶賛され、一躍人気者になった。
 彼らのサウンドはプログレッシヴ・ロックにスペイン風味をふりかけたような曲調で、これがスペイン国内での評判を呼んだのであろう。

 セカンド・アルバム「スペイン75年」は1976年に発表された。このアルバムでも1曲目から17分を超える大作"過ぎ去りし夏の炎熱"から始まっている。

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 4つのパートから成り立っているこの組曲は、カルロス・カルカモの才能を十二分に出し切っている傑作である。最初はフルートでリードをとり、後半はシンセサイザイーなどのキーボードを駆使しながらインストゥルメンタルを展開している。

 2曲目"9月"では、メロトロンが使用されていているようだが、あまりよくわからない。むしろその次の"華麗なる11月"の方がスペイン風のアコースティック・ギターの響きが印象的なものになっている。
 このアルバムでは曲間が短くて、1曲の余韻を楽しむ間もなく次の曲が始まってしまう。うかうかしているとあっという間にアルバムが終わってしまうのだ。

 あっという間に終わってしまうといえば、ダニエル・ヴェガのアルバム「嵐の前の静かな夜」もあっという間に終わってしまう。約25分少々という短さである。

La Noche Que Precede a La Batalla Music La Noche Que Precede a La Batalla

アーティスト:Daniel Vega
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 ダニエルはこのアルバム1枚を残して音楽業界から去っていった人である。このアルバムでは全曲を手がけ、スペイン語で歌い、アコースティック・ギターを演奏している。フルートやキーボードなどは他のミュージシャンの手を借りたようである。

 プログレッシヴ・ロックというよりは、むしろフォーク・ロック寄りの音楽である。ただアコースティック・ギターとフルートの音色には一聴の価値がある。

 彼はジャーナリストを志していて、学生時代にこのアルバムを制作したらしい。そして大学を卒業するとジャーナリズムの世界に身を投じ、音楽の世界から足を洗っている。このアルバムは1976年に発表されたものである。

 この2枚のアルバム以外にもスペインには素晴らしいミュージシャンやグループが発表したアルバムが数多くあるようである。

 かつてスパニッシュ・プログレの最高峰と呼ばれたトリアーナの1stアルバムとスペインのフォーカスと呼ばれたイビオ