2017年1月 2日 (月)

今年は酉年

 あけましておめでとうございます。2017年の今年の3月で、この「ろくろくロック夜話」も10年目に入ります。10年目を迎えたこの「ろくろくロック夜話」を、今年もよろしくお願いいたします。Detail_image

 というわけで、今年は「酉年」である。この場合の“酉”というのは、ニワトリのことを指すようで、空飛ぶ鳥のすべてを指すというわけではないようだ。(もちろん空を飛ばない鳥もその中に含まれることはいうまでもない)

 それはともかくとして、今年も例年通りに“酉”にちなんだアルバム・ジャケットを集めようと思ったのだが、額面通りに受け止めれば、ニワトリのアルバム・ジャケットということになる。

 ところがである。“鳥”のアルバム・ジャケットは数多くあるのだが、“酉”のアルバム・ジャケットとなると、なかなか見つけるのが困難なのであった。

 例えば“鳥”ならば、ヴァン・モリソンの「アヴァロン・サンセット」の白鳥やフリートウッド・マックの「聖なる鳥」のアホウドリ、ストラングラーズの「レイヴン」の中のカラス、プロコル・ハルムの後期の傑作アルバム「異国の鳥と果物(幻想)」のオウムなど枚挙に暇がない。51x43cdybll
 そういえば、「アヴァロン・サンセット」で思い出したけど、ロキシー・ミュージックの「アヴロン」にも鳥が写っていたし、フリートウッド・マックはアメリカに活動の場を移した後も、アルバム・ジャケットにペンギンや鳥を使用していた。716dnb6fozl__sl1050_
 今のはブリティッシュ・ロックだったが、アメリカン・ロックではバンド名からしてイーグルスの数枚のアルバムや、バッファロー・スプリングフィールドのセカンド・アルバム、ニール・ヤングの「ズマ」、スティーヴィー・ニックスの「ベラ・ドンナ」、AORの代表選手だったクリストファー・クロスのアルバムなど、これまた数限りない。

 クリストファー・クロスなどは、デビュー・アルバムやセカンド・アルバムにはフラミンゴのイラストが使われていて、本人の姿が見られなかったので、どんな顔かたちをしているのか興味津々だった。51k5gpuipol
 ハード・ロックの分野では、カナダのバンド、ラッシュのセカンド・アルバム「夜間飛行」、イギリスのバッジーの「イン・フォー・ザ・キル」、ジューダス・プリーストの「復讐の叫び」など、いくつかあるようだ。ちなみに、バッジーは“セキセインコ”という意味で、彼らのアルバムには必ずセキセインコ(のようなもの)が描かれている。614dvwg0rkl
 また、ジューダス・プリーストの「復讐の叫び」のジャケットでは、動物の鳥ではなくて、金属製のロボット的な鳥が描かれていた。まさに、メタル・ゴッドの乗り物に相応しいイラストであろう。91vdbajzv2l__sl1500_
 プログレッシヴ・ロックの分野では、イエスの1980年のライヴ・アルバム「イエス・ショウズ」、E,L&Pの1970年のデビュー・アルバム、第2のフォーカスと言われたオランダのトレースの1975年のセカンド・アルバム「鳥人王国」、同年のキャメルの「白雁(スノー・グース)」、エイジアの1983年のセカンド・アルバム「アルファ」、ジェスロ・タルのリーダーであるイアン・アンダーソンが2000年に発表したソロ・アルバム「ザ・シークレット・ラングエッジ・オブ・バーズ」、新しいところではデヴィッド・ギルモアの2006年のソロ・アルバム「オン・アン・アイランド」、2015年の「ラトル・ザット・ロック」など、これまた数えきれないほどだ。61ftjlznsul
 面白いところでは、ジェネシスの1977年のアルバム「静寂の嵐」の裏ジャケットの鳥が飛び立っているもので、表ジャケットに描かれていた大きな木に見えたのは、実は枯れ木に鳥が止まっているというものだった。「静寂の嵐」によって、飛び去って行ったのだろう。Cb243b8fc0a945d1bf6a2440203eba3c_2
 というわけで、“鳥”のジャケットはいっぱいあっても、“酉”のアルバム・ジャケットを見つけるのは難しかった。

 それで最後は、何とかかろうじて見つけたリトル・フィートの再結成後のアルバム「ルースター・ラグ」を紹介しようと思う。81ra0qfjq3l__sl1077_
 このアルバムは2012年に発表されていて、今のところ彼らの最新アルバムである。ローウェル・ジョージやリッチー・ヘイワードは亡くなったけれど、キーボード・プレイヤーのビル・ペインやギタリストのポール・バレアを中心に、今も活動を続けている。

 あとは番外編として、エッグのアルバムや日本のものではフライド・エッグの「ドクター・シーゲルのフライド・エッグ・マシーン」などが挙げられるだろう。

 エッグのアルバムは1970年に発表されたもので、彼らのファースト・アルバムだった。もともとはスティーヴ・ヒレッジをギタリストに、デイヴ・スチュワートをキーボード・プレイヤーとして活動していたバンド、ユリエルを母体としていたが、スティーヴ・ヒレッジが大学進学のために脱退したため、キーボードを中心とした3人組ユニットとして活動を始めたようだ。61kkegouxtl__sl1500_
 彼らは、1972年に一旦解散したが、74年には再結成してサード・アルバムを発表している。

 日本を代表するスーパー・バンドだったフライド・エッグの1972年のアルバム「ドクター・シーゲルのフライド・エッグ・マシーン」について一言いうと、彼らは、ギター、ベース、ドラムスのスリー・ピース・バンドだった。1971年に結成され、73年には惜しくも解散してしまった。

 ギターは成毛滋、ベースには高中正義、ドラムスは角田ヒロだった。当時は四人囃子と並び称されるくらいの日本人離れしたテクニカルでプログレッシヴなバンドだったが、残念ながら商業的には成功しなかった。

 今でこそ、高中正義はギタリストとして成功しているし、角田ヒロは“つのだ☆ひろ”として活躍している。彼は、一時ドゥービー・ブラザーズに誘われたほどの優れたドラマーだった。個人的には日本のジョン・ボーナムだと思っている。

 成毛滋は、ブリジストン株式会社の創業者の孫にあたり、鳩山威一郎の甥で鳩山由紀夫・邦夫兄弟とは従兄弟という毛並みの良さだった。
 高校生の頃から音楽活動を始め、元々素質があったのだろう、左手でギター、右手でキーボードを演奏するなど、天才的な才能を持っていたようだ。

 彼はまた、ピンク・フロイド来日時の箱根アフロディーテのライヴにも前座として出演していたが、そのときに高中正義を臨時ベーシストとしてバンドメンバーにして演奏した。それがフライド・エッグの結成につながったという。51bdrnlns0l
 成毛は、日本のロック黎明期を支えた偉大なる天才ミュージシャンだったが、惜しいことに2007年に大腸がんで亡くなってしまった。まだ60歳という若さだった。もっと評価されてもおかしくないミュージシャン(バンド)だったと思っている。

 “酉”には、“とりこむ”という意味があり、商売繁盛のシンボルにもなっているし、土佐の尾長鳥は長寿の象徴とも言われ、落ちた長い尾を縁起物として大切にするという習慣があるようだ。

 毎年思うことだけど、今年も景気が良くなり、ロックを楽しめるような争いごとのない平和な世の中になってほしいと願っている。

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2016年1月 1日 (金)

今年は申年

  あけましておめでとうございます。皆様方にとりまして良い年になりますように。それでは2016年の第1弾、恒例の“アルバム・ジャケットにみる今年の干支シリーズ、申年編”をお送りしましょう。

 今年は申年ということで、サルにまつわるアルバム・ジャケットを集めてみた。やはり一番有名なのはこのアルバム・ジャケットではないだろうか。Monkey1
 ご存じ、UFOの「ノー・ヘヴィ・ペッティング」である。このアルバムの発表は、1976年。自分はこのときはまだ高校生だった。タイトルが何となく卑猥だったので、自分は敬遠して聞くことはなかった。

 UFOには、かの有名なギタリスト、マイケル・シェンカーが在籍していたが、まだこの時、日本では、そんなに有名ではなかったと記憶している。もちろん通好みのロック・ファンには、スコーピオンズのルドルフ・シェンカーの弟して名前は通っていた。

 76年当時では、ヤードバーズ出身の三大ギタリストやディープ・パープルのリッチ―・ブラックモア、クィーンのブライアン・メイの方が売れていて、マイケル・シェンカーが日本で有名になったのは、1980年のマイケル・シャンカー・グループ結成後だったと思う。邦題の「神(帰ってきたフライング・アロウ)」は、かなり売れたのではないだろうか。

 マイケルとくれば、マイケル・ジャクソン。彼の1991年のアルバム「デンジャラス」には、彼の額の上の冠に小さくサルの肖像が掲げられている。ひょっとしたら、彼のペットのバブルス君の写真だろうか。Monkey3
 このアルバムから、プロデューサーがクインシー・ジョーンズからテディー・ライリーに交代した。それでも、この当時のマイケル・ジャクソンはまさに飛ぶ鳥を落とす勢いだったから、プロデューサーの交代程度では何も問題は生じなかった。
 日本ではそこそこの売れ行きだったが、全世界では3000万枚以上売れて、前作の「バッド」の記録を越えてしまった。自分はこのアルバムまでが、彼の全盛期だと思っている。

 続けてトーキング・ヘッズのアルバム「ネイキッド」から。自分は「リメイン・ザ・ライト」しか持っていないので、何とも言えない。Monkey4
 このアルバムは1988年に発表された彼らのラスト・アルバムだそうで、デヴィッド・バーンが好きそうなワールド・ミュージック風になっているらしい。今でも輸入盤で手に入れることができるので、興味関心のある方は調べてみるといいと思う。

 続いてトム・ペティのソロ・アルバム「ハイウェイ・コンパニオン」には宇宙飛行士に手を引かれるサルの絵が描かれている。(たぶんサルだと思う)Monkey2
 2006年に発表されたこのアルバムは、なかなかの傑作だと思っている。自分は雑誌の批評を読んで購入したのだが、買って正解だった。

 理由は、ジェフ・リンもプロデューサーの一人に加えられていたからで、トムの硬質なアメリカン・ロックとジェフ・リンの持つポップネスが絶妙にブレンドされていた。トラヴェリング・ウィルベリーズが好きな人なら、一度は聞いておいた方がいいのではないだろうか。
 ちなみに、全米アルバム・チャートでは4位まで上昇していて、相変わらずのトム・ペティ人気の凄さが証明されることになった。

 以上が、一般的なサルのアルバム・ジャケットだ。ただ、これでは終わらないのが「ろくろくロック夜話」のいいところ。

 ここからは同じ類人猿だが、正確に言うと、ゴリラのアルバム・ジャケットを紹介しようと思う。先ずは御大ローリング・ストーンズのベスト盤から。Monkey6
 ストーンズのベスト盤は何種類も出ているので紛らわしいが、このベスト盤は2012年に結成50周年を記念して発表された3枚組のもの。ただ、アルバム制作会社も(今まで数多くのベスト盤が出されていたので)これだけでは売れないと思ったのか、新曲を2曲と豪華ブックレットを付けて、しかも2980円という安さだった。

 ただ自分は、結成40周年記念時のベスト盤「フォーティー・リックス」を持っていたので、いくら安くても購入はしなかった。でもこの調子でいったら、2022年には結成60周年を記念したベスト盤が発表されるに違いない。

 続いて、今度は少し古いアルバムから。1967年のその名もずばり「ゴリラ」である。このアルバムは、ボンゾ・ドッグ・バンドの手によるもので、もとはジャズ・バンドとして活動を始めた彼らが、このアルバムではパロディ・ソングやボードヴィルなどを含む種々雑多な楽曲を展開している。ひょっとしたら日本のザ・フォーク・クルセダーズは、彼らから影響を受けたのかもしれない。Monkey7
 このバンドには、コメディアンかつミュージシャンのニール・イネスが所属していて、のちに彼はビートルズのパロディ・バンド、ザ・ラトルズを結成した。このザ・ラトルズのアルバムも一度は聞いてほしいと思っている。英国風のユーモアの一端が理解できると思っている。

 さて、最近のアルバムの中では、アメリカはハワイ出身のミュージシャン、ブルーノ・マーズのアルバムに、ゴリラの写真が載っていたことを思い出した。Monkey8
 この「アンオーソドックス・ミュージックボックス」は彼のセカンド・アルバムで、2012年に発売され、全英、全米、全豪でNo.1を記録し、2013年までには全世界で630万枚以上売れている。また、2014年のグラミー賞では、ベスト・ポップ・ボーカル・アルバム賞を獲得した。

 さらには、アメリカではこのアルバムから5曲のシングルが発表され、他の国でも別の2曲がシングル・カットされている。
 全10曲しかないのに、計7曲もカットされたということは、まさに捨て曲なしのアルバムだったということになるだろう。多くのファンが言うように、彼はマイケル・ジャクソンの再来といっていいかもしれない。

 最後に、もう一つだけ紹介して終わりたい。日本の誇るプログレッシヴ・ロック・バンド、四人囃子の1974年のアルバム「一触即発」である。Monkey5
 このアルバムについては、このブログでもすでに述べているので、詳細は割愛したい。アルバム・ジャケットにはサルではなくて、同じ類人猿のナマケモノが描かれている(と思う)。厳密に言えば違うのかもしれないが、まあおめでたいお正月ということで、お許し願いたい。

 「猿も木から落ちる」ということわざがあるが、自分は木にも登れずに、猿齢ならぬ馬齢を重ねてしまっている。今年は何とかして滑らないようにしようと思っているのだが、ブログの内容も含めて、この調子では今年もさい先が怪しいのである。

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2015年1月 1日 (木)

今年はひつじ年

 時計の針も深夜12時を越えて、2105年になった。近所のお寺からは除夜の鐘も聞こえてきている。今年こそは、世の中に争いごとも天変地異もない平穏な一年になってほしいと願っているが、果たしてどうなるのだろうか。

 今年はヒツジ年ということで、いつものようにその年の干支に当たるアルバム・ジャケットを集めてみた。

 最初はやっぱりこれでしょう。70年代に青春時代を送った人や、それよりちょっと上のビートルズ世代の人も、ヒツジといえばこのアルバム・ジャケットを思い出すのではないだろうか。そう、ポール・マッカトニーの「ラム」である。4
 1971年に発表されたこのアルバムで、前作の不評を跳ね返し、ポールの才能をあらためて世の中に知らしめる結果になった。
 ビートルズ解散の張本人と非難されていた汚名も見事に晴らすことができて、これ以降のポールの飛躍につながったアルバムでもあった。今聞いても彼のメロディメイカーぶりには脱帽してしまう。

 さて次は、同じようにジャケットいっぱいに写し出されたもので、このジャケットのインパクトも印象的だった。パール・ジャムの「Vs.」である。
 アルバムは1993年に発表されたもので、当時のグランジ・ブームを反映してか、ビルボード初登場首位になり、5週間その位置を守った。

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 商業的にも成功したように、このアルバムには聞きやすい曲が多く、彼らのアルバムの中では比較的ポップなものだった。

 当時NBAで活躍していたリーグの問題児で、“リバウンド王”の異名をとったデニス・ロッドマンもこのアルバムを大変気に入っていて、よく聞いていたと自伝に書いてあったが、確かに1曲目や3曲目の"Go"、"Daughter"などを聞くと、ハードな楽曲だけでなく、ソフトなバラード系にも惹かれるものがある。

 この後彼らは、試行錯誤を繰り返し低迷期を迎えるものの、21世紀に入ってからは堂々のアメリカン・ロック・バンドとしてその地位を確立している。しかし、リーダーのエディー・ベダーももう50歳。確かに時が経つのは早いものだ。

 さてもう1枚インパクトのあるジャケットを紹介する。70年代の中盤にちょっとだけ人気があったバンド、ラム・ジャムのデビュー・アルバムである。7_2
 このバンドは1977年にデビューした。シングル"Black Betty"がビルボードのチャートで18位になり、その後アルバムを2枚発表したが、1978年に解散してしまった。
 ニューヨーク出身のバンドとしても有名で、当時はブルー・オイスター・カルトの正統な後継者として将来が期待されていたのだが、わずか2年という活動期間だった。

 基本的には“一発屋”なのだが、彼らの曲は映画の挿入曲として使用されたり、ボストンのプロ・アイス・ホッケー・チームのテーマ・ソングとして流されたりと、いまだに忘れられてはいないようだ。
 そのせいかどうかはわからないが、1994年にはなぜかドイツで「サンキュー・マム」という3枚目のアルバムが発表された。内容は売れ線狙いのハード・ロックということだったが、このアルバムも不発に終わってしまったようである。

 日本を代表するプログレッシヴ・ロック・バンドのKENSOの1991年のアルバム「夢の丘」にはたくさんのヒツジが登場していて、タイトル通りの幻想的な雰囲気を醸し出している。3
 バンドの中心メンバーであるギタリストの清水義央は現役の歯科医でもあり、1990年には大脳生理学の部門で博士号も取得している。
 自分としては音楽だけでじゅうぶん食っていけると思うのだが、はやりそれだけでは彼のプライドが許さないのだろう。

 基本的にはインストゥルメンタルだが、清水の流麗なギター・ワークはロックからジャズ・フュージョンまで幅広く影響を受けていて、ギターを歌わせることのできる数少ない日本のギタリストの一人でもある。

 先を急ごう。今度はよく見ないとわからないアルバム・ジャケットを紹介する。最初は2人の美人姉妹で人気を博したハートの1977年のアルバム「リトル・クィーン」から。
 このアルバムからの"Barracuda"は全米11位とヒットを記録している。そのせいかアルバムも全米9位と大ヒットになった。5
 さらにもう1枚、今度はイタリアのプログレッシヴ・ロック・バンドのアレアのアルバムである。このアレアという6人組は、イタリアを代表するプログレッシヴ・ジャズ・ロック・バンドだった。彼らの1978年に発表された通算6枚目のアルバム「1978」にも小さなヒツジが描かれている。

 彼らは1972年にバンドを結成し、翌年アルバムを発表した。中心メンバーはボーカル&キーボードのデメトリア・ストラトスで、彼が1979年白血病で亡くなるまでバンドは社会主義的な価値観に基づいた急進的なメッセージを発していた。6
 イタリア語で歌っているので、何を言っているのかわからないのだが、複雑な変拍子や地中海音楽の要素を含んだ5音階モードの音楽は、スリリングでアバンギャルド、独創的でもあった。

 このアルバムはデメトリアが参加した最後のスタジオ・アルバムだが、メンバー・チェンジで4人になったものの、その演奏能力にはほとんど遜色はなく、むしろ初期のアルバムよりも大胆になっているようだ。彼らのアルバムの中では一番聞きやすいのではないだろうか。

 いよいよ最後になった。最後も国内盤のジャケットでは小さく扱われているヒツジである。イギリスのユニークなバンド、10ccの1980年のアルバム「ルック!ヒア!」には小さなヒツジが印刷されていた。

 ただ米国盤ではジャケットが違っていて、このヒツジだけが大きくプリントされていた。浜辺のソファーの上にいるヒツジが何ともユニークなのだが、やはり10ccだけあって、アルバム・ジャケットにも気を遣っているのがよくわかる。10cc
 自分はこの辺りから10ccを聞かなくなってしまった。理由は、10ccでさえもディスコ・ミュージックに走ってしまったという現実に落胆してしまったからだ。ただ今になっていうのも変だが、"I Took You Home"や"It Doesn't Matter at All"などは素晴らしいバラード曲だと思っている。

 さてさて、いろいろと書いてきたが、ヒツジというイメージはおとなしくて従順、平和的という気がするのだが、その反面、自己主張がなくて付和雷同といういかにも日本人的なマイナス面も浮かんでしまう。

 今年がどういう年になるかはわからない。平穏を願いつつも、おそらく現実はそれを平気で裏切っていくだろう。ただそれでも、平和や平穏を求めていく姿勢や努力は、忘れてはいけないと思っている。

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2014年12月27日 (土)

クリスマス・エイド

 もう今年のクリスマスも過ぎてしまったが、今年は久しぶりに「クリスマス・エイド」シリーズのアルバムを引っ張り出して聞いていた。

 この企画ものは1987年にスタートしている。最初のアルバムのタイトルは「ア・ヴェリー・スペシャル・クリスマス」(以下、「クリスマス・エイド1」と表記する)というもので、15曲が収められていた。41pu707rznl_2
 だいたい欧米人は、こういうチャリティーものが大好きで、特にクリスマスともなると、街角の救世軍からTVでの特番まで慈愛に満ちた言動が活発になってくる。何しろイスラエルやパレスチナの紛争地域でも、クリスマス停戦というのがあるのだから、キリスト教の影響は大したものである。(ところでシリアやパキスタンなどのイスラム教の影響地域ではどうなのだろうか、興味深いものがある)

 それで「クリスマス・エイド1」では、80年代を代表するミュージシャンが集合していて、ブルース・スプリングスティーンにマドンナ、U2、スティング、ボブ・シーガー、ホイットニー・ヒューストン、プリテンダーズ、ブライアン・アダムス等々、レーベルの枠を超えて参加していた。

 また、曲によってはスティーヴ・ルカサーやロイ・ビタン、ワディ・ワクテル、T.M.スティーヴンス、ロビー・ネヴィルなど有名なミュージシャンがバック・バンドやコーラスに加わっている。

 当時はバブル時期だったせいか、このアルバムはかなり話題性があって、雑誌やラジオなどで紹介されていたことを覚えている。当然ながらアルバムは売れた。チャリティーだからある程度売れた方がいいわけで、確かにこれだけ有名なミュージシャンが集まっていれば、売れるのは間違いないだろう。もちろんミュージシャン側はボランティアで参加していたから無償だった。

 アルバムはA&Mレーベルから発売されていて、この5年後に「クリスマス・エイド2」が発表された。今度は全19曲で、前作のロック寄りからややR&B色が濃くなっているようだった。51q5w6rssl_2
 面白いのは、92年当時人気だったミュージシャンが参加していることだ。例えば、マイケル・ボルトンであり、ウィルソン・フィリップス、ボーイズ・Ⅱ・メンである。また、フランク・シナトラとシンディー・ローパーのデュエット"Santa Claus is Coming to Town"も収められていた。

 もともとこの企画はケネディ家が考えたもので、創立者はユーニス・ケネディ・シュライヴァーという人だった。この人は、ジョン・F・ケネディの妹のようである。彼らは知的障がい者によるスポーツの祭典を企画し、それをスペシャル・オリンピックと名付けて開催してきた。

 1987年のアルバムが売れたおかげで、この祭典が多くの人に知られるようになり、参加国が72か国から121か国に増加し、競技人口者は約100万人にも及んだ。

 この2枚のアルバムは、実際、すべて新曲もしくは新録されたものだから、耳新しいのは間違いないし、クリスマスにちなんだ曲ばかりなので、統一感もあった。

 それから5年後、今度は「クリスマス・エイド3」が発表された。このアルバムもまた、90年代初期に人気のあった人やバンドが参加していて、全体的にはややグランジ・オルタナティヴ系の匂いがしていた。こういうふうにその時々の時代の流行を反映しているところも、この企画の面白いところだった。517scf9xmzl
 ちなみにこのアルバムでは、スマッシング・パンプキンやノー・ダウト、フーティ&ザ・ブロウフィッシュ、元サウンドガーデンのボーカリストのクリス・コーネルにディヴ・マシューズ、シェリル・クロウ、パティ・スミスなどが新顔だった。またラップ系のミュージシャンも第1作から最低1組以上すべてのアルバムに参加している。

 さて、この3枚目までは5年ごとに発表されていたのだが、なぜか1999年に4枚目が発表された。ひょっとしたらスペシャル・オリンピックの予算が足らなくなって急遽制作したのかと思ったが、実際はそうではなく、このアルバムはライヴ・アルバムだった。415d5beehsl
 実は前年の98年にスペシャル・オリンピック設立30周年記念のイベントがホワイトハウス内で行われ、当時の大統領だったビル・クリントンとヒラリー夫人も参列して、スペシャル・ライヴが繰り広げられた。その音源をまとめたのがこのアルバムというわけである。

 だから曲数は11曲と少なく、また参加したミュージシャンもそんなに多くはなかった。エリック・クラプトンと当時の恋人だったシェリル・クロウ、ラン・DMC、メアリー・J・ブライジ、ジョン・ボン・ジョヴィ、ヴァネッサ・ウィリアムス、トレイシー・チャップマンにブルーズ・トラベラーのジョン・ポッパーである。基本的にはクラプトンがステージを仕切っているようだった。

 自分はもう1枚「クリスマス・エイド5」も所有している。これは2001年に発表されていて、全15曲。今度もメイシー・グレイやワイクリフ・ジョンなどの、当時を代表するR&B、ロック・ミュージシャンが参加していた。
 ただ、日本ではあまり知られていないダーリーン・ラヴやシティ・ハイ、SR-71、パウダーという人たちの曲も含まれていて、今までのアルバムよりはやや見劣り(聞き劣り)がした。

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 有名どころでは常連のボン・ジョヴィやトム・ペティ、スティーヴィー・ニックス、大御所スティーヴィー・ワンダーにシェリル・クロウなどがいた。面白いところでは、B.B.キングとジョン・ポッパーのコラボで、渋いギター・ソロと強烈なブルーズ・ハープのマッチングはなかなかの聞き物だと思う。

 国内盤が出たのはここまでで、これ以降は販売されていない(と思う)。たぶん参加ミュージシャンが日本では有名ではなくなったので、売れなくなったのだろう。そういう意味では、日本ではまだチャリティという感覚が根付いていないのかもしれないし、あるいは現実的な選択をしたのかもしれない。

 現実的な選択というのは、最初のアルバムたちが音楽的にも優れていたので、クォリティーが下がった分、購入を避けたという意味である。

 これ以降、2003年にカントリー・ミュージシャンがフィーチャーされた「アコースティック・クリスマス」、2009年にはレゲエ・ミュージシャンも含まれた「クリスマス・エイド7」が発表されているが、日本ではほとんど知られていないミュージシャンばかりだった。

 チャリティーには自己満足的な部分や、一方的なメッセージというマイナスの面も確かに含まれてはいるが、そうはいっても、そういう精神が確実に根付いているという点は、日本と比べて、評価されて当然だろう。

 今年ももうすぐ終わってしまうが、来年は今年よりももっといい年になるように願っている。みなさん、よいお年をお迎えください。

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2014年10月 8日 (水)

アシーナ

 さて北欧を後にして、今度は南に下ってみよう。南欧でプログレやヘヴィメタが盛んな国は、何といってもイタリアだろう。

 古くはバンコやP.F.M.、新しいところではカタフェルキ・デル・シーベルやNOSOUNDなど、イギリスからの影響を巧みに消化しながら、それに独特の美しい旋律や色彩感覚に彩られた曲調などを加えながら発展してきた。

 ヘヴィ・メタルの分野でも、1995年に結成されたラプソディー(現在ではラプソディー・オブ・ファイアー)や1991年から活動しているラビリンスが有名だ。

 それで“プログレのようなヘヴィメタルのような”ロック特集の第4弾は、イタリアのバンドのアシーナが登場する。
 アシーナといっても、日本ではそんなにメジャーではないし、イタリア本国でもそんなに人気が高まることもなく、2002年に解散しているバンドだ。

 それでも日本では国内盤も発売されるほど、期待されていたバンドだった。メンバーは5人(のちに6人)で、オリジナル・メンバーは、ボーカリストのアレッシォ・モスティ、ドラマーのマッテオ・アモロゾ、ギタリストのシモーネ・ペレーグリーニの3人だった。

 バンド名は、もちろん“アテネ”のことを意味しているのだが、本当は、日本の有名なコミック「聖闘士星矢」にちなんで名づけられたといわれている。自分は、アニメにはそんなに詳しくはないので、よくわからないのだが、そういえばギリシャ神話か何かに関係していたような内容だった気がする。だから“アテネ”なのだろう。

 彼らは1991年頃に活動を始め、1993年に5曲入りのデモ・テープを制作している。デビュー・アルバムは1995年に発表された。「インサイド、ザ・ムーン」というタイトルで、ヨーロッパを始め、日本でも発売された。

 以前にも書いたけど、当時は第2、第3のドリーム・シアターを発掘しようというレコード会社と、プログレッシヴ・ロックとヘヴィ・メタルの融合したような音楽を聞きたいというリスナーの欲求が、世界的に高まっていた時だった。2_2
 このアルバムは国内盤も発売されたのだが、それほど有名な曲もないし、印象に残るようなアルバムではなかったようだ。メンバーはドリーム・シアターと同じように、音楽専門の学校を卒業しているという触れ込みで、それなりの期待を持たされたのだが、楽曲自体はパッとしなかった。

 彼ら自身もそのことをわかっていたようで、3年後に発表されたセカンド・アルバム「ア・ニュー・レリジョン?」ではオリジナル・メンバーだったボーカリストが馘首されていて、新しくファビオ・リオーネという人が加入した。

 このファビオという人は、同じ系列のバンドとしても語られているラビリンスのボーカリストでもあった。
 バンドに加入した当時の彼は、ラビリンスからラプソディというバンドに移籍していて、アシーナとラプソディの2つのバンドを掛け持ちして活動していくと公言していた。それくらい彼はイタリアを代表するボーカリストとして実力があったのだろう。

 また彼は、こうも述べている。『曲にあった歌い方が大事だ。機械的なハイトーンで歌うよりもエモーショナルに歌いたい。ラプソディは抒情的な曲が多いし、ラビリンスではもっとスピィーディな曲が多い。アシーナにはその中間的な、バラエティ豊かな曲が多いから、歌うスタイルもそれに合わせるよ』

 実際、1998年に発表されたセカンド・アルバム「ア・ニュー・レリジョン?」には冒頭の短いインストゥルメンタルを含め全11曲が収められていて、曲自体も長くて6分少々、大半は4分から5分程度の短い曲が多かった。Photo
 アルバム・コンセプトは、この時期に流行った人類の終末観を描いているもので、ヨハネの黙示録以降の新しい宗教のことを歌っているようだ。この辺はイタリアのバンドらしい気がした。

 サウンド的には、ドリーム・シアターの二番煎じという感はぬぐえないが、情感のこもった歌い方や、時折交えるファルセットが効果的で、確かに上手なボーカルだと思う。

 またギターよりもキーボード・ソロの方が印象的というか、耳に残りやすい。テクニック的には他のバンドと比べても遜色はないと思うが、音数的にはやや少ないかなという印象だった。

 ただこのアルバムは、彼らの代表作と呼ばれるだけあってか、基本的にはメロディアスで疾走感があり、佳曲が多い。例えば3曲目の"Soul Sailor"はサビの部分が覚えやすく聞きやすい。演奏部分もしっかりしていて、速弾きのギター・ソロも安心して聞くことができる。何となくブラジルのヘヴィ・メタル・バンド、ANGRAのアルバムを聞いているようだった。

 "Every Word I Whisper"では、分厚いキーボード・ストリングスが圧迫感を伴ってこちらに押し寄せてきそうだし、"Dead Man Walkin'"のギター・ソロは必聴だろう。

 抒情的なエレクトリック・ピアノのイントロが一転してハードに展開する"My Silence"は、静と動の対比が見事だし、同じ6分以上もある"Secret Vision"ではキーボード、ギター、ベース・ギターの各ソロ・パートが各人の力量の高さを証明しているようだ。この2曲は、このアルバムを代表する曲だといってもおかしくはないだろう。

 ラストの"Not Too Far"はストリングスをバックにしっとりと歌われていて、なかなか感動的だ。彼らのバラードの代表作ともいえるだろう。

 予想できたことなのだが、このアルバムを発表したあと、ボーカリストのファビオが脱退してしまう。結局彼は、ラプソディで活動することになったからだ。確かにラプソディの方がメジャーだったから彼の選択は正しかったかもしれないが、でも最初から分かっていたような気もしてならない。

 当然またボーカリストが交代して、2001年にサード・アルバム「トゥワイライト・オブ・ディズ」を発表したのだが、これはセカンド・アルバムよりも評判を呼ばず、国内盤も発売されることもなかった。

 2002年にバンドは解散を表明し、わずか3枚のアルバムを残して解散してしまった。やはり、バンドの顔ともいうべきボーカリストが固定できなかったというのが最大の原因だろう。

 メンバーそれぞれの演奏技術は高かっただけに、残念でならない。メンバーそれぞれもその後どうしていることやら、よくわからないのだが、何らかの形で音楽活動を続けていることを願っている。

 イタリアのミニ・ドリーム・シアターだったアシーナである。彼らの名前と曲は、今でも一部のファンにとっては忘れ難いものになっているに違いない。

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2014年10月 3日 (金)

オーペス

 “プログレのようなヘヴィ・メタルのようなロック”の第3弾、今回はドイツから北欧の国、スウェーデンに移動したいと思う。

 だいたいスウェーデンのみならず、北欧の国々ではプログレッシヴ・ロックやヘヴィ・メタルのバンドは多くて、スウェーデンだけでも、古くはシルヴァー・マウンテン、中堅どころではエッジ・オブ・サニティやペイン・オブ・サルヴェイションなどがあるし、プログレッシヴ・ロックの分野ではこのブログでも紹介したトレッティオアリガ・クリゲットやアングラガルドにアネクドテン、ご存じ北欧の鬼才ロイネ・ストルトの在籍しているケイパやザ・フラワー・キングスなど、枚挙にいとまがないくらいだ。

 北欧の国々では、なぜこのようにプログレやヘヴィ・メタルが流行るのかを研究するだけでも論文の1つが書けそうだが、暇もないので、そんなことはしない。ただ、国土の約66%が森林で、人口密度も1k㎡あたり20人くらいしかいないという点や、古くからクラシックや民族音楽が盛んだったということも考慮する必要があるのかもしれない。

 そんな数多いスウェーデンのバンドの中で、今回は世界的にも有名なオーペスを紹介したいと思う。何しろこのバンドは、日本では“北欧の暗黒神”と呼び崇められているくらい有名なのだ。

 といっても自分は、そんなに彼らのことは詳しくない。むしろ知らないことの方が多いくらいだ。理由は、基本的に彼らはデス・メタルの分野に所属していると思っているからだ。
 そしてデス・メタルといえば、あのゲロを吐きそうな低音の歌い方(“グロウル”と言うらしい)が特徴の一つだが、自分はそれが嫌いで、極力この分野は避けてきた。

 ところがこのオーペスというバンドは、1990年のバンド結成以来、デス・メタルをやっていたのだが、21世紀に入ってからはプログレッシヴ・ロックの分野にも触手を伸ばしてきたという雑誌の記事を信じて、彼らのアルバムを購入したのだった。それが2005年の「ゴースト・レヴァリーズ」だったのである。Photo
 このアルバムの1曲目"Ghost of Perdition"では、いきなり自分の嫌いなデス・ヴォイスで始まる。これを聞いただけで、もう正当な評価ができなくなるのだが、このブログを書くにあたって、もう少し真剣に聞こうと思った。

 このアルバムは70分近い大作で、最後の曲を除いて比較的長い曲が多い。中には11分半以上もある曲も含まれていて、時間的なことを言えば、確かにプログレッシヴ・ロックと判断してもいいだろう。

 面白いことに、バンドのリーダーで全曲作詞・作曲したミカエル・オーカーフェルトは、デス・ヴォイスと普通の声を使い分けて歌っていて、メタルチックな個所はデス・ヴォイスで、プログレッシヴなところはノーマルなトーンで歌っている。

 そうやって聞くと、案外このアルバムも聞きやすくなってくるというもの。10分以上もある"Ghost of Perdition"や"The Baying of the Hounds"もプログレ界に新しい風を運んできてくれそうな気がしてくる。
 特に2曲目の"The Baying of the Hounds"では、ハモンド・オルガンがイントロから聞こえてきたので、思わずディープ・パープルを連想してしまった。

 それにこの曲ではエレクトリック・ギター・ソロの後にはアコースティック・ギターが効果的に使用されるなどの工夫が見られ、そのエレクトリック・ギターでのソロもこれ見よがしにテクニックをひけらかすのではなく、曲調に合わせたソロなので、すんなりと耳に入ってくる。

  3曲目の"Beneath the Mire"では、いきなりメロトロンの調べが聞こえてきて、これはアングラガルドの曲ではないかと思ったりもした。8分近い曲なのだが、いかにも北欧のプログレッシヴ・ロック・バンドのようだが、やはりどうもデス・ヴォイスだけは生理的に受け付けられない。
 途中のギター・ソロや、ブレイク後のピアノなどは抒情的なので、もうデス・ヴォイスを捨てて普通に歌えば、立派なプログレ・バンドになれると思うのだが、どうだろうか。

 このリーダーのミカエルは、アイアン・メイデンやブラック・サバス、ジューダス・プリーストにメタリカなどのメタル・バンドだけでなく、マリリオンなど80年代のシンフォニック・ロックから60年代、70年代のプログレッシヴ・ロックも学んでいったそうで、アンディ・ラティマーやデヴィッド・ギルモアなどもフェイヴァリットなミュージシャンに挙げている。3
 だから曲調にもそういう70年代のプログレッシヴ・ロックの雰囲気が表れていて、ノーマルな声で歌われる曲"Atonement"では、オルガンとギターと打楽器が中近東風のような不思議な音空間を作り上げているし、"Reverie/Harlequin Forest"では、メロディーだけ聞くと、ペンドラゴンにも負けない立派なプログレッシヴ・ロックになっている。

 そういえば、ミカエルがプログレッシヴ・ロックの方向性に舵を取るきっかけになったのは、ポーキュパイン・ツリーのギタリスト、スティーヴン・ウィルソンの助力も大きかったように思う。

 彼がオーペスを気に入って、ミカエルに連絡を取り、5枚目のアルバム「ブラックウォーター・パーク」のプロデューサーを買って出たからだ。このアルバムにはインストゥルメンタルも含まれていて、そういえばポーキュパイン・ツリーのアルバムに似ているところもある。デス・ヴォイスを除けばの話だが…

 
 話を「ゴースト・レヴァリーズ」に戻すと、自分が特に気に入ったのは6曲目の"Hours of Wealth"だ。イントロのアコースティック・ギターはまるで元ジェネシスのスティーヴ・ハケットのようだし、ボーカル部分はグレッグ・レイクに似ている。
 それに最後のエレクトリック・ギターのソロは、デヴィッド・ギルモアだろう。彼らのいいところが凝縮されていて、まさに秀逸だ。こういう曲をもっとやってほしかった。

 それに"The Grand Conjuration"はデス・メタル版"Red"か"Starless"だし、最後の3分少々の曲"Isolation Years"はジェネシスかキャメルのような荘厳さと繊細さを兼ね備えている。

 このブログを書くにあたって、再び聞き直したのだが、このアルバムは結構いける。もしデス・ヴォイスがなければ、間違いなくもう2,3枚は彼らのアルバムを買っているだろうし、最新アルバムの「ペイル・コミュニオン」も躊躇なく購入しただろう。71jz4izvsl__sl1500_
 ファンにとっては、あのデス・ヴォイスとノーマルな声の使い分けが素晴らしいというのだろうが、“蓼食う虫も好き好き”で、自分にとっては辛いものがあった。
 ただデス・メタルとプログレッシヴ・ロックを無理なく、しかも高度なレベルで融合させたその功績は、称えられてもいいと思っている。

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2014年9月28日 (日)

エヴェロン

 長野県にある御嶽山が噴火した。最初は普通の火山活動だと思っていたのだが、詳細がわかるにつれて、かなり大変な事故だとわかった。28日正午の時点で、使者1名、心肺停止者が31名、他にも重軽傷者が多数いるし、農作物の被害も甚大なものになるだろう。
 あらためて亡くなられた方に哀悼を表すとともに、事故に遭われた方の一刻も早い回復を願っています。 

 “プログレのようなハード・ロックのような”バンドの第2弾、今回も場所はドイツである。前回はプログレとスラッシュ・メタルが合体したような音楽だったが、今回はわりと素直で分かりやすい音楽をやっている。

 もともとドイツのプログレッシヴ・ロックやハード・ロックはメロディアスな音楽を奏でるものが多く、日本でも好意的に迎えられている。例えばノヴァリスであり、たとえばスコーピオンズである。

 なぜそういう音楽がドイツで広まっているのかよくわからないが、哀愁漂うメロディは、日本人の心性にもよくマッチしていると思う。

 それで今回は1988年に結成された4人組、エヴェロンの登場である。彼らも美しいメロディを中心とした曲の組み立てをしていて、聞いていて心が思わず和んでしまう。

 エヴァロンも、ドリーム・シアターやクィーンズライチの成功に影響を受けてバンドを始めたらしい。
 バンドの楽曲を手掛けているのは、ドラマーのクリスチャン・モースという人だ。彼とギタリストのラルフ・ヤンセンは子どもの頃からの友だち同士で、それにベーシストのシャイミィ、キーボーディストのオリヴァー・フィリップスが加わって、デビューしている。

 彼らは、このブログでも取り上げたドイツのプログレ・バンドのグローブシュニットの元ドラマーだったエロックのスタジオを借りて、デビュー・アルバムをレコーディングしている。それが1993年に発表された「パラドキシーズ」だった。

 クリスチャン・モースは、音楽一家の出身で、影響を受けたドラマーはニール・パート、テリー・ボジオ、サイモン・フィリップスで、尊敬するミュージシャンはスティーヴ・ヴァイ、ピーター・ガブリエルそしてドリーム・シアターだそうだ。

 歌はオリヴァーが歌っていて、訛りのある英語が何とも微笑ましい。声を張り上げるところはラッシュのゲッディ・リーのようだが、全体としては穏やかで奥行きのないジョン・ウェットンという感じだ。

 アルバムは全9曲で、平均して1曲当たり6分~7分程度だろう。のちに彼らは組曲形式のものも発表するのだが、この当時はアメリカやカナダのメロディアス・ハード・ロックにプログレッシヴ・ロックの雰囲気をふりかけたような音楽をやっていた。Photo
 だから基本的には、ソング・オリエンティッドな作りになっていて、歌詞と歌詞の間に壮大なキーボード・プレイやスリリングなギター・ソロが挟まれているような感じだった。個人的にはもっとインストゥルメンタルを強調してもいいのではないかと思ったりもしたのだが、デビュー・アルバムだから、名前が侵透することを優先したのかもしれない。

 1曲目の"Face the World"は疾走感のある曲で、ギターよりはキーボードとリズム・セクションの方が目立っているが、2曲目の"Private Warriors"からギターも自己主張を始めている。時折りメタルっぽく聞こえるのだが、全体的には伸びがあって透明感あふれるソロを聞かせてくれる。

 このギタリストのラルフは、アレックス・ライフソンとランディ・ローズが好きだそうで、確かにテクニックはしっかりとしている。ラッシュのアレックス・ライフソンよりはソロが長めで、上手に聞こえる。

 3曲目の"Circles"はバラード・タイプの曲。彼らの曲はどの曲も聞きやすく、スーと耳に入ってくるが、もうひとひねり欲しい感じもした。欲を言えば、印象的なフレーズや一緒にシンガロングできるようなメロディがもう少し欲しい。この辺が彼らをB級バンドに留めているのではないだろうか。

 このアルバムは後半になるにしたがって良い曲が占めていて、アルバム・タイトル曲である"Paradoxes"ではエレクトリック・ピアノとエレクトリック・ギターのソロがバランスよく配置されていて、ボーカルをしっかりと盛り上げている。何となくラッシュの曲のようだ。

 "It Almost Turned Out Right"は3分少々と短い曲で、ひょっとしたらシング・カットを狙って作ったのではないかと感じた。ラッシュの曲で言えば"Closer to the Heart"だろうし、ドリーム・シアターで言えばシングル用の"Pull Me Under"だろう。ただこの曲は耳触りはいいのだが、記憶には残らない不思議な曲だ。

 逆に"Marching Out"や"Open Windows"の方が、時間的には長いが転調を含んでいて、注目させる要素を持っていると思った。まあデビュー・アルバムと思えば、多少のことは目をつむっても、水準以上の出来だろう。

 彼らは2年後の95年にセカンド・アルバム「フラッド」を発表した。前作はドラマーのクリスチャンが全曲書いていたが、今回はキーボーディストのオリヴァー・フィリップスが全曲担当している。ちなみに前作のクレジットはバンド名になっていたが、セカンドではオリヴァー自身の名前がはっきりと明記されていた。1
 全10曲で、1曲目の"Under Skies..."と2曲目の"... Of Blue"は連続していて、抒情的なエレピのイントロからボーカルが導かれ、バックにストリングス・キーボードが覆ってくるという構成で、どうみてもキーボーディストが書きましたという曲になっている。ギターはほとんどアルペジオだけで終わっている感じだ。

 基本的にはこのセカンド・アルバムも歌ものになっていて、オリヴァーはしっかりと歌っている。元々彼はボーカリスト募集の広告を見て参加したもので、ボーカルには自信があったようだ。

 またアルバムには、5分台の曲が多くて、前作よりはコンパクトにまとめられている。個人的にはもろラッシュの影響を受けたとわかる"Very Own Design"が疾走感があってよかった。こういう曲をもっとやってほしかった。

 要するに、エヴァロンは中途半端なのだと思う。もう少しテクニカルなプレイに走るとか、逆に10分以上もある壮大な曲を演奏するとかすれば、メタル・ファンやプログレ・ファンからもっと注目を受け、さらに名前もアルバムも売れたのではないかと思っている。

 セカンドいえば、"Very Own Design"や5曲目の"In All That Time"だろう。8分以上もある"In All That Time"では、歌と演奏のバランスがよく、聞かせ所をしっかりとわきまえている感じだ。

 他にも力強いボーカルが目立つ"Lame Excuses"やハード・ロック的要素が散りばめられた"Cavemen"など、聞き所は多い。
 また最後の曲"Flood"にはアコースティック・ギターとサックスにゲスト・ミュージシャンが参加している。新機軸を狙ったのだろうか。ただサックス・プレイヤーの名前はクラーク・ケントになっていた。本名なのかどうかは、わからない。

 彼らの最高傑作は2000年に発表された「ファンタズマ」のようだが、自分は未聴なので何とも言えない。ただこのアルバムからギタリストが交代しているから、それが良い結果をもたらしたのかもしれない。

 エヴェロンは、2008年に7枚目のスタジオ・アルバム「ノース」を発表したが、そのあと活動休止状態である。彼らのオフィシャル・サイトも2008年で停止しているようだ。
 このまま解散するのか、また活動を再開するのかわからないが、歴史的名盤を残せるように頑張ってほしいものである。

 ドイツには、他にもハロウィーンやガンマ・レイ、ブラインド・ガーディアンなど、プログレとヘヴィ・メタルの中間に位置するバンドは多い。いくつかはこのブログでも取り上げているので、興味のある人は、“その他の音楽”のジャンルで検索してもらえるとありがたいし、逆に、自分はこういうバンドも知っているぞ、というのがあれば、御教授願いたいと思っている。

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2014年9月23日 (火)

メコン・デルタ

 さて今日は、ちょうど季節の変わり目の日ということもあり、今回から新シリーズを立ち上げようと思った。

 それは題して、“プログレのようなハード・ロックのような”シリーズである。簡単に言うと、プログレッシヴ・ロックともハード/ヘヴィ・メタル・ロックとも判断がつかないような中間に位置するバンドのことを指す。

 たとえて言うならアメリカのクィーンズライチやドリーム・シアターのような音楽をやっているバンドで、今回はアメリカ以外の国々から選んでみることにした。
 なぜならアメリカでは、もはやこういう音楽は社会的に認知されていて、それなりのジャンルやファンベースを形成しているからである。

 要するに、アメリカではこの手の音楽は、商業性が高く、ある程度の成功が期待されている。ところがアメリカ以外の国では、なかなか成功しないし、成功してもそのパイの実は大きくはない。

 それで記念すべき第1回には、今も活動を続けているメコン・デルタが登場する。このバンドは1985年にドイツのベルリンで生まれた。音楽形態としては、スラッシュ・メタルというもので、要するに、ヘヴィメタをさらに過激に、性急にさせたような音楽である。2
 自分は、このような音楽が世界で2番目に嫌いなのだが、このバンドの場合は、先に上げたように、プログレの世界にも足を突っ込んでいるような印象を受けたので今回取り上げることにした。

 ある日、いつものように中古CDショップ内を逍遥していると、1枚の気持ち悪いアルバム・ジャケットが私の気を引いた。それがメコン・デルタというバンドの「カレイドスコープ」というアルバムだった。

 下の写真にもあるように、何しろ骸骨がバイオリンを弾いているのである。しかも裏ジャケットを見ると、3曲目に"Dance on a Volcano"とあるではないか。もちろんこれは、あのバンドの曲のことだ。

 バイオリンと例のバンドの曲とくれば、これはもうプログレしかないと思って、速攻でこのアルバムを買ってしまった。

 今となっては少し反省もしているのだが、このように何年もたってから、自分のブログで紹介することになるとは、当時は全く予想だにもしていなかった。人生、何が僥倖を生むかわからないものである。

 バンドの中心メンバーは、ベーシストのラルフ・ヒューバートという人で、この人は作詞・作曲を手掛け、アルバムのプロデュースも行っている。(上の写真の向かって一番左の人)

 もとはエンジニアで、このバンドを立ち上げた人だった。最初は曲つくりとプロデュースを担当していたのだが、オリジナル・メンバーだったベーシストが脱退したため、急遽彼が担当することになった。それが今でも続いているようだ。

 この「カレイドスコープ」というアルバムは、日本では1993年に発表された彼らの5枚目のスタジオ・アルバムである。全9曲でトータル48分20秒と、ややコンパクトな作品だ。Photo
 1曲目の"Innocent?"は、お約束通りの性急なスラッシュ・メタルな曲。1曲くらいなら許容できるけれども、こんな曲が続くのであれば、たまらないと思った。この手の音楽が好きな人なら、気持ちいいだろうけれども。

 2曲目の"Sphere Eclipse"では、イントロがイエスの"Heart of the Sunrise"の出だしとよく似ていて、ギターとドラム、ベースのユニゾンの繰り返しが1分少々続く。
 その後ボーカルが入るのだが、ドイツのバンドなのに歌詞は英語である。インターナショナルな活動を目指しているのだろう。

 スラッシュ・メタルでは、メロディアスなギター・ソロは少ないようで、このアルバムでも印象的なギター・ソロは少なく、ハードでリズミックなリフが続いている。もちろんギター・ソロはあるのだけれども、テクニカルかつ変幻自在なギター・ソロで、これがウリなのだろう。

 先ほどの"Dance on a Volcano"は、オリジナルよりもちょっとだけテンポの速い曲になっていて、それでもほぼ原曲とおりである。ただ4分30秒過ぎから、徐々に速くなっている。本家をロックぽくしたような曲でもある。

 もともと彼らは、E,L&Pに強く影響を受けていて、ライヴでは、ムソルグスキーの「展覧会の絵」を演奏しているE,L&Pをさらに模倣するような演奏していた。だからもともと演奏には定評があったようだ。

 前作の「ダンシズ・オブ・デス(死の舞踏)」では、8つのパートからなる組曲や、10分以上もある"Night On a Bare Mountain"(禿山の一夜)も収められていた。形式的には、これはもう立派なプログレであろう。

 話を「カレイドスコープ」に戻すと、4曲目はメコン・デルタ流のアコースティックなインストゥルメンタルで、タイトルが"Dreaming"という。確かに1曲目や2曲目と比べれば、比較的夢は見やすいかもしれない。時間的には3分45秒で、もう少し長くてもよかったと思う。

 おどろおどろしいイントロで始まる"Heartbeat"では、最初はラルフのベース・ギターが目立ち、間奏では無機質なギター・ソロが鳴らされている。ボーカル入りだが、焦燥感漂う曲つくりは、彼らの得意とする部分だろう。

 続く"Shadow Walker"も同傾向の曲で、こちらは演奏よりもボーカルが目立っている。ただ間奏のギター・ソロはツイン・ギターなのか、オーバーダビングされているのか、よくわからないが結構目立っていて、これだけ弾ければ、さぞかし本人も満足だろうと思ってしまった。

 7曲目にはクラシックの"Sabre Dance"(剣の舞)が収められていて、これもほぼ原曲に近い。もちろんスラッシュ・メタル風ではある。2分46秒というタイム・スケールなので、余計に短く感じてしまった。

 彼らは、デビュー当初は、クラシックとスラッシュ・メタルの調和を目指していたらしく、それで"Night On a Bare Mountain"や"Sabre Dance"などを演奏しているのであろう。

 また彼らのアルバム・ジャケットには、バイオリンやフルートなどの絵が描かれることが多いが、これはクラシック音楽をシンボライズしているようで、別にバイオリンなどが演奏されているわけではないようだ。

 ただこのアルバムのクレジットには、ボーカルとギタリストとベーシストの3人しかなくて、他のメンバーはセッション・ミュージシャンを起用している。前々からこのバンドは、ラルフのプロジェクト的な要素が強いと思っている。

 メコン・デルタは、1996年から約2年ほど活動中止状態だった。その間、ラルフは過去のアルバムをリミックスし直して発表している。また現在では、メンバーを一新して活動中だ。

 この手のバンドの需要がどれほどあるかわからないが、やはりそれなりの人気があるらしい。

 ただ彼らが成功しているのは、クラシックとスラッシュ・メタルの調和という他のバンドにはない特長を備えていたからだ。俗にいう“差別化を図る”ということであろう。彼らのアルバムを買う買わないは別として、こうなればますます頑張ってほしいと思っている。

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2014年7月15日 (火)

ヨーロッパ

 “暑さも忘れるブリティッシュB級ハード・ロック”特集の第2弾は、ヨーロッパの登場だ。ヨーロッパと言えば、80年代にロック・ミュージックやMTVに頻繁に触れた人なら、あぁ、あれかとすぐにわかると思う。
 (正確に言えば、ブリティッシュ・ロックではないのだが、距離的に近いということで、勘弁してください)

・何しろ某TV洋楽番組では、"One Hit Wonder"(一発屋)として紹介されていたヨーロッパである。
・あの名高いシングル曲の"Final Countdown"で名前を馳せたヨーロッパである。
・当時は、世界で最も有名なヘヴィ・メタル・バンドとして雑誌の表紙を飾っていたヨーロッパである。

 彼らの名前を聞けば、この有名な曲のイントロがすぐに頭に浮かんでくるほど、"Final Countdown"はヒットしたのは確かだ。(あるいは逆に、曲名を聞けばイントロが浮かぶかもしれない)

 この曲は、1986年に発表された彼らの3枚目のアルバム「ファイナル・カウントダウン」
に収められていて、全世界26ヵ国でNo.1になり、780万枚以上の売り上げがあった。またアルバムは600万枚以上売れたし、いまだに再発盤が販売されている。

 まさに彼らを代表するアルバムになったのだが、正確に言えば、彼らはこのシングル以外にもNo.1ヒット、トップ20ヒットを放っているから、決して一発屋などではないのだが、どうしても"Final Countdown"の印象が強すぎて、そう思ってしまう。

 紹介が遅れたが、彼らはスウェーデン出身のバンドである。いわゆる“北欧メタル”というやつだ。
 北欧メタルといえば、彼ら以外にもTNT、プリティ・メイズ、ロイヤル・ハント、ストラトヴァリウスなど、このブログでも取り上げたバンドがいるし、個人では何といってもイングウェイ・マルムスティーンが有名だろう。

 いずれもメロディアスで様式美を追及したサウンドを特徴としていて、基本的にはリッチ―・ブラックモア的な速弾きギタリストとハイトーンのボーカリストを擁している。また、必ずといっていいほどキーボードも使用され、クラシカルな雰囲気を添えている。

 その北欧メタル・バンドの中で、ヨーロッパは1979年に結成されているから、先駆的な役割を果たしてきたバンドだ。

 もともとはキーボード&ボーカリストのジョーイ・テンペストとギタリストのジョン・ノーラムが意気投合して結成したバンドだった。元々のバンド名はフォース(Force)と名乗っていたようだ。Europe01
 当時は、スウェーデンのバンドがハード・ロックの分野でメジャーになれるわけがないという偏見にとらわれたレコード会社が多くて、彼らにはアルバムを発表する機会も与えられなかった。

 彼らにチャンスが訪れたのは1982年で、スウェーデン国内で行われたロック・コンテストにジョーイの友人が応募してしまい、結局そのまま優勝してしまった。しかも優勝賞品は、アルバムのレコーディング券だった。

 翌年、彼らはデビュー・アルバム「幻想交響詩」を発表し、本国スウェーデンとヘヴィ・メタ天国の日本で話題になり、ヒットした。
 1984年にはセカンド・アルバム「明日への翼」を発表。このセカンドからキーボーディストのミック・ミカエリが参加するようになった。

 そして2年間のライヴ活動とアルバム制作期間をおいて発表されたのが、3枚目の「ファイナル・カウントダウン」だった。61y9wv0txyl
 ただ一つだけ彼らのことを擁護しておくと、良い曲は"Final Countdown"だけではないのだ。このアルバムは、アメリカでは60週以上もチャートに留まるという大ヒットを記録したが、"Final Countdown"を含む4曲がトップ20まで上昇している。

 特にキラキラとしたエレクトリック・ピアノのイントロが美しい"Carrie"は、映画のクライマックスで使用してもいいほどのバラードの名曲で、ビルボードのシングル・チャートで3位を記録している。"Final Countdown"が、実は8位どまりだったから、これはまた違う意味で立派な結果だろう。

 それ以外にも堂々としたロック・ソングの"Rock the Night"では、ジョン・ノーラムの速弾きギターを味わうことができるし、日本の忍者をモチーフにした抒情的な"Ninja"や、ネイティヴ・アメリカンの歴史にインスパイアされた"Cherokee"、映画のタイトル曲になった"On the Loose"という曲も含まれていた。
 確かに名曲のオンパレードで、これが売れなければ、何が売れるんだというようなアルバムだった。

 ところがバンドの売れ線狙いという路線に、ギタリストのジョン・ノーランが反発し、1986年、アルバムがまだ赤丸印上昇中の時にバンドを去ってしまった。まことに潔いというか、自分に自信があるというか、下手に名誉や金銭を求めないその姿勢が日本では好意的に受け入れられ、ソロになったジョン・ノーラムの評価はますます高まっていった。

 彼らの楽曲のほとんどは、ボーカリストのジョーイが作っているため、ジョンとしてはもっと自分の活躍の場を求めようとしたのだろう。何となくその気持ちは、わかるような気がする。

 その後、彼らは3枚目、4枚目のアルバムを発表するものの、1986年当時のようなセールスを獲得することはできなかった。ジョンの代わりに加入したギタリスト、キー・マルセロもテクニックでは決して前任者よりは見劣りはしなかったものの、バンドとしてのマジックは失われてしまったようだ。

 そんな彼らの歴史を一望できるアルバムが、ベスト盤「ヨーロッパ1982-1992」である。これにはシングル"Final Countdown"の裏サイドだった"On Broken Wings"やアルバム未発表曲、シングルのアコースティック・ヴァージョンなど、熱心なファン以外でも思わず注目してしまう内容になっている。Photo
 また21世紀の2004年に、ジョン・ノーラムのバンド復帰が果たされ、ほぼベスト・メンバーで現在活動中である。

 結局、彼らに不幸なレッテルをつけたのは一部のメディアだけであって、彼らのことを知れば、決して“一発屋”などではないし、彼らの実力を認め、さらなる飛躍を願っている人たちは、まだまだ世界中に数多くいるのである。

 ジョーイやジョンは、51歳や50歳とまだ若い。まだまだバリバリやれるはずだ。決して過去の栄光にすがることなく、“一発屋”という評価を覆すためにも、次なる名曲、名盤を残してほしいものである。

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2014年1月 3日 (金)

うま年にちなんで

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。特にこのブログに訪れる皆様方全員には良い年になってほしいと心から願っております。

 といっても今日はすでに3日目、正月3ヶ日の最後にあたるのだが、今年は明日明後日が土日にあたるので、休みが長い。うれしい限りではあるが、特に何をすることもなく、正月特番のくだらないテレビ番組を見ながら、いたずらに時間を過ごしている。

 それで今年最初のブログは、今年の干支を表しているアルバム・ジャケットを何枚かピック・アップしてみた。

 それで探してみると「馬」のアルバム・ジャケットはかなりあって、本当は11枚にコメントを寄せたかったのだが、そうすると膨大な量になりそうなので、紹介だけに留めることにした。

 まずはアメリカン・ロックからだ。最初は70年代の有名なバンドのアルバムからで、1枚はザ・ドゥービー・ブラザーズの「スタンピード」、もう1枚はザ・スティーヴ・ミラー・バンドの「ペガサスの祈り」である。

 「スタンピード」は1975年のアルバムで全米4位を記録したもの。トリプル・ギターとダブル・ドラムスは豪快にして繊細で、意外と知られていない“Slat Key Soquel Rag”のアコースティック・ギターなどは小曲ながらも存在感があった。ちなみに彼らの3枚目のアルバム「キャプテン&ミー」にも馬車が写っていて、こちらの方もメッセージ性があって捨てがたい。Photo
 「ペガサスの祈り」は1977年の作品で、これはもう全米で300万枚以上売れるという大ヒットを記録した。正確に言えば、「馬」ではなく馬に羽のはえた「ペガサス」なのだが、馬の一種ということで勘弁してもらいましょう。ちなみに翌年発表された「グレイテスト・ヒッツ」にもペガサスが描かれていた。Photo_2
 次はボブ・シーガー&ザ・シルヴァー・ブレット・バンドの1980年のアルバム「アゲンスト・ザ・ウィンド」で、これも当時バカ売れしたもの。確か全米だけで500万枚以上売れて、ピンク・フロイドの「ザ・ウォール」のNo.1の位置を奪っているはずだ。その後6週連続No.1になり、グラミー賞も獲得している。
 ボブ・シーガ-はデトロイト出身のロックン・ローラーで、当時はブルース・スプリングスティーンと人気を二分するほどだった。Photo_3
 あとマイナーなところでは、キャロル・キングの「サラブレッド」、ジェフ・ワトソンの「ローン・レンジャー」などがある。

 キャロル・キングは今年で御年72歳になるのだが、いまだに健在で昨年はグラミー賞の舞台で歌っていた。「サラブレッド」は1975年の作品で全米3位を記録し、ゴールド・ディスクを獲得している。名盤ではないが好盤である。この中の“Only Love Is Real”はベスト盤にも収められている。Photo_4
 ジェフ・ワトソンはロック・バンド、ナイト・レンジャーのギタリストだった人で、このアルバムはソロになって初めてのアルバムだった。全曲インストゥルメンタルで、8本指で弾くエイト・フィンガー奏法(別名オクトパス奏法)で有名だった。「ローン・レンジャー」は1992年の作品で、サミー・ヘイガーやアラン・ホールズワース、スティーヴ・モーズにブラッド・ギルス、さらにはカーマイン・アピスにボブ・ディズレーなど錚々たるミュージシャンが参加している。Photo_5
 

 さて次はブリティッシュ・ロック編である。アメリカでは「馬」ジャケットは1970年代に集中していたが、イギリスではアメリカのようなモーターサイクル社会にまでなっていないせいか、70年代から90年代まで幅広い。

 それでは年代順に70年代のアルバムからで、マイナーなところでは、ベガーズ・オペラやベーブ・ルース、ウォーホースなどがある。

 ベガーズ・オペラは5人組のプログレ・バンドで、このアルバムは1972年の作品。詳細はこのブログでも述べているので、そちらを参照してほしい。CDでも変形ジャケットで販売されて、話題になった。Photo_6
 ベーブ・ルースも70年代に活躍したブリティッシュ・バンドで、このアルバムは1973年に発表された。基本的に彼らはハード・ロック・バンドだったが、このアルバムには組曲もあって、プログレ・テイストも添えられていた。これも詳細は過去のこのブログで述べている。Photo_7
 一方、ウォーホースは元ディープ・パープルのベーシストだったニック・シンパーが結成したバンドで、デビュー前にはリック・ウェイクマンもバンド・メンバーだった。これは1970年に発表された彼らのデビュー・アルバムである。かなりパープルを意識していて、対抗心を燃やしながら制作したような感じだ。Photo_8
 またメジャーなところでは、ジェスロ・タルの隠れた名盤「逞しい馬」だろう。タイトルを見て一瞬購入することをためらったものの、清水の舞台から飛び降りるつもりで買った思い出がある。

もちろん買って大正解で、アコースティックな“Moths”や“One Brown Mouse”、ダリル・ウェイも参加した“Heavy Horses”など聴きどころ満載で、何度感涙の涙を流したかわからないほどだ。Photo_9
 もともとジェスロ・タルとはイギリスの農学者の名前だったし、このアルバムのテーマは馬による農耕が機械耕作に変化した時代の農夫の悲哀を表していた。70年代のジェスロ・タルが如何に充実した創作活動を行っていたかを証明できるアルバムだと思っている。


80年代に入っても「馬」が使用されたアルバムが発表されていて、1982年にはあのXTCが「イングリッシュ・セツルメンツ」のジャケット・デザインに“アフィントンの白馬”を使用している。デザインはイングランド南部に実在する約3000年前の遺跡を模したものである。Photo_10
 また1987年にはアズティック・カメラの「ラヴ」が発表された。それまで彼らは“ネオアカ”と呼ばれるアコースティック・ギターを中心としたアルバム作りを行っていたのだが、このアルバムではかなりソウル色を強めていて、急に大人になったような音楽を披露している。いい曲は多いのだが、ちょっとオーヴァー・プロデュースな気がした。Photo_11

そして最後を飾るのは1994年のブライアン・フェリーの作品「マムーナ」である。前作がカヴァー作品集だったので、約7年ぶりのオリジナル・ソロ・アルバムだった。
 フィル・マンザネラやブライアン・イーノ、アンディ・マッケイなどが参加していて、当時はロキシー・ミュージックの再編と騒がれたものだった。他にはロビン・トロワーやナイル・ロジャーズ、ピノ・パラディーノなど有名ミュージシャンも参加していた。

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 というわけで、取りあえず代表的な「馬」アルバム・ジャケットを紹介させてもらった。他にも探せばあるかもしれないが、きりがないのでやめておく。(そういえばポールの「ラム」の内ジャケットにもあったし、メインホースや「馬の耳に念仏」のように、バンド名やアルバム・タイトルに使用されている例もある)

やはり馬と人間の関係は太古の昔から続いているせいか、馬に関するアルバム・ジャケットが多いのかもしれない。

とにかく「人間万事塞翁が馬」ということわざもある。今年1年何が起こるかわからないが、何が起きてもあわてず、あせらず、健康で自分らしく生きていきたいと思っている。

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