ハリー・ポッターと謎のプリンス

 今頃と思うかもしれないけれど、映画「ハリー・ポッターと謎のプリンス」を見に行ってきた。今作もそうなのだが、前作、前前作とハリーの両親の死の謎や額の傷の謎はそのままでストーリーが進行していく。

 こうなるとファンタジー映画というよりも、青春群像映画のようで、ハリーを中心とするホグワーツの生徒たちの子どもからおとなへの成長を描いている映画みたいだった。

 だから謎解きはもうどうでもよくて、如何に彼らが仲良く協力して悪を倒していくか、その過程が大事ですよと言いたげな映画に思えてならない。

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 だからこの映画を見てカタルシスを得ることはできない。ラヴ・ロマンスなどの無駄なシーンが多くて、少なくとも小学生や中学年以下の人にはちょっとどうかなあという台詞もあって、このシリーズとともに成長してきた子どもたちにはいいのだけれど、それ以外の人にはどうでもいいような映画であった。(でもこのシリーズとともに成長してきた人はもうこのシリーズを卒業しているかもしれない)

 結局ハリー・ポッターも第3作「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」までが見ていて面白かった。だから1話完結ものにして、彼の両親や出生の謎みたいなものは次に持ち越しというスタイルをとったほうがよかったのではないだろうか。例えば「エイリアン」シリーズや「ターミネーター」シリーズのように。

 結局、スネイプ教授は善なのか悪なのか、本当に校長先生は死んだのか、またなぜ死んだのか、そしてハリーはなぜ校長先生を見殺しにしたのか、等々。謎はますます混迷の度合いを深めていくのであった。

 個人的には、「ハリー・ポッター」シリーズよりも「ザ・ロード・オブ・ザ・リング」3部作の方が優れているのではないかと思った。
 指輪をめぐっての友情や信頼、裏切り、善と悪の相克など、こちらの方が指輪を持って旅を続けるうちに、個人の成長や社会との関わりなどを身に着けておとなになっていくのである。何となくこっちの方が自然ではないかなあと思ってしまった。

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 「ハリー・ポッター」シリーズはこのあと来年の11月と2011年の夏以降に「ハリー・ポッターと死の秘宝」が全編後編の2部に分けられて上映される予定らしい。まるで「レッド・クリフ」である。

 だから結局最終的な謎の解明は、2011年の秋まで我慢しなければならないのだろう。もうTVのアナログ放送は終了してしまっているではないか。

 でも原作を読んだ人はその理由がわかっているはずだから、早く知りたい人は本を買って読めばいいだろう。
 “読んでから見るのか”、“見てから読むか”それとも“読まずに見るか”などは、個人の判断である。自分的には、それでもこうなったら映画館で最後まで付き合っていこうと思っている。

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ノウイング

 こういう映画を“ディザスター・ムーヴィー”というらしい。“ディザスター”とは“災害”という意味で、パニック映画の一種のようである。

 こういう映画とはニコラス・ケイジ主演の「ノウイング」である。昔流行った“ノストラダムスの予言”のような世界の終末を描いた映画である。しかし、20世紀の終わりならこういう映画が上映されても不思議ではないのだが、21世紀が始まって約10年、なぜ今「ノウイング」なのかが理解できないでいる。

 ひょっとしたら7月22日が皆既日食なので、それにあわせて制作・上映したのだろうか勘ぐってしまった。映画の中で太陽が重要な鍵を握っているからである。でもそういうわけではないだろう。

 あらすじを簡単にいうと、小学校のタイム・カプセルから数字を羅列した奇妙な紙が見つかるのだが、その数字は災害や事故のおきる日付や緯度・経度、犠牲者の数を表していた。

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 それで主人公に扮したニコラス・ケイジが災害を止めようとするのだが、個人の力では止められない。また自分の子どもやその予言の紙を書いた娘や孫に“ささやく声”の男たちが迫ってくる。彼らはどういう素性で、なぜ子どもたちを付け狙うのだろうか。そして最後の数字は何を意味し、主人公たちはどうなっていくのだろうか…

 自分でこういうふうに書くと、何となくよさそうに思えてしまうのだが、実際は何だかなあ~という感じである。映画代金に見合う映画かと聞かれると、ちょっとなあと思ってしまうし、例えば2時間館内で涼みたい人にはいい映画だったのかもしれない。

 見どころといえば、高速道路に墜落してくるジェット機のシーン、地下鉄の構内で電車が脱線し、暴走。停車中の電車やホームにいた乗客を巻き込むシーン、最後の太陽のフレアが地球を襲い、ニュー・ヨークのマンハッタンを焼き尽くすシーンの3箇所だけかもしれない。

 ジェット機の墜落シーンでは墜落した機内から火だるまになった乗客が逃げてくるのだが、地面に胴体着陸したならまだしも、地面に激突した機内から走って出てくる人なんかいないのではないだろうかと思いながら見ていた。状況はウソ臭いのだが、しかし最近の映画のデジタル映像は素晴らしくて、本当に事故現場にいあわせているような特撮だった。
 特に駅の構内で地下鉄の電車が回転しながら他の電車に追突し、乗客を吹き飛ばし、なぎ倒し、さらに進んでいくシーンは見事だと思った。

 あとはよくわからない。たぶん聖書にくわしい欧米人などは楽しめるのかもしれない。映画の中で旧約聖書の「エゼキエルの預言」の挿絵が出てくるからだ。
 これは、エゼキエルという人が光を放つ不思議な生き物によって引かれた四輪の馬車を目撃して、それに乗った神の声を伝えたといわれているもので、人によってはこの物体はUFOか宇宙船で、神とは宇宙人だと考えているようだ。

 この聖書の記述を知っている人なら、“ささやく声”の男たちがどういう人なのか、なぜそういうストーリー展開になるのか、納得できるのではないだろうか。だからやっぱり聖書にくわしくない人たちにはイマイチ、ピンとこないのである。

 それにこの映画のサウンドトラックにはロック・ミュージックが出てこない。前回の「ターミネーター4」には出てきたのだが、この映画には出てこない。世界の終末を描くなら、いっぱい用意できると思うのだが、残念ながら1曲も出てこなかった。出てきたのはベートーベンの曲くらいだろう。

 だからこの映画はパッとしなかったのだろう。もしロックがもっと流されていたら、きっと映画ももっと大ヒットを記録したに違いない。アメリカ映画なのに、ロック・ミュージックのないものを久々に見てしまった。

 ところでマヤ文明の暦では、2012年の12月21日分までしかなく、それ以降は地球が消滅してしまうのではないかと言われている。あと3年である。1999年の7の月は見事に外れてしまったが、今回はひょっとして当たるかもしれないといわれているが、どうだろうか。

 世紀末は終わったとばかり思っていたのに、いまだにそういうことが流行っているらしい。終末思想というのはいつの世になってもなくならないものである。
 その理由は人の心の中にそういう考えがあるからだ。つまり人間が地球上に存在している限り、そういう考えは無くならないのである。どうせ考えるのなら、もっと肯定的に物事を捉えていきたいものである。

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ターミネーター4

 今回は「ターミネーター4」を見に行った。もう一つの話題作「トランスフォーマー・リヴェンジ」の公開翌日だったためか、お客さんはそちらに行っていたようで、イマイチ少なかったように思う。やはり日本人は“ジャイアント・ロボ”の昔から、巨大ロボが好きなのだろう。ちょっと残念である。ちなみにこの「ターミネーター4」にも巨大ロボは登場しているのだが、宣伝不足だったのだろう。

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 それで映画の内容については、なかなかの迫力があって見どころ満載であった。少なくとも「ターミネーター3」の女殺人マシーンよりはよかったと思う。あれはいまだにシリーズにかこつけてのアイデア不足の象徴だったと思っている。あれでシュワルツネッガーのターミネーター役は終わったのだから、最後はもう少し華々しいものして欲しかった。

 また間違いなく「5」もできると思った。今回はターミネーターのT600からT800へのグレード・アップの過程を見ることができたのだが、これで終わってはならないと思うからで、たぶんこの次は、T1000がどのように誕生したかが描かれるのではないかと予想している。(T600は機械だけのターミネーターで、T800がシュワルツネッガーが演じた殺人機械であった。そしてT1000は例の姿かたちを自由に変化させることのできる水銀のような機械のことである)

 内容的には、「ターミネーター」でシュワルツネッガーが演じたT800が送られてくる前の人類対機械(スカイネット)の全面対決が描かれている。その中でジョン・コナーが反乱軍のリーダーの一人として活躍しているのだが、彼の父親になるはずのカイルとの出会いや捕虜となったカイルの解放などのエピソードも散りばめられている。
 
 自分は何となく“スター・ウォーズ”シリーズを思い出してしまった。あのルーク・スカイウォーカーと実の父親だったダース・ヴェイダーとの関係は複雑だったが、ここではそこまで込み入ってはいない。共通する点はシリーズ化とクローン(機械)vs人間いうことだけか。

 しかし、スター・ウォーズでは皇帝軍と反乱軍との闘争は、エピソード6で一応終結を見ているが、スカイネットと反乱軍との戦いは終結してはいないのである。この後、ジョン・コナーがどのように反乱軍を組織化し、レジスタンスを続けていくか、そして最終的にどちらが勝利するのかがポイントになるだろう。だからシリーズの映画化は続くのである。

 さてこの映画の中で使われていたのは、アリス・イン・チェインズの"Rooster"だった。アリス・イン・チェインズはアメリカのシアトル出身のバンドで、ニルヴァーナやパール・ジャムなどと同類のオルタナティヴ系として知られている。
 オルタナティヴ系とはごくごく大雑把に言うと、90年代のパンク・ロックであり、かつまた新型ハード・ロックのことで、現在のヘヴィー・ロックの遠因ともなった音楽といえるだろう。

 自分はこの手の音はあまり好きではないので、詳しく知らない。せいぜいパール・ジャムとニルヴァーナのアルバムは聞いたことがある程度である。ただこの映画の中では曲のさわりの部分が流れるのだが、それを聞いた主人公が“当時はよく聞いたものだ”と呟いているのが印象に残っている。ちなみにこの曲は1992年に発表されたアルバム「ダート」の中に収められている。

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 もう1曲効果的に使われていたのは、やはりターミネーターといえば、映画「ターミネーター2」の主題歌でもあったガンズ&ローゼズの"You Could Be Mine"である。当然のことながら、このシリーズではこの曲が一番印象深いし、あの金属的なアクセル・ローズの声は映画にもぴったりと合っていると思う。この曲は1991年に「Ⅰ」「Ⅱ」と2作同時に発売された「ユーズ・ユア・イリュージョンⅡ」の方に収められている。

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 ちなみに今回の映画の主題歌はナイン・インチ・ネイルズが歌っている。このグループも90年代に活躍したアメリカのオルタナティヴ、インダストリアル系のバンドであった。主題歌自体は1999年に発表されたアルバム「ザ・フラジャイル」からの曲である。(主題歌のタイトルは"The Day The World Went Away"で、アルバムは全米1位を獲得している)
 

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アーティスト:Nine Inch Nails
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最近また活動が活発になり、来日公演も予定されているのだが、2009年をもって活動を終了すると宣言をしている。さてどうなるのだろうか。

 このシリーズの主題歌についても007シリーズのように、毎回その時輝いているような時代を代表する旬のロック・バンド(ミュージシャン)が主題歌を担当して欲しいと願っている。

 戦闘型マシンについていうと、冒頭に述べた巨大なターミネーターや水中を蛇のように動くマシン、750㏄のバイクのようなマシン、空中から追尾するマシンなど、様々な形のマシーンが登場しては反乱軍を苦しめているし、ターミネーターの進化していく様子を知ることができる。シリーズ化された映画にはこういう楽しみ方もあるということだろう。

 ロック・ミュージック的には楽しみは少なかったのだが、前作よりもよく練られたシナリオとシリーズ1作目より格段に進歩した特撮映像が素晴らしかった。ターミネーター好きにとっては、映画料金に似合った内容だったと思っている。こうなると次の作品を期待してしまうのである。

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天使と悪魔

 今日は休日なのに珍しく朝早く起きてしまった。別に起きようとして起きたのではなくて、トイレに行きたくなったので起きてしまったのだ。ところが年をとると朝一度起きたら、もうなかなか寝付けなくなってくる。それで仕方なく起きてしまって何をしようかと考えていた。

 そういえばカバンの中に「天使と悪魔」の前売り券があったのを思い出した。3月くらいに買っていたのをすっかり忘れてしまっていた。年をとると、このように忘れっぽくなってしまうのである。

 「天使と悪魔」は、あの世界的に超ベストセラーになった「ダ・ヴィンチ・コード」で有名なアメリカの作家ダン・ブラウンの小説を映画化したものである。ただ作品の順番としては「天使と悪魔」が先で、そのあとに「ダ・ヴィンチ・コード」が書かれている。

 「ダ・ヴィンチ・コード」はテンプル騎士団の残したとされる財宝をめぐって、キリストの聖杯やマグダラのマリアの謎などが絡み合ってサスペンスフルな出来事が続くノンストップ・アドヴェンチャーなのだが、確かに読んでみて面白かった。わずか数日の間に事件が起きて解決するのだが、とにかく切れ目のない展開が続き、ページを繰る暇も惜しいほどであった。

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 ただ映画化してみると、あまりにも展開が早くて原作を読んでいないとおそらく付いていけなかったのではないだろうか。

 それで今回の「天使と悪魔」も早すぎる展開になるのかなと思ってみたら、これが意外にというか、むしろ非常に面白かったのである。原作を読んでいなくても十分に楽しめるエンターテインメント映画になったと思う。

 むしろ原作の突拍子もない展開が抑えられているのが良かったと思っている。原作では上昇中のヘリコプターからシートだけを持って落ち、うまい具合に川に落ちて骨折もせず助かるという都合のいいストーリーが展開されたが、映画ではさすがにそれは描かれていない。

 逆に映画では、顔を見られた暗殺者から“お前たちを殺せという指示を受け取ってないので生かしておく”といって主人公たちを見逃すシーンがあるのだが、それはないだろうと思う。すでに10人近く殺している犯人である。あとでモンタージュ写真でも作られたら高飛びもできなくなってくるではないか。ましてや相手は丸腰なのだから、有無を言わさず射殺して逃走したほうがいいに決まっている。どうせ脚色するのならもっとディテールにこだわって欲しかった。

 それで前回はシオン修道会という怪しい宗教組織がでてきたが、今回は“イルミナティ”という秘密結社が出てきて、宗教と科学の対立を科学の側からリベンジしようと教皇候補者を拉致し、順に殺害していき、最後は“反物質”の性質を利用してヴァチカンもろとも吹っ飛ばそうとするこれまた壮大なストーリーが描かれている。

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 ダン・ブラウンの描く小説の面白さは、ジェットコースターのようなノンストップのストーリー展開と史実や事実に基づく薀蓄の面白さである。
 この映画や小説でも“イルミナティ”という秘密結社と宇宙創生の鍵を握るといわれる“反物質”の存在である。

 地動説を唱えて宗教裁判にかけられたガリレオ・ガリレイは“イルミナティ”のメンバーであり、彼の報復を行うためにヴァチカンを破壊しようとするのであるが、それに用いられたのが“反物質”なのである。

 反物質は実際に存在する粒子であり、普通の物質と電荷が反対になっている粒子で、物質と反物質が接触すると光となって消滅してしまうそうである。
 宇宙の誕生、いわゆる“ビッグ・バン”のときは物質と反物質がほぼ同量に存在していたらしいのだが、今では反物質は存在していない。それを人工的に作り出しているのが、スイスのジュネーヴにあるCERN(セルン;欧州原子核研究機構)で、日本人を含む多くの科学者が研究にいそしんでいる。

 ただ1gの反物質を作るのには約600億年かかるというから、映画のように簡単に数gの反物質が作れるというのは間違いである。さすがにこれはフィクションであるが、それでもこういう話をストーリーのあちこちに散りばめているのだから、やはり本の方もノンストップで読んでしまうのである。

 “イルミナティ”の方も実際に存在した結社であるが、ガリレオが所属していたという事実はない。イルミナティは16世紀ではなく18世紀のドイツで結成されたもので、自由と平等を求めた組織であって、決して宗教、特にローマカトリックを否定しようとするものではなかった。要するに政治結社のようなものである。

 ただカトリックでは当然教条主義だから、聖書の記述を科学よりも優先するものであり、地動説を認めたのは1992年、ダーウィンの進化論を認めたのは1996年であった。最近になって科学を認めるようになったのだが、それもあくまでも聖書の記述に反しないという制約つきである。だから人工中絶や人工授精は当然のこと、遺伝子組み換えのクローン技術は当然ながら認めていない。おそらく今世紀中に認められることは困難であろう。

 ともかく息をもつかせぬ展開と謎解き、意外な犯人とサスペンスを構成する要素は十分に備わっている映画である。ローマ・カトリック教会の内部やコンクラーベ(新教皇選出のこと)などの自分の知らない世界を垣間見せてくれることも楽しい要素である。
 興味のある人はぜひ映画館まで足を運んで欲しいと思う。満足する2時間半を送ることができるはずだから。

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ジェネラル・ルージュの凱旋

 久しぶりに映画を見に行ったのだが、これがまたよい映画だった。タイトルは「ジェネラル・ルージュの凱旋」という邦画である。

 この映画、以前見た「チーム・バチスタの栄光」の続きという設定である。この医療問題を扱ったシリーズものは、海堂尊という人の原作を映画化したものである。
 海堂尊という人は、千葉県出身で千葉大学医学部を卒業した現役の病理専門医でもあり、その経験が前作の「チーム・バチスタの栄光」で生かされていたと思う。

 それで今回はドクター・ヘリの導入の是非や、救急救命体制の問題など現代医療が直面している問題を鮮やかに切り取って見せてくれるのである。

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 今回もシリーズの顔として、竹内結子演じる田口医師と阿部寛演じる厚生労働省の役人、白鳥圭輔が問題解決に走り回るのであるが、映画の実質的主人公は救急救命センター長の速水晃一と看護士長の花房美和である。

 あまり詳しく書くと、今から映画を見ようとする人に失礼なのでやめるが、東京都で実際に妊婦が各病院の救急救命を断られ、胎児ともども死亡したという事件もあり、映画のストーリーとあわせて、救急救命の実態がとてもリアルに描かれている。

 要するに政府の医療行政の問題もあり、予算不足から医師不足になり、だからすぐに救急救命も手一杯になるのである。また医療ヘリがあれば、東京のような大都市でも交通渋滞に巻き込まれずに、患者をすぐに搬送する事ができるのだ。

 同時に、医療も商売であり、その責任者は経営者でもある。だから赤字部門は見直さないといけないし、なるべく薬を出して効率のよい客回転を目指さなければならないのである。

 この映画を見ると、その辺の実態がよく理解できたし、自分の良心に従うのかそれとも商業主義に走るのか、医者は、特に良心的な医者ほど、この二律背反を抱えていると思った。
 だから出入りの業者からリベートをもらって私腹を肥やす医者も出てくるし、逆にそのリベートを医療不備に当てようとする少数派も出てくるのであろう。

 事件の発端は出入り業者とセンター長が癒着しているという投書があり、その出入り業者が墜落死するのであるが、それが事故死なのか殺人なのかはっきりしない。
 その背景を調べていくうちに、先述した現代医療が抱える問題点が浮き彫りになるのである。

 一番の見所は、堺雅人演じる速水センター長の役どころであろう。まさに名演であり、完璧に役を演じきっている。彼がなぜ“ジェネラル・ルージュ(血まみれ将軍)”と呼ばれるのかその理由が最後に明かされるのだが、まさに映画のクライマックスだと思った。

 また映画の医療技術アドバイザーとして、埼玉大学病院の高度救急救命センターの人たちがあたっていたが、実際に医療行為を目の当たりにしているような錯覚に陥った。それほど緊迫感があり、迫力があった。この辺は見ごたえのあるシーンである。

 映画では時間的な制約があるせいか、告発文書をなぜ書いたのか、どうやってわかったのかが、イマイチよくわからなかったが、それを補って余りあるほど面白かった。

 とにかく事件解明というエンターテイメント性と、現代医療の問題提示という社会性が見事に両立している、近年まれに見るほど素晴らしい邦画に仕上がったと思う。

 映画の終盤で、大事故が起こり、大量の事故者が大学病院に運び込まれてくるのであるが、医療の緊急性が高い順に赤色、黄色、緑色のタグをつける。そして治療を施しても無駄な人には黒いタグをつけるのである。

 このとき、まだ生きている主人になぜ医療行為を施さないのか泣き叫ぶ妻を抱いてなだめようとする田口医師の姿があった。現実的にもありえる話だと思った。全編を通して涙あり、笑いあり、そして考えさせてくれる映画なのである。

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チェインジリング

 毎月1日は「映画の日」ということで、誰でも1000円で映画を見る事ができる。便利な制度があるものだ。それで今回はアンジェリーナ・ジョリーが出演している“チェインジリング”を見に行った。もちろんひとりである。

 この映画なかなかの力作である。まずアンジェリーナ・ジョリーの演技が素晴らしい。言われてみないとアンジーとは気づかなかった。

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 今までの彼女のイメージにはどうしても“トゥームレイダー”シリーズの印象が強く残っていて、アクション・シーンには強いけど、演技力はどうかなという不安があったように思えた。

 確かに以前、アカデミー賞助演女優賞を獲得したことがあるし、この作品でもアカデミー賞主演女優賞にノミネートされていたから、演技力には定評があるのかもしれないのだが、それでもアクションだけでなく内面の微妙な心理を演技できるのだろうかという不安は拭いきれなかったのである。

 ところがこの映画では、子どもをなくした(正確にいうと、行方不明になった息子を探す)母親の心理を上手に表現しているのである。しかもただ単に悲しんだり、落胆したりするのではなく、捜査は終わったと宣言している警察に対して、憤ったり、哀願したり、抵抗をみせるという微妙な演技も見事にこなしている。確かに主演女優賞にノミネートされただけのことはあると思った。

 この映画を見て驚いた事は2つある。まずこの映画が事実に基づいたものだという事である。あまり詳しく書くと見てない人には申し訳ないのだが、子どもの失踪事件から入れ替え事件につながり、さらには連続殺人事件として発展していく様子が圧倒的なリアリティをもって迫ってくる。事実がもつ重みである。しかもロスアンジェルスという昔も今も大都会である街の中で起きたのである。

 もう一つは警察の腐敗である。1928年という時代は日本では昭和3年にあたり、社会主義運動が活発になり、満州事変の遠因にもなった張作霖が爆殺された年であり、アメリカでは禁酒法時代の真っ只中でもあった。

 男女同権といわれているアメリカでもやっと女性の社会進出が認められ、スカートの丈がくるぶしから膝まであがるようになった時代である。映画の中でも街中を走る電車よりも車がゆっくりと走っていたが、馬車が原付のエンジンで動くような感じであった。

 また禁酒法のせいでギャングが幅を利かせ、一部の警察とギャングは相互に利権を守りあうパートナーでもあった。
 この映画ではギャングは出てこないが、暗に賄賂の横行や組織の腐敗などが描かれているし、主人公を全面的にバックアップする社会活動家の牧師は、ラジオ放送を通してそうした警察を声高らかに糾弾していく。

 警察はプロパガンダとして彼女の立場を利用しようとする。何よりも市民のことを第一に考え、優先して解決しようとし、その結果無事に子どもが戻ってきたという設定である。ところが、彼女は自分の子どもではないという。警察はスピーディに問題を解決したがったために、これはもう解決済みの事件であり、彼女の方が結果に対応できていないと反論する。

 さらには彼女の言動から彼女を反体制派として考えるようになり、ついには警察署から直接、精神病院に移送してしまう。これが法律的に認められていたというのだから、今から考えれば人権軽視もはなはだしい感がある。
 しかも病院には彼女のような立場の人は少なからずいたのである。まるで第二の拘置所だ。

 結局は、彼女の立場が認められて、無事に戻ってきて法的手段をとるのであるが、署長は担当者を停職処分にして、問題を早く解決しようとするし、市長も選挙が近いので幕引きを急がせるのであった。この点は現代社会でも似たようなものであり、同種のような駆け引きはよく見られる。

 今ではDNA鑑定があるので同種の事件がおきても、ものの数週間で解決するのであろうが、当時はこういうことには科学的な判定が困難であったのであろう。映画の中では歯医者が以前の歯のカルテ結果から違うと断定するのだが、主人公にとっては大いに勇気づけられたに違いない。

 日本でも“神隠し”などと呼ばれていたし、このようなことはあったのかもしれない。ごく最近もある県で試験管の中の受精卵を取り違えて移植するということがあり、中絶せざるをえなくなった悲惨な事件があったが、これがもし気づかずにいたら、あるいは気づいても事件になるのを恐れてそのままにしておいたらと思うと、まさに現代版チェインジリングである。
 ちなみに"Changeling"とは妖精や邪悪な鬼が取り替えた子どもの事を指すらしい。その子どもの多くは元の子どもより醜いという。

 製作と監督はクリント・イーストウッドで音楽も監修している。相変わらずジャジーなテーマ・ソングが素晴らしい。もう80歳近いのに相変わらず高い製作意欲である。さて次回はどんなテーマで賞の候補にノミネートされるのだろうか。楽しみである。

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007慰めの報酬

 この前の日曜日は、映画の1000円の日だった。貧乏人の自分は、だから映画を見に行った。もちろんひとりである。

 それで今回見た映画は、「007慰めの報酬」だった。007シリーズ第22作目で、前作からボンド役を演じているダニエル・クレイグの2作目にあたるものである。

 個人的には007シリーズの冒頭約15分が一番スリリングで、かつ見せ所だと思っている。飛行機から飛び降りたり、逆に車に飛び乗ったりして、いきなり観客の心を掴み取ってしまう手法だと思っている。

 それで今回はアルファ・ロメオとアストン・マーティンのカー・チェイスから始まる。ただ今作では、前作「カジノ・ロワイヤル」の続きにあたるせいかそんなに長く続かない。ドラマとしてのストーリー性を大事にしているようだ。

 前作では工事現場での追跡劇が手に汗握るものであったが、今作ではイタリアの古都シエーナの家の屋根伝いに逃げていく犯人を追いかけるシーンがあったが、この辺は冒頭のカー・チェイス・シーンと並んでなかなか力の入った撮影になっている。

 70年代から80年代の007シリーズは、映画の内容よりもボンド・ガールの肢体や意味不明な発明品などのどちらかというとストーリー以外での話題が目立ったように思う。
 また、挙句の果てには宇宙にまで行ってしまう007もいて、ちょっと現実離れというか、ありえない設定が多かった。

 それがこの頃では、世界征服をもくろむ秘密組織ではなくて、実在する麻薬王やアジアの某専制国の軍部との対決など段々と現実路線をとってきている。これも東西の冷戦が解消したせいであろうか。

 冒頭にも述べたように、この「慰めの報酬」は前作の後編ともいうべき作品であり、前作に引き続いて何名かの人物も登場している。
 あまり内容をばらすと面白くないので詳細は差し控えたいのだが、前作で恋人を殺された007は、冷徹な殺人マシーンとなって彼の前に立ちはだかる難敵を次々と殺していくのである。僕はこうして殺人許可証を行使していますというような感じだ。ただそれは彼の内面(恋人を殺されたという)をあえて見せないということから来ているのであろう。

 相変わらず火薬の多い爆発シーンはあるし、車やバイク、飛行機同士の戦闘シーンなど見所満載である。これで1000円なのだから、身も心も満たされてしまった。

 主題歌"Another Way to Die"を歌っているのはジャック・ホワイトとアリシア・キーズで、デュエットで主題曲を歌っているのは007シリーズでは初めてということである。

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 ジャック・ホワイトはストーンズの映画「シャイン・ア・ライト」にもゲストで出演していた人で、アメリカのバンド、ホワイト・ストライプスの片割れでもある。あのジミー・ペイジが最近のギタリストではNo.1だ、と言ったとか言わないとか、それほどの人気実力を兼ね備えたミュージシャンでもある。

 アリシア・キーズは、アメリカでは超有名なR&Bシンガーで、幼少の頃、両親が離婚したため、母親が日夜を問わず働いて彼女のレッスン代を稼ぎ出したのは有名な話である。
 そのため彼女はコロンビア大学を中退して、プロになり見事グラミー賞を獲得した。

 そんな二人が歌っているのだから、悪かろうはずがない。見事に今を生きる007を歌いきっている。今まで古くはシャーリー・バッシーやポール・マッカートニー&ウィングス、カーリー・サイモン、比較的最近ではデュラン・デュラン、a-ha、シーナ・イーストン、ティナ・ターナー、マドンナなどが歌った007主題歌と比べてみても決して遜色ないのである。

 それで前作「カジノ・ロワイヤル」は過去最高の興行収入を獲得しているので、今作もそれを上回るのではないかと言われている。
 こうなったら次作からは、いま流行の3D立体映画で制作してほしいものである。そうすれば飛び出す車の破片や実弾を浴びるのは役者だけではなく、観衆も巻き込まれてしまう感じになるだろう。さらなる収益も期待ができるし、ますます007が待ち遠しくなるのだ。

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シャイン・ア・ライト

 日曜日に映画を見に行った。久しぶりの映画だったし、しかもその映画があのアカデミー賞も獲得している巨匠マーティン・スコセッシ監督のローリング・ストーンズを撮ったものだったから、これはもう見なければ末代までの恥辱とばかりに、ひとりで見に行ったのだ。

 雑誌などでは紹介されていたから、映画の内容は知っていたのだが、まさかこんな地方の田舎の映画館で上映されるとは思ってもみなかった。
 しかも以前見たロック・フィルムはプリンス主演の「パープル・レイン」だから、まさに四半世紀以上も昔の事。久方ぶりのロック・フィルムである。

 そして監督がマーティン・スコセッシとくれば、誰も文句のつけようがない中身になるのは当然の事だった。

 マーティン・スコセッシといえば、「タクシー・ドライバー」や「レイジング・ブル」、新しいところでは「ディパーティッド」など現代社会の光と闇、そこで生きていく人間模様を丹念に描くことで定評がある。

 またフィクションだけでなく、ロック・ミュージックにも造詣が深く、ザ・バンドの解散コンサートの模様を映像化した「ラスト・ワルツ」、若かりし頃のボブ・ディランを描いた「ノー・ディレクション・ホーム」、ブルーズ・ミュージックのルーツを描いた「フィール・ライク・ゴーイング・ホーム」など、ロック・ファンにもなじみの深い作品を撮り続けている。さらに、マイケル・ジャクソンのプロモーション・フィルム"Bad"を監督したのも彼である。

 それで肝心の映画なのだが、これがまた素晴らしい内容で、まさにロック・フィルムの見本のようなドキュメンタリー映画になっている。万人に見てもらいたい映画なのだ。

 時は2006年10月29日と11月1日、所はNYのビーコン・シアターというキャパ2800席ほどの小さいホールでのライヴ演奏。最大18台ものカメラを用いて、バックステージから演奏終了までくまなく撮り続けている。

 最初はスコセッシ監督とストーンズ側、つまりミックとのやり取りから始まる。実際に撮影するに当たっての確認をしようとするのだが、ストーンズはワールド・ツアー中なので連絡が取れない。特に、当日どの曲を演奏するのか曲目がわからないため、監督も構想の仕様がないのである。

 仕方なく過去のセットリストを参考にしたり、最初はアップテンポの曲だろうと予想を立ててみたりして、結局、最終的にわかったのが、当日本番の30分前というものであった。さすが世界最高のロックンロール・バンドのストーンズである。

 とにかくこの映画でわかる事は、ミック・ジャガーは怪物であるということ。ストーンズは現役最高のロック・バンドであることではないだろうか。

 ミックはこのとき63歳。さすがに顔の皺は隠せないものの、体は30代といっていい代物である。贅肉なんか微塵もない。77年のヨーロッパのツアーのときの体型と全く変わらないのである。いったいどういう生活を送っているのであろうか。体型維持だけでも並大抵の努力ではないだろう。

 そしてバンド演奏もプロに徹している。映画の撮影という緊張感を逆手にとって、普段通り、いやそれ以上の素晴らしい演奏を繰り広げている。
 たぶん普段はスタジアム級のツアーをやっているのであろうが、このように客席の顔や服の色まで見えるクラスのツアーは久しぶりなのであろう。客席との距離感もまた、彼らの演奏をより完璧なものに近づけたのに違いない。

 またビーコン・シアターでのライヴ映像の合間に、60年代や70年代初期のミックや他のメンバーのインタビュー・ショットなどを差し入れて、昔と今を対比している。
 その中には“あなたは60歳になってもバンドを続けていますか”という質問があったのだが、そこでミックは“Yes”と答えている。

 そして「ラスト・ワルツ」と同じように、このライヴにもゲストが参加している。ひとりはホワイト・ストライプのジャック・ホワイトで、ミックと一緒に"Lovin' Cup"を歌っているが、どことなく緊張しているかのようだ。

 びっくりしたのはバディ・ガイが登場して歌ったときの事。このとき70歳のブルーズ・ギタリストは、ミックをも圧倒する声量でマディ・ウォーターズの"Champagne & Reefer"を歌ったのである。
 キースはいたく感激してしまい、このブルーズ・ミュージシャンに演奏していたギターを手渡し、ステージ上でプレゼントしている。

 また3人目のゲスト・ミュージシャンはクリスティーナ・アギレラで、ミックと"Live with me"を歌ったのだが、この人の声量も豊かで、とても29歳とは思えない見事なボーカルとセクシーな振り付けを披露してくれた。

 演奏曲は全部で19曲、"Jumpin' Jack Flash"から"Satisfaction"まで、一曲たりとも手をぬかずに熱演をしている。
 映画の撮影という事もあったのだろうが、ベネフィット・コンサートとして企画されてもいたようで、開演前のバックステージでは、クリントン元大統領夫妻やその親戚、元ポーランド大統領なども集まり、記念撮影をしているし、コンサートのMCではクリントン元大統領自らがバンドの紹介をしていた。

 このときの模様はライヴ音源として販売されているので、自分も購入しようと思っている。本当に"The Rolling Stones is ALIVE"と印象付けられてしまった。それほど素晴らしいのである。

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 確かにスコセッシ監督の手にかかれば、こういう素晴らしい映像になるのであろう。とにかくミックが銀幕から飛び出すのではないかと思われるほどの、ステージ・アクションだった。吸入器が必要なのではないかと余計な心配までしてしまうほどだ。

 それでも編集作業が大変だったのではないだろうか。すべてのカメラのフィルムを見て、それを1本のフィルムにまとめるのだから、それだけでも数ヶ月もかかる作業ではないかと思うのだが、実際はどうだったのだろう。

 しかし、まさか本当に映画館で見られるとは思わなかった。このときの映画館での観衆は、自分を入れてわずか5名。日曜日の昼下がりにもかかわらず、この動員数である。たぶんあと1~2週間で興行打ち切りになるのではないか。やっぱり田舎の人にはストーンズの偉大さはわからないのだろう。

 でも、このフィルムを見て、ミックが63歳(今年66歳!)という事を知れば、驚くと同時にどこにその秘密が隠されているのだろうかと、多くの人がさらに映画館に押しかけてくると思うのだが、どうだろうか。

 そしてできればストーンズよ、ニュー・アルバムなんか期待していないから、もう一度来日してコンサートを開いてほしいのだ。あのミックの勇姿は、まさに世界遺産級なのだから。

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赤い崖

 先日、いま話題の映画「レッド・クリフ」を見に行った。平日だったので、お客は少ないと思ったのだが、意外と多かったように思えた。

 日本でも中国でも「三国志」の人気は高いようで、有名な豪傑が入れ替わり立ち代り登場して権謀術数や戦闘を繰り返す様子は、何度見ても読んでも興味が尽きない。
 特に“赤壁の戦い”は史実に残る戦争であり、その鮮やかな戦術で攻勢に立つ曹操を敗走させた点はまさに痛快の極みである。

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 「三国志」は庶民を守る劉備サイドを中心に描いているように思える。理想の国家建設を願いながらも、その途中でなくなってしまう劉備玄徳、その意思を継いで、蜀という国の拡大を目指しながらも病に倒れて戦場で亡くなる天才的軍師、諸葛亮孔明などの悲劇のヒーローが民衆の心を捉えて離さないのであろう。
 
 ある意味“判官びいき”というのは日本や中国などの東洋に根付いている考え方なのかもしれない。特に歴史というのはすでに決定されている事実である。事実を変えることは出来ない。
 だからこそ、志し半ばでなくなった英雄群を愛しく思い、それを憂い慕うことで、英雄たちの魂を慰めているのではないだろうか。
 
 この映画は、ジョン・トラボルタ主演の「フェイス・オフ」やトム・クルーズ主演の「ミッション・インポッシブルⅡ」で有名なジョン・ウー監督が指揮を執って撮影・制作されたものである。

 元々は5時間を越える上映時間だったのだが、それでは余りにも長いと思ったのであろう。“part1”“part2”に分かれており、今回は“part1”ということで、趙雲子龍が劉備の赤子を単身救いに行く場面から赤壁の戦いの前段階までが描かれている。それでも2時間40分という上映時間であった。

 主演は香港映画の名優、トニー・レオンである。残念ながら香港映画はブルース・リーとジャッキー・チェンしか知らないので、どんな人なのかよくわからない。正直言って、香港映画と韓国映画は苦手なのである。

 で意外と面白かったのは2人の日本人、金城武の諸葛亮孔明と武将役の中村獅童は結構ハマリ役だったと思う。
 特に金城武の方は重要な役どころで、台詞も多く、また見た目もいいので、トニー・レオンよりも目立っていたと思う。そういえば金城は台湾生まれだったことを思い出した。お父さんは日本人でお母さんは台湾人、本人は英語、北京語、広東語、台湾語、日本語に堪能だから、この映画でも全く遜色なく溶け込んでいたのであろう。

 “part2”は来年の4月公開となっている。いよいよ赤壁の戦いのシーンが見られるわけでが、“連環の計”や“苦肉の計”などがどのように描かれているのか楽しみである。
 また、CGと実写が組み合わされて最新の技術が駆使されているらしい。それもまた楽しみである。

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ハムナプトラ3

 また映画を見に行ってしまった。よほど暇なのだろうか。それにしてはあまり面白くない映画ばかり見に行っているような気がする。
 今回も「ハムナプトラ3呪われた皇帝の秘宝」を見に行ったのだが、あまりにも子ども

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だましの内容にがっかりしてしまった。

 何がガッカリかというと、とにかくありえないことの連続なのである。エジプトのミイラなら“ツタンカーメン王の呪い”などに代表されるように、まだありえそうな気がする。確かにミイラがよみがえって人間を殺したりはしないのだが、それでもまだ許せる。

 しかし今回は最初から最後までありえない。まず秦の始皇帝らしき人物が兵馬俑みたいになって、そこから復活するという設定に無理がある。どう考えても皇帝自身が兵馬俑になったりはしないと思うだ。

 それから永遠の生命を得た人物(女性)が登場するのだが、永遠の生命自体が無理な設定である。それができるならなぜ自分の最愛の男性に永遠の生命を与えなかったのであろうか。
 その女性はシャングリラという楽園でその生命を得られたそうであるが、皇帝にかけた呪術を最愛の男性にかけていれば、時を経て助け出せる可能性もあったろうにと思う。それにどうやって永遠の生命を得たのかはっきりしなかった。

 また雪男(イエティ)までも登場する。こうなったら何でもアリの世界である。ついでにエジプトのミイラも登場させればよかったのにと思ったくらいだ。
 最後の戦闘シーンも「ロード・オブ・ザ・リング」のミニチュア版のようだった。戦闘シーンに限っていうなら、「ロード・オブ・ザ・リング」や「パイレーツ・オブ・カリビアン、ワールド・エンド」の方がよほど優れていたし、迫力があった。それらに比べれば、ちゃちなものである。

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 それにせっかくのジェット・リーのアクションを期待していたのに、それもあまり見られなかった。もう少し頑張ってほしかったのだが、これまた残念なことであった。
 そしてレイチェル・ワイズが登場しない。今までの2作品には出演していたのに、今回は違う女性が演じているのである。だから戸惑ったし、イマイチ作品に感情移入ができなかった。

 そもそもシリーズ作というのは、第1作がヒットしたからシリーズ化されたわけで、そういう意味では第1作を超えられるか超えられないかが一つの基準となる。
 また、シリーズ化されると段々と規模が大きくなってしまい、当初の目的というか狙いがぼやけてしまう傾向がある。

 たとえばチャールトン・ヘストンが主演した「猿の惑星」などは、反戦映画、反核映画としても優れた文明批評になっているが、シリーズ化されるとそういう面が薄らいでいき、単なる娯楽映画に成り下がってしまった。

 シルベスター・スタローンの「ロッキー」もそうである。チャンピオンになれそうでなれないところに、涙させられるところがあったのだが、チャンプになったりロシア人ボクサーと対戦するようになると、これはもう商業主義の何者でもない。

 むしろ「ロード・オブ・ザ・リング」や「スター・ウォーズ」シリーズのように、最初から見通しを持って企画されているか、「007」シリーズのように最初からエンターテイメントとして割り切っている映画の方が、見ている方としては飽きが来ないのである。

 そういう観点から言うと、「ハムナプトラ1失われた砂漠の都」の方が面白かったと思う。変な期待や先入観もなく見に行って、意外と面白いと思ったからだ。ロマンスあり、サスペンスあり、笑いありで十分に楽しめる娯楽作品であった。だからシリーズ化されたのだろうけれど・・・

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 この作品もさらにシリーズ化が続くのかもしれない。最後の方で次は南米だというから、アステカ文明の古代ピラミッドに行って、またまたミイラと格闘するのであろうか。

 ともかく映画の展開は「インディ・ジョーンズ」シリーズの方が優れているし、実際に存在している“クリスタル・スカル”を登場させるなど芸が細かい。さすがスピルバーグ監督である。
 もしこの次「ハムナプトラ4」ができるのなら、もう少し内容を絞って、それなりのリアリティを持たせてほしいと思うのである。

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ハプニング

 ハプニングといっても何かあったわけではない。いや実際には正確にいうと、高速道路で右車線から左車線に入って、前のトロトロ走っている車を追い越したら、それが覆面パトカーで、追い越された腹いせか、左車線から追い越してはいけないなどと恫喝してきて、青切符を切られ罰金9000円を徴収されたということがあったのだが、国家権力に楯突くとろくな目にはあわないので、金持ち喧嘩せずということでこれくらいにしておこう。

 そういうハプニングはあったが、そのことではない。映画「ハプニング」のことである。監督はあの有名なナイト・シャマラン監督で、「シックス・センス」の最後のどんでん返しや「ザ・ヴィレッジ」の最後のオチなど、一ひねりある作品で有名な人の最新作である。

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 インターネットで鑑賞した人の感想を見てみると、どうも否定的なものが多いようである。確かにストーリー展開的には「シックス・センス」には遠く及ばないかもしれない。しかし、少なくとも「サイン」や「レディ・イン・ザ・ウォーター」よりはよかったのではないか。

 ある映画評にもあったが、この映画の一番の怖さは“風”である。“風”がざわざわとそよぐことで、その恐怖がだんだんと近づいてくるのである。その恐怖とは人間がレミングのように、集団自殺していく怖さである。

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 要するにシャルマン監督は環境破壊について警鐘を鳴らしたいと思って、この映画を制作したと思うのだが、果たしてその意図が汲み取られたかというと、そこまでいっていないということだろう。

 その理由は人間がそうなった原因究明が焦点化されていないということであろう。植物が何らかの危機に陥ったとき、ある化学物質を出してお互いに知らせあうことは昔から知られているが、それがどうして人間の自殺病にまで発展するのかイマイチよくわからなかった。

 また主人公たちが生き残るのも、ハッピー・エンディングでそれはそれとしていいのだが、あまり説得力のある展開ではなかったように思う。工夫すれば、もう少しスリリングな展開になったのではないだろうか。たとえば、自殺一歩手前で、逆風になったとか、脅威が過ぎ去って一命を取り留めるとか・・・

 だからあまりこの映画の評判は芳しくない。田舎に住む老婆が出てくるのだが、はっきりいって映画「サイコ」のパロディとしか思えなかった。次作は何とか名誉挽回を図ってもらいたいものである。

 ところでこの映画には主人公がドゥービー・ブラザーズの"Black Water"を口ずさむシーンが出てくる。主人公たちが都会から逃れ、田舎の家にたどり着いて、怪しい人間ではない、普通の人であると証明するときに歌うのであるが、なぜドゥービーなのか、なぜ"China grove"ではなくて"Black Water"なのか、はっきりとした説明はなかった。

 たぶん"Black Water"が全米1位になったから、それだけ有名なのでみんな知っているだろうと思って歌ったのであろう。あくまでも推測であるが、そんな気がする。

 ということで、今回のシャマラン監督の作品は星3つ中、ひとつ半というところであろうか。監督には次作にがんばってほしいと書いたが、それは次作があればの話であって、次が正念場になるだろうし、その挙句の監督自身更迭などのハプニングは期待していないのである。

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インディ・ジョーンズ4

 先週末に久しぶりに映画を見に行った。昔から友だちがいないので、いつもひとりで見に行くのだが、今回もその例に漏れずひとりで見に行った。

 見に行った映画は「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」である。7月2日現在で世界興行収入7億ドルを突破し、日本では6月29日日曜日現在で、観客動員数は207万7579人、26億1148万3200円を記録している。私もその中の一人ということであろうか。

 とにかく動く、逃げる、走る。今まで以上に主人公、インディ・ジョーンズは常に何かから追われ、そして追いかけるという展開である。見ていてストーリーをゆっくり吟味する余裕もないほどだ。

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 しかし、こういう展開は1981年の「インディ・ジョーンズ/失われた聖櫃」以来のことなので、熱心なファンであるなら(そうでない人も)、許容範囲ということではないだろうか。

 ストーリーを言うとまだ見てない人には失礼に当たるので詳細は避けるが、とにかくやっぱり面白い。見ていて飽きない。普通は途中でウトウトするのが常なのだが、この映画に関しては最後までバッチリと起きて見ることができた。さすがスピルバーグ監督、期待を裏切らない映画作りはさすがである。

 特に海外ロケ・シーンは素晴らしい。ペルーのジャングル、メキシコの砂漠、ナスカの地上絵、ブラジルのイグアスの滝などのシーンは特筆モノであり、ジャングルの中をカー・チェイスするシーン(正確に言うとジープや装甲車、水陸両用車でチェイスするシーン)は期待通りの展開ながらも、そこがまた面白いところでなのである。予測可能な映画でも面白いということがわかっただけでも、入場料金分の意味はあると思う。

 この映画の伏線として、1947年に起きた「ロズウェル事件」がある。1947年7月8日、アメリカのニュー・メキシコ州に飛行物体が墜落した。それを軍が回収したのであるが、それは空飛ぶ円盤の残骸と異星人の遺体だったというものである。

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 もちろんアメリカ政府は、この事件を公式には認めていないのであるが、それらがエリア51といわれるアメリカ軍基地に運ばれ、そこで遺体は解剖され、残骸は研究され、その一部は見えない戦闘機ステルスに応用されているとまで噂された。
 だから映画「インディペンデント・デイ」では、異星人が研究対象として保存され、巨大円盤と対決するために、大統領が飛行機に乗ってエリア51から飛び立つのである。

 この事件はいまだに真偽のほどが議論されているものであるが、この映画の中ではその事件から10年後という設定で、映画の中でもエリア51が出てくる。
 またスピルバーグの映画らしく、この映画はインディ・ジョーンズ+未知との遭遇という感じがしないでもない。ただし出てくる異星人はエイリアンそっくりなのである。特に頭の形が・・・

 でもエイリアンと未知との遭遇は似て非なるものである。全く対照的といってもいいだろう。ただピラミッドなどの古代文明は実は異星人が古代人に教えたものというモチーフは踏襲している。その点はスピルバーグよ、おまえもかと思ってしまった。

 しかし娯楽映画という点から見るなら、全く問題はない。むしろ「ナショナル・トレジャー2/リンカーン暗殺者の日記」より100倍は面白い。宝物の神殿の中で水没しそうになる点は同じなのだが、その迫力や展開は、断然「インディ・ジョーンズ」の方に軍配が上がるだろう。

 また「失われた聖櫃」に出演していた女優カレン・アレンも27年ぶりにこの映画に出演している点が、ファンにはうれしいプレゼントになるに違いない。どういう役どころかは秘密にしておいた方がいいだろうが、ラスト・シーンの演出がなかなか感動的なものになっているのだった。

 残念なことはこの映画はパラマウントなので、ユニヴァーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)ではアトラクションがないということである。ただディズニー社とは提携しているので、日本ではディズニー・シーでアトラクションを体験することができる。

 そしてひょっとしたら、映画「スター・ウォーズ」のように、さらにシリーズが続くかもしれない。でもハリソン・フォードはもう66歳なので、主演は無理だろう。だとしたら彼の後継者が引き継いで、シリーズを続けていくのかもしれない。そしてその後継者は、ひょっとしたらこの映画に出演しているのかもしれないのだ。

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チーム・バチスタの栄光

 先日、映画が1000円だったので久しぶりに見に行った。しかも久しぶりの邦画である。タイトルは「チーム・バチスタの栄光」で、1000円にしては、なかなか面白い映画だった。

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 もともとこの映画は、ベストセラーになった「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した小説を映画化したもので、原作をお読みになった方はご存知のように、ほぼ原作に忠実に映画化されている。

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 肥大化した心臓の一部を削除し、縫合することで小さくする手術をバチスタ手術といい、これはそういう手術を初めて行ったバチスタという人の名前からとられたものらしい。
 それで“神の手”という異名を持つ桐生助教授(当時の呼称)は、このバチスタ手術の世界的権威であるのだが、続けてその手術に失敗し、患者を死なせてしまう。

 その原因を探るために、同じ病院内で神経内科の田口講師が選ばれるのだが、やはり畑違いなせいか、なかなか原因が分からない。そしてついにその田口講師の目の前で術死が起こるのである。

 しかしそこに厚生労働省から派遣された異色の官僚、白鳥氏が病院に訪れ、関係者と様々な軋轢を引き起こしながらも、最後はその原因を解き明かし、犯人を特定するのである。つまりこの術死は事故ではなく、殺人事件だったのだ。

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 原作と違うところは、田口講師が男性から女性に代わっていること、白鳥氏の登場の仕方と体型ぐらいだろうか。もちろんロックンローラーを夢見る患者が病院の中庭で歌を歌うシーンもなかったが、そういうのは些細なことだと思う。

 映画では白鳥氏はソフトボールはしないし、体型はディクスン・カーの小説に出てくるフェル博士並みとはいわないが、結構太いように描写されていた。
 しかしそういう違いが気にならないほど、阿部寛の怪演?は見事であったと思う。ああいうアクの強い演技をやらせれば、当第一の名優ではないだろうか。

 また共演した竹内結子も自分自身の癒しやセラピーにもなったのではないのだろうか。この映画に打ち込むことによって、彼女自身もスッキリし、演技の幅も広がったように思える。ついつい余計なことを考えてしまうほど、彼女の演技はよかった。

 ただやはり小説の方が隅々まで描写が行き届いていて、イメージを膨らませやすい。だから映画だけではテンポが速すぎて、あっという間に終わってしまうのが惜しい。特に小説の中の白鳥氏のキャラクターの方が異色で際立っているのだが、映画の中でそれがもう少し描かれてもよかったのではないかと思った。

 映画は時間的な制約があるせいか、どうしても視覚中心、イメージ先行という観がある。あのダン・ブラウンの小説「ダ・ヴィンチ・コード」でもそうであったように…

 原作者は現役の医師であるペンネーム海堂尊という人である。現役医師だけあって、大学病院内の人間関係や手術中の描写などは、一般の人にも分かりやすく描かれている。この白鳥&田口の名コンビは、次作のミステリー「ナイチンゲールの沈黙」にも登場しており、どうもシリーズ化しそうである。

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 しかしこの海堂という人、医師が作家になったのか作家が医師になったのか、ストーリー展開や心理描写なども巧に描いていて、才能の素晴らしさを感じさせてくれる。天は二物を与えているのである。私には与えてくれなかったのだが…

 というわけで今回はひさしぶりに映画の印象を記してみた。これからも安いときは映画を見に行きたいと思っている。最後まで貧乏性なのである。

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地球最後の男が聴いていた音楽とは…

 映画「アイ・アム・レジェンド」を見た。主演のウィル・スミスは相変わらずカッコよかったし、演技にも幅が出てきたように思えた。

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 映画に関しては、あまり詳しく書きすぎるとネタをばらしてしまう恐れがあるので、難しいのだが、予想以上に迫力があって結構楽しめた。

 簡単なストーリーをいうと、ある女性医師がガンに効果的なワクチンを開発した。そのワクチンはあるウィルスを培養して作ったのだが、それが最初は100%効果があったのだが、だんだん効き過ぎて、狂犬病のような症状を呈して亡くなったり、生き残ってもものすごく凶暴な人間に変化してしまった。

 やがて60億人のうち、55億人ほどが死亡し、4億8千万人以上が汚染され、生き残った人間は約1200万人ほどであったという。
 特にニューヨークがその汚染源であり、ニューヨークには一人の人間を除いて誰もいなくなったのだ。その人間というのが、主人公のウィル・スミスである。ウィルスによるワクチンが失敗して汚染が広がったから、ウィルス・ミスになったというくだらないジョークを言ってはいけない。

 そのウィルス・ミスではなくて、ウィル・スミスの娘の名前がマーリィーで、それはボブ・マーリィーにちなんで名づけた、と語っていた。そしてボブ・マーリィーの曲を流しながら自分を鼓舞しようと、あるいは癒すために聴いていた(と思う)。

 前にもこのブログで述べたが、ボブ・マーリィーはジャマイカ出身のミュージシャンであり、ジャマイカのみならず世界各国にレゲエ・ミュージックを広め、行動を通して、平和を求める大切さや差別や偏見に対して、団結し、闘おうとする姿勢を示したのだった。ボブ・マーリィーの偉大なる楽曲を集めた究極のベストアルバム!BOB MARLEY/ONE LOVE:THE VERY BEST OF BOB MARLEY & THE WAILERS【ボブ・マーリー】

 映画の中では、さらにボブ・マーリィーについてのエピソードが語られる。「1976年12月3日にボブ・マーリィーと彼の妻、マネージャーは自宅にいたところを5人組のギャングに襲われ、数発の弾丸を発射された。弾は彼の左肩と頭に当たったが、幸いにも命に別状はなく、2日後に行われたフリー・コンサートに参加し、平和と団結の大切さを訴えた。
 彼はなぜステージに立ったのかと問われて、こう答えた。『悪は一日たりとも休んだりはしない。だから正義も闇を照らさないといけないのだ』だから自分も闇を照らす戦いを続けるのだ」

 ウィルス・ミスではなくて、ウィル・スミスはそういいながら、ボブ・マーリィーの曲をかける。かけるだけでなく、エリック・クラプトンが歌って有名になった"アイ・ショット・ザ・シェリフ"の一節を口ずさむのだった。

 ボブ・マーリィーの曲は、これ以外にもこの映画では数曲使われていた。最後のエンド・ロールでも流れていた。初期の有名な曲"トレンチタウン・ロック"や"ノー・ウーマン、ノー・クライ"、"ゲット・アップ、スタンド・アップ"などは使われずに、"3羽の小鳥"や"レデムプション・ソング"などが使用されていたと思う。

 この映画では、徹底して闘うウィルス・ミスではなくて、ウィル・スミスが描かれているが、その背景にはボブ・マーリィーが当時闘った差別や偏見、また平和への粘り強い闘争というものと重なりあう部分がかなりあったからだと推測される。

 残念なことにボブ・マーリィーは、36歳の若さで亡くなっている。病名は脳腫瘍だった。亡くなる前のボブ・マーリィーは、32kgまでやせ細っていったという。
 葬儀はジャマイカの国葬であった。まさに「人生は短く、芸術は長し」である。

 こういうSF映画にまで彼の音楽が使われ、しかもその精神性まで一部披露されるとは彼も思ってもみなかったに違いない。確実にまた着実に彼の精神は時代とともに生きているのである。

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オーシャンズ13

 最近コン・ゲーム小説を読んだせいか、その手の話はないかと思い、公開中の映画、「オーシャンズ13」を見た。1日は映画が1000円だったので、見に行ったのだ。やっぱりここでも貧乏性を発揮している。貧乏人は貧乏人なりに知恵を使わないといけないのだ。

 それで貧乏とは対極的な豪華な映画である「オーシャンズ13」を観に行ったのだが、相変わらず豪華メンバーなキャスティングで、ハリウッド映画らしかった。

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 前回の「12」のときはヨーロッパが舞台だったが、今回はアメリカ、しかもお金持ちが集まるラスベガスが舞台であり、豪華さに拍車をかけていた。

 仲間の一人が、ホテル王から引っ掛けられて土地やお金を失い、そのショックで心筋梗塞で入院してしまい、明日をも知れぬ状態になってしまった。
 だからそのあだ討ちというか、やられたらやり返すということか、残りのメンバーで土地を取り返し、そのホテル王を失墜させようということになったのだ。

 今回はホテル王にアル・パチーノが扮し、相変わらず名演技を披露している。また、ラスベガスの豪華さや途中ユーモアを交えた場面展開、ド派手な演出でお金をせしめる手段など、筋の運びも面白かった。全体的にはお金の分以上は楽しめたかなという感じである。

 ただ、英仏トンネルのときに使用した掘削機を拝借して使用するなど、ちょっと無理っぽい設定は気になった。人数が多くなればなるほど、騙しの行為は難しくなるのではないかと思うのだが、そこはそれ、やっぱりハリウッド映画だし豪華さで勝負の映画だから、仕方ないのかもしれない。

 やはりコン・ゲームをテーマにした映画となれば、「スティング」を差し置いてないような気がする。

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 主演はポール・ニューマンとロバート・レッドフォード、テーマ・ソング「エンターテイナー」も大ヒットした。いまだにラジオやテレビで流れているくらいだ。
 ストーリーとしても申し分なく、何より定番である最後のどんでん返しが用意されていて、見終わったあとに爽快感が自然と湧き上がってくる。

 「オーシャンズ13」の方は爽快感というよりも、満腹感を覚えた。最後の○○のすり替えも、ああやっぱりという感じで、ドンデン返しとは言い難いようだ。
 また、相変わらずジョージ・クルーニーとブラッド・ピットはイイ男だったし、やはりこの2人がメイン・キャラクターのような気がする。そしてマット・ディロンが準キャラのようだ。やっぱり11人を等分に扱うことはできないのだろう。

 このシリーズがいつまで続くかわからないが、脚本にもう一ひねり加えながら、このまま豪華路線で突っ走ってほしいものである。

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ハリーポッターと不死鳥の騎士団

 映画を見た。ハリー・ポッターの最新作であるが、これがまた退屈な映画だった。映画のチラシには「秘密、解禁」とあったが、全然解禁してくれなかった。

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 結果的には次回作へ持ち越しという感じである。ハリーの額の傷の秘密もわからないままだし、両親が死んで、なぜ彼だけ生きていたかという謎もそのままである。

 またヴォルデモートとハリーの関係もよくわからない。ふと思ったのは、スター・ウォーズのルーク・スカイウォーカーとダース・ヴェイダーの関係のように、ハリーもまた実の父親と闘っているのではないだろうか。そんな気がした。

 それから戦闘シーンも子供だましだし、特撮のCGも全然見ていて面白くなかった。「パイレーツ・オブ・カリビアン」の方が、100倍は楽しいし、充実感があった。
 また、ダイ・ハード4の方が、100倍見ていて、スリルを感じた。ストーリー展開も面白かったのだ。
 「魔法界全体を巻き込み、生死をかけた壮絶な戦いが始まった!」というのは明らかに誇大広告である。JAROに電話してもいいくらいである。

 この映画では、よくわからないことがでてくる。新教師として送られてきたドローレンスは、なぜハリーたちが魔法の訓練をしていることが分かったときに、彼らを退学させなかったのだろうか。そう警告していたにもかかわらず・・・
 また、巨人の役割りはあれで終わりだろうか。終わりだとすれば、出番が少ないのはちょっと悲しいと思う。
 それにドローレンスがケンタウルスから連れ去られたあとはどうなったのだろうか。もう少し示してほしかった。

 結局、対決シーンも予想よりも迫力不足だったし、この映画はシリーズ化が進むにつれてトーン・ダウンしている。マンネリが進んでいるということだ。

 予定では今年の冬には次作「ハリー・ポッターと謎のプリンス」の映画が公開されるらしい。そして今話題の最終作は来年以降ということだろう。全7作すべて映画化されるのだろうが、せめてもう少し話題つくりを工夫した方がいいだろう。

 この映画にはロック・ミュージックも出てこなかった。重ね重ね残念なことである。

P.S.
 プリンスといえば、プリンスの新作が出たらしい。前作から約1年のインターバルで、これは殿下の創作意欲の現われと見ていいだろう。

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ダイ・ハード4

 ダイ・ハード4をみた。今回の設定は見事だと思う。9・11以降、アメリカはテロの脅威を恐れ、その対策を練ってきたはずであるが、今回の設定は、そのテロの脅威、しかもサイバー・テロからの脅威だった。

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 しかし、それにしてもやりすぎだと思う。ジョン・マクレーンは不死身である。まるでサイボーグか、今回ではかつての俳優仲間のシュワルツネガーが演技したターミネーターばりの活躍なのである。

 なにしろ銃弾が当たらないことは不思議である。車のフロントガラスは銃弾で割られるのに、運転している主人公は無傷なのである。
 しかも車やトレーラー・トラックからは飛び降りるし、果ては戦闘機の尾翼に飛び降りるわ、さらにそこから下の立体道路に落ちるわで、それでもかすり傷程度なのである。

 シャレではないが、彼の頭髪のようにケガ無いからだろうか。さらに車を使ってヘリコプターを落とすところは、ほとんどコミックの世界である。これでいいのだろうか。アメリカ人はヒーロー志向が強いが、これを見て、どう思うのだろうか。

 そしてラストシーンでは、自分の身を犠牲にして、相手を倒すのである。着眼点は見事ながら実行は、ほとんど不可能であろう。

 サイバーテロを実行するのは、元国防省のエリート・プログラマーなのだが、あれだけの装置や人材を集める資金がどこから出たのかが不明である。元国防省とはいえ、要するに公務員でしょう。
 また、それを実行するだけの人が、警察車両などの公用車にGPSのようなモノが備え付けられていることを知らないのだろうか。これも不思議である。さらに英語以外の言葉を使って話をしているのだが、何語なのか最後までわからなかった。

 でもケチをつけようと思えばいくらでもつけられるし、こちらが文句を言うほど悪いできでもないから、まあよしとしよう。
 映画を見て金返せというようなシロモノは、他にもいくらでもあるからだ。

 それに確かにお金をかけた映画であることはよくわかった。ちなみに個人的には最初の場面で劇中にでてくる音楽に興味を引かれたのである。それはCCRの「フォーチュネイト・サン」である。(たぶんそうだと思う、あまり自信ないけど)

 これは彼らの1969年のシングル「ダウン・オン・ザ・コーナー」のB面にあった曲で、6枚目のシングルにあたる。全米では第3位、全英では31位にまで上ったミリオン・セラー曲でもあった。

 もともとCCRとは、イギリスのBCRとはまったくの無関係であり、アメリカの西海岸で結成されたロック・バンドである。正式名称を「クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル」という。

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 中心メンバーは兄のトムと弟のジョンを中心とするフォガティー兄弟であり、サウンド的にはアメリカ南部のR&Bやブルーズ、カントリー、ケイジャンなどの音楽に傾倒したものであった。

 個人的には「フール・ストップ・レイン」、「雨を見たかい」、「コットン・フィールズ」、「サムディ・ネヴァー・カムズ」が好きな曲であり、特に「雨を見たかい」「サムディ・ナヴァー・カムズ」は中学生のときにラジオからよくかかっていたので、いまだにサビの部分は覚えている。いい曲だと思う。
 「雨を見たかい」は71年に全米8位、「サムディ・ネヴァー・カムズ」は72年に25位になっていて、73年に解散した彼らにとってみれば後期の曲である。そのせいか、「サムディ・ネヴァー・カムズ」は何となく元気がないようにも聞こえてくる。

 ちなみに「雨を見たかい」の歌詞に出てくる"rain"や"Coming down on a sunny day"というのは、当時のベトナム戦争のことを歌ったものであり、"rain"とは「ナパーム弾」のことだという説もある。いわゆる反戦歌だったのだ。一見しただけでは分からないが、そういわれれば、そのように受け取っても違和感はない歌詞ではある。

 彼らは73年に解散したが、その後メンバーはソロ活動にいそしむのだが、残念ながら兄のトムのほうは、1990年の9月6日に結核でなくなった。48歳だった。
 弟のジョン・フォガティは、その後もソロ活動を続けていった。

 しかし「ダイハード4」のようなアクション映画に、こんなロック・クラシックが出てくるとは思わなかった。そういう意味でも面白い映画だった。

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カリブの海賊3

 「パイレーツ・オブ・カリビアン、ワールド・エンド」を見た。スパイダーマン3とは違って面白かった。
 前半はストーリー展開が早くて、追いつくことが難しかった。確かに“予測不可能なストーリー展開”とパンフレットにあったが、その言葉自体には間違いはないだろう。

 しかし、さすが海賊集団だけあって、裏切りに次ぐ裏切りで、誰と誰が仲間で、誰と誰が敵なのかよくわからなかった。それでも何とかついていくと・・・

 ラスト30分の剣戟はすばらしかった。迫力のある戦闘シーンの連続で、息をもつかせぬ内容だったと思う。スター・ウォーズの戦闘シーンよりも迫力があったと思った。

 劇場に入る前に、全員にパンフレットが配布されて、そこには“必ずご鑑賞後にお読み下さい”と書かれていた。後で内容を読むと、ストーリー展開や結末に関係する内容が書かれていたので、まだ見てない人は充分に気をつけてもらいたい。

 また、“本編はエンドロールが終わるまでじっくりとご鑑賞下さい”とも書かれていて、確かにエンド・ロール終了後に感動的なシーンが用意されていた。映画が終わってすぐに退席していた人が結構いたが、パンフレットに目を通していなかったのだろうか。

 それから音楽好きの人にも興味深いシーンがあった。あのローリング・ストーンズのキース・リチャーズがジャック・スパロウの父親役で出演していたのだ。
 以前、雑誌などでは出演する予定といわれていたが、本当に出演していたのだ。しかも映画用に曲まで作っていた。作中でおんぼろギターを爪弾いていたが、それがその曲らしいのだ。

 しかも何度も死にかけたキース・リチャーズらしいセリフであった。興味のある人はぜひ劇場内で確認してほしい。
 もともと主役のジョニー・デップはキース・リチャーズを参考にして役作りをしていたということで、今回はジョニー・デップのたっての懇願が功を奏したせいか、キース本人が参加したといういきさつがあったようである。

 とにかく、とりあえず3部作はこれで終了であるが、ひょっとしたらまだまだシリーズ化が進むのかもしれない。でも本当におもしろい映画だった。機会があればまた見てみたいと思った。2時間55分が長く感じられない映画である。

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スパイダーマン3

  久しぶりに映画を見に行きました。見た映画は巷で噂の「スパイダーマン3」だったのです。

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 正直な感想を書くと(まだ映画を見ていない人はここから先は読まない方がいいと思います)、何とまあ登場する人物は、みんなセルフィッシュな人たちでした。セルフィッシュというのは「わがまま」ということです。

 自分の娘の病気を治すために銀行強盗をする父親、親友のハリーに火傷を負わせたのに、自分が困ると性懲りもなく「君の助けが必要だ」と頼みに行く主人公、ついふらふらとハリーと過ちをおかしそうになるMJ、主人公のスパイダーマンも新しい彼女を見せびらかしに、MJのいるバーに出かけていくのだが、これは一応寄生虫のせいということにはなっているが、わがままといえば、わがままである。

 結局そんなわがままな人たちが、いろんなエピソードを経て、最終的には「許し」につながって大団円を迎えるのだが、果たしてそれでいいのだろうか、あとにはひかないのだろうか、とアメリカ人の潔さというか、忘れっぽさというか、懐の広さというか、ご都合主義に何かイマイチ納得できないのである。

 まあそれでも、面白いといえば面白いので、商業的には成功するのかもしれない。アメリカ人はこの映画をどのように見るのであろうか。聞いてみたいものである。

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