2018年2月26日 (月)

ウォブラー(2)

 前回のホワイト・ウィローに続いて、今回もノルウェーのプログレッシヴ・ロック・バンドを紹介しようと思う。
 と言っても、このバンドも以前このブログで紹介したことがあった(2013年の12月14日付)ので、今回が2回目となる。

 そのバンドの名前は、ウォブラー。1999年にノルウェーのヘネフォスで結成されている。現在のメンバーは5人で、今までのメンバー交代は2回、2009年にリード・ボーカリストが、2011年にはリード・ギタリストが交代している。
 また、このバンドのキーボーディストのラース・フレドリク・フロイスリーは、同じノルウェーのプログレッシヴ・ロック・バンド、ホワイト・ウィローのキーボードも担当しており、両バンドにまたがって活躍している。A111159115039574358048_jpeg
 自分は、2009年のセカンド・アルバム「アフターグロウ」と2011年のサード・アルバム「夜明けの儀式」の2枚を聞いたが、両アルバムとも世界的な水準レベルのプログレッシヴ・ロック・アルバムだった。

 ただ、セカンド・アルバムはキング・クリムゾン風で、サード・アルバムはイエス風の楽曲が収められていたから、バンドの音楽的な方向性が揺れているのではないかと心配していたのだ。その答えが今回の4枚目のアルバム「フロム・サイレンス・トゥ・サムホエア」にありそうなので、期待しながら聞いてみたのである。

 内容に行く前に、このバンドの特徴をもう一度確認してみると、
①1975年以降に製造された楽器類は使用しない
②楽器はコンピューター類には接続せずに使用する
③楽器の補修・改修はすべてメンバーで行う

 要するに、アナログの楽器を使用した70年代風プログレッシヴ・ロックを、21世紀の現在でも続けて行おうとする稀有なバンドなのだ。

 今回の6年ぶり4枚目のスタジオ・アルバムである「フロム・サイレンス・トゥ・サムホエア」も彼らの意向が反映されていて、全4曲、約46分40秒の内容であり、形式的には確かに70年代のプログレッシヴ・ロックのアルバムによく似ている。61pciotg3xl__sl1000_
 1曲目の"From Silence to Somewhere"のイントロのキーボードから続いて19秒過ぎに始まった曲調を聞けば、このバンドの方向性はイエスを基調とした構築感のある音作りということがわかるだろう。
 走り出すリズムにそれに負けないと食らいつくフルートとキーボード、ギター、静的情景を表現するアコースティック・ギターとメロトロン、3分過ぎのボーカルの声質などは、全体的に判断すると、確かにイエスの音楽観に似ている。

 徐々に音数が増え、キレのあるリズムが前面に出されて、それをハモンド・オルガンとフルートが引き継いでいくのだが、20分59秒という時間の長さを感じさせない展開である。
 全体は3部構成で、“パート1”、“パート2”、“エピローグ”となっている。5分過ぎから長めのフルート・ソロが演奏されるのだが、歌詞カードではそこが“パート1”と“パート2”の分岐点になっていた。

 唯一の問題はギターがあまり目立たないという点だろうか。確かにこの曲でも8分26秒あたりに短いギター・ソロがあるのだが、曲に添えるような感じで全体をリードしていこうとする野心が見られない。
 10分過ぎからキーボード・ソロ、フルート・ソロときて、やっとギター・ソロに繋がっていくが印象的なフレーズに乏しい気がしてならない。ただし、ドラマティックに盛り上げていくにはギタリストの存在は重要で、この曲でもフルートやキーボードとともに十分にその存在感を示している。

 14分過ぎに一旦ブレイクして静寂な時間が訪れ、再びアコースティック・ギターとメロトロンが流れてボーカルが歌い始める。“パート2”の後半にあたる部分だろう。また、歌い出しは、ジョン・アンダーソンに似ていると思う。

 "Epilogue"は18分過ぎにやってきて、19分から歌が始まって行く。残りの1分30秒余りを穏やかなボーカルと静かなキーボードで占めているのだが、印象としてはイエスのアルバム「リレイヤー」の中の"The Gate of Delirium"に似ていると思った。

 あの曲では最後に"Soon"が流れるのだが、このウォブラーの曲でも形式としては似ていた。ただ、あそこまでメロディアスではないのが残念である。

 2曲目の"Rendered in Shades of Green"は、インストゥルメンタルで、2分5秒しかない。グランド・ピアノの調べからチェロやメロトロンへと繋がるチェンバー・ロックのような感じの曲。あるいは3曲目の"Fermented Hours"のプロローグなのかもしれない。

 10分10秒の"Fermented Hours"は不協和音的なキーボードとアグレッシヴなギター・ソロ、キレのあるリズムから始まり、1分40秒あたりにデス・ボイスみたいな声が挿入される。ドリーム・シアターの曲をもっと転調させて構成したような感じだ。

 この曲ではラースの演奏するミニ・ムーグが目立っていて、曲の端々に登場している。また、メロトロンのみならず、ソリーナ・ストリング・アンサンブルなどのキーボード群が曲に深遠さを与えているし、8分過ぎからのギター・ソロはジャズっぽくて、素早いフレージングが耳に残る。一致団結してエンディングに向かおうとする潔さと力強さを感じさせてくれた。

 1曲目をイエスの"The Gate of Delirium"に譬えたけれど、この"Fermented Hours"は、さぞかし"Sound Chaser"だろうか。何となく雰囲気的に想起させてくれたのだが、とすると、最後の曲"Foxlight"は"To Be Over"になるのだろうか。51caxzqldvl
 そんなことを思いながら最後の曲"Foxlight"を聞いたのだが、確かに最初の3分過ぎまでのうっすらと霧がかかったようなキーボードとアコースティック・ギターのアルペジオにフルートの部分は、少しテンポの速い"To Be Over"といってもいいような気がした。

 しかし、それではおさまらないのがウォブラーである。3分50秒過ぎからは力強いリズムが前面に出され、キーボードとフルートが全体をリードしていく。7分前からはメロトロンも全体を包み込むように表に出てくる。
 その後、アコースティック・ギターのソロが始まり、一旦落ち着きを見せ、9分過ぎから再びボーカルが入りエンディングに向かっていくのである。

 エンディングのアコースティカルでダンサンブルな曲調は、ノルウェーの舞踏的なフォークロアなのかもしれない。彼らが、現代のエレクトリックな部分と北欧の民族的な伝統部分とを融合させている点も見逃せない。こういうところにも北欧の“プログレッシヴ”な部分が見え隠れしているようだ。

 ウォブラーもイギリスで生まれたプログレッシヴ・ロックを上手に咀嚼消化し、さらに自分たちの中に脈々と流れている民族的な要素も取り入れて昇華させているところが素晴らしい。単なる時代錯誤のバンドではないのである。

 とにかく、この21世紀の現在で、こういうこだわりを見せるプログレッシヴ・ロック・バンドも珍しく、貴重ではないだろうか。Maxresdefault
 ここまで70年代の機材に固執し使い続け、さらに曲のイメージ、雰囲気をも当時に似せようとするところは、70年代のプログレ愛好家にとっては、まさに頭の下がる思いがする。
 しかもそれだけでは終わらせずに、自分たちの愛する郷土や歴史に基づいた曲調も反映させようとする意欲もまた忘れてはならないだろう。

 ウォブラーは2作目のキング・クリムゾン的作風から転換して、イエス的な構築美を誇る音楽を目指そうとしているようだ。
 もともと彼らは、イタリアのP.F.M.やバンコ、ムゼオ・ローゼンバッハ、イル・バレット・ディ・ブロンゾなどから強い影響を受けているという。だから単なる70年代のプログレッシヴ・ロック・バンドの二番煎じに終わらずに、自分たちのオリジナリティーを創出しながら楽曲を生み出しているのだろう。

 北欧のプログレッシヴ・ロックは、マーケット的にはそんなに大きくはないかもしれないが、まさに今を生きるプログレッシヴ・ロック・バンドとして、さらに活躍の場を広げていこうとしている。個人的には、もっとワールド・ワイド的に評価されてほしいと願っている。

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2018年2月19日 (月)

ホワイト・ウィロー(2)

 今の若い人にはよくわからないと思うけれど、昔は「ジャケット買い」というのがあって、レコードのジャケット写真(もしくは絵画等)の印象だけで購入するということがよくあった。
 ザ・ビートルズやローリング・ストーンズのアルバムは言うに及ばず、ロキシー・ミュージックやウィッシュボーン・アッシュのアルバムなども思い出深いが、特に、プログレッシヴ・ロックの分野では顕著だったと思う。

 レコードというのは、塩化ビニールで作られた直径約30cmの円盤で、リスナーは、その溝に音が刻み付けられたものを針で引っかきながら再生して聞いていた。
 それで、例えば、ロキシー・ミュージックの「カントリー・ライフ」のジャケットを見て興奮に胸を躍らせていたし(あとで性転換した元男性という噂を聞いて落胆したけれど)、ムーディー・ブルースの「童夢」のファンタジックなイラストには、自分も子どもながらに夢見るような感覚にさせられたものだった。

 また、クィーンのセカンド・アルバムには荘厳な雰囲気が漂っていたし、ドゥービー・ブラザーズの「キャプテン・アンド・ミー」には現代社会への批判のようなメッセージを感じ取ることができた。

 プログレッシヴ・ロックの分野では、イエスやキング・クリムゾン、ピンク・フロイド、ジェネシス、E,L.&P.などのレコードはどれも「ジャケット買い」に相応しいものだったと思っている。クリムゾンの「クリムゾン・キングの宮殿」を見ただけで、これはただものではないぞと感じたし、E,L.&P.の「恐怖の頭脳改革」の特殊ジャケットなどは、レコードを買っただけで満足してしまうほどの気分を味わうことができた。

 ところが、1980年代後半からCD化の波が押し寄せてくると、当然のことながらジャケットの絵が小さくなってしまい、「ジャケット買い」という衝動的な買い物をしなくなってしまった。

 しかし、今回、ひさしぶりに「ジャケット買い」をしてしまった。理由は、ロジャー・ディーンだからである。Img_2194rm
 ロジャー・ディーンという人は、イギリス人の画家、イラストレイターで現在73歳。自分はイエスのレコードを通して彼の存在を知ったのだが、とにかく幻想的で想像性にあふれた世界観を描かせたら、彼の左に出る人はいても右に出る人はいないのではないかと思っている。

 それで今回久しぶりに「ジャケット買い」をしてしまったアルバムは、ノルウェーのバンドのホワイト・ウィローの最新アルバムだった。タイトルを「ヒューチャー・ホープス」という。
 このアルバムは、昨年3月に発表されたもので、ボーナス・トラック2曲を含む合計7曲で構成されていた。71ivahchw3l__sl1200_
 ホワイト・ウィローについては、2008年2月11日付のこのブログで述べているが、今回ニュー・アルバムが発表されたということでもう一度取り上げようと思う。
 彼らは1993年に結成され、1995年にデビュー・アルバム「鬼火」を発表した。このアルバムは、タイトル通りの幻想的で幽玄な雰囲気を秘めていて、女性ボーカルがフィーチャーされていた。

 前にも述べているが、「アイランド」期のキング・クリムゾンをバックにアニー・ハズラムが歌っているようだった。
 基本的には穏やかなフルートとバイオリンを含んだアコースティックな雰囲気に、うっすらとメロトロンが鳴り響いているという感じで、躍動感はなくて静謐とした寂寥感が漂っていた。

 自分はこの雰囲気が大好きだったのだが、数度のメンバー・チェンジを行う中で、徐々にロック的なダイナミズムを獲得していって、2004年の4枚目のアルバム「ストーム・シーズン」の頃になると、「太陽と戦慄」の頃のキング・クリムゾンのようになっていた。
 まあ、そこまでの緊張感はないものの、エレクトリック・ギターの使い方やフルートやバイオリンの入り方などは、本家クリムゾンから学んだに違いないと思われるほど色濃い影響力が感じられた。

 それから約13年たって、その間に2枚のスタジオ・アルバムを挟んで今回ニュー・アルバムが発表されたわけだが、これがまあ何というか、微妙なアルバムになっていた。
 まず、時間的に本編だけでは39分53秒しかない。それでスコーピオンズのボーナス・トラックを含む2曲入れたというわけで、その結果やっと50分24秒になった。

 でも時間が短くても、内容が良ければ別に問題はないわけで、じっくりと聞いてみたのだが、「ストーム・シーズン」のようなロック的なダイナミズムに比較すると、少々難があった。

 1曲目の"Future Hopes"は、まさにタイトル通りの高揚感のある楽曲になっていて、4分30秒と短いものの、分厚いキーボード群に伴われてベンケ・ナッツソンという女性のボーカルが聞こえてくる。さらにトランペットと断続的なエレクトリック・ギターが祝福を与えるように奏でられて、ゆったりとした曲調がバンドの今までの歴史とこれからの展望を語ってくれているようだ。

 2曲目はデビュー時に戻ったかのようなアコースティックな曲"Silver & Gold"で、ドラム・サウンドのように聞こえる音は、フェアライトによるサンプラーだ。ベンケのボーカルは、囁くようなウィスパー・ボイスだったし、こういう感じの曲をもっとやってくれると、個人的にはうれしい。

 このアルバムには10分台の曲が2曲含まれている。3曲目の"In Dim Days"はそのうちの1曲で11分7秒もあるが、シンセサイザーにメロトロン、ボコーダーにハモンド・オルガンと多種類のキーボードが使用されている。
 それはそれでいいのだが、どうも演奏に緊張感がない。単にダラダラとやっていますよというような感じなのである。全体的に単調で、起承転結が伴っていないのだ。

 ギター・ソロはヘドヴィグ・モレスター・トーマセンという女性ギタリストが担当しているが、速弾きでもないし、メロディアスでもないし、ヘタウマな印象を残してくれた。ただ、本人の名誉のために申し上げると、本来はジャズ・ギタリストなので、テクニカルな面では全く問題はない。曲調に合わせて演奏しているのだろう。

 ところで、ホワイト・ウィローのファンには申し訳ないのだが、アルバムの中盤でこういう曲が置かれると、3曲続けて同じようなリズムの曲が続くので、単調に思えてしまう。ちょっと目先を変えてほしかった。

 続く4曲目の"Where There Was Sea There Is Abyss"は次の18分16秒もある"A Scarred View"という曲の前奏曲のようなもので、1分59秒のインストゥルメンタルだった。
 もちろん、基本はメロトロンで、私のようなメロトロン信者にはうれしいのだが、5曲目も冒頭はメロトロンとサウンド・コラージュから始まるので、どうせなら2曲をまとめて1曲にして組曲形式にまとめればいいのではないかと、余計なことを思ったりもした。

 その"A Scarred View"はシンセサイザーやメロトロンなどのキーボードの前奏から女性ボーカルが導かれ、6分過ぎにはマティアスの手数が多くなってきて、徐々に盛り上げようとするのだが、どうも消化不良というか沈殿してしまうのである。

 マティアスというのは、このバンドのドラムス&パーカッション担当者で、マティアス・オルソンという。スウェーデンのプログレッシヴ・ロック・バンドのアングラガルドのオリジナル・ドラマーだった人だ。

 7分過ぎにはジャズ・ギタリストのヘドヴィイグが伸びのあるギター・ソロを展開するのだが、ボーカルとギター・ソロ、メロトロンを含むキーボードが順に後退していくような感じでエンディングを迎えようとする。
 16分過ぎからはギター・ソロも聞こえてきて、それなりに盛り上がったりはするものの、もう少し激しく燃え上がってほしかったなあというのが本心だ。

 例えば、イエスのアルバム「究極」の中の"Awaken"は15分少々ある曲だが、起承転結がはっきりしていて、曲に起伏があるから非常に聞きやすいし、時間的にも短く感じてしまう。
 また、同じイエスのアルバムで、発表当時は評価の低かった「リレイヤー」の中の"The Gate of Delirium"は21分55秒もあって、エンディングは"Soon"という歌謡曲のような感じになるのだが、途中には緊張感はあったし、新加入だった当時のキーボーディストのパトリック・モラーツもそれなりに頑張っていて、実力的には脱退した元キーボーディストと負けず劣らずのテクニックを披露していた。今になって聞けば、聞き応えのあるアルバムだと思う。

 むしろボーナス・トラック1曲目の"Animal Magnetism"の方が、ゲスト・ミュージシャンであるシェルスティ・レーケンの演奏するクラリネットによって一時期のクリムゾンを彷彿させてくれた。
 曲の解釈も斬新で、ダークな雰囲気の中に破壊衝動を秘めたクラリネットが咆哮しているのだ。この曲を書いたクラウス・マイネたちもきっと驚くに違いない。もとは5分56秒の曲が7分7秒まで伸びているし、まったく別の曲のようにも聞こえるのである。71ztulmx8wl__sl1200_
 もう1曲のボーナス・トラックである"Damnation Valley"は、このバンドのキーボーディストであるラース・フレドリク・フロイスリーの自作曲で、彼一人によるピアノやメロトロン、ムーグ・シンセサイザー、ソロイスト、プロフェット5などの各種キーボードの多重録音になっている。
 ピアノから始まるこの曲は、静寂さの中にも力強さを秘めており、基本的にはピアノでクラシックのような厳かな雰囲気を、ムーグ・シンセサイザーで衝動的な力強さを表現している。
 
 バンドは、基本的にはギター&キーボード担当のヤコブ・ホルム=ルポがリーダーシップをとっているようで、ボーナス・トラック以外の曲は、すべて彼の手によるものである。また、バンド結成から現在までに在籍しているのは、彼だけである。

 それくらいメンバーが流動的なホワイト・ウィローであるが、中心メンバーはヤコブとマティアスの2人で、それにキーボーディストであるラース・フレドリク・フロイスリーほかの3人が集まっている。
 もう少し付け加えると、女性ベーシストのエレン・アンドレア・ワングとフルート、サックスなどを担当するケティル・ヴェストラム・アイナースンが加わって、現在のホワイト・ウィローは、6人編成になっている。

 女性ボーカルのベンケ・ナッツソンは、ヤコブとマティアスのプロジェクトに参加したことをきっかけに今回ホワイト・ウィローに参加したということだった。元々はポップ・シンガーで、本国ノルウェーでは多くのトップ10に入るヒット・シングルを出している。Whitewillow
 自分的には、「ストーム・シーズン」の路線で進んでほしかったのだが、とにかくホワイト・ウィローはメンバー・チェンジが頻繁だし、特に女性ボーカリストに関しては、出入りが激しくて、過去には同じ人が再加入したこともあったようだ。

 今回の「ヒューチャー・ホープス」に関しては、初期の静謐さが戻ってきた感じはしたが、それでもエレクトリック・ギターにはゲスト・ミュージシャンが参加していたし、キーボードはキーボードで頑張っているし、あまり統一感を味わえることはなかったし、イマイチ方向性が見えにくいのは事実だろう。

 原点回帰を果たして、静謐な寂寥感をさらに醸し出していくのか、あるいは“キング・クリムゾンのノルウェー版”を追及していくのか、今後の展開に期待しようと思っている。

 今回は「ジャケット買い」から話が始まったのだが、かように「ジャケット買い」には良いこともあればそうでない時もあるのだ。“人は見かけで判断してはならない”とよく言われるが、「ジャケット買い」にはそういう教訓も含まれているのかもしれない。

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2018年2月12日 (月)

ロンリー・ロボット(2)

 今月は「いまを生きるプログレッシヴ・ロック」というお題で、現代社会でもしぶとく活動を続けているプログレッシヴ・ロック・バンドを紹介しようと思う。

 最近の邦楽では相変わらずグループ関係の勢いが強くて、集団でパフォーマンスする方が人気も出て目立っているし、洋楽部門ではダウンロード中心で、バンドで活動するよりは個人で活動した方が儲かるという、ますますパイの奪い合いが目立つようになってきた。

 そんな中で70年代の遺物といわれている(というか勝手にそう思っているだけなのだが)プログレッシヴ・ロックについては、拡大再生産路線を突き進んでいて、過去の作品のリマスター盤やライヴ録音を含む未表曲集、さらには〇〇周年記念盤などで往年のファンの財布のひもを何とか開こうとしているようだ。

 確かに昔プログレッシヴ・ロックに夢中だった子どもは、今や人生の最終章を飾ろうとしており、棺桶に入る前にあの時代のあのバンドの曲をクリアな音で今一度聞きたいとか、あるいは未発表音源に囲まれて余生を過ごしたいと思っているに違いないのだ。

 そういう需要があるからこそ、70年代に全盛期を迎えていたプログレッシヴ・ロック・バンドたちは、往年の名曲を中心としたセット・リストでライヴ活動を行っているし、新作を発表するよりはリスナーたちを満足させる方法を探っているようだ。衰えかけた創造性を発揮して無理に売れない曲を発表するよりは、既発の再解釈などの曲を発表した方がミュージシャンとリスナーの相互利益につながるように思える。

 しかし、そういう状況下でも自分たちの存在意義を証明するために、もしくは言葉本来の意味で、プログレッシヴ・ロックにふさわしい楽曲をクリエイトするために真剣に音楽に取り組んでいるバンドやミュージシャンも確実に存在するのである。

 プログレッシヴ・ロックは、熱力学の第二法則のように、イギリスから各国、各地域に広がっていったが、その本家イギリスにおいてもプログレッシヴ・ロックを追及しているミュージシャンたちは存在している。例えば、スティーヴン・ウィルソンであり、クライヴ・ノーランたちであろう。今回紹介するジョン・ミッチェルもその1人であり、しかもリーダー的存在として異彩を放っている。

 ジョン・ミッチェルについては、以前のこのブログでも簡単に述べているが、もう一度確認してみると、1973年6月アイルランド生まれの44歳で、12歳からギターを始め、その後はピアノ、ドラムス、作曲などを学び、音楽活動に取り組んでいる。1
 1997年にアリーナに2代目ギタリストとして参加すると、瞬く間にプログレッシヴ・ロック・ファンの間で人気になり、2006年にはイッツ・バイツにもフランシス・ダナリーの代わりとして、ボーカル&ギター担当でメンバーに加わった。

 彼の尊敬するミュージシャンは、トレヴァー・ラビンとフランシス・ダナリーだそうだが、ジョン自身も彼らと同じようにマルチ・ミュージシャンだ。
 とにかく、今のプログレッシヴ・ロック界を代表するワーカホリックでもあり、自分はスティーヴン・ウィルソンとロイネ・ストルト、そしてこのジョン・ミッチェルの3人をプログレ界の三大ワーカホリックと呼んでいる。

 とにかくアリーナとイッツ・バイツだけでなく、キノ、フロスト*、ジ・アーベインにも在籍しているし、ジェスロ・タルの元ギタリストのマーティン・バレのバンドではボーカリストとして活躍している。また、Aというバンドではベース・ギターを弾いている。
 それ以外にも、様々なバンドのエンジニアやプロデューサーとしても活動しているし、そしてまた当たり前のようにソロ活動も行っている。

 2014年に、ということは彼が40歳を過ぎてからということだが、自分の手で最初から最後まで完全にコントロールされた音楽をやろうと決意したそうで、しかも内容的にはSF的で人類の発展に関するようなものをプログレッシヴ・ロックを通して表現したいと考えたようだ。
 そうやって発表されたのが2015年のアルバム「プリーズ・カム・ホーム」であり、バンド名はザ・ロンリー・ロボットと名付けられていた。510niqkqusl
 このアルバムは彼の音楽的な方向性が示されていて、宇宙飛行士の旅がテーマになっていた。しかも3枚のアルバムを通してテーマを完成させるとのことで、ザ・ロンリー・ロボット名義では、少なくとももう2枚は発表される予定になっていた。

 そしてそれから約2年後、2017年4月にセカンド・アルバム「ザ・ビッグ・ドリーム」が発表された。このアルバムのコンセプトは、宇宙飛行士を宇宙から切り離し、奇妙で見知らぬ環境に身を置くことというものらしい。
 ジョンはまた、アラン・シルヴェストリの「コンタクト」、クリント・マンセルの「月に囚われた男」のようなSFに対するサウンドトラック的愛情を抱いていて、そういう音楽を目指していると述べている。

 それでこの「ザ・ビッグ・ドリーム」のアルバムについて聞いてみたが、全11曲のコンセプト・アルバムだった。前作の「プリーズ・カム・ホーム」は3人編成のバンド形式で制作されていて、それに多くのゲスト・ミュージシャンが参加していた。

 今回のセカンド・アルバムでは、基本的にはジョンとドラムス担当のクレイグ・ブランデルの2人で制作されていて、ゲスト・ミュージシャンもバッキング・ボーカルとナレーション担当などの3人だけだった。

 だから、ジョンはギターだけでなく、キーボードにベース・ギター、チェロにハープとハーモニウム、アイリッシュ・ホィッスルなどのドラムス以外の全ての楽器を担当していた。81gcij4ecl__sl1500_
 1曲目は"Prologue(Deep Sleep)"というインストゥルメンタルで、ピアノやストリングス・キーボードを背景にナレーションが流れて行く。
 間を置かずに2曲目の"Awakenings"が始まる。雰囲気としてはスティーヴ・ハケットの曲風にメロディアスなフレーズを乗せたような感じで、サビの部分は耳に残る。3分過ぎに一旦ブレイクして静寂が訪れ、エモーショナルなギター・ソロが始まって曲を盛り上げていく。

 続く"Sigma"も5分少々の曲で、リフレインのところの"Sigma Sigma"と叫ぶところが印象的だった。ミディアム・テンポの曲で"Awakenings"ほどヘヴィではない。こういうメロディアスな曲も書けるところがジョン・ミッチェルの特長だろう。間奏のギターも伸びがいいし、ストリングス・キーボードとの絡みもドラマティックである。

 "In Floral Green"では、アルバム冒頭の"Prologue"で使用されたメロディが繰り返される。どうやらこのメロディがこのアルバムを貫くメイン・テーマのようだ。
 静かなバラード・タイプの曲で、プログレッシヴ・ロックというよりも、叙情的なロック・アルバムに収められていそうな曲だ。後半に短いギター・ソロが用意されているが、テクニック的には素晴らしいと思う。この曲では、ギタリストのジョンよりもソングライターとしてのジョンの資質が発揮されている。

 5曲目の"Everglow"は一転してハードな曲になっていて、テクニカルなジョンの才能が垣間見える。煌びやかなキーボードの音とバックのピアノが印象的だが、3分20秒過ぎからエフェクティヴなギター・ソロが始まる。ただ30秒くらいしか続かないので、ギター小僧には物足りないだろう。

 "False Lights"は変拍子を用いてリズムに凝っている曲で、コーラス部分が3拍子に転調されるところが如何にもプログレッシヴである。
 それ以外は、むしろポピュラー・ソングといってもいいような出来具合だ。特に目立つギター・ソロもなく、ソング・オリエンティッドな仕上がりになっている。

 またまたハードな展開になるのが"Symbolic"という曲で、車の運転時に聞いてみたいノリのよい楽曲だ。ライヴのオープニングの時などにも聞いてみたい曲だと思う。
 ジョンはテクニカルなギタリストなのだが、スタジオ盤ではあまり弾きまくる様子はない。それでもこの曲では印象的なギター・ソロを展開している。もっと目立てばいいのにと思わず声を出して応援してしまう。

 8曲目の"The Divine Art of Being"になると、80年代のジェネシスかあるいはマイク&ザ・メカニクスの曲のように思えてしまう。2曲目から徐々にライトに、そしてポップス化してしまうのがこのアルバムの特徴だろう。演奏よりも歌ものとして捉えた方がいいのかもしれない。

 2曲目から8曲目までは、ほぼ5分前後の曲でまとめられていて、非常にバランスがいいのだが、アルバム・タイトル曲の"THe Big Dream"は8分2秒の最も長いトラックになっている。
 この曲は、2曲目の"Awakenings"のようなダークな雰囲気をまとっていて、やはりスティーヴ・ハケットの曲を思い出してしまった。そしてこの曲には歌詞がない。つまりインストゥルメンタルなのである。だから、ボーカル入りの曲は初期のマイク&ザ・メカニクスであり、インストゥルメンタルはスティーヴ・ハケットを意識しているのかもしれない。ギターの入り方などはよく似ている。

 スペイシーな前奏からエフェクティヴなギター・ソロ、そしてナレーションを挟んで落ち着いたかと思うと、今度はスローでエモーショナルなギター・ソロが響いてくる。これらの演奏を聞けば、確かにジョンは今の時代を生きるプログレッシヴ・ロックのギタリストということが分かるだろう。

 "Hello World, Goodbye"は3分52秒の短い曲で、アルバムのエンディングに向かうにはふさわしい曲だろう。女性ボーカルも参加していて、叙情的な雰囲気を醸し出している。ジョンのギターも情感が込められているようで、とても印象的だった。

 最後の曲"Epilogue(Sea Beams)"はリリカルなピアノ・ソロで始まり、アイリッシュ・ハープが色どりを添えている。ここにはジョンのギター・ソロは添えられていない。71firfp8rsl__sl1200_
 国内盤には、もう3曲ほどボーナス・トラックが用意されているようだが、その中の"Why Do We Stay?"という曲では、元タッチストーンというバンドの女性ボーカルだったキム・セヴィアーとジョンがデュエットしていて、これがまた印象的なのだが、でもどう聞いてもこれはポップスの分野だろうと思った。シングルにしたら、かなり売れるのではないだろうか。

 とてもよくできたアルバムで内容的にも十分だと思うのだが、強いて欠点を挙げるなら、もう少しギター・ソロを聞かせてほしいという点だろうか。これが3部作の2作目というから、3作目にはその点も期待したい。

 いずれにしても、プログレッシヴ・ロックの発祥の地でもあるイギリスでは、スティーブン・ウィルソンの最新作のように、メロディアスなプログレッシヴ・ロックが主流なのかもしれない。

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2018年2月 5日 (月)

ベアードフィッシュ

 今までイギリスのビッグ・ビッグ・トレインや彼らのアルバムについて述べてきたが、今回はその関連として、ビッグ・ビッグ・トレインに参加しているリカルド・ソーブロムが所属していたバンドについて記そうと思う。

 そのバンドの名前はベアードフィッシュといった。スウェーデンで生まれたバンドで、結成は2001年だった。そのバンドで、リカルドはメイン・ボーカルとキーボードを担当していた。

 他のメンバーには、ギタリストのデヴィッド・ザックリッソンとドラマーのマグナス・オステグレン、ベーシストのロベルト・ハンセンがいた。そして、2003年からはもう一人のキーボーディストであるステファン・アロンソンも加わって、5人体制で活動していた。

 これはどうでもいい話かもしれないけれど、ステファンは元々はリカルドらと一緒に活動をしていたが、2003年のデビュー・アルバムを発表する前には脱退していた。だから正確に言うと、彼は出戻りということになる。Beardfish20121024x682
 それはさておいて、バンドは徐々に人気が出てきて、スウェーデン国内では国外のメジャー・バンド、例えばドリーム・シアターの公演などでは、そのオープニング・アクトを務めるようにもなった。
 また、2006年にはプログレ系大手のレーベルであるインサイド・アウト・ミュージックと契約を結び、セカンド・アルバムを発表するとすぐに世界中に名前が知れ渡るようになり、それ以降は定期的にアルバムを発表しては、国内外でライヴ活動を行うようになっていった。

 自分が最初に聞いたアルバムは、2009年に発表された彼らの5枚目のスタジオ・アルバム「デスティンド・ソリティア」だった。61sqak2gfml
 一聴した限りでは、プログレッシヴ・ロックというよりは、プログレ風なハード・ロックという感じだった。
 たとえばこのアルバムの冒頭では、いきなりハモンド・オルガンが鳴り響き、重いリズムに乗ってギターとオルガンのユニゾンに繋がってゆくのである。そして、その後ろからは微かなメロトロンが申し訳なさそうに聞こえてくるのだ。

 3分過ぎにはベース・ギターのソロ・プレイもあって、なかなか豪華な盛り付けである。リカルドの考えなのだろうけれど、シンセサイザーやソリストなどのキーボードが代わるがわるに現れては消えていく。キーボードの大祭のようだ。

 このインストゥルメンタルの曲"Awaken the Sleeping"の次にはボーカル入りのアルバム・タイトル曲の"Destined Solitaire"がほとんど継ぎ目なく始まる。1曲目よりもテンポがよくて力強い。まさにハード・ロックだろう。

 それに自分の嫌いなデス・メタルのような、いわゆる“デス声”も一部で歌われているので、ちょっと困る。そんな自分の不安をわかってくれたのか、5分過ぎにはアコースティック・ギターが使用され、続いてエレクトリック・ギターがハードに奏でられ、長いギター・ソロが始まる。結構デヴィッドも頑張っているようだ。ひょっとしてこの曲は組曲形式なのだろうか。10分51秒と長い曲だった。

 次の曲も15分21秒もある"Until You Comply"という曲で、メロディ自体はポップで気持ち良いのだが、やはり基本はハード・ロックなのである。それでも、しいて言えばハード・ロックを展開するE,L&Pといった感じだろうか。
 緩急をつけた曲展開が時間の長さをそんなに感じさせない。ひょっとしたら彼らは、スウェーデンのドリーム・シアターかクイーンズライチを目指していたのかもしれない。

 出だしは変拍子を用いたメロディアスな曲調で、ハモンド・オルガンがガンガン前に出ているが、徐々にタンバリンやSEも使用されるようになり、単なるハードなロック・バンドでは出せない雰囲気を見せるようになって行く。

 5分過ぎから転調されて穏やかな様相を呈していくが、これは単なるつなぎに過ぎず、ボーカルはピーター・ガブリエル化していき、それにあわせて様々なコーラスが煌びやかに加わる。後半の3分はまさに戦場と化していて、エフェクティヴなギターが炸裂し、ハモンド・オルガンとグランド・ピアノが締めくくるといった感じだった。

 4曲目の"In Real Life There is No Algebra"は、まさにベアードフィッシュ流のポップ・ソングだろう。しかしここまで聞いてやっとわかったことだが、ひょっとしたら彼らは“ハードなE,L&P風ロック”ではなくて、“ハードなジェントル・ジャイアント風ロック”ではないだろうか。

 特にこの曲を聞けば、彼らは“21世紀のジェントル・ジャイアント”ということが理解できると思う。このボーカル、それに付随する奇妙なコーラス、変拍子の多いリズムなどは、まさにジェントル・ジャイアントからの遺伝子を感じさせてくれるのであった。

 5曲目の"Where the Rain Comes In"は、軽快なリズムに乗って始まり、2分近い前奏のあとボーカルが入ってくる。そのあと転調して曲が変化していくのだが、この変拍子や曲構成などは、まさにジェントル・ジャイアントである。
 だから9分近い曲もそんなに長く感じさせないし、中盤からはハモンド・オルガンとともにメロトロンも使用されているので、自分のようなメロトロン信者は思わず随喜の涙を流してしまうのである。

 続く"At Home...Watching Movies"は1分53秒の曲だったので、これはインストゥルメンタルだろうと予想していたのだが見事に外れてしまった。確かにアコースティック・ギター主体の短い曲だったが、しっかりとボーカルが入っていた。
 逆に、その次の"Coup De Grace"は9分49秒と長いのだが、こちらの方がインストゥルメンタルで、見事にだまされてしまった。

 軽妙なアコーディアンで始まり、序盤は異国情緒が溢れていたが、中盤になると重たいハモンド・オルガンがフィーチャーされて行き、終盤になるとエレクトリック・ギターが表に出てきてアコーディオンと融合し、加えて各種キーボードもミックスされて、最後はメロトロンで包み込まれて行った。よく練られた楽曲だと思う。

 "Abigail's Questions (In an Infinite Universe)"も9分12秒と長い曲なのだが、短いイントロの後すぐにボーカルが入り、それから次々と転調して行く。基本はキーボードなのだが、ハモンド・オルガンだけでなく、シンセサイザーやソリスト、メロトロンなど様々な楽器が使用されているし、5分過ぎからは女性ボーカルも加わり、まさにシアトリカルな展開が繰り広げられてゆく。そう考えると、今どき珍しいロック・バンドといえるだろう。
 最後はエレクトリック・ギターも全面的に押し出されて、デヴィッドも頑張っているのがよくわかった。

 9曲目の"The Stuff That Dreams Are Made Of "もまた10分40秒と長い。しかしただ単に長いだけでなく、エキセントリックなボーカルや演劇的な曲調、技巧的な曲構成などはまさに“今を生きるジェントル・ジャイアント”といってもいいくらいだ。
 曲自体は3部構成になっていて、序盤はボーカルとキーボードが引っ張っていき、中盤はデヴィッドのギター・ソロが配置されている。8分過ぎにはメロトロンが少しだけ顔を出してエンディングに向かって走り出して行く。この辺はジョン・ロード主体のディープ・パープルっぽい。もう少しギターも暴れてほしかった。

 というわけで、結構このアルバム気に入っていて、2011年に発売された「マンモス」もアマゾンで購入したのだが、結局、品切れのようで現物を手に入れることはできなかった。今は販売されているようだが、同じ轍は踏まないようにしていて、それからは手を出していない。天下のアマゾンでも不可能なことはあるようだ。

 それはともかく、ベアードフィッシュは、2012年にはフライング・カラーズの、翌2013年にはスポックス・ビアードのオープニング・アクトとしてヨーロッパ中をツアーしていた。
 その間にはスタジオ盤の制作にも取り組んでいて、2012年には「ザ・ヴォイド」を、2015年には「+4626‐コンフォートゾーン」を発表している。61ruzljnujl
 自分は8枚目のスタジオ・アルバムである「+4626-コンフォートゾーン」の方を購入して聞いたのだが、いい意味でも悪い意味でも、洗練されて聞きやすくなったというのが本音である。個人的にはテクニカルでシアトリカルな部分が少し引いたようで、自分としてはむしろそちらの部分をもっと表面に出して欲しかった。

 このアルバムはトータル・アルバムのようで、"The One Inside"という曲がパート1からパート3まで散りばめられていて、その間にボーカル曲が置かれている。

 Part1には"Noise in the Background"という副題が付けられていて、SEのようなつぶやきからもの悲し気なストリングスが演奏される。
 1分47秒過ぎには2曲目の"Hold On"が始まるのだが、これがまた曲構成は複雑なものの、全体としては聞きやすい曲だ。7分40秒以上あるが、メロディアスなのである。これを4分程度にまとめれば、十分ヒットを狙えるのではないだろうか。

 3曲目の"Comfort Zone"もまた9分34秒という長尺曲になっていて、彼ら特有の変拍子や転調、複雑な曲構成を持っている。珍しく最初からメロトロンが使用されていて、自分のようなメロトロン信者にはうれしい限りである。
 これもまた美しいメロディを伴ったサビを持った曲で、日本の有線放送で流せば結構有名になるのではないかと思わせるほど日本人の琴線に触れるようなメロディだ。

 "Can You See Me Now?"は彼らにとっては短い曲で、これまた超ポップな曲だ。スウェーデンといえば、70年代のABBAを思い出すのだが、あそこまではいかないけれども間違いなくスウィーデッシュ・ポップの系統に属する曲で、久しぶりにスウィーデッシュ・ポップという言葉を思い出させてくれる3分44秒だった。

 続く"King"という曲も5分43秒と、本来の彼らからすれば長いとは言えないだろう。これもベアードフィッシュ流イージー・リスニング曲で、かつてのハード・ロック風音楽という片鱗がほんの少しだけ聞ける曲に仕上げられている。それでもデス声はもう聞くことはできない。あれだけ嫌だったデス声もこうなると懐かしくなってくるから不思議だ。

 6曲目の"The One Inside: Part2"はアコースティックな感じの曲で、ホッと安心してしまった。副題として"My Companion Through Life"が付けられていて、確かに人生を通して友人にしたいような曲でもある。

 一転して、本来のハードな味わいが十分発揮されているのが、"Daughter/Whore"で、デヴィッドの演奏するエレクトリック・ギターが前面に押し出されているので、そう感じさせてくれるのであろう。3分過ぎのギター演奏は、ラッシュのアレックス・ライフソンを連想させてくれた。かなりテクニカルなギター奏者のようだ。81jcdtn2ypl__sl1095_
 8曲目の"If We Must Be Apart"には"A Love Story Continued"というサブタイトルが付随している。15分34秒と、このアルバムの中では一番長い曲でもある。
 ミディアムテンポな導入部では、シンセサイザーを含むキーボードやベース・ギター、エレクトリック・ギターなどがそれぞれの役割を果たしながらボーカル部分へと繋いでいく。2分30秒過ぎにはアコースティック・ギターに導かれてボーカルが始まる。

 意外と牧歌的な導入部からメロディアスな中間部へと移行していくのだが、やはりかつてのメタリックな部分は影を潜め、比較的穏やかに進行していく。7分55秒あたりからギターが強調されてピッチも上がってゆくところが、以前の面影をしのばせてくれた。少しおとなしいのではないかと思うのだが、彼らの音楽的な志向なのだろう。

 11分過ぎからはさすがにエンディングを意識してか、一旦収束して再び盛り上がっていこうとするのだが、またまた沈静化するのが残念な気がする。一気に最後まで突っ走ってほしかった。最後はアコースティックに終わっていったが、ちょっと消化不良のような気がしてならない。

 9曲目の"Ode to the Rock'n'Roller"はタイトルからして期待させるものがあり、最初からデヴィッドのギターも目立っているのだが、テンポはそんなに速くはないので、全体的にはロックン・ロールという感じはしなかった。ベアードフィッシュ流ロックン・ロールと考えれば、理解できるかもしれない。

 それでも3分40秒過ぎからギター・ソロが始まり、時々ボーカルとかぶりながらも目立っているところがよいと思う。相変わらず転調が多くて技巧的なのだが、最後までギターとボーカルは頑張っていた。これも7分20秒もあるのだが、あっという間に終わってしまった。

 最後の曲は"The One Inside: Part3"でパート1からパート3の中で一番長い曲だ。ただ長いと言っても、4分33秒だから彼らにしてみれば、短い方かもしれない。
 この曲にも"Relife"という副題がついているが、全体を通して“(魂の)再生”か何かをテーマにしているのだろう。
 この曲はごく普通の感じの曲なので、特に印象に残るようなポイントはなかった。逆に、ボーカルの表現力のうまさが目立った。リカルドが歌っているのだろうが、以前の作品よりも表現力や歌唱力が向上してきたような気がした。

 いずれにしてもスリリングな曲展開やテクニカルな演奏はやや影を潜め、全体として歌ものアルバムに仕上げられていた。それはそれなりに素晴らしいとは思うのだが、個人的には「デスティンド・ソリティア」の方が気に入っている。

 この21世紀にジェントル・ジャイアントのDNAを受け継ごうとしたバンドがいただけでも驚異である。ジェネシス風やキング・クリムゾン風のバンドはあまたあるが、ジェントル・ジャイアント風のバンドとなると、そう滅多にお目にかかれるものではないからだ。

 バンドのリーダーだったリカルド・ソーブロムは、2014年からビッグ・ビッグ・トレインとともに行動を開始していた。最初はツアー・メンバーとしてギターやキーボードを担当していたのだが、彼の才能の豊かさに気づいた他のメンバーからの要請と、本人もこのバンドで自分の居場所を見つけたのだろう、すっかり馴染んでしまい、ついにはバンドに加入してしまったのである。

 だからこのアルバムを制作していた時のリカルドは、二足の草鞋を履いていたことになる。おそらく発表時にもビアードフィッシュの解散などは考えてはいなかったに違いない。Maxresdefault
 バンドの正式な解散発表は、このアルバムの発表後の約1年半後の2016年7月だった。残念なバンドを失ってしまったが、ひょっとしたら何年かたってからの再結成はあるような気がする。その時は、さらにスケールアップしたビアードフィッシュが期待できるに違いない。

 最後に一言、このバンドのアルバム・ジャケットももう少し何とかならないだろうか。ムーン・サファリといいベアードフィッシュといい、スウェーデンのプログレッシヴ・ロック・バンドはあまりジャケットには関心がないのだろう。

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2018年1月29日 (月)

ビッグ・ビッグ・トレイン(3)

 先週に引き続き、今回もイギリスのプログレッシヴ・ロック・バンドのビッグ・ビッグ・トレインのことについて記そうと思う。Big_big_train_band_members_november
 前回は、「グリムスパウンド」についてだったが、今回は昨年の6月に発表された「ザ・セカンド・ブライテスト・スター」である。前作から2ヵ月あまりで発表されたことになる。

 1年間で2枚のフル・アルバムが発表されたわけだが、この2枚のアルバムは2016年に発表されたアルバム「フォークロア」のアウトテイク集を基本に生まれた。
 「フォークロア」に収録できなかった曲に新曲を加えて制作されていたが、この11枚目のスタジオ・アルバムにあたる「ザ・セカンド・ブライテスト・スター」では、「フォークロア」と「グリムスパウンド」に収めきれなかった曲も含まれていた。

 それで、「ザ・セカンド・ブライテスト・スター」には10曲が含まれていて、72分を超える超大作になっている。全体的な音楽性は、前作や前々作を踏襲しているようで、だから「フォークロア」、「グリムスパウンド」と合わせて、全3部作だと思っている。61uccscxexl
 1曲目のアルバム・タイトル曲"The Second Brightest Star"は7分17秒の曲で、デヴィッド・ロングダムが書いている。
 しっとりとしたピアノ・ソロで始まるが、この冒頭の部分は英米人の子どもならだれでも知っている"Twinkle Twinkle Little Star"のリズムを使っているそうだ。
 それから、この"The Second Brightest Star"とは、おおいぬ座のシリウスのことで、太陽の次に天空で明るく輝いている恒星だ。アルバム・ジャケットにも描かれている。

 この曲が生まれた経緯は、同窓会の案内が書かれた手紙からだった。デヴィッドは40年振りに旧友に会いに出かけたわけだが、その時の情景が綴られている。そして5分過ぎからの叙情的なギター・ソロとファンファーレのようなトランペットが、友人との変わらぬ絆を譬えているかのようだ。

 2曲目は、レイチェル・ホールの作曲したインストゥルメンタル"Haymaking"だ。彼女の演奏するバイオリンがフィーチャーされていて、春の日の小径を駆け抜けるような明るさと軽快さに満ちている。途中からエレクトリック・ギターとフルートが、エンディング近くではピアノも被さってきて、さらなる盛り上げを聞かせてくれた。
 
 実際、デヴィッド・ロングダムは、この曲は自転車で野原や泥の小道の上を走った子どもの頃の思い出を連想させると述べている。ちなみに"Haymaking"とは、春の終わりから初夏にかけての枯れ草を干すことを意味していて、この曲調にピッタリと合っている。

 それから"Make hay while the sun shines"という諺があって、“日が照る間に干し草を作れ”ということは、“チャンスを逃すな”とか“できるときにやっておけ”とかいう意味になるが、デヴィッドは、2016年から17年のビッグ・ビッグ・トレインの状況と照らし合わせながら、この曲を演奏したという。
 つまり、彼ら自身も今の状況が創作意欲のピークに達していると考えているようで、バンドのキャリアが最高点に届くように、自分たちの音楽を進化させようと考えているのであろう。

 3曲目の"Skylon"は、アルバム「フォークロア」の時には出来上がっていた曲だったが、時間の制約でアルバムには収録されなかったものである。時間的には6分少々とそんなに長くはないのだが、曲作りにはデヴィッドだけでなく、グレッグ・スパウトンとリカルド・ソーブロムも関わっていたから没にはしたくなかったのだろう。
 叙情的でミディアムテンポの曲で、4分過ぎの転調から急に盛り上がっていく。ある意味、ジェネシス的な展開を持った曲で、彼らの最も得意とする曲構成だろう。

 "Skylon"とは、世界で初めて開催された1851年のロンドン万国博覧会を記念して、その100年後にテームズ川の南岸で開かれた“英国万博”で建設された記念塔の名前である。その塔は、地上から15mあたりで3本の鉄柱で支えられていて、遠くから見ると、まるで空中で浮遊しているかのようだったと言われている。

 頂上部は地上から約90m離れていて、観光客には落雷の危険性があると言われていたので、ロープを張って人を進入させないようにしていた。
 "Skylon"は、大英帝国の第二次世界大戦後の復興のシンボルとして建築されたもので、隣には"Dome of Discovery"というドームが併設されていた。00_dome_of_discovery_and_the_skylon
 "Skylon"は、翌年まで記念塔として場所を移されて保存されていたが、ウィンストン・チャーチルの命令で解体されて、一部はお土産として販売され、残りはスクラップとして埋められてしまった。この曲には、そういう“栄枯盛衰”のような心情も込められているようだ。

 2分余りのインストゥルメンタルは、"London Stone"という曲で、アコースティック・ギターとピアノだけで構成されていた。日本人には分かり辛いのだが、"London Stone"はローマ帝国の昔に道路の舗装に使われていたり、中世では街の区割りの目印として置かれていたらしい。英国人にはなじみ深いのだろう。

 同時にこの曲は、「フォークロア」の中の"London Plane"の導入部から引用されていて、リカルドはこの曲からアルバム「グリムスパウンド」の中の"A Mead Hall in Winter"に発展させていた。
 一説によると、リカルドのアコースティック・ギターの音程がズレていたが、それを再録音する時間がなくて、結局、新しい曲"A Mead Hall in Winter"を作ったのだと言われている。

 そしてグレッグ・スパウトンは、さらに"London Plane"のイントロ部分を、この「ザ・セカンド・ブライテスト・スター」の中の"Turner on the Thames"に改編して使用している。
 自分はそんなにイマジネーションをかき立てられる曲とは思えなかったのだが、魅力的なモチーフは手を変え品を変え、変化しながら幾度も使われていくのだろう。

 5曲目の"The Passing Widow"は、夫を亡くした女性がこれからひとりで生きていこうとする決意を込めた曲になっていて、ピアノ演奏をバックにデヴィッドが力強く歌っている。
 また、曲のモチーフには71歳のロージー・スウェイル・ポープのことも含まれていた。彼女の夫のクライヴは、2002年に前立腺癌で亡くなっているのだ。

 ロージーも最初は喪失感から悲しみのあまり何も手につかなかったようだが、持ち前の明るさによって徐々に元気を取り戻し、ついには5年をかけてマラソンで世界一周したり、2015年にはニューヨークからサンフランシスコまで完走したりしている。ビッグ・ビッグ・トレインが生存している人をテーマに選んで曲を書いたことは、珍しいと思う。B2af720cce3b4830dfd256f05741b2b8
 上記にもあるが、ほとんどピアノ1台でのバラード曲で、曲を作ったのはレイチェル・ホールだった。彼女が作曲した曲だからだろう。2分過ぎからバイオリンが使用されているが、そんなに目立ってはいない。バック・コーラスで歌っているからなのかもしれない。

 6曲目は"The Leaden Stour"という曲で、ドーセット州で一番長い川の名前を指すらしい。長さは約61マイルだから約97kmくらいだろう。
 この曲も落ち着いた曲で、それぞれの楽器がそれぞれの役目を忠実に果たしていて、今のバンドの良い状態を表しているようだ。

 4分20秒過ぎから転調されて、少し駆け足になる。それとともにホルンなどの金管楽器も使用されて楽曲に膨らみを持たせたままエンディングに向かっていく。少しジャージーな展開になるところが、これからのビッグ・ビッグ・トレインの新機軸になるに違いない。

 グレッグ・スパウトンは、この川の近くの丘を歩いているときに、様々なこの曲のメロディが浮かんで来たそうで、彼は歩きながらiPhoneに吹き込んでいたという。もちろん周りに誰もいない時を選んでやったというが、最近の作曲の仕方も変わってきたものである。

 またこの曲にはいくつかの哀しい話が込められていて、1803年にはある男が自分の父親を殺そうと思って他の男と共謀して殺害をし、結局、起訴され処刑されている。
 また、1908年には2人の姉妹が霧に迷ってしまい川に落ちて亡くなったし、2011年にはジョン・エッギング大尉が、川の隣の野原に墜落死している。こういう悲劇はおもに100年ごとに起きているのだろうかと、グレッグは呟いている。

 7曲目の"Terra Australis Incognita"もまたインストゥルメンタルで、「グリムスパウンド」の中の曲"Experimental Gentlemen"の最後のテーマを借用して作られたもの。タイトル名の意味は、“南半球の未開の地”というものらしい。
 キャプテン・クックもこの未開の地を探して遠洋の旅に出たようだが、最終的には見つけることはできなかった。見つかったのは、南極大陸とオーストラリアだけだったが、ダニーの演奏するピアノとシンセサイザーは、スペイシーな雰囲気と少しばかりの幽玄さに満ちている。

 8曲目の"Brooklands Sequence"は17分33秒の大作で、元々はアルバム「フォークロア」の中にあった曲の続編になる。
 ⅰ)On the Racing Lineとⅱ)Brooklandsの2部構成で、前半はテクニカルなジャズ・ロック風で、5分過ぎからバイオリンでクール・ダウンした後では、ボーカルが挿入されて一気に緊迫感が高まっていく。この辺の緩急のつけ方は見事だと思う。

 また、"On the Racing Line"は、「グリムスパウンド」の中にあったインストゥルメンタルで、原曲は5分程度だった。オリジナルの"Brooklands"は12分少々の長さだった。だから、この曲順で行くと「グリムスパウンド」と「フォークロア」の曲を繋げたことになる。
 この「ザ・セカンド・ブライテスト・スター」でもほぼ同じ時間数で2曲が繋がれていたが、違和感はほとんどなかった。

 10分過ぎからのボーカル終了後、元のジャズ・ロック風に戻っていき、ボーカルが再び戻り、リリカルなピアノの調べに誘われて、一気に最後まで走り抜けていく。この部分の演奏は、このアルバムの白眉ではないだろうか。カーヴド・エアやダリル・ウェイのアルバムでは味わえない緊張感である。

 "London Plane Sequence"も「フォークロア」にある曲を再編集したもので、こちらも2部構成である。ⅰ)Turner on the Thamesは最初のアコースティック・ギターの部分で、3分程度だが、それに続く"London Plane"は10分少々と長い。曲の長さでは原曲とあまり変わっていないようだった。

 この曲は、「ザ・セカンド・ブライテスト・スター」の4曲目にあたる"London Stone"と「フォークロア」"London Plane"を合体させた曲で、本当に自然な感じで結ばれている。
 だから全体を通して聞くと、アルバム1枚で同じようなフレーズが出てくるため、壮大なシンフォニーを聞いているようだ。

 さらには、「フォークロア」と「グリムスパウンド」、それに「ザ・セカンド・ブライテスト・スター」の3枚を通して聞くと、それぞれの曲の一部が他のアルバムの曲とつながっているため、3枚のアルバムで組曲のような演出が施されている。こういう方法論は考えて行ったわけではなくて、彼らの内面から自然と生まれてきたものであろう。何度も言うようだが、それだけ創作意欲が高まっている証左でもあろう。

 "Brooklands Sequence"は全体的に緊張感のあるテクニカルな楽曲だったが、"London Plane Sequence"の方は8分過ぎまでは比較的穏やかな感じで、8分過ぎから約2分間程度、これまたカンタベリー系のジャズ・ロックに行きつく。

 ボーカル部分はたおやかで、演奏部分はハードなジャズ・ロックという感じだろうか。13分という時間の長さを感じさせないところが素晴らしい。最後はきちんとまとめていくところがビッグ・ビッグ・トレインの特徴でもある。

 最後の曲の"The Gentlemen's Reprise"は、3分余りのインストゥルメンタルで、これまたアルバム「グリムスパウンド」の"Experimental Gentlemen"の残滓なのかもしれない。作曲者も同じグレッグ・スパウトンだし、似通っている部分もある。
 途中、ボーカルっぽい声が入るのだが、何を言っているのかよくわからないので、インストゥルメンタルにしているのだろう。

 とにかく、現在のプログレッシヴ・ロック界を代表するビッグ・ビッグ・トレインである。制作意欲や創造力、楽曲水準に関しては、今が一番ピークなのは間違いないだろう。Screenshot20160509at9_38_03am
 2018年から2019年にかけては、ライヴ活動やレコーディングに当てるといっていて、次のスタジオ・アルバムは2020年頃に発表すると述べているが、この分ではもう少し早く耳にすることが可能なのではないだろうか。

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2018年1月22日 (月)

ビッグ・ビッグ・トレイン(2)

 イギリスのプログレッシヴ・ロック・バンドのビッグ・ビッグ・トレインについては、昨年末に簡単に説明した。要するに、今を生きる正統的なプログレッシヴ・ロック・バンドということで、2枚のアルバムについて紹介したつもりだ。

 そして、それから約1か月たった時に、彼らの昨年1年間の活動について調べたところ、意外なことが分かった。彼らは、昨年1年間で2枚のスタジオ・フル・アルバムを制作し、発表していたのだ。驚くべき創作意欲の表出であり、しかも高レベルでの水準を維持していた。彼らの意欲や創造力が、ある意味、ピークに達しているのではないだろうか。

 今回紹介する2枚のアルバムのうち、4月に発表されたのが「グリムスパウンド」というアルバムで、前作の「フォークロア」から約1年あまりたってのリリースになった。

 ちなみに彼らは、この間に「ア・ストーンズ・スロー・フロム・ザ・ライン」という2枚組ライヴ・アルバムも発表している。これは2015年のイギリス・ツアーから収録されていて、8人組編成になってからのもので、主に最近のアルバムからの曲が選ばれていた。51jz7otayzl
 また、2016年の「プログレッシヴ・ミュージック・アワード」では、「バンド・オブ・ザ・イヤー」と「アルバム・オブ・ザ・イヤー」、「ライヴ・イベント」の3部門でノミネートされていたが、その中で「バンド・オブ・ザ・イヤー」と「ライヴ・イベント」の2部門で受賞されていた。ついにビッグ・ビッグ・トレインも世界的なバンドとして認知を受けたというわけだ。

 このライヴ・アルバムもそうなのだが、2014年からビッグ・ビッグ・トレインにバイオリン、ビオラ奏者やキーボード・プレイヤーが参加したことから、空間的で色彩的なサウンド構成がなされており、一分の隙も無い叙情的で、かつテクニカルな楽曲にまとめられている。
 だから、どの曲も聞きこんでいくうちに、イマジネーションが広がっていき、壮大な音世界に身を任せることができるのである。

 「グリムスパウンド」は、全8曲の約68分になっていて、長い曲で15分、短いもので3分程度のものまであり、そういう意味ではバラエティに富んでいるかもしれない。
 前作の「フォークロア」に収録できなかった曲は"Grimspound"と"Skylon"だったが、その内の"Grimspound"は、このアルバムに収められることになった。91kdfa291ol__sl1500__2
 その"Grimspound"とは、グリム童話とは全く関係がないようだ。これはアングロサクソン人が神と呼ぶ“グリマ”から来ていて、またの名をウォーデン(ヴォーデン)というらしい。
 このウォーデン(ヴォーデン)という神が現れるときには、“ヒュージン”と“ミュージン”と呼ばれる2羽の大鴉から先導されるという伝承があり、そのうちの1羽がアルバム・ジャケットに描かれている。

 曲調としては、“穏やかなジェネシス”といったところか。メロディアスかつミディアム・テンポで淡々と進んでいく。中盤はエレクトリック・ギターで盛り上げていき、終盤はギターとキーボードのコラボレーションが施され、エンディングはコーラス・パートで締めていく。まるでムーン・サファリのようだ。

  そういえばアルバム冒頭の曲、"Brave Captain"は4部作の組曲で、時間的には12分32秒もある。この“勇敢な大佐”というのは、第一次世界大戦中のイギリス空軍パイロットで、“空の一匹狼”と呼ばれたアルバート・ボールのことを指している。

 彼はイギリスのみならず、フランスやロシアからも勲章を授けられているくらい勇敢で優秀なパイロットだったが、1917年5月7日に20歳という若さで戦死した。
 昨年はちょうど没後100周年ということもあり、またバンドのメンバーのデヴィッド・ロングトンが1973年の7歳の頃に、たまたま出会ったアルバートの銅像の除幕式の光景をもとにして、この組曲が創作された。

 第1部が1917年の彼の死をイメージしたもので、第2部はデビッドの除幕式の時の思い出、第3部がアルバートの穏やかな人柄や優れた功績、そして戦争の理不尽さを描き、最後の第4部では没後100周年の様子を描いている。

 実際は、彼は一時、戦線から離脱し、イギリスに戻って新兵の徴集などを行っていたのだが、軍本部から国民の戦意を高めるため、また“救国のヒーロー”というイメージ作りのために再び前線に送られたのである。そこには、むしろ悲劇的な死の方が戦意を煽るには望ましいというような意図が隠されていたのではないかと言われている。

 わずか20年しか生きられなかったアルバートだった。いくら勲章をもらっても、もっと生きたかっただろう。そういう悲惨さや哀しみがメロトロンの演奏に込められているようだった。

 2曲目の"On the Racing Line"は、前作「フォークロア」の中の曲"Brooklands"に登場するレーシング場で活躍したジョン・コブというレーシング・ドライバーについてのインストゥルメンタルで、5分12秒という枠の中でダニー・マナーズのベース・ギターとニック・ディヴァージリオのドラムスが縦横無尽に活躍している。まるで、キャラヴァンかハットフィールド&ザ・ノースのようなカンタベリー系のジャズ・ロックを聞いているようだった。

 次の"Experimental Gentlemen"とは、キャプテン・クックの船に乗船した植物学者や科学者のような“実験的精神にあふれた英国紳士”のことを歌っている。彼らのおかげで、様々な標本を集めることができ、科学の普及や人類の進歩につながったという内容の曲だ。

 このミディアム・テンポの曲では、ギターのアルペジオとメロトロンの幽玄な響きから始まり、途中で哀愁味のあるバイオリンやソリーナの調べが奏でられる。5分40秒過ぎから転調し、力強いギター・ソロが展開するが、徐々にフェイドアウトし、最後の2分余りではピアノやキーボード、バイオリンなどとともに、静かなエンディングを迎えていく。

 4曲目の"Meadowland"とは牧草地のことだが、誰でも集える理想郷を意味している。本当はこの曲は、デヴィッド・アンクル・ジャックという人のことを歌っていて、この炭鉱夫は人生のほとんどを地下で過ごしていて、仕事のない時は地表に出て愛犬のペグと一緒に牧草地を散歩していたという。

 本名は、ジョン・ヘンリー・へリングといって、イギリス人にはそれなりに有名のようなのだが、日本とは少し温度差がある。また、この曲の制作中にジョン・ウェットンの訃報が飛び込んできたため、ジョン・ウェットンにも捧げられている。ジョン・ウェットンも、ビッグ・ビッグ・トレインのためにサポートをしてきたからである。

 6曲目の"The Ivy Gate"は、もともと1つの曲だったが、1つにするには困難が付きまとったので、2つに分けて、"Folklore"と"The Ivy Gate"に分けたという。
 また、この曲の最初の女性ボーカルは、元フェアポート・コンヴェンションのジュディ・ダイブルが歌っていて、バックのバイオリンの音色とともにバンジョーも使用されているので、ブリティッシュ・トラッドのような印象を与えてくれる。

 そのフォーキーな曲をプログレッシヴ・ロックの雰囲気に調合していく巧みさに関しては、まさにビッグ・ビッグ・トレインの面目躍如といったところだろう。3分50秒あたりからアタックの強いベース・ギターとハモンド・オルガンがフィーチャーされていき、壮大なシンフォニーへとつながっていく。

 "The Ivy Gate"には家族の悲劇が歌われている。トーマス・フィッシャーは戦争に徴兵されていき、残された妊娠中の妻は夫の無事な帰還を神に祈るのだが、夫は無事に家に帰ってくるものの、その前に、妻は過酷な労働がもとでお腹の中の子どもと一緒に亡くなってしまう。

 夫は信仰を失くし、自暴自棄になり自殺をしてしまうのだが、キリスト教は自死を許さないため、トーマスの亡骸は家族とともに埋葬されることなく、教会の外の墓地に埋葬されてしまうのである。それで、死後、亡霊となって自分の家族が埋葬されているところをさまよい歩くそうである。恐怖というよりも悲劇的な話だろう。

 "A Mead Hall in Winter"は、15分20秒とこのアルバムの中で一番長い曲で、最初の2分はアコースティック・ギターとピアノの演奏で彩られている。
 この曲のデモは、メンバーのリカルド・ソーブロムが作っていて、歌詞パートのメロディはグレッグ・スポウトンが作曲している。

 転調が多くて、何となくイエスっぽい雰囲気も持っていて、バイオリンが使用された少しマイルドになったイエスという感じだった。
 タイトルは「イングランド教会史」の中の一節から借用されていて、祝祭中の教会のホールを横切る鳥の飛行と人生を譬えている。
 また、外は真冬で寒いが、教会の中は暖かい。これは人々が喜び集い合う光り輝く場所を譬えているといわれている。

 最後の曲の"As the Crow Flies"は、まさにアルバム・ジャケットが象徴している“空を飛ぶカラス”のことだが、アルバムのコンセプトは、前作の「フォークロア」と同じように、“科学と科学技術の進歩”を意味している。

 もう一つ、このタイトルには、“個人の独立、ひとり立ち、独立精神”という意味も込められていて、子どもが補助輪なしで自転車に乗るときや初めて学校に登校したとき、初めて家を離れて夜を過ごす時のような人生の転機一つ一つの連続性も含んでいる。71jz0ph95l__sl1200_
 ということで、「フォークロア」と「グリムパウンド」と「ザ・セカンド・ブライテスト・スター」は、結局、“3部作”ということになるのだろう。最初の「フォークロア」を制作したときに収めきれなかったアイデアや曲のモチーフをさらに発展させていったのが、残りの2枚ということになる。

 それで、今回は「グリムスパウンド」の特集になったが、次回は「ザ・セカンド・ブライテスト・スター」について調べてみようと思う。

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2018年1月15日 (月)

ザ・ミュート・ゴッズ

 さて、新年を迎えて約半月が過ぎた。せっかく新しい年を迎えたのだから、新しいバンドを紹介しようと思った。
 ただ、新しいといってもこのブログには新登場という意味で、実際のデビューは2014年と、もう4年にもなる。

 そのバンドの名前はザ・ミュート・ゴッズという。基本的なメンバーは3人しかいないのだが、様々なゲスト・ミュージシャンを迎えて素晴らしいアルバムを発表している。
 彼らが発表したスタジオ・アルバムは2枚しかない。2016年の「ドゥ・ナッシング・ティル・ユー・ヒア・フロム・ミー」と、翌年発表された「タージグレイズ・ウィル・インヘリット・ジ・アース(緩歩動物は地球を受け継ぐだろう)」である。

 アルバムの紹介に行く前に、この3人編成のバンドについて説明すると、3人とは、ギター&ベース、スティック担当のニック・ベッグスとキーボード担当のロジャー・キング、ドラマーのマルコ・ミンネマンである。
 何となく、昔のE,L&Pに似ているようだが、クラシックやジャズ的要素はなく、あくまでも楽曲勝負、アルバム主体のバンドなのである。Mutesfwjpg
 知ってる人は知っていると思うけれど、ニック・ベッグスは元カジャグーグーという80年代のアイドル系のニューウェイヴ・バンドにいた人で、元マリリオンのボーカリストだったフィッシュや、ギタリストのジョン・ミッチェルのアルバムに参加している。
 のちにスティーヴ・ハケットやスティーヴン・ウィルソンのバンドでベース・ギターやスティックを演奏するようになった。もともとプログレッシヴ・ロックが好きだったのだろう。

 ロジャー・キングもスティーヴ・ハケット・バンドのメンバーというか、むしろバンド・マスターだろう。ハケットが最も信頼を置いているメンバーで、アルバムのアレンジやプロデュースなども担当している。彼がいなければ、スティーヴ・ハケットは困ったことになるだろう。

 また、マルコ・ミンネマンの方もスティーヴ・ハケットやスティーヴン・ウィルソンのバンドで活動していて、現在のプログレッシヴ・ロック界で代表的なドラマーの1人だ。
 ドイツ生まれで、子どもの頃から様々な楽器に親しんでいた。主に演奏するのはドラムスやパーカッションで、2010年にドリーム・シアターからマイク・ポートノイが脱退したときに、代わりのドラマーの候補者の1人にもなっていた。

 ただこの3人は、主な担当楽器はあるものの、器用なミュージシャンたちで、それぞれキーボードやギターも演奏できるようだ。ドラマーのマルコでさえもピアノやギターを使ってレコーディングに参加している。ただし、ボーカルに関してはそのほとんどをニックが担当している。

 結成のきっかけになったのは、ニックがロジャーに声をかけたことから始まった。とりあえずスリー・ピースのバンドにしようということで、残りのドラマーを探そうとしたのだが、ニックがスティーヴン・ウィルソンのバンドでマルコとプレイしたことから、割と簡単に決まったらしい。

 上記にあるように、デビュー・アルバムは2016年の1月に発表されたが、曲のほとんどはニックが2014年中に書いていた、それをもとに3人で仕上げをしたものである。9132219kw4l__sl1500_
 アルバム・タイトルは、アメリカの第34代アイゼンハワー大統領が退任演説の時に表明した軍産複合体の危険性と、UFO陰謀説を唱えながら不自然な状況で死体として発見された地質学者のフィル・シュナイダーに因んで、ニックが創作したものである。

 全9曲だが、全体的な印象はスティーヴン・ウィルソンというかポーキュパイン・ツリーをややマイルドにしたような感じだ。3人とも本気で音楽をやっていますよという熱気と真剣さが伝わってくる傑作だろう。

 何しろ3人ともそれぞれ現代のプログレッシヴ・ロック界を代表するミュージシャンだ。演奏能力のみならず、創作意欲や楽曲の解釈力などは群を抜いている。そんなミュージシャンたちが作ったアルバムなのだ。思い込みだけで判断してはいけないと思って、実際に聞いてみたのだが、やはり良かった。

 どの曲も怪しげでダークな雰囲気を帯びているのだが、起伏があり、スティーヴ・ハケットとスティーヴン・ウィルソンの要素を帯びている。
 特に、ロジャー・キングのキーボードは、その入り方はスティーヴ・ハケットのアルバムによく似ているし、SEやミニマルな要素などはスティーヴン・ウィルソンのアルバムによく似ている。

 ただ面白いのは、ニックの80年代の嗜好がところどころで発揮されている点だろうか。特に、3曲目の"Night School for Idiots"だろう。淡々と続く静かなバラードタイプの曲なのだが、まるで6分間のポップ・ソングだった。
 また、最後の曲"Father Daughter"にも優しくてスィートなメロディーが印象的で、耳に残る。4分9秒という短い曲だし、ゲストの女性ボーカルが当時16歳のニックの娘ルーラだったせいかもしれない。歌いやすいメロディーを作ったのだろう。

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 ゲスト・ミュージシャンで思い出したが、このアルバムにはそのルーラを始め、キム・ワイルドの弟のリック・ワイルド、これまたスティーヴン・ウィルソン関連のキーボーディストのアダム・ホルツマン、ドラマーにはスティーヴ・ハケット・バンドのゲイリー・オトゥールやビッグ・ビッグ・トレインのニック・ディヴァージロなどが参加していた。

 そして1年後には、セカンド・アルバムの「緩歩動物は地球を受け継ぐだろう」が発表された。ニックが言うには、このアルバムは“車のドアにしっぽが挟まれたガラガラヘビと同じくらいの怒り”が込められているという。

 国内盤には、それぞれの楽曲に対してのニックのコメントが記載されているのだが、ごく簡単にまとめると、現代社会が抱えている政治や宗教の問題、人類の進歩と調和に資する科学が反対に人類の生存を脅かしているなどの深刻な課題を表現しているという。
 何しろ1曲目のインストゥルメンタル"Saltatio Mortis"が人類のための21世紀の葬送行進曲だと言っているのだから、他の曲も同じような色合いである。

 アルバムには3曲のインストゥルメンタルと8曲のボーカル曲(国内初版盤では9曲)が収められていて、前作よりもスティーヴ・ハケット寄りの作風になっていて、より聞きやすくなっていた。6133mqa9ntl__sl1050_
 スティーヴ・ハケット風とはどういうことかというと、分厚いキーボードと硬めで的確なリズム、切り込むギター、メロディアスな楽曲などである。ボーカルはもちろんニックだが、全曲を通じて意外とマイルドな歌声だ。

 2曲目の"Animal Army"は、70年代のスティーヴ・ハケットのソロの曲をメタル風に味付けをしたような感じで、同じリフとメロディが延々と続いていく。これで曲ができるのだから、基本が大事というお手本のような曲である。

 シングル・カットされたのは3曲目の"We Can't Carry On"で、“もうこれ以上やってられない”という叫びを収めた曲だった。ハードながらも聞きやすい。2分36秒あたりのセカンド・ヴァースのところが一番盛り上がる部分で、この辺の展開はさすがだと思った。

 今までのボーカル曲は5分台だったが、4曲目の"The Dumbing of the Stupid"は7分9秒と長い。この曲は完全にメタルになっていて、ゴス風なエフェクトがかかったボーカルとテクニカルなギター・ソロが聞き物だろう。個人的にはこの手の音楽は苦手ではある。
 ところで、この曲のクレジットにはメンバー3人ともにギターとクレジットされているのだが、速弾きのギター・ソロの部分は、たぶんニックが弾いているのだろう。

 5曲目の"Early Warning"も最初のギターのアルペジオから、これはもうハケット・ワールドである。2分過ぎのフルート音はキーボードで出しているのだろう。ジョン・ハケットはここにはいないからだ。この曲は比較的静かな曲だった。

 一転してアルバム・タイトル曲の"Tardigrades Will Inherit the Earth"はアップテンポの性急な曲になっていて、バックのキーボードのチープな味付けが面白い。何となく、ベルリン三部作後のデヴィッド・ボウイの曲を思い出してしまった。

 7曲目の"Window onto the Sun"もテンポの速い曲で、このアルバムではポップな部類に入るだろう。バックのギターによるハケット風のロング・トーンを活かした演奏に耳を奪われる。ロジャーかマルコが担当しているのだろう。
 ニックはチャップマン・スティックのソロを聞かせてくれている。でも悲しいかな、どの部分がチャップマン・スティックなのかよくわからない。女性の声は娘のルーラだろう。

 8曲目の"Lament"は2分余りのインストゥルメンタル。アコースティック・ギターの音色だと思ったら、ニックの演奏するチャップマン・スティックだった。そうかこれが噂のチャップマン・スティックの音色なのか、やっとわかったぞ。
 というわけで、ニックとロジャーのキーボードが活躍する静かな曲だった。これがアコースティック・ギターなら、これまたハケット・ワールドである。

 9曲目は"The Singing Fish of Batticaloa"というタイトルの曲で、このアルバムの中では8分24秒と一番長い。アルバムを代表する曲だと思っている。
 “Batticaloa”とはスリランカにある地名のようで、そこには歌を歌う魚が棲んでいるといわれている。ニックは“歌う魚とは人類の将来を危惧して警告を発しているのかもしれない”と考えてこの曲を作ったと述べている。
 曲は、途中のギターのアルペジオとキーボードによって作り出された幻想的な中間部を挟んで、前半と後半に分かれている。その前半と後半は、同じメロディで構成されていて、やはり70年代後半から80年代前半のスティーヴ・ハケットの楽曲を思い出させてくれるのである。

 国内初回盤には10曲目に"Hallelujah"という曲が用意されていて、現代の宗教について懐疑的な目を向けている。社会的、政治的に混沌とした状況においても神の救済が見られないからだろう。ハードなロック・ナンバーに仕上げられていた。

 "The Andromeda Strain"はこのアルバムにおいて3曲目になるインストゥルメンタルで、今度はアコースティック色は排除され、バンドのメタリックな部分が強調されている。
 ギターはロジャーが担当し、ニックはチャップマン・スティックとキーボードを操っているようだ。
 そして曲間なしに最後の曲"Stranger Than Fiction"が始まる。穏やかでメランコリックな曲風で、寒気の強い外から暖炉の火が燃え盛る暖かい部屋の中に入ってきたときに感じるような、心が和らぐ曲でもある。バックで目立たないように歌っているのはローレン・キングという女性で、おそらくロジャー・キングの関係者だろう。

 このアルバムにはシークレット・トラックが用意されていて、"Stranger Than Fiction"の曲が終わって、約1分10秒後から曲が始まる。
 ミディアムテンポの4分少々の曲で、ロジャーのピアノがジャズっぽい雰囲気を醸し出している。
 これもまた宗教か何かについて歌われているようだ。珍しくハーモニカが使用されている点と、エレクトリック・シタールのようなサウンドを耳にすることができる。このサウンドもチャップマン・スティックとエフェクターで出しているのだろうか。71xaajklw5l__sl1050_
 それからもうひとつ。アルバム・ジャケットを見ればわかるように、2枚のアルバムともスーツ姿の男性が頭に立方体の反射鏡みたいなものを被っている。これは「ミラーマン」というバンドを象徴するキャラクターのようだ。どういう意味があるのかは不明だが、良いことも悪いことも全ての世の中の森羅万象を反映しているのではないかと思っている。

 ともかく、ファースト・アルバムはスティーヴン・ウィルソン風で、セカンド・アルバムはスティーヴ・ハケット風だったザ・ミュート・ゴッズのアルバムである。さて、サード・アルバムはどのような感じになるのだろうか。

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2018年1月 8日 (月)

スティーヴ・ハケットの新作

 新作といっても、昨年の3月に発表されたアルバムで、スティーヴ・ハケットの25枚目のスタジオ・アルバムにあたる。

 ご存知のように、スティーヴ・ハケットは、あの伝説的なバンド、ジェネシスの元メンバーで、ギターを担当していた。
 初期の彼は、椅子に座ってプレイをしていて、その存在はあまり目立つものではなかった。しかし、当時からタッピング奏法やスィープ奏法を取り入れていて、演奏技術に関しては高度な才能を有していた。

 そんな彼が1977年に2枚目のソロ・アルバムを発表したあと、バンドを離れてソロ活動を開始した。このブログの中でも何度も彼のことは扱っているのだが、それは彼がそれだけ今でも活動を行っているということを意味している。何しろスタジオ・アルバムだけでも25枚もあるのだから、これはもう職人ギタリストと呼んでもいいだろう。

 それで25枚目のアルバム・タイトルは、「ザ・ナイト・サイレン~天空の美情」というもので、アルバム・ジャケットには、アイスランドのノーザンライツに現れたオーロラが写されていた。51a4wms2ojl
 このアルバムの中の曲は、2015年のアルバム「ウルフライト~月下の群狼」のアウトテイクやそれ以降に作られたもので、基本的にはハケット自身と、妻のジョー・リーマン、バンドのキーボーディストでアレンジャーのロジャー・キングの3人で制作されている。

 最近のハケットは、曲のアイデアが浮かぶと、それぞれの元にメールを送ってアイデアを膨らませていて、ライヴ終了後のホテルや移動先でコンピューターを使って録音をしているという。

 それで、今回のアルバムの特徴は、数多くのミュージシャンが参加していることと、多くの民族楽器が使用されていることだった。これは、ハケットが世界各地をツアーでまわった時に、現地のミュージシャンと交流を行っていたからで、それと同時に、多くの民族や宗教による対立を和らげ、平和を求めようとする心情を表現するためだった。

 だから、そのアイデアを具現化するために、アメリカ人やイラク人の、またイスラエル人やパレスチナ人等のミュージシャン約20名をあえて起用し、彼らと共演を果たすことで相互理解や平和の尊さを訴えている。
 ハケットは、インタビューで“世界の人々は、平和的に共存できるだけでなく、非凡な芸術的才能を集結して何かを行うこともできるということを証明したい”と述べていた。

 また、それに伴って、ペルーやアイスランド、アイルランドやオーストラリア、アゼルバイジャン等の民族楽器を使用して、サウンドに色どりを備えることでハケットの音楽性の拡大を図ろうとしている。

 そういう崇高な理念を反映したこのアルバムは、"Behind the Smoke"から始まる。ここでいう“Smoke”とは、たばこの煙のことではなくて、戦争による火災から起きた煙のことである。

 曲の出だしは、何となくゼッペリンの"Kashmir"のように仰々しいが、過去から現在までの避難民の窮状をハケットのギターとロジャー・キングのキーボードによるストリングスで表現している。特に5分過ぎからのハケットのギター・ソロは、かなり力が入っているせいか、素早いパッセージが展開されている。Steve_hackett_vicar_street_dublin_2
 次の"Martian Sea"では、アップテンポなポップ・ソングを楽しめる。途中でエレクトリック・シタールも取り入れられているし、最後は中近東風の旋律も耳にすることができる。何となく60年代後半のザ・ビートルズがハケットと共演した曲のような気がした。サイケデリックといえばサイケデリックなサウンドだろう。

 "Fifty Miles from the North Pole"とはアイスランドのことを意味していて、ここでコンサートを行ったことからイメージを膨らませてできた曲のようだ。
 7分を超える曲で、このアルバムの中で一番長い曲でもある。曲作りにはジョーのお姉さんでギタリストのアマンダ・リーマンも加わっていた。

 アルバム・ジャケットのオーロラは、アイスランドの火山の上に現れたもののようだが、激情する火山の様子とその上に現れた静謐な美しさのオーロラを譬えると、こういう音楽になるのだろう、ハケットによると。
 途中でのコルネットのような高音をトランペットが奏で、オーストラリアの民族楽器である“ディジェリードゥー”も使用されていた。

 いきなりキーボードの壁とドラムが連打されてハケットのギターが導かれる"El Nino"では、通称“七色のギター・サウンド”を聞くことができる。この曲は、インストゥルメンタルなので、ハケットのギターとロジャー・キングのキーボードが目立っているが、それをバックで支えるゲイリー・オトゥールのドラミングが見事である。

 ハケットお得意のアコースティック・ギターで始まる"Other Side of the Wall"は、穏やかなバラード曲で、導入部と展開部の2部パートで構成されている。
 最初は穏やかなバラードなのだが、2分前から少しテンポが速まり、アコースティックながらも全体的には楽曲としてきちんとまとめられている。

 "Anything but Love"もハケットお得意のフラメンコ風ギターで始まり、2分過ぎから聞こえるハーモニカもまたハケットが吹いている。結局は相変わらずの無国籍風ソングになっているように思えた。
 曲はハケットひとりで創作したもので、だからというわけではないだろうが、ギターやハーモニカ、キーボードなどやりたい放題の内容だ。それでも中盤と後半のギター・ソロの部分は、確かに一聴に値すると思う。

 "Inca Terra"では、タイトルのような中米音楽の雰囲気を出したいのだろうが、どうも中途半端だった。ペルー人の女性ボーカリストを起用しているのはいいのだが、ペルーという感じがしない。
 途中でそれっぽい旋律は聞こえるものの、結局はハケットのギターがフェイドインしてきて、アップテンポになり、そのまま消えてしまった。最後1分の呪術的なボーカルと炸裂するギターのアンバランスが逆に不安定感を掻き立たせてくれている。その印象がハケットにとってはインカ風に思えたのかもしれない。

 8曲目の"In Another Life"は、ケルト・ミュージックである。トロイ・ドノクレイという人が演奏するバグ・パイプに似たイリアン・パイプというアイルランドの民族楽器が、少しだけフィーチャーされている。
 でも最終的には、ハケットのギターが目立つのである。そりゃ自分のソロ・アルバムだから仕方ないのだが、もう少しゲスト・ミュージシャンにも目配りしてもいいのではないだろうか。

 "In the Skelton Gallery"は、やや複雑な曲構成になっていて、何となくキング・クリムゾンの“アイランド”やそのあとの時期の曲に似ている。それはロブ・タウンゼントの演奏するサックスなどが、メル・コリンズの演奏を想起させるからだろう。最後は甲高いパーカッションの音で終わるのだが、これもジェイミー・ミューアの演奏を思い出させてくれた。

 "West to East"は、より良い世界を築くために、戦争と希望という相反するものがもたらす効果について述べた曲。
 この曲ではイスラエル人とパレスチナ人が一緒に歌っているし、ハケットの奥さんも歌に参加したり、弟のジョン・ハケットもフルート演奏で共演している。みんなで平和を願っていこうとする姿勢を表しているのだろう。

 曲自体も穏やかで、実質的にアルバムの最後として置かれた曲で、おそらくハケットは締めくくりに相応しいと思って、最後から2番目に持ってきたものであろう。

 最後の曲の"The Gift"は2分45秒の短いインストゥルメンタルで、最近のジェフ・ベックの曲によく似ている。ゆったりとプログラミングされたキーボードの厚い壁の中で、金属的なハケットのギターが艶やかに鳴っている。
 この曲だけはハケットの手によるものではなくて、レスリー-ミリアム・ベネットとベネディクト・フェナーという人の曲だった。

 今年のスティーヴ・ハケットは、2月3日から「クルーズ・トゥ・ジ・エッジ」という豪華客船の中で開催されるプログレッシヴ・ロックを楽しむ企画に参加する予定だ。
 これは6日間にわたって、フロリダのパンタからメキシコのコスタマヤまでの航海を楽しむ中で、マリリオンやイエスなどの、プログレッシヴ・ロック・バンドのライヴ・ショーを楽しむという何とも贅沢な企画なのである。

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 いまのところ参加予定は、上記のバンドに加えて、ゴング、フォーカス、カール・パーマーズ・EL&P、ムーン・サファリ、エイドリアン・ブリュー・パワー・トリオ、トニー・ケイ、アナセマ、サーガ、ニール・モーズ等々、そしてスティーヴ・ハケット・バンドである。何とも錚々たるミュージシャンたちだ。

 特に、カナダのプログレッシヴ・ハード・ロック・バンドのサーガについては、この時の演奏をもってバンドを解散するそうだ。これが最後のライヴになるという。非常に残念である。できれば日本で生演奏を見たかった。

 ついでに参加費用は、一人当たり平均して1625ドルで、日本円にすると約179000円になる。これはあくまでも平均価格で、お部屋のランクやVIPかどうかで異なってくる。例えば、ロイヤル・スィートルームのダブルでは一人当たり5999ドルにもなる。
 11月末現在で、すでにソールド・アウトになっていて、どうしても申し込みたい人はウェイティング・リストに名前を記入するようになっている。

 そのあとのハケットは、2月中旬から3月にかけてカナダ、アメリカ、メキシコなどをツアーしてまわるようだ。日本に来るかどうかはわからないけれど、ぜひ来てほしいし、ジョン・アンダーソンのように地方の都市まで巡回してほしいと願っている。Tourheader2018stevehackettgenrevg_2
 とにかく今年で68歳になるスティーヴ・ハケットである。3度目の結婚もうまくいっているようだし、公私ともに充実しているようだ。それがこのアルバムにも反映していて、曲のバランスを壊してまでもギターを弾きまくっているし、歌いまくっている。
 何しろ自分で“1981年以来メインで歌っているけど、自分自身をボーカリストと感じたのは、このアルバムが初めてだ”と言っているくらいだもの。

 とにかく民族音楽をメインに据えようとしながらも、実際は自分自身をフィーチャーしたソロ・アルバムだったという今作だが、できれば次作は、1980年代初期のようなギター・オリエンティッドのアルバムを制作してほしいものである。

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2017年12月25日 (月)

師匠と弟子が語るロジャー・ウォーターズの新作

師匠:いよいよ今年も終わりに近づいたな。わしらの出番じゃ。今回はロジャー・ウォーターズの新作「イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?」について語ろうかの。

弟子:新作といっても発売されてもう半年にもなりますよ。いくら流行に疎いといっても少し遅すぎるんじゃないですかね。

師匠:何を言ってるんじゃ。ロジャーの25年振りの新作アルバムじゃぞ。25年という年月から見れば、6ヶ月くらいはあっという間じゃ。それに半年たってもこのアルバムの凄さは変わらんぞ。81ovjn88zl__sl1500_

弟子:まあ、年を取ると時間の流れが速く感じるといいますから、そんなものかもしれませんね。それにしてもこのアルバム、25年たってもすぐにロジャー・ウォーターズのアルバムとわかりますね。

師匠:そうじゃろ。クォリティーの高さでは変わらんからな。音楽的な質のみならず、歌詞も文学的でかつ世の中の事象を突く鋭さを有しておるな。さすが元ピンク・フロイドのリーダーじゃ。

弟子:そうですかね。音楽的な質と言いながらも、やっていることはフロイド時代と変わらないじゃないですか。相変わらずSEやサウンド・コラージュのようなつなぎを多用しているし、暗鬱で気分の滅するような音で埋め尽くされていますよね。

師匠:何じゃと。それじゃ何かい、ワンパターンで定型化された展開と言うんかい。それは表面的な見方にしかすぎんな。若いもんはこれだから困るんじゃ。25年振りにこのアルバムを発表せざるをえなかったロジャーの気持ちのことを考えたことがあるんか、えッ。

弟子:まあまあ、そう興奮しないでください。また血圧が上がりますよ。いま上が190で下が110くらいなんでしょ。これ以上あがると倒れますよ。

師匠:お前がいちゃもんつけるからじゃよ。だいたいこのアルバムは、2010年9月から3年にわたって行われた“ザ・ウォール・ライヴ”というツアー中から少しずつ書かれていったものじゃ。全219公演、まさにロジャーの音楽人生の集大成ともなるツアーじゃった。
 普通ならこれでおしまいになるのじゃが、ロジャーはさらに先を見据えていたんじゃな。だから、今の時代感覚を反映したアルバムになったんじゃ。3c3cfc8eba3c95f2926c25f06eef7859_10
弟子:そうですかね。確かに歌詞的にはドローンのことを述べている"Deja Vu"やTVゲームのように戦争を遂行する様子を描いた"Picture That"のような曲もありますけどね。
 でもそのモチーフは前作の「死滅遊戯」のパクリじゃないですか。あれは湾岸戦争や天安門事件だったし。

師匠:何という浅ましさ、神よ、この哀れな若者を救いたまえ。74歳にもなってこんな歌詞を書けるミュージシャンが他にどこにいるんじゃ。それだけ世の中が変わっていない、いや、ますます悲惨な様相を呈しているということの表れじゃないか、それが分からんとは悲しいわい。
 それにアメリカ大統領選とも関連があるわけじゃよ。誰かはアメリカとメキシコの国境に壁を築くと訴えていたわけじゃが、まさにツアー中のロジャーとシンクロしてしもうたわ。この驚くべき共時性、まさに時代を反映し、さらに予見していたアルバムともいえるじゃろ。

弟子:何となく牽強付会という気もしますけど、まあ、そういうことにしておきましょう。でも、サウンド的にはあまり変わり映えしない気がしますけどね。
 たとえば、最初の"When We Were Young"なんかは、まさに「狂気」の"Speak to Me"を思い出させてくれましたし、モノローグのような"Deja Vu"、"Picture That"も「ザ・ウォール」の中の曲をイメージさせてくれました。最大の問題作は、"Smell the Roses"じゃないですかね。まさに"Time"と"Have a Cigar"を合体させたような曲でしたよ。ギター・ソロの入り方も似ていましたから。

師匠:お前も分からん奴じゃな。ロジャーの今までの集大成的な作品になっているところが理解できんのじゃな。その程度の感性とは泣いてあきれるわ。それに今回のプロデューサーのナイジェル・ゴドリッチのおかげで、立体的な音響効果や演劇的な要素が一層際立っておるわい。その辺のところは理解できんのかな。
 ロジャーは、このアルバムについてのサウンド・プロダクションはすべてナイジェルに任せたと言っておるからな。ナイジェルはドラマーにジョーイ・ワロンカーを選んで、アルバムの骨格を固めておるな。あとはジョナサン・ウィルソンとガス・シーファートにギターやキーボードを担当させて、全体をまとめておる。そういう新しい血も導入しているわけじゃよ。そういうところを理解できんとは、まだまだじゃな。

弟子:そうですかね。ナイジェル・ゴドリッチといえば、BECKやレディオヘッドなどのアルバム・プロデュースで有名ですけど、ロジャーと合いますかね。以前、ポール・マッカートニーのアルバム「ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード」も担当しましたが、そんなに良かったとも思えませんでした。
  新しければいいというものでもないと思うんですけど。それに、後半に行くと、"Wait for Her"から"Part of Me Died"なんかはロジャーの問題作「ファイナル・カット」を彷彿させてくれたんですけど、なんだかなぁという感じですね。

師匠:まだ言うんかい。ロジャーがアコースティック・ギターをバックに歌えば、みんな「ファイナル・カット」に聞こえるんじゃないかな。貧弱な発想とはまさにこのこと。残念じゃ。それに、「ファイナル・カット」は正式にはピンク・フロイドのアルバムじゃ、きちんとカタログにも載っているぞ。ロジャーのソロ・アルバムではないな。認識不足も甚だしいぞ。
 もう少し言わせてもらうと、たとえば"Broken Bones"は、非常に美しくて哀しいエレジーのような曲じゃが、これには第二次世界大戦で犠牲になった人の遺骨のことを仄めかしているんじゃ。しかも、それは21世紀の今もなお続いているということじゃ。だから"Is This The Life We Really Want?"と続いていくんじゃな。
 それに"Bird in a Gale"は、シリア難民が海に溺れていく光景を暗示しておる。そういうところまで読み取らんと、このアルバムの凄さが理解できんじゃろうな。

弟子:確かに"The Most Beautiful Girl"なんかも繊細なバラードの中に、意味深い象徴的な世界が広がっていますよね。でもこういうところは、もう少し説明がないと一般人には理解できにくいですよ。親切じゃないです。優秀なミュージシャンならば、普遍性と商業性を止揚していかないと駄目ですよ。ましてやロジャー・ウォーターズくらいのミュージシャンなら、なおさらでしょう。81fg0wvzkjl__sl1238_
師匠:フッフッフッ、何も知らん奴じゃ。このアルバムは売れたぞ。ベルギー、チェコ、ポーランド、スイス、ノルウェーでは軒並み1位、他のヨーロッパ諸国でも2位や3位を記録したし、肝心のイギリスでは3位、アメリカでは11位じゃったな。今はダウンロードが主流だからCDの売り上げ枚数は減っているものの、それでもこの結果は見事なものじゃ。

弟子:でも、デヴィッド・ギルモアの「ラトル・ザット・ロック」に比べれば悪いですね。あれはイギリスで1位になってゴールド・ディスクを取りましたし、アメリカでも5位まで上昇しました。また、フランスやドイツではゴールド・ディスクに、イタリアではプラチナ・ディスクにも認定されています。やっぱりギルモアの方が人気がありますよ。

師匠:不愉快な奴じゃな。だいたい商業主義の権化のようなデヴィッド・ギルモアと比べること自体意味がないわい。単にフロイドの残像を上手に表しているにすぎんじゃろ。似非ピンク・フロイドと思想性と時代性を同時に伴っているミュージシャンと比べること自体意味がないわい。どう考えてもピンク・フロイドの遺産は、ロジャーが継承しているとしか思えんな。
 もっと言えば、ロジャー・ウォーターズは、今更売れるとか売れないとか眼中にないじゃろ。あまり意味のない議論をしても時間の無駄じゃ。とにかく、このアルバムはまさにロジャー・ウォーターズの真骨頂であり、時代を切り拓くメッセージを有しておるわ。74歳にしてこの創作意欲は、まさにあっぱれとしか言いようがないな。

弟子:そう来ましたか。それじゃ次のメッセージを待つまでに、また25年くらいはかかるということですかね。99歳のミュージシャンのアルバムも聞いてみたいですね、ちょっと怖い気もしますが。

師匠:それは、未発表アルバムとして世に出されるかもしれんな。いずれにせよ、ピンク・フロイドという看板は永遠不滅じゃし、その中心者のロジャーの存在はますます輝くじゃろう。現代人なら耳を傾けるべきじゃろうなあ。

弟子:わかりわしたよ、そんなに言うんなら、一度きちんと聞いてみたいと思いますので、アルバムを買って来てください。お願いします。

師匠:アホか、まだ聞いてないんかい!

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2017年12月18日 (月)

トゥ・ザ・ボーン

 「今年聞いたプログレッシヴ・ロック特集」の3回目は、イギリス人のスティーヴン・ウィルソンの新作である。タイトルは「トゥ・ザ・ボーン」と名付けられていた。彼の通算5枚目にあたるスタジオ・アルバムである。1200pxstevenwilson2016
 このアルバムは、今年の夏に発表されたものだが、自分はやや遅れて購入して聞いてみた。私の敬愛してやまない風呂井戸氏は、以前よりもポップな傾向が強くなったと御自身のブログの中で述べていたので、果たしてどのくらいポップ化したのだろうかと、期待と不安を半々ずつ抱きながら、このアルバムを聞いてみたのだ。

 このアルバムがポップ化したことは、スティーヴン・ウィルソン自身も認めていて、「このアルバムには、僕がこれまでに作ったものよりも、はるかに強いポップ感があるんだ。でも僕は、ポップ・レコードでありながら、同時に歌詞の面でも、あるいはプロダクションの面でも、人々がより深いレベルで向き合うものを作りたかった」と述べている。

 また、このアルバム評を載せたある音楽雑誌には、「プログレッシヴ・ポップ・ミュージックの分野において実り豊かな野心作」と書かれていて、評論家の意見の中でも好意的に受け止められていた。

 さらに、こういう音楽傾向になったのは、スティーヴン・ウィルソン自身が若い頃に聞いていた音楽、たとえばピーター・ガブリエルの「So」、ケイト・ブッシュ「愛のかたち」、ティアーズ・フォー・フィアーズ「シーズ・オブ・ラヴ」、トーク・トークの「カラー・オブ・スプリング」などの影響だとも述べていた。

 私的な感想を言えば、ポップ化といっても急にヒット・シングル満載のアルバムになったというわけでは無くて、聞きやすくなったといった方が間違いが少ないと思った。
 その中でも一番聞きやすかったのは、6曲目の"Permanating"だろうか。疾走感あふれるこの曲のサビはとてもわかりやすくて、思わず一緒に口ずさんでしまうような特徴的なメロディラインを含んでいたからだ。

 アルバムの重要なテーマは、“現代社会での生きることの困難さ”だろう。世界的に見れば、特にヨーロッパでは、いつ起こるかわからないテロリズムに対する不安や急増する移民(難民)に対する対応などの社会的な不安、そういう不透明な社会においてどのように生きるべきか等の個人としての生き方の両面を曲と歌詞を通して訴えかけている。711otzhvugl__sl1181_
 そういう意味では、間違いなく“今を生きるプログレッシヴ・ロック”といえるだろう。この時代性に対する感覚や批評性を備えているところが、他のプログレッシヴ・ロックとは違う点で、優れたプログレッシヴ・ロック・バンドはみんなこういう視点を含んだ音楽性を有しているといえよう。

 そしてこのアルバム「トゥ・ザ・ボーン」は、全11曲59分46秒の長さで、冒頭の曲"To The Bone"から不安感を煽るような女性コーラスやコンガの音が強調されている。途中のギター・ソロがカッコいいのだが、クレジットではスティーヴン・ウィルソン自身が弾いているようだ。
 また、この曲と5曲目の"Refuge"では、ハーモニカが効果的に使われている。いずれもマーク・フェルザムという著名なセッション・ミュージシャンが担当していて、曲に切迫感を与えている。

 2曲目の"Nowhere Now"を聞くと、あぁ確かにポップになったと実感できるはずだ。特に、リフレインされるフレーズのところは耳に馴染みやすい。
 この曲でもスティーヴン・ウィルソン自身がギターとベース、キーボード&ボーカルを担当している。

 牧歌的な雰囲気を持った"Pariah"は、バラード系の曲で、スティーヴンのボーカルに女性のニネット・タヤブのボーカルが絡み合い、壮大な音響空間へと突き進んでいく。
 このニネット・タヤブという人は、イスラエルとモロッコ出身の両親を持ち、彼女自身も歌手、女優、モデルで活躍している。

 また、子どもの頃からピンク・フロイドやニルヴァーナ、オアシスなどから影響を受けていて、2006年にデビュー・アルバムを発表している。現在34歳で、イスラエルを代表するミュージシャンのようだ。

 一転して、ミディアム・テンポながらもハードな曲調を持った"The Same Asylum as Before"が始まる。何となくギルモア系ピンク・フロイドの楽曲に似ているところがあると思うのだが、途中の展開はウィルソン流ハード・ロックといったところだろうか。
 カンタベリー系のミュージシャンだったデイヴ・ステュワートがアレンジしたストリングスのパートをロンドン・セッション・オーケストラが演奏している。

 "Refuge"には、静かな雰囲気を破壊するかのようにジェレミー・ステイシーのドラミングとマーク・フェルザムのハーモニカ、それとこのアルバムの共同プロデューサーでエンジニアのポール・ステイシーの演奏するギター・ソロが活躍している。
 静~動~静という構成で、5分過ぎにはピアノ演奏をバックに、つぶやきのようなボーカルで締めくくられている。

 "Permanating"は上記にもあるようにポップな要素満載な曲で、味付けを間違えれば70年代のトッド・ラングレンの曲になってしまいそうだ。
 スティーヴン・ウィルソンはこの曲ではベース・ギターは演奏しておらず、盟友ニック・ベッグスが担当している。また、バッキング・ボーカルにはイスラエルの歌姫ニネット・タヤブが担当している。3分34秒と時間的にもポップである。51bbhnn5uul
 "Blank Tapes"という曲は、スティーヴン・ウィルソンとニネット・タヤブ、ピアノ演奏のアダム・ホルツマンの3人で演奏とボーカルを担当していて、2分8秒とアルバムの中でも一番短い曲に仕上げられている。
 スティーヴン・ウィルソンは、珍しくメロトロンM4000を演奏しているようだ。ただ、そんなに目立ってはいないけれども。

 8曲目の"People Who Eat Darkness"もまた疾走感と焦燥感溢れるウィルソン流のロックン・ロールだろう。メロディはわかりやすいし、ノリもよい。こういう曲も書けるんだなあとあらためて感心してしまった。そういえば、ポーキュパイン・ツリーの「デッドウイング」というアルバムにもこんな感じの曲があったことを思い出してしまった。

 もう少しコンパクトにまとめてシングルにすれば売れたのではないだろうか。このアルバムからは6曲がシングル・カットされているようだが、この曲はその対象ではなかった。時間が6分を超えていたからだろう。

 "Song of I"はリズムに工夫が施されていて、これも不穏な雰囲気を抱いたままゆっくりと曲が進行していく。
 ここでの女性ボーカルはソフィー・ハンガーという人で、ドイツ在住のスイス人シンガー・ソングライターだ。このアルバムでは、この曲にだけ参加している。マルチ・ミュージシャンで自身のバンドももっているようだ。彼女も34歳。スティーヴン・ウィルソンは1983年生まれの人に関心があるのだろうか。

 "Detonation"でのギター・ソロは、デヴィッド・コーラーという人が演奏している。彼はまた前曲の"Song of I"でもリード・ギターを担当していた。チェコ出身の34歳で、2005年にはソロ・アルバムを発表している。この曲での雲の中を切り裂くようなギター・ソロは、なかなか目立っていた。
 この曲も幻想的な部分とメタリックで即物的な部分とを併せ持っていて、9分19秒とアルバムの中で最長尺な曲になっている。こういう雰囲気の曲は、昔からのファンには受けるのではないだろうか。

 11曲目の"Song of Unborn"は、最後に相応しい壮大なバラードで、静かなピアノのソロをバックに歌詞が吐き出されていく。
 バッキング・ボーカルにはデヴィッド・キルミンスキーという人が参加していて、この人はジョン・ウェットン・バンドやロジャー・ウォーターズとも共演歴があるギタリストで、さすがに34歳ではなくて55歳のベテラン・ミュージシャンである。

 名前からして東欧系の家系なのだろうが、生粋のイギリス人である。この曲だけでなく、冒頭の"To The Bone"や"Nowhere Now"、"The Same Asylum as Before"でも歌っている。
 惜しむらくは、最後の曲なのでもう少しエンディングを引っ張ってほしかったと思う。あるいはフェイド・アウトしていくとかエフェクティブなギター・ソロがあればよかったのではないだろうか。

 ところで、チャート・アクションを見ると、フィンランドでは1位を、ドイツでは2位、オランダで4位、本国イギリスでは3位、アメリカのビルボードでは58位だった。相変わらず英国や欧州では高い人気を誇っているようだ。Stevenwilsontrianonconcertparis
 誰が言っていたかは忘れたけれど、優れたプログレッシヴ・ロックのアルバムには必ずポップな要素を含んでいるそうだ。
 ピンク・フロイドやイエス、キング・クリムゾンのアルバムには、確かにポップなメロディー・ラインを含んでいる曲が多い。

 英語を母国語としない日本人でもメロディーラインぐらいは口ずさむことができるのだから、英語を母国語としている人はシンガロングできるはずだ。
 そうでもないと、約20分じっと静かに聞き続けることはできないだろうし、ポップな要素がなければ、途中で眠ってしまうか、もう二度とそのアルバムを聞くことはないだろう。

 現代のプログレッシヴ・ロック界の約半分をリードしているスティーヴン・ウィルソンである。このアルバムでは、彼の中に内在する思想性とそれを曲の中に具現化したポップネスが見事に止揚されている。
 さすがスティーヴン・ウィルソン。今後も彼の活躍から目を離すことはできないだろう。

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